9091059原節子さんはコンビを組んだ小津安二郎監督が亡くなった後、女優を引退。公の場に姿を見せない隠遁生活を送っていた。近所に住む親族によると、8月半ばに自宅で倒れて病院に行き、肺炎と診断されて入院。退院することなく、そのまま亡くなったという。



原さんは近年、足は弱っていたが、つえを持たずに歩き、1人暮らしを続けていたという。外出機会は少なく、親戚が買い物をしていた。甥(おい)が買った食材で自炊していることなどが昨年12月に一部で伝えられた。

原さんの人生を大きく変えたのは小津監督との出会いだった。63年12月に小津監督が死去すると、女優業への意欲を急速に失ったといわれ、その後、映画に出演することはなかった。最後に公の場に姿を見せたのは、62年11月、都内で行われた映画「忠臣蔵」の公開記念パーティーだった。

「永遠の処女」「不滅の大スター」と呼ばれたが、引退後は映画人やファンと交流を一切絶ち、鎌倉市内で静かな生活を送っていた。小津監督とともに、生涯独身を貫いた。公の場に姿を見せず、スクリーンのイメージを保ち続けた。

(source: 日刊スポーツ - 原節子さん亡くなっていた95歳肺炎…姿消し53年

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