2010年01月30日

自分の言葉

昨日の記事はわかり難いなぁと自分で思う。
さて、そう言えば、ある団体さんからネグレクトも含めた子どもの心理を講演会っぽくお願いされる事がある。
虐待連鎖まで含めると、俺が体験したことは、かなり酷いらしい。

いくつかはお受けしたのだが、JWを非難するだけではないので、元JWにとってはすごくソフトな印象を受ける話となる。
必ず未来が開かれるとの希望は必要だし、実際そうなのだ。
現在のJW体制では、すでに事なかれとなってることもあるが、保護者に向けては充分過ぎるインパクトを残す。
事実であるだけに、一部ではといった言い訳をするしかないしさ。

「どうして知らない人が多いのですか?」と聞かれるが、決まってこう答えるしかない。

「子どもはね、親のことを完全に憎めないからですよ。」と。

親を売る行為は、子どもにとってすごく罪深い事になる
し、傷つくんですよね。
正直いって、耐えるより心に苦痛なんですよ。
虐待が表面化しないのは、そういうとこにもあるんですよね。

今になってわかるんです。
自分の子が、あれを体験してた年齢になったから。
子育ての怠慢なんだと。

ま、そんな話をしてます。
JW体制にとってはすごく迷惑な話でしょうが、命がけですからねぇ。
黙ってれば、JWには好都合。しゃべれば自分に跳ね返る事もある。
実際にA姉妹には言われちゃいましたしね。

「恥晒し」と

こういう事は、JWにとっては打撃でかいですが、個人にとっては苦痛を伴います。
それでもやるなら、逃げ道絶たないといけないなと思います。
自分の言葉に癒されたり、元気をもらう人もいます。

しかし、たくさんの人が俺の一言で動く事を知った時、責任の重さを痛感したのも事実です。
もう無責任に傍若無人ではいけないと。
それがわかってれば、アプローチする場所はいくつも可能性を秘めてるんだなと。

Posted by gurugurubautin1234 at 10:59│Comments(0)TrackBack(0)JW問題提起 | JW

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