"日中友好"モードになってしまった日本の有力メディアではあまり取り上げられていないようですが、年末から年始にかけて、中国では『表現をめぐる規制』をめぐって怪しげな動きが進行しています。
ひとつは、先日このブログでも取り上げましたが、『インターネットの動画コンテンツ・サービス管理規定』の発表です。
この規定を一言で言うと、"YouTubeみたいなインターネットで動画を扱うサイトの運営は、国家が株式の過半数を持つ会社でなければならない"と言うことです。いま中国で人気を博している動画投稿系サイトは外資などを取り込んだ私企業ですから、この規定を素直に解釈すれば、1月31日以降こうしたサイトは運営できなくなります。
もうひとつは、日本語の"リンゴ"を意味する『苹果』と題する映画が上映中止になった事件です。
中国の映画館では、日本で言えば"省"のひとつにあたる中国広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)のセンサーシップ(検閲)を経て、"上映許可証"をもらった映画だけを上映できます。いくつかの難関を経ながらもこの『苹果』は"上映許可証"を得て昨年11月末から中国の映画館で上映されていたのです。最近は日本メディアでも時々見かける人気女優・ファン・ビンビン(範冰冰)らが主演し、07年のベルリン映画祭に出品された話題作であったにも関わらず、1月3日までに中国のラジオ映画テレビ総局はこの映画の"上映許可証"を取り消したのです。つまり、一旦は上映を許可しながら、1ヶ月ほどして取り下げてしまったのです。
さて、この『苹果』は上映禁止になってしまうような映画なのでしょうか?
この映画は、日本人の駐在員奥様ご用達の"怪しげでないフツーの"フットマッサージ店で働くファン・ビンビン扮する"苹果"と、日本だとゴンドラに乗ってする作業を中国ではビルの屋上からロープ1本で吊り下がって行うのが一般的なビルの窓掃除の仕事をしている"苹果"の夫、そして不覚にも"苹果"をレイプしてしまったフットマッサージ店の社長とその妻と言う、夫婦二組4人による人間ドラマです。
北京に関わりのある日本人には馴染み深い国貿橋付近の東三環路の風景から始まるこの映画は、都会で働く地方出身の若者、成金おやじ、中国の強い女性、男の煩悩など、いまの北京でよくありがちな情景を、テンポ良くリアルに表現しています。軽いとはいえないストーリーを喜劇仕立てにしているあたりは見事です。特に、ほぼ全編にわたる手持ち撮影によるカメラワークは秀悦だと思いました。恐らくフィックス(固定カメラ)の画は"苹果"の表情を捉えたラストシーンだけで、突然テンポが落ちる最後の10分間で、夫婦・親子・男女の愛情と言う普遍的なテーマをマジメに追っていた映画であることを再認識できるはずです。
テーマに対する女性監督リ・ユゥ(李玉)の"ひたむきさ"はエンドロールの背景映像にも表れています。朝陽門外大街で立ち往生した愛車・ベンツを二人で推し進める社長夫妻。笑えるおまけ映像が、夫婦の絆の重さを表しているように思えるのです。
地方から出てきたマッサージ嬢とベンツを乗り回し高級マンションに住むフットマッサージ店の社長が中国で拡がる"貧富の差"だ、などと言っていたら中国人は務まらないわけで、社会不安を煽るようなテーマでもないし、政治的なテーマでもないし、お決まりの"善良な"公安(警察官)も登場させているし、上映禁止になるような内容とは言えないでしょう。
ただ、この映画には冒頭に2回のセックスシーンがあります。
"苹果"と夫との夫婦間交渉と"苹果"が社長にレイプされるシーンです。当然のことながら、中国ラジオ映画テレビ総局はこのシーンのチェックに労力を使ったことでしょう。ベルリンで発表された"国際版"と"上映許可証"を得て中国で公開された"中国版"では、"濡れ場シーン"に大きな違いがあります。
つまり一旦は、"国家のお墨付き"をもらったセックスシーン込みでの"上映許可証"の交付だったのでした。
それではなぜ、中国ラジオ映画テレビ総局は一旦与えた"上映許可証"を取り消すことになったのでしょう。政府系メディアはその理由として、以下3点を挙げています(人民網より)。
(2)については、"上映許可証"を交付する前から分かっていたことなので、完全に"あとづけ"です。ポイントは(1)(3)でしょう。
前述の通り、映画『苹果』には中国当局のセンサーシップ(検閲)を経てないセックスシーンを含む"国際版"と"濡れ場"を大幅にカットした"中国当局お墨付き版"があります。
中国の映画館では当然この"中国版"が上映されていたのですが、インターネットでは過激な(!?)"国際版"が出回っています。正規版のDVDは"中国版"ですが、海賊版では"海外版"をみることができます。(1)はこのことを指摘しているのでしょう。
ただし、インターネットにしても海賊版DVDにしても、表向きは映画会社が関係しているはずもありません。一般的に考えれば、そんなものが出回れば出回るほど、映画館や正規版DVDの収入が減ってしまうわけで、むしろ映画会社にとっても困った問題のはずです。本来であれば、"知的所有権対策"の一環として中国当局に積極的に取り締まってもらうべき話のに、映画会社の"管理不行き届き"を責められた、と言うことになるでしょうか....。
ところが、これに(3)であげられた"プロモーション活動"が絡むと話が変わってきます。
映画『苹果』のプロモーションは"表向き"健全に行われたはずです。中国ではプレス発表を皮切りに、主要ポータルサイトやストリート・アドボードなどを利用して話題づくりをしていくのが一般的です。
とは言え、"管理の行き届かない"インターネットの動画投稿サイトや個人系サイトにアップロードされる著作権を侵害した映像も、充分に話題づくりに貢献できることは、YouTubeなどが証明済みです。
海賊版に尻込みする日本のコンテンツホルダーに「海賊版はプロモーションの一環。広告費を使わなくても、作品の知名度が浸透する。」と言い切った中国のDVD発行会社がありましたが、海賊版DVDもある意味で作品のプロモーションにはなるのです。まして、"中国版"未公開の"濡れ場シーン"が映像素材となれば、これは大きな話題づくりにつながるはずです。
ここからは推測の域を出ていないのですが、映画会社が未必の故意で"海外版"の映像がインターネットや海賊版DVDに流出するのを黙認していたとも考えられます。映画のプロモーションの一環にもなるので、少なくとも積極的な対策を施さなかったことが、中国ラジオ映画テレビ総局の逆鱗に触れ、"上映許可証"の取り消しにつながったのでしょう。つまり、(1)と(3)合わせて一本、と言う感じ。
長くなりましたが、映画『苹果』とインターネットの動画投稿系サイト規制(『インターネットの動画コンテンツ・サービス管理規定』)は密接な関係にあると思います。
CGM(Consumer Generated Media)として、フツーの人民が制作したり、どこからか拾ってきてネット上にアップロードしたコンテンツ(とりわけ動画)が大きな影響力を持つことに気づいた中国ラジオ映画テレビ総局が、自らの存在意義を失うことに強い危機感を抱いたのでしょう。
エロ・グロ・暴力対策とならば、善良な人民は何となく納得しますから、"世論"を味方につける取っ掛かりとしては良い題材だったと思います。
それと前回取り上げた「夫の不倫を暴露した段ボール肉まんキャスター」の映像なんかも、微妙に関係しているかも知れませんね....。
ちなみに、マジで政治体制に不利になるようなネット上のコンテンツは、中国ご自慢の"金盾"でアクセス不能にできちゃいますから、このことが直接政治的言論統制の強化につながるとは思えません。
これはインターネットの影響力増大で影が薄くなりつつある中国ラジオ映画テレビ総局の反撃、中国の省庁間の"縄張り争い"、つまりは"利権争い"くらいに考えておいてもよろしいのかもしれません。
ひとつは、先日このブログでも取り上げましたが、『インターネットの動画コンテンツ・サービス管理規定』の発表です。
この規定を一言で言うと、"YouTubeみたいなインターネットで動画を扱うサイトの運営は、国家が株式の過半数を持つ会社でなければならない"と言うことです。いま中国で人気を博している動画投稿系サイトは外資などを取り込んだ私企業ですから、この規定を素直に解釈すれば、1月31日以降こうしたサイトは運営できなくなります。
もうひとつは、日本語の"リンゴ"を意味する『苹果』と題する映画が上映中止になった事件です。
中国の映画館では、日本で言えば"省"のひとつにあたる中国広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)のセンサーシップ(検閲)を経て、"上映許可証"をもらった映画だけを上映できます。いくつかの難関を経ながらもこの『苹果』は"上映許可証"を得て昨年11月末から中国の映画館で上映されていたのです。最近は日本メディアでも時々見かける人気女優・ファン・ビンビン(範冰冰)らが主演し、07年のベルリン映画祭に出品された話題作であったにも関わらず、1月3日までに中国のラジオ映画テレビ総局はこの映画の"上映許可証"を取り消したのです。つまり、一旦は上映を許可しながら、1ヶ月ほどして取り下げてしまったのです。
さて、この『苹果』は上映禁止になってしまうような映画なのでしょうか?
この映画は、日本人の駐在員奥様ご用達の"怪しげでないフツーの"フットマッサージ店で働くファン・ビンビン扮する"苹果"と、日本だとゴンドラに乗ってする作業を中国ではビルの屋上からロープ1本で吊り下がって行うのが一般的なビルの窓掃除の仕事をしている"苹果"の夫、そして不覚にも"苹果"をレイプしてしまったフットマッサージ店の社長とその妻と言う、夫婦二組4人による人間ドラマです。
北京に関わりのある日本人には馴染み深い国貿橋付近の東三環路の風景から始まるこの映画は、都会で働く地方出身の若者、成金おやじ、中国の強い女性、男の煩悩など、いまの北京でよくありがちな情景を、テンポ良くリアルに表現しています。軽いとはいえないストーリーを喜劇仕立てにしているあたりは見事です。特に、ほぼ全編にわたる手持ち撮影によるカメラワークは秀悦だと思いました。恐らくフィックス(固定カメラ)の画は"苹果"の表情を捉えたラストシーンだけで、突然テンポが落ちる最後の10分間で、夫婦・親子・男女の愛情と言う普遍的なテーマをマジメに追っていた映画であることを再認識できるはずです。
テーマに対する女性監督リ・ユゥ(李玉)の"ひたむきさ"はエンドロールの背景映像にも表れています。朝陽門外大街で立ち往生した愛車・ベンツを二人で推し進める社長夫妻。笑えるおまけ映像が、夫婦の絆の重さを表しているように思えるのです。
地方から出てきたマッサージ嬢とベンツを乗り回し高級マンションに住むフットマッサージ店の社長が中国で拡がる"貧富の差"だ、などと言っていたら中国人は務まらないわけで、社会不安を煽るようなテーマでもないし、政治的なテーマでもないし、お決まりの"善良な"公安(警察官)も登場させているし、上映禁止になるような内容とは言えないでしょう。
ただ、この映画には冒頭に2回のセックスシーンがあります。
"苹果"と夫との夫婦間交渉と"苹果"が社長にレイプされるシーンです。当然のことながら、中国ラジオ映画テレビ総局はこのシーンのチェックに労力を使ったことでしょう。ベルリンで発表された"国際版"と"上映許可証"を得て中国で公開された"中国版"では、"濡れ場シーン"に大きな違いがあります。
つまり一旦は、"国家のお墨付き"をもらったセックスシーン込みでの"上映許可証"の交付だったのでした。
それではなぜ、中国ラジオ映画テレビ総局は一旦与えた"上映許可証"を取り消すことになったのでしょう。政府系メディアはその理由として、以下3点を挙げています(人民網より)。
(1)許可を得ていないセックスシーンがインターネット及びDVDなどで出回っている
(2)許可を得ない段階でベルリン映画祭に出品している
(3)不健康で不正当なプロモーション活動が行われている
(2)については、"上映許可証"を交付する前から分かっていたことなので、完全に"あとづけ"です。ポイントは(1)(3)でしょう。
前述の通り、映画『苹果』には中国当局のセンサーシップ(検閲)を経てないセックスシーンを含む"国際版"と"濡れ場"を大幅にカットした"中国当局お墨付き版"があります。
中国の映画館では当然この"中国版"が上映されていたのですが、インターネットでは過激な(!?)"国際版"が出回っています。正規版のDVDは"中国版"ですが、海賊版では"海外版"をみることができます。(1)はこのことを指摘しているのでしょう。
ただし、インターネットにしても海賊版DVDにしても、表向きは映画会社が関係しているはずもありません。一般的に考えれば、そんなものが出回れば出回るほど、映画館や正規版DVDの収入が減ってしまうわけで、むしろ映画会社にとっても困った問題のはずです。本来であれば、"知的所有権対策"の一環として中国当局に積極的に取り締まってもらうべき話のに、映画会社の"管理不行き届き"を責められた、と言うことになるでしょうか....。
ところが、これに(3)であげられた"プロモーション活動"が絡むと話が変わってきます。
映画『苹果』のプロモーションは"表向き"健全に行われたはずです。中国ではプレス発表を皮切りに、主要ポータルサイトやストリート・アドボードなどを利用して話題づくりをしていくのが一般的です。
とは言え、"管理の行き届かない"インターネットの動画投稿サイトや個人系サイトにアップロードされる著作権を侵害した映像も、充分に話題づくりに貢献できることは、YouTubeなどが証明済みです。
海賊版に尻込みする日本のコンテンツホルダーに「海賊版はプロモーションの一環。広告費を使わなくても、作品の知名度が浸透する。」と言い切った中国のDVD発行会社がありましたが、海賊版DVDもある意味で作品のプロモーションにはなるのです。まして、"中国版"未公開の"濡れ場シーン"が映像素材となれば、これは大きな話題づくりにつながるはずです。
ここからは推測の域を出ていないのですが、映画会社が未必の故意で"海外版"の映像がインターネットや海賊版DVDに流出するのを黙認していたとも考えられます。映画のプロモーションの一環にもなるので、少なくとも積極的な対策を施さなかったことが、中国ラジオ映画テレビ総局の逆鱗に触れ、"上映許可証"の取り消しにつながったのでしょう。つまり、(1)と(3)合わせて一本、と言う感じ。
長くなりましたが、映画『苹果』とインターネットの動画投稿系サイト規制(『インターネットの動画コンテンツ・サービス管理規定』)は密接な関係にあると思います。
CGM(Consumer Generated Media)として、フツーの人民が制作したり、どこからか拾ってきてネット上にアップロードしたコンテンツ(とりわけ動画)が大きな影響力を持つことに気づいた中国ラジオ映画テレビ総局が、自らの存在意義を失うことに強い危機感を抱いたのでしょう。
エロ・グロ・暴力対策とならば、善良な人民は何となく納得しますから、"世論"を味方につける取っ掛かりとしては良い題材だったと思います。
それと前回取り上げた「夫の不倫を暴露した段ボール肉まんキャスター」の映像なんかも、微妙に関係しているかも知れませんね....。
ちなみに、マジで政治体制に不利になるようなネット上のコンテンツは、中国ご自慢の"金盾"でアクセス不能にできちゃいますから、このことが直接政治的言論統制の強化につながるとは思えません。
これはインターネットの影響力増大で影が薄くなりつつある中国ラジオ映画テレビ総局の反撃、中国の省庁間の"縄張り争い"、つまりは"利権争い"くらいに考えておいてもよろしいのかもしれません。