77アメリカに住むカイリー・バウワーズは5歳までは確かに「リョウ・ジンラン」だった。名前が変わったのには理由がある。中国広東省中山市で迷子になった彼女は、家族の待つ家に帰ることができず養子に出されたアメリカで18歳を迎えた・・



カイリーが迷子になったのは2005年。一家は広東省仏山市に住んでいたが、カイリーは一時的に中山市に住む叔父の家に預けられており、そこから1人で自宅に帰る途中で道に迷った。この叔父はショックと責任を感じ、カイリーが「いつか戻るかもしれない」と望みを持って、同じ家に住み続けていた。

国を越えて個人間でまともに連絡が取れない時代でもなかったが、何せカイリーが覚えていた手掛かりは少なく、すぐに再会に繋がるような動きはなかった。


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しかし、さすが現代社会。離散した親子の再会を支援するサイト「Baobeihuijia.com」にカイリーがコンタクトしたことをきっかけに、中国メディアがカイリーの「迷子ストーリー」を取り上げ、これを目にした実父のリョウはピンときた。今年5月にSNSを通じカイリーに連絡を入れた。

実父からカイリーにした質問は「鼻にホクロがあるか」「昔劇場から落ちて肩関節を脱臼した記憶はあるか」など。1問目から、カイリーの答えは全て「イエス」だった。カイリーは泣きながら言った。「あなたが私のお父さんです!」

・詳細は(source: ニューズウィーク日本版 - 現代だからこそ! 5歳で迷子になった女性が13年経て帰宅


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・最終戻れて良かった。
机を準備とか、親御さん辛かったろうに。

・泣けるわ。見つかった時のご両親、本当に死ぬほど嬉しかっただろうなあ

・警察のミスが美談になっただけ。

・実の両親に再開できて良かったね。

でも、それと同時に、アメリカの養父母も立派だわ。
両親探しのアドバイスもしかり、大学の費用も出してあげるのでは?
良く出来た人たちだ。

そしてこの子はとても幸運に恵まれている!
今後は幸多い人生を

・最初に迷子になった時、言葉が通じる人を呼べなかったのかな?

・中国だからこうなった、あるいは中国でこれですんだのか。人身売買に売られなくて良かったと思うよ、運がいい。

・産みの親、育ての親、どっちも辛いよね。
幸せを祈ります。

・その方言の人間に会話させれば良かったのでは?美談の理由が解からない。例えば青森の子供が迷子になり、沖縄の方言で会話が不明だったのなら、警察が青森県人に合わせれば、すぐ見つかると思います。海外に養子に出される前にも、そのことは話せたはず。親も警察も早い段階で諦めた理由も何かあるのでは?

・見つかった後にはDNA鑑定したのかな。こういう話を見ると、アメリカでは養子制度が根付いているのもあるけど、実親探し応援するっていうところが懐深いなと思う。人種が違う養子を引き取る家庭も多いから、実の親じゃないっていうのは物心ついたら理解して説明してもらうんだろうけどね。職場にも本人が養子だった人、養子を受け入れた人、両方います。


・Girl adopted by US family reunited with Chinese parents after 13 years