ee意識しながらちょっと田舎道を行くと、至るところで出くわすキリスト看板。これらを貼り続けているのが、宮城県丸森町に本部がある「聖書配布協力会」だ・・






集団生活するコアメンバーを中心に、「神の御言葉」を世に伝える「伝道活動」を続ける。

その活動は大きく分けて四つ。聖書を要約した冊子のポスティングと小中学校前での配布、プラカードや拡声器による街宣、そして聖書から引用した言葉の看板の設置だ。

キリスト看板は、この産物として各地で貼られ続けている。

活動は都道府県単位。20人ほどの活動隊がキャンピングカーに分乗し、何カ月もかけて一つの都道府県内を集中して回る・・

・詳細は(source: withnews - キリスト看板、貼られる瞬間を見た 聖書配布協力会の伝道活動に密着 2人1組キャンピングカーで共同生活






・あの不気味な看板は逆にイメージを下げていると思います。あの看板を見て入信しようと思う人なんていないでしょう。もっと色とかフォントを普通な感じにすれば良いのにと思う。

・初めてこのキリスト看板を見たのは関東のとある田舎町だった。民家の塀に突然貼ってあった。西日本生まれの自分は見たことがなかったから驚き、なんか怖いなと思った。
その後仙台を旅した時、聖書の言葉をたくさん車体に書いたワゴン車が「キリストの血は〜」とか何とか大音量で流しながら街を走ってるのを見た。団体の本部が宮城県にあると聞いて納得した。
インパクトは確かに残るが、それ以上にあのデザインによる怖さの方が大きい。果たして伝道には役だっているのか?

・それがし完全な無神論者で信じられるのは己一個の力だけだと思っているが、キリスト教の例えば神の下に人は平等や聖書の真理とかは非常に優れていて感銘を受ける事があるがこの看板はあまり趣味がいいようには感じない。

・看板を1枚2枚でなくめっちゃ貼ってる家もありますね。
あの看板を見て入信してくる人は居ないと思いますが、看板を貼る彼らにとっては善行なんでしょうね。
色んな生き方があるんだな。

・小学校の頃、キリスト教の人が冊子を校門前で子供たちに配っていたことがある。
子供からすると、知らない人が校門前で待ち伏せして何かを配る様子は少し怖かった。キリストの絵とかも怖かったし…
先生方もやめるよう注意してくれた。次の日は校門前にはいなかったけど、通学路にいて私たちはやっぱり怖かったから、走って逃げたんだよね。そしたら追いかけてきて、腕を捕まえられて、無理やり冊子を渡された。

・宗教に入るのは自由。
人それぞれの考えがあるから。
でもこういう看板やら駅前演説とかで勧誘するのは違う。
素晴らしいから広めたいとしてもそこまでする必要はない。
押し付ける人もいるがそれは宗教ではない。