nnh1872(明治5)年の国内初の鉄道開業時、東京湾の浅瀬に線路を敷設するため造られた「高輪築堤ちくてい」の遺構が、東京都港区の再開発現場から出土した。





・【独自】「海の上を走る列車」の跡 高輪ゲートウェイ駅の再開発工事で出土



かつて「列車が海の上を走る」と東京名所に数えられたが、一帯の埋め立てで姿を消していた。遺構は断続的に約1.3キロメートルにわたり確認。保存状態も良好で、開業時の鉄道の様子や土木技術を知る貴重な手掛かりになりそうだ。

遺構はJR高輪ゲートウェイ駅西側で、昨年11月の線路切り替え工事までJR山手線と京浜東北線が走っていた線路跡などに広がる。JR東日本と港区教育委員会の調査で、四角い石を積んだのり面や、船で築堤を通り抜けるための水路跡などが出土した。



高輪築堤は鉄道開業2年前の1870(明治3)年に着工。現・田町駅付近から品川駅付近まで約2.7キロメートルにわたり、約6.4メートルの幅で細長く埋め立てた。上に線路を敷き、堤の両側に石垣があった。

港区立郷土歴史館によると、この区間の陸地には海軍などの所有地があって線路を通せず、海上ルートが採用された。築堤には切れ目が4カ所あり、陸地から線路をくぐり東京湾に出る水路になっていた。その後、明治末期から昭和初期にかけて周辺が埋め立てられ、築堤の所在は不明になっていた。

JR東日本によると、昨年4月、品川駅改良工事で石垣の一部を発見。高輪ゲートウェイ駅西周辺の再開発で掘削したところ、さらに石垣が見つかり、今年8月に調査を始めた。