長岡鉄男氏の「外盤A級セレクション」
まだ音楽・オーディオ雑誌を熱心に読んでいた頃、長岡鉄男氏という方は、まさにカリスマ的存在でありました。
お小遣いの中から、少しでもいい音で音楽を聞きたい高校生は、氏の紹介された「平面バッフル」に目を奪われました。
要するに1枚の板に穴を開けて、そこにスピーカーを取り付けるだけのものです。
これで高級オーディオと同等とは言わないまでも、かなり近いものを聞くことができると思い込んだ私は、まず板を探しに行きました。
東急ハンズなんて便利な店がある時代ではありませんでしたから、近所の材木屋さんに尋ねたところ、柱材はあっても板はありません。
1枚板はありましたけれども、とても高校生が手を出せるお値段ではありません。
教えられたお店にベニヤ板を買いに行きましたら、ペラペラの建築用ベニヤ板しかありません。
結局、大阪・日本橋の電気街で求めたダイヤトーンのP-610は、箱に仕舞われたままになってしまったという苦い思い出です。
(結局、このP-610は、のちに学生下宿でみかん箱を補強した箱に収容されてしっかり使用されました。)
という思い出の長岡鉄男氏のレコードの関する著書はいままで読んだことがありませんでした。
過去の著書を再構成し、紹介された音源のサンプラーまで付属している新刊書「外盤A級セレクション」は、しかしながら3,990円と、冗談半分に買うにはなかなかのお値段です。
そこで思いついたのが、いつも便利に使わせていただいている地域図書館です。
早速ネットで検索したら、新刊書紹介では高価取引されているというオリジナルの3巻本が所蔵されていました。
早速借り出してななめ読みしておりますと、懐かしさと新しい発見に溢れる内容でありました。
奥付を見ますと、第1巻が1984年、第2巻は1985年、第3巻は1989年発行となっていて、発行者は共同通信社、FM選書というシリーズですから、昔発行されていたFM情報誌の別冊という扱いであったのでしょう。
エヴェレスト、ノンサッチといった懐かしいレーベルもあれば、今や中堅レーベルとなったBISがマイナーとして紹介されているのも面白いところです。
見開き2ページで1巻につき100LPを紹介しているのですが、有名曲・メジャー・レーベルものものは少なくて、私の苦手な古楽が多数含まれている他、珍しい現代曲、民族音楽、それに少数のジャズ・ロックが入っています。
面白いのは右側ページの見出しでして、これは長岡鉄男氏が付けたのか、編集者が付けたのかは定かではないものの、なかなかにわかりやすくて秀逸です。
いくつかご紹介すると、次のような調子です。
「家鳴振動、ボリュームを上げるとスピーカーか部屋かどっちか壊れる」
→The Power and the Glory ロイド・ホルツグラフ(org)
「全体にアブラぎって濃厚、太地喜和子のテンプラうどんの味」
→ベートーヴェン、ピアノソナタ31番、32番 パドゥラ=スコダ(p)
「バスドラムの押し出しは千代の富士ではなく朝潮の感じだ」
→打楽器の音楽 ニュージャージー打楽器アンサンブル
「盤面を見ただけでぞっとする。波形が目に見えるのである。」
→シュトックハウゼン:シリウス
「このぞっとするほどの生々しさ、鬼気迫る不気味さに耐えられるか」
→ブルンジの伝統的音楽
いかにも、思わず買いたくなるような惹句の連続です(笑)
巻末には用語の説明も付いているほか、取扱いレコード店も書かれています。
掲げられていたのは「石丸電気本店レコードセンター」であり、「WAVEディスクポート西武」という名前で、いまはいずれもなくなってしまったお店です。
秋葉原の石丸電気は仕事の行き帰りによく寄っていましたし、ディスクポートはセゾン文化華やかなりし頃に六本木、池袋に通った覚えがあります。
長岡鉄男氏も亡くなられ、お店もなくなったことから、読後感はやや複雑なものがあります。