55中野区の20代の女性は17日午後1時過ぎ、2歳の長女とベビーカーに乗せた生後6カ月の次女を連れ、区内で路線バスに乗った。 左側3列目の1人掛けの席に長女を座らせ、その前に立っていたところ、バスが急発進・・









ベビーカーは倒れ、長女も壁で頭を打った。ベビーカーは右の前輪が外れ、不安定な状態。2人の泣き声が響き、荷物が散乱した状態のまま、ベビーカーを片手で支えながらひざをつき、前輪を探した。

前の席に座っていた女性から前輪を渡され、なんとか取り付けたのは、三つ先の停留所に着く頃。10分ほどの間に、運転手が気にかける様子はなく、助けてくれる人もいなかった。


・ベビーカーと一緒にバスに乗ろう



「ベビーカー壊れちゃったんだ」「タイヤ外れちゃってる」。乗客たちのつぶやきだけが耳に届き、やるせなさが募った。バスを降りる際、運転手に「なぜ止めてくれなかったのか?」と聞いたが、「お客様はしっかりつかまってくれないと困ります」と言われた。

帰宅後、バスを運行する関東バスの営業所に問い合わせたところ、その日の夜、管轄営業所の副所長が自宅に来て、謝罪した。同社経営管理室は取材に事実を認め、「再発防止と乗務員の再教育を徹底する」と回答した。

女性は運転手の対応以上に、周りの反応がつらかったという。「誰も助けてくれなかったことに、寂しさを感じました」と話した・・

(source: 朝日新聞デジタル - バス車内でベビーカー転倒 助けなく母親「つらかった」


・朝の通勤ラッシュの電車に大型ベビーカーを突入させる女性乗客



・お母さんを責める気もなければ、運転手さんを責める気もないけど…。
バスは普通に発車しても結構揺れるから、2歳の子はちょっと踏ん張りきれなかったのかなって感じ。ただベビーカーの前輪が壊れるってことは結構な衝撃だったのかなとも思う。周りの人は急発進したと感じたのだろうか…。

・誰も助けなかったというのはちょっと寂しいけど、こういう記事はいつも違和感がある。
他の乗客、乗車員はすべて自分のためにしてくれるという自分だけの価値観。バスは自分だけのモノ?
実際困っている時に、『次の停車で少し待ってもらえますか?』と言うような自分側の行動も必要なのでは?
それもせずにクレーム入れて、新聞社にネタ売って弱者の主張をするには、まだ自身の行動が足りないと思う

・この手の記事を見ていつも思うのは、
助けてくれるのは他人の善意であって、助けてもらう側の当然の権利ではないと思う
そもそも自分の状況を相手に察して欲しいと思うことがそもそもの悲しさや怒りが増幅する原因かと
じゃあ自分はそこに乗ってる人のそれぞれの事情とか考えてるのか?と思うよね

・「長女を座らせ、その前に立っていたところ」ということは長女が座るまで運転手は発車しないで待っていたということですね?お母さんは手すりにつかまらないでベビーカーも押さえていなかったのだから急発進でなくてもベビーカーが動く可能性があります。自分が大変なのはわかりますが運転手も時間通りに運行しなければ客からのクレームや折り返しでトイレに行く時間も無くなります。クレームを入れる前に自分の対応はどうであったか考え直してみては?

・何か嫌な出来事や、ちょっとしたミスをして『心に突っかかり』が出来た時、自分を振り返る良い機会だと思います。
「誰も助けてくれなかった」
ではなく、一人の女性がタイヤを渡してくれましたよね。拾ってもらえて良かったじゃないですか。

・帰宅後バス会社に問い合わせするってどうかと思う。この母親にも落ち度はあるんだからそこも考えてほしい。

・ここまで大変だったのは、ベビーカーが壊れたからでは?
急発進は良くないし、関東バスの対応もひどいけど。
ベビーカーのブレーキをしっかりかけて、2歳の子供をひとりで座らせるならしっかり支えてないと。
全部人のせいにして、苦情入れて。。
揺れの激しい路線バスの走行中に、一緒に壊れたベビーカー治してくれる人はなかなかいないと思うけど。
朝日新聞らしい記事ですね。


・電車に子連れママさんが乗車したら・・