guideandanteのblog

「仙台ツアーガイドあんだんて」ホームページ専用ブログです。

日本を代表する芸術といえば、浮世絵をはじめ様々ありますが、今回ご紹介するのは「田んぼアート」です。絵画のキャンバスはなんと田んぼ。色の異なる稲を使って、巨大な絵や文字を浮かび上がらせるというものです。これぞ日本の大自然の芸術! 

最初に、青森県にある田舎館村の田んぼアートをご紹介します。田舎館村は青森市から約30キロ南に位置しています。1993年に3色の稲を使って作品を作ったのが始まりだそうです。

田舎館村ではふたつの場所で田んぼアートを楽しむことができます。ひとつめは田舎館村役場です。到着してびっくりしたのは、村役場はなんとお城の形をしています。

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まずはこちらが地上から見た景色です。
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なんとなく分かるような、分からないような感じですよね。

さて、田舎館村展望所からみた景色がこちら。
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レオナルド•ダ・ヴィンチの「モナリザ」

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黒田清輝の「湖畔」

10種類7色の稲が使用されているのだそうです。遠近法を用いて描いているので、よりリアルな感じがします。


続いて第二田んぼアートの弥生の里展望所へ。
弘南鉄道弘南線の「田んぼアート」駅からすぐの場所にあります。

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地上からみた景色はこんな感じです。
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こちらが弥生の里展望所です。
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展望台からの光景はこちら。
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タイトルは「縄文から弥生へ」

青森県には三内丸山遺跡を始め、縄文遺跡が点在しています。2021年7月に「北海道•北東北の縄文遺跡群」が世界遺産に登録されました。また、田舎館村で弥生時代の水田跡が発見されたことから、縄文時代から弥生の時代への変遷を描いているそうです。


田んぼアートではありませんが、展望台から別バージョンの「石アート」もご覧いただけます。今年は寅年にちなんで「男はつらいよ 車寅次郎」。白と黒、グレーの色の異なる小石が敷き詰められています。お見事です!

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◎田舎館村役場
住所: 青森県南津軽郡田舎館村田舎舘中辻123-1
https://maps.app.goo.gl/oS8k3QS1fxMRjN1t8?g_st=ic

◎弥生の里展望所
住所: 青森県南津軽郡田舎館村高樋泉
https://maps.app.goo.gl/7WWhGwtHfcR3WD27A?g_st=ic

見頃時期:例年7月中旬〜8月中旬
ホームページ:
http://www.vill.inakadate.lg.jp/docs/2022050600021/
http://www.inakadate-tanboart.net/


続きまして、宮城県の田んぼアートをご紹介します。宮城県の南に位置する角田市にある「西根田んぼアート」です。2007年から始めたそうです。

こちらが展望台。地元の方の手作りだそうですよ。
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地上からの絵がこちら。
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そして、展望台から見る景色がこちらです。
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宮城県が誇るフィギュアスケートの至宝「羽生結弦」選手の勇姿が描かれています。テーマは「プライドと夢 ~その挑戦は記憶に残った~」。丁寧に作り込まれた作品には、西根の地域の方々の熱い思いを感じます。

会場ではこんな素敵なお出迎えも。
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◎西根田んぼアート
住所: 宮城県角田市高倉内田
https://maps.app.goo.gl/qZ25SPZomrt6aJ7d6?g_st=ic
見頃時期: 7月下旬~8月中旬頃
Facebook:
https://m.facebook.com/tamboart.nishine/

田んぼアートは米どころでもある東北の宝です。また来年はどんな作品が登場するのか楽しみですね。ぜひ機会がありましたら、訪れてみてください。

以下、田舎館村周辺のミニ情報です。

田舎館村周辺では、のんびりローカル線の旅もおすすめです。弘前から黒石まで走る弘南線では、期間限定で約350個の金魚ねぷたが車内に装飾された「金魚ねぷた列車」の特別運行もあります。

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田舎館村を訪れたら、すこし足を伸ばして隣接する平川市の「盛美園」を訪れてみてはいかがでしょうか? 明治に作られた盛美館は一階が和風、二階が洋風という大変珍しい建物になっています。スタジオジブリ制作の「借りぐらしのアリエッティ」はこの盛美館がモデルだとか。宮崎駿氏の写真とサインが飾られていました。時を忘れてゆったりとした時間をお楽しみいただけます。

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◎盛美園
住所: 平川市猿賀石林1
https://maps.app.goo.gl/NQk9QatQTCRFX5Se8?g_st=ic
ホームページ:
http://www.seibien.jp/

#田んぼアート #田舎館村 #西根田んぼアート #盛美園 #世界遺産 #羽生結弦 #借りぐらしのアリエッティ

K.T

会津は慧日寺の高僧徳一、三十三観音でも知られている通り、かつては京都、奈良に次ぐ仏都で有名ですが、実は多くのキリシタンが存在していました。そしてやがて迫害を受け、地下に潜りました。
以前受講した講座を基に、会津の隠れキリシタンの歴史をご紹介したいと思います。

蒲生氏郷によるキリスト教の普及
漆、酒造り、会津木綿等の産業振興、茶の湯文化、城下町の整備など会津の発展の基礎を築いた名将蒲生氏郷は熱心なキリシタン大名で、会津にキリスト教を普及させ、その後最大で会津藩の3分の1がキリシタンになったと言われています。城下に教会を建て、イタリア人宣教師を家臣とし、ローマへ使節団を送ろうともしたといいます。
氏郷の入信の理由は海外との交易、西洋文化の導入などが言われていますが、同じキリシタン大名の高山右近から勧められた説教を受け、その教えに感銘し洗礼を受けました。洗礼名はレオンです。豊臣秀吉が伴天連追放令を出しても、棄教せず伝道に尽力しました。

興徳寺 蒲生氏郷の墓
             興徳寺にある蒲生氏郷の墓



禁教の時代
しかし江戸時代に入り幕府からキリスト教禁止令が出て、会津でも加藤明成が領主の時に厳しい弾圧が行われ、殉教者も相次ぎ、影の時代が続きました。その為多くは棄教を余儀なくされましたが、中には人目をしのんで命がけで信仰を深めた人々もいました。そのようないわゆる隠れキリシタンは、子安観音などの観音菩薩、又は地蔵菩薩を隠れ蓑にして信仰の対象としました。又、飯盛山の山頂にある洞穴には礼拝所を設けていたという説もあります。

宝積寺のキリシタン地蔵
        
     宝積寺にある地蔵が持つ錫杖の頭に十字のマークがあります。

泰雲寺 石灯籠
     
泰雲寺にある石灯篭。正面は普通の石灯篭ですが、裏から見ると花クルスの窓があります。

キリシタン塚 2

1635年に起きた大弾圧。会津キリシタンの指導者だった横沢丹波の一族と、匿っていたバテレンなど60余名が薬師堂河原の刑場で、女子、子供も含め、火あぶり、打ち首、逆さはりつけで処刑されました。その刑場の跡にこのキリシタン塚が立っています。現在は只のどかな野原が広がるばかりで、当時の苛烈な場面は想像できません。


保科正之時代
三代将軍家光の異母弟で将軍補佐役を務め、名君の誉高い保科正之が1643年から会津を統治しました。立場上キリシタンを厳しく取り締まる任にありましたが、キリシタンに比較的寛容で、検挙は徹底して行いましたが、処罰には恩赦を与えるなど温情をもって対処していました。それまで武士の美徳とされていた殉死を禁止した正之の、命を尊ぶ考えを反映していますね。

天子神社 境内
                                                
保科正之の家老太田子太夫実次は熱心なキリシタンでしたが、正之は厳しい処罰などはせず、幕府の手前名前を谷屋又右衛門と改名させ、又帰農させ表向き棄教させるなどの寛大な処置を取りました。谷屋家屋敷跡にこの天子神社が建っていますが、教会の跡地にも天子神社があります。キリスト教では神を天主と呼んでいたので、それが訛って天子となったそうです。
       

猪苗代のキリシタン
猪苗代城代、岡越後は敬虔なキリシタンで、猪苗代に教会、神学校を建て、宣教師を招き、熱心にキリスト教の布教に努めたので、最盛期は人口の約8割!がキリシタンでした。猪苗代にそれ程キリスト教が根付いていたとは驚きです。
ですが、越後の甥が城代になってからは、一転して弾圧の時代になりました。

猪苗代 天司の宮
                
            猪苗代にある神学校の跡、天司の宮 

猪苗代 キリシタン殉教地碑
        
        猪苗代の土津神社の近くにあるキリシタン殉教地碑
        岡越後の墓とも言われています。



奥会津のキリシタン
旧田島町の南山城の城代が熱心な信者だったこともあり、南会津にも多くのキリシタンがいました。
今でも寺が無い、彼岸の風習が無い村があることが、その裏付けになっています。
この地方に多い湯田という名前は、キリストを裏切ったユダの名前をあえて付けて信者である事をカモフラージュしたという説があります。

栗生沢のマリア観音像
        
    栗生沢集落にあるマリア観音、腹部に5つの穴が十字形に配列されていています。

久保田三十三観音

久保田集落にある如意輪観音像、十字を持つマリア観音といわれています。
周辺に軽井沢銀山がありましたが、銀山には幕府の取り締まりが手薄になったので、鉱夫にキリシタンが多かったそうです。   
                                                   
南会津 教会

      南会津に明治初期に建てられた教会
      明治以降会津のキリスト教布教が早かったことを示しています。


ここに挙げた隠れキリシタンの痕跡はほんの一部にしか過ぎません。会津はかつて仏教とキリスト教、二つの信仰の聖地だったのです。キリスト教への迫害に耐えながら、静かに信仰を守った歴史に新たな光が当っています。観光資源としても注目を集めていますが、単なる興味本位で終わらせる事なく、これからも会津の貴重な文化遺産として、学んで行きたいと思います。

東北各地の隠れキリタンについての文献です。
https://www.agulin.aoyama.ac.jp/mmd/library01/BD90039074/Body/link/n11u0151_155.pdf




数年前になりますが、天皇陛下の即位に伴い限られた期間のみ公開された、皇居の大嘗宮(だいじょうきゅう:大嘗祭のための建物)を見に行きました。

大嘗祭は,日本に古くから伝承されてきた収穫感謝の儀式です。毎年11月に行われる新嘗祭を、天皇陛下が即位の後初めて行うのが大嘗祭です。皇位継承に伴い一世に一度行われます。

 「大嘗祭」の中心的な儀式として、令和元年1114日~15日に「大嘗宮の儀」とその後「大饗(だいきょう)の儀」が行われます。

このうち「大嘗宮の儀」は皇居・東御苑のおよそ90メートル四方の敷地に特別に設営された大嘗宮で、夕方から翌日の夜明け前まで行われました。

 この大嘗宮が,令和元年1121日(木)から128日(日)までの18日間一般公開されました。

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(セキュリティチェックを終え、坂下門をくぐっていよいよ中へ 「十月桜」が雨空の中咲いていました)

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(見取り図と説明)












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(正面)こうした建物が大小30余り建てられていました。
全国でも腕利きの宮大工が100人以上集められ、3ヶ月かけて建てたそうです。

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(近くには行けませんでしたが、主基殿(すきでん)も見えました)

 この建物の中で行われる儀式では、全国47都道府県から運ばれたその年の農作物や海産物221品目の特産品が皇祖とすべての神々に供えられ,天皇陛下自らもお召し上がりになります。五穀豊穣などに感謝をし,国と国民のために安寧を祈念します。

 大嘗宮には期間中79万人もの方々が訪れたそうです。儀式が行われるこの大嘗宮はなんと、一般公開された後は解体されてお焚き上げをし自然に還されます。ですから、皇居東御苑を訪れても今は敷地には何もありません。これから行こうとされている方にはすみません。

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(現在の様子 この記事内の写真は全て筆者が撮影)

解体材は、宮内庁の決定で熱エネルギーとして再利用されたそうです。
SDGsに配慮しているのですね。

 雨空の下で目にした大嘗宮は派手な装飾はないけれど、それだけに神秘的で厳かな雰囲気を醸しだし、荘厳なたたずまいを見せていました。

儀式の内容など詳しいことがお知りになりたい方は、下記のHPをご覧下さい。

宮内庁HP

大嘗宮一般参観及び令和元年秋季皇居乾通り一般公開について - 宮内庁 (kunaicho.go.jp)

NHKニュース

大嘗祭|平成から令和へ 新時代の幕開け|NHK NEWS WEB

東京新聞

【独自】天皇即位の舞台・大嘗宮、解体材は熱エネルギーとして再利用 平成までは焼却:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

 

M.O.




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