私には長年付き合っている憎い友人がいる。ある疾患のことだ。

お尻のアレである。

女性は出産時のいきみでかかってしまう人も多いと言われるアレ。
皆さんの職場のおじさん社員が「大したことないから心配しないで」と言って理由をボカして数日入院する時のアレ。

「アレ」ではなんだかあれなんで、ここでは便宜上「IT(イット)」と呼ぼう。


私は自分のお尻のITが発症したタイミングを明確に覚えている。
小田和正のように、あの日あの時あの場所で、と。

2003年のことだ。
色々あって厭世観にまみれていた私は、無為に本や映画に逃げ、そして一人で黙々と木版画と油絵で時間を潰していた。画集を見ながら模写もしていた。ロックスターのように崇めていたシャルダン、ドラクロワ、クールベ、マネ、あたりの好きで描きやすそうなやつを。

秋、イーゼルに大きめのキャンバスを立て掛けて描いていた時に、キャンバスの下の方に色を塗ろうと、股を広げてスクワットのような形で腰をかなり深く下げた。

そして立ち上がる瞬間、私は雷に打たれた。

AC/DCの代表曲『Thunderstruck 』が頭の中で鳴った。
一瞬にして、私の尻がこのミュージックビデオの空間みたいになった、と言えば理解しやすいだろうか。(00:30からを参照)


あの瞬間から私とITとの付き合いが今に至るまで続いている。
(こんなにも簡単なきっかけで患うこともあるので、皆さんも深くしゃがんで立ち上がる際には注意されたい)


色々あって翌春私はある会社に拾われ就職することができた。
一人ポツンだったため注目度も高く、4月の後半に30人ぐらいで私の歓迎会を中華料理店でやってくれることになった。結構な人数である。
挨拶をさせられるだろうから笑いを取らなくちゃ、と緊張とともに気合が入っていた。


歓迎会は月曜日に設定されていた。

私はその前日の日曜日、上野の美術館に展覧会を観に行った。
オランダのスター画家フェルメールの代表作である『絵画芸術』という絵が来日していたのである。

生で観るスターに感激する私。だがなんだか尻の調子が良くない。
簡単に言えば、痛い。
長時間立っていたのがいけなかったのか、それとも「わしの絵も模写しろよ」というフェルメールの呪いなのか、帰宅する頃には歩くのもつらいぐらいの激しい尻の痛みに耐えなくてはいけなかった。


雷に打たれて(発症して)以来、苦痛に感じるような痛みは感じたことはなかったので、不安な夜を過ごした。

でも明日は歓迎会。朝には回復していることを祈ろう・・・


明朝目が覚めて立ち上がると、耐えられないぐらいに猛烈に痛い。
刃物で切りつけられた傷口が痛い、という感覚に近い。ヒリヒリし過ぎてまともに歩けないレベル。

まずい。
今日は魑魅魍魎が跋扈する社会という海原への船出を祝ってもらえる日なのに。

しかしどうにもこうにも痛い。

もう背に腹は変えられない。
いや、歓迎に尻の痛みは変えられない。

私は会社を休むことを決意した。

この決断の重みを想像してみてほしい。
不安でいっぱいの新社会人が、社風もどんな人がいるのかもまだよく知らない中、30人も参加する自分の歓迎会を休まないといけないという、そのプレッシャーの大きさを。



最寄り駅の隣の駅のそばに、お尻の疾患で名の通った病院があった。

スターウォーズのあの金色のロボットC-3POをかなりスローにしたような動きで、私はそこに向かった。

病院の玄関前で、始業時間を見計らって人事の人に電話をかけた。
入社前に私を面接してくれたその人は、明るく「分かった、みんなには適当に言っとくから。お大事に」と言ってくれた。

「指を入れられるらしい」という触診への恐怖におののいていたものの、幸い触診はなし。
ドクターに軟膏を処方された。突発的に表面に血豆が出来たような状態だったらしい。

来た時と同じく、『はじめてのおつかい』の幼児よりも小さな歩幅を維持するC-3PO歩行で帰る私。


あぁフェルメールの馬鹿野郎。
お前の作品さえ来日していなければこんな目には遭わなかったのに。



翌日、痛みは残るものの歩くのに支障はなくなり出社した。

改めて想像してみてほしい。
職場に仲の良い人がまだ一人もいない新人が、自分のキャラクターも全く伝わっていない中、自分の歓迎会を休んだ翌日に出社する気の重さを。


それだけでもつらいのに、理由がお尻のITである。

もしかしたら近い将来のオフィスラブの相手候補がそこら辺にいるかもしれないのに、理由がITである。
もしそれが知られたら、入社早々「オフィスラブ書類審査」で落とされたも同然のようなもんである。

人事のおっさんよ!みんなに私が欠勤した理由をどんな風に伝えたんだ!?


オフィスに着くと、ポツリポツリと話しかけてきてくれる人がいる。
主に女性だ。

「体調は大丈夫?」
「顔色がまだ良くないね」


など、顔を見ながら尋ねてくる。
ニヤニヤしたり目線を下半身に持っていったりする人は一人もいない。

ハハァン。
私は理解した。

「なるほど。人事よ、風邪だと伝えてくれたな?グッジョブ!」

そうと分かれば話は早い。
体調を尋ねられるたびに私は軽い咳払いをして、「あ、はい、大丈夫です・・・」と答え続けた。


社会人ちょろい。
社会ってちょろい。


ホッとした私はそう思った。

ちなみに顔色の悪さは持ち前のものである。
中3の時に体育祭の練習を見学していたら、別のクラスの教師に「おい、きつそうだなー、大丈夫か?」と顔だけを見られて心配されたことがある。
足の怪我で見学していたのに。


聞けば昨日の主賓なしの歓迎会つまりは単なる宴会、は盛り上がったようで一安心である。


その後何年も、私は旧友に会うと自分の歓迎会を尻のITで休んだことをネタにしていた。
憎きITではあるがその後付き合い方も学び、今では日常生活に支障をきたすことはない。
(用を足した後はしばらく椅子に座って大人しくしておく、というコツが分かった)



入社から数年が経過した。
私は持ち前の内弁慶力を発揮して、すっかり職場に溶け込みきっていた。
精神的に落ち着き、何かで発散する欲が薄れたのかすっかり絵も描かなくなっていた。

ある晩、仲の良い先輩と晩御飯を食べていた時のこと。

私はふと思い出したように、歓迎会を休んだ時の話を持ち出した。

そしてそれをきっかけに、恐ろしい事実を知らされた。

あの日、歓迎会出席者全員が真実を知っていたということを。


欠勤翌日に私が出社した朝、ニヤけもせずに私の顔を見て「体調は大丈夫?」と聞いてきた顔という顔が、映画『ユージュアル・サスペクツ』のラストシーンのように浮かんできた。
私のITをつまみに皆が盛り上がっている主賓なき歓迎会の様子が、その現場をこの目で見てもいないのに走馬灯のようにグルグルと頭を回った。

人事に対して何が「グッジョブ!」だ。
どこからどう見ても「ファッキン・バッジョブ!」案件だったのに。


誰もがそれを知っている。
私だけがそれを知らずに、それまでの数年、歓迎会を休んだことだけを失敗談として友人たちに話していたのだ。
本当のエンディングを見る前に映画館の席を立ってしまっていたわけである。
この滑稽さたるや。


私は思い直した。

むしろ、
社会人すげえ。
社会ってすげえ。



この後、私は旅先のウィーンの美術史美術館で、上野で会ったフェルメールの『絵画芸術』との再会を果たした。

絵の前でお尻が少しだけチクっとした気がした。


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現在公開中の映画『誰もがそれを知っている』を観た。

イラン人の名手ファルハーディー監督がスペインを舞台にした一作。
主演はハビエル・バルデムとペネロペ・クルス。ともにスペイン人で実生活では夫婦である。

アメリカ映画でも重鎮クラスにもなった感のある主演の2人だが、母語であるスペイン語では本領発揮というか、顔の濃さとも相まって、やはりこうでなくっちゃと思わされる。

私の「誰もがそれを知っている」体験と同様のある事実を軸に、サスペンスが展開される。

世間の評価は「まぁまぁ」ぐらいのようだが、私の感想を一言で言うと「オチは弱いけど滅法面白い」。おすすめです。