垣根「初春飾利…かぁ…」前編 

359: ◆le/tHonREI 2010/11/22(月) 04:55:11.50 ID:4GhzsKko

                                  ※


「……、ちょっと飲み物買ってきます。垣根さんは頭を冷やして反省していてくださいっ!」

【あ? いいけどよ。大丈夫なのか、こんな時間に】

「ここで垣根さんと一緒にいるより安全ですよーだ!! ふん!」


プンスカ言いながら初春は部屋を出て行ってしまった。
垣根はその様子を見て薄笑いを浮かべる。これ以上は今はだめだ、と自分に言い聞かせるように。

―――初春、初春飾利。

あの天使が言っていたキーパーソンらしいが、それはこういうことだったのか。
なぜか一緒にいると心地よい。甘えたくなるし、普段より素直になってしまう。あのリハビリをはじめてからは特にそうだ。

同時に、垣根の中では一種のジレンマのようなものが生れていた。


(……、もうこのままでもいいかって、なっちまうだろが)


渡り鳥は穏やかな気候の場所に安住はしない。いつかは枯れてしまう土地にとどまることは、愚か者がすることだ。
さっきだってあれ以上甘えていたら、今以上に依存してしまうだろう。
それこそ回復しなくてもいいとか、そういうネガティブな方向で。離れるのが嫌になるくらいに。麻薬のように。

垣根だって健全な男子だし、初春に言ったような欲求がないことはないが、
今のタイミングで切り上げなければもっともっと深みにはまってしまう気がした。


(つっても俺がこんな体だし、どーせ何もできねえんだけどな)


自嘲気味に笑う。笑って、思った。
初春が自分に尽くしてくれるのは純粋な気持ちからだ。だから、諦めるわけにはいけない。
どんなに望みが薄かろうと、あの馬鹿が信じてる限りは、自分も。

だいたい借りっぱなしは性に合わないし、あの中学生はこんな体の自分の回復をおそらく本気で願っている。


(―――あんなバカに相手されたら適わねえよ。テメェのためっつか、こっちがボランティアみてえだな)


それでも少しは前向きになれた。その分の借りは返そう。垣根は心に誓ったのだった。

引用元: 垣根「初春飾利…かぁ…」 

 

360: ◆le/tHonREI 2010/11/22(月) 05:19:03.73 ID:4GhzsKko


そして次に彼が想ったことは果たして何だったのか。


(―――ッ!?)


考える間もなく垣根の視界は暗闇に包まれていた。
何が起こったのか理解できてしまうくらい、懐かしい感覚。


「―――まあ、定石ですよね」


男の声がする。窓を割る音はしなかった。
暴れようとしてもうまく動けない。無理もない、こんな体で抵抗したところでたかがしれている。


                      ・  ・ ・ ・ ・
「そういうわけで、そういうわけです、元『未元物質』さん」


聞き覚えはなかったが、手口からして慣れている様子だった。
油断していたというのは理由にならない。言い訳も通用しない。

これは、そちらの世界の匂いだ。

口元と鼻をふさがれて確信した。しばらく忘れていた、あの緊張感。
恐怖と暴力が支配するこの街の底の感触。


(なのに、は―――、なんだこれは? 安心、して、るのか……)


意識が飛ぶ寸前、デスクの花が見えた。
右手で倒れこむようにそれをぶちまける。幻聴かどうかもわからない笑い声が、いつまでも垣根の耳に響いた。


「お帰りなさい」


………

……




361: ◆le/tHonREI 2010/11/22(月) 05:31:00.47 ID:4GhzsKko

                                   ※

初春は両手に寮内の自販機から取り出したカレー缶を抱えて部屋に戻ろうとしていた。
もちろん思考はあちらの方向に旅立っていたが。


(……あ、あんな言い方ないよっ、ばか)


かといって自分は垣根の恋人でも何でもない。あくまで患者と介護士の関係。
キスをしたのはなんとなく、それがあの場に一番ふさわしい行動だと思ったからであって、それ以上でもそれ以下でもない。
垣根が服をつかんできたときはやっぱりドキドキしたけれど、いくらなんでも唐突すぎる。


(わ、私だって……、別に、嫌じゃないというか……、いや違う、でもあの言い方はヤダ! ……もっとほら、他のやり方っていうか、……うううう)


せっかく気持ちが通じ合って、なんだか崇高な関係になれそうだったのに、あの一言ですべてがうやむやになってしまった。
ドアの前で立ち止まる。どうやって話を、と、これではまた沈黙を恐れる関係に逆戻りだ。


(―――でも部屋に戻ったら、また……)


ううむと一瞬頭をひねったが、こういうことはうじうじしていても仕方がない。
入ったら真っ先に怒って、それで手打ちにしよう。

垣根とはこれからもリハビリを続けていく仲になるのだし、ここで気まずくなってもメリットはないし。
意を決して扉を開く。


「ただいま! 垣根さん、そもそも貴方という人はですね――――………?」




………、


誰もいなかった。


からーん、と、持っていた飲み物が乾いた音をたてる。
窓も開いていない。ただ本来そこにあるべきものが、なくなっていた。

363: ◆le/tHonREI 2010/11/22(月) 05:46:35.70 ID:4GhzsKko


「おやおや、こちらもお帰りなさい」


声がした。

―――と思ったら、喉元にすさまじい衝撃が走る。


「がっ……!?」

「あなた達が別々になるのは待たなくてもよかったんでしょうがね。一応、ってやつですね」


何をされたかが理解できない。誰にやられたのかも理解できない。
何かがものすごい勢いで自分の喉につっこんできた。

ただそれだけ。それ以外の何もわからない。


「ジャッジメントの初春飾利さんですね。あ、喉はつぶしたので無理しないほうがいいですね」

「………う……か……?」

                              キルポイント
「名前ですか? なんでも構いませんがね。……『死角移動』だけは勘弁してくださいね」


目の前に立っているのは高校生くらいの少年。ダウンジャケットを着ていて、片手には警棒のようなものを装備している。
どこから入ってきたのかもわからない。
いや、それよりも垣根は―――?


「いやあ、声を出されると困りますのでね。少々陰険ですが、一人ずつ処理させてもらいました。これで回収は完了」


言って、警棒をわき腹に叩きつけられる。
喉をつぶされたようだが、それでも声にならない声が部屋に響いた。

直感する。この男は、別世界の住人だと。


364: ◆le/tHonREI 2010/11/22(月) 05:58:23.38 ID:4GhzsKko


「―――しかし振り切られたときはびっくりしましたね。あの人、能力がなくても超人ですね。
 ま、目的は達成できたのでよかったのですけれどね」

わき腹を押さえて床に倒れこむ初春を、元『メンバー』の一員、査楽が見下していた。
もちろん初春にそれを知る由はない。
ただ、何となく男の口から漏れる情報で、以前自分達を尾行していた人間だということは理解できた。
だが何のために。聞こうにも声が出せない。

いや、そもそも―――自分は、ここで―――?


「詳しい事情は、残念ながら説明できませんね。なぜってあなたはここで死にますから。まあ適当に想像してください」


警棒を振り上げる様子が見える。
垣根は無事なのだろうか。いや、ここで自分が倒れてからの彼は、一体どうなってしまうのだろう。
自分が消えてしまっても平気だろうか。寂しがったりしないだろうか。それだけが気になった。


(垣根―――さん………)


ぱくぱくと口を動かそうとするが、やはりしゃべれない。
無表情で初春を見つめる査楽。
死のイメージが、すぐそこにある。


「少々しゃべりすぎました。さよなら」


振り下ろされる前に痛みで意識が飛びそうになっていた。
次に初春が聞いたのはゴスッ!!! という警棒が振り下ろされる音。




―――ではなく。



「本当にしゃべりすぎですわね、ゴミ野郎」



聞きなれた同僚の声だった。

366: ◆le/tHonREI 2010/11/22(月) 06:20:24.29 ID:4GhzsKko


不意に宙に現れた白井黒子が放った蹴りは、ダウンジャケットの首の付け根を正確にうちおろした。

響くのは鈍い音。そして壁に叩きつけられる男。
あたりには再び沈黙がもどる。


「三流の悪党は死亡フラグにお気をつけあそばせ」


次にはぴくぴくと痙攣する少年に向けて捨て台詞を放っていた。


「まったく、渡し間違えたものを取りにきたらこの始末ですの。……初春、平気ですの?」

「……か………あ……」


やはり声は出ていない。
警棒で喉笛をおしつぶされてしまったようだ。白井は優しく初春の肩を抱くと、なぐさめるように頬を撫でた。
手近にあったパソコンをそばによせて、キーボードを打たせる。

―――かたかたかたかた。


【白井さん、ごめんなさい】

「……、謝罪はこのゴミ男から聞くべきものですの。今すぐにでも殺してやりたいくらいの気持ちですけれど。それより事情は?」

【家に垣根さんを連れてきていたんです。外に出て戻ってきたら、いなくなっていて……。どうしましょう、アンチスキルに通報を……?】

「慌てては駄目ですのよ。もちろん後々に抑えておくべきポイントではありますが……。垣根さんは一体どこに? 心当たりは?」

【それすらもわからないんです。でも……】


初春が指差すのはデスクに転がっている花瓶だ。
外から戻って部屋に入ったとき、室内は出かける前とほぼ同じ状態にとどまっていた。

唯一均衡をやぶっていたのは倒されていた花。
花の名前はダンコウバイ。小さな小さな梅の花。改良種だろうが、室内で咲く梅は珍しいと思い、先日購入したものだ。

花言葉は――――――


【―――“私を見つけて”。きっとさらわれたに違いないです】


367: ◆le/tHonREI 2010/11/22(月) 06:46:57.21 ID:4GhzsKko


「―――、とにかく、一度ここから離れたほうがよさそうですわね」

【木山先生に報告を】


表示された名前を見てびっくりする白井。


「木山……? 木山って、木山春生ですの? なぜあの女の名前が? 以前病室を訪ねたときにはそんなこと一言も……」

【病院にいったら全部話します。今は、垣根さんのことが……】


泣きそうな表情を必死にこらえているのが伺えた。
おそらく心は今にも張り裂けそうなのだろう。

現時点では誰が敵で誰が味方なのか、白井に判断することはできなかった。
もちろんそれは垣根も含めての話だ。

唯一はっきりしていることは、目の前に座る心優しい親友を傷つける相手は、誰であろうが許さないということ。
ただそれだけの単純な話である。


「……、これは、長い夜になりそうですの」

【白井さん……】

「このゴミ野郎も一緒につれていきますわよ。何かつかんで―――」


白井が振り返った先、今までそこにいたはずの少年の姿が消えている。


「空間移動……? ……、急所に正確に打ち込んだはずなのに……!?」

【『死角移動』って言ってました。詳細は不明ですけど、おそらくレベル4の能力者?】

「―――。」


それから白井は無言で初春に触れて、外へとテレポートした。
何かが始まっている。嫌な予感はぬぐえず、部屋には静けさだけが残された。

………

……


401: ◆le/tHonREI 2010/11/26(金) 12:30:14.22 ID:CUGG84Eo

                            ※

暗闇から目を覚ますのはこれで何回目か、と垣根はうんざりしていた。
尤も、あちら側の世界に弾かれるわけではなく、意識のない状態から目覚めるのはこれで二回目だ。

あの時は確か駅で目が覚めた。
そして今度は―――


(車か。神様ってやつはよっぽど俺を廃人にしたいみてえだな。ひょっとしてこっちが夢なんじゃねえか)


視界があまり開けていないので確認はできない。
が、不愉快に体に響くアスファルトの感覚と、窓の外に下りている夜の帳はかろうじて知覚できた。
流れる光が垣根の体を通り抜けていく。上半身はシートに固定されているようで、腕が動かせない。

やがて彼の周囲にあった諸々の物品がその姿を現し始めた。

窓の外に広がる光と同一視していたそれらは、よく見ると無機質な機材たちだった。
あちこちで点滅するライト。揺れるメーター。車体はおそらく大型のワゴンだろう。
測定器の類ではなさそうであったが、光景と経験から垣根は自分が置かれている状況を悟る。

目的は不明だが、やはり何者かに拘束されたようだ。
運転席はそれほど離れていなかった。小声だが、誰かが話す声が聞こえてくる。


「同系統の能力者にやられる気分はどうだったかね」

「もちろん最低ですね。打ち所が悪ければ死んでいましたしね」

「個体は? まさか置いてきていないだろう」

「処理しましたよ。問題ないでしょう、それとも追跡するんですか?」


ひとつはついさっき始めて聴いた声。もうひとつは―――、いつぞやの声。


「放っておく。―――その気になれば私の『オジギソウ』でいつでも始末できるからな」


402: ◆le/tHonREI 2010/11/26(金) 12:53:54.53 ID:CUGG84Eo

とっさに垣根は頭を巡らせて状況を整理していた。
助手席に座るのはあの時の科学者。
馬鹿げた美学を語っていた上に、ナメた口をききやがったから消したはずの男。

口調から判断するに、自分を誘拐したのは運転席の男だろう。

どちらも暗部の人間だ。確か組織名は『メンバー』。
始末したはずの人間がなぜ生き残っているのかはこの際置いておいた。
どの道あとで聞き出すことになるだろう。自分をさらった目的も含めてだ。

一番の気がかりはそこではない。
会話から読み取れたのは“始末”だの、“処理”だの、物騒な言葉ばかりだ。
自分はこうしてまだ息をしている。ということは、


(初春―――。)


そう、初春飾利は無事なのか。垣根の思考はその一点に留まった。


幸い、部屋には初春だけに伝わるようにメッセージを残しておいた。
ああ見えて彼女はこの街の風紀委員、すなわちジャッジメントだと話していたし、
冷静さになって花言葉を紡げば何かしらの行動を起こすだろう。
それがどのような形であれ、誰かが後を追ってきたとなれば、それが初春の無事を確認したという返信に繋がる。

即席のアイデアだったが有効なはずだ。
それでもできれば彼女自身には出向いてきてほしくないが、しかし、初春自体が“始末”されてしまっては意味がない。

……別に自分が生にすがりついてるというわけではないのは、前述したとおりである。


(初春―――、初春、いねえのか……?)


本来ならば花言葉の方が予防線で、どちらにせよ初春の携帯に思考を送り込むつもりだった。
が、今はそれでもできそうにない。


(くそっ……、返信がねえし、電脳空間にも潜れねえ。送り続けるしかねーか。……初春、初春―――)


名前をリフレインする垣根。
が、それらの考えは次の一言によってどこかへと飛んでいった。


「さて、そろそろ話しかけてもいいかな。ちなみに初春というのはあのエンジニアのことか。優秀な人間じゃないか、是非紹介してほしいね」


403: ◆le/tHonREI 2010/11/26(金) 13:20:38.26 ID:CUGG84Eo

さすがの垣根も驚きを隠し得ない。
思考を読み取った点もそうだが、それを踏まえたとしてもこいつらはどこまで噛んでいるのか。

博士は続ける。


「安心したまえ。どうやら難は逃れたようだ。処理されたというのはこの男のことだよ」


遠くてよくは見えないが、どうやら博士は手元のパネルのようなもので垣根の思考を読み取っているようだ。
初春が開発したものとはまた別種の構造になっているのか、それとも同じ構造なのかは伺えない。


【……くそったれが。ゴミみてえに処理されるべきなのはテメェの方だろうが】

「急に正論を振りかざされても困る。君も似たようなものだろう。自覚はしているはずだが」


暗部にいたときの懐かしい空気があたりを包んでいた。
そして、垣根はやはり自己矛盾にたどり着く。
病院で目覚めて、自分が拘束されているのではないかと錯覚したとき。さきほどここで目覚めて、拘束されていたとき。
確かに価値を感じた。存在理由を自覚できた。
それはいつでも同じ。やはり自分はコンプレックスの塊なのかもしれない、と。


「私はそのエンジニアを含めた君たちを過小評価はしない。放っておけばいずれ面倒なことになるだろう。
 時期が今でないだけだ、そのうちに処理するよ。あれは君のデータを解析してプログラムを組んだのだろう?
 歳にもよるが天才的だな。評価に値する。会う機会がないのは残念だ」

【……は、相変わらずナメてやがるな。聞きてえことは山ほどあるが、その前にチンケなその胸に刻んでおきやがれ。
 ―――テメェはこの世に塵も残さずこの俺が処理してやる。あのときみてえにたっぷり絶望を味あわせてな】

「以前はそれが君の捨て台詞だったな。年甲斐もなく響いたよ」


反論すらしてこない。それもそのはず、垣根は別にこのような拘束をされていなくとも反撃などできない。
永遠に。たとえば目の先にいる男が濡れたタオルで自分の顔をつつめばそれですべては終わってしまう。
その程度の儚い命だ。

逆にいえば、だというのに何故自分をさらう必要などあるのだろう。何故思考を読み取れる?
どうやって自分の居場所を? 処理された、とはどういうことだ? この二人は自分にどの程度関与している?

疑問は尽きなかった。

404: ◆le/tHonREI 2010/11/26(金) 13:56:27.11 ID:CUGG84Eo


「混乱しているな。無理もない。まあ、後で事情くらいは説明してやろう。私は学者畑の人間だ、堕ちても説明好きでね」


余裕の態度は崩れそうもなかった。
垣根はもう何かを聞く気も失せて、不愉快な車のゆれに身を預けてしまうことにした。

初春は無事だと言った。
信頼はできないが、信用はできそうだ。だからこそ次の発言が気になる。

なんとかしなければ。なんとかして……、どうすれば?


「あきらめないことは肝心だな。私も常日頃難題にぶつかったときはそう諭している。
 しかし君の場合は確率0の事象にしか思えないのだがね。―――そして未来も。君の居るべき場所はここにはない」

【……、こんなガラクタ集めにハマっちまってるとはな。救えねえゴミだ】

「自嘲的になったのは環境のせいか? 拡散力場が乱れているぞ。……まあ、確かに」


一呼吸おいて博士はこちらを振り返る。
にたり、と、およそ美学を追求する人間が浮かべる表情とは思えないそれを向けながらだった。


「ガラクタ、という表現はある意味正しい。君の体はガラクタだ。体はな」


………

……



412: 遅くなってごめんなさい ◆le/tHonREI 2010/11/27(土) 21:24:48.49 ID:VzQzGSUo

                                     ※


「コーヒー、飲むかい」


木山春生が手渡したのは、初春が以前病室を訪ねたときに使ったカップ。時刻は夜の21:00を回ったところだった。
一同が会するのは木山が宿泊場所として一時的に借りている病院の一室だ。
病室とはいえそれなりに身辺整理がされていて、あたりには生活感が漂っていた。


「先生、ごめんなさい……」

「君に過失はないよ。許可を出したのは私だ」

「……、でも」


いいつつ初春はふと、木山の態度が気になった。
たしかに担当の研究者として彼女の言い分は正しいのかもしれないが、そうではなく、妙に落ち着いている。
まるでこうなるのを予期していたかのように。そういえば木山は垣根の思考回路を読み取る例のソフトを拝借したと言っていた。

思い当たるのは尾行されていたときのこと。
彼女ほどの頭脳をもってすれば、そこからこの事態は予測できていたのかもしれない。


「その割に落ち着いていますのね」


白井黒子が、居心地が悪そうにこちらを見ていた。若干刺がある言い方で声を出す。
壁に身を寄せて腕を組む様は、かつての敵を見るような視線だ。
もちろん最終的には諸悪の根源を初春らと叩き伏せたのだが、やはりこういったトラブルが絡むとあの時のことを思い出すようである。


「白井さん」

「わかっていますの。ですが初春。お姉さまも貴方もそうですが、人に対するガードが甘すぎますの。
 警戒する誰かがいなくては駄目だと思いますのよ」


曰く自分は露払い。ストッパーになる人間がいなくてはならないと。
立場が違うだけで、彼女が考えることは初春と同じなのだ。


「気にしない。警戒されて当然のことはしてきた。これから君たちがするべきことも、同じかそれ以上の緊張感が必要だろうしね」


口ぶりからしてある程度のことは把握しているようだ。

413: ◆le/tHonREI 2010/11/27(土) 21:47:26.59 ID:VzQzGSUo


「何が起こっているんですか? 垣根さんは一体……」

「彼は暗部の人間だ」


視線を落として、コーヒーを飲みながら木山が言った。
暗部。耳にしたことはないが、目にしたことはある。垣根が発する思考の中に何度か混じりこんでいた単語だ。


「私も詳しいことは知らないし、この目で見たことはない。が、話によるとそれらは学園都市の影で行動する組織群の総称らしい。
 これは資料が少なくて人づてに聞いたことだがね。―――彼はその組織のひとつ、『スクール』という部隊のリーダーを務めていた」

「過去形ということは、今は脱退しているんですの?」

「おそらく。だが私たちが考えるよりもずっとそちらの世界は複雑なようだな。何せ統括理事会が絡んでいるくらいだ、
 彼が狙われる事情は定かではないが、任務はそれこそ表沙汰にできないようなことばかりなのだろう。何があっても不思議ではないね。流血や殺人など日常茶飯事だろう」


人を殺したこともあると垣根は言っていた。なるほど、と初春は無言で頷く。
聞いたら卒倒するくらいの“悪いこと”。初春は聞いていたことなのでそこまで抵抗がなかったが、一方の白井はそうではないようだ。


「……、そんな危険な組織を……、統括理事会は野放しにしているというんですの?」

「野放しというよりはもう少し積極的に指示を出しているようだな。詳細は定かではないが」

「初春、貴方はそれを知っていたと?」


全部ではないが、把握していた点もある。罰が悪そうに首を縦に振った。白井はそれを見るなりため息をついて肩を落す。
さすがにそれくらいは教えてほしかった、といわんばかりの態度である。
初春としてもこの辺は、せめてこんな状況になる前に教えておけばよかったと思う。


「それで、じゃあ、垣根さんはその、……暗部絡みの一件でさらわれたんでしょうか」

「確定はできないがそう見るのが妥当だろうな。……だが解せない点もある」


カップを置いて立ち上がると、木山はデスクの上においてあった資料を取り出した。
おぼつかない手で受け取る初春。表紙には太字で、“統括理事会:急患につき保護依頼”とのこと。


「……、ただの人間にこんな大層な資料を作るほど、理事会も暇ではないでしょう」


隣で白井がつぶやいた。まったく同感だ。

414: ◆le/tHonREI 2010/11/27(土) 22:09:55.95 ID:VzQzGSUo


「一般人に見せていいものではないのだが、まあ君たちは特別だろう。ここを見てほしい」


木山は初春の手にある資料のページをぺらぺらとめくった。
行き着いたのは最後の部分だ。
そこに書いてあったのは、


「……『尚、本件に関して統括理事会は今後一切関与しない。不備があった際にはそちら側で処理されたし』」

「妙だと思わないか」


妙も何も、疑問符ばかりだ。白井が言っていたが、こんな大層な資料をつくったわりにはこちら側に丸投げ。
木山の話では統括理事会と暗部はかなり密接に関わっているらしい。
もしも彼が暗部にさらわれたならば、このような資料を作った理事会を疑うのが当然の帰結だろう。


「思わせて、やっぱり裏で手をひいているだけでは?」

「そう考えるとキリがないが、それにしても不自然だろう。主治医の話では彼は組織から追放されたことになっている。
 言い方は悪いが、理事会にとっては“用済み”であるはずなんだ。そもそもここまで予測していたならば最初から病院に預けたりはしないだろう?」


言われるとそれはそれで筋が通っているような気がする。


「……、つまりまとめると、垣根さんは暗部の人間であり、今回の件もそれに関係しているかもしれない。
 ですがそのセンでいくと、本来理事会から見放された彼を病院で保護させたという点に矛盾が生じる、ということですの?」

「そうだ。仮説ばかりで悪いがね」


木山の口癖になった台詞を聞いた。
初春も必死に頭をめぐらせようとするが、何度考えてもここにある素材だけで真相にたどりつくのは無理があるように思える。
可能性の話ばかりで、根拠となるものが何もないからだ。
あるのは垣根がさらわれた、という事実のみ。


「その通りだ。そしてここでアレコレ考えていても事態は好転しない。わかるだろう」


針を刺すように木山が言った。

416: ◆le/tHonREI 2010/11/27(土) 22:29:01.08 ID:VzQzGSUo


「定石ではここは兵力にまかせて人海戦術でアテを探すものですの。初春、垣根さんの手がかりはありませんの?」

「えっ……、いや……、最後に通信があったのは……えっと」

「それを通報する際に伝えておきませんと」


聞いて、なんとなく違和感を感じてしまった。

人海戦術。つまりそれはアンチスキルに通報して彼を探索するということだ。
この時間に通報を受け付けている部隊があるのか。いや、あるだろうが、間に合うのか。
垣根の安否を危惧する初春としては、今すぐにでも行動したい気分である。誰かに任せるのではなく、自分の手で……。

悠長なことを言い出す白井になんとなく苛立ちを感じてしまった。その選択は正しいことは、正しいのだが―――。


「で、でも、事態は一刻を争いますし……っ! 私たちのほうが身軽だし、それに機動力が……」

「彼をその場で始末せずに誘拐したというなら、まぁすぐに何かあるわけではないと思うがね」

「それも可能性の話じゃないですかっ!!!!」


木山の落ち着いた声に激昂してしまい、机を叩いて大声を出す初春。
しん……、と空気が凍るのを感じた。
無表情に白井と木山が自分を見つめている。落ち着け、といわんばかりの表情で。


「……ごめんなさい……。こういうときこそ冷静に、ですよね……」

「いや、構わないよ。通報は私がしておこう」


言いながら木山は立ち上がった。
瞬間、何か白井に目配せをしたように見えたのは勘違いだっただろうか。
部屋に立ち込める重い空気。たしかに、こういった大掛かりな事情は専門分野の大人に任せるのがいいのかもしれない。
だいいち、自分は垣根のところに駆けつけたところで、何ができるわけでもない。
せいぜい言葉をかけて、彼とコミュニケーションをとるくらいのことだ。肝心の翻訳ソフトも、今はどういうわけか起動していない。
これでは人は救えない。こんなチンケな能力では……。


「―――さて、行きますわよ初春」

「えっ……?」


見上げた先では白井黒子が、彼女の太ももに常備されている武器を確認しているところだった。

417: ◆le/tHonREI 2010/11/27(土) 22:40:54.22 ID:VzQzGSUo


「行くって……、どこにですか……?」

「……はぁ。定石、という言葉の意味まで忘れるほど呆けていたんですの?」


―――定石。

将棋、囲碁で昔から研究されてきて最善とされる、きまった指し方。転じて物事をするときの、最上とされる方法・手順。
つまりそれは、私情を滅して、目的達成のために取るべき手はずのこと。

この場合、余計な行動はせずに、アンチスキルにすべてを任せること。
余計な行動は、せずに。


「―――クソ食らえですの。
 結果がどうであれ、本当に大切なものは自分で取り戻さなくては意味がない。そうでしょう、初春」


ツインテールの髪を書き上げて、白井は部屋のドアを開きながらこちらを振り返った。
うっすらと笑っているようにも見える。


「じゃあ、……え、え、さっきのは……?」

「ま、事後処理はわたくしたちだけでは面倒そうですし? 物事には順序というのがありますでしょ。
 ……アンチスキルに垣根さんを保護されて、この部屋で立ちすくんでいて、貴方はそれでいいんですの? 
 わたくしなら我慢できない。たとえ危険が及ぼうとも、人に任せて安心していられるほど大人にはなれませんのよ。
 だから、……行きますわよ初春。大丈夫、貴方を傷つけるような輩にはこの白井黒子が容赦しませんの」


手を差し出して、今度ははっきりと笑いかけた。
つまり白井は最初から“その気”だったのだ。もしかしたら初春を冷静にさせるために一芝居うっていたのかもしれない。
やられた、などとは思わない。信頼こそすれ、迷うことなく初春はその手をつかんだ。


「やるならば徹底的に。貴方の殿方に手を出したことを後悔して、一生のトラウマになるくらいにやってやりましょう」

「それは……、さすがに」

「あら、やっぱり初春は冷静かもしれませんわね」


冗談を返せるくらいになった初春を見てほっとしたのか、白井は向き直って部屋の外に出た。
手をにぎる音が聞こえる気がする。開戦の合図は思ったよりもずっと暖かかった。

419: ◆le/tHonREI 2010/11/27(土) 22:59:53.45 ID:VzQzGSUo

部屋から出ると、通報を終えて戻ってきた木山が出迎えてくれた。二人をどこか遠い目で見つめている。
彼女も初春の心中を察していたらしい。尤も、本来ならば彼女の性格的に賛同してくれることはわかっていたのだが。


「もっていきなさい」


白衣から取り出したのは―――垣根のワイヤレス受信機、に似ている。


「これは?」

「15分だ。それ以上は絶対にやめるように。使い方は、君ならわかるだろう」


それからぶつぶつと、何かをつぶやきながら木山は部屋に戻ってしまった。手元に残された受信機を見つめて首をかしげる。
予備電源だろうか。そういえばそろそろ垣根の充電が切れる頃。
だが、15分……? 病院の廊下を歩きながら疑問を浮かべていると、


「ああ、大事なことを忘れていましたの」


不意に、白井が立ち止まってミニサイズの携帯を取り出した。
なれた手つきで携帯を叩く。


「ああ言ったものの、さすがに相手が木山のいうような組織絡みでは、わたくしと貴女だと少々戦力的に不安が残りますわね」

「……まったく、本来ならばこういったことには巻き込みたくないものですけれど、勝手に行動したらまた起こられますの。
 以前はそれでちょっとした喧嘩になってしまいそうでしたし」

「白井さん?」


独り言のような、愚痴のような。
それはやれやれというべきか、仕方ないというべきか、複雑な感情をはりつけたような声。


「―――戦争には大砲が必要でしょう? ひとつで軍隊を蹴散らすくらいの、大砲が」


………

……



420: ◆le/tHonREI 2010/11/27(土) 23:06:30.70 ID:VzQzGSUo

――――――

とある寮内。
パートナーが出て行った部屋で雑誌を読んでいた。

少し出てくるだけ、と言っていたがアレの少しは当てにならない。
嘘をつかれるのは自分のためを思ってなのだろうし、信頼しているからこそのそれなのかもしれない。
それにしたって、あからさまにやられるとどうもイライラしてしまう。出て行くときの表情に嘘はなさそうだったのだが。


―――これはただ自分が短気なだけなのか。大人にならなくてはいけないな。

この分だと面倒なことに巻き込まれているのかもしれない。
でも、あの子は何かあって、本当に必要なときにはきっと頼ってくれるはずだ。
自分が、そうするように。


余計なことを考えるのはやめて立ち上がり、そろそろ入浴を済ませてしまおうとした。


―――ヴー、ヴー……。


布団の上に転がる携帯が音をたてる。

読んでみると、その内容は丁度今しがた考えていたことと一致していた。
こういうときばかり予測はあたるもので、案の定も案の定。展開が分かり安すぎて納得してしまった。

立ち上がって、制服に着替える。ヘアピンをとめて、短パンをはいて。

そして―――


(―――本当に退屈しないわね、この街は)


コインを投げて、つかんだ。


………

……




438: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 17:53:25.33 ID:cyT2BqIo

                                       ※

数十分後、垣根帝督が搬送されたのは見たことのない大型の研究施設。学園都市のどこに位置しているかは分からない。
が、雰囲気から推測するに場所が表沙汰にされていないことは確かだろう。
どのみち暗部の人間が利用できる場所など限られている。

以前垣根たちは素粒子工学の研究所を襲撃したことがあった。あれは確か『ピンセット』の奪還を試みた際のこと。
とある能力者との戦闘によって破壊してしまったから、今あそこがどうなってるのかは分からない。
あえていうなら現在の場所はあの施設に少しだけ似ていた。もちろんそれは漂う空気の話だが。

                                バンク
「ここは電子工学の研究施設だ。以前は学園都市の『書庫』を始めとした情報管理素材の開発に使われていた。
 紆余曲折あって、現在この建物に駐在する者はいない。表向きにはな」


博士と呼ばれた男が垣根を乗せた担架のような、車椅子とは似て非なるモノを部下に引きずらせながら言った。
居心地の悪さはこの上なく最悪だ。
できることなら一刻も早くその目的を聞き出したいところだが、もちろん拘束されている身としては自由に話題を進めることはできそうにない。

文字でのやり取りはなんだか歯がゆかったりする。それは初春と対話していても同様だ。
博士は廊下を歩きながら、査楽の他、何人かの研究員らしき男たちに指示を出していた。


「すぐに始める。解析の準備はできているな」

「はい。ですが博士―――」

「なんだ、問題があるなら言いたまえ」

「いえ、散布したナノデバイスから情報が入りまして。どうも査楽氏が逃がした輩が、」

「問題があるなら、言いたまえ」

「あ、いえ……、し、失礼しました」


必要なことだけ簡潔に述べろ、という意味らしい。
立場がはっきりしているな。と垣根は密かに思った。

              アンダーライン
ナノデバイスというのは『滞空回線』のようなものだろうか。この男なら開発してもおかしくない。
もっともアレイスターが敷いている実際のネットワークほどの緻密さはないだろうが。

439: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 17:56:11.50 ID:cyT2BqIo


思ったのはそれだけではない。

査楽が逃がした、ということは、おそらく追っ手として誰かがここを探索しているということか。
もしもそれが自分の奪還を目的とするものなら、おそらく初春は無事なはず。メッセージは届いたということ。
これだけなら希望的観測とも聞こえそうだが、こんな短時間に都合よく追跡者が現れることは常識的に考えてもありえない。
これで十中八九、彼女の安否を確認できた。


「何をほっとしている? さすがに迎え撃つまで待っているような性分ではないぞ。大切な友人なんじゃないのか」

【……バーカ、来ねえよあいつは。そこまで馬鹿じゃねえ。来るのは通報を受けたアンチスキルが関の山だろ。
 加えてやつら相手にド派手にやらかした場合、都合が悪いのはテメェらだ。こんな場所に連れ込んだのは失敗だったな? 
 戦闘部隊が総動員されりゃあ、重火器であっという間にぶっ潰されちまうぜ】

「さて、どうだろうな。さすがに『オジギソウ』を都市内で遠隔操作するには距離が離れすぎているが、
 処理する時間は問題ではない。君の解析さえ終わってしまえばなんとでもなる」

【あ?】


博士は言うなり目をつぶると、口元をつりあげて微笑を浮かべた。


「ほう。たった三人か。くっくっく、吉報だよ垣根少年。それなりに人望はあるようだな。アンチスキルよりもよっぽど頼もしいじゃないか」

【………!!】


バカ春。何を考えている。
それからは思考が停止してしまった。


440: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 17:59:08.24 ID:cyT2BqIo


「査楽」

「ま、そうなるでしょうね。やられっぱなしはさすがに嫌ですし。殺しても構いませんよね」

「侮るな。さきほどの戦闘の二人ならば数で圧倒できるだろうが、残りの一人はおそらくレベル5の『超電磁砲』だ。
 お前程度では手に負えんだろう。時間を稼げればそれでいい」


査楽と呼ばれた男はそれっきり返事を返すことなく、その場から消えた。

一方の垣根は会話に違和感を覚えていた。

こちらの動向が伝わっていたのはナノデバイスによって理解できるが、なぜリアルタイムで情報が分かる。
見る限り博士は垣根の思考を読み取るパネルのようなものを見ているだけである。
サイボーグ、という言葉が頭の中をよぎったが、次に聞いた台詞はそんな垣根の予想を大きく上回るものだ。


「君と同じだよ。私の頭脳はあの箱の中だ」


箱。大型サーバー“ANGEL”。このタイミングで頭脳という単語が出てくるとしたらそこしか考えられない。

ということは、この男も電脳空間の中にいるということか。


「頭の回転は衰えていないようだ」

【バカな。テメェが俺と電脳空間を共有しているってのか? ありえねえ】

「それは少し表現が違うな。正確には君のホストにあたる存在だ。


    ―――私はもとから脳をデータ化している。君と最初に会ったときからずっと、な」


【何?】


441: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 18:05:15.62 ID:cyT2BqIo


「私から見た君は『下位個体』。……ああ、ハッキングをかけようとしても無駄だ。今の君はあちら側に戻ることはできない。
 君の脳波を双方向にするのも単方向にするのも私次第だ」


つまり、自分の心と体は今現在この腹の立つ男の傘下にあるということか。
なんのことはない、この男も心と体をバラバラにしていたのだ。自分と同じように。
そして推測するなら、自分をこのような体にしたのもこの男だろう。

たしかに、電子化した脳ならば今までの情報の筒抜け具合にも納得できる。
リアルタイムで散布したナノデバイスに脳波を飛ばせば、この街のいかなることでも見通すことができてしまう。まさに千里眼だ。
査楽が以前自分たちを追跡していたのは隙あらば今日のように自分と初春を処理しようとしていたからだろう。

あの日に二人が離れる機会はないと見て踏みとどまっていたのか。

だが、それでも疑問は残る。なぜこいつは五体満足でしゃべることができる?
そして、一体何のために自分を回収しようとしていた?


「君を再び回収することになるとは思わなかった。やはり若さが持つ発想力はすばらしい。
 そうでなければ君はもう用済みだったんだがな。このパネルは例のプログラムを解析して君の思考を正確に読み取っているのだよ。
 こちらの受信機といい、翻訳機といい、見事だな。いかんせんバッテリーの燃費が悪いのが難点だが」


そちらは木山が開発したものと知ってか知らずか。いずれにしろ博士は最大級の賛辞を送っていた。


「あの娘―――初春飾利は天才だ。
 何をもってその才能が開花したのかは知らんが、この私が断言する。それも金メダルを授与したいくらいのな」


時間は四時間をとうに回っている。
それでも回路がこちら側に止まっているのはバッテリー部分を手持ちの電子パネルで消費しているということだろう。
根拠のない推論を展開する垣根。だが、そこは重要なポイントではない。


【……、テメェの汚ェくそまみれのメダルなんかあいつは欲しがらねえよ。やはり最初から初春のこと知ってやがったんだな】

「もちろん君を観察していた途中で知っているだけだ。面識はない」


願望はあるがな、と言い残して博士は廊下を進んでいく。

442: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 18:11:03.88 ID:cyT2BqIo

――――――

やがて垣根を乗せた担架は広大な研究室―――、いや、実験室に運ばれていた。
あたりを埋め尽くすのは数えただけで100はありそうなモニター。
ソフトの起動実験にでも使われるものだろう。
中央を起点として放射線状に広がる画面と机は、無機質ではあるのにどこか有機的な不気味さを放っている。

垣根はその中心にある椅子に座らされた。彼を見つめるのは数多の研究員と、身を不思議な装いにつつんだ戦闘員らしき人物たちだ。


「さて、どこから話そうか」


博士は垣根の目の前に腰を落とした。


【……、何のために俺を回収した】

「至極単純な理由だ。君を生体兵器として利用するためだよ。来るべき戦争に備えてな」

【戦争?】

「順を追って話そうか。―――君はあの日、第一位によってその体を破壊された」


ぎり、と言葉と共に歯軋りをする垣根。
今の今まで忘れていた、苦い記憶。血の匂い。あの時の光景。五感にさわるすべてがフラッシュバックする。


「我々がアレイスターの命によって動いていたのは知っているな。
 脳がもとから電子の塊であった私に死という概念は存在しない。これもただの入れ物だ。
 体がなくなっても入れ物を変えるだけで何度でも復活できる。
 極秘裏に君を追跡していた我々は、あの戦いの後君を回収することに成功した」

【……、】


思い当たるのは以前、心理定規が言っていた例の話について。
ピンセットをめぐる一連の騒動のあと、自分は学園都市に回収されたことになっている、という話。
自分がここに存在している以上、ふざけたデマだと思っていた。あくまでも、思っていた。過去形。

混乱する頭をどうにか冷やしてみる。が、思うようにできない。
様子を見た博士は立ち上がると、何やら近くにいた研究員に目配せをした。


443: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 18:18:14.03 ID:cyT2BqIo


「回収した君の脳を電子化することはそんなに困難なことではなかった。いくら超能力者といっても元は人間だ。
 能力を伸ばすのでも発現するのでもなく、単純に移植するだけなら大したことではない。
 ……アレイスターはもともと未来を予見する力に秀でた存在だ。
 あの日のいざこざによって今後存在するであろうイレギュラー分子を始末するため、
 君は意志を持たぬ生体兵器としてよみがえるはずだった」


垣根はこのとき、本来感じるべきモノを感じることができなかった。
それは、あれほど渇望していた己の価値。
奇しくも自分はいまだこの腐った街に必要とされるほどのなにかを宿していたというわけだ。
だが、それはこんな形ではない。言わずとも本能で理解している。


「副産物としてチャチな兵器はいくつか造ることができたが、本体の君に動いてもらわなければ話にならない。………が、そこで問題が生じた」

「脳を移植することには成功したが、どうあがいてもこちらの世界に君を導くことができない。
 何が原因かはわからないが、バグのようなものがあの箱に存在しているらしく、どうやっても君の体は活動を開始しなかった」

【人の体と電子脳をつなぐなんてこと、そんな簡単にできねえだろ】

「我々の技術をもってすれば、五体満足で動けるのが普通なのだよ。これもナノデバイス。あとはわかるだろう」

【……! まさか、大気中に散布したネットワークで自律神経を……?】


以前戦ったときからナノテクロノジーに関する造詣はそれなりに深い様子だった。
シナプスと呼ばれる構造を模した擬似的な神経回路。理屈では理解できても、実感はない。

もちろん博士の場合と垣根の場合では勝手が違う。
垣根の神経をつないでいるのは単純な有線回路、もしくは幻想御手を模した木山のネットワークによるものだ。


「現に君以外は問題なく作動している。君だけが特例なんだ。
 ―――さて垣根少年。先ほど私は“君の体”という表現を使った。
 だが、君は一体全体、自分が自分であるとどうして主張できる?」

【どういう意味だ? 俺はここにいる。脳が電子化されようが、体はここに】

「だからこそだ。その体が君自身だと、どうして確信できる」

【―――?】


444: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 18:19:42.16 ID:cyT2BqIo

ぎぎぎ、と運ばれてくるのは大型の筒のようなもの。
棺に見えたのは垣根帝督の精神状態のせいかもしれない。

それを運んでくるのは博士から合図を受け取った研究員だった。

垣根の前で足を止めた男は、ゆっくりとその扉を開く。



ゆっくりと、ゆっくりと。



そして、




そこにいたのは。



【―――ッ!!!!】



とっさに『心理定規』の台詞が頭で響く。


―――正確には、“回収されていることになっている”。

―――脳みそは三つにわけられて、内臓をおぎなうために大きな装置を取り付けられた状態。

―――想像できる? 私には無理だったけれど。




はたして、“本物の”垣根帝督がそこにいた。


「そういうことだ。君の今の体は垣根帝督ですらない。ただの入れ物。偽者のガラクタさ」



445: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 18:22:53.95 ID:cyT2BqIo

絶句したまま己の体を見つめる垣根。
それは彼女が言うとおり想像の範疇を越えた姿をしていた。

むき出しになった己の脳。奇妙に捻じ曲がった体。内臓をえぐるように取り付けられている装置。

これは最早人間として原型をたもってはいない。ゴミだ。産業廃棄物の類だ。

―――だが。


【……はっ、ははハはハ………】


今更それがどうしたというのか。哲学的な博士の問いに答える必要などどこにあるのか。
答えたところで未来が変わるのか。今が、変わるのか。
そんなことは到底ありえない。あるのは絶望。広がるのも絶望。
この世の底から彼方まで、闇を宿した水平線がどこまでも続いているだけだ。


「さすがだな。一瞬乱れた拡散力場がすぐに収束した。
 ……今の君の体はエンコードされた脳をインストールするためにに造られた特別な個体。
 要するにクローンだ。いわば意志を持たない傀儡」


それはあの日、あの戦いの後、目覚めてすぐにひらめいたことだ。
垣根帝督の体は垣根帝督であってそうではない。本物は、目の前にある、―――ゴミ。


【……、俺を再び回収したのは、初春のシステムで意志疎通が可能になったからか】

「その通り。もっとも君の複製ならばいくらでも作れるし、実際に個体は何百と量産した。
 だが、理解不能の言語を話し、半身不随とはいえ体を動かせたのはこの個体だけだ」


垣根を取り巻く座標上に点在していたプロットが、次々に線で結ばれていく。
そこに爽快感はない。あるのは喪失感。何か大切なものが崩れ落ちるような。


「あのプログラムを応用して君を解析すれば、生体兵器として量産できるかもしれない。
 もともとあの病院に君を預けたのは、垣根帝督の死亡を病院側の不手際として処理させるための口実だった。
 だが状況が変わってな。今からでも君を使えば当初の計画にシフトすることができる。言っただろう、レベル5など何体でも作れるとな」

【………】


吐き捨てる台詞もない。
おそらく自分以外の複製は病院にすら入れられずに処理されていることだろう。


446: ◆le/tHonREI 2010/12/01(水) 18:28:19.69 ID:cyT2BqIo

……あの病室で目覚めたときの錯綜した記憶。今考えてみると妙だった。
そこが研究施設なのか病室なのか、どうして見分けがつかなかったのか。
答えは簡単であり、電子化された脳が一種の錯覚を起こしていたに違いない。


【戦争ってのはなんだ。まさか世界征服でもしようってのか】

「今の君に言っても仕方ないが、……まあいい。自我をなくす前に教えてやる。
 今からそう遠くない未来、この世界は三度目の大戦を経験することになる。これはほぼ誤差なしに決定していることだ」

【……アレイスターのくそったれだな、絵を画きやがったのはよ】

「細かいことは知らんよ。私は末端の構成員にすぎんしな。


   ―――だが」


博士が右手を振り上げると、目の前にあった“垣根帝督”は音もなく崩れた。
『オジギソウ』。特定の周波数に応じて反応する合金粒子。


「こうして君を壊すことはたやすい。絶望したかね?」

【あてつけのつもりかクソ野郎。せいぜい安い優越感に浸りやがれ】


垣根の台詞が届いていたのかいなかったのかは分からない。
博士は再び目で合図をすると、今度は垣根帝督の視線にその濁った瞳を合わせた。


「はじめようか。君にとっては二度目の絶望だ」


三度目だよ、と言い返す間もなく“兵器”への道が開かれていった。
彼が祈るのはただひとつ。

超電磁砲だのジャッジメントだの、かかわりのない他の奴らが犠牲になろうがそれは知ったことではない。

ただ。
馬鹿でお人よしのあの女だけは、ここにたどり着いてほしくない。それだけだ。


………

……



458: 続き ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 12:44:01.34 ID:JGVoBi2o

                                   ※


「『やっぱりな』が3割、『ふざけんな』が7割ってとこね」


夜の公園、ちかちかと点滅するライトの下で御坂美琴が口を開いた。
表情からは疲れと怒り、それに決意の光が等分されて瞬いている。

白井の提案によって会した彼女たち。
今後の行動、および垣根の探索方法について会議をしているところだ。

夜の街は確かに危険である。
が、白井が言うところの“大砲”を携えた今、下手に室内にいることは得策ではないと判断した結果だった。



「お姉さまはご存知でしたの? 暗部、という組織群について」

「知らなかったわよ。でもまぁ、……私も色々と見てきてはいるから。今更驚いたりはしないかな」

「……、」


色々、の中身については聞かずにおいた。
白井も白井で、御坂には言わずに危険に身を投じたことはある。
すべてを共有することが必ずしも信頼関係を築く条件になるとは限らない。

話したいことがあれば、話す。そうでなければ、聞かずとも信じる。
初春に言ったような関係はここでもしっかりと息をしているようだ。



459: 続き ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 12:45:49.71 ID:JGVoBi2o


「最後に通信があったのはこの場所?」

「はい。さっき説明したとおり、垣根さんの体は『幻想御手』の改良品を介して脳波を受信しています。
 私の翻訳プログラム自体はサーバーから直接彼の思考を読み取るものなんですけど、
 逆を辿って彼の体にアクセスすることも理論的には可能なはずなんです。
 通信が切れた、というより、痕跡がなくなっていた、という表現の方が正しいかもしれません。
 ……まるで妨害が入ったかのように」

「ふーん……」


御坂は言うなり遠い目をしてあたりを見回す。
何かを探しているような雰囲気。雰囲気だけで、意図はわからない。
真剣な面持ちでそれを見る白井、緊張しながらどぎまぎと二人を見比べる初春。

学園都市の夜の公園は意外と薄暗い。元々夜に外出することを前提として設計されてはいないのだ。
レベル5とレベル4の二人がいるとはいえ、これから起こるであろう出来事は浮ついた気持ちで乗り越えられるはずがない。
それでも周囲の様子も重なって、何かすっきりしない、落ち着かない。

初春が感じていたのは漠然とした不安感だ。垣根を救うという使命感を加味しても、やや足りない。
それは何よりも、彼女自身が己の無能さについて自覚しているからである。


「……うーん、恣意的なジャミングが入ってるなら、ソースを特定しないと私の能力でも追跡できそうにないわね。
 場所に心当たりはないの?」

「はい……、すいません……」

「暗い顔しないの。初春さんがいなかったら、こうして私たちが集まることだってなかったんだから」


言いつつも視線はやはり彼方を見つめたままだ。

……彼女は何を探しているのだろうか。

460: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 12:48:09.84 ID:JGVoBi2o

やがて自分を見つめる後輩二人に気づいたのか、御坂は目をぱちぱちさせてから微笑を浮かべた。
これではフォローになっていない、と思ったようである。


「……それにしても、意外だなー。初春さんに先越されちゃった。
 あ、変な意味じゃなくってね。なんていうか奥手そうだし、はは」

「……、お姉さま、やっぱり……」


びくっ、と体を震わせる御坂。
初春は会話の意味が理解できず、視線の意味を変えた白井と御坂を交互に見比べている。
見比べられた当の御坂は、慌てふためいて苦しい弁解を始めた。


「ち、ちがうわよ。別にあの馬鹿と比べたわけじゃなくて」

「……、わたくし、まだ何も言ってませんの」


あの馬鹿、とは誰のことなのだろう。
初春は初春でいきなりの話題転換に驚いたが、すぐに励ましてくれているのだと理解した。

御坂美琴は意外にも後輩や年下の人間に対して友好的な少女である。
白井のような癖がありすぎるルームメイト以外には、道端でバイオリンの指導をしてあげてしまうくらい、おせっかい焼きで世話好きなのだ。

きまりが悪そうに顔をひくつかせた御坂は、呆れ顔の白井を見てやや後ずさりをしていた。


「う……。ね、ねえねえ初春さん、それでどうなの? 結構いいかんじなの??」

「いいかんじって……、いつの時代の言葉ですの……? だいたい、初春ごときがそんなに進んだ関係にいたってるわけがありませんの。
 せいぜい手をつないでルンルンくらいのオチですのよ。ねえ初春?」

「わっ、わっかんないじゃないのよそんなの! 今時手をつないだくらいでこここ、恋人とかそんなわけないじゃない馬鹿じゃないの!
 ま、まああれよね、か、間接キスくらい……、ね、初春さん?」

「……、…………、えっと……」


話題を振られるなり、初春は一瞬目を泳がせた後、……顔を真っ赤にしてうつむいた。
薄暗いライトの明かりに照らされて、下唇を噛んでいるのがよくわかる。
名門中学の女生徒二名はそれを見て、「「え」」とほぼ二人同時に驚き、そして、絶句。

何か踏んではいけない地雷というか。文字通りこちらが爆死するようなネタを振ってしまった気がした。
目を点にして初春を見つめる二人。


461: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 12:50:22.26 ID:JGVoBi2o


「………、」

「………、」

「……あっ!! ち、ちちち違いますよ!? そういうのじゃないんです!! 
 お風呂に入ったのだって患者と介護士としてだし、決してそういう邪な感情は―――」



「おっ」
「ふろっ!?」



今度は魚雷を投げつけられた気がした。

お風呂。お風呂とはすなわち、お風呂のことだろうか。お風呂ちゃんまじお風呂。

御坂と白井の脳内で瞬時にとても放送できそうにない映像が広がる。
白井はやや青ざめた顔、御坂はりんごのような赤い顔。
二人そろって綺麗なコントラストを演出していた。


「ま、まあ……、つ、付き合ってるわけですし……」

「つつっつ付き合ってないですよ!! 何度も言ってるじゃないですか!!」

「そ、そうよね。それくらいは……、し、してるわよね……」

「違うんです誤解です!!! というか今はそんなことを話してる場合じゃなくてですねーっ!! ―――あ」


最後に初春が素っ頓狂な声を発して、会話が途切れた。

もちろん聞いていた御坂と白井は『こ、これ以上どんなトンデモ話が……っ!?』
という中学生としては至極当然な思考回路で会話の流れを予想していたのだが、内容は再び180度回転して、元の話題に戻っていた。



462: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 12:51:28.84 ID:JGVoBi2o


「これ、木山先生からもらったんですけど……」

「? なにそれ、ポータブルCD?」


初春が取り出したのは木山に渡されたイヤホンつきワイヤレス受信機。
意味深な言葉を残して渡された一品だが、バッテリー交換のために持たせたのだと推測できる。
使い方、という言い方がやや気になるが、初春が言いたいのはそういうことではない。


「これにも垣根さんの脳波が飛んできているはずなんです。
 ということは、こちら側を解析すれば垣根さんにアクセスできるかも。
 ジャミングされているのは多分、垣根さんが持っていた受信機を介してですし」

「……、なるほど、サーバーから分岐した脳波を読み取るということですのね。
 確かにお姉さまの能力と初春のスキルを合わせれば、できないことはなさそうな……」

「はい! 御坂さん、これならなんとか場所の特定くらいは―――」


しばらくぶりの笑顔を御坂に向けて、異変に気づいた。
さっきまで顔を真っ赤にしていた中学生の女子は、今はもうそこにいない。




いたのは、レベル5の、――――――“超能力者”だ。




「その必要はない―――みたいね」



463: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 12:54:07.72 ID:JGVoBi2o

額に皺をよせて初春の後方を見つめる御坂。
白井もすぐに異変に気づいたようだ。こき、と首をならして腕まくりをする。


そして最後に、初春飾利が振り返った先にいたのは、


(――――――ッ!?)

「そんなに驚かないでくださいね。まあ、その反応は嫌いではありませんけどね」


『死角移動』と名乗ったダウンジャケットの少年。
それだけならばまだ驚かない。

初春が驚いたのは、そこではなくて、人数とその容姿の問題だ。


数えたところ、同じ顔をした人間が10人いる。それも全く、同じ表情で。
まるで合わせ鏡の中の世界にいるような、奇妙な存在感。
初春は自分の足が少し震えていることに気づいた。


「―――はぁ、ホンット、胸クソ悪いわ」


御坂が呆れたように言い放った。見る限りあまり驚いているようには見えない。

こちらはただただ、慌てふためいて情報整理をするのが精一杯。
どうもこの事件に関わってから自分は驚くことが多すぎる。
ジャッジメントの仕事をしていてもここまでの驚愕はなかなか味わえないというのに。


「貴女が『超電磁砲』ですね。確かにこれは、時間稼ぎするだけで精一杯かもしれませんね。
 ―――ああ、それと初春飾利さん。受信機を辿っても無駄ですよ。博士は彼の脳波自体をジャミングしている。
 アクセスできるのは特殊な方法のみでしょうね」

「……、博士……?」



464: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 12:58:13.70 ID:JGVoBi2o

続きを話すのは、また別の少年。


「貴女を殺すだけならすぐにできそうですね。面倒ですから先に処分してしまいましょうか。
 人質としても使える。戦闘能力のない、頭でっかちの貴女はこの場所にふさわしくありませんからね。
 つまり我々にとっては玩具という名の有用品、あなた方にとってはガラクタという名の不用品です」


ぎり、と拳を握る初春。そんなことは自覚している。自分でも何度も反芻しているし、御坂や白井もふくめて、それこそ周知の事実だ。

だからこそ、悔しい。
あんたなんかに何がわかるといってやりたい。不用品だからどうだっていうんだ、と。

そして―――できることなら自分の力で救い出してあげたい。
彼を。寂しがりの、垣根帝督を。それができないから、今こうしてここにいるというのに。

―――それでも結局、無能だ、自分は。何もできないことに、変わりはない。だけど、だけど。


「やってみせなさいな」


うつむきそうになった初春の視線を上げてくれたのは、肩にのせられた白井の手だった。
まっすぐと査楽を見つめて、一歩踏み出してから白井は言う。


「……こちらとしても、貴方みたいなゴミ男が来てくれて好都合ですの。死ぬほど痛めつけて洗いざらい吐かせてやりますのよ」


続いて、御坂。帯電した電流を小刻みに漏出させて、目をつぶったまま、話す。


「悪いわねー、とある事情で同じ顔をした人間を見ると頭に血がのぼっちゃうのよ。
 アンタ自体に罪があるかどうかはわからないけど、―――逃がさないわよ」


御坂が目を開いた瞬間、響くのはビリビリビリィッ!! という空間を裂く音。それが開戦の合図だった。


「いきますよ。ショータイムですね」


465: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 13:00:00.26 ID:JGVoBi2o

瞬時に10人の人間が目の前から消える。


キルポイント。名の通りの能力。


襲われたときもそうだった。不意打ちに特化した能力だ。
喉は一時的に冷やして、応急処置をすることでなんとか発声できるようになったが、今度は助かるかどうか。

初春はこれから、この場所で想像を絶する血みどろの戦いが繰り広げられると想像していた。
たぶん御坂と白井の二人は自分を守りながら戦うだろう。


……自分は足手まといだ。もしかしたら自分がいることで戦況が不利に働くかもしれない。
時間稼ぎと査楽は言っていたが、自分のせいで二人が傷を負ってしまったらどうしよう。

どう行動するのが最善なのか。取るべき選択肢は。


―――すべて杞憂だった。





「がっ―――!?」






初春が視線を思考の向こう側へと飛ばしている一瞬で、すべては終わっていたからだ。




466: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 13:03:12.56 ID:JGVoBi2o

かろうじて見えたのは断片的な映像だった。

御坂が裏拳で背後の査楽の顔面を殴り、
続いて右後ろ、左後ろの上空から襲い掛かろうとする人影が電撃をあびて崩れ落ち、
白井がそのうちの一人をヘッドロック、すぐさま両手で拘束する。
他の9人は地面に倒れたまま動かなくなった。

といっても、すべては結果から予想される顛末にすぎない。

勝負はまさに刹那のうちに、ついた。


「死ぬほど手加減してやったわよ。この後どうするかはアンタの返答で決める。起きなさい」


地面にうずくまる査楽の髪をつかみながら、御坂は極めて冷静に言葉を吐いた。
その背中には少年の両手に関節技を決めて、自由を奪う白井がいる。
断続的に痛みを与え続ければ、さすがの査楽といえども逃げることはできないからだ。


「キル・ポイント。なるほど、やはり死角に入り込む能力ですのね。ですが相手が悪かったようですの。お姉さまの能力に360度死角はない。
 ―――わたくしですの? 死角からしか攻撃してこないなら、逆に行動範囲を狭めているだけですのよ、お馬鹿さん」

「……ぐ、これは……、さすがに驚きました……、ここまでだとは……っ…数が……少なすぎましたか、ね…」


言ったところで、地面に倒れる少年にゆっくりと顔を近づけた御坂は髪をつかむ手のひらに一層の力をこめた。


「1000人いても結果は同じよ。垣根さんとやらをどこにつれていったの? 
 三つ数える間に答えたほうが身のためだと思うけど。灰になりたくなかったらね」


どっちが悪者だかわからないような発言をする。
が、おそらくそれはハッタリだろう。御坂は簡単に人を殺せるような生き物ではない。

自身が圧倒的優位にある際、交渉する上で大事なのはプレッシャーを与え続けて選択肢を削ること。
初春は御坂の行動に舌を巻いていた。これは誰が相手でも情報を吐くしかない。

―――あるいは、他の要因が彼女に作用していて、過激な発言をさせたのかもしれないが。


467: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 13:05:48.69 ID:JGVoBi2o


「いち」

「う……ぐ………」

「にい」

「短いショータイムでしたの。返金は結構ですので、返事をくださいな」


コインを査楽の額にあててカウントを始める御坂美琴。

白井はそれを見ても表情をまったく変えなかった。
すべては垣根帝督奪還のため。逆に逃げられないようにつかんだ腕をさらに締め上げる。
対する御坂は演出のつもりか、周囲に電撃を撒き散らした。

圧倒的なプレッシャー。視線を含めたすべてが二人を演出している。

完全に確立されたコンビネーションだった。
この二人のやり取りには一分の隙もない。

どこでこんな動きを覚えたのか。初春は何か、二人の暗い部分を垣間見たような気がした。



「さん」

「―――仕方ありません、ね………」



ビリィッ!!という音を立ててまた空気が裂ける。御坂は電撃をあびせて気絶させるつもりだったらしい。
が、そこに査楽の姿はない。文字通り、音も立てずに消えた。

服だけを、残して。


「……!? 消えた……? いや、くずれ、た……?」

「テレポート……ではないですわね。自壊?」

「………、みたいね」


御坂が首を振って白井に合図をする。
初春もつられて周りを見ると、今までそこに散らばっていたはずの9体の人間が、同じように服だけを残して消えていた。


468: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 13:09:02.54 ID:JGVoBi2o


「寮にいたときも……、消えていましたよね」

「ええ。ですがあれは他の人間……、まぁ、さきほどのコピー人間にやらせたと考えるほうが妥当でしょう。
 これは少し、勝手が違う」


初春から見ていてもその消え方は明らかに不自然だった。
建物の風化をハイスピードで再生したような、消え方。
同じ顔をした10人の男たちといい、謎は深まる一方だ。


「それよりも、垣根さんの居場所に関する重要な手がかりが……。
 初春の受信機も使えないといいますし……、ひとまずは病院に戻って―――」

「大丈夫、手がかりならもらったから」


え? と答える白井と初春。
御坂美琴は立ち上がった後、再び当初の視線を取り戻していた。遠い目。
何かを探しているようだったそれは、一点に留まって空を見つめている。


「今のバカの体からは磁力線に似た波が常時放出されてた。崩れる瞬間、一斉に収束する光の道が見えてね。
 おそらく電気的な何かを使って遠隔操作、あるいは電波を受信していたみたいね。言ってなかったっけ? 私、そういうの目視できるの。
 ここに来たときは垣根さんの波の痕跡をさがしていたんだけど。―――光が伸びていたのは、あっち」


指差した方角をにらみつける。


そういえば以前白井から聞いたことがある。レベル5のエレクトロマスターともなれば、電磁力線をその目で追うことができるとかなんとか。
瞬時に伸びた光を見逃さなかった御坂の慧眼に脱帽する初春だったが、今はそんなことを考えている余裕はない。
一刻も早く、たどり着かなければいけない場所があるから。

469: ◆le/tHonREI 2010/12/03(金) 13:12:01.47 ID:JGVoBi2o


「研究施設か何かじゃない? ま、手当たり次第にぶち壊してもいいけど、近くにいけばそれらしきものは見つかるはず。
 急ぎましょ。初春さんのこともそうだけど、個人的に気になることが増えたから。

  
       ―――ことと次第によっては、徹底的に潰す」



「……、お姉さま、さっきの電撃は……」

「黒子、テレポート。急いで」


それ以上は追求しなかった。


白井が感じていた違和感の正体は、その威力についてだ。
もちろん手加減はしていたと思うが、あれはハッタリにしては強すぎた。
鍛えられていない人間ならば下手をしたら重大な障害が残ったかもしれない。


御坂の演算能力は学園都市でも最高峰のものだ。演算を誤ったとは思えない。

それはおそらく、感情的な問題。

妙に落ち着いていた態度が、青く燃える炎を彷彿させる。
本来ならば竹を割ったような性格の彼女から発せられた、機械的な言葉の数々。

御坂をそうさせた理由。意図。意味。考えても答えはでないだろう。だが、ヒントはある。


一方の初春は、垣根に渡すべきワイヤレス受信機を握り締めて、決意を新たにしていた。
これからいくところでも戦闘は避けられない。それでも行かなくてはいけない。


(……垣根さん―――!)


見上げた先の空はまだ、暗かった。



477: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:12:53.73 ID:PqEzWDIo

――――――

目標にたどり着くまでに費やした時間はものの数分だった。
夜空を舞うテレポーター。機動力に関して右に出るものはそうそういない。

そうして三人がやってきたのは、見るからに無機質な佇まいをそこに模した、建物。


「ここは……?」

「……、電子工学の研究施設。それも旧来の」


御坂美琴は施設の入り口に立って、これ以上なく苦そうにつぶやいた。心なしか視線が少し泳いでいる。
それは探し物をしているようなものではなく、動揺しているようなものでもない。
あえて言うなら、何かを推察をしているときのもの。


「なぜここに……、いや、どう考えても正規の研究が続いてるとは思えない……」

「……、」

「裏でコソコソと……、まさかまた馬鹿げた実験でもやろうっての……!? あれだけの犠牲を払っても、まだ……!!」

「お姉さま」


張りのある声で御坂の思考を断絶する白井。
瞬時に泳いでいた目が定点に戻る。

初春は御坂にとって、白井黒子という人間がいかに重要な存在かを改めて知った。
自分が言えた義理ではないが、御坂美琴という人物はなんというか、いい意味でも悪い意味で直情的である。
力におぼれるような人格は宿していないとはいえ、その戦闘力や正義感はときに無茶を誘発することもあるだろう。

そんなときには第三者の鶴の一声が必要になるものだ。
自身は露払いであると自称した白井。こんなところでも彼女は冷静さを保っていた。


(といいつつ、実は熱血少女なのも知ってるけど)

「初春……、貴女って人はどうしてそんなに分かりやすく顔でしゃべるんですの……?」


478: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:14:09.29 ID:PqEzWDIo

盛大につっこみを入れたいところだったが、そんな時間はすぐになくなった。
施設の入り口に会する三人の前に、ぞろぞろと、奇妙な装いをした“何か”が姿を現したからだ。
その数はおそらく十数人。身長はそれぞれ優に180を越えていた。

即座に構える三人の能力者。対する相手の第一声は、


「お引取り願おう。言っても無駄だろうが」

(……、見たこともない部隊)


奇妙と描写した理由。
それは彼らの身にまとう仮面のようなもの。
のっぺりとしたそれは金と白で装飾されていて、縦幅が顔の二倍以上はある。

不気味だった。表情が見えない敵というのはそれだけで奥深さを感じてしまう。


「決定的ね」


御坂は言う。訪問しただけでここまで大掛かりな出迎えなどあるわけがない。彼らは明らかに戦闘員だ。

―――間違いない。ここに、いる。

じり、と足を地面に一定のスタンスで開き、御坂は続けた。


「黒子、アンタは足が利くから、テレポートを使って初春さんを中に運んであげて」

「……、ですがお姉さま」

「わかってるわよ。でも今はすべきことがあるでしょ。大丈夫、こっちが終わったら後から行くわ」


初春たちの目的は垣根帝督の奪還であって、組織の壊滅ではない。
もしかしたら延長線上にそれはあるのかもしれないが、それこそ白井の言った定石をふまえてのことだ。

会話は明らかに目の前の戦闘員からでも聞き取れるような音量だった。
それが癇に障ったのか、一人の男が身を乗り出して言った。

479: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:14:59.43 ID:PqEzWDIo


「通すと思うか? “道具”風情が。調子にのるなよ」

「―――ッ!」


瞬間、初春の視界が閃光で銀色に染まる。
何かをされた、と思ったときには白井に抱えられていた。初春たちとは反対側に御坂がいる。

どうやら左右に飛んで交わした様だ。
とんとん、と軽くステップを踏みながら、御坂が啖呵を切った。


「ハッ! 上等じゃないの、道具呼ばわりしたこと後悔させてあげるわ。アンタらみたいな猿に扱えるほど、簡単なシロモンじゃないっつの!!」

「その猿にあしらわれる気分を味わうことになる」

「へえ、その割にずいぶん洒落た格好してるわね。進化の賜物かしら」


険しい表情で相手を見つめる御坂。

一方の初春は、別のことにその視線を捉われていた。


(―――っ!? あれは―――)



そう。
男たちがかぶっている仮面。

そこに浮かび上がった文字。


(―――Equ.DarkMatter……、それって……)


無論、いつぞや聞いた垣根の能力名と同名であった。
よく見ると彼らからは翼ような物体が伸びている。

さきほどの攻撃は閃光、ではなく物理的なものだったのか。
それにしたって、やや理解できない。まるでこの世の物質とは思えない動きを見せていたから。


「ここで処理させてもらう」

480: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:15:51.52 ID:PqEzWDIo

その合図と共に一斉にこちらへと向かってくる翼たちは、グロテスクな触手を連想させた。

あたれば致命傷は避けられない。




―――が。



「黒子ッ!!!」

「いきますわよ、初春!!!」


叫んだ御坂に対する白井の反応は早かった。

ビリビリビリィッ!! という音を放ったのち、あたりが光に包まれる。

はたして、男たちが視界を取り戻した先に、白井と初春の姿はない。
どうやら一瞬の隙を突いて建物の内部に潜入したようである。


仮面の男たちはたった一人の超能力者を前に、少しだけあたりを見回したあと、目標を変更、構え直した。


「……閃光弾か。さすがは第3位、応用力では群を抜いているな。だが二度は通じんぞ」

「バカと能力は使いようってね。安心して、別にアンタらをナメてるわけじゃないわよ。
 単純にムカついたからぶっとばしたいだけ、それと……」


言いながら帯電した電気を右手に集める。
相手は訓練されている軍人か何かだろう。手加減は必要としないくらいに、武装しているようだ。
御坂美琴は久方ぶりに味わう緊張感を、どうにかして集中力と融合させようとしていた。

冷静と情熱の間。頭は冷やしつつ、心は熱く。
大丈夫。殺しさえ、しなければ。


「―――本気でやれる機会は、あんまりないから」


タンッ! と地面を蹴って飛び出す第三位。
一秒もたたぬうちに、あたりは戦場と化した。


481: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:17:58.13 ID:PqEzWDIo

――――――


「初春、手当たり次第に探索を!! 施設さえ分かれば構造も……!!」


潜入した施設の内部を走る初春と白井。

もちろん白井の能力を使えば絶対座標を用いることでもっと効率よく探索できるかもしれないが、
潜入する際には人の動きに慎重になる必要がある。
うっかりミスは許されない。ゆえにあえての疾走だ。

研究施設とは言っても、その全体が動いているわけではなさそうだ。明かりがともっている通路は限られている。
また御坂のように目視はできなくとも、ソースがわかれば動きながらでもこの施設で何かが行われている場所を特定できる。


「こっちです!! この先!!」


片手で携帯をいじり回しながら、初春が叫んだ。後を追う白井。
心なしか、いつもより初春の走る速度が速い気がする。
いや、それは勘違いなどではないだろう。


(……垣根さん……!! 垣根さん!!!)


査楽に言い放たれた己の無力さ。それを、払拭するかのように初春は走った。
言い換えれば、今は走ることしかできない。
結末はどうなっているかわからない。すべてが無駄になってしまうかもしれない。

それでも走る。
この上なくシンプルな行動基準に、なぞられて。


(私は―――、垣根さんを―――)


救うと決めた。だから、走るのだ。

やがて二人の前に姿を現したのは、巨大な扉。
鍵がかかっているかどうかを確認する必要はなく、初春に追いついた白井はその壁を通り抜け、そして―――。


「垣根さん………っ!!!!!!!!!!!」


そこに、たどり着いたのだった。

482: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:18:58.58 ID:PqEzWDIo


「ほう。早かったな。なるほど、『超電磁砲』はよほど性能がいいらしい。ふむ、君が初春飾利かね」


その部屋の中心にいた男は、初老を過ぎた男性。
査楽が言っていた、『博士』なる人物だろうか。いや、そんなことはどうでもいい。


(何なの、この場所は―――)


入り口から奥に至るまで、あますことなくモニターが設置されている。
各テーブルには何かを打ち込みながらそれを見る研究員のような男が何十人といた。

また、初春と白井が部屋に入った際、それまで壁際で待機していた男たちがゆっくりとこちらを振り返り、見つめてきた。

さきほどの仮面の男たちと同じ。戦闘員だ。


「……、……?」


垣根帝督は探す必要もなかった。部屋の中心に位置する椅子に座らされたままで、ぐったりと、倒れていた。

―――そう、ぐったりと。



「え…………?」

「そういうことだ。もう終わった。正真正銘のゲームオーバーだよ」


何を言っているのか理解できない。


―――ゲームオーバー? もう終わった? 

それは単純な日本語のはずなのに、初春の脳内をすり抜けては消えていく。


何が、終わったっていうのだ。

何を、言っている。


483: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:20:39.27 ID:PqEzWDIo


「……ちッ!」


対する白井黒子の行動は冷静そのものだ。
一瞬のうちに垣根の元へと移動し、タイムラグの限界ギリギリの速度でこちらへと戻ってくる。

奪還、成功である。


「ふむ。そっちの君はテレポーターか」


だが、博士はその様子を見ても少しも驚かない。表情すら変えずに、こちらを見つめている。


「あ……」

「初春!! しっかりなさい!! やるべきことを忘れたんですの!?」


かつがれてきた垣根帝督を初春に抱かせて白井は怒鳴った。
放心状態になって垣根を抱きかかえる初春はそれでも、何を言っていいのかがわからない。


「彼の脳はさきほど処置を終えた。
 意識がかすかにサーバー上に残ってはいるが、あとはデリートするだけだ。何、数分で終わるよ」

「で……りーと……?」


おや、知らなかったのか、と付け加えて、博士はゆっくりと、本来垣根が座っていた場所に腰を落とす。


「彼はデータ上の存在だよ。本来すでに体は失っている。生体兵器として生きながらえるために、私が生み出したフィクションだ」

「………ふぃく……、しょん……?」

「そう、フィクション。まがい物、虚構だ。ちなみに私も、だが」


484: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:23:17.51 ID:PqEzWDIo

まあ詳しいことは説明する義務も義理もないがね、と博士は興味がなさそうに言って、椅子を回転させた。
初春はここまできて、ようやくことの顛末を理解する。


―――垣根の心は今まさに、閉ざされようとしている。


おそらくモニターを介して研究員たちが行っているのは、接続した生体兵器としての自我を、垣根の意識に埋め込む作業。
これにて彼らの目的は成就されることになる。

数分後には完全に、本来の垣根帝督としての自我を失うことだろう。

かといって、それを知ってどうする。打つ手はない。
わかっているから博士はこんなにも落ち着いているのだ。


「……、……! 初春、ここはひとまずひいて……」

「声が震えているぞ、白井黒子。無駄だというのはわかっているんだろう。
 距離は問題ではない。大事なのは、ここだ、ここ」


博士は微笑を浮かべて自分の額を、指で叩いた。それもわかっている。
すべて、わかっている。

それでも、打つ手が思いつかないからといって碁盤をぶち壊すことなどできるわけがない。


「こんなことをして……! 何が楽しいんですの……!?」

「楽しい、か。いや、普通なら否定するのだろうがね。私は楽しいよ。美学を追求することはいつだって楽しい。そのためのこの体だ」


言いながら立ち上がった博士は、あたりの研究員に作業を催促した。
白井は足を震わせたまま、動くことができない。

どうしていいのか、本当にわからない。
仮に垣根帝督と初春をつれてここから出たところで、本体がデリートされてしまうのなら何の意味もないからだ。

今までにだってこんなことはなかった。


485: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:24:46.29 ID:PqEzWDIo

「逃がしてもいいのだが、後々面倒なことになりそうだ。超電磁砲はまだ外だろう? 
 戦力を割いて足止めした価値はあったようだな。査楽のやつには元々期待していない。用済みの情報は綺麗に消去してやったよ。
 さて、君たちにも退場願おう」

「この……ゴミ野郎が、ですの………!!!」


体を震わせて吐き捨てる白井。
辺りの戦闘員はこちらへとゆっくり足を勧めてきていた。

その、白井の傍らで、初春飾利は―――、


(……、垣根……さん……?)


ゆっくりと、垣根帝督の頬を撫でていた。あどけない寝顔。少年の顔。


それは病院であったときと変わらない。

初春が、淡い気持ちを抱いていたあの頃と、今の気持ちも、―――変わらない。

タイムリミットはもう一分を切っているだろう。
データの打ち込みが終われば、インストールするだけだ。




―――もう、おしまいか。


今までの、全部は、フィクションだったのか。


―――あの日の散歩も。

―――リハビリも。

―――少し前の、同居生活も。



すべて………。

486: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:27:03.43 ID:PqEzWDIo




――――――、――――――、違う。



(………、そんなわけがない。そんなこと、この私が認めないッ!!!!!!!!!)




「初春……?」


瞳には決意がにじんでいた。光を集めた迷いがない煌き。
決意。その決意とは。



「―――私が直接、垣根さんにアクセスします……!」


「な」

「ほう」



抱きかかえる垣根を横目に、初春が再び取り出したのはワイヤレス受信機だった。
幻想御手を元に、垣根の脳波を受信するための装置。リアルタイムで飛ばされている脳波は、まだ生きているかもしれない。

それを初春自身がつかまえて、データの更新を妨害するということ。
方法はそれしかない。


「初春!? 貴女それがどういうことかわかってますの?!」

「わかってます。他人と脳波を共有する場合、最終的には脳に意識が取り込まれてしまう可能性がある。
 でも、あの時木山先生に言われたときの台詞を思い出したんです。今からでも私の意識を媒介にして、呼びかければ、もしかしたら―――」

「興味深い推察だが、それはこの上なく危険な手法だぞ。博打もいいところだ。
 我々が打ち込んでいるデータがインストールされれば、君の自我も崩壊する。共有された脳を通してね」
 
「覚悟の上ですっ!!」



487: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:29:00.34 ID:PqEzWDIo

言い放った初春は迷うことなくイヤホンを耳に当てる。
白井はそれに対して何かを叫んだが、かといって代案などない。


「まあ、その前にそんなことはさせないがね。……、殺せ」


博士が片手を振り上げるのと同時に、四方八方から仮面の男たちが放った翼が流星のように降り注いだ。
狙いどころはこの上なく正確。あたれば―――、もちろん。


目をつぶる、初春。

白井が一瞬迷って、初春と垣根に手をあてようとするが、それが間に合うのが先だったか。




(……垣根さん―――!!!)



いや、あるいは。




―――ヴンッ。




刹那の後、あたりに爆発音が響き、部屋の電力が落ちた。


「やりすぎだ、馬鹿め」


博士が暗闇の中で声を放つ。
爆風があたりに吹きすさび、視界には何も映らない。

次に博士、およびその場にいた研究員の瞳を捉えたのは、モニターに移る、



―――文字だった。


488: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:30:06.87 ID:PqEzWDIo










  
                                【痛ってえな】











489: ◆le/tHonREI 2010/12/04(土) 06:35:36.43 ID:PqEzWDIo

                          【ざまあみやがれクソ天使】

  【考えてみれば単純なことだったんだ】         【木山が何も考えずにいるわけがねえ】

           【あの天使も言っていた】           【共感】

      【初春?】    【ああそうさ】          【仲介人】

        【ナメてやがるな】              【愉快な死体にしてやる】

    【花だ】       【赤い植物】                 【テメェらは一人も逃がさねえ】

      【秋から連想できるもの】                【ギャンブルタイムだ】

          【暖かい】 【俺らって付き合ってるのか】          【また花言葉、持ってこれるか?】
 
    【テメェは医者じゃねぇだろ】    【なあ】         【誰もそんなこといってねえ】

       【俺の未元物質に常識は通用しねぇ】      【くそったれの天使】    【これが未元物質だ】   

   【HANA】 【花飾り】 【ノーヒントでここまで】   【俺を信じろ】

    【二人ならできる】     【お前は何も考えなくていい】        【多分そういうことだ】 

 【抗ってやるよ】 【クソもメシも一人じゃできねえが】 【まだ終わっちゃいねえ】    【ぶっ殺す】

                【俺が移動できるのはBの部屋の入り口まで】    【冷たい】

     【俺は絶対に忘れねえ】    【失敗だったな】

      【絶望しろコラ】   【そのための実験】     【変圧器】

              【ロジックを読み取る】        【リアルタイムで共有】



「―――!!」


そこに君臨するのは学園都市の第二位。
闇から抜け出した、もう一人の天使だ。


「―――よう。来場ありがとよ。これからテメェらには楽しい楽しいメルヘンランドの招待券をくれてやる」


初春飾利を両手で抱えながら、その天使は、この世に舞い戻っていた。


515: ◆le/tHonREI 2010/12/08(水) 23:20:25.30 ID:Ylrx5i.o

――――――

夜の病室は静かだ。

木山春生は垣根帝督に関する書類を一通りまとめた後、彼に関するデータの総括をパソコンに打ち込んでいた。
片手にはコーヒー。本当ならばここはホットカレーを飲むのだが、気づけばいつも彼女の手元にはコーヒーがある。
誰の影響かは、わからない。


「見送りは済んだのかい?」


声は病室の入り口からした。冥土帰し。
今更驚いたりはしない。たぶんすべて知っていたのだろう。


「……、本当は私が使うつもりでした。あの子を危険な目にはあわせたくなかったから……」

「知ってるよ」


どこまでもお見通し。当然だ。
“あれ”の使用許可を出したのも彼だし、以前そのことでアドバイスを受けている。

もともとあれは垣根に渡すつもりで造ったものではない。
彼のパートナーである初春飾利が身につけ、はじめて意味を為すもの。
説明を省いたのは、それでもできれば使ってほしくはなかったから。


「先生、これでよかったんでしょうか。……、あれは未完成、というより完成品には決してならない。制限つきの欠陥品です」

「それは君が決めることじゃないよ。大丈夫、彼女たちなら使いこなせるはずさ。信じたからこそ渡したんだろう。
 それに……、君は彼女の代わりにはなれないだろう?」

「……はい」

「知識や技術に善悪はない。使う人間の問題だよ」


真理をさらっと語る医者。


516: ◆le/tHonREI 2010/12/08(水) 23:22:01.36 ID:Ylrx5i.o

…………。



―――かたかたかたかたかた。


それからしばらくは乾いたキーボードの音が響いた。
冥土帰しは部屋の様子を見て、何かに気づく。


「……、そうか。そろそろ時間だね。次に行く場所のアテはあるのかい」

「昔なじみの研究者に呼ばれています。論文をまとめる手伝いをしてくれ、だとか。
 それが終わったら、そろそろ自分がしてしまったことと向き合ってもいい頃かと。渡り鳥のような生活もどうかと思いますし」

「……うん、そうかもしれないね」



かたかたかたかた。

―――たん。


最後の音。冷たく響いてすぐに消えた。

木山はすでにまとめられていた荷物を手にして、立ち上がる。
その後、データをまとめたUSBを無言で渡して、少しだけうつむいた。


「大丈夫。あの二人は僕が責任を持って“診る”。君は自分がするべきことをすればいい」


木山が横を通り過ぎる瞬間、冥土帰しはそういって肩を叩いた。
少しだけ立ち止まる。そして、一歩、また一歩と病室の出口へと進む。

人の罪はどうやって償えばいいのか。
罪を忘れずに引きずっていれば、いつか償えるのか。



「―――お世話に、なりました」


それっきり、木山が病院を訪ねることはなかった。



517: ◆le/tHonREI 2010/12/08(水) 23:23:35.93 ID:Ylrx5i.o

――――――


(ど、どうなってるの……?????)


初春飾利は困惑していた。


なぜか自分の腰に手を回してそこに立っている垣根帝督。
知らないうちに抱きついて首に手を回す自分。

白井黒子は呆然としたまま、垣根の背中から生える翼―――を見つめている。
どうやら攻撃から彼女を守っていたらしい。


―――片翼だった。


もしかしたら彼の能力なのか。いや、問題はそこではない。


この状況はどういうことだ。
自分は彼を助けるためにワイヤレス受信機をはめて、それで―――。


考える間にも頭の中には次々と、処理するべきデータが飛び込んでくる。
が、どれも意味不明な文字の羅列ではない。

翻訳プログラムを開発したときと同じ。
まるでゲームのように、その文字を脳内で変換する。すると。


「―――邪魔くせえな」


垣根が翼を一振りする。

たちまち烈風が吹きすさび、その場にいた戦闘員が何名か吹っ飛んで壁に叩きつけられていた。
残りの部隊にも動揺が走っているのが見ていてわかる。


518: ◆le/tHonREI 2010/12/08(水) 23:25:35.75 ID:Ylrx5i.o

どういう理屈かはわからないが、翻訳された事象が、自分だけの現実となって目の前に姿を現している。
そして何故か、処理を終えた後何が起こるかが理解できる。
まるで超人にでもなったかのような感覚だ。


「か、垣根さんっ……? ……って、ええええっごごごごごめんなさ」


初春が気を取り直して、密着する体を彼から遠ざけようとすると、制止してきた。


「離れるな」


ぎゅっと、力強く寄せられる初春の体。抱きしめたことはあっても、抱かれたことはない。
赤面してしまう。顔が近い。どきどきする。


―――いや、それより、こんなに胸板、厚かったっけ、なんか変な気持ちに、あうあうあう。


意味不明の言葉を発してしまう彼女に呆れながら、垣根が口を開いた。


「バカ春、テメェがいねえとうまく動けねえだろうが」

「え」

「羽が対称じゃねえと飛べないっていってんだ。背中見てみろ」


振り返って確認したところ、初春の背中からも垣根と似たような翼が生えていた。
しかしそれも片翼。垣根とは生えている方向が別で、合わせることで対になっている。


「え、ええええっ!? な、なんですかこれわっ!?」

「リアルタイムで俺の演算をテメェが“こっちの形式”に変換してるんだよ。……ったくあの女、とんだ天才だぜ。
 耳につけたそれでテメェの脳と俺の脳は一時的に共有されている。外からアクセスしてくれたおかげでこっちに戻ることができた」


その言葉で初春は理解した。


そういうことだったのか。


519: ◆le/tHonREI 2010/12/08(水) 23:28:36.52 ID:Ylrx5i.o

以前木山が病院で言っていた理論。
垣根の脳内データをこちら側の形式に変換するための処置。

スーパーコンピュータを介しても足りないといっていたが、それはあくまでコンピュータを使った場合の話だ。
人間の脳を特殊な状態に導いて変換装置として使用する。


第1位のケースとは決定的に違い、1万もの脳を代理演算に使う必要はない。
本体である垣根の中ですでに演算は終えていて、単にそれを“変換”するだけの操作。
ホストである博士とは別の方向から彼の意識にアクセスをかけたことで、その封が解かれた。

『未元物質』の唯一の仲介人。変圧器の役割を初春が果たしているのだ。


「木山は何分持つと言っていた」

「え、あ、……じゅ、15分……?」

「充分すぎてお釣りがでるな。これが終わったら部屋の続きをしようぜ? 釣り銭で最高級のホテルおさえてやるよ」


余裕の表情で言い捨てる垣根。
これは―――、勝利を確信している。笑みは妖艶で、怖いくらいに整っていた。


……部屋の続きとは、要するに、アレの続きということだろうか。


そう考えると脳を共有しているという言葉はそれだけで官能的である。
まさに一心同体。電子レベルでつながっている状態だからだ。

初春はまた赤面する。それを見て、垣根が笑う。
二人の心は、あのときと同じ。調和して揺らいでいる。

流れる光のように、規則的に。




―――とはいっても、膨大なデータを変換するのに適した状態というのはそう簡単に維持できるものだろうか?




520: ◆le/tHonREI 2010/12/08(水) 23:35:26.40 ID:Ylrx5i.o


「で、でも、リアルタイムで人間の神経までを演算することなんて、わ、私には……」

「できるさ。テメェと俺ならできる。何のためのリハビリだったよ」


幻想御手の理論を支えているのは共感覚性。
二人が行っていたリハビリは、考え直してみればまさにそれだった。

刺激を受け取った際の反応を、少しずつ、時間をかけて調和させる。
くだらなく見えたゲームや鑑賞会の数々。それもすべては―――。


「あれは俺たちの共感覚性を養うためのものだったんだ。無意識に変換するくらい、テメェなら訳ねえだろ。だから―――」

「え……、」

「―――だから、できる。俺を信じろ」


垣根は腰に添えた手を、初春の肩にまわしていた。
やわらかな感触が伝わる。心臓は鼓動をやめてはくれない。

眼前にはまだ戦闘員が残っている。
こちらの様子を伺いつつも、仕掛けるタイミングを狙っているようだ。

後方では白井が、手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。


「う、初春、これは……?」

「白井黒子か。テメェはそこで見てろ。何、すぐ終わるさ」

「いくぞ」


ダンッ! と飛び上がってから、垣根と初春の背中から広がる翼。

月灯りが室内を照らしている。
まるで世界の中心がシフトしたかのような高揚感。
垣根は言った。


          トランスフォーマー
「―――よくも俺の初春を傷つけてくれたな。小物は見逃してやる、今のうちに尻尾まいて逃げろコラ」



568: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 14:47:30.27 ID:pAU4voco

飛び立った二人から放たれる烈風は室内を駆け巡る。
だが、もちろんそれは本筋ではない。

垣根が脳内(正確には彼の電脳空間を通して)演算処理した結果を、初春が“変換”する行為。
中にはなんだか妙な処理というか、およそ何が起こるかわからないような演繹体系が頭に刷り込まれてくる。
躊躇はしない。なぜって。彼女もまた、一種のトランス状態にあったからだ。


「気概があるやつらは嫌いじゃねえよ。

    面倒だ、死にてえやつからかかってこい」


また羽ばたいた。

言葉というものが説得力を持つのは、目の前に起きた出来事、すなわち事象に左右される。

安い挑発だと思った。
それでものってくるのは、その安い挑発にのってしまうくらいの安いプライドに支えられた生き物たち。
等価交換ではないというのにだ。命を付与させていることに気づいていない。

だからそこを叩き伏せる。


風が舞う。



猛る。



うちつけ、破壊し、絡み取る。




為す術はない。
Equ.Darkmatterの力はあくまでも雛形だ。親が子に勝てる道理は、少なくともこの場には存在しなかった。

地球規模で見るならば小さな嵐。
だが、事象をマクロに観測できるのは神のみ。
目の前に起きた世界の、小さなミクロの嵐に翻弄される者たち。

垣根と初春の戦闘力は圧倒的だった。それこそ瞬間的に波に飲まれる。

人が、倒れていく。

569: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 14:48:56.62 ID:pAU4voco


「これが『未元物質』……?」

「軽く羽ばたいただけだよ。もっと面白いモン見せてやる」


首をかしげる初春。少しばかり頭をひねらせて、だがすぐに“彼”の胸に頭を預けた。
ここは安心する。心臓の音も聴こえる。

とくん、とくん―――。

甘い雰囲気に心をゆだねていたくなった。以前とは逆の立場だ。

―――いや、逆?

違う。リハビリでやったのと同じだ。二人で一つ。
どうして自分はこんなときにこんなことを考えてしまうのだろう。


(……それは)


場違いな思考が頭をよぎるが、特段それを否定しようとはしない。

だって、今は心もつながっているのだから。
こんな状況でにやけてしまう自分に少しだけ良心が痛んで、すぐに消えた。
消えて、抱きしめて、思う。


もう離れたくない。


(花言葉。花には名前をつけないと、だから、これは―――)


何を言うのか。その言葉だけは絶対に考えないように。でも、忘れないように。

彼女は変換を続けた。


570: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 14:51:14.78 ID:pAU4voco


さきほどまで多勢を誇っていた部隊が、気づけばほとんど“処理”されていた。
抱きかかえた初春はそのままに着地して、やがてゆっくりと、死刑執行を告げるように垣根が言った。


「―――どかぁん」


右手を振り上げただけだった。


爆ぜる。


そして目下数十名が消えうせる。比喩ではない。

本当に消えた。

正真正銘の瞬殺。まばたきよりもずっと早い速度で処理する。
御坂よりもずっと早い。光と電波を操作する彼女よりも。
初春には何も見えなかった。が、理解はしていた。
白井の能力なら絶対座標を介して何かを目撃していたかもしれない。

―――否。


(観測できないんだ)


直感で再度、理解する。

この世界に存在しえない物質で彼らをつつんで、互いが干渉できないような空間に送り出した。
パラレルに枝分かれしか空間のどこかに。いや、正確には“つつみこんだ”。
まるで手品のように。未知の物質で出来たブラックボックスに閉じ込める妙技。

未元物質の真価はここにある。あるいは進化、だ。


「王手」


ストンッ、と博士が座っていた椅子の目の前、デスクの端に腰を落とす。
初春を抱えながらだというのに身軽なものだった。


571: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 14:54:02.13 ID:pAU4voco


足をくんでから、一言。


「距離は問題じゃねえ。大事なのはここだ、ここ」


博士の真似事をして額に指をあてた。
対する博士の表情は、一瞬くすりと笑っただけで変わっていない。
絶対的な敵同士が、向かい合って座るさまは中々にして絵になった。


「飛車が成って空を飛んだか」

「ついでに馬もな。こいつはじゃじゃ馬だが」


普段ならわからない言い回しもなぜか理解できた。
花飾りは角じゃありません、といいたい気持ちを抑えて、代わりに垣根の首にからめる腕に力をこめる。


「逃げ場はねえよ、電子の王様。縦と斜めからダブルでチェックメイトだ。さあどう返す」

「よく囀る」

「自覚はあるさ」

「ふむ」


初春も思っていたことだ。
電子でいるときの垣根のイメージは、もっと幼い、少年のような声を想像していたし、語調もその類だと思っていた。

今こうしてみている彼は、あくまで冷徹。残酷で戸惑いがない。そのくせ演説のような語りを好む。
放たれるのは妖艶にして冷ややか、危険性と色気が入り混じった奇妙な空気。極限までとがった月を眺めているようだった。

本来の垣根は、こんなにも存在感を放つ存在だったのか。
違和感よりも、アンバランスな差異にやっぱり心を奪われてしまう。

572: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 14:57:07.50 ID:pAU4voco


「“どっちで”ケリをつける? こちら側で体をふっとばしちまってもいいが、テメェは俺のホストの役割を果たしていると言ったよな。
 俺たちにとってこちら側の常識に大きな意味はねえ。その主従関係もこの女のおかげで対等になっちまったみたいだが」

「あっ……」


また引き寄せられる。


「それとも玉砕覚悟でもう一度勝負してみるか? いっとくが、俺はテメェをぶち殺すことに寸分の容赦もしねーぞ」

「あ、あなたがしなくても私がします!! 人殺しなんて……」

「黙ってろ」

「………ほう」


静寂。

思考が止まる。垣根の真意がわからない。


「語る時間はなさそうだな。いいのか、私を殺せば君は生涯その不自由な体を抱えたままだぞ」

「それがどうした? 思ったより居心地がいい。テメェにも味あわせてやりてえくらいだ」

「痴れ事を言う」

「戯言だよ、クソ野郎」



そして、



「では、こうしようか」



博士は、



自壊した。


573: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 15:00:14.40 ID:pAU4voco


「あの野郎……」


消える直前に少しだけ、口元がつりあがるのを目撃したような。

何かまだ隠し玉を持っているのか。あれはそういう笑いだった。少なくとも初春にはそう見えた。
一方で、垣根との思考はリンクしているはずなのに、真意はいまだ読み取れない。

真意。真意とは。


(殺すという二文字にはたしてどれだけの重みがあるのか)


今、自分は目の前で人が消えるところを目撃している。

なのに、否定したい感情よりも先に到底名前をつけることなどできそうにないものがこみ上げてくる。
隣に座る男の方向から、絶え間なくぶつかってくるものがある。心をたたいてくる。
初春は高鳴る音をもはやいかようにも解釈できてしまうことに気づいていた。
おさまれ、おさまれと念じてみたが。

無駄だった。


「あ、あの人はどこに?」


問いかける。言葉に出さなくても伝わるのに、コミュニケーションをとりたくなるのはなぜだろう。


「あっち側に戻ったんだな。それより、初春」


名前を呼ばれた。

まただ。

また、心臓を叩かれる。



「―――はじめまして」




574: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 15:02:35.09 ID:pAU4voco

垣根は笑った。
無垢な笑顔だった。でも、笑顔は何も語ってくれない。
たぶん心も、初春に悟られないようにカモフラージュしているのだろう。
本当なら何を考えて何を言って、何を意識しているのかもわかるはずなのに。
やっぱりこの男はずるい。


「……は、………、はじめまして……」

「どうした、いい男すぎてびびってんのか」

「……、ばか」


敬語を使うのも忘れて呆気にとられる。胸を軽く叩いた。今度は現実的に叩いてあげた。
手をとられる。


「続き」


冗談で言っているのはわかるのだが、いかんせん心が言うことを聞いてくれない。


「……そうやって調子のって……」

「くちびる柔らかいのな」

「……あぅ………」


垣根帝督はきっとこんな状況でも愉しめる男なのだ。たぶん人生とか苦境とかを笑える男なのだろう。
それがよくわかった。どんな状況でも舞台に見立てて生きることができる上、観客へのサービスも忘れない。
演じる自分が無意識に動き出しているのがよくわかる。
今まで自分が見ていたのは、彼の影だったんだ。


「ああ、だが光がねえと影はできねえ」

「っ! か、感情を読むのは禁止ですっ!」

「お前が散々俺にやってきたことだろ?」


確かに。
そういわれると立つ瀬がない。初春は顔に色をつけた。もちろん暖かいものだ。

だからこそ、次の絵に反応できなかったわけだ。

575: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 15:04:54.11 ID:pAU4voco

突如として開かれる扉。

乱暴にこじあけられたのはかろうじて把握できる。




「―――ごめん黒子遅くなったっ!!!! 

 ……、……!? な、何よこれ!? 何があっ初春さん!?
 そいつが敵!? 敵なの!? そうでしょそうに決まってる!!」

「み、御坂さ「「お姉さま!?」



遅れてやってきた客。
あまりにもタイミングがよすぎたせいか、一瞬だけ白井がつっこむ間を失う。

直後、



「おっのれええええええええええええええええ!!! ナメてんじゃないわよッ!! 初春さんどいてそいつ殺せない!」



第三位から第二位に対して放たれる刃が、空気を裂いた。


(いや撃ってますし。もう何がなんだか)



白井が胸中でつぶやいたのは秘密だ。






576: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 15:07:23.01 ID:pAU4voco

―――――

「……ご、ごめん……なさぃ………」


ややあって、小さな声で顔を染める第三位。一同は曲折を経てこの場所に会していた。
まだ時間は残っているようで、ネットワークは相変わらず共有されている。


「ったくいきなりぶちかましてきやがって。テメェが超電磁砲か。うわさどおりの単純バカだな。カルシウム足りてんのか」


両手を広げて呆れ顔を演出する垣根。御坂美琴はそんな態度に驚きと怒りと恥ずかしさが混ざった奇妙なもので応える。


「だ、だから謝ったでしょ! ……、ちょっと初春さん、言っちゃ悪いけどこんなのが彼氏なの? わ、私はもうちょっとやさしい人を想像していて……」

「あ、いや、ですから、か、彼氏ではなくて……ですね」

「じゃあ何だよ? 俺はテメェの何ですか」

「え……、そ、それはその……」

「はーやれやれ、そうかよテメェは彼氏じゃない男と風呂に入れるんだな。傷ついちまったわー」

「はぁうっ!? そ、それは禁句ですっ!! 私の気持ち知ってるくせにっ!」

「ううう、何よ何なのよこの空気はっ!? ……黒子、アンタ知ってたの?」

「いやまぁ……、一応顔は見たことありますし。というかお姉さまわりとマジでぶっ放していましたの」

「だ、だって仕方がないじゃない!! どう見ても悪人顔じゃないの!! しかも第二位ですって!? 聞いてないわよそんなの!」

「わりぃ男が好きなんだよな、初春は」

「すっ、すすすすすすす」

「だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもうっ!! 収拾がつきませんの! お姉さまも大人になってくださいまし!」

「わっ私は大人よッ!! ふんだ、何よ偉そうに」

「へえ。もう済ませてんのか。最近のガキははえーな。腰が軽い女は苦労するぜ」

「「「な」」」


そんなやり取りが一通り続いた。


577: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 15:08:38.51 ID:pAU4voco


「――要するに、初春さんと二人で能力を発動できるってことよね」

「ロマンチックですの」


白井の視線が痛い。


「で? もう片付いたわけ? 見たところ一掃されてるようだけど」


いまだ埃が舞い散る室内。
倒れた部隊の人間は起き上がる気配がない。

まさか殺してはいないと思うが。


「まだ終わっちゃいねえ。王様がサーバーに逃げた」

「やっぱり……、あの崩壊の仕方は見覚えがありましたの」

「………そこでだ、初春と超電磁砲。ちょっとだけ力を貸せ」

「言うと思ったわ。たぶん私と初春さんが協力すれば送りこめるけど……、そこまでする必要があるの?」

「必要、じゃねえな。だが―――」


一瞬だけ視線を初春に向ける。
そろそろタイムリミットが近そうだ。


「―――あれは、見覚えがある目つきだった」

「?」

「すぐにつないでくれ。向こうについたら後は俺がやる。白井黒子、テメェは俺がもぐっている間に全員を連れて外に出てろ。手出しするなよ」


さきほどまで博士が座っていた椅子に腰掛けてから、初春のイヤホンをはずそうとする垣根。



578: ◆le/tHonREI 2010/12/25(クリスマス) 15:11:00.21 ID:pAU4voco

と。

気づけば初春が、垣根の手術衣の胸のあたりを小さな手でつまんでいた。
目が少しだけ泳いでいる。

服を、すこしだけゆすられる。
何かを目が語っている。


だが、今の二人の間に境界線はなくなっていた。
何が言いたいかは言わなくてもわかる。光の速度で。



「……、」

「……、」



少しの沈黙があってから、初春はイヤホンを無言でとった。


言葉を失う垣根。
電子の海へともぐりこませるべく、すぐに御坂が方法を提案する。
サポートするのは初春。船出には絶好のメンバーだ。



「………、待ってますから」



つぶやいてから、垣根が微笑むのを確認した。


………

……



601: ◆le/tHonREI 2011/01/01(正月) 04:10:36.78 ID:hZtZgB.o

                                          ※

夕日が見える。

赤く染まった空が垣根の目の前に広がり、構えているのだ。
遠くから押し寄せ、時より吹きぬける風。揺れる草、丘、木々。
最後にきたときはいびつな形をしていた空間に、今は色があった。
もちろん、これはホストとしての博士と垣根をつないだ世界なのだが。


「きたな」


博士は草を見つめて座していた。
視線はそこから離さぬまま、独り言のようにつぶやく。


「ああ。人間観察は得意でな。目つきで何をたくらんでやがるかくらいはわかる」

「だから追ってきた。テメェがそう仕向けたからな」


対する垣根は特に警戒したような素振りを見せず、やや離れた位置から博士を見つめていた。
風が髪を撫でる。
絵画のように完成された光景がそこにあった。


「……テメェ、もうあきらめてんだろ」

「なぜそう感じた」

「理屈じゃねえな。あれはそういう目つきだった。何を悟ったかわからねえが、気にいらねえ。余裕こいたそのツラもな」

「……、」


揺れる草のにおいはかろうじて知覚することができた。
せつなさはそのままに、それでいて暖かい。
夕焼けの持つ色と朝焼けの持つ色、同じ太陽光が違った景色を生み出すのはなぜなのだろう。


602: ◆le/tHonREI 2011/01/01(正月) 04:14:36.58 ID:hZtZgB.o


「人間の欲求には種類がある」

「長い話か」

「それなりに。閉幕するなら今すぐにでもかまわんよ」

「最期に演説くらいさせてやるよ」


言うなり垣根は翼を広げた。
この空間において、二人がこうして対峙できているということ、それがすでに垣根の優位性を確保している。
電脳空間で演算を組むシステムを作り上げたことは無駄ではなかったわけだ。

一方の博士は草木と風、夕日に目をやるだけで垣根に焦点を合わせようとはしていなかった。


「絶望の話はしたな。では今回は希望の話をしようか」

「眠たそうだな。あくびが出ても怒るなよ」

「ふん」


他人の語りはえてして退屈なものだ。


「―――本当に綺麗なものを見つめたかった。本当にそれだけだ。悪意も善意にも興味はないが、これだけはどうしても捨てられなかった」

「……、」

「……、しかし、求めるには人間の欲は幅が広すぎる。欲求は我々が飼いならすことのできない怪物だ。食べれば食べるほどに満ち足りない。
 あれもこれもと芝を眺めているうちに、儚い我らは時間をチップにして美学に負け戦を挑んでいるのだ。わかるか」

「異論はあるが、まぁわかる」

「だから三大欲求をカットすることを思いついた。時間の概念もだ。知的好奇心と美的探究心を残してすべてを捨ててしまえば、ただ純粋に美しいものを見つけられる。
 いや、見つからなかったとしても、追い求めることはできる。今の君ならばわかるだろう。
 次に何かあると思って生きているのと、惰性に身を任せてチップを切るのとは大違いだ」

「……、」


603: ◆le/tHonREI 2011/01/01(正月) 04:16:15.37 ID:hZtZgB.o


「君ならどうする? 本当に手に入れたいものがあるなら、犠牲を払うことに躊躇はしないだろう。
 いや、否定はできないはずだ。そういう人間が集まるところだ、暗部という場所は」


この男は一人でしゃべっているのだと感じた。
壁と会話をしているのと同じ状態だ。遺言にしてはいささか知的だと思った。


「本当はアレイスターの計画などどうでもいい。純粋に追いたいものを追いかけられる場所にいられればそれでよかった。私は子供だろう、垣根少年」

「……ああ。最低のクソガキだよ。もっとも、そうじゃなけりゃこんなバカなことも思いつかねえんだろうが」

「つまるところ覚悟だ。我々には覚悟が必要なのさ。だから己を賭けてみた。馬鹿馬鹿しい子供のような私の感性をすべてチップにかえて。その結果がこれだ。笑うかね」

「……それで、見つかったのかよ? 綺麗なもんは」

「どうかな」


ようやく焦点を垣根に合わせ始めた。
希望。整ったもの、心を撫でるもの、何かを訴えるもの。
伝えたい欲求と享受したい欲求。

博士の言い分はなぜかすんなりと心を通過していた。


「さて、閉幕は自分でしようと思うのだが。観客が少なくて残念だ」

「贅沢はいうな。それに俺も今さらどうこうするつもりはねえ。―――テメェは小物だからな」

「言うのは野暮というものだ。送ってくれるならそれも悪くはないがね」

「それこそどっちでもいいぜ。俺の未元物質で半永久的に閉じ込めてやるっていう手もあるが」

「真の永久には価値はあるかもしれんが、そうでないなら何もない。最期くらいは散らせてくれ」

「好きにしろよ」


604: ◆le/tHonREI 2011/01/01(正月) 04:17:53.77 ID:hZtZgB.o

揺れる木々を通り抜ける風が、その勢いを少しだけ強めた。
博士は一定の曲線を描くグラフを生み出しながら崩壊していく。
直感でその図を思い浮かべることはできなかったが、たぶん綺麗なカーブを描いていたことだろう。


「そうだ。ひとつだけ」

「あ?」


半身をすでに失いかけた博士が、思いついたというよりは用意していたように飾った言葉を吐いた。





「君たちの翼はなかなか美しかったよ」





「……はっ」


笑いかける博士。穏やかな顔だった。


「ごきげんよう、垣根少年」


それっきり。
風化した博士のデータは彼方へと分解されながら旅に出た。
終着駅なのか、乗り換えなのか、誰にもわからない。

無言で見送る垣根の背中を、夕闇が包み始めていた。


………

……


636: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 06:45:16.69 ID:GKBiCKwo

                                   ※


(……―――っ?!)

「? どうしたの、初春さん」

「いえ……、なんでもないです」


背後に視線を感じたが、すぐに消えた。
ついさっきまで小さな戦争が起きていた電子工学施設。

初春たちが博士と対峙したあの瞬間、実はアンチスキルがすぐそこまでたどり着いていたようだ。
さすがにあれだけ派手に戦闘があれば通報がなくても嗅ぎつけるだろう。
とはいっても、敵の動向、および目的が不明確なため突入にはかなりの時間を要したらしい。
結局彼らが行動に出たのはすべてが片付いた後だった。今は現場の状況把握に四苦八苦している。

―――そもそも事件の証拠などほとんど残っていなさそうだし、統括理事会が絡んでいる以上はもみ消される事実も多々あるだろうが。
つまりは事後処理と銘打った、ただの作業なのだ。


「白井さん……、一人で大丈夫でしょうか。やっぱり私も戻ったほうが」

「ううん、あの子は平気よ。それに必要なら私が戻るから」

「でも……」

「心配なのはわかるけど、優先順位はしっかりつけなきゃだめ。それに、何かあったら人のことを頼れるくらいには、あの子も強くなったから」


見習わないとね、と自嘲気味に付け足す。
少し背伸びした発言。その視線には優しさが含まれていた。


(頼れるくらいには、か……)


白井の提案で、アンチスキルからの面倒な質問は白井が一人で引き受けることになった。
もちろん後日、報告という形で初春も顔を出そうとは思っているが、白井におされてこうして一足先に帰路についている。

垣根のワイヤレス受信機については予備を持っていたため、時間はそれほど気にする必要はないのだが、それにしたって落ち着いていられるわけがない。

637: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 06:46:54.61 ID:GKBiCKwo


「ねえ、どういうところが好きなの?」

「えっ」


唐突な質問。

決死の覚悟をして電脳空間に飛び込んだ垣根を待つ身としては、どこか不謹慎にも思えた。
が、すぐに御坂が取り繕うように腕を頭の後ろで組み出したので、なるほど、気遣ってくれているのがわかる。


「こんなときにごめんね。でも、信じて待つしかないじゃない、こういうのって。女は辛いわよねー」

「……御坂さんも経験があるんですか?」

「えっ? 私?」


ピタッ、と一瞬だけ足を止めてから、また目を見開く御坂。
それから目を少し細めて、微笑。

諦めたように、悟ったように言った。


「……なんだかなぁ。でも、初春さんは教えてくれたし」

「???」

「……ま、そういうこと。秘密だよ」

「……? ……、……あっ」


そこまで聞いて、理解する。
御坂も誰かに、心を叩かれていたということだろうか。

638: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 06:48:15.95 ID:GKBiCKwo


「私の場合は初春さんと違って、なんていうか……、まだスタートラインに立っただけなんだけど」

「わ、私は別に……………………って」


もはやテンプレのようになった文言にうんざりする。

そろそろ認めてもいいだろう。

一時は体を重ねるどころか、心を重ねた仲なのだ。
相手の気持ちは遂にわからなかったが……。


「……もういい加減いいですよね、こういうの」

「気持ちはすっごくわかるけど、認めちゃったら少しだけ楽になったよ、私は。……考えることも増えたけどね」

「御坂さんみたいな人にそう思わせちゃう人って、なんていうか……、幸せ者です」

「ほんと、そう思うでしょ? ……の割には鈍感だし不幸だとかすぐ言うしデリカシーないし……ぶつぶつ……」

「……?」


はっ、と息を呑んで、また立ち止まる。
恋する乙女はいつだって盲目なのだ。


「こほん。……さ、参考までにね、初春さんがどういう気持ちで好きになったのかなぁって、ちょっと気になるっていうか……」

「気になる? えーと、それは乙女の情報共有ってことですか?」

「う、初春さんってちょっと意地悪なとこあるの?」

「えへへ」


邪気のない顔で頭を掻きながら話す初春。
尻尾は出ていないようだが、表情の端から無邪気な悪意がこぼれていた。
少しだけ出した舌に小動物的な愛らしさが宿る。

639: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 06:50:25.97 ID:GKBiCKwo


「……私も正直、これが恋愛感情なのか何なのかはわかんないんです。
 最初は彼の冷えた心を暖めてあげたいって、それだけだと思っていましたし、今でもその気持ちは残ってます。
 これからもこの人に何かあったら支えてあげたいと思うし、私にできることがあったらなんでもしてあげたいって思うし……」

「……、」

「でも、患者と介護士っていう言葉にこだわってたのは、私の傲慢だったのかもしれないです。
 なぜって、彼と心を重ねたときに感じた気持ちは、私が何かしてあげたいっていう気持ちだけじゃありませんでしたから」

「……、……」


一呼吸。


「なんていうか……、わ、私も……、その……、わ、わ、私のこと知ってほしいなって思ったんです……」


顔を真っ赤にしてうつむく初春。
欲求が確かに胸にあって、吐露しただけ。でも、その明度の高さに心が耐えられなくなったのだろう。


「……み、みみみみ御坂さん!」

「は、はい!」

「―――この気持ちって不純ですか?」


と、次には視線を御坂に移す。訴えかけるような瞳が転がっている。
この目は真理を尋ねるときのものだ。

いや、移されたはいいが……、


「えーと…………」

(ど、どうしよう……、初春さん私よりぜんぜん大人なんだけど……!!? そんなのわかんないわよ……!?)

(ふ、不純って……、なんてハイレベルな単語を投げかけてくるの……!? 初春さん、どこまでしちゃったわけ……!?)

(いや、でも電子的に脳を共有してたってことは……ええええええっ、それってもう……ええええええ)


これである。

640: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 06:52:22.16 ID:GKBiCKwo

御坂としては可愛い年下の少女から少しでもヒントを伺えないかと思っていたのに、
この初春飾利という女の子はすでに自分よりもはるか先の地点に至っている。

対する自分はといえば、気持ちに気づいて足踏みをする毎日だ。心を重ねるなんてとんでもない。
よって、答えられるわけがない。が、このまま何も言わずにもいられない。


「そ、そうね……、でも……、えっと……、が、我慢はよくないと思うわよ、うん」

「そ、そうですよね」

「う、うん。そうよ! やっぱり人間欲求にはある程度正直なほうがいいのよ! うん!」


はははー、と自分に言い聞かせて歩き出す。
そういうものか、と初春が熱を保った顔を片手で押さえながら後をつけようとしたとき、


(……え………)


ここしかないというタイミングでそれはきた。



着信音、

そして―――




          【そうだぜー初春。欲求には正直にな】





垣根帝督が車椅子の背もたれにぴったりと頭をつけて、意地の悪い笑顔を向けながらこちらを見ていた。
世に言う最悪のパターンである。

641: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 06:53:44.93 ID:GKBiCKwo


「か、かかかかかかかかきかきかき!?」

「え?」


【いい反応するじゃねえか。んで? 初春はもっと気持ちを知ってほしいのか? 

        あんなに近くにいたのにつれねえな。体の隅々までつながった仲だろ?】


とんでもないことを言い出した末、両手で初春の頬を押さえつける垣根。
押さえられた初春は「はひへはんほひへはんへふは!?」とかなんとか、意味不明の言葉を発していた。

御坂はその様子に気づいたようで、ゆっくりと振り返ると声をかける。


「あ、戻ってきたの?」

【おう、だいぶ前にな。そんで超電磁砲、テメェも恋する乙女かよ。お兄さんに相談してみろコラ】

「!? な、ななんあなななななななななな!?」


初春の手から掠め取った携帯を御坂に見せながら、声を出さずに大笑いする垣根。
どうやらかなり前に帰還していたようで、たぬき寝入りを決め込んでいたらしい。


「ひっ、ひどいですよ!? 乙女の会話を盗み聞きするなんて!?」

「そっ、そうよ!! プライバシーの侵害だわ!! だいたい戻ってきたなら早く言いなさいよ!! 誰のおかげで向こうに行けたと思ってんの!?」

【ピーピーうるせえなあ。そもそもプライバシーだなんだって、テメェらが言えた義理かよ。なあ初春?】

「う……、またそういうこと言って!! 垣根さんだって、私に甘えたりしてたくせに!」

【……『わ、私も……、その……、わ、わ、私のこと知ってほしいなって思ったんです……』】

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」


てんやわんやの掛け合いだ。

642: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 06:56:09.59 ID:GKBiCKwo


「……それで、“王様”はどうなったのよ」

【探し物が見つかったから、帰るってよ】

「?」


不意に少しだけ遠い目をした垣根が気になった。
初春もその変化には気づいていたが、こうして無事に帰ってきたのだから今は問い詰める必要はないだろう。

すぐ後、焦点を現実に合わせて、垣根は打って変わって真剣なまなざしを造り始める。


【それで? 俺をどうこうする気はねえのか】

「……?」


初春からは見当はずれの質問に見えた。
ここにきてその問いなのか。
前々から思っていたが、垣根帝督という男は本当に暗部にいたのか?
妙な違和感を覚える表記だった。


【―――今日だけでも未元物質で最低20人は殺してる。俺は極悪人だぞ。見過ごしてていいのかよ。初春、テメェもだ】

「………、でも、あれは仕方がなかったというか……、そう言うなら、私も共犯ですし……」

【そういうレベルの話じゃねえ。言っただろ、俺はこういう人間だ。テメェらと同じところにいるべきじゃねえのはわかってる。
 別に偽善で言ってるわけじゃねえよ。俺は俺だ。生き方を変えるつもりもねえ。ただ忠告として―――】

「―――そんなの、私も同じよ」


御坂美琴は垣根に合わせるような鋭い視線を投げかけてきた。
自分たちが光の立場にいると思い込む彼に、根本的な違いはないと諭すように。

643: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 07:00:00.61 ID:GKBiCKwo


「アンタが何人殺したとか、そんなことは知らないけど。数でいうなら私もたくさん殺してる。

     ―――そうね、一万人くらいは」

「え」


空気がとまる。御坂美琴が言っている言葉の意味。一万人?


【……、そうか、テメェは確か……。ハッ、それがテメェの責任感ってやつか?】

「……ごめん、初春さん。これだけは言わせて。
 垣根帝督。アンタが何を考えていようが、どこかで誰かを殺す最低のクズだろうが、そんなの関係ない。
 勝手にやって勝手に地獄に堕ちればいい。ただ、生き方を変えないことで私の周りの誰かを傷つけるなら、

 ―――容赦しない。例え第二位でも、全力でぶっ飛ばすわよ」



【……調子のんなよガキ。本気出せばテメェなんざ片手で殺せるんだぜ。もっとも、初春が力を貸してくれねえだろうが】

「……、……あの……」

「だ・か・ら、忠告は必要ないってこと。初春さんには悪いけど、私はアンタをまだ完全には信用してない。初春さんがいるから、安心できる。それだけよ」


初春は御坂の背中から立ち上がる電流の余波を、確かに見た。


「……ふ、二人ともやめてください……、か、垣根さんもほら……」

【……、】

「……、」

「……もお、……せっかくみんなで頑張ったのに、これじゃ台無しじゃないですか……」


はぁー、とため息をつく初春。
表情からは今の会話が小競り合いにしか見えていないのがよくわかる。

―――が。


(………、初春さん)

644: ◆le/tHonREI 2011/01/06(木) 07:03:37.61 ID:GKBiCKwo

一方の御坂美琴は彼女の心を別の角度から分析していた。
というよりは、二人の関係性について、と言ったほうが正確かもしれない。


(貴女は気づいてるの? ……恋愛感情はわからないけど、貴女とこの男は精神的に依存し合ってるんじゃないの?
 たぶん、心が通じ合ってるから、お互いを知ってるから、そうなるんだと思うけど………、
 でもね初春さん、それって通じ合ってる分、お互いがお互いを支配できるってことなのよ? 
 
 ……それが何かの拍子に……、もしかしたら―――)


もちろん言葉には出さない。いや、出せない。


さきほどの垣根に対する暴言くらいは自負しているのだ。これ以上言っていいものかと聞かれたら、答えはNOだろう。
それでも心配は拭えないが、ここから先、うまく心をナビゲートしてあげられる自信はなかった。
適当な言葉を投げかけるのは無責任というものである。


一縷の望みは夜空に預けて、三人は重たい帰路を歩み続ける。



そして。




【―――何か、重大な見落としをしている】

「え?」


ノイズが混じってそれ以上は観測できなかった。



…………

……





To be continued.

661: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:21:38.25 ID:ukOdF9o1o
部屋の続きではありませんが、ちょっとした番外編をば

662: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:23:47.26 ID:ukOdF9o1o




               #TIPS1:『踊る天使と不機嫌な花束』




リハビリの基本は支え合いとか。


別にそんな言葉ハナからアテにはしてねえが、こうも手のひらを返されるとさすがにピキッとくる。
俺にその言葉を言い放った本人は今、支えあう気持ちなどどこ吹く風、ガラスの向こうから俺を観察しているからだ。

―――木山。
食えない女。歳のわりに落ち着いてやがるのがさらに気に食わねえ。

こっちはすぐにでも逃げ出したいというのに、外野は熱心なことこの上ない。
―――いや、内野もか。


「さ、垣根さん。早速はじめましょう。記念すべき第一回目のリハビリです」

【……、】


うんざりといった調子でため息をつく一方で、内野のエースは元気一杯に愛嬌を振りまいていた。


【……やっぱりやめたいってのは】

「なしです」

【……、あっそ】


即答即効大否定だ。いえい。くそが。
暇つぶしにはもってこいだと思ってたのに、やらされていると自覚したとたんにつまらなくなる。

興味をそそられたのは最初の一瞬だけだ。
退屈しのぎを通り越して、なんだこの羞恥プレイみたいな展開は。



なんで目の前に各種ゲームが取り揃えられているんだ。

664: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:26:11.28 ID:ukOdF9o1o


「私もよくわからないんですけど、大丈夫ですよ。一生懸命取り組んでいればきっといいことありますし」


根拠も説得力も中身も何もない発言だ。……まあ、こいつはへそを曲げると本当に面倒くさい。
適当にあしらっておくのが一番だ。飽きたらそういえばいい。
撤回するにはもう少し付き合ってやるか。

俺はひとまず、言いたい言葉をすべて飲み込むことにした。


【んで、どれやるんだ】

「え? あ……、か、垣根さんが好きなゲームでいいですよ……」


………?
なぜ顔を赤らめる。
そしてチラチラとなぜゲームの方を見る。

こいつの視線を辿って、病院内の庭園においてあるゲーム一覧を見てみる。


……なるほど。


【なあ、これにしようぜ。ツ……ツイスター……ゲーム?】

「……え……」


当たり。

これを見てもじもじとしてやがったのか。これはからかってみる価値ありだ。
どうせやらなきゃいけねえなら、こっちが優位に立ってからかってやるのが一番。

よくわからねえが、この中学生のことだし、思春期特有のわけのわからねえ妄想をしているに違いない。
確かツイスターゲームってのはあれだよな、光る床を音に合わせて踏むゲーム?

ん、違うのか。やったことはねえ。

けどまあ、このガキをからかうことができるのは間違いない。
いじれそうなところはいじって楽しんでやる。


これくらいの反抗は許されるよな?

665: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:28:11.44 ID:ukOdF9o1o


「……、でもそれって……、その……」

【あ? なんだよ、あれだけ張り切っておいて逃げ腰か。口ばっかだな初春は】

「………、」

【はーぁ、切ねえなあ。初春にも見捨てられた俺は一体どこに行ったらいいんだ……】

「う……。わ、わかりましたよ……、やりますよ、やります……」


ぷんすかと怒りながらゲームをセットする中学生。こういうところは素直で見ていて面白い。


「……、垣根さんって……、……遊び人なのかな……」


相変わらず顔を染めながら何かつぶやいていたが、知ったことではない。
無視して準備を催促した。


「えっと……、ス、スカート着替えてきま」

【ちょっと待て初春。俺はこのゲームのルールを知らねえ】

「……は?」

【だから、やり方を知らねえんだよ。教えろ】


時が止まる。
いちいち反応が笑える。


「じゃあなんでこれを選んだんですか……?」

【うるせえ。早く。あと俺は待つのはあんまり好きじゃない。着替え禁止】

「……、……、……、わかりました。ちょっとまっててください」


初春はそれだけ言うと、俺たちの観察をしている外野のところに足を運ぶ。
不意にガラスの向こうで木山が笑いをこらえているのが目に入った。

……なんだ? 何故あいつが俺を見て笑っている。

666: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:29:15.76 ID:ukOdF9o1o

対するお花畑中学生はというと、
「……患者さん、患者さん、垣根さんは患者さん」とかなんとか、お経のように唱えながら歩いていた。
なに勘違いしてんだこいつら。

そんなに面白いゲームなのか。
あれじゃねえのか、光る床を踏むゲームじゃねえのかこれ。


ん? でもそうだとすると俺は足動かねえし。
疑問は尽きない。


「よっと」


しばらくして、木山と何かを話していた初春がスカートをめくって、短く縛りだした。

細い足があらわになる。
健康的というよりはどちらかというと、食生活について心配になりそうなそれだ。

―――え? そんなに動くゲームなのか? あ、そうかこいつが床を踏む役か。
あれだろ、ジャカジャカと音に合わせて色のついたこの丸をぽちぽちと踏むんだろ。

……ん? でもそうすると、俺は一体何をする役なんだ……。


「あ、あんまり見ないでください……。な、長いとほら、邪魔になったりするので……」

【そんなに動くゲームなのかよ?】

「……やってみればわかります……」


どうでもいいが、さっきからずっと顔がリンゴみたいな色になってるのはどういう了見だ。
こいつが恥ずかしいってことは俺も恥ずかしい思いをするってことじゃねえの?

なんだか不安になってきた。

俺はガラスの向こうの木山にSOSのサインを送ってみる。

無視された。ムカついた。ぶっとばしたい。

667: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:30:54.18 ID:ukOdF9o1o


「……いいですか垣根さん。そこにルーレットありますよね」


初春が指差した方向には、確かにルーレットらしきものが置いてあった。
視界には入っていたのだが、あれがこのゲームの付属品とは気づかなかったのだ。

……なんだ? ルーレットも使うのかよ。


まるで想像力が働かない。
どうやってこれで遊べというのだ。


「そこに両手両足の部位と、それに対応した色が描かれてるでしょ? 
 交代にまわして、指示された部位で指示された色を触るんです」

【……ほう】

「えっと、垣根さんは両足が動きませんから、私が代わりに動かします。
 本当は倒れたら負けなんですが……。今回は体をひっぱっても触れる場所がなくなった方が負けだそうです」

【……、】


どうやら完全に主旨を間違えていたようだ。

……なんだよ、つまらねえ。クソみてえに単純なゲーム。子供だましみてえなもんだ。

何を初春は戸惑っていたのだろう。これではからかうことは難しい。
どこに赤面する要素があるというのだ。指示されて丸を触るだけだろ?

―――はぁ、結局は退屈しのぎが余計な退屈をつれてきちまった。

さすがにやってられねえと投げ出すのは気が重かったので、まあどちらかが負けるまでは付き合ってやろうとした。







………、それが間違いだった。

668: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:32:09.33 ID:ukOdF9o1o

――――――


「か、垣根さん……、あ、足もうちょっと下げて……ぅ、あ、今変なとこ触ろうとしたでしょ!」

【う、うるせえな! 動かねえんだよ! それよりテメェこそ俺の首に顔をうずめるな! く、くすぐったい!】

「え? 何で私の腰をタップするんです? き、木山せんせいー! 垣根さん何て言ってますーー?!」


数分後には絡み合う二匹のマンドラゴラがそこに生成されていた。
ちょうどバカ春が俺の上に覆いかぶさる形になっている。

首と首がうまいこと合わさっていて、身動きがとれない。
花畑の肉感の薄い太ももが俺の腰のあたりで小刻みに動いている。



―――なんだこれは。

しかも密着しているからわかることだが、ガキのくせに心臓がドキドキと音をたてて高鳴ってやがる。


………ん? でも心臓って、こっち側についてねえよな。


まーそんなことはどうでもいい。
ちっくしょう、まさに墓穴を掘った。

初春が赤面していたのはこういうことか!



【おい木山! なんとか言えコラ!! この中学生が重い! 重すぎる!】

「なっ……!? い、今なんとなく第六感ですごく失礼なことを言われた気配を感知しましたよッ!! 
 ―――っ!? ちょ、ちょっと垣根さん、吐息がこそばゆいです……あっ……」

【木山ーーーーーーーッ!!!】

「あ、か、垣根さん暴れないで……ってきゃあああああああ!」

669: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:33:19.29 ID:ukOdF9o1o


「あたたた………」


バランスを崩して二人で床に倒れこんだ。
俺からは見えないが、なんとなくわかる。木山は今頃大笑いしてるだろう。

なんちゅーくそなゲームだ。考えたやつは今世紀最大の変態ヤローだ。

こんなもんをパーティで選ぶやつの気がしれねえ。
ましてや異性とこれで接近しようとか、そういう気持ちの悪い……。


―――はっ。

俺の中で何かが警報を鳴らした。

この流れは―――。


【……初春、違うからな】

「は? な、なにがです?」


転がっていた携帯を拾って初春に見せる。


【お、俺は本当にこういうゲームとは知らなかったんだ。本当だ】




「……、……、……、…………………、ふーん」

【嘘じゃねえよ。床を踏んで踊るゲームあるだろ、あれかと思って】

「………、へぇぇぇ?」



―――あ。


まずい。


主導権をとられたような―――気がする。

670: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:35:05.86 ID:ukOdF9o1o


「へえへえほうほう、そうやって言い訳しますか。なるほどなるほどぉ」

【………テ、テメェ】

「垣根さんはいつも私のこと思春期の青臭い中学生って馬鹿にしてるくせに、
 自分だってきっちり思春期だったんですねー。
 なんというか、若いですねえ垣根さん。その上言い訳するだなんて……やれやれ」

【く……】


やられた。

いや、自爆した。

誰かこの調子づいた中学生を殴り飛ばしてくれねえか。
角がとがったものはねえか。

ないか。そうか。


「まあでもそういう要望にこたえるのも介護の大切な役目ですし。うん。私は平気です」

【……、】


なだめられると余計にダメージがでかい。
まるで欲望におぼれるガキをなだめるように、アイツは俺の頭を撫でてきた。

頭の中がくらくらする。

そして、あいつはついにとどめの一言を口にしようとしているようだ。
はっきりとわかる。

671: ◆le/tHonREI 2011/01/12(水) 04:36:01.22 ID:ukOdF9o1o



「あれですよね、

    ―――つまり、垣根さんは甘えたかったんですよね」



やめろ。

や、やめてくれ……。

それ以上は―――。

自尊心って言葉を知らねえのかよテメェは―――ッ!?






「―――満足しましたか?

         い・い・子・い・い・子♪」



【ッぎゃあああああああああああああああああッ!】



プライドを木っ端微塵にツイストされた俺は失神した。
近くで初春が何かを叫んでいたが、そんなものもうどうでもいい。






一言だけ言わせてくれ。

俺は知らなかったんだ。



#TIPS1:終

727: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 10:10:58.75 ID:LOsYNK/Mo
 
















               「垣根さんのことが……、……好きだから、じゃだめですか?」

















729: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 10:15:44.12 ID:LOsYNK/Mo

                  『―――ふむ。気dasgがfah変わった』

                      【知るかよ。テメェにだけいいカッコウさせたくないだけだクソボケ】
               
        「たまには甘えさせてください、―――天使さん?」


                               「だからオマエは二流なンだよ」

              【―――……何のマネだ】

                            『聞かせfagfhてもらおうかifha君の答えを』

        【殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――ッ!!】

                    「他でもねェこの俺の前で見捨ててみろ。絶対に許さねェ。今度こそぶっ殺してやる」

                         「初春の気持ちも……、考えてあげてください」

          【……、いつか言ってたよな。テメェは俺にとって何なのかって】
 
                            「“ANGEL”―――!!何故気づかなかった……―――ッ!!」

             「全然わかってねェよ。―――“アイツ”がオマエみたいな輩を見ても、同じ台詞を吐く」


                『くっくっく、成る程、あdagのときdagのキミに重ねているからか』

                              「テメェは無力なんかじゃねえ」







                   【これは―――

                        ……俺の物語だからな―――ッ!!!】





                            ……… ………… …………
         
                                    …………
 
                                      ……

730: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 10:18:12.87 ID:LOsYNK/Mo

                                ※


                           「            」


声はやはり、彼方から聞こえてくる気がした。
ここに確かに意識はあるはずなのに、一振りの暴力によって世界が音も立てずに崩れた。

それは体には1ミリたりとも触れることのないもの。
だがしかし、人間である以上は避けて通れない痛みを伴うもの。


「答えろ」


かつて死闘を繰り広げた二人の間にルールなどない。
少なくとも、暗黙の了解は存在しない。


殺すつもりだったし、殺される覚悟もあった。

だが。


鼓動はさっきから鳴り止まない。鳴り止んでなどくれない。
景色が揺らぐ。美しく見えていたものが、何もかも歪んで見えてくる。
意識はこの上なくハッキリしているのに、自分がここまで築いてきたものが両断されたように感じる。

アイデンティティと呼ばれる自己投影の鏡の中心から、放射線状に亀裂が走っている。


なぜなら。

なぜなら―――


【俺は………、】


「答えてみろよ、メルヘン野郎」




答えが、出ていないから。

731: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 10:24:58.11 ID:LOsYNK/Mo

そうして。


垣根帝督は地に堕ちた。

敗因は一つだけだ。


守ろうとしていたものの重みに負けた。
今日までのイエスが、明日からのノーに変わった。

他でもない、最大の目標によって、垣根帝督のベクトルは彼方へと飛んでいったのだ。


「―――無様だな」

【……、……ッ!!】


反論する意志も溶けて消えそうだ。

なんとか言葉を振り絞って、自分の体内にあるものを吐き出そうとする。

目の前の男に、対抗するカードを頭の中で並べ立てる。



………、…………、―――ない。




見つからない。
この男に打ち勝つ、起死回生のジョーカーなど持ち合わせていなかった。


「垣根……さん……?」


732: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 10:29:37.80 ID:LOsYNK/Mo


「なンでオマエが勝てないか教えてやる」


がたがたと震えだす体。

わかっている。そんなことはわかっている。

見下した態度に腹が立つ。

口の中がカラカラに渇く。

チリチリと、頭の隅で黒い気持ちが増幅するのを感じる。



なのに―――、なのに反論できない。


花の名前を胸に刻むことで、精一杯だった。


………

……




733: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 10:40:58.61 ID:LOsYNK/Mo

                                      ※

「はい、また私の勝ちーーーー!」

【……、……】


舞台は巻き戻り、うってかわってとある日常。
三度目の世界大戦を乗り越えた世界。

少女は花飾りを揺らしながら、ガッツポーズを決めていた。

いった側、垣根がコントローラーを床に落とすのを横目で確認。
ついでに表情も見てみる。それなりに悔しそうだ。


「いやあーこれで通算私の45戦45勝ですねー」


わざと聞こえるように、というかほとんど煽るようにして告げてみる。


【……、だってこれ、やったのはじめてだしな】

「さて、次はどれで勝負します?? あっ、それじゃあ垣根さんがやったことあるやつでいきましょう。それなら文句ないですよね、うんうん」

【……つーかそもそもゲームとか得意じゃねえしな……】

「あれー? ん? 『俺の演算能力ならゲームごとき余裕だ』とかなんとか……、あれー?」

【ぐ……。格闘系のやつにしようぜ。それなら負ける気がしねえ】

「ほうー? そうなんですか? じゃあ何か賭けます?」

【…………、やっぱ音楽系がいい】




―――二人は初春の部屋でゲームにいそしんでいた。

734: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 10:55:01.49 ID:LOsYNK/Mo


【……、つかよ、初春ってゲームオタクなの】


今度は不意打ちで別角度から優位性を確保しようとする垣根。
急に言われたので思うように対応できない初春は、上ずった声で返答を誤ってしまった。


「ち、ちがいますよっ!? 何を急に言い出すんですか! 負けてるからって!!」

【図星かよ。ったく、中学生のくせにゲームばっかしてんじゃねえよ。勉強しろ】


ふふん、と得意げにコントローラーを振り回す垣根。
服装は相変わらずの手術衣だった。
病院からはすでに退院しているのだが、長いこと親しんでしまった衣類に妙なこだわりが出てきたらしい。


「いっ、今の話題と関係ないじゃないですか!! それに、……垣根さんの教え方、なんだか怖いんですもん」

【それでも的確な指導だっただろ? 理論構築は演算の基本だ。甘やかしてどうする。
 だいたいテメェは頭の回転は速いくせに、肝心の『自分だけの現実』が弱すぎる。宝の持ち腐れってもんだ】

「……、それはそうかも、しれないですけど……」


なんだかゲームには勝ったのに、負けたように沈んだ気持ちになる。
いつだってこの男は油断できない。もちろん肯定的な意味でだ。
こうしてる間にも、自分をいじめる算段を頭の中で繰り広げているに違いない。
まったくもって、プライドの高い男だった。


(―――べつに、嫌じゃないですけど)


初春はしょぼくれた顔で窓の外を眺めた。


735: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 11:06:47.67 ID:LOsYNK/Mo


「終わったんですよね」

【……、みてぇだな】


しみじみと、学園都市の町並みを瞳に浮かべながらつぶやいた。
第三次世界対戦の勃発。経緯。末路。
直接的な戦場は海外がメインだったとはいえ、当然この街にも情報は下りてくる。

何をしていても。

食事をとっていても。

テレビを見ていても。

―――二人でいても。


そこまで考えたところで、初春は気づいた。


「―――っ! ご、ごめんなさい」

【いいよ別に】


はっ、と息を吸い込んで垣根の表情を再度確認したときには、彼の表面から温度が消えていた。

迂闊だった。

かつてはこの街の中核にいた人間。いくら垣根帝督がこの体を選んだとはいえ、何も感じないはずがない。
意図的に戦争に関する情報は避けていたのが、初春には痛いほどわかっていた。


(……やっぱり、それもプライドが許さないのかな)


なんとなく、この手の話をすると沈むのも、わかる。

736: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 11:15:34.51 ID:LOsYNK/Mo

本来ならば、初春の力を借りた上なら彼の能力は元に戻ったも同然だ。
あのとき博士が言って聞かせたように、確かに世界大戦ははじまり、終結した。

わかっていたなら、自分の能力の生かし方を考えないわけがない。
それでも垣根は戦争に関して、自分からどうしたいだの、戦況はどうだだの、初春に言葉を投げてくることはなかった。

理由は―――わかるような、わからないような。


(……私を巻き込みたくなかったから?)


それは垣根に対する希望的観測なのか。


(生き方は変えないっていってたのに)


それを喜んでいいのか、悩んでいいのかもまた初春の判断が揺れるところではあった。
もっとつっこんで話をするなら、彼の中での自分の位置とか、行動の意味とか、そういったところもそうだし、

―――何より、……あれから何回もこの男と会ったが、時折見せる暗い表情が気になっていた。


(……、でもまぁ、今はこうしてるだけで楽しいし、いいのかな)


多分垣根は垣根で考え事をしているのだろう。
いくら意志共有ができるからと言って、話したくもないところに踏み込むのはタブーだ。
いつか話してくれるその日まで、ゆっくりと彼を見守ろう。

初春はそんなふうに自己完結した。




737: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 11:28:32.52 ID:LOsYNK/Mo


【初春】

「……は、はいっ!」


携帯の震えに反応して焦点を垣根に合わせる。
瞳からはうかがい知れないが、意志ならば文字として読み取れる。

初春が開発した、垣根専用の翻訳プログラムである。


【ちょっと体を動かしたい。つないでくれるか】

「あ。いいですよ。ちょ、ちょっと待っててください」


あわてて立ち上がり、彼と自分とをつなぐ、とあるイヤホンつきの装置を探す。
見た目はポータブルCDと変わらないこちらは、木山春生が作成した特注のソフト。

これを初春が装着することにより、擬似的に垣根と初春の意識は統合され、不自由だった垣根の体、言語能力が回復する。
制限時間は15分。それ以上はおそらく、意識が垣根に取り込まれてしまう。


(そろそろ慣れてきたかな……)


もちろん、博士との一件から何もせずにいたわけではない。
演算の練習もしたし、垣根の能力を支える理論の勉強も教えてもらった。
(直接的に演算をするのはもちろん垣根なのだが、彼いわく理解があったほうが何かと便利とのこと)

また、人間が発する複雑な信号を、スムーズに翻訳するための訓練も定期的に行っている。
今ではほとんど無意識に垣根をサポートできるくらいだ。


(……正直、意識を共有するってけっこう恥ずかしいんだけど……)


慣れとは恐ろしいものだ、と初春は不意に思った。

738: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 11:39:34.67 ID:LOsYNK/Mo

それにしても珍しい。
意識共有の練習ならばいつもは外で行っていた。
そしてたいていの場合、初春が誘ってみても受け流される。


(そりゃまぁ……、ずっとずっと一緒ってわけにはいかないし)


そもそも垣根の生活はある程度のハンデを背負っていく他はないのだ。
共有トレーニングはあくまでも気分転換、また有事の際のためという名目だった。

違和感を感じつつも、垣根の前に座る。
着ていた花柄のワンピースを折り曲げ、丁寧にイヤホンを耳に取り付けた。



キ……ーーーィン……―――ッ!


装着する際に微かに意識が飛びそうになるのは元からだ。
これだけは何回やっても直らない。



「………ふう。こんにちわ、垣根さん」

「あぁ」


にこりと笑いかけた先にある、垣根帝督。
体の細部をうまく動かそうとして、足の指を閉じたり開いたりしている。


「俺の意識って直接テメェに流れてるんだよな」

「えっ? はい、そうですよ? 複合的なメッセージまでは理解できませんが、明確に発信している気持ちなら―――」

「そうか」

「………え」


741: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 11:50:19.03 ID:LOsYNK/Mo


「じゃあ俺が今、何考えてるかも、わかるだろ」

「―――っ! え……、えっ……、えと………その………」


うつむいて視線をそらそうとしたのに、肩をつかまれた。
華奢な体がびくっと震える。

顔が真っ赤になる。視線がどこにも合わせられない。


「だ、だめですよ垣根さん……、だって……ええと」

「何が?」


次には垣根の整った顔がすぐそこにあった。
どこにも逃げられない。どうせ自分の考えてることは筒抜けだ。
初春はまだ、意識共有の際の発信をうまくコントロールできていないのだ。


「何がじゃなくて……、は、恥ずかしいし……、それにこういうのって、ず、ずるいです!」

「前にしただろ、ガキんちょ」

「しましたけど、しましたけどぉ……、前にしたときだって、その……、い、勢いみたいなものだったし……」

「そのわりに気合が入ったキスだったけど」

「―――ッ!?!」


もう言葉さえ失って、光の速度で自分の混乱を伝えることしかできなかった。

742: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 11:59:37.87 ID:LOsYNK/Mo


「こ、このためにつながせたんですか……!?」

「さあな。いいから顔あげろ。押し倒したほうが好みかよ? じゃあこうする」


どんっ、とやや手馴れた手つきで初春を床に押し付ける。
初春は初春で、言いつつもしっかり、無意識のうちに彼の行動を翻訳してしまっているのだからおかしなものである。


「ま、またそうやってかき乱すようなこと言ってっ……。垣根さんはずるいですよ!ずるいずるいずるい!」

「嫌か」

「………、も、黙秘します」

「とかいって意識は明確に伝わってきてるんだけどな。光の速度で。嫌ならはずせば?」

「―――好きにしてください、もお……」


観念したように目をつぶる初春。

何でこの男はこのタイミングで唐突にこんなことを思いついたのか。
もしかして、欲求不満とかいうやつだろうか。
そういえば佐天涙子というおせっかいな知人がいつぞや言っていた。

男の人には急にそういう衝動にかられる瞬間があるとかないとか―――。


「で、でも、きすだけですよ……」

「わかってるよ、エロ春」


見透かされたようにつぶやいてから、唇を重ねた。








743: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 12:08:45.99 ID:LOsYNK/Mo

――――――


「その……、聞きたいことがあるんですけど」

「ん」


伝わってきたやわらかな感触をごまかすようにして、言葉を紡ぐ。


「……やっぱいいです。よ、読み取ってください」

「嫌だ」


押し当てた唇をそっとどけて、髪を撫でる垣根。
それだけでもう、なんだか溶けてしまいそうになる。
次の言葉を捜すのにこれだけ苦労するのは、この特殊な環境のせいだろうか。


「なっ。なんでですか! というかもう伝わってるんじゃないですか?」

「というか、もやもやしていてよくわからん。テメェの口から聞かせろ」

「………、」


もちろん聞きたいことはいくつかあるが、この状況で投げかけたいことはひとつしかない。
でも、言葉に出していいか迷う。

―――伝わっているのはわかっていても、迷う。

怖い。


可能性がどれだけ大きくても、ないといってしまえばそれはゼロになる。



「わ、私のこと………、ど、どう思ってるんですか……?」


744: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 12:17:54.77 ID:LOsYNK/Mo


「………、」


瞬間、垣根の表情に透明な絵の具が貼り付けられた。
そうして今度は押し黙ってしまう。
直前に何か、意識からはみ出した情報があったような気もするが、読み取ることはできなかった。


「あ、ええと……、ちがうんです、その……。へ、変な意味じゃなくって」

「……、」

「つまりですね……、な、なんて言えばいいのか……、私の気持ちは……」

「……、はっ」

「えっ……」


次の言葉を捜していたそのとき、垣根の手が初春のイヤホンに伸びた。

離れる合図。

足の支えを失った垣根が初春に倒れこむ。シャットダウンというやつだ。


「……垣根さん……?」

【今日は帰る。悪かったな】


やや離れた位置で携帯の文字がささやいていた。

745: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 12:25:43.85 ID:LOsYNK/Mo

車椅子まで肩を貸して、垣根を運ぶ。
玄関先におきっぱなしのそれは、すっかり持ち主に馴染んでいる。


「お、送ってきますね」

【一人でいけるさ。またな、初春】

「そう……ですか」


携帯電話の文字はかわいらしいフォントで表示されるようになっているのに、浮かび上がった言葉から明確な拒絶が感じられた。
一人にしてほしい。こういうときは決まってそう続くのだ。

これ以上何かを求めても、妙な空気が流れるだけだろう。

初春も深く追求することなく、彼の背中を見送った。


――――――


(…………、…………)


ばたん。

扉を開いて玄関先で立ち尽くす初春。
もやもやした気持ちは、こんなことで解消されるはずもない。
むしろ余計に大きくなったような気がする。

初春だって女の子なのだから、惚れた相手に気持ちをかき回されるのは少しもおかしなことではないのだが。


(……、何なんだろう、私って)


それが。

―――それが、欲張りな気持ちであることはわかっていた。


746: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 12:33:36.01 ID:LOsYNK/Mo


(だめだよ、私のばか―――)


自分は垣根帝督の側にいるだけで幸せだ。
その気持ちは変わっていない。むしろ大きくなっている。

二人で遊んだり、じゃれあったり、

―――キスをしたり。

初春の心にともった小さな炎の色は、蒼かった。
決して派手に火花を散らしたりはしない。だが、その温度はもはや管理することのできないところまで達している。

ついさっきまでは「深追いはしない」だの、「話せるときに話してもらおう」だの、体のいい言い訳をしていたというのに、だ。


(……、よくないな……こんなの)


座り込んでしまう。


―――正直、依存している。


垣根帝督がどうなのかはしらない。もちろん、初春が相手に依存されているところはあるのかもしれない。
彼の生活にとって、もはや自分はなくてはならない存在になっている。

だけどそれはハードの問題だ。物理的なもの。形だけのもの。


(その、“依存されている状況”に、私は依存してるよね)


まじめな初春にとっては忌むべき問題だった。

747: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 12:40:21.41 ID:LOsYNK/Mo

では逆に、垣根に自分は何を求めているというのか。
何を欲張っているというのか。

その欲張りの正体にはもちろん、初春も気づいている。


(一言でいいのに。……一言で、いいのにな……)


初春が聞きたかったこと。別に自分の思い通りでなくてもいい。
そのときは傷つけばいいのだから。でも、あんな風にそらされたら余計に気になる。

何かいえない理由があるのか、とか。

もしかしたら自分のこと、とか。

―――甘えてるだけ、とか。



(名前をつけてほしいんだ、私。私と垣根さんにもそうだし、私の、垣根さんの中での、居場所に―――)



ここまで踏み込んだ関係になっておいて、



キスまでしておいて、



抱きしめて、意識を共有して、自分を恋に落としておいたくせに―――。






(私は―――、垣根さんの何なんですか?)






………

……


752: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 13:58:46.35 ID:LOsYNK/Mo

                                   ※


(バカ春。―――テメェだけ悩んでるわけねぇだろうが)


垣根帝督は嫌になるくらいの光の中、学園都市を車椅子で徘徊していた。
学生として登録されているのかどうかすらもはやあいまいだったが、一応のところ住処はまだあった。

費用については口座から引き落とされていたらしい。


以前の彼の能力は唯一無二のものだった。
得られる科学的な価値は計り知れない。その分だけ、富が舞い降りる。そんな生活。


(………ふん)


すれ違う人間が奇妙な顔つきで自分を見る。



この視線だけはいつまでたっても慣れない。馬鹿にしてるやつもいるだろうし、哀れんでいるやつもいるだろう。
どこかのお花畑中学生みたいに、もしかしたら手を差し伸ばしてくる輩もいるかもしれない。

以前なら、悪態をついてそれで終わりだ。でも今は、違う。


(弱点が増えたとも言える。あのときまでは、くだらねぇ体。くだらねぇ生活。くだらねぇ毎日だった)



当初は学生服を着て生活しようと思っていたが、正直車椅子の生活ならば手術衣のほうがしっくりくる。
開き直りにも近いだろう。


だが。

たとえそうであっても、あの時、博士を追い込んで元の体を捨てたこと自体には後悔はしていない。


753: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 14:11:10.92 ID:LOsYNK/Mo


(―――俺だって馬鹿じゃねえ。テメェが抱いてる色も形もないそれの名前くらい知ってる)


無垢な少年ならば戸惑って、ここで哲学的な思考に迷い込んでいたかもしれない。
だが、垣根帝督は少なくとも、相手の心に映ったそれを理解するくらいには成熟している。

―――どこかの誰かとは、違う。

だけれど、自分が抱いている気持ち。
初春飾利を自分の中のどこに位置づけていいかがわからないのだ。

キスをしたら、心は落ち着く。

手をつないだら、心は落ち着く。

つながったら、―――やはり同じ。


でもこの暖かい気持ちに軽はずみに乗りかかっていいのか。
本末転倒のように思えるかもしれないが、つまるところ垣根帝督は急激な自分の心境の変化に戸惑っている。
それもそうだ。学園都市の暗部生活に長い間身をゆだねていた。

そして転落。そこからの復活。胸に残ったもの。

いったい誰がこのジェットコースターに混乱せずにいられるというのか。


(くだらねぇよ。くだらねぇよな。俺は誰だ? 誰だと思ってる。ふざけるな。暗部にいた人間だ。適当にすればいい。
 ごまかして、利用して、うそをついて、―――踏みつければいい。なのに、なんでこんなことを真面目に考えてる。馬鹿か、俺は)


(何なんだ。認めるのが嫌なだけじゃねぇ。俺は―――俺じゃなくなる。何にこだわってるか? それも……わからねぇ)


(恋だの愛だのを否定する気もねえが、積極的に肯定する気もねぇ。だけど、だけど何なんだ)


(何にこだわってる。垣根帝督。お前は何を―――忘れてる)



疑問が浮かんでは消えていく。


754: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 14:26:19.27 ID:LOsYNK/Mo

胸のうちの何かが、彼が初春飾利に依存するのを恐れている?

―――違う。

依存した関係はすでに出来上がってしまっているのだ。
できあがってしまったそれに、名前がつけられないのだ。

―――なぜ?


(……、あいつの前で、一言いうのは簡単だし、実際できるかもしれない。でも、許さない俺がいる。俺は、まだ俺を捨てていない。
 捨てられないものと、捨てたい気持ちがどこかでぶつかっている。そうとしか考えられねぇ)


その通り。

できあがってしまった関係に向き合うことで。

その暖かな感情に素直になったときに、失うものがあるから、恐れるのだ。


―――では、何を?

垣根帝督は何を恐れている。すべてをなげうった自分が。

能力や体の自由、暗部としての生活、すべてをなげうった自分が。

何を失うことを、恐れている。何を失うのを恐れて、名前もつけられず、居場所にも答えられない。


(俺は……、何か大切なことから目をそらしている。その事実はわかる。わかるんだ。でも、それが何なのかがわからない)


思考を整理する。学園都市の光はまだ、まぶしい。


(俺の中にまだ残されていて、俺が手放せていないものの正体は―――)

「あれ、垣根さん?」


思考の迷宮に、不意に出口があらわれた。



755: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 14:45:18.32 ID:LOsYNK/Mo


「こりゃまた奇遇ですね。初春は一緒じゃないんですか?」


―――佐天涙子。

初春飾利の親友。
それなりに交友はあった。何回か三人で会ったこともある。

ふざけた振りが得意なタイプ。
初春を二人でいじるのは、楽しかった。なかなかに相性はいい。

彼女をダシにして初春に焼きもちをやかせるのが好きというのは、今のところ秘密である。


【あいつは引きこもり体質らしい】

「ぷっ。なんですかそれー! 新しいいじり方?」


冗談を飛ばすのは毎回のことだった。垣根は車椅子をとめてリラックスした態度を無理にでもとってみせる。
どうやら相手も帰宅途中らしい。「押しますよ」の一言で垣根は車椅子を預けた。


「だいぶよくなったんですね」

【何が?】

「体調。ほら、いろいろあったみたいじゃないですか。……私はその、蚊帳の外でしたけど」


ははは、とおどけて見せるのがなんとなく、らしいといえばらしかった。
佐天が能力に対してコンプレックスがあることは理解している。

自分が初春と出会う前にいろいろとあったらしい。
そしてその末、彼女なりにそれを乗り越えたというのも、初春から聞いている。






756: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 14:51:42.58 ID:LOsYNK/Mo


「まぁほら、あたしがいてもすることなかったですし」

【そりゃわからねえな。テメェがいたらそれはそれで愉快だったかもしれねぇぜ?】

「え?」


佐天に見えるように、携帯の液晶をつきつける。
こちらは一人でいるときのための、意思表示ツール。


【少しからかっただけで顔を赤くしやがる。あのときもそりゃあ見事なリンゴ面だった。テメェがいたらもっと膨らんだかもな】

「………、あはは」


声のトーンを聞いて、失言だったかと戸惑う。
フォローをしたつもりだったが、逆効果だっただろうかと。

だが、その実は違った。


「その……、あたしが言うにも何ですけど……」

【……あ?】

「初春の気持ちも……、考えてあげてください」


ぐさり。

遠距離からテレポーターに攻撃されたのかと錯覚する。
一番言われたくない台詞。

それでいてど真ん中に刺さる台詞。


「あ、いや! 垣根さんが、考えてないって意味じゃないんですけど……」

【かまわねぇぜ。続けてみろよ】


威圧感を出さないように告げるのは不得意だった。

757: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 15:09:17.37 ID:LOsYNK/Mo


「あいつ……、世話好きなくせに不器用だから、うまく気持ちを伝えられてないと思うんですけど」

【………】

「でも、心はすごくきれいな子だし、まっすぐだし、垣根さんのことだって、……ああ、だめだ、あたしが言っちゃだめ」

【そんなの、知ってる。あいつの気持ちもな】

「……、え」


足が止まったところを見るに、先ほどの初春との一件は本当にタイミング的なものだったのだろう。
思惑とは別方向、垣根帝督には初春の気持ちが痛いほど伝わっていた。

光の速度で。直感するよりも、早く。


【……、テメェには悪いが、……、いろいろあるのは、あいつだけじゃねぇ】

「そっ……そうですよね! あははー、あたしすぐにこうやって……」


―――そうして佐天は車椅子を前に進める。


―――こうやって、いつものように暖かい感情に寝そべって。


【それより、そっちはどうなんだ。ハブられてしょぼくれてたんだろ】

「……、うーん、垣根さんやっぱ意地が悪いなー。それじゃあ初春しか落とせないわけだ、うん」


―――うるせぇ、と念じて、他愛のないやり取りをして。


「うわ、今日混んでるなぁ道……」

【初春がいたら『未元物質』でふっとばせるんだけどな】


―――家までの岐路の途中、人通りが多いこの道で。




          神はサイコロを振ったに違いない。



「というか! いいんですよ、私は。ほら、初春の好きな歌と一緒です! 

           ナンバーワンに、ならなくても―――――――――」



その瞬間、その言葉。すべてがリンクする。
垣根の視界にうつったものは、


        ――――――白い影。

758: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 15:17:07.93 ID:LOsYNK/Mo


    「―――引っ張るな。タダでさえクソみてェに混ンでやがるンだ」

  「どうして? はぐれたら大変なんだよってミサカはミサカは訴えてみたり!」


                ―――、―――、―――。


          (……………ッ!!!!!!!!!!)


思考が停止する。

見間違いのしようがなかった。

すれ違った。確かに。今、この瞬間。


ここに、いた。

同じ空気を吸っていた。


「垣根さん? 垣根さfagapknん? fnhafmhak―――、―――」




佐天涙子が後ろで何かを言っているが、もはや垣根には届かない。

周りの風景すら灰色になる。

次に、墨汁が真っ白な布の中心からジワジワと広がるような感覚を覚え、直後に安定した。


             (そうか。………あはハはハハハハハ、そうかそうかそうかそうかそうかそうかそうか)


笑う。

笑ってしまう。


こんなにも単純で、唯一のものを、どうして忘れていたのか。

759: ◆le/tHonREI 2011/02/05(土) 15:27:48.50 ID:LOsYNK/Mo


                       『ナンバーワンに、ならなくてもいい』



その歌は皮肉に響いていた。

忘れていたのは、そうだ。唯一無二の、絶対的なプライド。
捨てられないのは、そうだ。垣根帝督を包む、病的なまでのコンプレックス。
それもこれも、すべてはあの日、あの瞬間にはじまったこと。
なぜ今まで気づかなかったのか。

理由は簡単だ。自分が甘えていたから。
逃げていたから。

垣根の思考が収束する。AIMの波が一定のパルスを刻み出す。
血管が収縮して、どこかで破裂している。懐かしい感覚を取り戻す。

忘れていた、捨てられなかったあの闘争心。



(だめだな。初春飾利。俺はやっぱり俺だ。捨てられねえ。譲れねえ。俺に二文字を刻んだあのクソヤロウを、思い出しちまった)



「ど、どうしたんです? 垣根さん、気分でも―――」



パァン!!!


液晶画面にあふれた文字を確認するや否や、携帯電話の画面が破裂する。
周囲の人間が驚いて一瞬立ち止まるが、すぐに人通りは元にもどった。
片手で「気にするな」のジェスチャー。進む車椅子。


そして。


点滅する壊れた液晶。



【殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――ッ!!】



………

……


814: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 16:59:28.17 ID:VXvxGJ8Vo




                    #TIPS2:『Temps doux et amer』




初春「………ふう」

垣根【……】


初春「いやー、なんていうか、やっぱり正解でしたねっ、垣根さんっ」ニコニコ

垣根【………】


初春「おや? おやおや? どうしたんでしょうねー垣根さん、元気ないような」ニコニコ

垣根【………、………】



初春「白井さん、なんだか垣根さんが元気ないです、なんででしょう」

白井「はぁ、そうですわねえ、なんででございま……ふんッ!!」カコーンッ

初春「佐天さん佐天さん、垣根さんがですね……」

佐天「うへあっ!? あーまた取られちゃった。やっぱりうまくスマッシュ打てないなあ」

白井「こういうのは力任せに振ってもだめですのよ。空気抵抗と球のとらえ方によりますの、ふふん」

佐天「あっちゃー、だからかあ。よーしもう一回!!」

初春「あははは、二人とも楽しそうでなによりです。ね、垣根さん」

白井「おほほほほ甘いですのよーーー!! いただきですのよーーー!!」カコーンッ!!

佐天「ひゃああああ!? また速くなってる!?」



垣根【………おい】

816: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:01:28.58 ID:VXvxGJ8Vo


初春「ほら、私たちもやりましょうよ! 卓球やるのなんて久々です! 
    ここはゲーマーとして燃えてきました、うんうん」

垣根【………おいっつってんだろ】

初春「え? どうしたんですか?」

垣根【……だ・か・ら・よ。テメェな、今が戦争中ってのは知ってるんだよな】

初春「へ? あ、……いや、まぁ……はい。そうでしたっけ?」

垣根【そうでしたっけじゃねえよ!!】ポカッ

初春「ひいっ!? じょ、冗談ですよ……。ほらなんていうか、実感薄くて……あ、あは」

垣根【テメェはジャッジメントだろうが! つまりな。俺たちは今どこにいるんだよ。言ってみろよコラ。ほら早く】

初春「え、……あはは」ポリポリ

垣根【ごまかすんじゃねえよッ!!! バカ春っ! ボケ春っ!!】







初春「…………、お、温泉……ですけど?」

817: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:03:21.74 ID:VXvxGJ8Vo

垣根【ですけど? じゃねえよクソボケ!! 
    どこの国に戦争中に温泉旅行いく馬鹿がどこにいるんだよ、あぁ!?】

白井「ここにおりますの。車椅子にのってますわね」カコーンッ

佐天「手術衣を着てたりしますねー!」カコーンッ

垣根【……ぐっ】



初春「……そ、そんな怒らなくてもいいじゃないですかぁ……。
    それに……、気を遣って一応、い、一泊だけにしましたし……」

垣根【バカ、怒る怒らない以前の問題だろうが。テメェらは風紀を守るジャッジメントだろ? 仕事ねえのかよ……】

初春「今日明日だけ無理いって、お休みもらったんです」

垣根【どんだけ適当なんだよ!!】

佐天「でもこれ、垣根さんの退院祝いって名目だったじゃないですか。ねー初春」

初春「!」コクリコクリ

白井「まあ、色々あって延期になっていましたし。休養も大事ですの」

初春「!!」コクリコクリ

垣根【ちっ。……ったく、退院してからの第一声が、
    『垣根さーん温泉いきましょそうしましょ、明日です荷物まとめておいてください』ってどういうことだこのバカ】

初春「あだっ! な、殴らないでくださいよう……、垣根さんのばか」

垣根【ふん】




垣根【つかよ、テメェら身内は超電磁砲と付き合い長いんじゃねえのかよ】

白井「あいにくとお姉さまは音信不通ですの。わたくしとしてもたいっっっっっへん不本意ですのよ」

垣根【……、テメェは口だけは減らねえよな、黒井腹真っ黒子】

白井「まったく、どこで何をしているやら……」ブツブツ

垣根【な………!! む、無視しやがった……!! こ、こここ、この俺を………!!】

初春「まあまあ」ナデナデ

818: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:05:04.64 ID:VXvxGJ8Vo

佐天「というか御坂さん、寮に戻ってないんですか?」

白井「ええ。ちょっとここのところわたくしも忙しくて寮を空けていたので……。
    また妙なことに首をつっこんでなければいいんですけれど」

佐天「いうても戦争中ですしねー。ほいっ!」カコーンッ

白井「ああっ!? ふ、不意打ちは卑怯ですのよーーーーーーっ!!」

初春「……とっ、とりあえず私たちも卓球やりましょ? 温泉といったらまず卓球ですよね」

垣根【付き合いきれねえな。はー初春、喉渇いた。外いくぞ外】

初春「え……、あ、はい……」

白井「……あらぁ?」

垣根【あ?】



白井「ほーほー。なるほどなるほど」

垣根【………なんだその目は。格下を見下すようなその目は。見逃せねえぞ】

白井「いやぁ? 垣根さんはあれですのね、……ぷぷ」

垣根【……あぁ??】

白井「いやいやいやいや、いいんですのよ、うん。
    そうですわよね、二人でゆっくり甘えたいお年頃という………ぷぷぷ」

垣根【な、なんだと……? おい待てコラ聞き捨てならねえはっきり言いやがれこの変態女】

白井「なっ……へ、へ、へ変態とはどういう言い草ですの!? とんだ言いがかりですわねまったく」

垣根【いやテメェはどう見ても変態だろ。


             ―――変な写真集持ってたしよ】


白井「ぎくっ!!」

初春「ぎくっ!!」

佐天「??」

819: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:07:26.21 ID:VXvxGJ8Vo

白井「う……、初春あなた、まさかあれを……」

初春「さ、さーて私はちょっと外の空気を吸って、それからお風呂でも入って、
   そうです温泉に来たからにはまずはおんせへぶおぁっ!?」ボコッ

佐天「おー、いいスマッシュ!」

白井「ふう。……これはハッキリさせたほうがよさそうですわね」

垣根【……やるってのかガキ】

白井「上等ですのよ」



垣根【ハッ。大能力者風情が調子のんなよコラ】

白井「あらあら。負け犬ほどよく吼えるものですのよ? 垣根さんこそ平気ですの? 
    相当なハンデがおありのようですけど?」

垣根【バーカ、テメェは所詮レベル4の雑魚だからな? 車椅子くらいのハンデが丁度いいんだよ?】

白井「まあ? メルヘンとして有名な垣根さんのことですし? 言い訳を作っておくのは大事だと思いますの?」

垣根【おーおー、吼えるな? 雑魚がよ? あームカついた? ひさびさにムカついた?】

佐天(なんで会話が疑問系なんだろう……)


初春「い、いだだだ……。って、垣根さん!? な、なんか険悪な雰囲気に?!」

佐天「うーいーはーるー!」ダキッ

初春「ふぇっ!? な、なんで私に抱きつくんです!?」

佐天「(面白そうだから見てようよっ)」ヒソヒソ

初春「(なっ……、ま、またそうやって楽しみだして!)」ヒソヒソ



垣根【―――初春、そいつを貸せ。
    この腐れテレポーターに、俺のスマッシュに常識は通用しねえところを見せ付けてやる】

白井「―――ふん。そういうのを死亡フラグといいますのよ。
    佐天さん、この腐れダークマターに次元の差異を見せ付けてやりますの」


佐天(なにこれ……面白そう……!!)ドキドキ

初春(なんで? なんでこうなるの??)

820: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:09:15.29 ID:VXvxGJ8Vo


―――――数分後。


白井「よっしゃ勝ちましたのおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

垣根【……………ッッ!! …………ッッ!!!!】

初春「………えっと……垣根、さん……」

垣根【…………!!! な、ななな………!!】


白井「ハァハァ……。い、いやーなんというかアレですのね、ハァハァ……。
    いくら超能力者といってもまぁこの程度といったところでございましょ。
    さきほどまではあーーーーーーーんなにいきがっておられましたのに、
    実際のところの実力はミジンコより若干緑色くらいですのね、おほほ」

佐天「し、白井さん、言いすぎ言いすぎ……」


垣根【………ふ、ふふっ】

初春「………?」

垣根【………ふう。いやあ、まあ、今のはな、ほらあれだ、花を持たせてやるっていうかよ。
    さすがに弱い者いじめになっちまうしな。そうだよな初春】

初春「え……、」

垣根【そうだよな初春。俺は小物は見逃すよな。そうだよな】

初春(か、垣根さんの目がすわってる……!)

初春「そ、そうですよね! 垣根さんは本当はす、すごいんですよね! す、すまっしゅとか!
   だーくまたーあたっくですよね!」

佐天(な、なんだろうそれ………)

垣根【そうだ。俺はすごいんだ】

初春「あっはっは!」

垣根【あっはっは!】





白井「あら、言い訳は終わりましたの?」


垣根【】カチンッ

初春「あっ」

佐天「あっ」

821: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:11:37.81 ID:VXvxGJ8Vo

垣根【………おい初春飾利】

初春「は、はい」



垣根【―――つなげ】



白井「いっ?!」
佐天「へっ!?」
初春「え”っ!?」


垣根【は・や・く・し・ろ】

初春「つ、つなぐったって……い、今ここでですか……?」

垣根【いいからつなげ早くつなげテメェ仲介人だろなんとかしろすぐに電脳空間にダイブしろ俺と脳波を共有しろ】ユサユサユサユサ

初春「かかかかかかかきねささささんおおおおおおおちついてくださいいいいいいい」ガクガク



白井「(ま、まずいですの……! 正直やりすぎましたの!!! ど、どどどどっどどうしましょ!!)」

佐天「(だから言ったじゃないですか! そ、そんなにヤバいんですかあの人の能力!!)」

白井「(やばいってもんじゃありませんの!! じょ、序列元第2位ですのよ!? お姉さまより上ですのよーーーーー!?)」


白井「わ、わたくしちょっと温泉に入ってこようかと……」

佐天「あ、あっはははは! あたしもなんだか汗かいちゃったし温泉に………」



キィーーー………ーーン!!!!



白井「!?」
佐天「!?」



垣根「………おい、待てやコラ。逃がさねえぞ。能力解禁でもっかい勝負だクソが。だーれが負け犬だぁ?」

白井「で、ですからわたくしは温泉に……!!」

初春「………ごめんなさい、付き合ってあげてください……」

白井「な、何でこうなるんですのーーーーーーー!!!」

垣根「うるせえ。テメェはここで絶望させてやる」


仲居「あの、お客さんそろそろお荷物をお部屋に運んでもらいたいんですが………」

垣根「俺のスマッシュにその常識は通用しねえ。行くぞ初春!!」

初春「はぁ……」

仲居「あの……」


………

……


822: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:12:40.06 ID:VXvxGJ8Vo


――――――


初春「よいしょっと」

佐天「わー! 結構いい部屋じゃん! 広ーーい!」

白井「まあ確かにこの戦争真っ只中に温泉に来る輩などいませんし、格安で提供してもらってますの」

垣根【だから誰もいねえのか。妥当だな。いいじゃねえか、女どもで使うなら広すぎるくらいでよ】

初春「とりあえず浴衣に着替えて、温泉いきましょう温泉! その後はご飯たべてー、夜はゲームゲーム♪」ガサゴソ

佐天「……初春またゲーム持ってきたの? マニアだなーほんとに……」ガサゴソ

白井「ふ、ふふふ……この日のためにお姉さまの部屋から盗み出したこの……くふ……ふふふふ」ガサゴソ



垣根【―――で、初春、俺の部屋はどこだ。だりーから少しだけ横になりたいんだが】

初春「あっ、垣根さんの浴衣は私が着せてあげますからね。もうちょっとまっててくださいね」

垣根【は? んなもんいい、じ、自分で着れる。ってかそうじゃねえ。俺の部屋はどこだよ】


白井「?」

初春「?」

佐天「垣根さんの部屋?」

垣根【…………あ?】

823: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:13:44.61 ID:VXvxGJ8Vo

白井「そんなもんあるわけがありませんの」

垣根【な、何……?】

初春「ごめんなさい、一人になりたかったですか? 
   でも、人数も丁度四人だし、安いといってもお金がかかりますし」

垣根【そんなもん俺の口座からぶっちぎればいいだろが。ていうかそうじゃねえ!】

白井「?」

初春「??」

佐天「………ははん」ニヤニヤ


垣根【いや、だからよ、テメェらは女だろうが】

白井「は? 何を当たり前のことを」

初春「垣根さん変ですよ」

垣根【い、いや……、それで俺は男だろうが】

初春「知ってますよ」

白井「さっきの卓球で頭でも打ちましたの?」

佐天「………ぷっ……くく」

824: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:16:37.34 ID:VXvxGJ8Vo

垣根【だから、着替えとか、寝るときとか色々あるだろうが。そういうの】

垣根(暗部にいたときは男女混合なんざ当たり前だったけどな……)

初春「なんだ、そんなことですか。着替えなら目をつぶっていてもらえばいいだけですし」

白井「垣根さんなら寝ていても襲われる心配もありませんの。何を思春期の中学生みたいなことを」

垣根(な、ナメてやがる……! 麻雀の安全牌を切るときの感覚だろテメェ黒井黒子……!!)

初春「垣根さんのえっち」

垣根【………ぐぐっ】

垣根(な、なんで俺がガキみてえな扱いになってんだ……?!)


佐天(……………、)

佐天「……そうですよねー、初春も気を遣えって話ですよねー」

初春「えっ」

白井「えっ」

垣根【?】



佐天「いやほら、垣根さんくらいになるとあれですよね。
    初春が夜中に寂しくなったときに、こっそりたずねてくることを考慮してたりするんですよね?」

初春「なっ……!? なんですかその無茶な理由づけは!?」

垣根【………! ……おー、そうだそうだ。初春は寂しがり屋だしよ。テメェらの前じゃ甘えられねえだろ。
   そういうときのためにだな、別室が必要だっつー話だ】

初春「ちっ、違いますっ! わ、わたわた、私は寂しがり屋じゃありません!
    むしろそれは垣根さんのほうであって……」

佐天「そういえばこいつこの前言ってましたよー、お花畑に迷い込んだみたいな顔しながら、
    『か、垣根さんっていい匂いするんですよ……。なんていうか、あ、安心します……』とかなんとか」

初春「ぎゅああああああ佐天さんそれは秘密って言ったじゃないですかああああああああ!!!」

白井「……ほおおおおおおお???」

垣根【ったく、これだからガキんちょは仕方ねえよな。やれやれだぜ】

佐天「やれやれだぜー」


初春「う、ううう……、二人ともひどいですよ……ぐす」

佐天(あぁんすねてる初春かわいいよう!)

白井(どっちもどっちですの……。まったく……)


佐天「じゃ、浴衣着替えて温泉いきましょっ」

垣根【外出てる。着替え終わったら呼べ】

白井「そうそう、さすがに温泉は別々に入るんですよ(キリッ」

初春「えっ? でも垣根さん、大変そうだし……」

白井「これ以上いちゃいちゃすんなやゴルァアアアアアアアアアアアアアアア!!」


………

……


825: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:17:43.07 ID:VXvxGJ8Vo


―――――女風呂。


佐天「ふう」

初春「はあ」

白井「ほう」


カコーン………


初春「いやはや極楽ですなあ」

佐天「初春おっさんくさいよ」

初春「垣根さんちゃんとお風呂入れてますかねー」

佐天「四苦八苦してそうだけど平気じゃない? 『意地でも一人で入る』って言ってたし」

初春「むー。広いお風呂だから溺れてないか心配です……」

佐天(あんたは母親かっつの………)



白井「でもまあ、やはり広い湯船はなぜかリラックスできますわね」

佐天「あたしこの、湯船に入る瞬間の感覚が好きなんですよね」

白井「あっ、ちょっとわかりますの」

初春「じわーって、体に馴染む感じですよね」

佐天「そうそう。ちょっと熱くてもさあ、あの感覚がやめられないよねえ」

白井「かといってずーっといるとのぼせてしまいますの」

佐天「こう、入った瞬間に、ふうううううっって息はくのがまた、………くうー! クセになりますねー!」

白井(さ、佐天さんのほうがおっさんなのでは……?)


初春「でもそれってなんだか真理っぽいですよねー。




          なんでも、入る瞬間が一番気持ちいい、かぁ………」




佐天「!?!?」バシャッ
白井「!?!?」バシャッ

826: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:18:31.93 ID:VXvxGJ8Vo

初春「………ってあれ? へ? 私なんか変なこと言いました?」

佐天「う、ういはる……」

白井「も、もう一回言ってみてくださいですの……」

初春「え? どれですか? 

      

          は、入る瞬間が一番気持ちい………って……!?」



佐天「」
白井「」


初春「ちっ!?!? 違いますっ!!!!! な、ななななな何を卑猥な想像をしているんですかっ!?」


佐天「…………、」

白井「…………、」


初春「やめてくださいよおおおおお!! 汚いものを見る目つきで私を見ないでくださいーーー!><」

佐天「垣根さん……、やっぱヤリ手なんだなあ……そうだよなあイケメンだしなあ」

白井「ジャ、ジャッジメントとしてこれは……ううしかし、初春を拘束するのはさすがに気が引けますの……」

初春「だから違うって言ってるじゃないですかー!!! また都合のいいように解釈しおってからにーーー!!」


佐天「えっ違うの?」
白井「そうなんですの?」

初春「あ、当たり前じゃないですか! 私が垣根さんとつながったのは脳波だけです!!」

佐天「つ、つながる………」
白井「お、おういえーす、ですの………」


初春「もうやだこの二人………」ブクブクブク

827: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:20:08.65 ID:VXvxGJ8Vo

白井「ま、初春の言いたいことはわかりますのよ」

初春「?」

佐天「あれ、白井さんの哲学トークですか?」

白井「そんな大層なものではございませんけど。そもそも慣れというものは安定と怠惰をもたらしますの」

初春「安定と、怠惰」

佐天「てっつがくぅ」バシャッ

初春「佐天さんそれが言いたいだけでしょ………」


白井「最初の刺激はいつまでも続きませんし、刺激的だったことが刺激的に感じられなくなるのは、それはそれで健全といいますか……。
    別に悪いことではありませんの」

初春「ふむふむ」コクコク

佐天(初春ってほんと素直だなあこういうの)
    
白井「ですがそれはある種の警告かもしれませんわね。ちょうどよい距離というものを測るのが大切かと。
    甘ったるいだけのカンケイなんて、えてしていいことはないものですのよ。
    たまには顔をしかめるような渋みがあってこそ、よきカンケイを築き上げられるというもの」

初春「なるほど………」

白井「要はバランスですの。距離をはかるには、湯船につかったままではいけませんのよ、初春。ま、精進あそばせ」

初春「……むむむ、奥が深いんですねえ……」

白井「あとたまには色仕掛けをしてもいいと思いますの。多角的な刺激を与えてみるとか」

初春「………うー、でも私、色気ないですし……」

白井「それは装飾とかディティールでなんとかなりますのよ。今度教えますの」

初春「! ぜひ教えてくださいっ! 白井せんせい!」

白井「うむ、よきにはからえですの」

佐天(なんか途中から変な方向に話が……)



………

……


828: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:21:28.63 ID:VXvxGJ8Vo


――――――


初春「あれ、垣根さん? 先に出てたんですか?」

垣根【遅すぎんだよ。暇すぎてこのクソくだらねえゲームやるハメになっちまっただろうが】

佐天「あー! これ知ってるー! 日本舞台にして大金持ちになるやつですよね!」

白井「四人でやるゲームの王道ですの。ちなみに初春は一人でもやってますの」

初春「い、いらないこと言わなくていいですよ! 
    そうですね、まだ時間ありますし、ご飯までみんなでやります?」

垣根【はん、この手のゲームはさすがに負けねえぞ】

佐天(なにこれ……ていとく天使って………役職?)



垣根【テメェらって、あれだよな。木山と面識あるんだろ】

白井「あら。知ってましたの?」

初春「あ、私がちょっと、話しました……」

垣根【光の速度でな】

初春「もう」

佐天「あたしなんかはあんまりいい思い出ないんですけどね。……まぁ最後は仲直りしたけど」

垣根【幻想御手、か】

白井「そう考えるとなつかしいですわね」

佐天「……その、さっきの装置も、その原理なんですよね」

白井「改良は加えたといってませんでしたっけ」

初春「今のところ問題はないので心配ないですよ、佐天さん」

垣根(…………、)




垣根【おらっ、死ね初春】

初春「ぎゃああああああ!?!? か、鹿児島から出られなくなった!?」

白井「ではわたくしも」

初春「ああああああああ!! 今度はお金があああああ!!」

佐天「じゃーあたしもついでに」

初春「カード! カードが! ……なんで私ばっかりいじめるんですか!! ひどいです! 友達なくしますよ!!」

佐天・白井・垣根【「「テメェがダントツすぎるからだろうが!!」」】


初春「……………えへ」

829: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:24:39.97 ID:VXvxGJ8Vo


――――――


白井「そういえば木山は病院を出て行ったそうですわね」

佐天「えっ。そうなんですか? あたし会ってないや……」

初春「もともと垣根さんの治療のために呼ばれてたみたいです。今は研究に戻ってるのかも」

垣根【あの女は昔からあんな調子なのかよ。なんつーか、覇気がねえ】

初春「そういう言い方はだめです」ペチッ

垣根【いてえぞコラ】

白井「まーよくわからない女ではありましたわね。……信念は通ってたみたいですけれど」

佐天「できればもう少し前にあたしたちと出会っていればなー」

初春「過ぎたことを言っても仕方ないですよ。御坂さんでもそう言うと思います」

佐天「そういうもんかなあー」



佐天「それにしても人の出会いって不思議だねー。昨日会ったかと思えばもういなくなってるんだもん。
    お姉さんついてけないよ」

白井「この街特有の流れかもしれませんの。
    さらにいうなら、わたくし達の周りもまた、トラブルにことかきませんでしたし」

初春「垣根さんと出会ったのも、そういえばトラブルが原因というか……えっと」

垣根【あん? あーまぁ、そーだな。



            テメェが木山に呼ばれたときなんだろ? あんときは暴言吐いて悪かったな】



初春「え……、」

白井「あら、そうでしたの」

佐天「こいつ、最初メル友とか言ってたんですよー??」

垣根【はっ? なんだそりゃ、今時はやらねーだろんなもん】

初春「…………、」

垣根【……?】

初春「あ、あははは。だって恥ずかしいじゃないですかー! まったく……あはは……」

佐天「………?」


初春「ごっ、ご飯たべましょ! ちょっとゲームしすぎです!!」


………

……


830: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:26:12.99 ID:VXvxGJ8Vo


――――――――


初春「これで料理は全部ですか?」

仲居「はい。食べ終わりましたら外においてくださいませ」


垣根【なんだか急ピッチだな。一泊だから仕方ねえけどよ。しかしまあ、うまそうだ】

初春「びょ、病院食よりおいしそうですか……?」

垣根【そんなもん当たり前だろバカ】

初春(……ほっ)

白井「垣根さんは超能力者なわけですし、舌も肥えてそうですけれど」

垣根【一通りは知ってるが、まあうまいって感覚にはそこまで大差ねえよ。
    ある程度までいったら雰囲気と斬新さ、調和の度合いが味の決め手だ】

佐天「おおーなんかそれっぽいですね」

初春「さーさー食べましょう! ここはお魚がおいしいみたいですよー」

白井「いただきますですの」



垣根【うーん。まぁ……、うん。食える】

初春「な、なんて高飛車なことを……」

垣根【うるせえな。うめえっていえばいいのかよ。はいはいうまいうまい】

初春「………料理調べたりしなければよかった……」ボソ

垣根【あ?】

初春「なんでもないですー!」

佐天「てゆか初春なんで、『あーん』ってやらないの? いつもやってるんでしょ??」

初春「やってませんよ!?」

垣根【あーやってるな。最初に散歩したときもやってたな】

初春「なんで垣根さんが偉そうなんですか!!」



白井「……………けっ」モグモグ

佐天「白井さん、目つきが、目つきがおっさん」


………

……


831: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:30:34.56 ID:VXvxGJ8Vo


――――――


垣根【―――んでその後はゲームやったり初春をいじったりと】

初春「………!!」

垣根【ま、それなりに楽しめたわけだ。な? 初春】

初春「(しっ、静かにしてください……!!)」

垣根【いや俺しゃべってねえし】

初春「(うぐ)」

垣根【油断してただろ、テメェ】

初春「(だ、だって……、うう……さすがに……ううう)」ドキドキ

垣根【ばーか。寝るってなってからが本番だろうが。元暗部ナメんな】



佐天「うーん………むにゃ」zzz

白井「お………おねえしゃま……、は、はいるしゅんかんが、い、いちばんでしゅの……すぴー」zzz



垣根【こりゃ愉快だな。白井の額に肉って書いておくか。あ、雌のほうがいいな】

初春「(………、ば、ばれちゃいます……)」

垣根【お前も携帯でやり取りすればバレねえよ。てか腕枕。もっと近くがいい】

初春「(もお……、みんなの前だと強気なくせに……)」

垣根【うるせえ。俺はいつでも強気だ。早くしろよ。だいたいテメェが油断してるのが悪い。
    俺みてえな障害者に潜り込まれてるんじゃねえよ、ウスノロ】

初春「(………ああもう!)」カチカチ



初春【布団の中で むかいあって 携帯でやり取りって 多分世界で 初ですよ 私たち】カチカチ



垣根【馬鹿が、この背徳感を楽しめるようになれよ、ガキんちょ】

初春【ばかは そっちです】

垣根【いいにおいがする】

初春「っ!!」ビクッ

垣根【なんてな。……ん? 心臓の音が早いな。どうした初春飾利。がんばれ】

初春「…………、うう」

832: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:31:49.44 ID:VXvxGJ8Vo

垣根【―――で。さすがに布団の中に忍び込んでくるとは思わなかったか】

初春【思うわけないじゃないですか こんなの 普通の人なら しませんよ】カチカチ

垣根【だから常識が通用しねえんだって】

初春【やっていい非常識と やっちゃだめな非常識が あるんです】カチカチ

垣根【へー。これはどっちなんだよ?】ギュー

初春「…………、」ドキドキドキドキ

垣根【ほう。また音が早くなったな。大丈夫か初春飾利。もっとがんばれ】


初春【垣根さん 嫌い】

垣根【俺もテメェ嫌い】

初春【じゃあ 私は もっと嫌い 大嫌い】

垣根【じゃあ俺はもっともっと嫌い 超嫌い】

初春「…………、」


初春【ずるいです 垣根さんは】

垣根【ずるいとこが好き?】

初春【ばか なんで 今日は 意地悪なんですか】

垣根【いつものことだ。テメェはいじり甲斐があるからな。佐天涙子の太鼓判つきだ】

初春「(うう………、)」



白井「OHHHHHHH!!!! おっねえええさまあああああん!! HOT! HOT!!!」zzz

佐天「えっ………へあ……となかいっているんだあ……」zzz



垣根【………、】

初春「………、」

833: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:32:54.63 ID:VXvxGJ8Vo

初春【じゃあ 私も わがまま いいます】

垣根【へえ。言ってみろよ。そういやテメェには何かしてもらってばっかりだったな】

初春「(えっと………その……)」

垣根【……………エロいことするの?】

初春【ばか さいてい だーくまたー】

垣根【なんだよ早く言え。じらされるのは好きじゃねえ】



初春【う】



垣根【?】



初春「…………」



初春「…………………………」




初春「………………………………」




垣根【はやくしろっつの】


初春「(う)」

初春「(う……うでま、くら)」

834: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:33:56.73 ID:VXvxGJ8Vo

垣根【ぷっ】

初春「……!!!」

初春【笑いましたね 今笑いましたね 馬鹿にしましたね 垣根さんのばか】カチカチカチカチ

垣根【いや、別にいいけど。つか俺もやってもらってるけど】

初春【もういいです 一生いいません してあげません 垣根さんなんか知りません】カチカチカチカチ

垣根【おいおい落ち着けよ。わかった。たまには貸してやる。こっちこい】グイッ



初春「(あ)」

初春「…………、」


垣根【満足か甘えん坊】

初春【垣根さんに 言われたくないです】

垣根【―――あれだな。こういうカンケイは珍しいかもな】

初春【こういう カンケイ?】

垣根【別に大層な経験があるわけじゃねえが。なんていうんだ、俺とテメェはどっちが上でも下でもねえっつか】

初春【それは そうかも】カチカチ

垣根【楽でいい。本質的な意味でな。テメェはいじり甲斐もあるが、居場所としても安心する】


初春「(…………、)」

初春【かきねさんは】カチカチ


垣根【ん】

初春【やっぱり なんでもないです】

垣根【またかよ。テメェあれだな? 優柔不断で買い物するときめんどくせえパターンだな?】

初春【なんでもないんです!怒】

垣根【はいすねた。めんどい。はいめんどい】

835: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:35:10.66 ID:VXvxGJ8Vo


初春「……今は、甘いのかな……、苦いのかな……ううん……」


垣根【あ?】

初春【ねむいです ねます】カチカチ

垣根【ん。じゃあ適当に寝ろ。テメェが寝たら戻る】

初春【ねがお はずかしい】カチカチ

垣根【知るか】


初春「………」

初春「(クセになっちゃ、だめですよね……)」

垣根【?】

初春【おやすみなさい】

垣根【……、】


…………

……


836: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:36:26.59 ID:VXvxGJ8Vo


――――――


佐天「ねーねー! 出発する前に写真取りましょうよー! 浴衣で!」

垣根【俺が撮ってやるからテメェら並べよ】

初春「何言ってるんですか! 垣根さんがいなかったら意味ないです!
    仲居さんに頼みますから! ……すいませーん!!」

垣根【いや俺はいいって……】

白井「……このメルヘンバカップルは……けっ!」



佐天「うはーなんだか旅行っぽい!!」

垣根【おいこら。く、くっつくな初春】

初春「へー。昨日とは大違いですねー。へー」

垣根【テメェ待てそれ以上いったら殴るマジで殴る】

白井「………朝からいちゃこら……、けっ!!!」



佐天「垣根さんもうちょっと自然な顔にしなきゃ」

垣根【わかんねえよんなもん】

白井「アホ面でよろしいんでは?」

垣根【テメェは帰ってからまた卓球やってぶちのめす】

初春「……って垣根さん態度悪すぎです! ちゃんと足とじて! 手は膝の上!!」

垣根【な、なんだそりゃ、証明写真かコラ】



仲居「とりますよー」


初春「おねがいします! ほら、垣根さん笑顔ですよー」

佐天「いえーい! 温泉サイコー!」

白井「早めにお願いしますの。ふん」

垣根【…………、………、】

837: ◆le/tHonREI 2011/02/13(日) 17:37:23.05 ID:VXvxGJ8Vo



垣根【………、】

垣根【―――、全然苦くねえっつの、バカ春】







#TIPS2:終

870: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 20:59:00.28 ID:ejdL4ij+o


                              ※


佐天涙子とは家の前で別れた。深くつっこんではこなかったが、多分バレているだろう。
悪意をコントロールするのは無理だ。うまく隠そうとしても、どこかから影がはみ出してしまう。

部屋にもどってすぐ、戸締りを確認する。
お世辞にも今の自分にマッチしているとはいえない、整った玄関先。車椅子から手すりへとスムーズに体重をシフトさせる。
後ろ手に鍵を閉める動作にも慣れてきた。そのままずるずると、足を引きずって居間へと移動する。

光を求めて足掻く聖者の行進。


(……聖者? 貧者の間違いだろ)


病院から出てわかったことは二つ。
一つ、障害を持った人間が一人で生きていくことはどんな泥をかぶるよりも羞恥心に響く。
二つ、一人でいるときのほうが、自分を客観視してしまう。矛盾しているが、まさに、だ。

資産については余裕がある。退院する直前に初春に手続きを手伝ってもらった。
現在の住居は、寮とは名ばかりの介護施設のようなものだ。
自分の他に住人はいないらしい。

週に一回、初春飾利が部屋に来る。身辺の整理その他、初春は一言も言わないが負担になっているに違いない。

学籍についてはどうなっているかわからない。元々他人から教わることなどあるようでない。
理論構築から実践まで、学ぶには少しだけ光のあたらない場所に身をやつせば足りる。

垣根帝督の人格が形成されるまでの道のりにはいつだって他人の悪意があった。


(そいつを踏んで生きてきた。否定はしねえ。後悔すらしてねえ。俺は俺だからな)


人間は他者を通じて自分を視るといった学者がいた。
今の垣根帝督には通用しない理論だが。


(……俺が俺を視るとき、他人の目で自分を測る段階はとうに乗り越えた。今は、自分で自分を評価している。これからも)


自分は本当の意味で自立していない。
障害を持っているのだから、物理的に他人に依存しないで生きていくことはおそらく不可能だ。
そのことについては異論はない。納得もしている。

そういう話ではない。

871: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:00:16.60 ID:ejdL4ij+o


(―――そいつを踏んで生きてきた。否定はしねえ。後悔すらしてねえ。俺は俺だからな)


人間は他者を通じて自分を視るといった学者がいた。
今の垣根帝督には通用しない理論だが。


(……俺が俺を視るとき、他人の目で自分を測る段階はとうに乗り越えた。今は、自分で自分を評価している。これからも)


自分は本当の意味で自立していない。
障害を持っているのだから、物理的に他人に依存しないで生きていくことはおそらく不可能だ。
そのことについては異論はない。納得もしている。


(俺が依存しているのはもっと内面的なものだ。その上で―――)

(―――一方通行を殺すことが、俺が俺であるための必要条件だ。精神的な自立、……そうじゃねえのか、垣根帝督)


頭を整理するためにソファに体を落とす。

自問自答はここ最近の日課になっていた。こちらとあちらをつなぐ端末を受信機からパソコンに移して電脳空間へ。
かつてはホストである博士によって多くを占拠されていた広大な空間。

垣根の心理を反映する場所でもある。誰にも言っていないことだが、第三次世界大戦がはじまってからの風景は―――、



砂漠だった。

872: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:01:26.67 ID:ejdL4ij+o


(初春に言ったら何ていうかな。泣きながら同情してくれるか。いや、体を寄せて慰めてくれるか。
 ―――そうだろうな。……そうだろう)


精神を集中する。バラバラになっている情報と、自我のかけらを集めて道筋を形成する。
現実にあるどんなパズルよりも難解な手作業だ。ピースをつなぐのは凹凸ではなく、倫理と論理と感情の入り混じった突起物。

だが、それがどうしたというのか。超能力者である垣根帝督は自身の演算能力について、絶対的な信頼を寄せている。

ここからは自分のフィールドだ。誰にも口は挟ませない。邪魔はさせない。
垣根の周りに、悪意という名の風が収束していく。


(シンプルに考えろ)


座して手のひらを組んだ。顎によせて目を閉じる。


(………、結論はもう、出てるだろ。―――出てるだろ)


具体的な方法論として、今の自分が自分を取り戻すためには初春飾利を利用するしか手立てはない。
なぜなら自分は彼女がいなければただの無能力者だからだ。

手段は選ばなくていい。それがルールでありセオリーだ。


(アイツを騙して一方通行と対峙する。簡単なことだ)


結論を急いでいるわけではない。
どう考えても垣根帝督のいうところの『自分だけの現実』を取り戻すための方法が、それ以外にないのだ。

明確すぎる。明確に見えるからこその悩みだ。


(―――かつての俺はあの男のくだらねえ美学に負けた。負けたということは、勝ったやつが正しかったということだ)

(守る守らないのくだらねえ二元論に負けたんだ。ふざけやがって。ふざけやがって……!!)

(アイツを殺して俺は再び俺のやり方を証明する。そのための生贄は―――)

(……ッ! いけ、にえは………!!)







『a;mfg;am―――、頃合だな。助け舟を出しdagてやろうか』

「っ!」

873: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:02:42.45 ID:ejdL4ij+o

背後に気配を感じて振り返る。
そこにいたのは、あの時自分にロジックを説いた天使だ。


『なかなか興味がある話題だ。しかし……。うむ、君は変わったな』

「……なんならテメェでもいいんだぜ。ストレス発散に殺してやろうか。ウォーミングアップ代わりだ」


こき、と首をならして立ち上がり、演算を展開する。
即座に12枚の羽根が優雅に宙に描かれた。視線で圧倒しようとするが、当の相手は余裕を浮かべてたたずんでいる。


『ほう、それもいいな。試しに私とやりあってみるか。君の物語の結末をここで飾るのも、一興だ』

「調子のんなよ、クソ天使。あの日にテメェに触れたのは伊達じゃねえ。容赦しねえぞ」

『そういうな。私を消すことは序列にこだわる君の価値観の延長線上にあることだぞ。彼はこの手で叩き伏せているからな』

「……! なんだと?」

『くく、思考がシフトしたな。そういうわけだ。私を倒せば理屈の上で君は彼を越えたことになる。それで目的達成だ。
 “君が本当に序列にこだわっているのなら”、な』

「……、」


垣根が一瞬沈黙したのを逃がさない。
天使と呼ばれた存在―――エイワスはそれでいて、はっきりとしない表情をやはり保っていた。
笑っているのか、泣いているのか、怒っているのかどうかもわからない曖昧なものを顔面に飾り付けて、垣根をじっと見つめている。


『やはりな。これではっきりした』

「……なに?」

874: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:05:43.68 ID:ejdL4ij+o


『君は本当の意味では序列になどこだわってはいない。自分を否定した存在を、再び自分の手で否定したいだけだ』

『君は何番目であろうがいいのだ。彼を否定できればいいのだ。そうだろう。気づいているはずだが』



「……、」

『それでいて、君の仲介人との間にある、今の不確実な関係に意味を見出しつつある。
 かつての君が否定した美学だ。
 それは君たちが使うところの―――、そうだな。『信頼』。『保護』。『依存』。『誠意』。
 これらの言葉たちと極めて深い親和性を示している。

 ……では何故君がその言葉に対して生理的な嫌悪感を感じるか』


他人に自分の心を削り取られるような感覚を覚えた。
エイワスが語る垣根の心理描写は、否定しようがないくらいの説得力を誇っている。
身震いを押さえるのに必死になるが、どうにもならない。電脳空間でも、汗はかくのだ。


『一種のアレルギーのようなものだ。君が長い間、灯りのない場所にいた名残のようなものだ。
 効率を阻害するものは、いつの世でも感情。
 それでいて、君は裏切ることができないのだ。君と彼女の間にあるものを。

 一定の温度を保つ、未知の物質を』


「―――テメェは……、ごちゃごちゃと……、」


じりじりと、脳内で乱れる興奮物質を知覚する。
これは、だめだ。このタイプの煽りは、論外だ。

垣根は拳を握った。


『君は彼女を優先することが、そのまま君自身の自己否定につながると思っているのだろう。
 過去に否定した美学であるなら、まあ自然だ。
 だが自己否定すらできないような人間は進化しない。この世界ではそういう人間を何というか知っているか? 
 ………、“子供”、だよ垣根帝督。
 くく、わからないか? 君がよく使う言葉で言ってやろうか? ―――『ガキんちょ』、だ』


そして次の瞬間、何かが音を立てて切れた。


「―――……ッ!!!!!!!」

875: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:06:53.12 ID:ejdL4ij+o

跳んだ。

音を立てて12枚の羽根が再び広がる。今度はためらうことはなかった。
一蹴りで間合いをつめて、即座に相手をデリートするべく12本の白いナイフで攻撃を開始する。

一方通行を叩き伏せたと自称する天使だろうが、そんなことは知ったことではない。
感情の赴くまま、えぐられた心の対価を支払わせるべく、垣根帝督は自身の演算をすべて破壊に注ぎ込んだ。


が、


『今度は八つ当たりか。忙しい男だな、君は』

「ッ!?」


12枚の羽根に対して、エイワスから伸びた羽根はたったの二枚。
青ざめたプラチナを纏う物体が、一瞬にして垣根の攻撃を打ち下ろした。
垣根が攻撃するまでにかかったのは現実の時間に換算してみても、まばたき程度のものだろう。

かろうじて知覚できたのは、イメージの身体に突き刺さる、天使の攻撃だ。気づいたときには地面に付していた。


「がっ……!!! なん……だぁ、こりゃあ……!!」

『ああ、すまない。手加減はできないようだ。このagd空daga間はやはり、どうもajyejj安dgagag定しないな』


天使が放った攻撃は腹部を貫通していた。
痛みを知覚しているということは、データに何かしらのダメージを追っているということだ。
広大な砂漠の中で、地面にはりつけられる。さながら処刑されるキリストのようだった。


『―――君を見ているとあの男を思い出す。手術衣と髪の色が対照的でな』

「……テメェは……、ぐ……、本物の化け物かよ……、え、演算が……」

『君たちの常識で測ってもらっては困る。一方通行はそれでも何かしらのヒントを得たようだが。……まだやるか?』

「……、デタラメだ……、くそが……」

両手を挙げて降参を示す。


『賢明だな』

876: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:11:33.27 ID:ejdL4ij+o


『さて、私は戻るとしよう。石は投げた。あとは君がどう拾うかだ。楽しませてもらうよ。興味をひいたのは君だ。
 失望させるなよ』

「へ……、勝手に取り上げたのはテメェだろうが……。期待されても、困る……な」


砂漠に倒れこむ垣根帝督は、ここでもそのプライドを保っていた。
おそらく現存する言葉で彼を説得できるものは存在しないだろう。
形のないものを動かすには、形のないもので対抗するしか手段はないのだ。



『……科学は疑うことにより発展し、宗教は信じることによって発展した。
 美学については、疑いようもないものを訴えることで発展する。
 ふ。“ナンバーワンにならなくてもいい”。皮肉だが、発想は評価しよう。
 どちらを選ぶも君の自由だよ、垣根帝督。


 
    ―――君にgafgとfhaってのfaha彼af女fadhaは何だ?』





つぶやきのようなものを発して、最後にははっきりとした笑みを見せて消えた。
もちろんどういった種類の笑みなのかはわからない。
垣根は視線の端で天使をとらえようとするが、気づいたときには姿はない。

不思議なことに、さきほどまで激痛を放っていた腹部の傷が、何事もなかったかのように修復されていた。
体をつつんでいた汗も消えている。


(説教を………、説教をしにきやがったってのか。―――この俺を。―――テメェも俺を見下すのか)


ふつふつと、体内に沸き立つ黒い感情を隠すことができない。
天使が放った言葉が、どういう意図であれ、バラバラになっていく垣根の自我をつなぎとめた結果だ。

何かに近づいている。ピースが合わさっていく一連の流れを実感する。

877: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:13:16.61 ID:ejdL4ij+o

半ば開き直りにも近い。
子供と罵られて、煽られた挙句、自分の思考が意図とは別方向に移動している。

だがしかし、それは確かに脳内でひらめいて、直後に閉じた。


(―――なるほどな、そういうことかよ)

(……そうだ、そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだ。そういうことかよ―――ッ!!)


電子の海の中で、世界の支配者にでもなった気分だった。
砂漠が、黒く塗りつくされ、漆黒の夜が気障な横顔を現している。


(俺が生れてから今日にいたるまで、お世辞にも順風満帆な人生を歩んできたわけじゃねえ)

(たとえばあの第一位と対峙したとき。ジジイを追い詰めたとき。―――初春飾利に、触れたとき)

(その場限りの感情もあっただろうが、俺は確かに振り回された。ああそうだ。俺は成熟している人間じゃねえ)

(あの天使が言っていた名もない未知の物質に身をゆだねそうになることも、これから先いくらでもあるだろう)

(振り返って今日を思い出すとき、俺が自分を見つめなおしたとき。これからも俺は変わっていく)

(だが。だけどな、垣根帝督)


エイワスから与えられた選択肢はどちらもある意味では正しくて、ある意味では間違っている。
自覚しているからこそ、選択した手について確固たる決意を持って進まなければならない。
ベターである手を、ベストである手へと変化させるのは、自分自身だ。


(それでも、どんな状況に身を移そうが、これから先死ぬまで、絶対に変えられないものがある。
 泥をかぶっても、“自分に嘘をついて”でも、変わっちゃいけねえものが、ある。確かに存在している)




(―――俺が、俺であることだ。初春飾利。テメェを利用することで、俺は今の俺から決別する。それでいい)

878: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:16:13.01 ID:ejdL4ij+o



言い聞かせてすぐ、電脳空間からの離脱を試みた。

まだ時間はある。
今からでも初春に連絡を取り、口先八丁で一方通行との対峙にまで持っていけばいいのだ。

初春は当然拒否するだろう。ならもっと利口なやり方でハメてしまえばいい。
狡猾に、感情を撫でて支配すればいい。
できないことではない。迷うな。もう迷うなと、自分自身を洗脳すればいい。

垣根帝督はこのやり方が、自分のプライドに反する手法であることを理解していた。
それは彼がいうところの、“小物”のやり方だ。力のない、ずる賢くて下卑た人間のやることだ。

それでも、かまわない。自分はそういう人間なのだ。
逆説的な言い方をすれば、コンプレックスとプライドの糖衣を切り捨てた自分の本質なのだ、と。


電脳空間を飛び回る天使。
現実へと帰還するべく、経路を辿る。その表情はかつての垣根帝督そのものだった。


(くく、そうだ。すっきりしたじゃねえかよ。笑いがとまらねえ。
 アイツをどうやって騙すか、すでに頭の中で手があふれかえっている)

(どうする。拒否されたらどうする。くく、なら回線を通じてアイツの体を乗っ取るか。
 完全に脳を共有させて、ガラクタにしちまうか)

(俺がガキか。……ああ、認めてやる。それなら、俺を縛り付けているアイツの存在をぶち壊しちまえばいい。
 何故こんな単純なことができなかった)


(―――これだよ。この感覚だ。俺は本質的に悪意を渇望しているんだ)

(それを切り捨てて名もない物質に甘んじるだと? できるわけがねえ。
 ―――できるわけがねえだろうが!! そうだよなぁ、一方通行!!!)

(テメェに俺が突きつけた刃は、そんな生半可なものじゃねえだろ。
 どこで何をしたかは知らねえが、逃げられるものじゃねえだろ……!!)

(テメェも闇に溺れたんだろ。俺を否定できても、また他の何かに否定されたんだろう。
 今もあがいているんだろう! この街の闇がそんなに浅いわけがねえ!!)

(……ならもう一度、今度は腐った外道のやり方で、テメェを否定してやるよ……ッ!!)


意識と身体をつなぐ出口がすぐそこに見えた。

そして、

879: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:17:23.73 ID:ejdL4ij+o


――――――


「垣根さんっ!!!」


【―――、―――!】


意識が体に戻ったときに、真っ先に、目の前にあったのは花飾り。
飴玉を転がしたような甘い声。垣根帝督にとってはなじみの深い音だ。


「大丈夫ですか? す、すごい汗ですよ……、」


ソファに座る垣根を、真正面から初春飾利が捉えていた。
時間帯を確認する。夜もそれなりに更けだしている。
初春はポケットから取り出したハンカチで、丁寧に垣根の頬を伝う汗をふき取っている。


(な……、)


絶句して戸惑っているのは、誰の目に見ても明らかだった。
そんな垣根の様子に気がついたのか、初春は少しだけおどけて、顔を垣根に近づける。


「びっくりしましたか? 佐天さんに、ちょっと気分が悪そうだったって教えてもらって………。嫌な夢でも見てたんですか?」

(なん……で……、)


視点が定まらず、初春の表情のどこに焦点を合わせていいかわからない。
電脳空間に悪意をまるごとおいてきてしまったのかと錯覚するほどの違和感だ。

一方の初春は、そんな違和感を別の意味で受け取ったようで、少し視線を下げながら今度はこう言った。

880: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:22:41.08 ID:ejdL4ij+o


「……それとも、もしかして、わ、私が……。変なこといったからとか……、そういうのなんでしょうか……」

(ッ!!)


胸が締め付けられる。
神という存在がもしもこの世にいるのなら、垣根の存在に対してそんなにも否定的な態度をとるのは何故なのか。

言葉が出てこない。

さきほどまで、あれほど練った作戦が、一言も出てきやしない。
相手には垣根の思考を汲み取る様子はない。

初春飾利は言葉を次々と紡いでいった。


「……あれからちょっと考えてて。結論を急ぐようなのって、ダメですよね。私の気持ちは、別っていうか……」

【……違う】


さきほどまで対峙していた天使と、口調も意図も全く違うものなのに、同じような痛みを感じる。
心臓の裏側を針で刺されるような、おそらく垣根が最も苦手とするタイプの痛みだ。


「私が変なこと言ったから、ですよね。……な、なんか急に言っちゃったから……。本当にごめんなさい」

【……ッ、……違う】


初春飾利の表情は少し火照っていた。
天使が言ったいくつかの単語が連想される。名前も形もない、一定の温度を保った未知の物質。


「なんていうか、今はやっぱりそういうのって置いておこうかなって思ったんです。
 私の気持ちは多分、垣根さんにも伝わってるかなーって思ってたりするし……、あはは……。
 だから―――」


【―――違うッ!!!!!!!!!!!】

「えっ……」

881: ◆le/tHonREI 2011/02/19(土) 21:24:27.88 ID:ejdL4ij+o

反射的に肩を掴む。華奢な体。

多分このまま、練った作戦をそのまま実行すればこの少女を闇に葬ることなどたやすい。
イヤホンを取り付けさせて、共有させて、こちらから初春の脳内にハッキングをかけてしまえばいい。
演算能力では自分とそれなりの勝負をするだろうが、脆弱なパーソナルリアリティでは取り込まれるまで数分と持たないだろう。

それだけのことなのだ。初春飾利は自分にとって、それだけの存在に、しなければいけないのだ。

なのに―――。


【なんなんだよテメェは……】

「えっ……、ど、どうしたんですか……?」

【なんで俺に……光を向けるんだよ………!!】

「………、」


うつむきながら、携帯電話越しに意志を疎通させていた二人だったが、初春はその言葉を聞くと同時に、垣根を優しく抱いた。
何のことを話しているのかはわからないが、心配しなくていいということを伝えるためだ。
髪を撫でられる。鼓動が伝わる。心に照明を当てられていることは疑いようもない。


ここでも、やはり同じ。


形のないものを伝えるには、言葉をもはや必要としない。

それから抱きしめて、耳元で、小声で囁かれた。


「そんなの……、決まってるじゃないですか」



「垣根さんのことが……、

     
        ……好きだから、じゃだめですか?」




………

……


909: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:44:12.28 ID:67HibobUo


                              ※


ソファの上で抱き合って、お互いの感触を確認する。
生きていることを実感するだけならば、温度をこうして分け合うだけで十分だ。

身体的につながることすら必要としない。
お互いが持っているものを、熱量の法則に任せて等分すればいいだけの話。

これが善意のもとに成り立っていようが、悪意のもとに成り立っていようが関係ない。


初春はその夜、柔らかな唇を何度も奪われた。


接続状態は良好。垣根は初春の首筋にそっと唇をすべらせる。
くすぐったいような、じらされているような不思議な感覚。
それは皮膚の表面で無邪気に遊ばれているような、初春がまだ経験していないそれだった。


「あ……、垣根さん……、」

「怖いか」

「……………、ちょっとだけ……」

「頭の中はつながってるのに?」

「……そ、そういう問題じゃなくて……」

「わかってるよ」


言葉と同時に体を倒した。真っ赤に染め上がった顔、ピンクのワンピースに、花飾り。
―――心の中は、蒼い。瞳の奥には欲情を越えた優しさが瞬いている。

不思議だった。

自分はこんなにも汚れているのに、どうしてこの中学生は拒絶しないのだろう。
好意を抱かれていることもわかっているし、自分も悪く思っていないのは自覚している。
だけれど、どこかで矛盾している。

理屈の上での矛盾ではない。
理屈ではない何かがすれ違っている。どうしようもないくらいに。

910: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:44:56.26 ID:67HibobUo


「……これって、その……」


頬を撫でながら、耳の付け根を舐めた。
びくっ、と肩を震わせて、初春は垣根の手術衣をつかむ。
がっしりとではない。指先で、ほんの少し。


「こうされるの、嫌か」

「………またそうやって……、なんでそういうこと聞くんですか……、もう……」


胸を小突かれる。嫌じゃないのはわかっている。
わかっていても、聞きたくなる。恋人同士なら当然のじゃれ合い。


「リラックスさせたいだけだ。わかるだろ。初春は経験が少なそうだからな」

「垣根さんは……、……経験、豊富っぽいですよね。……私なんか……、……ッ!?」


一手先を呼んで唇をふさぐ。
キスをしながら、頭でつぶやいた。


【悪い子にはしゃべらせねえ】

【……ずるいです……、……垣根さんのばか……】

【いいじゃねえか、それに最後まではしないよ。もうこれだけつながってるんだ、満足だろ?】

【お、女の子にそこを答えさせるのは反則……あ】


それもそうだな、と発信してから、静かに抱きしめた。

911: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:47:47.86 ID:67HibobUo

――――――

それからしばらくお互いを暖めあった。
一線は越えてはいないが、何回も何回も、熱を伝え合った。

少女は脳波の接続を解除して、相手に身をゆだねている。

垣根の胸に収まる初春。
時刻はすでに真夜中。門限などとっくにすっぽかしている。
一応の連絡は入れてあったが、あとでバレたら説教モノだろう。

時計の針が空気を叩く音が、絶え間なく、何かを追い詰めるように響いていた。


【なあ】

【―――人を殺したいほど憎んだことはあるか】


唐突に彼の口からそんな言葉が出てきた。攻撃的な台詞に戸惑う。
聞くということは、もちろん……。


「どうしてそんなこと聞くんですか……?」

【俺がそう思ってるからさ】


言うなり、さらに強く抱きしめられる。
肌と肌とが触れ合う圧力が高まった。

体感してみてわかることだが、“強く抱きしめたい”という衝動が沸き起こる原理は、おそらく相手との一体感を求めてのことだ。

しかしこれもまた不思議なもので、脳波を共有した仲であってもきつく抱かれたくなる。抱きたくなる。
この心情は説明ができないものなのかもしれない。

多分人間にはそのひとつ一つの動作に果たすべき役割が備え付けられているのだ。

言葉でしか伝えられないこと。
体でしか伝えられないこと。
それぞれが持っている要素を、最大限に利用するだけ。


「……、殺したい人がいるんですか?」

【……、】

912: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:49:07.76 ID:67HibobUo

沈黙。

どうしてこの人は大事なときに黙るんだろう。
自分の考えていることは多分筒抜けなのに。部屋に戻ったら自分の思考をコントロールする練習をしようと思った。


【初春】

「はい……?」


嫌な予感がする。文字が見えているだけなのに、状況と表情、自分を抱く彼の腕から、なんとなく内容を察する。
こういうときの発言は、大抵の場合は望んでないほうに動く。

そして、




【―――今の時点で……、お前の気持ちには応えられない】




「………、え……」


ずきり。


指示語が指し示すものを即座に理解する。
気持ちをさらけ出した自分に対しての、彼なりの返答なのかと。

二文字の単語と、それに付随する邪な想いが瞬時に頭を回った。


―――優しさで自分を抱きしめた?

―――何のために? 

―――どうして?

―――そんなのずるいよ。

―――だったら最初から。


言葉には出せないけれど、歳相応の『どうして』が頭を流れては消えていく。

913: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:49:45.43 ID:67HibobUo


【……、バカなこと考えてるな】

「ば、バカなことって、そんな言い方……」

【そうじゃねえ。そうだったらこんなことしてない】

「だったら………、私は、だったら………っ」



―――だめ。


言いたい言葉を寸前で飲み込む。

だめだ。これは言っちゃいけない。
ズルい女の子になりたくない。

だって、自分だってこうされるのを望んでいた。損得計算でこの人と関係性を築き上げたくない。
何かを差し出したから対価を示せ、なんて、傲慢な考えでしかない。

自分は与えたんだ。それに彼が答えてくれたんだ。
ただそれが、心ではなく体だったというだけで……。

たとえばこれから先、仮に望まない結末を迎えたとしても、その事実は変わらない。


それならそれでいいと思いたい。


思いたい。


思わなきゃ、


思わなきゃ、なのに。



「―――あれ?」



瞳からはおかしなものが零れ落ちていた。

914: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:52:08.39 ID:67HibobUo


「あれ、あれ。ど、どうしてですかねー。なんだか胸が痛いです、なーんて……。あはは……」

【……、】

「あ、大丈夫です! いやぁ私、め、めんどくさい女じゃないですし……、えへへ……これはその、なんだろ、えーと……」


説明をしようと頭の中の辞書を引っ張り出してみても、どこにもその単語は載っていなかった。
ぽろぽろと、何をもってしてもそれ以外に表現できない感情の塊が、とめどなく瞳からあふれてくる。

だいいち、めんどくさい女ってなんだろう。
自分で言ってて思った。その言葉の意味なんて、雑誌やテレビでかじっただけだ。
こういうときに、相手に何かを押し付けるのがよくないのはわかってる。
だから、そういう、誰かの見知った経験を、自分が知っているふりをして言葉を紡いだ。

つまり、嘘だ。デタラメだ。フィクションだ。

本心は―――、そうじゃない。自分はどうしようもなく面倒で、これ以上ない独占欲の塊だ。

こんなの絶対見せたくない。
強がって無理してでもいいから、大好きな人には知られたくない。

だから精一杯強がっているというのに、対する垣根帝督は言葉を容赦なく続けてくる。


【だから違うんだ。初春。俺の声を聞いてくれ】

「何を聞けっていうんですか……!」


抱かれた体を引き離そうとする。暴れても、上半身の力ではまだ垣根のほうが上だ。
すぐになだめられてしまう。

そうだ、何を聞けっていうんだろう。
もう限界だった。喉の奥で止めていた台詞が、勝手に口から漏れた。


「だって……、だって垣根さんは私のこと……、

       ―――す、すきじゃないんでしょ……?」



【好きだよ】



「……? ……え?」

915: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:53:43.39 ID:67HibobUo

頭が混乱してきた。
初春は上目で垣根の瞳を刺す。嘘をついているようには見えなかった。

でも、だったらどうして?
考えているうちに、頬を伝う涙を、指でそっとふき取られた。


【もう一度、つないでくれるか。今から“俺”を見せてやる】


垣根はそういうと、初春の耳元にさきほどまで二人をつないでいた装置を差し出した。

視線は初春に向けたままだ。
迷っているような、何かに怯えているような瞳がそこにあった。


「……、」

【まだ話してないこと。俺がずっと考えていたこと、考えていること。そのすべてを伝える。
 俺の全部をテメェにやるよ。それが、気持ちに応えられない理由だ】

【本当は伝えないつもりだった。でもな、もう限界だ。俺には初春を裏切ることも、壊すこともできねえ。
 このクソったれな世界で、テメェだけは傷つけられない。
 だけど、俺はガキだから、俺自身を騙すことも同じようにできねえ。
 ……ああ、理屈の上じゃあくだらねえことだってわかってる。こういうのは言葉じゃ説明できねえんだ。

 

        ―――だから、もう一度、今度は俺と景色を共有してくれ】



言っていることの意味はわかるような、わからないような、だった。
垣根帝督は自分に話していない部分で、何かに悩んでいたのだろうか。
脳波を共有していたのに、そんなことには少しも気づけなかった。

同時に、今しがた自分が考えていた幼稚な発想に嫌気がさしてしまう。

垣根が気持ちに応えられない理由とは何だろうか。
何故か右肩がうずいていた。



ゆっくりと差し出されたイヤホンを手に取る。
そして、


「………ッ!!!! ……ッ!!」


キィーー……ン……!!


次の瞬間、真っ黒な垣根の悪意が、初春の脳内を駆け巡った。

916: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:55:26.14 ID:67HibobUo


(……ッ!! これ……コレハ………コレハナニ……!?)


つないだ瞬間、脳内にすさまじいスピードでスライドショーが展開された。

何百枚という数の写真のようなものが高速で流れていく。
高速でめくられるおびただしい数の風景、人の顔、抽象的な感情をあらわしたもの。
おそらく実際に目の前で見せられたとしても、理解ができないだろう。

だが、今の自分は違う。
どの光景も、一瞬見ただけで垣根の気持ちを共有することができる。
電気信号をもってして、垣根帝督が直接初春の脳内に情報を発信しているのだ。


(………!! ……………ッ!!)


情報量の多さももちろんそうだが、一つ一つの光景が放つ意味の重さに、初春は吐き気を催していた。

怖い。

何かにつぶされるような感覚を覚える。
自分の想像力を持ってしても、普通に生きている限りこの悪意に触れることはないだろう。

嫉妬、憎しみ、破壊欲、劣等感、―――目を背けようとしても、頭に直接送られてくるのだから拒否することはできない。


そしてまもなく、理解した。

居場所。

名前。

かつての闇。

一方通行。

第1位。あの日、あの時の―――、



「っ!!!」

【……、】


強制終了。


イヤホンを耳から勢いよく抜く。吐息が漏れて、額には大粒の汗が張り付いていた。
呼吸が安定しない。乱れた脈拍を定着させるべく、体が拒絶反応を示した。

垣根帝督が内在していた悪意は、初春の善意に対して毒気が強すぎたのだ。
拒絶の意図はないにしろ、これ以上データを受け取ってしまったら自我が崩壊してしまいそうだった。

917: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:57:16.95 ID:67HibobUo


(―――そう、だったんだ………、)


あの日。
オープンカフェで自分に接触した後、この男はこの街の第一位と接触している。
その末路が、今の彼に内在する根本的なコンプレックスの起点だ。

幸か不幸か、これ以上ないくらいのタイミング―――能力が回復した段階で、二人は再会した。


これですべてがつながった。日ごろ、垣根が揺れている内容にも触れることができた。
同時に、あのサーバー―――“ANGEL”の中に存在する何かについてもヒントが少し。

記憶が混乱しているのか、自分とあの場所で会ったことは忘れているようだったが、それにしたって、これは―――。


(言葉でどうにか説得できるものじゃない……、)


もしも彼の思考を読み取ることができなかったなら、初春は垣根帝督に持論を説いていたかもしれない。
そんなことをしたって何の意味もないとか、劣等感なんてどうでもいいではないか、とか。
自分がいればいいじゃないか、とか。そういう自分勝手な理屈を。

だけれど、理屈でなく感情で理解してしまった今。
そんなチープな言葉で垣根を説得することが、いかに意味のないことかを思い知った。


なぜなら彼自身が、『子供の感情』であることを理解しているのだ。

間違っていることがわかっていても、止められないのだ。
すべてが分かった上で、素直になれない自分を正当化しようとしているのだ。

この人の中で、理屈の上での自問自答はすでに煮詰まっている。
対立する価値観をぶつけてもそんなものは焼け石に水だ。無責任な偽善だ。

初春としてはもちろん、感情を理解した上でも、倫理的に彼のやろうとしていることを見逃すわけにはいかない。
でも、だからといって理不尽な説得を試みて、彼のアイデンティティを崩壊させてしまっては意味がない。

918: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:58:01.96 ID:67HibobUo


(―――それでも)

(それでも自分は律する人でありたい。“ジャッジメント”でありたい……!)



だから、



初春は、




「―――私に……、あなたの罪をください」




【何?】

「まだ根本的な解決なんて、思いつかない。だけど、……あなたを一人には、させません」



ともに歩く道を選んだ。
上から諭すわけでもなく、突き放すでもなく、羽を貸して、ただ一緒に進むことを選んだ。

919: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 19:59:32.83 ID:67HibobUo


「あなたの目的は、……この街の第1位と再び対峙すること。彼を殺害すること」

【そうだ、その通りだ】

「……その中で、その……私の存在に………」

【名前がつけられない。居場所が確保できていない】


遠慮のない台詞だった。
もっともさきほどの通信で分かりきっていたことではあったが。


「それなら私は、垣根さんと一緒にその人の前に行きます」

【……テメェはそれでいいのかよ】

「……どんな結末を迎えるにしても、一人になんか……させない。一緒にその人の前に、立ちます」


(―――その上で……、)


……だが、これ以上は伝えることはできない。余計に混乱させてしまうだろう。
すばやく感情を押し殺して、言葉を飲み込む。

ここからは、自分の勝手な妄言になる。


初春飾利の瞳には再び決意がにじんでいた。

垣根は呆けた顔をして、そんな初春を見つめている。
多分、結局巻き込んでしまったとか、これが利用でなくて何なのだとか、そういうことを考えているのかもしれない。

今更そんなこと水臭いと思ってしまう。自分と垣根はもう、一種の運命共同体なのだ。
利用するとかしないとか、そういうレベルの問題ではない。

気づいていないのだろうか。この関係性に。いや、気づいていないはずがない。
感性では理解ができても、知性で理解ができていないのと同じだ。

920: ◆le/tHonREI 2011/02/25(金) 20:02:15.91 ID:67HibobUo

二人はその夜、それ以上の会話をすることなく寝床についた。
初春飾利は垣根をベッドへと運んだ後、彼の隣に滑り込む。

暖かかった。甘えてしまいたくなるくらい、居心地がよかった。
たとえばこのお話が悲劇的な終わり方をしたとしても、それでもいいと思ってしまうくらいだった。


―――だがもちろん、彼女の頭の中では、この悲劇を塗り替えるための作戦会議が展開される。


(―――方法は、あるはず)


かちり。
初春の脳内でスイッチが入る。

……もちろんさっきまでの会話は建前だ。本音は違う。
どうにかして、この人の心の闇を、自分が浄化する。それだけだ。


(―――曖昧に不完全燃焼させて、なかったことにするなんて、この人にはきっとできない)

(………相手と対峙しないうちに、この問題が解決することなんてありえない)

(だからといって、このまま黒い気持ちに身を任せていたら、垣根さんはきっと壊れてしまう)

(そんなのは………嫌だ)

(あるはずだよ、初春飾利。―――だから、その方法を探す)

(第一位……、その相手と対峙したときに……、何かを伝えることができれば。アクションを起こすことができれば)

(………、…………、)

(相手を打ち倒して自分の正当性を主張するなんて、間違ってる)


当然の理屈だった。
垣根に協力するといったのは、そのための譲歩だ。

自分がしたいことはただ一つ。
大きな悪意に流されているような、この物語の展開に逆らいたい。

垣根と自分の間にあるものによって、最高の未来を掴みたい。


だから。


(終わらせない)

(―――このままでは……、悲劇では、終わらせない―――ッ!!)



………

……


976: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 01:39:59.01 ID:YMemoW+Xo

                               ※

翌日目覚めると、ベッドに初春の姿はない。
よほどぐっすりと寝付いていたのか、出て行く気配すら感じなかった。
暗部にいたときはこんなに安心して眠ることもなかったというのに、まったくどういう心境の変化だと自嘲する。

それから身体の代わりに気だるさを寝かしつけて、ゆっくりと起き上がった。
いつもと変わらない朝。日光は相変わらず鬱陶しいままだ。


メールでも入っているかと思いきや、携帯電話には何の履歴もない。
書き置きすらなかった。こうもあっさりと帰られるとそれはそれで、何か物足りない。
わかってはいるのに、幼くて未成熟な感情がひっそりと垣根の心に影を落とした。


―――、あの言葉は本当に本当なのか?


昨日まで感じていた彼女のぬくもりをすくい取ろうと、枕にうずくまる。
同時に、自分の心の乱れを確かめるように、心の鏡に向き合ってみる。


(……、わかってるさ。あいつと会った後は必ず、こうやって自分の醜態を見つめちまうんだ)


心の光と影が導き出すものはすなわち、バランスだ。
初春飾利と接すれば接するほど、光に寝食される自分を見てしまう。

彼女が放つ光が強ければ強いほど、心の闇が浮き彫りになっていく気がする。
やさしさに包まれた後に残るものは、不完全な自己の不明確な不安感だ。

この奇妙な初春との関係を最も的確に示すのは、きっと陰陽マークといわれるイン&ヤン。
光のあたらないところに影はない。だが、影の中にも光があることを教えてもらった。
見つめ合う二つの白と黒。多分、どちらに傾きすぎても自分たちの関係は崩壊する。

そして、調和しているうちは平気だとしても、何かをきっかけにそのバランスが崩れている。そんな気がする。

垣根帝督にとっての初春飾利は、ある種完成された存在だった。
能力がどうとか、そういう話ではなく、―――人間として、自分のすがる場所として、一点の汚れもない透明な花。
花に例えるならそれこそ白百合だ。柄でもないが、初春にもらった図鑑は頭に張り付いたままだった。

977: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 01:41:12.51 ID:YMemoW+Xo


それから数秒もたたないうちに、垣根の思考はこの街の闇へとゆっくりと下っていった。


(……いい。今は忘れろ。問題はこっからだ。どの道“アイツ”がいねえと話にならねえ。一方通行のクソとどうやって向き合うか)

(―――方法はいくつかある。提案できるだけでも三通り。念話能力を使えばもっと楽なんだろうが、ツテがねえ)


A.滞空回線を使って一方通行本人を見つける。
B.脳波ネットワークに無線電波を使って侵入する。
C.初春飾利にジャッジメントの権限を使用させてこの街から炙り出す。

違いはあれど、現実的な手段としてあげられるのはこの三つだろう。


(……ちっ、Aのプランが一番手っ取り早いが、さすがに情報網がたりねえ。
 ジジイは滞空回線を使って俺たちを監視してたらしいが……、置き土産にはもらえなかったな。
 ―――手段にこだわらないのなら、『最終信号』をぶち殺すって手もあるが……、)


かつて第一位と垣根が対峙した際、彼はその手を選択しようとした。
理由は単純に、以前は“一方通行を倒すこと”が目的なのではなく、“直接交渉権を得ること”が目的だったからだ。
あのときの自分は道筋を選ぶ余裕があった。結果が全て、そのために殺す、それだけ。

だが、


(今は違う)

(あいつの存在が消えてなくなることが問題じゃねえんだ。能力者として、この手で、この力で、正面からぶち殺さないと意味がねえ)

(―――それでこそやっと俺は……、俺を本当の意味で取り戻すことができる。そうだろ初春)


拳に力を込める。
初春がどこにいったかは分からないが、連絡をすればすぐに返答があるだろう。
先に手段を確立させておくべきだ。

978: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 01:46:44.07 ID:YMemoW+Xo


(………Bだな。ヤロウのネットワークに直接ハッキングかけたほうが早い)

(あのバカにメッセージを直接伝えるのは無理か。ならばやはり『最終信号』にアクセスするか?)

(いや、だめだ。俺とじゃ波長が違いすぎる。戦闘する前に各個体の脳を焼き切っちまう可能性が高い。
 廃人のカスをぶちのめしても意味がねえ)

(……? 待てよ。そもそも冥土返しや木山春生はどうやって俺の脳波を初春と調和させていたんだ?)

(共感覚性を養った場合であっても、さらにその上で脳波をリンクさせるには何らかの技術が必要なはず)


垣根は手元にあった、イヤホン型デバイスを手に取り、見つめた。


(―――、それなら)

(一時的に脳波をガキに合わせて、こちらからメッセージを送信するだけなら、できるんじゃないか……?)

(そうじゃないなら理屈が合わない。確かに俺と初春の脳波は視覚的に酷似した波を生んでいるだろう。
 だが、ほぼ完全な形で一致させるには何らかのカラクリがあるはず)

(相互にやり取りをすることは難しいだろうが、こっちの脳波を瞬間的に向こうの周波数に合わせてやりゃあ、“伝達”くらいはできるはずだ)

(……決まりだな。こいつをバラして構造を調べあげ、『最終信号』にメッセンジャー役を買ってもらうか)

(―――はっ)


垣根はふと思う。

データの集合体である自分は、ある点においては生身の身体を持つ通常の人間よりも優位にある。
手段を問わなければ、もっとシンプルに第一位の息の根を止めることができるかもしれない。
そもそも演算機能を停止させてしまうという方向性ならば、面倒な手段に固執する必要はないのだ。
それなのに正面からの勝負にこだわっている自分が滑稽に見える。

まるでセイギノミカタだ。


(何をやっているんだ俺は。止める気もねえが、まったく褒められたもんじゃねえ。何を……、)


言いつつも、すでに脳内では演算が始まっていた。
ミサカネットワークへの侵入の手筈と、対峙した際の算段について、細胞を動かして設計図を組み立てる。
己の知恵を振り絞って学園都市の第一位を打ち負かすという未来を現実にするためだ。
その点についての躊躇いは消えているから。

あとはどう腹をくくるかだ。その先にまっている未来がどんなものであっても、受け入れ、享受する覚悟。


(初春に引け目は感じない。歩いてくれるなら、従う。だけどな)

(……同じ理由で、この物語に救いなんざ求めてねえんだ。

    ―――俺はクソヤロウと一緒に地獄に堕ちるんだよ。なぁ? 一方通行………ッ!!)


………

……


979: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 01:49:01.67 ID:YMemoW+Xo

                          ※

もっとうまくできればいいのに、と初春は自室で紅茶を入れながら思った。
具体的にどういうことが“うまくやる”なのかはわからないが、今の自分の状況は絶望的ではないにしろ、閉塞している。

あれからずっと頭をひねらせて、垣根帝督を闇から引きずりあげる方法を考えているが、まだ見つからない。
垣根を言葉で説得できないのなら、演算をごまかして戦闘中に交渉をしようかと思ったが、そうもいかない。
何せ集中力を常に一定に保っていないといけないのだ。
戦いの場に借り出されたらどうしようもない。何より、垣根に悟られてしまうだろう。

鏡を見つめると目の下に少し隅ができていた。こう見えてもジャッジメントを務めている分、徹夜にはそこそこ強い。
多分精神的な問題だろう。

何も言わずに部屋から出たのは、なんとなくだ。

あのまま甘えていたら、本来の目的を自分が忘れてしまうかもしれないから。
闇にのまれるなんて物騒な表現を使いたくはないが、きっといい方向には進まないような気がした。
これは直感的なもので、理屈ではない。


そして同時に直感で思ってしまう。だめだだめだと思考の舵取りをしても、どうしても頭から、言いようもない不安感が離れない。



―――果たして本当に自分はこの泥まみれの脚本を塗り替えることができるのか?



これから自分が飛び込む場所は、あの時の、―――右肩の痛みの発信地と同じ場所。
無事で済むわけがないのはわかっているのだが、その覚悟がないというよりは、方法論の話である。


(どうにかしないと……、白井さんや御坂さん、佐天さんに連絡して……、うう……、でも……)


あのメンバーは確かに垣根を受け入れていたが、その反面彼に対しての警戒を解くようなことはしなかった。
白井と佐天は多少、踏み込んでいたかもしれないが、御坂美琴にいたっては警告までしていたくらいだ。

もしも自分がこのことを伝えたら、彼女たちは自分を巻き込まないように手筈を整えるような気がする。
垣根から自分を遠ざけたりするのではないだろうか。あるいは、彼女らが解決したりはしないか。

何よりも、あの人はきっとそれを裏切りと感じるだろう。助勢は求めてない。私を巻き込むことにも躊躇していた。
余計な助けを私が勝手に提案したらどうなる? 後に残るのは不信感だけだ。

だめだ。それではだめなのだ。

垣根の思考を理解した今なら言える。ここで信頼を失ったらどうしようもない。
打算的な自分の考えに吐き気がするが、事実なので仕方がない。

根本的なところは二人で解決しなくてはだめだ。頼りたくても、頼れない。
花飾りをくしゃくしゃにしたくなる。

980: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 01:50:01.29 ID:YMemoW+Xo


(………あ)


ふと思いとどまった。
閉じていた血管が勢いよく脈を打ち鳴らす。どくどくと、霊的なひらめきが広がる感覚がそこにあった。


―――第一位はどこにいるんだろう。


(そうだ……。先に私の方から、第一位に交渉することはできないだろうか)

(本人じゃなくても、あのときのアホ毛ちゃん……、『最終信号』、だっけ。あの子に関わることができれば)


あのとき行動を共にした少女と、問題の第一位がつながっているとは思わなかった。
初春としては彼と直接の面識は―――意識が朦朧としていたからかもしれないが―――ない。

だが、垣根との通信をもってして、そのプロファイルは受け取っている。
過去のデータ。ミサカネットワーク。チョーカー型デバイス。ベクトル操作、etc....

色々な意味で垣根帝督とは似て非なる存在だった。
同属嫌悪とまではいかないが、彼が敵対視してしまう理由もなんとなくわかる気がする。


初春も初春で、垣根が考えそうなことは把握しているつもりである。
おそらく正面からの対決を申し込むだろう。

そのための手段として、データの集合体である彼が脳波を使ってミサカネットワークなるものに接触することは想像に難くない。
宣戦布告というやつだ。

第一位―――通称『一方通行』の人格は垣根の主観が混じっているのでなんともいえないが、気難しさはあれど対話ができる範囲の存在でありそうだ。


(学園都市の『書庫』を閲覧すればもっと詳しいデータが得られるかも。でもこれは私的利用だし、越権行為だ。
 ―――今更そんなこと言ってられないか)


普段は『書庫』を守る立場である自分だが、こんな局面で贅沢は言ってられない。
すぐにPCを立ち上げ、電子の海へとダイブする。
潜水技術は学園都市のお墨付きだ。迷わない。例え闇に伏していても、光を放ちながらデータの波を進んでいく。


かたかたかた―――。

981: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 01:51:13.58 ID:YMemoW+Xo


(っ!だめ、時間が足りない。同時進行で学園都市の監視カメラを起動しよう)

(……第一位が垣根さんに口説かれる前に捕捉して、こっちからアクセスする)

(口先八丁じゃなくて、誠意で説得するんだ。垣根さんとは違って、ジャッジメントの私には情報面でアドバンテージがある)

(―――有線回路じゃだめかな)


ミサカネットワークというシステムを完全に理解したわけではないが、おそらく自分と垣根をつないでいる脳波ネットワークと構造的には同じものだろう。
直接つないでしまえば脳に異常が出てしまうかもしれないが……。


(……、垣根さんならどう考える)

(直接対決を望むなら、代理演算役の女の子に危害を加えるなんてことはしないよね。あの人ならどんな手を使ってでも一方通行本人と接触する)

(―――、イヤホン型デバイスを解析する? うん、私ならそうする。私がそうするってことは、当然彼も……)


初春はこれら一連の思考を繰り広げながら、『書庫』のデータを閲覧し、また学園都市の監視カメラでこの街を洗っていた。
本来初春の情報処理能力はこういった面に優れているのだ。

一つの問題を花に模した構造で捉え、多角的に解決する。
システム構築の際の思考方法だが、基準が現実の出来事になったとしても、その方法はまったく同じ。


(あの人なら構造を理解して、瞬間的にでも脳波を合わせるくらい、ほんの数時間でやっちゃいそう)

(私の言葉は、相手の判断材料としてでもいい。どうにかして理解してほしい。がんばらなきゃ)


かたかたかた―――。


(垣根さんがデジタルな手段でメッセージを送るなら、私はアナログ式でいきます。直接会って伝える)

(―――奔走なんかさせませんよ。だって、一緒に進むって言ったじゃないですか)


(……、離れていても心は一つです。


   ―――地獄になんか行かせてたまるか………ッ!!)



かたかた、かたかたかた―――。


………

……