32僕の母親は韓国人で釜山出身なんですけど、神戸で育って、神戸で女学校まで行ってます。お嬢さんでしたからね。で、日本で僕を産んだのですが、終戦の後、事情があって、父親を日本に残して、母親と一緒に釜山に渡ることになった・・



山根明氏:  でも、6歳の時に離れたもんだから、毎日、親父が恋しくて恋しくて。だから10歳の時に不法入国、密航した。
魚取る小さなポンポン船にお金渡してね。でも捕まってしまって大村収容所に入れられて、釜山に強制送還された。そして、その数カ月後にまた密航して、また捕まってしまうのです。ただ、この2回目の時は、親父の人脈で、大阪の岸和田出身で郵政大臣までした、松田竹千代いう国会議員にお世話になって、保証人になってもらって収容所から出られた。その後は日本にそのまま定住しました。

辛かったですよ、そりゃ。僕はアマチュアスポーツやってますからね。当時なんかは差別がいっぱいあった。「朝鮮人、朝鮮人」って周りに言われましたね。だけど僕は日本人になって、連盟に入りました。
僕はね、日本国の日の丸大好きなんですよ。最高に愛しています。だけど同時に韓国、北朝鮮愛してます! スポーツには国境がありません。


・話題となっている 山根明氏の報道




日本に帰化してから40年近くになります。帰化する時には、ボクシングの関係で知り合った10人ほどの大学の先生に保証人になってもらいました。あと、その時に中山正暉(まさあき)いう衆議院議員の先生にもお世話になった。
僕は中山先生のボディーガードも長いことしてたんですよ。推薦状などの帰化の書類は中山先生の秘書の原田さんが法務局に出してくれて、それでオーケーになりました。

ボクシングとの関わりは、そもそも、親父がボクサー上がりですからね。親父は戦後、大阪の堺市のボクシングジムのオーナーをやっていまして、僕は10歳の時に密航で日本に戻って、12歳から本格的にボクシングを始めました。

結婚歴は、籍を入れてないのも含めると4回。最初の嫁さんは今里の塗装会社の娘さんだった。金融とか不動産とかも扱う会社のお嬢さんだったね・・

・詳細は(source: デイリー新潮 - ボクシング協会「山根明」氏が明かす半生 韓国から密航、息子との極貧生活…


・山根明氏



あぁ、やはりそちらの方でしたか。
でしたら言動も納得できますね。

・ほぼ反社会勢力者に近いと思う方

・やっぱり日本人じゃなかったんですね。

・誇って語れる話ではないよね

・ヤカラの武勇伝いらねー

・全てが事実とは思えないし、かなり盛っているのではないかと思う。
特に、母親の話はかなり美化していると思われる。

・インスタに暴力団は要らない。

・ボクシング協会の今の問題と関係ない。
戦後のどさくさ時、みんなたいへんだった。
戦争おわって10年経っても、防空壕に住んでいる人、焼けて廃棄になった電車に住む人。


・明石家さんま、ボクシング連盟山根明会長に敗北宣言!?