今夜から激しい雨が降るということでどんより曇り空の日になりましたが、


  雨乞いでもしなければならない東三河にとっては、本当に幸いですね。


  さて、素読・暗唱を体感しましょう③、今回は

〜素読は聡明な人間になるための訓練〜について。


 今では当たり前になってしまっていますが、読書をするときは普通黙読しますね。黙読とは目読で、発声しません。

目読という読み方、言葉は時代的には非常に新しく、明治になってから使われ始めた言葉で、
それまで日本では、書物を読むというと皆、音読が普通でした。
大脳生理学的に目読と素読ではどちらが効果的かというと、圧倒的に素読です。
これは言うまでもなく目という感覚器官だけの読み方と、
目と耳と発声する器官まで使う素読では大脳を使う範囲が比較になりません。
なぜ素読が重要なのか。

通常、私たちは声に出して読んでいる人はいません。

それは、都市生活を考えれば、そうなってしかるべきかもしれませんが、

音(声)に出して読みますと、自分の声を耳で聞きます。

書物は、目で読むものだと思っていましたが、江戸期はそうではなく、耳で読むものでした。

要するに、自分が声に出して読めば、ちゃんと耳が聞いているのです。

したがって、耳と目で読むことが大切な書物の読み方で、よく読み、よく見ることを「明」、

よく聞くことを「聡」と言い、これをしっかりと訓練した人間が「聡明」な人間になったのです。

素読はその訓練にもなったわけです。

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暗唱名人の6年H君は、訓練されたその能力を、今、数学の自立学習に生かしています。

6年までのことはとっくに終わり、自分で中学の数学  、先週は方程式の割合の問題をどんどん進めていました。

 公式に当てはめて考えるなんて発想ではなく、自分なりの考えで方程式を考えます。
教えられる勉強ではなく、自分の頭で考えだす勉強です。

これができるのも、小さい頃から暗唱を頑張ったからです。

自分の頭で考え、行動できるお子さん​​育てる
これが私たちの教室の一つの目標です!