ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」前編 

ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」中編 

632: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:30:36.68 ID:ae63cLlCo

 そんな彼女に転機が訪れたのは、今から一年近く前のことになる。
 彼女は今でもその日のことを覚えているし、目を瞑ればその時の情景が鮮明に蘇ることだろう。
 意識を集中させればその時にあった会話はもちろん、周囲の人の声すら思い出せる。

 それは、見滝原中学に入学した日のことだった。

 形式ばった堅苦しい入学式を終えて、上級生の指示に従い教室に入って行く。
 それから指定された席に着き、鞄を置いてほっと一息つき。

 中学校で過ごすことになる三年間に不安を抱えて少し弱気になっていた仁美は、
 特に意識するでもなく隣で繰り広げられる会話に耳を傾けていた。

『いっやー校長の話長かったわー。あたし生まれて初めて貧血で倒れるかと思ったもん』

『てぃひひ、さやかちゃんったらもう。小学校の頃から同じこと言ってるでしょ?』

 ぼんやりとした頭で、彼女らが幼馴染であろうということを察する。

『いやー小学校はまだ良かったんだけどねぇ。ところでガラス張り教室ってセンスやばくない? まどかはどう思う?』

『うーんそうかなー。こういうの格好良いと思うけど……』

『うぇっ、やっぱまどかの感性は分からんなー……あっそうだ!』

 自分はどうだろう。どちらかといえば微妙かな……などと仁美が思考をめぐらせていると。

引用元: ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」 
 

633: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:31:19.00 ID:ae63cLlCo

『ねぇ、あんた……じゃないや、あなたはどう思う? この学校のセンスとか色々さ』

 いきなり二人の内の一人、青い髪の、活発そうな少女――美樹さやかに声をかけられた。

『えっ? あ、えっと……そうですわね、私もちょっとどうかと思います』

『ほらーそれ見たことか! ふふん、これで2対1だぞー?』

 得意気なさやかを見て苦笑しながら、大人しめな少女――鹿目まどかが、肩をすくめて仁美に目を向けた。

 そんな何気ない会話が、仁美に訪れた転機の正体である。
 彼女はその日、美樹さやかと鹿目まどかに出会った。

『初対面さえ最悪じゃなければ誰とでも仲良くできる自信がある!』

 と胸を張るさやかは、その言葉通り仁美ともすぐに打ち解けてみせた。

『こんな子だけど、根は真面目な子なの。よろしくね?』

 さやかと仲良くなる=まどかとも仲良くなるという方程式でもあるのか、気付けば三人はいつも一緒にいた。

 授業はもちろん、昼休み、放課後、遊びに出かけるときも。
 宿泊体験も、体育祭の時だってそうだ。

 ありがちな表現だが――

 共に笑い、喜びを分かち合い。
 共に泣き、悲しみを負担しあう。
 そんな関係だった。

634: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:32:08.54 ID:ae63cLlCo

 そんなある日、さやかは人懐っこい笑みを浮かべてこう言うのだ。

『ねねっ! あたしの幼馴染がヴァイオリンの演奏会やるんだけどさ、仁美も聴きに行かない?』

 ……さやかは、仁美にとってかけがえのない親友だ。それだけは自信を持って言えるだろう。

 だからこそ、この誘いを受け入れたことを彼女は今でも後悔する時がある。

『やっぱ恭介は才能あるよ! 弾く度に上手になってるもん!』

『はは、分かったから肩に手を回さないでくれるかな。ちょっと苦しいから……あれ、その子は?』

『ん? あそっか、恭介は違うクラスだもんね。ほら、前に言ってたあたしの大親友! 志筑仁美っていってね……仁美?』

『えぇ……え、えっ?』

『ああ、君がさやかの言ってた可愛い子か。よろしくね? 志筑さん』

『えっ、あっ、は、はい!?』

 その日、志筑仁美は恋をした。いわゆる、一目惚れというヤツであった。

 理由はよく分かっていない。
 上条恭介のルックスに惹かれたのか、それとも彼のヴァイオリンの腕に惚れたのか。
 あるいはさやかと仲良くしている姿に心打たれたのか。
 それとも平然と右手を差し出してくれたことに心奪われたのか。

 だが、分かることが一つだけある。
 この想いを打ち明ける日は、絶対来ないだろうという確信めいた何かだ。

 それは彼女の処世術であり悪癖でもある“諦め癖”だった。

635: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:33:03.37 ID:ae63cLlCo

 本心を隠したまま、悶々と日々を送る内に恭介が事故に遭った。
 彼を献身的に支えるさやかの姿を見た。自分の立ち入る余地など一片もないと彼女は改めて気付いた。

 その彼女が己の意見を180度変えて、自身の思いを打ち明ける決心をしたのはほんの数日前のことだ。

 集団幻覚――魔女の口付けによる洗脳――に遭い、体に残った痺れ――妹達が鎮圧した際の負傷――に伴う、記憶の欠如。
 それらは彼女に恐怖を与え、同時に心の奥深くに後悔の念を刻み込んだ。何も伝えぬまま終わってしまう、恐怖と後悔。

 何もしないままで終わることと、何かをした上で終わること。彼女は後者を選択した。
 本来であれば、それは喜ぶべきことなのかもしれない。どんな理由であるにせよ、彼女は自らに付き纏う悪癖に打ち勝ったのだから。
 ……恭介から逃れるように立ち去ったさやかの姿と、彼女に異姓に対するそれを抱いていない恭介の姿に。
 多少なりとも打算めいた物を抱いたのも、事実ではあったが。
 いずれにせよ、彼女は行動に移した。大事な親友を捨て去ってでも、想い人を勝ち取るために。

『上条恭介君のこと、お慕いしてましたの』

 そんな告白をさやかにしたとき、仁美は『もう二度と彼女と肩を並べる日は来ないだろう』と覚悟していた。
 だから、転校生ことステイル=マグヌスの空気を読まない提案に、心のどこかで安堵していなかったと言えば嘘になる。

 気まずいことに、かわりはなかったが。

636: 佐天「いま あなたの目には 何が 見えてますか?」 2011/08/17(水) 01:34:30.91 ID:ae63cLlCo

 そして、今日。
 さやかよりも恭介を選んだ仁美は、恭介からイエスという返事を受け取った。
 彼女は喜んだ。嬉しかった。今にも踊りそうなほどに、晴れやかな気持ちだった。

 だが、違うのだ。

 仁美が欲しかったイエスは、“断る理由がないから”などというイエスではない。

 仁美が欲しかった彼の笑みは、心の中で“仁美ではない誰か”を想像して浮かべる笑みではない。

仁美(なんて欲深い……)

仁美(嫌な……女ですわね)

仁美(どうせなら、彼の全てが欲しい……とまでは言いませんが、それでも……)

仁美(やはり、彼の中にはさやかさんがいるのです)

仁美(これでは道化ではありませんか……)

 仁美の推測は、ある意味では完全な勘違いであり誤りなのだが――事情を知り、それを指摘することが出来る人間、
 身長2mの神父ことステイルは、残念ながらこの場には居なかった。

仁美「……いま、あなたの目には誰が見えていますか?」

 その問いを、恭介がどう受け取ったのか。それは分からない。分からないが――
 彼はさやかを見る時に浮かべるような、困ったような笑顔のまま頷いて言う。

恭介「志筑さんだよ?」

仁美(にっ……鈍ちん!?)

 思わず仰け反ってしまう仁美。
 彼女は恭介の手をぎゅっと握り締めると――どうせ最後のわがままだ――彼の目を真正面から見据えた。

637: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:35:14.39 ID:ae63cLlCo

仁美「文字通り道化ですね……」

恭介「へ?」

仁美「こほん……あなたがお気付きでないようなら言わせていただきますがよろしいですか?」

恭介「えっと、うん。どう……ぞ?」

 告白したのは自分で、覚悟をしたのも自分で、気持ちと向き合ったのも自分で。返事すら貰ったのに。
 なんでさやかのためになるようなことをしているんだろう。
 恭介の手の温もりを味わいながら彼女は無性に泣けてきた。
 いや、本当に涙を流すわけでもない。正確には泣きたい気持ちに駆られた、か。
 そんなことを考えながら、自棄になった仁美が言葉を紡ぐ。

仁美「あなたが本当に好きな方は……」

恭介「あ」

仁美「え?」

 恭介の視線が横に逸れたのを見て、仁美も倣うように視線を逸らす。
 その先に、肩を上下させて呼吸をするさやかの姿があった。

さやか「……」

 この機会だ。無理やり二人きりにしてさっさと話を付けてもらおう。
 察しの良いさやかのことだから、すぐさま全てを理解してくれるはずだ。そう考えた仁美が口を開く。

仁美「ちょうどよかった、あの――」

 仁美がその旨を告げようとする前に、さやかは踵を返して駆け出した。

仁美「さやかさん!?」

恭介「さやか?」

638: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:36:54.09 ID:ae63cLlCo

 彼女らの制止の声を振り切って、さやかは喫茶店を抜け出してしまう。
 仁美がさやかを追いかけようと立ち上がるが、

仁美(いいえ、私が声をおかけしたところでさやかさんの耳には……なら!)

仁美「上条君!」

恭介「はっはい!」

仁美「追いかけて!」

恭介「ぼ、僕が?」

仁美「はやく!」

恭介「え、えーと……うん、分かった」

 仁美の剣幕に呑まれたのか、恭介は怪訝そうな顔のまま腰の辺りにある何かの機材に触れると、
 杖を収納したままさやかを追いかけるために走り出した。

 それを見送った仁美は肩の荷が下りたような気分になり、再び椅子にどかっと座り込んだ。
 深々とため息をつき、愚かな自分を呪いながら、
 とっくに冷め切ってしまったコーヒーに口をつけるかどうか悩んでいると。

ウェイトレス「えーと……紅茶です。どうぞ」

 妙に気まずそうな顔をした女性のウェイトレスが、お盆に乗った温かい紅茶をそっとテーブルに置いた。
 注文をした覚えがない。咄嗟に彼女の顔を見返すと、彼女は困ったような顔になって明後日の方を向いた。
 気になった仁美がその視線を辿ると、

仁美「あら……?」

639: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:38:08.55 ID:ae63cLlCo

仁美「あら……?」

 なぜか顔を真っ赤にした短髪少女二人が、そーっと、というかじーっと、こちらを凝視していた。

??「……ちょっと、なんか気まずいことになってんじゃないのよ」

??「『マスター、彼女にリラックスのできる飲み物を。
      それからこれを、なに、気にすることはない。ほんのお礼(チップ)さ』
.     ってな具合に決め込めばめでたしめでたしなはずでしたのに、とミサカは予想が外れたことに首を傾げます」

??「あんたたちってどうしてみんなそう俗っぽいのかなぁ……」

仁美(なんでしょう、あの方々……そっくりな外見ですし、姉妹か何かでしょうか?)

 どこかずれたことを考えている内に、その短髪少女二人は椅子を持ってきて勝手に仁美のそばに座り込んだ。

??「あー、あんま気にしない方がいいわよ。乙女ってそういうもんだから」

仁美「はい?」

    オリジナル
??「お姉様は遠回しに励ましているつもりのようです、とミサカは面倒くさそうにフォローして見せます」

??「でもさぁ、ああも露骨に他の女の顔想像されながら会話されちゃたまんないわよねー」

??「それでいてその事実に気付かない鈍感というところが手に負えませんね、とミサカはどこぞの少年を思い浮かべながら言います」

 ……よく分からないが、気を遣ってくれているのだろうか?

640: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:39:37.28 ID:ae63cLlCo

仁美「でも……自分から告白しておいてこれですもの。私、駄目ですわ」

??「気にするこたぁないわよ。失恋……っていうか、身を退くことができる女はね、将来良い女になるから!」

仁美「はぁ……なれるでしょうか」

                        オリジナル
??「自慢じゃありませんが私も隣のお姉様も過去に失恋した身ですよ、とミサカは暗に私たちが良い女であることをほのめかします」

??「……良い性格してるわね、あんた」

 二人の会話を聞きながら、改めて仁美は彼女達の姿を見つめた。
 年齢は、同じ程度のはずだ。生命力溢れる身のこなしと、良い意味で二十代にも見える、意思の宿ったきりりとした瞳。
 特に表情が豊かな方の少女は、あらゆる動作に自信のようなものが見え隠れして見える。なのに、悪い印象には映らない。
 例えるならば、大人の女性になる、一歩手前の美少女。
 あと数年も経てばテレビに出てくるモデルなんて比較にならないほどの美女になることだろう。
 勝手な評価を下してから、仁美は自然と頷いて口を開いていた。

仁美「そうですね。とてもお美しく見えますわ」

??「ちょっともう、あなたまで……まっ悪い気はしないけど」

                             オリジナル
??「いやいや今のはミサカに対してであってお姉様に対してじゃねーから(笑)」

??「……まぁこのバカはさておき、さっきの男の子だけどさ」

仁美「はい?」

??「あの腰につけてあった機材、そんなに長持ちしないし追いつけるのかしらね。痛みもあるでしょうに」

仁美「まぁ……あの複雑な機械について知識をお持ちでして?」

 仁美の問いに「まーねー」と答えて、少女は頬をぽりぽりと掻いた。

641: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:40:38.04 ID:ae63cLlCo

??「あれは私の夢だったし、ね……」

仁美「夢? 失礼ですが、もしかして学園都市の学生さんでいらっしゃいますか?」

??「そうよ。あたしは御坂美琴。よろしくね」

仁美「御坂さんですわね……あら、ということはそちらの方はやはり?」

美琴「そう、妹達(いもうと)ね。今は関係機関に出張って扱いで、妹達(コイツラ)に会いにきてるのよ」

妹達「一万人近くいますけどね、とミサカは小声でぶっちゃけます」

仁美「? それにしても……上条くん、大丈夫でしょうか? さやかさんに追いつけるかどうか……」

美琴「……上条、ね」

 なぜか遠い目をして、美琴は声のトーンを若干落とした。
 同姓の知り合いでもいるのだろうか?

美琴「まぁ大丈夫でしょ、これがラブコメマンガだったらあの子は主人公でヒロインがさっきの彼女だし」

妹達「いい加減現実と妄想の区別位してくれよ、とミサカは本音を包み隠さず暴露します」

美琴「あんたねぇ~!!」

 目の前で繰り広げられる姉妹喧嘩を見て笑みを浮かべつつ、仁美は喫茶店の入り口へと視線を移した。
 いまさら彼らの姿が見えるわけでもないが……それでも彼女は、入り口から目を離せなかった。

仁美(……)

 確かに、この世界がラブコメマンガの世界なら上条恭介はヒロインこと美樹さやかを追いかけるヒーローなのかもしれない。

 だが、果たしてそう上手いくのだろうか……?

 自分が告白したことなど頭の中から綺麗さっぱり消し去りながらも、しかし仁美は不安を感じずにはいられなかった。

642: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:41:26.05 ID:ae63cLlCo

――果たして、その不安は的中することになる。

 さやかを追いかけていた恭介は、
 腰の辺りから聞こえる小さなアラームとびりびり響く微弱な振動に気付いて顔を顰めた。
 彼が使用する機材はとても貴重かつ短時間しか使用できないもので、今のは充電が尽きかけている証だ。
 そしてこの機材は家に帰らねば充電できない。

恭介「まいったな……」

 口に出しながらも、彼は右手の杖を伸ばしてそれに体重を乗せた。
 病み上がりどころか病み途中で無理をしたのが祟ったのだ。先ほどから足は震えるし息も上がっている。
 だが精神面はどうだろう。仁美に告白の返事をしたらなかったことにされたのだ。ショックかと問われれば――

 実際、そうでもない。

恭介(それにしても、どうしてさやかのことを追いかけろなんて言ったんだろう)

 仁美の取った不可解な行動の意味を考えながら、恭介は深呼吸して酸素を体中に行き渡らせる。

恭介(さやかもさやかだよな。どうして走って行ったんだろう?)

恭介(……考えたって始まらないか。でもこれ以上無理をして探しても……)

 ぐるりと周りを見渡す。さやからしき人影はおろか、物音一つしない。
 携帯を開いてみると、もう既に時刻は八時を回っていた。我ながらよく夢中になって探した物だと思う。

恭介(……)

恭介「細かい事情は、明日学校で聞こうかな」



 この世界はラブコメマンガの世界でもなければ、上条恭介はヒーローでもなく、美樹さやかはヒロインでもないのだ。
 彼の選択も、また仕方のないことだった。

643: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:42:03.70 ID:ae63cLlCo

――そして、翌日。さやかは学校を休んだ。
 偶然かどうかは分からないが、暁美ほむらの姿もない。

恭介「ねぇステイル、さやかのこと知ってるかい?」

ステイル「いや……君はどうだい?」

恭介「いや、昨日会ったんだけどさ。すぐに暗い顔して飛び出しちゃって……ステイル?」

ステイル「……そうか。いや、僕は何も知らないよ」

 そう言って、無理やり恭介との話を終えると、ステイルはまどかの下に歩いていく。
 ステイルの姿を認めたまどかが、不安そうな表情のまま小さな声で囁きかけた。

まどか「さやかちゃん、昨日変なこと言って……ステイル君たちが笑いながら人を殺してるって……信じられないって……」

ステイル「ん? 昨日は人殺しなんて……いや、そういうことか」

まどか「さやかちゃん、お家にも帰ってないの……どうしちゃったんだろ……」

 事情を察したステイルは、懐からカード状の通信霊装を取り出した。
 それを胸も辺りまで持ってくると、魔力を通して近くで“別の仕事”をしている神裂に繋げる。

ステイル『神裂』

神裂『……はい、なんでしょう?』

ステイル『美樹さやかが昨日の仕事を盗み見たのは知っていると思うが、事態は思ったよりも深刻そうだよ』

神裂『と言いますと?』

ステイル『戦闘中に笑ったバカのせいで勘違いされたみたいだね』

神裂『……香焼と五和ですね。気持ちは分からないでもないのですが』

644: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:44:05.30 ID:ae63cLlCo

ステイル『ともかく、彼女は行方不明だ。今すぐ探索チームを作ってくれ』

神裂『分かりました。天草式の一部を5チーム、アニェーゼ配下の修道女の一部を10チームに分けて探させます』

 己のミスを悔やむより先に対策を考える。そこが魔法少女と魔術師の違いだった。
 神裂は手際よく仲間に指示を下し、己も“仕事”を中断してさやかの探索に当たることにしたようだ。

ステイル『僕も探そう』

神裂『申し訳ありません』

ステイル『気にすることはないさ。“仕掛け”がある分この街の探索は僕の方が向いているが、長くは持たない』

 見滝原市はとても広く、さら脈があるせいなのか発展しているがために活気があるからなのかは分からないが、
 魔女はもちろん使い魔が非情に流れ込んできやすい。下手に時間を空ければ彼女の足取りを掴むのは一層難しくなるだろう。
 授業は中止だ。

ステイル「すまないが用事が出来た。あとは頼んだよ」

まどか「えっえぇ!?」

 慌てふためくまどかを尻目にステイルは教室を出ようとする。
 しかし仁美と恭介がその行く手を阻むように立ちふさがった。

仁美「さやかさんについて、なにかお知りなのですか?」

ステイル「なにも知らないさ。僕は家の用事で早退するだけだよ」

恭介「……昨日僕がきちんと追いかけていれば……」

ステイル「君の気にするようなことじゃない。とにかくそこを退いてくれるかな?」

 ステイルに促されて、二人はしぶしぶ道を空けた。

仁美「……あなた方が、なにか隠し事をしているのは既に察しております」

ステイル「……」

仁美「……さやかさんを、よろしくお願いします」

 言われなくても、と心中で答え、しかし口には出さずにステイルは教室を出て行った。

645: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:44:36.65 ID:ae63cLlCo

――一方、その頃。

さやか「……悪いね」

さやか「世話、かけちゃってさ」

 日が暮れるまで走り続けた彼女は、どっと押し寄せた疲れと不安によって気を失い、

ほむら「……気にする必要はないわ」

 たまたま通りがかったほむらによって家まで運ばれ、彼女の手で介抱されていた。

さやか「……ねぇ、ほむら」

ほむら「なにかしら」

さやか「あたし、あんたとは仲直り出来たと思ってるけどさ……一つだけ不思議なことがあったんだよね」

ほむら「……」

さやか「マミさんが死んじゃった後の、あんたの目」

さやか「なにもかも、ぜーんぶ諦めちゃったみたいなそんな目がさぁ。どうやったらこんな気持ちになれんのかなーってさ」

ほむら「……」

さやか「でも……今なら分かるよ、あんたの気持ち……」



さやか「あたしも、何もかも諦めたくなっちゃってる」

674: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 00:56:30.76 ID:XvasY7+uo

――時刻は、夜の7時を回っている。

さやか「……」

ほむら「……」 トントントントン

さやか「……」

ほむら「……」 サッサッ

さやか「……」

ほむら「……」 グツグツ

さやか「……」

ほむら「……」 ズズーッ

さやか「……」

ほむら「……」 ジャーッ

さやか「……」

ほむら「……」 カチャカチャ

さやか「……」

ほむら「……出来たわ。食事にしましょうか」

さやか「……ん、そだね」

675: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 00:57:58.63 ID:XvasY7+uo

ほむら「……ちょっと濃すぎたかしら」

さやか「……」 ズズーッ

ほむら「……少し焦げてるわね」

さやか「……」 パクッ

ほむら「……薄いかしら」

さやか「……」 カリカリ

ほむら「……」



ほむら(き、気まずい……!)

ほむら(というか問題はまだまだ山積してるとのに……)

ほむら(なんで味噌汁と焼き鮭ときゅうりの浅漬けなどなど和風チックに揃えた晩御飯を提供してるのかしら……)

ほむら(あ、焦げ目と塩っ気が良い具合に――)

ほむら(――じゃない! マジメになるのよ……)

ほむら(今のさやかは不安定すぎる……“これまで”に類を見ない落ち込みよう……)

ほむら(まさか真実に気付いた?)

ほむら(そりゃあ魔術師に教えたのは私ですけど……でも“美樹さん”だって、その……)

ほむら(こういう展開になるのはちょっと……ずるいです……)

さやか「ねぇ」

ほむら「はっ、はい!」

676: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 00:58:53.01 ID:XvasY7+uo

さやか「ステイルとか、魔術師の連中さ……良いヤツだって思っちゃったんだよね」

ほむら「……そうです、ああいや……そうね。確かにお人好しだと思うけど」

 バン! と音を立てて、新米が盛られたお椀がテーブルに叩きつけられる。
 さやかが俯きながら唇をぎゅっと噛んだ。意図は分からないが……恐らく、ほむらの言葉に反発したのであろう。

ほむら(……彼らと何かあった?)

 そんな彼女の内心を見透かしたのかは分からないが、さやかが自嘲気味に笑った。

さやか「いいよ、教えてあげる」

 食事を中断したさやかは、背を椅子に預けて淡々と語り始めた。

 香焼や五和が、笑みを浮かべながら人を殺したこと。
 ステイルが、顔色一つ変えずに人を燃やして見せたこと。
 同じ魔法少女の杏子すら、何の躊躇いも覚えずに人を殺せること。

 さやかの告白を黙って聞いていたほむらは、妙な違和感を覚えて眉をひそめた。
 ステイルが人を生死に慣れているのは知っている。彼自身、沢山の人を殺めてきたということも。
 彼自身から聞かされたのだ。誇張でもしていない限りは、事実だろう。
 違和感を覚えたのは、そこではない。

ほむら(……佐倉杏子が、躊躇いなく人を殺せる?)

 これまでの“経験”からして、それはありえないことだった。
 確かに彼女は法を破り、いくらか人々に迷惑をかけたかもしれない。
 使い魔を泳がすことで、本来ならば防げた――あるいは起こるべくして起きた――人の死を見逃している。
 だが。いかなる理由があろうと、彼女が自ら人に手を下すだろうか?

 ……グリーフシードを餌にすれば、あるいは?

677: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:00:04.39 ID:XvasY7+uo

ほむら(だからこそ解せない)

 それが事実ならば、魔術師はグリーフシードを使って杏子を利用したことになる。
 彼らほどの実力者が、わざわざ魔法少女の力を借りる? 笑みを浮かべるほど余裕なのに?
 五和たちを立てれば杏子が立たず、杏子を立てれば彼女らが立たない。
 まず前提が成り立たないのだ。

ほむら「……佐倉杏子が協力する理由が見当たらないわ」

さやか「でも! 現にアイツはやってたんだよ!? 見てないけど、確かにアイツはッ」

ほむら「そもそも」

さやか「なによ!」

ほむら「本当に“人間”を殺していたの?」

 ぴたりと、時が止まったかのようにさやかが固まる。
 だがその顔にはほむらのことを蔑むような色が見られた。
 言葉にするなら、『あんた本気で言ってんの?』といったところか。

ほむら「まず一階で起きた、謎の爆発。これがそういう魔術だとして、男がばらばらになったとしましょう」

ほむら「そのばらばら死体から、血肉の臭いはしたの?」

さやか「あたしにんな余裕があったと思ってるわけ?」

さやか「そもそもあたしは、そういうグロテスクな死体の臭いなんか……」

ほむら「知らないわけ、ないわよね?」

 再びさやかの身体が固まる。しかしその顔に見えるのは、蔑む時のそれではなく苦悩の色だ。
 彼女は、ばらばらになった遺体を、この目で見たことがある。その臭気を、嗅いだことがある。
 ほんの数日前――巴マミの部屋で。

678: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:00:48.89 ID:XvasY7+uo

 あまり思い出したくない記憶の海から、それでも有益な情報を引きずり出そうとしているのだろう。
 彼女はこめかみに手を当てて、ひたすらにその時の状況を思い出そうとしていた。

ほむら「……あの時の記憶がトラウマになっているなら、思い出すのは難しそうね」

さやか「……」

ほむら「次。二階で男が、三人がかりで串刺しだか滅多刺しにされたそうね」

さやか「……」

ほむら「おかしいわね。どうして滅多刺しにされた男が、崩れてぐちゃぐちゃになっているのかしら」

さやか「それは、だから魔術で……」

ほむら「一階で聴こえたような爆発音を、二階でも?」

さやか「……でも、確かに死体が……」

ほむら「ビルは暗かったそうね。人の顔は見えたようだけど、人肉の色……」

ほむら「深い赤、あるいは暗いピンクと、それ以外の黒や暗い茶系統の色を見間違えても不思議ではないんじゃないかしら」

さやか「……」

 さやかの瞳が揺れる。頬の筋肉をぷるぷると震わせ、歯ががちがちと音を立てている。
 泣くのを堪えているようには見えなかった。むしろ、笑いそうになるのを必死で堪えているような……
 その時、風船から空気が漏れるような音が室内に響いた。
 さやかが笑った音だ。

679: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:01:25.51 ID:XvasY7+uo

さやか「はっ……はは」

さやか「で、なに、それ、だから?」

 支離滅裂だ、ほむらは眉をひそめながら、彼女の挙動に目を配る。

さやか「関係ない、関係ないよ」

さやか「まどかだってそう、ああでもあたし、まどかのこと……だめだ、違うのに、そんな……」

 わけがわからないよ、思わずそう言いそうになったが、ほむらはかぶりを振って考え直した。
 今のさやかは危ない。

さやか「仁美もそう、恭介も……あんたも、関係ないくせに、そんなの……違う!」

 さやかから溢れ出る魔力に当てられて、新米が盛られたお椀――お気に入りだった――に一筋の亀裂が生まれる。

ほむら「とりあえず落ち着きなさいさやか」

さやか「……くせに」

ほむら「?」

さやか「本当はどうでもいいくせに。あたしのことなんか興味ないくせに」

 さやかに言われて、ほむらは押し黙った。
 彼女がどうなろうと、どうでもいい。本質的には、そうかもしれない。
 “これまでの世界”では見たことのない流れだが、彼女はドツボに嵌りやすい性格をしている。
 さやかが魔女になる確率は高い。それを踏まえれば、いまさら彼女に気をかけたところで無駄だ。
 確かに、どうでもいいのかもしれない。

680: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:01:55.60 ID:XvasY7+uo

 だが。

ほむら「……それでも、あなたが傷付けばまどかが悲しむ」

 “目的”に直接的に関わることはないが、避けられる事態は避けておきたい。
 それはほむらの本音だった。

さやか「……あんたの考え方、ようやく分かったわ」

 気だるげに首を曲げて、椅子から立ち上がりながらさやかが言った。

さやか「結局、まどかが大事なんだよ。そうだ、最初からそう、あの子のために動いてるんだ」

さやか「……空っぽの言葉も、諦めた目も、全部まどかのため。違う?」

ほむら「……」

さやか「ほら、図星なんだ」

 やはり鋭い。だけど、ズルい。
 自分だって、自分だって本当は、本当は……

さやか「マミさんのことも、諦めてたんでしょ。最初から、あんなふうになるって知ってた」

さやか「内心で笑ってたんだ! マミさんのことバカにして、取り乱した振りして笑ってたんだ! バカなヤツって――」


――パァンッ

681: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:02:44.81 ID:XvasY7+uo

 何が起こったのかを理解するのに、ほむらは少し時間を要した。
 ゆっくりと、わずかながらに痺れの残る自分の手のひらをまじまじと見つめる。
 そのあとで、ほむらは少し赤くなったさやかの頬に目を向けた。
 そしてふたたび、手のひらに視線を戻す。

ほむら(……)

 叩いたのだ。
 自分が。
 さやかのことを。

ほむら(……何をしてるのかしら)

 自分の取った行動に戸惑いつつ、自分と同じように驚き、不思議めいた表情をしているさやかに向き直った。

ほむら「その、ごめんなさい」

さやか「……もういいよ。世話になったし、出てく」

ほむら「まだ話は」

さやか「終わったよ」

 有無を言わせぬその迫力に、ほむらが立ち止まる。

さやか「ああ、それともあれか。見返りが欲しいんだ?」

ほむら「え?」

さやか「ほら、あげるよ」

 そう言って、さやかは右手を振った。
 彼女の手中にあった何かが空気を切り裂き、ほむらの手元にあった湯のみの中に飛び込む。
 それはグリーフシードだった。リボンの魔女の……“巴マミ”の遺した物だ。

ほむら「待ちなさい。グリーフシードを使わなければどうなるか分かってるでしょう?」

さやか「……願い事が、消えちゃうんだったね」

682: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:03:13.84 ID:XvasY7+uo

ほむら「何を寝惚けたことを……」

さやか「え?」

 しまった、と思った時にはもう既に遅かった。
 彼女は知らなかったのだ。魔法少女と魔女の関係を。

さやか「……へぇ、なんか事情があるんだ。知らなかったよ」

ほむら「いえ、今のは……とにかくグリーフシードは持っていなさい」

さやか「嫌だよ。あたしの道は、あたしで決める」

 そう言い放つと、彼女はほむらに背を向けて歩き始めた。
 なにもかもが悪循環していく状況。自分は彼女にどう接してあげればいい?
 分からない。分からない。
 そんなことを考えている内に、彼女はほむらの家を出て行ってしまう。

ほむら(……今のは私のミスね)

 さやかを追いかけるか、否か。
 彼女は後者を選択した。今の自分が追いかけたところで、何が変わるわけでもないだろう。
 代わりに彼女は携帯電話を手に取って、電話帳の中からこの厄介ごとの元凶を選んで電話をかける。

ほむら「もしもし」

『……驚いた、まさか君から連絡があるとはね』

 その声の主、身長2mの神父ことステイルは、意外そうな声で応えた。

683: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:03:41.45 ID:XvasY7+uo

ほむら「私としても、あなたに電話をかけるごめんだったのだけど」

ステイル『だったらかけてこなければ、いや……』

ステイル『美樹さやかのことか? 一緒に居る、いや居たのか』

 勘の良い男だ。しかしこちらから言い出す手間が省けたので良しとしよう。

ほむら『もう既に私の家を出たわ。痕跡を辿りたいなら、今から言う場所に来なさい。まず――――』

 ほむらの家の住所を告げると、彼は近くにいるのであろう誰かに向かって叫んだ。
 というか、プライバシーに関わることを多人数で聞こうとするのはどうなんだろう。
 配慮に欠けるステイルの行動に眉を寄せつつ、ほむらは再度口を開く。

ほむら『それから渡したいものがあるわ。あなたもこちらに来なさい』

ステイル『プレゼントかい? 巨人(ぼく)に苦痛の贈り物とか、そういうのはゴメンなんだが』

ほむら「は?」

ステイル『……やれやれ、これだから魔術に疎い者は困る。分かったよすぐに駆けつける』

 ちなみに今のは、ステイルの得意とする炎剣で攻撃する際の詠唱である、

  PuriSaz NaPi  Gebo
 『巨人に“苦痛の贈り物”を』、と掛けた冗談だったりする。

 ……青春を投げ打ってまで魔術の道を極めようとしたステイルに、笑いのセンスはない。

684: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:05:09.38 ID:XvasY7+uo

 電話の後、すぐさまどたどた駆けつけてきた天草式から遅れること十数分。
 汗を吸って二倍くらい重たくなっていそうな神父服を引きずるように腰を落としながら、ステイルはほむらの目の前に現れた。

ほむら「……たまには運動したら?」

ステイル「ひぃ……はぁ……お、気遣い……ありがとう……」

ステイル「だがこれは……はぁ……ちゃんとした理由が……」

ほむら「呼吸をするか喋るかはっきりしなさい……ほら、これを」

 なにやら小刻みに震えだしたステイルに向かって、少し緑茶の茶葉が付着したままのグリーフシードを投げつける。
 彼は震えたままそれを受け取ると、やおら神妙そうな顔になって、

ステイル「……あの反吐の出る魔女の遺産か」

 と呟いた。

ほむら「彼女の遺した物よ。私には必要のない物だから、あなたがさやかに渡しなさい」

ステイル「いくら魔女と呼ぶからって、あれが性別的に女性に当てはまるとはとても……」

 そこでステイルは言葉を区切った。
 彼の話を聞いていたほむらが、怪訝そうな表情でいることに気がついたからだろう。
 一方ステイルに怪しまれていたほむらは、一人納得した様子で髪をかきあげた。
 巴マミの成れの果てであるリボンの魔女を殺したステイルに、彼の同僚が真実を告げるかどうかなど考えるまでもない。

ほむら(危うくまた地雷を踏むところだったわね……)

 しかし彼女は、ステイルが続けた言葉を聞いてすぐに考え直す羽目になる。



ステイル「……魔女が女性だと決め付ける、判断するに足る証拠があるとすれば話は違うわけだ」

685: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:06:20.25 ID:XvasY7+uo

――時刻は、夜中の10時を回っている。

 目の前で揺れ動く人型の使い魔を真っ二つにしながら、美樹さやかは目だけを動かして次の標的を探した。
 残り三体。力の限り剣を振って、叩くように斬り捨てる。
 残り二体。がむしゃらに剣を振り下ろして、ぐちゃぐちゃになるまで斬りつける。
 残り一体。使い魔がさやかの身体にしがみついてくる。動けない。身体が言うことを聞かない。

さやか「……」

 首が締まっていく。呼吸が出来ない。息が吸えない。死ぬ。このまま、死んでしまう。

さやか「ははっ」

 本来ならば絶望して涙を流すところを、彼女は笑っていた。
 力ずくで身体を捻って右肩の間接を外すと、緩くなった拘束から抜け出て彼女は左手を一閃させた。
 使い魔が真っ二つになって、崩れ落ちる。極彩色の空間が歪み、駅のホームへと様変わりした。
 力ずくで肩の関節を嵌め直すと、彼女は壁に背を預けた。

さやか「あははっ。これで十四体」

さやか「もっと倒さないと。あいつらとは違うんだから」

さやか「あたしはマミさんみたいな正義の味方なんだから」

 なにが彼女をそうさせるのか。なにが彼女をここまで追い込ませてしまったのか。

 答えはおそらく、とても単純だ。彼女を取り巻く環境と、彼女が不幸と遭遇するタイミングが悪過ぎた。

 ほんの少しでも歯車の回転速度が違っていれば、こうならなかっただろう。

 しばらくぼんやりと立ち尽くしていた彼女は、視界の端に現れた人影に気付いて首をもたげた。

686: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:06:46.99 ID:XvasY7+uo

五和「……やっと、見つけました」

 人影の正体は五和だった。
 額を伝う汗を、肩に下げたショルダーバックから取り出したおしぼりで拭っている。
 彼女と写真を撮ったのが、もうずいぶんと昔のように思えた。
 実際は昨日の朝のことだというのに。

 そもそも彼女と会話したのは、ほんの一時間程度というわずかな時間だったが。
 あえてさやかはそのことを頭の隅へと追いやった。

さやか「……」

五和「お願いです、誤解を解かせてください」

さやか「はぁ?」

五和「私たちは、誰かを殺めるようなことは決して」

さやか「黙ってよ、人殺し」

五和「ッ……分かりました」

 そう言うと、五和はショルダーバッグを放り捨てた。
 その手には、彼女の背丈を超える海軍用船上槍――フリウリスピアが握り締められている。

687: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:07:31.41 ID:XvasY7+uo

五和「今のあなたには、精神的余裕が無いんです」

 自分に言い聞かせるような声で、五和が言った。

五和「だから回復魔術を受けて……いいえ、無理やりにでも受けさせます」

五和「言っておきますが、私を単なる小娘と、この槍を単なる携帯できる槍と思わないことです」

五和「私はこれでも天草式十字凄教内で上位に位置する魔術師です」

五和「さらにこの槍の接合部には、科学サイドとの条約が緩和されたことで新機軸の技術が多少ですが用いられています」

五和「刃は学園都市の技術と専門職の方々が代々継いできた技術の粋を合わせて出来た代物です」

五和「もしかしたらあなたに必要以上の深手を負わせてしまうかもしれません」

五和「傷つけたく、ないんです。お願いだから、回復魔術を……」

 早口にまくし立てる五和に向かって、さやかはにっこりと微笑んだ。

五和「えっ――?」

 さやかから漏れる異様な気配に五和が立ち竦む。その隙をさやかは見逃さなかった。

五和「なっ!?」

 魔力を最大限に注ぎ込んで、脚力を限界まで強化。
 筋肉の繊維のいくつかが悲鳴を上げて軋むが、さやかはそれを無視して五和の懐に潜り込んだ。
 そしてそのまま、力任せに突き飛ばす。
 五和の身体が何度か地面を跳ねて、転がって行った。

688: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:08:13.89 ID:XvasY7+uo

さやか「遅い遅い、そんなんじゃ遅すぎるよ」

 あえて追撃せずにいると、五和が悔しそうな表情を浮かべて立ち上がった。
 ダンッ! と地面を蹴立てて五和が走り出す。

五和「はああぁぁぁ!!」

 気合の表れか、声を荒げて五和が槍を突き出した。
 常人ならば確実に反応が出来ない速度で迫り来る五和の矛先を、しかしさやかは余裕の表情でかわす。

さやか「遅い……!」

五和「そんな……!」

 例え彼女がどれだけの力を振り絞ろうと、天草式という枠組みの中でなければ真価を発揮することは出来ない。
 対してさやかは、単独でも力の全てを出し切ることが出来る魔法少女である。
 視神経の限界を無視して魔力を注ぎ込み、五和の行動……
 指のわずかな動きや、髪の靡き方、瞳の揺れ具合、体重のかけ方すらも手に取るように把握できる。
 戦いにすらならない。

さやか「……笑いなさいよ、この前みたいに笑ってみなさいよ!」

 さやかが五和の首根っこを掴み上げ、ホームにある椅子に無理やり押し付けた。

さやか「この人殺し! やっぱあんたたちは人殺しなんだ!」

五和「ちがっ……います!」

さやか「違わない! なんの罪もない人を殺しておきながら、あんたは!!」

五和「殺してなんていませっ……あれはただ、危険な魔導師を捕まえようとしただけで……」

さやか「黙れ!」

689: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:08:57.78 ID:XvasY7+uo

五和「黙ったら……黙ったら、回復魔術を受けてくれますか……?」

さやか「……」

五和「私は、ただ……あなたたちを、助けるために……つぅっ!」

 五和が苦しそうに悲鳴を漏らす。さやかが首を掴む手に力を込めたのだ。

さやか「うるさい……うるさい!」

五和「私は……あなたのために……」

 五和が、涙を浮かべて言った。
 これが嘘を吐く人間の顔なのだろうか。とてもそうには見えない。
 さやかは空いている手を振り回し、次いで頭を抑えてその場にうずくまった。

さやか「うっ……うぅ、うううぅ……!」

 とうとう五和の首を手放し、嗚咽を漏らす。頭の中が爆発しそうだった。
 何をすればいいのか分からない。誰を信じていいのか分からない。

さやか「信じられない、信じない、信じたくない、そんなの……そんなのっ」

 もし本当に、自分が勘違いしてるだけだとしたら。
 まどかに酷い言葉を投げかけて、ほむらに迷惑かけて、彼らの手を振り払い、これだけのことをして。
 いまさら彼らの輪に戻るなんて、出来ない。
 ぷしゅーっと、気の抜けた音が響き渡る。電車が到着したのだ。

さやか「……」

五和「……あの」

さやか「ごめん」

 五和の首筋に、さやかの手刀が叩き込まれる。
 気を失った五和を放置して、さやかはその場から逃げるようにして電車の中へ姿を消した。

690: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:10:01.76 ID:XvasY7+uo

――時刻は、夜中の11時を回っている。

 大抵の中学生ならば寝巻きに着替えてベッドに潜り込み、明日に備えて就眠すべきところを。
 上条恭介は動きやすい服装に着替えて自宅の玄関からそっと抜け出していた。

恭介「杖は良し、電極も良し……バッテリーも十分。足は……うん」

 痛みは若干残っているが、無視することにした。どうせ近い内にまた入院する羽目になるのだ。どうってことない。

恭介「よし、行こうかな」

 それらを確認し終えると、電極の出力を弱に切り替えて彼は歩き始めた。
 別に深い事情があるわけじゃない。明確な目的地があるわけでもない。
 ただ、一向に連絡がつかない親友を探しに行くだけだ。

恭介「ほんと、世話が焼けるなぁ」

 そう呟く。のほほんとした台詞に比べて、その顔つきは険しい。
 さやかが家に戻らなくなって、二日目。理由は分からないが……酷い。酷すぎる。

恭介「……さやかのやつ」

 恭介は怒っていた。怒り狂っていた。
 何も話さずに行方を暗ましたさやかに対して、憤慨していた。
 親友だと思っていたのは自分だけなのかと、絶望すら覚えた。

 だが彼は何よりも、自分に怒っていた。

恭介(あと少し探していたら、いやそれよりももっと早くにさやかの異変に気付いてあげていたら……)

恭介(……親友失格じゃないか)

 行く当てなど無いが、それでも恭介は歩く。
 今の彼に出来ることといったら、それくらいしかなかった。

691: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:10:33.08 ID:XvasY7+uo

 ……とはいえ、ただ闇雲に探してどうにかなるわけでもなく。
 何度か警察官に見つかりかけ、街を行きかう人々に年齢を尋ねられることもしばしば。

恭介(無理ないよなぁ)

 彼はまだ中学二年生、十四歳の、ただの子供だ。
 ステイルのような大人顔負けの体躯も無ければ、
 さやかのように大人を振り切るだけの特殊な力もない。
 足にかかる負担に顔をしかめながら、彼は目立たないようにひっそりと歩き続ける。

恭介(……なにやってんだろ)

 馬鹿馬鹿しい、という考えが彼の脳内をよぎった。
 さやかを探すという行為に対してのものではない。
 行方の分からないさやかを探すために、目立たないようひっそりと歩くことに矛盾を感じたのだ。
 彼女の、大事な“幼馴染”であり“親友”であるさやかのことを考えれば今すぐにでも走り出すべきなのに。

恭介「……くそっ」

 苛立たしげに力強く杖で地面を叩く。
 だが最強の超能力者が使用することを前提に改造された杖はびくともしない。
 そんな折、彼の目の前でとても不思議な現象が起こった。

恭介「……?」

 さきほどまで何も無かった目の前の広場に、黒髪の少女が忽然として舞い降りたのだ。
 腰まで届く長い髪をたなびかせて、少女は冷たい目で恭介を見た。
 彼は彼女を知っている。自分が入院している間にクラスにやってきた転校生だ。
 確か、名前は――

692: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:11:10.98 ID:XvasY7+uo

恭介「暁美……ほむら、さん?」

ほむら「……」

 おかしい。反応が無い。もしや違っていたのだろうか。
 この情報は中沢経由の確かな物のはずだが……
 彼が困惑した面持ちでいると、黒髪の少女ことほむらは静かに口を開いた。

ほむら「さやかの居場所を、知りたい?」

恭介「え?」

ほむら「知りたい?」

恭介「えっと……うん」

ほむら「知って、どうするつもり?」

恭介「会いに行くよ」

ほむら「会って、どうするつもり?」

 その問いに、恭介はすぐに答えることができなかった。
 どうするつもりだ? 彼女の事情も知らず、彼女に追いつけなかった自分が会って、どうなるというのだ?
 君の抱えている事情に気付けなくてごめんと、謝罪するのか?
 それともこれまで彼女が取ってきた行動を、非難するべきか?

恭介「……分からない」

ほむら「……」

693: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:11:37.74 ID:XvasY7+uo

恭介「分からないけど、とにかく会う。それから考えるよ」

ほむら「……そう」

 そっけない返事。ほむらはおもむろに携帯電話を取り出した。
 何かを確認し終えると、独り言を言うかのように呟き始める。

ほむら「現在時刻は、11時48分と30秒」

ほむら「そしてここから走って10分のところに、駅があるわ」

恭介「確かにあるけど……走って10分も掛かったっけ?」

ほむら「これから6分後。その駅にさやかが5分間だけ立ち寄る」

恭介「ほ、本当かい? どうして君がそれを?」

ほむら「統計よ」

恭介「統計……?」

ほむら「のんびりしてていいのかしら。現在時刻は11時48分と55秒よ」

恭介「……! ありがとう!」

 確証は持てなかったが、彼女が嘘を言っているようには思えなかった。
 礼を言うと、恭介は電極の出力を強にしてすぐさま杖を収納させる。
 足の筋肉の動きが、電極から送られる信号によって増強される。
 それを確認した恭介は、ほむらに背を向けて走り出した。

694: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:12:18.61 ID:XvasY7+uo

ほむら(……正確には)

ほむら(5分間だけ立ち寄るのではなく)

ほむら(立ち寄ってから5分後に“魔女”になる、だけど)

ほむら(……統計はあくまで統計。前倒しになることはもちろん、多少遅れることもありうるわ)

ほむら(今回はそれほど戦闘をこなしてないから、遅れるかもしれないわね)

ほむら(運が良ければ、魔女になることだってないかもしれない)

ほむら(……まどかを連れてくれば、その確率はさらに増す)

ほむら(仮にさやかが魔女になっても、まどかが現実を知れば魔法少女になろうだなんて気は完全に無くなる)

ほむら(もし駄目でも。それでも私は……)

 そこまで考えて、ほむらは目を閉じた。
 何かを思い出すように、何かを確かめるように過去に思いを馳せる。

ほむら「……ええ、その時は分かってるわ」

 そして目を開く。
 その瞳には、確かな意思が込められていた。

695: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/20(土) 01:12:46.13 ID:XvasY7+uo



ほむら「たとえあなたが全て忘れてしまうとしても」



ほむら「私は何一つ忘れずに、あなたのために何度だって繰り返す」


.

714: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:46:07.61 ID:eMOuDAa6o

――ほむらと別れたステイルは、グリーフシードをその手に握り締めながらさやかの捜索を再開した。
 さやかが辿ったであろうルートからわずかに残る魔力の残滓を探り、その行く先を追いつつ歩き始める。
 歩きながら、先ほどほむらが見せた意外そうな表情について考える。

ステイル(……彼女の表情は、まるで僕が“足し算の仕組みが分からない”とでも言ったかのようなそれ……)

ステイル(知っているはずのことを知らないと言ったので驚いたって具合か)

 考えながら、グリーフシードを握り締める。

ステイル(天草式の連中の妙な気遣い……このグリーフシード……魔女……)

 思考がまとまらないのを自覚したステイルが、ばつの悪そうな顔をした。
 こういうときは無意識の内に真実に気付き、それを避けようとしている時が多いのだと彼は知っている。
 学園都市で“あの子”が魔術を用いた時、すぐさまそれが意味するところを理解できなかったように。

ステイル(こういうのは時が解決してくれる)

ステイル(なんて甘い考えは抱かない方が良いと分かっちゃいるんだ……が)

 ザッと音を立てて立ち止まると、ステイルは大げさに肩を落としてため息をついた。
 その動作に連動するかのように、目の前に広がる住宅街がゆっくりと歪み、暗い宇宙のような景色へと様変わりする。
 魔女の結界だ。天草式の魔力に当てられて動き出したのかもしれない。

ステイル「時間が無いんだけどね」

 懐からルーンが刻まれたカードを取り出すと、彼はさっと腕を振りかぶった。大量のカードが周囲の空間に散らばる。
 それを見届けたステイルは、目の前……正確にはその少し上方に存在する不気味な物体に目を向けた。

715: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:47:38.96 ID:eMOuDAa6o

 最初見たときはなにかの器に見えたが、目が慣れるにつれて、
 それが巨大な鳥かごであり、中に女性のシルエットらしき物が納まっていると分かった。
 その周囲をゆっくりと飛び交う、気持ちの悪い鳥人。
 さしずめ鳥かごの魔女とその手下達、と言ったところか。

ステイル「60秒でケリをつけてやる」

 右手にカードを握ると、瞬く間に炎剣を生成。
 そのまま呟くように詠唱、右手を全力で振りかぶる。
 炎の塊が魔女の周囲を飛び交っている使い魔にぶつかり、爆発した。
 衝撃波に襲われた使い魔たちがなすすべもなく吹き飛ばされていく。

ステイル(役立たずなしもべだな……)

 再度炎剣を生成、そのまま右手を高く振り上げるも、殺気を嗅ぎ取りバックステップ。

 身を翻して飛び込んできた使い魔の攻撃を容易くかわすと、そのまま炎剣でその使い魔を吹き飛ばす。
 後続を気にしてやや体重を前にかけるが、それ以上攻撃しようとする使い魔はいないようだ。
 他のものはみな狂ったように魔女の足元を飛び交い、時折魔女の身体にぶつかって玉砕している。
 つまり悠々自適に炎剣を作っては投げるだけでことが足りるというわけだ。

      PuriSaz NaPi Gebo
ステイル「巨人に苦痛の贈り物をッ!」

 投擲。命中。爆発。再度生成。投擲。命中。爆発――
 それらを何度か繰り返している間に使い魔が全滅し、残すは魔女のみとなった。

ステイル(耐火性が低いのか、勝手に炎が燃え移ってくれるのはありがたかったが……)

 魔女に動きが見られた。小刻みに揺れて、中の人影が動き始めた。
 ステイルは油断なく魔女に近づく。

716: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:48:17.63 ID:eMOuDAa6o

 魔女が巨大な二本足で地団駄を踏んだ。
 そう認識した時には、既にステイルの身体は宙を待っていた。

ステイル「くぁっ――!?」

 凄まじい衝撃波がステイルの身体を殴りつけたのだ。
 そのまま彼は暗い地面に背中を強打し、肺に残る空気を吐き出しながら転がっていく。

ステイル「っはっ、くっ……ちぃ!」

 頭を打たなかっただけ良かった方だと言えるかもしれないが、いずれにせよ軽い脳震盪を起こしかけている。
 目線が定まらない。
 ショックで呼吸がまともに出来ない。
 カードはどこだ、ルーンは――

 ぼやけた視界の中で、魔女が再び足を踏み鳴らした。

ステイル「ぐぅっ――!!」

 再度生じた衝撃が身体を殴りつける。
 先程よりかは幾分マシだったが、それでも彼の身体は軽々と吹き飛ばされた。

ステイル「ぐっ……ええい!」

 咄嗟に受身を取ったが、左肩が妙に痺れていた。
 それに口の中が鉄臭い。血の味もする。
 ぺっ、と口の中に広がる血を吐き捨てると、よろよろと立ち上がる。
 右に左に揺れながら、彼は目の前を浮かんでいる魔女を睨みつけた。

717: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:49:17.37 ID:eMOuDAa6o

ステイル「……大体掴めたぞ、要は足を踏み鳴らして衝撃を与えているんだろう?」

 当たり前の話だが、ステイルの言葉に魔女は応えない。
 ステイルはその事実を無視してさらに続けた。

ステイル「だがその割には指向性がある」

ステイル「つまり衝撃波を誘導できるわけだ」

ステイル「とある修道女のように空間を隔てて攻撃しているわけじゃないし、魔神になり損ねた男の原理の不明な攻撃とも違う」

ステイル「だから離れれば離れるほどに、空気の壁を伝わる衝撃波は弱体化する……タネが分かれば後は簡単だ」

 唇を伝う血を拭いながら、ステイルは腰を後ろに引いた。

ステイル「その攻撃は、あと一回しか食らってやらない」

 そして全力で後ろに走り出す。

718: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:50:24.15 ID:eMOuDAa6o

 鳥かごの魔女が、怒り狂って足を踏み鳴らしながら巨大な図体を先に進めた。
 溢れ出る衝撃波がステイルの身体を掠めるが、彼は気にせず走り続ける。
 さらに衝撃波が二度、三度と彼の身体を掠めるが、気にも留めない。
 そして四度目。
 魔女の放った衝撃波がステイルの身体の中心を捉え、彼の身体に直撃して、

ステイル「蜃気楼だよ、バカが」

 霧のように歪んで、消え去った。
 温度差を利用した蜃気楼による幻影である。

ステイル「ルーンってのは便利な物でね。仕掛けさえすれば、こんなことも出来るんだ」

ステイル「もっとも、教えたところで考える知能すら持たないだろうがね」

 ステイルが、魔女の足元に潜り込みながら状態でそう言った。
 正確に言えば、身を隠していたステイルの真上まで魔女が飛んできたのだが。

ステイル「時間は稼がせてもらったよ。小規模だが……まぁ、貴様程度なら十分だろう?」

 わざわざ幻影を狙わせたのは、相手を自分の得意な戦場へ誘導するためだ。
 ステイルの周囲に仕掛けられた大量のルーンのカードから炎が吹き出る。
 それはゆっくりと人の形を成していき、咆哮にも似た爆音を轟かせて魔女に向かって飛び出した。

                   イノケンティウス
ステイル「――焼き殺せ、魔女狩りの王!」

 魔女が足を踏み鳴らすのと、炎の巨人が魔女を抱擁したのはほとんど同時だった。

 赤と青、それからなにやら不可思議な色が入り混じった閃光がステイルの目を覆い尽くす。
 さらに膨大な熱量と強大な衝撃波が組み合わさって、ステイルの身体を殴り飛ばした。
 ほぼ同時に、魔女の結界が崩れた。

719: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:51:18.74 ID:eMOuDAa6o

 元通りになった住宅街のど真ん中に寝転びながら、ステイルは思考をめぐらせた。

ステイル(魔女には、個性がある……使い魔も、同じように……)

ステイル(結界の、構成は……?)

ステイル(文字は、魔女の姿、は……)

ステイル(それに……)

 からんと音を立てて何かが、転がってきた。
 グリーフシードだ。

ステイル(グリーフシード……魔女の落とす物……魔女は女性……)

ステイル(天草式の気遣い、それに……それに……)

 身体全身を襲う焼けるような痛みに耐えながら、ステイルはよろよろと立ち上がった。
 とっさに爆破を中和する防御術式を構築していなければ、いまごろは上半身がぼろぼろに崩れていただろう。
 力を込めるだけで両足がガクガクと震えるが、彼は強靭な精神力でそれを無視した。

ステイル(……魔法少女と、魔女)

 小さな灯りは、やがて大きな光へと変わるように。
 ステイルの中に、一つの確信めいた考えが生まれようとしていた。
 口の中に溜まった血を吐き捨てて、彼は幽鬼のようにのそのそと歩き始める。
 そんな彼に、すぐ間近から声――正しくは、脳内に直接呼びかけるテレパシーが届いた。

「やぁ、ぼろぼろだね」

 テレパシーの発信された方角に目を向けると、そこには尻尾をふりふりさせるキュゥべぇの姿があった。

720: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:51:50.91 ID:eMOuDAa6o

QB「それにしても不思議だ」

QB「魔法少女は物理法則に魔力を作用させて魔法や奇跡の真似事を起こしているけど」

QB「君たちは最初から異世界の法則を用いて物事に干渉している。似ているようで、まったく違うね」

QB「異世界の法則、というのはたんなる比喩だと思っていたけど、これが正真正銘異世界の法則だとすると……」

QB「そして天使の力(テレズマ)。あれは正確に言えば世界の力とは別物だね。この世界に存在するが、存在していないし」

QB「困った物だ……また交渉をしなきゃいけなくなっちゃったじゃないか」

 なにをぶつくさといっているんだ、コイツは。
 ごくりと唾を飲み込んでから、ステイルは掠れた声でキュゥべぇに問いかけた。

ステイル「……何を言っている」

QB「独り言さ。手を貸そうかい?」

ステイル「……いらない」

QB「そうかい……一つ、聞いていいかな?」

ステイル「……なんだい」

QB「なんで君が、グリーフシードを持っているのかな?」

ステイル「……なんだっていいだろう」

QB「まぁ、そりゃそうだけどね。マミの形見なんだし、大事に扱っておくれよ」

 呼吸が止まった。
 次に全身の筋肉が固まり、目も、瞼も、指も足も肩もなにもかもが動かなくなる。
 いま、コイツはなんと言った……?

 なにが、誰の、形見だと言ったんだ……?

721: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:52:24.71 ID:eMOuDAa6o

――時刻は、真夜中の11時56分を回っている。

さやか「……」

 時間の流れるがままにぼーっとしていたさやかは、おもむろにソウルジェムを取り出した。
 本来ならば青い輝きを放っているはずのその宝石は、穢れが蓄積されたことで濁ってしまい、暗い。
 時折宝石の中で青い炎のような物がゆらっと輝いては穢れに飲まれて消えていく。

さやか「ソウルジェムは、あたしの魂……」

 正確には魔法が扱える形に最適化された魂だが。
 いずれにしろ、消えかかった蝋燭の火のようだ。
 今の彼女の心境に似ていて、さやかは自虐的な笑みを浮かべた。

さやか「ソウルジェムが濁りきったら、どうなるんだろーね」

 そんなことを口にする。しかし実際のところ、それほど関心もなければ興味もない。
 ソウルジェムが濁りきってしまったところで、契約した際の願いが解消されるわけではない。
 ほむらの言葉と、ソウルジェムが魂であるという事実を踏まえた上での考察が正しければこれは間違いないだろう。
 では、濁りきったソウルジェムの末路はなにか。

さやか(……砕けて、死んじゃうのかな)

 マミの部屋に、あるべきはずのソウルジェムが無かったことを思い出して、さやかは陰鬱な気分になる。
 だからと言って、自分の命が惜しいわけではない。マミの最期を不憫に思ったのだ。
 もっとも、すぐに考え直したが。
 それもいいじゃないか。魔女に苦しめられることなく逝ったのならば、彼女もまだ幸せだろう。

722: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:53:07.57 ID:eMOuDAa6o

――時刻は、真夜中の11時57分を回っている。

さやか「……」

 ソウルジェムの濁りの噴出速度は、着々と勢いを増しつつある。
 それに比例するように、青い炎のきらめきも薄れていく。

さやか「……なんだっけ」

 ぼんやりとした意識の中、彼女はとあるおとぎ話を思い出していた。
 そのおとぎ話の主人公、灰かぶりの少女はいじわるな姉たちに扱き使われて、それは酷い暮らしを送っていたとか。
 そんな少女の下に現れた魔法使いだか魔女だかが魔法を使って、彼女の格好を綺麗なお姫様にしてしまうとか。
 彼女はその晩、お城で開かれる舞踏会に出席して王子様と踊り、楽しんだとか。

さやか「……えーと」

 でもさぁ大変、魔法は夜の12時で効き目を失ってしまうことを思い出した少女は慌ててお城から立ち去ります。
 王子様はそんな少女を追いかけますが、ああ残念。追いつくことは叶いませんでした。
 悲しみに打ちひしがれていた王子様が、ふと足元を見ると。なんとそこには少女が履いていたガラスの靴がありました。
 王子様はすぐに使いを出し、この靴と足が合う者を見つけようとしたのだった。

さやか「……なーんでぴったり合う人が居なかったんだろ」

 夢も希望もない台詞を吐きながら、おとぎ話の続きを思い出そうとする。
 たしか王子様は無事に少女を見つけ出し、少女は王子様と結ばれて末永く幸せに暮らしましたとさ。
 めでたしめでだし、そんなところだろうか。

さやか「……この子って苦労してるけど、そのわりに棚からぼた餅で形式で幸せになってるよね」

723: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:53:43.32 ID:eMOuDAa6o

――時刻は、11時58分を回っている。

さやか「まっ、要するにチャンスはきちんと活かしなさいってことなのかな」

 ソウルジェムは、時折思い出したかのように輝くほんのわずかな光を残してとうとう濁り切ってしまっている。
 すでにその表面にはいくつもの亀裂が生じ、“なにか”が泡を吹いて蠢きだそうとしていた。

さやか「……どうしようもないよ」

さやか「……どうしようもない」

 最初は、恭介のためだった。

 その後で彼を治すために奇跡も魔法も要らないと分かって、喜んで。

 でもやっぱり、奇跡と魔法が無ければどうにもならない現実が待っていて。

 幼い女の子のために魔法少女になって、マミさんの遺志を継いで戦って。

 ソウルジェムと魔法少女の真実を知らされて、それでもめげないで。

 佐倉杏子という少女に希望と幸せに満ちた世界を見せるつもりだったのに。

 親友と想い人と、自分の身体。その三つの狭間で色々あって、いっぱいいっぱいになって。

 それからたくさんの人のおかげで救われて、立ち直って。

 その人たちを疑い、まどかという親友すら傷つけ、自分からその希望と幸せを遠ざけて。

 最後が、これだ。

さやか「わけわかんないよ……」

 ソウルジェムの濁りが、仄暗い輝きを帯び始める。
 何かが脈動するように、不規則に震え始める。

さやか「……」

 なにもかも、どうでもよくなった。
 さやかは眠るように瞼を閉じた。疲れた。楽になってしまおう。
 そんな時だ。

724: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:54:55.88 ID:eMOuDAa6o

杏子「やーっと見つけた。寝てんの?」

 杏子の声が、耳に届いたのは。

さやか「……色々、あってね」

杏子「あっそ」

杏子「ところでさぁ、あんたいつまで強情張るわけ? 連中、泣きながらアンタのこと探してたよ?」

さやか「そっか。悪いね、手間かけさせちゃって」

杏子「まっ……良いってことさ。んじゃあ帰ろうぜ?」

さやか「ごめんね」

杏子「なに言って……っ!?」

 訝しがる杏子に、さやかは自分のソウルジェムを見せた。
 そのソウルジェムに、青い輝きは見られない。
 いくつもの亀裂が生じ、濁りそのものが完全に蠢き、亀裂の隙間から抜け出そうともがいている。

さやか「希望と絶望のバランスは、差し引き0だって。いつだったか、あんた言ってたわよね」

さやか「今ならそれ、良く分かるよ」

杏子「さやか……!?」

さやか「誰かを救った分だけ、恨みや妬みが溜まって、大切な友達まで傷つけて……」

さやか「終わった方が、みんなのためだよ……救いようがないよ……!」

さやか「……最期に……」

 恭介に会いたかった。

 その言葉は、形になることなく。

 さやかの目から涙が零れ落ちる。

 そして、ソウルジェムにひときわ大きな亀裂が入る。

725: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:55:57.00 ID:eMOuDAa6o

――時刻は、11時から12時へと変わる。

 奇しくも、灰かぶり少女にかけられた魔法が効き目を失い、夢のような時間が終わりを告げる時。

杏子「……」

 さやかの様子を黙って静観していた杏子は、大きなため息をついた。
 そして、ニィッと口の端を釣り上げて笑った。
 いやはや、出来すぎだ。
 この世界には神様なんて居ないと思っていたが、実際のところはいるのかもしれない。
 いなきゃおかしい。つーかいるだろ。絶対いるだろ。ありがとう神様。

 このタイミングは、まさしく神様が創った奇跡としか言いようがない。
 ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

杏子「あははっ! いやホント、こーいうのをマジの奇跡って言うんじゃないの?」

 とうとう声に出して笑いながら、杏子は懐に手を突っ込んだ。

杏子「ガラスの靴とか、そーいう過程すっ飛ばしていきなり追いついちまってんじゃん」

 さやかのソウルジェムの中を穢れが蠢いているにもかかわらず、杏子は余裕そうな態度で胸を張って言い放つ。

杏子「――王子様がさ」

 そんな杏子の言葉に呼応するかのように、

726: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:57:16.11 ID:eMOuDAa6o

「――――さやかああああぁぁぁッ!!」

 服を汗で湿らせながら、王子様――上条恭介が、力の限り叫んだ。

 面白いくらいにさやかの身体が跳ねて、さらに彼女は声が漏れないように自分の両手で口を覆った。

 さやかのソウルジェムの中を蠢いていた穢れが動きを止める。
 仄暗い輝きも、少しずつ収まっていく。
 彼女の心から噴き出る絶望が、彼女の心に芽生えた希望によって塞き止められたのだ。

杏子「へへっ」

 それを笑顔で見ながら、杏子は懐から取り出したグリーフシードを彼女のソウルジェムに押し当てた。
 ソウルジェムの中に残っていた穢れが急速にグリーフシードへと移っていく。
 だが元々のグリーフシードが使い古しだったためか、さやかのソウルジェムはまだ八割近くが濁っていた。
 ひとまずは十分だろう。杏子は笑って、さやかの肩を叩いてやる。

さやか「杏子……あんた……」

杏子「アタシに見せてくれるんだろ? みんなと一緒に幸せになれる魔法少女の姿ってヤツをさ」

杏子「とりあえずはあのボーヤとだ。アタシは天草式が持ってるグリーフシード受け取ってくるからさ」

杏子「仲良くやりなよ」

 そう言って、さやかに背を向ける。
 人の恋路を邪魔するヤツぁ馬に蹴られて養豚場のミキサー行きだ。
 笑いながら、杏子はホームの階段を下りていく。

727: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:58:19.73 ID:eMOuDAa6o



 そして彼女は、後悔することになる。


.

728: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:59:19.88 ID:eMOuDAa6o

――立ち去る杏子の背を見ながら、さやかはぼーっとした頭を覚醒させて何が起こったかを再確認し始める。

 耳に届いたのは、思い焦がれる少年が自分の名を呼ぶ声。
 そんなはずはない。この場に彼がいるはずない。そんなことは分かりきっている。
 ならばなぜ自分は再び瞼を開いて、声のした方へ首を向けているのだろう。
 ならばなぜ何かに縋るように必死で瞳を動かし、彼を探しているのだろう。

さやか「きょう、すけ」

 そして彼女は、視界の中に上条恭介の姿を認めた。

恭介「はぁっ、はぁっ……」

さやか「どうしてここに……?」

恭介「……色々あってね。志筑さんと暁美さんのおかげだよ」

さやか「仁美と、ほむらの……?」

恭介「それにしても疲れた。隣、座ってもいいかな?」

さやか「えっあ、うん」

恭介「ありがとう」

さやか「えっと……」

さやか「どういたしまして?」

恭介「ははっ」

729: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 01:59:46.61 ID:eMOuDAa6o

 恭介と肩を並べながら、さやかは何か喋ろうと頭の中で必死に言葉を探す。
 しかしさやかが言葉を見つけるよりも先に、恭介が口を開いた。

恭介「あー、さっきの子は?」

さやか「えっと……友達?」

恭介「そっか。友達か」

さやか「うん……良い子だよ」

恭介「さやかが言うんなら間違いないね」 クスッ

さやか「へへっ、そりゃそうだよ」 フフッ

 会話が途切れる。
 沈黙が場を支配するが、それは不快なものではない。むしろ心地良いくらいだ。

恭介「……なんて言おうか、迷ったんだけどさ」

 先ほどと同じく、沈黙を破ったのは恭介だった。

さやか「え?」

恭介「謝るべきか、怒るべきかってね」

さやか「謝るなんて……そんな……」

恭介「気にすることないよ。これは僕の問題だから」

さやか「……」

730: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:00:19.02 ID:eMOuDAa6o

恭介「でもさ。そういうのじゃないって僕は思うんだ」

恭介「僕が君に掛ける言葉は、もっとこう……うん」

さやか「……どんなの?」

恭介「あー、その」

さやか「ん?」

恭介「だから、その、うん」

 さやかから視線を外すと、恭介はしどろもどろになって何故か身体のあちこちを触り始めた。
 こんなに落ち着いていない彼の姿を見るのは初めてだった。
 高鳴る胸の鼓動を抑えて、彼女は彼の言葉に耳を傾ける。

恭介「あー……」

恭介「僕にとって君は大事な友達、というか親友で、大事な人だから」

恭介「いまさら謝るとか怒るとか、そういうレベルじゃない。つまり……」

 そわそわしながら、照れくさそうに彼は鼻をこすった。

731: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:00:56.87 ID:eMOuDAa6o

恭介「……みんなのところに帰ろう、さやか」

 とてもシンプルな言葉だった。
 さやかが期待していた言葉とは違っていたが、それでも彼女は嬉しかった。幸せだった。
 手の甲になにかが触れた。
 いつの間にか頬を伝っていた涙が、零れ落ちたのだ。

恭介「さやか?」

さやか「ううん、なんでもない……」

 目を服の袖で拭いながら、彼女はソウルジェムを握り締めた。
 もう片方の手には、携帯電話。みんなにちゃんと謝って、ほむらにグリーフシードを返してもらおう。

さやか「あははっ」 ゴシゴシ

恭介「大丈夫かい?」

さやか「もっちろん! さやかちゃんをいつまでも子供か少女と勘違いしてたら大間違いなんだぞー?」

恭介「君はまだ子供だろう?」 クスッ

さやか「大人の階段のーぼる! ってやつ。気持ちだけなら立派な大人なの!」 フフン

恭介「それじゃあ今度からは大人の女ってわけだね」

さやか「そうそう、それこそ美少女から美女になるみたいに……」

さやか「……なる?」

732: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:01:56.98 ID:eMOuDAa6o

 カチッ、と音を立てて。
 頭の中にあった歪んだジグソーパズルに、最後のピースが嵌った。

恭介「さやか?」

さやか「……まさか」

 魔法少女と魔女。
 ソウルジェムとグリーフシード。
 祈りと呪い。
 希望と絶望。
 救いと災厄。

 様々な単語が、セットになって彼女の頭の中を巡りまわる。

さやか「……そんな」



 そして彼女の脳裏を、杏子の言っていた言葉が過ぎる。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
――奇跡は、無料ではない。希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる。

――そうして差し引き0にして、世の中の平衡は成り立っている。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 マミの部屋にあらわれた魔女の姿が、心に浮かび上がる。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 空間の中心に、読解不能な文字の刻まれた巨大なリボンが一つ、うねうねと蠢いていた。

 そしてそれを守るように、あるいはいっしょに遊ぶようにひっそりと寄り添う五つの鎖。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

733: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:02:45.59 ID:eMOuDAa6o

 リボンの魔女の特徴と、その使い魔の姿。

 なぜ運悪く、マミの住む部屋に魔女が現れたのか。

 本当にマミのソウルジェムは濁って砕けたのか。

 もしかしたら。

さやか「そんな、そんなのって……!」

恭介「さやか?」

 恭介が差し出した手を、さやかは払いのけた。
 驚く恭介を置いて、彼女はふらふらと立ち上がり歩き始める。
 彼女を追いかけようと恭介が杖を使って身体を起こし、ふたたび手を近づけた。
 しかしさやかは、先ほどと同じようにそれを払いのける。

恭介「さやかっ、うわぁ!?」

 身体のバランスを崩した恭介が杖にもたれかかり、とうとう右肩を地面にぶつけるようにして倒れた。
 必死にもがくが、起き上がれない。恐らく足を酷使させすぎたせいで力が入らないのだろう。

恭介「さやかっ……痛っ……くぅ!」

 本当なら彼に手を貸して、助け起こさなきゃいけないはずなのに。でもダメだ。もう、ダメだ。
 彼に触れる資格なんて、持っていない。

734: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:04:01.57 ID:eMOuDAa6o

 その時、目の前にある階段から杏子が姿を覗かせた。

杏子「天草式はいなかったけど、すぐそこにあいつらに関係する修道女がいてさ……って

杏子「なんだこりゃ、なにがあった?」

 ポテトチップスを口に咥えながら、目を真ん丸くしてさやかを見た。
 杏子の問いに答えず、さやかはその場にへたり込む。
 その動きに連動して、彼女の手からソウルジェムが零れ落ちる。

 ソウルジェムは、完全に黒く染まりきっていた。

杏子「なっ……おい、マジでなにがあった!?」

さやか「あたしには、みんなと一緒に幸せになる資格なんてない……」

杏子「その話は終わったろ! なにがどーなってやがる!?」

さやか「こんな簡単なことにすら気付けずに、みんなに迷惑かけて、ぬか喜びして……」

杏子「なにを……!」



さやか「あたしって、ほんとバカ」



 さやかのソウルジェム、その宝石部分が砕け散る。
 宝石を覆っていた金属質のフレームが黒く染まり、がばっと展開されて閉じ込められていた濁りが溢れ出す。

杏子「うわぁ!?」

恭介「なにっ、がぁ!?」

 それは強大な衝撃波を発生させると、近くにいた杏子と恭介の身体を軽々と吹き飛ばした。
 ソウルジェムがあった場所に、真新しいグリーフシードが生まれる。
 グリーフシードは想像を絶するエネルギーと絶望、そして呪いを撒き散らして空間そのものを歪ませ始めた。

 さやかの身体がゆっくりと傾き、地面に倒れこむ。

杏子「さやかッ……!」

恭介「さやかああぁぁぁッ!!」

 二人の呼び声が、衝撃波によってかき消される。

735: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:04:38.62 ID:eMOuDAa6o



 そして、魔女が生まれた。


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736: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:05:20.40 ID:eMOuDAa6o

――そのほんの少し前。

 キュゥべぇに誘われてとあるビルの屋上にやってきたステイルは、険しい表情のままキュゥべぇを睨みつけた。

ステイル「話してもらおうか、魔法少女と魔女の関係を」

QB「いいよ。この情報にはもうそれほど価値が無いし、話してあげよう」

 そして、キュゥべぇは淡々と、無感動な声で語った。
 この宇宙が、少しずつ死へ向かっていること。
 その寿命を延ばすために、エントロピー……熱力学の法則を覆すようなエネルギーを探していたこと。
 感情をエネルギーに変換する技術を用い、宇宙の延命を計っていること
 とりわけ効率がいいのが、第二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移であるということ。
 ソウルジェムが濁りきった時、それはグリーフシードへと変わり、魔法少女の魂は魔女に変化するということ。
 そして――これが一番重要だが。
 かつてステイルが殺したリボンの魔女が、かつての巴マミであったということ。

ステイル「そんなバカな!」

QB「本気でそう思っているかい? もしかしたら君は気付いていたんじゃないかな?」

 否定できない。
 彼はやりようのない怒りを感じてぎゅっと拳を作った。そうだ、心のどこかで気付いていたはずなんだ。
 リボンと、あの白い鎖。ソウルジェムとグリーフシード、天草式の妙な素振り。
 それなのに、自分は――

QB「……グッドタイミングだね。今日も、魔女が生まれるみたいだ」

ステイル「なんだって!?」

QB「ところで君が所属する十字教には方角や向き、属性、色に対応する天使がいるそうだね」

ステイル「それがどうしたというんだ、それより今の言葉――」

QB「前方にして東、風の天使である『神の薬』ことラファエルは黄色」

 ステイルの声を遮って、キュゥべぇが続けた。

QB「左方にして北、土の天使である『神の火』ことウリエルは緑色」

QB「右方にして南、火の天使である『神の如き者』ことミカエルは赤色」

QB「後方にして西、水の天使である『神の力』ことガブリエルは青色」

QB「……奇遇なことに、僕達の立ち位置と、これから生まれるとある魔女もこれの一つに対応していてね」

737: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/22(月) 02:08:05.39 ID:eMOuDAa6o

ステイル「……なに?」

 嫌な予感がする。
 鼓動が早くなるのを感じて、ステイルはごくりと唾を飲み込んだ。

QB「僕達の後方、西の方角で生まれとしている魔女の、生前のソウルジェムの色は『神の力』の象徴する色と同じ」

 まさか。

QB「彼女の髪の色も、瞳の色も同じ」

 まさか……!

QB「……“青色”だったかな」

 何かに弾かれるようにステイルが後ろを振り返った。
 視線の先にある駅のホームが、見る見るうちに歪んでいく。
 そして、途方もないエネルギーが解き放たれた。

 “青い”目の、“青い”髪をした、“青い”ソウルジェムを持った魔法少女。
 美樹さやかが魔女になったのだ。

ステイル「クソ……!」

 身体に防御術式をかけると、ステイルは躊躇することなくビルの屋上から飛び降りた。
 すぐ隣にある背の低いビルの屋上に着地すると、彼は同じ事を繰り返してさらにビルに飛び乗る。
 魔女の下へ駆けつけるために。
 そんなステイルの姿を見ながら、キュゥべぇはやれやれと言わんばかりに首を振った。

QB「今更急いだところで、どうにもならないよ」

QB「……マミの時と同じさ」

QB「やれやれ」

 キュゥべぇの呟きは、誰にも聞かれることなく夜空へと溶け込んでいった。

751: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:18:42.04 ID:hjeVn6zLo
杏子「なんだこりゃあ……」

 異形と呼ぶに相応しい空間の中で、杏子は目の前に佇む巨大な魔女を睨みつけた。
 魔女の上半身は西洋の物語に出てきそうな騎士のそれで、その下半身はおとぎ話に出てくる人魚の尾で構成されている。
 羽織ったマントをなびかせ、首下に結ばれた可愛らしいピンク色のリボンがふりふりと揺らしながら。

 しかしその背にはまるで過ちを戒めるかのごとく巨大な十字架を背負い、両手も打ち付けられている。
 十字架ごと身体を右に左に揺り動かしながら、辛うじて動く剣を持った右手首を楽しげに振りかざす。
 魔女が形容し難き声で叫んだ。その目の前を、ぐったりとしたさやかの身体が重力に従って落ちていく。

杏子「チッ!」

 音もなく変身し、どこからか現れては高速で迫り来る車輪を紙一重で避けきり彼女を抱きとめる。
 その姿勢のまま杏子は車輪の一つを蹴り飛ばして反転。華麗に着地を決め込むと、槍を片手に魔女と対峙。

杏子「なんなんだよテメェ、さやかに何しやがった!?」

 荒ぶる杏子の死角から車輪が迫る。
 だがその車輪は杏子にぶつかる前に、どこからともなく飛び込んできた別の車輪とぶつかって弾け飛んだ。

杏子「ああ? 同士討ち……いやこれは!」

 杏子の視界の隅に、二人の修道女がいた。先ほど会った天草式の仲間を名乗る連中だ。
 その修道女の一人、ルチアは倒れている恭介の下へ駆けつけながらもう一人の小柄な修道女、アンジェレネを見た。

ルチア「シスターアンジェレネは防御を! 私はあの少年を拾います!」

アンジェレネ「は、はい! きたれ、十二使徒のひとつ!」

 アンジェレネの手元にあった硬貨袋が翼を生やして空を飛び交い、迫る車輪を次々に粉砕していく。
 その間にルチアは恭介を担ぎ上げ、皆と合流を果たした。

杏子「へぇー、やるじゃん」

アンジェレネ「あ、どうも……じゃなくて! そ、その方のソウルジェムはどこですか!?」

杏子「いや、それがさ」

ルチア「話は後です! ひとまず脱出を!」

 そう言われても……と杏子は魔女を見た。離れていてもよく分かる。あの魔女は、こちらをどうにかしたくてたまらないようだ。
 全身から漏れる気迫に圧されて、アンジェレネが後じさる。
 十字架に縛られた魔女が、剣を持つ右手首に力を込めた、その時。

752: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:20:06.39 ID:hjeVn6zLo

――さがって

 杏子たちの周辺に降り注がれようとしていた車輪が突然粉砕した。
 その事実に戸惑いながらも、声のした方へ振り向く。大型拳銃を手にした暁美ほむらが立っていた。

ほむら「足手まといが二人、見慣れない人間が二人。厄介ね」

杏子「いや、それよりどうしてここに……」

ほむら「その話は後よ。私の手を握って。あなたたちも手を繋ぎあいなさい」

 言われた通りに杏子がほむらの手を握るが、ルチアは首を横に振ってそれを拒否する。

ルチア「申し訳ありませんが、大人数で行動してはあなたの“魔法”が解ける恐れがあります。先に行ってください」

ほむら「……私の能力を知っているの?」

アンジェレネ「えっと、あくまで推測なんですけど、あなたのまほふみゃあ!?」 ゴンッ

ルチア「無駄話をする暇は有りませんよ。さぁ、早く行ってください!」

ほむら「……そうね」

 話が飲み込めないでいる杏子は、ほむらの手を握ったまま首をかしげた。
 次の瞬間。何かが『カチッ』と何かが組み合わさる音が響き――
 杏子とほむら以外の、全ての物体が動きを止めた。

杏子「お、おいなんだよこれ!」

ほむら「私の能力よ。それから手を離さないで、あなたの時間も止まってしまう」

杏子「……あの手品はこういう仕掛けだったのかよ」

 ほむらの手を握り締めたまま、二人――動かないでいるさやかを含めれば三人――は魔女の結界の中をひた走る。
 その途中で、あの時何が起こったのかを杏子はほむらから聞いた。
 事情を把握した杏子は、悲痛な面持ちで肩に担いださやかを見つめる。

 やっぱり神様なんて、いやしない。
 奇跡なんて、ありゃしない。

753: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:20:57.61 ID:hjeVn6zLo

――結界から抜け出た二人は、そこでほむらに待っているよう言われたまどかと出会った。
 事情を説明すると彼女は大粒の涙を目に浮かべてさやかの身体――正真正銘の死体に縋りつき、嗚咽を漏らしている。

ほむら「あの子は誰かを救った分だけ、これからは誰かを祟りながら生きていく」

杏子「……テメェは何様のつもりだ。事情通ですって自慢したいのか?」

杏子「なんでそう得意気に喋ってられるんだ。コイツはさやかの……さやかの親友なんだぞっ……!」

 杏子に襟元を掴まれながらも無表情を保ち続けるほむらは、むせび泣くまどかを横目で見た。
 こんなはずじゃなかった、とは言えない。こうなることも、彼女は想定していた。
 しかし、さやかを見捨てでも成し遂げたい願いがほむらにはあった。

ほむら「持ってきてしまった以上、死体の扱いには注意を払うことね。見つかったら後々厄介なことになるわよ」

杏子「テメェそれでも人間か!」

ほむら「もちろん違うわ」

 杏子の手を振り払うと、ほむらは髪をかきあげながら言った。

ほむら「あなたもね」

 そうして黙り込んでいると、今度は別の方角から別の声がした。

五和「そ、そんな……さやかさん?」

建宮「……間に合わなかったか」

 天草式の集団だ。五和や建宮の他に、香焼や対馬、牛深の姿も見られる。
 先ほど会った修道女と同じ格好の、会ったことのない修道女も何人か混じっていた。

対馬「……元教皇代理、どうしますか?」

建宮「どうするって、そりゃあ……どうするべきよ?」

香焼「こんなことになるんならマジメに行動しとくべきだったんすよ……ちくしょう!」

牛深「シェリーに連絡してみるのはどうだ? もしかしたら解決策があるかも――」

754: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:21:26.24 ID:hjeVn6zLo

 二人の会話を聞きながら、ほむらは踵を返すとその場を立ち去ろうとする。
 だがその途中で汗をびっしょり流したステイルと顔を会わせ、仕方なく彼女は立ち止まった。

ほむら「遅かったわね」

ステイル「……美樹さやかは」

ほむら「魔女になったわ」

ステイル「……天草式や、他の連中はなんと?」

ほむら「救うつもりらしいわ。無駄なのにね」

ステイル「……どうにもならないと?」

ほむら「後はキュゥべぇに聞くことね」

 ステイルの右斜め後方にいるキュゥべぇを指差して、ほむらが言った。

ステイル「追いかけてきたのか……ちょうどいい、魔女が魔法少女に戻る方法は?」

QB「さぁ、なにしろ前例が無いからね」

ステイル「希望が絶望に変わった結果が魔女なのだろう?」

ステイル「ならば希望に変われば戻るんじゃないか? だったら……」

QB「ステイル=マグヌス。魔女と魔法少女の違いが何か分かるかい?」

 感情のこもっていない赤い目を揺らして、キュゥべぇはステイルとほむらの間に割って入った。
 意味もなく尻尾をふりふりさせて、嫌味ったらしい口調――嫌味を言う感情など無いはずだが――で彼は続けた。

QB「魔女はプログラムに近い。魔法少女時代の記憶と感情、魔力と絶望という入力された数値に則って動くだけのプログラムさ」

QB「魔法少女が希望や絶望を持つのは感情があるからだ」

QB「でも魔女にはそれが無い。そのための機能がないからね。GSとなった魂の残滓だけでは、希望なんて生み出さない」

QB「魔女は予め持っている絶望と、後になって人間達から集める呪いや絶望しか持つことが出来ない」

755: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:22:00.34 ID:hjeVn6zLo

QB「分かるかい? 呼びかけようと、涙を流そうと、血反吐を吐こうと、魔女は魔法少女には戻らないのさ」

ステイル「だが! もし何らかの方法で希望を満たすことが出来れば!」

QB「それは無理な相談だよ」

 ステイルの顔が歪む。

QB「希望のエネルギーなんていう抽象的概念によって成り立っているエネルギーはまず操作できないからね」

 もっとも、彼女ならば可能かもしれないけど。とキュゥべぇは含みを持たせて言った。

QB「仮に出来ても、膨大な量の穢れである絶望をどうするつもりだい? ソウルジェムを再構成させる方法は?」

QB「設計図はおろか、ろくな情報すら持たない君たちがどうするというんだい?」

QB「脈づいた絶望が消える時、魂の残滓も消える……魔女は魔法少女には戻らない」

ステイル「……」

QB「分かってくれたかな? 魔術師君」

QB「奇跡は起こらない。あるのは必然と、君たちにはどうにも出来ない現実だけさ」

QB「可能だとすれば……素質のある子が契約して、願いを――っと、このままだと潰されてしまいそうだから退散するかな」

 大型拳銃を構えたほむらとステイルを見比べて、キュゥべぇやれやれと言いたげに首を振った。
 そしてそろそろと足を動かし、闇に紛れる。

ステイル「……」

ほむら「……信じたくないでしょうが、そいつの言っていることは本当よ」

 がっくりと肩を落としているステイルに慰めの言葉を掛ける。
 それで彼が喜ぶとは思えなかったが、しないよりはマシだろう。
 しばらく黙り込んでいたステイルは、頼りない足つきでまどかの下へ歩いていった。

ほむら(……多少は強い精神を持っていると思ったけど、所詮はこんなものかしら)

 無理もない、とは思う。巴マミを殺したのが自分で、しかも身内のミスでさやかを魔女にさせてしまったのだ。
 圧倒的な絶望の前では、いかにステイルといえど年齢相応の無力な少年でしかないということだろう。

 彼に同情と失望を覚えつつ、ほむらは来たるべき“ワルプルギスの夜”に備えるため再び闇に姿を消した。

756: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:24:19.51 ID:hjeVn6zLo

……一方的に同情どころか失望までされたステイルはというと。
 物言わぬさやかの死体を前にして、無表情のまま立ち尽くしていた。
 傍目から見れば、自身の無力さを嘆き、呪っているように見えたかもしれない。

 だが実際のところは違った。

ステイル(裏でコソコソと動く最大主教、そしてキュゥべぇの意味深な発言。裏で取引が行われているのは間違いないと見ていい
       とするとこの状況はあの女狐が想定した上で仕組んだ可能性が高い。ならば目的があるはずだ。なんだ、それは。
       考えろ、ヤツがキュゥべぇと手を組む理由を。イギリス清教の利益になりうる物がなんなのかを。それを見つけ出せば……)

 頭の中では現状を把握し、打破するための手段を模索していたのだ。
 無論、同時に彼は自分の愚かさを嘆いているし、呪ってもいる。後悔だってしていた。
 だがそれでは意味が無いことを彼は知っている。

ステイル(いずれにせよ、あの女狐に揺さぶりをかける必要はある……揺さぶれる自信は無いが)

 さやかの身体に縋っているまどかを見て、それからステイルは悔しそうに座り込んでいた香焼に声をかけた。

ステイル「もうイギリスに報告はしたのか?」

香焼「いや……えっと、これからシスタールチアが行うところっすよ」

ステイル「その役目は僕が負おう。それから鹿目まどかを家まで送り届けてやってくれ」

香焼「構わないすけど……指示、仰がなくて良いんすか?」

ステイル「風邪をひかれたらたまらないし、彼女に出来ることは何もない。さぁ早く」

 出来ることは何もないという言葉を聞いて、まどかの身体がびくっと動いた。しかしステイルは気付かない。
 香焼はまどかに手を借して立ち上がらせると、ふらふらとした足取りで一緒に歩いていった。
 それを見送ったステイルは、懐からカード状の通信用霊装を取り出す。
 魔力を込めつつ胸の前まで持ってくると、彼は諦めるように目を閉じた。
 さぁ、覚悟を決めよう。

757: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:25:16.99 ID:hjeVn6zLo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

?????「はい、こちらは聖ジョージ大聖堂ですが」

ステイル『……僕は最大主教に繋いだはずだが?』

?????「申し訳ありませんが、ただいま最大主教は多忙のため通信に出ることが出来ません……って、ステイル?」

ステイル『誰だと思ってたんだ君は……その声はレイチェルか?』

レイチェル「おっひさー。マトモに話すのなんてずいぶん久しぶりね。昔はよく“あの子”のことを一緒に愛でたっけ?」

ステイル『昔話をするのは後だ。最大主教を出せ』

レイチェル「無理。用件だけ伝えて」

ステイル『ふざけるな。さっさとあの女狐を出さないといますぐその霊装ごと燃やし尽くすぞ』

レイチェル「ごめんなさい。それでもダメ」

ステイル『ッ……美樹さやかが魔女になった!』

レイチェル「その話は大体聞いてるわ。あなたのお友達でしょ?」

ステイル『黙れ。せっかくあの女狐に啖呵を切ろうと思っていたのに……』

レイチェル「最大主教は、イギリス清教徒として、魔術師としてやるべきことをやれって」

ステイル『彼女を殺せということか?』

レイチェル「多分ね」

ステイル『ああそうか分かった。それじゃあ―――――――――と伝えてくれ。
       現場の人間……天草式やアニェーゼ部隊全員の総意だと思ってくれて構わない、ともね』

レイチェル「レディーに向かってそんな伝言頼むなんて……まぁいいわ、分かった」

ステイル『切るぞ。まったく、覚悟した意味がまるでな――』

 ブツッ、と音を立てて通信が途切れる。
 それを確認したレイチェルは、ため息を吐くと霊装をテーブルに置いて、対面に座る女性――

 欠伸をしている最大主教、ローラ=スチュアートを見た。

758: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:26:12.14 ID:hjeVn6zLo

レイチェル「ミィキ……っほん。美樹さやかが魔女になったそうです」

ローラ「……そう」

 日本名に慣れていないため、躊躇いがちにさやかの名前を述べたレイチェルに目もくれずローラは頷いた。
 そしてそっぽを向くと、手に持ったいくつかの資料を読み始めて背を丸めた。
 ……気のせいだろうか。
 あの冷血魔女と呼称するに相応しい悪女の後姿が、妙に――

レイチェル(って、んなわけないない。さっさと報告しよう)

レイチェル「えーっと、あなたの指示通りの言葉を伝えました。そこまでは分かりますよね?」

ローラ「ええ」

レイチェル「それで、その返答代わりの伝言を頼まれました。少々下品な言葉ですがよろしいでしょうか?」

ローラ「ええ」

 ローラが振り返る。

レイチェル「そうですか。それでは失礼して……」



レイチェル「 ク ソ を 固 め た ク ソ 女 め ! ク ソ 食 ら い や が れ ク ソ 野 郎 ! 」



レイチェル「……これが、見滝原にいるイギリス清教の人間の総意だ、と。伝言は以上です」

 珍しいことに、非常に珍しいことに、あのローラが呆気に取られてぽかーんと大口を開けていた。
 実際、伝言の内容はここまで汚くなかったが、彼女は彼女で“深い事情”があってローラに恨みを抱いている。
 だがまぁ、多少表現を誇張しただけだ。決して悪意があるわけではない。いやあるかも。やっぱありまくりだ。

ローラ「……」

 なんとか口を閉じたローラは、“年齢相応”の動きでよろよろと背を向けると。

759: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:26:44.21 ID:hjeVn6zLo

ローラ「……ぷっ」

ローラ「くっ、くくくく……ふふふ!」

ローラ「あははは! あっはっはっはっは!」

 噴出したかと思ったら、腹を抱えて大笑いし始めた。
 まさか伝言の内容を盛ったのが気付かれたのだろうか?
 さすがに『クソ食らえクソ野郎』を『クソを固めたクソ女め、クソ食らいやがれクソ野郎』に変えたのはやりすぎだったか?
 内心で動揺していたレイチェルは、ひーっと声にならない悲鳴を上げているローラに恐る恐る声をかけようとする。
 だがそれよりも早く立ち直ったローラが、目の端に涙を浮かべてグッ、と親指を立てた。

レイチェル「は?」

ローラ「くくくっ……それでこそ私の部下よ、と思いたりただけのことよ。ふふっ」

ローラ「多少のアレンジは、インパクトの大きさに免じたりて許しけるわ」

 やっぱバレてた。レイチェルは慌てて頭を下げる。

レイチェル「もっ、申し訳ありませんでした!」

 そこでローラはふと真顔になって、テーブルの上を睨みつけた。
 レイチェルも釣られて視線を向けるが、そこにあるのはただの霊装のみ。一体どうしたのだろうか。

ローラ「空気の読めなき男児は嫌われたるという常識を知らぬのかしら」

レイチェル「えーと……はい?」

ローラ「こちらの話につき、気にせずとも良し。もう下がりて良いわ、ありがとうね」

 あの最大主教が素直に礼を言ったことに驚きを覚えつつも、レイチェルは言われたとおりに下がることにした。
 というか、ここで傲慢に居座り続けることの出来る修道女なんているか? いたら見てみたいものだ。
 ああでも、“あの子”ならお菓子さえあればいくらでも居座るかな……
 微笑を浮かべながら、レイチェルはその場を後にした。

760: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:27:55.06 ID:hjeVn6zLo

――舞台は見滝原市に移る。
 真夜中の線路は、イギリス清教に所属する修道女や魔術師が行き交いにわかにごった返している。
 せっかくいらぬ覚悟をしてまで啖呵を切ろうと思ったのに空振りに終わってしまったステイルは、
 やや肩を落として気絶している恭介のすぐ近くまでやってきていた。

対馬「負担をかけた足と強打した背中にずいぶんと負荷がかかってたけど、ある程度は取り除いたわ」

 と、これまで彼の治療に当たっていた対馬が、額を伝う汗を拭いながら言った。
 礼を言ってから、ステイルは恭介の額に手を伸ばす。
 そして考える。彼の記憶を、どうすべきかを。

杏子「……なに考えてんだ?」

ステイル「彼は一般人だ。もし魔女を見たり、美樹さやかに起こったことを見てしまっていたら……」

杏子「記憶を消すつもり? そんなこと出来んのかよ?」

ステイル「……出来るさ。一年単位で記憶を消すとなると、星の巡りやきちんとした霊装、結界も必要になるけどね」

杏子「やけに手馴れてるじゃん。こーいうの(記憶の消去)は慣れっこですってか?」

ステイル「……」

 その言葉を聞いて、ステイルの動きがピタリと止まった。
 それをどう受け止めたのかは分からないが、杏子はばつの悪そうな顔になって、

杏子「……悪かったね、別に非難してるわけじゃないんだけどさ」

ステイル「……いや、君が気にすることじゃない」

 そう言うと、ステイルはふたたび手を動かし始めた。
 恭介がどれだけの事実を知っているかは分からないが、精神は不安定のように見える。
 ならば早い内に記憶を消してしまうべきか? 幸いこれだけの人数が揃えば、今日の分の記憶を曖昧にすることで、
 悪い夢を見ていた、程度のことに思わせることは可能だ。

761: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:28:42.82 ID:hjeVn6zLo

杏子「……アタシはさ」

 ポツリと、杏子が言葉を漏らした。

杏子「アタシは、そこのボーヤと深い関わりがあるわけでなし、会話した事だってないけどさ」

杏子「こんな夜更けにさやかの事が心配で駆けつけて来たんだろ?」

杏子「ボロボロの足と、ろくに回復してない体力で」

ステイル「……それとこれとで関係があるのか?」

杏子「大有りだよ。アタシがコイツなら、知らなかったことにされたくないって思うはずさ」

杏子「何も知らないまま終わりたくないって。いや、むしろもっと巻き込んでくれってさ」

 ……気持ちは分かる。
 事情を知らないまま状況に流されてしまうことの恐ろしさは、ステイルも身に染みている。
 親しい者が深い事情を抱えていたら、確かに巻き込んで欲しいと思うだろう
 そして巻き込まなかった結果が、さやかの魔女化だ。

ステイル(どちらにしても、事情を知っていてもらったほうが安全か)

ステイル(変に記憶に干渉して、妙な動きをとられても困るのはこちら。だったら……)

ステイル「……やれやれ」

 呟いてから、袖に隠し持っていた十字架の霊装を手に取る。
 それを宙に放ると、右手を一閃。
 目の前に現れた火の玉に呑まれて、瞬く間に十字架が灰になった。

ステイル「僕も甘くなったものだね」

杏子「……なんだよ、アンタ結構イイヤツじゃん」

ステイル「君ほどじゃないさ」

 おい、霊装代ちゃんと払えよな! などという外野の突っ込みを無視してステイルは立ち上がった。
 正直上手く説明できる自信はないが、後悔するよりはマシだ。常識なんてクソ食らえ。

762: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:29:17.47 ID:hjeVn6zLo

――などとステイルが独断行動している頃、イギリスでは。
 レイチェルがいなくなったことを確認したローラが、テーブルの上――正確にはそこに座り込んだキュゥべぇを指で突いた。

ローラ「せっかくの和気藹々たる雰囲気が台無しになりけるわよ、まったくもう。それで用件は?」

QB「ひどいなぁ、僕と君の間柄じゃないか。そんなに邪険に扱わないでくれてもいいだろう?」

ローラ「いーから用件を述べなさいな」

QB「やれやれ。じゃあ言うけど、君の目論みは成功しないよ」

 ローラが黙り込む。その様子を観察しながら、キュゥべぇは言葉を続けた。

QB「仮にただの歌に希望を込めたとして、それがグリーフシードに干渉するとしよう」

QB「込められるエネルギーはどうせわずかだろうし、量が足りなくて絶望に弾かれるのがオチだね」

QB「数千人単位でやれば話は別だけど、それでもあらかじめある絶望を払いのけないとどうにも出来ないだろう」

QB「確かに、君が集めた情報を駆使すれば希望を宿すことでグリーフシードをソウルジェムに変換できるかもしれない」

QB「しかし残念ながら、君たちには手札が少なすぎる。クイーンだけじゃチェスは勝てないのと同じさ」

ローラ「……リドヴィアお嬢ちゃんたら、あれほど盗聴は避けたるように言いしたというのに」

 面白くなさそうに言うローラ。
 意味ありげに手元にある資料に目を通しているが、あれは何の意味も無いただの報告書だ。
 あれを見たって何も得られやしない。恐らくだが動揺を悟られまいとして、仕方なくああやって集中しているのだろう。

QB「……分からないのは、なぜ君が魔女を魔法少女に戻そうとしているかだ。実は善人でしたなんてオチじゃないだろうしね」

 そこでローラはため息を吐き、ばっと資料をテーブルにばら撒いた。
 そして降参と言いたげに両手を上げ、口を開く。

ローラ「話したるわよ、全て……まったく」

763: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:30:09.92 ID:hjeVn6zLo

 ニィッ、と笑みを浮かべて、ローラは語る。

ローラ「私が望みしことは、単純明快……魔法少女のリサイクルよ」

QB「……魔法少女の、リサイクル? 戦力が欲しいのかい? 魔法少女は確かに強いけど、君らだって十分強いはずだよ?」

ローラ「あらあら、魔法少女システムを作りし存在のくせに魔法少女の存在意義を忘れたりて?」

 魔法少女の存在意義。
 それは緩やかに死へと向かう宇宙を救うために魔女へと昇華させ、
 その際に生じる希望と絶望の相転移によって生まれる膨大な量のエネルギーを産ませること。
 まさか、ローラの言うリサイクルとは……

QB「……一度魔女になった魔法少女を、もう一度魔女にするつもりかい?」

ローラ「ええ、もちろん」

QB「僕らとしてはありがたいけどね。だって発生するエネルギーは僕らにしか回収できないんだから」

ローラ「全ての『カナメ』たる鹿目まどかが魔女になりてノルマが達成されし際はいくらかを譲渡するという契約なりけるわよ?」

QB「……確かに、その時には三割程度で良ければ君たちに譲渡するし、回収方法も教えるけど……」

QB「まさか君は、彼女を二度も絶望の淵に叩き落すつもりなのかい?」

ローラ「いえーす☆」

 馬鹿げている。
 感情を持たないキュゥべぇだが、流石にこのときばかりは呆れるという言葉の意味が心底理解できた。

QB「彼女が魔女になれば、どれだけの災厄が齎されるか想像できるかい?」

ローラ「その様子だと、ある程度は察したるようね」

764: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:30:39.22 ID:hjeVn6zLo

QB「もちろんさ。彼女が魔女になった暁には、その日の内にこの星を丸ごと飲み込んでしまうだろうね」

QB「エネルギー回収が済んだ僕らにしてみればどうでもいいことだけど、君らはそれじゃ困るんじゃないかな?」

ローラ「だからそのためにエネルギーを使いけるのよ」

QB「まどかが魔女になった際に得られたエネルギーを使うにしても、それだけでどうにか出来るはずがない」

ローラ「そこは魔術の力の見せ所、というわけね」

 ……仮に、彼女の言うような魔法少女のリサイクルが可能だとしよう。
 いや、理論上は可能だ。しかしその余波で、少なくとも見滝原市……いや、群馬県、あるいは日本が消滅するかもしれない。
 それらの犠牲を見据えた上で、この発言だ。
 一瞬でも彼女が善人である可能性を疑った『自分』が馬鹿馬鹿しく思えてきた。今なら感情さえ持てそうだ。

QB「それで、魔女を戻す戻見通しは立ったのかい?」

ローラ「……」

QB「無理なんだろう。やれやれ、君はもう少し理想と現実を分けて考えることが出来る人物だと思っていたんだけどね」

 俯くローラに『失望を覚え』つつ、キュゥべぇは尻尾を振りながら床に降り立った。

 そしてローラに背を向けて、その場を立ち去った。

765: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:31:51.97 ID:hjeVn6zLo

――しばらくの間俯いていたローラは思い出したかのように顔を上げて背後を振り返った。

ローラ「もう良いわよ、出てきたりても」

 すると突然目の前にある空間が歪み、一人の人間が現れた。
 180cm超えの、大柄の男だ。なぜかアロハシャツを着て、どぎついサングラスまでかけている。
 聖堂にはまったく不釣合いな格好をした男――土御門元春は、大きな欠伸をしながら肩をすくめた。

土御門「まったく、危うく忘れられたのかと思っちまったぜよ。おかげで足がぷるぷるだにゃー」

ローラ「素で忘れてたわ」

土御門「……あ゛?」

ローラ「メンゴメンゴ」

土御門「……もう一度その背中に刃を突き刺してやろうかこのクソアマ」

 かつて、大きな争いがあった。

 組織の利益を重んじて全てを利用しようとした女と。
 自分の目的のためだけに全てを利用しようとした男の争いだ。

 その闘争はだんだんと激化していき、とうとう魔術と科学の全面戦争に発展する間際まで状況が悪化した時。

 自分の義妹とその周りの世界を守るためだけに。

 土御門は自分が仕えていたはずの女、イギリス清教の最大主教、ローラ=スチュアートを背中から刺した。



 ……もっともその時の刃は、彼女の肉体に突き刺さるどころか髪に傷一つ負わせずに砕けてしまったのだが。

766: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:33:16.44 ID:hjeVn6zLo

ローラ「おおこわいこわい。あれのせいで人に背を向けたることがトラウマになりてよ? ローラ悲しい! およよ~」

土御門「さっきまで俺に背中向けておきながら……チッ。やはりお前の考えは理解出来ん」

ローラ「フフン、褒め言葉として受け取りたりておくわ」

土御門「それで、わざわざ俺を呼んだ理由はなんだ? 俺は正式に学園都市の人間になったんだがな」

ローラ「安心しなさいな。今回用があるのは、正確に言えば土御門の友人なりけるのだから」

土御門「友人? いやまて、まさか……“あいつら”は利用しないと誓ったんじゃないのか?」

 ローラ言葉から真意を察した土御門が、訝しがるような視線を彼女に向けた。
 だが彼女は気にすることなく続ける。

ローラ「利用ではなく、手助けのお願いたるわよ」

土御門「“あいつら”は人に牙を向く『死霊秘法』の魔導書を“ぶち壊して”やっと学園都市に戻ったところだぞ?」

ローラ「だからほんのちょーっとだけにつきよ。本来であれば、力を借りるつもりは無かったのだけれども」

ローラ「全てが手遅れになりける前に、確証を欲しただけのこと」

土御門「で、力を借りるのか? 毎度毎度“あいつ”に依存しているようじゃ、イギリス清教もお先真っ暗だな!」

 自然と声に力が入る。当然だ、コイツの目的が先ほど述べた通りのものならば絶対に止めねばならない。
 その気になればいつでもポケットに忍ばせたナイフを取り出せるように身構えた。
 この女相手に通用するわけない、とは言い切れない。なにせこの女は“彼ら”と戦った際に力を根こそぎ奪われたのだ。
 “あの時”は出来なかった。だが今ならば、殺せる。
 だがローラはそんな思惑を知ってかしらずか、楽しそうに人差し指を立てた。

767: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/23(火) 23:35:33.35 ID:hjeVn6zLo

ローラ「一回」

土御門「は?」

ローラ「一回で十分よ。実証さえしたれば、あとは再現するのみになりけるのだから」

 ……つまり、あくまで“彼ら”任せにするつもりはないということか。

ローラ「そのナイフで私を殺したるなら四回程度は突き刺す必要がありけるけど、まず刺さるかどうかが怪しきものね」

土御門「チッ、お見通しってわけか」

土御門「……分かった。ちょっと待ってろ」

 しぶしぶポケットから携帯電話を取り出すと、土御門は慣れた手つきで“とある少年”に電話を繋いだ。
 通話相手に簡単に事情を説明してから、ローラに携帯電話を手渡す。
 ローラはそれを受け取ると、背筋にナイフを突き立てられたかと錯覚してしまうほどに禍々しい笑みを浮かべた。



ローラ「……こんばんわ。そちらではもう丑三つ時に差し掛かろうとしていたるのに悪きことね」

ローラ「……ええ、そうね。それじゃあ久しぶりね、と言いうておくべきかしら?」


――そしてローラは、その者の名を口にした。

781: いかん、重すぎ笑えない 2011/08/27(土) 04:00:10.49 ID:MvUQlNx5o

――学園都市の、とある寮でのお話

「おいインデックス、いい加減に準備済んだか? 時間に遅れちまうぞ?」

「もうちょっと待って欲しいんだよ。あと角度を少し傾ければこの服がスーツケースの中に……むー!」

「あのなぁ……どうせ修道服着たままなんだからそんなに服持ってく必要ねーだろ。というかいい加減脱げよそれ」

「むむっ!? とうまはこの形だけの歩く教会が指し示す物がなんなのかを理解してないかも!
. この修道服は今でこそ魔術的価値は無いに等しいけど、未来の最大主教の象徴の一つでもあるんだよ!」

「インデックスが未来の最大主教ねぇ。イギリスもよっぽど人手不足なんだろうな……ってかなんでその布切れが象徴なんだよ」

「あえて魔術的防御機能を持たないことで、イギリス清教の懐の深さと隣人愛に対する……とうま、聞いてるの!?」

「はいはい聞いてますから急いでくださいねインデックスさん。俺たちだって遊びで行くわけじゃねーんだから」

「そういえばこれから行く場所ってどこなの? まだ聞いてなかったかも」

「あのオバサンが言うには……えーっと、そうそう」



「群馬県の、見滝原市だってさ」

782: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:00:37.46 ID:MvUQlNx5o

――美樹さやかが魔女になったのを見届けたまどかは、一人で力なく登校していた。

まどか(さやかちゃん……魔女になっちゃったなんて。わたし、どうしたら……)

「やぁ鹿目さん、おはよう」

 突然真後ろから声をかけられて驚いたまどかが振り返ると、そこには頭を包帯でぐるぐると巻いた恭介の姿があった。

まどか「えっと……うん、そうだね。怪我、大丈夫?」

恭介「この杖が守ってくれたんだ。凄い頑丈だよね。何で出来てるんだろ?」

 恭介は傷一つない杖――この世に存在しない物質で作られた物――を包帯のされた左手で撫で回した。

恭介「それから、話も聞いたよ」

まどか「じゃあもしかして……」

恭介「うん。魔法少女とか魔女とか、色々教えてもらったんだ。さやかが抱えていた事情も、ジレンマも」

 思わず恭介の顔をまじまじと見つめてしまう。
 その表情に後ろめたさや疎外感を覚えたが故の嫌悪感、失望等の感情は見られない。
 むしろどこかすっきりしていて見えた。

まどか「……上条君は、これからどうするの?」

恭介「どうしようかな?」

 陽気に笑いながら恭介が言った。無神経な恭介の態度にまどかは内心で腹を立てる。
 それを悟られないように顔をそらして、まどかは再び歩き始めた。

まどか「どうしようかなって、さやかちゃん、魔女になっちゃったんだよ? そんな悠長な……」

恭介「うん、そうだよね。だからちょっと忘れ物を取りに行ってこようと思ってさ」

まどか「え?」

恭介「それじゃ先生によろしく!」

 まどかが立ち止まって恭介の方に顔を向けた。すでに恭介の姿は何メートルも向こうにある。
 呼び止めようとするが、それよりも早く彼は杖を収納して走り始めていた。

783: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:01:37.36 ID:MvUQlNx5o

――友を思う彼の行動を非難できる者が、どこにいようか。しかし不幸なことに、不運は連鎖する。
 さやかであった魔女の監視をしていた五和は、自分の情けなさに自己嫌悪していた。

五和(だめです、私。ここに来てからケチがつきっぱなしで……)

五和「本当、だめだなぁ……」

『だったらいっそ、死んだほうがいいよね』

五和「死んだ方が……って、十字教の人間として自害をする考えは……へ?」

建宮「何か言ったか?」

 違和感に気付き、五和は咄嗟に地面と空に目を凝らした。
 空間が歪み、さらに目の前にはどこかで見たことのあるデザインの巨大な門が構築されている。

建宮「っお、こりゃあどう見たって魔女なのよな……気配を断ってたのか?」

五和「結界はあくまで内側にしか作用してませんから、多分死角を突かれたんじゃないでしょうか?」

建宮「なるほど、いずれにしたって女教皇様がいない状態でコレは不味いのよ」

 門の内側から人の形をした使い魔が繰り出される。
 その動きは酷く緩慢としているが、その大きさに見合わぬ力が込められているのを五和は見抜いた。

五和「もしかしてこれ、人間の魂を」

建宮「考えるなよ。いずれにしたって、倒さなきゃならんのだからな」

 リラックスした動きでそれぞれの得物を握ると、二人は魔女のその手下と対峙した。
 高位魔術師ならばともかく、彼らだけでは分が悪いことは一目瞭然。
 しかし別件で動いている神裂に力を借りることは出来ない。とすれば異常を察知した仲間が来るまで持たせるしかない。
 二人は武器を構えると、前かがみになった。戦いが始まる。

784: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:02:33.59 ID:MvUQlNx5o

――臨時的な司令塔と化したステイルの部屋には、アニェーゼとステイル、そして佐倉杏子がいた。
 魔術師代表と修道女代表、そして魔法少女代表として、即席の議場を展開している。

ステイル「ジェムに蓄積される穢れ、あるいは濁りが絶望であるならばそれを消したらどうなんだ?」

アニェーゼ「それじゃどうにもならないってのがキュゥべぇの言葉でしょう。論外ですね」

ステイル「だから希望を注ぎ込めばいいのだろう。魔術で精神を……ちっ、感情が無ければ出来ないか」

杏子「そもそも希望を抱いたってソウルジェムは綺麗になんないっての。なるんなら魔女狩りなんてやらないし」

ステイル「絶望と希望は等価値じゃないのかまったく……そういえば、魔力を使ってもジェムは濁るな」

杏子「そりゃそーでしょ」

ステイル「……おかしいんじゃないかい? どうして魔法を使うと濁る?」

アニェーゼ「無意識の内に疲労して絶望でも溜め込んでんじゃねーですか?」

ステイル「そこだ。無意識の内に溜め込んだとして、それがいつまでも残っているというのは妙な話だろう」

杏子「そお?」

アニェーゼ「言われてみれば確かに。その日その日でムカムカすることはあってもそんな引きずったりはしませんね」

ステイル「そうだ、僕達人間は絶望を溜め込んで自爆したりはしない。気付かないうちに解消されているはずだ」

アニェーゼ「難しい話ですね……ちょっと茶にしませんか?」

ステイル「……紅茶を淹れよう。あと棚にお菓子があったはずだ」

杏子「お、マジで? サンキュー!」

アニェーゼ「はしゃがないはしゃがない」

785: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:03:07.21 ID:MvUQlNx5o

杏子「この紅茶うめー!」

ステイル「それはどうも……さて、話を戻すが。ジェムが穢れていると魔法少女は不安定になったりするのかい?」

杏子「んーズズズッ……っとね。不安に思う奴はいても情緒不安定になるやつはいねーんじゃない?」

ステイル「そうか。確かに、巴マミは安定していたけどね……」

 彼女の姿を思い浮かべて、ステイルは感慨深げに目を細めた。
 無意識の内に彼女の形見であるグリーフシードを指でなぞっていると、

杏子「アイツはイイヤツだったしな。才能もあったし、覚悟はあれだけど。あと寂しがり屋でさ」

ステイル「……知り合いだったのかい?」

杏子「昔ちょっとな。魔女に殺されたって聞いて驚いたけどさ、最初に思ったことがこれまたおかしくてさ」

杏子「最期まであいつは、誰かのために行動してたんだろうな。あの善人め……って感じでね。へへっ」

ステイル「……確かに、そうだろうね」

 珍しく神妙そうに言う杏子の横顔を見ながら、ステイルは物思いに耽る。
 巴マミが最期に何を思い、何をしていたのかはステイルには分からない。
 もしかしたらジェムが限界を超えて魔女に至ったのかもしれないし、何か嫌なことがあって絶望したのかもしれない。
 いずれにせよ、杏子には彼女が魔女へと至ったことは伏せておこう。

アニェーゼ「……絶望が溜まってるんじゃないとしたら?」

 ぽつりと、アニェーゼが呟いた。

アニェーゼ「絶望することによって、何かが『溜まる』仕組みだとしたら、どうなんです?」

ステイル「……キュゥべぇはいけ好かないが、基本的に嘘は吐かないと思うよ。なによりメリットが無い」

アニェーゼ「だからですよ。キュゥべぇ達ですら理解しきれない物があるとしたら、話は変わるんじゃねーですか?」

786: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:03:44.44 ID:MvUQlNx5o

――一方その頃、バチカンでは。
 結局現ローマ法王であるペテロに許可を取ってバチカンに腰を下ろしたリドヴィアは、通信霊装片手に顔を顰めた。

リドヴィア「……歌に込めるのは希望ではない、と? それはどういうことなので?」

ローラ『そのままの意味よ。希望なんて曖昧かつてきとーなものは込めずとも上手く行きたるわ』

リドヴィア「ですがあなたが希望を注いで見てはどうか、と。結果的に希望を込めることは出来ませんでしたが」

ローラ『そもそも考えてもみたりなさいな。人間が絶望を抱いたからって、溜まり続ける一方ではなしよ?』

リドヴィア「……結論から述べてくださいませんか?」

ローラ『穢れは絶望ではない』

リドヴィア「ではあなたの得た情報と食い違う点が出るのでは?」

ローラ『奴らとて魂の何たるかを理解したりてはいないのが現状。でなければ感情の操作だって自由なりけるはずよ』

リドヴィア「……では、穢れとは一体?」

ローラ『魂が人の身から離れたが故に生じる『バグ』、あるいは垢よ。純正の魂にある浄化機能がソウルジェムにはなし
      だから定期的に別の器に移し替えたるのね。そして穢れは負の感情や力。絶望や呪いに依りて生まれけるわけね』

リドヴィア「魔女になるのは絶望によってジェムが穢れ切るからでは? 魔法の使用もありますので」

ローラ『発生時期が絶望と同時期ならば大体同じたるわよ。後者の場合も回復がされずということになりけるわね』

リドヴィア「……何時頃お気づきになられたので?」

ローラ『インキュベーターと取引したる情報を整理していた際に。正確に言えば三時間前になりけるわね』

リドヴィア「ふむ、それで歌には何を込めればよろしいので? あと出来る事と言ったら、攻撃か――」

リドヴィア「……申し訳ありませんが、バグの件をもう一度、詳しくお願いしますので!」

787: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:04:28.58 ID:MvUQlNx5o

――見滝原市のボロアパート

アニェーゼ「魂が生身の身体から離れた結果ってーことはですよ。本来ある何かが足りてないわけなんですよ」

ステイル「つまり?」

アニェーゼ「自浄作用ですね。『バグ』によって蓄積される穢れは本来ならそれによって浄化されるもんだったって推測です」

杏子「よく分かんねーけど、ばい菌殺す免疫機能みたいなの?」

アニェーゼ「その答えは、イエスですね。要は勝手に弄られて魂がおかしなことになっちまってるわけです」

杏子「ふーん」

ステイル「……じゃあ希望と絶望は? あのエネルギー云々はどうなる?」

アニェーゼ「言ったばっかじゃねーですか。キュゥべぇが魂を理解出来てないから推測で物を言ってるって」

ステイル「だとして、なぜバグによって生まれた穢れが消えれば魔女は死ぬんだ」

杏子「それも立派なエネルギーだからじゃねーの? 呪いも似たようなもんだし」

ステイル「なおさら手詰まりというわけか……」

 今の議論で得られた収穫といえば、無理やり希望を注いでも元に戻らないということだけだ。
 いっそのこと生命力を魔力に練成し直して注ぎ込む方法も考えてはみたが、既にさやかで試している。
 ソウルジェムは変わらなかった……あの時はあくまで精神に作用させたのだが、精神=魂だと考えればおかしくはない。

杏子「……言っとくが、アタシは諦めねーぞ」

 そう言って、杏子は布団に横たわるさやかの頭を撫でた。
 アニェーゼ部隊の修道女が一定間隔で生命力を魔力に練って、送り込む途中で生命力に練り直すことで鮮度を保っている。
 とはいえさすがにそれでも不味いので、結界の類も張り巡らせてはいるのだが。

ステイル「……魔女の様子が気になるな。一旦天草式と連絡を」

 ステイルの言葉を遮るように、ピンポーン、と間の抜けた機械音が部屋に響き渡った。
 連絡をアニェーゼに任せて玄関の扉を開けると、そこにはまどかと……なぜか中沢の姿が。
 妙な組み合わせに首を傾げつつ、ステイルは二人を玄関の中に招き入れた。

788: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:05:24.37 ID:MvUQlNx5o

ステイル「どうしたんだい、二人して」

中沢「見舞い。でも元気そうじゃん、風邪治ったのか?」

ステイル「……まぁね」

まどか「ごめん、ちょっと長い話になるけど良いかな? すぐに終わるから」

中沢「あー、良いって良いって。じゃあ俺外で待ってるよ」

 そう言って、何故か中沢は玄関を出るとその脇に座り込んだ。
 どうやら本気で待つつもりらしい。落ち込んでいるまどかを励ますように、冗談の一つでも言ってあげるべきか。

ステイル「ずいぶん健気じゃないか。君に気でもあるのかい、彼」

まどか「一人で下校するの、ダメなんだ。だからついてきてくれてるの」

ステイル「……なんだって?」

 中学生にもなって単独下校禁止というのは、なかなかお目にかかれない事態のはずだ。
 それこそ身近な場所で事件でも起こったとか、変質者が現れたとか、生徒の身になにかあったか……

まどか「上条君の行方が分からないの。駅で姿を見かけたって話が最後で……さやかちゃんの件もあるから……」

 血の気が引くのを感じたステイルが踵を返すより先に、アニェーゼが血相を変えて部屋から飛び出してきた。

アニェーゼ「魔女を逃しちまったみてーです! 駅から離れて、結界に隠れながら闇雲に――」

 ほとんど同時に、ステイルの持っていた携帯電話が弱弱しい振動を起こす。手に取り回線を繋げると、

ローラ『ハロー♪』

ステイル「……何の用だ、女狐が」

789: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:06:14.92 ID:MvUQlNx5o

ローラ『美樹さやかの魔女、取り逃がしたそうね』

ステイル「ッ! なぜ貴様がそれを……天草式の報告か」

ローラ『そろそろ決断したる時よ』

ステイル「なに?」

 ローラの声色が変わる。
 電話越しに伝わってきた気迫に、大人しくしていたまどかとアニェーゼが姿勢を正した。

ローラ『諦めて魔女を殺し楽になりけるか』

ローラ『美樹さやかを地獄の底から引きずり上げたるか。どうしたる、ステイル?』

ステイル「……手があると?」


ローラ『チャンスをやりけるから何とかしろ。できなければ、私が何とかしたるわ』


 遡ること半年近く。去年の十月三十日。
 彼はまったく同じ言葉を、ローラ=スチュアートの口から聞いたことがある。


ステイル「……言われなくても、それは僕がずっと夢見てきた希望だ!!」


 そうだ。“誰か”を救えるような人間になる。それはステイル=マグヌスが諦め、しかし心のどこかで夢見てきた物だ。
 チャンスがあるならばやるしかない。勝算などクソ食らえ。魔術師たる者の振る舞いなど知ったことか。

ローラ『巴マミには感謝しておきたりた方が良いかしらね。良き方向へ成長したりけるようで、私は嬉しいわよ』

ローラ『“新たなる光”を使いとしてそちらに送りたわ。到着次第説明を受けたりなさい』

ステイル「……分かった」

ローラ『期限はそちらの時間で十八時まで。無理なら『実力行使』で排除したるわ。良き報告を期待したりけるわよ?』

790: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:07:47.00 ID:MvUQlNx5o

――物語は加速する。
 遅れてやってきたシェリーと共に門の姿をした魔女を撃退した五和らは、すぐさまさやかであった魔女を追いかけて包囲した。
 ステイルたちとも合流して確認してみたが、幸い一般人に被害は出なかった。いずれにしても油断は出来ない。

建宮「それで、策ってのは? 美樹さやかを救う手立ては確保出来たのよな?」

ステイル「……出来たらよかったんだけどね」

 と言って、ステイルは隣で可愛らしく『尻尾』をふりふりさせているレッサーの頭をポンポン叩く

レッサー「いやーそんなこと言われましても。私はあくまで『十字架』を運べとしか言われてませんし」

 首に提げた十字架をぷらぷらさせる。
 あまりにも能天気な反応に、杏子とまどかがため息を吐いた。

杏子「役に立たねーやつ」

レッサー「むむっ、それは心外ですね。よろしい、こうなったら私の悩殺お色気シーンをふひゃあいっ!?」 ガンッ

ステイル「黙ってろ。この十字架はローマ正教の技術が込められた物らしいが、これをどう扱えばいいのやらでね」

アニェーゼ「一応これには道標とか目印とかってー魔術的要素があるんですが、さすがに使い道までは……」

杏子「なんだそりゃ。アンタらの上司に連絡つかないの?」

ステイル「ついたら困ってないさ。僕らだけで解決させたいようだね」

アニェーゼ「去年の夏に、これと同じ仕掛けで裏切り者を攻撃して失敗しちまったみたいな話がありましたね」

ステイル「そんなもの記憶には……いや、あったな。十三騎士団を介したグレゴリオの聖歌隊による超長距離砲撃が」

五和「あれって大陸間弾道ミサイルや学園都市の衛星レーザー砲みたいな物ですよ!?」

アニェーゼ「いえ、攻撃性に変質させた魔術だから砲撃になっちまうだけです。その気になれば応用も利くはずですが」

ステイル「……最大主教は、バチカンにまで手を回しているのか? ともかくもう少し策を練ろう」

791: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:08:47.95 ID:MvUQlNx5o

――物語は加速する。
 既に時刻は十七時三十分を回っている。
 陽は沈みかけ、辺りは真っ赤に染まっていた。

アニェーゼ「あれだけ議論して、結局親友に呼びかけさせつつ十字架を配置するだけってんだから笑っちまいますね」

建宮「感情が無いなら呼び声に応えることもないと思うのよな」

まどか「お願いします。わたし、ただ見てるだけなんて嫌なんです!」

ステイル「……魂はまだそこにあるんだ。だったら可能性に賭けてみようじゃないか」

杏子「で、結界に突入するメンバーはどーすんのさ?」

ステイル「天草式とアニェーゼ部隊はバックアップ兼上条恭介達の捜索。入るのは僕と君、鹿目まどかと――」

 そこでステイルは後ろを振り向き、すぐそばに植えられた木に目を向けた。
 視線に気付いたのだろう、木の陰からばつの悪そうな顔をしながらほむらが姿を見せた。

ステイル「暁美ほむら。君も来るかい?」

まどか「ほむらちゃん、来てくれるの?」

 なぜか大きなショルダーバッグを提げたまどかが、喜色をあらわにほむらに声をかけた。

ほむら「……今回の件は私にも責任があるわ」

杏子「なんだよ、良いトコあるじゃねーか」

ほむら「ふん」

 ほむらを交えた四人は、建設途中のビル、その外壁に辿りつく。建宮とレッサーの二人はここで待機だ。
 団子をくわえた杏子が槍を作り出して斜めに一閃させる。結界への入り口が切り開かれて、道が繋がった。
 杏子が先陣を切り、ステイルが殿を務めるような形で進入するその瞬間、

レッサー「あ、そー言えば中心核に十字架をブッ刺せとか言ってたような――」

 そんな声を聞いたステイルは、帰ったらあのなんちゃって尻尾小娘に炎剣を叩き込んでやろうと一人決意した。

792: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:09:28.76 ID:MvUQlNx5o

――物語は加速する。
 事前の調査で判明している通り、結界は中心部まで一直線に通路で繋がっていた。
 魔女の下まであと半分というところまで差し掛かると、杏子は立ち止まって槍を肩に置きつつ後ろの三人に振り返った。

杏子「ここまで来てから言うのもなんなんだけどさぁ、アタシらって互いのことよく知らなくない?」

まどか「そういえば杏子ちゃんとはまだちゃんと挨拶してないね」

ステイル「暁美ほむらとも、きちんと腹を割って話をした覚えがないね」

ほむら「自己紹介ならしたでしょうに」

杏子「いいじゃん、改めて自己紹介しよーぜ! さやか救ってからよく知らない奴とハイタッチなんて嫌だし」

 さやかのことは救えることが前提なのか? と首を傾げるステイルだが、さすがに口に出しはしない。
 ああやって自分を励ますことは誰にだって良くあるものだ。だからステイルはそれに乗ってやることにした。

ステイル「それじゃあ改めて自己紹介をしようか。僕はステイル=マグヌス。イギリス清教所属の魔術師だ」

ステイル「年齢は十五、好きな物はタバコで、嫌いな物は禁煙席と禁煙スペースと自動喫煙法」

杏子「十五で愛煙家ってどうなんだよ……」

ステイル「美樹さやかを救えなかったら、僕はもうタバコを二度と吸わないと誓おう」

 おーっ! と杏子の口から歓声が上がる。まどかとほむらは苦笑するだけだ。

杏子「んじゃ次アタシな。アタシは佐倉杏子! 好きなことは食べること! 嫌いなことはいろいろ!」

杏子「なんだかんだで愛と勇気が勝つ王道みたいなのに憧れちゃっててさ。さやか救えたら神様信じるよ、ホント」

 照れくさそうに笑いながら、杏子はまどかを肘で突いて促した。

793: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:10:14.43 ID:MvUQlNx5o

まどか「えっと……それじゃあ、わたしは鹿目まどかです。魔法少女じゃないし、特技とかもないけど……」

まどか「さやかちゃんのことを救ってみたいっていう気持ちは、本物だから。私に出来ることがあったら何でもやります!」

ほむら「ブフッ!?」

杏子「うわっ、汚ねー!」

 ほむらが噴出した唾を肩に浴びて、嫌そうな顔をしながら杏子が手で拭う。
 それから彼女は何度か咳払いすると無表情を取り繕って口を開いた。

ほむら「暁美ほむら。魔法少女よ」

杏子「……あ?」

ステイル「……まさかとは思うが、それだけかい?」

まどか「えぇー、それはないよほむらちゃん」

 皆から非難されて、ほむらは渋々何かを考えるように顎に手を当てた。

ほむら「……固有魔法は、私と私が触れている物以外の時間停止。好きなものは猫。嫌いなものはキュゥべぇよ」

 ゴソ! とまどかのショルダーバッグが蠢いたような……気のせいだろうか?

まどか「ほむらちゃんも猫好きなんだ! 実はわたしも猫好きなんだぁ」

杏子「アタシは犬派だけどなー」

 そんな会話を耳にしながら、ステイルは懐から何枚かの資料を取り出した。
 あの人魚の魔女はどこからともなく車輪を繰り出してぶつける以外はほとんど攻撃方法は無いはずだった。
 あの右手の剣は気になるが、拘束が解けない限り気にする必要はないだろう。となると、

ステイル(レッサーの言葉通りなら穢れ、つまり魔女の力を消すしかない……だが消せば魂も消え、ただの器になる)

ステイル(穢れを消すと同時にグリーフシードに魔力を流し込んで十字架を……難しいな)

ステイル(時間停止で魔力を、ああこれだとグレゴリオの聖歌隊の援護も出来なくなる。そもそもここまで届くのか?)

 和気藹々とした雰囲気をよそに、ステイルの不安は募る一方だった。

794: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:11:56.30 ID:MvUQlNx5o

 その頃、ローマ正教の本拠地であるバチカン、無事に修復を果たした聖ピエトロ大聖堂では。

ペテロ「……絶景だな」

 ペテロの目の前に居並ぶ3333人の信徒。それらが一斉に右手を胸の前に持ってきて、十字を切った。
 信徒が口を開き、祈りながら聖歌を歌う。淡い光が聖堂を満たし、空気が暖かみを持ち始める。
 グレゴリオの聖歌隊と言えば強力無比な砲撃というのが魔術サイドでの一般的な見解だが、実態はそうではない。
 あくまで祈り、歌い上げることで想いを強くさせ、魔術を増幅させるものだ。
 その基本は祈り。汝、隣人を愛せよ。という『神の子』の教えに基づく、他者に対する愛から来るものでもある。

リドヴィア「無礼を承知の上で申し上げます、ローマ教皇」

 傍らに跪いたリドヴィアが声をひそめて言った。

リドヴィア「この状況下であまり権力を誇示する発言はどうかと思われますので」

ペテロ「そうではない。私はただ異国の、それも異教徒の少女を救うためにこれだけの信徒が集まったことに感動したのだ」

 それを聞いたリドヴィアは満足気に頷くと、信徒達の輪に加わった。これで3334人である。
 いや、3335人か。とある術式を構築しながらペテロは信徒達の輪の中心に歩み寄った。
 そして信徒達と同じように胸の前まで右手を持ってきては十字を切り、祈り、口ずさむ。

ペテロ(イギリス清教の頂点、最大主教。全て貴様の思惑通りなのか? 前教皇ならばどうしただろうか?)

 ふとそんな不安が頭をもたげる。彼は前教皇であるマタイ=リースと違ってローラを完全に信用していなかった。
 このグレゴリオの聖歌隊による支援だって、リドヴィアからの申し出でなければ拒否していたところだ。
 もっとも、既に魔術サイドの勢力バランスなど崩れて、実質的にイギリス清教が全てを握っているようなもの。
 そのイギリス清教ですらローラに頼らねばどうにもならない状況なのだ。いまさら利害がどうのと気にするだけ無駄だろう。

 それに、と彼は微笑んだ。マタイならば、自分と同じ考えを持ってくれるはずだ。

ペテロ(ならば私は、私に出来ることをしよう)

 そしてペテロは、魔術を行使した。
 3335人の祈りを受けて、瞬く間に魔術の威力が増幅される。
 大聖堂から光の柱が伸びる。それは雲を突き破ると、上空に留まってさらに輝きを増していった。

795: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:12:37.40 ID:MvUQlNx5o

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

 バチカンに第二の太陽が現れたとの報告を受けたローラは、キュゥべぇを前にほくそ笑んだ。

ローラ「あの老人の後継者、想像したりけるよりも案外やりよるものね」

QB「……話を再開しないかい?」

ローラ「ええ、ソウルジェムに溜まりける穢れ、もとい魂の垢の話ね」

QB「その仮説は頷ける部分もあるけど、なおさら魔女を元に戻すのが難しくなるんじゃないかな?」

ローラ「すとーっぷ。長い話はつまらないので簡単に疑問を挙げたりなさいな」

QB「祈りがグリーフシードを再生させる根拠は? 確証はあるのかい?」

ローラ「無いから作りたるのよ」

QB「無茶苦茶だよ。障害である穢れはどうするんだい? 魂が死に絶える危険性は?」

 キュゥべぇの問いに、ローラは笑って答えた。



ローラ「少々卑怯臭いのがいかんともしがたしたれど、切り札を用意したりけるわ」

796: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/27(土) 04:13:33.85 ID:MvUQlNx5o

――時を同じくして、上条恭介は結界の中に迷い込んでいた。
 ステイルたちが動く際に生じた天草式のわずかな隙を、不幸にも無自覚の内に突いてしまったのである。

恭介「うーん……」

 ヴァイオリンの音を頼りにひたすら通路を歩きながら、恭介は唸った。
 ここがステイルから聞いた『魔女の結界』であることはまず間違いないだろう。
 一方で足の痛みは留まることを知らず、そろそろ歩くのも辛くなってた。

恭介(ここが行き止まりみたいだね)

 やがて恭介は一つの扉の前で立ち止まった。壁に寄りかかりつつ杖で押すが、扉は微動だにしない。
 ならばと体重をかけて押すが、やはりびくともしない。
 どうやら『魔法』の力で鍵が掛かっているようだった。
 今度は倒れこむように肩を扉にぶつけるが、やはり扉に異変は見られない。

恭介「まいったな、どうしよう……」

 立ち往生していると、二人の背後からその場に不釣合いな明るい声が聞こえてきた。
 一つは男、あるいは少年の声だ。もう一つは同い年くらいの少女だろうか

「ここって最深部近くじゃねーの? 俺に任されたのって中心部の天井に穴空けることとステイルの手助けなんだけど」

「魔力の流れを見るに、多分この空間は一直線になってるかも。上に行きたい場合は一回一回壊してくしかないんだよ」

「だあああメンドくせー! いくら俺の右手がありとあらゆる異能の力を――って、誰かいるな」

 恭介が振り返る。そこには男女……いや、性格には少年少女がいた。
 一人は黒髪でツンツン頭の少年だ。背は自分と同じくらいかやや低めだが、ガタイは向こうのがずっと良かった。
 もう一人は白い修道服を着た修道女だ。白銀の髪が証明に照らされて幻想的な雰囲気さえ醸し出している。
 少年はこちらの姿を凝視した後でこう言った。

「何故だか知らないけど物凄いシンパシーが! もしかしてあなたは生き別れの兄貴とかなんでしょーか!?」

「残念だけどそこの少年はいわゆるイケメンに値する容姿だからそれだけは絶対に無いと思うんだよ」


恭介「……調子狂うなぁ」

818: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:08:01.98 ID:Opl+aDL4o

ステイル「まいったね、どうも」

ステイル「こんな予定じゃなかったんだが」

 そう言って、ステイルは口の中に溜まった血と奥歯の欠片を吐き捨てる。
 それから彼はルーンが刻まれたカードを手に取ると、魔力を込め直した。
 “倒れたまま微動だにしない”佐倉杏子とまどかの身体を守るように配置されたカードから、炎が溢れ結界が構築される。

ほむら「……まさかここまで使い魔の演奏が強いだなんて」

 体中にすり傷を負ったほむらが、苦しげに呟いた。結界に突入した彼らはまず始めに使い魔の演奏を耳にした。
 無論、事前の調査であの演奏に人間の心を揺さぶる効き目があるのは知っていた。きちんと対策もしてきた。
 だが使い魔の演奏はその対策を上回る速度で杏子の精神を凌辱し、ぐちゃぐちゃにし、乗っ取ったのだ。

ほむら「死ななかっただけマシかもしれないわね」

 杏子の攻撃でステイルが傷付き、隙を突かれたほむらが車輪による攻撃で傷付いた。
 二人は状況を把握するとすぐさま連携して杏子を気絶させた。させたはいいが、今度はまどかが心を乱された。
 仕方なくまどかも気絶させて、今に至るわけである。

ステイル「……彼女、佐倉杏子がこういった幻惑や幻想に弱いとはね。トラウマでもあるのかな?」

ほむら「いずれにせよ、今彼女が戦うことは無理でしょう」

ステイル「やれやれ。背負った十字架といい、結界内にいる人間を戒める力でもあるということかな。困ったものだ」

ほむら「無駄話はそのくらいにしておきなさい。来るわよ」

 魔女の背後から車輪が現れ、目にも止まらぬ速度で襲い掛かる。
 それらをほむらと協力して迎撃しながら、ステイルは声を大にして叫んだ。

ステイル「君の魔法は後どれくらい使える!?」

ほむら「グリーフシードに余裕があるから何度でも!」

ステイル「上等っ……だぁ!!」

819: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:08:47.14 ID:Opl+aDL4o

 寸でのところで車輪をかわして、ステイルがカードをばら撒いた。
 そのままステイルは短く詠唱し、右手に炎の剣を作り出す。

ステイル「僕の手を掴んで魔法を!」

ほむら「分かったわ」

 ほむらがステイルの左手を握って魔法を発動する。周囲の物体が動くことを忘れたかのように止まった。
 そしてほとんど同時に、炎剣もばしゅっと音を立てて消えうせた。

ステイル「なっ、炎剣が……そうか、ルーンの効果が消えたのか!」

ほむら「役に立たないわね。どうするつもり?」

ステイル「だったら……僕の指示するとおりに運んでくれ」

 なかばステイルを引きずる形で、ほむらが結界内を跳躍して回る。
 特定の場所まで辿りつくとステイルがカードをばら撒き、さらに跳躍して別の場所にカードをばら撒く。
 それを何度か繰り返したところで、ステイルは感心するように唸った。

ステイル「これならいくらでもカードを配置することが出来るね。僕らって案外相性良いんじゃないかな?」

ほむら「私なら配置する前に引き金を絞るわ」

ステイル「……僕なら結界を張れるよ」

ほむら「私なら攻撃そのものを迎撃するわ」

ステイル「もしかして君ってつまらない子とか口下手とかよく言われないかい?」

ほむら「手を離すわよ」

ステイル「冗談だからやめてくれ」

820: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:10:17.84 ID:Opl+aDL4o

ほむら「それで、次はどうするつもり?」

 さすがに魔法を長時間使いすぎたのだろう、ほむらの頬から汗が流れ落ちる。
 それに気付いたステイルがさりげなく頭を撫でると、彼女はくすぐったそうな顔をしてから上目遣いで睨んできた。

ほむら「……なんのつもりかしら」

ステイル「なんとなくだよ。とりあえず魔法を解いてくれ。それから彼女達の護衛を頼む」

 魔法が解除される。魔女が車輪を操って、倒れたままの杏子たちに攻撃を加えようとする。
 それよりも早くその進路に回りこんだほむらが大型拳銃を引き抜くと、正確な照準で次々に撃ち抜いていく。
 撃ちもらした分の車輪は炎の結界が阻み、見る見るうちに灰へと変えていく。これなら当分持ちそうだ。

ステイル(よし、やるか)

 M  T  W  O  T  F  F  T  O  I I G O I I O F
「世界を構築する五大元素の一つ。偉大なる始まりの炎よ
   I    I    B    O    L    A   I   I   A   O   E
 それは生命を育む恵みの光にして。邪悪を罰する裁きの光なり
     I    I    M    H        A   I   I   B   O   D
 それは穏やかな幸福を満たすと同時。冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 魔女を取り囲むように配置されたルーンのカード、その数ざっと500枚。
 配置もおざなりなら数もそれほど多くはないそれらに、ステイルの魔力が行き渡り始める。

.  I I N F   I I M S
「その名は炎、その役は剣

  I C R    M  M  B  G  P
 顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――」

 詠唱が完了するのと同時に、死角から飛んできた車輪がほむらの背中を強打した。
 彼女は苦痛に顔を歪めながら、手榴弾を放ってステイルに襲い掛かろうとしている車輪を吹き飛ばす。
 これが終わったら彼女には改めて礼を言おう。
 目の前に出現した炎の巨人を見上げながら、ステイルは声高らかにその名を呼んだ。

.         イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス
ステイル「 ≪魔女狩りの王≫ ! 蠢く車輪を灰燼に帰せ!」

821: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:12:06.48 ID:Opl+aDL4o

 空気が爆ぜ、衝撃波が結界内の壁や床をビリビリと震わせる。
 4mを超す炎の巨人がほむらを庇うように前に出て、迫り来る車輪を全て焼き尽くした。

ほむら「ッ……熱いじゃないの」

ステイル「これでも威力は下げているんだ、勘弁してくれ」

 傷だらけのほむらの体にルーンのカードを貼り付ける。
 耐熱用の防護術式を掛けてほむらをフォローしながら、ステイルは魔女を睨んだ。

ステイル「まずはその鎧から剥ぎ取らせてもらおうか。やれ!」

 炎の巨人が、自分より一回り、二周りも大きな人魚の魔女にぶつかって弾けた。
 分散した高温の炎が魔女の身体を覆い尽くす。
 形容しがたい悲鳴が結界内にこだました。

ステイル「……火力が足りずにこびりつくかもしれないな。さやかの自我がないことを望みたいものだね」

ほむら「……そうね」

 ぼろぼろと、人魚の身体を守っていた鎧や鱗が焼け焦げ、その内側にあるであろう肉体にこびりついていく。
 不思議なことに『肉が焼ける』音や臭いはせず、ただ液体状の物がジュッ、と『蒸発』するような音だけが聞こえてきた。

ステイル「さて、ここからどうしたもの――!?」

 辛うじて残っていた魔女の右腕と十字架を繋ぎ合わせていた戒めが灰になって崩れた。
 魔女は自由になった右腕を力の限り振り下ろして、その手に持った剣で炎ごとステイルたちをなぎ払う。

ステイル「ぐぅっ、がああああぁぁぁ!」

ほむら「くぅう!」

 ルーンのカードが飛び散り、床が崩れる。そして魔女の右腕も同じように崩れていく。
 辛うじて空中で体勢を整えたほむらがいつの間にか両手にまどかと杏子を抱えて跳躍した。

ステイル(時間停止の魔法か、まったくうらやましい限りだね)

 そんなことを考えながら、ステイルも床――正確にはホール自体がぐるりと回転した結果、足元のある方へ移動した天井に着地した。

822: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:15:22.09 ID:Opl+aDL4o

 何気なく上の方に目を向けると、やはり天井がある。だが奥の方が少し湾曲していた。
 床があった場所の下にあった部分だ。どうやらこのホールは丸みを帯びた作りになっているようだった。

ステイル「イノケンティウスは……無理か。となると残ったカードで攻めるしか……」

ほむら「それでダメなら、諦めるしかないわね」

 まどか達を横たわらせながら、息も絶え絶えにしてほむらが言った。
 もう彼女達を守る術はない。後が無いのだ。次の行動を失敗すれば……
 その時、背後で何かが動く気配がした。
 ステイルとほむらが同時に振り返り、そして驚愕する。

まどか「……だめだよ」

 意識を回復して起き上がったのであろうまどかが、ショルダーバッグの中から這い出てきた白い生き物――
 キュゥべぇを抱きかかえて言った。

QB「きゅっぷい……いやぁ、窮屈だったよ」

ほむら「まどか! どうしてそいつを連れてきたの!?」

まどか「……わたしが願えば、さやかちゃんを助けることが出来るって」

ほむら「そんなのでまかせよ、無理に決まってる!」

QB「可能だよ。彼女に秘められた素質は本物だからね。ありとあらゆる条理だって覆せるはずさ」

ほむら「お前は……!」

 動揺するほむらを尻目に、ステイルは魔女の様子を窺った。
 魔女は落下してバラバラになった使い魔たちが演奏しなくなったことで悲しんでいるのか、ぴたりと止まったままだ。

823: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:16:58.98 ID:Opl+aDL4o

ステイル「……なるほど」

 ぼそっと、ステイルが呟く。
 最大主教の言っていたチャンスとは、つまりそういうことか。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ローラ『チャンスをやりけるから何とかしろ。できなければ、私が何とかしたるわ』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 この場合のチャンスとは、ただ単にさやかを救うためだけの物ではない。
 まどかが魔法少女になるのを防げるならば防いで見せろと、そういう意味も持たせていたのだ。

ステイル(クソッ、あの陰謀屋め!)

 神裂に与えられた言葉、『私たちに猛威を振るう存在であるかどうか判断し、処分するかしないか決めろ』とも辻褄が合う。
 彼女が魔法少女になれば最強の魔法少女になる。そしてそれは最強の魔女を産むことに繋がる。
 そしてその際、ローラに利益が渡る仕組みなのだ。チャンスとはそれを妨害する意味でのチャンスでもあったのだ。

ステイル(どうする、彼女を気絶させるか? いやダメだ、この場を凌げてもさやかを救わない限り意味が無い)

まどか「もう見てるだけなんて嫌だよ、わたしも助けてあげたいよ!」

ほむら「くっ……」

 いまだグリーフシードは見えず、穢れを取り除く方法も無く、十字架を取り付けることすら難しい。
 完全な手詰まりだ。杏子さえ無事ならば、どうにかなったというのに!

まどか「わたしが魔法少女になればさやかちゃんが救えるんでしょ? だったら……」

まどか「わたし、魔法少女になる!」

 そしてまどかが、キュゥべぇに向かって願いを口にしようと――

824: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:18:40.67 ID:Opl+aDL4o

――する前に、バキン! と、何かガラスのような物が砕ける音が鳴り響いた。
 その場にいた全員が、一斉に音がした方へと目を向ける。

恭介「これは……!」

 皆の視線を一身に受けながら、ホールに現れた上条恭介が唸り声を上げた。

まどか「上条くん!?」

ステイル「なぜ君がここにいる?」

恭介「ごめん、後できちんと謝るから……教えてくれ」

ステイル「何を……」

恭介「あそこにいるのが、さやかなのかい?」

 言葉に詰まったステイルが黙り込んだ。
 沈黙を肯定と受け取ったのだろう、恭介は杖をつきながらゆっくりと魔女に歩み寄っていく。
 それを阻むようにステイルが立ちふさがる。

ステイル「離れていろ。怪我人に出来ることはない」

恭介「そこをどいてくれ。僕はさやかに会いに来たんだ」

ステイル「ろくに体力も無いひ弱な一般人が、あまり調子に……?」

 ぐいっ、と。目の前にある戸を開けるように、簡単に。
 ろくに体力の残っていないはずの恭介が、30cm近く背の離れた大柄のステイルを“左手”で押しのけた。

ステイル「そんな力がどこに……?」

恭介「教えてくれ。さやかを救う方法は?」

 ステイルに背を向けて問いかける恭介の身体に、魔女の背後から放たれた車輪が襲い掛かる。
 それは普通の人間の動体視力の限界を超えた速度で彼の身に迫り――
 彼が杖を横薙ぎに振った。それだけであっさりと車輪が“砕け散った”。

ステイル「まさか……」

825: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:19:19.10 ID:Opl+aDL4o

 杖を扱っている上条恭介は、正真正銘ただの人間だ。
 体力がやけにあるのは妙だったし、力の入らないはずの左手でステイルを押しのけたのも妙だったが。
 高速で迫り来る車輪を、いとも容易く迎撃するのはいくらなんでもおかしすぎる。

ステイル(……そういえば)

 なぜ彼は、至近距離でさやかが魔女に至った際の衝撃波を受けて、背中を強打しただけで済んだのか。
 それだけのエネルギーをどうやって防いだのか。

ステイル(……あの杖の使用者は、学園都市第一位)

――かつて、魔術と科学の境界を無視した混沌と呼ぶに相応しい争いがあった。
 その元凶である者に挑む際、第一位はいがみ合っていたはずの第二位に力を借りた、という話を聞いたことがある。
 第二位の能力を活かした杖を用いて、彼は最後には能力を使わずに相手に対して一矢報いたという話も。
 彼の使っている杖がまったく同じ物とは限らない。なにせ件の杖はその際に砕け散ったのだから。
 だが、少しでも製造過程が同じなら。

ステイル(『Equ.DarkMatter』……第二位が技術提供した、現実に無い物理法則を用いた素材を駆使した盾と同じなら)

 熱くなっていたステイルの頭が急速に冷えていき、凄まじい速度で回転し始める。
 仮にあの杖がその技術を使っているのなら、彼は十分な戦力になる。それどころか、出来るかもしれない。

ステイル「……鹿目まどか」

まどか「え?」

ステイル「魔法少女になるのは、この場にいる全員が諦めてからにしてくれるかな?」

 その問いに、まどかは黙って頷いた。
 それを確認したステイルが、怪訝そうな表情を浮かべたほむらに向き直る。

ステイル「提案がある」

ほむら「……いいわ、話してみなさい」

恭介「それ、僕も聞いた方が良いかな」

 恭介の言葉を聞いたステイルが珍しく笑って言った。

ステイル「というより、君がいなきゃ始まらないよ」

826: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:20:06.93 ID:Opl+aDL4o

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

QB「君のご自慢の魔術師君は、とうとうただの少年である上条恭介にまで力を借りるみたいだよ」

ローラ「あらあら、これは私の誤算たるわねぇ」

QB「本当に彼らだけで上手くいくのかい?」

ローラ「5%ね」

QB「なにが?」

ローラ「ステイルたちだけで上手く行きたる確立よ」

QB「……つまり君の采配ミスというわけだね」

ローラ「さーてそれはまだ分かるまじよ。上条恭介がどれほど“男”を見せたるかにもよりけるわ」

QB「そういえば、君かい? 彼に妙な魔術をかけたのは」

ローラ「妙な魔術?」

QB「彼のスタミナが一般的な中学生のそれと同程度まで回復してたし、身体能力に至っては若干強化されていた
   それにこれは僕でも驚いたけど、彼の左手の神経がわずかながらに回復していてね。もちろん全快には程遠いけど」

 するとローラが俯きがちに目を伏せる。
 何かを考え込むような素振りを見せて、それから小さく口をもごもごと動かした。

QB「心当たりがあるのかい?」

ローラ「さて、ね。安易に奇跡や魔術に頼りて迷える子羊に道を示したる行為は、
     正直言って私は好かねども……されどあの子の優しき心ばかりはどうにも出来たるのよ」

QB「自分にしか理解できない意味深な言葉を使うのはやめてもらえると嬉しいんだけど、そこのところどうかな」

ローラ「ふふっ、“組織”の陰謀になりけるわね……! ああっ第二の人格が蠢きたるわ……!」

QB(うざったいなこいつ……)

827: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:20:36.07 ID:Opl+aDL4o

ステイル「時間までもう3分を切った。正真正銘、これが最後のチャンスだ」

恭介「緊張してきた……本当に上手く行くのかい?」

ほむら「行かなければさやかが死ぬだけよ」

 作戦はこうだ。
 まずほむらが時間を停止させ、ステイルと恭介を魔女の近くまで運ぶ。
 運び終えたら魔力を流して空間を圧縮、足場を形成。
 そして時間を動かし、グリーフシードがあるであろう魔女の腹部をステイルが攻撃。
 切り開かれた魔女の中心部に恭介が飛び降り、盾で穢れを弾きつつ右手で十字架を突き立てる。
 グレゴリオの聖歌隊により増幅されたなんらかの魔術が到着するまでに、噴出する穢れをステイルが可能な限り消す。
 穢れが減少したところで魔術が到達、最大主教を信用するならこれで美樹さやかが救われる、というものだ。

ほむら「それにしても、あなたの上司が嘘を吐いていたら前提からして崩れるわね」

ステイル「祈るしかないさ。『天上の神』にでもね」

 懐にあるありったけのカードをばらまきながら、ステイルは縋りつくような気持ちで言った。
 もしこの前提が崩れるならば、それがあの女狐の最後だ。地の果てまででも追いかけて、必ず殺してやる。
 それに――

ほむら「祈るしかない、ね……それが届かなかった結果がさやかよ?」

ステイル「祈りは届く」

 根拠など無い。にもかかわらず、ステイルは断言した。

ステイル「人はそれで救われる。僕らみたいな魔術師は、そうやって誰かを救ってきたんだからね」

ステイル「僕達の祈りで救ってみせるさ……美樹さやかを、地獄の底から引きずり上げてみせる」

 ステイルの言葉を受けて、ほむらは微笑んだ。
 盾を構えると、彼女は包帯のされた恭介の左手を優しく掴み、次にステイルの大きな手をしっかりと握り締める。

まどか「お願い、さやかちゃんを助けてあげて……!」

 杏子体を抱いたまま、まどかが震える声で三人に言う。
 それを聞いた三人はしっかりと頷いて見せた。そして決意を新たに、ほむらが口を開く。

ほむら「行くわよ……!」

828: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:21:21.32 ID:Opl+aDL4o

――最初は私の仕事だ。さっそく時間停止の魔法を行使する。
 瞬く間に――否、瞬く間もなく、彼女達を除いた全ての物体、魔女やまどかも含めた全ての時間が止まる。
 すかさずほむらが前屈みになり、跳躍の予備動作に移る。
 さらに魔力をひり出し、身体能力、とくに脚力を強化。

ほむら「ふっ……!」

 可能な限り二人に負担を掛けず、しかし力強く跳躍。
 何度か足場を作って跳ね、魔女の頭上まで辿りつく。

ほむら「さらにここから……!」

 魔力をひり出し、三人が乗れるだけの足場を作り出す。
 あくまで魔法少女の能力を応用した物だが、長くは使えない。ほむらはステイルを見る。
 ここから先は彼の仕事だ、視線でそう促すと、彼は首を縦に振った。

ほむら(なら……!)

 時間停止の魔法を解く。魔女が動き出す。ほとんど同時に、足場からステイルが飛び降りた。


――ここからは僕の仕事だ。
 足場を蹴って飛び降りたステイルは、右手を掲げて手短に詠唱。

. T O F F    T M I L    D D A G G W A T S T D A S J T M
「原初の炎、その意味は光、優しき温もりを守り厳しき罰を与える剣を!」

 ステイルの手に炎の塊が召喚される。
 だがそれだけでは終わらない。彼は落下しながらさらに左手を掲げて、

  AshToASh   DustToDust SqueamishBloody Rood
「 灰は灰に   塵は塵に    吸血殺しの紅十字! 」

 間を置かずに詠唱。左右の手に赤と青白に輝く炎剣を作り出した。
 そのまま両手を力の限り振りかぶって、魔女の身体、その中心部である腹部に叩き込む。
 ちょうど十字を傾けた、いわゆるX字に炎が刻まれる。魔女の悲鳴が鼓膜を震わせるのを感じつつステイルは魔女を覗き見た。
 そして絶句する。

 炎剣は、確かに魔女の腹部に叩き込まれた。
 無論魔女はそれだけでは死ななかった。ちょうど身体が切り開かれる程度を狙って加減したのだから当然だ。
 絶句した理由は、そこではない。

829: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:21:58.74 ID:Opl+aDL4o

 叩き込まれた炎剣は、エントロピーの法則にしたがってその熱量と衝撃波を周辺に撒き散らした。
 その結果、魔女の身体を覆っていた鎧の残りカスや鱗を根こそぎ吹き飛ばした。
 そして、魔女の真の姿が露になる。

ステイル(こんな……ものだとは……!)

 一瞬が数秒、数十秒、下手したら数分にも感じられるほどに引き伸ばされる。
 それだけ魔女の姿は衝撃的だった。

ステイル(惨い……!)

 纏っていた物を脱ぎ捨てた魔女は、そもそも肉体と呼べるような代物を持ち合わせていなかった。
 その身体は腐り果てた人の身のように半ば液状化しつつあり、身体の一部であったものがとめどなく流れ出ている。
 本来眼球が位置しているであろう場所に目はなく、こぽこぽと音を立てて眼球が生成されては零れ落ちて四散していた。
 一言で表すならば、腐った人魚。
 希望を夢見た魔法少女の末路にしては、余りに救われない。

ステイル(いや、それよりも問題は……!)

 X字が刻まれた、グリーフシードが位置している場所から溢れ出る恐ろしいほどの穢れ。
 それは離れた場所にいるはずのステイルですら精神を汚染され、酷い頭痛を覚えるほどの物だった。
 それこそ魔導書の原典を読むに等しいレベルの汚染だ。いかにあの杖と言えど、恭介の身体が持たない。

 そう考えたステイルは、しかし見てしまった。
 押し寄せる呪いをものともせず、見るもおぞましい魔女を恐れもせず。
 杖を盾のようにして、魔女の下へ飛び降りる少年の姿を。



恭介「さやかああああぁぁぁぁああぁぁッ!!!」



 あのゲル状の魔女を、躊躇うことなくさやかと呼べるとは。
 なんてこった、本物のバカか、いやヒーローか。
 小刻みに時間を停止して近づいたのだろう、自分を拾い上げようとするほむらを見上げながら、彼は微笑んだ。
 この分なら上手く行く。何も心配は要らない。そう口に出そうとして――

830: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/28(日) 01:22:46.45 ID:Opl+aDL4o





――上条恭介を守る杖が、砕け散った。




.

853: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 01:56:46.33 ID:lyXJ21Kvo

――杖が砕けたからといって、上条恭介はこれっぽっちも絶望してはいなかった。
 そもそも彼は杖の性能を当てにして魔女の下に飛び込んだのではない。
 自分の足の運びを補助する電極があったから街中を駆け回ったわけではない。
 もっと原始的な、体の内側来る言葉に出来ない衝動に身を委ねたに過ぎない。
 溢れ出る穢れと空気の壁を切り裂き、重力に身を任せる。

 魔女の下に届くまで、あと四メートル。

恭介(まだ……)

 瞬く間に精神を汚染する呪いを一身に浴びながら、それでも恭介はまだ自己と呼べる人格を保っていた。
 あるいはそれは、ここに来る途中で出会ったみょうちくりんな二人が施した『手助け』の影響なのかもしれない。
 もしかしたらそれは、彼の中に芽生え、息づいた希望がわずかながらに呪いを弾いたからのかもしれない。

 魔女の下に届くまで、あと三メートル。

恭介(まだ、動ける!)

 いずれにせよ、上条恭介はまだ生きていた。
 穢れの力を受けて下にしていた右腕はほとんど動かなかったが、辛うじて指を動かすことが出来た。
 最後の力を振り絞って身を捻ることが出来た。
 右手で“左手”を覆う包帯を解くことが出来た。
 右手の中にある十字架を左手に渡すことが出来た。それだけだ

 魔女の下に届くまで、あと二メートル。

854: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 01:57:13.95 ID:lyXJ21Kvo

恭介(さやか……!)

 呪いが体を蝕んでいく。身体から急速に力が抜けていき、目蓋が重く感じられてくる。
 だが恭介はそれを無視した。そしてそれを無視して体を動かす自分に、彼は驚愕する。
 正直言って、自分がなぜこうまでさやかのためを思って行動しているのか恭介には分からなかった。
 依然として彼女には親友としての感情しか見出すことが出来なかったし、意識して異性として見るのも難しかった。
 ただ幼い頃から共にいる親友、それだけだろうに。

 なんでここまで?

 魔女の下に届くまで、あと一メートル。

恭介「さやか……!」

 もしかしたら心のどこかでこんな展開を待ち焦がれていたのかもしれない。
 ありきたりなヒーローや主人公が現れるまでの時間稼ぎなどではなく、他の誰でもなく。
 さやかが魔女に、化物になったと聞いたその時から。
 自分の手で彼女を救ってみせると、誓ったんだ。
 魔女の……いや、違う。
 さやかの下に届くまで、あと腕一本分の距離

――手を伸ばせば届く距離に、彼女がいる。

恭介「さやかあああぁぁぁッ!!!」

 恭介が、残された力を振り絞って“左手”に握り締めた十字架を突き立てた。

 そして、恭介は意識を手放した。

855: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 01:58:45.64 ID:lyXJ21Kvo

 カチッ、と世界が止まる。そしてステイルはそれを知覚出来た。ということは……
 ステイルの手を掴んだほむらが時間停止の魔法を使ったのだ。

ほむら「上条恭介は、自分の仕事を果たしたようね」

ステイル「みたいだね……クソッ、一瞬絶望した僕がバカみたいじゃないか」

ほむら「それでどうするの? あの穢れに近づけば廃人決定よ」

ステイル「『上条恭介を助ける』『美樹さやかも救い出す』……両方やらなくちゃいけないのが魔術師の辛いところだね」

ステイル「覚悟は――」

ほむら「残念だけど私は出来てない」

ステイル「……ノリ悪いな。やっぱり君とは相性良くないかもしれないね」

 だが、ほむらの気持ちも分かる。
 彼女も触れずして感じたのだろう。さやかが背負った呪いの凄惨さを。
 あの災厄の渦の前では、魔法少女も魔術師も皆共に平等だ。無力な人間に過ぎない。

ステイル「だからって諦め切れるのかい?」

ほむら「必要なら諦めるわ。私は、まだ死ぬわけにはいかない」

 わけもなく言ったほむらの顔には、迷いや苦渋の色が多少なりとも見えていた。
 だがしかし、覚悟。あるいは芯のような物が確かにそこにはあった。単なる生への執着とは違う、まったく異なる何か。
 どう過ごせばこのような表情を浮かべられるようになるのだろうか?
 少なくとも14歳の少女が浮かべるような表情ではないはずだ。

ステイル「……分かった、それじゃあ上空まで運んでくれ」

ほむら「どうするつもり?」

ステイル「飛び降りるんだよ。可能な限り穢れを削りつつ、上条恭介も回収する」

ほむら「……上手く行く保障は?」

ステイル「まさしく『天上の神』のみぞ知る、さ」

 ステイルが笑って答える、ほむらは呆れたような表情を浮かべた後で跳躍した。
 魔女の上空、辛うじて穢れが彼女らの身体に触れない範囲ギリギリの場所まで来ると、ステイルは身を投げ出した。
 ステイルの主観では投げ出してすぐに時間が動き出したように思えたが、背後にあった気配がないので違うのだろう。
 そんなことを考えながら、ステイルはくの字に折れ曲がった魔女の下へ急ぐ。

856: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 01:59:12.62 ID:lyXJ21Kvo

 一流の魔術師ですらすぐに息絶えかねないほどの呪いを受けながら、上条恭介は自分の仕事をしっかりとこなしたのだ。
 だったら一流の魔術師たる自分が仕事をこなさないなんてことがあってはならない。

ステイル「原初の炎、その意味は光、優しき温もりを守り厳しき罰を与える剣を!」

 気がつけばステイルは詠唱していた。ほとんど無意識の内に、反射的に。

ステイル「炎よ――巨人に苦痛の贈り物を!」

 右手に宿した炎の塊を、恭介を飲み込むように噴出する穢れにぶつける。
 ほんの一部が爆発して吹き飛んだが、それだけだ。穢れに飲み込まれるまであと数メートル。
 ステイルは歯を食いしばって、今度は両手を掲げた。

ステイル「灰は灰に! 塵は塵に! 吸血殺しの紅十字!」

 両手に宿した赤と青の炎を、十字に交差させて解き放つ。
 それはX字に穢れにぶつかり――やはり、一部だけを吹き飛ばすに留まった。

ステイル「ッ――もう一度ッ!」

 “今”使える魔力をありったけ振り絞って、再び炎剣を作り上げる。
 だがルーンのカードが少ないために、やはりその威力は心許ない。

ステイル「炎よ、巨人に苦痛の贈り物をぉぉ!!」

 炎の剣を穢れに叩き込む。
 今度は爆発するどころかじゅっと音を立てて消え失せてしまった。
 グレゴリオの聖歌隊によって増幅されたはずの魔法は、まだ来ない。
 このままでは穢れが噴出し終わり、魔女も恭介もステイルも、皆死ぬ。

ステイル「ここまでなのか」

ステイル「ここまで来て、救えないのか」

ステイル「ここまでやって、また諦めるのか!?」

 今度こそ、圧倒的な絶望にステイルの心が押し潰されそうになる。

857: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 01:59:43.70 ID:lyXJ21Kvo



 だが。

 祈りは届いた。

 『天上の神』ならぬ、『天井の神浄』へと。

859: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:01:15.72 ID:lyXJ21Kvo

 バキン! と。
 何の前触れも無く、ステイルの背後――ホールの天井側から、何かが砕けるような音が響いた。

「ちっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねえよ!」

 これまで、幾度と無く絶望的な状況に陥った時。
 その度に“右手”で絶望を打ち砕いてきた少年の声が、耳に届いた。

「手を伸ばせば届くんだ――さっさと始めようぜ、魔術師!」

 振り返る必要は無い。確かめる必要も無い。
 ステイルはただ、右手を後ろへと伸ばした。
 少年と共に現れた暖かい光――グレゴリオの聖歌隊によって増幅された魔術が、ステイルと穢れを飲み込む。

ステイル「遅いんだよ……」

ステイル「くそったれええぇぇぇ!!」

 ステイルの手が、ツンツン頭の少年の左手を掴んだ。
 筋肉の限界を無視した動きで身を捻り、穢れめがけて彼を投げつける。
 同時に暖かい光が穢れを飲み込み、その向こうにいる魔女の身体を優しく包み込む。

「いいぜ……この程度の絶望で、ステイルが守ろうとしたモノを何もかも台無しにしちまうってんなら!」

「まずは!」



「そのふざけた幻想をぶち壊す!」



 少年の右手が穢れに触れた。それだけで、あの恐ろしい規模の穢れが『消滅』した。
 さらに彼は恭介の体を蹴り上げるようにして抱え上げると、左手を掴んでいるステイルを見上げて頷いた。

「やれええぇぇぇ!!」

ステイル「炎よ、巨人に苦痛の贈り物を!」

 間髪いれずに、ステイルが左手に宿した炎の塊を“手元”で爆発させた。
 ステイルと少年、そして彼が抱えた恭介の身体が爆発に飲まれて光の柱から遠ざかる。
 そして――

860: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:02:01.42 ID:lyXJ21Kvo

 結界が歪んで、世界が現実へと戻る。
 まどかが我に返ったとき、目の前には何も無かった。
 魔女の姿も、ステイルも、あの時現れた少年も、恭介の姿も。

まどか「そん、な」

ほむら「……」

QB「彼らは結界と共に消えたみたいだ。いやぁ、残念だったねまどか」

ほむら「お前は……!」

QB「おっと、ここには怪我人がいるんだ。暴れないでくれるかな」

 意識が回復しない杏子の体を抱きしめながら、まどかは必死に首を右に左に向ける。
 やはり、彼らの姿は見当たらない。

QB「こういう場合どんな願いをすれば彼らは戻ってくるのかな。死体だけ戻ってくるなんてオチもありうるからね」

まどか「そんな……」

QB「いずれにせよ、これで君が契約するしかなくなったね。さぁまどか、願い事を決めるんだ」

まどか「……私の、私の願いは……」

まどか「私の願いは……」

 言い終わる前に、ポンっと。
 まどかの頭に、誰かの暖かい手が置かれた。
 それはくすぐったくて、でも心地よくて……涙を浮かべながら、まどかは首を後ろに向けた。
 そして目を見開いた。

まどか「うそ……!」

861: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:02:28.59 ID:lyXJ21Kvo

ステイル「まだ死んでもいないのに、勝手に蘇らせようとしないでくれるかな?」

 そこには、ぐったりとした恭介を背負うステイルの姿があった。

ほむら「……驚いた、まさか生きているなんて」

ステイル「おかげさまでね、どうやら神はまだまだ僕に試練を与えたいらしい……っと」

 仄暗い光を纏った恭介を地面に横たわらせながらステイルが言う。
 そのままてきぱきと恭介の身体を弄り回して、容態を確かめ始めた。

QB「……生きていたのは予想外だけど、結果は変わらないよ」

QB「穢れを一身に受けた結果、彼の身体に呪いが住み着いてしまったようだね。君の持つ手札ではどうにもならないよ」

ステイル「あーそうだね、うん、そうだ……おい、さっさとこっちに来い!」

 ステイルが声を大にして言うと、彼のすぐ背後、一メートルほど段差がある場所から一人の少年が姿を覗かせた。

「お? 無我夢中で抱え上げたんだけど、やっぱあん時会った人じゃん」

ステイル「知り合いか?」

「結界の途中で会ったんだよ。時間が無かったから道作ってあげて別れたけど……へぇ」

ステイル「……まったく、さっさと右手で触れろ」

 ステイルに促されて、ツンツン頭の少年が右手で恭介の額に触れた。
 たったそれだけだ。たったそれだけで、恭介の体を蝕んでいた仄暗い光が消えうせた。
 目蓋を薄っすらと開けて、恭介が瞳を右に左に揺り動かす。口をもごもごと動かしているが、よく聞き取れなかった。

QB「……何がどうなっているんだい?」

ステイル「見ての通りさ。この男の右手は、ありとあらゆる異能の力を打ち消す右手でね」

         イマジンブレイカー
「名付けて、『幻想殺し』ってな」

QB「……異能? 幻想殺し? こんな情報は……どこにもない、わけが分からないよ」

まどか「……さやかちゃんは?」

 まどかの口元から、疑問がこぼれる。
 対して、ステイルは右手を振るだけだ。

862: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:03:02.54 ID:lyXJ21Kvo

QB「……なるほど、彼女の言っていた切り札と言うのは君のことか」

QB「でも、いかに穢れを打ち消そうと美樹さやかの魂を取り戻すことは不可能だったみたいだね」

QB「結果がこれだ。君の右手は、空から降り注ぐ魔術を打ち消し、そして美樹さやかの魂の残滓も消してしまった」

QB「無駄働きに終わったみたいだね」

ステイル「キュゥべぇ、君の目は節穴か?」

QB「……なんのことだい?」

 はぁっとため息を吐くと、ステイルはもう一度右手を振った。
 その手の中には――濃紺に輝く、青い宝石――美樹さやかのソウルジェムが、しっかりと握られていた。

まどか「さやかちゃんのソウルジェム!」

QB「……そんなばかな!」

 初めて、キュゥべぇの声に驚いたような響きが混じった。
 ステイルは笑みを浮かべると、種明かしをする際のマジシャンのような調子で説明し始める。

ステイル「その男の右手は便利な物でね。あまりに強大かつ性質がバラバラの力となると、一瞬で消すことが難しくなるんだ」

ステイル「グレゴリオの聖歌隊により増幅された魔術は、至ってシンプルな治癒魔術……しかしそこに込められた祈りの数は」

ステイル「ざっと3000を超える。右手で打ち消しきれない魔術の光が魔女を包み込んで……後は分かるだろう?」

ステイル「一人の呪いと、3000を超える祈り。どちらを先に右手が消すかなんて、考えるまでもない」

ステイル「光に飲まれた状態なら穢れを消しても安全……タイムラグなしで魂を存続させることが出来る」

 視界の隅で、少年が欠伸をしながら恭介に手を貸して起き上がらせた。

863: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:04:55.25 ID:lyXJ21Kvo

ステイル「だがそのままだと魂の残滓まで消してしまいかねない、だから僕もろとも爆発で吹き飛んで、一旦距離をとったのさ」

ステイル「ここに来るのが遅れたのはソウルジェムを探していたから……納得出来たかい?」

QB「いかに力を注いだって、ソウルジェムの再構成は簡単には出来ないはずだよ」

ステイル「そうなのかい?」

QB「もちろんさ。それこそ、僕と取引をした彼女でも、その全容を把握し切れていないと言うのに……」

ステイル「だったら残念だったね。こちらには頼もしい仲間がもう一人いるんだ……そうだろう、上条当麻」

上条「ん……まぁな。おーい、もう出て来ていいぞー」

 少年に呼ばれて、柱の影からひょこっと白い修道服姿の少女が現れた。
 彼女はうっすらと輝く銀髪を揺らしながら、にこにこして笑っている。口を開いた。

「えへへ、ねーみたみた? 私も役に立ったんだよ? 少しは労って欲しいかも!」

「おう、偉いぞ! 今回ばっか、というか今回もは俺一人じゃダメだったからな。助かったよ」

QB「その少女が、なんだって言うんだい」

ステイル「……彼女は十万三千冊の魔導書の内容を記憶した魔術サイド最強の女の子さ」

 少年にフード越しに頭を撫でられて嬉しそうに目を細める少女を見ながら、ステイルは寂しげに言った。

「あなたたちの進みすぎた科学や魔法、ソウルジェムに関する知識は大体ろーらから受け取ってるんだよ」

「魔導書の知識を用いて構成を再現して、グレゴリオの聖歌隊に補助魔術を掛ければ出来上がりかも。枷のない私なら簡単なんだよ」

「それにしても杜撰だね。エネルギー回収にばかり目を奪われて、技術の暗号化を怠ったりした弊害だよ」

QB「……まだ、ソウルジェムがきちんと動くと決まったわけじゃない」

864: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:05:23.02 ID:lyXJ21Kvo

ステイル「そりゃそうだね、ごもっともだよ。だから体の方も呼んでおいた」

 そう言って、ステイルはソウルジェムを放り投げた。
 青い宝石はゆっくりと弧を描き、それからパシッ、と音を立てて。物陰から出てきた少女の手のひらに収まった。
 青い髪、青い目、見滝原中学の制服を着た少女――美樹さやかは、照れくさそうに笑った。

まどか「さやかちゃん!」

さやか「わわっ、危ないってまどか!」

 走り出したまどかを抱きとめながら、さやかは微笑んだ。

まどか「さやかちゃん、良かった、本当に良かった……!」

 さやかは涙を流すまどかの頭を撫でながら、ステイルの方を見る。

さやか「気がついたら五和さんにおんぶされててさ……いったいなにがあったわけ?」

ステイル「……いろいろとね。ところで僕よりも先に話すべき相手がいるんじゃないかな?」

 間髪入れずに少年の体をどつく。
 ステイルのことをジト目で睨みつつ、彼は黙って道を開けた。
 すぐ傍らに置いてあった鉄パイプを杖代わりにして立つ恭介と、ソウルジェムを握り締めたさやかの視線が絡み合う。

恭介「さやか?」

さやか「恭介? どうしてここに……もしかして……」

恭介「もう知ってるよ、全部」

さやか「……そっか」

恭介「おかえり、さやか」

さやか「え?」

恭介「だから、おかえり」

さやか「あー……うん、ただいま」

恭介「……ふふっ」

さやか「えへへっ」

865: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:05:52.55 ID:lyXJ21Kvo

 不器用なやりとりから目を逸らすと、ステイルは少年たちを見た。
 彼らはなぜか固唾を呑んで二人(正確には抱きついているまどかも含めて三人)のやりとりを凝視していた。
 ステイルの視線に気付いた彼らは顔を真っ赤にしながら両手を振ってあれやこれやと騒ぎ始める。

「あ、ああええとあれだその別にわたくしことかみ、じゃなくてというか中学生の恋愛に興奮してるわけじゃありませんのことよ!?」

「し、新鮮な知識を得て後学に活かそうとしているだけで別に深い事情は無きにしも非ずなんだよ!?」

ステイル「……野暮なことはよしてくれ、まったく」

「信用してないね? してないんだね!? 私は修行中の修道女だからそういう恋愛とかにうつつを抜かすことはないかもなんだよ!」

「わ、わはは! やだなーこの腹ペコシスターさんったらまったくもう。子供には刺激が強すぎるからはい右向け右!」

 ぴったり九十度右を向く二人。
 だがいまだに目線はさやか達に向けられている。
 大げさにため息を吐くと、ステイルは少年の尻を蹴飛ばした。

ステイル「佐倉杏子……そこにいる赤毛の女の子の回復は任せられるかい?」

「ん、ちょっと助けが欲しいかも。天草式のみんなはどこにいるのかな?」

ステイル「彼らならすぐ向こうに……」

 それ以上、言葉は続かなかった。
 さやかたちのラブコメ風味のやりとりを顔を真っ赤にして凝視する変態集団を見つけたからだ。

ステイル「炎よ、巨人に苦痛の贈り物を!」 ブンッ

「ぎゃああぁぁ!?」「だから盗み見はやめようって言ったんすよぉ!」「なんで私までとばっちりを……」

 炎剣を叩き付けると、彼らは蜘蛛の子散らすように慌ててわらわらと飛び降りていった。
 馬鹿馬鹿しい。恥を知れ。

ステイル「……僕が手伝おう。まずは何を」

「おおっ、空気を読んだリボンの女の子が離れてったぞ! よくやったリボンの女の子!」

「だんだん二人の距離が近づいていくんだよ! これはもしかしてあれなのかな!? あれしちゃうのかな!?」

「ふふーんまだまだだな。あいつらは中学生だぜ? ここはせいぜい抱きつく止まりであれしちゃうのは後日だと予想するね!」

 ……とりあえずため息を吐こう。

ステイル「……はああぁぁぁ……」

ほむら「……お疲れ様」

 まるで労うように、ほむらがステイルの背中――身長差のせいで腰の辺りだが――をさすった。

866: この辺りからステイルの呼び方が変化。深い意味は無い 2011/08/30(火) 02:06:37.66 ID:lyXJ21Kvo

――見滝原市 いつものボロアパート

ステイル「……さやかと恭介の間で何があったのかは、本人達の名誉のために伏せておくとして」

ほむら「おくとして?」

ステイル「……なにをやっているんだ、君達は」

 あの後報告や後始末で街中を駆け回ったステイルは目前に広がるのは、死屍累々――ではなく、
 すーすーぐーすかと寝息を立てる少年少女たちを見てこめかみに手を当てながらため息を吐いた。

ほむら「一度ここまで移動したでしょう? それから色々と談笑していたらこうなったのよ」

 なぜか置いてあるこたつの上になぜか置いてあるみかんの皮を剥きつつほむらが言った。
 その隣ではタオルケットを肩に掛けたまどかが、こたつに足を突っ込んだままテーブルに突っ伏して寝ている
 杏子は食べかけのみかんを握り締めたままなぜか壁に“下半身”を預けて逆立ちのような姿勢で寝ているし、
 さやかと恭介に至ってはこたつに足を突っ込んだまま互いに手を握って寝ていた。

ステイル「……僕は家の人に心配をかけないようすぐに解散しろと言ったはずなんだが」

ほむら「色々あったのよ」

ステイル「……はぁ」

 ふたたびため息を吐くと、ステイルはほむらの頭をポン、と撫でた。
 上目がちに、しかし非難めいた視線を送ってくるほむらを無視してステイルは玄関へと向かう。

ほむら「待ちなさい」 ヒュッ

ステイル「ん? おっと」 パシッ

 ほむらが何かを投げてきたので反射的に受け取る。
 手を開いてみると、ご丁寧に皮が剥かれたみかんがあった。。

ほむら「餞別よ。持って行きなさい」

ステイル「外に人を待たしてるだけだしそもそもこのみかんは僕が買い置きした物だ! まったく……」

 くすくす笑うほむらに背を向けると、ステイルは玄関を出た。

867: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:07:30.94 ID:lyXJ21Kvo

 玄関を出たステイルは、すぐそばで少女と共に佇んでいた少年を見た。
 彼は着ていた上着を少女に羽織らせて、シャツ一枚しか着ていなかった。
 今日の夜は珍しく冷えている。薄い修道服だけでは彼女には少し寒かったのかもしれない。

ステイル「待たせたね」

 ステイルの姿を認めると、少年は軽く伸びをしてから同じように右手を挙げた。

「ん、気にするほどじゃねーよ。さやかって子は大丈夫なのか?」

ステイル「ああ、心配要らないみたいだね……しかしまぁ余計なことを。最大主教の入れ知恵か?」

「そんなとこ。お前らを助けるために結界の天井から中枢に繋がる場所まで穴を開けてくれってさ」

ステイル「グレゴリオの聖歌隊の進入口作りか……」

 あの結界が穴を開けた程度で外界と繋がるのかは怪しいものだが、実際そうなったのだからそうなのだろう。
 無茶苦茶だが、彼にしか出来ない芸当ではある。
 苦笑を浮かべつつ、ステイルは隣に立つ少女に目を向けた。

ステイル「恭介に治癒魔術をかけたのは君かい? まさか彼の左手にまで干渉するとはね」

「完治させるにはもっと時間が必要かも。精神汚染の方もあるからこれ以上は危ないんだよ」

「ホントはもっと早く辿り着くつもりだったんだけどさ……悪かったな、ステイル」

ステイル「いや……ところで君たちはこれからどうするんだい?」

「んー、予定通りならこのまま帰るつもりだったんだけどな」

 ふと真顔になって、少年はステイルを見上げた。

「まだなんか問題があるんだろ? 俺たちに出来ることなら手伝うぞ」

ステイル(……最大主教は深い事情は説明していない、ということか)

 その意味を内心で吟味する。
 最大主教が彼らを危険なことに巻き込みたくない、などという善良的な考えを持つはずが無い。
 ということは、彼らがいたら困るのではないか? ここは彼らを頼るべきか?

868: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:08:20.91 ID:lyXJ21Kvo

ステイル(……いや、確証が取れたことで行動の方針は決まったはずだ)

 しかし魔女を元に戻すことが可能という確証を得たイギリス清教はもう動き始めている。
 全力を挙げて魔法少女と魔女のシステムに干渉しうる方法を模索し、
 魔法少女に協力を申し出て解放する術を探している最中だとも聞いた。
 次期最大主教の彼女はともかく、彼の力を借りる必要は無いはずだ。

ステイル(……問題はワルプルギスの夜か)

 だがそのワルプルギスの夜も既に対策は講じてある。
 ここ数日まったく姿を現さない神裂火織の主な役目が、その対策を練ることだった。
 彼女は『未来を見通す』魔法少女に力を借りて、単身でワルプルギスの夜が出る場所を調査しているのだ。
 となれば、ここもクリア。

ステイル「……君の申し出はありがたいが、大丈夫だ。安心しておくれ」

「でも」

ステイル「いつだったか、僕らの違いは『成功したか否か』でしかないと言ったな」

 半年以上も前のことになる。
 少年と共にとある少女を助けに行った際の会話だ。
 その時の情景を思い出しているのだろう、彼は苦い顔をして俯いた。

ステイル「いまさらだが訂正しておこうと思ってね」

「え?」

ステイル「成功しようと、失敗しようと……君は今のように彼女の隣にいただろう」

「……ありがとな」

ステイル「礼を言う前に彼女をいたずらに巻き込まないことを心がけろ。それに……」

ステイル「今回世話になったのは僕の方だ。礼を言おう、ありがとう」

 珍しく礼を言ったステイルだが、言われた当人達はなぜか首を傾げている。

「んー、それはちょっと違うかも」

「ってか逆逆。お前らがいなかったらあの子を救えなかったんだよ」

ステイル「……どういうことだ?」

869: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:11:47.23 ID:lyXJ21Kvo

「確かに俺達はあの結界に忍び込んだけど、時間を止める魔法が無かったら俺達は間に合わなかったんだぜ?」

ステイル「なんだって、いや……それ以前になぜ魔法のことを知っている?」

「私は止まっちゃったけど、幻想殺しの近くは魔法の効力が消されちゃってたんだよ」

「そこから逆算して、誰かが時間を止めてる! ってな。そのおかげで俺達は本来の時間分より多く行動できたわけで」

 つまりほむらが参戦していなければ彼らが間に合わなかった可能性もあるというわけだ。
 その場合の結末を考えて、ステイルは背筋を震わせた。

「それにステイル。お前がいなかったら、あの嫌味な魔法動物の言葉通りに俺はみんなまとめて打ち消しちまってただろ」

ステイル「それは、そうだが……」

「あの男の子の働きだって大きいんだよ? あれだけの呪いを受けて後遺症がないのは珍しいかも」

「左手だって本当ならもっと回復しなかったと思うし……本人の意思、もしくは希望があったからこそ成しえた結果なんだよ」

「それにあいつが十字架ぶっ刺さなかったらグレゴリオの聖歌隊だって届かなかったわけだしな」

 あっけからんに言うと、彼は肩をすくめた。
 あくまで自分達がしたのはほんの手助けに過ぎない、とでも言いたげに笑ってみせる。
 彼らの必要以上に謙遜する悪癖は知っていたので何も言わないでおくが……

ステイル「……そうだね」

 実際、彼の言う通りかもしれない。恭介の働きは、大きすぎた。
 確かに彼は損なわれた身体機能を補うために特別な機材を使った。少女の加護だって受けた。
 だからといって、あれだけの状況にいながらああも行動出来るのは異常だ。
 それこそ異能の力であればなんでも打ち消す、ただそれだけの右手で多くの人間を救ってきた目の前の彼のように。
 だからと言って、ステイルにはそれを奇跡と呼ぶのは少し気が退けた。
 そんな言葉で片付けられてしまうようなことじゃないはずだ。

ステイル(そうだ、あれは彼の想いがあったからこそ成立したことなんだ。断じて、奇跡や魔法のおかげなどではないんだ)

 もちろん、誰も彼もが目の前にいる少年のように振舞えるわけじゃない。
 だが誰にだって目の前にいる少年のように振舞える底力はあるはずなのだ。

ステイル(恭介にとって、さやかはその底力を発揮するだけの存在ということか……)

870: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:12:37.46 ID:lyXJ21Kvo

「……にしても、お前といいあっちの上条といい……」

ステイル「ん?」

 なぜか少年は恨みがましい目つきでステイルを見上げて、ケッと悪態を吐いた。
 意図が分からず怪訝そうな顔を浮かべて少女を見やると、なぜか彼女は同情のこもってそうな視線で、
 あるいは痛い子を見たときのような生暖かい視線で上条を見つめている。

「決して平均を大きく下回ってるわけじゃない、わけじゃないけど物足りない。その気持ちは痛いほどに良ーく分かるんだよ……」

 そう言って、彼女は自身の胸を見やり、次に遠い目をして明後日の方を見た。
 よく分からないが、色々と事情があるのだろう。触れないでおくことしたステイルは、とりあえず肩をすくめた。

ステイル「ところで時間は大丈夫なのかい?」

「おー、学園都市最速、じゃなくて最強の超能力者様が運んでくれるからな」

「私達に掛かる負荷のベクトルを制御して音速で運んでくれるのはなかなか妙に新鮮で面白いかも!」

ステイル「タクシー代わりかよ……」

「じゃっ、俺らは帰るぜ! なにかあったら連絡しろよー!」

「じゃあねー!」

ステイル「ああ、またいつか」

 手を振って離れていく二人を、やはりステイルは寂しそうな表情で見送りながら。
 何気なく耳をすまして、彼らの会話に聞き耳を立ててみる。

『いやー良かっ……おかげだよ、インデックス……ってるって、晩飯はちゃんと作るよ』

『やった! さすがとうま……でも流石にもやし……飽きたと言わざる終えない心境なんだよ』

 ……平和な内容で何よりだ。

871: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:14:20.10 ID:lyXJ21Kvo

ほむら「冷えるわよ?」

ステイル「うわぁ!?」

 いつの間にか背後に現れたほむらに大げさに驚くステイル。
 そんな様子を見て鼻で笑いながらほむらは離れ行く二人を見た。

ほむら「お似合いね」

ステイル「……そうだね」

ほむら「……どうかしたの?」

 声色からステイルが落ち込み気味でいることを察したのだろう。
 珍しく心配そうな顔をしてほむらがステイルの顔を覗き込むように見上げた。

ステイル「……いや、なんでもないよ」

ほむら「元カノ?」

ステイル「ぶふっ!?」

ほむら「汚いわよ」

ステイル「誰のせいだと思ってる……!」

 口元を拭いながらほむらを睨みつける。
 だが彼女は意に介さずに、ただそっと寂しそうな目をした。

ほむら「……覚えておいてもらえるだけ、まだマシよ」

ステイル「……なに?」

ほむら「相手に、自分のことを何もかも忘れられてしまうよりかはまだ良いじゃない」

ほむら「覚えておいてもらえれば。主人公は無理でも、相手の物語の端役ぐらいにはなれると想うけど」

ほむら「……そう。忘れられてしまうよりかは、ずっとマシなはずよ」

ステイル「……そうだね。僕は、思ったよりも幸せなのかもしれない」

872: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:14:51.93 ID:lyXJ21Kvo

ステイル「それにしても……君に話したことあったかい?」

 ステイルの言葉にほむらは首を傾げてみせた。

ほむら「なにを?」

ステイル「いや……知らないならいいんだ」

 先ほどの彼女が言った言葉は、あの少女の抱えていた事情を知った上でのものだと。
 そう思っていたステイルはやや驚きながらも、なんでもないと言って手を振った。
 事情を知らないとすれば、先ほどの彼女の言葉の意味は……?
 そんなことに思いをめぐらせながら玄関へ戻り、そして名残惜しそうにもう一度二人がいた場所へ目を向けた。
 当然、彼らはもうそこにはいない。今頃天使の輪と羽生やした超能力者の手を借りて日本列島を横断しているだろう。

ほむら「まだなにかあるの?」

 ほむらの疑問に、ステイルは肩をすくめた。
 それから未練がましい口調で言う。



ステイル「ついぞ名前で呼ばれなかったな……と、思ってね」


.

874: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/30(火) 02:32:13.96 ID:lyXJ21Kvo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

QB「……やられたよ、あの二人にはね」

ローラ「だから言いたりたでしょう? 少々卑怯臭い、と」

QB「それにしても意外なのは、彼らをあの場に残しておかなかった君の判断だよ」

QB「まだソウルジェムのに溜まった穢れを取り除く手法は確立されてないはずだけど」

ローラ「確証が得られたならば、あとは時間が解決してくれたりけるわよ。いずれにせよこれで障害は取り除かれたるわね」

QB「まだまどかが魔法少女になってないよ」

ローラ「あら? 気の早いことね。魔法少女に至らしめたるのはワルプルギスの夜当日でも十分になりけるわよ」

QB「ふむ……そういえば君の用意しようとしていた戦力はどうなったんだい?」

ローラ「清教派だけなら七割方は終わりけるわ。上の指示に従いたるしか能がない駒は扱いやすしね」

QB「それじゃあ目的の方は上手く行きそうなのかい?」

ローラ「ええ。既に鹿目まどかは、無意識の内に魔法少女の力を求めたるわ」

ローラ「あとは、夜が来たればそれで終わる……」

QB「楽しみにしているよ、ローラ=スチュアート」

ローラ「……よくもまぁ白々しい嘘を吐きたるわね。そんな感情など持ち合わしたらぬくせしおってからに」

QB「やれやれ、今のは一種の社交辞令だよ」



 ワルプルギスの夜襲来まで、あと七日。

891: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 13:52:26.07 ID:KahVM0gIo
三時辺りに投下すればいいか。じゃあ二時間くらい仮眠しよう→お昼

やっちまった……これから投下します
892: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 13:53:04.43 ID:KahVM0gIo

にちよーび!

 イギリス清教に所属の魔術師、ステイル=マグヌスの朝は早い……わけでもない。

??「もう朝ですよ、起きてください」

ステイル「……あと五分」

??「子供ですか! って、そういえば子供でしたね……コホン」

??「もう朝なんだよ! 早く起きないと怒っちゃうかも!」

ステイル「……まったく似てないよ、神裂」

神裂「うぐっ……」

 まだ重たい目蓋を無理やり開いて、ステイルは温もりのある布団から這い出した。
 いつもの恥ずかしい格好にエプロンを装備した神裂はにっこりと微笑むと、そそくさと台所の方へ戻っていった。。
 何故彼女が部屋にいるのか、という疑問が浮かび上がる。しかし眠さに勝てず、彼はぽつりと言葉を漏らした。

ステイル「……眠い」

神裂「ゆうべはおたのしみでしたね」

ステイル「いやあ無性に腹が減った! 台所の辺りにいる痴女を丸焼きにでもしようかなあぁぁ!」

 などと適当に返事をしつつ、散らかった部屋をテキパキと片付け始める。
 あの後さやか達(杏子は天草式に任せた)を家まで送らねばならず、ボロボロの体に鞭打って街中を駆け回ったのだ。
 全ての厄介事を片付けて部屋に戻った彼は三日前から敷かれたままの布団にばたんきゅー。
 おかげで布団は煤だらけ、部屋は杏子たちが騒いだ後で汚いのなんの……

ステイル「こういうときはアレかな、ああそうだアレに違いない」
893: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 13:54:01.98 ID:KahVM0gIo

ステイル「不幸だ……」

神裂「“彼”の真似事ですか? 確かに良い具合に不幸そうな雰囲気が似ていますが……」

 「和風」な感じで統一された朝食の乗ったお盆をこたつの上に置くと、神裂は窓を開けた。
 そして右隣の部屋に向かって、

神裂「朝食の用意が出来ました! 玄関から上がってください!」

 などと声を大にして叫んだ。近所迷惑な女だ。
 それにしてもまだ誰か来るのだろうか?
 確かにお盆の上には三人分の食事があるのでさして不思議ではないのだが。
 というかなんで自分は当たり前のように朝食を用意されているのだろうか……?

ステイル「まだ誰かいるのかい?」

 そう尋ねると、神裂は黙って肩をすくめた。
 直後に、バン! と玄関の扉が開かれる。果たしてそこには――

杏子「やっほー!」

 なぜか割り箸を持参した杏子の姿があった。

ステイル「……はぁ」

 ステイルが投げやりに神裂の頭を叩いた。
 二十倍の力でぶん殴られた。
894: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 13:54:51.15 ID:KahVM0gIo

杏子「うめー! アンタ料理の才能あるよ!」 ガツガツ

神裂「それほどでもありません」 エッヘン

ステイル「……」 モグモグ

神裂「おや、箸が進んでませんよステイル。もしかして便秘ですか?」

杏子「卵焼きもーらいっ」 ヒョイパク

ステイル「……事情を説明してもらおうか」

神裂「何の話です?」

杏子「浅漬けもーらいっ」 ヒョイカリ

ステイル「……君がこの部屋にいる理由と、杏子が隣の部屋にいた理由だ」

神裂「前者は私がこの部屋に住むことになったから。後者は佐倉杏子が隣の部屋に住むことになったからです」

ステイル「だからその理由を僕は聞いているんだよ神裂くゥん!?」

杏子「焼き鮭もーらいっ」 ヒョイモガ

神裂「実はここ、天草式が所有していた物件でして。訪れる機会が少ないため放置していましたが経費削減のため利用を」

ステイル「だぁかぁらッ! 質問に答えてないだろうが!」

神裂「ですから、どうせなら佐倉杏子に部屋を預けた方がよろしいかと思いまして。彼女は特定の寝床を持っていませんし」

杏子「味噌汁もーらいっ」 ヒョイズズ

ステイル「ああそうかい……それじゃあ君が僕の部屋に住む理由は?」

神裂「あなたは気付いていないかもしれませんが、ここは管理人室です。そして今の私は管理人です」

ステイル「他の部屋に行け!」

杏子「ごっそーさん! トイレ借りるよー」

神裂「他の部屋には五和や建宮がいますのでどうか我慢を。幸い私は強いので、あなたに襲われても撃退できますから」

ステイル「だれが襲うか! まったく……あれ、僕の分のおかずは?」

神裂「何を言っているのですステイル、さっき自分で食べていたではありませんか」

ステイル「……あれ?」
895: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 13:56:25.31 ID:KahVM0gIo

――ふっふふん、ふっふふん、ふっふっふーん♪

 トイレの方から陽気な鼻歌が聞こえてきたのを確認したステイルは、神裂の傍まで顔を寄せた。
 トントン、とこたつを指で叩く。
 それだけで意図を察した神裂が、彼にしか聞こえないように小さな声で話した。

神裂「ワルプルギスの夜対策はなんとか五割ほど。街中の脈がある場所やビルに仕掛けを張る段取りまでは出来ました」

ステイル「魔女の正確なデータが欲しいな……その、おりこ? とかいう魔法少女は今何を?」

神裂「シェリー達と合流を。相当強力な魔女のようですし、奪われた『ファウスト』の魔導書も気になりますね……」

 魔導師ゲーテが作り上げた、厄介極まりない魔導書『ファウスト』。
 魔女に持ち去られて以降、彼らはその足取りは一向に掴めないままでいた。
 悔しげに目を細め、神裂が湯飲みを持つその手に力を込める。

神裂「いずれにしても、彼女達にはあまり心配を掛けないように」

ステイル「分かっているさ。だがいつまでも隠し通せる事案じゃない……っと」

 杏子が入ったトイレから水が流れる音がした。
 そそくさと神裂の傍から離れ、置いてあったシガーレットチョコを咥える。
 二人が交わしていた穏やかじゃない会話など知る由もない杏子は、すっきりとした顔のままどかっと床の上に座り込んだ。

杏子「ねぇねぇ、ちょっとすぐ隣にある風見野まで行ってきて良い?」

神裂「ええ、私達は束縛などしないので構いませんが……何か用事でもあるのですか?」

杏子「んー……用事っていうか、さ」

 神裂が尋ねると、杏子は照れ臭そうに鼻の下辺りを指で擦った。

杏子「友達が出来たよって、報告しときたいんだよね。親父とお袋とモモ……アタシの妹にさ」

神裂「……そうですね。でしたら美樹さやかや鹿目まどかも呼んでおきましょうか?」

杏子「うーん、でもそういうのって嫌がられないかな?」

ステイル「その程度で嫌がる連中なら、君もあそこまで入れ込んだりはしないと思うけどね。どうだい?」

 ステイルの問いかけに、杏子は満面の笑みを浮かべて頷いた。
 年齢相応の、優しい笑顔だった。
896: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 13:57:30.93 ID:KahVM0gIo

――隣町、もとい風見野

ステイル「はぁっ……はぁっ……!」

さやか「ほらほらー置いてくぞステイルー!」

 さやかに急かされて、両手に大きな紙袋を持ったステイルが早歩きになる。なって、すぐに減速してしまう。
 今日の気温はかなり高く、快晴ということもあって全身から汗を流している彼にまどかは同情の眼差しを向けた。

まどか「もう少し荷物持ってあげたらどうかな?」

ほむら「心配要らないわまどか。彼は私達の護衛でついて来ていたのだから」

まどか「いやでも、たくさんのお供え用の果物にみんなのお昼ご飯と水筒とお菓子は重たいと思うよ?」

さやか「へーきへーき! 恭介だって怪我してなかった頃はあれくらいちょちょいだったから!」

杏子「そーいやあのボウヤはついて来なかったんだな」

さやか「あー、なんか今のお医者さんに怒られちゃったんだって。休日中は外出厳禁だって」

ほむら「むしろ私としては、行方不明だったあなたにこうして遠出する許可が下りたのが不思議でならないのだけど……」

さやか「そこはほれ、さやかちゃんですから!」

まどか「答えになってないよさやかちゃん……」

杏子「やっぱコイツってバカだよな」

 そんな彼女らのやり取りを見ながら、ステイルは歯を食いしばって足を前に出す。

ステイル(やはりあの“術式”は解いてしまうか……? いやダメだ、あの“夜”にぶつけるまでとっておかなければ……)

ステイル「しかし……苦しい……ッ!」

 などと呻き声を漏らしていると、突然右手に掛かる負担がいくらか楽になった。
 治癒魔術や身体強化魔術を掛けたわけではないし、と荷物を落とした可能性を考えたステイルは首をめぐらして気付いた。
 ほむらの手元にあるバッグが、あからさまにぐいっと盛り上がっている。余計なことを……
 そう思ったが、今回ばかりは素直に甘えておこう。

 それからしばらく歩き続け、ようやく教会が見えてきた。
897: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:00:32.73 ID:KahVM0gIo

――教会の中は、話に聞いていたよりも荒れていた。
 いくつかの木材や、割れたガラスの破片があちこちに散らばり、どれも埃を被っている。

さやか「なんだか懐かしいなぁ……ここに来たのがつい最近だなんて思えないや」

まどか「ここに杏子ちゃんが住んでたんだね……」

ほむら「そうらしいわね」

 口々に感想を言う少女らから目を離して、ステイルは教会内をぐるりと見渡した。
 それから何かを確かめるように柱や床をぐいっと押したり叩いたりしてみた。
 建てられてからまだそう時間は経ってないな、などと考えながら神妙な顔のままでいる杏子に声を掛ける。

ステイル「果物はどの辺りに供えれば良い、というか供えても平気なのか?」

杏子「……親父はそーいうの気にしないよ。だから破門されたんだけどね。
.     果物とかお菓子とかはアタシが直接持ってくよ。みんなが……最期にいたところにさ」

ステイル「……分かった。やはり僕らはここで待つとしよう。三人にもそう伝えておく」

杏子「ん……ごめんね、連れてきてもらっときながらさ」

ステイル「気にすることはないよ」

杏子「サンキュ。じゃあ行ってくんね」

 果物――事前にほむらに礼を言って返してもらった――と花束を受け取ると、杏子は教会の奥へと姿を消した。
 ここが礼拝堂で、向こうが生活用の施設になっているのだろう。
 杏子の後を追おうとしたさやかを見て、ステイルは声を掛けた。

ステイル「一人にしてあげた方が良いんじゃないかな」

さやか「あ……うん、そうだよね」

 流石に無神経だったことに気がついたのだろう。
 さやかが俯きながら、段差になっている床に腰を下ろした。

さやか「……どんなこと話してる、ってのはおかしいよね。でももしかしたら、まだいるのかな……」

ステイル「さて、どうかな。死者との対話は僕らでも無理だからね」

ほむら「夢が無いわね」

ステイル「現実はそんな物だよ。死ねば会話なんて出来なくなる……もっとも」

ステイル「相手が心の中にいる場合、話は別だけどね」
898: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:03:20.83 ID:KahVM0gIo

――一年振りに立ち入った部屋は、かなり埃被っていた。
 もちろんこの場所に遺灰はない。家族が身に着けていた物なども全て回収されている。
 かつての惨状を思い出させるものは何一つ無い。
 無理心中があったなどと言われても、想像することは難しいだろう。
 それでも彼女は、あの時の光景を鮮明に記憶している。最期に家族がいた場所まで歩み寄ると、しゃがみ込んだ。

杏子「久しぶり、親父。お袋。それに……モモ」

 返事は無い。
 彼女は紙袋からいくつかの果物とお菓子や花束を取り出して床に置いた。

杏子「とりあえずこれでカンベンな。今日のメインは報告だしさ」

 そして彼女は、これまでにあった出来事を吐露した。
 昔コンビを組んでいた巴マミが亡くなったこと。彼女の弟子のような存在であるさやかとぶつかり合い、和解したこと。
 さやかが魔女になってしまった時、バカみたいに親切な友人や神父が命懸けで助けてくれたこと、などなど。
 大雑把に近況を報告した彼女は、膝に手を置き立ち上がる。

杏子「そんなとこかな」

 返事は無い。

杏子「アンタは今でもアタシのこと恨んでんのかな」

杏子「でもね、アタシだって昔はけっこー恨んでたんだよ。みんなを巻き添えにしなくてもいいじゃんか――ってね」

杏子「つっても、アタシが悪いのは変わらないけどさ。やっぱ事前に相談すべきだったかなー。隠し事とかダメだよねぇ」

杏子「もちろん今は違うよ。前よりもっと素直になれたと思う。仲間もいるし、帰る家もあるし」

 返事は無い。

杏子「……当たり前だよね」
899: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:04:07.17 ID:KahVM0gIo

杏子「……アタシは元気にやってるからさ。嫌かもしんないけど、向こうで見守っててよ」

 返事は――無い。
 無言のまま踵を返して後ろを振り向き、その場を立ち去ろうとする杏子。

杏子「……!」

 だが彼女は弾かれたようにもういちど振り向き、染みのついた壁、正確にはその手前の虚空に視線をやった。
 それから口の端をにぃっと吊り上げ、無邪気に笑ってみせる。

杏子「……ありがと! じゃあまた来るから! 今度はもっとでっかい花束持って、友達も会わせてあげるからさ!」

 返事は無い。
 それでも彼女は笑顔で頷くと、元来た道へ引き返していった。
 彼女が何を見て、何を聞いたのか。

 それは彼女にしか分からなかったが――少なくとも、彼女は幸せそうだった。
900: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:05:15.16 ID:KahVM0gIo

――礼拝堂

杏子「おっまたせー」

 先ほどまでと違い、明るい顔をして杏子は戻ってきた。
 死者との対話――あるいは自己との対話――は上手く行ったみたいだった。

さやか「ああ、うん……おかえり」

ほむら「まだ二十分くらいしか経ってないけど良いのかしら?」

杏子「おっけーおっけー。んじゃあどっかで飯にしよーぜ!」

まどか「あ、そのことなんだけどね。ステイル君が……えーと、えーとね?」

 どう説明すべきか悩んでいるのだろう、頭を抱えるまどかの肩に手を置いて、ステイルが前に出た。

ステイル「どうせならこの教会で食事しないかい?」

杏子「ここでぇ? 別にいいけどホコリっぽいよ?」

ステイル「だから、食事の前に片付けようと思ってね」

 杏子が目を真ん丸くして首を傾げた。

ステイル「僕の見立てでは、ここの柱や土台はまだ死んじゃいない。確かに割れたガラスや折れた柱もあるにはあるがね」

ステイル「そうだな……イギリス清教の力を借りれば二ヶ月以内には元通りになるだろうね」

杏子「いやでも、そんなことしたって……」

ステイル「ああ、十字教徒が異教徒の教会にこんなことをしていいのか、とかなら心配は要らないよ」

ステイル「頂点の最大主教や末端の信徒はともかく、イギリス清教は基本的に自由主義だからね。堅苦しくないのさ」

杏子「いやだからさ、誰がここを使うわけ? 所有権なんざとっくの昔にないけど、あんまり好き勝手して欲しくは」

ステイル「君だよ」

杏子「……は?」
901: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:06:31.07 ID:KahVM0gIo

ほむら「そこの神父は、この教会を直してあなたにプレゼントしたいそうよ」

ステイル「プレゼントって……まぁいい、大体そんなところだ」

杏子「……アタシ、親父の教えは大体覚えてるけどそーいうの無理だよ。向いてないし」

さやか「そんなことないよ」

 顔を逸らす杏子の前に、立ちふさがるように回り込んでさやかが言った。
 堂々と胸を張って、なぜか勝ち誇った笑みを浮かべて彼女は言う。

さやか「あんた、シスターさんに向いてるって。アタシが保障する」

杏子「あのなぁ、どーいう理屈でそう思ったんだよ。アンタにはアタシが静かにマジメに教えを説く柄に見えるの?」

さやか「あんた優しいじゃん。それに根は真面目だし。別に静かじゃなくても良いじゃん」

ステイル「ちなみに僕の知り合いの修道女は七つの罪や戒律を平気で破っているよ」

杏子「……って言われてもなぁ。アタシは魔法少女やってるし、やっぱ無理だろ」

まどか「でも見てみたいなぁ、杏子ちゃんのシスター姿」

さやか「おっ、さすがはあたしの嫁! 目の付け所が違いますなぁ」

まどか「さやかちゃんは上条君の嫁でしょ?」

さやか「ふぇっ!? いやあたしと恭介は別にそういう深い関係とかではないのであってあれはあくまでその……」

ほむら「当分これでからかえるわね」

さやか「ほむらさぁん!?」

まどか「声大きいよ上条君のお嫁さん」

さやか「まどかさァン!?」
902: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:07:25.76 ID:KahVM0gIo

 騒ぎ始める三人を無視して、ステイルは杏子と向き合った。

ステイル「無理にとは言わないよ。教会の権利はまだ街が持っているから、嫌ならこのままでもいいわけだしね」

杏子「……親父は、喜ぶかな?」

ステイル「君は既にその問いの答えを知っていると思うが」

杏子「……だよな」

 そう言うと、彼女は向日葵のような笑顔を浮かべた。
 それはステイルの知り合いである“少女”の笑顔に通ずる物を持っていた、巴マミの笑顔に良く似ていた。
 なるほど……案外さやかの言うように、彼女は修道女に向いているかもしれない。
 笑顔のまま手に持った梨を齧りつつ、杏子は続ける。

杏子「ふぇぎょふぁほーひょーびょ……ングッ。の方が優先だし、べんきょーしなくちゃいけないんだろ?」

ステイル「……時間は掛かるかもしれないが、魔法少女と魔女のしがらみは僕達が解決してみせるさ」

杏子「おっ、頼もしいこと言ってくれんじゃん」

ステイル「これでも伊達に魔術師やってないからね。大船に乗ったつもりでいたまえ」

杏子「実際アンタに乗ったらすぐに潰れちまいそーだけどね」

ステイル「……それはそれ、これはこれだろう」

杏子「そりゃそーか、あっはっは!」

 腹を抱えてげらげら笑う杏子。
 そんな彼女をとろんとした目で見やりながら、彼はさらにもう一言加えることにした。

ステイル「勉強の方も心配する必要は無いさ」

杏子「へ?」

ステイル「子供は学校に通うべき、ということさ」

 小学校を中退したステイルが、どこか自慢げに胸を張って言った。
903: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:07:57.19 ID:KahVM0gIo

――結論から言ってしまうと、当たり前のことだが一日で教会を丸ごとすっきり綺麗にすることはできなかった。
 辛うじて礼拝堂にあるゴミを片付け、埃を落とし床を磨いたところで掃除は断念。既に時刻は三時を回っていた。
 結局昼に食べる予定だった弁当をおやつ時に食べ、それから見滝原へ帰ることに。
 というわけで場所は変わって、風車の群れと大きな川を一望できる見滝原市の丘。
 草のなかにどーんと大の字で寝そべりながら、さやかは大きな声で叫んだ。

さやか「ふわぁー、やっぱ遠出は疲れるー!」

杏子「魔女になるよかマシだろー」

さやか「うぐっ、それは否定できないかも……」

まどか「否定できたら怖いよ!?」

ほむら「夏休みの宿題よりはマシ、とか言い出しかねないわね」

 わいわい騒いでいる彼女らを見張りながら、ステイルは遠くにある風車を見上げた。
 これだけの規模なら良い具合に『炎を飛ばせ』そうだが、さすがにここは中心部過ぎる。
 内心で苛立ちを募らせていたステイルはそこで、道路の向こうに杖をついて歩く人影を見つけた。

ステイル「おや、あれは恭介じゃないかい?」

さやか「またまたー、恭介なら今日は外出厳禁だって言ったでしょー?」

まどか「ホントだ、仁美ちゃんもいるね」

さやか「なっはっは! またまたまどかったらもー!」

ほむら「仲良さそうに手を繋いでいるわね」

さやか「ほむらまで……ったくあんたらねぇ」

杏子「ちゅーしたぞ」

さやか「恭介ぇ!?」

 ぎょっとしたさやかががばっと立ち上がって首を右に左に振り回す。犬か君は。
904: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:08:32.04 ID:KahVM0gIo

ステイル「確かに仁美と一緒だが、彼女はあくまで荷物を持ってあげているだけのようだね」

まどか「仁美ちゃーん! 上条くーん!」

 まどかが手を振って呼びかけると、まず仁美がにっこりと笑みを浮かべて手を振った。
 次に恭介が手を振ろうとして、右手に杖を握っていたことを忘れていたのだろう、バランスを崩して転んだ。

さやか「きょっ、きょーすけ!?」

 隣にいた仁美が反応するよりも先にさやかが走り出し、恭介の下に駆け寄った。
 恭介は苦笑を浮かべながらさやかに肩を借りて立ち上がると、ばつの悪そうな顔をする。

恭介「見つかっちゃったみたいだね……」

まどか「今日は外出厳禁じゃなかったの? 怪我は大丈夫?」

さやか「そーそー! それがどうして仁美と……はっ、まさかあんたたち……!?」

仁美「実は私、お付き合いしてましたの」

 皆の間に緊張が走った。
 杏子に至ってはすぐにさやかを気絶させることが出来るよう背後に回りこんでいる。

仁美「リハビリに、ですけど」

さやか「……へ?」

 後ろでベタな転び方をした杏子を無視して、さやかは驚いたような目で仁美と恭介を見比べた。

恭介「ほら、足を酷使させすぎちゃったからさ。しばらくあの機材は使用禁止。杖も普通の杖に戻っちゃったからね」

ステイル「天草式の治療を受けて左手を除けば君の体は大体回復したはずだが? そりゃ本調子には遠いだろうが……」

恭介「医者が『こんな奇跡みたいな現象は認められない』ってさ。機材取り合げられたら走ることも出来ないし、それでね」
905: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:10:26.78 ID:KahVM0gIo

さやか「なんで仁美なの?」

恭介「うっ……」

仁美「あの、さやかさん? 別にこれは深い事情があるわけでは……」

さやか「恭介に聞いてるの。ねぇ、なんであたしじゃなくて仁美に頼んだの?」

ステイル(修羅場だね) ゴクリ
ほむら(修羅場ね) ゴクリ
まどか(ふふっ、分かってないなー二人とも。よーく見てなよ)
ステほむ(?)

さやか「どうして仁美なの?」

恭介「えっと、だからこれはその……」

 すぅっと息を肺に溜める素振りを見せるさやか。
 これから繰り出されるであろう醜い嫉妬に塗れた罵詈雑言を想像して、思わずステイルとほむらは目を瞑り――

さやか「仁美は容姿端麗才色兼備のお淑やかお嬢様なのよ!? そんな仁美に荷物持ちはダメでしょ! ダメダメ!」

さやか「あたしの嫁候補でもある仁美にもしものことがあったら……例え仁美が許したってあたしが許さないからね!」

恭介「ごっ、ごめんよさやか!」

仁美「……はい?」

――何故か仁美をフォローして恭介を非難しているさやかの言動に、揃って首を捻った。
 なぜか胸を張ってニヤニヤしているまどかに視線を向けて言葉を促すと、彼女はこれまたニヤニヤしながら口を開いた。

まどか(さやかちゃんは根は真面目で良い子だから。上条君と同じくらい仁美ちゃんのことも大切なんだよ)
ほむら(……なるほど)
ステイル(つまりは善人ってことだね)
杏子(よくわかんねーけど良いヤツじゃん)
906: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:11:31.78 ID:KahVM0gIo

さやか「そーいう泥臭いことはあたしに任せてればいいのに……」

恭介「さやかならそう言うと思ったんだけどさ……その……」

仁美「よく分かりませんが、とりあえず器の違いというものが嫌でもはっきりさせられましたわね……」

さやか「で、どーして仁美に頼んだの?」

恭介「あーっと……ほら、さやかたちは不思議な力があるからさ。いろいろと……」

 不思議な力、の件で仁美が不可解そうに目を細めた。
 そういえば彼女は事情を知らないのだったか。

さやか「別にそんなの気にしないってのに……ごめんね仁美、くだらない理由で恭介の我侭につき合わせちゃって」

仁美「いえ……と言いますか、上条君が私を頼られたのはそんな曖昧かつ荒唐無稽な理由ではないのですけど」

恭介「あっ、ごめんそれだけは!」 アタフタ

仁美「(無視)さやかさんにリハビリを申し出るのが恥ずかしいとか、心配掛けたくないとかおっしゃっていまして」

さやか「へ? 恥ずかしい……って?」

恭介「……昨日の今日で色々あったのに、ろくに歩けないんじゃみっともないと思ってさ?」

さやか「あ、あたしはそんなの気にしないよ! むしろもっと迷惑掛けて欲しいというか、一緒にその……」

恭介「……本当に?」

さやか「もっ、もちろん!」

恭介「そっか……ありがとう、さやか」

ステイル(なんだ、円満解決か)
ほむら(つまらないわね)
まどか(良い神経してるね二人とも……)
907: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:12:19.84 ID:KahVM0gIo

仁美「と・こ・ろ・で……さやかさん?」

さやか「へ?」

仁美「なにか私に言うことがあるのではないですか?」

さやか「えーっと……げ、元気かなー……?」

ステイル(……今度こそ修羅場かい?)
ほむら(その裏をかいて……さらに裏をかいて修羅場ね)
まどか(てぃひひっ、甘いなぁ二人とも。よく見てるといいよ、)
ステほむ(ああ、これ善人パターンか)

仁美「私、さやかさんと会うのはこれで四日ぶりなんです」

さやか「……あっ」

仁美「そりゃあ確かにさやかさんとは色々とありました、あれは謝ります。でも三日間放置されていました、私」

さやか「……ごめん! こっちも手が離せない用事があってさ!」

仁美「……別に謝罪など要求していませんわ。ただ、今度からは悩み事がありましたら相談なさってくださいね?」

さやか「うん、気をつけるよ……ホント、ごめん」

仁美「いいですわ……それにしてもさやかさんは、やっと自分のお気持ちと向き合えたようですね」

さやか「あっ、それはまだというか伏せておいて!」 アタフタ

仁美「(無視)あら、私はてっきり付き合っているのかとばかり……もしかしてまだ告白していないんですの?」

さやか「あう……」 カァッ

恭介「え? さやかって好きな人いたのかい?」

さやか「……え?」

仁美「あらあら……これは大変そうですわね、さやかさん」
908: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:13:16.57 ID:KahVM0gIo

――辺りの草を適当に引っこ抜き、頭に被って地面に伏せていたステイルたちは眉をひそめて唸った。

ステイル「彼女は善人というか、その……いささか腹が黒くないかい?」

ほむら「真っ黒ね……」

まどか「仁美ちゃんは葉も茎も根も真面目で良い子なんだけど……ね?」

杏子「わけわかんねー」

ステイル「というかあれだ、恭介は素なのか? 素でやっているのか?」

まどか「素だと思うよ」

ほむら「見ててイライラしてくるわね……額に肉とでも書いてやりましょうか」

ステイル「やはり『上条』の姓を持つ者は“あの男”の影響を受けるのか……偶像の理論、侮り難し……」

杏子「おーい、戻ってこーい」

ほむら「というかいつまでこの姿勢でいればいいのかしら」

ステイル「……さぁ」

まどか「うー、太ももの辺りが草でちくちくするよ……」

ほむら「わ、私が掻いてあげ……いやでもこれはさすがに……」

杏子「なぁ、アンタってそんなキャラだったっけ?」

 杏子の言葉に答えるものはいない。
909: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:14:35.50 ID:KahVM0gIo

 そんなこんなでドタバタした一日も、物理法則には逆らえず。
 皆と別れた後、付近で“作業”をしていたステイルは七時を過ぎた辺りになってようやくアパートに帰宅した。
 軽く首を振って凝りを解しながら玄関の扉を開ける。
 そこにはなぜか神裂がいた。もちろんいつもの格好+エプロンで。

ステイル「……なにか?」

神裂「いえ、なにも」

ステイル「何やってんだか……というか、そこを退いてくれないと入れないんだけどね」

神裂「その前に言うことがあるでしょう」

 言うてみ言うてみ、と言わんばかりに神裂が手をくいくいっと動かした。関西地方に住んでいるバァさんか。

ステイル「……ただいま」

神裂「はい、お帰りなさい。既に夕食の用意は出来ていますよ」

ステイル「先に仕事の方を進めたいんだけどね」

神裂「腹が減っては戦は出来ません。佐倉杏子も呼んで食事にしましょう……と、言いたいのですが」

 そう前置きをした彼女は、先ほどとは違う洗練された手つきで手招きした。
 事情を察したステイルが近づき、神裂の口元に耳を寄せる。

神裂「最大主教がなにやら不穏な動きをしているとの連絡がありました。既に相当な規模の人員が割かれているようです」

 とうとう尻尾を見せたか、あの女狐め。
910: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/01(木) 14:16:10.73 ID:KahVM0gIo

ステイル「具体的には?」

神裂「清教派の戦力を手元に集中させるつもりのようです。あと魔法少女関連の研究全てに最大主教命令でストップが」

ステイル「魔女を元に戻す確証は得られたのにストップ……? まだなにか欲しい情報でもあるというのかい?」

神裂「分かりません。既に騎士派が動き、彼女の陰謀を暴こうとしているようですが……」

 恐らく無駄だろう。口には出さないものの、神裂もそう思っているはずだ。
 現在のイギリス清教に、かつてのような三派閥は存在しない。するにしても、形骸化されてしまっているのだ。
 それどころか、清教派自体が彼女無しでは成り立たないとまで言われている。
 実質、彼女一人が魔術サイドの全てを握っているに等しい。

ステイル「……最大主教が相手では、こちらもやりにくくなるね」

神裂「彼女の意図が掴めないのが怖いですね。既にイギリス清教は三大宗派の頂点に立っているというのに」

ステイル「あの女狐の考えを探ろうなんて考えるだけ無駄だよ、それよりも対策を練ったほうが良い」

神裂「……そうですね。水面下ではまだソウルジェムや契約を解除するの研究は続けられていますし……」

 神裂の言葉に、ステイルは敏感に反応した。
 水面下での行動を、あの最大主教がみすみす見逃すことなどありえるのだろうか。
 むしろこれはわざと圧力を掛ける事で、あえて反抗的な行動を取らせているのではないだろうか。
 とすれば狙いは反乱分子の排除か。しかしただでさえ人手不足のこのご時勢にそれは妙だ。
 そこでステイルはかぶりを振った。
 自分でも言ったように、彼女の考えを探るのは不可能に近い。それよりもまずは――
 バン! と玄関の扉が開け放たれたせいで、思考はそこで途切れてしまった

杏子「腹減ったー、晩ゴハンまだー?」

神裂「この話はまた後で……はい、出来てますよー!」

ステイル「……やれやれ」

 ステイルはビーフジャーキーを齧りながら、右半身を影に覆われた月を窓越しに見上げた。



 ワルプルギスの夜襲来まで、あと六日。
924: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:09:38.30 ID:TlrnBPj2o

げつようび。

 イギリス清教所属の魔術師、ステイル=マグヌスの朝は早い……はずなのだが。

杏子「ねぇねぇ、ホントにこれ毎日着なきゃなんないの?」

神裂「もちろんです。それが規則ですからね」

杏子「うへぇ……魔法使って一瞬で服装戻したり出来たら良いんだけどなぁ」

神裂「そうやって憂鬱な気分に浸るのも子供の仕事です。私には出来なかったことですから」

 和気藹々とした雰囲気の下に発せられている少女(?)らの声を目覚まし代わりにして、ステイルは眠りから覚めた。
 目を閉じれば再び意識を手放してしまいそうな、ほどよい温もりから逃れるように布団から這い出る。

ステイル「……」

 そしてすぐ隣で立ったままの神裂を見て、次に同じく立ったままの杏子を見た。
 ここはステイルのアパートで、仕方なく神裂と部屋を共にしているのだから彼女がいてもおかしくはない。
 隣の部屋に住んでいる杏子が飯をたかりにこちらの部屋にやってきた、というのもまぁ想像はつく。
 しかし彼女の『格好』が、ステイルには理解できない。彼は寝ぼけていた。

ステイル「朝からコスプレかい?」

杏子「テメェが言ったことだろ、バーカ」

ステイル「……ああ、そういうことか」

 杏子の冷めた視線を浴びて、ようやく脳がまともに働き始める。
 それから何事も無かったかのように立ち上がり、顎に手を当てて上から下に杏子の姿をじろじろと眺めた。

神裂「目つきがやらしいですよステイル」

ステイル「黙れバカ。しかしなるほど」

杏子「な、なんだよ。そんなに変に見える?」

ステイル「いや、似合っていると思うよ。馬鹿にも衣装ってのはまさにこのこだぐふぉっ!?」 バキィッ!

杏子「それを言うなら孫にも衣装だこのバカ神父!」

神裂「……馬子にも衣装、ですよ」
925: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:10:20.89 ID:TlrnBPj2o

――見滝原中学

まどか「ステイル君、なんか今日すっごく疲れてるね」

ステイル「……朝から裏拳と肘鉄を食らえば誰だって疲れるさ」

 そう言って、ステイルは教室をざっと見渡した。
 さやかの姿が見えないことを尋ねると、まどかは苦笑いしながら肩をすくめて椅子に座った。

まどか「上条君のお手伝いしてるんだ。私と仁美ちゃんは邪魔しないように先に登校しちゃったの」

ステイル「朝っぱらから妬けるね……しかし一時期行方知らずだった二人がそれじゃ、皆からの質問攻めが酷そうだね」

まどか「どうだろ、オチは大体分かるんだけどね……」

 意味ありげに笑いながら、まどかは手を振った。
 彼女の視線を追うと、ガラスを隔てた廊下にさやかがいた。彼女は恭介の鞄を持ったままぱちっとウインクする。
 そして杖をつく恭介にぴったりと寄り添い、周囲から送られる奇異の視線をものともせずに教室へと踏み込んでくる。

クラスメイトC「お、おはよー美樹さん」

さやか「おっはよ! 色々あったけど無事さやかちゃんは復活しましたよー!」

クラスメイトA「上条と駆け落ちしたってメールはやっぱ嘘だったんだなー」

恭介「ぶふっ!? なんだよそれ、誰が回したのさ?」

クラスメイトD「で、実際駆け落ち? 愛の逃避行!?」

さやか「あ、愛の逃避行ってあんたらね……とにかく、そんなんじゃないってば」

クラスメイトB「だがここであえて俺は誘拐された美樹を上条が助けに行った説を提唱するぜ!」

さやか「あながち間違ってないのがなんとも……」
926: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:10:48.87 ID:TlrnBPj2o

ステイル(これ以上踏み込まれるのも厄介だな……助け舟を出すべきか)

 想像通り、二人はクラスメイトの皆からあれこれ質問されてあたふたするばかりだ。
 さやか達を信頼していないわけではないが、不用意に魔術や魔法少女のことを喋られれば仕事が増えてしまう。
 ただでさえワルプルギスの夜対策のために夜中あちこちを駆け回っている彼としては、それは非情によろしくない。

まどか「大変だね、さやかちゃん」

ステイル「……ずいぶんと余裕だね。あのほむらでさえ心配しているというのに」

 視界の隅でさやか達を『チラッ』『チラッ』と窺っているほむらを指差しながら言う。
 そんな少し間抜けなほむらの姿を驚いたのか、まどかが目を丸くした。

まどか「ほむらちゃん、かわいい……」

ステイル「そこかよッ!」

まどか「分かってるって。もうすぐ終わるから大丈夫だよ」

 その時だ、さやか達を囲んだクラスメイトに動きが見られた。

クラスメイトB「助けに行った白馬の王子様か、愛のために身分を捨てた王子様か……どっちだろうな!」

さやか「だからそんなんじゃないっつーの!」

クラスメイトA「で、中沢はどっちだと思う?」

中沢「えぇ!? ど、どっちでもいいんじゃないかな?」

 どっと笑い声が沸きあがり、それでこの話はおしまいと言わんばかりに皆自分の席に戻っていく。
 妙に統制の取れた、あるいは息の合った動きに思わず目を見張るステイル。

まどか「今日はちょっと遅かったね」

 今の現象についてまどかに質問しようとするが、それよりも早く担任である早乙女が教室に入って来た。
 ただ単に教師が訪れたから話を終わらせたのだろうか……?
927: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:11:26.83 ID:TlrnBPj2o

早乙女「オホンッ! 今日は皆さんに、大事なお話があります! 傾注して聞くように!」

さやか「いえっさー!」

ステイル(この場合はイエスマム、だよ) ボソボソ

早乙女「……チューペットを食べる時は、膝で割りますか? 手で割りますか? はい上条君ッ! 座ったまま答えて!」

恭介「あの、普通こういうのって中沢の仕事じゃ?」

中沢「なんだよそれ!」

早乙女「無断欠席した上条君がダメなら三日間学校をサボった美樹さんに答えてもらいます!」

さやか「えぇっ!? 恭介、お願いだからぱぱーっとやっちゃって!」

恭介「はぁ……えーっと、どっちでもいいんじゃないですかね?」

早乙女「その通り! どっちでもいいわけ……ありません! そもそもチューペットは正確にはジュースの類なんです!」

早乙女「つまり答えは端っこを切ってちゅーちゅーする! 先生昨日の夜ふと気になって昨日パソコンで調べました!」

 皆がげんなりした様子で肩を落とした。

恭介「第三の選択肢を選んだら第四の選択肢で返された……斜め上にも程があるよ……」

早乙女「あとついでに、今日は皆さんに転校生を紹介しまーす」

 ついでというレベルを遥かに超越したとんでも発言に、クラスがにわかにざわめきだつ。
 とはいえ、無理もない。ただでさえこのクラスには、二週間と少し前に転校生が二人も来ているのだ。

さやか「いくらなんでも転校生来すぎじゃない? いくら机に余りがあるからってこうもあれだと……」

まどか「でもどんな子が来るんだろうね」

ステイル「……君達の知っている子さ」
928: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:12:22.94 ID:TlrnBPj2o

早乙女「えー、それではどうぞ!」

 教師に誘われるようにして、その『転校生』が教室に入ってきた。

さやか「……なっ」

 身長は160cm前後でさやかと同じくらいか、やはり中学二年生にしては高い方と言えるだろう。
 静かに燃える炎のように赤い、腰まで届く長い髪は大きなリボンでポニーテールに結わえられている。
 目は髪色と同じ赤色で大きく吊り上がっていて、時折唇から姿を覗かせる八重歯と相まって活発そうな印象を受けた。

早乙女「はい、じゃあ自己紹介お願いしまーす」

 その言葉に頷くと、転校生――佐倉杏子は照れくさそうにはにかんで、口を開いた。

杏子「アタシは佐倉杏子! えーと、見滝原に来てからまだ日が浅いからさ。色々とよろしく!!」

クラスメイトB「おおー!」

中沢「明るくて良い子そうだね」

クラスメイトC「かわいー! でもあたしよりも背高い……」

クラスメイトD「嫉妬は醜いぞぉ、あはは」

 などという感想を漏らしながら、一部を除いたクラスの皆が大きく拍手して杏子を歓迎した

ほむら「……私達の時とは大違いね」

ステイル(……僕らの時はインパクトが大きすぎたから仕方ないさ)

 前回はいかにもな感じの美人クール無口キャラと身長2mの神父。
 今回は明るく元気な可愛い(?)系のポニーテール娘である。
 そりゃあ誰だって半分ファンタジーに足突っ込んだ前回よりかは、今回みたいな健康的な方が喜ぶに決まってるのだ。
929: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:13:26.54 ID:TlrnBPj2o

さやか「で、なんであの子がいるわけ?」

ステイル「イギリス清教からのお達しだよ。彼女をシスターとしてスカウトするか、それとも学校に編入させるかってね」

まどか「そんな簡単に編入手続きって出来るの?」

ステイル「僕の時は交換留学生扱いだったから上手く行ったけど、今回はどうかな……」

ほむら「それより、あの新しい物好きの連中はどうするの?」

 ステイルの椅子に堂々と腰を下ろして(無許可)ぶすっとした表情をしたまま、ほむらがちらっと杏子を覗き見た。
 その杏子はというと、座席に群がるクラスメイトの集団の対応に追われてこれまたあたふたしている。

クラスメイトA「ねぇねぇ、ここに来る前はどこに居た?」

杏子「隣の風見野だよ」

クラスメイトD「わぁー綺麗な髪! どんなシャンプー使ってるの?」

杏子「うぇ!? て、テキトーだからよく分かんないや」

クラスメイトB「どんな家に住んでるの? お母さん優しい?」

杏子「えっと……あー、アパートだよ。お袋は……」

 杏子が言葉を詰まらせて視線を宙に漂わせた。地雷を踏んだとはこのことか。
 彼女の変化に気付いたのだろう、察しの良いほむらと目を合わせると、ステイルは席を立ち上がった。
 そして杏子に声をかけようとして――踏みとどまる。

中沢「ねぇ、佐倉さんはチューペット、膝で割る派? 手で割る派?」

杏子「チューペット? アタシはどっちでもいけるけど、アレって直に飲むのが正しいらしいね」

クラスメイトC「おー! 佐倉さん物知りー!」

 はにかむ杏子と、笑顔のクラスメイト達。そしてほっと胸を撫で下ろしている中沢の姿。
 それらの姿から導き出される事実は――
930: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:14:00.62 ID:TlrnBPj2o

まどか「このクラスの人って、みんな優しいんだよ」

まどか「はしゃぎすぎちゃうとこもあるけど、誰かがそれに気付いたらさりげなくフォローしてくれるんだ」

さやか「……まっ、そうかもね。今の中沢みたいに、さらっと話題流してくれたり。でもそれを言うならまどかもでしょ?」

仁美「去年の自己紹介の時でしたかしら。緊張して上手く喋れない方を、
.     保健係を希望しているという無茶苦茶な理由で保健室へ連れて行ってさしあげたりしてましたわね」

ほむら「……初めて知ったわ」

ステイル「僕もだよ」

 ステイルの言葉に応えず、ほむらは眉をひそめて俯いた。
 まだこちらに来てから日が浅いのだから、別に知らなくてもおかしくない。そこまで驚くことでもないだろうに。
 ようやく質問責めから解放された杏子が自分の肩を手で揉みながら近づいてきた。

杏子「いやー疲れた。ガッコーってこんなにくたびれるもんなんだな」

さやか「そりゃそーよ、子供はみんな命懸けで頑張ってんの」

恭介「それは言いすぎじゃないかな……」

まどか「ねぇ杏子ちゃん。みんなと仲良くなれそう?」

杏子「ん……あったりまえさ。アタシにかかりゃあんな良いやつら、一ヶ月でちょちょいのちょいだぜ!」

さやか「素直に仲良くなれますーって言いなさいよ。あんた意外に照れ屋さん?」

杏子「そ、そんなんじゃねーし!」

ほむら「……一ヶ月後も学校があれば、の話だけど」

 そんなほむらの言葉を、ステイルは聞き逃さなかった。
931: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:14:27.11 ID:TlrnBPj2o

――昼休み
 チャイムが鳴ったと同時に教室を出たほむらの後を追って、ステイルは屋上に出た。
 ぐるりと辺りを見回し、一人立ち尽くしているほむらを見つける。

ほむら「……」

ステイル「彼女達が心配していたよ。教室には戻らないのかい?」

ほむら「……ワルプルギスの夜が来るわ。暢気に食事なんて……」

ステイル「知っているさ。こちらも別のルートで調べていてね、対策もしてある。気に病む必要は無いよ」

ほむら「アレはただの魔女とは違う、文字通り最強の魔女よ。どれだけ気に病んでも足りないわ」

ステイル「まるでこれまでにも見て来たたかのような口ぶりだね」

ほむら「……」

ステイル「……」

ほむら「あなたたちを信頼していないわけじゃない。魔女を魔法少女に戻したのには驚いたし、感謝もしてるわ」

ほむら「こうしてこの時間を穏やかに過ごせるのは奇跡に近い……でも、だからと言ってアレを倒せるとは思えない」

ステイル「……なるほどね」

ほむら「?」

 怪訝そうに首を傾げるほむらを無視して、ステイルは一人頷いた。

ステイル「以前から不思議だったのさ。君の行動、言動、知識、覚悟、感情……まぁそういったあれそれがね」

ステイル「だがようやく合点がいったよ……ところで僕は、君に僕の過去について話がことがあったかな」

ほむら「……守りたい子がいたとか、その程度なら」

ステイル「そうかい、じゃあついでに説明しておこうかな」
932: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:14:59.64 ID:TlrnBPj2o

 ステイルには、自身の想いを寄せた少女がいた。
 その想いは恋愛感情であると同時に妹に向けるような親愛感情でもあり、許しを請うそれにも似ていた。
 その少女は、一年間しか記憶を維持することが出来なかった。
 記憶を消さなければ彼女は死ぬ。そして彼女は記憶を消されることを拒み、彼は彼女の記憶を消した。
 やがて少女はとある少年に救われて幸せになりましたとさ、と付け加えると、ステイルはほむらの顔を真正面から見た。

ステイル「以前君は言っていたね。好きな相手に忘れられてしまうよりかはマシだ、と」

ステイル「そして巴マミが魔女になったとき、君はこうも言った……もう、嫌だと」

ステイル「以前にも似たような場面を目にしたことがあるかもしれないが、それでは辻褄が合わない。決め手は時間の魔法さ」

ほむら「……」

ステイル「ほむら。君はこの世界の人間じゃない。正確には、この時間の人間じゃない」

 ほむらは否定も肯定もしなかった。

ほむら「……そうだったとして、どうするつもり?」

ステイル「どうもしないよ。どうやら君と僕が会うのは今回の世界が初めてのようだしね」

ほむら「……」

ステイル「別に誘導尋問じゃないから安心するといい。転校初日の君が向けてきた警戒心から察しただけさ」

ほむら「……もう隠す必要はなさそうね」

ほむら「そうよ。私はこの時間の人間じゃないわ。手に負えなくなった世界を見限り、時間軸を越えて来たわ」

 予想していたこととはいえステイルは少なからず衝撃を受けた。
 時間を越えていた事実に、ではない。
 こんな少女が抱えていた負の塊の大きさに、である。

ほむら「私はもう後悔しない。たとえどれだけの犠牲を払おうとも、私は目的を果たすために何度でも繰り返す」
933: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:15:32.76 ID:TlrnBPj2o

ステイル「相性はともかくとして、境遇だけなら僕らは瓜二つなわけだ」

ほむら「話を聞いていたの? 私は目的のためにいくつもの世界を見限ってきたのだけど?」

ステイル「奇遇だね、僕も“彼女”を守るために何十人という人間を焼き殺してきたよ
       これは僕の扱うルーン魔術にも言えることだが、大事なのは量じゃなく質だ。似た者同士には変わりないさ」

ほむら「……慰めのつもり?」

ステイル「似た者同士なら似た者同士らしく、全面的に協力するのも悪くないんじゃないかって言いたいんだけどね」

 その言葉は本心から来るものだ。
 ステイルはほむらの抱える問題に衝撃を受けたが、だからと言って安易に同情などはしない。
 彼に出来るのは、燃やすことと爆破させること。並み居る障害の破壊だけだ。

ほむら「……修道女姿の佐倉杏子は、確かに見てみたいわね」

 ぶっきらぼうに言うと、ほむらはそっぽを向いた。
 その肩はわずかに震えていて、悩んだあげくステイルは黙ったままでいることにした。
 そして、屋上の扉からわらわらとこちらへやってくる集団に気付いて微笑を浮かべた。

ステイル「ひとまず、やらなきゃいけないことが出来たみたいだ」

ほむら「……なにが?」

ステイル「君のことを探してくれるお人好しの相手だよ」

 ステイルに言われてほむらが振り向き、驚きを露にする。
 その視線の先には、風呂敷でくるまれたお弁当を持つまどか達の姿があった。
 ああまったく、いてもたってもいられずに教室を飛び出したわけだ。それも五人で。
934: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:16:11.23 ID:TlrnBPj2o

仁美「ほら、やっぱりいましたでしょう?」

さやか「一人でどっか行っちゃうなんて水臭いわよほむらー。罰としておかず一個没収!」

恭介「はは、そんなんじゃ太るよさやか」

杏子「さっさと飯にしようぜー! アタシ腹ペコペコだよもー」

 急にやってきて口々に騒ぎ立てる皆を尻目に、まどかは心配そうな顔をしてほむらに歩み寄った。

まどか「急に黙ったと思ったらどこかに行っちゃったから、ほむらちゃんが心配で……余計なお世話だったかな?」

ほむら「……そんなこと、ないわ」

まどか「てぃひひ、それじゃあお昼ごはんにしよ? 実はほむらちゃんの分も鞄から勝手に持ってきちゃったんだ」

ほむら「……ありがとう、まどか」

まどか「どういたしまして、ほむらちゃん」

 微笑むと、まどかはすぐそこにある椅子に座って二つ分の弁当を取り出した。
 少し躊躇ってから彼女の隣に座り込んだほむらを見て、ステイルは一段楽したといわんばかりに肩をすくめる。

杏子「おつかれさん、ほら。アンタの分だよ」

ステイル「弁当……君が作ったのかい?」

杏子「まっさか、火織が作ったんだよ。あんたに渡しといてくれってさ」

ステイル「神裂か。余計なことを……貰える物は貰っておくけどね」

杏子「素直じゃないヤツー」

 それから彼らは雑談を交えつつ昼食をとった。
 あまり時間が残されていなかったため少々急いで食べたからか、あまり味は記憶に残っていなかったが。
 もしかしたらそれは、久々に食事を心から楽しめたからなのかもしれないなとステイルはふと思った。
935: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:17:09.11 ID:TlrnBPj2o

――帰宅したステイルは、今日起きた出来事を簡単に神裂に説明した。

神裂「そうですか、暁美ほむらがいわゆる時間遡行者でしたとは……それで得られた情報は?」

ステイル「とりあえず数千個のプラスチック爆薬や対地誘導弾、ハープーンミサイルに迫撃砲では歯が立たないそうだ」

神裂「ううっ、難解な言葉がたくさん……とにかくたくさん兵器を使っても傷一つないのでしょうか?」

ステイル「いや、どうやらタンクローリーを丸ごとぶつけたらわずかに傷を負わせられたらしいね」

神裂「ふむ……そうしますとそれほど手強い相手ではないのかもしれませんね」

 それは君の基準が狂っているからだ、と怒鳴りそうになるのを何とか堪えてステイルは床に座り込んだ。

ステイル「それだけじゃない。あの魔女の使い魔はどうやってか、何人かの魔法少女の姿を借りて戦うそうだ
       いや、正しくは露払いか。基本的にワルプルギスの夜はただひたすらに突き進むだけの存在らしいね」

神裂「人払いさえ済ませればどうにか出来そうですね」

ステイル「ところがまだある……普段ワルプルギスの夜は逆さまでいるらしい」

神裂「逆さま、つまり本来の性質が発揮されていないのですね。では本気を出す際に正常に戻ると」

ステイル「そしてそこにファウストの魔導書だ。いくら君や僕でもこればかりは難しい」

神裂「イギリスからの支援が欲しいところですが、難しいでしょうし……ステイル? 何をしているのです?」

ステイル「電話だよ……チッ、繋がらない」
936: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/04(日) 04:19:17.85 ID:TlrnBPj2o

神裂「……ところでどうです、学校の方は」

ステイル「今日得られた収穫は大きかったが、それでも学校に通うより先にやることがあると僕は思うがね」

 そう。なにもステイルは、馬鹿正直に中学に通っているわけではない。
 彼が欠席することで魔法少女に不安を与えないようにすること、そして最大主教の目を欺くためでもあるのだ。

神裂「最大主教の『日中は必ず学校に通え』という指令。やはりあなたの行動を束縛するための物でしょうか?」

ステイル「最大主教の邪魔をしないようにね。その点天草式というしがらみがある君は元から思う存分に動けない……」

神裂「と、勘違いしてくれているおかげで自由に動けていますが……」

 とはいえ本当に最大主教の裏をかけているとは思っていない。
 神裂の性格を考えれば、一番魔法少女のために行動しそうなのは彼女だと行き着くはずだからである。
 それを承知の上で動く。最大主教に反撃するための手段を見つけるために。

神裂「しかし私が聞きたいのはそこではありませんよ」

ステイル「ん?」

神裂「楽しかったかどうか、をお聞きしているのです」

ステイル「……」

神裂「どうでしたか?」

ステイル「……そこそこ楽しめたよ」

神裂「それは良かった」

 微笑むと、神裂は台所の方へ歩いていった。
 ステイルは窓に目をやると、それから付き合いきれないと言わんばかりにため息を吐いた。



 ワルプルギスの夜襲来まで、あと五日。
959: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:51:36.62 ID:OmW/nac8o

 かよーび。
 見滝原中学に籍を置くステイル=マグヌスの朝は久々に……というか珍しく早い。

ステイル「……眠い……」

ステイル「……新聞でも取りに行くか」

 掛け布団を被りながらのそのそと玄関まで歩く怪人布団デカ男。
 面倒くさげに新聞を取ると、そのまま寝室まで逆戻り。敷かれた布団に倒れこむと、神妙な顔つきで新聞を読み始める。

ステイル「……ふむ」

ステイル「今日の四コマ漫画は微妙だな」

 年齢相応の言葉を口にすると、ステイルは満足気な表情を浮かべてさーっと着替える。
 いつもの神父服だ。軽く身嗜みを整えた彼は首をコキッと鳴らすと台所へ向か。

ステイル「水冷て……ガスつけて、お湯に……」 ジャーッ

ステイル「紅茶を用意して……」 サッサッ

ステイル「よし」

ステイル「……」 ズズー

 カップに注がれた紅茶を口にしながらルーンのカードをチェックしていると、隣の部屋から物音が聞こえてきた。
 たまには一緒に寝ようぜ! という無茶苦茶な理由で杏子と共に寝ていた神裂が起き出したのだろう。

ステイル「寝坊したのか。連日の作業や連絡で疲労しているから仕方ないかもしれないが……」

 いかんせん、聖人である神裂の働きはとても大きい。それゆえ頼りがちになってしまうのだ。
 やはり学校に通う時間を仕事に当てるべきか……そんなことを考えながら、彼は学生鞄を持って部屋を出た。
 眩い陽射しが視界の半分以上を占めて、反射的に目を細める。

ステイル「良い天気だ……だがロンドンのどんより空の方が僕には向いているね」

960: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:53:11.64 ID:OmW/nac8o

 それからすぐそばにある階段を降りたところで、箒を手にした五和と出くわした。

五和「おはようございまーす」

ステイル「おはよう。いつも精が出るね。他にすることはないのかい」

五和「 (あ、寝起きで機嫌悪いなこの人) 女教皇様の負担を和らげるためですから」

ステイル「献身的だね」

五和「ところで今日はお一人で早起き出来たんですね! 偉い偉い!」

ステイル「焼き殺すぞ」 ボウッ!

五和「ひぃいい!? じょ、冗談ですよ!? 真顔で摂氏3000℃の炎の剣を向けないでくださいあっつうう!?」

ステイル「チッ、流石に人目につくか」 シュボッ

五和「お嫁に行く前にお墓立てられちゃうかと思いましたよ!!」

ステイル(それ以前に貰い手がいるのか……?)

五和「でもどうしてこんなに早くに? なにかやり残した作業でもありましたか?」

ステイル「片付けておきたい“難題”があってね」

 五和の頭に『くえすちょんまあく』が浮かんでいる姿が見えた……ような気がする。
 ともかく、怪訝そうにしている五和を放置してステイルはズンズン突き進む。

961: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:53:56.08 ID:OmW/nac8o

ステイル(しかし……)

 途中で朝っぱらから尻尾をぶんぶん振り回すレッサーにデコピンをかましたり、
 “バケツみたいな帽子”を被った妙ななりの少女や、“眼帯で右目を覆った”少女とすれ違ったり、
 ボロボロなゴシック調の服装のままうろつくシェリーを生暖かい視線で眺めたりしたステイルは、ふと疑問を抱いた。

ステイル(この街は少し変わり者が多いな
       僕みたいにまともな英国紳士は少数派というわけかい? ああ嘆かわしい)

 身長2mの神父がどの口でほざきやがるんだ、とシェリーがジト目で睨むのも気にせず彼は歩き続ける。
 そうして歩き続けた結果、彼は見滝原中学の真正面にある校門にたどり着いた。
 それから門に背を預けて自分のことを待ってくれていたほむらに片手を挙げて話しかける。

ステイル「やあ、待ったかい?」

ほむら「気持ち悪い猫撫で声はやめなさい。冗談抜きで今来たところよ」

ステイル「朝の良い気分が君のせいで台無しだな……じゃあさっそくだが“範囲”を教えてもらえるかい?」

ほむら「時と場所も考えられないのかしらこの馬鹿神父は。教室へ行きましょう。あそこなら落ち着いて話せるわ」

ステイル「君にしてはまともな案だ。お手柔らかに頼むよ」

ほむら「それはあなたのオツムの出来次第よ」

――余談だがこの二人は徹夜で作業をしたり武器を盗み出したりしているために寝不足気味である。
 そして寝不足から来る苛立ちのせいか会話の節々にひどい暴言が混じっているのだが、
 やはり寝不足のために頭の回転が致命的に鈍っている二人はそれにはまったく気付かず教室へと向かうのであった。

962: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:54:22.36 ID:OmW/nac8o

――昼、教室にて

杏子「ふっふふん、ふっふふん、ふっふっふー……ん?」

 神裂さんお手製の大きな弁当箱を抱えてまどか達の机までやって来た杏子は、
 複雑そうな表情でおろおろしているまどかとさやか、恭介を見て眉をひそめた。

杏子「クソでも詰まった顔してどーしたのさ?」

恭介「あははっ、上手い例えだねそれ!」

さやか「ちょっと、恥ずかしいから下ネタで笑わないでよ……そうじゃなくてほら。あれ見てみなよ」

 さやかが指差す方に目を向けて、杏子は納得したように首を縦に振る。
 その視線の先では、ほむらとステイルが険しい顔つきのままノートに何かを書き込み、議論を繰り広げていた。
 二人から醸し出される重厚な空気と気まずい雰囲気を浴びて、近くいたクラスメイトが顔を引きつらせながら退散していく。

杏子「……もしかしてワルプルギスの夜に関する話か?」

まどか「どうだろ、あんまり真面目だから聞くに聞けなくって……」

杏子「いっちょアタシがアドバイスして一旦止めてくるよ。こんな空気じゃ美味い飯も不味くなっちまうからさ」

さやか「それはそれで嬉しいけど、あんたももうちっと心配しなさいって」

 さやかの言葉を聞き流しながら、杏子はずかずかと大股で二人に歩み寄った。

ほむら「――だからそこは前提が異なると何度言わせるつもり?」

ステイル「条件が多くてややこしいんだよ。つまりこちらを応用してやれば良いわけだろう?」

ほむら「……残念だけどこちらも無理よ。初歩的なミスで台無しになってしまっているわ」

ステイル「なんだって? 僕の用意した前提条件ならば合うはずだが……そうか、この対象が反転されるのか!」

963: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:54:58.73 ID:OmW/nac8o

杏子「ほらほら、辛気臭い話はそこまでにしとこーぜ!」

 勝手に納得した様子で頷くステイルからノートを取り上げると、杏子は無い胸を張って言った。

ステイル「食事なら後にしてくれ、それにもう少しでこの話は終わるからね」

ほむら「出来ればもうもう少し応用の利く方法を伝授したいところだけど……」

 伝授? と首を傾げそうになるが、言葉の端々から察するに対ワルプルギス戦の戦略を練っているようだ。
 心配性な彼ららしいと言えば彼ららしいが、気に病むことは放課後に後回しにすればいいのに。

杏子「二人であれこれ考え込みすぎなんだよ、アタシらがいることも忘れんじゃねーっての」

杏子「まっ、アタシはアンタたちのそーゆーところが――」

ステほむ『ところが?』

杏子「――なんでもないよ。とにかく! こーんな問題なんてみんなで協力すりゃちょちょいのちょいさ!」

 はにかみながら堂々と言うも、二人の顔は晴れない。
 それどころかなぜか疑いの色まで見せ始めていた。

ステイル「気持ちはありがたいが……君にどうにかできるのかい?」

杏子「おー、こんなの力ずくで叩き潰してやるよ!」

ほむら「実施は五時限目よ? あなたではどうにも出来ないでしょう。わけがわからないわ」

杏子「へ?」

ステイル「下手をすれば、ワルプルギスの夜が来る前に厄介なことになるかもしれないね」

杏子「はぁ?」

964: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:55:41.28 ID:OmW/nac8o

 その言葉を聞いて初めて、杏子は自分が奪い取ったノートの中身を覗いた。
 真新しいページには二次方程式の問題とその解、
 そして丁寧な文字でその解説がびっしりと書き込まれている。
 つまり。

杏子「……テスト勉強かよッ! しかも数学の小テストかよッ!!」

ステほむ『今まで何だと思っていたんだい(の)?』

杏子「ああもう! 別にこれでどうこうなるわけじゃないんだし飯にしようぜ」

ほむら「……それもそうね。まどかも気になるし、成績には影響が出ない形式だもの」

杏子「そーそー、中間で頑張れば良いんだよ。はやく飯ー」

ステイル「……中間試験はだいぶ先だったね。だったら僕が頑張る必要はなさそうだ」

ほむら「それはどういう意味かしら」

ステイル「さてね。それより昼食にするんだろう? 隣の腹減り娘が暴れだす前にお弁当を取ってきたらどうだい」

杏子「誰のことだよ」 イラッ

ステイル「君のことだよ」 スラッ

杏子「うぜぇ、チョーうぜぇ」

ステイル「十年前の子ギャルじゃないんだから……もっと上品な言葉を使った方が良いんじゃないかな?」

杏子「上等だ、飯食ったら表に出な! 魔法少女の実力ってヤツを叩き込んでやるよ!」

ステイル「望むところだ。ルーンを活かした魔術の凄さをその頭に嫌というほどたっぷりと刻み込んであげよう」

ほむら「……お弁当取って来ましょうか」

965: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:56:22.08 ID:OmW/nac8o

――昼食時

さやか「あああああ! どうしようまどか! あたし数学の勉強なんてぜんぜんしてないよぉおお!?」

まどか「そ、それを言ったらわたしだってお勉強してないよぉ!」

杏子「明日は英語の小テストもあるんだってな。そっちはどーなのさ?」

さやか「えい、ごも? あー終わった……終わったわこれ……」

まどか「英語もなんて……こんなのってないよ!」

ステイル「英語はともかく数学がマズイ、これは由々しき事態だ」

杏子「おまえら、いず、べりー、ふーりっしゅってヤツだな」

ほむら「……あなたは平気なの?」

杏子「へーきへーき、こんなの勘でどーにでもなるさ。あーメシうめー」 モグモグ

まどか「そう言って盛大にやらかしちゃう人、マンガの中で、見たような……」

さやか「勘でどうにかなったら奇跡も魔法もいらないんだよ!」

ステイル「……その割にはずいぶんとノリノリだね」

恭介「でも参ったな。僕も退院してから走り通しで勉強なんて全然してないよ」

仁美「あらまぁ、大変ですわね」

さやか「!」



            _ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノヽ、
         γ´                                           Y
         (    恭介「あーだめだー誰か一緒に勉強してくれないかなー」       )
             )                                                (
         (    さやか「そんなのお安いご用だよ! あたしと一緒にがんばろ!」  )
             )                                                (
         (    恭介「本当かい! 持つべきものは可愛い幼馴染だね!」      )
          乂                                             ,'
            ヽ、_ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノ⌒丶、  ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノ⌒丶、_ノ
                                し'
                                  ○
                       さやか 。 O



966: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:57:18.25 ID:OmW/nac8o

さやか「これ……とうとう来ちゃったかな、あたしの時代が」

恭介「志筑さん、もし良ければ勉強教えてくれないかな?」

さやか「」

まどか「さやかちゃんの時代、過ぎ去るの早いね……」

ステイル「五秒にも満たなかったね」

仁美「えーっと、私は構いませんがその、なんというか」 チラッ

さやか「」

恭介「え? ……ああ、そっか。ごめんねさやか」

さやか「! これ……とうとう再来しちゃったかな、あたしの時代が」

恭介「さやかも志筑さんに教えてもらいたかったんだよね? じゃあ僕は中沢に頼むことにするよ」

さやか「」

仁美「なんて不憫な……私見てられません、ちょっと席を外しますわ」 タタタッ

杏子「さやかって、ほんとバカ」

ほむら「それでこそさやかよ」

ステイル「さやかのさやかたる所以だね」

さやか「」



さやか「」

967: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:58:10.01 ID:OmW/nac8o

まどか「さやかちゃんは置いといて……そういえばステイル君、みんなのことフルネームで呼ばなくなったね」

ステイル「ん? そういえばそうだね」

杏子「どーいう風の吹き回しだよ?」

ステイル「ふむ……さぁ、こればかりは僕にも分からないね」

まどか「ほむらちゃんもさやかちゃんに言われてから下の名前で呼ぶようになったよね?」

ほむら「……それはそれ、これはこれよ」

まどか「二人とも、わたしたちのことを友達として思ってくれてるってことなのかな。なんだか嬉しいな、そういうの」

杏子「たった今親友のこと無視して話進めたアンタがそれを言うのかよ……」

まどか「それ(さやか)はそれ(さやか)だよ、てぃひひ」

さやか「」

まどか「さやかちゃん、それもういいから」

ステイル(気のせいか、この子から仄暗いオーラが漂っているような……)

ほむら(これでこそまどかね……)

 そんな調子で雑談を交えつつ食事をしていると、不意にほむらがステイルの肩を肘で突っついてきた。
 彼女の様子に眉をひそめつつ、首をかしげて見せる。

ステイル「どうしたんだい?」

ほむら「さっきの話よ。中間試験は頑張る必要が無いというのはどういうことかしら」

 なんだ、そのことか。
 正直今更説明するほどのことでもないし、わざわざ改まって言うのも妙な気分だ。
 とはいえこのまま放置するのもどうだろう。変な誤解を招きかねないので、仕方なくステイルは口を開いた。

968: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:58:38.88 ID:OmW/nac8o

ステイル「そのままの意味だよ。僕は中間試験は受けないからね」

まどか「えー……いくら数学が苦手だからってサボったらダメだよステイル君」

ステイル「そこまでみっともない真似はしないよ。そもそも学校にいないからね」

恭介「もしかして、その……例の魔術師の仕事かな?」

ステイル「こうしてこの場にいるのも仕事なんだけどね……」

 ステイルの弁当箱から玉子焼きを盗み食いしていた杏子が、目を細めて箸を持ち直した。
 ほんの少しだけ考えるような素振りをして、それから短く何かを呟き、得意気な顔をして喋る。

杏子「もしかしてアンタ、近い内に学校辞める気か?」

 お見事、と答える代わりに首を縦に振る。
 目を丸くしたまどかが何かを言おうとして舌を噛み、涙目になった。あれは痛そうだ。
 そんな彼女の頭をさりげなく撫でながら、立ち直ったさやかが不満そうに口を尖らせた。

さやか「なにそれ、どーいうことよ?」

ステイル「どういうこともなにも、そのままの意味だよ。ワルプルギスの夜を撃退したら僕はイギリスに戻って、
       いけ好かない上司に直談判を申し込む。魔法少女のしがらみやらなにやらを取り除くよう願い出るつもりさ」

まどか「それが終わったら、また戻ってくるの?」

ステイル「それはないだろうね。今抱えている問題が終わったら今度は新しい問題の解決に勤しむだけさ」

さやか「なーんかむかつく。じゃあそれが終わったら? 休みとか使って来れないわけ?」

 そう言われてもね、とステイルはただただ苦笑する。
 自分と彼女達とでは住む世界が違うのだ。わざわざ自分が会いに行く必要などないだろう。
 なぜか黙り込んでしまったほむらの様子を窺いながら、ステイルは肩をすくめてみせる。

ステイル「それが人生というものだよ」

969: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:59:16.76 ID:OmW/nac8o

まどか「……ほむらちゃんは?」

ほむら「え?」

まどか「ほむらちゃんもどこかへ行っちゃうの?」

ほむら「それは……」

 言葉を濁すと、ほむらは視線を宙に漂わせた。
 ステイルは彼女が時間遡行者であることは知っていても、彼女の目的までは知らない。
 だから彼女がどのような理由で時間の壁を乗り越えてきたのかまでは分からないままだ。

さやか「そういやほむら、あんたって色々知ってるけど昔なんかあったわけ?」

ほむら「そんなところよ」

杏子「そういやアタシら、アンタのことよく知らないままなんだよねー」

ほむら「自己紹介ならしたでしょう」

さやか「いやいや、もっと深い根本的なところとか知りたいんだけど」

恭介「あまり無理に聞かないほうが良いと思うよ。彼女にも彼女なりの理由があるんだろうしさ」

 恭介のもっともな言葉に、さやかと杏子が二人して口を噤んだ。
 一般人である彼の目線は皆と違い、一歩離れた位置にあるだけあって冷静に物を捉えられるようだ。

ほむら「……ごめんなさい」

まどか「……」

ステイル「場の空気をシリアス風味にしてくれているところ申し訳ないんだけどね」

さやか「んー?」

ステイル「昼休み終了まであと4分、小テストで絶望的な結果しか残せそうにない僕はどうしたら良いんだい?」

杏子「……知るかよ、天に思し召す我らの父とやらにでも祈っとけ」

970: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 00:59:58.19 ID:OmW/nac8o

――そんなわけで数学の授業は始まった。

教師「小テストだからって気を抜くなよー、二十点下回る者には宿題と追試出すからなー」

教師「じゃあ時間は二十分、はじめー」

 裏向きにして伏せられていた解答用紙を一斉にめくる生徒達。
 シャーペンの芯がカカッ、キャッと面白い音を奏でる中、ステイルは恨めしげに解答用紙を睨みつけた。

ステイル(最初の基本問題は大丈夫だ。これで10点は稼げるだろう)

ステイル(だがなんだ、この応用問題の難しさは……!?)

ステイル(それに後半の問題! どうして微分積分や二項定理などというわけの分からない内容が出てくる……!?)

ステイル(これを解ける中学生なんているはずが――はっ!?)

 クラス内に生まれたわずかなどよめきにステイルが顔を上げ、そして目を見開いた。
 ステイルの目に映っているのは、得意気な顔で解答用紙を伏せて頬杖をかくほむらの姿だ。

ステイル(ほむらは既に問題を知っている! なんてファッキン・チート!)

 などと内心で口汚く吐き捨てている内に、あっという間に時間がやって来た。

教師「おし、そんじゃ回収ー。この時間中に採点して返すからなー」

さやか「えー! 先生そんな頑張らなくても良いですよ、ますます禿げちゃいますよ!」

教師「美樹さかや、1点減点っと……」

さやか「わわっ、冗談です! すいませんでした!」

まどか(……結構余裕そうだね、さやかちゃん) ヒソヒソ

さやか(ふふーん、なんか調子良くてね。50点はいったかも! これ……ついに来ちゃったかな、あたしの時代が)

971: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 01:01:09.39 ID:OmW/nac8o

教師「先生意地悪だからケツから三番目まで発表するぞー」

さやか「いよっ、待ってましたぁ! さーてビリッケツは誰かなぁー?」

教師「美樹、20点」

さやか「」

まどか「はは……でも今回は仕方ないよ。わたしも今回は40点いけば良い方かなって感じだし」

教師「鹿目、25点」

まどか「」

ステイル「……ご愁傷様」

教師「マグヌス、33点」

ステイル「まぁこんなとこだろうね」

教師「同率三位で中沢も33点……つまんないヤツだなお前」

中沢「えぇっ!?」

教師「それじゃトップスリーの発表行くぞー」

ステまど(あれ、そういえば杏子(ちゃん)は……)

教師「三位、佐倉。80点だぞ! 偉い、よく頑張ったな」

ステまど「」

さやか「ダウト! ありえない、それはありえないよ先生!」

杏子「悪質な引っ掛け問題除いたらこんなもんでしょ、あー疲れたー。腹減ったー」

さやか「お馬鹿キャラが良い点数取るこんな世の中じゃ……」

まどか「さやかちゃんちょっとうるさい」

さやか「はい……」

972: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 01:02:06.32 ID:OmW/nac8o

 その後、二位の仁美が90点、一位のほむらが100点という形で授業は締めくくられた。

さやか「納得いかない! ほむらはまぁなんかどうせ魔法で時間でも止めたんだろうけど杏子がこれは納得できない!」

ほむら「別に魔法なんて」

まどか「大丈夫、わたしは良い成績取りたいがためにズルしちゃうほむらちゃんを応援してる」

ほむら「いえそんなことは」

杏子「アタシは卑怯者と違って真面目に取り組んだぜ?」

ほむら「私も自力で解いたわよ!?」

まどか「何でだろ……私、ほむらちゃんのこと信じたいのに。嘘つきだなんて思いたくないのに」

ほむら「えっ」

まどか「全然自力で解いたなんて信じられない。ほむらちゃんの言ってることが本当だって思えない」

ほむら「……」



ほむら「……」 グスッ

ステイル「……ドンマイ」 ポンッ

973: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 01:03:09.24 ID:OmW/nac8o

――小テストを終えた息抜きついでに屋上に出ると、ステイルは懐からメントスを取り出して口に含んだ。
 口の中に広がる反吐が出るような甘みに耐えながら、足りない糖分を補給していると。

ほむら「ここにいたのね」

 同じように息抜きでもしに来たのか、風になびく髪を押さえながらほむらがステイルの隣に立った。
 そっとメントスを差し出すと、なぜか彼女は顔を引きつらせながら首を横に振る。

ほむら「言えない、杏子とキャラが被ってるなんて言えない……」

ステイル「もろ口に出してしまってるだろうが! 一応言っておくが僕は腹が空いてるわけじゃなく禁煙中なだけだ!」

ほむら「自覚があるなら慎みなさい」

ステイル「タバコを止めるように促したのは君の方だがね……」

 それから二人は何を話すでもなく、じっと立ち尽くした。
 流れる風を体で受け止めながら、ステイルはある決心をして切り出した。

ステイル「知らないままで終わるのは、何よりも不幸なことだと僕は思うよ」

ほむら「……」

 短く息を呑む音がする。それは考えるまでもなく彼女から発せられたものだ。
 彼女が抱える事情を知り、そして目的を知らないステイルは、それでも彼女が迷っている事に気付いていた。
 恐らく仲間に秘密を打ち明けるべきかどうか、そんなあれこれに関する物だろう。
 今の彼女は、逡巡している。

ステイル「ましてやそれが思いやりから来るものならなおさらだ」

ほむら「……」

ステイル「強制はしないけどね」

974: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 01:04:32.34 ID:OmW/nac8o

 吹き荒れる風に、艶のある長い黒髪をなびかせながらほむらは空を仰いだ。

ほむら「言われなくても、いつか必ず話すわ。近い内にね」

ステイル「期待せずに待っているよ」

ほむら「ふん」

ステイル「ここは少し冷えるね。先に戻っていたらどうだい」

ほむら「別にあなたを探しに来たわけじゃ……」

ステイル「さぁ行った行った」

 何か言いたそうにしているほむらを強引に追いやると、ステイルは懐からカード状の通信用霊装を取り出した。

ステイル『そっちはどうだい、神裂』

神裂『今のところ何も支障ありません。ただイギリスの方が少し慌しいようですね』

ステイル『イギリスが? 例の戦力の件か?』

神裂『今のところは不明ですが、しかし今すぐに何かあるわけではないでしょう。安心していてください』

ステイル『ふむ……それもそうだね』

神裂『あ、そういえばテストの方はどうでしたか?』

ステイル『ああ霊装の調子が良くないようだ!!いやあまいった少し調整をしないとダメかもしれないねじゃあ切るよ!!!』

神裂『えっちょ――』

 無理やり通信を断ち切ると、ステイルは肩をすくめて校舎の中へ戻って行く。

975: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 01:07:54.35 ID:OmW/nac8o

――今すぐに何かあるわけがない。
 そんな希望的観測に満ちた神裂の考えは、最悪の形で裏切られることになる。

────────────────────────────────────────────────────

 同時刻。まだ太陽の恩恵を受けられる朝時のイギリス。その領海内にて、突発的な波が発生した。
 海面を掻き分けるようにして、直径二百メートルの石で構成された円盤が姿を現したのだ。
 その円盤の名は、≪カブン=コンパス≫。
 イギリス清教の清教派が所有する、『人間の魔女』のための移動要塞である。
 上面に描かれたいくつものラインから太陽の力を借りて、魔女と魔術師の調整を受けて、本来想定された速度をぶっちぎり。
 それは海水を押し退けながら、ただひたすらに突き進む。

────────────────────────────────────────────────────

 同時刻。ドーバー海峡の海底を這うようにして蠢いていた何かが、突如気泡を大量に発生させて大きく震えた。
 操られてるかのように規則的に動く気泡と海流に乗って、潜水艦のような構造物が海を泳ぎ始める。
 その構造物の名は、≪セルキー=アクアリウム≫。
 イギリス清教の清教派が所有する、国の防衛を担う魔術師のための要塞だ。
 突然動き始めたセルキー1を見習うかのごとく、さらに何隻かのセルキー=アクアリウムが同じように転進した。
 それらは魔術師と海流と、要塞が持つ力を用いて本来の任務である国境の防衛を放棄して、海の中を走る。

────────────────────────────────────────────────────

 そういったいくつもの移動要塞に下された指令は、とても単純な物だ。
『平和を脅かす可能性のある少女と、その街を滅ぼせ』
 これだけである。

 自由が尊重されるイギリス清教、その清教派が、たかが可能性のために動いているのだ。
 無論、あの最大主教がそれだけのためにこうも戦力を動かすことに、少なからず疑念を抱いた者も確かにいた。
 いたが、疑念を抱く者は皆一線で活躍する上位の魔女や魔術師のみ。
 そしてそういった者達は、既に『化物の魔女』の恐ろしさをその肌身で実感している。
 ゆえに、信じざるをえない。従わざるをえない。
 最大主教、というよりは、ローラに依存している清教派の人間は表立って反発する術を一切持たなかった。

976: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/13(火) 01:08:56.75 ID:OmW/nac8o

(――ってところかしらねー。あの最大主教の描いたシナリオとしては)

 カブン=コンパス内部にその身を横たえながら、『人間の魔女』の一人であるスマートヴェリーは欠伸をした。

(イギリス本土の防衛線を緩めてまで動く必要なんてあるわけないし、そもそも日本なら学園都市に任せればいいし)

(ここ最近の頭ごなしな指示に強硬策、不自然な振る舞いに王室派や騎士派の無視……)

(これだけやっていまだに最大主教として居座れるのは、あの女が偉大だからかしらねー)

(でもそれだけじゃないかもしんない。イギリス清教自体が甘ったれた考え方になってるのが一番大きいかなー)

(意識改革できるとしたら、新世代を担う“魔道図書館”様か)

(あるいはその護衛を兼ねる、クソ度胸の据わったこれまた化物揃いの必要悪の教会の魔術師達か)

(……とはいえ、大勢がグンマーとやらを攻撃する感じなら動くまでもないか)

 さらに大きな欠伸をすると、とうとう彼女は目を閉じた。
 十秒と経たない内に、彼女の意識はまどろみ、そして深い闇の中へと落ちていく。



 ワルプルギスの夜襲来まで、あと四日。