2017年05月30日

高野山へ 後編

奥の院の朝

高野山は1泊2日の泊まりで行ってきた。ここは泊まったほうがいい。
高野山は山の中にあるだけあって空気が澄んでいる。特に朝は街全体が木の香りに包まれている。早起きして空気を味わうもの贅沢な時間の過ごし方だ。夜も標高が高いので星がよく見える。バーやカラオケはないけれど、たまにはぼーっと夜空を眺めるのもいい時間だ。
根本大塔

せっかくなので阿字観という瞑想体験と写経をしてきた。
瞑想している時間は、人間を離れて木や草とおなじようにただある状態になる、つまり人間稼業をやめる時間、とどこかで聞いた。
何も考えずただ呼吸に集中する。
座っていると足が痺れてくる。
足の痺れが人間であることを呼び覚ます。
実際に瞑想しているのは20分ほどだったけど長く感じた。

提灯

写経も手軽に出来る。文字が裏写りしている半紙に筆ペンで、般若心経を一文字ずつ心を込めて、願いを込めて書いていく。

小学校の時に習字を習っていたけど最後まで嫌いだったな。
でも、あれから20数年たって今は進んでいる写経している、不思議だ。
これを大人になったというのか、歳を取ったというのかわからないけれど、写経は意外と楽しい。
嫌いなこと、苦手なことを一つ好きになれたのはとてもいい事だ。

と思いながら筆を動かす。
書き上げた写経は1000円払って奥の院に奉納(永久保管らしい)するか、100円でお焚きあげか持ち帰りか選べるんだけど、満足行く出来だったので奉納してきた。
なんせ他の人が30分で終わるところを1時間半かけて書いたからね。
写経


高野山は時間の流れがゆっくりしている。とても心が落ち着くし、自然とありがたい気持ちになってくる。
写経のちょっとした疲労感と、ありがたい気持ちでバスの乗ってぼーっとしていたら、タンクトップ&ホットパンツの金髪ギャルがバスに乗り込んできた。欧米人だし、街に下りれば普通の恰好なんだけど、高野山のような厳かな空気の街で目にすると、そのギャップに驚いてしまう。でも、金髪ギャルも仏様と同じぐらいありがたい存在だ。ありがたや、ありがたや。
二重にありがたい気持ちになって山を降りてきた。


groovyrockaholic at 22:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年05月29日

高野山へ 前半

先日、初めて高野山へ行ってきた。前から行きたいと思っていて、ようやく行くことが出来た。
ゴールデンウィークのオーストリアとハンガリーに行ってきたのだけど、正直なところ高野山の方が印象的だった。とてもいい時間を過ごしてきた。

大阪の難波から南海電鉄に乗って約2時間。
標高867mまで上がったところに高野山駅がある。
駅からバスに20分ほど乗ると高野山の街中へ着く。
根本大塔とか

下界から川を越え、深緑の山を深くまた深くはいったところに真言宗の聖地「高野山」がある。
山中の細長い平地に肩を寄せ合うようにして寺院や家屋が林立している。
メインの通りには寺院が並び、ちょっと裏へ入ると住居や商店が顔をのぞかせる。
歩いているとどこからともなくお経が聞こえ、袈裟を身に着けた坊さんとすれ違う。
高野山にコンビニは2軒あるけどあまり目立たたないし、ファーストフードはもちろんない。どこの街で見かける商業・娯楽施設もここにはない。
まんじゅう屋

そう、ここは天上の仏教都市、高野山だ。
京都や奈良もお寺は多いがけれど、宗教的というかかなり観光的だ。その点ここは全く違う。
もちろん観光に力を入れていないわけではないけど、資本主義の臭いがしない。
世俗とは異なる原理で動いている。
ここは日本の中の外国だ。僕らの住むところとは違う文化を持っている。
金剛峯寺入口

高野山へ向かう電車、車内を見渡すと大きな荷物を抱えた外国人旅行者をよく見かける。1/3か半分は外国人だろう。僕が泊まったゲストハウスKokuuはたぶん15人ぐらいしか泊まれないけど、12人は外国人だった。
高野山はミシュランで3つ星を獲得してから外国人が来るようになったと聞く。3つ星の獲得理由は「印象深さ」という点で高く評価され、「浮世と全く違う時間が流れている。西洋人にとって神秘的」だそうだ。
今は外国人の僧侶もいるし、宿坊も外国人を受け入れる体制を整えている。
畳の部屋に布団で寝て、精進料理を食べ、朝夕にお勤めに参加する。日本人の僕でも異文化体験だから外国人ならなおさらだろう。日本人がドイツの古城に泊まるような感覚に近いと思う。
精進料理



groovyrockaholic at 22:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)国内旅行 | 日常

2016年12月01日

カレーライスを一から作る その3

鳥をシメる前に、やっぱり命の食べ方について先生と学生で議論をするんだ。
ここではペットと家畜の違いを話していた。
同じ動物でも人間がペットとして認識すれば餌をあげて、病気になれば病院へ連れていき、死んだらお墓をたてて涙を流す。家畜と認識すれば餌はあげるけど、大きくなった頃に屠殺してしまうし、もちろん墓なんかたてないし泣くこともない。犬はペットかもしれないけど、ある国へ行けば立派な食べ物だし、生き物そのものは変わらないけど、人間の認識一つで扱いが大きく違う、っていうのを学生が話していた。

映画の最後はみんなが協力してカレーをつくり、みんなで食べ尽くしていた。
出来たカレーはスープカレーみたいな見た目で、普段食べているものとは違うんだけど、野菜の味が濃かったそうだ。

映画を見終わって、学生時代にこんな授業を受けたかったと思うと同時に、それではいけないとも思った。
映画を通じて感じたのは、当たり前のことからどれだけ気づき、考え、学べるかだと思う。
授業を受けないとわからない、誰かに教えられないとわからない、ではないんだと。
普段の生活や仕事の中で、無意識の内に選んでいたり、気にも留めないことの中に、生きてく上での大事なことが沢山あるんだ。ただ、それに気付いてないだけ。
この授業のような視点を持って生活すれば、もっと色んなことが見えてくるだろうし、野菜や肉を選ぶのも考えて選ぶようになる。食べ物に限らず、生きること全般に渡ってもっと興味深く毎日を過ごせると思うんだ。

この授業の素晴らしいところは気づきの切り口がカレー作りであったことだと思う。
イチローも毎朝食べるほどの国民食カレー。これだけ日常にあってお皿一杯の窓口から、人間の社会、歴史、文化を紐解いていく。その先の世界の広さと深さに驚いた。

ちなみに今、インドを映画音楽を聴きながらブログを書いている。
映画を見た日の夕食はもちろんカレーを食べた。

groovyrockaholic at 22:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 

2016年11月30日

カレーライスを一から作る その2

カレーといえばビーフ、ポーク、チキン、シーフードとか色々ある。細かく分類すればたぶん星の数ほどあると思う。
今回は当初ダチョウを育てて、ダチョウカレーにするつもりだった。ダチョウの赤ちゃんを3匹買って、小さいうちはダチョウ農家に育ててもらっていたんだ。でも、ダチョウは信じられないほど弱い生き物で、原因はよくわからないけど3匹とも1〜2ヶ月で死んでしまった。ダチョウ農家の人も言っていたけど、驚くほどひ弱な生き物なんだ。大人のダチョウでも雷とか大きな音がしただけで、パニックになってしまい、走り回ってどこかにぶつかり、足を折ったり、頭を打ったりして死んでしまうらしい。

ちなみにダチョウは英語でオストリッチというんだけど、オストリッチコンプレックスという言葉があって、ダチョウは危険や困難な場面にさらされると、頭を地面に突っこみ、見なかったことにするそうだ。その結果、ライオンに食べられるかもしれないんだけど、自分に不都合な問題があっても、直視せずにとにかく目を背ける。ダチョウに限らずオストリッチコンプレックスの人は意外と多い。アル中や、何かに依存する人は少なからずその傾向がある。

ダチョウが死んでしまったので、代わりにホロホロ鳥1匹と烏骨鶏2匹を飼い始めた。
当然、最後はシメて食べるんだけど、鳥をシメるのも授業の一環だ。先生が学生に「誰かシメれる人、いる?」って聞くんだけど、もちろんそんな野生児はいないわけで、最初は先生がホロホロ鳥の首を折ってでお手本を見せたんだ。首を折るには体を押さえて思いっきり頭を捻る。何回か捻る。そのあと頭を包丁で落とし、逆さにして血を抜く。血が飛び散らないように白いビニール袋にいれるんだけど、頭を落とした後も鳥はバタバタと激しく動いて、白いビニールが赤く染まっていった。
一度手本を見せたら、あとは学生たちが自分たちの手で同じように烏骨鶏2匹をしめた。
なお、2本足で歩く動物は人間を除いて自分たちで殺しで良いが、4本足で歩く動物は専門の機関以外で殺すことを法律で禁じている。

生き物を育てて食べる授業には必ず、他の命を奪って食べる、問題が絡んでくる。
この映画では鳥をシメる前に、屠殺場で働いている人に特別講師としてきてもらい屠殺と食肉について講義を開いた。

講義は屠殺の方法だったり、生きた牛や豚からスーパーに並ぶまでの流通の話だったりするけど、屠殺の話になると命を奪って食べるという倫理的な問題とは別に、差別の話が出て来る。
屠殺と動物の皮を扱う人は世界中どこでも差別を受けてきた。それは今も続いている。インドは言うまでもなく不可触民がこの仕事をしているし、日本でもこの仕事に携わる人は昔から部落扱いされている。大阪は有名だし、東京、神奈川にも結構残っている。講師の屠殺の所長も言っていたけど、この仕事についていることを明かしていない職員もまだまだいるそうだ。
屠殺と聞いていいイメージを浮かべる人はいないだろう。仮にいたとしたら間違いなく変態だ。早く自首した方がいい。
まず言葉として、屠るに、殺すと書くのだから、恐ろしい。憤死とか三国志に出てくる言葉と同じレベルだ。また、仕事内容もハードだ。特に皮加工は臭いがすごいらしい。知り合いのカメラマンが皮加工屋に行ったことがあり、その人は臭いに耐えきれず吐いたそうだ。
生き物を殺す倫理的な面と、臭いや血のイメージ、この2つが合わさって、差別という結果になっている。

カレーそのものは平和だけれど、その中身を詳しく見ると事態は複雑だ。


つづく

groovyrockaholic at 22:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 

2016年11月29日

カレーライスを一から作る その1

毎日見かけるごくごく日常にあるものなんだけど、そこから広がる世界は深く果てしない。
生きていくのに欠かすことが出来ない「食べる」という行為、そしてお腹に入る「食べ物達」。改めてく考えるとこれは大変なことだ。

先週末にポレポレ東中野で「カレーライスを一から作る」という映画を見てきた。
内容はタイトル通り一からカレーライスを作る話だ。詳しいことはHPを見てもらうとして、種を買うところから始まり、畑を耕し、野菜を育て、鳥も飼い、ついでに皿も作り、最後はカレーライスにして食べる。水曜どうでしょうの中でも人気の高い夏野菜スペシャルをさらに突き詰めたものだと思ってもらえればわかってもらえるだろう。もちろんパイは出てこない。

武蔵野美術大学の授業をドキュメンタリー化した映画で、久しぶりにいい刺激を受けた。
関野吉晴が先生をやっていて、とても面白い学び方なんだ。
カレーっていうごく普通の食べ物から、これだけ多くのことを気付かされ、考えさせられるとは思ってなかった。体を動かし、感じ、気づき、考え、議論し、授業を進める。とてもいい学び方だと思う。

話は種を選ぶ段階から始まる。カレーに使う野菜の種を買いに行くんだ。じゃがいも、人参、玉ねぎ、ウコン、しょうが、唐辛子、コリアンダーだったかな。じゃがいもの種を一つ選ぶにしても、そこには人類の歴史と社会が広がっている。

じゃがいもは南米アンデスが原産地の食べ物で、高地などの痩せた土地でも育つ。コロンブスがアメリカ大陸を見つけて、じゃがいもがヨーロッパにもたらされた。それまでのヨーロッパは大した作物がなかったんだけど、じゃがいもは少ない面積でも大量に撮れるのでイギリスやアイルランドなどの食糧事情が大幅に改善され、人口が爆発的に増えた。そして、じゃがいも食べた育った人達がその後の産業革命を支えていく。
けれど、1845年にヨーロッパ中にじゃがいもの疫病が流行り、貯蓄していたじゃがいもが全て腐り、ヨーロッパ中が大飢饉になった。その死者数は中世にペストが大流行したとき以来だそうだ。
なぜここまで被害が拡大したかというと、ヨーロッパに持ち込まれたじゃがいもは大きく、形がいい品種で、一つの品種しか植えてなかったから、全部が同じ病にかかってしまった。
本場のアンデス山脈はどうかというと、そうゆう事態は起こらなかった。何故かと言うと、じゃがいもだけ何十種類もあり、多くの品種を同時に育てる。だから、一度に全てがダメになることがない。一部が病気にかかっても、他の品種には影響がないんだ。これはじゃがいもを何千年も食べてきた先人の知恵で、こういった話はじゃがいもに限った話じゃない。きっと世の中の色んなことに当てはまるんだろう。ヨーロッパの人たちはじゃがいもは持ち帰ったけれど、知恵は忘れてきたらしい。

じゃがいもに限らず、野菜の種一つにしてもその奥は深い。
簡単に言うとモンサントの話なんだけど、知らない人はモンサントでググって欲しい。
色も形もいいし大量に採れるんだけど種を産まない。虫にも強く育ちも早く万能な野菜だけど特定の農薬を使わないと育たたない。品種改良という名の遺伝子操作によって、自然界にはあり得ない不自然な品種が多く流通している。気づいてないけど普段スーパーで目にしている野菜は少なからず何かしらの品種改良を受けている。
この授業で学生たちが育てた昔からの自然な品種の野菜は大きかったり小さかったり形が悪かったりスーパーでまず見ないほど不揃いだった。でも、ちゃんと次の収穫のための種を持っている。
遺伝子操作された見た目の良い野菜と、不揃いな野菜が並んでいたら、見た目で選んでしまうだろう。誰しも遺伝子操作には疑問を持ちながらも、無意識の内に手の加えられたものを選んでいるかもしれない。不自然な品種がスーパーでは自然の品種なのだ。

じゃがいもと種ついてざっと書いてみたけど、この2つからだけでも人類の歴史と社会が見えてくる。そして、その一つ一つが深く、大きなトピックだ。意識しないと気づかないけれど、よく見てみると気づき、感じ、考えさせられることが多い。カレーライスを一から作る過程で、色んなことが見えてくる。

つづく

groovyrockaholic at 21:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 

2016年07月07日

プリズムの煌めき 〜キンプリはいいぞ〜 後編

戦場へ赴いたのは仕事終わりの金曜日の19時。場所はみなとみらいの映画館。すぐ近くにあの観覧車が見える。
今回はたまたま4DXという風が吹いたり、座席が揺れたり、水が出たりする特殊効果がついた上映で、普段映画館に行かない僕としては、キンプリ初体験に4DX初体験が加わったもので、初めてのセックスで浣腸プレイみたいな初体験過剰であった。
4DXは人気らしく1週間前にはほぼ全ての席が予約で埋まるので、わざわざ予約して席をとった。

中に入ると120席ほどあってそのうち男は3人ぐらい。観客の98%は女性だ。
いくらなんでもアウェーだ。甲子園でホームスタンド側に座ってしまった巨人ファンみたいな気持ちになる。言うまでもなく右を見ても左を見てもキンプリファンばかり。四面楚歌ならぬ四面キンプリだ。
なんでこんな所に来てしまったんだろうと後悔しつつ、日常生活でこんなにドキドキすることもないと妙な興奮も覚える。

唯一の救いは昨日会社帰りにドン・キホーテで買ったキングブレード、通称「キンブレ」だ。
このキンブレがないとキンプリは話にならない。キンブレは武士における刀みたいな存在で、持ったない事は丸腰で戦場へ赴くと同意義、すなわち死を意味する。
キンブレは簡単にいえばハイテクペンライトなんだが、なんと15色も色が変わる。キンプリはキャラごとに色が決まっており、映画の展開に合わせて色を変えて応援しないといけないのだ。意外と忙しい。
仕事鞄にキンブレを隠して一日仕事をしていたわけだが、そのバイブっぽい見た目と、万が一見つかったら何を言ってもオタクだと思われるので、バレないようにいつもより大事に鞄を持っていた。

肝心の映画はどうだっかというと、一言で言えば「クレイジー」だ。
今までクレイジーと謳った映画は沢山あったが、キンプリは度を超えてクレイジーだ。
最初5分で主人公の男の子が裸になり、最後も裸の敵役の男の子達がビルの屋上に設置された露天風呂に入り、そのビルの下で敵の下っ端が裸で応援しているという、書いているこっちもわかならいほどストーリーがぶっ飛んでいる。
というか終始、驚きの展開についていけず全く内容が理解できなかった。覚えているのはEZ DO DANCEとシックスパックぐらいだ。特にシックスパックの使い方映画界における一つの革命だと思う。いくら自由な発想をしたところで、あのシックスパックはこっちの予想のはるか斜め上をいく。

そして、驚きのストーリー展開に加わるのが応援上映だ。
最初はスロースタートだったが、途中から一気に加速するというか、恥ずかしさがなくなる。
となりの一人できていた地味目の女性は、最初は静かだったけどお気に入りのキャラが出てきたらそれはもう声が出ること。映画よりも彼女に驚いてしまった。彼女の他にも猛者が何人もおり、映画館が歓声というか悲鳴というか七色の声でうめつくされるのである。
キンプリはダンスが重要で、とにかくよく踊り、気づいたら裸になっている。ダンスのBGMもなぜか今の時代にEZ DO DANCEかと思うが、ドンピシャの小室世代としてはいやが上にもテンションが上がる。
EZ DO DANCEは映画の結構いい部分で流れてきて、サビの所でスクリーンに

(EZ DO DANCE) FOO!!
(EZ DO DANCE) FOO!!

の文字が飛び交い、オーディエンスもFOO!!と合いの手を入れる。
狂ってるなー、と思いながらもFOOしている僕がそこにいるのだ。

そんなわけで強烈なインパクトだけ残っていて、内容はほとんど覚えていない。ただ、時たま無性に見たくなる。
この現象をファンの間では「プリズムの煌めきにやられた」と言っているらしい。
一度キンプリをみてしまったらマッドマックスが極まともに見えてしまう。とにかくイカれた映画だ。

キンプリはいいぞ。

groovyrockaholic at 23:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 

2016年06月29日

プリズムの煌めき 〜キンプリはいいぞ〜 前篇

キンプリ


先日、ようやくキンプリを見てきた。
ツイッターでたまに「キンプリはいいぞ」、「EZ DO DANCE」、「ケツから蜂蜜」などの謎のワードが流れてきて、ずっと気になっていた。行った人の感想を読んでもよくわからないけれど、今までになかった何か、そこに僕の知らない世界があることだけが伝わってきた。

面白いらしいが、何が面白いのかよくわからない。だけど、わからないから余計に興味は増すばかり。
童貞だったころはセックスについてわからないから、何がOKサインなのか、最初はどこから触ればいいのか、ゴムを付けるタイミングとか、何でも真剣に考えいた。情報源はもちろんエロ本だったり、週刊誌だったりで、よくプレイボーイとかBOMBとかのHOW TO SEXみたいな記事を真面目に読んでた。間違いなく教科書より読み込んでいた。
ちなみにこのOKサインというやつは30歳を過ぎても未だにわからない。女の人が隣で裸になったり、やたらと乳輪みせてきたり、僕の股間にお茶をこぼしてパンツを脱がしてきたら、OKなんだなってわかるけど、そんなAVみたいな状態はないわけであって、誰か本当のOKサインを教えて下さい。困っています。連絡待ってます。

必死になってしまったが話をキンプリに戻すと言ってみれば、僕はキンプリ童貞、初体験なわけだ。
初体験という言葉はいい。まず語感がいい。ドキッとするし、フレッシュっだ。ヤフーニュースで「初体験」の文字があったら無意識にクリックしている。それがたとえおじさんの初体験であってもだ。

経験を重ねることでメリットもあるけど、デメリットもたくさんある。その一つが驚きがなくなることだ。驚きのない人生は退屈だ。この先の人生で何一つ驚くことがないとしたら、もう人生を終わりにしたほうがいい。僕ならそうする。旅が好きでいろんな所に行くのは、驚きたいからだ。知らない所へ行き、知らないものを見て、知らないものを食べ、知らない人を知る。一つ一つが驚きで、同時に喜びでもある。何歳になっても驚きたい。

キンプリ、正式名称はKING OF PRISM by PrettyRhythm。
簡単にいえばかわいい男のがたくさん出てきて踊ったりするアニメだ。詳しく知りたい人は適当にググってくれ。
たまにオタクっぽく見られているみたいだけど、アニメについては全くと言っていいほど興味が無い。最後に見たのは無職の時にあまりに暇で借りた新世紀エヴァンゲリオンだろう。エヴァが出て10年以上たって見てるから、出た時は20世紀だったけど見た時は21世紀だ。

ちなみに何オタクかと聞かれたら、「緑茶割りオタク」と答えている。飲み屋に行ったら必ず頼んでいるし、週5で飲んでいる。一番好きな組み合わせは金宮+伊右衛門だ。プライベートブランドのお茶は安っぽい味がするし、粉のお茶も粉っぽくなるか好きじゃない、良いお茶もお茶成分が強すぎて酒を飲んでいる気にならないし、おーいお茶はなんか違う。伊右衛門が一番気持ちよく喉に入っていく。もちろん金宮の1.8リットルパックと伊右衛門は家に常備だ。これはもう立派なオタクと言っていいだろう。

キンプリはただのアニメではない。応援上映というシステムを採用した参加型のアニメだ。
応援といえばスポーツだったりライブで行うものだ。スポーツであればファンのチームや選手を応援すれば勝てるかもしれないし、ライブであれば盛り上がるに違いない。
キンプリはそんな見返りはない。何を応援しているかというとスクリーンに出てくるアニメのキャラクターを応援している。応援したからといってストーリーが変わることはないし、男の子達が返事をしてくれるわけもない。ただ、応援したいから応援しているんだ。書いているこっちも何を言っているかよくわからないけど、それがキンプリなのだ。

客層は圧倒的に女の人が多く、とにかくリピート率が凄まじいらしい。観客は何度も見ているから応援のセリフや振りは完成度が高く、それはまるで訓練された軍隊のよう。特に新宿バルト9は精鋭部隊が集まる聖地のようで、丸腰の素人がきたら会場に入る前にヤラれるらしい。

そんな雲をつかむような情報だけが飛び交い、事の真偽を確かめるには自らの眼で見るしかない。
恐らくそこにあるのは僕の知らない世界、異文化が広がっているのだ。異文化探訪とはいい言葉ではないか。
気分は明治の日本を訪れたアーネスト・フェノロサだ。
日本の中の僕にとっての外国「キンプリ」、日本を再発見する意味を込めて見てきた。

次回に続く

groovyrockaholic at 23:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 | 面白

2016年06月16日

おっぱい麻酔

歯医者で歯科衛生士さんに治療してもらっている時のことだ。
衛生士さんの見た目は小保方さんをちょっと丸くした感じで、28歳ぐらいだろうか。しゃべり方は丁寧で包容力があり、とてもやさしそうな雰囲気がある。医療系に向いている。
虫歯はないんだけどこの歯医者には3ヶ月に一度検診のために通っていてる。毎回歯の掃除をしてもらうんだ。

それは奥歯と歯茎の間の掃除をしてもらっている時だ。
よくある話なんだけど、おっぱいが右肩にあたった。いや、あたったというか押し付けられた。誰しもが経験があるのではなかろうか。
この場合は胸でもなく、乳房でもなく、パイオツでもなく、おっぱいという言葉を使うのが正しい。おっぱいという言葉のもつやわらかさ、膨らみ、希望、夢。数少ない完璧な日本語だと思う。おっぱいという言葉を発明した人はアインシュタイン以上の天才だ。

やわらくて、むにゅっとした感覚に、思わず体が熱くなる。
僕は右肩に全神経を集中させた。布を通じておっぱいがどんな形になっているかわかる。第6感だ。
「この人は肌が白くてやわらかそうだから、おっぱいもやわらかいんだろうな〜」と思いつつも「サイズはCだろうかDだろうか、もしかしたらE?」と頭の想像が駆け巡る。こんなに集中したのはここ何年ぶりだろう。
もっとグイグイこないかなと期待しつつ、こっちから動くわけにもいかず。

短い時間ではあったけど、幸福なひと時であった。さよならも言わずにおっぱいは離れていった。そして、歯の掃除がまた始まった。
おっぱいがあたっている時は気付かなかったけど、離れてから僕はあることに気がついた。

おっぱいがあたっている時は歯の掃除が痛くないのだ。もちろん麻酔なんかしていない。けど痛くない。

なぜかというと、右肩に全神経を集中させているからだ。
全神経を右肩の皮膚に集中している。つまり歯の神経にまわす余裕なんてない。だから何をされても痛くない。
小さい時から幾度と無く歯医者には泣かされてきた。今でも麻酔の注射は痛いし、やりたくない。そう思っている人は多いはずだ。

だから歯の痛みで苦しむ人達におっぱい麻酔を実用化できないだろうか。麻酔注射を打つ必要はないし、幸福な気分すら味わえる。麻酔の効きが悪ければ、ちょっと露出を増やし、それでも効き悪い人にはさらなるサービス。これなら過剰と言われた歯医者も流行るはずだし、景気回復にもなるはずだ。少子化にもいい。

そんなわけで、「おっぱい麻酔っていいな、俺って天才」と思ってなんとなく検索してみたら、既にAV化されていたんだ。日本のAVは進化し過ぎだ。


groovyrockaholic at 23:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エロ 

2016年06月08日

バルセロナに行ってきた サグラダ・ファミリア編

サグラダ・ファミリア

高台やビルの上に登った時、見通しの良い通りに立った時、ふとあたりを見回すと何本かの塔とその上下左右を何台かのクレーンが動いているのが見える。バルセロナの中心街には高い建物が少ない。条例で建物の高さか階数が定められていると聞いた。一部の例外はあるけれど、どの建物も一様に背が低い。だからどこからでも見ることが出来る。
1882年に建設が始められた時、辺りは何もない空き地だったそうだ。それから100年以上たちすっかり建物に囲まれ、街の成長とともにその一部となり、今はバルセロナを象徴する存在となった。サグラダ・ファミリアは今日も上に向かって伸びている。
サグラダ・ファミリア入口

宿から歩くこと10分、サグラダ・ファミリアの前に立つ。今日は土曜日、休みなので人通りが少ない。
こっちは朝が遅い。日本だと朝7時には人が街にでているけれど、バルセロナではほとんどいない。もちろん店も開いていない。朝5時ぐらいの感じだ。代わりに夜は遅く、日が暮れるのが21時だ。夕食を食べる20時頃でもまだ外は明るく、日がある内に夕食を食べるのは最後まで慣れなかった。でも、23時にはほとんどの店が閉まるから不思議だ。松山千春の歌で「長い夜」というのがあるけれど、こっちでは「短い夜」だ。

サグラダ・ファミリアは朝が良いと聞いたので、9:30のチケットを日本で予約した。これまで入場券を予約したことはなかったのだけど、サグラダ・ファミリアは世界有数の観光スポットということでいつも激混みだ。当日券もあるけれど買うのに1時間並び、さらに入場できるのはその3〜4時間後とかが普通だそうだ。実際、グエル公園に行った時は、15時頃に余裕で入れるだろうと思っていったら、当日券は売り切れで入れなかった。(後日ちゃんと予約して入りました。)入場制限しているのはいいことだけれど、バルセロナにはそれを遥かに上回る観光客が来ている。
これまで予定を組んで旅したことはなく、いつだって到着してから何するかを決めていた。行き当たりばったりになれた人間としては、ヨーロッパは随分と面倒だなと思った。
相変わらず混んでいる

これはガウディが生きている間に唯一完成させた生誕の門。
近くで見ると重量感と威圧感がある。とにかくデカくて、石がこっちに迫ってくる感じだ。おびただしい数の彫刻が施されている。サグラダ・ファミリアは石の聖書とも呼ばれ、彫刻の一つ一つに意味がある。ここまであると意味過剰だ。
スペインに来る前にサグラダ・ファミリアの映画を見たり、本を読んで勉強してきたけれど、やはり実物を目の前にすると事前に仕入れた知識は飛ぶ。圧倒的な物量の前に目と脳が追いつかない。それでも本に載っていた箇所や、意味がわかるものをちょっと見つけると嬉しい。これから行く人は必ず外尾悦郎の「ガウディからの伝言」を読んだほうがいい。その方が100倍サグラダ・ファミリアに感動できる。
サグラダ・ファミリアの天井
ステンドグラス・赤
樹木のような柱
ラスボス感あり

これまで色んな所で大聖堂というものを見てきた。他の教会は豪華ではあるけれど、ゴテゴテしていて、若干ホコリをかぶった感がある。そして、どの教会を見ても似たような姿をしている。けれど、サグラダ・ファミリアも同じ機能を持つ建物でありながら、建造物としては全く別物だ。次元が違うといっていい。

中に入るとこんな感じだ。
入って最初に思ったのは「ラスボスはここか」であった(FFの)。この場合のラスボスは当然、4枚目の天井から吊るされている彼になるわけだが、空気が外とは全く違う。ステンドグラスの色合いといい、天井から落ちてくる光といい、神々しくもあり、恐ろしくもあり、現実感がない。宇宙とか、地球最後の日とかそんな言葉が似合う。
仏画は極彩色を使って地獄や極楽を表していて、文字の読めない人にもその印象で教えを施す。サグラダ・ファミリアがそれが立体として具現化されていて、中に立っているだけで響くものがある。そして、外からの光を取り入れているから、朝と夕方では光景が違う。太陽の傾きによって表情が変わるのだ。今回は朝しか見てないけれど、やっぱり夕方も見てみたいと思う。
外尾悦郎の彫刻

ハープを持った天使の彫刻は外尾悦郎が作った最初の彫刻だ。サグラダ・ファミリアは書ききれないほど考えぬかれた工夫や、驚くような構造をもっている。この辺はやっぱり外尾悦郎の本を読んでもらいたい。個人的に気になるのがサグラダ・ファミリアの楽器としての機能で、完成しないとわからないけれど、実現したら本当に素晴らしいと思う。ガウディの考えは建築の枠を超えて、芸術と哲学に入る。

サグラダ・ファミリアは2026年完成を目指して今日も建設中だ。完成図がなく、設計者も亡くなり、100年以上も建築を続けている建物は今でこそ珍しい建物かもしれないけれど、中世の大聖堂は100年以上かけて作っていた。ケルンの大聖堂は600年以上だし、同じスペインにあるトレドの大聖堂も270年かかっている。昔は時間の捉え方が大きかっただろうし、建物の経済性に対する考え方も違っていた。だからこそ歴史に残る建物が作れたんだ。現代に出来た建物が何百年先でも多くの人が列を作って入る建物はあるのだろうか。サグラダ・ファミリアはきっと中世の流れの最後の建築だ。長い時間と手間をかけ、岩と岩の間に時間が圧縮されているからこそ、あの圧倒的な空気があるのだと思う。

groovyrockaholic at 22:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)スペイン 

2016年05月30日

バルセロナに行ってきた カサ・バトリョ編

カサ・バトリョ

カサ・ミラから歩くこと5分。ガウディの有名建築のカサ・バトリョに着く。サグラダ・ファミリア、カサ・ミラに次ぐ有名な観光スポットだ。建物そのものが目立つのもあるけれど、人だかりができているから、離れていてもどこにあるのかすぐに気づく。
カサ・バトリョの外観

間違いなく同じ建物は地球上に存在しないし、似た建物も存在しない。
入り口は巨大魚が口を大きく開けているようだ。窓の柵はサメの口みたいな穴が開いていて不気味なマスクにも見える。写真ではわかりにくいけれど外壁表面は波打っていて、そこに円形や割れたタイルが輝いている。まるで気泡みたいだ。恐れとファンタジーが入り混じった感じがする。
カサ・バトリョの入り口

波打つ階段

海っぽい

サザエ

中に入って最初の大扉はキノコみたいな形をしていて、その縁が何かの生物かのように膨らんでいる。その先にある波打つ階段を登り2階へ上がる。階段は手すりも有機的に曲がっていて、見ていて綺麗だし、触り心地も滑らかだ。何より階段への波打つ縁がここまでやるか、と思うぐらいの凝りようだ。
上は通りに面した広間になっていて、そこは海が広がる。ガラスを通して外を眺めると魚になった気分だ。柱は中間に節があり、骨を模している。天井を見上げればサザエみたいな照明が渦を巻いている。
あまりの異世界感に、映画の世界に飛び込んだみたいだ。不思議の国のアリスの海中版があるとしたらきっとこんな内装だろう。でも、これがCGでもなく、映画のセットでもなく、実際の住宅だったということに余計に驚く。さらにこの建物を設計した時にすでにガウディが50歳を過ぎていたそうだ。50歳過ぎてこのファンタジー溢れる発想、少なからず変態であろう。
カサ・バトリョの窓

ガウディ・ブルー

美しいアーチ

入る前に気づいていたし、期待もしていた。驚く準備もできていた。
それでも、やっぱり中に入ると驚いてしまう。ガウディの作品は圧倒的な密度を持っている。一つの建物に施される装飾、工夫、発想、こだわりが異常な量で込めらている。どこを見ても、どこを触っても、きっと見えないところもガウディの目が行き届いているのだろう。美術的な面は言うまでもなく、実用的な面でもだ。
一枚目の窓はただの窓だ。建物のパンフレットにものっていないし、立ち止まって見る人もほとんどいない。ただの窓なのになんでこんなにすごいんだろう。
2枚目の吹き抜けは「ガウディ・ブルー」と言われる有名なタイルだ。この建物は5階建てで、採光と換気のためにこの吹き抜けが建物の中心を通っている。タイルの色は上に行けば行くほど青が濃くなり、下に行けば白っぽくなる。こうすることで光が届きにくい地上付近は白で光を多く反射させて明るくし、屋上付近は濃い目の青で光を吸収し明るさを抑えている。
3枚目の屋根裏の廊下はカテナリー曲線(日本語では懸垂曲線)呼ばれる構造的に一番安定していて、かつ美しいアーチが天井を支えています。この滑らかな曲線が機能美というヤツなんでしょう。光の取り入れ方もアーチの脇から太陽光が控えめに差し込んでいて、シンプルでいいんです。

この辺の実用性とデザインの両立が随所に見られて、この人は天才なんだなと心底思います。
そして、この集大成がサグラダ・ファミリアになるわけです。

groovyrockaholic at 23:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年05月27日

バルセロナに行ってきた カサ・ミラ編

カサ・ミラの外観

バルセロナについて最初に行ったのはカサ・ミラだ。
その独特な外観から現地ではLa Pedrera(石切り場)と呼ばれている。出来た当時はあまりにも独創的で好意的に評価されず、侮蔑的な意味合いを込めてそう名づけられたらしい。
カサ・ミラの屋上

ガウディの偉大さ

屋上は騎士の姿をした煙突がたくさん立っている。ちょっと不気味であるけれど、つくづく不思議な建物だ。
ガウディ建築の代表的な一つだけあって、各国から観光客が押し寄せている。おそらく中国人のおじさんも写真を取るのに必死だ。その姿はガウディよりも目立っていた。とういうか手前のおばさんも含め面子が濃い。

不気味な外見ではあるけれど、建物の内部に入る雰囲気は180度変わる。
カサ・ミラの内部

カサ・ミラの室内

壁や床はもちろんの事、家具や照明の一つ一つがオーダーメイドで出来ている。
まさにエレガント。部屋のどこを見ても、探せば探すだけの発見があって見ている人を飽きさせない。
ヨーロッパというと石の文化というイメージが強く冷たい感じがするけれど、床や家具に木材をつかっていて暖かみがある。
女子力高し

窓から見える内壁にも花が描かれている。こうゆう細かい所を見るとガウディは女子力が高い。花柄アレンジガウディ風みたいな感じで、建築女子はこの辺を見習うといいと思う。
かっこいい蓄音器

中でもこの蓄音器は素敵だった。色の違う木材を使って朝顔を表現している。まさにナチュラル系メイク。世界遺産級にかっこいいぞ、ガウディ。

カサ・ミラのカフェ

カサ・ミラ内にはカフェも併設されていて誰でも入ることができる。観光客がばかりで騒々しいけれど、世界遺産の建築で飲むコーヒーは贅沢な味がする。

カサ・ミラのトイレ

素晴らしい建築はトイレもいい。世界遺産の建物では出来るだけトイレ、しかも大をするよに心がけている。世界遺産でする便もまた格別。単に見るだけではなく実際に使ってみて、その良さがわかるというものだ。便をしているその瞬間は僕とカサ・ミラが繋がるわけであって、僕自身も世界遺産の一部となるわけだ。これも一つの世界遺産の楽しみ方。


groovyrockaholic at 23:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)スペイン 

2016年05月25日

バルセロナへ行ってきた ロシア編

サグラダ・ファミリアが見たくって、バルセロナへ行ってきた。

建設を始めてから100年以上経つのに未だに完成しない教会があるのは知っていた。具体的な興味を持ったのはサグラダ・ファミリアの主任彫刻家・外尾悦郎が書いた「ガウディからの伝言」を読んでからだ。手にとったキッカケは忘れたけれど、サグラダ・ファミリアのみならずガウディが設計した建物は単に奇抜な外見を持っているだけでなく、構造的な強度や実用性も両立していること知り、とても驚いた。且つそのアイディアが植物の構造からきていたり、貝などの生物を真似したものだったり、自然の中から見つけ出していることに感心した。そして、それを建物を通じて具現化した姿、何よりもその曲線美が魅力的だったんだ。写真で見た修道院の放物線アーチを持った白い廊下や、カサ・ミラの屋根を支えるアーチは構造物でありながら、それだけで美しい。
それからサグラダ・ファミリアの姿がずっと頭の片隅にずっと残っていた。

バルセロナ行きのチケットをとったのは今年1月で、その日の朝に軽井沢へ向かうスキーバスが崖から落ちたとニュースでやっていた。いまだに年に何回か深夜バスに乗る僕としてはどうしても他人事に思えず、まさかの事故で死んでしまう前に見に行こうと思いたち、その日のうちにチケットを予約した。

実は今回が初のヨーロッパだ。これまでアジア、中東、オセアニアと行ってきたけど、ヨーロッパは物価が高く、地理的にも距離があり、なんとなく遠いところだと思っていた。
社会人になったことで、学生時代や無職時代とは逆に、時間はないけど金はある状態になった。今は自由にお金を使えるけれど、もしこの先結婚でもしたら今みたいに自由に使えなくなるだろうし、気づくとヨーロッパがちょうどいい年頃になってしまった。
ロシアの空港


スペインまでの直行便はないので、今回はモスクワ経由で飛んだ。航空会社はロシアのアエロフロートだ。昔は機体がボロボロで事故が多くいのが有名だったけど、最近はまともらしく、乗り継ぎ時間もちょうどよく、何よりも安かった。色々調べたらGWのハイシーズンでバルセロナ往復が10万円を切るのはここと中国のLCCだけだった。中国のLCCで長時間のフライトなんて快適、不快というレベルをはるかに越えて、拷問を受けるようなものだ。エコノミークラス症候群以外の違う病気にかかるに違いない。

アエロフロートは成田を昼に出て、夕方にモスクワに着く。モスクワからその日の内にヨーロッパ中に行けるので、とても便利だ。モスクワ空港であった日本人に人と話していたら一人はイタリアへ、また一人はチェコへ行くと言っていた。
Aeroflot


実際に乗ってどうだったかというと、確かに快適だった。席はロシア人にはどうかわからないが、日本人には十分な広さだし、機体も新しそうだった。昔にエアー・インディアに乗った時は機内の壁紙が剥がれかけていて、ガムテープで補修したあったことをなぜか思い出す。
機内食も期待してなかった割には美味しかった。でも、なぜか固くて不味いパンが毎食ついてきて、ほとんど食べなかったんだけど、この固さと不味さが妙にロシアっぽくて可笑しかった。あとドリンクにビールがなくて残念だったけど、気になったのはそれぐらいだ。ちなみにロシアでは数年前までビールは清涼飲料水に分類されていたそうだ。さすがウォッカの国。

GOOGLEでロシアと検索すると「美人」と予測検索が出てくるぐらいなので、気になるスチュワーデスがどうだったかというと

成田→モスクワ:背が高く、金髪で、ちょっとキツめの、絵に描いたようなロシア美人
モスクワ→バルセロナ:寝ていたのか記憶なし
バルセロナ→モスクワ:太ったおばちゃんと、青い目、色白、金髪ショートカットのお人形さんみたいな新人マリア
モスクワ→成田:さらに太ったおばちゃん、通路を通れるのが不思議なレベル

という感じだった。

ロシア人が美人なのは若いうちだけで、年をとると太って別人になるとよく耳にする。空港内しかいなかったけれど、歳を重ねてもスリムな人はいるし、美人が決して多いわけでもない。案外普通でちょっと安心した。

空港やスペインで何人かのロシア人と話したら、自分が持っているイメージと違って、意外と面白い人達だなと思った。欧米人とは全く違って、シャイだけど、意外とやさしく、でも気は利かず、だいたいヤケクソで、どことなく自暴自棄な感じがしたんだ。ロシアも面白そうで、いつか行きたい。

ロシアのことしか書いてないけど、そんなわけでスペインに行ってきました。




groovyrockaholic at 23:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)スペイン 

2016年01月18日

ベトナムのお寺で

お洒落な寺院



















昔はフランスの植民地だっただけあってベトナムはどこかセンスが良い。アジアンテイストでありながら小洒落ている。町並みを見ていても綺麗だし、料理を見ても飾ることを知っている。

これはミトーという街の寺院、仏教のお寺だ。日本人の感覚からすれば寺院には見えない。宮殿に近い印象を受ける。こっちの寺院建築は明るくて綺羅びやかだけれど、決して派手ではない。日本の渋好みやタイの成金趣味とも違う。庭を見てもオリエンタルだし、整然としている。明るく開放的で華麗だ。
装飾が綺麗だ



























細かい装飾を見ると鳳凰が飛んでいたりするけれど、タイルは花柄だったり、明るい色使いをしていたりする。漠然と見るとただ綺麗だなとしか思わないけれど、よく見ると細かいところまで手が届いていて、より綺麗だと思う。
瀬戸物の門割れ物の門






















































上の2つはこのお寺の門だ。亀や鳳凰の造形はよく見ると割れた茶碗や皿で出来ている。ちゃんと大きさや絵柄を選んで配置している。エコの考えがあったかどうか知らないけれど、デザイン的に面白いと思うし、好きだ。
大仏様



























このお寺にあった大仏様。この曇りのない笑顔と鈴木その子並の白い肌はありがたいを通りすぎ、恐怖を感じる。笑うセールスマンに出てきそうな大仏様だ。ちなみにこの大仏は超でかい。大船観音ぐらいある。だから余計に怖い。他のお寺でもこの大仏様がいて、どうやらこっちでは普通らしいけど願い事を叶えてくれる代わりに、なにか大事なものを奪われそうだ。
無駄に細かい



























ベトナム人の仕事は細かい。この大仏様にしても、手足や胸の肉感や顎の割れ具合といいとてもいい。掃除が行き届いており屋外だというのに肌は白くスベスベだ。中でも僕が一番関心したのは乳首周りのブツブツだ。果たしてこの部分を再現する必要はあったのだろうかと疑問に思うが、神は細部に宿るという。きっとこの辺が一番ありがたいのだろう。

groovyrockaholic at 23:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ベトナム 

2016年01月15日

ホーチミンの街並み

交差点の風景



















ベトナムといえばカブだと思っていた。ベトナムではバイク自体が「ホンダ」と呼ばれるぐらいだ。
でも、実際にいってみたら案外カブは少なくって125cc以上のスクーターが多かった。
まだ車には手が届かないけれど、昔はカブが一家に一台だったのが、今はスクーターが一家に一台になっている。
水曜どうでしょうの「ベトナム縦断1800キロ」が放送されたのは2002年。未だにその時の映像のイメージでいたけれど、そこから13年経っている。当然、発展しているわけだ。発展に伴って、ベトナムは物価が毎年15%ぐらい上がっている。僕達旅行者が物価の違いを甘受できるのもいつまで続くかわからない。ちなみに、物価の上昇に対し、賃金は10%ぐらいしか上がらないからストライキが頻発しているそうです。
ベトナムのドライブスルー

























これはベトナム式ドライブスルー。
まだまだ屋台もいっぱいあります。
東南アジアは暖かいというか熱いから年中外で店が出来ます。だからオープンカフェはたくさんあるし、店にいても目の前が開けているから気分がいい。こうゆう店を日本でやりたいと思うけれど、冬は寒いからオープンに出来ないのが難しいところだ。東南アジアに来て開けた気持ちになるのは、暖かい気候のおかげなんだろう。日本も年中暖かい気候だったらみんな働かないはず。
ベトナムの住宅

























ホーチミンの住宅。
ホーチミンには800万人住んでいるけれど、そんなに大きくない都市なのでみんな集合住宅に住んでいます。人口密度は間違いなく東京より高い。ベランダの大きさを見る限り決して、部屋も広くないと思う。
人は多いけれど、電車は通ってないからみんなバイクかバスで移動します。普通の会社勤めの人の給料は月300〜500ドルぐらいだそうです。
中央郵便局

























ホーチミンの中央郵便局。フランスが占領していた時に建てられたそうです。
外も綺麗だし、中も綺麗。やっぱりおフランスのものはセンスがいい。昔の建築もちゃんとペンキを塗ったり掃除したりして、綺麗に保存されています。社会主義国家なのか、街は全体的に綺麗でした。バンコクと比べると遥かに綺麗です。
郵便局は一見駅みたいですが、今でもちゃんと郵便局として使われてます。せっかく年末に訪れたからここから実家に年賀状を出しました。12月27日に出して、1月3日に着いた。100円ぐらいで送れて、案外早い。
アオザイ

























ベトナムの民族衣装、アオザイ。
ほとんど見ませんでした。やっぱり日本の着物と同じ位置付けなんでしょう。けれど、異国にきて異国の伝統衣装を見るのは素直に嬉しい。魅力が8割り増しです。日本にきた外国人観光客が着物の女性を撮影するのと同じ気持です。
多分高校生だと思うけれど、学校の行事なのか大勢で来てました。みんなで記念撮影したりグループで写真撮ったりしていて、その様子を見ているとやっぱりイケてるグループが有ったり、明らかにイケてないグループが有ったりして、その辺は万国共通です。

groovyrockaholic at 23:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ベトナム 

2016年01月13日

ベトナムの飯は美味い

ベトナムの飯は美味い。そして安い。
飯の旨さは旅の満足度を大きく左右する。そういった点でベトナムは100点だ。まず、食べれないものはなかったし、食べたもののほとんどが美味かった。
他の東南アジア諸国と比べてもその差は歴然としている。

ベトナムが100だとするとタイは50、カンボジアは10ぐらいだ。タイは当たり外れが多いし、意外とおいしくないことも多い。カンボジアに至っては論外で果物かフライドライス以外に食べるものがない。カンボジアでレストランのおばちゃんが「外国人はみんなフライドライスが好き」と言っていたが、それはフライドライスが好きなわけではなく、フライドライス以外にまともに食えるものがないからだ。

牛肉フォー


























写真の牛肉フォー。宿の人に美味しい所を紹介してもらい行ってみたら予想を超える旨さだった。これがベトナム到着後、最初に口にした食べ物で出だしから絶好調。
こっちの料理は基本的に自分で味付けをする。最初に香草を好きな分だけ入れて、あとはもやし、辛いのが好きなら唐辛子を入れる。最後にライムを絞って混ぜる。ほどよい塩味とライムの酸味が効いて美味い。現地の人は魚醤やチリソースなんかを混ぜたりしていた。
ビーフシチューフォー

























ちなみに最終日に食べたビーフシチューフォーも美味かった。
海外で牛肉というとあまり美味しいイメージはなかったのだが、ベトナムは牛が美味い。日本で食べるフォーは鶏肉が中心だけど、フォー自体があっさりしているので牛の方がコクがあって良い。
この店は旅行者が集う通りの近くにあって、とても流行っている。客の大半は外国人で、値段もちょっと高めだけど、それでも300円ぐらい。ビールをつけても400円ちょっとだ。

ちなみに一番まずかったのはコンビニで買ったドリアンアイス、見た目は普通のアイスなのだがドリアン味と知らずに買ってしまった。一口食べただけで、ドリアンの風味が指先まで行き渡るというスタンガンのような不味さで、迷わずその辺の草むらに投げ捨てた。
メシウマ

























ベトナムといえば生春巻き。ほとんど毎日のように春巻きを食べていた気がする。
本場の生春巻きはライスペーパーが固くて食べにくいけれど、ボリュームがあり食べごたえが十分だ。中身は豚かエビが多かった。揚げ春巻きもあり、言うまでもなく美味い。ビールがすすむ。
写真左手前のエビと野菜の炒めも忘れられない料理の一つだ。具と一緒に幸せを噛みしめるとでも言うのか、文句無しに美味いのである。
海老ワンタン

























これはホイアンという街の有名料理「ホワイトローズ」。海老のすり身のワンタンだ。特別なソースを掛けて食べる。
ベトナムは東南アジアに属しているけれど、どちらかと言うと文化的に中国寄りだ。でも、気候から料理は油っこくなく、アッサリとした味付けになっている。肉は少なめで、生野菜をふんだんに使う。その辺が日本人に有っているのだと思う。空芯菜も美味しかった。
バインミー

























ベトナム料理で忘れてはならないのがベトナム風サンドイッチのバインミーだ。
フランスパンを半分に割り、レバーパテを塗り、中にハムやソーセージ、香草になますみたいな酢の物を入れ、魚醤やソースをかけて食べる。中の具は自分で選ぶこともできて、サイズは朝食にちょうどいい感じだ。
パンがフランスパンなので一見食べにくそうに思えるが、パンの中はふんわりしていて軽く食べられる。女性に例えれば、見た目はぽっちゃりしているけれど、実は着太りしているだけで脱がせてみたら抜群のプロポーションの持ち主という、いい意味でトリッキーなパンである。
ちなみにベトナムの女性は総じてスタイルがいい。胸はあるけど、腰は細い。食習慣も肉や脂っこいものは少なく、野菜をたくさん食べるし、アジアの色んな街でよくみられる夕方公園エアロビをやっていた。アオザイが民族衣装な国だけあって、プロポーションへのこだわりは強そうだ。
色んなバインミーを食べたけれど、スカイデッキの前にあるニューランというお店の生ハム入りバインミーが一番美味しかった。
街角のパン屋さん

groovyrockaholic at 19:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ベトナム 

2016年01月11日

ベトナムに行ってきました

年末年始にかけてベトナムに行ってきました。
ベトナムにした理由は今まで行ったことがなく、そこそこ近く、日本よりも暖かいから。
ベトナム入国

























10年前にバックパッカーしていた時よりも、ネットのおかげで色々と便利になった。昔は航空券を取る時は色んな旅行会社のページをみていたけれど、今はスカイスキャナーで調べればすぐに一番安いチケットが出てくる。日程だけ入力して、目的地無しで調べれば安い順番に国ごとで出てくるし、思わぬ国が安く行けたりする。
今回もベトナムに決める前に、何処に行こうかと調べていたら意外とイランが安くて、イランもいいかもしれないと思ったり、テロの影響でフランスもエールフランスのパリ直行便が安かった。向こうについて国内線を取る時もスカイスキャナーは使えるし、随分と便利になったと思う。
ちなみに今回は一番安いチケット(6万5千円)にしたので、行きは12月26日朝7時羽田発→8時関空、午前10時関空→14時台北に着(泊)、27日朝7時台北→10時半ホーチミン着でした。帰りは1月3日18時ホーチミン→23時台北(空港泊)、4日9時半台北→13時半成田着だった。26日は半日だけ台北観光出来ました。

便利なのは航空券だけじゃない。宿泊もExpediaやBooking.comで調べれば、近くの宿の空き情報や金額がわかるし、ボッタクられることはなくなった。もちろん、写真と金額しかわからないから思わぬ落とし穴があるかもしれないけれど、口コミやレーティングを見れいればなんとなく想像はつく。だから、真っ当に商売している所は儲かるだろうし、そうじゃないところは人が来なくなるだろう。

便利になるのはお客としてありがたいことだが、便利を手にすると同時に何かを失う。
昔は旅人同士のほんとうの意味での口コミでいい宿を探し、良い宿に当たるとそれだけで感動したものだ。ネットを使って当たりのホテルに巡りあうのが当たり前になると、楽になる分だけ出会いや発見の喜びが少なくなる。
バスを降りた時に群がってくるあの客引き達がいなくなるも寂しい。初めてその土地に降り立った旅人達を、よくわからないまま連れて行こうとする混乱と必死さと土埃はいつまであるのだろうか。
ハプニングを避けられるというのは忘れがたい思い出を作るチャンスを逃すことでもある。宿関連ではいい意味でも悪い意味でも忘れられない思い出がたくさんある。
別に昔が良かったと言うわけではないし、今回は便利さを享受したし、これからも使うだろうけど、心なしか寂しさを感じる。

ベトナムTシャツ


























旅行自体は、こんなに楽しくて良いのだろうかと思うぐらい楽しかった。
バックパック背負って安めの宿に泊まるけれど決して貧乏旅行ではない旅行。時間はないけれど、金はあるから食べたいものを食べるし、無理は移動はしないし、ちゃんとお湯の出る清潔な宿に泊まる。
飯はうまくて安いし、タクシーも乗り放題だし、一人でいったけれど気の合う人と一緒だった。驚くほどストレスフリーで楽しめた。改めて、旅行が好きになった。

詳細は次回から。

groovyrockaholic at 22:36|PermalinkComments(2)TrackBack(0)ベトナム 

2015年12月05日

SNSとハンドルネーム

昔の携帯




























先週、携帯を変えた。今までガラケーを使っていたけどようやくスマホになった。2009年から使っていたので6年使っていたことになる。落としても画面が割れることはなかったし、既にボロボロなのでどれだけ傷がついても気にならならす、心へのダメージ無しというスマホに比べたら随分と頼もしい奴だった。携帯の6年といえば人間年齢に換算すれば100歳ぐらいだろう、勝手に電源が落ちるという進化を遂げた他は十分に使えていた。

新しいスマホはシャープの一番安い奴にした。実は3年ぐらい前から会社のスマホを支給されており、初めて持つわけではない。かつ会社のスマホはiPhone6Sと最新だ。だから普段はスマホを2台持つことになる。
2台持ってわかったことがある。スマホは1台だからスマートであるのであって、2台持ちはスマートではない。片方は使わないし、ガラケーより大きい分だけ邪魔だ。スティーブ・ジョブズが隣りにいたらシャープのスマホを正拳突きで叩き割り、スマートの意味を拳で教えてくれることだろう。

スマホとSNSは切っても切れない関係にある。スマホの普及によってSNS人口は大きく拡大した。スマホがあることでいつでもどこでもSNSにアップすることが出来るようになった。流行りのカフェでお洒落コーヒーと自分をアップしてもいいし、青い海と白い砂浜でくつろぐ自分をアップしてもいいし、駆け込んだ駅のトイレで踏ん張る自分をアップしてもいいし、踏ん張った成果をアップしてもいい。これまでの友達が減ることは間違いないが、変わった友達が増えるかもしれない。

ほとんどSNSはしない私だが、何かに登録する時にハンドルネームを何にしてよいかいつも悩む。ネーム登録の時点で既にギブアップだ。登録したとしてもその時に思いついたものにしているので、サイトごとに違っていて、まるで多重人格者みたいになっている。
一番便利なのは本名なのだろうが、僕の場合それはありえない。本名をネット上で晒すというのは、現実社会で個人を特定出来る可能性があるので非常に困る。実は銀行強盗して国際警察から逃げ回っているとか、国際的な暗殺者だとか、ロシアのスパイだからとか華々しい理由で本名を明かせないだといいのだが、現実生活は至って真面目で地味な会社員なのでバレると会社にいけなくなるのだ。

芸能人や個人で仕事をしている人は本名でいいと思う。けれど一般の人で本名を使っている場合も多い。有名になりたい人や、私生活を隠さなくていい人はそれでいいだろうし、年配の人も本名の場合が多い。逆に両親が微妙なハンドルネームや大天使(ミカエル)みたいな名前で登録していたら家庭内が穏やかではない。だから、僕みたいなSNS弱者から見れば本名で登録しているという時点でその人はSNS強者だ。
世の中には自分の顔写真まで載せている人もいる。これらの人についてはSNS豪傑といってもいい。大体の人はプロフィールの写真を、飼っているペットだったり、イラストだったり、自分の顔が判別できない写真だったりする。本名で登録するならまだしも、顔写真まで載せるのは間違いでは許されない。つまりは過失致死ではなく、殺人罪が適用される。載せられる人はよっぽど自分の顔に自信があるのか、何かを勘違いしているのかどちらかだ。SNS弱者から見れば顔をネット上に載せるなど犯罪を犯して逮捕される時ぐらいだし、しかも載せるではなく、晒されるが正しい。

そんなわけでハンドルネームについて書いてみたが、せっかくなので新しのを考えてみた。
洋風のかっこいい名前もいいが、和風の渋い名前を捨てがたい、せっかくだから流行りのキラキラネームも悪く無いということで思いついたのがこれだ。

月式部 星影夢 (るなしきぶ ぽえむ)

料理で言えば味噌煮込みのブルゴーニュ風宇宙仕立てみたいな感じだが、つまりは食えないゴミだ。
考えた挙句に誕生したのがゴミゴミネーム。
やはりSNSへの道は遠い。

PS.プロフィールの名前をしばらく変えてみます。

groovyrockaholic at 20:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)面白 | 日常

2015年11月28日

SNSとSNNとさだまさし

SNS石器時代














今回のテーマは「SNS」だ。
今は猫も杓子もSNSをやっている。テレビでもネットでもツイッターやフェイスブック(以下FB)の話を聞かない日は無い。

僕はどうかというと、スマホを華麗にタッチしながらSNSの世界を自由に飛び回る現代人より、石版に象形文字を刻みながら草原をウホウホ走り回る原始人に近い。つまりはSNS石器時代の住人だ。
もちろんFBはやっていない。ツイッターはやっているものの、人にアカウント教えないためSNSの意味をなしていない。ツイートしても誰にも聞かれないのだから、これこそ真のつぶやきだ。
SNSがSocial Networking Serviceなら、こっちはSocial No Networking、略してSNN、繋がる時代の引きこもりだ。

こんなSNN野郎がFBを始めようものなら、それは悲劇としか言いようがない。
FBには自動的に知人らしき人を教えてくれる機能があるという。多くの人とつながってビジネスチャンスを掴みたい野心のある人や、元カノと再会してセックスしたい下心のある人には素晴らしい機能だろう。けれど、過去を消し去りたい僕やゴルゴ13にとっては迷惑な機能だ。中学や高校時代のクラスメイトから連絡が来ても、無視をするか別人だと言い張り、終いには不幸の手紙を送りつけてやる、いまさら。

もし、SNS原始人の僕がFBを始めたところで登録する友人の数は片手でたりる。そのため僕のFBを訪れる人といえば両親、兄弟、親戚など親族ばかりとなる。なぜかウチの親族はFBをやっているのだ。
仮にFBで親族と繋がったとしよう。そうなると「昨日の日記読んだか?」と連絡がきたり、法事の話をしていても「続きはWEBで」とどこかのCMみたいになってしまう。帰省する度に「お前は俺の投稿に何でいいのしないのか?」とか、「友達が少ない」みたいなことを言われそうで何か嫌だ。自分で日記を投稿しようものなら、一番最初に家族からコメントがあり、それに僕が返事をし、また家族が返事をするという身内のやりとりを全世界に晒すこととなる。そして、それを友達がほくそ笑みながら読むのだ。他人の悲劇は私の喜劇のいい例となるのである。

御存知の通りFBはアメリカで生まれた。アメリカといえばヒーローになったり、お立ち台に上がる時は皆が”Mother, I Love You !!"といい、マザーもマザーで”I Love You, my son !!”という三文芝居が本気で繰り広げられる親族アイラブユー国家だ。そりゃ、FBも親族で繋がって当然だ。

しかし、日本はそうではない。
仮に僕が国民栄誉賞を受賞したとして、受賞スピーチで「お母さん、愛している♡」と言おうものならお祝いムードは一瞬にして凍りつく。国民栄誉賞剥奪は言うまでもなく、日本国籍まで剥奪される。
日本人は家族だからこそ気を使う部分があり、友達には言えても家族には隠したいことがあるのだ。家族の間に壁はないけれど、ふすま一枚へだてて妹の寝息に耳を立てるのが我ら日本民族なのだ。

こんなふすま民族にFBは似合わないし、SNSで繋がる必要はない。なぜなら生まれた時点で血が繋がっているからだ、ザッカーバーグよ。

groovyrockaholic at 17:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 | 面白

2015年11月22日

流行語大賞

爆買い


























コートとコタツが恋しくなってきた今日この頃。
今年も流行語大賞の季節がやってきた。
毎年どこで流行っているかわからない言葉も多いけれど、アフリカのどこかテレビ局員の脳内で流行っていることだろう。

「五郎丸」は流行ったと思う。思うというか確実に流行っている。
鍛えぬかれた肉体に端正なマスク、そして右足から放たれる正確無比なキック。あの右足にケツを蹴られたい御仁も多いことだろう。
彼の凄いところはこれまでスポーツの中ではあまりメジャーではなかったラグビーでここまで注目されたことと、女にも男にもその中間にも好かれているところだ。
新宿二丁目では「五郎丸の五郎丸で五郎丸されたい」とか「五郎丸の五郎丸を五郎丸したい」とか言われているらしい。なんとなく意味が通じてしまうのが恐ろしい。
彼の活躍はラグビーグラウンドだけに収まらず、夜の街でも活躍している。

あとは「爆買い」だ。
とにかく買うらしい。中国人にしてみれば日本人も爆売りしているわけだが、爆発的に買うらしい。
中国人の勢いは凄まじいものがある。ウチの近所にあるしがないホテルも今は中国人の宿泊客が途絶えない。
そりゃ13億人もいるわけだから、中国人民が一度にジャンプすれば大地震が起きるわけで、買い物をすれば爆買い、飯を食えば爆食い、笑えば爆笑、寝れば爆睡になる。
中国といえば火薬を発明した国だ。とにかく爆発にかけては世界一だ。ここまま順調にいけばいつかは国ごと爆発するに違いない。爆という言葉は中国のためにある。

爆破で忘れてはならないのが、日本を代表するビッグ爆破アーティスト「浜省」だ。彼の大ヒット曲で僕も大好きな爆破ソング「マネー」というものがある。この曲は中国人のために作ったような曲だ。
とにかく歌詞が素晴らしい。世界観がずば抜けているというか何かが爆発している。

こんな歌詞がある。

「俺は何も信じない 俺は誰も許さない 俺は何も夢見ない 何もかも爆破したい」

文字で読むと本当に最低な野郎だ。今歌うと確実にテロリストに認定され国家に捕まるわけだが、さすがは浜省、公安すら手を出すことが出来ない。
この歌はここからさらに面白くなるのだが、ここから先は是非you tubeで聴いてもらいたい。一生に一度は聴いた方が良い。そして、皆さんもこの曲を覚えて欲しい。カラオケで歌えば9割がドン引きし、1割が爆笑すること間違いない。
来年は中国人がビッグマネー叩きつけて「マネー」を爆買いするのだ。

個人的に今年の流行語大賞は「地下アイドル」だ。
アイドルといえばステージ上で光り輝く存在だ。それなのに地下。光の当たらない地下。
本来は目がくらむほど眩しい存在だけに、地下という負の言葉がかかることで、その深刻度は一層増す。

今年は地下アイドルのドキュメンタリーをたくさん見た。
アイドルといっても決して美人ばかりではない。ヤンキー地下アイドル、黒人地下アイドル、キワモノ地下アイドルなど様々だ。時にはその容貌から是が非でも地下に閉じ込めておきたいアイドルもいる。地下アイドルにはかわいいだけじゃなく個性あふれる色んなアイドルがいて奥が深いというか、地下が深い。

流行語大賞をとった芸能人は翌年には消えるという。
地下アイドルには売れることなく、かと言って消えることなく、地道に地下で活動してもらいたい。

groovyrockaholic at 20:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 | 面白

2015年11月14日

政治に物申す

活躍する人



















政治について驚くほどに関心がない。年々、いや毎秒の速さでへの興味が薄れていく。カルピスだとグラスの向こう側がみえるぐらい薄い。
テレビもないし、新聞もない。ニュースはヤフーニュースしかみてない。
安保法案はよくわからないし、原発もどっちでもいい。誰が総理大臣でもいい。犬でもいいと思う。
戦争はしたくないけど、攻めてきたらしょうが無いし、ある日突然爆弾が落ちきたら逃げようがない。原発もあってもいいし、なくてもいい。もし、放射能を浴びたら浴びたで諦める。放射能は体に悪影響があるだろうけど、体に悪いものは他にも摂取している。化学物質を食べ、排気ガスを浴び、サプリメントという薬漬けの体で、上司のくだらない話にゲンナリし、目の前でブサイクカップルに苛つき、美人が男と一緒にいると落ち込み、今日もAVのジャケットに騙される。とにかく体に悪いものだらけだ。この世に生きるということは茨の道を歩むことだ。身を削りながら生きている。だから真面目なことは誰かに考えてもらい、僕はくだらない話を真剣に考える。

でも、選挙は毎回行っている。行っているどころか選挙区の全候補者の写真、生まれ、生年月日、家族構成、学歴、これまでの経歴、趣味は毎回チェックしている。前に幸福実現党の候補者の趣味に猫と書いてあって、投票しようか3秒ぐらい悩んだもんだ。それか現実離れした政策を片手にバイトですけど立候補みたい奴がたまにいて、そんな出会いを心待ちにしている。手書きのポスターを見た時は恐怖と笑いが同時にこみ上げてきた。選挙はたまに面白い。

そんな僕でも安倍政権には疑問を持っている。

だいたい、新3本の矢ってなんだ?
この前、3本の矢を射ったばかりだから、それは新3本じゃなくて6本の矢だろ。政策うんぬんよりまず、日本語が間違っている。野党はまずここに突っ込むべきじゃないのか。それか、野党は3本の矢に便乗して、3匹の矢ガモが現れ、3枚の盾で守り、3体の巨人を仲間にして、最後は3匹の子豚で落とす。こんな理論に展開に持って行ってもいいんじゃないか。国を守るには藁でもなく、木でもなく、レンガなんだと。
あと6本も射るなんて多すぎないか。ウイリアム・テル時代なら国はとっくに乗っ取られ、子供は穴だらけだ。

それにしても3本の矢は流行っている。600年ぐらい流行っている。歴史的に見て五郎丸より流行っている。今年の流行語大賞はいっそ毛利利元就をあげてみたらどうだろうか。

あと、一億総活躍社会は聞き捨てならない。まず、意味がよくわからない。さらに菊池桃子の発言は日本中を混乱に陥れた。あれをパルプンテというのだろう。
そんな一億総活躍社会だけど2つだけわかっていることがる。それは自ら活躍するんじゃなくて国家の力で無理矢理に活躍させられるってことと、日本の人口は1億2千万人いるから活躍しない人が2000万いるってことの2つだ。だから僕は活躍しない2000万人でいたい。これからは国家の犬に見つからないように出来るだけ家から出ないようにしよう。それか土にもぐって冬眠しよう。春になったら松任谷由実の曲で起こしてくれ。

でも、この言葉を目にして日本人で良かったとも思う。
仮に北朝鮮に生まれ、あの無慈悲なツーブロック総書記が総活躍を唱えようなものなら、それは総活躍=総玉砕であって人民は"Dead or Dappoku"するしかないのだ。
日本はまだ平和だ。

groovyrockaholic at 19:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 | 面白