September 12, 2017

2507.ありがたみ

9/4の朝、いつものように出勤のため颯爽と愛用のケッタマシン(自転車)に跨った・・・しかし後輪に違和感を感じ、タイヤを確認してみるとなんと大きな釘が刺さっているではあるまいか!
仕方がないので駅までの道のり(約2.5km)を歩くことにした。

最近は残業が多く、よくよく考えてみると修理する時間がない。しかも給料日前で修理代も不足している。で1週間、駅までの往復距離を歩くしかなくなってしまったのである。

初日、22時過ぎまで残業したおかげで帰宅したのは23時半を過ぎてしまった。ドンキで買い物をしたせいもあり結構ふらふら・・・次の日は慣れたつもりだったが、水・木とお天気は雨模様。気をつけたものの靴は濡れ、なんとも悲しい気分になった。

なんとかその週を凌ぎきり、11日の朝、ようやく修理してもらうことに・・・とは言え受け取りに行けるのは次の日の朝しかない。結局その日も歩くしかなかった。

そして12日の朝、我がケッタマシンが甦る!お値段は意外にも1,300円で済んだ。ゆるんでいたチェーンも締めてもらえたので軽快な走りを堪能♪あっという間に駅に到着☆なんとも感動的だった。

まだまだ健在な父上が、私のお誕生日プレゼントに新しい自転車を買ってくれたそうだ。来月になったら今のマシンを勤め先に持って行こうと思っている。名古屋で乗り回す予定・・・とにもかくにも、私にはケッタしかない。大切にしていこう☆

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September 06, 2017

2506.自省せよ!

毎朝欠かさずお仕事が始まる前の時間にSmartNewsを読んでいる。
気に入った記事はEvernoteに保存して読み返す。ライフハッカーやTABI LABOは結構おもしろい。

先日ライフハッカーでエピクテトスやマルクス・アウレリウスなどストア学派の記事があった。
ストア学派という言葉は高校時代の世界史で習った記憶はあるが、禁欲主義という上っ面だけの知識で内容についてはまったく学んでいなかった。

マルクス・アウレリウス・アントニウスの著書である『自省録』より・・・

コンスタントに波が打ちつける、岩の多い岬のようになることです。岬は動じることなく、逆巻く波はその周囲で落ち着きを取り戻します。
「こんなことが起きるなんて、なんて運が悪いんだろう」ではなく、「こんなことが起きたのに痛みもなく耐えられた。それに、現在に押しつぶされることも、未来を恐れることもないなんて、なんて運がいいんだろう」と思うことです。
誰にでも悪いことは起こるもの。全員がそれを痛みなく耐えられるわけではありません。ですから、それが起きた不運を嘆くよりも、それを耐えられた幸運を喜ぶべきではないでしょうか。
今後、悲しいことが起きても、この原則を覚えておくといいでしょう。「これは不運ではない。自分に忠実に耐えられたのは、幸運なのだ」と。

素晴らしい考え方ではあるまいか!自分を誤魔化すようなことをしていない。

で、さっそく県図書に馳せ参じ『自省録』を借り読んでみた。
外国人の著作は訳者の実力によって大きく印象が変わってしまう・・・残念ながらまたその憂き目に会ってしまったのだが、内容は素晴らしいものだった。

面白いことに、ブッダの言葉から引用したのではないか?と思われる箇所が多くあることに気がついた。上座仏教との共通点が非常に多いのである。
第8巻38節より・・・

それはすべてを皮袋に詰まった悪臭であり血糊である。もしおまえに鋭く見うる眼力があれば、視よ。

など、死随念に近いものもある。他にも第4巻40節では宇宙全体を国家(ポリス)と銘打ち、

世界を一つの実体と一つの魂を備えた一つの生命だと常に見なせ。そして万物が知覚と、つまりこの一つの生命についての知覚をどうやって持つのかを観察せよ。さらに万物がどのように一つの運動と共同して動くかを観察せよ。それから万物がどのように互いの原因となっているかを見て取れ。網の構造や紡がれ続ける糸をも観察せよ。

これはまさに現在の宇宙論に繋がっていく考え方である。

これからは仏教とともに、ストア哲学を学ぶ必要があるようだ。故・池田晶子氏は彼らについてまったく書いてないのはどうしてだろう・・・おかげでかなり遠回りをしてしまったが、そのおかげで様々な考え方を学べたと解釈すればいいのですね?マルクス先生♪

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September 01, 2017

2505.するほうとされるほう

メディアコスモスで借りてきたスマナサーラ長老の『老いていく親が重荷ですか』を読んだ。
高齢者でも読めるよう、文字が大きくあっという間に読んでしまったが、非常に深い内容だったので、介護するほうとされるほうに分けて抜粋してみた。

◎するほう

・人は本来、感情の生き物→感情こそが、人々を悩み苦しみに陥らせる原因。
・感情で流されそうになる人に、あえて踏みとどまるように諭し、理性でものごとをとらえ、対応策を考えるようにうながすのが仏教の役回り。
・人間は理性にもとづいて、いっさいの生命の幸福を願う「無量心(慈しみの心)」を育てることができる。
・子の成長も親の老いも変化。不安に心を支配される前に理性を働かせる。
・幸福とは、苦しみなく、心が平安でいられること。
・老いや病気を不幸だと思わず、自然な変化なのだと考える。
・できないことをあれこれ思って気を病む妄想は消してしまうこと。
・誰でもできるのは「いまを頑張ること」だけ。
・俗世間でいう「運命」という概念は仏教にはない→しかし変えられないもの、変化しないものは一つもない→運命の代わりは「業」→業とは、人の人生に複雑に関わりを持つエネルギーのこと。
・人の生き方は、業によってプログラムされている→しかし理性を使えばそのプログラムを改良することもできる。しかし無知と感情に支配されれば改悪することになる。
・運命または業に真っ向から抵抗するのではなく、現実を受け止めるという「諦め」が必要→仏教用語の「諦め」は、降伏という意味ではなく、状況を理解して納得すること。
・諦めることは、非常に理性的な選択→理性で理解し、理性で受け止めること。
・「自分には目の前の生き方しかない」と美しく諦める。すると心が落ち着いてくる。
・自分の気持ちに正直に諦めると、新たな展開が始まり道が開けていく。
・仏教は人間中心の狭いものの見方を戒める→そうではなく、「すべての生命」という広い視野でものごとをとらえ、「感情」という生命普遍の現象から解決策を見いだしていく。
・誰であっても、すべてを捨てて呆気なく、はかなく消えていくもの→それでも人は「生きていきたい」と願い、生を渇望する「存在欲」がある。


・親を憎むのは、子に問題の原因がある→親だって完全無欠な聖人君子ではなく普通の人間→怨みは怒りから発する感情で、真っ先に自分そして周りも破壊していく→どんなことをしても親の恩は返せない。
・仏教では愛を素晴らしいなどと考えてはいない→愛とはきわめて個人的な感情で、主観的な思いに過ぎない→愛とは、あいまいでよくわからない感情。
・夫婦関係は年とともに変化するべきもの→自己主張し合うのでなく、相手を第一の友人のように思って接すれば、愛ではなく慈しみが生まれる。
・男と女は別々の世界観を持っている。意見が合わないと感じたら、相手をほめると決定的な亀裂は入らない。
・人は本来が孤独な存在→その限界を突き破る力となるのが、コミュニケーションによる他者との連帯。

◎されるほう

・明るく謙虚に生きれば身体と心は健康でいられる。
・若いときにできたことも、過去の栄光も捨てるべきときが来たら捨てていく。そうすれば軽々と、爽快に生きていける。
・さびしいという気持ちは、人本来の姿である孤独を否定したい、孤独はイヤだという感情の表れ→さびしさに勝つ唯一の方法は、独りでもさびしくない自分になること。
・怒りは心の猛毒→怒りを「抑える」「ガマンする」のは間違いで、内面にある怒りは消えてない→怒りを根本的に解消するためには、怒らない人間に自分を変えていくこと→怒らない自分に変えるためには「いまの自分を観つめること」→まるで他人のことのようい怒っている自分を俯瞰して観察する→怒ることがいかにばかばかしいのか気づき、怒りは消えてしまう。
・仏教では「いまの自分に気づいていない人」=「愚かな人」、「いまの自分に気づき、瞬間的に怒りを消してしまえる人」=このうえない賢人。
・思い通りにならなくて怒る→怒ればさらに事態は悪化する→怒りは百害あって一利なし。
・仏教の世界では、親が「死にたい」とこぼしたら、「では、死ぬ準備はできているんですか?」と尋ねる→「明るく穏やかな精神状態を保っていて、これまで生きてきたことに感謝しえ死ねますか?」よ尋ねる→いつでも「死ねる」という人は、きちんと「死」を知っている人である。

・生きているかぎり人生は思うようにいかないこと、苦しいこと、トラブルの連続→生きるとはそういうことだと理解する。
・悟りとは、「苦」という現実の只中であっても、過去に囚われることなく、将来に期待することもなく、心を波立たせず「一日一日を淡々と生きる」境地に達すること。

・死にゆく人は、この世を捨てなくてはいけないと諦めるべき。
・自分の肉体は頼りにならないと実感する。
・家族や友人などがいても、何もしてもらうことはできないと理解するべき。
・一人で生まれて、一人で死ななくてはいけないと理解するべき。
・心が執着で汚れている場合は、悩み苦しみが絶えないと理解するべき。
・執着がない心は、安らぎをもたらすと理解する。

・人の死は、暗いことでも悲しいことでもない。夕陽が沈むのを見守るように当たり前のことをそのまま受け止める。悲しみを長引かせることだけはしてはいけない。
・人は「死」そのものを悲しむわけではない。死によって愛する人と永遠に別れなければならない理不尽に対して自分の無力さを嘆いているのだ。
・解脱に達しないかぎり、すべての生命は輪廻転生する→輪廻転生は苦しみ。
・親の老い、介護、死を経験することですべては無常であるという真理が体験できる。自分の心がすべての生命に対して慈しみにあふれるようになれば、それこそ他界した親に対する恩返しになる。

・仏教における善悪とは、貪瞋痴に従うか(悪)、貪瞋痴を戒めようとしているか(善)ということが基準。
・最高の修行は忍耐・堪忍である。

以上、父上にも読ませたくなるような内容だったが自重した。私が理解していればいいことだ。
父上の死は近い・・・悲しくても、しっかりと対応しなくちゃね。

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August 29, 2017

2504.四国のワイン

IMG_20170827_154226先週の日曜日、3ヶ月ぶりに開催されるルーマニアワインの試飲会へ豊橋のアルテソロレスさんを訪れた。岐阜での試飲会から早くも3ヶ月経過しているので、本当に久しぶり♪
今回の参加時間はフリーだったので、実家へ立ち寄ってから名鉄電車に乗り込んだ。到着は14時半・・・店内ではダニエル社長さんとクリスティーナさんが対応している。お客様は意外と多く、かなり混んでいた。

【世界が注目する東欧のワイン】と銘打った試飲会。今回で13回め・・・昨年ボトルにサインした、1周年記念の企画はどこへやら?まぁそこはラテンラテン♪細かいことは気にしないw

ルーマニアの新作が6種、さらにモルドヴァ、ウクライナ、スロヴァキアのワインが2種類ずつ、合計12本もの珍しいワインが無料で提供されている。こんなお得な話はないんだけどね☆

クリスティーナさんが丁寧にそそいでくれるので、こちらもしっかりと味わわなければならない。他のお客様もいるので結構忙しそう・・・ダニエル社長さんも説明で忙しそうだったが、次回の岐阜での試飲会について尋ねてみると、彼は来年の1〜2月まで予定が空かないらしい。秋の開催は厳しそうだということになった。私はその方が都合がいいのでホッとした。

ウクライナのポートワイン(酒性強化ワイン)がいちばん美味しかった。やはり私には甘口が合うようだ。

クリスティーナさんは16時前に帰ってしまい残念だったが、本来なら15時までのはずなのでちょっぴり嬉しくもあった。

白ワインとチョコラータ、シングラリスのワイングラスを購入して帰途についた。帰り際、ブラックサンダーの広告を配した市電に遭遇。名古屋駅にも立ち寄りワンダーウーマン姿のナナちゃんも凛々しかった。

また新たな始まりである。
岐阜での2度めの試飲会も頑張って企画していきましょうかね♪

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August 27, 2017

2503.復活のうた♪

21034261_763880677129742_1793244695614693180_n昨日26日は橋枝氏主催のBBQに参加した。私は休日出勤だったが、17時に切り上げ THE BBQ TERRACE 屋上ビアガーデン 岐阜駅前店に馳せ参じた。高校の同級生たちが約20名集合・・・彼らは本当にイベント好きというか集まりがいい。ゴルフコンペが続いているのも要因かな?

大きなお肉たちにはさすがに辟易したが、ビールやハイボールをたらふくいただいた。

さて二次会は柳ヶ瀬に突入・・・いわゆるカラオケ大会である。
私は精神を病んで入院してから高い声が出なくなり、往年のように歌えなくなってしまっている。とは言え、昔からの知り合いたちのイメージでは“柳ヶ瀬の帝王”とまではいかないものの、歌うことは得意だと見做されている。

同級生たちのソングは元気かつお上手・・・私は歌えないで飲むばかり。これでは楽しめないし情けない。しかし、光明が差した!沢田研二の“勝手にしやがれ”が流れ、私が歌うことと相成った。

まさに昭和のノリがウケたのである♪若者たちには理解されないだろうが。

意外とキーが低く、容易に声を出すことができる☆私にはまだジュリーがあったのだ!柳ヶ瀬の帝王は復活した。これからは当分これで乗り切れるゾ♪w

gt930bgl420 at 23:53|PermalinkComments(0)mixiチェック Clip to Evernote 日記 | 再会

August 23, 2017

2502.ハイドンドン♪

RS=^ADBSB私の県図書通いは続いている。
バッハやベートーヴェンのコンプリートを含め、実際にCDを購入していれば何十万円にもなっているだろう。最近ではベルワルドやアルヴェーンなど、スウェーデンの作曲家たちも蒐集した。

もうほとんどの作曲家のCDを網羅しているつもり・・・なのたが、まだまだハイドンやヘンデルさんたちがいる。で、いまはハイドンさんだ♪
彼は交響曲の父、弦楽四重奏曲の父などと呼ばれ、弟のミヒャエルも作曲家である。ハンガリー有数の貴族、エステルハージ家に仕え、順風満帆な作曲活動を続けられた。おかげでもの凄い数の作品が残っている。

私の印象ではモーツァルトさんに近い。というよりモーツァルトさんが近い。有名なメロディーも多く、題名を知らなくても聴いたことがある曲は多い・・・普段の生活の中でサラリと奏でられているといい感じ♪

で、来たる新生活(なかなか来ないけどw)に対する私のアイディアがひとつ。お部屋用のスピーカーを購入し、常にクラシックの名曲を小さい音で聴ける環境にしたい。さっそくEIDENを訪れてみた。

私が抱いていたのはお部屋の天井に四角いスピーカーを設置するイメージだった・・・しかし、時代は進歩している!BOSE社のSoundLink Revolve BluetoothR speakerを拝見することができた。やや円筒の形態(小さめの水筒?)で27,000円または37,800円とお値段はかかるのだが、スマホからBluetoothで音楽を飛ばせる。防水はともかく、なんといっても360°サウンドが画期的☆今までとは真逆!お部屋の真ん中に置くことができるのだ。しかも移動がカンタンではあるまいか♪

毎週のように通っている県図書館、まだまだお世話になりそうだね☆

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August 17, 2017

2501.お近くの達人

夏休みの3日目は、高校の同窓生たちが集まってゴルフ大会が開催された。
コースは恵那市の山岡カントリークラブ・・・広いらしが、私にとってはどこへ行っても難解で間違いない。

結果は前半59・後半61でちょうど120だった。練習もイマイチだったのに、3ヶ月前のスコアを20近くも縮めたのだから自分自身としては納得はしている。ブービー賞のコーヒーセットもいただいたしね♪

特長的だったのは3パットが3ホールしかなかったことである。グリーンに乗せるまでは大わらわ・・・しかし、乗ってしまえばあっさりと決めてしまう。アプローチも素晴らしかった♪

そう!ショットさえうまくいけば100切りは目前ではあるまいか!?w

とは言えお金はないのでレッスンを受けられるわけもない。で、YouTube内を泳ぎまくり“坂本龍楠”というレッスンプロのページに到達した☆





グリップから始動など、いままでの私のスイングがほとんど壊滅してしまうような動画である。が、痒いところに手が届くというか、取り上げるポイントが私の疑問にピッタリと一致しているのだ。
練習場とコースでの打ち方の違いも理解できた。

私のスゥイングはまさに無駄だらけ・・・余計なことばかりしてしていた。
まずは素振りから。とにかくショットを安定させることが最優先!せめてみんなのレヴェルまで上手にならないと参加させてくれなくなるからね♪w

なんにでも精進が大切ってこと☆

gt930bgl420 at 22:13|PermalinkComments(0)mixiチェック Clip to Evernote スポーツ | ワイは猿!

August 15, 2017

2500.信長降臨!

20638694_1356494274400230_3284387435118564059_n今年の夏休みはたったの4日間しかなかったが、けっこう充実していたように思われる。ダラダラしていても時間の無駄だしね。

初日(8/12)は父上の実家を訪問した。体調は良さそうに見えるが、徐々に癌は進行しているようだった。動作がかなり鈍くなっているのがよくわかる。そしてゴルフの練習も行った。

2日目は朝からパターゴルフの練習をしてから、週末の馬券師&高校野球部の飲み会(福井会)・・・札幌のメイン“エルムS”では1・2着が予想とは逆になって200倍を逃してしまった。新予想方法はまだまだ成果を出せないでいるが、だんだん的中に向かいつつある。netkeiba.com内の予想大会で好成績をあげていることでもわかるだろう。あとは実質のリターンのみ!
福井会は50人あまりのOBが集まった。何年経っても先輩は先輩、後輩は後輩・・・私などたいしたこともないのに不思議なものである。

3日目はメインイベントのゴルフ☆結果は後ほど記すが、まぁ満足のいく内容だったかな。ゴルフ終了後、恵那市から玉宮町のensoでお盆の呑み会が開かれた。
ゴルフに参加したメンバーに加え、総勢25名が参加した。中にはバル・バロッサのオーナーシェフ、田島氏もいた。ちょうど月曜が定休日だったおかげらしい・・・高校時代、彼とはまったく交流がなかったが、モデル並みのルックスで、昨年の信長祭りでは信長役に選ばれたほど。田島氏目当ての女子?たちも多数参加したほどである。5月のルーマニアワイン試飲会にも出席してくれたのは意外だったけど。
二次会はカラオケグループとオトナの飲み会グループと二手に分かれた。私はもうカラオケはダメなのでオトナの飲み会の方へ参加・・・なかには田島氏もいたが、私は朝からの疲れでほとんど眠ってしまっていたよう。しかし、田島氏が全盛期の「キッチンたや」に来てくれていたことを知るや、私がマスターの息子であることを告げると一気に近づくことができた。
三次会は彼の行きつけのBARに誘ってもらいいろんなお酒を嗜んだが、またやはり眠ってしまったへなちょこな私。帰途についたのは5時だから致し方ない・・・ゴルフしてほぼ完徹だからね。

4日目はおかげで撃沈状態・・・みんなのパワーに圧倒され続けられたが、楽しいお休みだった。
近いうちにバル・バロッサへ行かなくちゃね♪私も頑張らなきゃね☆

gt930bgl420 at 20:42|PermalinkComments(0)mixiチェック Clip to Evernote 日記 | 再会

August 08, 2017

2499.ゆいしき

以前からどうしても学んでみたかったのが“唯識”・・・で、多川俊映氏の“唯識入門”と“貞慶『愚迷発心集』を読む”を味読した。

唯識とは、小乗仏教の五感と意識の思想(六識)を発展させたもので、その下には末那識(まなしき)と呼ばれる潜在意識が想定されており、寝てもさめても自分に執着し続ける心であるといわれる。熟睡中には意識の作用は停止するが、その間も末那識は活動し自己に執着するという。
さらにその下には阿頼耶識(あらやしき)という根本の識があり、この識が前五識・意識・末那識を生み出し、さらに身体を生み出し、他の識と相互作用して我々が「世界」であると思っているものも生み出していると考えられている。
あらゆる諸存在が個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な存在であり客観的存在ではない。それら諸存在は無常であり、時には生滅を繰り返して最終的に過去に消えてしまうであろう。即ち、それら諸存在(色)は「空」であり、実体のないものである(色即是空)。ということだ。

愚迷発心集を著した法相宗の貞慶は、唯識の教えを究めようと齷齪していた僧侶である。彼でさえ自身を「凡夫」と称して嘆きまくっているのだから、我々の立場などありはしない。かの三島由紀夫先生も最後の四部作「豊穣の海」で唯識説に熱中していたとのこと・・・

多川氏は唯識を

 日常を生きる者として、あらためて自分自身の認識の実態というものを真摯に見つめてみると、少しも「如実」ではなく、どうやら「真実なるもの」と大きく乖離していることらしいことに気づかされます。
 唯識はこのことについて、私たちの認識内容は、総じて第八阿頼耶識から縁起(生起)したものであり、そしてまた、第八阿頼耶識の初能変と第七末那識の第二能変、そして、第六意識と前五識の第三能変という三層にわたる変形をうけたものであることを指摘して、注意をうながしています。
そうであれば、私たち日常の認識内容は、「あるがままに自己を知り、また、あるがままに自己をとりまくすべてのものごとを覚知する」という仏教の理想と、あまりにも大きく隔たっています。まさに、ヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)の中に暮している私たちであります。
 この虚妄な認識世界が、三性説の中の(遍計所執性)でした。しかし、自己をふくむあらゆるものは、元来、さまざまな要因が一定の条件のもとで仮和合して生起したものであります。そして、一見、それがたとえ長時間存続するものであっても、実は、絶えず変化しつつあるものなのです。私たちがいま現に生きているこうした縁起し・変化してやまない現象世界がそもそも〈依他起性〉なのですが、私たちはつい、それを実体的に捉えてしまうのです。そして、その上で、自分にとって好都合なものを貪愛してやまず、他方、不都合なものを毛嫌いし、なお、その嫌悪感そのものにも執着しつづけるー。それが、私たちが現に生きている〈遍計所執性〉の世界であります。
 こうしたわが認識の実態・わが執着の実態を学んだ私たちに要請されることは、一も二にもなく、この虚妄な遍計所執という覆いを取り除くことでありましょう。そして、さまざまな縁によって生起した刹那滅のものが、なお一定の条件のもとで、前滅後生して流動しつつあるという依他起の本質に目覚めるー、ということであろうと思います。
 この依他起の本質が〈円成実性〉であるわけですが、そうした円成実の世界は、あらゆるものの「空なるあり方」に深く着目することによって、明らかになっていくと考えられています。それにはまず、自分自身をふくむあらゆるものを不変・実体的にではなく、絶えず変化し流動するものとして理解していく習慣を身につけることが肝要です。
 もとより、こうした実践は容易なことではありません。しかし、私たちは、自分の認識内容がどうも「事実」あるいは「真実なるもの」とそうとう異なっているらしいとの気づきを大切にし、そこから自己凝視を深めていきたいと思うのです。そうした地道な作業を継続していくならば、執拗きわまりない遍計所執の覆いも、まさに薄皮が剥がれるように、漸次、取り除かれていくはずです。−唯識と現代ということを考える場合でも、やはり、この点をまず最初に問題にしておきたいと思います。

と著しているが、これに対しテーラワーダのスマナサーラ長老は『無常の見方』にて

 大乗仏教には「阿頼耶識」という思想もあります。阿頼耶識は認識不可能な潜在的な意識で、顕在的な世界とのつなぎ役を果たしているそうです。すべての認識できる現象は無常ですが、認識不可能な阿頼耶識はあるというのです。それがこの世のカラクリで、現象世界を成り立たせているのだそうです。
 しかし当然、「認識不可能なものをどうやって発見、認識したのだろうか?」という疑問が生じます。当然ですが、そのようなことは実証できません。完全なる妄想、たんなる観念です。

と一刀両断している。
“諸行無常”にこだわるあまり、“諸法無我”はどこへやら?お釈迦様は「我は無い」と言い切っていたはず・・・末那識を立てた時点でもうアウト!ではあるまいか?

三島由紀夫の自決然り、観念とは怖ろしいものである。よくよく見定めていこう。

gt930bgl420 at 22:06|PermalinkComments(0)mixiチェック Clip to Evernote 日記 | 佛道

August 02, 2017

2498.おもひ通りに・・・

人間万事塞翁が馬。人生、思い通りにはいかないもの・・・。

私はこの法則?を逆利用して、なにか行動するときなどに最悪の場合を想定するようにしている。おかげで大過とは無縁なのである。

今年の夏休み、Gabiのおかげで私は単独でブルガリアを訪問しなければならなかった。
しかし、7月中に届くはずだった彼女からの手紙はなぜかブルガリアへ・・・大事な情報が書いてあったからなのか?すっかり検閲されているのである。さらに、7月末にブルガリアから電話が来る予定だったがまったくかかってこない。

このことをGabiに告げ、ルーマニアの警察に確認してもらうと、なんとその日には4回も電話をかけてきたそうだ。ところが私の電話はまったく反応しなかった。

さらに・・・“今年”行かなければならなかったブルガリアへの訪問が1年も延期になってしまったとのこと。彼女の話によれば、そのXデイ(極秘)は決定し、1万8千ユーロが私に返ってくるそうだ。その頃にはルーマニアへの入国も許されるらしく、Gabiとの再会も可能となるらしい。

相変わらずの予想外!ただ、現在の私には旅費の工面も難しく、父上の病気もあって非常に有難い展開なのである。まぁ私たちには1年ぐらいの延長はまったく問題ない。寧ろそのほうがチケットもとりやすいだろう。

とにかく来年までには私の生活状況を安定させることが先決だね♪
人生思い通りにはいかないけれど、臨機応変に対応していくしかありませんな。

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