2010年07月25日
Blowin’ in the wind
1962年、ぼくの両親は結婚した。
そのころ、岩手県の沢内村では前年の65歳以上医療費無料実施に続いて、乳児死亡率0%達成の快挙に沸いていた。
海の向こうの合衆国ではロバート・アレン・ジマーマンというユダヤ青年が「風に吹かれて」という詩を書いていた。

“一人ひとりにいくつの耳をつければ他人の声が聞こえるようになるのだろう”
“人はどれだけの殺された遺骸を見れば、これは異常だと気がづくのだろう”
“その答えは風の中さ。風だけが知っているのさ”
ぼくがこの世に産声とともに(たぶん)デビューを果たした63年、青年ボブ・ディランことアレン・ジマーマンは名曲「Blowin’in the wind」でブレイクした。
ベトナム戦争の泥沼化、沖縄の基地、新自由主義の下の弱者切捨て。二つの国家権力はそれぞれ、沢内の快挙に背を向け、ディランの歌声を黙殺した。今もなお。
選択の重さというものをぼくたちは理解しているのだろうか。
何の気なしに歴史年表を眺めながら、こんなこと考えた。それだけ。

