777高層ビルが林立する大手町のビジネス街。日本経済の中心地に将門首塚がある。現在は同地域の再開発のため、周囲を工事の防護柵で囲まれていた。地上200メートルの近代的な高層ビル群にひっそりとたたずむ首塚は、何やら異様な雰囲気だ・・





 すでに何度も同所を訪れている山口氏は、静かに手を合わせた。

 平将門は、平安時代中期に活躍した武将。坂東(関東)8か国を制覇し、民衆のために政治改革を行ったことで知られる。ところが、京都の朱雀天皇に対抗して新皇を名乗ったため討伐され、無念の憤死。京都でさらし首にされた。すると3日後、将門の首は白光を放って東方に飛び去ったという。その首が落ちたところが、現在の首塚というわけだ。

 将門の無念な思いは、荒れ狂う怨念となって、さまざまな祟りとして表れているとされる。例えば、関東大震災で大蔵省の仮庁舎を建設しようと首塚を撤去したところ、時の大蔵大臣を含む関係者十数人が死去。


・首塚



結局、仮庁舎は取り壊され、首塚は再建された。また、戦後米軍が首塚を取り壊そうとしたところ、重機が横転して運転手が亡くなり、工事は中止に…。事実だとすれば、空恐ろしい。

 山口氏は、将門霊としばし交信。最初は目を閉じて無言だった将門霊だったが「以前、来た者です」と告げると目を見開いたという。そして、山口氏は「今あちこち工事されていますが、うるさいと怒っています。『囲まれて、囲まれて、囲まれて、邪魔だ!!』と」と続けた。

 工事は首塚を避けているものの、取り囲む形で行われている。将門としてみれば、わずらわしいようだ。

 また同氏によると、先に挙げたさまざまな怨霊伝説は「たしかに将門によるもの」と断言する・・

・詳細は(source: 東スポWeb - カリスマ霊能者が迫った「平将門の怨霊伝説」


・日本最恐と言われる平将門の恐ろしすぎる怨念とは・・・



・この平将門に菅原道真と崇徳上皇を併せて三大怨霊と呼ばれる。だが死んでからも祟ってやると言ったわけでもない。崇徳上皇は静かに余生を送られたし、道真に至っては天皇から授かった着物を大事に想う詩を詠んで、戦前は忠臣の鑑とされたほど。後鳥羽上皇は死んでも祟ると書残し、後醍醐天皇も恨みを残して亡くなった。彼らを怖れるのは分かる。先の三人を怨霊として怖れるのは、怖れる側に彼らにそれだけの事をしたとの自覚があるからだろう。

・私は基本的には東スポの、胡散臭さ、は嫌いじゃない
一面に、宇宙人、UFO、雪男などを持ってくる、そういう新聞があってもいい
ただし、人の生死に関する事、これはちゃかしてはいけない

・徳川家康も江戸の鬼門を封じるのに将門の怨霊の力を利用しようとした、と聞いた事がある。どこかのTV番組だか忘れたが。

・平将門公は神田神社で祀られている御祭神ですよ。神様になっているような方が未だに祟るだのそんな器の小さいこと言わないと思うんですけどね。未だに祟っているような怨霊なら神田神社はおどろおどろしい雰囲気の悪霊屋敷ということになりますが、私は首塚も神社も何にも悪いものは感じませんけど。悪いものがいる前提の色眼鏡で見ればそれこそ何でもみえるでしょうね。

・江戸開府以来東京では至る所で非業の死を遂げた人が何十万といる
大火、震災、戦争など
いわば東京23区全部が事故物件なんだから東京にいる間中ずっと体中が痛むべき

・すまんがそれだけの霊力を有するなら、万人に可視化できるようにするべき。
変人の独り言にしかきこえない

・怨霊云々については知らないがもし怨霊が居たとしても将門の怨霊ではない、将門は男気があり民衆を大事にした人、そんな男が恨みがましい怨霊などになる筈がない。

・羽田の大鳥居の移設も時も色々と噂されたけど、結局何にも起きませんでした。世田谷一家の件でいろんな霊能者や超能力者が霊視や超能力で犯人像などを見たようですが未だに解決されておりません。このような方々は人の心の隙間に入り込んで不安を煽るインチキ宗教のような商売なんですよね。それでも信じる人いるとは人間は弱い生き物ですね。

・霊というのはそこにずっといて何をしたいんでしょうね?
うちの方だと将門塚は信仰の対象ですが


・都内最恐の平将門の首塚に行ったら怪奇現象が…