現在は一応オトナで一応教育者のもとはしなんだが、子供の頃から大好きで今でもやめられないものがある。酒とかタバコとかチョコレートじゃない。マンガだ。
もっとも小さい頃には母からマンガ購入禁止令が出ていたが、病院の待合室や友達の家で読んでいたりしていた。下に弟がいたこともあり、少女マンガだけじゃなく少年マンガもバンバン読んだし、高校の時に所属していた美術部では顧問の先生が毎日マンガ雑誌(少年・青年誌のみだけど)を買ってきてくれていたので、放課後気になる連載を読んだり(長く読みすぎて顧問によく怒られたっけ)、最寄り駅の近くにある貸しマンガ屋さんで1日50円で借りて電車の中で読みふけったくらいだ。
我々から上の年代(つまり30代〜50代前半くらい?)だと、『ブラック・ジャック』を読んで外科医を目指した人も、『生徒諸君!』を読んで教師を目指した人も少なくないだろうし、あまりに多くのマンガを濫読してきたワタシのような人間は、特定のマンガに影響されて今の職業を選んだわけでなくても、決めの台詞にはついつい川原泉作品からお言葉を拝借したりなどしてしまうから、たとえこれまで大人たちからどんな批判を受けてきたとしても、マンガは文学や映画と同じようにひとつの文化として確立されたんだなぁ、と感慨にふけっちゃったりするのだ。


金魚屋古書店出納帳 上 IKKI COMICS

とまー訳のわからん前フリがぐだぐだ続いたので、いいかげん本題。
『金魚屋古書店出納帳』(全2巻)と続編の『金魚屋古書店』(既刊1巻、以下合わせて『金魚屋』と略す)を読んだ。
東京ではないどこかの、豊かな水をたたえた地方都市。その街のクリーク沿いに立つ年季の入った店構えの漫画専門古書店「金魚屋古書店」。その店を舞台に、実在する漫画(例として『タッチ』『河童の三平』『Dr.スランプ』など)をめぐる人々の人間模様を描くと同時に、金魚屋店員である謎の漫画バカ(笑)斯波尚顕と店長代理の鏑木菜月が案内する豊穣なマンガの田園(どーゆー比喩だ?)、そして古漫画の流通システムや価値ある漫画の発掘のされ方もわかってしまう、かなり濃ゆい漫画ガイドマンガである。
マンガを読む人と読まない人の差ははっきり分かれていると思うが、『金魚屋』を読んで共感する人はマンガを愛したことがある人だろう。幼い頃や多感な時期に出合ったマンガは一生の思い出になるし、成人しても思わぬところでマンガに出会い、それが人生や考え方を変えてしまうことだってある。そんな経験のない、お堅い考えしかできない人には「マンガなんて役立たず」なんて思ってしまえるのだろう。でも、多くの人がそう考えると、いとしいものはみな役立たず(あ、これ『永遠の野原』からの引用になっちまった…)。でもそのものに関しては、どこかで誰かが共通した思いを持っていたということが少なくない。それがきっかけでつながることだってできるし、新たな絆もできる。最近はマンガ評論もだんだん確実しつつあるので、そのへんも興味深く読んでいるけど、あまり学術的になりすぎてもこれまた困る。やはり、マンガはみんなが楽しめるものでないとね。あと、思い出のマンガを探して読み返すのもいいけど、現代のマンガもちゃんと読んでおかなきゃと思うこともある。表現力が昔と違ったり、ストーリーテリングの面で違和感を感じるものが多かったとしても、面白くないものばかりではなく何かしら傑作はあるのだから、どこかでちゃんとチェックしなきゃなーと思うのだ。
マンガを読むのは小説と同じだ。ただ表現法が違うだけで、読み手は想像力をフルに活用してその世界に浸ることができる。と言うわけで、今年は小説もノンフィクションもマンガも頑張って読み、過去の傑作を見直し、現在の作品にも何か価値を見出したい。…ってなんか堅い文末だな。

ところで記念すべき『金魚屋』の第1話で取り上げられた、現代の中学生の女の子を夢中にさせた30年以上前のマンガはワタシにとっても超スタンダードなマンガなんだが、これについて書くと絶対止まらなくなる。ちょうど今、石巻の石ノ森萬画館でそのマンガのエキシビジョンが行われている(こう書いた時点でそれがなんだかはわかるよなぁ…)。それを観に行った後で、まとめて書きますわ。