33「私が思う日本の学校教育への疑問」としてTwitterに投稿された、長方形に切りそろえられて並べられた目玉焼きの写真が話題になっている・・






九州産業大学4年生で、グラフィックデザインを専攻しているsayakaさんが4月14日に投稿した 。写真内には以下のようなメッセージが書かれている。

sayakaさんの投稿は、18日までにリツイート数5万回を突破。「素敵!わかりやすいです!」「大学パンフレットかと思ったぐらいクオリティー高い」などと反響を呼び、「教育ではなく、国民性の問題では?」といった議論も生まれている。


・話題となっている投稿


----この作品に込めた思いは何ですか?

本来、目玉焼きは同じ形になる事はない料理です。それは私たちにも共通する事だと感じています。しかし、現代の学校教育では、一人一人生まれ持っている個性や考え方を『普通』という形に切り整えていくという現状があると思います。なので、本来様々な形に広がるはずの白身を切り整え、さらに長方形に整えることで日本の国旗を連想させ『日本の学校教育』を比喩的に表現しました。

本作は「本当にそれだけが正しいのか?」「矛盾しているんじゃないか?」という現代の学校教育に対する問いかけと同時に、その様な問題意識を持って欲しいと考えています。もう一つは単純に個性を伸ばす教育であってほしいという願いの気持ちです・・

・詳細は(source: ハフポスト - 目玉焼きの写真が暗示する“日本の学校教育”。制作した大学生が込めた思い


・日 フィンランド 教育 比較



・おかしな話ですよね。
はみ出すなと教育しておいて社会に出たら斬新なものが欲しいと願う。

・小中高で皆んなと一緒でマイノリティは許さないとでもいうような団体行動を求めておいて
社会人なって急に個性を求められる違和感はある
ある程度の団体行動、常識や規律を守ることの必要性はわかるけど
日本の教育に個性を大事にしてる感じはない

・先日、幼稚園の卒園式で、緊張した表情で兵隊さんのように揃って手を振り歩く子供達を見ていて、みんなお行儀が良いなあ、と思いましたが、お世話になった先生に自ら駆け寄ってハグをした女の子が一人だけいて目立っていました。
その子はお父さんが外国の方ですが、日本の社会の中で今後自分の気持ちを表現することを抑えるようなことにならないと良いなあと思いました。

・現在、中2の娘がインドの現地校に在籍しており、日々、外国から見た日本の教育について感じるものがあります。
日本の教育が没個性と言われたりする原因は、授業に全くといっていいほど議論やブレーンストーミング、ディベートの授業が確保されていないのが大きいと思います。
子供は未熟だから、教えられるだけの一方向の教育だけで良いという理論にはなりません。
みんな違う考えを持っていて、発言しても良い文化が養われれば、本人たちや日本という国にとって必ずプラスになると思います。
中には、社会に馴染むため、静かに座っていられる教育が初期では大切とのご意見もありますが、全て静かに黙って座っている必要は無く、聞く授業、発言する授業、要はメリハリだと思います。ディベートする事で他人の意見を知り、物事の考え方が深まる場合も多々あります。

・個性を全て排除ではなく、まずは基本的な「社会のルール」「集団行動のルール」を学ぶ場だと思う。
みんなが個性全開にしてたら授業が進まないし、それでは逆にやりづらい子も居ると思う。
基本を知って、そこから自分に合ったやり方を見つけていけば良いと思う。
全部が全部、日本の教育がおかしいとは言い切れない気がする。
なんでも海外に習って「個性」だけを見てたらまとまらないと思う。

・共感できる部分と疑問に思う部分がある。
個性と規律やルールは別問題でしょ?
人の話を聞かないのが個性?
静かにしないのが個性?
列に並ばず割り込むのが個性?
平気で遅刻するのが個性? 違うよね。

ただ日本の教育は規律を守らせることに長けてはいるが、感性や、多様性に弱いことも事実。
感じ方とか考え方、表現方法を伸ばす教育を充実させていくべき

・学校で習っていない漢字をテストで書いてはダメ、
地毛がどんな色であれ黒髪でないとダメ、
BやCは間違っていないけど、Aのみが正解…

私が思うに、日本の教育は「どう考えるか」より「どう考える“べき”か」に重点が置かれ、人格の画一化を図っているように感じられます。
ある程度のルールは必要ですが、度を超えていると感じることが多いからです。


・学校の教育制度における5つの問題点