お彼岸が明けて初めての週末、
入院中にお見舞いをいただいた方々へのお返しに歩きました。
このごろのお返しってカタログギフトが主流なので
重いものをヨイコラ言って持たなくて済むので便利ですね。
そんなことより、こちらのセンスが問われないというのが
実は一番の理由だったのですが。

でも、お彼岸中じゃだめだ、日が悪いからダメだ、あーだこーだって
何なんでしょうね。
別に頭から否定するわけじゃありませんけど、
父母の世代ほど肯定するつもりも全くありません。
もらった側がいい気持ちがしないだろうとは感じたので
現にこうして彼岸明けまで待ったわけですし。

私は唯物論者ではないし、仏教を否定するつもりもありません。
でも根拠がはっきりしないものに対して、
何かこう、釈然としない気持ちがあるんです。
まあ、こういった場合の「根拠」の位置づけは
人や地域それぞれの問題だから相当難しいとは思います。

先日参列した葬儀でも
香典返しの中に入っていたお坊さんからのお知らせには
「我々の宗派は六曜や亡くなった方に対する穢れといった
根拠のない慣習にはくみしません」といった趣旨が書いてありました。

本当に難しい問題ですね。
脈々と受け継がれてきた文化・習慣としての立場と、
根拠がはっきりしないものへの釈然としない気持ち。

とは言ってみても、カレンダーに「大安」の赤い字を見つけると
宝くじ売り場に走ってしまう私です。


追記:ご親戚の法事に参列された方のこちらのブログによれば
浄土真宗の方針だそうです。大変参考になりました。
ありがとうございました。
横浜の貞昌院の副住職さまによるこちらのブログには
六曜の歴史的な成り立ちやその割付の科学的な法則などについて
本当に詳細に記載されていて、大変参考になりました。
ありがとうございました。