初めまして。水谷江里と申します。
ポーランドで映画製作をしております。
日本で美術全般を学んだあと、ポーランドで映画製作を学びました。
現在はポーランド、日本を行ったり来たりしながら映画監督をしております。
初めての映画を作ってから14年が経ちました。
最近ではワルシャワにあるポーランド日本情報工科大学、
ニューメディア・アート学部にて講師として生徒を教えております。
なぜ私が海外の映画大学に行こうと思ったのか?
日本で学んだ映画製作はほぼ独学。
何でも出来る代わりに、何にも出来ない…
一言でいえば、それが日本の映画教育の感想。
当時、日本では漸く東京芸術大学に映画先攻が出来、とある美大にも”映像”を専攻出来る学部がありました。
私も、そんな美術大学の映像先攻で映画を学びましたが…正確にいうと、試行錯誤で自力で身に付けた…と言う感じでしょうか…
海外では映画が教育として完全に確立されています。
そもそも、映画製作は色んなプロフェッショナルが一緒になって作り上げて行くもの。
監督はもとより、カメラマン、照明、編集、衣装、美術…
それぞれが、それぞれに高い技術を要求される大変高度な仕事なのです。
なので、それぞれの役職が学部、学科として別々に確立されているのが当然の事なのですが、日本できちんと別れた学部のある大学は殆ど無いです。
それでも、近年はかなり力をいれて映画教育をしている学校もあるようでかなり改善されているようです。
今思えば、大変貴重で良い経験なのですが、ふと“もっと効率的に映画を学べたのではないか?”との思いにかられ、思い切って海外の映画大学に通う事を決意。
ウッチ映画大学を選んだ理由は、
①ヨーロッパで映画を学んでみたかった
②学費、生活費が比較的安い
③世界でも有数のカメラマン輩出校
他にも色んな理由はありましたが
“とにかく映画が学びたい!”これが一番の理由です。
日本で昔の私の様に試行錯誤をしている学生さんの役に少しでも役立てられるように、
また自分の学びの成果としてこのブログに色々書いていきたいと思います。
ポーランドで映画製作をしております。
日本で美術全般を学んだあと、ポーランドで映画製作を学びました。
現在はポーランド、日本を行ったり来たりしながら映画監督をしております。
初めての映画を作ってから14年が経ちました。
最近ではワルシャワにあるポーランド日本情報工科大学、
ニューメディア・アート学部にて講師として生徒を教えております。
なぜ私が海外の映画大学に行こうと思ったのか?
日本で学んだ映画製作はほぼ独学。
何でも出来る代わりに、何にも出来ない…
一言でいえば、それが日本の映画教育の感想。
当時、日本では漸く東京芸術大学に映画先攻が出来、とある美大にも”映像”を専攻出来る学部がありました。
私も、そんな美術大学の映像先攻で映画を学びましたが…正確にいうと、試行錯誤で自力で身に付けた…と言う感じでしょうか…
海外では映画が教育として完全に確立されています。
そもそも、映画製作は色んなプロフェッショナルが一緒になって作り上げて行くもの。
監督はもとより、カメラマン、照明、編集、衣装、美術…
それぞれが、それぞれに高い技術を要求される大変高度な仕事なのです。
なので、それぞれの役職が学部、学科として別々に確立されているのが当然の事なのですが、日本できちんと別れた学部のある大学は殆ど無いです。
それでも、近年はかなり力をいれて映画教育をしている学校もあるようでかなり改善されているようです。
今思えば、大変貴重で良い経験なのですが、ふと“もっと効率的に映画を学べたのではないか?”との思いにかられ、思い切って海外の映画大学に通う事を決意。
ウッチ映画大学を選んだ理由は、
①ヨーロッパで映画を学んでみたかった
②学費、生活費が比較的安い
③世界でも有数のカメラマン輩出校
他にも色んな理由はありましたが
“とにかく映画が学びたい!”これが一番の理由です。
日本で昔の私の様に試行錯誤をしている学生さんの役に少しでも役立てられるように、
また自分の学びの成果としてこのブログに色々書いていきたいと思います。