9740985ふと気づいた。中年、なかでも40代半ばの人にとっては、安室奈美恵とは実は思い入れのない存在なのではないか。「小室ファミリーから沖縄出身のスゴイ10代が出てきたぞ」くらいの感覚である・・



安室奈美恵の引退に「邪魔者が消えた」と思った 


実際、彼女は結婚・出産の後にライブを中心とした活動にシフトしていった(これは彼女に限らず、しかも日本だけではない世界的な傾向ではある)。中年が知っているのは、約20年前の結婚・出産の前にリリースされたヒット曲なのである。

その20歳前後での結婚・出産にしても、「今どきの若い人、スゴイなあ」と圧倒された。尊敬するし、見守りたいと思うのだが、共感することはできなかった。彼女たちのフォロワーである「アムラー」も別にオシャレだと感じなかった。沖縄アクターズスクールにしても、「スクール」と聞くだけで、戸塚ヨットスクールや『スクール☆ウォーズ』のトラウマを思い出してしまった。

彼女は常に独自の価値観を大切とし、自分の世界観を創ってきた。それが、彼女の「安室奈美恵性」であり、「安室奈美恵的」なものである。紅白出演は正直「らしくない」と思った。出演することは結果として彼女にとってマイナスだったのではないか。






このように書き綴っていて、ふと気づいた。我々中年が安室奈美恵に共感できない理由を。自ら新しい世界を創っていった安室と、信じていた世界がありつつもそれが崩れていく一方で新しい世界を創り切ることができなかった我々中年。さらに言うならば、同世代からホリエモンや藤田晋のような今までのレールとは違う成功をおさめた者がいる一方で、そうはなれなかった自分のことを。

思えば幼い頃、未来は素晴らしいと思っていた。消費文化に私たちは踊らされて過ごした。東京に出れば、いい大学、いい会社に入れば何かが変わるのではないか、幸せになれるのではないかと思っていた。

でも、そうならなかったんだよ。クルマを買えば、いい服を着ればモテると思っていた。そんなのは幻想さ。尾崎豊よりも、hideよりも長く生きてしまった。自由を歌った彼らのようにはなれなかった。「お前ならできる」と期待されたけど、何も成し遂げることはできなかった・・

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●この記事を執筆した常見陽平氏













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