2012年12月

2012年12月17日

映画 隣の家の少女( R-15)の感想 とホムンクルスの感想

映画 隣の家の少女( R-15)の感想( -д-)ノ( -д-)ノ( -д-)ノ( -д-)ノ( -д-)ノ( -д-)ノ( -д-)ノ( -д-)ノ




簡単に言うと吐き気がする。どこにでもある気がする
話だし現実に基づいた小説原作だから。

何に毒づいたら気が晴れるかわからない。
何かが悪くてこうなった。
スティーブンキングが帯に推薦文句を書いてた
から見る気になった。残酷さよりも、アメリカの子供の
遊びとかアイルランドの夫に捨てられた妻の考え方
とか。屁理屈みたいのが良かった。
アメリカのカーニバルのりんごのお菓子とか。

最初はムカつかないけど、度が過ぎてきて気持ち悪くなる
というのは、悪の道の道理はこういういきさつか。

ゆがんだ母親が、なぜいじめ始めたか。別になんてこと
はない。自分が夫に逃げられたり、周りの人に嫌がらせ
されたのが歪んだの原因か。親戚の子供を預かるというの
も嫌だったのだろう。
自分のストレスを弱者に与える。
なぜ自分の子供にたばこやビールを与えるのだろうか。
夫への仕返しで愛していないのだろうか。

でもなんかいい母だとも思う。正当化とか追い込む感じ
をしなければいいのに。名言もよくいう。

最初のシーンの昔のアメリカっぽさは、スタンド・バイ・ミー
みたいな感じだ。あれが好きならオススメしたい。


http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4158502.html
後味が悪い話だって。まさにそのとおり。
ジャック ケッチャム


ポーランドでアイロンと電話を間違えて大やけど。
家事をやらない夫が見せつけてやろうとなれない家事をやっていてたら。

サーフィンで水道橋博士が前歯全部へし折る。インプラントにして500万円

女の涙には男が弱い成分がある匂いでやられてしまうということが科学的に。

高橋留美子のアニメは好きだ。





今日の考え
何を考えて生きるか。
何でもかんでも突き詰めるとどうなるのだ。結局結果だけで、人を操って
とか友達を増やした方が素晴らしい人生がおくれる。なぜなら友達の悪い部分を
責めたところで許さないからといって、自分の首を絞めているのと同じ事だ。

しかし、なんでもかんでも人を信じて失敗して笑っている人もいる。実際にみてる。
不器用なのだ。いや価値観がそこにあると思っていないので利用されてしまう。
利用されたら何?とそこで考えは停止する。
私は人の価値観で動かされたくはない。てめえの思い通りにいくかよwと絶対に人を
値踏みしてきた人に距離を置くことにしている。なぜならば、そこばかりを考えて
生きたくはないから。利害が一致するのなら別に気に求めない。誰が上なのかという
のが大事だ。だからたまに普通にしてても機嫌が悪くなる。なんか利用してないか?おらって。
うーんマダラ馬鹿というのは私のような一貫性がない人間なのかもしれない。
一貫性がないのなら、それの突き詰めた生き方をしようと思う。

私が一番偉いということだ。理屈は後からついてくる、つまり私の直感が素晴らしい
動物的なものがあり優れている。優れなければならない。直感を鋭くする。だけど、バカみたい
な空虚が好きで、デジタルというのが馬鹿すぎるのがわかりながらする。
直感が鋭いのなら、音楽漫画映画読書絵画がわかって当然。
デジタルがくだらないのは、ただの考えというだけで、価値がない。

例えば、頭でしかないものが、賢いだけとか理屈だけとか人のフンドシで戦う人とか評論家。
太宰治は思想が情けないが、それが本質で人間弱さをすごく描ける。だから素晴らしい。
弱点があったとしても、秀でているものが目につく。
頭プラス運動能力。


最近頭にくるのが、年間の映画をどれだけ見たとか。見たからなんだ。見て考えて表現して
が意味がある。表現者が素晴らしいのなら評論家になるのではなく、表現を。
あと糞ファンとか意味が分からない。ファンは表現者ではない。お金をまいてガソリンを与える
のが役目だ。
極論を言っているので、微妙な調整はしているよ実際。極論がいいというか面倒くさいので
極論を言えばいい。そして極論はただ言っているだけで、卓上のロンということで、実行できる
かできないかといえばできない理想。
私は結局実行より理想。だからだめだ。そしてそうわかったときに行動した。またいつか行動を
する。たまにする行動だけだ。弱くださくトロく思考が遅いから。

だから、馬鹿にしている人と自分は同じで、その差をひろっげようとやっきになる。
だから所詮、本物とは違う。本当に感動して素晴らしい発想がない。私はいつでも
そうしたらいいと思うことをやっていたいのだけど、だめだ。


映画
いぐじっとするーざぎふとしょっぷ



インターネットは7時間つかっている。ダラダラして意味がない。


自己管理能力

俯瞰で見ることができない。
作業の全体を見通せば、先にべきことがわからない。

必要のものと不必要なものの区別がつかない。



知る事が大事
作業時間を量るクセをつける

一日の最後に思い出せば
俯瞰することができる

一年以上使ってないものは捨てていく

今やっていることがなんの必要があるか考える


25までに一流にしたい。職人として


ホムンクルス 山本英夫
やっと15冊最終巻まで読んだ。
最後の方だけ読んでなくて、だったら一巻から読
んでやらあと荒ぶる。
荒ぶるという言葉は昨年くらい初めてやったポケモンで
ワザとしてあって、漢字が使われてなくて「あらぶる」?
って少し考えて面白いと思ったので少し使う。わからない
けどポケモン世代とかは、普通の語録に入っているのだろう。

この漫画はハッキリ言って、山本英夫の経験みたいな感じで
読んだ。2012アメリカのどっかの州では合法化された
マリファナ。それを所持してて作者が捕まったから。つまり
今回の人が歪んで見えるという感覚の奇抜さは体験談なのだ
と感じた。警察がそう踏んでか、街をウロウロ歩いてたのか
本質はわからない。

とにかく、表現が最高だと思う。前作の殺し屋1のヤクザさん
とかも組織の感じが良かった。危ない漫画は好きだ。昔の
クイックジャパンとか危ない1号とか。
もう20代ではないウオの目君パーフェクトない
で今はどうでも良いそこんとこは。

まあそういう感じの視点で見た。
あとはまあ、今時の女子高生の記号化された感じとか家の状況
とか。うーん、昨今の私のピントとはずれているが、一時期は
いろいろ妄想だけはした。

あと素晴らしい点は、言葉とか会話のリアルさ。乞食とかオカマ
とか(オカマの題材は作者がおカマ白書で書いてた)性同一障害
とかの言葉が真をついている。
記号化の世の中で突き詰めた人が感じる事とか、想像すると
勃起する、わけもないけど、彼らの真骨頂は?こうではないか
みたいな安易だけどね。
ヤクザの過去とか簡単なことでも、人生が不良な道に。

つまり細部のテイストがすごい・。新井英樹の皮肉な感じも少し
でている。新井英樹はもっと人物の言葉の節々にリアルがある。
山本英夫は社会やヤクザ乞食金持ちにピントがある。今回は人の
考えとか見た目とか人のありかただった。






gurohune at 15:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

映画 隣の家の少女( R-15)の感想 とホムンクルスの感想

映画 隣の家の少女( R-15)の感想


簡単に言うと吐き気がする。どこにでもある気がする
話だし現実に基づいた小説原作だから。

何に毒づいたら気が晴れるかわからない。
何かが悪くてこうなった。
スティーブンキングが帯に推薦文句を書いてた
から見る気になった。残酷さよりも、アメリカの子供の
遊びとかアイルランドの夫に捨てられた妻の考え方
とか。屁理屈みたいのが良かった。
アメリカのカーニバルのりんごのお菓子とか。

最初はムカつかないけど、度が過ぎてきて気持ち悪くなる
というのは、悪の道の道理はこういういきさつか。

ゆがんだ母親が、なぜいじめ始めたか。別になんてこと
はない。自分が夫に逃げられたり、周りの人に嫌がらせ
されたのが歪んだの原因か。親戚の子供を預かるというの
も嫌だったのだろう。
自分のストレスを弱者に与える。
なぜ自分の子供にたばこやビールを与えるのだろうか。
夫への仕返しで愛していないのだろうか。

でもなんかいい母だとも思う。正当化とか追い込む感じ
をしなければいいのに。名言もよくいう。

最初のシーンの昔のアメリカっぽさは、スタンド・バイ・ミー
みたいな感じだ。あれが好きならオススメしたい。


http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4158502.html
後味が悪い話だって。まさにそのとおり。
ジャック ケッチャム


ポーランドでアイロンと電話を間違えて大やけど。
家事をやらない夫が見せつけてやろうとなれない家事をやっていてたら。

サーフィンで水道橋博士が前歯全部へし折る。インプラントにして500万円

女の涙には男が弱い成分がある匂いでやられてしまうということが科学的に。

高橋留美子のアニメは好きだ。





今日の考え
何を考えて生きるか。
何でもかんでも突き詰めるとどうなるのだ。結局結果だけで、人を操って
とか友達を増やした方が素晴らしい人生がおくれる。なぜなら友達の悪い部分を
責めたところで許さないからといって、自分の首を絞めているのと同じ事だ。

しかし、なんでもかんでも人を信じて失敗して笑っている人もいる。実際にみてる。
不器用なのだ。いや価値観がそこにあると思っていないので利用されてしまう。
利用されたら何?とそこで考えは停止する。
私は人の価値観で動かされたくはない。てめえの思い通りにいくかよwと絶対に人を
値踏みしてきた人に距離を置くことにしている。なぜならば、そこばかりを考えて
生きたくはないから。利害が一致するのなら別に気に求めない。誰が上なのかという
のが大事だ。だからたまに普通にしてても機嫌が悪くなる。なんか利用してないか?おらって。
うーんマダラ馬鹿というのは私のような一貫性がない人間なのかもしれない。
一貫性がないのなら、それの突き詰めた生き方をしようと思う。

私が一番偉いということだ。理屈は後からついてくる、つまり私の直感が素晴らしい
動物的なものがあり優れている。優れなければならない。直感を鋭くする。だけど、バカみたい
な空虚が好きで、デジタルというのが馬鹿すぎるのがわかりながらする。
直感が鋭いのなら、音楽漫画映画読書絵画がわかって当然。
デジタルがくだらないのは、ただの考えというだけで、価値がない。

例えば、頭でしかないものが、賢いだけとか理屈だけとか人のフンドシで戦う人とか評論家。
太宰治は思想が情けないが、それが本質で人間弱さをすごく描ける。だから素晴らしい。
弱点があったとしても、秀でているものが目につく。
頭プラス運動能力。


最近頭にくるのが、年間の映画をどれだけ見たとか。見たからなんだ。見て考えて表現して
が意味がある。表現者が素晴らしいのなら評論家になるのではなく、表現を。
あと糞ファンとか意味が分からない。ファンは表現者ではない。お金をまいてガソリンを与える
のが役目だ。
極論を言っているので、微妙な調整はしているよ実際。極論がいいというか面倒くさいので
極論を言えばいい。そして極論はただ言っているだけで、卓上のロンということで、実行できる
かできないかといえばできない理想。
私は結局実行より理想。だからだめだ。そしてそうわかったときに行動した。またいつか行動を
する。たまにする行動だけだ。弱くださくトロく思考が遅いから。

だから、馬鹿にしている人と自分は同じで、その差をひろっげようとやっきになる。
だから所詮、本物とは違う。本当に感動して素晴らしい発想がない。私はいつでも
そうしたらいいと思うことをやっていたいのだけど、だめだ。


映画
いぐじっとするーざぎふとしょっぷ



インターネットは7時間つかっている。ダラダラして意味がない。


自己管理能力

俯瞰で見ることができない。
作業の全体を見通せば、先にべきことがわからない。

必要のものと不必要なものの区別がつかない。



知る事が大事
作業時間を量るクセをつける

一日の最後に思い出せば
俯瞰することができる

一年以上使ってないものは捨てていく

今やっていることがなんの必要があるか考える


25までに一流にしたい。職人として


ホムンクルス 山本英夫
やっと15冊最終巻まで読んだ。
最後の方だけ読んでなくて、だったら一巻から読
んでやらあと荒ぶる。
荒ぶるという言葉は昨年くらい初めてやったポケモンで
ワザとしてあって、漢字が使われてなくて「あらぶる」?
って少し考えて面白いと思ったので少し使う。わからない
けどポケモン世代とかは、普通の語録に入っているのだろう。

この漫画はハッキリ言って、山本英夫の経験みたいな感じで
読んだ。2012アメリカのどっかの州では合法化された
マリファナ。それを所持してて作者が捕まったから。つまり
今回の人が歪んで見えるという感覚の奇抜さは体験談なのだ
と感じた。警察がそう踏んでか、街をウロウロ歩いてたのか
本質はわからない。

とにかく、表現が最高だと思う。前作の殺し屋1のヤクザさん
とかも組織の感じが良かった。危ない漫画は好きだ。昔の
クイックジャパンとか危ない1号とか。
もう20代ではないウオの目君パーフェクトない
で今はどうでも良いそこんとこは。

まあそういう感じの視点で見た。
あとはまあ、今時の女子高生の記号化された感じとか家の状況
とか。うーん、昨今の私のピントとはずれているが、一時期は
いろいろ妄想だけはした。

あと素晴らしい点は、言葉とか会話のリアルさ。乞食とかオカマ
とか(オカマの題材は作者がおカマ白書で書いてた)性同一障害
とかの言葉が真をついている。
記号化の世の中で突き詰めた人が感じる事とか、想像すると
勃起する、わけもないけど、彼らの真骨頂は?こうではないか
みたいな安易だけどね。
ヤクザの過去とか簡単なことでも、人生が不良な道に。

つまり細部のテイストがすごい・。新井英樹の皮肉な感じも少し
でている。新井英樹はもっと人物の言葉の節々にリアルがある。
山本英夫は社会やヤクザ乞食金持ちにピントがある。今回は人の
考えとか見た目とか人のありかただった。


努力というのは、人に言うものではなく、自慢するものでもないなあ私にとって。
例えば、ホムンクルス一気に読んだのを努力した!と言われても馬鹿馬鹿しいだけだ。
何に集中してこなしたというのが、誰にどう大事だというんだろう。
山本英夫は作画と話やいろいろに努力しているだろうし、その結果だし漫画は。
隣の家の少女のおばさんだって努力した結果にああなってしまっただけだし。
みんな誇ることを自慢したってしゃあないな。かっこつけんじゃねえって。

絵だって決めたことをやっているだけだ。努力するというのは、題材を決めるのに苦労している
というのをどりょくに置き換えてもいいなあ。人によっては屁でもないだろうし。
人との潤滑油としての冗談を言う人だって努力だかそれが素なのかわかったもんじゃない。
努力していることはどのようにどうやって努力した結果はなんですか?というのが正しいというか
興味深い質問な気がする。まあ食いつきやすいよね。




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