gt5「3、4年ほど前かな。春馬がぽつりと“オレ、お母さんと絶縁した。もう何年も連絡とってないよ”って漏らしたことがあってね」
そう振り返るのは、地元・茨城で三浦母子と親交があった知人である。





・「三浦春馬さん」家族との“絶縁”を招いた両親の金銭トラブル



「そもそも、春馬は一人っ子だったけど、中学生になっても親とケンカするような反抗期らしい素振りは一切なかった。母親は陽気で明るい性格。まだ飲めない息子を連れて、土浦の居酒屋をハシゴしていた。店内で春馬が母親の膝枕で眠っている姿を見たという話もあったが、酒好きの母親は必ず酔っ払うし、騒がしい店はタバコ臭い。だから春馬は、“お母さんと夜飲みに行くのがイヤだ”と愚痴をこぼすことはあったけどね」

 事実、三浦が成人して暫くの間、母子の絆は確かだったようなのだ。

「母親は、春馬のことを“ハルちゃん”と言い、彼もまた同様に母親の下の名をちゃん付けして呼び合っていた。仕事がオフの時には、伊豆などへ一緒にスキューバダイビングに行くほど仲が良かった。だから、絶縁したと彼から聞いて、突然の変わりように本当に驚きました」


デリケートな親子問題だけに、深入りするのを躊躇(ためら)ったというこの知人は、こんな質問をしたと続ける。


・三浦春馬さん







「“親子の縁を切るなんて、大抵はお金が理由じゃないの”って春馬に水を向けてみたら、彼は“そうなんだよ”ってぽつりと呟いて……。母親と離婚した継父に“大丈夫?”と気に掛ける電話をしたという報道を目にしましたが、後で作られた美談だと思いますよ。当時の春馬は、継父に対しても“アイツの顔も見たくない”と言っていたからね。離婚した直後の7、8年前、“速攻で役所に行き、継父の籍から抜いて貰った”とも話していた」

 土浦の実家にも足を運ぶことはなかったという。

「春馬は地元に帰る度に趣味のサーフィンを楽しんでいたから、実家にウェットスーツとか道具一式や私物を置きっ放しにしていた。しかし、実母と継父に憎悪を抱く彼は、二度と家の敷居を跨がないと決意していた。それで趣味の道具を全てイチから買い直したくらい。年末に帰省しても、大晦日や正月はいつも知り合いや友人の家に泊まっていましたから。敢えて自分から、天涯孤独の道を選んでしまったんだなと思いました」

 斯様な「親子の断絶」には、三浦の所属事務所も困惑していたようだ。

 某キー局のディレクターによれば、

「春馬さんの両親は、生活が苦しいからと、息子を通さず事務所にまとまったお金を無心したり、ギャラを上乗せするようマネージャーを呼び出して、社長への口利きを頼んだとか。それを知った春馬さんは激怒。親子は絶縁したという話が流れています」・・


・三浦春馬さん 、死の1か月前に本名の名字を変えていた



・売れっ子の割に家賃18万円は驚いた。
母親の支配から呪縛から逃げられなかったんだ。母離れしようと頑張ってたんだよね。
あと少しあともう少し頑張れば、、、
残念で仕方ない。生きてて欲しかった。

・華やかで品のある容姿と裏腹に、壮絶な家庭環境と親子関係があると知り驚いた。
今まで彼の表面しか見ていなかった。
家族の事で相当心も追い詰められたのだろう。

・家族の問題もあったのかもしいしれないが他にも何かがあったんだろう
本名を消し
三浦春馬という役者を殺して
全て捨ててしまった彼を完全には理解出来ない
せめて未遂で芸能界から離れて欲しかった

・身内が自死しています。『理由を知りたい』そう切望しましたが結局本当のことは分からないままで15年過ぎました。
思い出になりつつある今でも、辛いことは辛いままです。『分からないものは分からない』そう思えるようになりましたが、誰にも触れて欲しくないことでもあるのです。

・事務所は何か隠している。事務所は親族に嘘偽りなくすべて話すべき。三浦春馬自身ももっと早く誰かに話していれば違ったのかな?事務所の責任であることは確か。労災認定、損害賠償ももしかしたら取れるはず。

・確かに家庭の問題はあったにせよ、自殺の理由を家庭の問題に断定し、自宅のメモを遺書のように扱い、全てが事務所の策略のように感じます。
亡くなった日、朝から撮影だったのに、午前中マネージャーは何をしていたのでしょうか。何か隠したいことがあるのではないでしょうか。

・2018年の読売演劇大賞と杉村春子賞の授賞式で、「一番の感謝は家族です」と言っているし、2019年にゲスト出演しているいくつかの番組でも、歌った理由や好きな歌の理由をが」、両親が好きな曲だからとか親が良く聞いていたからと答えている。連ドラが二つ重なって、新曲リリーズ、生歌番組への出演予定があり、ドラマの番宣と息つく暇もないほど多忙なのに、そういう理由がひとつもマスコミから出てこないのは何故だろう?