2009年02月14日

バレンタインデーキィィッスゥ、恋の記念日ぃ

しゃらららん・・・・♪

君たち。。。ちょっと口ずさんだろ(笑)
ということで、今年40になるおっさんばうちんでございます。
本日はモテモテの一日でございますことよ。

チョコもらうんですよね。
会社は、合同でいただく分だけですので、昨日いただきました。
あとはお客さんです。
こういう仕事をまじめにしてると、結構いただけます。

将来の恋人たちから(笑)
ほんと、ありがたいことですよ。どんな女の子からもらうよりも嬉しい。
ま、「はげのおぢちゃん」になんですけどね。

営業活動の成果ともいう。
ひとつづつ頂いて、あとは女子社員のおやつってことになるんですが、気持ちがさ。
お手紙とかもらうと・・・泣けてきますよ。

嫁からですか?
くれるわけないじゃん、甘いもの嫌いなんだから。

じゃ、私があげる?
いえ、チョコはいりません・・・だって甘いもん嫌いだし。

お返しでお金消えてくなぁ・・・来月悲惨だ。
うちのガキは手作りをひとつ頂いたようです。
ほらほら、うちのガキ狙いの皆様、急がないとダメですよ(笑)

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エホ時代、チョコをもらったかといえばもらってます。
記念日系は全部ダメとしてた時代なんでね、もらってもなんか罪悪感あったし、ホワイトデーのお返しは何もできんかったしさ。
なんかいい思い出じゃないですね。

バレンタインデーが何でダメか?
ものみの塔的に答えよ?

簡単です。

「ダメなものはダメなの!」

これは理由を検証したってどうしようもありません。
「バビロンとか、サタン」ってことでいいんです。
それ以上の理由いる?

いちいち理由なんかいったってしょうがない。
ダメだったんだもん、それで反抗なんかしたらめんどくさいでしょ。

元二世に聞いてみよう。
いちいち説明する気にもなんないだろ、今さら。

じゃ、ここをどう説明するか・・・今日のカップルたちに笑い話として使えばいい。

【昔さ、俺バレンタインのチョコもらえんし、あげられんかったんよ、それがさ、まぁ、聞いてくれ。俺んち・・・変な宗教に入っててさ、俺も無理やりというか・・・しょうがなく入らされてたわけね。でな、バレンタインは崇拝的なことが関係あるとか言われるわけよ、この宗教、自分とこの神様以外を崇拝しちゃだめだから、なんか親にダメって言われるわけね。破ったらあれこれいわれるしさ、叩かれるしさ、じゃけぇ、最後にとってつけたように・・・バレンタインは商業的なものじゃけぇ、愛を示すのとは違うんだとさ・・・って、別に誰でもしっとるわなwそんなんでダメじゃったんよ】

情報として正確とはいえないですが・・・
もし、正確に言わなきゃいけないとしたら・・・

「バレンタインは、西暦○○年・・・牢屋が・・・それはふさわしいことでしょうか?エホバが喜ばれることなのでしょうか?・・・聖書には・・・・こう書いてあります・・・愛は毎日示すことができます・・・」

とか難しいこというんだろ?

いいのいいの、そんなこと知ってても世間一般わかりゃしない。
めんどくさいこというほうが、ドン引きだよ。
こんなもんでいいのさ。

そう、宗教でダメだったの、わからんちん宗教でwwww
これで十分です。
どっかのもてない男のウンチク聞かされて嬉しいのかってことです。

そんな難しいこと聞くより・・・

「好きよ」

「ありがとう」

「愛してる」

って言える一日のほうがいいじゃんよ。

言われるほうだって、あなたを好きだけどバレンタインはなんて言われる女の方がめんどくさい。

心配するな、バレンタインはダメでも・・・下半身の欲望は人以上にもってるんだからwww
結局一緒さ。
そこを隠して・・あれこれ言われてもねぇ。

ま、めっきりお子様以外にもてない男の独り言でした(笑)
でも、個人的にバレンタインとかのイベントは好きです。
チョコをもらえるかもらえないかよりも、1年の中にこうやって期待できる日があるからこそ頑張れるわけであってね。

端から頑張らないやつにはうらめしい日でしょうけども。
頑張ろうぜ。
俺も来年はがんばろ。大人からもらえるように(爆)

くやしいです!

なーんてね、今日の一日がいい日でありますように。

  

Posted by gurugurubautin1234 at 13:33Comments(5)TrackBack(0)

2009年01月11日

面倒じゃ。(追記UP)

昨日、テレビを見てまして・・・人間というのは、地球に一番優しくない動物なんだなと。
極論で、人間って邪魔だよななんてのも感じたりするんですが、今更遅いわけでね。

そんなことはさておき、プロバイダ会社の変更が迫ってきました。
工事ももうすぐ。
しばらくの間、HPの移動とか・・・そんなことも時間を見つけてはやらなきゃ。

ADSLの環境から、ケーブルTVのめちゃいい回線に変わるんで、イライラしなくなるだろう。
さらばNTT回線・・・。
携帯とIP電話だけという電話環境になるようです。

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古い資料を引っ張り出して、数字の打ち込みをやってます。
しんどいけどがんばるわ。

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追記:

資料が足らない・・・(泣)
出来そこないの数字をUPしてみます。
数字だけは見れるから。

誰か俺に技術と言う名の愛の手を差し伸べて下さい。

で。。。

資料をさらに集めたいんで、協力くださる方がいればありがたい。

1974年以前の年鑑。なければ、製本ものみ(1969年と70年がない)でもOK
要するに、数字が載ってるモノが欲しいんです。

で。。。

どうしても技術者求む。
俺に丁寧かつ、厳しく指導してくれる方(たくさんいればいるほどいい)
お礼はない(笑)だから、完全なボランティア。

数字っておもしろいんだけど、間違ってというのもなんなんで・・・サンプルと銘うってます。
ばうちんと表示してあるところは、勝手な計算法で遊んでます。

おもろいんのは、やっぱり1975あたりです。
駆け込んで、すぐ離れるといった現象が顕著。
この最近は・・・離脱者予測数字が続いてます。千人単位で。

きれいに仕上がったら、現在の会衆状況を協力者という名の現役さんから、戴こうかと。
離れたいって思ってる現役さんや、我こそはっていうのも歓迎。
これで大体の予測は出来るだろうと考えます。

死亡率やなどのデータを国から戴いて、予測も立ててみたいし。
とことん改良して、おもしろデータにしときたいですね。
ただ、見やすいものができないといけないんで・・・。

誰もやらないからやる。
こういうデータって・・・ね・・・案外色んなところが見てるもんです。

で、技術ない、とりあえずやってるのがこんな感じ。
(それっぽくキレイに仕上がってます)

見て笑ってください・・・

エクセルの表には、公開して無いですが・・・

「G8、アジア圏、ブラジル、世界合計」を打ち込んでます。
グラフも頑張ってんだけど、上手い感じがでないし。
気が遠くなる作業ですが頑張りますね。

  
Posted by gurugurubautin1234 at 15:51Comments(10)TrackBack(0)

2008年08月22日

集中してやってた。

HPの仕上げに勤しんでいたら、眠れなくなってブログ徘徊してたり、コメント返したり。
なるだけまとめてUPしたいので、上がったら報告しますね。

元々、そんなに文章作るの上手じゃないんで、力業でまとめてる気もするんだけど資料はそれなりにね。
非信者用に作ろうとするので、すごく当たり前の事しか書いてなかったりするし。
技術とセンスが欲しいって思います。

HPを作ってて、よく考えるんですよ。

個人的なメッセージが込められている以上、批判するしか出来ないよねって。
中庸的に書くというのは、俺には無理だし、書けない。
何に怒りをぶつけてるのか?A姉妹にか?それだけじゃない。

ブログで茶化し気味に書いてる自分が、HPでは真面目に書いちゃってるのを見ると、要点って一つしかないんだな。

「エホバ大嫌い」

これなんですよね。
これを中心に言葉を出しちゃう。
ああ、俺はJWも大嫌いだけど、エホバという神様も大嫌いなんだって。

エホバが悪いんじゃなく、JWが悪いんだっていう意見も多々あるんだろう。
神様をエホバという宗教も、聖書を教典とする宗教の中にあるのかわからない。
世間一般には、「エホバ」=「エホバの証人」=「ものみの塔」=「JW」には違いない。

エホバに何が出来たのか?

虐待のムチ?
アダムとエバの罪を現代で連帯責任?
人殺しを人間に命令した美化?

終わりの時の約60億人の大量虐殺?
幾度もなく浄化しようと失敗した歴史?
自分の子を犠牲にしたにも係わらず、もっと悪くなってく人間社会?

これを無理矢理な正当化したのがJW。

全知全能の神の割りには、成功といえる実績のないのが「エホバ」
俺にいわせりゃ、失敗率100%のダメ神様ってことになる。
それを信じるって、なんてアホなんだって思ってる。

随分偏ってるんだろうけど、ここが原点なんだね。

「何様なんだ?」と思われるかもしれないし、A姉妹にも・・・「自分が神と思ってる、最悪ね」
と言われたわけですが・・・

人間の思う神様って、自分の心の中なんじゃないかと本気で思ってる。
もちろん影響されるものがあるというのはわかるけど、結局は自分自身。
教典・規則などに縛られているのに、自分だけのルールで信仰しちゃう。

自分だけの神様が出来上がってる。
だから、自分自身が神様なんじゃないかと。

人は一人じゃ弱いから、組織に属しちゃうものだろうし。

どんな宗教も信じられない俺にとっては、自分が唯一所属した宗教団体に非を唱えてる。
それだけのことが、必要な人には何かしらの影響を与えてるのだろう。

立ち位置が、「くそったれエホバ!」から始まってます。

そんなことを思いながら、キーを叩いた夜でした。

  
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2007年02月18日

法事に出席してます。

25回忌らしいです。

嫁さんの家側の行事ですが、眠い

ばうちんの世間知らずが炸裂してます。

帰ってから、大スペクタクル巨編アップします。
こうご期待下さい。  
Posted by gurugurubautin1234 at 13:51Comments(3)TrackBack(0)

2007年01月27日

妄想?空想?幻想?

fb227d4e.jpgいつも坊主なんですが、坊主にしてるには理由もあるんですね。
写真の通り、白髪だらけなんです。

ロマンスグレー?
はっ?それはどういうものでしょうか?
食べられるんですか?

苦労が多いから?
そんなの、科学的に証明されたことじゃないでしょう?苦労してない人も白髪はたくさんいるじゃん。

髪を伸ばせば、70%白髪でしょうね。
37にして、70%白髪かぁ。ついでに髪の毛細いし・・・
そうそう、1年のうち一時期だけ、髪の毛を延ばします。

3月〜5月GWまでは髪を切りません。
何故って?縁起を担ぐんです。

「髪を切る=紙を切る=販売部数減」
「髪を伸ばす=紙が増える=販売部数増」
しょうもないですけど、まぁ、いいじゃないですか(笑)

愚痴だらけな感じで始まりましたが、本題は別のところに。

タイトル通りなのですが、いやぁ・・・寝る前に妙な事を思いつきましてね。

「サッカーを11人じゃなく、14人でやったらどんなんだろう?」
「野球を9人じゃなく、10人でやったらどんなんだろう?」
「俺が仮面ライダーになったら、どんなカッコいいことをするのだろう?」

小学生のころ、集会中などに意識を飛ばして、現実逃避する際に似たことをやってました。
120分の空想完結物語を作ってましたなぁ。もち、聖句だけは開くんですけどねw

いろんな物語は作られて、いつも自分がヒーローなんですがね(笑)

ちょっと中学生から高校生時代の頭の中で描いた・・・笑い話を。
わかる人にはわかる、そして笑ってしまう話です。
ネタ元はこれです。

バリバリ伝説 (10)

そーいえば、NS400ってあったよなぁ。
CBRの足回りに、3本のチャンバーマフラー。
ロスマンズカラーが似合うバイクだったよなぁ。

ふっ・・・そんな思いでは今日はいいのだ。

 

バイクに非常に興味のある俺は、カタログ厨で、スペック厨で、買えもしないのに思いだけは一丁前だった。
本屋で立ち読みする「マガジン」
やたら効果音の多い絵だったが、1ページ1ページを脳裏に焼き付けていった。

そして、集会の祈りの時間から、俺は焼き付けた絵に自分を重ねていくのだ。
ハングオンする俺、インべたを追及する俺、「ギャギャギャ」とタイヤをスライドさせる俺・・・・

「アーメン」

目を開けていても、正面を向いていても、頭の中は画像が全部・・・
もちろん、後ろの目立たない席で(笑)
さぁ、続きだ。

ヒデヨシに翻弄される俺、出れもしない4耐に出場する俺、いがみ合う俺。
GSX-Rが好きでないので、勝手にCBRに変更する俺。
空冷だから、いつもオーバーヒート気味を気にする俺。(すでに原作から逸脱)

クシタニのツナギを着る俺、SHOEIのメットをグンレプリカにする俺、ブーツはSIDIにする俺。
なぜか周回遅れを奇跡でカバーする俺、Tシャツの袖をまくる俺。

(あっ、講演終わった。あと1時間)

(ものみを開き、適当なアンダーラインを眺めながら・・・)

転倒する俺(すでに物語が前後してる)、オフィシャルの静止を振り切り再始動する俺。
俺の中で歩惟ちゃんではなく、みゆきちゃんに心配される俺。
見えもしないヒロインの涙にちょっと感動する俺。

そして・・・優勝のゴールラインを踏む俺。
みゆきちゃんに抱きつかれ・・・いい思いをする俺。

(あー、最高だ!ん?で、今・・・しまったぁ!まだ15分残ってるじゃないかぁぁぁぁ!)

仕方ないので、買えもしないバイクの改造を始める。
えーと、モリワキのマフラーつけて、シフトも変えなきゃな。
やべぇなぁ、金が足りないや(買ってもないのに)

(そして・・・終わりの歌が始まる・・・そして祈り)

「アーメン」

長老が俺に話しかけてくる・・・

「ばうちん兄弟、今日はどうしたんですか?何か集中してなかったようですが」

しまったぁ!気配を消せなかった!! そしてうそをつく。

「体調がちょっと・・・」

ちょっと恥ずかしいけど、現実逃避する際はこんなことが多かったですね。
思い出してみたので、書いてみました。
実際にこんな感じで空想してた人はいるのだろうか?

不真面目なことなんですが、空想・妄想・幻想とでもいうのかな。
自然に身についていったようです。

今でも寝る前に、非現実的なことを思い浮かべ、勝手にサッカーや野球のルールを変えたり、ヒイキチームでドリームチームを・・・。
おかげでよく眠れますがね。

なにか思い出みたいなのがあればコメント下さいな。

  
Posted by gurugurubautin1234 at 14:10Comments(9)TrackBack(0)

2006年12月22日

クリスマスプレゼント

クリスマスネタになるんですが、いつもよくお邪魔するサイトのメルマガを読んで、ちょっと胸が熱くなったので、ご紹介することにした。

「新聞拡張員 ゲンさんの嘆き」  ここの週イチで発行されるメルマガである。

このメルマガ転載に関し、サイト管理者の「ハカセ」さんには、心良くご了承いただいた。感謝したい。

感動したのは、トナカイの話のストーリー秘話部分なのだが、編集するよりも、全文読んでいただこうと思う。
JWで、クリスマスに関する事は全部禁止だった時代、クリスマスの由来だの、間違いだのを無理矢理叩きこまれたよね?
そのJW論が、この話で吹っ飛ぶような気がしてならないのだ。

クリスマスが間違ってるというよりも、クリスマスを機に何か子供に教えることが出来る方が素晴らしいのではないかと。
転載ごときでクリスマスプレゼントとはおこがましいが、心温まっていただければ幸いである。


真っ赤なお鼻のトナカイさんの話 (メルマガ12/22分)


クリスマスと新聞拡張員。

一見、何のつながりもないようやが、ある面では、関わり合いが深いとも言える。多分に、手前勝手な見解かも知れんがな。

この時期になると、毎年、恒例のように、ワシらは、サンタ人形やクリスマス・ツリーのようなグッズを持って各家々を勧誘して廻る。

1年中、イベントというのは数多くあるが、ワシらが、そのための拡材(拡張のための景品や金券)として、あからさまに、そういうグッズを持たされるのは、このクリスマスくらいなものや。

他のイベントには、そういうのはない。特にワシらの所ではな。

正月に御神酒(おみき)や門松を持って廻るわけでもないし、2月の節分に豆を配ることもない。

もっとも、鬼と見間違うような面相で「新聞いりまへんか」とドアを叩く者はおるがな。

女性で比較的美人の拡張員なら、バレンタインデーのチョコレートを拡材代わり持っていくというのは、それなりに効果はあるとは思う。

但し、未だに、そういうことをしとるという話は聞かんがな。

3月のホワイトデーに若い女性客にチョコレートを渡そうとすれば、ストーカーと思われ通報されかねん。

4月の入学シーズンはというと、それに伴う、単身入居の学生さんへの勧誘合戦の熾烈な時期でもあるが、その新入生のための「ご入学おめでとう」グッズという物もない。

その獲得数の多い拡張員への「おめでとう報賞金」というのはあるがな。

5月の子供の日でさえ、鯉のぼりやカブトのレプリカすら持たされん。

6月のジューンブライドも、ワシら拡張員には、イベント的にはさして関係はない。
雨が続いて世間は濡れとっても、ワシらは仕事にならんから干上がったままや。

7月の七夕に、笹を持った拡張員が徘徊することはない。
その願かけに「1枚でも多くカードが上がりますように」と札を書いて吊す者はおるかも知れんがな。

8月も、子供が夏休みやからと言うて、特別におもちゃを持って廻るでもない。

もっとも、今日びの子供は、そんなおもちゃより、ゲームのソフトでも持ってこいと言うがな。そんなものは、高すぎて拡材にはならん。

9月の老人の日は、ワシとこの団では、逆に祝うて貰わなあかん方や。

10月は、これといった商業用のイベントはない。

11月の文化の日なんか、一体何を祝えばええんや。誰か教えてくれ。さっぱり、分からんし、意味ないやろ、あんなもの。

単に祝日やから喜ぶだけのことや。祝日に休みのないワシらには関係あらへんがな。ワシらが祝日の日に休めるのは、元日くらいしかない。

そう考えてみると、行き着くところ、唯一とも言えるほど、ワシらと関わり合いのあるイベントが、このクリスマスの12月ということになるわけや。

もちろん、せやからと言うて、そんなサンタ人形を持たされて喜ぶ拡張員もおらんがな。

たいていは、仕事と割り切っとるが、それでも、辛いものがあるのは確かや。

単に、ええ歳をしたおっさんが、そんなものを片手に街を徘徊しとる格好悪さというのもあるが、それ以上に、幸せそうな家族を見るのが耐えられんほど辛いというのも一方にはある。

特にクリスマスの日がそうや。ワシは、この日は、毎年、仕事した格好はつけるが、実際には勧誘で廻ることはない。

ワシが、この拡張員の仕事を始めた頃は、まだ、嫁さんと子供と別れたばかりの頃で、そのクリスマスの夜が、ひときわ辛かった。

特に、当時、まだ小学校3年生やった息子と、そのクリスマスの夜も離ればなれになるというのが、耐えられんかった。

そんなとき、そのサンタ人形を片手に、幸せそうな子供らの笑い声が聞こえる家庭のドアを叩くのは……、思い出しても泣けてくる。

ワシは、その次の年から、クリスマスの夜は仕事(勧誘)をせんとこうと決めた。というても、あからさまにサボるというのも拙い。

実は、その日のために、早めに隠しカードを用意して持っておくんや。それをクリスマスの当日に出す。

隠しカードというのは、事前に契約を取っていたものを、さも、その日に契約を貰うたかのように装うて提出する契約書のことや。

もちろん、これは、普段から心やすい客に頼むか、その客に了解を取った上で、そうするわけや。誰でもええというわけにはいかん。

始めての客にそんなことをして、万が一、クーリング・オフやと言われた日には目も当てられんからな。

販売店にしたら「契約もしてないはずやなのに、何でクーリング・オフなんや」てなもんや。信用も何もあったもんやないさかいな。

今年も、そのクリスマスの日が近づいてきた。

ただ、今のワシは、昔ほど、この日が辛いとは思わんようになった。

それには、息子がすでに成人しとるというのもあるし、何より、ワシを家族の一員として暖かく迎えてくれる所があるからな。

ハカセの家がそうや。

特に、ハカセの下の子、コウ君を見ていると、昔の小さかった頃の息子、ユウキのことを思い出す。

また、コウ君も、なぜかワシを慕うてくれとるから、その外見以上に可愛くも思える。

そのコウ君と話せるのが、ワシの楽しみの一つでもある。

「お父さん、ゲンさんが来たよ」

そのコウ君が家にいるときは、ワシが行くと真っ先に出迎えてくれる。

「ゲンさん、ポケモン集まった?」

「ああ、ずかんには489体、揃うたから、後、1体、ミカルゲで完成や」

「そのミカルゲなら、今、お兄ちゃんと一緒に作ってるところやから、できたら、その卵をあげるね」

「そうか、楽しみにしとくよ」

「でもね、まだ他にも1体、アルセウスっていう幻のポケモンがいてるらしいんや」

「そうなんか、それは知らなんだな。どんなポケモンや」

「まだ、正体不明やねんて。お兄ちゃんがそう言うてた。インターネットで調べても、名前だけしか分からんて……」

「そうか」

そこへ、書斎からハカセが現れた。

「ゲンさん、それでは、早速ですが、次回のメルマガの打ち合わせをしましょうか」

「分かった」

「コウは、ゲームでもして待っといてくれ」

「えーっ、僕も一緒にいたいな。ええやろ?なあ、お父さん。邪魔はせえへんから」

「そうやな……まあ、ええやろ。今日は、クリスマスの話やから」

もう、このメルマガでは、それが恒例になりつつある。

HPを開設した年、2004年も、去年の2005年も、そのクリスマスに因んだ話題を取り上げた。

そして、今年も、その予定やと、ハカセから連絡が入った。ワシが、今日、ここに来たのも、そのための話をするためやった。

「今年も、また、クリスマスに関連したメールが届いていますよ」

これも勘違いというか、間違いメールの一つやろうな。

例によって、メルマガで、そのクリスマスに関して話した内容が、検索サイトでヒットして、それを見た人が、まさか「新聞拡張員」の関係したサイトとは知らずにメールしてるのやと思う。

まあ、こういう、間違いなら、むしろ、歓迎できるがな。

メールは2通、届いていた。

…………………………………………………………………………………………

りおちゃん 小学6年生

私は親がサンタクロースって知ってるけど、学校の委員会で何歳か、しりたいの!!実際作り話では、何歳となってるの?

…………………………………………………………………………………………

この質問は、去年のメルマガ『第72回 新聞拡張員ゲンさんの裏話  ■サンタクロースは何歳ですか?』と同じやから、その話を抜粋して知らせておいたという。

2件めは、小学生のお子さんを持つ、お父さんからやった。

…………………………………………………………………………………………

真っ赤なお鼻のトナカイさんの名前は何だっけ? 

すべてのトナカイに名前がついてたはずなんだけど・・・息子に聞かれて困っています。

…………………………………………………………………………………………

これについて、ハカセは、すぐに、次のように返信したという。

…………………………………………………………………………………………

メルマガを読まれた上でのご質問だと思われますので、お答えします。メルマガを書くために調べたことがありますので。
 
真っ赤なお鼻のトナカイさんの名前は ルドルフです。これが一番先頭です。

以下、左列前から順番に、ダッシャー(突進者)、ダンサー(踊り手)、プランサー(踊り跳ねる者)、ヴィクセン(口やかましい)と列び、右列前から後ろに、コメット(彗星)、キューピッド(恋愛の神)、ドンダー(雷)、ブリッツェン(稲光)となります。

因みに、ダンサー、プランサー、ヴィクセンはメスのトナカイで、他はオスです。全部で9頭ですね。
 
…………………………………………………………………………………………

まあ、普通の親は、トナカイの名前なんか知らんわな。知っていても、せいぜい、赤鼻のルドルフくらいやろうと思う。

「コウ君は、赤鼻のトナカイという歌、知ってるね」

「うん」

「歌えるかな」

「ちょっと、だけなら」

「歌ってごらん」

「恥ずかしいな……」

「大丈夫や、コウ。お父さんも一緒に、歌うてやるから」

「分かった……」

…………………………………………………………………………………………

J.マークス作詞・作曲  新田宣夫 訳

真っ赤なお鼻の  トナカイさんは
いつもみんなの  笑い者
でもその年の   クリスマスの日
サンタのおじさん 言いました
暗い夜道は    ピカピカの
おまえの鼻が   役に立つのさ
いつも泣いてた  トナカイさんは
今宵こそはと   喜びました

…………………………………………………………………………………………

パチ、パチ、パチ……。

ワシは、ヘタやから一緒には歌えんけど、親子で歌うとるのを聞くのも、なかなかええもんや。

ハカセは、顔に似合わず、歌も上手いし、声もええから、よけいにそう感じる。このメルマガで、それを知らされへんのは、本当に残念やと思う。

もっとも、可愛い子供の声は別にして、おっさんの歌なんか聴きたいとは誰も考えんやろけどな。

「どう?この歌から何か感じるかな?」

「どうて、言われても……分からへん……」

「そうか、学校なんかで、この歌の意味を教えたら、いじめなんかはなくなると思うんやがな」

歌詞の意味は、それで分かりそうなもんやが、念のため言うとく。

「真っ赤なお鼻のルドルフ」というのは、今から42年前の1964年、アメリカNBCテレビで制作されたアニメの題名で、歴史的なヒットとなったものが最も有名や。

今でもアメリカの子供たちは、クリスマスになるとこのアニメを楽しんでいるという。

生まれつき真っ赤な鼻をしていたルドルフは、他と違うその鼻のせいでいつもみんなに、いじめられて馬鹿にされ、悲しくて泣いてばかりいた。

あるクリスマス・イブのこと、8頭のトナカイがサンタクロースを乗せて出発しようとしたところ、突然、深い霧が辺り一面に立ち込めてきた。

「こんなに暗くては煙突を探すこともできない……」

サンタクロースは暗闇の中では出発することもできず、困り果てていた。

その頃、毎年世界中を駆け巡ってすでに英雄になっていた8頭のトナカイたちを一目見ようと多くのギャラリーが集まっていた。

その彼らが、何やら騒いでいた。

注目されてたのはルドルフやった。なんと、その赤い鼻がピカピカと光っていて目立ったからや。

「これだ!」とサンタクロースは思った。

サンタクロースがルドルフに近づいていくと、その赤鼻をいつものように、みんなに笑われていると思ったルドルフは悲しくて泣いていた。

サンタはルドルフに優しく言った。 

「君は他のみんなとは違う。でも、だからこそ、すごいんだよ。君のそのピカピカの赤い鼻は、暗い夜道を照らすことができるんだ。どうか、それでわたしを助けてくれないか」

その夜、先頭を走るルドルフの活躍によって無事に多くの子供たちにプレゼントが届けられることになった。

そして、ルドルフは、一躍みんなの憧れるもっとも有名なトナカイになったということや。

あんなに嫌で、コンプレックスでしかなかった赤い鼻のお陰で、世界中の人気者になった。

この年から、9頭でソリを引くようになり、ルドルフは、クリスマス・イブの夜、常にその先頭で世界中の子供たちの夢を運ぶために走っているという。

そんなストーリーがあった。

これが、なんでいじめの教材になるのかは、もう説明せんでも、分かるわな。

これも、ワシが普段から言うてることと重なるが、欠点は必ずしも欠点にはならんということや。

マイナスも捉え方によればプラスになるという、ええ教訓が含まれとるわけや。

どんな人間でも、その長所は必ずある。

子供らに、それを教えれば、人を尊敬する心も芽生え、バカにしたり、いじめたりすることはなくなるのやないかと思う。

実は、この話が生まれた背景には、次のようなことがあったという。

今から、183年も前、1823年にサンタクロースと8頭のトナカイの話は、すでに出版されいた。

その話が、一般にも定着した1939年の12月。シカゴ在住のロバート・メイにより「真っ赤なお鼻のルドルフ」の話が発表された。

ロバートは、妻のエバリン、娘のバーバラと3人で幸せに暮らしていた。

娘のバーバラが2歳になったころ、最愛の妻、エバリンが病に倒れた。

ある会社のコピーライターをしていたロバートの収入はその治療費と薬代に消え、生活は苦しくなるばかりだった。

やがて、4歳になったバーバラがロバートに言った。

「どうして私のママは、みんなと違うの?」

この質問に、ロバートはショックを受けた。

ロバートは、幼い頃から体が小さくて良くいじめられていた。また、家も貧しいため進学することもできず、良い仕事にもつけなかった。

やっと得た仕事も薄給で、治療費のために借金だらけや。ロバートは、娘の質問にどう答えたらええのかと窮する。

そのとき、娘を喜ばせたいという一心で閃いたのが「真っ赤なお鼻のルドルフ」の話やったというわけや。

それは、ロバートの即興やった。

自分の思いとコンプレックスを赤鼻のルドルフという存在を創作することで、神様に創られた生き物はいつかきっと幸せになれるということを、幼い娘、病と闘う妻、そして自分自身に言い聞かせたかったからやという。

その後、娘にせがまれて毎晩この話をするようになったロバートは、クリスマスプレゼントとして、それを手製の本にまとめ始めた。

プレゼントを買う余裕のないロバートにとって、それは娘や妻への心のこもった贈り物やった。しかし、完成を目前にして最愛の妻、エバリンがこの世を去ってしまう。

失意に打ちのめされたロバートは、それでも、本を完成させ、愛する娘を喜ばせた。

数日後、所属する会社のパーティーでロバートが「真っ赤なお鼻のルドルフ」の話を朗読すると、会場から割れんばかりの拍手が湧き起こった。

それがきっかけで1939年、その会社でもある大手デパートのモンゴメリー・ウォードから実に240万冊もの本が宣伝用として無料で配られることになり、この物語が一躍世界中に広がっていった。

やがて、その10年後の1949年にロバートの義兄弟、ジョニー・マークスによってお馴染みの歌が作られ、クリスマスの定番として愛され続けているというわけや。

「コウ君、この話を聞いてどう思う?」

「そんなことがあるとは知らんかった。すごいね」

「そうやな。ワシもええ話やと思う」

聞き慣れた、クリスマス・ソングに、そういう事情があったと知れば、子供たちの考え方も変わってくるやろうと思う。

少なくとも、この話を知った子供らからは、いじめというのはなくなるはずや。
その意味でも、学校でも家でも、子供にこういう話を多く聞かせるべきやと思う。

ワシらの子供の頃には、その手の話が数多くあった。確か、教科書にも載っていたと記憶しとる。

レ・ミゼラブルの『ああ無情』、エクトーリ・アンロ・マロ『家なき子』、ウィーダの『フランダースの犬』というのを、小学校の低学年の頃に読んで涙したのを、今でも覚えとる。

もちろん、今もそういう本が読みたければ、学校の図書館や街の図書館に行けば、たいていの所にあるはずや。

ただ、今の子は、その同じ本を読んでも、感動というか共感することが少なくなっとるようや。

もっとも、それ以前に、そういう本すら手にすることが少ないというのを、ワシがよく行く図書館の関係者に聞いたことがある。

その当時、ワシらが子供の頃やった40年ほど前は、日本もまだ貧しい国やった。貧乏というのが、取り立てて珍しいことでもなかったからな。

車やテレビのない家庭は普通やし、1冊、30円の漫画週刊誌も買えん子供の方が圧倒的に多かった。

ワシらが、感動して同情した主人公たちは、いずれも、それよりもさらに貧しさの極致におるような人物ばかりや。よけいに、涙を誘うということになる。

それは、アメリカでも同じで、その「真っ赤なお鼻のルドルフ」の流行った1939年頃も、やはり多くの一般市民は貧しかったという。

せやから、この作者のロバートがおかれた状況というのは、極端ではなかったのやないかと思われる。

ただ、やはり、一般のそれよりも、少し過酷やったから、その話が爆発的にヒットしたのやと思う。

貧しさがあった故に、人々の心は却って思いやりに溢れていた。そんな古き良き時代やったわけや。

それが、今は失われつつある。

日本の社会から感動が減って、悲惨な凶悪事件やいじめ、自殺という問題ばかりがクローズアップしてきとるのと、世の中が便利になり裕福になったというのが、それと正比例しとるような気がしてならん。

どちらが、ええかことかは誰にも分かっとることやけど、人は一度、極上のステーキの味を知り、それがいつでも食べられる状況になると、安い肉で我慢しようとは思わんものや。

今の日本人に、車やテレビのない生活が考えられんのと同じ理屈やと思う。いくら、その頃が人情に溢れた素晴らしい時代やったと力説してもな。

我欲、物欲は、人の心の荒廃を招く。簡単な真理やが、それを元に戻すことは、おそらく今の日本では無理やろうと思う。

それでも、その荒廃の徴候として現れとる凶悪犯罪やいじめに対しては「真っ赤なお鼻のルドルフ」のような話を学校で、あるいは家庭ですることで減るはずやと信じとる。

まだ、コウ君のようにそれで感動する子は多いはずやから、今なら、それで救われる。そんな気がするんやけどな。


もうすぐ、クリスマスですね。

みなさんもサンタになったり、サンタを待ってるのでしょうね。
楽しいクリスマスをお過ごし下さい。

ちょっと早いですが・・・

「メリークリスマス!」

  
Posted by gurugurubautin1234 at 10:27Comments(6)TrackBack(0)

2006年07月28日

今日はちょっと休憩。

今日は、ちょっと休憩しましょう。
というのも、時事ネタで、気になるものを見つけてしまったからです。

韓国発祥カルト 摂理 教祖 性的暴行繰り返し、ICPOを通じ国際指名手配

というのも、俺は新聞屋。
新聞屋さんには、たくさんの新聞があります。
加えて、ライバル紙(他紙)との交換紙というもので、いろんな新聞が読めます。

四国新聞では、自民総裁選がTOP扱い。
毎日新聞では、ハンセン病の治療記録のことについてがTOP
読売新聞は、今日そういえば、みてないや。
日経新聞は、老人医療の記事がTOP

朝日新聞(大阪本社14版 ▲)1面トップがこれだったんですね。

各新聞、特徴はありますけど、エホ証をカルトだと思う俺には、見逃せない記事でした。
WEBの方は、現時点でアサヒ・コム以外では、注目記事になってないですね。

問題点は、エホ証とは大きく違いますし、現役の方には、偽りの宗教の証明となる事件でしょう。
しかし、ものみの塔農場にいる特権に預かる人物が起こした事件など、決してあってはならない事が、平然と起こる状況です。
エホ証個人の人間性などにケチはつけませんが、教義に異常に縛られた結果に起こる問題も多いってことを忘れちゃいけない。

エホ証が、この宗教ほど信者を縛りつけてるとは思いませんし、基本的に脱会もしやすい宗教だとおもいます。
カルト定義に括るのは、いき過ぎなのかもしれませんが、個人的感情を含め、俺にはカルトです。
このカルトについては、俺も詳しい定義つけも出来ませんし、論理立てて説明もできません。
ただ、自分の体験上であったり、大会に参加して、何も変わってない状態を含め、そう感じているわけです。

しかし、朝日は久しぶりにやってくれました。
この最近、捏造記事などのことで、少し嫌気がさしていたんですが、今月になって、朝日っぽい記事連発してくれます。
時事連載なども、非常におもしろい記事を書いてくれてます。やっぱな、こうでなくっちゃ、朝日らしくねぇ。

確かに左寄りと言われたら、そうかもしれないですね。
個人的には、毎日新聞が好きですし、産経新聞の書き方も面白い。
ただ、新聞屋の勝手ないい分ですが、まだまだ新聞は読まなきゃ。
決してネット情報や、TVだけで日常をわかるって時代じゃないですね。

ただし、新聞も疑って読むぐらいの注意深さは必要ですけど。
文字をどこでも読める、読むことで考えるって事をたくさんできるのが、新聞のよさですな。
ええ、俺は新聞社の廻しもんです。そりゃ、これでメシ食ってますから。

皆さんの好みはあるでしょうし、サービスなどの条件も選んだらいいって思いますが・・・

どこの新聞でもいいから、読んで欲しいな。
そして、ちょっとでも考える時間を作って欲しいなと・・・そう思います。
特に、ご自分でブログなどを書いている人には、新聞はおいしいネタがありますよ。

確かに、新鮮さに欠けるかもしれないし、かぶりネタになるかも知れないけど、自分の思いをぶつける材料にはなる。
そこから、話題が広がるかもしれない。ブログを書くことが楽しくなるかもしれない。
他人の批評を気にする前に、書き続けることが大事ですから。もちろん、毎日更新する必要はないですけど。

脱線してる場合じゃないですね。

明日は、続きに進まなきゃ。

  
Posted by gurugurubautin1234 at 10:32Comments(4)TrackBack(0)

2006年04月13日

少々早いですが、復活します。

えー、仕事が落ち着いたというか、環境変化に伴い、楽に動ける状況になりました。
喜ばしい勤務状況になりましたので、コメント付けを復活します。
ここんところ心苦しいなと思っておりましたが、これで完全復活です。

足の方は、MRIに乗って、最終判断をしますが、無理をしないようにしたいと。
とりあえず、手術は回避できる状況なので、無茶をせずに通院するしかないです。
ご心配かけたり、応援いただいたり、ほんと感謝です。

さて、昨日のブログ記事ですが、来訪者の多さから分かる通り、反響も多かったです。
携帯まで含めると、200人くらいのカウントでした。(携帯はカウント表示されない)
確かに、不適切な表現もありましたし、誤解の多い書き方でした。
ご気分を悪くされたのなら、失礼しました。

メールでもかなりのご指摘もいただきました。
正直、確心犯的に書いたんです。これはマズイと分かってて。
特に女性に対しては、腹が立つものもあったと思います。

いい訳かもしれませんが、別におしゃれぐらい何とも思いません。
どちらかと言えば、すればいいとの考えです。
しかし、エホ証の感覚ずれっていう部分がわからなかったんですね。

普段から、普通にこういうことがあれば何とも思わなかった。
しかし、記念式っていうイベント利用で、この世的な考えがもろに出てくるのはどうかなと。
子供から見ると不思議に思うんですよ。
いきなり今までの教えを覆した行動が見えるのが・・・。

当時の俺としては、非常に困惑したわけです。
昨日まで、やっちゃいけない行動だと言ってた人が、この日は変わる。
はぁ?なんですね。疑問を尋ねたらムチだから、聞くに聞けない。

だから、少し挑発的に書いてみたわけです。
本意は少し違うところにありますが、受け取り方はそれぞれです。
公開した手前、ここはどう思われるかもご自由ですので触れません。

俺は、みなさんが思われるより、かなり失礼な事を書く事もあるってことです。

 

さて、記念式の前に・・・王国会館周辺を営業でウロウロしてました。
といっても、かならずこの道を通る事情もあるんです。
こういう仕事です。エホ証以上に区域を掌握する仕事ですから。

初めて書きますが、俺とエホ証は意外にも接点があるんです。
正直、これを告白するのは結構な勇気がいりましたが。

職場上の立場もありますので、書けない事もたくさんありますが・・・
職場そばの会衆とは、非常に相性が悪いというか、目の敵にされることもあります。
ひと悶着もありましたし・・・。

決してこちらが手を出すような事はありませんが、正直、エホ証が神の組織だとは思えない。
罵声をかけられる事もありましたし、納得出来ない時は、王国会館に行ったこともあります。
もちろん、会社の立場として、長老と話したこともあります。
組織を離れて、冷静に物事をあの組織と交渉するのが、どれくらい難しいかわかります?

のらりくらりの返事が返るだけです。
それでも、仕事上の対面や近隣との付き合い、相手の事情を飲み込む必要があります。
あの組織は、俺達が迫害してるとしか感じないかもしれません。
しかし、グッとこらえる必要があります。

 一つは、俺が排斥者だということ。排斥者だということが分かれば、マトモな話も聞き入れない状態になるからです。JWを離れたからこそ、まともに冷静に、感情的にならず、会社に出来るだけ有益に事を運ばせる必要があります。ただ非難や罵倒をするのではなく、ごく一般的に話を出来る自分を作り上げなきゃならない。そこにはJWでいう霊の実的なモノが不可欠です。JWを離れてこのような事をいうのは皮肉かもしれませんが、これが現実です。悪いいい方ですが、霊の実というのは、JW組織に対して必要なこともあるんです。彼らはそれをお加護と言うかもしれませんが・・・。

 もう一つは、今の仕事で家族を守り切ろうとしているからです。揉める事は簡単ですが、過去のトラウマを自分が仕返しのようにぶつけるのは結局、家族にも迷惑をかけるからです。JW本体と差し違えが出来るなら、それもありかもと考えたりしますが、末端で活動する人だって、どこかで苦しんでるはずですから。内部から崩れて行けばいいと。家族一つ守るのは、結構大変ですからね。

ブログで辛辣な事も書きますが、これは俺のスタイルです。
曲げる気も無いですし、これからも続きます。
ただし、日常生活において、彼らに対しては常識人であり続けます。
でも、言わなきゃいけない事はちゃんと言いますよ。

  
Posted by gurugurubautin1234 at 11:31Comments(6)TrackBack(0)

2006年02月20日

退屈でもないが・・・(JW大会)

雨が降って、営業報告もさっぱりである。
少し暇な状況なので、HPの下書きも兼ねて体験記をUPすることにする。
携帯からのUPより、会社のPCからの書き込みは楽だねww

仕事サボってるわけだが、拘束時間はまだまだ続く。
ちょっと長い休憩と思って、笑って見てやってくれ。

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俺のJW在籍時、大会といえば大きなイベントであった。
現在のように、大会ホールなんてものはなく、公共施設だったなぁ。
国鉄(JR)に乗って、2時間の旅なんてのも、珍しくなかった。

実は、大会に出席するのは好きだった。
それは、集会と違って、自由な時間があって、旅行時間もあったから。
ついでに「自発奉仕」というボランティアも好きだった。

少しづつ書いていこうと思うのだが、ネタが多すぎる。
大会ネタで100回分はあるぞ!聞きたい?
昔の大会は、マジで面白かったと思う。

100回書けといわれれば書こう。
た・だ・し…、応援コメントたくさん下さい。
じゃないと、やる気も出ないってもんだ。(笑)
懐かしい気分で読んでもらえるとうれしいし、この日記の特徴だしね。

まず、会場に行くまでと、旅行記の雑記でも書こう。
まとまりがないけど、その辺は適当に脳内で処理してくださいな。

当時、俺の住んでた所から、巡回大会に行くには、JRで2時間はかかった。
地域大会もそんなもの。ほとんどが鈍行列車での参加だった。
車を持ってる人は、車で会場まで向かうのだが、高速道路も発達しておらず、
時間が4.5時間かかることもあり、JR利用が多かった気がする。

実は結構大都市に住んでいたので、そこで大会があると思われるかもしれない。
しかし、当時は何故か、田舎田舎で大会があったんですよ。
うれしかったけど。

電車に揺られて、のんびり旅。
親が大会の季節になると、時刻表を買ってくる。
時刻表はすごく楽しい読み物だ。
いろんな土地の列車の名前や、駅名をむさぼって読んだよ。

 どうやったら、大会のプログラムに間に合うか、チラシの裏に計画表を作ったもんだし。家からの時間と料金。学割の割引まで、鉄道オタクみたいに調べた。これを調べるのは、親からほめられる。大会を楽しみにしてるって言うことで、ものすごく褒められた。こっちにも都合がいい。本音は列車の旅が楽しみなだけなのさ。家族で旅行なんか行ったことなかったし、年3回の大会旅行は、俺にとって、最大の娯楽でもあったのだ。

 2度ほど、会衆の人に車で会場まで連れて行ってもらったことがある。苦痛でしかなかった。熱心な兄弟・姉妹の車なんかに乗せられちゃ、たまったもんじゃない。カーステから聞こえてくるのは、賛美歌のテープだったり、下手すりゃ、大会プログラムの録音テープが流れてくる。それを聞きながら、母は素晴らしいなどと言っておったが、子供にはただの苦痛でしかない。車で復習しながら、聖書を開く姿を想像するだけで、気分が悪くなる。実際、気分が悪いといって、寝たふりをしてたんだけど。(笑)だから、車で行くのは嫌だった。

 プログラムが終わって、夕焼けを歩く田舎道。巡回大会の最寄駅なんか、単線駅で、普段は300人ぐらいの利用客しかない駅だから、2000人近くが大移動すりゃ、目立つ集団でしかないけど、あぜ道歩いて、夕焼けをホームから見るのが大好きだった。海沿いの会場だったから、夕焼けは最高に美しい。

 電車に乗って、立って2時間ってこともあったけど、ぜんぜん平気だった。水筒のお茶と、大会の食事の残りをほおばりながら、駅を順番に数えて行ったり、腕時計の時間と、到着時間を時刻表で照らし合わせたり、楽しかったなぁ。

 電車を降りなければいけない時には、ちょっと悲しい。だって、家に帰れば…反対(迫害)する父と母のけんかを見ることになるから。っていっても、父はあきらめてから、家に帰ってくることが少なくなったんだけどね。

 地域大会の時は、泊まりになることも多かった。自発奉仕の時間や、疲れもたまるし、大会運営が格安旅館なんかを世話してくれたから、泊まってましたよ。そうですね、値段は1500円〜2000円ぐらいだったかな。汽車賃より安くつくこともありますね。ボロの旅館でしたよ。風呂トイレ共同だったし、クーラー効かないし、下手すりゃ、旅館の看板が壊れてて、場所探すのに苦労したり。ちょっと体験だったのは、結婚式場の大広間に泊まった時。雑魚寝ですよ。200人〜300人が雑魚寝。びっくりしましたけど、あの頃はそれでも楽しい思い出だった気がする。

 巡回大会で県外に行ったこともありますね。貸切バスで泊まり旅。道中は眠る人が多かったので、静かに3時間のバス旅。泊まりは場末の温泉旅館だったけど、元湯にタダで漬かれることもあって、会衆の大人は長風呂を楽しんでたなぁ。

 泊まりで嫌だったのは、部屋で行われる大会の復習。自発奉仕に忙しくなってからは参加免除だったけど、小学校の頃は、2時間ほどみんなで復習。熱心な家族と一緒になったら、ノートの隅から隅まで、びっしり復習。あれだけは嫌だった。

懐かしい?えっ?そんな事あったの?って、思う人いるかな?
2.30年前はこんな感じだったんですよ。

 地域大会の時はたくさんの荷物になるから、大きなリュック背負って、ボストンバッグ持って、集会カバンもって、親に無理やりにつけられた「大会バッジ」つけて、鈍行列車。新幹線っていう乗り物もあったけど、うちは貧乏だったから、鈍行列車。それでも全然平気。「バッジ」は外して電車に乗ったし、電車は楽しかった。荷物は重いけど、旅行だと思えば、我慢できた。

JW時代のいい思い出といえば、「大会の旅行中」だけかも知れない。

そろそろ仕事しようっと。
大会話は、山ほどあるよ!応援コメントよろしく!
忙しい時は書かないけど、こんな時に書いちゃおう!(笑)

みなさんの思い出話も聞かせて下さいね。
  
Posted by gurugurubautin1234 at 15:57Comments(11)TrackBack(0)