2009年12月19日

化けてみた( 笑)

31cc2f85.jpg地域団体のイベントにPTA参加してきました。
インフルエンザの影響で開催も縮小だったものの、フタをあければ100名以上の子どもたちでいっぱいでした。
まぁ、季節外れのお化け屋敷なんですがね。

エホの頃じゃ、こういう楽しみを許されず、リアルに虐待する親と名乗るオバケが毎日いましたが(汗)
PTAの中にいると、未だに不慣れな疎外感を感じます。
相手方ではなく、自分自身にです。

だから、子どもたちの顔を異常に伺ってしまいます。浮かない顔をしてると勝手に解釈すれば、それはどうしても昔の俺に見えてしまう。
楽しみを提供される場所であればあるほど。
人に嫌われたり陰口を叩かれるのは平気です。
愛されない事も、裏切られる事も、個人的には辛いけど平気です。
でも、他人の幸せの場所に自分が長くいるのは苦手です。
場違いだったり、他人の幸せをダメにしちゃうかもと考えてしまいます。

楽しそうに振る舞うぐらいがちょうどいいのかな。
別の視点で考えてたり、ちょっと無茶苦茶な暴論を正義にしたりしながら、醒めた自分がいますねぇ。
ま、これ以上は聞いてもらいたい人だけに言いますわ(笑)

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しかし、PTAの事もこういうイベントでわかるもんですね。
人の集まりは多様化してしまい、それぞれに得意分野があるんだけど、地域性を無視して縄張り開催や集合をしてしまいがちなんだろうな。
それでいてPTAを未だに特別視と動員組織体として考えてると感じてます。

PTAの役割を時代にあった構成にしなきゃ、持たなくなるのがひしひしと。
役員に対しては、嫌われても、めんどくさいと思われても、変えていく風潮は植え付けて引退したいなぁ。
ま、オバケは笑ってやって下さい。


Posted by gurugurubautin1234 at 23:44│Comments(3)TrackBack(0)家族・自分 

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この記事へのコメント
5
季節外れのお化けにお茶を吹きました。
先月書き込みました するく です。
お元気そうで何よりです。

正直、過去を思い出すと生きてゆくのが嫌になります。
違う人生ならばどんな人生か?
所詮、人間は過去の決断からは自由になれません。
若き日の己が見聞の狭さ、見識の低さを嘆くより他ありません。
憎みきれる相手ばかりならいっそ楽かもしれません。
不条理と表裏一体に純粋な人としての愛と優しさが混在します。
両者は不可分で光と影のようなものです。
人の在り方の本質とその救いの無さを考えてしまいます。
(続く)

Posted by するく at 2010年01月16日 13:51
5
一昨年の夏、親友は自死により会えぬ人となりました。
証人としての人生に追い詰められたのです。
奉仕中に人身事故を起こし、自身の心身も損ないました。
私のような不良信者ではない純粋な信者でした。
低学歴とアルバイト、開拓奉仕、会衆の仕事・・・
気が付けば楽園は来ず。親元で四十の声が聞こえる歳になり。
ままならぬ体で模範的証人を続けた結果、鬱を発症、
理解を示すべき立場ある人は絶望的に無理解、
逆にとどめを刺したようなものです。
彼の死の直後に男性信者が集められました。
残された家族を支えるようにとの訓戒かと思いましたが。

「自殺者の復活に関して自分の見解を述べないように」
「忠実で思慮深い奴隷の出版物から語りなさい」
「彼は復活しても不義者の復活です」

霊的エリートの組織に忠実な二世長老の言葉でした。
おかげで心理的には完全に組織からも教理からも決別しました。
同時に強烈な人間嫌いになった瞬間でした。
人生にはこれほどの裏切りが存在するのですね。

重い書き込みで申し訳ありません。
生きてゆくのが辛くなる時もありました。
けれど、私は人生の不条理と戦います。
戦う決断をしました。戦ってから死にます。

ばうちんさんもお元気で。

byするく
Posted by するく at 2010年01月16日 13:53
★ するくさん

悲しいことでしたね
戦うというのは、たくさん形があります。
少し記事にしてみます
Posted by ばうちん at 2010年01月25日 21:41

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