(King) Herod(1758-1780)

鹿毛 牡
父:ターター (Tartar)(1743)
母:サイプロン (Cypron)(1750)

生産:カンバーランド公爵
馬主:カンバーランド公爵→ジョン・ムーア

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ヘロドは後にエクリプスも生産する軍人、カンバーランド公ウィリアム・オーガスタスによって生産された。
記録上では5歳になる1763年、ニューマーケット競馬場で行われた4マイルのレースで勝利したのが初めてのレース
翌年アンティノウス (Antinous) とのマッチレースがニューマーケットで組まれ勝利。
アンティノウス陣営は翌年もう一度再戦を申し込み再びマッチレースが組まれたが、またしてもヘロドの勝利に終わった。
このマッチレースが行われた1765年、カンバーランド公が死亡したためジョン・ムーアが購入し所有者が変わっている。
その後は環境の変化からか体調を崩し不調が続いたが、1767年には復活を果たし、引退レースとなった1000ギニーのマッチでもアスカムに勝った。
通算成績は10戦6勝で、一応一流と呼べるべき水準には達しているが、超一流とまでは行かない程度であった。
だが、引退後種牡馬入りするとヘロドの評価は急上昇する。
馬主であるジョン・ムーアの元で種牡馬入りすると、当初は10ギニーと安い種付け料であったが、初年度からフロリゼルを送り出した。
その後も18世紀三名馬の1頭に数えられるハイフライヤー(12戦無敗)などが活躍しヘロドの勢いは加速していった。同時期に三大始祖のもう一頭であるエクリプスも種牡馬として活躍していたが、エクリプス産駒の勝利数が862勝(344頭)だったのに対して、ヘロドは1042勝(497頭)とそれを引き離していた。エクリプスの862勝という数字も極めて優秀なものではあったが(参考:それまでの大種牡馬とされていたマッチェムが781勝(354頭))、ヘロドとその産駒ハイフライヤー(1108勝/469頭)の活躍はそれを凌いでおり、エクリプスはついに一度もリーディングサイアーを取ることができなかった。
このヘロドの影響は極めて大きく、今日のサラブレッドへの影響を血量に換算して計算すると、過去の種牡馬、繁殖牝馬のどれよりも高い数値を出す。ヘロドの成功は、サラブレッドという馬種の成立に少なからず貢献した。
リーディングサイアーの獲得年数は後世の研究によれば1777 - 84年の8年。ヘロドは死後4年たってリーディングサイアーを明け渡すが、すぐに代表産駒ハイフライヤーがリーディングサイアーの座につき、1785-96年,98年の計13回リーディングサイアーを獲得し、父に続く成功を見せた。さらにハイフライヤーの代表産駒サーピーターティーズルも1799-1802,04-09年の計10回(又は9回)リーディングサイアーになり、この系統だけで33年間で31回もリーディングをとることになった。このため18世紀後半から19世紀前半にかけてサラブレッドの主流血統は現代ではマイナーなヘロド系であった。
しかし、ヘロドからサーピーターティーズルの三代があまりに成功しすぎたため、配合の幅が狭まり、近親交配の弊害などによりセントサイモンの悲劇と同様の現象が起き衰退した。ヘロド系は現在も存続しているが、活躍している種牡馬は僅かであり勢力は小さい。