11月11日月曜日

今日は11日ぶりのオフです。
この11日間、連続で毎日異なる種類のメッセージを複数回語り続けると言うことが続きました。
その結果、やり切ったと言う充実感より少なからず惨めな気持ちさえ湧いてできます。
私と言うパイプを通って届けられるはずの神様のメッセージが、パイプの目詰まりやメンテナンス不足で 質的な劣化をもたらしているように感じるからです。

NHKの番組に人気キャラクターが登場するものがあります。
ちこちゃんです。
彼女の決まり文句に少し言い返してやりたい気持ちがあります。
「たまにはぼーっとすることも必要なんだよ!」

スポーツ選手は、自分の体に少しでも違和感やハリを感じたらプレイをすぐに止めます。
体の声を無視して、流れのままで強行するならば大きな怪我をすることになるからです。
違和感を感じたときには、まず立ち止まってみることです。
ただ闇雲に体を動かしているだけで何とかなると言うのは、若い頃には良いでしょうが、今の私には不向きです。

客観的に自分を見て、最高にして最善の聞き手である主イエスに、思いの丈を打ち明けましょう。
最初は自分の思いから始めても良いのです。  
岸辺のクイにつながったロープを、ボートに乗ったまま手繰り寄せていくと、結局ボートが上に近づいてきます。
神様に向かって、もっと私に教えてください、近づいてくださいと神様を引っ張るようにしてかたりかけているうちに、私自身が神様に引き寄せられていくのです。 
そのようにして自分自身を取り戻してからでないと、人に伝わる言葉を発信することはできません。
先週土曜日のことです。
私が尊敬する集会の姉妹のお父様が98歳で亡くなられました。
はっきりとイエス・キリストを告白する場面を見ることができませんでした。
何しろ急に亡くなられたのです。

しかしながら6月に発売された私の著書「生きる勇気と聖書の力」を何十回と熟読しておられたのでした。
それが葬儀会場に展示されていたのですが、ひと目見てびっくりです。
本の分厚さが少なくとも1.5倍には膨れ上がっています。
ほとんどすべてのページにアンダーラインやマーカーが塗られており、付箋だけでも40カ所以上あったでしょう。
余白にはご本人の書き込みがびっしりとありました。

著者名利に尽きると言うものです。
天国で再会できることを切に望んでいます。さて水曜日から私はハワイの日本人宣教旅行に参ります。
公開している集会は1度だけですが、様々なところに訪問することになっています。
既にクリスチャンの方々は、永遠の命を持っておられるので安心なのですが、異国の地で問題に立ち向かいながら、未だキリストを知らない同胞のことを思うと心が痛みます。 そのようなわけで、公の集会ではノンクリスチャンの方を何よりも優先してお話しさせていただきたいと考えています。

彼の地には私のキリストにある親友がいます。 しばし安息と「ぼーっとする時間」を持つことができたらこんな贅沢はありません。
もちろん魂の救いが何よりも優先されることです。それは私の大好物です。両方楽しみたいと思います。

「しかし聖霊があなた方の上に臨むとき、あなた方は力を受けます。そしてエルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」使徒の働き1章8節