<メジロティターン(mejiro titan)(1978/03/22)>
芦毛 牡

父:メジロアサマMejiroasama(1966)芦毛
母:シエリル(1971)鹿毛

titangodai
メジロティターン 五代血統表
五代前までクロス無し
img3

※外見はギンザグリングラス君はメジロティターンに結構似てるような気がします

牝系ファミリーナンバー F8-c
http://turfdust.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-bee9.html
http://turfdust.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2011/08/14/app2228.jpg
メジロティターン
app2228
※メジロティターン

ギンザグリングラス君そっくり?

27戦7勝
主な勝鞍

・1981セントライト記念  1着
・1982天皇賞(秋)    1着
・1982日経賞       1着
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加筆中:2015/3/20

競走成績

年月日開催場競走名頭数人気着順距離(状態タイム着差騎手斤量勝ち馬/(2着馬)
19811.25東京新馬1143着1400m(良)1:27.90.8秒臼井武55エナオーギ
2.7東京新馬812着ダ1200m(良)1:14.11.1秒臼井武55アメリカンサム
2.15東京新馬1522着ダ1200m(良)1:14.00.2秒臼井武55ライジングレディー
3.7中山未勝利1211着芝1200m(良)1:12.05身臼井武55(セルマーロード)
3.29中山400万下1514着ダ1200m(良)1:12.10.9秒臼井武55ライジングレディー
6.13札幌400万下1024着ダ1500m(良)1:34.80.7秒伊藤正徳55ビンゴハイデン
6.27札幌400万下931着ダ1500m(良)1:33.96身伊藤正徳55(マーブルシンセイ)
7.12札幌800万下755着ダ1500m(良)1:34.62.6秒伊藤正徳55トラックセイハ
8.9函館800万下1231着芝1800m(重)1:52.0大差伊藤正徳55(アサマック)
8.22函館HTB賞721着芝2000m(重)2:08.45身伊藤正徳56(リキサンサン)
9.27中山セントライト記念1551着芝2200m(良)2:16.61 1/2身伊藤正徳56サンエイソロン
19824.4中山アルゼンチン共和国杯1346着芝2500m(重)2:36.61.2秒増沢末夫56ミナガワマンナ
5.16東京日経賞911着芝2500m(良)2:32.810身伊藤正徳55(キャンデーライト)
6.6阪神宝塚記念1529着芝2200m(良)2:13.71.1秒伊藤正徳56モンテプリンス
8.29函館函館記念1436着芝2000m(良)2:01.51.3秒伊藤正徳57カズシゲ
9.26中山オールカマー1215着芝2000m(稍)2:03.40.7秒伊藤正徳56トドロキヒホウ
10.10東京毎日王冠1245着芝2000m(稍)2:01.60.6秒伊藤正徳57キョウエイプロミス
10.31東京天皇賞(秋)1441着芝3200m(良)R3:17.11 1/2身伊藤正徳58ヒカリデュール
12.26中山有馬記念1528着芝2500m(重)2:37.30.6秒伊藤正徳57ヒカリデュール
19831.23中山アメリカJCC1448着芝2500m(良)2:36.30.9秒伊藤正徳58アンバーシャダイ
2.20東京目黒記念(春)916着芝2500m(稍)2:37.80.2秒大崎昭一60トウショウゴッド
3.13中山中山記念1024着芝1800m(不)1:56.91.2秒大崎昭一58エイティトウショウ
4.3中山アルゼンチン共和国杯1244着芝2500m(稍)2:37.30.4秒大崎昭一58ミナガワマンナ
5.15東京日経賞713着芝2500m(良)2:36.50.7秒大崎昭一59アサヒテイオー
11.12東京オープン832着芝1800m(稍)1:51.40.2秒伊藤正徳57エイティトウショウ
11.27東京ジャパンカップ16812着芝2400m(良)2:29.31.7秒伊藤正徳57スタネーラ
12.25中山有馬記念16106着芝2500m(良)2:34.60.6秒伊藤正徳56リードホーユー






メジロティターン
貴重な晩年の動画
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%B8%E3%83%AD%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3

wikiより

メジロティターン日本競走馬種牡馬1982年天皇賞(秋)などを制し、同年創設された優駿賞最優秀父内国産馬に選出された。主戦騎手伊藤正徳。「大尾形」と称された調教師顕彰者尾形藤吉が送り出した最後の重賞勝利馬である。

父・メジロアサマと親子二代の天皇賞馬であり、自身の産駒からも1991-1992年天皇賞(春)などを制したメジロマックイーンを出し、日本競馬史上唯一の「父子三代天皇賞制覇」を達成している。

父・メジロアサマは1970年秋の天皇賞など40戦17勝の成績を残し、のちにシンジケートが組まれて種牡馬となった。しかし初年度28頭への種付けで受胎なしという結果に終わり、シンジケートは解散、馬主の北野豊吉の個人所有で種牡馬を続けていた。北野はあらゆる方策を講じてアサマの授精能力治療に努め、これが功を奏して僅かながら牝馬の受胎が見られるようになっていった。これを受けた1977年、北野はフランスからの輸入牝馬・シェリルをアサマと交配する。高価な牝馬に授精率の低いアサマを付けることを危惧する声もあったが、無事受胎。翌1978年、北海道伊達市のメジロ牧場でメジロティターンが誕生した。

幼駒の頃は大人しく目立たない馬であったが、父・アサマを管理した尾形からは「特に欠点のない馬」と好意的に評されていた。その後メジロ牧場洞爺湖分場で育成調教が積まれ競走年齢の3歳に達した1980年秋、父と同じ尾形藤吉厩舎に入った。

種牡馬時代

引退後の1984年より、北海道三石町(現新ひだか町本桐牧場で種牡馬として供用された。
同年、「ティターンの仔で天皇賞を」との遺言を残し北野が死去。メジロ牧場の経営は妻の北野ミヤに引き継がれた。

天皇賞優勝後の不振と、授精に難のあった父・アサマのイメージもあり、初年度から3年目までの総交配頭数は36と人気は低かった。
しかし8頭の初年度産駒からメジロマーシャスが函館記念に勝利し、種牡馬としての重賞初勝利を挙げる。そして3年目の産駒よりメジロマックイーンが誕生。
同馬は1990年の菊花賞に優勝してGI競走を初制覇すると、翌1991年には天皇賞(春)も制し、豊吉の遺志を果たした。
同時にアサマから続く「父子三代天皇賞制覇」も達成し、偉業と称えられた。マックイーンは翌1992年の天皇賞(春)も連覇、1993年には宝塚記念も制し、引退後は史上21頭目のJRA顕彰馬に選出されている。