67TBSのドキュメントバラエティ番組「消えた天才」(日曜後7・00)が10日放送され、米大リーガーの前田健太投手(30=ドジャース)とともに中学世界一を勝ち取った元阪神捕手・橋本良平さん(30)の現在が紹介された・・





「中学校の時に唯一バックスクリーンにホームランを打たれたのが橋本なんですけど。NO・1です。橋本って言ったら全員分かるぐらいのバッター」と前田が今でも鮮烈に覚えている橋本さんは高校野球の強豪・智弁和歌山(和歌山)で1年時から4番打者に座り、甲子園に3度出場。

高3時の高校日米親善野球では田中将大投手(30=ヤンキース)とバッテリーを組み、2006年の高校生ドラフト3位で阪神入りした。




前田に中学時代の印象を「これはもう…番長です。オールジャパンの番長。オレについてこい!みたいな感じのチームの中心。ジャイアンみたいなものですよね」と評され、将来を期待された橋本さん。だが、プロ入り後7年間で1軍出場ゼロのままプロ野球界から姿を消した。

中学時代は「正直、僕の方が(前田を)よく打ってた。当時は」と笑う橋本さんだが、プロでは広島のエースからメジャー移籍と階段をのぼっていくマエケンとは対照的に輝くことができなかった。その原因を自己分析すると「バットが変わったのが、今思えば一番大きかった」。金属バットから木製バットに変わった違いに対応できず、自分の打撃を見失ったのだという。

現在は大阪府堺市で産業廃棄物を運ぶトラックの手配業務の仕事に就き、紗良ちゃん(4)、有良ちゃん(2)と2人の愛娘にも恵まれた。

・詳細は(source: スポニチアネックス - 同世代NO・1スラッガーがプロ7年間1軍出場ゼロ…元阪神選手にマエケン「まじか!」





・智弁和歌山の橋本といえば、当時高校野球の雑誌とかでも必ず特集が組まれるほど、世代を代表するスラッガーだった。
しかし、そういう期待を集めた選手が、プロになって鳴かず飛ばずのうちに終わってしまうというのは、掃いて捨てるほどよくある話。それぐらいプロというのは厳しい世界ということ。

・練習をマジメにしなかったと本人が言ってたというのを聞いた事がある。

・阪神に入った当初は、むちゃくちゃ期待してた選手。残念でしかたがない。

・この年のナンバーワンスラッガーは、巨人、阪神、中日の3球団が1位指名競合した堂上直倫でした。
中日は相思相愛の堂上直倫を見事に当たりくじをひきました。
外れ1位で巨人は坂本、阪神は野原を獲得していますが、後の活躍は野手では坂本が一番ですね。

坂本はご存知の通り、二岡が日ハムにトレードしてから活躍しましたが、堂上直倫はアライバ森野が全盛期という不運もありましたが、今では守備は相当上手い選手になりました。
野原は戦力外になりましたが…
入団するタイミングで活躍するか否かはありますね。運も実力のうちといったところでしょうか。

・日ハムの西川が頑張ってるけど、智弁和歌山の選手って大成しないイメージがある。
伸び伸びと野球してる印象があるけど、一方では繊細さに欠ける感じ。
マシンを150キロに設定した打撃練習が有名だけど、普通の高校とは逆に、ゴロを打つと怒られるらしい。
フライボール革命を先取りしてたわけだけど、どうもその辺りがプロの水に合わないのかもしれない。
捕手は一つしか椅子がないポジションだから、入団するタイミングも大切だよね。

・2006年の智辯和歌山vs帝京の試合で、4点差を付けられていた帝京が、9回表に8点取って逆転したけど、その裏に5点取られてサヨナラ負けするんだけど、9回裏に1点差に詰め寄る3ランを打ったのが橋本だった。
帝京は投手を使い果たしていたけど、4点差なら何とかなるかと思ったが、橋本のホームランで一気にムードが変わったのをよく覚えている。

・橋本も野原も横山も活躍せんかったなぁ。
同世代の選手が他チームで活躍、いや大活躍していくなかで阪神の同世代選手はからっきしでファンとしては寂しかったです。
山本も居なくなり、今は森越と荒木ぐらいがその世代かな??
橋本と言えば夏の甲子園、帝京戦のあの劇的なホームランが印象的。第二の人生、頑張って。

・あの対帝京戦のホームラン現地で見てました。矢野、城島の後継になると思っていたのですが…プロの世界は厳しいですね。