主とともにあゆむー高原剛一郎

再婚により喪失から新しい地平に歩み出したキリスト伝道者の随想

さあ、クリスマスだ!

12月2日土曜日

前回のブログは、誤字脱字のオンパレードで冷や汗ものでした。
これからは後で読み返すようにします。たぶん。
自分で言うのもなんですが、パソコンはなんとうまい具合におかしな変換をしてくれることでしょう。
昔ある人が静岡と打ったとき、静雄か?と自動変換されたと聞きました。

先日長野県の白馬でホームスクールやチャーチスクールを実践されている方々の集まりがありました。
私の息子も、参加しました。
彼はまだ独身で、当然のことながら子供はいないのですが 、仕事柄どうしても聞きたい分科会があったと言うのです。
それは発達障害児の子育てについてです。
実は長男の仕事は、臨床心理士です。
病院に相談に来られるお母さん方の悩みや、お子さんたちの対応のために日々奮闘しています。
クリスチャンとして、聖書的なアプローチについてかねてから疑問に思っていることがあったのでした。アメリカから来られた、臨床心理士のお母さんが自らの子育て経験から具体的な提言をされると聞いていたので、なんとしても直接聞きたいと思って参加したのでした。
非常に大きな収穫があったようです。

様々な報告をしてくれましたが、同時に我が家の子育てについても感想言ってくれました。私の家では、ホームスクールではありませんでしたが、やってる内容はホームスクールの教育そのものだった、と分かったと言うのです。
母親は毎朝学校に出かける前に、子供たち一人一人のために祈り、また祈りの課題を聞き、ハグをしてから送り出したものです。
週に1度は特別な家庭集会を持ちました。
それは子供たちのための集会でした。
テキストは聖書であったり、聖書を題材とした私の紙芝居であったりしましたが、今でもそれを懐かしく集会を持ちました。
それは子供たちのための集会でした。
テキストは聖書であったり、聖書を題材とした私の紙芝居であったりしましたが、今でもそれを懐かしく覚えていると言うのです。
 夜眠りにつく前にも、母親から神様の愛を語り聞かされ、約束の聖書の言葉を告げられ、一人一人祈ってもらってから床についたのでした。
このことが本当に大きな力となったと言うのです。
というのは、子供は疲れてるときにはすぐに眠りにつきますが、そうでないときには眠りに落ちる前に実にあれこれいろいろなことを思いめぐらすからです。
考えているうちに眠ってしまうこともありますが、しばしば死について、暗黒について、人間関係について、これからの事について考えすぎてしまい、興奮してしまうこともあると言うのです。  そんな時、どこに入る直前にきかされた言葉が聖書の言葉、希望の約束、神様の愛についての宣言であるなら、どんなに大きな励ましとなっている事でしょう。
今は皆成人してしまい、子育ては卒業しましたが、子供からかつて受けていた教育を感謝される時、大きな慰めを受けます。
というのは今振り返ってみても、やりすぎてしまったことや、甘かったことなどもあり反省することが多いからです。
そうであるにもかかわらず、良い記憶だけが残っているとするならば、それは神様の恵み以外の何物でも良い記憶だけが残っているとするならば、それは神様の恵み以外の何者でもありません。
結局子育てとは、子供が神様と直接に関係を確立する手助けをすることのように思います。
神の子育てにほんの少しばかりお手伝いさせていただくのが、親ができる教育なのかもしれません。

さていよいよ12月が始まります。
特別集会がとてもとても立て込むシーズンです。
小さなものですが、大きな祝福を偉大なる神様の力によって赤字させていただきます。
今月のスケジュールをここで発表しておきます。
12月3日日曜日緑橋キリスト教会にてクリスマス特別集会。
この時には私のギター伴奏で家内が賛美をさせていただきます。
12月6日水曜日。OMMビルにて天満橋バイブルクラブ。午後7時から。入場料1,000円。
12月8日金曜日。ホテルニューオータニ大阪にてWWJD。午後7時から。夕食付入場料2,000円。
12月15日から17日。和泉キリスト集会にてクリスマス特別集会。  詳細は和泉キリスト集会会のホームページをご覧ください。
12月24日日曜日。東住吉キリスト集会にて。HOLY NIGHTクリスマス。
東住吉キリスト集会では、様々な催しを企画しています。こちらのほうも詳細はホームページをご覧ください。


明日の緑橋キリスト集会では、毎年のように賛美の奉仕をさせてくださいます。
緊張しますが、うれしいことなのです。
クリスマスメロディーをギターで弾くのは本当に楽しいことです。5曲ほどになりますが、神様に向かって賛美をおささげしたいと願っています。
そして何よりも恵みの福音が聞かれた方の心の奥底にしっかりと届いて、イエス・キリストを救い主として信じる信仰が与えられますように。

今日ダビデの町で、あなた方のために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。ルカの福音書2章11節 

ハワイレポート

 11月24日金曜日

一昨日、ハワイから帰国しました。
ハワイには私のキリストにある友人たちがいます。
友人たちですから、全く上下関係はなく、お互いに忌憚なく何でも話し合うことができ、喜びも悲しみも分け合うことができる仲間たちです。
彼らと会う事は、私の無常の喜びの1つです。
忍耐強く、賢く、純粋で、私が見習うべきたくさんのものを持っている人たちだからです。 
彼らを励ますと、彼らが所属している神の教会が元気になります。
私はこの島にずっと留まって、働きをすることはできませんが、この島で信仰によってキリストに忠実に仕えているこの友らと寄り添い励ますことによって、ハワイでの宣教に貢献できるのです。こちらの午後で、聖書メッセージを語らせていただきました。
黒人女性の日本語教師が、私のメッセージを通訳してくれました。
日本人もアメリカ人も、みんな食い入るようにメッセージを聞いてくださいました。
その中に日本からの留学生が数名いました。メッセージが終わると、彼らは何やらワイワイガヤガヤと相談しています。
近づいて聞いてみると、帰国したならば自分たちの所属しているミッションスクールの先生に掛け合ってメッセージが終わると、彼らは何やらワイワイガヤガヤと相談しています。
近づいて聞いてみると、帰国したならば自分たちの所属しているミッションスクールの先生に掛け合って、私を招くことを計画する相談だと言うのです。
若者は本当にいいです。
好きは好き、嫌いは嫌い、いいと思ったら一直線です。

今日は東住吉のレディースタイムで、バイキングのランチ付き食事会でした。
すばらしいごちそうの数々。
皆さんと食事をしながら、キリストの福音を説明し続けました。
残念なるかな、録画の機会がうまくいかずアップできませんが、励まされたことがあります。
実はニューヨークのハーレムから生でメッセージを聞くためにやってきた方がいらっしゃったのです。  ニューヨークの日本人たちに、YouTube動画を次々と紹介していると言ってくださいました。
ありがたいことです。
私は英語ができないので、日本語で伝えるしかありません。
そして日本語で伝える方が英語で伝えるよりもしっかりと届く人たちがいるのです。
それは日本人です。
 実は私は、日本語に大きな可能性を見出しているのです。
確かに英語は押しも押されもせぬ世界共通言語となりました。
 
しかしキリストの心を伝えるのに、日本語の方が良いと思えるような気がするのは日本大好き人間の私だからでしょうか。
日本語はあいまいで分かりにくいとか、論理的でないとか言う方もいらっしゃるようですが、それはあいまいでわかりにくい日本語や論理的でない日本語しか聞いたことがないからではないかと思う思うのです。
内村鑑三の日本語を読めばわかります。
なんと剛直で、たくましく、明快にして迫力ある言葉ではないですか。  さぁ、この日本語を携えて日本人と日本語が分かる全ての外国人に命の福音を語りましょう。

「任務を果たしたバルナバとサウロは、真美子と呼ばれるヨハネを連れて、エルサレムから帰ってきた。」使徒の働き12章25節
 
 

石垣島伝道旅行

 11月7日火曜日

この二日間で、3つの小学校と1つの中学校を訪問しました。
思春期教室の講師として、授業するためです。
今年で5回目です。

 実は子供たちに話をすると、ヘトヘトになります。
文字通りカッターシャツは汗でびっしょりです。
穏やかに話し始めるのですが、どんどんテンションが上がって力を出し切ってしまうのです。  
気を抜いて語ることなど、少しもできません。
そんなことをすれば、すぐに心を見透かされて、彼らは生首をしたり上の空になってしまうことでしょう。
私はこの若い心と言う魂の大地に、良い種を撒きたいのです。
俺は本当に意味のあることだと思うからです。
私たちはついつい、収穫を持って働きの成功失敗を推し量る傾向があります。
刈り取った結果で、働きの合否を判定してしまうのです。
しかし刈り取りは、他の人が巻いたものを刈り取っているのかもしれません。
どれだけ借りとったかよりも、どれだけ価値ある種をまいてきたかということと方がより大切な働きであると思うようになりました。
 
とある小学校の正門をくぐると、花壇の作業している生徒たちが手を止めて一斉に声をかけてくれました。
実は彼らは、私が来るのを知って、早くから待っていてくれたのです。
その中には、昨年話した内容をほぼ全て覚えている子がいて、面白かった、嬉しかった、楽しかった、元気になったと言ってくれました。
授業の前に、私はすっかりやる気満々になりました。
ある学校では3学年全員を相手にお話しします。
今回は、聖書の言葉を紹介しました。
みんな目をキラキラさせて聞きいってくれました。さらには先生だったら、いろんな質問や相談をしてくださり、その謙遜な姿勢に心打たれました。


2つの講演を終えた私は、夜から石垣キリスト集会の特別福音集会でメッセージをしました。  兄弟姉妹が全員で6名から7名の集会に、15名もの方々が集まってきました。
YouTubeで動画を見た人や、ご主人に誘われてこられた方、クリスチャンの親類の人や口コミで来られた口コミで来られた方々が参加されました。
皆さん、心が澄みきっており、とても良い姿勢で聖書のメッセージを聞いて下さるので、私は不思議な気持ちになりました。沖縄以外のところで、ほとんどこのような反応見る事は無いからです。
7時から始まった集会ですが、個人的な説明や話し合いを終えると10時を超えていました。
その中に、車椅子で参加された方がおられました。
この方の中には、まるでざくろのみのように質問が詰まっていました。
ご主人は私が講演した中学で教頭先生をなさっている方で、思春期教室のお話を複数回聞いておられる方でした。個人的な話し合いを通して、ずいぶん前進されました。
ホテルに戻ると、しばらく動けなくなりました。
持てる力を出し切ったからです。
しかしこのことは、とても幸いなことなのです。

高校時代のことです。学校の恒例行事の中に校内マラソン大会がありました。
1年生の時、マラソンが苦手な友人にせがまれて、彼のペースでダラダラ走ったことがありました。
ゴールした時、とても腹立たしく情けない気持ちになったことを覚えています。
皆ゴールを切った時、疲労で地面に倒れ伏している人がほとんどなのに、私は全く疲れていなかったからです。
それどころか力が有り余っていました。
それは私の体力が無尽蔵であったからではありません。
手を抜いて走ったからです。
友達に気兼ねして全力を尽くさなかった自分自身に腹立たしく、情けない気持ちになったのでした。あの高校1年の自分自身に対しては、私は顔向けができます。
なぜならキリストと共に全力を尽くしたからです。
 さて明日は日本最西端の島与那国に行きます。
こちらの中学校前後生徒にお話をすることになっているからです。
全校生徒といっても30数名だけです。
しかし二度と訪れることがないかもしれないこの島にいる若者たちに、私はメッセージをする特権が与えられているのです。
日本の隅々にまで福音を伝える事は、私がずっと念願としていたことです。
私はその西側の角に行くのです。
神様に夢を叶えていただく人生を生きているような気がしてきて、ひとりでに喜びが湧いてきます。
  
  
  
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