1: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:20:10.87 ID:cxhfbohlo

  【キサラギのキモチ】

 私立彩井学園工業大学付属、彩井高等学校。

 四学科十二クラスあるこの学校には、県内の高校では珍しい芸術科、アートデザインクラスが存在する。

 通称GAと呼ばれるこのクラスはビジュアル・テキスタイル等の様々なデザインを勉強するのだ。

 そのため、制服のある学校にも関わらず個性的なスタイルの生徒も多い。

 この春、GAに入学した生徒、山口如月はやたら大きなメガネ以外はそれほど個性的とは言えないけれど、
彼女の視線の先にいる男子生徒はとても個性的だと思えた。

 やたら体格の大きいその生徒は、長めの前髪をカチューシャで押さえ、サングラス、そしてヒゲ。

 そしてなぜか学ランで、ペルソナ4の主人公のように前のボタンをすべて外している。

「ああ、やっぱり芸術家を目指しているだけあって、個性的なんですね」

「いや、あれはただの不良だろ」

 隣にいた神の短いボーイッシュな女子生徒、友兼(トモカネ)がすかさずツッコミを入れる。

 播磨拳児、と呼ばれるその生徒は個性的な生徒たちの中でもさらに異彩を放っていた。

 なんというか「話しかけるな」オーラを常に出しているような感じだ。

 そのため、入学してから同級生と談笑している姿はほとんど見たことがない。

 ただし、例外もいた。

 一人の小柄な女子生徒が彼に話しかける。

「オッス、はりまっち」

「お、オウ。野田か」

「今日も元気かい?」

「ああ、元気だぜ」

「そうかあ、よかったねえ。昨日も『三匹が斬られる』見たの?」

「ああ、もちろんだ」

(さ、三匹が斬られる……!)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1341750010

引用元:  GAランブル! ~播磨拳児と芸術科アートデザインクラス~ 

 

2: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:22:20.73 ID:cxhfbohlo

 それはキサラギも大好きな時代劇であった。

(私も播磨くんと時代劇の話をしてみたいな……)

 キサラギの同級生、『ノダちゃん』こと野田ミキは、人見知り気味のキサラギと違って誰とでも
気兼ねなく話せる人種だ。

 例え相手が総理大臣だろうがアメリカ大統領だろうが、「オッス」と言ってしまう、
そんな少女であった。

 というか、見た目も小学生っぽい。

 髪型も毎日違うし、気分屋でよく先生に怒られている。

 でも見た目も性格も可愛いので、皆から好かれているお得なキャラクターだ。

 しばらくすると、ノダミキはテレテレと歩いてこちらにやってきた。

「おはようキサラギちゃん」

「ノダちゃんおはよう。今日も播磨くんとお話してたんだね」

「そだよー」

「なあ、播磨ってなんか怖くねえか? 不良だぞ」

 そう言ったのは隣にいたトモカネだった。

 彼女は播磨とあまり話をしたことがないので、少し警戒しているようだ。

「そうかな? 全然怖くないよ。凄く優しいもん」

「へえ、人は見かけによらないっていうアレか?」

「むしろ先生とかナミコさんのほうが怖いよね」

 ノダミキはそう言って笑った。



「ほう、私が怖いって?」

3: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:23:24.44 ID:cxhfbohlo

「ぎゃっ!」

 背後からノダミキの頭を鷲掴みにする女性生徒。

 ナイスバディが特徴の野崎奈美子(通称ナミコさん)であった。

「痛い痛いよナミコさーん」

「朝っぱらから私の悪口言ってるからでしょうが」

「悪口なんて言ってないよお。ナミコさんは怒るから怖いっていう事実を言ったまでだもーん」

 その時、

「恐怖とは、その対象をよく知らないから感じる、ということもある。知らない街に行ったら不安になるようなもの」

 不意に顔を出す黒髪ロングの美少女。

「おはよう、キョージュ」

「おはようございますキョージュさん」

「おはようみんな。キサラギ殿も」

 どんな時も平常心を失わないちょっと不思議な優等生、大道雅(おおみち みやび)。

 仲の良い友人からはキョージュと呼ばれている。

「雅(マサ)はハリマのこと怖くねえのか?」

 ちなみにナミコだけは、彼女のことを雅の音読み、マサと呼んでいる。

「別に、怖くはない。彼、少しお茶目なところもあるし」

「お茶目なところって?」

「それは自分で調べなさい。他人のプライバシーをとやかく言う気はないから」

4: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:24:13.03 ID:cxhfbohlo

「ちぇっ、変なところで生真面目だな、雅は」

「あれあれ? もしかしてナミコさん、はりまっちのことが気になるのかなあ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらノダミキは言った。

「ええ!?」

 思わず声を出すキサラギ。

「なんでキサラギが驚くのさ」

「ああ、いえ。別に。そういう話題には疎いもので」

「別にそんなんじゃないよ。折角同じクラスになったんだし、同級生のことは知らないより
知っていたほうがいいだろう?」

「そ、それもそうですね」

「キサラギちゃんははりまっちのこと、怖くないの?」

 と、次にノダミキはキサラギに聞く。

「え? 私ですか……」

 大きなメガネを触って、少しだけ考える。

「全然、怖くないですよ」

 そして笑顔で答えた。

「そっかあ。そうだよねえ」

「おらー、お前ら席につけえ」

 そうこうしているうちに、担任の外間が入ってきた。

「野田、朝のホームルームくらい真面目にしとけよ」

 頭をかきながら外間は言う。

「やだなあ、ソトマ先生。あたしはいつでも真面目だよ」

「どの口が言うか」

 笑いに包まれる教室。

 問題児ではあるけれど、ノダミキの存在はいつも教室の雰囲気を柔らかくしてくれる。

 キサラギはそう思っていた。




   *

5: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:25:09.84 ID:cxhfbohlo




        GAランブル! 



  播磨拳児と芸術科アートデザインクラス



   第一話 それぞれの気持ち

6: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:26:33.25 ID:cxhfbohlo


  【播磨のキモチ】


 一方、播磨はこの日いつになく上機嫌であった。

 といっても、不良らしくサングラスをかけて無表情を貫いているので彼の真意を知る者は少ない。

(やったぜ、今日もノダちゃんに話しかけられたぞ……! こりゃ間違いなく脈アリやで!)

 興奮のあまり、心の中の口調もおかしくなる播磨。

(ああ、ノダちゃんはやはり天使だ。彼女にふさわしい男は俺以外にはありえねェ)

 彼、播磨拳児は言うまでもなくノダミキに惚れていた。

 心酔しているといってもいいほどだ。

 この日も、朝のほんの短い時間、彼女と会話をした。

 それだけでも彼の心は天にも上る気持である。

(いかんいかん、俺は不良だ。にやけた顔などしていたら周りの連中に舐められる)

 そう思った播磨は顔を引き締めた。

 傍から見れば、怒っているようにも見えるかもしれない。

 ツンツン――

 そんな時、後ろからペンか何かでつつかれた。

「ん?」

 振り返る播磨。

「播磨殿」

「大道?」

 彼の後ろの席には、大道雅という髪の長い女子生徒が座っている。

7: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:27:32.28 ID:cxhfbohlo

 常に冷静沈着で無表情。

 表情豊かなノダミキと違って何を考えているのかよくわからない生徒だ。

 ただし、他の生徒と違って播磨に対しても気がねなく話しかけてくる。

 その点はノダミキと同じだった。

「どうした」

「今日は随分と上機嫌に見えるけど」

「!!」

「何かあったの」

「……何もねェよ」

 播磨は努めて平静に返事をする。

 しかし、心の中は動揺しまくっていた。

(なんだこの女は。どうして俺の心の中がわかったんだ)

 しかし、外面上の冷静さと裏腹に播磨の心の中は動揺しまくっていた。

(はったりだ、はったりに違いねェ)

 播磨は前を向きなおり、目を伏せる。




   *

8: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:28:23.12 ID:cxhfbohlo


 【キョージュのキモチ】

 播磨は、別に異性に興味がないわけではない。

 ただし、彼が関心を持つ者は特定の異性だけだ。

 この日、朝から別の教室(第二美術室)での授業となっていた。

 テレテレと播磨の前を歩く女子の仲良しグループ。

 その中でもひと際小さな少女、ノダミキの姿に播磨は心を奪われていた。

(廊下を歩くノダちゃんも可愛いな)

 そう思いながら後をついて歩いていると、不意に彼女が立ち止まる。

「どうした?」

 やたら背の高い女がノダに聞く。

 ぴとっ。

 すると、ノダミキは廊下の柱の隅に頭をくっつけたのだ。 
 
「何してんの、ノダ?」

「んー、こーゆー隅っこを見るとー」

「……」

「はさまってみたくならない? 落ち着くよ?」

「先行くぞ」

 そう言って彼女たちはノダミキを残して歩き始めた。

(くー、やっぱ可愛いぜノダちゃん!)

 そんな彼女の姿を見て、播磨は拳を握りしめるのであった。




   *

9: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:29:29.34 ID:cxhfbohlo



 その日の放課後、播磨が廊下を歩いていると。

「……」

「何やってんだ大道」

 ゴミ袋の大道雅が、廊下の隅に頭をくっつけていた。

「ノダ殿は落ち着くと言っていたが」

「野田の真似か」

「やはり私にはわからない」

「だろうな」

「播磨殿もやってみる?」

「やらねーよ!」
 
 大道雅。

 仲の良い友人からはキョージュと呼ばれてる優等生。

 しかし彼女のことは、つくづくよくわからないと思う播磨なのであった。

10: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:30:06.38 ID:cxhfbohlo




 【仲良くなるには】


「ねえねえはりまっち」

「どうした、野田」

 朝のホームルームまでの少しの時間、ノダミキは時々播磨に話しかけている。

 それは、彼女を密かに慕っている播磨にとっては至福の時間であった。

(ああ、このままずっとノダちゃんとこうしていてェなあ)

 頭の中でそんなことを思いつつ、表情は平静を保っている播磨。

「はりまっちはあんまり他の人とは仲良くしないんだね」

「そうか? まあ別に馴れ合うつもりはねェけどな」

「せっかく同じ学校で同じクラスになったんだから、楽しまなくちゃ損だよ」

「損ねえ」

「はりまっちは恥ずかしがり屋さんだから、何かキッカケがあったほうがいいのかな?」

「いや、別にそういうのは――」

 そう言いかけた瞬間、

「へいターッチ」

 不意に邪魔が入った。

「うにゃ」

11: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:31:28.45 ID:cxhfbohlo

 トモカネと呼ばれる髪の短い、男子みたいな女子生徒がノダミキの後頭部にタッチしたのだ。

「ノダミキが鬼なあ」

(この男女。俺とノダちゃんの至福の時間を邪魔しやがって)

 播磨は見えないところで拳を握る。

「あ、やったなトモカネー」

「ど、どうしたんだ?」

 と、播磨は聞いた。

「鬼ごっこだよ。ここに来る途中までやってたから、まだ続いてたんだ」

 先ほどタッチされた頭を押さえながらノダミキは答える。

「鬼ごっこ?」

 高校生にもなってガキくせえ、と一瞬思った播磨だが、別の考えが頭をよぎる。

(アレ? もし俺も鬼ごっこをやったら、合法的にノダちゃんに触れるんじゃね?)

 普通に考えればセクハラ的な思考なのだが、頭の悪い彼にとってはナイスアイデアに思えた。




   *

12: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:32:15.84 ID:cxhfbohlo



 喧騒の続く朝の教室で、ノダミキとトモカネの二人が何やらバタバタやっている。

 どうやら登校中にやっていた鬼ごっこの続きをしているらしい。

「ノダちゃんバリアー!」

「効くかああー!」

 この二人が騒ぐのはいつものことなので、他のクラスメイトたちは何事もないように過ごしている。

 こうして二人が騒ぐと、いつもクラスの姉御的な存在であるナミコさんが出てきて注意するところ
だけれど、今日はまだ登校していない。

(ナミコさん、早くこないかなあ)

 キサラギがそんなことを思っていると、

「はい、キサラギちゃんターッチ!」

 不意に肩を叩かれた。

「え? え?」

「今誰がオニ?」

「キサラギちゃんだよ」

 どうやら鬼ごっこの鬼にされてしまったらしい。

「ほらキサラギちゃん、早くウチらを捕まえないと」

「へへへ、捕まる気はねえけどな」

「あ、あの」

13: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:33:00.67 ID:cxhfbohlo

 キサラギの脳裏に暗い過去が蘇る。

 大きなメガネをしている彼女は、見た目どおり動きがトロい。

 ゆえに、鬼ごっことかドッジボールなど、身体を使う遊びではいつも苦い思いをしている。

 鬼ごっこをしていると、足が遅い彼女は友達を捕まえられず、ずっと鬼を続けてしまう。

 皆と一緒にいるのに、一人でいるときのような寂しさに苛まれたあの頃。

(ど、どうしよう……)

 見るからにすばしっこそうなノダミキとトモカネの二人は、到底捕まえられそうもない。

 キサラギがやや涙目になっていると、ふっと彼女の頭を誰かが優しく触る。

「え?」

 一瞬大道雅(キョージュ)かと思ったけれど、彼女の手にしては大きくて温かい。

 ふと、顔を上げるとそこには見覚えのあるサングラスの男子生徒がいた。

「播磨……、さん?」

「安心しろ山口。この鬼ごっこは俺が責任を持って収めてやる」

 そう言うと、彼はゆっくりと二人の元に向かった。

「おお、ハリケンも参加するのか? 意外とノリがいいんだな」

 トモカネは楽しそうに言う。

「はりまっち、手加減はしないよお」

 周りの生徒たちも、意外な人物の参戦に驚いて注目していた。

(もしかして、私のことを心配して……?)

 不意に心臓が高鳴るキサラギ。

14: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:33:47.57 ID:cxhfbohlo

 そして、播磨はその大きな身体に似合わない素早い動きでノダミキの捕獲に入った。

「とりゃ!」

 播磨の手を寸でのところでかわすノダミキ。

 しかし播磨も諦めない。

 どうやら彼は、身体能力だけでなく運動神経もいいようだ。

「おお、スゲー」

「頑張れ播磨―」

 ノダミキと播磨に攻防に、なぜか声援を送るクラスメイトたち。

「ふん」

 無理な体勢でもバランスを崩さずに、踏みとどまる播磨。

「こっちだよー、はりまっち」

 楽しそうに逃げるノダミキは、教室の出入り口に向かった。

 その時である。

「貰った!」

 播磨が手を伸ばしたその時、ノダミキが一瞬屈んだため、彼の右手は空を切る――

 と思われた、

「ん?」







 むにゅっ






「あ……」

15: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/08(日) 21:36:23.02 ID:cxhfbohlo

 一瞬静まり返る教室。

 播磨が手を伸ばしたその先には――

「え?」

「いや、これはその」

 播磨の大きな右手には、おそらくクラスで一番大きいと思われる野崎奈美子
(ナミコさん)のバストが掴まれていたのだ!

 すぐに状況を理解できていなかったと思われる彼女だが、次の瞬間、

「いやああああああああああああああああ!!!!」

 教室内の静寂をぶち破る馬鹿でかい声が学校中に響き渡った。

「落ち着け野崎! これは事故だ」

「事故で済ませられる事態かアホー!」

「おいバカやめろ!」

「おい何の騒ぎだあ」

「おっしゃー、やれやれ!」

 鬼ごっこから、急きょナミコと播磨のプロレスショーに変わった教室は、
異常な盛り上がりを見せていた。

「死ね死ね死ねええ!!」

「バカ、本当に死んだらどうすんだ! 痛い痛い痛い」

 そんな二人を眺めながらノダミキとトモカネがキサラギの元に戻ってきた。

「いやあ、はりまっちもすっかりナミコさんと仲良しになったねえ」

 ノダミキは満足そうに言う。

「あれが仲良しなんですか?」

 と、キサラギが聞くと、

「喧嘩するほど仲がいいっていうだろ?」

 そう言ってトモカネも笑顔を見せた。

 播磨にとっては散々な経験だったけれども、この「事件」がきっかけとなり、
近寄り難かった彼が同級生たちと仲良くなるきっかけになったことは事実である。




   つづく  

22: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:06:40.18 ID:tfltNeWUo




    第二話 ナミコさんの誕生日

23: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:07:32.54 ID:tfltNeWUo


 【木炭画とパン】

「今日のデッサンは木炭画ですね」

 教室移動をする前に、キサラギがトモカネに言った。

「そっか、めんどくさいなあ」

 そう言って頭をかくトモカネ。

「木炭とイーゼルがいりますよ。それから――」

 キサラギがそこまで言いかけると、

「あとは消しゴム替わりのパンだね!」

 小柄なノダミキがまるで子猫のように飛び出してきた。

「ノダちゃん、その手に持ってるのは?」

「パンの耳だよ。木炭画といったら、食パンでしょ」

 そう言って、ノダはパンの耳を揺らす。

「パンの耳は美術室に置いてあるはずですよ。どうしてここに」

「はりまっちから貰ったんだ」

「え? 播磨さん?」

「おいおい、野田。そいつは消しパンじゃねえぞ」

 噂をすれば、播磨拳児の登場である。

「は、播磨さん。どうしてパンの耳を持っているんですか? 家で練習とか?」

「あン? んなもん決まってンだろ」

「……?」

「今日の昼食だ(夕食もです)」

 そう言うと播磨は袋からパンの耳を取り出して食べはじめた。

 ちなみにまだ二時間目である。

「ハリケン、何かつけて食ったほうが美味いだろ」

 と、トモカネは注意する。

「あの、トモカネさん。ツッコミどころがちょっと違うような」

「マヨネーズおいしいよ」

 と、ノダミキは言言いながらパンの耳をかじる。

「ばっか、そこはピーナッツバターだろ?」

「ンなもの買ってる余裕はねェよ」

 密かに播磨の食生活を心配するキサラギであった。




   *

24: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:08:16.38 ID:tfltNeWUo




 【仲直りのきっかけ】

 
 ※前回までのあらすじ※

 鬼ごっこを名目に、ノダミキを合法的に触ろうとした播磨。

 しかし、彼は間違えてナミコの(大きな)胸を鷲掴みしてしまったのだ。

 この「事件」のおかげで、教室内では孤立気味であった播磨は、次第に周りに溶け込んで
いくことになる。

 だがそれ以降、播磨とナミコとの関係は微妙になってしまったのだ。




 
 あの“事件”から数日後――

「おはよう」

「おっはよー」

 彩井学園高校の制服を着た生徒たちが次々に登校してくる。

 いつもの登校風景だ。

 同校の生徒であるキサラギも、ノダミキと一緒に登校していた。

「今日もいい天気だね、キサラギちゃん」

「そうだね、ノダちゃん」

「お、あそこにいるのはナミコさんではありませんか」

「そうですね」

 ノダミキの視線の先には、平均よりも身長が高めの女子生徒、野崎奈美子がいた。

「ナミコさーん」

25: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:08:45.67 ID:tfltNeWUo

 ピョンピョンと小動物のようにナミコに近づくノダミキ。

(ノダちゃんカワイイ……)

 キサラギは彼女の動きが密にお気に入りであった。

「おう、ノダか。あ、キサラギも。おはよう」

「おはようございます」

「おはようナミコさーん。今日も元気?」

「ああ、普通だけど……!」

 その時、ナミコは何かを発見した。

「どうしました? ナミコさん」

 と、キサラギは聞く。

「悪いけど、あたし先に行くわ」

 そう言うとナミコは足早に校舎へと向かった。

「どうしたんですかね?」

 キサラギは訳が分からずキョトンとしていると、

「おー、はりまっちオハヨー」

 不意にノダミキが声を出す。

「え? 播磨さん?」

「オハヨ」

 そこには眠そうな顔をしたサングラスの男子生徒、播磨拳児がいたのだ。

「もしかして……」

「どうした、山口」

「いえ、何でもありません」

(ナミコさんが先に行った理由って、やっぱり播磨さんと顔を合わせ辛かったからでしょうか)

 そんな心配が彼女の脳裏をよぎる。




   *

26: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:09:28.37 ID:tfltNeWUo


 その日の休み時間、ナミコがいなくなったのを見計らってキサラギは朝のことをとある友人に
話す。

「なるほど、確かにあの日以来あの子は播磨殿を避けているようにも見える」

 大道雅こと、キョージュはそう言って頷いた。

 ノダミキやトモカネよりもナミコのことを知っている人物。

 彼女なら頭もいいし、何かいいアイデアを思い付くかもしれないと、キサラギは思った。

「しかし、キサラギ殿。どうして播磨殿とナミコの仲直りをさせようと思ったのか?」

「ああいえ、別にそんな大したことじゃないんです。でも、ちょっとしたすれ違いを
きっかけにして、そのまま疎遠になってしまうのは、とっても悲しいことだと思って……」

「……」

 キサラギのその言葉にキョージュは考え込む。

 そして顔を上げた。

「なるほど、キサラギ殿らしい。親しい友人同士が不仲なのは、見ていても気分のいいものでは
ないからな」

「キョージュさん」

「ちょうど明後日、仲直りにおあつらえ向きのイヴェントが発生する」

「イベント? なんですか、それ」

「皆で祝おうではないか」

「祝う?」

「いいかなキサラギ殿、この先のことはあの子には絶対に内緒にしてほしい」

「わ、わかりました」



   *

27: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:10:40.48 ID:tfltNeWUo



 【プレゼント】

 そして二日後。

 この日もナミコはいつものように登校してきた。

(ああ、やっぱり気分が重いな……)

 理由ははっきりしている。

 同じクラスにいる播磨拳児だ。

 あの事件以来、彼とは顔を合わせ辛い。

 別に彼もわざとではないし、謝っていたので許してもよかったのだが、
しばらく顔を合わせなようにしていたら、許すタイミングを失ってしまった。

 ノダミキやトモカネたちなら、いつも話をしているので、仲直りをする切っ掛けも
作りやすいのだが、播磨とはほとんど話をしたこともなかったし、
この先もあまり話す機会もないだろうから、どうしていいのかわからない。

(この先同じ班とかになったらどうしよう)

 そんな不安だけが心の中に滞留していた。

(まあ、気にしててもしかなないか。キサラギとかに心配かけちゃまずいし)

 そう思い、ナミコは大きく息を吸ってから教室に入る。

「おはよー」 

 教室に入ると、

「おめでとー! ナミコさーん!」

 いきなりノダミキが叫んだ。

「は?」

 唐突な祝福に困惑するナミコ。

28: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:11:39.45 ID:tfltNeWUo

「あなたはこの教室に入ってきた五百人目のお客様でーす」

 トモカネが笑いながら言う。

「なワケないだろ。ってか、何なんだよこれは」

「お誕生日おめでとうございます。ナミコさん」

「え? ああ。そういえば今日だったな」

 ここ数日はとある男のせいですっかり忘れていたナミコなのであった。

「おめでとうございます。ナミコさん。これ、プレゼントです」

 そう言って、キサラギはキレイにラッピングされた袋を渡す。

 形や大きさから見てスケッチブックだろうか。もしそうならGAらしい贈り物と言える。

「おめでとー」

「オメデトー、ナミコサーン」

 いつしか教室中が拍手に包まれた。

「ナミコさん! これやるよ」

 そんな中、トモカネが折り目の入った長細い紙をナミコに手渡した。

「なんだこれ」

 よく見ると、トモカネの汚い字で「何でもする券」と書かれている。若干「肩たたき券」も混じっていた。

29: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:12:32.20 ID:tfltNeWUo

「生ものだから早めに使ってくれよな。今日一日有効だから」

「これ、本当に何でもやってくれるのか?」

 ナミコは紙を見ながら聞く。

「犯罪とか以外なら、何でもやるぜ!」

「はあ……」

「播磨がな!!」

「なに!?」

 ナミコよりも先に驚いて立ち上がる播磨。

「この『何でもする券』は、播磨(ハリケン)がナミコさんのために何でもしてくれる
魔法の券だ」

「トモカネ! どういうことだ!」

「いいからいいから~」

「よくねェよ!」

「は、播磨くん……。何で怒ってるんですか……?」

「は!」

 見ると、教室の入り口で教員の宇佐美真由美(教職二年目)が震えていた。

 ちなみにこの日、担任の外間が出張だったため、副担任の彼女がホームルームを
する日だったようだ。




   *

30: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:13:13.64 ID:tfltNeWUo

 
 その日、播磨はトモカネの作った「なんでもする券」によって、ナミコの要求を色々と
受け入れることとなった。

 たとえば、教室移動する時に荷物を持つなど。

「なんで今日に限って教材がこんなに多いんだよ」

 播磨は二人分の教材を抱えてナミコの前を歩く。

「ほらハリケン、ブツクサ言わずにさっさと歩く」

「頑張れはりまっち」 

 そんな播磨の後ろを、トモカネとノダミキが続いた。

「別にそこまでしなくてもいいのに、結構律儀なんだな。ハリマって」

 播磨たちの後ろ姿を見ながら、ナミコはつぶやく。

「ああ見えてノリはいい人ですからね。時々ノダちゃんと一緒に遊んだりしてますし」

 隣のキサラギが嬉しそうに言う。

「そういえばキサラギって、ハリマの話をするときは凄く嬉しそうだよな」

「そ、そうですか?」

「あたし、あんまりあいつと話をしたことないから、あいつのことよくわからなくて」

「私だってそんなによく知ってるわけでもありませんよ。男の人の知り合いも少ないですし」

「ハリマのこと好きなの?」

「ち、違います! そういうんじゃなくて」

「そういうんじゃなくて?」

「その、上手くは言えないんですけど、せっかくこうして出会うことができたんだから、
皆にも有意義な関係を作って欲しくて」

「有意義ねえ」

「私、播磨さんもナミコさんとは、とっても仲良くできると思うんです」

「そ、そうかな」

「そうですよ。それに、お二人の気まずい関係を見ているのは、こっちも心苦しいですし」

「……そっか。いい子だねキサラギは」

 そう言ってナミコは彼女の柔らかい髪の毛を撫でる。

(別に播磨も、それほど悪いやつでもなさそうだしな)

 廊下を歩きながら、ふとナミコは思った。




   *

31: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:14:03.51 ID:tfltNeWUo


 【パーティー】

 そして放課後――

 大道雅(キョージュ)の発案により、ナミコたちは美術室で誕生日パーティーを
開くことになった。

「別にそこまでしてくれなくてもいいのに」

「折角の誕生日なんだよ。皆で祝わなきゃ」

 はしゃぐノダミキ。

「ノダ、お前は騒ぎたいだけだろ」

「えへ、わかっちゃった?」

 美術室に集まったのは、仲良しのキサラギ、キョージュ、ノダミキ、トモカネ、そして――

「なんで俺も参加してるんだ?」

 播磨拳児である。

「いいじゃんいいじゃん。はりまっちも一緒に祝おうよ。ナミコさんの十六歳を」

 ノダミキは楽しそうに言う。

「まあ、パンの耳以外の物が食えるのは嬉しいがな」

 播磨はさっそくポテチの袋を開ける。

 そういえば、こいつの普段の食生活はどうなっているのか。

 この日、トモカネが作った「何でもする券」を消化するために一日の大半をこの播磨と
過ごしたナミコ。

32: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:15:18.46 ID:tfltNeWUo

 色々と文句は言いながらも、彼女の要求はすべて受け入れてくれた。

(律儀にもほどがあるよな。相当なお人好しか、それともバカか)

「はい、播磨さんどうぞ」

「おおすまねえ」

 播磨はキサラギにジュースを注がれていた。

(男って、やっぱりわからん)

 そう思い、ナミコはリンゴジュースの入ったコップを手に取る。

「それでは、ナミコさんの十六回目のバースデーを祝して」


「カンパーイ」


 こうして、美術室においてささやかな誕生日パーティーがはじまった。

「いやあ、ナミコさんも十六歳かあ」

 なぜかノダミキがしみじみとした感じで言う。

「ほんの数か月の違いじゃないか」

「もう結婚もできる年だし、彼氏とか作らないの?」

「喧嘩売ってんのか?」

 ノダミキは、五人の中ではこういう恋愛話が一番好きだ。

「だってナミコさんモテるじゃん。この前もクラスの今鳥くんにデートに誘われてたし」

33: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:16:11.28 ID:tfltNeWUo

「別に今鳥みたいなチャラいタイプは好きじゃねえ」

「じゃあさ、じゃあさ。ナミコさんはどういうはりまっちが好み?」

「何でハリマ限定なんだよ! 別に今は恋人作ろうとも思わねえよ」

「ええ? 寂しいじゃーん」

「あたしなんかより、ノダや雅のほうが先にできそうな気がするけど」

「!!」

 なぜかピクリと反応する播磨。

「どうしました? 播磨さん」

 隣にいたキサラギが聞いた。

「いや、何でもねェ」

「カレシねえ。私はさっぱりだよ。このノダちゃんの魅力がわかってないのかなあ」

 不思議そうに言うノダ。

「お前はもうちょっと大人っぽくしたらどうなんだ」

「ノダちゃんは大人っぽいよ」

「つうか、見た目も行動も、全然子供っぽいだろう」

「そうかなあ。あ、キョージュはどう?」

「キョージュさんはほかのクラスの方にも人気があるそうですね」

 と、キサラギが補足する。

「交際相手はいない」

「へえー」

「婚約者ならいるらしいが」

「そうなんですか」

34: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:17:22.08 ID:tfltNeWUo

「ええええ!!!??」

「いや! 今サラッと凄いこと言ったぞ!」

「どういうこと?」

「そんなことより、かくし芸大会やろうぜ!」

 そう言い出したのは、一番恋愛話とは縁のなさそうなトモカネであった。

 キョージュにはまだまだ謎が多い、と思うナミコなのであった。

「一番トモカネ、ナミコさんのモノマネやりまーす!」

「折角の誕生日にあたしを不快にさせたいのかー!」

「二番大道雅。苗字が『大道』だけに大道芸を一つ」

 そう言うと雅は数個のボールをポンポンと投げ始めた。

「え? ダジャレ? いや、普通にスゲー」

「キョージュさん凄いです」

「うん、こりゃお金取れるね」

 そんなこんなでパーティーは進んでいく。

 そして、

「あ、ジュースなくなっちゃった」

 若い力は物資をどんどんと消化していく。

「トモカネー、買ってきてよー」

 ノダミキが空のペットボトルを持っていう。

「やだよ面倒くさい。そうだ、ナミコさん。まだあの券が残ってなかった?」

「いや、残ってることは残ってるんだが……」

 ナミコは最後の一枚を見せる。

「か、肩たたき券……」



   *

35: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:18:51.13 ID:tfltNeWUo


 結局、ジュースはトモカネに買いに行かせ、ナミキは最後の一枚を使って播磨に肩の
マッサージをさせていた。

 ゴツゴツしたその手は痛いのかと思ったけれど、力の入れ具合は絶妙で気持ち良かった。

 痛かったら文句を言ってやろうと思っただけに、ちょっと悔しかった。

「……」

「……」

 気まずい、とナミコは思う。

 考えてみれば、今日一日播磨はナミコのために色々と手間をかけていたのだけれど、
ナミコは彼とほとんど口をきいていなかったのだ。

(これはチャンスかもしれない)

 そう思ったナミコは意を決する。

「は、ハリマ」

「あン? どうした」

「きょ、今日はありがとうな」

「別に、大したことじゃねェ……」

「いや、でも」

「野崎」

「うん?」

「この前は悪かった」

「この前?」

「ちょっと調子に乗っちまったからあんな事故になっただけで、別にわざとじゃ」

「いいよ、もう。あたしこそごめん。色々酷いことしちゃって」

「ああ、酷ェな」

「ちょ、そこは寛大な気持ちで許そうよ」

「ああ動くな動くな。つか、寛大な気持ちで許せるレベルか? 滅茶苦茶痛かったぞ」

「あたしだって痛かったんだから、あんな強引に掴まれたことなんてないし……」

「……」

 自分で言ってあの時の感触を思い出したナミコは顔が熱くなる。

「と、ともかくさ。その、もう気にしないことにしない?」

「お、おう」




   *

36: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/09(月) 20:19:20.30 ID:tfltNeWUo


 マッサージをしている播磨と、それを受けているナミコの二人をキサラギと雅は遠くから眺めていた。

「よかったですね。お二人が仲直りできて。これもキョージュさんのアイデアのおかげです」

「頑張ったのは皆の成果。私は大したことはしていない」

「誰かと喧嘩した、嫌な気分のまま誕生日を迎えるなんて、嫌じゃないですか」

「そうかもしれない」

 そう言うとキョージュは手を伸ばし、キサラギの頭を撫でた。

(あれ? どうしてだろう)

 播磨とナミコが仲直りできた。

 それはそれでハッピーエンドの筈だ。

 でも、キサラギの心の中には少しだけ悲しみが滞留していた。



   つづく

44: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:38:10.99 ID:6nLkCtlio




   第三話 今の私

45: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:38:46.46 ID:6nLkCtlio

 【名前を呼んで】


 あのパーティーの件以来、播磨とナミコは普通に話をすることができるようになっていた。

 そしてとある昼休み。

 ノダミキとキサラギが話をしていると、播磨が話しかけてきた。

「なあお前ら。野崎知らねェか」

「ノザキ?」

「え?」

「誰?」

「転校生?」

 一瞬誰のことかよくわからなかったキサラギ。

 しかし、

「ああ、ナミコさんのこと?」

 と、ノダミキが思い出したように言う。

「だから野崎だよ。7Hの鉛筆借りてたから返そうと思って」

 ナミコの苗字は野崎である。

「そっか、あたしらいつもナミコさんって下の名前で呼んでたから一瞬わからなかったよ」

「そういえばそうですね」

「ンだよそれ」

「ねえねえはりまっち」

46: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:39:15.27 ID:6nLkCtlio

「どうした、野田」

「はりまっちもナミコさんのこと下の名前で呼んであげたら?」

「はあ?」

「だって、ウチらは下の名前で呼んでるのに、はりまっちだけ苗字で呼ぶってなんかおかしいじゃん」

「別におかしくねェだろうがよ。俺は男なんだし」

「呼んであげてよ。ナミコさん喜ぶかもよ」

「知らねえよ」

「お願いだよはりまっちぃ」

「……」

 そうこうしているうちにナミコが教室に戻ってきた。

「お、ノダ。何やってんだ?」

「よ、よう」

「あ、ハリマ。どうしたよ」

「こ、この鉛筆返すぜ、奈美子」

「!!!!」

 一瞬で真っ赤になるナミコ。

「何いきなり下の名前で呼んでんだよ!」

「いや、だってノダが……!」

「バカ、誤解されたらどうすんだ!」

 そんな慌てる二人を見て、ノダミキが一言。

「なんか夫婦みたいだねえ」

「!!」

 それ以降、播磨はナミコを下の名前で呼ぶことはなくなった。

 ちなみに、

(はあ、私も播磨さんに下の名前で呼ばれたいなあ……)

 この光景を見ていたキサラギはそんなことを思っていた。



   *

47: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:39:56.30 ID:6nLkCtlio





 【キョージュの誘い】

 とある放課後、いつもと変わらぬ無表情のキョージュが播磨の机の前に立つ。

「どうした、大道」

 と、播磨が聞くと、キョージュは答える。

「播磨殿」

「ああ」

「付き合って欲しい」

「ぶほ!」

「ぎゃあ!」

 あまりの驚きに、思わず椅子から転げ落ちてしまうナミコとキサラギ。

 ざわつく教室、喜ぶノダミキ。居眠りから目覚めるトモカネ。

「ど、どういうことだそりゃァ」

「実は――」




   *

48: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:40:28.44 ID:6nLkCtlio



 教室の混乱が収まり、改めて説明するキョージュ。

 どうやらこの日、県立美術館で展示されていた自分の作品を取りに行く予定であったのだ。

 しかし、彼女の作品は大きいため、誰かに手伝って欲しかったというのである。

「んだよ、なら最初からそう言えよ。付き合うってのはその、美術館まで付き合って欲しいってことか」

「いきなりキョージュさんがそういうことを言うからびっくりしました」

 キサラギは胸をなでおろす。

「回りくどい言い方ではなく、はっきり言ったほうがいいと思って」

「略しすぎだろ雅、あれじゃ誰だって誤解するっての!」

 なぜか播磨以上に怒るナミコ。

「それで、お願いできないだろうか播磨殿」

「やだよ面倒臭ェ」

 即答である。

「おいおい、そりゃないだろう播磨」

「だったらお前ェが行けよ野崎」

「あ、あたしは今日ちょっと親戚が来る予定があって」

「ナミコ殿に予定があることは知っていたので、播磨殿に頼もうと思った」

「トモカネは?」

「補習」

49: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:40:56.82 ID:6nLkCtlio

「……」

「じゃああたしが行くよキョウジュ!」

 そう言って手を上げるノダミキ。

「あの、私も行っていいですか?」

 と、キサラギも軽く手をあげた。

「ありがとう二人とも」

 そう言って頭を下げる雅。

「……」
 
 それを見て播磨は少し考える。

「大道」

「どうされた、播磨殿」

「やっぱり俺も行く」

「ほほう……」

「山口や野田たちに重い物を持たせるわけにはかねェからな」

「播磨さん」

「はりまっち男前ー!」

 こうして、播磨、キョージュ、キサラギ、そしてノダミキの四人は絵画を取りに県立美術館に
向かうのだった。



   *

50: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:41:32.43 ID:6nLkCtlio
   


「ここが県立の美術館なんですねえ」

「去年、新しく建て直したようだ」

「あたし、新しくなってからここに来るのはじめてかもー」

 普段訪れない場所に来たからか、三人のテンションは高かった。

 ここにトモカネがいると、更にうるさくなるのが、今日は補習で不参加である。

 播磨が県立美術館(ここ)に来た目的は、大道の絵を運ぶためなのだが、
それ以上に播磨には期待があった。

(そういや、学校以外の場所でノダちゃんと会うのは初めてかもしれねェ。
これってもしかして、デートというやつなのでは……)

 当然ながら播磨の視界にはキサラギとキョージュは入っていない。

「野田、よかったらその……」

「あーキサラギちゃん! あそこに面白そうなオブジェがあるよー」

「あ、まってよノダちゃん」

 そう言ってノダとキサラギは走って行った。

「あ……」

「何をしている播磨殿。こっちだ」

 取り残される播磨に追い打ちをかけるように雅は彼の襟首を掴んで、彼女の作品が
展示されている場所へと向かった。




   *

51: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:42:15.84 ID:6nLkCtlio



 いつも以上にテンションの上がったノダミキとはぐれてしまったキサラギは、
しばらく美術館内をウロウロと歩くことにした。

 建物自体を大幅に改装したため、中も広くなってよくわからない。

 ただ、芸術科の高校に入っているので、展示されている絵画や彫刻のレベルの
高さはわかるようになっていた。

(昔はただ単純に、凄いなあとかキレイだなとか思っていたけれど、
こうして改めて見ると、自分の作品のレベルと比べてしまいますね……)

 キサラギは、ノダミキたちのことを一瞬忘れて、展示されている絵画をぼんやりと
見つめていた。

「……グチ」

「……」

「ヤマグチ!」

「ふえ?」

 振り返ると、そこにはサングラスをした大柄な高校生が立っていた。

「何やってんだ、ボーっとして」

 播磨は少し心配そうにしている。

「ああいや、大丈夫です。それより、キョージュさんの作品は」

「ああ、問題ねェ。もう外しておいた。あとは運ぶだけだ」

「そうですか。ごめんなさい、お手伝いできなくて」

52: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:42:50.70 ID:6nLkCtlio

「いや、構わねェよ。お前ェらにあんなデカイもん持たせるわけにはいかねェからな」

「はあ」

「それより、お前ェのほうこそ大丈夫か。気分でも悪いんじゃねェのか」

「ご、ご心配なく。ちょっと思うところがありまして」

「思うところ?」

「その……、作品のことです」

「作品?」

「ええ、キョージュさんとか響さんの作品が、プロの人とか大人の人たちと同じような
作品として飾られるのを見てて――」

「……」

「凄いなあって気持ちとか、羨ましいって気持ちとか。あとやっぱり……」

「ん?」

「……くやしい気がします」

「悔しいか……」

「す、すいません。生意気なこと言ってしまって」

「いや、別にいいんじゃねェの?」

「いいんですか?」

「だってよ、お前ェが一番製作時間長かったじゃねェか。それだけ、力入れてたんだろ」

「でも、ダメでしたから」

53: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/10(火) 20:43:46.67 ID:6nLkCtlio

「俺はよ、お前ェの絵、結構好きだぜ」

「はい?」

「そりゃまあ、技術的には大道や大人たちには勝てねェかもしらんけど」

「……」

「だがよ、そういう未熟だったり、未完成な部分を含めて、今のお前ェだろ」

「今の私……」

「最初から何でもかんでも出来上がってちゃつまんねェよ。だから今は、
未熟な部分も含めてそれを受け入れて行けばいい」

「播磨さん」

「誰も評価しねェっていうんなら――」

 そう言うと、播磨はキサラギの頭の上にポンと手を置く。

「俺が評価してやるよ」

「……っ」

「悪い。俺なんかが褒めても嬉しくねェよな。スマンスマン」

「そ、そんなことないです」

「山口」

「私、とっても嬉しいです」

「そうか」

「播磨さんには、また救われましたね」

「また?」

「ああいえ、何でもないです」

 キサラギはハンカチを取り出すと、メガネをずらして自分の目元をそっと拭った。



   つづく

57: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:16:01.75 ID:BDHwuIVXo




   第四話 出会いと理由

58: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:17:08.71 ID:BDHwuIVXo

 【苦手なもの】


 教員、宇佐美真由実には苦手な生徒がいる。

「あン……?」

 GA一年、播磨拳児だ。

 百八十センチ以上の巨体に加え、ヒゲ、サングラス、そして黄色いカチューシャ
(これはちょっとカワイイ)。

 ずっと美術畑の学校で過ごしてきたため、彼女の周りにいる男性はどちらかといえば
中性的な人が多かった。

 このため、いかにも男っぽい男である播磨が苦手なのだ。

「宇佐美先生、一年生の生徒を恐れているようでは指導になりませんよ」

「すみません」

 先日もそのことで学年主任から怒られてしまった。

「宇佐美せんせー! はりまっちは怖くないよ」

 そう言ってくれたのは、彼と同じクラスの野田ミキだ。

 彼女は親切にも、授業の合間に播磨を宇佐美の前に連れてきてくれた。

「何か用っすか」

「ヒッ!」

 他人を威嚇するようなオーラは、未だに慣れない。

「大丈夫ですよせんせい。怖くないよ」

59: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:17:44.69 ID:BDHwuIVXo

 そう言って、野田は播磨の頬を後ろから引っ張る。

(野田さん! やめてください! 殺されてしまいます!!)

 宇佐美の心配をよそに、播磨は無反応であった。

 それどころかちょっと嬉しそう。

「ほらほら。ね、大丈夫でしょう?」
  
 そう言って野田は笑う。

 すると、別の生徒が横から入ってきた。野田と仲の良い友兼という生徒だ。

「先生もやってみたら、ほらハリケンふにー」

 そう言って、トモカネは播磨の髭を引っ張った。

「痛ェ! トモカネ! 何しやがる」

「うわあ! 何で俺だけ!」

「うるせえ! 痛かったぞ」

「ぎゃああああ!!!」

「ひいい……」

 怯える宇佐美を見て野田は一言。

「トモカネとはりまっち、仲良しでしょ?」

「仲良し……?」

 宇佐美教諭の播磨に対する苦手意識は、もう少しだけ続く。


   *

60: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:19:52.00 ID:BDHwuIVXo





 【入学試験】

 これは、キサラギたちがこの学校に入学する少し前のお話である。


 彩井学園入学試験当日――

 この日、キサラギはいつも以上に緊張して入学試験会場である学校に向かっていた。

 まだ寒い冬の日、コートに身を包んでも刺すような冷たい風が吹いてくる。

「うう……頑張らなくちゃ……」

 ただでさえ緊張していたキサラギの身体は、寒さのためにさらに固くなっていた。

 バスを降りて学校へ。

 人の流れに沿って彼女は試験会場の受付へと向かう。

(皆さん歩くのが早いですね)

 普段からスローペースなキサラギにとって、受験で足早になる人の流れに合わせるため、
いつもより早く歩こうとする。

 しかし、

「あっ」

 いつも以上に緊張して固くなっている彼女の身体がバランスを崩してしまう。
 
 一瞬世界が反転した。

 そしていつの間にか目の前にはアスファルトの地面が。

「オイ、大丈夫か」

 後ろから誰かから声をかけられた。

「あ、大丈夫です」

「立てるか」

「すいませ――」

61: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:20:36.61 ID:BDHwuIVXo

 そこまで言いかけたところで、ふわりと身体が浮き上がった。

「え?」

 まるで魔法にかかったような感覚だった。

 さっきまでうつ伏せに倒れていたのに、誰かに腕を引っ張られてその場に立つ。

 よく見ると、キサラギの二の腕を大きな手が掴んでいた。

「あの、ありがとうございます」

 顔を上げると、黒い学生服が見える。

「え? あれ」

 どうやら大柄な男子生徒のようで、彼女はさらに顔を上げた。

「……ああ」

 そこには、サングラスをかけたヒゲの大男がいたのだ。一瞬先生かと思ったけれど、
学生服を着ているのでおそらく受験生だろう。

 力が強そうな人だと、キサラギは思った。

 片手で自分の身体を持ち上げるくらいだから、相当な力持ちだろう。

 その男子生徒に対しては、怖いというよりは恥ずかしかった。

「平気か」

「あ、はい。すみません。大じょ――」

 大丈夫、と言いかけた瞬間、右手首に鋭い痛みが走る。

62: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:21:22.65 ID:BDHwuIVXo

「痛っ」

「どうした」

「すみません、こけた時にちょっと捻ったみたいで。た、大したことありませんから」

「右手か? そしたらお前ェ、鉛筆握れねえんじゃ」

「あの、大丈夫です。今日一日だけなら我慢すれば」

「ちょっと右手出せ」

「はい?」

「昔柔道の漫画で見たことがあるんだが」

 そう言うと、ヒゲの男子生徒はポケットから黄色いハンカチを取り出すと、
キサラギの右手に鉛筆を持たせる。

「ほれ、こうすれば少しは違うだろ」

 そう言うと、彼は鉛筆を持った右手をハンカチで縛って固定する。

「あの」

「受験頑張れよ。まあ、俺もだが」

 男子生徒はカバンを持つと、大股で歩きだした。

 お礼を言おうとしたが、いつの間にか彼は人の波の中に消えて行った。

 それにしても、まだ試験会場にも入っていないのに、鉛筆を持って、
しかもそれをハンカチで縛っている姿は、よく考えなくても恥ずかしかった。

 ただ、ハンカチの力が働いたのか、その日はほとんど右手の痛みを感じることもなく、
キサラギは入学試験に無事合格することができたのだった。




 *

63: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:21:51.66 ID:BDHwuIVXo



 【睡 魔】

 キサラギには困った癖がある。

 人一倍居眠りをしやすいことだ。

 いつでもどこでも眠ってしまう。しかも一度眠るとなかなか起きない。

「お昼を食べた後のビデオ授業は危ないです」

「視聴覚室は暗いから余計に眠たくなるからなあ」

 と、トモカネは言った。

「任せてくれ、キサラギ殿。私が眠らないようにしっかり処置をしておく」

 そう言ったのはキョージュであった。

「あれ? キョージュ。何かいい考えでもあるの?」

「我に秘策あり」

 そう言ってキョージュは親指を立てる。

 


   *

 

64: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:22:28.61 ID:BDHwuIVXo

 

 そして授業開始。

 案の定、開始十分もしないうちにキサラギは睡魔に襲われた。

 目の前に素猫が通り過ぎる。

「ああ~、可愛いにゃあ~」

 彼女が夢の中に片足を突っ込んだその瞬間――


「痛ってえええええええええ!!!」


 強烈な男性の叫び声とともに、キサラギは現実世界に引き戻される。

「何があったんですか?」

 ふと横を見ると、播磨が頭を押さえて机の上に突っ伏していた。

「は、播磨さん? どうされたんですか」

 キサラギが播磨にそう聞くと、代わりに後ろの席に座ったキョージュが答える。

「キサラギ殿」

「キョージュさん」

「キサラギ殿が眠りそうになったら、代わりに播磨殿が痛みを感じることになる」

「ええ?」

「播磨殿を苦しめたくなければ、起きていることだ」

「は、はい」

「おい大道! 俺は関係ねェだろ」

「播磨殿、『われわれは皆、他人の不幸には耐えていく力を持っている』」

「なんでそこでラ・ロシュフコーが出てくるんだよ」
 
「ごめんなさい播磨さん。私、眠らないように頑張りますから」

 こうして、キサラギの眠り癖はほんの少しだけ改善されたようである。



   *

65: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:23:02.51 ID:BDHwuIVXo



 【仕返し】


 昼休み――

 お弁当がひと段落したところで、ノダミキが何かを取り出す。

「何だそれ」

 一緒に食事をしていたトモカネが聞いた。

「デザートだよ、皆が戻ってきたら食べようと思ってたんだけど、先に食べる?」

 そう言って彼女は弁当とはまた別のタッパーを開ける。

「じゃーん、マフィンですよー。チョコバナナのね」

「え!? マジ!? これお前作ったの!?」

「そうだよー」

「い、いつの間にこんな乙女チックな能力を……」

「これくらいなら普通に作るよー」

 そんな二人の様子を見ていた男が一人。

 ノダミキLOVE100%の、播磨拳児である。

(ノダちゃん凄いぜ。料理までできるとは、さすが俺の嫁)※違います 

「ねえ、はりまっち」

「ん!? どうした」

66: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:24:01.96 ID:BDHwuIVXo

「はりまっちも食べない? マフィン。美味しいよ」

「い、いいのか?」

「勿論だよ。パンの耳ばっかりじゃあ飽きちゃうでしょう?」

「お、おう」

 正直、甘いものはあまり好きではないのだが、ノダミキが作った物となれば話は別だ。

「めしあがれー」

「おう、サンキューな」

 そう言ってマフィンを一つ手に取る播磨。

「……」

「どうしたの?」

「いや」

(も、もったいなくて食えねえええ!!! ノダちゃんの作ったマフィンなら、例えタバスコ一本
丸々入ってても食える自信がある。

だが、それを一口で食べるのはもったいねェ。

味わって食いてェ。でもチマチマ食ってたら小さい男と思われないだろうか)

 播磨がマフィン片手にグズグズと考えていると、

「食わねえんだったら俺が貰うぜ」

 そう言ってトモカネが横からかっさらう。

「あ! 待てトモカネ!!」

「へへーん、ここまでおいでー」

67: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:25:07.31 ID:BDHwuIVXo

「待ちやがれ!」

「うおわ!」

 本気を出した一瞬でトモカネの腕を掴む。

「うわ、播磨! 何をするだあ!」

「大人しくしろ、こら!」

「どこ触ってんだよ!」

「うるせえ! 返せ早く」

「はあああん!!」

 播磨とトモカネが取っ組み合いをしている間に、食堂で昼食を済ませたキサラギや
ナミコたちが戻ってきた。

「ったくトモカネのヤロー。油断も隙もあったもんじゃねェ」

 そう言いつつ、播磨はトモカネから奪い返したノダミキ手作りのマフィンにかぶりつく。

「う……」

「どうしたの?」

「いや」

(うーまーいーぞおおおおおお!!!!)

 播磨の頭の中は、まるでミスター味っ子であった。

 しかし、ノダミキの前ではそれがバレないよう冷静に振る舞う。

「うめェぞ、ノダ」

68: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/11(水) 21:25:44.90 ID:BDHwuIVXo

「よかった」

 そう言ってノダミキは笑う。

「ハリマ、何食ってんだ?」

 播磨がマフィンを食べていると、それをナミコが不思議そうに覗き込んでくる。

「マフィンだよ。たくさん作ったから皆にも分けてるの。キサラギちゃんも食べる?」

 播磨の代わりに、ノダミキが答える。

「いいんですか? いただきまーす」

 甘い物好きなキサラギは、すぐに飛びついた。

 しかし、ナミコは一瞬躊躇する。

「どうしたのナミコさん。体調でも悪いの?」

 不思議そうな顔をしてノダミキは聞く。

「いや、あたしはその……」

「体重が気になるのか?」

「ああ? 今なんつった、ハリマァ!」

「待て野崎! 俺は何も言ってねえぞ」

「胸だけでなく、ケツもデカくなったのか」

「なんだとお……?」

「は!」

 播磨が振り返ると、自分の真後ろで声真似をしていたトモカネがいた。

「トモカネ、手前ェ」

「へへん、この前のお返しだよ」

 そう言ってトモカネはニヤリと笑うと、全力でその場から退避する。

「おい待て」

「待つのは手前だハリマァー!」

「落ち着け野崎いいい!」

 ナミコとの乱闘で、マフィンの味をすっかり忘れてしまった播磨なのであった。



   つづく

71: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:03:04.84 ID:Cw+zkcoOo





   第五話 命の重さ

72: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:03:47.81 ID:Cw+zkcoOo


 【眠り姫】

 その日、キサラギの身体は揺れていた。

(あれ? どうしてだろう)

 目を開けて周囲を確認すると、いつも以上に視線が高い。

(え? え?)

 そして視線の先には、

(馬?)

 馬の頭が見えたのだ。

(ど、どういうことでしょう)

「気が付いたか?」

 不意に背後から声がした。

「はい?」

 ここでやっと、キサラギは自分の状況を理解する。

 ここは馬の上で、自分は馬に乗っているということを。

 そしてそして、自分のすぐ後ろで馬の手綱を操っているのは――


「はっ!」


 再びキサラギは目を開いた。

(あれ?)

73: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:04:16.34 ID:Cw+zkcoOo

 そこは天気のいい野原、ではなく学校の廊下だった。

 そして、視線がいつもより高く、身体がふわふわと揺れている。

「気が付いたか?」

 また声が聞こえた。しかし、今度は後ろではなく前からだった。

「え? 播磨さん?」

 どうやら自分は、播磨におんぶされていたようなのだ。

「こ、ここは!?」

「到着だ」

 そこは自分たちの教室の前だった。

「おーっす、帰ったな」

 教室の中でナミコが手を振っていた。

「ど、どういうことですか?」

「お前ェが揺すっても叩いても起きねェから、こうして教室まで運んだんだよ」

「そ、そうなんですか? すいません」

「別にかまわねェよ」

「あ、ありがとうございます」

「礼なら野崎に言いな。アイツはお前ェの教材運んだんだから」

「は、はい」

 キサラギは自分の眠り癖のせいで迷惑をかけたので、申し訳ないという気持ちを持つ一方で、
播磨におんぶされたことを思い出し、悪くないかな、などと思ってしまった。




   *

74: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:04:48.43 ID:Cw+zkcoOo



 【動 物】

 不良っぽい外見で人を寄せ付けない播磨だが、なぜか動物には好かれている。

 この日も昼休みで校内を歩いていたら、学校内をウロウロしているアヒルやブタが、
彼の周りに集まっているのを発見した。

 そして、播磨は時々ベンチに座りながらブタと何か話をしている。

「播磨さんって、動物の言葉とかわかるんですか?」

 気になったキサラギは、ふとそんなことを聞いてみた。

「あんまりわかんねェよ」

「あんまり……?」

「動物は人間みたいに複雑なことを考えてるわけないからな」

「はあ……」

 どこまで本当でどこまで嘘かわからない。

 もしかしてからかわれているのだろうか。

 そして昼休みも終わりごろ、播磨とキサラギが教室に戻ると、大道雅(キョージュ)が
大きなオニギリを一つ持って待っていた。

「播磨殿、これ食べないか」

「どうした大道。こんなの」

「ヨシツネ殿から話を聞いた。今日、昼食を持ってきていなかったのだろう?」

「う……、アイツ。余計なことを」

「ナポレオン殿を食べないでもらいたい」

75: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:05:21.97 ID:Cw+zkcoOo

「食わねェよ」

 そう言うと播磨は奪い取るように、キョージュからオニギリを受け取る。

「サンキューな」

 時間がないので、急いで食べはじめる播磨。

「あ、あの。キョージュさん」

「どうした、キサラギ殿」

「その、ヨシツネさんって誰ですか? 他のクラスの人です?」

「ああ、キサラギ殿は知らなかったな」

 そう言うと、キョージュは窓際に向けて歩いた。

「あそこにいるのがヨシツネ殿だ」

 キョージュは向かい側校舎の屋上を指さす。

「あ……」

 そこには、一羽のカラスが止まっていた。




   *

76: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:06:06.68 ID:Cw+zkcoOo


 【鳥の雛】

 この日、播磨は資料室でスケッチ用の鳥のはく製を片づけていた。

 はく製が気持ち悪くて触れないという女子生徒もいるらしく、また身体も大きかった
播磨は、はく製片づけ係に任命されたわけである。

「なんだよ『はく製片づけ係』って」

 ぶつくさ文句を垂れつつもはく製を片づける播磨。

「おはよう播磨殿」

「うおっ!」

 急に背後から声をかけられたので、播磨は驚いてしまう。

 振り返ると、そこには長い黒髪の女子生徒、大道雅が立っていた。

「大道、いつの間に」

「キミが入る前からずっといたわけだが」

「ああ、確かにカギはかかってなかったな。いや、そんなことより、ここで何してたんだ?」

「ヂイ、ヂイ……」

「何変な声だしてンだよ」

「私ではない」

 よく見ると、雅の背後には小さな小鳥の雛がいた。

 羽毛もまだ生えそろっていないような小さな鳥だ。

「おい、これどうしたんだ?」

「校内で拾った」

77: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:06:42.48 ID:Cw+zkcoOo
 
「拾った……?」

「そう、たまたま拾った」

「たまたま……」

 どうやら雅は校内で、鳥の雛を拾ったらしい。巣から落ちた雛は、大分弱っているようだった。

 授業中は資料室に置いておいた雛に、彼女は休み時間ごとに様子を見に来る。

 そして昼休み、購買で鳥のエサを買った雅は、それを雛に与えていた。

「大丈夫なのか」

 播磨も心配で見に来てしまった。

(何やってんだ俺は……)

 柄にもないことをやっている自分に困惑しつつも、雛の様子を確認する。

「大分、弱ってきてるな」

 朝見た時よりも、雛は確実に弱っていた。

「エサも食べない」

 彼女の手元には鶏のエサが散らかっていたけれど、ほとんど減っていない。

「なあ大道。そいつはもう――」

 播磨がそこまで言いかけた瞬間、雅は振り返り人差し指を立てた。

 言わないでくれ。

 言葉はなかったけれど、播磨にはそう訴えかけているように感じた。

「わーったよ。俺にできることはなんかあるか」

「珍しいな。播磨殿が進んで人の手伝いをするとは」

78: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:08:01.73 ID:Cw+zkcoOo

「鳥に関しては別だ」

「できれば、食べないでいてくれたら嬉しいのだが」

「食べねェよ!」

「……」

 雅は懐からハンカチを取り出した。

「どうすんだ?」

「震えているようなので、懐の中に入れておこうと思った」

 そう言って雅はハンカチを広い、それで雛を優しく包む。

「大道」

「何?」

「お前ェ体温低そうだな。平熱はどれくらいだ?」

「34.5度くらい」

「低っ!」

「……」

「ちゃんと朝飯食ってるか?」

「大丈夫だ、問題ない」

「……」

「……そいつ貸せよ」

「どうして」

「俺が温めとく」

79: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:08:54.21 ID:Cw+zkcoOo

「……」

「お前ェが温めるよか、いいだろう」

「……わかった、頼もう」

 こうして、播磨は授業中鳥の雛を温めることにした。

 これにどれだけの意味がわからない。

 恐らく大道雅もわかっているだろうけれど、この雛鳥の運命を――

「ん……!」

「どうしました? 播磨さん」

 素描の途中、播磨は懐の中の異変に気付いた。

「悪い山口、ちょっと保健室いってくる」

「どこか体調が悪いんですか?」

「まあそんなとこだ」

 播磨はそう言って美術室を抜け出し、中庭に出る。

「早かったな……」

 ハンカチに包まれた雛を取り出す。

 雛が紡いでいた微かな生命の鼓動は、既に消えていた。

「……播磨殿」

「大道か」

 後ろから声をかけてきたのは雅だった。

 今度は気配を感じていたからわかる。

 播磨が不自然に教室から出たのを見て、後を追ってきたのだろう。

「すまねェな」

「……」

 播磨は、そっとハンカチに包まれた雛を雅に見せた。




   *

80: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:09:41.75 ID:Cw+zkcoOo


 放課後、学園内の人目のつかない場所に播磨と雅は穴を掘って、雛鳥を埋める。

「最初、この子を見つけたときから、こうなることはわかっていた」
 
「……」

「ただ放っておけなかった。それだけだ……」

「……そォか」

 気をつかっているのか、播磨はそれだけしか言わなかった。

「播磨殿」

「なんだ」

「悪いのだが、先に行っていてくれないだろうか」

「ああ、わかった」

 そう言うと、播磨は立ち上がり、その場を立ち去った。

(本当はもう少しここにいて欲しかった……)

 雅は、自分の表情を彼に見られるのが少し恥ずかしく思っていたのだ。

「……」

 空を見上げると、そこには青空ではなく重苦しい曇り空が広がっていた。

 今日は午後から雨が降ると天気予報で言っていたのだが、はたしてその通りになる。

 雛が埋められたその場所に、ポツポツと雨粒が落ちる。

 早く校舎に戻らないと濡れてしまう。

 そう思ったけれど、すぐに体が動かなかった。

 ぐずぐずしているうちに雨が強くなっていく。

 その時、不意に影ができて雨粒が消えた。

「播磨殿?」

 そう言って振り返ると、そこには特徴的な大きなメガネをかけた女子生徒が傘を持っていた。

81: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/12(木) 21:10:13.44 ID:Cw+zkcoOo

「ごめんなさい、私で」

「キサラギ殿」

「オレたちもいるぜ」

「マサ、あたしらに黙ってるなんて水臭いぞ」

「そうだよキョージュ」

 よく見ると、後ろのほうにトモカネやナミコ、それにノダミキもいた。

「みんな」

「小鳥さんのこと、残念でしたね。播磨さんから聞きました」

「……」

「ごめんなさい、差し出がましいとは思ったんですけど」

「いや……」

 キサラギの言葉を雅は否定する。

「とても嬉しい」

 そう言うと、彼女は口元に微かな笑みを浮かべた。




   つづく

88: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:20:16.69 ID:m62qxe2oo
 




  第六話 料理は愛情

89: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:20:46.16 ID:m62qxe2oo


 【入学動機】


 昼休み。

 この日は、珍しく播磨も雑談に加わっていた。

「ねえねえはりまっちぃ」

 そこで早速ノダミキが播磨に質問する。

「どうした、野田」

「前から気になってたんだけどさあ、どうしてはりまっちはGAに入ったの?」

「ああ、それ俺も気になるな」

 と、トモカネが身を乗り出した。

「やっぱり絵が好きだからですか?」

 そう聞いたのはキサラギだ。

「少し違うな」

 しかし播磨はそれを否定した。

「じゃあ、御兄弟や親戚がGAにいたとか」

「それも違う」

「だったらなんなんだよ、はりけーん」

90: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:21:19.76 ID:m62qxe2oo

「大した理由じゃねェよ。単純に勉強するのが嫌だったってだけだ。ここなら授業の半分は美術だしよ」

「え?」

「……」

 一瞬黙り込む一同。

「だったら工業科の自動車整備クラスとかでもよかったんじゃないの?」

「!?」

「ああ、そうだな。そこなら手に職も付くし、就職にも有利だ」

 トモカネは嬉しそうに言う。

「で、でも播磨さん。わざわざ芸術科を選んだってことは、美術のほうが好きだったんですよね」

 キサラギがフォローするように言うと、いつの間にか播磨は頭を抱えていた。

「播磨さん?」

「その手があったかあ……!」

(もしかして播磨さんって)

「バカなのか?」

 キサラギたちが播磨に対する認識を改める瞬間であった。




91: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:22:35.29 ID:m62qxe2oo

 
 【調理実習】

 GAにも家庭科で調理実習が存在する。

 しかし、普通の学校の調理実習に比べればその内容もアバウトだ。

 なぜなら、基本的に美術科以外の教科はアバウトだから。

「ぜってー、たらこ。もしくはペペロンチーノまでなら許す」

 料理の教科書を持ったナミコが怒りながら言う。

「カルボナーラ、カルボナーラ!! だんっっぜんクリームソース」

 牛乳パックを持ったノダミキも譲らない。

「何言い争ってんだ? あの二人は」

 別の班になった播磨がキサラギに聞いた。

「いえ、作るメニューに関して争っているんですよ。ノダちゃんはスパゲティの
カルボナーラ、ナミコさんはたらこスパがいいと」

「そんなに好きなのか?」

「いえ、そういうわけじゃなくて……」

 キサラギは困ったようにノダミキとナミコを見る。

「740キロカロリーって、一品分の数値じゃねえだろ! ふざけんな!」

「つーん!」

「は、播磨さんはどっちがいいと思いますか?」

「うーん、カルボナーラか」

 どうでもよさそうに播磨は答えた。

92: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:23:02.03 ID:m62qxe2oo

「くそう、こうなったら別々の班を作るぞ! キサラギ!」

 怒ったナミコはキサラギの元に行く。

「ナミコさん。でも班は最低三人までという決まりですので」

 慌てたキサラギが止めようとすると、

「ここにいい人間がいる」

「は?」

 そう言うとナミコは播磨の制服を掴んだ。

「野崎、何しやがる!」

「な、ナミコさん?」

 そしてキサラギの肩も引き寄せた。

「これで三人だ」

「もう好きにすればいいじゃねえか」

 ナミコたちの争いを傍から見ていたトモカネはそう言って諦めた。



   *

93: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:23:29.48 ID:m62qxe2oo




 【理不尽】


「どうでもいいけどお前ら」

 無理やり二人の班に入れられた播磨はキサラギとナミコの二人を前に正対する。

「はい」

「なんだよ」

「料理の経験はあるのか?」

「いえ……」

「中学校の調理実習くらいで」
 
「ちなみに腕前のほうは……」

 キサラギ曰く、

「料理界の『立体派(キュピズム)』とか……」

 ナミコ曰く、

「もしくは『超現実主義(シュールレアリズム)』」
  
「おいどうすんだよお前ら! 俺だって料理の経験なんてねェぞ!」

「何で経験ないんだよ! ダメだな播磨は」

「そうですよ! 男の人だって料理をするべきです」

「何で俺が責められてんだ!?」

 この世の理不尽さを改めて感じる播磨であった。



   *

94: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:24:00.83 ID:m62qxe2oo


 【基本は大事】

 
「いいかお前ェら」

 改めて播磨はキサラギとナミコの前に立つ。

「料理に大事なのはまず基本だ」

「はい」

「……」

「それは美術と同じだ。わかるだろ? いきなりピカソやゴッホみたいな絵を描けるやつは
いねェんだ。

 まずは地道にデッサンを重ねて技術を磨く。

 それは料理も同じことだ。

 まずはしっかりと基本通り、レシピ通りに調理をする。

 変なアレンジとかはいらん。そういうのはもっとうまくなってからだ。

 味付けもしっかりグラム単位ではかれ」

「カッコイイです播磨さん」

「ああ、確かにお前の言うことは正しいよ播磨」

 ナミコも観念したように言う。

「でも、雅(マサ)から貰ったメモを見ながらでなければもっとかっこよかったんだけどな」

「うるせえよ、お前ェらがしっかりしてりゃあ、こんなメモを読む必要はなかったんだ」

「そんなことより、早く調理をはじめましょう」

「わかってる」




   *

95: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:24:36.08 ID:m62qxe2oo


 【空飛ぶナス】

 無理やりにナミコとキサラギの調理班に加えられた播磨は、料理に関してまったく
頼りにならない二人のために、自ら慣れない包丁を扱っていた。

「危ない!」

「ふごっ!」

 いきなりナスが飛んできて、播磨の顔に当たる。

「ご、ごめんなさい播磨さん!」

 平謝りのキサラギ。

「なんじゃこりゃ!」

「野菜洗ってたら飛んでしまって」

 どこの世界に野菜を洗ったら飛ばしてしまう人種がいるのか。

「あちゃあ! こりゃまずい。キサラギ! 布巾取って!」

「ああ、はいはい」

「ああこぼれた。またかあ」

「ナミコさん! 大変です」

「ぎゃああ」

「播磨さんすいません、これ」

「おい! そっちはいいから片付けしろ」

「野崎! アレ持って来い」

「アレじゃわかんねえよ!」

96: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:25:08.49 ID:m62qxe2oo

「ナミコさんナミコさん! 玉ねぎですよ」

「丸ごと入れる気かコラ!」

 そんなこんなで調理終了。

「お疲れ様、播磨殿」

 雅がそう声をかける。

「悪ぃな、手伝ってもらっちまって」

「何、時間が余っただけだ。気にしなくていい」

 播磨は支援してくれた他班の有志に礼を述べてから自分たちの料理が配膳された
テーブルに戻る。

「……」

「疲れた」

 テーブルには疲れ顔のキサラギとナミコが座っていた。

「慣れねェことはやるもんじゃねェな」

 そう言いつつ、皿を見る。

 見た目はやや悪いけれど、なんとか食べられそうなタラコスパゲティができていた。

 他のテーブルの料理と比べても、見た目の悪さは歴然としている。

「すみません播磨さん。こんなことに巻き込んでしまって」

「いいってことよ。完成したんだからよ。んじゃ、いただくか」

「……はい」

 播磨は一口食べる。

「どうですか?」

97: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:25:35.52 ID:m62qxe2oo

 不安そうな顔で彼の顔を覗き込むキサラギ。

「うめェぞ。ちょっと焦げ臭いけど」

「……よかった、のかな?」

「お、食べて大丈夫なのか」

 そう言ってナミコは箸に手を付けた。

「おい野崎、俺に毒見をやらせたのか」

「いやあ、そういう意味じゃないけど。あ、意外とイケるな」

「美味しいです。時々変な味しますけど」

「ま、最初はそんなもんだ」

「ハリマだって出来ていなかったじゃん」

「うるせえよ。お前ェらよりはマシだ」

「確かに」

「食べるってのは生きるための基本だから、それを覚えておいて損はねェな」

「そうですね」

 キサラギは頷く。

98: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/13(金) 21:26:12.93 ID:m62qxe2oo

「誰だって最初からできる奴はいねェ。だが、一番怖いのは、自分が出来ねェと
思い込んで何もやらないことだ」

「その通りだと思います」

「今度は誰の受け売りだ? 播磨」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらナミコが聞いてきた。

「……忘れた」

 料理は愛情。

 だが気持ちだけでは足りないものもある。

「それが基本だよね、はりまっち」

 いつの間にか、播磨の左隣に立っていたノダミキが言った。

「くっ、ノダに基本を説かれるとは、あたしもまだまだだね」

 そう言ってナミコは苦笑する。

「今度、ちゃんと教えてあげようか? 料理の作り方」

 ノダミキには自分が教えてもらいたい、と思う播磨だったがそんなことは
絶対に口に出せないのだった。 




   つづく

102: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:25:55.18 ID:ZHEncIkxo





   第七話 お見舞い

103: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:26:43.11 ID:ZHEncIkxo


 【連絡先】

 播磨拳児は時々授業からいなくなる。

「アイツまたサボりか? しょっちゅう姿を消すなあ」

 呆れたような口調でナミコは言う。

「雅、ハリマ知らねえか?」

 ナミコは近くにいた雅に聞いてみる。

「わからない。食糧を確保するとか言ってたけど」

「そうかい。またパンの耳でも買いに行ったか」

「……」

「携帯電話でもありゃ呼び出せるのに。アイツ貧乏そうだから、
携帯とか持ってないかもね。あはは」

「持っている」

「へ?」

「播磨殿は携帯電話を持っている」

「そ、そうなのか。見たことあるのか?」

「番号とアドレスも知っている」

「!」

「……知りたい?」

「べ、別にハリマの携帯番号なんて知りたくもねえから。
つか、何で雅があいつの連絡先知ってるんだよ。番号よか、
そっちのほうが気になるわ」

「それは秘密」

 そんな二人のやりとりに聞き耳を立てている者が一人。

「キサラギちゃんどうしたの? 気分でも悪い?」

 いつもと様子が違うキサラギのことを心配してノダミキが声をかける。

「いえ、何でもないですよ」

 慌てて取り繕うキサラギ。

(播磨さんのアドレス自体もそうですが、どうしてキョージュさんはそれを
知っているのでしょうか。私、気になります)



   *

104: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:27:16.55 ID:ZHEncIkxo




 【ありがたみ】

 この日、キサラギの携帯電話にナミコからメールが入っていた。

(朝からメールなんて珍しいですねえ)

 そう思いながら、文面を読むと、そこには体調が悪いから休む、という内容が書かれていた。

(た、大変です)

 そして学校。

 キサラギは朝、ナミコから貰ったメールの内容を皆に伝える。

「ああ、それでナミコさんまだ来てなかったんだあ」

「なるほどなあ」

 ノダミキとトモカネが心配そうな顔をしていた。

 しかし次の瞬間、

「これはチャンスですぞトモカネ氏」

「フヒヒ、そのようですなノダミキ氏」

 と、不敵な笑みを浮かべ始めた。

「あの、お二人とも何を考えているんですか?」

「キサラギちゃん、そんなの決まってるじゃん」

 ノダミキはそう言うと片目を閉じて、いわゆるウインクをした。

「病気と言えばお見舞い!!」

105: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:28:16.02 ID:ZHEncIkxo

 そしてトモカネは力強く親指を立てる。

「でもでも、病気の人の家に大勢で押しかけるのは迷惑なんじゃあ」

「チッチッチ。甘いぜキサラギちゃん」

「そうだぜ、病気の時だからこそ尋ねるんだ」

「なぜか、わかるかい?」

「いえ、よくわかりませんけど」

「病気で弱っている時のほうが、寂しいから好感度が上がりやすいのだ」

 ノダミキは両手を上げて宣言した。

「は?」

「お見舞いイヴェントってのはやっぱ重要だよな」

 ノリノリな二人。

 すでにトモカネとノダミキは行く気満々だ。

「キョージュさん、助けてください」

 キサラギは残った常識人陣営のキョージュに助けを求める。

「面白そうだから行ってみよう」

 なぜかキョージュもノリノリであった。

「せっかくだからはりまっちも誘おうよ」

「お、いいな。アイツ喜ぶぜ」

(播磨さんまで……!)

 止める役がいない。

 キサラギは、今日ほどナミコの存在の重要性を認識したことはなかった。




   *

106: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:29:16.52 ID:ZHEncIkxo

 
 【見て舞う】


「んで俺まで行くことになったんだよ」

 結局、ナミコへのお見舞いには(荷物持ち)として播磨も参加することになってしまった。

「すみません播磨さん。一応は止めたのですが」

 申し訳なさそうに謝るキサラギ。

「まあアイツらを止めるのはお前ェじゃ無理だな」

 迷惑そうな顔をしながらも、一緒に来てくれた播磨の存在はキサラギにとっては唯一とも
言える救いであった。

「お、見えてきたぞ」

 そう言ったのはキサラギの半歩後ろを歩いていたキョージュである。

 周りの家に比べても大きな一軒家。

「野崎の家って、結構デカいんだな」

 ナミコの家を眺めながら、播磨はポツリと言った。

「ええ、見た目も大きいですけど、中も広いんですよ」

「知ってるのか?」

「あ、はい。一度泊まりに来たことがありますから」

「そうなのか」

「はい。闇鍋をやりました」

「闇鍋……」

「きょ、今日はやりませんよ」

「当たり前だろ」

「ははは……」

「しかし今更いうのもなんだが、いいのか、俺なんかが一緒にいて。邪魔じゃねェか?」

「いえ、そんなことはないと思いますよ」

 気を使う播磨に、キサラギは否定した。

「ナミコさんも口ではああ言ってますけど、播磨さんのことはキライではないと思います」

「そうか」

「はい……」

 キサラギは自分で言っていて、少し胸が痛くなった。

(播磨さんは、ナミコさんのことをどう思っているんでしょうか)

 密に気になるところでもある。



 
   *

107: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:30:07.19 ID:ZHEncIkxo



 真っ先にドアのチャイムを鳴らしたのはトモカネだった。

「トモカネずるーい。あたしもチャイム慣らしたかったのにい」

 何だか子供っぽい理由で抗議するノダミキ。

 しばらくすると、少し年を取った感じのナミコが出てきた。

「あら、あなたたちはナミコのお友達ね」

 ナミコの母親だ。

「はい、ノダです! お見舞いに来ました」

「トモカネでーす。ウチのナミコがいつもお世話になってます」

「相変わらずね」

 大人数で押しかけてきたにも関わらず、ナミコの母親は嫌な顔一つせずに出迎えてくれた。

「あら、そちらの男の子は初めましてね」

 ナミコ母は播磨にも目を向ける。

「あ、どうもッス」

 播磨は軽く会釈をした。

108: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:30:35.79 ID:ZHEncIkxo

「彼は播磨拳児っていいます。娘さんの未来の旦那さんです」

「あら、そうなの?」

「はあ!? 何いってやがんだトモカネェ!」

「播磨さん! 落ち着いて」

「そうだよはりまっち、ケーキが潰れちゃう」

「ノダ殿、気にするところが少し違う気もするが」

 しかしナミコ母はそんなドタバタにも動じる様子はなかった。

「まあ、立ち話も何ですから」

 そう言って五人を招き入れる。

「お邪魔シマース」

 こうして、五人は居間に通された。



   *

109: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:31:23.03 ID:ZHEncIkxo




「ナミコは今部屋で休んでいますので。今、呼んできますね」

 ニコニコしながらナミコ母は言う。

「ああお構いなくお母さん、私たち渡すものを渡したらすぐに帰りますので」

 それに対し遠慮がちにキサラギは言った。

「ええ? そんなのつまんなーい」

 ノダミキは足をバタつかせる。

「そうだぞー。せっかくここまで来たのに、ナミコさんの部屋漁りとかしたいしぃー」

「お前ェら、病人を気遣う気ゼロだな」

 播磨はあきれたように言う。

 しばらくすると、夏前だというのに寝間着の上に袢纏を着たナミコが現れた。

「あんたたち、来なくていいって言ったのに、本当に来ると――」

 そこまで言ってナミコの言葉が止まる。

「よ、よォ」

「な、何でここに播磨がいるんだよ!」

「いや、野田に誘われてその……」

 元々赤かった顔をさらに赤くするナミコ。

「ちょっと待ってて」

110: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:32:09.04 ID:ZHEncIkxo

 そう言うと、ナミコは早足でどこかへと向かった。

「……やっぱ、俺が来たのは不味かったかな」

 播磨は少し寂しげにつぶやく。

「そんなことないよはりまっちー」

 そんな播磨にノダミキは声をかける。

「だってあいつ、嫌そうだったじゃねェか」

「ノンノン、違うよはりまっち。嫌だったのははりまっちが来たからじゃないんだよ」

「どォいうことだ」

「風邪を引いてノーメイクでぼさぼさ髪の姿をはりまっちに見られるのが嫌だったんだよ」

「はあ?」

「わからないかなあ、もう。はりまっちは乙女心を理解しなきゃダメだぞ☆」

「乙女心……」

「俺にはわからねえなあ」

 両手を後頭部に回したトモカネが言った。

「お前ェにゃ聞かねェよトモカネ」

「なんだとー!」

「ほらほら、家の方の迷惑になりますので静かにしましょう」

 しばらくしてナミコが戻ってきた。

111: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:32:44.72 ID:ZHEncIkxo

 髪は櫛でかきつけられ、ヘアゴムで横に束ねている。そして上着も袢纏からトレーナーに
変わっていた。

 いずれにせよ、学校では見られない格好だ。

「悪いね、待たせて」

 そう言ってナミコは座った。
 
 顔の紅潮は収まったものの、少しムクんでいた。これも風邪の影響だろうか。

「すみませんナミコさん。お休みのところ」と、キサラギ。

「いいっていいって。午後には熱も引いたし、体調も大分よくなってきたから」

「そうですか」

「ナミコ殿」

 不意にキョージュが声を出す。

「ん? 雅(マサ)、どうした」

「今日の授業のノート、取っておいた」

「お、サンキュー。さすが雅だ」

「ナミコさんナミコさん」

 今度はノダミキだ。

「なんだよ」

「ナミコさんのために色々とお見舞いの品を買ってきたんだよ」

112: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:33:28.35 ID:ZHEncIkxo

「そうなのか? ありがとう」

「こっちがケーキで」

「あと、これがプリン。それから風邪と言ったら桃缶」

 播磨が持っていた袋から、色々と取り出すノダミキとトモカネの二人。

「おいおい、買ってきてくれるのはありがたいけど、どんだけカロリー高いんだよ」

 ナミコは体重を気にする年頃の女の子だ。

「お、カロリー気になりますか。仕方ありませんな。我々で処分しますかトモカネどん」

「そうですな、ノダミキどん」

 そう言ってお見舞いの品に手をつける二人。

「ってか、あんたら自分が食べたい物持ってきただけじゃんか」

「ナミコさん。低カロリーのヨーグルトとかもありますので、よかったらどうぞ」

「ありがとうキサラギ。まともなのはアンタと雅くらいなものだよ」

 ナミコはやや涙目になりつつ言う。

「……」

 そして、播磨はなぜか黙ってナミコを見つめていた。

「何だよハリマ。あたしの顔になんかついてる?」

「いや」

 そこで彼は一息ついて言った。

113: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:33:56.64 ID:ZHEncIkxo

「お前ェのその髪型、なんか新鮮だなと思ってよ」

「……!」

 次の瞬間、元々赤らんでいたナミコの顔がさらに赤くなる。

「バカ! ななな、何言ってんだ。これはただ、頭がぼさぼさだから勝手にその……」

「何焦ってんだお前ェ」

「焦ってないし。ちょっと熱が高いから頭クラクラするだけだし!」

「落ち着いてくださいナミコさん。また風邪がぶり返してしまいます」

「ナミコ殿。スポーツドリンクを飲もう」

「うう……」





114: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/14(土) 20:34:59.86 ID:ZHEncIkxo

 【変 化】


 翌日、何事もなかったかのようにナミコは登校してきた。

「ナミコさん、風邪治ったんだね」

 と、ノダミキ。

「ああ、またあんたらに家に来られちゃ大変だからね。気合いで治したよ」

「さすがナミコさんだ」

 ナミコの元気な姿にトモカネも嬉しそうだ。

「昨日はごめんなさい。ご家族にも迷惑をかけてしまって」

「いや、いいよ。母さんも喜んでたし」

「そうなんですか?」

「ああ。ちょっと騒がしかったけど、風邪ひいてると寂しくもなるし、嬉しかったよ」

「よかった」

「でもまあ、でもあんな騒ぎは近所迷惑にもなるし、これからは風邪をひかないように気を付けるさ」

「そうですね」

「さて、たまった課題でも片づけますかね」

 そう言ってナミコは伸びをした。

 ナミコはあの日以降、特に変わったところはない。

 いつもの彼女だ。

 ただ一つだけ変わったことがあるとすれば、時々彼女の家で見せた“あの髪型”を
するようになったことくらいだろうか。




   つづく 

124: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:00:11.04 ID:Kp5A/HLTo



  GAランブル!



   第八話 心の目で見ろ!

125: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:01:08.74 ID:Kp5A/HLTo


 【白の世界】

 
 その日、キサラギは登校してから教室に向かうまでの間、少しだけ校内を散策していた。

 というのも、来週の課題は「風景画」であり、副担任の宇佐美教諭は学校内の風景を
描くように言ったからだ。

 このため、彼女は来週に備えて学校内を「下見」しようとしていた。

 この時空を見上げた際に、誤って太陽を直視してしまい目を閉じる。

 次の瞬間、世界が変わった。

 すべてが白に包まれていたのだ。

 最初、目がくらんだためかと思ったけれど、なかなか視力が回復しない。

(ここはどこだろう)

 よくわからなかった。

 しばらくすると、目の前に大きなパンダが現れる。

 白熊かと思ったけれど、目の周りが黒いのでパンダだろう。

 なぜこんなところにパンダがいるのだろうか。

 自分は学校に来ていたはずなのに。

「どうした、何やってんだ」

 不意にパンダが話しかけてきた。

 どうも聞き覚えのある声だったけれど、パンダに知り合いはいないので多分空耳だろう。

 そして彼女は一つ結論を導き出す。

(これは夢だ)

 そうおもったキサラギは、輪郭がはっきりしないタンポポの綿毛のようなパンダに
抱き着いてみることにした。

126: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:02:54.99 ID:Kp5A/HLTo

(どんな感触だろうか)

「えい!」

 キサラギは思いっきり抱き着く。

 しかし思ったよりもホワホワしていない。

 それどころかゴツゴツしており、なぜかわからないけれど胸がドキドキしてくる。

「おい、山口! 何やってんだ!」

「へ?」

 パンダは彼女の苗字を呼ぶ。

「キサラギ! 何やってんの」

 別の方向から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「この声は、ナミコさん?」

「何言ってんだよ。ってか、何でコイツに抱き着いてるんだ?」

「へ?」

 キサラギは目の前のパンダをじっと見つめる。

 よく見ると、そのパンダにはヒゲが生えていた。

「山口お前ェ、メガネはどうした」

「メガネ?」

「キサラギ、もしかしてメガネ無くしたのか?」

 そう言うナミコの声に、彼女は自分の異変を認識する。

「ええええ???」



   *

127: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:03:34.84 ID:Kp5A/HLTo





 【メガネのないキサラギ】

 教室――

 やっとのことで教室にたどり着いたキサラギ。

 どうやら朝、校内を散策している途中にどこかでメガネを無くしたらしく、
そのことをクラスメイトに説明した。

「困りました、メガネが無いと全然見えないんです」

 しょんぼりとした表情でキサラギは言う。

「しっかし朝見た時はビックリしたよ。だっていきなりハリマに抱き着くんだから」

 冗談っぽくナミコは言ってみる。

「違います、あれはちょっと間違えたというか」

「何に間違えるんだよ」

「おお、キサラギちゃん大胆だね」

 隣りにいたノダミキが嬉しそうに言う。

「だからノダちゃん、違うって」

「っていうか、俺はあのメガネがちゃんとメガネとしての機能を持っていたということに驚いたぜ」

 そう言ったのはトモカネだ。

「メガネとして機能していましたよ。というか、メガネがないと私……」

128: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:04:01.95 ID:Kp5A/HLTo

「予備のメガネとかはないのか」

 と聞いたのはキョージュだった。

 準備万端な彼女らしい質問である。

「いえ、そういうのは今日は持っていないんです」

「そうか」

「すいません、ご迷惑をおかけして」

 キサラギは頭を下げる。

「いや、そうでもないぜ。メガネのないキサラギは結構可愛いな」

「え? そうですか??」

「ああ、何か意外な一面っていうか」

「トモカネさん……」

 一瞬、鋭い目つきでトモカネを睨むキサラギ。

「あ、ゴメン」

 トモカネはその眼光にビビってしまったようだ。

「つうか、前もよく見えないんだろ? それって困るな」

「そうですね。やっぱり私、探してきます」

 そう言うとキサラギは立ち上がる。

「おい危ないぞ」

129: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:04:56.90 ID:Kp5A/HLTo

 と、注意するも、

「ふにゃあ!」

 何かにぶつかった。

「おい、山口。またお前ェか」

 播磨だ。

 キサラギは播磨にぶつかっていた。

「すいません播磨さん」

「何教卓に謝ってんだ。俺はこっち」

「はっ、ごめんなさい」

「おーいキサラギー。お前わざとやってんのかー?」

 ナミコは呼びかけてみる。

「ち、違います。本当に見えないんです。ってか、私乱視もあるから方角もよくわらなくて」

 それは単なる方向音痴ではないのか、と思ったけれど、面倒なのでナミコは何も
言わないことにした。

「しかたない」

 そう言うとナミコは立ち上がりキサラギの元に向かう。

「メガネ探しはあたしらに任せろ。キサラギは、いつものように授業を受けるんだ」

「でも、そしたら」

「ウチらに任せろ。仲間だろ? 困った時はお互い様」

130: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:05:50.05 ID:Kp5A/HLTo

「すみません。ナミコさん。本当にありがとうございます」

「キサラギちゃん、あたしらはこっちこっち」

 ノダミキが呼びかける。

 キサラギは播磨に頭を下げていたのだ。

「ま、お前ェらで頑張れよ」

 そう言って播磨は自分の席に戻ろうとする。

「何言ってんだよハリマ」

「あン?」

「あんたも協力するんだよ」

「俺にもメガネを探せってのか?」

「いや、メガネは探さなくていい」

「ん?」

「メガネはウチらで探すから、その間にキサラギの世話をしてやってくれないか」

「何で?」

「いや、だってキサラギが一番信頼しているのが播磨かなって思って」

「は?」

「だって朝ね、あんな熱い抱擁を見せられたら」

「むうう! 何を言ってるんですかナミコさん!」

 顔を真っ赤にして怒るキサラギ。

 だが、

「落ち着け山口! 野崎はこっちだ」

 相変わらず別方向だった。

131: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:06:54.81 ID:Kp5A/HLTo

「ともかく、ウチらは実際に探したり(メガネを)見た人がいないか聞き込みをして回るから、
その間の世話は任せた」

「いや、別に俺はかまわねェけどよ」

「何?」

「山口(こいつ)はそれでいいのか?」

 そう言うと、播磨はキサラギの頭の上に右手を乗せる。

「ふえ? 私ですか?」

 キサラギは少し困ったような顔をしたけれど、

「播磨さんがご迷惑でなければ」

 まんざらでもない顔をしていた。

(やっぱりそうか……)

 そんなキサラギの顔を見て、ナミコは確信めいたものを感じていた。

(でも肝心のコイツは、鈍いのかバカなのか、全然意識してないみたいだけどな)

 そう思いながら、ナミコは播磨の顔を見る。

「ん? どうした」

 案の定、播磨はナミコの視線の意味を理解していなかったようだ。

「何でもないよ。さ、ホームルームはじまるよ。姫をエスコートしろよ、ハリマ」

「ああ」

「もう! ナミコさん! 姫とか言わないでください」

「山口さんごめんなさい。私、ナミコさんじゃないから」

 別の女子生徒がそう言って謝った。


   *

132: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:07:33.94 ID:Kp5A/HLTo



  
 【移 動】


(だいたい、運の悪い時には悪いことが重なるもんだよな)

 播磨は時間割を見ながらそう思った。

 もともとGAは教室移動が多いクラスだが、この日は特に移動が多い。

「山口、早めに準備しろよ。次は第二美術室だ」

「は、はい」

 キサラギをせかす播磨。

 ただでさえ動きの遅いキサラギだが、目がほとんど見えないのでその行動は
慎重にならざるを得ない。

「きゃあ!」

 物凄い音。

 どうやら机にぶつかったらしい。

「ほら、こっちだ」

 机を元に戻し、今度はぶつからないように播磨はキサラギの手を引いた。




   *

133: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:08:14.78 ID:Kp5A/HLTo


 
「なにあれ?」
 
「有名な一年生だよ」

「あの子誰だろう」

 クスクスという笑い声やヒソヒソ話が聞こえてくる。

 キサラギと播磨は手を繋いで歩いていたので嫌でも注目されるのだ。

 不良なだけに、そういう陰口や悪口には慣れていた播磨だったが、
やはり恥ずかしいものがある。

(これで変な噂になったら、ノダちゃんとの関係がダメになってしまうのではないか)

 などと、いらない心配までする播磨。

「不味いな。時間がねェ」

 ちなみにGAでは、普通に授業を受けていても走らなければ間に合わない教室移動も存在する。

「播磨さん。私のことはいいですから、先に行ってください」

「んなことしたら野崎たちに何されるかわかんねェよ」

「でも、このままじゃあ播磨さんも授業に遅れてしまいますよ」

「走れば間に合う」

「でも」

 当然、キサラギがこの状態で走れるわけがない。

 仮にメガネをかけていたとしても、何もないところで転ぶような奴なのだ。

「しかたねェ」

134: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:08:49.77 ID:Kp5A/HLTo

 播磨は腹をくくる。

「ほえ? 播磨さん、何を……!」

 播磨はその場でキサラギを抱え上げると、お姫様抱っこの状態で第二美術室へと走った。




 そして次の休み時間――

「はりまー! お前学校内で何やってんだああ!」

 担任の外間が教室に怒鳴り込んできた。

「事態がさらに悪化してしまった……」

 播磨は頭を抱える。

「お前はバカか」

 そんな播磨に、ナミコは言い放つ。

「バカだな」

「バカだね」

「バカ……」

 他の三人も概ねそんな感じだった。







   *

135: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:09:58.34 ID:Kp5A/HLTo

   【発 見】

 昼休み、メガネの探索が続く。

 早めに昼食を食べ終えたキサラギ一行は、今朝彼女が回った辺りを中心に探すことにした。

「一応事務所に落し物の照会をしたんだけど、それらしきメガネは届いていなかったって」

 と、ナミコは言った。

「すみませんナミコさん。お手数おかけしまして」

「別にいいよ。キサラギには色々と世話になってるし。この前お見舞いにきてくれたしな」

「はい、ありがとうございます」

「ちなみにそいつはトモカネ、あたしはこっちだから」

「は、すいません」

「つうか、早く見つけようぜ面倒くせェ」

 播磨はうんざりした調子で言う。

「すみません、播磨さんにまでご迷惑を……」

「まったくだ」

「おいハリケン! そんな言い方はねえだろ」

 と、トモカネは抗議する。

「いいんですトモカネさん。悪いのは私なんですから」

「キサラギちゃん。それはトモカネじゃなくてハニワだよ」

 本当にわざとやっているようにしか見えないナミコ。

「ほら、行くぜ」

 そんなキサラギに播磨は呼びかけた。

「あ、はい」

 さすがに校内で手つなぎは不味いと思ったのか、キサラギは先ほどから播磨のシャツの
裾を握っている。

136: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:10:50.92 ID:Kp5A/HLTo

 二人の歩幅がいつの間にか揃っていた。

 いや、多分播磨がキサラギの歩幅に合わせているのだろう。

(あいつ、そんな気遣いもできるんだ)

 そう思うと、ナミコは少しだけ胸が締め付けられるような気がしてきた。

(何考えてんだあたしは、アイツが誰を好きになろうと、あたしには関係ないことじゃない)

 少しイライラしながら、ナミコは頭をかく。

(それにしても、こんなんで見つかるのか――)

「あったあ!」

「早っ!」

「見つけたぜ!」

 どうやらトモカネが見つけたようだ。

「本当ですかトモカネさん!」

「ああ、本当だ。あと、そいつは俺じゃなくて自動販売機だ」

「じゃあ、渡すよキサラギちゃん」

「きゃああ! 私のメガネが毛だらけにいいい!」

 ノダミキがメガネではなく猫を手渡していた。

「後でやれ後で」

 その後、キサラギのメガネは無事に元に戻った。



   *

137: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/15(日) 21:12:06.09 ID:Kp5A/HLTo



「皆さん、本当にありがとうございます」

 そう言ってキサラギは何度も何度も頭を下げる。

「そんな気にしなくていいよキサラギちゃん」

 ノダミキはキサラギの背中をポンポン叩いた。

「そうだぜ、コイツなんていつも迷惑ばかりかけてるし」

「酷いよナミコさん! いつもじゃないよ、たまにだよ!」

「結局迷惑かけてるじゃねえか」

 と、トモカネも同調した。

「お前ェら、早くもどらねェと午後からの授業遅れるぞ」

 ポケットに手を突っ込んだ播磨がそう言った。

「そうだな。メガネも見つかったことだし、早く戻ろう」

 と、制服を汚したキョージュも言う。

 何気に彼女が一番一生懸命に探していたのだ。

「はい、わかりました。では行きましょう」

 教室に戻るとき、キサラギは無意識のうちに再び播磨のシャツを掴んでいた。



   つづく

143: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:13:06.71 ID:or0uNGtEo






   第九話 梅雨の終わりに

144: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:13:48.16 ID:or0uNGtEo



 【いつものこと?】


 六月の後半。

 季節は梅雨の真っただ中で、その日も雨が降り続いていた。

 ジメジメした気分の悪い日の休み時間、

「あ、あの。播磨さん」

「どうした」

 キサラギが神妙は顔をして播磨を訪ねてきた。

「実は相談したいことがあって」

「何だ。絵のことか?」

「いえ、そうではないのですが。というより、私のことじゃないんです」

「あン?」

 キサラギの要望によって廊下に移動した播磨は、そこで彼女の話を聞く。

 一体、何をそんなに悩んでいるというのだろうか。

「で、話ってなんだ?」

「キョージュさんのことです」

「教授? ああ、大道のことか」

「え、はい」

「そいつがどうした」

「最近のキョージュさん、何だか変なんです」

145: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:14:21.54 ID:or0uNGtEo

「変なのはいつものことだろ」

「いや、でも違うんです」

「何が」

「その、ボーっとしたり、全然動かなかったり、変な場所をじっと見つめていたり」

「やっぱりいつものことじゃねェか」

「ええ、あれ? いや、でも違うんです!」

 珍しく声を上げるキサラギ。

「本人には聞いたのか?」

「いえ、それが聞いても教えてくれなくて……」

「だったら俺の出る幕じゃねェだろう」

「でも、播磨さんだったら何かわかるんじゃないかと思って」

「買い被りすぎだ」

「でも私、気になるんです」

「……ったく」




   *

146: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:15:37.50 ID:or0uNGtEo


   【聞き込み】

 キサラギが気になるというのなら、他の友人たちはどうなのだろう。

 そう思い播磨はナミコに話を聞いてみることにした。

「はあ? 雅(マサ)のことか?」

「ああ」

「確かに、最近変なところがあるかもしれんなあ」

「やはりわかるのか」

「でもいつものマサだって言われたら、そうかもしれない」

「どっちだよ」

「というかハリマ。何でマサのこと気にしてるのさ」

「山口のやつが気になるっていうからョ。でも本人はあまり語りたがらないみたいだし、
あいつと仲がいいお前ェなんら何か知ってるんじゃねェかと思ったんだよ」

「まあ、確かに雅とは仲がいいつもりだけど」

「けど?」

「未だにわかんないこともあるんだよな」

「例えば?」

「服の中にはどれだけのアイテムが隠されているのか、とか」

「確かにそれはわからねェな」

147: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:16:38.46 ID:or0uNGtEo

「もしかしてマサは宇宙人なんじゃないかって」

「お前ェ、意外と酷いこと言うな」

「まあ、それは冗談だけど。確かに友人の異常は気になるよね」

「結局わかんねェのか」

「でもさ、悩みとかって時間が解決してくれることだってあるし」

「時間か」

「あたしも、それとなく聞いてみたりはするよ」

「ああ。わかった」

 そう言うと、播磨はナミコの前を去ろうとした。その時、

「ああ、待ってハリマ」

「どうした」

「お前自身も、雅(アイツ)のこと、気になるか?」

「どういう意味だ」

「いや……、何でもない」

 そう言うと、ナミコは目を伏せる。

「……?」





   *

148: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:17:45.12 ID:or0uNGtEo


 【聞き込みその2】


「キョージュ? 別にいつも通りだろ」

 トモカネは言い放つ。

「やはりお前ェに聞いた俺がバカだった」

「待て待て、焦るな。そう結論を焦るなよハリケン」

 そう言ってトモカネは播磨の肩を掴む。

「確かに、最近おかしい部分もあったかなあ」

「無理しなくていいぞ」

「べ、別に無理なんてしてねえし」

「本当かよ」

「キョージュ、確かに最近元気ないなあ、とは思った。まあ梅雨のせいもあるだろうけど」

「梅雨?」

「ほら、雨が降って気圧が低くなると気分が憂鬱になるだろう?」

「そうなのか?」

 そう言って播磨はトモカネの顔を見てみる。

「俺は別に雨なんかへっちゃらだけどさ」

「だろうな」

「でもキョージュって平均体温とか低いだろ? 菱沼聖子並に(※注)」

149: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:18:34.68 ID:or0uNGtEo

「確か、そんな話もしていたな」

「そんだけ体温低いんだから、多分血圧も低いんだよ」

「それが何だ?」

「そういう人間って、天気が悪い時は血圧が上がらずに、ずっと憂鬱な気分のままらしいぜ」

「なるほど。つまり大道の様子がおかしいのは」

「ああ。雨が続いているから、血圧の低いキョージュには辛い時期なのかな、と思って」

「しかし、血圧とかよくそんなこと知ってるな。考えたこともなかった」

「ウチは兄貴が病弱だし、父ちゃんも高血圧だから、その手の話はよく聞かされてたんだ」

「お前ェは健康そうなのにな」

「そうなんだ。家族で俺だけが病気知らず……って、うるせえよ。誰がバカは風邪ひかないだ」

「そこまで言ってねェだろ」

 確かに身体的なことはあるかもしれない。

 ただ、あの大道雅が低血圧ごときで様子がおかしくなるか、という疑問は心の中に残っていた。











 ※注:菱沼聖子(ひしぬま せいこ)
 佐々木倫子原作『動物のお医者さん』に出てくる大学院生(後に社会人の研究者)
 博士号を持つ秀才だがその動きはトロく、平均体温も水銀体温計では表示されないほど低い。

150: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:19:26.48 ID:or0uNGtEo


 【聞き込みその3】

「ははーん、それは恋だね」

 ノダミキは目を輝かせた。

 ある意味予想通りの答えだ。

「だってさあ、十代の悩みって言ったら恋以外にありえないっしょ」

「それが大道(あいつ)にも当てはまるっていうのか?」

「うーん、それを言われるとちょっとわからないかなあ」

「……」

「はりまっちはどう思う? ねえどう思う?」

「女の考えることはわからねェ」

「まあ、男の子と女の子の考え方は違うっていうしね。まあ、キョージュは男とか女とか、
そういうカテゴリーでくくっていいのかわからないけど」

「他に何か可能性はねェのか」

「でもさあ、私思うんだ」

「何を?」

「皆キョージュのこと特別に見過ぎだってこと」

「特別に、見過ぎ?」

「そうだよ。キョージュだって普通の女の子なんだから、そういう目で見てあげないと可哀想だよ」

「普通の女の子……」

151: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:20:07.16 ID:or0uNGtEo

「そうだよ。キョージュはあんな正確でつかみどころなさそうだけど、女の子なんだから」

「いや、まあ確かに」

「髪もサラサラだし、顔も肌もキレイだし、○○○○だってナミコさんほどじゃないけど、結構大きいよ」

 そう言うと、ノダミキは自分の(小さい)胸を触る。

「あたしの胸が何だって?」

「わっ、大きい人!」

 いつの間にかナミコがノダミキの後ろに立っていた。

「別にあたしだって好きで大きくなったわけじゃないわい」

 そう言って彼女はノダミキを後ろから羽交い絞めにする。

「きゃー、ナミコさんに襲われるー。助けてはりまっちいー」

 助けを求めてはいるが、彼女の表情は嬉しそうだった。

「なあ播磨、まだマサのことを調べているのか?」

 ナミコは暴れるノダミキを無視して播磨に話しかける。

「ん? ああ」

「だったらさ、こんな回りくどいことせずに直接話してみたらどうだ?」

「直接?」

「ああ、直接」

「でもお前ェらでも話してくれなかったことを、俺なんかに話すか?」

「なんか、ハリマなら大丈夫な気がする」

「……」

「悪い、なんかそんな気がしただけ」


「わかった」




   * 

152: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:20:48.54 ID:or0uNGtEo




   【約 束】


 その日、終わりのホームルームが終わったにも関わらず、大道雅は帰り支度もせずに
ぼんやりと窓の外を見つめていた。

(確かに、ちょっと変かもしれねェ)

 ぼんやりしていたら見過ごしてしまいそうな、そんな変化だった。

 雨の降る外を眺める雅に、播磨は声をかける。

「大道」

「……どうした、播磨殿」

 まるで作業量が多くて“重くなった”パソコンのように彼女の反応は鈍い。

 こうして向かい合ってみると、彼女の変化ははっきりしていた。

「なあ大道、最近お前ェ、変じゃねェか」

「変とは?」

 雅は表情を崩さずに聞く。

「いや、なんというか、ぼんやりしているというか」

「……」

「何か悩みでもあるのか?」

 普段の播磨だったら絶対に言わないような言葉だ。

153: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:21:36.85 ID:or0uNGtEo

 次に彼女が言う答えは何となくわかっていた。

『別に何でもない』

 そう言って播磨を拒絶することは可能だったはずだ。

 しかし次の瞬間、予想外の言葉が聞こえてきた。

「播磨殿、今度の日曜日予定はあるだろうか」

「は?」

「予定を聞いているのだが」

「俺の?」

 雅は頷く。

「まあ、別に予定は無いが」

「テスト前に風景画の課題が出されていたと思う。やっているだろうか」

「……いや」

 課題は期限ギリギリに出すのが彼のポリシーだ。

「ウチの地元を描いてみないか?」

「なにい?」




   *

154: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:23:02.36 ID:or0uNGtEo



   【出 張】


 日曜日、播磨は画材道具一式を持って電車に乗っていた。

 大道雅の家、というか正確に言うとその近所に行くためなのだ。

(結構長いんだな)

 彼女との約束が無ければ、絶対に自分からはいかないような場所である。

 電車を降りて駅を出る。

 駅員はいなかった。

 薄暗い駅の建物を出ると強烈な太陽光線が差し込んできた。

 梅雨の最中であるにも関わらず、今日の天気は異常なほどの晴天だ。

「播磨殿」

 不意に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「ん? おわ!」

「どうした、播磨殿」

「いや、お前ェ」

 そこには、和服姿の雅がいたのだ。

 黒髪の雅に和服はしっくりときている。

 あまり和服に縁のある生活をしていなかった播磨だったけれども、相手が和服を着慣れているか
くらいはわかる。

「これは私の普段着だ」

155: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:24:19.25 ID:or0uNGtEo

「お前ェ、普段は和服で生活しているのか」

「ああ」

 雅の身のこなしがどことなく洗練されているのはこれが原因だったのか、
と播磨は少しだけ納得する。

「では、行こうか」

「ん? ああ」

 この日の目的は、播磨の課題を済ませるため。

 だがそれは一つの名目に過ぎなかった。

 早くも鳴き始めた蝉の声を聞きながら画材を持った播磨と和服姿の雅が並んで歩く。

 何だか絵になるな、と播磨は柄にもなく思う。

「そういやお前ェも画材持ってるけど、課題は終わったんだろ?」

 ふと気になったので播磨は聞いてみた。

「絵は描かないと上達はしない。播磨殿も、しっかり練習したほうがいい」

「へいへい。優等生だね」

「この先に過ごしやすい場所がある。そこで描かないか」

「ん、そうだな。日陰か?」

「そうだ」

「わかった、そこへ行こう」

 日向で描き続けられるほど、今日の日差しは親切には思えなかった。




   *

156: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:25:05.97 ID:or0uNGtEo


 【お気に入り】

 しばらくすると石段が見え、そこを上る。

 すると大きな神社が見えた。

「ほう、こんなところに神社があったのか」

「年末年始や七五三には賑わうものだが、普段は人が少ないので私はよくここに来ている」

「お前ェは人が多いの苦手そうだもんな」

「そうでもないが」

「ああ、そうかい」

 木陰の多い場所。

 神社に参拝した播磨と雅の二人は、ここで絵を描くことにした。

「何か虫が多そうだな」

 と、播磨が言うと、

「……」

 雅は無言で虫除けスプレーを用意する。

「用意周到だな」

 時々彼女はどこに収納しているのかわからないものを出すことがある。

 遠くに聞こえる虫の声をBGMに、播磨と雅は腰を下ろした。

 下書きのために鉛筆を走らせ、それから色を塗る。

 淡々とした作業はしばらく続いた。

157: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:26:04.60 ID:or0uNGtEo

 水彩画はあまり得意ではない播磨だったけれども、静かな場所で気持ちの良い場所で
描いていると筆がよく進む。

 こんなに黙々と絵を描いたのはどれくらいぶりだろうか。

 そんなことを考えていると、不意に腹が鳴った。

 そういえば昼食を食べていなかったのだ。

「そろそろ昼食の時間」

 と、雅は言う。

 遠くから変な音楽が聞こえてくる。

 どうも、公民館で正午と午後六時に流れる音楽らしい。

「そうだな。近くにコンビニとかあったか?」

 播磨がそう聞くと、

「ない」

 雅は即答した。

「げ、それじゃ定食屋とかは?」

「今日は弁当を持ってきた」

「は?」

 そう言うと、鞄から包みを取り出す雅。

 播磨たちは神社の手水舎で手を洗ってから近くの木陰で昼食をとることにした。

 何だか遠足に来た気分だ。

158: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:26:45.80 ID:or0uNGtEo

「すまねェな、大道。昼飯までごちそうになって」

「別にこれくらいならついでだから」

 この日の昼食は大きなオニギリだ。

 播磨の食べるオニギリは大きく、そして雅の持つそれは小さい。

 彼女が播磨用にオニギリを用意したことは間違いない。

 中の具は、シャケと梅と昆布。

 特にシャケは、スーパーで売っているような鮮やかな色のシャケフレークではなく、
塩鮭の身をほぐしたものであった。

「うめェよ大道」

「そうか」

「お前ェが作ったのか?」

「そうだ」

「お前ェの作るオニギリって、本当にウメェよな。前にも食ったことあるけど」

「ありがとう」

「いや、礼を言うのは俺のほうだ」

「そうか……」

 昼食を食べてからしばらく休憩。

 太陽は高く、空を見上げると木漏れ日が差し込んでいた。

 もうすっかり夏の光だ。

159: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:27:32.68 ID:or0uNGtEo

 青い空と白い雲もわずかだがはっきり見える。

 一瞬風が流れた。

 強い日差しにもかかわらず気持がいい風だ。

「ここは――」

 不意に雅が口を開いた。

「ここは、私のお気に入りの場所なんだ」

「いい場所だな」

「播磨殿なら、そう言ってくれると思ってた」

「そうかい」

「うん」

「どうして俺をここに連れてきた」

「ん?」

「お気に入りの場所なんだろ? そこにどうして」

「それは……、お気に入りの場所だからだ」

「?」

「わからない?」

160: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:27:59.48 ID:or0uNGtEo

「いや……、おう」

「じゃあ、それは宿題にしておこう。それより、課題は済ませなくていいの?」

「ん、そうだったな」

 昼食後に再び絵筆をとる播磨。

 数時間して、絵は完成した。

 しかし、周りを見ると何となく暗くなっているように思えた。

(おかしいな、日が暮れるのにはまだ早いはずだが)

「播磨殿」

 すでに絵を描き終えた雅が名前を呼ぶ。

「どうした」

「急いで片づけたほうがいいかもしれない」

「ん?」

「雨が降る」

「お、おう」




   *

161: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:28:59.81 ID:or0uNGtEo



   【 雨 】

 天気予報では午後から雨が降るなんてことは言っていなかったので、恐らく通り雨の類だろう。

 播磨が絵具などを片付けた瞬間に、ポツポツと雨が降り始め、そしてすぐに本降りとなった。

「ああ、しまったなあ」

 その日はあまりに天気がよかったので、傘は持ってきていなかった。

 ゆえに、雨が止むまでしばらく神社の軒先で雨宿りをして過ごすことにする。

 幸い強い風は吹いていなかったので、神社の軒でも十分に雨が防げる。

「なあ大道、お前ェ、傘は持ってきてなかったのか」

「残念ながら」

「そおか」

 準備万端で何でも持っていると思っていた雅にしては、少し珍しいと彼は思った。

「すまない播磨殿。この時期、こういう事態も想定しておくべきだった」

「いや、いいさ。今日は休みだし、急ぎゃしねェよ」

「そう言ってもらえると助かる」

 雨の中、播磨と雅の二人は並んで待つ。

 昼間に聞こえていた虫の声はすべて雨音と、軒先から流れ落ちる水の音に塗り替えられていた。

162: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:30:11.26 ID:or0uNGtEo

「天気一つでこんなにも変わるもんなんだな、風景ってのは」

 ふと、播磨はそんな言葉を口にする。

 だが言ってすぐに、自分には似合わない言葉だと思って後悔してしまった。

 それを聞き流すように、雅は話をはじめる。

「播磨殿」

「ん?」

「以前、私に婚約者がいる、と言ったことを覚えているだろうか」

「あン? ああ、そういやそんなことも言っていたような、いないような」

「実は今月、その婚約者と会う予定だったのだ」

「今月……?」

「今は県外の大学に通っている。名前だけは知っているが、顔も知らないし、
まだ会ったこともない相手だ」

「そうか」

 播磨には信じられないことだ。

 顔も知らない相手と婚約する。

 それで納得できるのだろうか。

(あ……)

 播磨は教室で見た雅の顔を思い出す。

163: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:31:06.89 ID:or0uNGtEo

(そうか。今日まで様子がおかしかったのは、これが原因だったのか)

「それで、会ったのか?」

「いや――」

 ここで一旦、雅は言葉を切る。

「彼の実家の近くで、土砂崩れが起きて、それで中止になった」

「中止か」

 長雨による土砂崩れのニュースは、何件か見たことがある。

「実は、少しほっとしているのだ」

「……」

「もちろん、予定が先延ばしになっただけなのだが」

「……そうか」

 播磨はどう答えていいのかわからず、そう言うしかなかった。

「播磨殿は、将来どうする予定で?」

「あン? 俺か」

「そう」

「いや、特に決めてねェなあ」

「やはり絵を描く仕事をしたいと思っているのだろうか」

「わからん。だが、デザイン関係で仕事があれば、いや、無理だな」

164: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:31:55.41 ID:or0uNGtEo

「今のうちに無理と決めてかかるのはどうだろう」

「そういう大道はどうなんだよ。美大にでも行くのか?」

「私……」

「ああ」

「私は……、わからない。将来のことはわからない」

「意外だな」

「意外?」

「ああ、意外だ。優等生のお前ェのことだから、てっきりもっと先のことをしっかりと
考えてるのかと思ってたけど」

「それは買い被りというものだ」

「そうか? 絵だってあんな上手いのに、いくらでも進める道はあるだろうがよ」

「私は、一度だって自分の絵を上手いだなんて思ったことはない」

「ん……」

「もっと上手になりたい。そう思うから、今まで私は絵を描いてきた」

「へっ、優等生は言うことが違うね。お前ェのレベルで上手くなけりゃ、俺なんか落書きレベルだ」

「播磨殿」

「なんだ?」

「私の絵は、好きか?」

165: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:32:34.22 ID:or0uNGtEo

「……正直に言っていいのか」

「ああ、頼む」

「いや、確かにお前ェの絵は上手いと思う。ただ……、俺はあんまり好きじゃねェ」

「……」

「いやまあ、これは好みの問題っつうか、そりゃ凄く上手いぞ。俺なんかの何倍も、
ただ、好きか嫌いかって聞かれたら……」

「ありがとう」

「だから、本当に。別に俺なんかの好みなんか、全然気にしなくていいから」

「いや、いいんだ。正直に言ってくれた、それだけで私は嬉しい」

「大道」

「もうすぐ雨が止む」

 そう言うと雅は空を見上げた。

「ん?」

 はたして、雅の言うとおり雨は小降りとなり、そして止んだ。

 しばらくすると青空まで見えてくる。

「帰ろうか、播磨殿」

「ああ」

 播磨たちは荷物をまとめ、神社を出ることにした。




   *

166: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:33:21.60 ID:or0uNGtEo

  【 虹 】

 
 神社の長い石段を下りて、広い道に出るころにはすっかり空は晴れ渡っていた。

 道端の草についた雨のしずくが、太陽の光に照らされて輝いている。

 休んでいたセミたちも、再び活発に鳴き始めた。

 遠くで走る電車。

 そして田圃の上を飛び回るナツアカネと呼ばれる赤とんぼ。

 すべてが夏の到来を告げているようだ。

「昼飯、サンキューな、大道」

「播磨殿、今日話したことは」

「誰にも言わねえよ。安心しろ」

「そうしてくれると助かる」

「弁当作ってもらったし、何かお礼をしねェとな」

「気にすることはない。それより恩を変えそうと、あまりに急ぎ過ぎるのは一瞬の忘恩だよ、
播磨殿」

「そうかよ」

 駅までの道を、静かに歩く二人。

「播磨殿」

 今度は雅のほうから話しかけてきた。

「ん?」

「頼みがあるのだが」

「どうした」

167: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/16(月) 21:33:56.85 ID:or0uNGtEo

「手を、つないでくれないだろうか」

「ん? なんで急に」

「いや、最近繋いでないなと思ったので」

「なんか子供みたいなこと言うなお前ェも」

「嫌なら別に」

「嫌じゃねえよ。ほれ、手ェ出しな」

 播磨は、手に持っていた袋を左肩にかけると、自分の右手を雅のほうに差し出す。

 彼女の差し出した手を握ると、それは思った以上に冷たくそして華奢であった。

「冷てェな……」

 雅の手を握った瞬間、播磨はつぶやいた。

「ああ、私の手は冷たい。小さい時からずっと」

「で、でもよ。今の時期は、冷たくて気持ちがいいぜ」

「あ……、ありがとう」

 雅はそう言って、少し顔を伏せる。

「お、虹だ」

 駅舎の向こう側、雨上がりの山の上の青空に、大きな大きな虹がかかっていた。




   つづく 
 

173: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:44:09.39 ID:e72LuMQ4o






   第十話  兄 妹

174: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:45:09.36 ID:e72LuMQ4o

 【聞きたいこと】

 ある日の休み時間、播磨が廊下の掲示板に貼られたポスターを見ていると、
不意に誰かが話しかけてきた。

「ハリーマ」

 少々変な発音。こんな呼び方をするのは人間は少ない。

「マリか。どうした」

 マリ、と呼ばれた金髪の外国人はフランスからの留学生だ。

 本名をマリアンヌ・ファン・ティエネンと言い、某女子高校の軽音部でキーボードを弾いている
生徒によく似ているような気もするが、それは気のせいである。

「何を見ているのデスカ?」

「いや、浴衣のデザインコンテストってのがあってな。まあ俺には関係ねェけど」

「ハリーマ、マリは聞きたいことがアリマス」

「何だ?」

「ユカタとキモノって、どう違うのデスカ?」

「あン?」

 そういえば、一口に和服と言っても色々な種類があると聞いたことがある。

 ただ、播磨にそんなことがわかるはずもない。

 だがしかし、日本人としてのプライドもある。

 播磨が周囲を見ると、見知った顔が歩いていた。

「おい! トモカネ」

「どうしたハリケン。マリと一緒にいるなんて珍しいな」

 同じクラスのトモカネだった。

「ちょっと知りたいことがあってな」

「何だ?」

「大道知らねェか」

「ちょっ、俺にも聞けよ」

「だってお前しらねェじゃん」

「決めつけよくない!」

 結局、トモカネも知らなかったので、わざわざ大道雅(キョージュ)を
呼んで説明してもらった播磨(とトモカネ)であった。





   *

175: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:45:50.57 ID:e72LuMQ4o



 【武士は食わねど】


 昼休み――

 ノダミキとトモカネは教室で弁当を食べ、ナミコやキサラギたちは食堂で昼食を
とる予定であった。

 そこでナミコが気づく。

「あれ? マサ、今日は弁当を持ってきたんじゃないのか」

 マサこと、大道雅(キョージュ)は学食組の列に加わっていた。

「どうして?」

「ああいや、今朝弁当の包みを見たからてっきり」

「あれは違う」

 そう言うと、彼女はスタスタと早足で歩いて行った。

「?」



   *



 教室――
 
「ったく、あのチビババアめ……」

 播磨は服飾デザイン担当の教師に呼び出されて、少し昼食時間が遅れていた。

 彼の昼食は相変わらず質素だ。

 この日も、賞味期限ギリギリのアンパン一個で済ませている。

176: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:46:35.59 ID:e72LuMQ4o

(これじゃあ全然足りねェなあ。しかし今月、バイト代入るまでまだ時間もあるし)

 そんなことを思ってると、不意に誰かが話しかけてきた。

「ハリーマ」

「ん? マリか」

 留学生のマリだ。

 外国人らしく、いつも独特の香りを漂わせている。

「ハリーマ、マリ気になりマス」

「その言い方流行ってんのか?」

「ハリーマ、身体が大きいのにアナタの昼食はそれくらいで足りるのデスカ?」

「は?」

 播磨は少し考えた。

 普通に「金がない」と答えるのは何だかかっこ悪い気がしたからだ。

「マリ、いいことを教えてやる」

「ふん?」

 マリは首をかしげる。

「日本には『武士は食わねど高楊枝』という諺がある」

「コトワザ? ああ、proverbeのことですね。どういう意味ですか」

「武士、つまりサムライだ。サムライは貧しくて食事ができなくても食べたふりをして爪楊枝を
悠然と使い、貧しさなんて微塵にも見せないことだ」

「オー、ということはハリーマは今、貧しいのデスか?」

177: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:47:25.62 ID:e72LuMQ4o

「いや、確かに金はねェけど、一時的なモノだ。例え腹が減っても武士ならば我慢する」

「ナルホド。ハリーマは武士なのデスネ」

「おうよ」

「立派デスハリーマ。マリ感動しました」

「ふっ、大したことはねェぜ」

「ほう、ではこれは必要無いな播磨殿」

「ん?」

 顔を上げると、そこにはハンカチに包んだタッパーを持っている雅がいた。

「オー、キョージュさん。どうされたのデスか?」

「弁当が余ったので播磨殿に進呈しようかと思ったのだが、なるほど。
武士は食わねど高楊枝。ナポレオンにでもやってこよう」

「ちょっ、待て」

 播磨は立ち上がる。

「播磨殿は武士なのだろう?」

 雅は振り返らずに言った。

「いや、腹が減っては戦はできぬとも言うだろうが」

「播磨殿の武士道とはその程度か」

「いやいやいや……」

「ハリーマはキョージュさんとも仲良しデスねえ」

 二人のやり取りを見ながら、マリは笑っていた。

  


   *

178: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:48:00.85 ID:e72LuMQ4o


 【 兄 】


 太陽がまぶしい。

 そのあまりの眩しさに、彼は今空の色がわからなくなっていた。

 ここ最近身体の調子がよかったから、少し調子になってしまったか。

 ぼんやりした頭の中で、彼はやけに冷静に考えてきた。

 このまま休んでいたら体力が回復するだろうか。

 それとも、誰かが――

 そこまで考えたところで彼の視界が一瞬暗くなる。

「大丈夫か」

 男の声が聞こえた。

 高く上がった太陽の光が逆光となってよく見えないけれど、誰かが自分の顔を
覗き込んでいるということだけはよくわかる。

 この学校の体操服を着ているようだ。
 
「お前ェ何やってんだ。昼寝するにも場所がわるいぞ」

「はは、すみません。少し動けなくなったもので」

「熱中症ってやつか?」

「まあ、そんなところです」

「立てるか」

「いえ……」

179: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:48:47.14 ID:e72LuMQ4o

「手を出せ」

 そう言うと、体操服姿の男子生徒は彼の手を引いて起こす。

 急に起こされて、少しだけ血のめぐりが悪くなったけれど、
すぐに意識を取り戻した。

「どうも」

 そう言って彼は前を見る。

「あ」

「あン? どうした」

「もしかして、キミが播磨くんかい?」

「なんだ?」

 サングラスに髭、長めの髪を黄色いカチューシャで止め、やたら体格のいい男子生徒。

 校内ではすでに有名人であったけれど、彼がこうして近くで見たのは初めてだった。 

「ああごめん。僕はGA二年の友兼っていいます。知っているかな。確か君と
同じクラスに妹がいると思ったんだけど」

「おお、トモカネ。そうか、あいつか。確かに兄貴がいるとか話していたような。
ああそうか、先輩だったか。そりゃすまねェ」

「妹から話は聞いてるよ。とっても面白い奴がいるって」

「アイツめ」

「それで、どうしてここにいるの? 今は授業中だけど」

「そりゃ先輩もだろ」

「ハハハ。言えてる」

180: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:49:34.55 ID:e72LuMQ4o

「今は体育の時間だからな。GA(ここ)の体育はヌルいから、こうして抜けてきた」

「そうなんだ」

「したら変なもの見つけちまって」

「いや、よかったよ。キミが体育をサボってくれなかったらどうなっていたか」

「保健室行くか」

「いや、いいよ。しばらく休んだら教室に戻れると思うし」

「遠慮すんな。何かあってからじゃ遅せェ」

「でも」

「どうした」

「足がしびれちゃって」

「ったく、しょうがねえなあ」

 播磨はぶつくさ言いながらも友兼を背負い、歩き出した。

「妹の言った通りだね」

「何が」

「いや、超が付くほどのお人好しだって」

「ンだよそれ」

「でも感謝しているよ」

 保健室に向かうまでの時間、友兼(兄)は播磨と少しだけ話をすることにした。

181: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:50:29.02 ID:e72LuMQ4o

「しっかし、なんであんな場所で寝てたんだ? サボってた、ってわけでもなさそうだが」

「いやあ、ちょっと運動でもしようかと思って」

「運動?」

「そう。僕はこう見えて身体が弱くてね」

「こう見えてって、見たまんまじゃねェか」

「アハハ」

「トモカネの兄貴とか言われても、一瞬信じられなかったぜ」

「よく言われるよ。でも本当なんだ」

「妹は体が丈夫だったな」

「僕と違って身体は丈夫に育ってくれたよ」

「俺がコブラツイストをかけても平気だった女子はアイツがはじめてだ」

「ハハ……。彼女も一応女の子だから、お手柔らかにね」

「先輩は身体が弱いんだろ。なんであんな場所で運動なんか」

「人が見てたら止めると思って」

「まあ、止めるわな。実際にこんな事態にもなっちまったし」

「面目ない」

「……でも理由はあるんだろ」

「まあ、いつまでもこんな風に病弱じゃあいられないと思ったから」

「色々困るわな」

182: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:51:04.76 ID:e72LuMQ4o

「それと、妹のことがあるんだ」

「妹?」

「うん。僕はこんな身体だから、妹と一緒に遊んであげることができなかった。
それで、最近身体の調子が良くなってきたから、密に身体を鍛えて、
妹と一緒に遊んであげられるようになりたかった、という」

「……そうか」

「まあ、結局こんな風になってしまったんだけど」

「俺にも弟が一人いるが」

「うん?」

「年が離れているからな、一緒に遊ぶとか、そんなことは考えたことはなかったな」

「そうなんだ」

「先輩よ」

「ん? 何」

「妹のこと、好きなんだな」

「そうだね。色々と困ることもあるけど、僕の大切な妹だから」

「大切な……か」




   *

183: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:51:33.18 ID:e72LuMQ4o



 【 妹 】


 播磨が着替えを終えて教室に戻ると、こちらも着替えを終えたトモカネたちが待っていた。

「ハリケン、お前また体育サボってただろう」

 運動した後で、少し赤くなった顔のトモカネがそう言って怒った。

「トモカネよ」

「なんだよ」

「お前ェは頭使う遊びと、身体使う遊び、どっちが好きだ?」

「はあ? いきなり何言ってんだよ」

「やっぱ、身体使う遊びだよな」

「決めつけるなよ!」

「じゃあ頭使うほうか」

「いや、身体使うほうだけど」

「なるほど」

「何だよハリケン。バカにしてんのか? 勝負ならいつでも受けてやるぞ」

「やめとけトモカネ。お前ェじゃ俺にはかてねェ」

「んだとお?」

「トモカネ」

「なに」

184: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:52:01.36 ID:e72LuMQ4o

「野球とバスケ、どっちが好きだ?」

「どっちって、やっぱバスケかな。野球はやったことないし、ルールとかよくわらないし」

「バスケはどうして」

「そりゃ、中学の時やってたし」

「よし」

「?」

「今日の放課後、体育館でバスケやろうぜ」

「は?」

「どうせテスト週間で部活の奴はいねェんだ」

「いや、勉強しろよ」

「じゃあやらねェか」

「やります」




   *

185: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:53:01.95 ID:e72LuMQ4o

 【1on1】


 テスト期間に入ると、部活動が禁止になるので放課後の学校は静かだった。

 体育館の中ともなれば人もいないので猶更だ。

 体育倉庫から持ってきたバスケットボールをつく音が響き渡る。

「なあハリケン、何だって急にこんなことを」

「さあな、気紛れだ。遊びってそんなもんだろう?」

 そう言うと、彼は片手でバスケットボールを投げてよこした。

「よっと」

 それを受け取ると、懐かしい感触が両手から伝わってきた。

「ハンデつけるか?」

 いつの間にかタンクトップ姿になった播磨がそう言う。

 太過ぎず、それでいて細すぎない彼の腕はスポーツをするには理想的とも言える。

 これでなぜGAに来たのか不思議なくらいだ。

「バスケの経験は?」

 トモカネは逆に聞いてみる。

「いや、体育でやったくらいか」

「だったらいらねえ」

「何だって?」

「いくら男でも、素人相手にハンデなんていらないって言ってんの」

186: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:53:56.85 ID:e72LuMQ4o

「そうか」

「まあ、アンタが欲しいならやってもいいぜ」

「俺だっていらねェよ」

「そォか。先攻、俺でいいか?」

「好きにしろ」

「じゃあ、そうさせてもらう」

 トモカネはバスケのドリブルを始める。

「……!」

 播磨は守備(ディフェンス)のために身構える。

 その瞬間、

 トモカネは膝を柔らかく使ってシュートを決めた。

「お……」

 ボールはパサリというあっけない音とともに、リングの中心へと吸い込まれていった。

「へへ、まずは二点」

 トモカネは播磨に接近される前にシュートを放ち、そしてゴールを決めたのだ。

「面白ェ、手加減は不要ってのか」

「最初から本気で来いよハリケン」

 トモカネのほうが経験者なだけに、中長距離のシュートにはそれなりのアドバンテージがある。

187: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:55:38.96 ID:e72LuMQ4o

 しかし、そこは男と女。それも、日本人男子の平均身長よりも高い播磨が相手だ。

 ゴール下の競り合いでは歯が立たない。

 リバウンドを取るためにスクリーンアウト(自分の背中を使って相手を外側に
押し出す行為)をしようとしてもビクともしないのだ。

 それどころか後ろから易々とボールを取られてしまう。

「んにゃろ!」

 激しくぶつかるトモカネ。

 女子同士だったら相手が転んでファールになってしまうところだが、今の相手は播磨だ。

 ほとんど効果がない。

 近づくと見せかけて後ろに回り、シュート。

「いよしっ!」

 何とかゴールを決める。

 しかし、攻守が交代するとキツイ。

 最初のうちはドリブルカットをしてボールを奪うこともできたが、播磨も学習してきたので、
何度かやっていると容易に取れなくなる。

 それどころかフェイントを使って抜こうとするのだ。

(いかせるか!)

 そう思って付いていくトモカネ。

 だが、それは播磨の思うつぼだった。

(しまった)

188: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:56:25.64 ID:e72LuMQ4o

 ジワジワとゴール下まで詰め寄られてしまう。

 長距離からのシュートなら外す可能性もあったけれど、ここまで近くになると、
さすがの播磨も外さない。

 仮に外したとしても自分でリバウンドを取ってしまう。

(んな!)

 播磨はゴール下のシュートを決める。

「どうした、その程度か?」

「まだまだあ」

 悔しかった。

 男女差があることがこれほど悔しいと思うことはなかった。

 でもそれ以上に……、楽しかった。

「ハアハアハア」

「はーはーフー」

 数十分やったところで双方とも息が上がってきた。

「だらしねえぞハリケン、はあ、はあ……」

「そっちこそ、ハアハア、息上がってるじゃねェか……」

 さすがに、今のトモカネは中学時代ほどの持久力はない。

「三十対三十、イーブンか」

「ちょっと待てハリケン。俺は前のスリーポイントが入ったから三十一だ」

189: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:56:57.84 ID:e72LuMQ4o

「待て、アレは線を踏んでただろうが」

「踏んでませんー。入りましたー」

「いや、踏んでたから」

「素直に負けを認めろハリケン」

「お前こそ、インチキ言うな」

「何だと? だったら延長戦行くか」

「おう、望むところだ。だが」

「ん?」

「少々疲れた、延長戦はアレにしねェか」

 そう言うと、彼はゴール前にある円を指さす。

「フリースロー」

「いいぜ」

 フリースローなら、経験者のトモカネが圧倒的に有利だ。

「おっと、俺もう疲れたんで、ちょっと代理を呼んでいいか?」

「は? 何言ってんだ」

「ちょうど、お前ェと勝負してェって奴がいるんだよ」

「俺と?」

 体育館の出入り口に、一つの人影が見えた。

190: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:57:29.78 ID:e72LuMQ4o

 見覚えのある制服姿の男子生徒。

「兄キ!?」

「よっ、妹よ」

 透けて見えそうなほど白い肌の男子は、間違いなくトモカネの兄であった。

「ハリケン、一体どういうことだ」

「どうって、代役だよ。俺はもう帰る」

 そう言うと、播磨は脱ぎ捨てた開襟シャツを拾いあげ、出入口へと向かう。

「じゃ、後は頼んだぜ」

 そして、トモカネの兄にバスケットボールを渡した。

「兄キ、どうして」

「一度勝負してみたかったんだよ。運動でね」

 そう言うと、彼はバスケのシュートの真似をして見せた。




   *

191: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:58:59.01 ID:e72LuMQ4o



 【距 離】


 翌日の放課後、播磨はトモカネに呼び出されて校舎の屋上へ来ていた。

「昨日はありがとうな、ハリケン」

「どうってことねェよ」

「ウチの兄キはあんなんだから、一緒に遊んでも中途半端になってストレスたまるだけだけど、
お前が開いてしてくれて楽しかったよ」

「そんで、結果はどうだったんだ?」

「6対5で俺の勝ち」

「結構ギリギリの勝利じぇねェか」

「しょうがないだろ? 兄キと勝負する前に、あんだけ走り回ったんだから。
疲れて腕上がんなかったよ」

「ははは、それはしょうがねェ」

「でも……、嬉しかった」

「勝てたことが?」

「いや、勝ったこともそりゃ嬉しいけど、なんていうか、俺の好きな分野で兄キと勝負できたことが」

「……」

「いつもさ、兄キの得意なゲームとか将棋とかで勝負してたからさ、兄キがこっちに来てくれて、
それで勝負してくれたことが嬉しかったんだ」

「そうだな」

192: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 21:59:45.60 ID:e72LuMQ4o

「俺は、兄キに近づきたくてGA入って、デザインを勉強して。そしたら兄キのほうも、
俺に近づいてくれて、それが嬉しかった」

「……そうか」

「そういや、兄キとは勝負ついたけど、ハリケンとはまだ勝負がついてなかったな」

「何なら、今からでも決着つけるか」

「お、いいな」

「体育館つかえねェけど」

「外のゴールを使えばいいよ」

「んじゃ、行くか」











「どこへ行くんですか? 播磨さん」




「へ?」

 振り返ると、そこにはやたらニコニコしたキサラギと、無表情な大道雅(キョージュ)の姿がった。

「トモカネ殿、テスト期間中です。しっかり勉強をしなければ」

 そう言ってキョージュは素早くトモカネの横に行くと、彼女の腕を掴む。

「わっ、ちょっと待てよ」

 どうも武術に通じる握り方をしているようで、抵抗しても雅の手は離れない。

193: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/17(火) 22:00:42.77 ID:e72LuMQ4o

「播磨さんも、遊んでないでしっかり勉強しましょうね」

 ニコニコ顔のキサラギも、播磨の横に回り込んで彼の腕を掴む。

 やたら力が強かった。

「痛っ、なあ山口。お前ェ怒ってるのか?」

「え? 何でですか? 全然怒ってませんよ?」

 そう言いつつ播磨の腕を握る手の力を込めてくる。

「いや、痛いし。お前ェこんなに力が強かったっけな」

「何言ってるんですか播磨さん。私、全然力は強くありませんから」

(俺なんか悪いことでもしたか?)

「なあキョージュ、ナミコさんたちはどうしたんだ?」

 播磨と同じように掴まっているトモカネは聞いた。

「図書館でノダ殿と一緒に待たせてある」 

(ノダちゃんと一緒か)

 そう思うと少しだけ嬉しくなる播磨。

 ギュッ

「痛いって。わかったから山口、俺は逃げねえよ!」

 ただ、キサラギの不機嫌の理由は最後までわからなかった。



   つづく 

201: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:39:59.66 ID:QW6TPZeao




 
 第十一話 彩井学園高校美術部の日常

     ※今回播磨は出てきません。

202: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:40:51.56 ID:QW6TPZeao


 【新入部員】


 四月のある日、小柄な髪の長い女子生徒が廊下を全力疾走していた。

 彼女の名前は芦原ちかこ。

 GA3、つまり芸術家アートデザインクラスの三年生だ。

 自分の所属するGA三年のクラスのドアをブチ破りそうな勢いで開け、
そして目的の人物を見つけて叫ぶ。

「ちょいとぶちさん! 大変やあ!」

「あら、どうしたのあーさん」

 この、ちょっぴりおっとりした女子生徒は水渕、通称ブチさんだ。

「新入部員、新入部員が入ったでえ!」

 ちかこはこう見えて美術部の部長なのである。

「そうなの? よかったじゃない」

「それがそうでもないんよ」

「どうしたの?」

「だって、全員男やもん」

「あらあら。ちなみに何人?」

「三人や。全員一年生」

「よかったじゃない」

「はあ、心配やなあ」

「どうしてよ」

「だって、うちを巡って男たちが争ったらどないしようかと考えて」

「あーさん、多分それはないと思うわ……」




   *

203: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:41:20.39 ID:QW6TPZeao




 【自己紹介】

 あーさんこと、芦原ちかこに頼まれて美術部に向かう水渕。

 彼女は校内で色々とヘマをやる芦原の保護者的存在である。

 ゆえに、こうして美術部の初顔合わせにも付き合うことになった。

「それでは、自己紹介をしてくださいね」

 本来は部長の芦原がするところだが、意外と人見知りする彼女に代わって
水渕が司会進行を勤めることにした。

 一人目は、メガネをかけたやせ形の男子生徒だった。

「GA一年の冬木武一です。趣味はカメラです。この学校には写真部がないので、
それに近いかなと思って美術部に入ってみました」

「あら、カメラが好きなの?」

「ええ」

「カメラと言ったら光画部やなあ、ぶちさん」

「あーさん、ちょっと黙ってて」

「GAにも写真の授業はありますけど、あくまで補助的なもので」

「そうね。でもあなたもGAなんだから、他の勉強もがんばりましょうね」

「冬木くん、冬木くん」

 ここで部長が声をかける。

「はい、なんでしょう」

204: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:41:47.69 ID:QW6TPZeao

「盗撮は犯罪やよ」

「え……!」

「ここは可愛い子もたくさんおるけど、もしやるんやったらバレへんようにやるんよ」

「こらあーさん。何てことを。ごめんね冬木くん」

「い、いやあ……」

 二人目は、太っていて眉毛が太く、西郷隆盛のような風貌の男子生徒であった。

「自動車整備科、西本願司ダス」

(ダス……?)

「趣味はビデオ鑑賞ダス。家はレンタルビデオ屋を営んでいるダス。美術には、
色々と興味があるダス」

「そうなの。美術にも絵とか彫刻など、色々あるけれど、どういうものが好み?」

「どちらも好みダス。主に見る方が」

「西本くん、西本くん」

 再び声をかけるあーさん。

「なんダスか、部長」

「美術部って言っても、裸婦のスケッチはないよ」

「!!」

「まあ、今時そんな期待をしている奴もおらへんと思うけど」

「……帰るダス」

「えええええ!!?」

205: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:42:22.09 ID:QW6TPZeao

 立ち上がった西本は、さっさと部屋を出ようとした。

「待って待って待って、待ってえな西本くん。せっかくここまで来たんやし、
試しにやてみたらどうやの」

 西本の肩を持った芦原は言う。

「しかし、○○○の無い芸術に興味はないダス」

 見事なゲス野郎だ、と水渕は思ったが、心優しい彼女はそれを口には出さない。

「ちょっと待って。ハダカはないけど、あそこにいるぶちさん。キレイやろ? 
頼んだら水着くらいにはなってくれるかもしれへんよ」

「な!!」

「聞こえてるわよ、あーさん」

 結局、二人は一発ずつ殴られてから席についた。

「ごめんなさいね、最後の方、自己紹介を」

「あ、はい」

 恐縮した少年が立ち上がる。

 まったく特徴のない生徒だった。

 多分街で目が合っても三秒で忘れてしまうほど普通の少年だ。

「普通科一年の奈良健太郎です。絵を描くことがわりと好きなので、美術部に入りました」

 普通だった。

 見た目も普通だが自己紹介も普通。

「ごめんな奈良くん」

206: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:42:54.68 ID:QW6TPZeao

 そしてまたあーさん。

「文化部なら女の子と出会えるかとおもったかもしれんけど、女の子はウチらだけやのよ」

「いや、別に……」

(図星だったか)

 奈良は明らかにテンションが下がっていた。

 そこで、思い出したように芦原が立ち上がる。

「ああ、そうや。もう一人女の子がおったわ」

「本当ですか?」

 芦原は立ち上がると、隣の用具室の中に入る。

「うぎゃあ!」

 何かが崩れ落ちる音がした。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫よ皆」

 と、水渕は止める。

「隣の部屋は難易度が高い場所だから、素人がホイホイ入る場所ではないわ」

「はあ……」

 水渕を含む四人が待っていると、部長の芦原が何か大きなものを抱えて出てきた。

「これが五人目の刺客、早苗ちゃんや!」

 それは学校指定のジャージを着せられたマネキンであった。

「早苗ちゃん?」

「そうや! 皆仲良うしたってえ」

 何はともあれ、笑顔が眩しい。

 そう思う水渕であった。




   *

207: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:43:27.89 ID:QW6TPZeao




 【創作意欲】


 ある日、西本願司は紙粘土をこねて何かの形を作っていた。

「西本くん、何作ってるの?」

 それを興味深そうに覗き込む部長のあーさんこと、芦原。

「人類の神秘ダス」

 彼はそう言ってから一つの形を生み出す。

 それは明らかに、女性の身体であった。

「ほう、西本くんって見かけによらず手先が器用なんやねえ」

 芦原は関心する。

「ちなみにこれは誰がモデルなん?」

 彼女がそう聞くと、西本は少し考えてから言った。

「水渕先輩ダス」

「なるほど。確かに近いかもしれへんなあ」

「あの制服の下に隠された神秘、興味あるダス」

「うむむ。でも西本くん」

208: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:44:02.91 ID:QW6TPZeao

「何ダス?」

「ぶちさんは、胸のあたりがもっとこう、肉付きエエよ」

「ほほう、さすが部長ダス。脚のほうはどうダスか」

「そうやねえ。ムッチリしたところが魅力ではあるんやけど、最近はちょっと――」


「何の話をしているのかな、二人とも」


 見てはいないけれど、芦原は親友の水渕が物凄い笑顔であることを感じていた。


 グチャッ


 ちなみに西本の粘土細工がその場で壊されたことは言うまでもない。




   *

209: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:44:34.26 ID:QW6TPZeao

 【記念に】

 新入部員冬木武一は写真が趣味である。

「うーん、何かいい被写体はないかなあ」

 そう言いつつ、今日も学校内をウロつく。

 そのうち通報されるんじゃないかと芦原辺りは思っているが、今のところその兆候はない。

「あーさん部長。記念に一枚どうですか」

 カメラを持った冬木が聞く。

「ウチはええよ」

「どうしてですか」

「ウチ、写真写り悪いし」

「そんなことないですって。どうですか」

「それならぶちさんのほうがええんとちゃう?」

「ぶちさん、水渕先輩ですか」

「そうそう」

 噂をすれば影、水渕がやってきた。

「こんにちは。あーさんいる?」

「お、来たねぶちさん」

「どうしたのよあーさん」

210: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:45:01.46 ID:QW6TPZeao

 親友の目の輝きに身構える水渕。

「先輩、一枚どうですか」

 そう言って冬木はカメラを構えた。

「何よ急に」

「記念ですよ、記念」

「記念? どういうこと?」

「まあ、ぶちさんが美術部(ここ)に訪ねてきた記念?」

 と、芦原は言った。

「何よそれ」

「先輩先輩」

 そう言ってカメラを構える冬木。

「やめてよ」

 シャッターを押す。

 その瞬間、

 キラッ☆

「……」

 水渕は写真に写る瞬間、ポーズを取ったのであった。




   *

211: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:45:43.38 ID:QW6TPZeao



 【普 通】


 奈良健太郎は普通だった。

 見た目も普通なら、美術の腕前も……。

「どうですか、部長」

 自分のスケッチブックを見せる奈良。

 芸術の道は一日にしてならず。

「普通……?」

「……」

「待って待って奈良くん。別に下手とか言ってるわけやないんよ」

「それはわかりますけど、もっと別の表現はないんですか」

「別の表現」

 芦原は考える。

 そういえば、彼女の現国の成績はあまりよくなかった。

「ああーん、どう言えばええんやろおおおお」

 髪の毛をぐしゃぐしゃさせながら考える芦原。

(ぶちさんやったら、もっと洒落たこと言ってくれるかもしれへんけど。
いやあ、いつまでもぶちさんに頼ってたらあかんわ)

212: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:46:16.38 ID:QW6TPZeao

 そう思った彼女は再び奈良のスケッチブックに向き合う。

(そうや、ええ所を見つけて褒めてあげればええんや。褒めて伸ばす。うちにぴったりやんか)

 芦原はじっと見つめる。

(難しいわ)

「あの、部長。あまり無理しないで」

 奈良が気を使ってきた。

「ああわかったあ!」

「はい?」

「個性がないのが個性なんや」

「は、はあ」

「これからも没個性で頑張っていこうやないか」

「……」

 後で水渕がフォローを入れたことは言うまでもない。



   *

213: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:46:44.85 ID:QW6TPZeao



 【写 真】

 ある日、冬木が部室で写真を広げていた。

「冬木くん、おっす」

「あ、部長。お疲れ様です」

「何してるの?」

「写真の整理ですよ。ここに入学してから大分たまったもので」

「おわっ! うちの写真がある」

「はは、美術部の写真も結構撮れました」

「やめてえなあ、うち写真写り悪いんやから」

「これなんかいいですよ」

「ひゃああ! これいつのまに撮ったん!? 酷いわ」

 芦原と冬木が写真のことでもりあがっていると、この美術部の実質的な顧問にして
あーさんの保護者、水渕がやってきた。

「ぶちさんおーっす」

「あーさんこんにちは。冬木くんもいるのね」

「あ、どうも。お疲れ様です」

214: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:48:54.59 ID:QW6TPZeao

 冬木は水渕に一礼する。

「何をやってるの?」

「写真の整理やてえ。いっぱい写真やるよ。ほれ、ぶちさんのも」

 そう言って芦原は写真を一枚手に取って見せる。

「ぶちさん、どの写真も結構カメラ目線やな」

「はは、そうですね。僕としてはもっと自然な感じの写真が撮りたかったんですけど」

「あら、こっちはクラスの写真?」

「はい? ああ、そうです。部室の写真と混ざってますね」

「この子……」

「知り合いですか?」

「うん。幼馴染なの。年は二つ下なんだけど」

「そうなんですか」

「ええ? 誰? 誰え?」

 芦原が水渕の持った写真を覗き込む。

「このメガネの子、誰? 冬木くんの彼女?」

「ち、違いますよ」

「キサラギちゃんって言うのよ。彼と同じGAの一年」冬木の代わりに水渕が答える。

「へえ、そうなんや」

「冬木くん」

 水渕は言った。

「はい」

「これ、よく撮れてるわね。キサちゃんの良さがよく出てるわ」

215: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/18(水) 20:50:32.64 ID:QW6TPZeao

 彼女は何枚かある写真の中の一枚を手に持っていた。

「そ、そうですか」

「なんやそのキサちゃんって子の写真ばっかやなあ」

 何枚か写真を持った芦原が言った。

「え? そ、そんなことは」

「あらあら」

 水渕は何かを察したように笑顔を見せる。

「あーさん、そういうのは無粋よ」

「何が?」

「うふふ」

「ああいや、その……」

 冬木は二人から目を逸らし、一枚の写真を見つめる。

 長い髪を後ろで束ねた、メガネの大きな女子生徒の写真だ。

 彼女の名前は山口如月。GAの一年生である。



   つづく

219: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:16:32.59 ID:0rzsfQNXo



   第十二話 ファインダーの向こう側




    ※ 今回も播磨は(略)

220: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:17:06.95 ID:0rzsfQNXo



 【課 題】

 ある日、クラスメイトの山口如月がカメラを持ってウロウロしていた。

「あれ? 山口さんどうしたの。カメラなんて持って」

「ああ、冬木さん。あの、今度写真を使った課題があるんですが」

「ああ、アレね。ボク向きの課題だ」

「冬木さんは写真がご趣味でしたよね。いいですね、センスがある人は」

「いや、僕だって別にずば抜けてセンスがあるわけじゃないよ」

 数日前に、授業で写真を使った画面構成という課題を出された。

 ようは、いかにしっかりと写真を撮るか。一枚の写真でどれだけ的確に状況を写すことができるか、
という課題でもある。

 絵を描いたりモノを削ったりすることが多いGAでは、こんな風にカメラを使う授業は稀だ。

「私、昔から写真とかすごく下手でセンスとかも無くて」

「見せてごらん」

「え? はい」

 冬木はキサラギのデジタルカメラを受け取り、中の画像を見る。

 するとそこには、クラスメイトの大道雅の姿があった。

 しかし、再生を進めていくと、表情の変わらない大道がどんどんと現れていく。

 モデルは変わらず、背景だけが変わっていくという。

「これは……、連続写真?」

221: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:17:38.52 ID:0rzsfQNXo

「だからセンスないって言ったじゃないですかあー!」

「いやいや待って待って」

 どこで写しても一切表情を変えないモデルにも問題があるんじゃないか、
と思ったけれどそれは黙っておくことにした冬木であった。

「とにかく、そんなに力む必要はないよ。ほら、山口さんっていつも絵を描いてるでしょう?」

「え、はい」

「それと同じ感覚で撮ればいいんだよ」

「同じ感覚」

「確かに腕とかセンスも大事だと思う。でもそれは絵でも一緒だろう?」

「はい」

「それと一緒。心に残った風景をこう、写真で切り取る」

 そう言うと、冬木は両手の人差し指と親指で長方形を作って見せる。

 その四角の中心にはキサラギがいた。

(彼女を撮ったら、どんな風になるんだろう)

 ふと、冬木はそんなことを思う。



   *

222: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:18:38.69 ID:0rzsfQNXo


 【人の目とカメラの目】

 小さいころからカメラ小僧だった冬木は、カメラ初心者のキサラギに色々と教えていた。

「山口さん、カメラと人間の目との違いはなんだと思う?」

「え? レンズがある、でしょうか」

「レンズなら人間の目にもあるよ」

 そう言って冬木はメガネをはずして見せる。

「水晶体って言ってね、これがレンズになる」

「そういえばそうですね」

「カメラっていうのは、シャッターを押せば対象を全部写してしまうんだ、それが人間との違い」

「人の目は全部写さないんですか?」

「よく考えてみてよ人間っていうのは、知らず知らずのうちに自分の見たい物と
そうでない物を分けてしまうんだ。

たとえば、気になるものならそれをずっと見てしまうけれど、気にならないものだったら、
目の前にあっても気付かない」

「そうですか?」

「携帯電話のメールを読んでたら、目の前の柱に気が付かないとか」

「アハハ、それはやったことがあります」

「そうか、危ないよ」

「はい。反省してます」

「話を戻そうか。それで、人間は目で見たものは直接脳で処理するでしょう? 
でもカメラは、撮ったものをそのまま写真にする」

223: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:19:26.52 ID:0rzsfQNXo

「はあ」

「その時、全部写してしまうんだ」

「全部?」

「そう、全部だ」

「でもカメラのファインダーって、人の目よりも視界が狭いですよね」

「そうだね。でも、視界を狭くしても人間はそんなに多くのものを見ていない」

「あ……」

「わかった? それでさっきの話だ。人間は目の前に色々なものがあっても、それを選別する。
一方カメラはそれをしない。ピンとのズレとかはあるけれど、基本的に同じ距離にあれば、
同じように写してしまう」

「なるほど」

「ちょっと理屈っぽくなってしまったね。とにかく、カメラは機械だから人の目のように、
自分が撮りたいものだけを撮ってくれるような構造にはなっていないんだ」

「わかったような気がします」

「そう考えると、どういう風に撮影したらいいか、わかってくるんじゃないかな」

「根本的な部分は、スケッチと変わりなんですね」

「うん、そう思う」

「何だか楽しくなってきましたよ」

「はは。カメラに対する苦手意識が減ってくれれば、僕も嬉しいね」

「カメラさんは、私たちのように何を見たいかは選んでくれない。

だから、私たちが見たいようにカメラさんを誘導する必要があるんですね」

224: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:19:57.37 ID:0rzsfQNXo

「わかってきたね。スケッチとはやり方も表現方法も違うけど、写真も立派なアートだよ」

「凄いですね、冬木さん」

「いや、これは親父の受け売りなんだけど」

「でも凄いです。お父さんもカメラを?」

「ああ、うん。僕がカメラを始めたのも、父親の影響。父さんがカメラ好きじゃなかったら、
こうしてカメラをやっていなかったと思うよ」

「そうなんですか。家族の影響ってありますからね」

「友兼さんとか野崎さんなんかも、上のお兄さんやお姉さんがGAに入ったから、
こっちに来たっていう部分もあるみたいだね」

「私も幼馴染がここに来たから」

「でもそういうのもいいと思うよ。きっかけなんて些細なものさ。問題はどう続けていくか」

「そうですねえ。私も続けていければいいんですけど」

「まあ、まずは実践だね。実際に撮ってみよう」

「わかりました」




   *

225: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:20:42.71 ID:0rzsfQNXo



 【モデル】

 冬木とキサラギは、とりあえず学校の風景を写真に収めるようにしてみた。

 自分の見た風景とカメラで写された画像。

 そこには歴然とした差があった。

「これが技術の差ってところだろうか。どんなにセンスが良くても、それを発揮できる技術がないと
目に見える形では現れない」

「はい。絵でも同じことが言えます」

「僕だってまだ自分が納得できる写真は撮れることは稀さ」

「へ? そうなんですか?」

「うん。低レベルで満足してたら先には進めない」

「そういうことですか。でも少し気が楽になりました冬木さん」

「よく『好きなように撮れ』っていうけど、技術が伴っていなかったら、全然意味がないからね。
ピアノとか、楽器だってそうでしょう? せっかく頭の中にキレイなメロディが浮かんでも、
それを適切に表現できなければただの騒音だ」

「絵もそうですよね」

「うん。絵だけじゃなくて、彫刻とか生け花にも言えるよね」

「何だか一気にハードルが高くなってきたような」

「ああ、でも今回はあくまで『構図』の勉強だからね。そこまで気負う必要はないと思うけど」

「でもせっかく撮るんですから、キレイに撮りたいと思いません?」

「そりゃ、そうだ」

226: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:21:18.16 ID:0rzsfQNXo

「あ、おにわとり様だ」

 そう言うとキサラギはカメラを構える。

「……んぐぐぐ」

 冬木はその姿をじっと見ていた。

 数分後――

「上手く撮れませんでした」

 撮影に失敗したキサラギはすごすごと帰ってきた。

「動物の撮影って結構難しいからね。言うこと聞かないし、動くし」

「今まで無意識に猫の写真とか撮ってましたけど、構図を意識するとなかなか上手く
いきませんね」

「意識し過ぎると、上手くいかないのはスポーツとかでも同じ」

「はあ」

「最も、動物は言うこと聞かないし動くから、そうだな。人に頼んでみたらどう?」

「人、ですか?」

「そう、モデルだよ」

「なるほど」

 そして、



   *

227: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:21:51.12 ID:0rzsfQNXo


「呼ばれて来ましたノダちゃんです!」

 いつもジャージ姿で小柄な女子、ノダミキが現れた。

「キサラギちゃんもこの私をモデルにしたいなんて、わかってるじゃない」

 そう言ってノダミキはポーズをとる。

「モデルとしては申し分ないね……アハハ」

 冬木もノダを見て苦笑した。

「じゃあ撮りますよノダちゃん」

 キサラギはデジカメを構える。

「キレイに撮ってね」

「自信はありませんけど」

 ベンチに座るノダ。花壇の前でポーズをとるノダ。校内を歩くノダ。ジャンプするノダ。

 色々なノダミキを撮った後で、その画像を再生してみる。

「……」

「……」

 無言で見つめる冬木とキサラギ。

「ねえねえ、どうだった? ノダちゃんキレイに撮れてる?」

「何と言いますか」

「モデルが前に出過ぎている感じがするね」

228: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:22:28.60 ID:0rzsfQNXo

 冬木は言った。

「ええ? どうしてさあ、可愛く撮れてるじゃん」

 再生した画像を見ながらノダミキは言う。

「確かに可愛いけど、ちょっと前に出過ぎている感じがするよ。
今回は構図を学ぶための課題だから、ノダさんだけが出てきたら意味がないんだ」

「そうなの? 可愛ければいいじゃん」

(出た、女の子理論)

 私生活ではそれでもいいかもしれないけれど、学校の課題ともなるとそうもいかない。

「例えるなら、メインディッシュが多すぎる食事みたいな」

「すき焼きでお肉ばかり食べてるみたいな感じですね」とキサラギ。

「上手いね。そういう感じだ」

「でしたら、もう一品おかずをふやしてみましょう」

 というわけで、

「トモカネ参上!」

 今度はトモカネを呼んだキサラギ。

「なるほど、モデルを二人に増やして対象への集中を分散させるか。上手く考えたね」

「素人の考えですけど」

「でもさっきよりは撮りやすくなったと思うよ」

「あんまり邪魔しないでよ」と、ノダはポーズをとりながら言う。

「お前こそ前に出過ぎだぞ」

 ノダとトモカネ。この二人は反発しあうこともあるけれど、とてもいいコンビだと冬木は思う。

 そんなこんなで、ノダミキたちの協力もあってキサラギの課題撮影は無事に終わった。



   *

229: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:22:55.04 ID:0rzsfQNXo



 【視線の先に】

「今日はありがとうございます。おかげでいい写真ができました」

 キサラギは深々と頭を下げて言った。

「いや、僕も楽しかったよ。色々と発見もできたし」

「そうなんですか?」

「人に教えると、自分も理解が早まるっていうじゃない?」

「ああ、それはありますね」

「私も何か協力できればいいのですが……」

「いや、そんな気にしなくていいよ」

「すみません」

「あ、そうだ」

 不意に冬木は思いつく。

「なんですか?」

「あの、山口さん。よかったら、僕の写真のモデルになってくれない?」

「え? 私ですか? でも、私なんか」

「いやあ、課題とかじゃなくて、純粋に撮ってみたいんだよ」

「でも、私なんかよりノダちゃんやナミコさんとかのほうがいいんじゃないですか?」

「いや、山口さんを撮りたいんだ。いいでしょう?」

「……はあ」



   *

230: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:23:31.32 ID:0rzsfQNXo



 渋るキサラギを連れて、冬木は放課後の校内で写真撮影をすることにした。

 手には小遣いをためて買ったニコンの一眼レフがある。

「凄いカメラですね」

「いや、これでも安いやつだよ。カメラはこだわったらいくらでも高くなるからね。
三十万四十万はすぐに飛ぶ」

「そんなにするんですか」

「いつかもっとお金を貯めていいのを買うよ。今は修行中」

 そう言うと、冬木はカメラを構える。

「ど、どこで撮ります?」

 緊張しているのか、キサラギの動きはぎこちない。

「ああいや、どこで撮るとか、そういうのを意識しないでほしいな。もっと自然な感じで撮りたいから」

「そう言われましても」

 冬木は適当な場所に立ってもらうことにする。

「ここでいいんですか?」

「あ、うん。そんなに意識しないでいいよ。ほら、無理に笑わなくてもいいから」

「は、はい」

 冬木はキサラギに向かってカメラを構える。

231: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/19(木) 21:23:58.55 ID:0rzsfQNXo

 そういえば、こんな風にしっかりとカメラ越しに彼女を見たのははじめてかもしれない。

 カメラを構える彼には人にはない特殊な能力がある。

 ファインダー越しに見ると、その人が恋をしているかどうかわかるのだ。

 冬木の見たキサラギの恥ずかしそうな笑顔は――


「……」


「どうしました?」

「いや、何でもない」

 一度カメラをおろし、もう一度キサラギの表情を見る。

(恋、しているんだな)

 冬木はそう考えると、少しだけ切ない気持ちになった。



   つづく

235: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:53:41.47 ID:AonNERw4o








   第十三話 ファッションデザイン

236: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:54:28.77 ID:AonNERw4o

 【天 敵】

 播磨にも苦手な者はいる。

「あのクソババァ……」

 上級生はおろか、教師陣でもビビってしまうほどの播磨だが、
それでも彼が苦手とする者はいるのだ。

 越廼淑乃(こしのよしの)――

 通称“GAのマイクロデビル”。

「テキストスタイル・ファッション」担当教員。小柄な体とは裏腹に、
全学年のGA生徒に恐れられる存在だ。

 その驚異は播磨とて例外ではない。

「またこんなデザイン持ってきて、あなた。今まで何を習ってきたの?」

「いや、それは……」

「センスがないならないで工夫しなさい! 資料集は読んだ? 
今までのレポートは復習してるの? 基本が全然なってないじゃない! 
雑誌は読んでる?」

「……」

「いいこと? 一学期中に課題を合格させなければ、今学期の単位は無しよ!」

「うぐ……!」

 小さな身体にも拘らず鋭い目つきは、絶対的な自信に裏付けされた強さである。

そこいらの不良などとは比べ物にならないほどの眼力だ。

「ハア……」

237: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:55:18.90 ID:AonNERw4o

 一通り説教を食らった後、教室に戻った播磨は頭を抱えていた。

「随分落ち込んでますね播磨さん」

 遠くからキサラギとナミコの二人が心配そうに見つめる。

「そりゃあ、あの鬼でも恐れる越廼先生だからな。さすがの播磨も参ってるよな」

 ナミコは苦笑しながら言った。

「越廼先生には私も何度も泣かされましたし……」

 口にしただけで辛かった日々が蘇ってくる。

「毎年、特に男子生徒は苦労しているらしいからねえ」

「男子には厳しいんですかね」

「どうかな。今年は播磨だけみたいだし、元々播磨のセンスがマイクロデビルには
合わないのかもしれないけどさ」

「そうなんでしょうか……」



   *

238: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:55:50.98 ID:AonNERw4o



 【苦 悩】

 播磨は頭を抱える。

 モノマネはダメ。

 奇をてらうだけではダメ。

 基本を踏み外すようなデザインはダメ。

「どうすりゃいいんだクソが!」

 机を叩くと、周囲の生徒たちが驚いてこちらを見る。

 だが今のの播磨に周囲の視線を気にしている余裕はなかった。

「どうしたんだいはりまっち」

「はっ!」

 顔を上げると、そこには彼にとってのエンジェル、ノダミキが立っていた。

「越廼の婆さんの授業でな……」

「ああ、あのデザインの。キサラギちゃんたちも苦労してたっていう」

「ああ。だいたい、服のデザインと考えたこともねェっての。しかもまだ入学して半年も
経ってねェってのに」

「はりまっちは服とか帽子とかは好きじゃないの?」

「別に嫌いじゃねェが」

「私は大好きだよー」

239: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:57:12.38 ID:AonNERw4o

「……俺はあんま得意じゃねェからな。ノダみたいにセンスないし」

「え? 私そんなにセンスあるかな」

 そんな二人の会話に割って入る者が一人。

「センスの問題ではないぞ、播磨殿」

「キョージュ」

「大道、どうした」

「服飾のデザインで苦労していると見たが」

「まあ、そんなところだ」

「播磨殿は、黄金比と白銀比の話を覚えているだろうか」

「……聞いたような、聞いてないような」

「授業で言っていたことだ。

黄金比が正五角形の一辺の対角線の比率が1:(1+√5)/2≒1:1.618。

一方白銀比は正方形の一辺と対角線の比率が1:√2≒1:1.414となる」

「ああ、何か言ってたような言ってなかったような」

「数字は苦手だよキョウジュー」

 ノダミキは頭を抱えていた。

「この黄金比や白銀比は建築や工業デザインなど様々な分野で多く使われている。
それはなぜだかわかる?」

「好かれてるから?」

240: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:58:14.64 ID:AonNERw4o

「その通りだ」

「マジか」

「先人が積み上げてきた美の形式。その中に黄金比や白銀比がある」

「つまりどういうことだってばよ」

「デザインにはある種のパターンがあり、そこを踏襲すればまとまったデザインとして通用するということだ」

「自由な発想ではなくて?」

「自由というものは常に秩序から成り立っている。秩序なき自由は対象を認識できない」

「相変わらず大道は難しいことを言う」

「少し例を見せよう。キサラギ殿、ナミコ殿。こちらに」

「へーい」

「はい」

 雅に呼ばれ、キサラギとナミコの二人が播磨の前に来た。

「こいつらがどうしたんだ?」

「播磨殿から見て、キサラギ殿とナミコ殿。この二人はどちらがよく制服を着こなしているだろうか」

「着こなし?」

「……」

「うう……」

 恥ずかしそうに顔を伏せる二人。

241: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:58:53.30 ID:AonNERw4o

(制服の着こなし)

 播磨は二人をじっと見つめて、

「わかった」

「どちら?」

「着こなしについては、野崎だな」

「なるほど」

 そう言って雅は頷く。

「やっぱりそうですよね」

 キサラギは露骨にガッカリしていた。

「いや、山口。別にお前ェがダサいとか言ってるわけじゃねェよ」

「あ、いいんです。自分でもセンスないのはわかっていますから」

「だからよお」

「話を続けていいだろうか、播磨殿」

「……おう」

 今はキサラギのフォローよりも課題のほうが大事だと判断した播磨は、雅の言葉に従う。

「播磨殿。今、どうしてナミコ殿のほうが着こなしのセンスがいいと思ったのだろうか」

「いや、よくはわかんねェけど、野崎のほうが服が身体に合っていたというか、
違和感がないというか」

「そう。その感覚だ」

242: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:59:31.73 ID:AonNERw4o

「どの感覚?」

「ナミコ殿は自分の体形や姿勢が、着ている服に合っているか常に気を付けている。
だから彼女の制服はしっくりくるのだ」

「はあ……」

「じゃあ山口は自分の体形とかを気にしてねェのか?」

「ふえ!?」

「コラコラハリマ。キサラギを泣かすんじゃない」

 隣にいたナミコがキサラギを抱き寄せて頭を撫でていた。

「悪い……」

「別にそうとまでは言わないけれど、ナミコ殿のほうが見た目や服のバランスに気を
つかっているということが言いたいだけだ」

「そうか」

「髪型も気にしているから、セットに時間がかかって遅刻しそうになることもある」

「ちょっ、雅! 何言ってるんだ!」

 キサラギを抱いたままナミコは叫ぶ。

「しかもくせ毛だから余計に」

「やめろコラ!」

「まあそれは置いておいて」

「え? 無視?」

243: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 20:59:59.20 ID:AonNERw4o

「デザインにはある種の法則性があることをわかってもらいたい」

「今の話のどこに法則性があるんだよ」

「独創性とか個性というのは、もう少し上の段階だ。今は基礎を固めることが大事だと
先生もおっしゃっている」

「何度も言われたぞ」

「基礎を知るためには、基礎のできている人間をよく観察することが大事だと思う」

「観察?」

「俗に言うオシャレな人間だな。そこに法則性が導き出されるはずだ」

「ウチのクラスで一番オシャレに気を使ってる人間と言えば……」

 その場にいた全員の視線が一人の女子生徒に集中する。

「あれ? 皆どうしたの?」

 ノダミキだった。




   *

 

244: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 21:00:25.73 ID:AonNERw4o

 

 【神 判】

 第二服飾準備室――

 別名悪魔の巣と呼ばれるそこは、越廼淑乃のオフィスでもある。

「まあ、いいんじゃないかしら……」

 スケッチブックを持った越廼はそう言った。

「本当か」

 おもわず表情が明るくなる播磨。

「調子に乗らない。まだデザインとしてはお子様レベルよ。私の授業、ちゃんと聞いてたの?」

「……ぐぬぬ」

「でもまあ、要点は押さえてるわね」

 越廼はそう言って小さく頷く。

「……」

「ところで」

「はい?」

「このモデルは、野田さん?」

 そう言うと、彼女はスケッチブックを播磨に見せる。

245: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 21:01:02.40 ID:AonNERw4o

 普通、ファッションモデルと言えば背の高い痩せた女性だが、
播磨の描いたモデルのスケッチは、少し小柄で元気の良さそうな女性だった。

「いや、それは……」

「違うの?」

「ああいや、クラスメイトが、センスのいい奴を観察していれば法則がわかるみたいなことを
言ってたもんで、野田のことを……」

「ふふ。彼女、センスはいいものね」

「はあ」

「もう少し努力してくれれば申し分ないけど」

「え?」

「何でもないわ。はい、これで課題は全員ね」

「どうも」

「後は期末試験頑張りなさい」

「そういやそうれもあったか……」

「いいこと、実技で点が取れても、試験で赤点なら落第よ」

「わかってるっす」

「播磨くん」

「はい?」

「デザインというのは、人に見せるためにあるの。それはわかってるわね」

246: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 21:01:34.80 ID:AonNERw4o

「ええ、まあ」

「芸術は人と人との繋がりの中で成り立っているの。それもわかるわね」

「どういうことですか」

「独りよがりじゃダメってことよ」

「……」

「美術も普通の仕事も、もちろん友情や愛情も、根本は同じことなの」

「同じ」

「それがわかれば、もっとマシになるんじゃないかしら」

「どうっすかね」

「どんなに自分が思っていたとしても、それが伝わらなければ意味がないのよ」

「うっす」

「では行きなさい」

「失礼するっす」

 何だか、途中から課題以外の話をされていたような気もするけれど、
とりあえずスケッチブックを受け取った播磨は悪魔の巣を後にした。

「ん?」

 廊下に出ると、見覚えのある何人かの生徒たちが立っている。

「お前ェら」

247: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/20(金) 21:02:08.92 ID:AonNERw4o

「どうだった? はりまっち」

 そう言ったのはノダミキだった。

 キサラギやナミコたちも無言でこちらを見つめている。

「ああ、問題ねェ」

 そう言って、播磨は右手でノダミキの頭をポンと叩く。

「やったね」

「おめでとうございます播磨さん」

「へっ、手間かけさせてんじゃねえよ」

「遅いなあ、ハリケンは」

「そういうトモカネ殿も提出は遅かったような」

「言うな!」

(人との繋がりか)

 彼は、芸術とは何かをほんの少しだけわかったような気がした。

 ほんの少しだけ。



   つづく

281: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:37:20.88 ID:8slz/FIvo


   GAランブル~夏休み編~




   第十四話 GA合宿(前編)

282: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:37:56.80 ID:8slz/FIvo


 【毎年恒例】


 面倒だった期末テストも終わり、学園はついに夏休みに突入した。

 しかし、特にやることもない普通科一年の奈良健太郎は、今日も部活動のために
制服を着て学校に来ていた。

「おはようございます」

 奈良が美術部の部室に入ると、

「おはようダス」

「おはよう奈良くん」

 同じ美術部の西本(KJ・工業科自動車整備クラス一年)と、部長の芦原(GA三年)が
軍人将棋をやっていた。

「ちょうどよかったわ奈良くん。審判やってくれへん?」

「朝から軍人将棋ですか。まあいいですけど」

「いやあ、今朝何かないかと二人で漁ってたら、こんなのが出てきてねえ」

 美術部の部室のすぐ傍にある奥部屋(またの名を魔窟)には先輩たちが置いて行った
色々なアイテムが眠っている。

「この前なんて河童のミイラが出てきたもんねえ」

「あれはリアルだったダス」

(この美術部は一体何を目指していたんだろうか)

 何代か前の先輩の話なので、まったく想像ができない奈良であった。

「おはよう。あーさんいる?」

283: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:38:30.82 ID:8slz/FIvo

 手にファイルか何かを持った水渕(ぶちさん)が訪ねてくる。

「おー、ぶちさん。どうしたん?」

「ちょっと生徒会のことで用があってね。ついでにあーさんの顔を見に来たの」

「ぷりちーなウチの顔を見て癒されにきたんやねえ。いくらでも見ていいで。ダスくんは有料やで」

「酷いダス」

 どうやら西本は「ダスくん」と呼ばれているようだ。

「おはようございます、水渕先輩」

 奈良は入ってきた先輩に挨拶する。

「おはよう奈良くん。そういえば、冬木くんがいないわね」

「何言うとんのよぶちさん。冬木(メガネくん)はアレに行ったんよ」

「アレ? ああ、アレね」

 芦原の言葉に水渕は納得した。

「そういえばアレってなんですか?」

 奈良が聞くと、それに水渕が答える。

「フフフ、毎年恒例の合宿よ。GAの希望者が出席するんだけど」

「通称GA合宿よ」

「合宿か、いいなあ」

284: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:39:06.10 ID:8slz/FIvo

 奈良は本気で羨ましそうにつぶやく。普通科には一学期に宿泊イベントはなかったからだ。

「そういえば、ぶちさんと仲良うなったんは、GA合宿がきっかけだったわなあ」

「そうね。懐かしいわ」

「意外ですね。二人とも、彩井学園(ここ)に入る前から仲良しだと思ってましたよ」

「あーさんってねえ、こう見えて人見知りなのよ」

「そんなん言わんといてよ」

「今もちょっと人付き合いが不器用だけど、あの合宿で彼女のことがよくわかったわ」

「そうなんですか」

「本当、楽しかったわね。大変だったけど」

「そのGAの合宿って、何をやるんですか?」

 奈良は気になったので二人に聞いてみた。

「何をやるかって?」

「そうやねえ」

 芦原と水渕の二人は、顔を見合わせる。

「そりゃ、色々や」

「色々よ」

 二人の笑顔が妙に眩しいと感じる奈良であった。




   *

285: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:39:39.01 ID:8slz/FIvo



 【合 宿】


 なぜか夏休みに入ってから行われる芸術家Aクラスの合宿である。

 一泊二日の合宿。

 基本的には希望者のみの参加となるけれど、毎年ほぼ全生徒が参加する。

 場所は海辺の宿泊施設。

 バスの窓から青い海が見えてくると、生徒たちのテンションが上がってきたようだ。

「楽しみだねえ、ナミコさーん」

 行きのバスの中ではしゃぐノダミキ。

「お菓子食い過ぎんなよ。腹痛くなってもしらんぞ」

「わかってるよお♪」

 テストが終わった直後ということもあって、参加者の表情は明るい。

 一学期中は覚えることがたくさんあり、忙しいためこうした宿泊イベントは夏休みに
ズレこんだのである。

 せっかくの夏休みなのだが、誰も面倒くさそうな顔一つせずに参加している。

 それは播磨とて同じであった。

(ノダちゃんと一緒にお泊り。ノダちゃんと一緒に、ムフフフ)

 顔は険しいけれど、心の中はお花畑。

「珍しいね、播磨くんがこういうのに参加するなんて」

 隣に座ったメガネの男子生徒がそう言う。

286: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:40:23.89 ID:8slz/FIvo

「そういやお前ェ、名前なんだっけ」

「冬木だよ、冬木武一。一学期終わったんだし覚えてよ」

「ああ、そうだったな」

 基本的に興味のない人間の顔と名前は憶えない播磨である。

「ま、皆参加するしな。夏休みなんて、バイト以外はすることねェし」

「そうなんだ。僕もバイトしないとねえ、新しいカメラ欲しいし」

 そう言うと冬木は大きな一眼レフのカメラを撫でる。

 カメラ小僧の彼は、この合宿にもカメラを何台か持ち込んでいるようだ。

「そういやお前ェ、ここでも写真を撮るのか?」

「え? うん。もちろんだよ。こうして学校以外の場所で皆の表情を撮れる機会は
少ないからね。しかも海だよ? 水着だよ」

 そう言って冬木は笑う。

 どんなにさわやかに笑ったところで、頭の中が○○○で満ち溢れていることは
見え見えである。

(しかし、ノダちゃんの写真あったら売ってもらおうかな)

 ふと、そんなことを考えてすぐに自分で打ち消す播磨であった。



   *

287: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:40:57.75 ID:8slz/FIvo


 【隔 離】

 GAに男は少ない。

 ゆえに色々な面で少数者として差別されることは否めない。

 しかしながら、男としてのプライドが不満を封印する。

「だが今回ばかりは酷いぞコレ!」

 生徒の一人が抗議する。

 宿泊場所は、それなりに立派な建物であった。

「仕方ないだろう、今年に限って部屋の予約が埋まってたんだから」

 担当教諭の外間は言った。

「そんな……」

 GA所属男子生徒、約十数名の宿泊場所は四つのテントなのだ。

「まあ、こういう事態は例外的なんだけどな。盗られた困る貴重品は宿舎で預かろう。
あと、着替えは女子が終わった後、宿舎の部屋でやっていいぞ」

「ふざけやがって……」

 不満たらたらな男子生徒たち。

 その中で、播磨と同じくらい身体が大きく顔も若干怖い響大鉄は冷静であった。

「ここで不満を言っても仕方がない。事態が好転するわけではないんだから」

「ったく、仕方ねえな」

 大鉄は播磨と違って顔が怖いだけで基本的に心優しい少年だ。

288: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:41:37.02 ID:8slz/FIvo

 しかも絵の才能はずば抜けており、男子では唯一大道雅に匹敵する能力の
持ち主だと言われている。

 女子がキャピキャピ着替えを実施している間、男子陣営は汗を拭いつつテントを
設営していた。

 そして一時間後、天幕(テント)完成。

 といっても寝るだけの場所だ。昼間は荷物を宿舎に置いて、合宿の行事に参加する。

「雨、降らないといいな」

 大鉄は空を見上げながら言った。

「大丈夫だろ。こんだけ晴れてりゃ」

 空は腹が立つほど快晴であった。

「おーい、お前ら早く着替えに行こうぜ」

 今鳥が遠くから呼んだ。

 女子はとっくの昔に着替え終えているので、女たらしの今鳥も早く海に行きたいのだろう。

「拳児、行かないのか」

 大鉄が呼びかける。

「先行っててくれ、俺は疲れたからしばらく休んでいく」

「集合時間には遅れるなよ」

「どうせ午前中は自由時間なんだし、ゆっくりするさ」

 そう言って彼は設営を終えた全員を見送る。

289: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:42:09.09 ID:8slz/FIvo

 時間は昼前。太陽はすでに高々と上がっていた。

 一応学校行事ということもあって、様々な行事が準備されているらしいのだが、
予習が嫌いな播磨はほとんど把握していない。

(面倒なことがあったら逃げよう)

 そんな不埒なことを考えつつ、彼は一人の女性に思いをはせる。

(ノダちゃん。どんな水着を着ているのだろう)

 夏の海。

 いつも以上に開放的になった気分の中で、一気に関係を進展させて。

 播磨は足りない頭で色々とシミュレートする。

 しかし、悲しいかな。○○の思考には限界があった。

 ノダミキと二人きりで砂浜を歩くところまでは想像できるのだが、そこから先を考えると、
いつもトモカネ辺りが邪魔しにくるのだ。

(くそっ、やっぱり考えてるだけじゃダメだ。行動あるのみ!)

 しばらく休んで体力も回復してきた播磨は立ち上がり、着替えのために宿舎へと向かった。




   *

290: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:42:41.37 ID:8slz/FIvo




 【ダイハード2】

 普段静かな人間も、一人になると急にテンションが上がる時がある。

 播磨もそんな状態であったのかもしれない。

 誰もいない宿泊施設の大部屋に案内された彼は、そこで着替えることにした。

 すでに他の男子生徒は着替え終わって海に行っている。

 昼食までのわずかな時間、少しでも海に行きたいのだろう。

 播磨も水着に着替えるために服を脱ぐ。

 誰もいなかったので、ついでに全裸になってみた。

(そういや、一回やってみたかったんだよな)

 播磨はゆっくりと立ち上がり、空手の型をやってみせる。

 しなやかな筋肉から繰り出される突き、そして蹴り。

「スチュワート大佐ごっこ……」

(何バカなことやってんだ俺は……)

 そう思い大人しく鞄の中の水着を探す播磨。

 しかし、

「あれ? 確かここに入れておいたはずが」

 なかなか見つからず、全裸状態でカバンの中の探索を続けていると、

「お、あった」

291: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:43:21.80 ID:8slz/FIvo

 やっと発見した。

 しかしその時であった。

「なあ雅(マサ)、どこだ?」

「あン?」

 急に襖が開き、そこに水着姿のナミコが。

「いっ……」

 ナミコと目が合う播磨。

(まずい! この状態は非常にまずい! もしここで大声でも出されたら!!)

 ここまでの思考0.1秒。

 火事場の馬鹿力というか、全裸のバカスピードを発揮した播磨は素早くナミコの後ろに
回り込み、そして口を塞いだ。

「……!」

(しまった、思わず腕の間接を決めて口を塞いでしまった!)

「ん……! ん……!」

 暴れるナミコ、抑える播磨。

(まずい、このままじゃ明らかに俺は犯罪者だ。どうにか野崎(こいつ)落ち着かせなければ)

 そう考えた播磨は、努めて落ち着いた声でナミコの耳にささやく。

「静かにしろ」

「ん~~~……!!!」

292: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:43:50.74 ID:8slz/FIvo

 抵抗が余計に酷くなった。

(まーずーいー! これは非常にまずい~!! どうすりゃいいんだあ!)

 その時、

「あ……」

 水着の上にTシャツを着た、キョージュこと大道雅がそこに立っていた。

「お、大道これは」

「んん……! ンンッ……!」

 サーッと播磨の血の気が引く。

(終わったかもしれん。俺の合宿……)

 そう思った瞬間、雅は手をポンと叩いた。

「なるほど。着替えようとして全裸になった播磨殿だが、そこへナミコ殿が入ってきて、
騒がれないように口を押えてしまったと」

「……!」

 播磨は若干涙目で大きく頷いた。




   *

293: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:44:40.04 ID:8slz/FIvo


 【不機嫌】


「おい待てよ野崎」

「うるさい! ついてくるな!」

 水着の上にTシャツ姿の野崎奈美子ことナミコは早足で砂浜を歩く。

 後ろからは、水着に着替えた播磨が追ってきた。

「悪かったっつってんだろ。お前ェがいきなり入ってきたことは不問にしてやるんだからよ」

「だからっていきなりあんなことされて許せると思う?」

「だからすまんかったって、さっきから何べんも謝ってるだろうが」

「ああもういいから、あたしに近づかないで! けがらわしい」

 本当は腹が立っていたというよりも、

(あんな姿を見てしまって、しかもあんなことまでやられて……)

 ナミコの顔が熱くなる。

(恥ずかしくてあいつの顔がまともに見られない)

 彼女は恥ずかしさと戸惑いを覆い隠すように砂浜を歩く。

 サンダルと足の裏の間に砂粒が入ってきて、妙な感触だ。

 しばらく歩くと、不意に二人の男が声をかけてきた。

「お姉さん高校生? 友達と来てるの?」

 メガネをかけた、同い年くらいの男性であった。

294: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:45:21.71 ID:8slz/FIvo

「俺は真田北高のヒデノリ、んでこいつはモトハル」

 もう一人はアゴの辺りに髭の生えたオールバックの少年である。

 ヤンキーっぽかったけれど、播磨に比べると中途半端に見える。

 ナンパだろうか。

 いや、間違いなくナンパだ。ナミコはそう確信する。

(面倒くさい)

 彼女は心の中でそう思う。

「あの、友達待たしてるんで」

 ナミコは目を伏せてやり過ごそうとするが、

「ねえ、ちょっと話だけでもさ」

「そうだよ、せっかく海に来たんだし」

 連中も諦めない。

 それはそうか。

「あのすいません。急いでる――」

 なるべく穏便に済ませようとしたその時、


「おい、小僧ども。何やってんだ」


「ひっ」

295: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:45:48.55 ID:8slz/FIvo

「え?」

 播磨だった。

「コイツは俺のツレなんだが、何か用か」

「いや、何でもないです」

 そう言ってメガネは後ずさる。

「失礼しました」

 ヒゲもそう言うと、どこかへ行ってしまった。

 本気を出したときの播磨の迫力は凄まじいものがある。

 最近普通に接していたから忘れかけていたけれど。

「あ……」

 ありがとう、と言いそうになるが、先ほどの出来事を思い出して言葉を飲み込むナミコ。

「どうした」

 と播磨は聞く。

「何でもない」

「おい野崎」

 ナミコは再び歩き始めた。

 時刻は既に正午を回ろうとしている。




   *

296: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:46:35.81 ID:8slz/FIvo


 【イヴェント】

 昼食終えたGAの面々は、とある砂浜に集められていた。

 ここから午後のイベントがはじまるらしいのだが、播磨たちは何も聞かされていない。

 そこへ、見慣れぬ女性が二人登場した。

 二人はマイクを持っている。

《さあGA一年の諸君、御機嫌よう! 長旅の疲れはないかあ?》

 メガネをかけた、やたらテンションの高い女性であった。

 躁病か?

 播磨はぼんやりとそう思う。

《私はGAのOGで、現在大学生のキムラです》

《同じく、オオコウチですわ》

 隣りにいる女性は大人しそうな外見で、喋り方もおっとりしていた。

《さあ、GAの合宿ということでタダでは済まないことはわかっているな?》

(マジで)

 播磨の不安は高まる。

《今回も二人一組のチームを作り、そのチームで争ってもらいまーす!》

(な、なにいいいい!?)

 播磨は驚いたが、それは他の生徒たちも同様であった。

297: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:47:03.89 ID:8slz/FIvo

《今回様々なGAに関する勝負を行ってもらい、優勝者には豪華景品、そして二学期からの成績優遇もあるそうです!》

「うおおおおお!!」

「マジでえ?」

「おい、どういうことだ」

 ざわつく関係者。

《しゃらあああっぷ! 静かにしなさい。それではこれからチーム分けを発表します》

「好きな者同士じゃダメなんですか?」

 誰かが聞いた。

《そんなことしたらボッチになる子が出てくるでしょうが!》

《タカコ、はっきり言い過ぎですわ》

 隣の女性がポツリと言う。

《ああゴメン。ウソウソ。戦力に差が出ないように、個々人の一学期の成績を元に
先生たちがチーム分けをしてくださいました》

「ええええええ!?」

(だ、誰だ。できればノダちゃんがいい!)

 播磨は密に期待する。

 ここでコンビになれば、相手と仲が良くなることは必然。

《それじゃあこれから、パートナーを発表しまーす! 相手は、こちらに書かれていまああす!!》

 そう言うとキムラはA4の紙を持ち出した。

 そこには――




   *

298: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:47:52.06 ID:8slz/FIvo



 【ナイスコンビ?】


「播磨……」

「お前ェか」

 ナミコの目の前には、先ほど全裸を目撃したサングラスの男が一人。

「何でよりによってアンタなんだよ」

「じゃあ代えるか」

「なに!? あたしじゃ不満なの?」

「どっちだよ……」

 播磨は戸惑っているようだ。

 それもそうだろう。

 ナミコもあんなことがあった後なので、どう接していいのかわからなかった。

(このままの状態じゃ気まずいよな)

 とりあえず、話をしてみることにした。

「な、なあハリマ」

「なんだよ」

「あんた、その、あんなこと……、他の人にやったことあるの?」

「ぶっ、あるわけねェだろ! 何言ってんだ。アレは緊急事態だから」

「そ、そうだよな」

299: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:48:33.46 ID:8slz/FIvo

「まだ怒ってんのか」

「当たり前だろ、あんなこと……」

 再び思い出す。

 思った以上に筋肉質だった播磨の身体……。

「ああもう」

 記憶を振り払うようにナミコは首を振る。

「あたしも女だ。犬にかまれたと思って吹っ切る」

「俺は犬かよ」

「それよか、他のメンバーは……」

 そう言って、ナミコは他の生徒たちを見た。

 キサラギは大道雅(キョージュ)と組んでいるようだ。

 これは順当なコンビか?

「が、頑張りましょうキョージュさん」

「うむ。やるからにはトップ」

 トモカネは留学生のマリと一緒だ。

「トモカネさん。マリ楽しみです」

「そうだな! 体力勝負なら任せろ」

 勝負事は好きなトモカネなら、こういうイベントも大好きだろう。

300: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:48:59.39 ID:8slz/FIvo

 他のメンバーは、

「ノダさん、よろしくね」

「よろしく冬木くん」

「写真撮ってもいい?」

「ノダちゃんは高いよー!」

 カメラ小僧の冬木はノダミキとコンビを組まされたようだ。

 基本的にGAには男子生徒が少ないので、男女ペアになる例も多いのだが、

「何で俺と大鉄なんだよ!」

「すまん今鳥」

「いや、大鉄は悪くないけど」

 今鳥と大鉄。なぜか男同士で組まされている例もある。

(注意すべきは雅とキサラギのコンビかな。体力勝負ならトモカネに警戒か)

 ふとナミコが播磨のほうを見ると、彼は冬木とノダミキのコンビを見ていた。

(ノダミキか。勝利のために何でもするって感じだから、あいつも注意しておいたほうが
いいかな)

 こうして、GA内におけるチーム対抗戦が始まるのだった。


 

   *

301: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:49:45.30 ID:8slz/FIvo



 【クイズ】


 チームの顔合わせが終わったら、さっそく行事が開始された。

《さて、最初の勝負は、『ビーチフラッグクイズ大会』いいーえーいいい!!》

「ビーチフラッグクイズ?」

 全員が顔を見合わせる。

《ルールは簡単、先ほど決まったコンビで、片方が答える役、そしてもう片方が砂浜を走って
旗を取る役をやってもらいます。

この旗(フラッグ)を取った人のチームが回答権を得ることができます》

「よっしゃあ! 体力勝負ならこっちのもんだ」

 と、はりきるトモカネ。

《ただし、公平を喫するために回答者と旗を取る役の人はずっと同じではいけません。交代してください》

「ええ? めんどいなあ」

《ルールは通常のビーチフラッグスと同じです。ただし、男子は二十メートル、女子は十五メートルで行います。

また、旗を取ったチームが間違えた場合は、その先に用意してある青い旗を取ったチームが回答を引き継ぐ
ことができます》

 そんなわけではじまったビーチフラッグクイズ。

 ナミコと播磨のコンビは、最初にナミコが走ることになった。

《では第一問、オランダ出身の後期印象派の画家で、『ひまわり』などの作品で知られる画家の名前は》

(もらった!)

302: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:51:08.49 ID:8slz/FIvo

 そう思いナミコは駆け出す。

 トモカネほどではないけれど、彼女も運動は得意だ。

 胸が大きいので、長距離走などは苦手だが。

「せりゃあ!」

 飛び込んで最初の赤いフラッグをゲット。

《最初の旗を取ったのは、ウサギさんチーム、野崎選手! 

さあ、チームメイトの播磨くん。答えをどうぞ》

「え、ええと。岡本太郎?」

《不正解!!!》

「おいちょっと待てハリマァ!」

 砂まみれになってしまったナミコが播磨に詰め寄る。

「うわ! やめろ野崎」

 そして播磨のTシャツの衿の辺りを掴んだ。

「お前、ゴッホなんてGA以前に一般常識レベルだろうが」

「んなこと言われても、外国人の話とか知るかよ」

「そんなんでよく合格できたな。くそっ」

 ナミコは手を離す。

「次はハリマだから。一位とれよ」

 知識の点で播磨は当てにならない。

 そう思った彼女は自分が答える番に全部正解するつもりでいた。

《それでは第二問、1881年にスペインで生まれ、フランスで創作活動をし、
キュビズムなどを創始した芸術家の――》

(今度こそもらったあ!)

 ナミコはそう思った。

 フラッグスタート。

303: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:52:39.53 ID:8slz/FIvo

 播磨の身体能力は非常に高く、五メートルのハンデなどものともせずに第一位の
赤いフラッグを奪い取る。

《それでは野崎さん! 答えをどうぞ》

「パブロ・ピカソ」

《残念!!!》

「ええ? 嘘だろ?」

《野崎さん、問題はちゃんと最後まで聞きましょう『芸術家の本名はなに』です》

「本名?」

《それでは第二位チーム、大道さんどうぞ》

「パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・
ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・
ルイス・イ・ピカソ」

「わかるかああ!!」

 その後も奇妙な問題は続く。

《第四問、彩井学園高校の屋上にある風見鶏、実は犬なんですが、なぜ鳥ではなく犬なのでしょう》

「はあ!?」

《はい! フラッグ第一位は大道さんです。それではチームメイトの山口キサラギさん! 
答えをどうぞ!》

「学園長の干支が戌年だからです!」

《正解いい!!!》

「この問題作ったやつ誰だよ!!」

 ナミコの叫びがビーチに響く。



   *

304: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:53:26.31 ID:8slz/FIvo

 【犯 人】


 彩井学園美術室――

「ここでリーチやあ!」

「残念あーさん。通さないわ」

「ええ? ここでかあ」

「また水渕先輩のアガリ」

 美術部の三人と水渕を加えた四人で麻雀をしていた。

「そういえば、合宿と言えばクイズやねえ、ぶちさん」

「そうね、あーさん。懐かしいなあ」

「クイズなんてやるんですか、GA合宿」

 ダントツで最下位の奈良は聞いた。

「そうや。毎年な、上級生がクイズ問題を作る伝統になってるんや」

「へえ」

「今年はうちが作ったんよ、奈良くん」

「え」

「どないしたん」

「大丈夫なんですか」

「どういう意味やねん。うちの問題は簡単やで! GAの生徒なら解けて当たり前や。
今頃下級生たちは喜んどるわ」

「はあ……」



   * 

305: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:54:15.23 ID:8slz/FIvo


 【戦いは終わらない】


《織田信長や豊臣秀吉などの天下人に仕えた、唐獅子図屏風や洛中洛外図屏風
などで知られる安土桃山時代の画師といえば!》


「狩野永徳!!」

《おーっと! ここで播磨くん正解!!》

(何でコレは知ってるんだ?)

 日本史関係の問題には強い播磨の活躍もあって、何とかポイントを稼ぐことができた
ウサギさんチーム(ナミコ・播磨コンビ)。

 しかし大道雅の活躍もあって、順位はかなり離されてしまった。


《はい、ここで第一ラウンド終了おおおおおおお!》

 終わりのブザー(?)が鳴り響いた。

「やっと終わったか」

 そう言うと播磨は大きく息をつく。

「体中砂だらけだよもう」

 ナミコはTシャツの中に入った砂を払い出す。

「ん?」

「見るなよ」

「水着を着てんだろ?」

「でも見るな」

306: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:55:05.65 ID:8slz/FIvo

「恥ずかしがってんのか?」

「うるさい」

「ったく……」

 何だかんだいいつつ、二人は背中合わせの状態で砂の上に座り込んでいた。

(こいつはバカで不器用でムカツクやつだけど)

 Tシャツ越しに感じる播磨の体温と息遣い。

(一緒にいると、ちょっと安心できるかも……)

 そこまで考えてナミコは昼前のことを思い出す。

(危ない危ない。危うく気を許すところだった。男は狼。油断しちゃダメだナミコ)

 そう言うとすっと立ち上がった。

「おわっ!」

 バランスを崩して砂の上に倒れる播磨。

「どうしたっつうんだよ」

「いつまでも座ってるんじゃないぞ、ハリマ」

「もう回復したのか、早ェな」

「はいはい、次の集合だぞ」

「わーったよ」

 そう言って播磨も立ち上がった。



   *

307: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:55:45.55 ID:8slz/FIvo


《続いてのステージは、お絵かき当てクイズー!》

 メガネの司会者が、この暑さにも関わらず元気いっぱいに叫ぶ。

《わー、パチパチパチ》

《お絵かき当てクイズとは、実に簡単、こちらに用意したホワイトボードに、
こちらが用意したテーマで絵を描いてそれを当てるというクイズです!》

《あら、よくバラエティ番組でもやってますわね》

《時間制限があるので、限られた時間の中でいかにそれを絵で表現することができるか、
というのがこのクイズのポイントです》

《まさにGAにぴったりのクイズですわね》

《それでは第一回戦、パスは三回までOKでえーす!》

「あわわわ……」

 キサラギは緊張した面持ちでホワイトボードの前に立つ。

「よ、よろしくお願いします」

 彼女はそう言ってペコリと頭を下げた。

「キサラギ殿、落ち着いて」

「わ、わかってます」

 目の前の大道雅が励ます。

《それでは、第一問のテーマはこれ。ヒントは、歴史上の人物です》

(こ、これなら何とかなるかもしれません)

 キサラギは時代劇が好きなので、歴史上の人物の顔も多少知っている。

308: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:56:26.09 ID:8slz/FIvo

(さあ、誰でしょう)


〈 山縣有朋 〉

 ※ 明治の軍人、政治家。陸軍大臣、第三代内閣総理大臣などを歴任。


(ええええええ!!)

 いきなり壁にぶち当たるキサラギ。

(なんで伊藤博文さんとかじゃないんでしょうか。いや、顔は知ってますけど、
凄く記憶が曖昧。誰ですかこんな問題出したのは)

 そうは思いつつ、彼女はホワイトボードにペンを走らせる。

 時間が無いのだ。

(確か髭が生えてて、軍人さんの格好をしていましたね)

《はい時間切れええ!》

(……)

 出来は微妙なものであった。

(ごめんなさいキョージュさん)

《さあ、大道さん。答えは?》

「山縣有朋」

《正解!!》

「何でわかったんですかキョージュさん! 私でも微妙なのに」

「何となく。軍人っぽかったし」

309: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/23(月) 20:57:51.01 ID:8slz/FIvo

「それだけ?」

《さあ続いては大道さん!》

 攻守交代、ではなく答える側と描く側の交代だ。

(キョージュさんの絵なら安心ですね)

 キサラギはそう思った。

 周りの生徒たちも、雅の実力は認めておりこれは楽勝だろう、という雰囲気は漂っていた。

 しかし――

「こ、これは……」

《ヒントは、『△△で〇〇をする××』です!》

「……」

 ルール上、描き手は喋ってはいけないので、雅は描き終ってからずっとこっちを見ている。

(だ、誰なんでしょう。っていうか、いきなり難易度が上がっているじゃないですか。
私の時は人物名を答えるだけだったのに)

《さあ、山口さん答えを》

「あ、あの。パソコンでインターネットをしている、オジサン……?」

《ざんねーん!! 惜しかったあ!》

「え? 惜しいんですか?」

《惜しいね。正解は『パソコンでデイトレードをするなぎら健壱さん』でしたああ!!》

「何ですかそれはー!」

 一瞬、なぎら健壱の顔が思い出せなかったキサラギであった。




   つづく

315: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/24(火) 20:31:18.39 ID:RDHyYT7Ro




   第十五話 GA合宿(後編)

316: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/24(火) 20:31:48.63 ID:RDHyYT7Ro


 【夜のお楽しみ】


 狂乱のクイズ大会が終わり、少し早い夕食を終えた播磨たちは、完全に疲れ切っていた。

「おいい、全員八時に集合だとよ!」

「んだそれは……」

 鬱陶しいことに、入浴を終えてからもゆっくり休む機会はなかった。

 一瞬、体調不良を理由にテントで寝ていようかとも思ったけれどふと思いとどまる播磨。

(待て待て、これは風呂上りのノダちゃんを見られるチャンスではなかろうか)

 そう思った彼は俄然やる気を出す。

「元気だな、播磨は」

 顔が赤く日焼けして、さすがに疲労の色も隠せない大鉄。

「まあ、泣いても笑ってもあと一日だ」

「そうだな」

 播磨はノダミキのことを思いながら、宿舎へと戻って行った。



   *

317: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/24(火) 20:32:14.62 ID:RDHyYT7Ro

 【降霊、ではなく恒例行事】


「はい、では皆さん! ちゅーもーく!」

 昼間司会をやっていたメガネ女が叫ぶ。

 マイクは使っていないけれど、夜なので声がよく通った。

 あと、どうでもいい情報だが彼女たちは浴衣を着ていた。

「それではこれから、毎年恒例の肝試し大会を行いたいと思いまーす」

「毎年」

「降霊?」

「おい、野田。字が違わねェか」

「そっかあ」


 肝試し大会。

 それは臨海学校や林間学校では確かに恒例の行事だ。

 ルールは簡単、宿舎の裏手にある山の上の祠に置いてある紙に名前を書いて戻る。

 ただそれだけのことだ。

 別に怖くもなんともない。

 皆も楽しそうである。

 しかし、

「えええ? ど、どうしましょううう……」

 キサラギだけは顔を真っ青にして震えていた。

318: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/24(火) 20:32:46.25 ID:RDHyYT7Ro

「ああ、そうそう。この辺りにはね、昔から神隠しの伝説があるから。気を付けてね」

「神隠しいい」

 余計に怖がっていた。

 だが、キサラギ以外の生徒たちはそんな怪談話には興味は持っていなかった。

 彼らや彼女らが一番関心を持っていたことと言えば、そう肝試しの組み合わせだ。

 これは勝負ではないので、昼間と同じコンビである必要はない。

「肝試しの組み合わせについては、厳正なるくじ引きで行われます」

「ええー!」

 またしてもブーイング。

 しかし、

「……」

(まあいいか)

 播磨は思った。

 仮に好きな人とペアを組みたいと思ったとしても、直接ノダミキを誘うだけの自信も勇気も、
今の播磨にはなかったからだ。

 仮に変な奴と一緒になったら、無理やり今鳥辺りと交換させよう。

 そんなことを思いつつ彼はクジを引く。

(もし、ここでノダちゃんとペアになったら)

 播磨はそんな幸せな未来に思いをはせた。

319: ◆tUNoJq4Lwk 2012/07/24(火) 20:33:25.30 ID:RDHyYT7Ro

 一説によると、宝くじの一等を当てる確率は、宝くじを買いに行く時に交通事故に遭う
事態よりも確率が低いという。

 それでも人間とはバカな生き物で、買った時点では自分が特別だと思い込むものだ。

(頼む、ノダちゃん)

 そう思って振り返ると、

「播磨殿か」

「大道……?」

「ああ、私だ。今日は頼む」

「そ、そうだな」

 正直、知り合いで助かった部分はある。

 だが、彼女と一緒にいると、見えないものまで見えてきそうで正直怖い。

 その後、どう見ても意図的に組まれたと思えるペアが次々に完成していく。

「こ、今度こそ女子と組めると思っていたのに……」

 今鳥は泣いていた。

「ちょっと待て! 俺は女だぞ」

 そしてトモカネは怒っていた。

 播磨は別にこの二人には関心がなかったので、すぐに視線を外す。

「よ、よろしく響くん」

「お、おう。よろしく野崎さん」

 響大鉄はナミコと組まされたようだ。