2006年01月26日
gyuのバルセロナ便り 引越しのお知らせ
Livedoorのブログの編集の仕方が変わり、とても使いにくくなってしまいました。それで、Exciteブログのほうに続きを書き込んで行きたいと思いますので、今までどおりよろしくお願いいたします。
gyu
gyuのバルセロナ便りexcite版
2006年01月24日
音楽家のデザート
日曜日、久々に家にいた夫とボルン地区を散歩しました。お互い最近血圧が気になるので、なるべく歩くようにしているのですが、いつも近所だけではつまらないから、今日はゴシック地区やその付近を歩こうと連れ出したのです。
私が歩くところはあまり観光客の知らないようなところばかりですから、いつもむっすりな夫も、ちょっと「へぇ」というような顔をしました。
日曜日でもゴシックやボルン地区はかなりの人出です。そしてお店も開いているところが多いこと。アラブ人や中国人経営のお店などは、日曜日に休まなくても良いわけなのでしょう。
普段扉が閉ざされている礼拝堂なども、日曜日にはあけるところもあって、なかなか興味深く、何度も歩いて通っているのに、それでもまた発見があったりします。このあたり、本当にたくさんの古い建物や教会があって、実際見れるのは半分もないのではないでしょうか。今回初めて見ることが出来た礼拝堂もありました。普段開放すると、保存の面で無理があるのかもしれません。
あちらこちらを見て歩いたらそろそろお昼の時間となりました。ボルンにはたくさんレストランがあって迷ってしまいますが、たまたま以前は行ったことのある、お店兼レストランのOrigen 99.9%に入りました。

ここはちょっと創作料理みたいなレストランで、ウルコさんのHPにも詳しく紹介されていますが、入り口がお店で奥がレストラン。

実際、特に美味しい!!って言うわけでもないんです。でもなんとなくまた入りたくなるのは、お財布に合わせて注文できること(つまり一品の値段が安い)、実にいろんな種類のものがあって、今度はこっちを試してみようかな、と思わせてしまうこと。
今回オーダーしたのは、ナッツ入りサラダ、ほうれん草のトルティージャ、スタッフド茄子、スペアリブの煮込み、ソラマメの煮込み、タコとレンズマメの煮込み。この中でまぁまぁOKだったのはサラダと茄子。後はう〜ん、味付けがあまり好みでない。
デザートには写真が素敵だったので、「音楽家のデザート」というのを頼みました。

お皿の真ん中に、甘いワインのMOSCATELが入ったグラスがおいてあり、周りをぐるっといろいろなナッツ類や干しアンズ、干しイチジク、干しブドウで囲んであります。夫はデザートを頼みませんでしたので、お店の人が気をきかせてワインを2つのグラスに入れて来てくれました。 ワインは甘く、とても美味しくて、夫の分までいただいてしまいました。さすがにナッツはあまりたくさんあったので、紙に包んでもらって帰りました。
どうして音楽家のデザートって言うんでしょう? テーブルに敷いてある写真入の紙に説明が書いてありました。
「昔、音楽家たちは貴族の館で、貴族たちが食事をしている間バックグラウンド音楽として演奏していました。彼らはその食事を食べられるわけではありませんでしたから、ポケットにナッツ類を入れておいて、おなかがすかないようにそれを食べては演奏していました。」
なーるほど。昔は音楽家たちは地位が低かったのですね。

お店のメニューはカタログになっていて、商品として買うことができるので、カタログはお持ち帰り自由です。ご興味のある方はHPを覗いてみてください。
ORIGEN 99.9%
Vidrieria 6-8 (Al lado del Paseo del Borne)
08003 - BARCELONA (Barcelona)
|
Teléfono: 933 107 531 |
http://www.origen99.com/web/es/index.php
2006年01月23日
クラッシックカーとCasa Ponsich
うす曇の日曜日。朝の散歩に出ました。公園の近くで信号を待っていたら、通りかかったのは

おお〜クラッシックカー。



颯爽と行ってしまいました。エンジンの調子もよさそう。きっとこの紳士のお父さんかおじいさんが買って大切に手入れしてきたんでしょうね。
我が家からちょっと北のところに、こんな立派な建物があります。1849年に建てられたCasa Ponsich.

これ、実は警察署。そして面白いことに、建物の全面だけがそうで、グルッと裏に回ると

礼拝堂の付いた建物。ここは音楽学校なのです。一つの建物を警察と学校が共用しているわけです。

中央玄関もなかなか立派。入ったところがホールになっていて、音楽会などをやります。

壁にはちゃんとガルゴラ付き。

こちらのガルゴラは豊かな胸付き。

礼拝堂の後ろにもきれいな塔があります。

ちょっと珍しい十字架です。

礼拝堂の入り口の天使はとても美しい顔立ち。

この建物、別の角度から見るとこんな風になっています。この更に右手に、円筒形の高い塔がありますが、これはさらに古いもののようです。ただいま修復工事中。

散歩を終えて家のほうに帰ってくると、カフェの前に、さっきのクラッシックカーが。運転していた紳士は外のテーブルで日を浴びてくつろいでいました。

私もこんな車で散歩したいな〜。
Francisco Vinyas国際歌唱コンクール受賞コンサート
第43回フランシスコ・ヴィーニャス国際歌唱コンクール最終日、今日は受賞者の発表と受賞、そして受賞者のコンサートでした。
このコンテストは世界50カ国から420人の参加者があり、最終選考に残った人たちは17人で、そのコンサートは20日に行われましたが、その中から選ばれた受賞者は6人。今日はリセウ劇場のオーケストラが入っています。
受賞者の名前はすでにプログラムに書かれていました。
受賞者はほぼ思っていた通り。
まず特別賞受賞者はスペインのソプラノと、リートを歌ったドイツのバリトン。
第三位としてロシアのソプラノ。今日はオペラ「オネーギン」のタチャーナのアリアを歌いました。
第二位男性はイタリアのブッフォバス、今日もとても上手かった!
第二位女性は、「ラインの黄金」のエルダーを歌ったドイツのメゾソプラノ。今日は一層さえていて、涙が出るほどでした。2曲目はがらっと変わって、 "As I was saying"という、Stravinskyの楽しい歌を聞かせてくれました。最終コンテストのとき、たいそう素晴らしいと思ったので、彼女が受賞できてとてもうれしかったです。
第一位を獲得したのは、まず男性があのカナダのカウンターテナーでした。実際彼の裏声は、今まで聞いたどのカウンターテナーよりもきれいでしたし、ピアニシモの美しさがたとえようもありませんでした。
第一位の女性はアメリカのソプラノ。確かに高音もすごい迫力ですし、テクニックも十分だけれど、私はリリックなソプラノが好きなので、こういうのはちょっと苦手。ヴェルディオペラにはこういうソプラノはつき物ですが、私自身ヴェルディはそんなに好きじゃない。でも殿方は、高音でボリュームたっぷりに歌うソプラノが好きなようです。
ずらりと並んでいるのは審査員たち。赤い服を来ているのがMontseraat Caballeです。
第一位受賞者二人は賞金12000ユーロのほかに、バルセロナ・リセウ劇場およびマドリッド・テアトロ・レアルからの契約のオファーも受けられるのです。このコンテストで受賞すれば、即オペラ歌手として将来が開けるのですから大変なものです。若い人たちがこれだけのレベルなのですから、オペラも過去の遺産ではなく、まだまだ将来性もあるのだとうれしくなります。
2006年01月22日
洞窟レストラン
老人ホームにいるドイツ人の友人は、ホームの食事がどうも口に合わないといって、いつもあまり食欲がありません。それで、毎週水曜日にマッサージに行っているついでに、時々お昼を一緒にしています。
先週行ったのは、ホームからも程近いCuovas de Sabela。彼女はタバコを吸うので、禁煙OKのレストランでないとだめ。
ここは外から見ると普通のマンションの1階で,奥に細長いレストラン。中がちょいと変わっている。

天井がこんな具合。


Cuova,つまり、洞窟のイメージ。

だけどなんとなく、あまり気持ち良いものではありません。なんか落ちてきそうで。

壁はこんな風で、まるでピーナッツ・バターみたいです。

お昼のランチメニューは、初めの料理とメーン、デザートに飲み物、コーヒー付きで9ユーロ。 このお値段ですから、1時半くらいからとても混んでいます。
味のほうも、特に凝っているわけではないけれど、シンプルで悪くありませんでした。毎日来たら飽きるでしょうけれど、たまには良いですね。
天井の写真ばかり撮って、お料理の写真はすっかり忘れてしまいました。友人はパイナップルのカルパッチョ、私はサラダ。次に友人がハンバーグ、私が野菜とお肉の串焼き。いずれもトマトとジャガイモの網焼きが付いていました。串焼きも網で焼いたもので、シンプルで美味しかったです。まぁこんなのは家でも出来るけれど...
2006年01月21日
ゴシック街の散策
いつ歩いても楽しいゴシック街、今日もまた、一緒に散歩しているつもりになってください。

この通りにあるろうそく屋さん、創業が1761年。バルセロナでも最も古いお店の一つです。ろうそくだけでも商売になるのかな?

このあたりはカテドラルの裏になります。こういう雰囲気が大好き。

立派な扉ですね。紋章付き。

カテドラルの横の通りからちょっと小道に入ると、いつもはぴったり閉まっている扉が今日は開いていて、こんな素晴らしい礼拝堂がガラスの向こうにあったのです。

この辺はアンティックのお店が多い。

ここは機械物を集めたアンティック店。

ピカソ美術館のある通りはとってもおしゃれになりました。ここは、ゴシックのバールだそうです。入ってみたいな〜。誰か、ご一緒しません?

ちょっと楽しい展示物があるギャラリー。

サンタ・マリア・デル・マール教会。

お茶屋さん。こんなお店を見ると、買わなくても入りたくなる。

ガラスのポットって素敵ね。

小さな棚にいろんなティーポットを並べて。ぶら下がっているものも楽しい。

この乾物屋さん、なんと1851年創業です。ここでは昔ながらの天火を使って、手で炒ったナッツ類が有名だそうですが、オリーブ油も実にいろいろ取り揃えてあって、産地や品種などを丁寧に説明してくれます。ほかに乾燥トマトやたくさんの香料も売っています。

乾物屋さんのすぐ横に、素敵なレストランを発見!

ガラス越しに覗くと、中も100年前のままのような室内です。
今度是非入ってみよう。
お暇な方、付き合ってください。
ピノ広場にある刃物屋さん。

これもピノ広場にあるバール。お昼前は閉まっています。シャッターに描かれた絵を見てびっくり。これは、今売れっ子の画家、モスカルドンの絵です!

ピノ広場では、手づくり食品の市が出ていました。ここでヨーグルトとチーズを買いました。おばさん、はかりが動かない!と困っています。よく見たら、コンセントが外れていたのでした。

ここは昔ながらのお菓子屋さん。入ろうとしているセニョーラは、きっとお得意さんなのかもしれませんね。

この建物、目立ちます。

これは1896年に建てられたCasa Bruno Quadro。別名傘の家。壁に一杯傘が付いていて、ドラゴンの飾りがユニーク。

楽しんでいただけました?
フランシスコ・ビーニャス歌唱コンクール1
アメリカの友人からメールが入り、彼女がスポンサーになっているテノールが、バルセロナで開催されているFrancisco Vinyas歌唱コンクールに出るので、見てくれないか、と言ってきました。
このコンクールは世界的にかなり有名なもので、50カ国以上の国からの参加者があります。最終コンテストの切符はすでに買ってあったのですが、彼からの連絡が入らなかったので、滞在ホテルに電話すると、もういない、ということでした。
今日は午後3時からリセウ劇場で最終コンテスト。
ステージはこんな風になっていました。プログラムを見ると、最終コンテストに残った人は17人。 残念ながら友人がスポンサーになっているテノールはいませんでした。第一審査で落ちたので帰ってしまったのかもしれません。
内訳は、韓国人4人(!)、イタリア人3人、ドイツ人2人、アメリカ人2人、そのほかロシア、カナダ、ルーマニア、グルジア、スペイン、イギリスから一人ずつ。残念ながら日本人はいませんでした。
韓国人の進出はどのコンテストでも目覚しく、友人のオペラ歌手、アライサが、よくコンテストの審査員になるのですが、彼も、韓国人が多いことを言及していました。
途中2回休憩を入れて、各歌手が2〜3曲ずつ歌うのですが、びっくりしました。とにかく、レベルが高い!! どの歌手も、すぐオペラハウスと契約してもおかしくないくらいなのです。
自分でもこんなに楽しめるとは思っても見ませんでした。特にソプラノなんか甲乙付けがたい。それに、ドラマティックな声とレッジェロの声と一緒にするのは無理。私がすごく気に入ったのは、エルダの歌を歌ったドイツ人のソプラノ。素晴らしかった。=3 ←ため息
一人カナダのカウンターテナーがいて、その声は私が今まで聞いたどのカウンターテナーの声よりも美しかったのです。すごい〜。
テノールは、やっぱり難しいのでしょうね、どれもあまり好きではありませんでした。バリトンはブッフォのイタリア人が最高! ロッシーニの早口言葉みたいなアリアを、おどけたしぐさも入れて歌って大うけ。
終わったあと、自分が気に入った歌手の番号を投票するようになっていました。ただしこれは審査には考慮されません。自分も審査に加わっているようでとっても楽しい。休憩時間に、22日の最終入賞者のコンサートの切符も買ってきてしまいました。
さあ、誰が優勝になるでしょう!?
2006年01月20日
コーマス画廊
Galeria Comas、コーマス画廊は、Diagonal大通りと グラシア大通りの交わった北東の角あたりにある画廊です。 建物の二階にあるのですが、全面の大きな窓が、交差点からもよく見えます。
ここに入るには、このアイアンの扉を開けて入ります。鍵はかかっていません

入ると、奥に管理人さんの部屋があっていつも座っていますが、気にしなくてOK.
左手の石の階段を上に上がってゆきます。
画廊のエントランスはこんな感じ。人の家にはいって行くみたいで初めてのときはどきどき。

ガラス戸を押してはいると、その天井に目を奪われます。

明り取りの窓とステンドグラスのあるところが吹き抜けになっています。

横が一面ガラス窓になっていて外を見わたせるギャラリーは、まずその天井画の美しさに目を見張ります。

もう展示してある絵なんてそっちのけ。

大体ここに展示してある絵はあまり趣味がよくないんですが、私はこの室内を見に来るんです。

奥の部屋までどんどん入ることが出来ます。

小さい部屋の天井もきれい。


願わくば、もうちょっと良い絵があると良いんですが。
2006年01月19日
ロベルト宮でのコンサート
Palau Robert (ロベルト宮)は、1898年に建てられた美しい建物ですが、当初は個人の持ち物だったものが、今は州政府の所属になり、旅行インフォメーションやさまざまな展示会会場になっています。
木の生い茂ったその庭は近年庶民に解放されていますが、庭の奥にある、昔の車庫(馬車入れ)が改装され、小さなコンサートホールになっていて、かなり有名な人が出演するコンサートが催されます。
昨夜はフルーティストのClaudio Arimanyでしたから、これは行きたいと思ったのですが、夜九時まで患者の予約が入っていて、あきらめていました。幸い2人キャンセルがあり、行くことが出来ました。

ここは庭に通じる門。

ここのコンサートは、まず当日5時からチケットが発売され、7時15分からコンサートの曲目やそれに付随する説明があり、8時から演奏が始まるのです。 昔の車庫ですから、120人くらいしか入らないので、切符はすぐ売り切れ。とにかく、3ユーロという安さ、その上世界的な演奏者なのですから、それも当然。
5時に切符を買ったら、2時間以上も時間が余ってしまいます。それで付近を散歩したり、最後はカフェに入りました。

冬でも外に一杯椅子が並べてあります。
さてやっと時間になったのでコンサート会場へ。
説明は当然ながら全部カタラン語。でもこの程度なら何とか理解できます。
アリマニーはもともとの丸顔が一層丸顔に。他の3人はイタリア人で、まだ20代の若さ。チェロが特に良かった。 モーツァルト、Ch.バッハ、ヴィオッティの曲を4曲。私も演奏してみたいな、というのはありませんでした。つまり、とても無理(笑)。

相変わらず、アリマニーの音色、テクニック、共にさえています。

コンサートのあと挨拶に行くと、まだ左の小指の調子がよくないとか。気になります。彼はお肉が好きだから、心臓の径に影響していると思うのだけれど...
というわけで、良いコンサートが聴けて幸せでした。時々生のいい音楽を聴いて興奮するのは私にとっては絶対必要なことのようです。
2006年01月18日
晴れた日の王宮庭園
ずっとぐずついたお天気だったのが、今日はまぶしいばかりの青空。早速散歩に出かけ、帰りに王宮に寄りました。

日の光できらきらまぶしいばかり。

今日はここの噴水止めてあります。

昨日は怖いような木の影も、今日はなんだか楽しい雰囲気。

ガーデナーたちがお掃除をしていました。

この道、気に入っているのです。ベンチにすわって小鳥の声を聞いたり、本を読んだり...車の騒音も遠くなります。


いろんな鳥がたくさんいます。

ガウディの噴水。


竹やぶがあります。葉がきらきら輝いています。

天使のレリーフの植木鉢もありました。

昨日の悲しい顔の女性。

昼間見てもやっぱり悲しそう...

本当に快晴です。バルセロナの冬はやっぱりこうでなくちゃ!

雨の日の王宮庭園
我が家から歩いてほんの5,6分のところに、王宮があります。王宮といっても、以前は個人のお宅でしたから、マドリッドの王宮に比べたらとてもささやかです。でも庭が楽しいし、家から近いので、よく散歩します。
何度かここの写真はアップしましたが、昨日は雨が降っていて、夕方の5時頃行ったので、すでに暗くなっていました。

いつも午前中の明るいときばかり来ていたので、もう夜になりかけていて、また違った雰囲気でした。


噴水に電気がついているのは初めてみました。
なんだか暗くて、おどろおどろしい木の陰。

大体雨の日に来る人なんか誰もいません。散歩は晴れたときにするもの。

宮殿は2階全部が陶器博物館と、装飾美術館になっています。

月曜日は休館のはずだけれど、電気がついていました。

手前にある池の噴水にも電気がついていました。

だあれもいません。

こちらの噴水はもう真っ暗でした。この真ん中のところに、ガウディのデザインした泉水があります。


この植木鉢のレリーフの女性はとても暗い顔をしています。周りが暗いと一層悲しそうに見えます。
どの植木鉢も、みんな違うレリーフが付いています。

明日天気になったら、また来て見ましょう。今日は王宮庭園を独り占めでした。贅沢〜。
2006年01月16日
日曜日はミニ機関車に乗ろう!
バルセロナの西北部にあるオレネタ城址公園は、広大な然公園に加え、ミニ機関車が走っていることでも有名です。
現在はレールの長さが400メートルですが、近い将来、1330メートルに延長され、駅が現在は1つのところさらに2つ増やされる予定で、そうすると、ミニ機関車のレールとしてはヨーロッパで一番長いことになるそうです。
自然公園の木々の中を走るので、とても気持ちがよさそうす。現在もトンネルも鉄橋、踏み切りもあって、なかなか楽しい。

トンネルから出てきました。ちゃんと2車線です。


このおじさんいつも一両で一人で乗ってるんです。

蒸気機関車ももちろんあります。白い煙を一杯吐いて。

立派な車庫もあります。

今走っているのが4台。車庫にまだ3台も待機しています。

私も乗ってみたかったですよ。
Parque del Castell de l'Oreneta calle Montevideo, 45
日曜日と祭日のみ運行。11時〜14時
料金 1.2ユーロ
インフォメーション・予約 629642348
散歩
朝は晴れていたので、山のほうに散歩に行きました。

いつもなるべく違う道を通るのが好きなのです。途中にたくさん素敵なお家があるので、それを眺めながら。

この家はパラドールかと見まがう大きさ。
この家、前に棒みたいにきれいに選定された木が並んでいて楽しい。

山に行くと、もう一杯お花が咲いています。
これは私の大好きなボリジ。青がとても素敵。



繊細なマンテマ。これも大好き!

ジネスタと呼ばれるエニシダの一種。カタルニァの花です。

こんな黄色の花が一杯。


こんな山の上を犬を散歩させている素敵なセニョーラがいました。

山を下っていくと、こんな水のみが。

だんだん下りてくると、環状線にぶつかります。遠くにテレビ塔が見えますが、私のいつもリハーサルに行くVallvidreraはこの下にあります。右の小さな突起がTibidabo。

目を下に向けると、大きな学校が見えます。

さあ、帰りましょう。今日はたくさんお花を採りました。

こんな風にもさもさと投げ入れてしまいました。

ヘルシーレストラン Frescor
昨日目医者のあと、近くに住む友人Didiのお宅によりました。彼女のアパートは50年くらい経っているのですが、全面改装してとても心地よい空間になっています。私が特に好きなのは書斎。壁一面の棚にはいろいろ面白いものが並んでいて、みていて飽きません。

この書斎はリビングのとなりにあって、ソファベッドを置いて人が泊まれるようになっています。ドアを取り払ってあるので、開放感があります。

写真の右手の窓際には一杯に大きな作り付けの机があって、パソコンの横に、これまた楽しいものがたくさん並んでいます。ここに来るたび、楽しく見せてもらっています。

さて、一緒にお昼を食べに行こうということになりました。彼女は今ダイエット中。細かいダイエットのリストを持って出かけました。食べられるものと食べられないものがあって、それが3ページにもわたって書いてあるので、覚えきれずいつも持って歩くのだとか。
行ったのはDiagonalにあるFrescorという、サラダ主体のバイキングのお店。一体何種類あるのか、さまざまな野菜や豆、パスタのサラダに暖かい料理、今日はきのことナスの料理がありました。そのほか、スープとスパゲッティも。

ついついこんなに取ってしまいました。これで9.8ユーロ。
今日のスープはマリスコ、海産物のスープ。イカのリングとお米が入っていました。普通マリスコのスープはとても重く濃いのですが、これはさらっとして飲みやすかったです。
窓からDiagonal大通りがよく見えます。

そこをでたのは4時過ぎていましたが、後からあとから人が入ってきていました。手ごろなお値段とヘルシーさが受けているようです。今後はこういった傾向のレストランが増えるでしょう。とにかくダイエットしている人が多いのですから。
Didiと別れて歩いて帰りました。途中のDiagonal通り、週末で人が少ないので、ウィンドーを楽しみました。
これはウェディングドレスのお店。きれいでした。




Fransec Macia広場のバール、Sandor.
冬でも外の席でくつろいでいます。
どこにもRebajas (バーゲン)のサインが出ています。

ちょっと春の服みたいね。

Hospital de Barcelona、この病院は、初めホテルの予定で建築されたのですが、許可が下りなくて、病院になりました。ですから病室はホテルの部屋と同じで、広々としてとてもきれい。前庭に、ナツメヤシがたくさん植えられています。
もう日がかげっています。冬の日は短くあっという間に暗くなってしまいます。雨の予報でしたがお天気だけは最高の日でした。
2006年01月15日
素敵な眼科病院
コンサートが終わって一晩寝たあとも、白目の日の丸みたいな赤は取れませんでした。腫れているようでもあったので、一応病院に行って見ました。
いつも行く眼科は土日はお休み。近くに別の眼科の救急病院もあったので、探して行って見ました。 その病院は小さいながらも、100年以上前の堂々とした立派な建物です。

いつも外から見て、中はどんなかしら、と思っていましたが今日は中に入れるのです。こんなアイアンの門から入ります。

古風なドアを開けて入ったところは

落ち着いて良い雰囲気です。とても病院なんて思えません。

木をふんだんに使ってあっていいですね。

ステンドグラスの窓なんかもあって。


古風な小ホテルみたいです。病院に来たことを忘れてしまいそう。
きょろきょろしてしまいましたが、気を取り直して、緊急患者の受付に行きました。そっちのほうはまったく普通の建物でしたので、奥に増築したのでしょう。
思ったより早く番が回ってきました。
眼圧を測ったりして、この赤いのは単に毛細血管が切れただけなので、一週間くらいで消えるだろうこと、皮膚の青アザと同じもので、目に出ると真っ赤になるのでびっくりするけれど、何もつける必要もない、とのことでした。やれやれ、ほっとしました。
赤目のおかげでこんな素敵な病院にこれたのですから、感謝しなくては。
Casa de la Manchaのコンサート
やっと終わりました。Casa de la Manchaでのコンサート。本当にほっとしました。
Casa de la Manchaは、ドン・キホーテで有名なLa Mancha地方の人たちが集まる、一階にホール、二階に大きなサロンや図書室などのある公会所のようなところで、一階には同名の、あまりきれいでもないバールがあります。
私たちのオーケストラは、ちょうど、その地域であるSant Antoniのお祭の一環として、そのホールで演奏を依頼されたのですが、今年で4回目。そして今年は指揮者Jを迎え、メンバーも15人になっての演奏になりました。今回のプログラムは、El Periodicoという新聞にも載りました。
連日のかなりきついリハーサルで、みんな緊張の面持ち。
ステージに上がると、後ろの方はあまり光が届きませんから、私とオーボエのすぐ後ろにランプを置いてもらいました。暗かったら楽譜が見えませんものね。
みんな一応全身黒い服でしたが、指揮者のJは本格的にスモーキングと蝶ネクタイ! ホールは結構人が一杯集まっていました。私たち木管は一番後ろでしたからあまりよく見えませんでした。
初めのヘンデルのコンチェルト・グロッソ、うん、悪くないじゃない?そしてヴィヴァルディ Alla Rustica, そして国松竜次さんのギターとオーケストラのコンチェルト。 彼も調子良かった。拍手も大きかったように思います。前半はここまで。
後半はテレマンのフルートとオーケストラのコンチェルト、本来なら前に出なくてはいけないんだけれど、すぐ続いて次の曲があって、それほど広くもないステージの中で移動しなくてはいけないので、後ろで吹かせてもらいました。余裕で演奏できたと思いました。
続いてJ.Ch.Bachの曲、オーボエとフルートの掛け合いが楽しい曲です。これもテンポが速くてフルートがかなり目立つので、その前のテレマンで4楽章吹いた後ですから、終わったときはかなり疲れました。それで、アンコールにもう一度最後のアレグロ・アッサイをやるといったときは、私とファンで、思わず
「ノー!!!」
と叫んでしまいました。それでも吹きましたよ。へとへとでした。
全体に、私たちとしてはまあよい出来だったのではないでしょうか。コンサートのあと、たくさんの方から、とてもよかったとお褒めの言葉を頂き、とてもうれしかったです。指揮者のJは、
「まったくエツコはLeona(メスライオン) みたいだったよ」
といいました。それはほめ言葉かしらん???奮闘したって言うことかな?
その後は、上の階の図書室で、私たちのためにちょっとした席が設けられ、ワインや飲み物、ハムやおつまみなどが供されました。
Casa de la Manchaから、一人一冊ずつ、ドン・キホーテの分厚い原書をプレゼントされました。中の字は2ミリぐらいの小さな字。マー、読まないだろうなー。
グループの皆がお金を出し合って、指揮者のJにカカオ・サンパカのチョコレートをプレゼント。あっ、バラの花は、ステージで渡したので、ここでは見えません。
終わったのは夜中の1時近く。私はお先に失礼したのですが、皆はまだ盛り上がっているようでした。タフだ〜。
チェリスト家まで車で送ってくれました。
「疲れたけれど良かったわね」
「さあ、家に帰って、ひたすら寝よう!!12月からずっと大変だったものね」
私は演奏中に、目に痛みを感じたのですが、あとで皆に、目が真っ赤よ、といわれました。トイレでみてみたら、ホント、右の白目の瞳の横が、まるで日の丸みたいに赤くなっていました。まぁ、大したことではないでしょう。
本当に、皆でがんばったね、良かったね、という晴れ晴れした気分でした。
2006年01月14日
赤いバラ
昨夜の最終リハーサルは夜11時過ぎまでかかりました。
コンサートで演奏する曲を全部さらったのですが、私にとって一番ひどかったのはテレマンのフルート協奏曲。
私はソリストなわけですが、いつもこの曲をやるときは一度も問題がなく、完全にOKでした。ところが昨夜は、指揮者が急に、最終楽章のテンポをかなりアップしたのです。慣れていなかったので、私もチェロも付いてゆけませんでした。2ヶ月以上リハーサルしていて、今まで一度もテンポの問題を言われなかったのに、GPでこれです! ちょっとショックでした。
それで昨夜は寝る前ずっとその曲が頭の中を巡り、今朝おきてもずっとぐるぐる曲が頭の中で鳴っていました。
「コンサートの前日に急にテンポを変えるなんて… チェロだってとても付いて来れないのに...いったいどうして前から言ってくれなかったんでしょう?」
自分で一生懸命、昨日上手く行かなかったいい訳を言っている自分に気が付きました。まぁ、なんておばかさんの私。 気を取り直して練習を始めました。繰り返し、繰り返し。私のフルートの先生が、
「上手く吹けないところはmil veces (千回)練習しなさい」
そう、1000回。練習している間に、まぁこれで大丈夫じゃないか、と思えるくらいになりました。それで、少し気分が落ち着きました。途中で指揮者本人から電話があり、
「昨日はずいぶん君に厳しかったけれど、怒っていないかしら?どうしても無理ならもう少しテンポを落とそう」
と言ってくれました。
「ありがとうございます」
とは言ったけれど、とにかくできる限りのことはするつもりでいます。

このバラは、今夜のコンサートのあと、私たちオーケストラのメンバーが、無償で私たちの指導をしてくれる指揮者のJにあげるためのバラです。花を買う役目を私がおおせつかってしまったのです。
花屋さんにはうっすらしたオレンジや、白の素敵なバラがありましたが、スペインの人はなぜかバラは赤!と思っているようですから、真っ赤をえらんだというわけです。

今夜のコンサートの結果がどんな風に出るかはわかりません。でも最善を尽くしてやりたいと思います。

このバラをもらったら、Jは嬉しそうにしてくれるでしょうか?

コンサートのご報告はまた後ほど。
2006年01月13日
オットマンの薦め
オットマン、スペインではPuffといっている、ソファに座って足を乗せる物ですが、近年、リビングのソファのセンターテーブルの代わりにオットマンを置くのが静かなブームのようです。
ブーム以前に、我が家のリビングのソファを買い換えたとき、真ん中には大きなオットマンを置くことを決めていて、ソファを注文したとき、同じ布で、90cm x 90cmの大きさのオットマンを作ってもらいました。下に車が付いているので簡単に動かせるし、とにかく便利!

普段はこんな風に配置してありますが、ちょっとお茶を飲むときはこの上に大きなお盆を乗せればOK.
でも特に便利!と思うのは、一人でくつろぐとき。

こうしてソファにオットマンをくっつけると、ゆったり寝られてしまいます。お気に入りのマンタ(毛布)をかけて、枕元(?)に電話と携帯、そして本を持ってきてさあ、リラックス!
こんなことは1週間に一度くらいしか出来ないけれど、最高に幸せなひと時。ところでこのマンタ、アルパカ100%で、動物を触っているようなしなやかな手触り。恐ろしく高かったけれど、こんな贅沢をくれるのだから後悔はしていません。
オットマン、良いですよ〜。
因みに、私はいつもこうやって寝ているわけではありません。今日は朝の患者さんのマッサージのあと、ワイシャツ10枚、Tシャツ8枚、枕カバー, キッチンクロス、ナプキンetcのアイロンがけで立ったまま1時間半 (我が家は3人の男性がワイシャツを着て出社してますから)。3回の食事の用意(一人はお弁当だけれど、2人はお昼に帰ってきますからねぇ)、フルートの練習をしたあと、夜8時からは最終リハーサル。ソファに横になっていたのは10分足らずで残念でした(笑)。
2006年01月10日
ペドラルベス修道院のランプ
ペドラルベス修道院は、バルセロナの北西のペドラルベス地区にあり、我が家からも歩いてゆけるので、散歩ではよく通ります。
ここは Elisenda de Montcada 女王によって1326年に建てられたもので、ゴシック様式の美しいチャペルや回廊があります。つい2日前にも写真をアップしたのですが、今朝通ったら、ランプが付いていました。朝から雨で薄暗かったからでしょうね。ランプが点いたのを見たのは初めてだったので、つい、写真を撮ってしまいました。とても暖かい色のランプです。

この壁を見ていると、歴史を感じます。

裏口の門。真ん中に大きな石が。

この眺めがとても好き。


今日は雨が上がりますように。
ミシン糸
これはスペインのミシン糸。

そしてこちらが日本のミシン糸。

どこが違うと思いますか? よく見てください、糸巻きの上の部分。これがスペイン製

こっちが日本製。

糸の端を止めておくのに、スペインの糸巻きはちゃんと挟むところがあるのに、日本のは切り目がついているだけ。これだとすぐ取れてしまって、糸が長く出て絡まってしまう。 どうして全然改良されないのでしょう? スペインのはもう何十年も前からこの方式。
ミシン糸をよく使うので、いつも日本の糸を使うたびに思うのです。日本は進んでいると言われていますが、そうでないことも一杯です。これはほんの一例です。
2006年01月09日
カサ・サイラック
このごろブログの更新が滞りがち。というのも、土曜日から毎日リハーサルが続いているのです。13日のコンサートのためなのですが、当然今夜もリハーサル。指揮者のジョルディは、彼の指揮の先生である、高名な音楽家を招待したので、張り切っているようです。でも私たちはまだまだアマチュアも良いところ。なかなか彼の望むような音を出すところまで行きません。
ということで、写真を撮りに行く時間もなかなか取れず、以前撮った中から、気に入っているものをご紹介。

この建物は見覚えがある方も多いと思います。

Casa Sayrach、Manuel Sayrachが1918年に建てた、最後のモデルニスタの建物といわれています。バルセロナには、モデルニスタ(スペインアールヌーボー)の建物が非常にたくさんありますが、この建物が建てられた後はばったり廃れてしまい、アール・デコに移行してゆくわけです。
ここは一階にレストランLa Damaがあり、玄関口にいつも制服を着たドアマンが立っています。 ある日、外に出ていたので、良かったら中を見せてくれないかと頼みますと、快く承諾してくれました。
入り口の扉をくぐると、細長い玄関ホールがあり、正面の窓からさんさんと日が降り注いでいます。

右手奥にエレベーター。白く塗られたアイアンの柵とドア、中に見えるエレベーターは木製です。

この絨毯の敷いてある階段を登って左の扉がレストランです。一度食事したことがありましたが、お値段のわりには味がイマイチ。

エレベーターのあたりの天井の装飾が、恐竜の骨のようです。

天井のランプもユニーク。不思議な世界に紛れ込んだような錯覚。

壁のレリーフ。波のモチーフでしょうか?

天井もすごい。

このランプ、アコヤ貝に入っている真珠のように見えません?

こんな空間にいると、現実を忘れてしまうような...

ドアマンのおじさんにお礼を言って外に出ました。うーん、バルセロナって、まだまだいくらでも別世界のようなところがあるんですねぇ。
2006年01月07日
雨の朝
しとしとしと... ボタンボタン... 静かな雨の音で目が覚めました。朝7時半、雨が降っている...
いつもはシャワーだけだけれど、今日はお休み、湯船にお湯を張り、お風呂に入りました。 久しぶりにゆったりとしたあと、バスローブを羽織って台所に行き、ラジオのスイッチを入れると、バッハのチェンバロ曲が流れてきました。朝のひと時、こんな曲を聞くと心が和みます。 カタルニァでは、クラッシック音楽だけ流しているラジオ局が3つありますから、いつでもクラッシックが聞けるのです。番組の終わりに、アナウンサーが番組のタイトルを言いました。
"Desayuno con Bach" (バッハと共に朝食を)
まぁ、素敵なタイトル。 これはすぐ、"Desayuno con diamante" のもじりだとわかります。この日本語のタイトルは「ティファニーで朝食を」。そう、オードリー・ヘプバーンの素敵な映画です。
バッハの調べを聞きながら、毎朝7時に配達されるバゲットを切り、同じく配達される新聞を広げます。
このパンの配達はとても便利で、一年中、1月1日以外364日朝7時に台所のドアの袋に入れてくれるのです。 以前はパン屋さんまで買いに行っていたのですが、この配達を利用し始めたら、寝巻きのままでパンを取ることが出来るし、それにこのパン、結構美味しいんです。
特に週末は朝の遅いスペイン人。朝飯はバールで、という人もかなり多いようです。私の友人Didiはバールの人で、毎日3回はバールに入ってコーヒーを飲んでいます。 先日彼女と入ったMandriにあるバール、書斎かリビング風で、とても落ち着けるところでした。

今日1月7日は冬のバーゲンの初日。雨でも町は混んでいることでしょう。特に買うものもない私ですが、食品は買いに行かねばなりません。雨音を聞いていたら、出かける気がなえてしまいました。もう少し小止みになったら出かけましょう。
ペドラルベス地区の散歩
1月6日は東方三賢人のお祭でお休みです。昨夜、東方から3人の王様がやってきて、町中を飴を撒き散らしながらパレードをしました。この日はスペインでは一番大きなプレゼントがもらえる日です。最近はクリスマスにももらえる子が増えてきましたが、やっぱり一番はこの日。
みんな遅くまでプレゼントで遊んでいたのか、今日は町中静かです。こんなときは散歩していても聞こえるのは鳥の声ばかり。

あちこちの公園でこんな風に木枠で囲ったものがあります。
これは、根の付いたクリスマスツリーを回収するところです。回収されたもみの木はまた山に植えられます。
ここはキンタアメリア公園。上下二つあるうちの上のほう。

入ってすぐ左手の池に、人がうつ伏せで寝ている像があって、一瞬ギョッ。 この生垣は、ちょっとしたラベリント、迷路にしてあります。

公園の中にあるこの立派な建物は、ここのカルチャーセンター。なかなか素敵な建物です。

昔は個人宅で、この上下の公園とも、すべてこの家の庭だったのです。バルセロナって本当にお金持ちの多いところです。
近くにこんな質実剛健!といった教会も。

この教会はたいそう敷地が広く、中に菜園もあります。

それにしても通りにはほとんど人影がありません。
人も車の騒音もないと、なんて良い町なんでしょう、と思います。聞こえてくるのは鳥の声ばかり。
ペドラルベス大通りに面して立つモデルニスタの建物。

マンションの敷地内にあって、そのまま保存されています。
ここをレストランかカフェにしたら良いのになぁ。
ここにはこんな素敵なアイアンのゲートがあるんですよ。

この中のマンションは、一軒が350平米という大きなもの。そして広々とした庭が広がっています。
ESADEの建物。これは学校です。

このあたりに来ると、もう山が近くに見えます。

この辺の街灯は王冠が付いています。

今日はここを左に曲がってペドラルベス修道院へ。

ここは修道院前の公園。中世の石畳がそのままです。

ひっそり。
誰もいません。

鐘楼の鐘が4時を知らせました。

裏の入り口に続く階段。

下の道に出る通りにも、古い建物が並んでいて、中世そのもの。





修道院の門の外に出ると、ペドラルベス通りの一番上の交差点に建つ、サンチャゴ巡礼の十字架。

今日の散歩はこれでおしまい。一緒に楽しんでいただけたかしら?
2006年01月06日
オペラ ヴォツェック
朝からしとしと降っていた雨も夜には止み、久しぶりに少し高めのヒールの靴を履いてオペラに行きました。
実は、今回のオペラの演出がBieitoと聞いて、ちょっと躊躇したのです。というのも、Bieitoは過激な演出で有名で、暴力、セックスを全面的に出す、スキャンダラスな演出家で知られているからです。 夕方我が家に寄った指揮者のジョルディに、切符を差し上げようとしたのですが、彼は今日はもう家に帰ってゆっくりしたいというので、一応見てみようか、と行くことにしました。
地下鉄のホームでばったり会ったのは、オーボエ奏者のファン。お互いにリセウに行くと知ってびっくり。私が、入場券発売の日に列をして切符を買うことを聞くと、もしアボノ(年間通しての切符)がいるなら取って上げるよ、と気易く言います。リセウの会員なのだそうです。
ヨーロッパでも屈指の豪華なオペラハウス、リセウ劇場は、今ではカタルニァ州政府、バルセロナ市、文化庁などの所有となっていますが、元は1847年に、バルセロナの主だったブルジョワたちがお金を出して建てたのです。ですから、当時は私有の劇場でした。ファンのファミリーは、この初めに出資したファミリーの一つだったのです。
リセウ劇場の中には、セルクルという、リセウの会員だけのスペースがあるのです。当初は出資したファミリーだけが使えたのですが、今はリセウ愛好会会員が使えるようになっています。愛好会会員になるためには、長いウェイティングリストがあって、ちょっと普通ではなれません。
ファンは、リセウ劇場の正面玄関から入ってすぐ右にある階段を上がると、アールヌーボーの素敵な扉のベルを押しました。扉を開けてくれた人は、恭しくお辞儀をします。別の人が寄ってきて、ファンのコートをとりました。あたりはすべて、天井から壁から床から、家具から絵からすべて、アールヌーボー一色です。見学客が入れないサロンも見せてくれました。 壁の絵も、ラモン・カサス、ホアキン・ミール、サンティアゴ・ルシニョール... そして美しいステンドグラスや木目込み細工はガスパール・オマールでしょうか。あまりの素晴らしさに息を呑みました。会員のためのスペースは非常に豪華で広く、大きなレストランもあります。ため息をつきながら出たところは鏡の間。 そこでホアンと別れて、私は席に行きました。

今回の席は2階のほぼ中央、ステージがすみから隅までよく見えるとてもいい席です。
幕が開くと、ステージ一杯に太い管が張り巡らされています。ちょっとリセウのHPの写真を載せましょう。こんな感じです。
ストーリー自体、精神分裂を起こして破滅してゆく暗いオペラなのですが、心配していた通り、実際過激な演出でした。暴力、血、殺人、裸体...中には途中で立って出てゆく人も何人かいました。
ヴォツエックはベルクの12音技法で作曲され。ものすごい緊迫感があって、ちょっと疲れます。歌手は、タイトルロールのヴォツェックとマリーはとてもいいと思いましたけれど...こんな曲を毎日聞いていたら、気が狂いそう。
これが終わったときのステージの様子。

階段を下りながら、後味のよくない、複雑な心理状態。

劇場から出てゆく人もなんとなく複雑な顔をしていました。


暗い内容のオペラ、たとえばピーター・グライムスを見たときは、演出者の意図がはっきりわかり、大変良い印象を受けました。ピーター・グライムズの死という終わりでも、後味は少しも悪くは無く、それどころか、観客を含めた世間すべての人間が、彼の死に対して責任があることを考えさせられました。
ザルツブルグの、本当に「いやになっちゃう!」と思った演出の「こうもり」を見たことがありましたが、それにも増して、今回のBieitoのような演出はもう二度と見たくないなぁ、と思ってしまいました。
2006年01月05日
スペインの郵便局
スペインの郵便局の色は黄色。 マークはどこの国にも見られるホルン(ラッパ)の上に、王冠が乗っています。スペインは王国ですからね。 ホルンは、昔は郵便馬車が走っていて、街に着くとラッパを吹いたので、マークに使われたのですね。

これは町で見かける郵便ポスト。

どこのポストも、こんな風に落書きされてかわいそう。
こういう落書きをして憂さ晴らしをしている人、許せませんね! これをきれいにするために、政府は莫大なお金をかけているのです。そのお金は私たちが払っている税金から出ているというのに...
こちらは我が家から一番近い郵便局。普通の住居の一階にあります。

前には配達するためのオートバイがずらり。

どうして郵便局のことを書いたかといいますと、今日は荷物を出しに2度も郵便局まで行かなくてはならなかったのです。そして2度目に行ったとき、窓口のお兄さんが、
と、ビニール袋に入った黄色いものをくれたのです。
それはマフラーでした。

郵便局の色の真っ黄のマフラー。ふかふかしたフェルト状の布を切っただけのものですが、郵便局のマークが青い糸で刺繍してあります。どうして私にくれたのかな? 他の人はもらっていないみたいだったけれど...? とても鮮やかな黄色なので、ちょっと恥ずかしいかな?
ということで、今日は郵便局のことをちょっと書いてみました。
2006年01月04日
モンセラットでのコンサート

今日はバルセロナの郊外にあるモンセラットの尼僧院でコンサートをやりました。
モンセラットというのは、岩山で、奇妙な形をした岩が並んだ不思議な山です。ここに大きな教会と修道院があり、バルセロナに観光旅行にいらした方はほとんどの方が訪問したことがあるのではないでしょうか。

このあたりの山はみんな岩山です。
カタルニァ人のモンセラット信仰は厚く、願い事がある人は、この山にひざで登る、つまり、ひざを地面につけてはって登るのです。これを実際にやった人を何人か知っています。

一番上の修道院の手前を左に下りると、高い鐘楼が見えます。ここが尼僧院です。

華やかで豪華な修道院に比べると、大変質素な建物です。ここに尼僧たちが住んでいるのです。

ほんの15年ばかり前までは、大変厳しく、尼僧たちは一歩も外に出ることは許されず、家族も会うときは木の格子のはまった窓から話すことしか許されませんでした。今ではこうして私たちまで入ることが許されるようになったのですが、もちろん一般の人は入れません。
目の前にモンセラットの岩山がそびえています。この奇岩を見て、ガウディはインスピレーションを受けたとも言われています。


演奏会場はチャペル。
通されたチャペルは思っていたよりモダンです。カトリックにしたら、かなり簡素な祭壇です。 窓からモンセラットの山が見え、窓枠の中央にキリスト像はほとんど気が付かないくらいです。
今回は小メンバーで、チェロはトニア一人、ヴァイオリンもレギュラーは2人だけで、ほかの2人は今回初めて参加です。もちろん指揮者もいません。休暇中の人が多かったので、集まったのはこれだけだったからです。
私たちは音を合わせました。少しずつ、尼僧さんたちが集まってきました。

コンサートは大成功でした...と書きたいところですが、本番となるとハプニングが起こるものです。
さて、プログラムの第一曲、テレマンを演奏しようと構えますと、第二ヴァイオリンのミレーヤが、楽譜の一ページ目が無い、とあせっているのです。かなり長く探していましたが見つからない様子
。チェリストのトニアは彼女のお母さんですから、かなり頭に来ちゃったようで、最後に自分の楽譜のヴァイオリンの部分を破いてミレーヤの譜面台に置きました。
それから演奏が始まったのですが、相当に逆上していたトニアはメッチャクチャ! 1テンポ先を行ったり、どんどんアップテンポにしていっても気が付かない! 悪いことに、彼女、この間ひいた風邪で片耳が全然聞こえないんです。私がソリストですから、ヴァイオリンたちは私に合わせてくれました。 一緒に終わったのが奇跡。 げっそり。
続いてのクリスティアン・バッハの曲も、テンポが早すぎたり遅すぎたり。ベースになってくれるチェロがこれでは大変です。いつもは完璧なのに...最後のvivaceではやたらめったら早かったので、一人私は大汗をかいての演奏。チェロは四分音符でも私は16分音符ですからね!
さらにバッハのアリア(いわゆるG線上のアリア)は私が旋律を吹いたのですが、チェロがものすごくゆっくりで、私はあの長いフレーズを吹くのに息が足りなくなりそうで大変でした!
バッハの「人の望みの喜びを」もこれまたひどくて、私と同じ旋律を演奏する第一ヴァイオリンは、演奏をやめてしまい(どうして?)、第二ヴァイオリンの一人も途中でわからなくなってしまい、チェロは途中で止まってしまう。私はほとんど一人で演奏し続けていました。やがてヴァイオリンたちが戻ってくれて、最後はこれまた奇跡的に一緒に終わりました

。こんなのあり?
その後はだんだん調子を戻してきたようで、ヘンデルのメサイアのハレルヤはバッチリでした。 そして、クリスマスソング。クリスマスが終わったのに、まだ1月6日までは歌われるのです。持ってきたパーカッションの楽器を尼僧さんたちに配り、皆で一緒に演奏してもらいました。初めはめちゃくちゃに鳴らすので、こちらのテンポが狂いそうになって困りましたが、だんだんコツを飲み込んでくれて、最後は楽しく終わりました。
終わったら、尼さんたちがみんな近寄ってきて、良かった良かったと言います。
「今日は特に初めがひどかったでしょう」
というと、
「全然気付かなかった! とてもいい音でした」
私たちは顔を見合わせて苦笑しました。
上の部屋に行き、もう体が弱って車椅子に乗っているシスターを訪問しました。尼さんたちもぞろぞろ来て、お話に花が咲きました。みんなとても親切で親しげです。一人、日本の尼さんがいました。もうすぐ帰国して、日本に尼僧院を作るのだそうです。

すべて終わって外に出ると、みんな一度に大声で話し始めました。
「わー、ひどかった!」
「とにかく普段起こらないことがすべて起こった!」
10分くらい、みんなかわるがわる感想を述べました。
「まったくエツコがいたから救われたけれど、ひどかったねー」
「13日のコンサートは大丈夫かしら」
そう、今日特にひどかった初めの2曲を13日のコンサートで演奏するのです。リハーサルのときはいつもとてもよかったのに。この次は3倍のメンバーですし、指揮者ジョルディがいるので、今度は大丈夫でしょう。
もう外は真っ暗。バルセロナでは見えない星がとてもたくさん見えました。 それにしても疲れたコンサートでした...
2006年01月02日
ウィーンのニューイヤーコンサート
毎年1月1日で一番楽しみなのは、ウィーンから実況中継で放映される、ニューイヤーコンサート。あなたはご覧になりましたか?

今年の指揮者はMariss Jansons, ロシアの指揮者で、今シャイイーの後継者として、アムステルダムのコンセルトヘボウのチーフコンダクターになっていますが、私は初めて見ました。
ウィーンのミュージックフェラインは豪華な内装で素晴らしいですね。私は何度かウィーンに行っているものの、オペラハウスは何度も行きましたが、ミュージックフェラインの大ホールはまだ入ったことがありません。
小ホールのブラームス・ザールは一度行ったことがあります。こんな感じでした。

さて、ニューイヤーコンサート、今年は特に良かったですねぇ!! 一番印象的だったのはマエストロ・ヤンソンスの指揮ぶり。ムーティも好きだったのですが、彼はちょっと、猛獣使いみたいな感じ(変なたとえですが)。マゼールなんかは、指揮していても、指揮台からの距離が遠くてオーケストラとの一体感が感じられない、でも今回のヤンソンスは、まるで一緒に演奏しているような、表情の豊かさ、彼の指揮棒の先から音が出てくるんじゃないかといった、オーケストラとの一体感がとても好ましかったのです。ワルツなどは、自分がワルツを踊っているような表情を見せていました。 ステージは照明で恐ろしく暑いのでしょうね、まるでシャワーを浴びたみたいにびっしょり汗をかいていましたね。演奏を始める前と終わったあと、団員ににこっと微笑む、そんなところもすごくいいな、と思いました。
女性の器楽奏者が増えたのもびっくり。今すでに6人いるのだそうですね。ブログを書いているヴァイオリニストのK氏も何度もアップで出てきました。コントラバスが6台もいて、チェロも8台、それなのにフルートは2本。内一人はほとんどピッコロ。少ないんですね。3本くらいいるオーケストラも多いのに。
それから楽しかったのは、モーツアルトのオペラのメドレー。まず魔笛の出だしの、タミーノが大蛇に追いかけられて出てくる曲で始まり、魔笛やドン・ジョバンニの曲が次々、そして最後は魔笛の序曲で締めくくり。それもワルツになっているんです。なんて楽しいんでしょ!このメドレーはその後も2度、出てきました。
電話のポルカ、なんていうのもあるんですね。最後に彼の携帯電話が鳴って、演奏を中断、なんて楽しい演出をしたり、最後にピストルをバン! とやったのはBanditen Galopでしたっけ? Furioso Polka(すごい名前!)でしたっけ?

今回は選曲がとても楽しいものばかりで、全然飽きないで最後まで本当に楽しめました。
マエストロ・ャンソンスの指揮があまり気に入ってしまったので、検索してみました。彼、1996年にオスロで「ラ・ボエーム」を指揮している最中心臓発作で倒れ、死にかけたのだそうです。電気ショックで生還したのだそうですが、彼のお父さんはやはりそれで亡くなっているとか。
彼の指揮するコンセルトヘボウのコンサート、聞いてみたい、と思い、HPを見ますと、あるある、1月19日と22日に。でも売り切れだそうです。残念...
なんて、今年はちょっと興奮したニューイヤーコンサートでした。

この2枚の写真、関係ないんですけれど、電気の影がきらきらとあまりにきれいだったので、ずいぶん長いこと眺めていたんですよ。
2006年01月01日
明けましておめでとうございます

2006年の朝。新しい年。
雨、という天気予報に反して、いいお天気です。

昨日は遅くまでお正月の飾り付けをしていました。
手持ちの限られたものだけでお正月の演出。
紙粘土で作った鏡餅と水引。
玄関のコモードの上には赤い布を敷いて松を飾り、日本的な物を並べます。
食卓にもちょっぴり松飾りを。

お餅はちょっと焦げてしまったので、汁が真っ黒に(恥)。でも一応、お雑煮です。今年は紅白のかまぼこも、数の子もありません。それでも一応お雑煮だけはいただきました。

さあ、今日のお昼は、ウィーンからの中継のニューイヤーコンサートが楽しみ! 夜はミケランジェロの特集。めったにテレビを見ない私ですが、今日ばかりはテレビをつけましょう。
皆様もいいお年を迎えられましたか?
2006年が平和な年になりますように!!
2005年12月31日
年の終わりに
今年もいよいよ後僅かとなりました。
一年のたつのがなんて早くなったのでしょう。子供のころは、一週間が、一月が、一年がとても長く感じられたものです。長く生きれば生きるほど、自分の生きてきた時間と一年の比が小さくなるから、それだけ短く感じられるのでしょうね。
10年ほど前でしょうか、写真を撮りながら、エッセイを書いていました。それで、写真入の本を出してみたいと思い、出版社に問い合わせましたら、100万円ほどかかるということ、当時専業主婦だった私は、とてもそんなお金はありませんでしたので、ホームページを作ることを考え付き、ずいぶん苦労して、Geocitiesに作りました。評判はまぁまぁ良かったのですが、とにかく何も知らないので、ページが重いこと!
そのほか、たくさん撮ったバラの写真を、MSN Communityに写真集として作りました(今でもありますが)。ある方が、是非ホームページを作りなさい、と勧めてくださって、gooにHPを作りました。でも日々書きたいことがいろいろあったので、HPでは物足らず、ブログを書き始めたというわけです。
私は本当につたない文章しか書けず、ただ思ったこと感じたことをそのまま書いているだけなのですが、それでも時々読んでくださる方にとても感謝しています。お便りやコメントをいただくと、それは励みになります。本当にありがとうございます。
来年もまたこんな調子でぼつぼつと書いてゆくつもりです。
それでは皆様、良いお年をお迎えください。








バラ公園のバラたちです。
上から3枚はCharles Azunavour, Charlotte Rampling, Teasing, Dentillas de Marines, 下の2枚は名前不明(すいません)です。
2005年12月30日
松を切りに山に行きました
むかしむかし、あるところにお爺さんとおばあさんが住んでいました。お爺さんは山に柴刈りに、おばあさんは... みたいな感じで、今日は山に松を切りに行きました。お正月はやっぱり松を飾りたいでしょう?
我が家は町の中ですから、山に行くにはひたすら坂を北へ北へと上ってゆきます。我が家から北の地区は、ペドラルベスといって、バルセロナで一番の高級住宅街。散歩していてとても楽しい地区。
菩提樹どおりという通りには、軒の繋がった3階建ての家がずらり。この内部は段差のある部屋が5階に別れていてとても素敵。でもお掃除が大変でしょうね。 どの家もまだクリスマスのリースがドアについています。これは赤い木の実を使った手づくりのようで、とても可愛らしかった。

ここはポリテクニック大学。中に大きな池のある素敵な庭があります。

この前を通り抜けると丸い公園があります。そこを抜けると
ちょっと楽しい塀が目に入ります。


ここは有名な建築家、Tusquetsのアトリエと自宅。

その前を通り過ぎ、素敵な門のあるParroquiaの横を登ってゆきます。
このレースのような門の上のアイアン細工がとてもお気に入りです。
さて、この辺からぐっと上り坂が急になります。

だんだん大きな一軒家になってきます。

このあたりは昔の別荘地だったので家もみんな大きいのです。昔は別荘のほうが大きかったのね。
だんだん山道になると、あたりに小さな花がたくさん咲いていて、春のようです。
ここが目的地。バルセロナが一望の下です。

お目当ての松。切るにはちょっと急ながけを登らなければなりません。ちゃんと軍手を用意。
今年は雨が少なかったせいか、ちょっと貧弱な葉です。まぁ仕方ない、たくさん要るわけではないし。一応用意してきた袋一杯切りました。
同じ道を帰るのはつまらないので、別の道を降りることにしました。道なき道をヤブをかき分け、がけを這いずり降りたり木の根につかまって上ったりしながら。
ちゃんと出られるかな?とにかく道らしきものがあるところまでかなりめちゃくちゃ歩きました。そして出たところは
オレネタ城址公園。
ミニ機関車の車庫のすぐ近くでした。
やれやれ。
公園では子供たちが遊んでいました。

すっかり汗びっしょり。取って来た松はお正月に飾りましょう。
今日はこれだけ。おかしいかな?葉っぱばっかりです。


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