僕たちのゲーム史 (星海社新書)


(;`・ω・´)「今日は星海社新書の『僕たちのゲーム史』を取り上げたいと思います」

(´・ω・`)「著者はさやわか氏。元々は『ムーノローカル』というテキストサイトを運営していた方で現在はライターをしているみたいだね。星海社のサイト『最前線』で『さやわかの星海社レビュアー騎士団』を企画していたりもする」

(;`・ω・´)「朝日新聞でゲームコラムを連載中でもあるみたいです」

(´・ω・`)「そんな著者が語る『ゲームの歴史』が本書になる」

(;`・ω・´)「ちょっと前にも『教養としてのゲーム史』という作品が出ていまして、購入したんですけど、あれはひたすら『ゲームの中のこと』の語っていて、ちょっと退屈で序盤で挫折してしまったんですよね」

(´・ω・`)「この作品との差異は、ゲームに関する色々な『外』の事情を掻い摘みながらゲームそのもの変遷も語っているのが特徴かな」

(;`・ω・´)「全体の構成はこんな感じです」

はじめに なぜ「ゲームの歴史」が必要なのか
第1章 スーパーマリオはアクションゲームではない
第2章 僕たちは誰を操作しているのか
第3章 物語とシミュレートする
第4章 体感と対戦
第5章 CD-ROMの光と影
第6章 終わりの/と始まり
第7章 楽しみはゲームの外にある
第8章  あたらしい一人称
第9章 「別世界」と「現在」へ
おわりに ゲームの未来

(´・ω・`)「『「スーパーマリオブラザーズ」のようなゲームは、どうして生まれなくなったのだろう?』という疑問を出発点に、スーパマリオが生まれるまで、スーパマリオが生まれてから、そしてスーパーマリオのようなゲームが生まれなくなった現状までの道のりを独自の視点で解りやすく語っている。あと対戦格闘ゲーム、ゲームセンター、業界勢力の移り変わりにも言及しているね」

(;`・ω・´)「引用文献も豊富なんですけど、その引用元が各種の業界誌や『マル勝ファミコン』『ファミコン通信』『ゲーメスト』『ドリマガ』『マイコンBASICマガジン』『週刊少年ジャンプ』『MSX FAN』等の各種ゲーム雑誌の◯◯年◯月号の記事みたいな感じで、よくそんな雑誌を覚えていたなあというくらい懐かしい媒体からの引用に溢れています」

(´・ω・`)「国会図書館で調べたのか、バックナンバーを保存していたのか、かなり気になったくらい雑誌からの引用が豊富。特殊な感動なんだろうけど途中にあった『消えていったゲーム雑誌の名前の羅列』に、感嘆の溜息をついたね」

(;`・ω・´)「ターゲットの狭い雑誌たちでしたから、独特の楽しさがありましたよね…」

(´・ω・`)「そして、そんな羅列の名前の中にすら入ってない、好きだった『ゲーム・オン!』(小学館が3年だけ発行していた総合ゲーム雑誌)」

(;`・ω・´)「なんで、あんなマイナー雑誌を購入していましたかねえ」

(´・ω・`)「さて、大分脇道にそれたので元に戻そう。この作品は第5章までは『懐かしい』『そう言われれば、そうだった』という感じなんだけど、6章くらいから非常に考えさせられる内容になっていく」

(;`・ω・´)「著者は1997年を一つの区切りとするんですよね、ここから後の歴史が『世界から取り残されていく日本にゲーム業界の歴史』でもあるわけで」

(´・ω・`)「黎明期においてゲームに『物語性』を加えて日本大衆に受け入れられたゲームは、その『物語性』ゆえに海外では忌避されるというのは皮肉だと思ったね」

(;`・ω・´)「個人的にゲームは物語という価値観ですよね…」

(´・ω・`)「煩雑で雑多なゲームの歴史を独自の視点で、読みやすくまとめてある作品。ここで触れた以外にも『ゲームセンターの歴史』や『コミュニケーションとゲーム』などのことが面白く書かれている読みでのある作品でした、オススメです」


教養としてのゲーム史 (ちくま新書)

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