333プロ野球史に残る巨人との「10・8」決戦で指揮を執るなど、中日の監督を2度務めた高木守道(たかぎ・もりみち)氏が17日午前、急性心不全のため亡くなった。78歳だった・・





中日一筋21年で歴代16位の通算2274安打を放ち、ゴールデン・グラブ3度、盗塁王3度の三拍子そろった「ミスター・ドラゴンズ」として活躍。引退後は92~95年シーズン途中、2012~13年の2度、監督も務めた。通夜、告別式は近親者のみで執り行われる。

◆高木 守道(たかぎ・もりみち)1941年7月17日、岐阜市生まれ。60年に県岐阜商から中日に入団。走攻守3拍子そろった二塁手として74年のリーグ優勝に貢献し、80年に現役を引退した。

通算2274安打、打率2割7分2厘、236本塁打、813打点、369盗塁。引退後は中日のコーチ、2軍監督を経て86年にシーズン途中から監督代行に就任。92年から95年シーズン途中まで監督を務め、12年から再び中日の監督として2年間指揮を執った。06年野球殿堂入り。

(source: スポニチアネックス - 「ミスター・ドラゴンズ」高木守道さん死去 急性心不全78歳「10・8」GD決戦で指揮


・13 10 5 中日 高木守道監督退任スピーチ



・最後の監督の時はいろいろ言われていたがファンへのサインは最後の一人まで丁寧に書いていたのを思い出されます。少し不器用なところがあったみたいですがファンを大切にしている方だったと思います。ミスタードラゴンズ安らかに…。

・現役時代は良かったけど中日の監督時代は不運だったよな。特に94年の10、8決戦はね。確かあの時は途中で翌年から星野監督というニュースが流れ始めた途端の快進撃だったものな。優勝逃したけど2位だったから翌年も指揮をとったが6月途中で辞任。その最後の試合の甲子園の阪神戦で判定を巡って退場。2012年もクライマックスシリーズファイナルで巨人に3連勝して日本シリーズ進出王手を掛けながらそこから3連敗。監督時代は優勝に縁がなかったね。

・高校野球球児として憧れの人でした、ゲッツーの捕ってからの送球が早かった、手首の返し身体をかえす動作はどくどくの物がありました、とっても刺激を受けました、ありがとうございました、安らかに休んで下さい。

・初代に続き2代目も旅立った。
3代目にはしっかり身を引き締めきたるときにむけて精進してほしい。

・優勝に縁がない監督で、選手やコーチとの軋轢、要は人望が・・ってことかもですが、亡くなられると寂しいですね。2012年でしたっけ、東京ドームのクライマックスで勝たせてあげたかったなー。

・ジョイナスとか言われていたけど、選手としては本当に素晴らしい選手でしたね。

・10.8決戦の時の4番だった大豊さんももう亡くなられているのですね…
大豊さんの時の監督だった星野仙一さん、そして高木守道さんは全員天国へと旅立たれましたね…

・TVで昨年拝見した時、以前の面影がなく、痩せていたので心配していましたが、まさかの結果になり残念です。

・ミスターより年下なのに先に逝かれるとは・・・
現役時代の活躍で1番は永久欠番になるのでは?と言われてた