44彼女はどこにでもいるような女の子で、あえて少し違うところがあるとすれば、それは彼女のルーツでした・・






“日本に戻らなければよかった”


高橋美桜子さん。カナダ人の父親と日本人の母親の間に1989年、カナダで生まれました。その後、両親は離婚。美桜子さんは4歳半から、母親の典子さんとともに日本で暮らしました。

しかし典子さんは、日本に帰国したことを今も悔やんでいます。

「カナダでは一人ひとりに自分の考えがあるということを幼い時から教えていました。自分の考えがあるということは、相手にも違う考えがある。みんな違って当たり前ということが自然と身についたんだと思います。だから、カナダに残っていれば…。今でもそう思っています」

日本への帰国を決めた時、典子さんは、ある不安を感じました。娘は「ハーフ」だから、いじめられるかもしれない。だから美桜子さんには伝えておきました。

「みおちゃんは日本で『ハーフ』と呼ばれる。でも、みおちゃんはみおちゃんらしく胸を張っていこうね」




確かに日本の小学校で、美桜子さんは同級生から「ガイジン」「カナダに帰れ」という心ないことばを投げかけられました。それでも美桜子さんは、小学校の時に書いた作文で、こうしたことばに対し「何にも悪い事してないのにと悲しくなるし、同じ人間なのに、なぜ差別するの」とつづり、むしろ彼女にとってそのルーツは誇るべきものでした。

美桜子さんは、泣いている友だちがいれば、隣で優しく元気づけてあげる正義感の強い、自分の意見をしっかりと言える子どもに成長しました。しかし美桜子さんは、愛知県の私立中学校に進学するといじめを受けるようになりました。

はっきりした理由はわかりません。同級生がいじめられているのを見て「やめなよ」と言って止めたこと。担任が男女差別的な発言をしたことに対して「そういうことを言うのは間違ってる」と意見したこと。「ハーフ」だから見た目が目立つこと。

そういうことが積み重なって、美桜子さんへのいじめは突然始まりました。

いじめは所属していたバトン部で夏ごろから始まり、部活を辞めるほかありませんでした。

2学期に入ると教室でもいじめが行われるようになりました。

仲間はずれにシカト。「天然パーマ」「毛が濃いんだよ」。




執ように吐き捨てられる容姿に関することば。

教科書やノートには殴り書きされた「ウザい」「キモイ」「死ね」といった文字。自分のいすに座って下を見ると机の下にゴミが集められ、教室に戻ると美桜子さんの机が教室の外に出されていました。

同級生は、黒板に美桜子さんの似顔絵を描いて、スリッパを投げつけていることもありました。

美桜子さんは、体調不良を訴え学校に行くのを嫌がり、下校のたびに泣いて帰ってくるようになりました。

中学1年の3月。げた箱に行くと、美桜子さんの目に飛び込んできたのは、自分の靴の中にびっしり貼り付けられた画びょう。美桜子さんは、画びょうが入ったままの靴を持って担任にいじめを訴えました。担任は画びょうを受け取っただけで、こう言ったといいます。

「俺のクラスにいじめなんかするやつはおらん。お前の思い過ごしだ」・・

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・日本の嫌なところは?