2006年02月22日

★野心家に捧ぐ ステレオタイプ、ジュリアナ、そしてエーちゃん

 アメリカのジャーナリスト、W・リップマン(1889〜1974)の「世論」という名著があります。
 岩波文庫で上・下巻に分かれています。
 果芯となる部分は、『ステレオタイプ』の話です。

 人間は、複雑な現実を現実環境として把握せず、頭の中に分かりやすいイメージである擬似環境を作り出す。その擬似環境を優先して、真が抜けた形で出来事を解釈することをステレオタイプと呼ぶ。

 1922年に書かれた内容ですが、現代でもあらゆる報道の骨格を成しています。


 たとえば、テレビでバブル経済期の日本という資料的映像が流れる場合です。
 八割方、「ジュリアナトオキィヨォ〜」というDJの声と、ジュリアナ東京で扇子をもって踊り狂う女性たちの映像が差し込まれます。
 テレビ局では、バブル経済とジュリアナ東京のそれぞれの映像資料を同じダンボール箱に保管しているのでしょう。

 天下の悪策、不動産融資総量規制(段階的にはでなく、ある日、突然に規制)は、1990年の1月1日です。バブル崩壊は、この後です。
 地価下落は1991年からスタートしました。
 ところが、ジュリアナ東京は、オープンしたのが1991年の5月15日です。
 ジュリアナ現象は、完全にバブル崩壊後の事例です。
 割り引いても、バブルのピーク時ではありません。
 というか、ほとんど関係ありません。
 確かに、バブル経済期にディスコで踊る人たちは多くいたのでしょう。しかし、その場所は、ジュリアナのお立ち台ではありません。

 「バブル経済の話は複雑だな〜。よし! 話を分かりやすくする為に、ジュリアナ現象もバブルの話に詰めちゃえ!」
 と考えた人間がマスコミにいて、報道の受け手(視聴者など)もそれを望んでいるわけです。
 今後も、バブルの頃の日本という映像が流れたら、セットでジュリアナの映像も流れ続けることでしょう。
 ひとまず、当記事を読まれたあなたは、ひとつのステレオタイプから解き放たれましたね。


 こんな話は、巷に多くあります。
 つくづく思うのは、社会の形成というのは、良くも悪くもステレオタイプ8割です。

 裁判官=あらゆる事例に精通している。
 パイロット=大空を自由に飛び回る。
 矢沢永吉=厳粛な葬儀の席でさえ、素肌の上に喪服を着て参列する。

 裁判官は、縛りだらけで世間知から遠く離れた生活です。
 時として、明治時代に作ったルールで考えます。
 パイロットの離陸時間もコースも目的地も航空会社が決定しています。生の燃焼は別にあります。

 この中で、確固たる事実は、エーちゃんの話だけですね。
 えっ! 違うのですか?
 素肌の上に喪服は着ない?
 普通にワイシャツを着て、ネクタイを締め、喪服を着る・・・のですか?
 だって、エーちゃんですよ!?
 E・YAZAWAの文字が入ったタオルを死者の顔に乗せるでしょう!?  一回、空中に放り投げて落とす形で。

 そ、そうですか・・・。私のエーちゃんのイメージもステレオタイプになっていましたか。

 どうやら感情が入ると、知らぬ間にステレオタイプに向かうようですね。

 バブル経済とジュリアナ東京の関係については、以下のページでも確認できますよってに。

 →ウィキペディア 「ジュリアナ東京」


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