石巻大街道復興祭

3/4は、「石巻大街道復興祭 絆ハートフルコンサート」にて、「ふんばろう」のエンタメプロジェクトのメンバーとして演奏をさせていただきます。
(会場は石巻市立大街道小学校体育館)。1000人規模の大きなイベントとのことで、ひとときでも被災者の皆様に安らいでいただけるように、
全力を尽くしてきます。http://wallpaper.fumbaro.org/entertainment/schedule

私の出演は10:50〜11;30です。




復興祭チラシ_20120216_ol[1]

2011・年の瀬に(続き)

前の記事からの続きです。

南三陸町での開催のお話は、不思議なご縁でした。
私は、ショパンやベートーヴェンのCDが津波で流されてしまい、欲しい方がいると聞いて、手持ちのCDを送りました。
9/30、その方とお話する機会があり、「CDも家のピアノも全部流されました。南三陸にはクラシック音楽なんてひとつもありません」とお礼を言われました。
するつもりは、なかった。だけど実際に望んでいる方がいて、私のできることと一致している。
そこで、思わず言わずにいられなかったのです。
「私はピアニストです。ホテル観洋さんでコンサートを、させてください。」と。
非常に喜んでくださり、私も嬉しかったです。
しかし。
私が決めた時点ではイベントの予約はあまり入っていなかったようでしたが、
ホテル観洋は、その後毎日のようにイベントが入り、メジャーどころも含めコンサートもたくさんあるようでした。
それを知っていたら、手を挙げませんでした。
私が行くことでイベントがさらに増え、職員さんの負担になることを考えるといたたまれない気がしました。
上記の、「イベント疲れ」について、考えが堂々巡りで、自分が弾くことは良いのだろうか、とかなり悩みました。

そんな時、「ふんばろう東日本プロジェクト」の大間努さんから、南三陸観洋コンサートの翌朝に、
気仙沼でコンサートのご依頼をいただきました。
ふんばろう主催の被災地バスツアーの中のイベントで、仮設住宅にお住まいの方に声をかけるとのこと。
大間さんは、大変な偶然ですが、私の小中学校の先輩です。精力的に活動されている方ばかりの、ふんばろうの中でも、府中家電プロジェクトや学習支援など八面六臂に活動をされ、被災地ツアーの責任者に抜擢されたのでした。

頼まれたことで、正直言うと、気持ちが少し楽になりました。
ふんばろうのイベントは、真心があり、絶対に悪い方向に行くわけがありません。
私がやれることで、確実に喜ばれるならば。関われることが本当に嬉しいと思いました。

19日夜、ホテル観洋さんでのコンサートを終えて、
聴いた方に、このような感想をおっしゃっていただきました。(そのまま書きますね)

「今まで、本当にたくさんの人がこのピアノを弾いていったけれど、かなり上手ですね
いや、こんな演奏は初めてです。」
「久々に、本当に感動しました。ありがとうございます。(目を赤くしていらした)」
「選曲も新鮮で良かったです」

あまりに喜んでいただき、私の方がびっくりしました。
コンサートには他に、石巻市在住で私達夫婦が個人的に支援させていただいた方にもご夫婦でいらしていただきました。
日記にアップした、絵手紙の方です。
お会いするのは初めてで、胸が一杯になりました。
また、主人のお友達の、ナベさん。会津若松で装飾関係の社長さんで、今大変な時期なのに、恐縮でした。

そして肥前文化研究所所長の片岡聡さん。石巻雄勝硯復興支援イベント「石からのあいさつ」の関係で、遠く九州の佐世保からはるばるいらしており、演奏の撮影をしていただきました。 (片岡さんは、プロのカメラマンでいらっしゃいます)

コンサート後、後ろ髪引かれる思いながら、即、大間さんにご紹介いただいた、陸前高田の民宿「志田」さんに向かいます。
陸前高田では、こちらを含め、今5件しか宿泊施設がないそうです。
レンタカーを運転する主人、志田さんをお待たせしないようにと道を急ぎましたが、これが怖い。
真っ暗で何も見えない上に雨で視界不良です。
リアス式の曲がりくねった海岸沿い、舗装が切れたり、道があるのかないのかすらわからないところもある。
レンタカーのカーナビは精度が悪く反応がやたら遅くて全く役に立たず、慌てて助手席で私がipadで検索し、何とか到着。
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民宿志田さんにて。ご主人様は、津波が来ることを察知し、自らの危険を顧みず沖に出て船を守られたと、宿泊されていたお客様から聞きました。 

翌朝、海の幸をふんだんに使った美味し~い朝食をいただき、気仙沼市民会館へ出発。昨日暗くてわからなかった風景があらわになり、言葉を失いました。
田んぼに見えたのは、家の土台だけになりまっさらになったところに、雑草が一面に生えていたのでした。民宿志田のご主人のお言葉「がれきがあった方が、まだ良かった。何もなくなってかえって寂しい」が、心につきささりました。

気仙沼市内に入ると、あまりの手つかずの状態に驚きました。時々、家の土台にぬいぐるみやお酒などがお供えしてあるのが見えます。
お墓も、ないのかも知れない。ここの人達はこうやってここで手を合わせるのが日常なんだ。

気仙沼市民会館の側には仮設住宅があり、たくさんの方に、コンサートにいらしていただきました。
ふんばろうの方達が、数日前に一軒一軒仮設を訪ねて、ちらしを配ってくださったとのこと。
これは、ものすごい実行力なのですよ。南三陸のコンサートも仮設住宅の方達に知らせられないかと、
エンタメプロジェクトで、議論がなされたのですが、結局私が仮設まで事前に出向くのは体力的に無理でした。
行ってみて南三陸の仮設の場所がわかったので、もし次回があれば、トイピアノを持って行って、
「こんな曲弾きますよ~来て下さい♪」ってお知らせできるかも知れません。

コンサートは、ふんばろうの皆様のご協力のもと、とても温かな雰囲気で行われました。
私も、事前にあまりに悩みすぎたお陰か、逆に肩の力が抜け、ゆるやかに進めることができました。
それでも内心、お客様に対し申し訳なさで一杯でした。
今回ただ短い時間、演奏をすることしかできないことについてです。
終わって、ピアノの感想とともに握手を、皆さまから求められ、私の方が「ありがとう」でした。
今もずっと、その時、涙を浮かべられていた方の表情が脳裏に焼き付き、離れません。
IMG_2885 のコピー

 

コンサートの後は、美味しいうどんの炊き出しです
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会場で、肥分研の片岡聡さん(前述)、同じく書道家の優和恵さん作成のポストカードを配ると、大変な人気でした。
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演奏動画 南三陸町ホテル観洋でのコンサートより1曲。
 

2011年 年の瀬に


11/19南三陸町ホテル観洋クラシックピアノコンサート
11/20気仙沼市民会館 ふんばろう被災地ツアーピアノコンサート

ひと月前のお話ですが、年末のこの時間を使って書きます、長文失礼します。

ご縁が色々と重なり、2つのコンサートをしました。
気持ちの整理がつかず、なかなか文章にできずにいました。
決定してから2ヶ月あまり、これほど開催について自問自答をして、悩んだことはありませんでした。

私は、「ふんばろう東日本プロジェクト」のエンタメプロジェクトに参加しています。
しかし、自分が被災地、それも被害が甚大だったところに行って弾くことは、ないだろうと思っていました。
エンタメプロジェクト内部では、夏が過ぎ、被災地はイベント疲れをしているという話題が出ていました。
次から次へと色んな人が来てパフォーマンスをして、ただ帰って行くのでは、それが何になるのだろうと感じている人も多いとのこと。(ただし、現地に行ってみて、それは場所や状況によると思いました)

私のすることは、生ピアノを必要とします。
電気楽器ではそもそもの構造が異なるため見た目以上の違い、もっとはっきり言えば別物であるため表現上の制約があまりにも多く、無理があります。ただ、それはピアノを生業としない方にとっては些細なこと、被災地でそんなことを望むこと自体が、許されない気がしました。
もしピアノの残っている会場が仮にあったとして、クラシックピアノを望んでくれる人が、いるのか。
私はクラシック音楽はエンタメではないと思ってます。芸術です。
エンタメとは、皆が喜んでくれて初めて、エンタメです。
必要とされていないのに、自己満足のように、行って弾くのだけはいやでした。

次回へ続きます 

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