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・・・っと、いう間に9月になりました。

みなさま、いかがお過ごしですか。


遅くなりましたが、僕の金髪ヘアーを公開。見逃した方のために(笑)


先日、やっとバットマンの新作を観てきました。

あの綺麗な顔のヒース・レジャーが、あんな顔の役に挑戦し、そして残念なことに、もう亡くなってしまいました。
彼に何があったのか、僕には何もわかりませんが、才能のある若い俳優がなくなることは本当に悲しいことです。

俳優とは、デリケートな生き物です。そして、知名度のありなしに関わらず、すべての俳優が、それぞれみなスペシャルな存在であり、2人として同じ人はいません。

一部の俳優には、セラピーやカウンセリングを受けている人もいる。必要としていても、踏み出せなかったり、『俳優』という職種に理解のない環境が、その人に良くない影響を与えていることもあります。
俳優という仕事を知らない人にとっては、僕らの普段の生活の中での行動には、まったく理解できないことも多いことでしょう。

『役者はつねに自分自身を探求しなければならない、実生活でも、自分の気持ちや感情を閉じ込めたままにしておかないで、表現にはけ口を与えなくてはいけない。ばかげた社会の因襲を破る危険をおかしてもだ。』
〜エドワード・D・イースティ著「メソード演技」より引用。〜

俳優という仕事につきたいとおもう人の中には、幼少期の出来事が起因して、その心の穴が、俳優への動機になったりもする。僕自身そうである。しかし、トラウマなんてものは、あくまでも動機に過ぎない。俳優という仕事は、カメラの前や舞台の上で自分以外の人物を演じることであり、自分を慰める仕事ではない。演じる役や、仕事を通じて得られる出会い、経験から、自分の求めるSatisfactionが感じられることはあるが、心の傷を治してくれるセラピーではない。

話がそれてしまったが、俳優にとって自分自身が自分の最大の一番の理解者であり、そうでなくてはならないと思う。そして、家族というものは自分の存在そのもののルーツだ。だが家族であっても、色々な事情ですべてが理解しあえる時代ではないからこそ、友人や、仲間、自分を肯定してくれる存在が大切なのだと。

アートとは、アーティスト自身が生きているうちに評価されるには難しい。

僕のまわりには、才能やスピリットがあっても、環境や機会に恵まれない惜しい人材が沢山ある。俳優という仕事は、厳しいもので、公私共に辛いことの方が多いかもしれない。

でも、僕自身、こうして生きていて、ここに存在していること自体、アートであると思いたい。