前作 里志「昨日部室で何が起こったのか」 摩耶花「気になるわね」 

2: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:06:20.42 ID:La4hkDje0
放課後。古典部の部室には、わたし一人でした。

わたしは、花瓶に花を活けていました。

昨日、部室を整理していると、可愛らしい花瓶が出てきたので、ちょっと思い立ったのです。

花は、今朝家から持ってきたものです。これで部室も華やぐでしょう。

える「フ~ンフフ~ン♪ フフフフフ~ンフフ~ン♪ フフ~ン♪」

気付けば、鼻歌まで口ずさんでいました。

なにしろ今日のわたしは、ご機嫌なんです。

だって昨日は……、昨日は……。

いけませんいけません! 自分でも、顔がだらしなくにやけているのがわかります。

こんなところ、とても他人様にはお見せ出来ません。

でも……、でも……。

……今日は一日、これを抑えるので精一杯でした。

引用元: 奉太郎「38度9分か……」 

 

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3: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:07:00.37 ID:La4hkDje0
える「はぁっ」

花が形になったので一息吐き、窓の方へ向かいます。

窓を開けると、爽やかな春の風が舞い込んできました。

あまりの心地よさに、しばらく身を任せていると、突然部室のドアが開きました。

摩耶花「おーす、ちーちゃん。元気~?」

える「あ、摩耶花さん。こんにちは。はい、元気ですよ」

そして机の上の花に気付くと、言いました。

摩耶花「わぁ~、綺麗。ねぇねぇ、どうしたの?」

える「はい、昨日部室の整理をしていたら、この花瓶が出てきたんです。
  それで、花でも飾ろうかってことになったんです」

摩耶花「そっかそっか。うんうん、やっぱこういうのがあると、部室も華やぐってものよね」

4: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:07:32.39 ID:La4hkDje0
摩耶花さんは椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら、しばらく花に見蕩れているようでした。

やがて、指先で花びらを突付きながら、いたずらっぽく笑ってこう言いました。

摩耶花「ま、いくら綺麗な花を飾っても、あの朴念仁には猫に小判よね」

朴念仁。言うまでもなく、折木さんのことです。

摩耶花さんや福部さんは、時折こうして折木さんのことを、悪し様に言うのです。

える「ふふっ。いいえ、摩耶花さん。最初に花を飾ろうって言い出したのは、折木さんなんですよ」

摩耶花「ええ~~~っ!? あの折木が!? あ、あり得ないわまさかそんな……。
   ねぇ、冗談なんでしょ? 冗談って言ってよちーちゃん!」

摩耶花さん、いくらなんでもうろたえ過ぎです。

摩耶花「! まさかこの花も折木が!?」

える「いえ、それは今朝、わたしが……」

摩耶花「そ、そうよね。流石にそれは冗談が過ぎるってもんだわ……」

5: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:07:59.72 ID:La4hkDje0
摩耶花「にしても、折木がねえ……。やっぱり信じらんない」

流石は摩耶花さん。もう落ち着きを取り戻した様子で、続けます。

摩耶花「これは天変地異の前触れに違いないわっ!」

える「そんな……、大げさですよ。花瓶を見たら、花を活けようと思うのは、ある種当然の成り行きです」

摩耶花「そりゃそうなんだけど……。な~んか、腑に落ちないのよねえ」

そこで会話は途切れ、しばしの沈黙が訪れました。

沈黙を破ったのは、摩耶花さんでした。

摩耶花「ねえ、ちーちゃん」

える「はい」

摩耶花「昨日さ、何かあった? ……その、折木の奴と」

今度はわたしが驚く番でした。

6: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:08:41.39 ID:La4hkDje0
える「えぇっ!? どどどど、どうしてですかっ!?」

声が裏返ってしまいました。

でもでも、摩耶花さんが来てからは、ニヤニヤしたりしてませんでしたし、気取られるようなことはしてないはずですっ!

そういえば以前、折木さんに言われたことがあります。

『お前は、思ってることがすぐ態度に出やすい』

昨日のことも、全部わたしの顔に書いてあったりしたんでしょうか?

摩耶花「やっぱり。て言うか落ち着いて! ちーちゃん」

摩耶花さんは、慌てふためくわたしを、必死になだめようとしてくれます。

そうです。とにかく落ち着かないと。

こういうときは、深呼吸です。

すぅーーー、はぁーーー、すぅーーー、はぁーーー、すぅーーー、はぁーーー。

摩耶花「どう? 落ち着いた?」

はい、何とか。

それでも、その言葉は声にはなりませんでした。

7: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:09:14.65 ID:La4hkDje0
える「……あの、摩耶花さん」

摩耶花「ん?」

える「どうして……、わかったんですか? わたし、そんなにわかりやすい性格してるでしょうか……」

摩耶花さんはニヤリと笑うと、うーん、と唸って天井を見上げました。

摩耶花「……何となく、ね」

える「え?」

摩耶花「ほんとに何となくなんだけどね。今日のちーちゃん、折木のことを話すとき、何だか熱の篭ったしゃべり方だったから」

える「……」

摩耶花「あとは、折木が『花を飾ろう』って言ったってのも、ポイントかな?
   わたしには、折木が花瓶を見ただけで、『花を飾ろう』なんて言う奴には思えないんだ。
   ここは折木の奴にも、何らかの心境の変化があったと見たわけね。
   例えばだけど、照れ隠しに言った、とかいうなら、わからなくはないから」

……そう、そうです。確かに昨日、折木さんが花を飾ろうと言ったのは、その……、事後、でした。

流石は摩耶花さんです。よく人を見ています。

8: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:09:53.83 ID:La4hkDje0
摩耶花「で? で? 何があったの? まさか折木の奴に告白されたとか!?
   ……いやそれはないか。あの省エネ主義者が進んで色恋沙汰に精を出すわけないもんね。
   え? 何? じゃあちーちゃんの方から迫ったの!? きゃーーー!!」

あの……。

摩耶花「……あ。ゴ、ゴメンね。何か白熱しちゃって。ちーちゃんが言いたくないなら、言わなくていいのよ。
   無理には、訊かない」

そう言って摩耶花さんは、バツが悪そうに笑います。

わたしは、昨日のことを、摩耶花さんに話そうと思いました。

昨日、折木さんとしてから、わたしの胸の中に、かすかな“痛み”が同居を始めました。

嬉しくて、幸せで仕方ないのに、痛いんです。

放っておけば、忘れてしまいそうなくらい、小さなものでしたが、わたしはそれが、気になりました。

摩耶花さんに話すことで、少しは和らぐかもしれない。そんな期待がありました。

それに、摩耶花さんは自分の好奇心より、わたしの気持ちを優先してくれました。

『この人に話したいな』そう思わせてくれたんです。

9: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:10:32.87 ID:La4hkDje0
わたしと摩耶花さんは、並んで椅子に腰掛けました。

える「昨日の放課後は、部室にはわたしと折木さんの二人だけでした。
  わたしが来たときは、既に折木さんがいて、いつも通り折木さんは、椅子に座って本を読んでいました」

摩耶花「いつもの光景ね」

える「はい。それでわたしが、たまには部室の整理をしようと言い出したんです。
  折木さんは、最初は嫌がっていましたが、最終的には渋々ながらも、手伝ってくれたんです」

摩耶花「あいつもものぐさだからねー。ま、腰を上げただけでも上出来ね」

える「そのときに、この花瓶も出てきたんですよ。折木さんが見付けたんです。
  そして整理整頓が終わって……。実は恥ずかしながら、そのあと何を話したのか、詳しくは覚えていないんです。
  他愛のない、とりとめのない話をしました」

摩耶花「ふふっ。わかる。ちーちゃんたち、いつもそんな感じだもん」

える「そ、そうでしょうか。それで例によって、何か気になることがあったんでしょうね。
  わたしが折木さんに、詰め寄ったんです。顔をこう、近づけて……。
  最初折木さんは、文庫本に目を落としたまま、気のない返事をするばかりでした。
  でもやがて、わたしのしつこさに観念した様子で、やっとこちらを向いてくれたんです」

摩耶花さんは何がおかしいのか、笑いを噛み殺した様子で、わたしの話を聴いています。

10: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:11:10.56 ID:La4hkDje0
える「そこからです。何だかいつもと調子が違ったのは。
  そうです。折木さん、いつもはわたしの方を見ても、チラチラと視線を外すことが多いんですが、そのときは……」

摩耶花「?」

える「その、真っ直ぐわたしの眼を見つめて、話をしてきました。よっぽど自信があったんでしょうか。
  とにかく、わたしも負けじと、折木さんの眼を見つめ返しました。気迫だけでも、負けてはいけないと思ったんです。
  やがて折木さんの話は終わりましたが、わたしたちは、見つめ合ったままでした。
  いえ、にらみ合っていた、といった方が正しいかもしれません。そうしてしばらく経ちました」

わたしは、話のラストスパートに向けて、ほうっ、と息を吐きました。

摩耶花さんも、もう笑うこともなく、真剣に話を聴いてくれています。

える「だんだん頭がぼうっとしてきました。多分折木さんもそうだったと思います。眼が虚ろでしたから。
  何分くらい、そうしていたでしょうか。5分? 10分?
  もっと長かったような気もしますし、本当はもっと短かったのかも知れません。
  そして、わたし達は……」

摩耶花「ゴクッ……」

える「どちらからともなく、顔を寄せ合って、そ、その……。くち、唇と唇を、重ね合わせたんです……」

11: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:11:46.61 ID:La4hkDje0
こうして改めて思い返すと、顔から火が出そうです。多分今、わたしの顔は真っ赤でしょう。

える「その後は至って普通でした。そんなことがあったのに、わたしも折木さんも、何事もなかったかのように振舞いました。
  帰り際、折木さんが言いました。そのときの会話だけは、何故だかよく憶えています。
  『なあ、さっき花瓶が出てきただろ。あれに花でも活けたらどうだ?』
  『いいですね。折木さん、どんなお花がいいですか?』
  『千反田に任せる。俺は花に詳しいわけじゃないからな』
  『わかりました。明日早速持ってきます。楽しみにしててくださいね』」

以上です。小さく言うと、摩耶花さんは。

摩耶花「そっか」

同じく小さく呟きました。

12: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:12:22.92 ID:La4hkDje0
摩耶花「ちーちゃんは、折木のことが好きなのね」

える「……」

……そう、なんでしょうか。いえ、そうなんでしょうね。

折木さんとキスをしたことが嬉しくて、舞い上がってしまったわたし。

もとより客観的に見れば、明らかなことでした。

摩耶花さんにお話ししたことで、わたしの、折木さんへの気持ちが、はっきりと、形を成していくようです。

と、同時に、胸の痛みが大きくなっていって……、わたしは……。

摩耶花「ちーちゃん? 泣いてるの?」

泣いてません。返事は、嗚咽で言葉になりませんでした。

える「ふっ、ふえええぇぇっ、うわあああぁん」

摩耶花さんは、黙って肩を抱いていてくれました。

13: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:12:56.77 ID:La4hkDje0
える「おっ、お見苦じいところを、ひくっ、お見せしましたぁ」

摩耶花「ううん。ほら、涙拭いて」

そう言って、摩耶花さんは、ハンカチを差し出してくれました。

ありがとうございます。―――――ちーーーん。

える「………………、ふぅ」

泣いたことで、わたしの心は晴れやかでした。いつの間にか、胸の痛みも消えていました。

える「すみません、摩耶花さん……。ハンカチ、洗ってお返ししますね」

摩耶花「落ち着いたみたいで、よかった。どう? スッキリしたでしょ」

える「はい、とても」

摩耶花さんは、優しい笑顔を向けてきました。わたしも、笑顔で応えました。

14: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:13:26.09 ID:La4hkDje0
わたしは、折木さんのことが、好きです。

昨日のことは、わたし、一生忘れないでしょう。そして、今日のことも。

摩耶花「……さてと、それじゃ、わたしそろそろ」

える「え、もうお帰りですか?」

摩耶花「うん。このまま折木が来たら、なんか色々言いたくなっちゃいそうだし。それに……」

える「?」

摩耶花「ううん、何でもない。それじゃあね、ちーちゃん!」

える「さようなら、摩耶花さん」

そうして摩耶花さんは、元気よく部室を出て行きました。

……と思ったら、ヒョイと顔だけ覗かせて。

摩耶花「……あいつも、ちーちゃんのこと、好きだと思うな。言っとくけど、気休めじゃないから。じゃ、頑張ってね」

わたしは、自分の頬が染まるのがわかりました。

15: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:14:08.33 ID:La4hkDje0
その日の放課後、俺は図書室にいた。

といっても、特に用があったわけではない。何となく、古典部には足が向かなかったのだ。

……いや、何となくではないな。俺は自嘲気味に笑う。

決まっている。原因は昨日の千反田とのことだ。

バカなことをした、とは思わないが、何であんなことをしたのか、とは思う。

俺は百科事典のページを繰った。

……昨日。俺は、二人きりの部室で、千反田とキスをした。

千反田が迫ってきたわけではない。かといって、俺から求めたわけでもない。

何故だかそんな雰囲気になったので、どちらからともなく、というのが正しい。

昨日の、その後の様子から察するに、千反田は別に怒ったり、悲しんだりはしていないだろう。

というか、いつも通りだった。まったくいつもと変わることなく、俺と接していたのだ。

そのことが、今になって、俺の心をざわつかせている。

16: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:14:35.96 ID:La4hkDje0
いや、でもそれは、俺の望むところではないのか?

今どき、キスひとつで、惚れた腫れたでもあるまい。

何より俺は、自分の信条として、省エネ主義を掲げている。その心は。

『やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に』

キスしたからといって、何か変わらなきゃいけないことも、しなけりゃならないことも、ないのだ。

それは千反田だって同じだ。千反田は俺のように、省エネ主義を信奉しているわけではない。

だが、世間一般的に言っても、それは同じことだろう。

人は、変わりたければ変えようとするものだし、きっかけがあれば、変わっていくものだろう。

同じように、きっかけがあっても変わらないことも、いくらでもあるのだ。

千反田の態度は、そのことを雄弁に物語っている。

17: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:15:16.66 ID:La4hkDje0
俺はまた笑った。

俺は変わりたいのか? 何かを変えたかったのだろうか?

神山高校に入学して、俺は古典部に入り、千反田と出会った。

それ以来、いくつかの事件に遭遇し、自分で言うのもなんだが、俺はそれらの事件の解決に、主導的な役割を果たした。

それらは、まったく、やらなくてもいいことに違いなかった。

結果だけ見れば、俺は自分の主義に、大いに反し続けている。

だが事件の陰には、いつも千反田がいた。

不思議なことだが、千反田がいたから、もっと言えば、千反田の為に俺は事件に挑み続けたのだろうか。

18: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:15:49.38 ID:La4hkDje0
顔を上げ、息を吐くと、里志と目が合った。

奴は、頭を掻き、ニコニコ笑みを浮かべて、近づいてくる。

こいつ、さては今まで、俺を観察していたな?

里志「やあ、ホータロー。辞典を眺めながら、独りでニヤニヤするのは、いい趣味とは言えないね」

奉太郎「やっぱり見ていたのか……。お前こそ、趣味が悪いな」

里志「ゴメンゴメン。悪いとは思ったんだけどね、面白かったんで、つい、ね」

まったく、見世物じゃないぞ、と呟きながら、ふと、さっき思ったことを訊いてみる気になった。

奉太郎「なあ、里志。お前はこの一年で、俺が何か変わったと思うか?」

里志は、一瞬きょとんとしたが、すぐに元の顔に戻って言った。

里志「う~ん、正直ね、この一年で、ホータローに意外と思わされたことは何度かあったよ。
  でもホータローはやっぱりホータローだよ。基本的には変わってないね」

奉太郎「そうか……」

19: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:16:17.61 ID:La4hkDje0
里志「何だい? 千反田さんと何かあったのかい?」

ぐっ、鋭い奴め。

奉太郎「いや、何かってわけじゃない……」

あいまいな返事をする。

奉太郎「お前はこれから古典部に?」

里志「いや、今日は別の用事があるんだ。と言っても、急ぎじゃないから、親友の生態観察に勤しんでいたわけさ」

奉太郎「お前は、伊原の観察でもしてろよ」

里志「ハハハ、それは勘弁。そう言うホータローこそ、部活には行かないのかい。
  外はこんなに晴れてるのに、帰りもせず、部活にも行かないなんて、ホータローらしくないじゃないか」

奉太郎「たまには、蓄えられた知を取り込む行為も、悪くないと思ってな」

里志「そうかい。ま、したいことをするのが、一番いいよ。
  それじゃ、僕はそろそろ行こうかな……」

見送ろうと、手を上げようとすると、思い出したように里志が言った。

20: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:17:02.19 ID:La4hkDje0
里志「そう言えば登校するとき、千反田さんを見かけたんだけど、手に花束を持っていたな。
  あれ、どうしたんだろう」

ああ、それはな、と言いかけたところで言葉を飲み込む。

本当に持ってきたのか。確かに、今日持ってくると言っていたが……。

いや、千反田はちょっとしたことでも、いい加減なことを言う奴ではない。

今日持ってくると言ったら、最初からそのつもりだったのだろう。

里志は、そんな俺の様子を見ていたが、やがて言った。

里志「じゃ、行こうかな。ホータロー、考え事もいいけど、たまには自分の思う様生きてみるのもいいんじゃないかな。
  それじゃあね!」

奉太郎「ああ、じゃあな」

どうやらお見通しだったようだ。俺も、人のことは言えないかも知れないな。

21: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:17:40.93 ID:La4hkDje0
奉太郎「さて、どうするか……」

とは言ったが、答えはもう、決まっているようなものだった。

古典部に行こう。

……もう少し、自分の考えをまとめてから。

里志はさっき、『自分のやりたいことをやれ』というような意味のことを、言った。

やりたいこと。

俺の生活信条には、登場しない言葉だ。

しかしだからといって、俺は全ての事柄を、やらなくていいことか、やらなければいけないことか、で処理してきたわけではない。

伊原や里志が、よく俺のことを、『何の趣味も目的もない、つまらない男』のように言うことがあるが、それは全面的には正しくない。

ちなみに里志の場合は、半分冗談だが、伊原は本気で言っているかも知れない。

だが俺とて、人生に何の楽しみも感じていないかといえば、そうではない。

22: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:18:10.06 ID:La4hkDje0
趣味は強いて言えば、読書がそうだと言えるだろう。

テレビや映画は観るし、音楽だって聴く。

それに学校で、部活動にも入っている。

美味いものを食べれば、美味いなと思うし、四季の移り変わりや、風景に趣を見出したりもする。

この一年で関わった事件だって、千反田のせいにするのは簡単だが、最終的には俺がそうしようと思ったから、関わったのだ。

昨日のことだってそうだ。多少雰囲気に流された感はあるが、俺は千反田と、キスがしたいと思ったから、した。

そう。やりたいことだったから、やったのだ。

そして今、俺は千反田に会いたいと思っている。千反田は、まず部室にいるだろう。ならば俺も、部室に行けばよい。

しかしそこで、俺の心は再びざわついた。

その正体に、俺はもう気付いていた。

23: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:19:03.23 ID:La4hkDje0
俺が、いくら千反田とキスをしたいからといって、いくら会いたいからといって、千反田にその気があるとは限らない。

昨日は偶然そうなっただけだ。現に昨日の、その後の千反田の態度は、芳しいものではなかった。

あれは、俺と気まずくなるのを避けていたのだろうと思える。

俺はみたび笑った。

ここまで来ると、もう認めざるを得ないだろう。

俺は、千反田えるのことが、異性として気になっているようだ。好きと言っても、いいかも知れない。

だから千反田に、そのことで拒絶されるのが、怖かったのだ。

けど、別にそれでいいじゃないか。

千反田が、俺のことをどう思っていようと、俺が千反田に会いたいと思うことには、何の関係もない。

もちろん、千反田の意思を無視してまで、自分を押し通すことはしないが。

千反田は、いつものように、接してくれるだろう。

24: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:19:32.32 ID:La4hkDje0
俺は百科事典を、元の棚に戻してくると、カバンを肩に掛けた。

確かに、千反田が俺の気持ちを受け入れてくれるなら、それはどんなにか嬉しいことだろう。

しかしそのためには、兎にも角にも、千反田に会わなければ始まらない。

幸い俺は、千反田に会いたいと思っている。ならばもう、迷うことは何もない。

自分のしたいことを、するだけだ。

そうして俺は、この後千反田に会ったときの会話を、頭の中でシミュレートするのだった。

25: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:20:15.10 ID:La4hkDje0
ガラガラ

部室のドアを開けると、千反田はそこにいた。

少しホッとする。

だが千反田は、俺がドアを開けると同時に、顔を背けて窓辺の方に行ってしまった

26: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:20:45.94 ID:La4hkDje0
なんだろう? と、少しいぶかしげに思うが、俺の目はそこで机の上の花瓶と、それに活けられた花に向く。

奉太郎「へえ、いいじゃないか」

える「えっ?」

奉太郎「花、飾ったんだな」

える「あ、ああ、そうですね。ありがとうございます」

27: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:21:29.21 ID:La4hkDje0
千反田は、顔を窓の外に向けたまま、答えた。

なんだ? やっぱり様子がおかしい。

……昨日のことを、気にしてるのか?

奉太郎「なあ、千反田」

える「はい」

28: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:22:10.18 ID:La4hkDje0
千反田は、やはり顔を俺の方に向けることなく、答えた

……何てこった。

昨日あの後普通だったから、大丈夫だと思ってたのに。

千反田は明らかに機嫌を損ねている。

おれは、暗澹たる気分になった。

29: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:22:49.06 ID:La4hkDje0
とりあえず、いつもの椅子に腰掛ける。

正直、どうしていいものか、分からなかった。

それにしても、千反田に冷たくされるのが、こんなに堪えるとは思わなかった。

謝るべきだろうか?

30: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:23:28.35 ID:La4hkDje0
奉太郎「あ、あのな……」

ダメだ! 声が震えているのが自分でも分かる。

だが言わねば。

奉太郎「昨日は、その、なんと言うか、す、すまなかった」

える「……」

31: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:24:05.42 ID:La4hkDje0
奉太郎「突然あんなことされたら、そりゃお前でも怒るよな。
   俺がバカだったんだ。こんなこと言うのはムシが良すぎると、自分でも思う。
   昨日のことは忘れて、その、今まで通りに振舞ってくれないか?
   もうあんなことはしない。約束する」

える「!」

言ったぞ。これで許してくれるかは、千反田次第だが……

32: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:24:39.30 ID:La4hkDje0
千反田の方を向くと、肩が震えている。

何だ? 笑っているのか?

と、突然千反田は、振り向きざま俺の横を、走ってすり抜けようとする。

奉太郎「まっ、待ってくれ!」

俺は反射的に、千反田の手首を掴んだ。

33: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:25:15.47 ID:La4hkDje0
える「離して! 離してください!」

違う

今分かったが、千反田は笑っていたのではなかった。

千反田は泣いていた。

奉太郎「な、何で泣くんだ」

える「……折木さんには関係のないことです」

34: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:25:52.90 ID:La4hkDje0
奉太郎「ばっ、関係ないことあるか! 俺が……、俺が昨日バカなことをしたから……」

千反田は俯いたまま、かぶりを振る。

える「それ以上言わないでください……」

奉太郎「と、とにかく俺の話を聴いてくれ!」

える「ごめんなさい、ダメなんです」

35: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:26:32.18 ID:La4hkDje0
奉太郎「分かった、分かった。とりあえず涙を拭いてくれ。
   それと、頼むから逃げないでくれ。
   お前が俺の話を聴きたくないっていうなら、俺がお前の話を聴くから」

える「うっ、うっ、うわあああん」

千反田はその場に泣き崩れてしまった。

俺はその様子をただ呆然と、見ていることしか出来なかった。

36: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:27:02.98 ID:La4hkDje0
ひとしきり泣いて、千反田は少し落ち着いたようだった

それにしても、この場に里志や伊原がいないで良かったと思った

まるで痴話喧嘩だ。何を言われるかたまったもんじゃない。

える「……その、ごめんなさい。取り乱してしまって」

奉太郎「いや……、いいんだ。悪いのは俺だからな」

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/11(火) 20:27:47.87 ID:La4hkDje0
える「いいえ、折木さんは何も悪くありません。
  全てわたしの問題ですから」

そういうと、千反田は、今日初めての笑顔を俺に向けた。

だが、その表情は相当無理をしているのがありありだった。

そしてそのまま、しばしの沈黙が訪れた。

38: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:28:22.40 ID:La4hkDje0
沈黙を破ったのは、千反田。

える「その、どこから話したものか……」

奉太郎「なあ、千反田。俺にはよく分からないんだが、お前の問題とはどういうことだ?
   お前は、昨日のことで怒ってたんじゃないのか?」

千反田は一瞬きょとんとして、言った

える「いいえ、怒っていませんよ。そもそもあれは、折木さんが一方的に、無理やりしたことではないですから」

39: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:29:08.01 ID:La4hkDje0
確かにそうだ。だが怒ってないって?

奉太郎「じゃ、じゃあ何でさっき俺が部室に入ってきたとき、俺にそっぽを向いてたんだ?
   俺は、てっきり……」

そう言うと、千反田は俯いた。

える「……わたしの身勝手で、折木さんを傷つけてしまっていたんですね。
  本当に、ごめんなさい」

40: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:29:42.06 ID:La4hkDje0
はあ? ますますわけが分からない。

千反田はかすかに頬を染めて言った。

える「その、さっき折木さんの方を向かなかったのは、な、泣きあとを見られたくなかったからです!
  どうして泣いていたかについては、すみません、黙秘させてください」

ペコリと頭を下げる千反田。

奉太郎「え? 泣いていたのは、今だろう?」

41: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:30:17.86 ID:La4hkDje0
すると千反田は、ますます頬を染めた。

える「いえ、その、さっき折木さんが来る前に少し泣いていたんです……
  あの、これ以上は……」

ああ、そういうことか。千反田は俺が来る前に泣いていて、俺が来たときにはまだ腫れていた泣き顔を見られたくなかったということか。

それで俺の方を向かなかったのか。

やっと得心する。

42: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:30:50.05 ID:La4hkDje0
いや、まだだ。まだ最大の謎が残っている。

奉太郎「それじゃあ、最後の質問だ。
   どうして俺が昨日のことを謝ったら泣き出したんだ?
   正直わけが分からなくて、戸惑ってるんだ」

いつの間にか、俺が千反田を問い詰める形になっているが、気にしない

俺は真実が気になるのだ。

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/11(火) 20:31:40.48 ID:La4hkDje0
千反田はそこでまた、顔を曇らせた。

胸が少し、チクリと痛んだ。

える「それは……。
  あの、どうしても言わなきゃダメですか?」

俺は黙って頷く。千反田には酷な話なのかもしれないが、このままにはしておけない。

千反田は諦めたように溜め息を吐くと、言った。

える「わかりました。お話します」


44: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:32:21.34 ID:La4hkDje0
生唾を飲み込む。二人の間に緊張が走る。

える「わたしが泣いたのは……、わたしが折木さんのことを好きだからです。
  折木さんの言葉が、悲しかったからです!」

千反田はまた泣いていた。

える「……バカなことじゃ、ないです。わたし、折木さんとキスしたことが嬉しくて、
  ひくっ、それなのにもうしないって言われて、悲しくて、我慢できなくて、
  うううっ」

俺は今度こそ自分の愚かさを呪った。

45: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:35:09.33 ID:La4hkDje0
何てことだろう。俺は自分のことしか考えていなかった。

決して望んだことではなかったのに。

俺がしたことは、目の前の少女を泣かせ、あまつさえ、秘めていた心の内を白日の下に曝け出すことだった。

なんて馬鹿野郎なんだ、なんて……。

俺は泣きじゃくる千反田と向き合って、呆然とすることしか出来なかった。

46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/09/11(火) 20:35:48.81 ID:La4hkDje0
10分ほど経った。

俺はまだ呆けていた。

千反田は既に泣き止み、今は鼻をかんでいた。

その表情がどこか晴れやかだったのがせめてもの救いだろうか。

千反田は俺に向き直ると、今度は明るい笑みを浮かべて言った。

える「あの、折木さん。本当に折木さんが気にすることはないんですよ。
  最初からわたしの心の問題なんですから。
  ちょっと悲しかったけど、もう大丈夫です。
  ですから、その、わたしと今までと変わらず接してくれませんか。
  この上他人行儀になられては、それこそわたし、立ち直れなくなっちゃいますから」

あくまで冗談めかして言う千反田。

俺は……。

47: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:36:31.80 ID:La4hkDje0
奉太郎「すまん、千反田。やっぱり俺は馬鹿だった」

える「折木さん、それは……」

奉太郎「いや、言わせてくれ。本当に自分でも呆れるくらいなんだ。
   折木奉太郎は大馬鹿野郎だ。それこそ里志なんか足下にも及ばないほどだな」

おどけて言ったので、千反田はクスリと笑う。

える「はい、そういうことにしといてあげます」

48: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:37:33.58 ID:La4hkDje0
奉太郎「さっきお互い、今まで通り付き合おうって言ったな。
   あれは無しだ」

途端千反田の顔が曇る。

ここからが肝要だ。

奉太郎「いや、そんな顔をするな。今までの付き合いを基に、新しい関係を築こうって言ってるんだ」

千反田が首を傾げる。

える「あの、それはどういう……?」

奉太郎「本当はお前に言わせるつもりはなかったんだけどな。
   俺の話も聴いて欲しい。
   千反田、俺はお前が好きだ。よかったら俺の彼女になってくれないか」

千反田は首を傾げたまま固まった。

奉太郎「その、な。俺のような馬鹿な男に愛想が尽きていなければ、の話だが」

49: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:38:12.29 ID:La4hkDje0
見ると千反田は深呼吸をしている。

何やってるんだ、と言おうと思ったら千反田が先に口を開いた。

える「本気、ですか?」

奉太郎「冗談でこんなことは言わない」

すると千反田の瞳が見る間に潤んで……。

困った。千反田は目の前で泣いている。

これは嬉しくて泣いているんだよな?

そう訊くこともできず、俺はオロオロする。

50: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:38:43.82 ID:La4hkDje0
本当なら、胸でも貸すべきなのだろうが、それはすごく照れ臭い。

ええい。俺は千反田の両肩を掴んだ。

奉太郎「ちっ、千反田! その、俺は……」

千反田は泣きながら、何度も頷く。

よかった。拒絶されてるわけではないようだ。

そう思うと肩の力が抜け、俺はごく自然に千反田の肩を抱いた。

51: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:39:16.57 ID:La4hkDje0
しばらく経って、千反田は泣き止んだが、まだ俺の腕の中にいた。

このまま放してしまうのは、何だかもったいない気がする。

俺は少し千反田を抱く腕に力を込める。

すると千反田もその腕を俺の胴に回してきた。

ううっ。女の子と抱き合うってのはこんなにゾクゾクするものなのか。

俺達はしばらくそのままで、夕暮れの部室に佇んでいた。

52: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:39:50.67 ID:La4hkDje0
そろそろ下校しようかというときになって、千反田が言った。

える「ねえ、折木さん。キス、しませんか?」

奉太郎「はあっ!?」

思わず声が上ずってしまった。いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

える「いやですか?わたしは、したいです」

いやではない。決していやではないのだが。

奉太郎「夕日が綺麗だな」

える「折木さんっ!」

千反田が上目づかいで睨んでくる。

奉太郎「分かった、分かったよ。じゃあしようか」

千反田が嬉しそうに忍び寄ってくる。

俺はエネルギー消費の少ない人生に心の中で敬礼した。

二度目のキスは、涙の味がした。

53: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 20:41:10.26 ID:La4hkDje0
ここまでが前回の分
ご飯の時間なので、新しいのはまた後ほど投下します

56: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:24:28.70 ID:La4hkDje0
あれ? トリップが反映されてないスレがある…

まあいいか
ではぼちぼち行きます

57: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:25:43.49 ID:La4hkDje0
その夜、わたしは自分の部屋の窓から、星を眺めていました。

もう春ですが、夜ともなると、まだ結構風が冷たいです。

える「はぁ……」

今日は色々なことがありました。

摩耶花さんに、好きな人の話をしました。

折木さんと、ちょっとした言い合いをしました。

少し……、たくさん、泣きました。

そして……、そして……。

いけませんいけません! あのことを思うと、どうしても顔がにやけてしまいます。

誰も、見ていませんよね……?

58: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:26:56.84 ID:La4hkDje0
わたしは、顔を横に振って、元の顔を取り戻します。

……だ、ダメです。にやけずにはいられないです。

……だって、だって折木さんが、わたしのことを好きだって……。

……わたしに、か、かの、彼女になって欲しいって……。

もっとも、そこに至るまでには、紆余曲折あったのですが……。

でも、もうそんなことは、どうでもいいんです。

改めて、わたしは折木さんのことが好きです。

わたしの胸の中には、折木さんへの想いが溢れて、穏やかで、幸せな気持ちでいっぱいでした。

今夜はよく眠れそうです。

える「おやすみなさい……」

わたしは、誰へともなく声を掛けると、布団をかぶりました。

59: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:27:48.46 ID:La4hkDje0
夜。風呂から上がると、俺は自分の部屋で、今日のことを反芻していた。

今日、俺は千反田に自分の気持ちを伝え、千反田はそれを受け入れてくれた。

もっとも、最初に言ったのは千反田の方だったのだ。

俺の至らなさのせいで、千反田に言わせてしまった。

それを聞いて、俺だけ言わずにいることは出来なかった。

奉太郎「……彼女、か」

今日、俺と千反田の関係は、新たな局面を迎えた。

それはとりもなおさず、俺の省エネ生活に変化の節目が訪れている、ということでもあった。

今日の、千反田とのキス以来、俺を不思議な高翌揚感が包んでいる。

俺は、変わらなければならない。

60: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:28:36.22 ID:La4hkDje0
奉太郎「ははっ」

変わる? 俺が?

そんなこと、出来るのだろうか。

この省エネ主義の権化たる、折木奉太郎が変わるだって?

だが千反田の為なら、あるいは、と思った。

こんな気持ちは、前にも感じたことがある。

そう、あれは千反田に傘を差した、生き雛まつりのときだったか……。

まぁ、焦る必要はないよな。必要とあらば、ゆっくりと変わっていけばいいんだ。

きっかけは訪れた。あとは俺と千反田次第だ。





喉が渇いたので、俺は何か飲み物を探しに、台所へ下りて行った。

61: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:29:42.19 ID:La4hkDje0
次の日の朝、わたしは、いつもより少し早く登校して、正門前に立ちました。

もちろん、折木さんが来るのを待つためです。

特に用事があるわけではないのですが……。

一刻も早く、折木さんに会いたかったのです。

折木さんは、こういうこと嫌がるかな、とも思ったのですが、自分の気持ちを優先しちゃいました。

……少しくらいなら、許してくれますよね?





だんだんと、登校してくる生徒が増えてきました。

あっ、あれは摩耶花さんです。

62: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:30:47.37 ID:La4hkDje0
摩耶花「おっはよー、ちーちゃん」

える「おはようございます、摩耶花さん」

摩耶花「ね、ね。昨日はあれから何か進展あった?」

える「ええ。そ、その……」

人目もあるので、言いよどんでしまいます。

摩耶花さんは、そんなわたしの様子で察してくれたのか。

摩耶花「うん。じゃ、また今度訊くから。絶対聞かせてよね!」

摩耶花さんには、昨日お世話になったので、是非お話ししたいです。あっ、もちろん福部さんにも。

える「はい、必ず」

摩耶花「折木の奴待ってるんでしょ。じゃあね!」

ズバリ言い当てられ、わたしは紅くなってしまいました。

63: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:31:37.77 ID:La4hkDje0
始業10分前。折木さん、まだ来ません……。

もしかして、わたしより先に登校しているのでしょうか?

……いえ、今までの経験から言って、それは多分ないでしょう。

でも、もう来ていてもいい頃なんですが……。





始業5分前。流石にもう限界です。これ以上待っていたら、遅刻になってしまいます。

そう思って、靴箱に向かおうとしたとき、正門に向かって、走ってくる人影が見えました。

あれは……、福部さんです! 福部さんはわたしに気付くと、走るスピードをさらに上げました。

64: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:32:34.63 ID:La4hkDje0
里志「おはよう、千反田さん。ハァ、ハァ、どうしたの? こんなところで。ハァ、ハァ……」

える「おはようございます、福部さん。その……」

福部さんは、ニンマリと笑みを浮かべると。

里志「ははあ、ホータローだね? あれ、まだ来てないの? 遅刻かな。しょうがないよね、ホータローもさ」

うう、福部さんまで……。

里志「さっ、千反田さん。僕たちまで遅刻しちゃ、シャレにならないよ」

そうでした。

える「急ぎましょう! 福部さん!」

こうしてわたしたちは、2年の教室へ走るのでした。

65: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:34:06.91 ID:La4hkDje0
昼休み。わたしは、折木さんの教室を訪ねるべきか、少し悩んでいました。

あれから折木さん、学校へ来たのでしょうか? 気になります。

そうこうしていると、(千反田さん)。わたしを呼ぶ声が聴こえました。

教室の出入口を振り向くと、福部さんが立っていました。

える「どうしたんですか? 福部さん」

里志「うん、さっきホータローの教室に行って訊いてきたんだけどね。
  ホータロー、今日は病欠みたいなんだ。なんでも、風邪を引いたらしい」

える「まあ」

66: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:35:58.22 ID:La4hkDje0
里志「うん、用事はそれだけなんだけどね。千反田さん、ホータローのこと気にしてたみたいだったから。

える「うう……」

わたしの顔は、紅く染まりました。

里志「アッハハ、ホータローも果報者だよね。こんなに千反田さんに想われてさ」

える「も、もう、福部さん!」

里志「うんうん、それじゃあね。千反田さんも風邪には気を付けてね」

える「あっ、あの、福部さん。ありがとうございました」

わたしはお辞儀をして、お礼を言いました。

福部さんは、手をヒラヒラさせて去っていきました。





それにしても風邪、ですか。折木さん、大丈夫でしょうか?

そのとき、わたしの頭に閃くものがありました。

67: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:38:00.98 ID:La4hkDje0
ピピピピッ ピピピピッ

奉太郎「37度7分か……」

朝に比べれば、熱はだいぶ下がった。気分も、ずいぶん楽になった気がする。

とは言え、まだ結構あるな。まあ、寝ていれば、夜までには治りそうだ。

喉が渇いた。何か冷たいものを飲もうと、ベッドから這い出して、階下に下りる。

スポーツドリンクを飲みながら、時計を見る。

奉太郎「もう4時半か……」

さて、もう一眠りするか。と思ったところで、『ピンポーン』。玄関のチャイムが鳴った。

何だ? 客か?

今、家には俺しかいない。出ないわけにもいかないだろう。

俺は玄関に向かい、

奉太郎「はい、どちら様ですか?」

そう言いながら、迂闊にもドアを開けた。

68: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:40:21.82 ID:La4hkDje0
一瞬状況が飲み込めなかった。

ドアを開けると、千反田が立っていたのだ。

ん? 何で千反田が俺の家にいるんだ?

千反田はペコリとお辞儀をすると、言った。

える「こんにちは、折木さん。お加減いかがですか?
  ちょっと心配だったので、お見舞いに伺いました」

奉太郎「ああ……」

そうか、見舞いに……。何だか嬉しかったが、そんなことはおくびにも出さない。

おっと、いかん。

奉太郎「そうだったか。まあ、せっかくだから上がっていってくれ。何も出せないけどな」

える「はい。それでは、少しお邪魔しますね」

69: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:42:10.51 ID:La4hkDje0
とりあえず、千反田をリビングに招き入れる。

える「お家の方はいらっしゃらないんですか?」

奉太郎「姉貴は大学、親は仕事だ。さっきまでずっと寝てたところだ」

える「顔色は良さそうですね。……」

千反田の白い手が伸びてくる。不覚にもドキッとしてしまった。手はそのまま、俺の額に当てられた。

ひんやりして気持ちいい……。

える「……でもまだ少しありますね。安静にしていた方がいいでしょう」

奉太郎「少しくらい平気さ。これでも朝に比べれば、ずいぶん良くなったんだ」

える「でも、油断は大敵です。わたし、何かして上げられないかと思って来たんですけど……」

その気持ちだけでも嬉しい。もちろん口には出さなかったが。

70: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:44:02.48 ID:La4hkDje0
える「そうです! 折木さん、お腹は空いていませんか?」

実は、朝から何も食べていないので、かなり空いている。だが……。

える「よろしければ、何かお作りします!」

近い、近いぞ千反田。風邪がうつったらどうするつもりだ。

俺は横を向いて咳払いし、言った。

奉太郎「実のところ、かなり空いているんだが……。その、いいのか?」

える「はい! そのために来たんですから!」

奉太郎「わかった。じゃあお願いする」

千反田は、パァッと顔を輝かせた。

俺は、簡単に食材や調理器具、食器の場所の説明をした。

71: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:46:09.24 ID:La4hkDje0
える「それでは、折木さんはお布団で寝ていてください。出来上がったら、お持ちしますから」

奉太郎「ん、わかった」

それにしても、千反田はやたらと嬉しそうだ。

こちらとしても、千反田の機嫌がいいのなら、それに越したことはない。

俺は足取りも軽く、階段を上っていった。





ベッドに潜り込み、俺は少しまどろみながら、千反田のことを思っていた。

まさか千反田が、見舞いに来てくれるとは。おまけに飯まで作ってくれるなんて。

正直、ありがたさが身に染みる。彼女っていいものだ。

いや、千反田は彼女だからじゃなく、千反田だから見舞いに来てくれたのかも知れない。

同じ古典部仲間なのに、里志や伊原とはえらい違いだ。

もっとも里志が見舞いに来ても、あまり嬉しくはないな……。

72: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:48:13.81 ID:La4hkDje0
トントントン……。

誰かが階段を上がってくる音が聞こえる……。

おっと。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

俺はベッドから抜け出して、部屋のドアを開ける。

奉太郎「千反田、こっちだ」

千反田は俺の姿を認めると、嬉しそうに駆け寄って……、は来なかった。

手にはお盆を持っている。駆けて来たら危ない。

える「失礼します……」

千反田は少し遠慮がちに、俺の部屋に入ってきた。

73: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:50:14.41 ID:La4hkDje0
える「ここが折木さんのお部屋ですか……」

千反田は、物珍しそうにキョロキョロしている。

別に、見られて困るような物は置いていないが、あんまり見られると恥ずかしい。

奉太郎「な、なあ千反田……」

える「ああっ、すみません! ……えーと、お粥です。
  お供も3種作りましたので、お好みでどうぞ」

奉太郎「ああ……、それじゃあ」

早速手をつけようとすると。

える「あの……、よかったら、わたしが食べさせてあげましょうか?」

奉太郎「……」

それはつまり。

奉太郎「い、いや、いい。大丈夫だ。自分で食う。断固辞退する。い、いただきます!」

える「そうですか……」

千反田は少し残念そうだった。

74: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:52:45.85 ID:La4hkDje0
千反田のお粥は、たいそう美味いものだった。まさかお粥がこうも美味いとは。

千反田、侮り難し。流石農家の娘。

千反田は、さっきから俺の食べる様を、キラキラした瞳で見つめてくる。

奉太郎「……欲しいのか?」

える「いえ、そういう訳では」

俺は少し考えて、言った。

奉太郎「美味いよ。流石だな」

える「あ、ありがとうございます!」

千反田はホッとした表情を見せた。そういうことだったか。

75: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:54:57.60 ID:La4hkDje0
奉太郎「ごちそうさま」

える「お粗末様でした。それじゃ、片付けてきますね」

奉太郎「ああ、そのままで構わないぞ?」

える「いいえ、そういうわけにはいきません。すぐ片付けてきますから」

そう言うと、千反田は食器を再びお盆に載せて、台所へ下りていった。





奉太郎「あーーー」

俺は伸びをした。退屈だ。千反田がいるのにいない時間がこうも退屈とは。

もはや俺は、千反田無しでは生きられない体になってしまったようだ。

などと、くだらないことを考えていると。

トントントン……。

お、来た来た。

76: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:56:56.69 ID:La4hkDje0
カチャ……。

ドアが開き、千反田が少し控えめに顔を覗かせた。

える「折木さん、起きてます?」

奉太郎「ああ、起きてる。入れよ」

千反田は、部屋に入ってくると、ベッドの横にちょこんと腰掛けた。

える「折木さん……」

千反田が突然、神妙な面持ちになる。

なんだろう? 俺の背筋が自然と伸びる。

千反田は、そのまま顔を近づけてくる。おい、これは。

まさか。待て千反田。だが言葉が出ない。

その間にも千反田の顔はどんどん近づいてくる。

既に、千反田の狭いパーソナルスペースの内側に入っている。俺は反射的に目を閉じた。

77: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 21:58:55.58 ID:La4hkDje0
次の瞬間。

額に冷たいものがピトッと触れた。

あ……、気持ちいい……。

える「うーん、やっぱりまだ少しありますね……」

千反田の声が、すぐ近くから聴こえる。

ほどなくして、千反田の額は、俺から離れていった。

奉太郎「あ……」

おっと。名残惜しさに、つい声が漏れてしまった。

える「では折木さん。熱が引くまで、安静にしていてくださいね」

奉太郎「あ、ああ」

78: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:00:54.44 ID:La4hkDje0
千反田が首を傾げる。

える「今の折木さん、何だかずいぶん慌てていたように思います。どうしてですか?」

うっ、来たか。

奉太郎「ああ、時間も大分遅くなったな。そろそろ帰らないと、家の人が心配するんじゃないか」

える「話を逸らさないでください。どうしてですか? わたし、気になります」

奉太郎「気にするな。ちょっとした、若気の至りってやつだ」

える「若気の至り……。うーん……」

千反田は考え込んでいる。いいぞ。そのまま気付くな。―――だが。

千反田は、わかったと言うように、あっ、と顔を上げる。

そして、嬉しそうに言った。

える「もしかして……、キス、されるって思っちゃいました?」

79: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:02:55.30 ID:La4hkDje0
ズバリ、言い当てられ、俺は顔が紅くなるのを感じた。くそー、千反田のくせに。

奉太郎「知らんっ。もう寝るっ」

俺は頭から布団を被った。千反田のクスクス笑う声が聞こえる。

える「あの、折木さん。……しますか?」

俺は飛び起きた。

奉太郎「何だって?」

える「ですから、その……、キス……、……しますか?」

今度は千反田が紅くなって俯いてしまう。

奉太郎「……いや、お前に風邪をうつすわけにはいかないしな」

える「少しくらいなら、大丈夫だと思います。それに……」

それに?

える「……それに、折木さんのなら、わたし、うつっても平気です……」

奉太郎「……」

80: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:04:54.93 ID:La4hkDje0
こ、こいつは……。恥ずかしい台詞を臆面もなく……。俺の方が恥ずかしくなるじゃないか。

奉太郎「いや、やっぱり止めとこう。本当にうつしたくないんだ。
   俺が治ったら、その、しようか」

千反田は少し残念そうに笑った。

える「はい、お気遣いありがとうございます」





える「それじゃ、わたしそろそろ帰ります」

奉太郎「ああ、玄関まで送るよ」

える「そんな、折木さんは寝ていてください」

奉太郎「いや、送る。少しくらい大丈夫だ」

える「でも……」

押し問答の末、千反田が折れた。

81: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:06:54.16 ID:La4hkDje0
える「それじゃ、お邪魔しました」

奉太郎「ああ、気を付けて帰れよ」

える「折木さんもお大事に。では、失礼します」

千反田が、玄関のドアから門のところまで歩いてゆく。

その後姿に、俺は声を掛けた。

奉太郎「千反田!」

千反田が振り向く。

奉太郎「今日は来てくれて助かった。その、嬉しかったよ。ありがとう」

千反田はにっこり微笑んだ。

える「はい、明日は学校で会えるといいですね」

夕日に照らされたその笑顔に、俺は見とれていた。

82: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:08:53.36 ID:La4hkDje0
次の日。俺はいつもの道を、いつものように歩いていた。

風邪は完治した。これも千反田のおかげだろうか。

突然、何者かに背中を思いっきり叩かれる。こんなことをするのは……。

奉太郎「里志か……」

里志「おっはよー、ホータロー!」

奉太郎「おはよう。やけにテンションが高いな」

里志「昨日はお楽しみでしたねぇ!」

奉太郎「何だそれは」

里志「あれ、千反田さんがお見舞いに行かなかったかい?」

知っていたのか。と言おうとして、千反田なら、来る前に部室に顔を出して、断るくらいするだろう。

里志や伊原が知っていても、何の不思議もない。そう思った。

83: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:10:58.52 ID:La4hkDje0
奉太郎「ああ、来たな」

里志は一人でうんうん頷いている。

里志「そうだろうとも。で、何かあったかい?」

奉太郎「千反田が飯を作ってくれたな」

里志「そうかそうか。千反田さん、料理が上手いからね。いいなぁ」

俺は密かに笑う。こいつは俺から何を引き出したいのだろうか。





里志「ホータロー……。千反田さんは、ホータローのことが好きなんじゃないか、って思うよ」

奉太郎「そうかもな」

俺は曖昧な返事をする。こういう話をするってことは、こいつはまだ俺たちの事を知らないようだ。

まあ、いずれ話すこともあるだろう。今は多くを語らないことにした。

84: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:12:55.11 ID:La4hkDje0
里志「ホータローは、彼女の気持ちに応える覚悟、あるのかい」

もちろんある。と言おうとして、俺は言葉を飲み込んだ。

果たして本当にそうなのだろうか。

確かに一昨日、俺は千反田と結ばれた。いい加減な気持ちで言ったつもりは毛頭ない。

あれは俺なりの精一杯だった。だが、俺は千反田に、自分の気持ちをぶつけただけではないのか。

なるほど千反田は俺の気持ちを受け入れてくれた。

だが俺は、真に千反田の気持ちを受け止めたと言えるのだろうか?

里志「あっ、あれ千反田さんじゃないか」

俺の考えは、里志の言葉にかき消されてしまった。

見ると正門のところに千反田が立っている。

85: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:14:53.47 ID:La4hkDje0
里志「おっはよう! 千反田さん!」

里志が手を振る。

える「おはようございます、福部さん。折木さんも」

奉太郎「……朝の挨拶運動?」

える「違います。……折木さんを待っていたんです」

奉太郎「俺を?」

里志はニヤニヤしながら、『それじゃあ、僕は』と言って去ってしまった。

える「それはそうと、お加減はもう大丈夫ですか?」

奉太郎「ああ、おかげさまでもう何ともない。お前にもうつってないみたいで、よかった」

千反田は嬉しそうに笑った。

86: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:16:54.86 ID:La4hkDje0
奉太郎「俺を待っていたって言ってたが、何か用だったか?」

える「いえ、用というのではないんです……。ただ……」

奉太郎「ただ?」

える「一刻も早く、折木さんにお会いしたかったんです……」

奉太郎「……」

こ、これはかなり恥ずかしいぞ。

誰かに聞かれていないだろうかと、周りを見回すが、俺たちに注意を払うそぶりの生徒はいない。

奉太郎「……とりあえず、行こうか」

える「はい」

俺と千反田は、並んで歩き出す。こうして俺たちは、短い距離ではあるが、一緒に登校した。

俺はといえば、千反田を抱きしめたくなる衝動を抑えるのに、必死だった。

87: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:18:54.28 ID:La4hkDje0
放課後、古典部の部室に行くと、既に摩耶花さんが来ていました。

える「こんにちは、摩耶花さん」

摩耶花「あ、ちーちゃん」

摩耶花さんは、スケッチブックを開いて何か描いていたようですが、それを閉じると。

摩耶花「ね、ね、ちーちゃん。折木もいないことだしさ。折木とのこと聞かせてよ」

える「え、うーん、そうですねえ……」

摩耶花「えー、話してくれるって言ったじゃなーい」

える「ふふっ、そうですね。はい、……結論から言えば、わたしたち、お付き合いすることになりました」

摩耶花「ええぇーーー!? そ、それホント!?」

える「はい、恥ずかしながら。でも、摩耶花さんの言った通りでした」

摩耶花「そ、そりゃあ折木がちーちゃんのこと好きかも、とは言ったけど……。
   うわー、そこまで話が進んでるなんて、完全に予想外だわ」

そしてわたしは、一昨日のことから話し始めました。

88: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:20:54.80 ID:La4hkDje0
摩耶花「……何よ、あいつ結局、ちーちゃんのこと泣かしてるんじゃない。
   まったく、あの朴念仁ときたら……」

える「いいんです、摩耶花さん。わたしも悪かったんです」

摩耶花「だとしても! いっぺん締めてやらないと気がすまないわ」

える「やめてください! 摩耶花さん! そんなことされたら、わたし……」

摩耶花「じょ、冗談だってば、ちーちゃん。わたしが言葉以外で折木を締め上げることなんてないから!」

える「はい……」

摩耶花「でも……」

摩耶花さんは、ふっと優しい顔になると、言いました

摩耶花「よかったね、ちーちゃん」

える「はいっ!」

89: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:22:54.97 ID:La4hkDje0
ガラガラと戸が開きます。

里志「やあ、摩耶花、千反田さん。ご機嫌いかが?」

える「福部さん、こんにちは」

摩耶花「ふくちゃん! ちょっと聞いてよ」

摩耶花さんの剣幕に怯んだ様子で福部さんが答えます。

里志「な、何かな摩耶花……」

摩耶花「ちーちゃんと折木、付き合ってるって!」

福部さんは一瞬眼を見開くと、わたしと摩耶花さんの顔を、交互に見つめました。

里志「へぇ……、そりゃあたまげたなぁ。ふうん、ホータローがねえ。千反田さんとねえ……」

そう言いながらも、福部さんはあまり驚いた様子はありません。

里志「いや、ここ数日の千反田さんの、ホータローに対する態度は、何か違うなとは思ってたんだ。
  だけどそこまで二人の仲が進んでるとは、びっくりだよ。
  しかしホータローがねえ……。うん、こりゃめでたいなあ……」

90: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:24:54.04 ID:La4hkDje0
摩耶花「こうなったら、何かお祝いしてあげなくちゃいけないかしらね」

える「そんな! お祝いなんて、大袈裟です! わたしは、お二人の言葉だけで十分です……」

里志「おめでとう、千反田さん。よかったね」

摩耶花「改めまして、おめでとう、ちーちゃん」

える「あ、ありがとうございます……」

改めて言われると、照れてしまいます。





それにしても、折木さんはまだでしょうか。毎日顔を出す方ではないので、絶対来るとは言えません。

来るならもう来ていてもいいはずです。

その、出来れば来て欲しいな、と。

わたしは心の中で、折木さんが来ることを願いました。

91: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:26:53.54 ID:La4hkDje0
いかんいかん。すっかり遅くなってしまった。

昨日までに提出する宿題があったのだが、休んだことですっかり忘れていた。

おかげで、今まで居残りをする羽目に陥っていたのだ。

俺は古典部の部室へ急いでいた。





……何を急いでいるんだ、俺は。

別に急ぎの用など、何もないはずだ。

やめた。ゆっくり行こう。俺のスタイルに合わない。

急いては事をし損じるとも言うしな。

だが、ゆっくり行くと決めたはずなのに、気持ちは何故か、先へ先へと行ってしまう。

俺は何を焦っているんだろう。

……いや、本当はわかっていた。

92: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:28:55.02 ID:La4hkDje0
俺は千反田に、早く会いたいのだ。

だけどそのことに、何故か気後れを感じてしまっていた。

どうしてだろう。誰に遠慮することもないはずなのに。

今朝里志に言われたことが、尾を引いている。

俺に千反田の気持ちを受け止めることが出来るのだろうか。

千反田の気持ちを受け止めるとは、どういうことだろう。

具体的にどうすればいいんだろう。

そうこう考えているうちに、部室の前まで来てしまった。

ええい。考えても仕方ない。

俺は余計な考えを振り払うと、部室のドアを開けた。

93: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:30:52.49 ID:La4hkDje0
千反田は、いた。

える「あ、折木さん」

千反田が嬉しそうに立ち上がる。

える「来てくれたんですね。今日はもう来ないかと思ってました」

奉太郎「ああ、来た」

える「あの、摩耶花さんと福部さんに、わたしたちのこと、お話ししました。よかったですよね?」

奉太郎「ん、ああ、まあいいんじゃないか」

そうか、話したのか……。いずれは知られてしまうことだ。

しかし今度会ったら何と言われるか……。

奉太郎「そういえば、里志と伊原は?」

える「お二人とも先ほどまでいらしたんですけど、ついさっき帰られました。
  何でも今日は、お二人で買い物に行くとかで……」

奉太郎「そうか」

94: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:32:53.68 ID:La4hkDje0
える「……それで福部さんったら、可笑しいんですよ。摩耶花さんに……」

千反田は先ほどから、楽しそうに話しかけてくる。

だが俺は、相槌もそこそこに、半ば別のことを考えていた。

こうしていると、千反田は実に楽しそうだ。

相手が俺だからだと思いたい。

だが、伊原や里志に向けられる笑顔と、今の千反田の笑顔。何か違いはあるのだろうか?

と言うより、俺はこいつを心から楽しませることが出来るのだろうか。

俺は話題の多い方ではない。

千反田は、そのうち俺に愛想を尽かしてしまうのではないだろうか。

そう思うと、胸が苦しくなる。

95: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:34:53.73 ID:La4hkDje0
える「折木さん?」

千反田が顔をズイッと近づけてくる。

奉太郎「な、何だ」

える「……どうかしましたか?」

奉太郎「えっ」

どうかしたかとは、どういうことだろう。俺は少し考えた。

奉太郎「どうとは、どういうことだ?」

える「……今日の折木さん、何だか変です。わたしに対して、素っ気ない感じがします。
  もしかして、何か考え事でもあるんじゃないですか?」

そこまで言われて、俺は気付いた。参ったな。態度に出ていたのか。

える「わたしでよければ、何かお力になれるかも知れません」

96: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:36:53.43 ID:La4hkDje0
そうは言うが、一体どう言ったらいいものか。

奉太郎「あー、千反田。その、な……」

える「はい」

奉太郎「俺は……、何と言ったらいいのか……」

える「大丈夫ですよ。ゆっくり考えてください」

奉太郎「そうだな、俺は……、ぶっちゃけて言うと……」

える「言うと?」

奉太郎「千反田、お前とどう付き合っていいか、正直わからない」

える「……」

奉太郎「というより、どう向き合っていいか、わからない、と言った方が近いかな。
   お前が俺のことを好きだと言ってくれて、嬉しかった。
   それと、俺がお前を好きだって気持ちに、嘘偽りはない。これは確かなんだ。
   だが……」

そこで俺は一旦息を吐いた。

97: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:38:53.80 ID:La4hkDje0
奉太郎「だけど、俺はお前の気持ちにどう向き合ったらいいか、わからない。
   どうやったらお前の気持ちに応えられるか、わからないんだ。
   俺はお前を、抱きしめたいと思う。キスしたいと思う。繋がりたいと思う。
   だけどそんなのは俺の勝手だ。
   自分の欲望を満たすだけじゃ、相手の気持ちに応えるなんて、遠く及ばない」

える「折木さん……」

奉太郎「千反田は昨日、俺の見舞いに来てくれた。飯を作ってくれた。
   嬉しかった。何より心が満たされる気がしたよ。
   気持ちに応えるって、ああいうのを言うんだろうな。
   だけど俺には、お前に同じ気持ちを味わわせてやれる自信がない。
   ……というか、その方法がわからないんだ。
   
   ……すまん千反田。俺には最初から、お前と向き合う真摯さが欠けていたのかも知れない。
   覚悟がなかったんだ。好きって気持ちだけじゃ、どうにもならないこともあるよな」

一気にまくし立てて、息が苦しい。俺は大きく深呼吸した。

98: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:40:52.86 ID:La4hkDje0
える「折木さん、そんなこと考えてたんですか……」

千反田は、深く息を吐くと話し始めた。

える「いいえ、折木さんは誰よりも真摯な人です。わたし、正直言って感動で胸が震えてしまいました。
  この人は、そこまでわたしのことを考えてくれる。こんなにもわたしを思ってくれてるんだって。
  わたしこそ、自分のことしか考えてなかったって、思い知らされました。
  
  わたし、折木さんに告白されて、浮かれていました。それこそ折木さんしか見えなくなるくらいに。
  昨日お見舞いに伺ったのだって、決して折木さんの為じゃないんです。
  わたしが、したいことだったからしたんです」

奉太郎「千反田……」

える「でもね、折木さん。わたしは、折木さんがお見舞いが嬉しかったって言ってくれて、嬉しかったです。
  そういうものじゃないでしょうか。
  自分のためにしたことが、相手の感謝を呼んで、その気持ちが返ってくる。
  素敵なことだと思います」

ううむ……。

99: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:42:54.46 ID:La4hkDje0
える「わたしは、折木さんが自分勝手だとか、相手のことを考えないとは、思いません。
  というか、折木さんはいつも他人のことばっかりです。
  もっと自分にわがままになってください。その方がわたしも嬉しいんですから」

奉太郎「……そんなもんかな」

千反田は俺の頭を胸に抱いた。何か柔らかいものが顔に当たる。

える「そんなもんです。
  わたしだって男の人とお付き合いするのは初めてですから、わからないことだらけです。
  でも、折木さんとなら、色々なことをしたいなって思えます。
  だから折木さんも……。わたしに色々求めて欲しいです。
  折木さんの気持ちが、わたしの心を満たすんです」

俺はしばらく、その甘い感触に浸っていた。

101: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:44:53.98 ID:La4hkDje0
奉太郎「ふあ~あ」

俺は大きく伸びをすると、向かいに座る千反田に声を掛けた。

奉太郎「ありがとう、千反田。何だかすっきりしたよ。憑き物が落ちた感じだ」

える「よかったです。わたし、いつ別れ話を切り出されるかと、ドキドキしてました」

奉太郎「実際半分くらい、そのつもりだったけどな」

える「も、もうっ! 折木さん!」

奉太郎「許してくれ。それだけ思い詰めてたってことだ」

俺たちはお互い笑い合う。

奉太郎「さっきお前に言われたことだが、俺なりに善処してみるつもりだ。
   すぐには、結果は保証できないけど」

える「はいっ、十分です」

奉太郎「ときに千反田」

える「何ですか?」

奉太郎「キス、しようか」

102: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:47:00.47 ID:La4hkDje0
える「え」

千反田の動きが止まる。

える「え、え、えええぇーーー!?」

千反田は真っ赤になってしまう。

なんだ、一昨日や昨日はそっちから提案してきたくせに。わからない奴だ。

奉太郎「嫌なら無理にとは言わん。ただ昨日約束したからな……」

える「え、あ、し、します、します。したいです!」

そうか、よかった。

奉太郎「千反田」

愛しい人の名前を呼ぶ。

える「あ、折木さん……」

俺は千反田の両肩に手を置き、千反田を引き寄せる。

そのまま俺と千反田の唇が触れ合った……。

103: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:48:53.38 ID:La4hkDje0
俺は少し悪戯心を起こした。

ただ触れ合うだけのキスではつまらない。

有り体に言えば、千反田の口の中に、自分の舌を割り込ませたのだった。

える「! ん~っ、ん、~~~っ!」

千反田の驚きの声は、もちろん言葉にならない。

奉太郎「ん、むうん、ぴちゅ、ぺちゃ、んんっ」

千反田の拳が、俺の胸をポカポカ叩く。

俺は暴れる千反田の舌を、強引に自分の舌で押さえ込もうとする。

止めるわけにはいかない。こっちだって必死なのだ。

える「ん、ふ、んん~っ、ぴちゃ、ん、んん」

千反田がだんだんおとなしくなってきた。

やっと観念したか?

104: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:50:53.61 ID:La4hkDje0
千反田の唾液は、ほのかに甘い味がした。

どちらのものとも知れない唾液が、二人の結合部の隙間から垂れていく。

そんなことが気にならないほど、俺は千反田の口内を舐めまわす行為に没頭していた。

美味しい。というか気持ちいい。キスがこんなに気持ちいいことだったなんて。

俺は千反田の上の歯茎を舐っていた。千反田はずいぶん歯並びがいいな。

千反田は、もう完全にされるがままになって、俺の行為を受け入れていた。

える「ん、ぱちゅっ、んちゅっ、んん、ぴちゅ」

だが流石に、疲れてきた。もういいだろうか?

名残惜しかったが、俺は千反田から唇を放した。

つーっと、二人の間に、糸が引いた。

105: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:52:57.68 ID:La4hkDje0
える「あ……、折木……、さん……」

千反田は、ぽーっとした様子で俺を見つめている。大丈夫だろうか?

奉太郎「千反田大丈夫か。千反田? 千反田ーっ」

える「う……、うん……」

頬をペシペシ叩くが、芳しい反応はない。

俺はグデングデンになった千反田に肩を貸すと、椅子まで歩いていって座らせた。

少しやりすぎてしまったようだ。千反田には少々刺激が強すぎたかもしれない。

後で正気に戻ったら、ちょっと謝っておこう。





いつの間にか空には夕日が射している。

危うく破局を迎えそうになった(?)千反田と俺だが、今日は千反田に救われた。

俺は清々しい気分だった。これからの人生千反田に報いるためにも、頑張らなければ。

奉太郎「ははっ」

頑張るか……。実に俺らしくない言葉だ。だが今は。

少し。ほんの少しだけ、エネルギー消費の大きい人生に踏み出してみるのも悪くないかな、と思うのだった。

106: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 22:58:43.39 ID:La4hkDje0
お終い

書き始めは大真面目だったのだが、なんだかバカバカしい話になってしまった気がする…
ともあれ、お付き合いありがとうございました

>>100
うわあ、何だかすごい人からレスもらっちった
あなたのss、ファンです
自分はまだまだ未熟ですが、読んでもらえて嬉しいです


以下、ちょっとしたおまけあり

107: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:00:15.10 ID:La4hkDje0
おまけ

える「わたし、もうお嫁に行けまひぇん……」ビエーン

奉太郎(お嫁に行けないなら、婿を取ればいいじゃない。……とは言えないな)

奉太郎「なに、千反田なら、いくらでも嫁の貰い手は見つかるさ」

える「いやです」グスッ

奉太郎「え?」キョトン

える「折木さんじゃなきゃ、いやです」キラキラ

奉太郎「そ、それは光栄だ……」タジタジ

える「というわけで折木さんっ! 責任とってくださいね!」ギュッ

奉太郎「……///」

108: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:01:32.00 ID:La4hkDje0
おまけ2

次の日―――

摩耶花「床に何か垂れてる」

摩耶花「こ、これはまさかえっちなお汁!?(注:よだれです)」カアア

摩耶花「じゃ、じゃあちーちゃんと折木、あの後……」モジモジ

里志「やあ摩耶花。どうしたの?」ガラッ

摩耶花「あっ、ふくちゃん! 実はこれこれしかじかの……」

里志「かくかくうまうまというわけか。へえぇ、やるねえ、ホータローも」

摩耶花「ねえ、ふくちゃん……。わたしたちも……///」シナッ

里志「まっ、摩耶花!? ここじゃまずい。そうだ! 今日は総務委員の仕事が……」

摩耶花「ふくちゃんってば、そうやっていっつも大事なときにはぐらかすんだから……」ウルッ

里志「ゴメン、摩耶花……。データベースは結論を出せないんだー!」ダダッ

摩耶花「ふくちゃん……」

109: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:02:22.88 ID:La4hkDje0
おまけ3

える「折木さん。一緒に帰りましょう」

奉太郎「ああ、そうだな」

とは言っても、俺の家と千反田の家は、基本的に正反対の方向だ。

学校を出て、ちょっと歩いたらもう別れなければならない。

それでも。いや、だからこそ少しでも一緒にいたい。

俺と千反田は、連れ立って部室を後にする。

奉太郎「……」

える「……」

何だろう。話したいことはいくらでもあるはずなのに、何故か言葉が出てこない。

それは千反田も同じようだった。

千反田とふたり、夕焼けに染まる校舎を歩いてゆく。

今日も夕焼けは綺麗だった。

110: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:03:18.22 ID:La4hkDje0
わたしと折木さんは、並んで歩きながら、昇降口に向かっていました。

折木さんは何も喋りません。わたしもつい、無言になってしまいます。

でも。

こうして歩くのも、何だか良いものです。言葉じゃなく、通じ合ってる気がして。

える「ふふっ」

奉太郎「どうした?」

える「こうしてると、何だか恋人同士みたいだなって」

奉太郎「……みたいじゃなく、実際そうだろ」

当たり前の反応かも知れませんが、わたしには嬉しい言葉でした。

える「はいっ」

笑顔で応えると、折木さんは向こうを向いてしまいました。

照れているようでした。照れる折木さんは、何だか可愛いです。

でも……。

何か足りないような気がしました。なんでしょう?

111: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:04:18.83 ID:La4hkDje0
自分で言ったことなのに、照れてしまう。

それもこれも、千反田の笑顔のせいだ。

千反田の笑顔は、俺には眩しかった。

時折眩しすぎて、眼が眩みそうになる。

だが、それは決して不快なものではなく、むしろ心地よかった。

それでも俺のキャパシティに収まり切らないときは、こうして顔を背けてしまう。

悪い癖だ。

いつか千反田の笑顔を、正面から受け止められる男になりたい。いや、ならなければならない。

そう思いながらも、今はそっと顔を背けてしまう俺だった。

112: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:05:33.79 ID:La4hkDje0
わかりました!

手です!

恋人同士なら、手を繋ぐものです。腕を組むのでもいいのですが……。

わたしはチラッと折木さんの手を見やります。

わたしのものより、大きな手。

男の人の手でした。

その手にわたしの手が包まれたら、と思うだけでドキドキしてしまいます。

でも……。

わたしの方から手を伸ばすのは、何だか躊躇われました。

わたしが女だから、というのを気にしているわけではありません。

ただ、折木さんの方から握って欲しい。そう思いました。

気付いてください。折木さん!

そうこう念じているうちに、昇降口に着いてしまいました。

113: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:06:21.08 ID:La4hkDje0
俺と千反田は昇降口に到着した。

千反田とは、最もクラスが離れている。当然下駄箱も遠く離れていた。

ここで一旦別れなければならない。

千反田を見ると、彼女はどこか悲しげな眼を俺に向けた。

そんな顔をするな。何もここで今日は別れるわけじゃない。

奉太郎「じゃ、後でな」

える「はい……」

自惚れかも知れないが、声も悲しそうだった。

俺は後ろ髪を引かれる思いで、自分のクラスの下駄箱へと向かった。

ふう。

気にしているのは、俺の方かもな……。

114: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:07:25.80 ID:La4hkDje0
折木さんの後姿を見送って、わたしは自分の靴箱へと向かいます。

結局校舎内では、手を繋ぐことは出来ませんでした。

ここから正門まで歩いて、そこからもう少し行けば、折木さんとはお別れです。

える「はぁ……」

わたしは靴箱から靴を取り出しながら、溜め息を吐きました。

元々折木さんは、こういうことに聡いほうではないと思います。

ですが……。

わたしは折木さんに言いました。わたしのことをもっと求めて欲しいと。

折木さんは、わたしと手を繋ぎたくないのでしょうか?

そうは思いたくないです。

折木さんのことですから、単にそんなこと思いも付かないだけなのでしょう。

でも……。

わたしは首を横に振って、その考えを振り払いました。

折木さんとは、先は長いのです。焦ることはありません。

わたしは、昇降口の前に立つ折木さんのところへ、駆け寄っていきました。

115: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:08:25.66 ID:La4hkDje0
俺に少し遅れること、千反田がやってきた。

奉太郎「それじゃあ行くか」

える「はいっ」

その顔には、さっきの翳りは感じられない。

こいつはそんなに俺と一緒にいたいのか。

自惚れかも知れないが、何だか胸が熱くなる。

もちろん俺も、可能な限り千反田と一緒にいたい。

そうして俺たちは、正門に向かって歩き出す。

俺は千反田を抱き締めたい衝動に駆られていた。

だが、公衆の面前でそれは憚られる。

第一それでは歩けない。

それでも俺は、もっと千反田を感じたかった。

ふと、千反田の方を見る。千反田は鼻歌を歌っている。

手はブラブラさせている

俺より小さな手。柔らかそうな手。

116: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:09:18.18 ID:La4hkDje0
奉太郎「そうか……、手か……」

折木さんが何か呟きました。

える「えっ? 何ですか?」

奉太郎「いや、何でもない……」

える「そうですか。わたし、自転車取ってきますね」

奉太郎「あ、ああ、じゃあここで待ってる」

える「はい、じゃあ行ってきます」

あまり待たせては悪いので、わたしは小走りで、駐輪場へ駆けていきました。

自転車を押していては、手を繋ぐことは出来ません。

残念ですが、手を繋ぐのは明日以降に持ち越しです。

わたしは鍵を解除すると、自転車を押して、折木さんのところへ戻っていきました。

117: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:10:19.97 ID:La4hkDje0
失念していた。千反田は自転車通学だった。

これでは手は繋げない。もっと早く気付くべきだった。

千反田が自転車を押して、こちらに駆けてくる。

転ぶなよ、と内心念じる。

あっ、躓いた。だが自転車を押してるおかげで転ばずに済む。

える「ハァ、ハァ、恥ずかしいところを見られちゃいました……」

奉太郎「転ばなくて良かったよ。じゃあ行こう」

俺と千反田は、再び並んで歩き出した。

やっぱり俺たちは何も喋らなかった。

千反田の方を見る。

顔が紅く見えるのは、夕日だけのせいではないだろう。

そんな千反田に俺は……。

118: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:11:33.61 ID:La4hkDje0
える「あっ……」

自転車のグリップを握るわたしの手に、何か温かくて大きいものが被さってきました。

それは折木さんの手でした。

驚いて、折木さんの方を見ます。

折木さんもこちらを見ていましたが、その顔はいつものぶっきらぼうな表情のままでした。

わたしの思いが通じたのでしょうか。わたしは嬉しくなって、笑顔を返しました。

あ。折木さん、そっぽを向いてしまいました。照れているようです。

うふふ、やっぱり照れる折木さんは可愛いです。

手を握り返せないのが、残念ですけれど。

でも今日はこれで十分な気がします。

何より、折木さんの方から手を握ってきてくれたことが嬉しくて、わたしの心は満たされるのでした。

119: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:12:34.29 ID:La4hkDje0
千反田の手は、思ったとおり柔らかかった。

そして少しひんやりした。

千反田と繋がっている部分から、彼女への思いが湧いてくる気がした。

もう正門は過ぎてしまった。

ふたりの残りの距離は、どんどん縮んでいく。

気のせいかもしれないが、少し胸が苦しい。

こんな思いをするくらいなら、手など握らなければよかったとよほど思う。

……だが、それじゃいけないんだろうな。

千反田とは、明日も明後日も会える。

休みの日だって、会おうと思えば会えない距離では全然ない。

今生の別れではないというのに、何をそんなに嘆く必要がある?

そしてついにその時は来た。

120: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:13:36.66 ID:La4hkDje0
いよいよ別れ道です。いえ、分かれ道、ですね。縁起でもないです。

わたしたちは立ち止まりましたが、折木さんの手はわたしの手に置かれたままです。

わたしは声を振り絞りました。

える「それじゃ、折木さん……。また明日」

奉太郎「ああ、そうだな……」

そう言う折木さんの手は、まだわたしの手の上に置かれたままでした。

える「あの、折木さん……」

奉太郎「あ、ああ、すまん」

折木さんの手が離れていきます。何だか悲しくなってしまいます。

える「あの、折木さん?」

奉太郎「どうした」

わたしは指先で、折木さんを招き寄せます。

奉太郎「?」

も、もうちょっと近くに……。

奉太郎「なんだ?」

今です!

121: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:14:28.11 ID:La4hkDje0
奉太郎「!」

なんだ? 何が起こった?

俺の唇に柔らかいものが触れた。

今のは、キス、か……?

千反田は慌てた様子で自転車に跨ると、

える「さようなら、折木さん。また明日……、です」

急いで去っていってしまった。

俺はポカーンとして、千反田を見送る。

奉太郎「あ……」

俺はなんだか、可笑しくなってきた。

奉太郎「ふっ、くっくっくっ……」

ダメだ、笑いが止まらない。

奉太郎「あっ、はっはっはっはっはっ……」

俺は笑いながら、いつまでも千反田の後ろ姿を見送っていた。

122: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:15:34.10 ID:La4hkDje0
うう……。

わたしは、急いで自転車を走らせます。

折木さんに、不意打ちのキスをしてしまいました。

自分でしたことなのに、顔から火が出そうです。

折木さん、どう思ったでしょう?

後ろを振り向く気には、なれませんでした。

でも……。

える「うふふ」

わたしは笑いました。

明日への活力が、充填されたような気がします。

える「ありがとう、折木さん」

わたしは夕暮れの中、家に向かって元気よく自転車を漕いでいきました。

123: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/11(火) 23:20:19.88 ID:La4hkDje0
今度こそ、お終い

131: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:18:04.90 ID:TvJv0Pak0


タイトル

える「付き合ってください!」 奉太郎「はい」 

132: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:18:58.68 ID:TvJv0Pak0
その日の放課後、俺は2日ぶりに古典部に顔を出した。

ガラガラ……。

部室のドアを開けると、千反田がいた。

千反田は椅子に座り、俯いている。

奉太郎「千反田?」

声を掛けるが反応はない。

近寄ると、規則正しい呼吸音が聞こえる。

奉太郎「ほう」

千反田が部室で寝ているとは。珍しいこともあるものだ。

俺は起こさないように、そっと椅子に腰掛けると、文庫本を開いた。

133: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:19:57.62 ID:TvJv0Pak0
える「折木さん……」

それはしばらくしてのことだった。

突然俺の名前が呼ばれる。

振り向くが、千反田は俯いたままだった。

奉太郎「寝言か……」

俺は文庫本に向き直る。

それにしても一体、どんな夢を見ているのやら。

何だか落ち着かない。俺の知らないところで、俺はエネルギー消費を強いられているのだろうか。

いや、他人がどんな夢を見ようと、それは個人の勝手だ。俺がとやかく言うことじゃない。

だがこの落ち着かない気持ちは何だろう。

千反田が俺のことを夢に見ている、と思うだけで、何故かそわそわした。

そしてそれは起こった。

134: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:21:01.10 ID:TvJv0Pak0
千反田の席からガタッと音がしたかと思うと。

える「折木さんっっっ!!!」

奉太郎「はいっ!?」

今度は思わず千反田の方へ向き直る。

千反田は立ち上がって、両手を机に突いていた。

一体何だというのだ。

しかし千反田はというと。

える「あ、あれ? わたし……」

そして焦点の合わない目をこちらに向けると。

える「お、折木さん!?」

奉太郎「ああ、いるぞ」

千反田はカアッと紅くなった。

135: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:22:08.30 ID:TvJv0Pak0
そして椅子に座りなおす。

える「来ていらしたんですか……」

奉太郎「ああ、ついさっきな」

える「恥ずかしいところ、見られちゃいましたね……」

奉太郎「なに、気にすることはないぞ。それでどんな夢を見ていたんだ?」

千反田はますます紅くなる。

える「そ、それは……。ダメです! 言えません!」

なんだ、そう言われると気になるじゃないか。

奉太郎「言えないような内容なのか? 俺にも言えないのか」

いよいよ千反田は真っ赤になる。今にも湯気が立ち上りそうなほど。

える「お、折木さんだから、言えないんです……。あの、もう勘弁してください……」

流石にからかい過ぎか。

奉太郎「はは、すまんすまん。冗談だよ」

千反田は、ホッとした様子を見せた。

136: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:23:09.80 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「それにしても、お前が学校で寝るなんて珍しいな。放課後とは言え」

える「そうですね……。春の日差しがあまりに心地よいもので、ついうとうととしてしまいました」

千反田は少しはにかんで言った。

確かに最近ポカポカ陽気で、実に眠るのには適している。いかにも『春』って感じだ。

かく言う俺も、何度授業中に眠たくなるのを堪えたことか。

奉太郎「ああ、確かに気持ちいいよな。……俺も何だか眠くなってきたかも知れん」

あくびをしながら言う。

える「ふふっ。部活動中ですけど、今なら特別大目に見てあげます」

なんだ、自分は寝ていたくせに。と、反論する気力は、もう俺には残っていなかった。

急速に意識が遠のいていく……。あ、花畑が……、見え……、る……。

137: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:24:05.16 ID:TvJv0Pak0
~~える~~

える「折木さん?」

返事はありません。もう眠ってしまったようです。少し呆れてしまいます。

える「仕方のない人ですね……」

わたしは、折木さんの手から落ちそうな文庫本を取り上げると、ページを閉じて机に置きました。

ふと、折木さんの顔を覗き込みます。

折木さんの寝顔。普段見られない無防備な、折木さんの素顔です。

える(可愛い……)

わたしは少しの間、その寝顔に見とれてしまいました。

うふふ。

わたしはそっと折木さんの顔に自分の顔を近づけると……。

える「ちゅ」

ほっぺたに口付けました。

える「おやすみなさい、折木さん……」

138: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:25:06.51 ID:TvJv0Pak0
~~奉太郎~~

俺は夢を見ていた。

いや、そのときは夢を見ているとは、夢にも思わなかったのだが。

どんな夢かは……、忘れてしまった。

ただ、何だかとても大切なものを失ってしまったような……。

あるいは、何かとても大事なことを忘れてしまったような……。

そんな喪失感だけが残っていた。

俺は恐ろしくなって叫んだ気がする。

だが、叫びは声にならず、逃れようともがいたが、まるで水中にいるように体は自由にならなかった。

やめてくれ。夢なら覚めてくれ。誰か助けてくれ。

そして俺の意識は途絶えた。

139: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:26:23.32 ID:TvJv0Pak0
………………。

……。

奉太郎「う、う~ん……」

次第に意識が戻ってくるのを感じる。どうやら眠っていたようだ。

奉太郎「ふあ~~~、あ」

大きなあくびとともに、一つ伸びをする。

寝ぼけ眼を擦りながら周りを見回すと、千反田の姿が目に入った。

俺は少し安心する。

奉太郎「ああ、千反田……」

える「おはようございます、折木さん。よく寝ていましたね」

奉太郎「おはよう。どのくらい寝ていた?」

える「そうですね……。40分くらいでしょうか」

そうか、けっこう寝ていたな。

俺は椅子から立ち上がった。

140: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:27:15.32 ID:TvJv0Pak0
何だろう。少し体が重い気がする。

まあ寝起きなんてそんなものだろう。気にはしなかった。

軽く体をほぐす、ストレッチまがいの体操をする。

俺はチラッと千反田の後姿を見る。

千反田は机に向かい、何か書き物をしている。大方授業の予習でもしているのだろう。

ふと、千反田の背中を遠くに感じた。

何だか千反田が遠くへ行ってしまうような……。ここからいなくなってしまうような……。

……。

………………。

いやいや、そんなことがあってたまるか。

俺は嫌な考えを振り払う。

変な夢を見て疲れているんだ。……内容は忘れたが。

奉太郎「ちょっと出てくる」

俺は手洗いに行くべく、部室を後にした。

141: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:28:19.16 ID:TvJv0Pak0
用事は済ませたが、俺はしばらく部室には戻らず、廊下の窓から外を眺めていた。

中庭の花壇には、春らしく花が咲き誇っている。

名も知らない花々だ。誰が世話をしているのだろう。

アカペラ部が見事なハーモニーを奏でている。

ブラスバンド部だろうか? トロンボーン奏者が4人ほど、ブカブカと音を鳴らしている。

あれは……。どうやら新人に指南をしているようだ。

奉太郎「春だもんな」

春は、出会いと新しい始まりの季節なのだ。

しかし古典部は相変わらずだった。変わらぬ4人が、変わらぬ活動をしている。

いや……。変わったと言えば、少し変わったか。

里志と伊原は、この春休みから付き合い始めたようだった。

そして、俺と千反田も……。

142: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:29:30.16 ID:TvJv0Pak0
しかしながら春には全く逆の側面もあるのだった。

春は出会いの季節であると同時に、別れの季節でもある。

実際、ここ神山高校からも、何人かの教師が去っていった。

俺はその教師等とは特に親しくはなかったので、実感としては薄いものだったが。

終業式のとき、泣いてる生徒もいたっけな。

だが俺には関係のないことだ。そのときはそう思っていた。

さっきの感覚がふと甦る。

奉太郎「千反田……」

俺は首を横に振る。

春の別れは三月と決まっている。もう四月。いくらなんでも季節外れに過ぎると言うものだろう。

奉太郎「戻ろう……」

柄にもない不安を打ち消すため、俺は部室へと戻って行った。

143: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:30:38.33 ID:TvJv0Pak0
その夜、風呂から上がった俺に姉貴が声を掛けてきた。

供恵「よっ、青春してるね」

奉太郎「何だ、いきなり」

姉貴は、俺の頭からつま先まで値踏みするように眺めると。

供恵「女の子から電話よ。千反田さんだって」

奉太郎「それを先に言え」

俺は姉貴から、受話器をひったくる。

供恵「なーに? 彼女?」

姉貴はニヤニヤした顔で絡んでくる。

付き合ってられない。俺はその場から去りつつ、電話の保留を解除した。

供恵「おっ。否定しないね」

もう好きに取ってくれ……。

144: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:32:06.18 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「もしもし、お電話替わりました」

える『あっ、折木さんですか。わたしです。えるです』

受話器の向こうから、千反田の弾むような声が聴こえる。

奉太郎「ああ、千反田。どうしたんだ? 」

える『突然ですみません。折木さん。明日何かご予定はありますか?』

奉太郎「予定か……」

俺はそう言いながらカレンダーの方を見る。

もっとも俺は、カレンダーやその周辺に予定を書き込む習慣はないのだが。

奉太郎「いや、ないな。何か用か?」

える『はい。折木さん。明日わたしに付き合ってくれませんか?』

奉太郎「……」

相変わらず、説明を飛ばす奴だな。

俺はいつもとはちょっと違う反応をしてみることにした。

145: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:33:14.55 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「ああ、いいぞ」

える『よかった。それでは明日の午前9時、駅前東口で。おやすみなさい』

千反田は電話を切ろうとした。

奉太郎「ああ! 待て待て。……流石にもうちょっと説明してくれると助かるんだが」

電話の向こうで千反田が照れ笑いをする。

える『すみません、わたしったらつい……』

奉太郎「それで、何処かに行くのか?」

える『はい。実は春物の新しい服を買いに行こうと思うんです。
  それで、折木さんに選ぶのを手伝って欲しくて……』

そういうことか。要は買い物に付き合えと。

奉太郎「いいのか? 俺は服の事なんか何にも詳しくないぞ」

える『いいんです。折木さんが見て、いいなと思った物を買いますから』

そうか、あまり気は進まないが、休みの日に千反田と過ごすのも悪くない。

……どうせ家にいても、ゴロゴロしてるだけだしな。

奉太郎「わかった。じゃあ行こう。明日の9時、駅の東口だったな」

146: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:34:19.48 ID:TvJv0Pak0
える『ありがとうございます! 折木さん!』

千反田の嬉しそうなことと言ったら。

尻尾があれば千切れんばかりに振っていそうだ。

前々から思っていたが、千反田は犬っぽいな、と改めて思った。鼻も利くしな。

……本人には言わないけど。

奉太郎「ああ、じゃあまた明日。おやすみ、千反田」

える『おやすみなさい、折木さん。楽しみにしてますね』

千反田が電話を切る。俺も受話器を置いた。

俺は今日感じたことを、再び思い出していた。

千反田が俺の前からいなくなってしまうんじゃないかという感覚。

バカバカしいな。そんなことあるわけがないのに。

そのときの俺は、そう思っていた。

147: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:35:40.58 ID:TvJv0Pak0
~~える~~

える「……ふぅ」

緊張しました。

でも、折木さんを誘うことに成功しました!

明日は折木さんと……、初めての、で、で、デートです!

そうと決まれば、絶対に遅れるわけには行きません。

今日は早く寝ましょう。……と、その前にお風呂に入らないと。

……どうしても浮き足立ってしまいます。ダメです。一度落ち着かないと。

わたしは深呼吸して落ち着こうとします。

……そういえば、最初に電話に出た女の人。

あの方が折木さんのお姉さんでしょうか。

凛とした、よく通る声の方でした。

どんな方なのでしょう?

いずれ紹介されることもあるかも知れません。

そんな、紹介なんて……。

……。

………………。

いけませんいけません! 妄想に浸ってる場合ではないです!

わたしはお風呂場へと向かいました。

148: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:36:39.43 ID:TvJv0Pak0
~~奉太郎~~

次の朝、俺は寝癖と格闘していた。

相変わらず、俺の寝癖はしつこい。

寝癖を直し終わったのが8時。休みだと言うのに、我ながら早起きをしてしまった。

しかしそれもむべなるかな。今日は千反田との約束があるのだ。

飯でも食うか。俺は台所へ行き、パンを焼き始めた。

あとは卵でも茹でるか。

供恵「……2個、ね……」

いつの間にか、姉貴が眠たげな目を擦りながら立っていた。

仕方ない。俺は鍋に卵を2個、追加した。

供恵「何よ、あんた今日はずいぶん早いのね……」

奉太郎「俺も健全な高校生だしな」

姉貴が爆笑する。失礼な。

149: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:38:05.61 ID:TvJv0Pak0
俺は少々早めに家を出ることにする。

忘れ物はないよな? ハンカチよし。ティッシュよし……。

姉貴は寝巻着のままで、まだムシャムシャ朝食を取っている。

俺は姉貴に声を掛けた。

奉太郎「姉貴。今日はちょっと出掛けてくるぞ。昼は過ぎるだろうから、飯はいらん」

供恵「なーに? ひょっとしてデート?」

俺は少し見栄を張る。

奉太郎「まあ、そんなところだ」

供恵「ええっ? 本当に? やるぅ。さすがあたしの弟ね」

言ってろ。

……だが、よくよく考えると、見栄ってわけでもないのか。

千反田と買い物に行く。これは立派なデートではないのか?

昨日の電話では、そんな単語は一言も出なかったが、考えれば考えるほど、これはデートである。

まあ千反田と俺は付き合ってるわけだし、デートをしても不思議なことはない。

奉太郎(そういえば付き合い始めてから、千反田と二人で出掛けるのは初めてだな……)

あまり気負っても仕方ない。俺は玄関のドアを開けた。

奉太郎「行ってきます」

150: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:39:08.95 ID:TvJv0Pak0
現在時刻、8時40分。

少々早く来すぎてしまったか?

休みの日だが、まだ時間が早いためか、人通りはそれほどでもない。

天気は良かった。辺りには春の麗らかな日差しが降り注いでいる。

暑くもなく、寒くもなく。実にいい季節だ。

俺は大きく息を吸った。肺の中が洗われる気がする。





時計を見る。8時50分。あと10分で約束の時間だ。

(お~れ~き~さ~~~ん!)

? 何か聞こえた気がする。

通りの向こうに目を凝らすと、誰かが走ってくるのが見える。

あれは……、千反田だ。

151: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:40:39.24 ID:TvJv0Pak0
える「ハァハァ、お、お待たせしました。ハァハァ、折木さん……」

奉太郎「まだ時間前だぞ。そんなに走らなくても良かったのに」

える「でも……、折木さんの姿が見えたから、つい嬉しくなってしまって……」

奉太郎「そ、そうか」

嬉しいことを言ってくれる奴だ。俺の顔は少し紅くなったに違いない。

千反田は、薄桃色のワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織っていた。

髪は後ろの上の方で纏めている。

よく似合っている。言うべきだろうか。だが俺の口から出た言葉は。

奉太郎「それで、何処の店に行くんだ?」

える「駅前の百貨店です。いつもそこで買っているんです」

百貨店か。あまり若者らしくないが、千反田には合ってるな、と思った。

しかし俺はあまり百貨店に入ったことはない。

そんな俺の気持ちを、知ってか知らずか千反田は。

える「行きましょう! 折木さん!」

奉太郎「お、おい、千反田」

千反田が俺の手を取って引っ張っていく。その表情は、実に楽しそうだ。

奉太郎(千反田が楽しんでるならいいか)

俺は千反田に引かれるままに付いていった。

152: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:41:48.92 ID:TvJv0Pak0
百貨店の営業は9時かららしく、俺たちが着いたのは、開店してすぐのようだった。

千反田によると、婦人服売り場は3階らしい。

える「エレベーターで行きましょう」

ちょうど手近なエレベーターが上に行くところだったので、二人で乗り込む。

他に客は6人ほど乗っていて、俺たちが乗り込むと扉は閉まり、エレベーターが動き出す。

百貨店のエレベーターだというのに、エレベーターガールらしき人物は見当たらなかった。

残念だ。一度見てみたかったのだが。





3階に着いた。見渡す限り、服、服、服である。

える「春物の普段着はこっちですね」

千反田は迷わず進んでいく。俺は付いて行くしかなかった。

それにしても……。すごく場違いな所に来てしまった気がする。

周りは全部婦人服。不審者として連行されたりしないだろうか。

これが下着売り場だったら、もう目も当てられない。

流石の千反田も、下着を買うのに付き合えとは言わないだろうが……。

153: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:42:56.61 ID:TvJv0Pak0
そうして俺は、千反田の服選びに付き合った。

何着か良さそうなのを選んで、試着室へ持っていき、一着ずつ着替えて俺に見せる。

える「どうですか? 折木さん」

だが俺は、

奉太郎「ああ」

とか、

奉太郎「いいんじゃないか」

ぐらいのことしか言えない。

正直どれも似合っていた。……けど。

果たして俺は本当に役目を果たしているのか、疑問になる。

だが千反田は始終楽しそうだった。

結局千反田は、浅葱色のワンピースと、ベージュのニットを買った。

千反田曰く、『折木さんの反応が違った』らしい。

全く自覚はないのだが。

でも。

楽しそうな千反田の様子を見て、悪くないな、と思うのだった。

154: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:44:13.61 ID:TvJv0Pak0
歩きながら俺は訊く。

奉太郎「千反田はワンピースが好きなのか?」

える「そうですね……。そうかも知れません。着ていて楽ですから」

楽、か。何だか千反田にシンパシーを感じてしまう。楽なのは良いことだ。

ふと時計が目に入る。11時。まだ昼には早いな。どうしようか。

そこで俺はそわそわしだす。

手洗い……。手洗いに行きたい……。

千反田は俺の様子を見て取ったのか。

える「どうかしましたか? 折木さん?」

俺は手洗いに行きたい旨、千反田に伝えた。

える「まあ、大変。この階には男性用のお手洗いが無いんです。
  2階か1階にはあるんですが……。
  折木さん。我慢できそうですか?」

奉太郎「ああ、その程度なら。じゃあ一度1階に下りようか」

それを聞くと、千反田は歩く方向を変えた。

える「こっちに階段があります。1階は階段の近くにお手洗いがありますから……」

なるほど。そっちの方が早いわけか。

奉太郎「わかった、行こう」

155: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:45:16.90 ID:TvJv0Pak0
える「それでは、わたしはここで待っていますね」

手洗いから少し離れたところに立って千反田が言う。

奉太郎「ああ。じゃあちょっと行ってくる」

………………………………。

………………。

……。

ふぅ~~~。スッキリした。俺は手を洗うのもそこそこに……。

いや、やっぱりちゃんと洗うべきだよな。俺はしっかりと手を洗った。





手洗いから出ると。

奉太郎「あれ?」

千反田がいない。

辺りをキョロキョロ見回すが、やっぱりいない。

千反田も手洗いに行ったのかも知れない。

俺はその場で待つことにした。

……そのときの俺は、大した事と考えていなかった。

156: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:46:28.33 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「遅い……」

俺が手洗いを出て、もう10分経つ。

いくらなんでも遅すぎる。このとき初めて俺の脳裏に不安がよぎった。

……まさか。まさかまさか。千反田の身に何かあったのではないか?

そう考えると居ても立ってもいられなくなる。

だが待て。千反田は高校生だ。そうそう危険なことに巻き込まれるとは考えにくい。

しかし……。この1階の階段付近は店々の賑わいからはちょっと外れたところにある。

人通りも少ない。万が一ということはあり得るのではないか?

奉太郎「ははは……」

乾いた笑いが喉から漏れる。

そんな馬鹿な。神山市は治安の悪いところではない。

白昼堂々高校生がかどわかされるなんて聞いたことがない。

千反田のことだ。どうせ何か気になることがあって、ひょこひょこ付いて行ったに違いない。

いや、それをかどわかされると言うのか?

奉太郎「と、とにかく!」

探しに行こう。

流石に攫われたとは考えにくい。この百貨店の何処かにいる可能性は高い。

157: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:47:30.47 ID:TvJv0Pak0
俺は1階をざっと見て回った。いない。

そうだ! 婦人服売り場の試着室。あそこに何か忘れ物でもしたのかも知れない。

俺は3階へ向かった。

だがそこにも千反田はいなかった。

買い物をしたところだけでなく、一通り周ってみたがやっぱりいない。

嫌な汗が垂れてくる。

思い出されるのは、昨日部室で感じた嫌な予感。

いや、落ち着け折木奉太郎!

あんなのはただの夢だ。実際起こり得るはずがない。

だが現実問題、千反田は俺の前から消えてしまった。

……いや、まだ全部探したわけじゃない。

奉太郎「もう一回、最初から探してみよう」

158: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:48:31.54 ID:TvJv0Pak0
そのとき、館内アナウンスが鳴った。

『神山市、○○町三丁目からお越しの、△△様。◇◇君が迷子センターで……』

そうか、迷子センターか……。相談してみるというのもありかもな。

だが、俺と千反田。一体どちらが迷子なのだろう?

第一高校生にもなって迷子はないだろう。

奉太郎「やっぱりもう一回探そう」

入れ違いということもある。

くそ、こんな時、携帯電話があれば……。

千反田も俺も携帯は持っていないのだ。

俺は1階の手洗いの前まで戻った。

そこから1階1階上って探していく。

階段は駆け上がった。エレベーターやエスカレーターではまどろっこしい。

そうして全6階を探し終えたが、千反田は見付からなかった。

159: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:49:35.50 ID:TvJv0Pak0
あとはこの扉の向こう。屋上だけだ。

奉太郎(頼む……。いてくれ!)

俺は恐る恐る扉を開ける……。





屋上は公園のようになっていた。屋台の食べ物屋がいくつか見える。

俺は半ば駆け足で屋上公園を一回りする。

カップルや家族連れが多い。俺はそれらを恨めしそうに見やりながら、千反田の姿を探す。

だが……。

奉太郎(いない!)

何てことだ。千反田は本当に消えてしまった!

俺は手近なベンチにガックリと腰を落とす。

あと考えられるのは百貨店の外。

だがそれこそ一人では探しきれない。

この神山市が一体どれほどの広さだと思っているのだ……。

俺は大きく息を吐いた。

160: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:51:03.32 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「千反田ぁ……」

俺はベンチでうなだれていた。

もう気力は残っていなかった。

脚がガクガクして立ち上がることも出来そうにない。

この一年の千反田との思い出が、走馬灯のように甦っていた。

古典部への入部、『氷菓』事件、『女帝』事件、文化祭、そして……。

そして、春休みの雛まつり。

今にして思えばどれもいい思い出だ。

決して楽しいことばかりではなかった。苦い経験もした。

だが今となっては、それも含めていとおしく思えるから不思議だ。

これも千反田のおかげかも知れない。いや、きっとそうだ。

千反田が、俺の色気のない高校生活に彩りを与えてくれた。

里志言うところの『灰色』だった俺に……。

いかん、何だか泣けてきそうだ。

そのとき、よく聞き知った声が俺を呼んだ。

161: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:52:26.01 ID:TvJv0Pak0
える「折木、さん……?」

奉太郎「ちたん、だ……?」

俺は声のするほうを向いた。

……信じられない。あれだけ探しても見付からなかった千反田が、目の前にいた。

奉太郎「千反田!」

俺は千反田に駆け寄った。

両肩を掴み、揺さぶる。

奉太郎「千反田! 今まで何処に!? 一体どうして!?」

える「あの、ごめんなさい、わたし……」

いや、そんなことより。

奉太郎「よかった……!」

える「えっ、ちょっ、折木さん……!?」

俺は人目も憚らず、千反田を抱き締めた。

それはもう、きつく。

奉太郎「本当に、よかった……」

える「折木さん……」

千反田も抱き締め返してくれた。

162: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:54:04.80 ID:TvJv0Pak0
俺と千反田は歩きながら話していた。

千反田が何処へ行っていたのかと言うと……。

何のことはない。

俺が手洗いへ行ったあと、千反田は迷子を見付けた。

その子と一緒に、親を探していたのだと言う。

親を探しながら迷子センターへ向かい、放送で呼び出してもらった。

幸い親はすぐに迎えに来て、千反田はいたく感謝されたのだと言う。

千反田を探している途中で聞いた、あの放送。あれがそうだったのだろう。

知ってみれば、なーんだ、という感じだ。

その後千反田は元の場所に戻ったが、俺がいなかったので、俺と同じように探し回ってたらしい。

運悪く、すれ違っていたのだろう。

千反田が立ち止まった。

える「あの、折木さん。本当にごめんなさい!」

千反田がペコリと頭を下げる。

える「心配、しましたよね? わたし、一つのことに入れ込むとつい周りが見えなくなってしまって……。
  本当に何とお詫びしたらいいか……、ごめんなさい……」

千反田の眼が潤んでいる。千反田を泣かせるのは俺の本意ではない。

163: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:55:14.20 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「いいんだ」

俺は言った。

奉太郎「ちょっと心配になって、探し回って疲れただけだ。あまり気にするな」

俺は千反田の頭を撫でる。

嘘だ。

あんなに青くなって、必死で探し回って、終いには不安で脚が立たなくなっていた。

もうあんなことは御免被りたい。

もっとも俺も、冷静さを欠いていた。

今にして思えば、ずいぶん先走った考え方をしていた気がする。

……俺としたことが。

昨日変な夢を見たせいだ。

える「折木さん……」

奉太郎「腹が減ったな。何処かに何か食いに行こう」

える「はいっ」

俺たちは再び歩き出す。

164: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:56:51.48 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「でも千反田……」

俺は並んで歩く千反田の肩を抱き寄せた。

える「あっ……」

奉太郎「もう俺に黙って、何処かへいなくなったりしないでくれ。お願いだから」

える「折木さん……」

千反田は少しの間俯いていたが、顔を上げると明るい笑顔で言った。

える「はい……、約束します」



思えば、人間突然この世からいなくなってしまう可能性はゼロではない。

突発的な事故や病気が、俺達を襲う可能性もなくはないのだ。

いや、そんな最悪の事態でなくても、こうして千反田と肩を並べて歩く日々もいつか終わりを迎えるのかも知れない。

そう考えると、今という時間が得難い宝のように思える。

さっき屋上で見た走馬灯。

あのように今が思い出に変わっても、俺は千反田とこうして並んでいられるだろうか。

……並んでいたいな。是非並んでいたい。

今を今だけで終わらせないために。

俺は何が出来るだろうかと、思案を巡らせていた。

166: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 13:59:07.82 ID:TvJv0Pak0
おまけ

昼食を済ませた俺たちが、店を出たのが午後1時。

奉太郎「どうする? もう帰るか?」

千反田が、うーん、と考え込む。

える「そうですね……。
  まだ時間は早いですし、このまま帰ってしまうのは何だかもったいない気がします……」

じゃあ何処かに遊びにいくか、と言おうとして、俺はろくな遊び場を知らないことに気が付いた。

ここから近いといえば、ボーリング? カラオケ?

……ダメだ。それくらいしか思い浮かばん。

こういうとき、遊び人の里志なら困らないのだろうな、と思う。

だが里志に頼るわけにはいかない。俺が何とかしないと。

そのとき千反田がポン、と手を叩く。

える「そうです! わたし、行ってみたい所があるんでした!」

ほほう。

167: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:00:10.41 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「何処だ? ここから近いのか?」

える「はい、確か。……折木さん折木さん」

千反田が、俺に近くに来るよう手招きをする。

奉太郎「なんだ?」

千反田はヒソヒソ声になると言った。

える「ゲームセンターって所なんですけど、折木さん、知ってます?」

奉太郎「……ゲームセンター?」

もちろん知らないはずがない。

中学時代は里志と時々通ったものだ。最近はご無沙汰だったが。

奉太郎「何だ千反田。ゲーセンに行きたいのか?」

千反田はちょっとはにかんだ。

える「はい。前々から少し興味があったんですけど……。
  一人で入るのは何だか気が引けてしまって……。
  興味のある友達もいないので、いつか折木さんにお願いしようと思ってたんです」

千反田とゲームセンター。意外な取り合わせだ。

168: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:01:01.81 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「よし、それじゃあ行ってみるか」

える「はい、お願いします!」

連れ立って歩き出す。

駅前のゲーセンというと、確かこっちだったな。

俺と里志がよく行っていたのは、商店街のゲーセンなのだ。

実は駅前のゲーセンには、あまり来たことがなかった。

奉太郎「こっちの方でよかったよな?」

える「はい、合っていると思いますよ」

どうにもおぼつかないが、とりあえず行ってみよう。

そのときだった。

える「あれ? 摩耶花さんじゃないですか?」

思いがけない言葉に、たたらを踏んでしまう。

169: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:02:07.95 ID:TvJv0Pak0
見ると確かに伊原だ。

向かいの歩道を、こちらに向かって歩いてくる。

える「まーやーかーさーーーん!」

千反田が大声で手を振る。

奉太郎「おい、何も……」

そこまで言って、何もやましい事はしていない。堂々としてればいいんだ、と思い直す。

伊原はこちらに気付くと、目を丸くした。そして、こちらに渡ってきた。

摩耶花「おっす、ちーちゃん。折木も」

える「こんにちは、摩耶花さん」

奉太郎「よお……」

摩耶花「どうしたの、二人で。……もしかしなくても、デート?」

奉太郎「いや、千反田の買い……」

える「そうなんです! 折木さんに服を選ぶのを手伝ってもらいました!」

それはそれは嬉しそうに千反田が言う。

俺は、やっぱりこれはデートなんだ、と千反田の言葉を噛み締めていた。

213: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/18(火) 14:11:54.43 ID:89vw1bod0
摩耶花「そっかぁ……。わたしも思い出すなぁ……」

伊原が少し遠い目をした。



聞くところによると、伊原は画材の買出しに来たらしい。

この辺では、駅前のショップでしか揃わない物がいくつもあるらしい。

える「わたしは、折木さんがこれからゲームセンターに連れていってくれるんです!」

おい、何もそこまで。

伊原の眼つきが変わった。つかつかと俺の方へ歩み寄ってくる。

摩耶花「ちょっと折木。ちーちゃんを悪の道に引き摺り込まないでよ」

奉太郎「違う。千反田が行きたいって言い出したんだ」

摩耶花「だからって、ちーちゃんが擦れちゃったらどうしてくれんのよ……」

伊原は一際俺を睨むと―――眼で殺すというやつだ―――念押しするように言った。

摩耶花「くれぐれもちーちゃんに、悪い遊びを教えないでよね」

奉太郎「わかった、善処する」


171: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:03:56.82 ID:TvJv0Pak0
摩耶花「それじゃあちーちゃん。精一杯楽しんできてね」

伊原は飛び切りの笑顔で言った。

何で俺と千反田に対する態度が、こうも違うのだか。

える「ありがとうございます! 摩耶花さん」

摩耶花「それじゃあわたし行くね! また学校でね!」

える「はい。お気を付けて、摩耶花さん」

奉太郎「じゃあな……」

千反田と伊原はお互い手を振り合っている。

やがて伊原の姿が見えなくなると……。

える「それじゃ、行きましょうか、折木さん」

奉太郎「ああ、行こう」

172: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:04:50.26 ID:TvJv0Pak0
目的のゲーセンには割とすんなり着いた。

える「わぁ……」

千反田が看板を見上げる

える「外からでも、すごく賑やかです……」

奉太郎「それじゃ、入るか」

える「ふふっ、わたしのゲームセンターデビューですね。何だかドキドキしちゃいます」

大げさだな、千反田は。俺は笑う。

だが俺も、初めてゲーセンに入ったときはそんな感じだったかもな、と思った。




中に入った千反田は、見るもの全てが珍しいようで、眼を輝かせていた。

える「わあ、あれは何ですか!? あっ、こっちも気になります!」

おいおい、あまりちょろちょろするなよ。

173: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:06:10.60 ID:TvJv0Pak0
える「これは……、麻雀のゲームですか? 気になります!」

うっ。よりによってそれか……。

える「見たところ、二人で打っているようです。これが『二人打ち』と言うやつでしょうか」

奉太郎「千反田は麻雀に詳しいのか?」

える「いいえ、全然。ただ親戚の方がやっているのを見たことはあります。
  そのときは4人でやっていましたよ」

奉太郎「まあ普通はそうだな」

える「あれっ? 女の人が出てきましたよ?」

これは……、とにかく不味い……。

奉太郎「千反田!向こうにもっと面白いのがありそうだぞ!」

える「ええっ? 何処何処!? 何処ですか!?」

こうして俺は何とか千反田の興味を、脱衣麻雀ゲームから引き剥がすのに成功した。

……伊原との約束もあるしな。

俺は律儀な男なのだ。

174: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:07:18.37 ID:TvJv0Pak0
やがて俺たちは、一つの大型筐体の前にたどり着いた。

える「この大きいのもゲームなんですか? ……ヴァーチャル オン、ですか」

奉太郎「どうだ? ちょっとやってみるか?」

える「ええっ! ……わたしに出来るでしょうか?」

奉太郎「どうかな。でもせっかくゲーセンに来たんだ。やってみないか?」

千反田は少しの間逡巡する。

える「そうですね……。わたし、やってみます!」

そう来なくては。俺は千反田をコックピットに座らせると、簡単に操作の説明をした。

奉太郎「荷物は足下に置いておくといい。で、コインを入れて……、それじゃ!」

える「ああっ、何処行っちゃうんですか!?」

俺は反対側から隣のコックピットに滑り込む。そしてコインを投入すると千反田の方に向き直る。

奉太郎「俺と対戦しよう」

175: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:08:27.64 ID:TvJv0Pak0
える「対戦……、折木さんと戦うってことですか? ……負けませんっ!」

どうやらやる気になったようだ。その方が俺もやりがいがあると言うもの。

千反田はオーソドックスな、ヒーロー然とした機体を選んだ。

俺はいつもの大鑑巨砲主義な機体。

最初のラウンドは、千反田の慣熟訓練に費やされた。

俺は一切手出ししなかったので、千反田のポイントとなる。

える「えっ、わたし、勝ったんですか?」

奉太郎「まだまだ、これからさ」

2ラウンド目。今度は俺も動き回る。が、なるべく手出しはしないようにした。

終了間際、俺が攻撃をヒットさせ、俺のポイントに。

奉太郎「さあ、次で決まるぞ」

俺も本気を出すとするか。……少しだけ。

176: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:09:35.08 ID:TvJv0Pak0
全く勝負にならなかった……。

計2ラウンドを費やした訓練も空しく、千反田の機体は頓珍漢な動きを繰り返すばかり。

最後に沈んだ自分の機体を見て、千反田は言ったものだ。

える「かわいそうです……」





える「ああ、負けてしまいました……」

何というか、まあ、その。

える「折木さん、強いんですね。びっくりしてしまいました」

奉太郎「言っとくが、俺は決して上手い方じゃないぞ。
   ランカー相手になると、俺じゃ全く歯が立たない」

える「折木さんより強い方が……。ランカさん? すごいんですね……」

177: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:10:37.43 ID:TvJv0Pak0
そのあとも色々見て回ったが、千反田は、メダルゲームに一際強い関心を示した。

える「この増やしたメダルは、どう使うんですか?」

奉太郎「またメダルゲームに注ぎ込んで、更に増やすんだ」

える「更に増えたメダルは、どうするんですか?」

奉太郎「更にメダルゲームに注ぎ込み、もっと増やす」

える「そう考えると、何だか不毛ですね」

奉太郎「まあ、見返りのないギャンブルみたいなものだからな」

える「ギャンブルで思いついたんですけど、このメダル、何か景品と交換することは出来ないんでしょうか?」

奉太郎「よくは知らないが、そうすると賭博行為になるんじゃないか」

える「なるほど……。ここはあくまでゲームセンターですもんね」

そんな話をしながら、千反田はメダルゲームに打ち込むのだった。

178: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:11:43.92 ID:TvJv0Pak0
える「ふぅ……、流石に疲れました」

奉太郎「何か飲み物でも買うか?」

える「そうですね。喉も渇きましたし……。……あっ!」

奉太郎「どうした?」

える「あれ何でしょう? 可愛いです!」

そう言って千反田が指差す方へ、二人で近づく。

そこにはUFOキャッチャーと、その中に積まれたぬいぐるみがあった。

何だかよくわからない、野菜をモチーフにしたキャラクターのようだ。

お世辞にも可愛いとは言い難い気がするが……。こんなキャラクターいただろうか?

それはともかく、うん。あれなら取れなくはなさそうだ。

奉太郎「取ってみるか。取れたらお前にやる」

える「本当ですか!? でも取れるでしょうか?」

奉太郎「多分な」

える「頑張ってください、折木さん!」

俺は五百円玉を投入する。

……。

………………。

ダメか。もう五百円だ。

気が付けば俺の方がのめり込んでいた……。

179: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:12:44.17 ID:TvJv0Pak0
帰り道。俺は千反田を家まで送ることにした。

奉太郎「すまん、千反田。大口叩きながら結局取れなかった」

える「そんな……。わたしの方こそごめんなさい。三千円も使わせてしまって……」

奉太郎「いいんだ……。俺が好きでやったことだからな……」

える「でも……」

奉太郎「とにかく、受け取らないからな」

千反田はそれきり口をつぐんでしまう。

千反田は、俺がUFOキャッチャーで摩った三千円を払うと言ってきたのだ。

……千反田の手前、見栄を張ったが、三千円は相当大きい。

また姉貴に頭を下げなければいけないかも知れない。

そう思うと気が重くなる……。

180: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:14:25.10 ID:TvJv0Pak0
いかんいかん。俺がこんな顔をしていては。

せっかくのデートなのに、千反田まで曇らせるわけにはいかない。

手を握ろうと、手を彷徨わせる。だが千反田は。

奉太郎「お、おい」

千反田は手を握らずに、腕に抱きついてきた。柔らかいものが腕に当たる。

える「どうかしましたか?」

奉太郎「いや、何でもない……」

まあいいか。千反田の好きにさせよう。

そうして俺たちはしばらく無言で歩いた。

181: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:15:43.59 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「千反田」

える「何ですか?」

奉太郎「今日は楽しかったか?」

える「はいっ! とっても!」

千反田は満面の笑みを浮かべる。

える「またお買い物に付き合ってくださいね」

奉太郎「ああ、そのくらいならいくらでも……」

俺は気になっていたことを聞いてみる。

奉太郎「ゲームセンターの方はどうだった?」

える「とても楽しかったです。見るもの全てが初めてで。ぬいぐるみ、取れなかったのは残念でしたけど」

千反田は、ええと、と続ける。

える「でもですね。また行きたいか? と言われたら、ちょっと遠慮したいです。
  やっぱりああいうのは、わたしの肌に合わない気がします」

やっぱりそうか。何となくそう思ってた。

える「ごめんなさい。私が行きたいって言い出したのに」

奉太郎「良かったじゃないか。肌に合わないことがわかって」

俺は素直な気持ちを言った。

える「折木さん……」

千反田の表情が崩れる。

える「ありがとうございます……」

182: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:16:44.26 ID:TvJv0Pak0
景色が田園風景に変わりつつある。

千反田の家までは、まだもう少し距離がある。

時間は5時前だが、大分日は傾いてきた。

える「ねえ、折木さん」

千反田が立ち止まる。

える「今日はここで別れませんか?」

奉太郎「どうしてだ? 送るぞ」

える「でも、わたしの家まで行って、そこから帰られたのでは、折木さんの帰りが遅くなってしまいます。
  お家の方も心配するでしょう」

確かに千反田の家まで行って、また俺の家まで歩くのはかなり時間が掛かってしまう。

奉太郎「しかしだな……」

える「実は今日、家の者がいないんです」

そうなのか。しかしそれと今の話と何の関係が?

183: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:17:47.63 ID:TvJv0Pak0
千反田は、言うべきか少し迷っているようだったが、やがて決心したように口を開いた。

える「わたし、今日折木さんに言おうと思ってました。
  ……泊まっていってくださいって」

千反田の言葉に、思わずドキリとする。

える「それなりの覚悟もしてきたつもりでした。
  でも、いざとなるとやっぱり足が竦んでしまって……。
  これでいいのかな、って考えてしまうんです。
  それでも折木さんが家に来てしまったら……、言ってしまいそうな自分もいて……。
  わたし、悪い子なんです。親のいない間に、男の人を家に連れ込もうとして」

千反田は少し寂しそうに笑う。

える「わがままですよね、わたし。
  でもこんな気持ちのままじゃ、とても折木さんを迎えることなんて出来ないと思って……。
  だから……!」

俺は千反田の肩を抱いた。

奉太郎「わかった。ここで別れよう。だけどな、千反田……」

俺は千反田の額を軽く小突いた。

える「あっ」

184: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:19:21.34 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「お前は少し急ぎすぎだ。俺は何処へも逃げたりしないぞ。
   無理をすることはないんだ。お前なりにゆっくり答を見つければいい」

える「折木さん……」

奉太郎「その、お前さえ良ければ、いくらでも待っててやるから……」

える「ふふっ、ありがとうございます」

そして千反田は満面の笑みを浮かべると言った。

える「わたし、やっぱり折木さんを好きになって良かったです!」

俺はつい、目を逸らしてしまう。

ああもう。

俺は照れ隠しついでに、千反田に別れを告げた。

奉太郎「じゃあな、千反田。今日は楽しかったよ。またな」

える「あっ! 待ってください!」

185: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:20:38.36 ID:TvJv0Pak0
何だろう。まだ何かあるのだろうか?

える「図々しいお願いだとは承知しているのですが……。その、キス、してくれませんか?」

そう来たか。

奉太郎「わ、わかった」

何故だろう。千反田とは何度となくキスをしているはずなのに、いつになくドキドキしている自分がいた。

奉太郎(今日は色々な事があったからな)

千反田がいなくなったと思ったときは、本当に肝を潰した。

だが変な話、千反田がいなくなったおかげで、俺は千反田の大切さに改めて気付いた気がする。



千反田が唇を突き出してキスをねだってくる。

俺は少し笑うと、千反田の唇に、自分の唇をそっと重ね合わせた。

186: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 14:24:59.39 ID:TvJv0Pak0
お終いです 

187: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:05:09.96 ID:TvJv0Pak0
暇なので、冒頭でえるたそが見ていた夢の内容でも書いていくかな


える「~♪」

その日、わたしはご機嫌でした

足取りも軽く、特別棟の階段を上っていきます

もちろん、古典部に顔を出すためです

折木さん、来ているでしょうか?

188: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:12:44.17 ID:TvJv0Pak0
4階に着きました

古典部の部室は、一番向こう側です

わたしは今にもスキップしそうな足取りで、部室の方へ向かいます

部室の少し前まで来ると、部室から人の話し声が聴こえてきました

奉太郎「だ……、……らが……、……だ」

??「……な、…………わ」

あれは折木さん、それと……、摩耶花さん……?

189: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:18:26.92 ID:TvJv0Pak0
わたしは部室の扉にそおっと近づきます

扉はほんの少し、開いていました

わたしはそこから中の様子を窺います

何でそんなことをしたのでしょう

何か予感があったのかもしれません

190: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:25:35.27 ID:TvJv0Pak0
中では折木さんと摩耶花さんが、差し向かいで話をしていました

ただならぬ様子です

奉太郎「だから! 何でダメなんだ!?」

摩耶花「そんなこと言われても困るわ……」

摩耶花「お願いだからわかって、折木……」

奉太郎「そんなの納得できるか!」

191: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:36:55.56 ID:TvJv0Pak0
何でしょう? 何を言い合っているのでしょう?

わたし、気になります!

でもそれは悪夢の始まりでした……

摩耶花「ね、やっぱりやめよ」

摩耶花「こんなとこ、ちーちゃんやふくちゃんに見られたら……」

奉太郎「俺は構わない」

奉太郎「俺はお前のことが……、好きだ! 伊原!」

192: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:41:47.34 ID:TvJv0Pak0
………………

ちょっと何を言ってるかわからないです

だって折木さんはわたしと……

折木さんが摩耶花さんのことを……?

……ええっ!!

そ、そんなはずないです!

だってだって、折木さんはわたしに……

193: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:47:44.30 ID:TvJv0Pak0
摩耶花「わ、わたしだって!」

奉太郎「だったら」

摩耶花「でもダメ! わたし、ふくちゃんを裏切れない……」

ま、摩耶花さんも折木さんのことを……?

だって摩耶花さんは福部さんと……

わたしは信じられない思いで、その光景を見つめていました

194: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 15:55:35.55 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「そんな……、俺の想いはどうなるんだよ……」

折木さんは、わたしにも見せたことのないような、切なげな表情をします

それを見て、わたしの胸はキュウッと締め付けられるのでした

奉太郎「何よりお前は! 自分の気持ちに嘘を吐いてまで里志と付き合えるってのか!」

摩耶花「!」

195: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:04:08.73 ID:TvJv0Pak0
える「折木さん……」

わたしにも嘘を吐いてたってことですか!

そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、折木さんは

奉太郎「……千反田とは別れる」

える「!」

奉太郎「元々あいつが一方的に言い寄ってきただけなんだ」

奉太郎「俺には最初からお前だけだ」

196: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:12:13.91 ID:TvJv0Pak0
そんな……、そんな……

酷いです

酷すぎます、折木さん……

摩耶花「……わ、わたし!」

奉太郎「伊原……、いや、摩耶花!」

折木さんが摩耶花さんを抱き締めます

197: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:16:54.41 ID:TvJv0Pak0
摩耶花「奉太郎……」

える「!!」

摩耶花さんも折木さんを抱き返します

しかも下の名前で呼び合って……

わたしたちだってずっと苗字で呼び合ってたのに……


198: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:22:29.72 ID:TvJv0Pak0
奉太郎「いいんだな?」

摩耶花「うん、待たせちゃってゴメンね……」

だ……、ダメ……

折木さんと摩耶花さんの唇が、次第に近付いていきます

ダメ……、ダメ……

今まさに、二人の唇が触れようというとき……



ダメ~~~!!!



わたしは部室に飛び込みました

199: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:29:59.92 ID:TvJv0Pak0
………………………………。

………………。

……。

える「あ、あれ? わたし……」

ここは? 部室のようです。

そうです! わたし、折木さんと摩耶花さんの情事の最中止めに入って……。

でも変です。そんな様子はありません。

人の気配がするのでその方向を向きます。

……。

える「お、折木さん!?」

奉太郎「ああ、いるぞ」

200: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:35:17.05 ID:TvJv0Pak0
わたしの顔がカアッと紅くなります。

あれは……、夢、だったのですね……。

わたしはおずおずと椅子に座ります。

わたしは何という夢を見てしまったのでしょう

でも、心の底からホッとします。

そうです。折木さんや摩耶花さんがあんなことをするはずありません!

201: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:38:42.16 ID:TvJv0Pak0
あ、でも……。

わたし立ち上がっていました。

夢を見ながら思わず立ち上がってしまったのでしょうか

何か叫んだ気もします。

とりあえず、折木さんに話し掛けます。

202: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:42:30.29 ID:TvJv0Pak0
える「来ていらしたんですか……」

奉太郎「ああ、ついさっきな」

える「恥ずかしいところ、見られちゃいましたね……」

奉太郎「なに、気にすることはないぞ。それでどんな夢を見ていたんだ?」

やっぱり! わたし何かしでかしたんですね……。

わたしはますます紅くなります

203: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:46:35.07 ID:TvJv0Pak0
える「そ、それは……。ダメです! 言えません!」

言えるわけがありません!

あんな破廉恥な……。

けれど折木さんはニヤリと笑うと。

奉太郎「言えないような内容なのか? 俺にも言えないのか」

うう……、折木さん意地悪です……。

204: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:50:45.94 ID:TvJv0Pak0
える「お、折木さんだから、言えないんです……。あの、もう勘弁してください……」

ダメです。絶対に言えません!

奉太郎「はは、すまんすまん。冗談だよ」

わたしは胸を撫で下ろしました。

205: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 16:59:38.40 ID:TvJv0Pak0
折木さんの追及をかわしたわたしは、少し考えていました。

何であんな夢を見てしまったのか。

夢ですから、別に大した意味はないのかも知れません。

でも……、あんな夢、嫌でも気になります。

わたし、何か不安があるのでしょうか?

もちろん折木さんのことは信じています。

ですが……。

折木さんの心を繋ぎ止めておくために、何か出来ることはないでしょうか?


そのとき、わたしの頭にある考えが閃きました。

206: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/17(月) 17:01:24.60 ID:TvJv0Pak0
お終い

即興でものを書くのは、いつ筆が止まるかという恐怖との戦いだ……

216: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:06:07.16 ID:YzhxCR+d0


タイトル 

摩耶花「折木の髪を切るわよ!」 える「……」 

217: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:07:00.03 ID:YzhxCR+d0
それはうららかな春の日の放課後。

伊原の一言から始まった。

その時はまさかそんなことになるとは、夢にも思わなかったのだ……。





古典部の部室には4人全員が集まっていた。

もっとも、集まったからといって、何か一つのことに打ち込むわけではない。

古典部はそういう部活ではなかった。

秋の文化祭には文集を出すが、それもまだまだ先のこと。

要するに一人一人が、思い思いのことをしていた。

……いや。今は正確には、俺だけが違うことをしていた。

他の三人がおしゃべりに興じる中、俺はいつも通り読書。

そんな時、伊原の一言が耳に飛び込んできた。

摩耶花「それにしてもさ。ちーちゃんの髪って綺麗よね」

218: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:08:00.88 ID:YzhxCR+d0
俺は思わず聞き耳を立てる。

摩耶花「黒くてツヤツヤしてて。サラサラなのにフワッとしてて……」

える「そんな。……照れてしまいます」

里志「いやいや、ホントそうだよ。正に大和撫子と言うに相応しいね!
  これだけ見事な髪だと、手入れはさぞかし大変なんじゃないのかい?」

千反田は少しはにかんだように言う。

える「そうですね。それなりに気を使っていますよ」

摩耶花「いいなぁ。わたしちょっとくせっ毛だから……、憧れちゃう」

える「そんな……。摩耶花さんの髪だって、可愛らしくてわたしは好きです」

摩耶花「えへへ……。ありがと、ちーちゃん」

里志「千反田さんは優しいね」

伊原が里志を睨んだ。……ような気がした。

219: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:08:35.98 ID:YzhxCR+d0
摩耶花「ねぇねぇ、触ってもいいかな……?」

える「はい、どうぞ」

伊原が嬉しそうに千反田の後ろに回りこんだ。

摩耶花「近くで見るとますます綺麗……。手触りが気持ちいい……」

える「ひゃあ! く、くすぐったいです、摩耶花さん」

伊原は、よいではないか、よいではないか、と千反田にじゃれつく。

お前は時代劇の悪代官か。もしくは俺の姉貴か。

もっとも、千反田も本気で嫌がっているわけではない。

よくある、……かどうかは知らないが、女子同士のスキンシップなのだろう。

里志は入る隙がなくて、ちょっとつまらなそうである。

220: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:09:27.59 ID:YzhxCR+d0
摩耶花「ハァ……。気持ちよかった……」

伊原はセクハラ……、もといスキンシップを堪能すると、自分の席に戻る。

える「髪と言えば……、わたし、折木さんの髪が気になります!」

突然千反田が、俺の方に水を向ける。

奉太郎「お、俺?」

思わず本を取り落としそうになる。

える「はい! フサフサで、モコモコしてて……。ああ、触ってみたいです……」

奉太郎「……」

こいつの趣味は、時々わからん……。

摩耶花「やめときなよ、ちーちゃん。折木の髪だよ? 何か不潔っぽいじゃない……」

不潔とは失礼な。これでも二日に1回は洗髪を欠かさないんだぞ。

里志「不潔かどうかはともかく、確かにボリューミーではあるけど、さほど面白みのない髪だと思うけどなぁ」

221: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:10:10.55 ID:YzhxCR+d0
奉太郎「そうだぞ、千反田。別に触ったって面白いことは何もない」

だが千反田はなおも力説する。

える「皆さんはわかってないです! ……だってこんなにフサフサしてて……。モコモコで……。
  可愛くて……。まるでぬいぐるみみたいです……」

摩耶花「ち、ちーちゃん……?」

千反田は恍惚とした表情を浮かべる。そんなに……。

える「ねえ、折木さん。触ってもいいでしょうか?」

奉太郎「ま、まあ、そこまで言うなら構わんが……」

千反田の表情がパァッと輝く。そんなに嬉しいことなのか……?

千反田が嬉しそうに背後に忍び寄る。

そして俺の頭に両手を置くと、手を揉むように動かし始めた。

222: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:10:52.99 ID:YzhxCR+d0
……た、確かにちょっとくすぐったいな。

える「はぁ……。モフモフです……」

千反田のうっとりとした声が聞こえる。

える「気持ちいい……」

な、何だか居心地が悪い。

里志がニヤニヤしてこっちを見ている。

次の瞬間、何かがポフッと俺の髪に埋まる。

奉太郎「ち、千反田……?」

千反田が顔を埋めたのだ。

摩耶花「ちょ、ちーちゃん!?」

える「すぅ……、はぁ……。少し良い匂いがします……」

223: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:11:35.97 ID:YzhxCR+d0
や、待て。それは何だか……、まずい。

俺は恥ずかしさとくすぐったさで、身をよじる。

だが千反田は、なおも息をすることをやめない。

える「すぅ……、はぁ……、すぅ……、はぁ……」

もはや伊原は唖然としていた。里志は可笑しくて仕方ないのか、笑いを噛み殺している。

奉太郎「う……、あ、ち、たんだ……」

駄目だ、これ以上は……。

俺は我慢できずに立ち上がった。

える「あ……」

奉太郎「も、もういいだろう?」

える「はい……」

そう言いながら、千反田は明らかに残念そうだった。

える「またさせてくださいね」

奉太郎「う」

勘弁してくれ……。

224: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:12:12.96 ID:YzhxCR+d0
里志「そう言えばさ」

里志が言う。

里志「ホータローの髪、ずいぶん伸びたよね。そろそろ切った方がいいんじゃないかな」

摩耶花「確かにちょっと鬱陶しいかも。そうよ、切りなさいよ」

やっぱりそう思うか。俺も薄々は感じていた。

える「え? 切っちゃうんですか……」

こいつは……。

奉太郎「そうだな。だが姉貴がいない」

摩耶花「あんたのお姉さんが何の関係があるのよ」

里志「ホータローはね、いつもお姉さんに切ってもらってるのさ」

摩耶花「そっか、あんた昔からお姉ちゃん子だったもんね」

伊原が心外な発言をする。

225: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:13:00.84 ID:YzhxCR+d0
摩耶花「何だったらわたしが切ってあげよっか?」

奉太郎「伊原が?」

思わず伊原の方を向く。

摩耶花「勘違いしないでよね。あんたの鬱陶しい髪を見てると、イライラするから」

さいですか。

奉太郎「お前、髪なんか切れるのか?」

その疑問には里志が答えた。

里志「摩耶花はね、こう見えてよく僕の髪を切ってくれるんだ」

へえ、それは初めて聞いた。

摩耶花「こう見えて、ってのが気になるけど……。で、どうなのよ」

そうだな、この際だから切ってもらうのもいいかも知れん。

奉太郎「じゃあお願いするか……」

226: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:13:52.53 ID:YzhxCR+d0
里志「じゃあ決まりだね。いつにする?」

楽しそうに里志が言う。何でこいつが仕切ってるんだか。

奉太郎「土曜日の放課後はどうだ?」

摩耶花「学校が終わったら、あんたと一緒にあんたの家に行けばいいのね」

俺は頷く。

その時、うずうずしていた千反田が口を開いた。

える「わ、わたしも行きます!」

里志「ええっ?」

える「今の折木さんの髪の見納めですから……。是非立ち合わせてください!」

おい、そんな必要がどこに……。

里志「よし、決まりだね。もちろん僕もいくよ。土曜日はホータローの家で、ホータローの散髪会だ!」

奉太郎以外「おおーーー!!」

何で……、何でこんなことに……。

227: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:14:37.86 ID:YzhxCR+d0
そして土曜日の放課後がやって来た。

俺たち四人は、揃って俺の家へ向かう。

俺はムスッとしていた。

そんな俺に千反田が声を掛けてくる。

える「ごめんなさい、折木さん。無理を言ってしまって」

奉太郎「いや……、いいんだ」

いいんだ……、もうどうでも……。

千反田はニコリと笑うと。

える「折木さんならそう言ってくれると思ってました。切る前に髪、触らせてくださいね」

こいつは……、まだ……。

俺は大きく溜め息を吐くのだった。

228: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:15:34.17 ID:YzhxCR+d0
そうこうしてるうちに、俺の家へ到着する。

奉太郎「まあ、入れよ」

里志「お邪魔しまーす」

摩耶花「お邪魔します」

える「お邪魔します……」

リビングに三人を招き入れる。

奉太郎「とりあえず、何か飲むか?」

スポーツドリンクか麦茶くらいしかないけどな。

里志「甘い物がいいね」

摩耶花「何でもいいわよ」

える「麦茶、ありますか?」

三者三様のご希望に添った飲み物を、俺はお盆で運ぶのだった。

229: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:16:32.01 ID:YzhxCR+d0
摩耶花「さて、と。じゃあそろそろ始める?」

里志「まずは場所の確保からだね」

える「ここでするんですか?」

奉太郎「そうだな。低いテーブルとソファをどかそう」

みんなに手伝ってもらって、場所を作る。

そこに新聞紙を敷いて、椅子を置いて、と。

奉太郎「ハサミとか、道具がいるな。持ってくる」

摩耶花「ああ、ハサミ類は持ってきたから。カットクロスとタオルだけ持ってきて」

ハサミ持参? 気合の入ったことで。

ともあれ、準備は完了した。

俺は椅子に座る。あとは……。

230: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:17:25.86 ID:YzhxCR+d0
える「じゃ、じゃあ……」

千反田がススッと前に歩み出る。

やっぱり来るのか……。

千反田が俺の頭に腕を回してくる。

える「あぁ……、モフモフ……。素敵です……」

ま、待て、千反田。それは、何というか、色々とまずい……。

……む、胸が後頭部に当たってる。

こ、これは……。……いいかも知れん。うん、いいな。

千反田の奴、なかなかのものを持っている。

里志と伊原は苦笑している。

俺は二人に気付かれないように、後頭部に神経を集中させるのだった。

231: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:18:09.79 ID:YzhxCR+d0
摩耶花「お別れの儀は済んだ?」

える「はい、堪能しました。しばらく会えないのは残念ですけど……。
  でもこの感触を胸に、その日まで生きていけそうです」

千反田が大げさなことを言う。

奉太郎(俺は胸の感触を堪能したけどな……)

このことは絶対に知られてはならない。特に伊原には。

摩耶花「じゃあカットクロス着けるわよ」

奉太郎「ああ」

摩耶花「タオルを首筋に巻いて、っと。……さあて、どうしてくれようかしら」

伊原がハサミをチョキチョキ鳴らす。怖いからやめてくれ……。

奉太郎「お手柔らかに頼む」

摩耶花「摩耶花ちゃんに任せなさい♪」

232: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:18:58.95 ID:YzhxCR+d0
奉太郎「そうだな……。あんまりバッサリやらないでくれ。ちょっとスッキリすればいい」

霧吹で髪に水を吹きかけられながら言う。

摩耶花「了解。少しずつ様子を見ながらやるわね」

千反田と里志が見守る中、俺の髪にハサミが入る。

千反田の、『ああ……』という、悲鳴とも溜め息とも付かない声が聞こえる。

……あんまり見られるとやりづらい。俺がやるわけではないが。

奉太郎「里志、千反田」

里志「何だい」

える「何ですか」

奉太郎「そう見つめられると……、その、落ち着かないんだが」

二人は顔を見合わせる。

里志「そう言われても、僕たちは見ていることしか出来ないしねえ」

える「そうです! わたしには折木さんの髪がどうなるか……、見届ける義務があります!」

233: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:19:54.01 ID:YzhxCR+d0
伊原が噴き出す。

摩耶花「わたしは気にならないんだけど……。そうね、折木の後ろ側から見てたらいいんじゃない?」

その手があったか、とばかりに、二人が俺の背後へ回り込む。

結局見るのか……。





しかし伊原のハサミ捌きはなかなかのものだ。

櫛とハサミを使って器用に俺の髪を刈っていく。

こいつになら安心して任せられそうだ。

そう思うと、何だか眠くなってきた……。

………………。

……、グウ……。

234: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:20:47.78 ID:YzhxCR+d0
………………。

……。

ん……?

眠っていたのか……。

確か俺は……。

そうだ。俺の家で髪を切っていたんだっけ。

里志「あ、起きた」

三人がこちらを向く。

ん? 伊原がそっちにいるってことは、もう終わったのか?

奉太郎「切り終わったのか?」

摩耶花「う、うん。一応ね……」

伊原の歯切れが悪い。里志と千反田は何故かニコニコしている。

235: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:21:42.00 ID:YzhxCR+d0
奉太郎「どうかしたのか?」

里志「いやあ、よく似合ってるよホータロー。鏡を見てくるといい」

変な奴だ。まぁ出来は俺も気になる。俺は立ち上がって洗面所へ向かった。





奉太郎「なっ!」

鏡には見知らぬ少年が映っていた。

……いや、顔は確かに俺だ。これは折木奉太郎に違いない。だが……。

奉太郎「かっ、髪が……?」

俺の自慢のフサフサ髪はそこにはなく、スポーティに短く整えられていた。

俺は走ってリビングに戻る。

236: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:22:28.02 ID:YzhxCR+d0
摩耶花「ゴメン! 折木!」

伊原が手を合わせて俺の前に立った。

摩耶花「その、あんたがうつらうつらしてて、ガクッと動いたから……。
    そのときにバッサリやっちゃって……。本当にゴメン!」

奉太郎「ああ……」

俺は茫然として答えた。

里志が楽しそうに言う。

里志「まあいいじゃないか。短い髪のホータローってのもなかなかに新鮮だよ」

える「似合っていますよ、折木さん」

千反田まで……。

俺はすっかり爽やかになった髪を撫でるのだった。

237: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:23:28.71 ID:YzhxCR+d0
里志「お邪魔しましたー!」

摩耶花「お邪魔しました……」

すっかり元気のない伊原に声を掛ける。

奉太郎「伊原、お前のせいじゃない。だからあまり落ち込むな」

摩耶花「ありがと。そう言ってくれると助かる……」

これだけじゃ駄目か。

奉太郎「まあ何だ。短い髪ってのもこれはこれでいいかも知れん。
    何だか気分もスッキリしたしな!」

明るく言う。

伊原はこっちを見ると、……噴き出した。

……まあいいか。



俺は後ろを向く。

奉太郎「お前は帰らないのか?」

える「ええ、あの、わたし……」

千反田がズイッと俺に近寄る。

こ……、これは……。

大きく息を吸い込んだ千反田の口が動き始めた。

える「わたし、折木さんの短くなった髪が気になります!」

238: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:24:31.30 ID:YzhxCR+d0
おまけ

える「うふふ」ショリショリ

奉太郎「……」

える「……ふふっ」ショリショリ

奉太郎「……千反田」

える「……何ですか?」ショリショリ

奉太郎「俺の襟足を撫でるのは止めてくれないか?」

える「いやです」ショリショリ

奉太郎「千反田」キリッ

える「わかりました……」シュン

奉太郎「もみあげも駄目だ」

える「はぁい……」ムー

239: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:25:05.04 ID:YzhxCR+d0
奉太郎(何てことだろう……)

奉太郎(千反田が今度は俺の短い髪の虜になってしまった……)

える「……」ジー

奉太郎(俺の髪を触ろうと、虎視眈々と狙っている)

奉太郎(空気が重い)

奉太郎(誰か……、誰か来てくれ!)

里志「やあ、お二人さん」ガラッ

奉太郎「ああ、里志」ホッ

える「こんにちは、福部さん」チッ

里志「ん? どうかしたの?」

奉太郎「いや、何でもない……」

里志「そうかい?」

240: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:25:45.30 ID:YzhxCR+d0
里志「で、どうだったのかな? ホータローの髪型の評判は」

奉太郎「朝は盛大に笑われたぞ。教師連中には受けが良かったが」

える「それはそうです。だってこんなに似合ってるんですから!」

奉太郎(こいつは……)

奉太郎「それはどうも」

摩耶花「あ、みんな」ガラッ

里志「やあ、摩耶花」

える「こんにちは、摩耶花さん」

摩耶花「折木……、この前はゴメンね」

奉太郎「まだ気にしてるのか。言ったろ、お前のせいじゃない」

摩耶花「うん……」

える(む、何だか折木さんと摩耶花さんがいい雰囲気です)

える(わたしだって……)

241: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:26:39.93 ID:YzhxCR+d0
える「お~れっきさんっ」ギュッ

奉太郎「うわぁ! いきなり首筋に抱きつくな!」

里志・摩耶花「……」

里志「や、やあ、それにしても二人は仲が良いよね」

摩耶花「本当ね。わたしたちお邪魔かしら……」

える(フッ……)キラッ

里志「じゃあ僕たちは帰ろうかな。少し早いけど」

摩耶花「そ、そうね。そうしましょう」

奉太郎「い、いや、お前たち、待っ……」

里志・摩耶花「じゃあね~」ガラガラバタン

奉太郎「あ……」

える「……ふふふ、折木さん。これでまた二人っきりです」ゴゴゴ

奉太郎「あ……、あ……」パクパク

える「思う存分触らせてくださいねっ!」ニッコリ

242: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/21(金) 22:30:56.00 ID:YzhxCR+d0
お終い

この話は今までの作とは繋がりはありません
えるたそがちょっと壊れ気味… 

257: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:03:12.82 ID:i9ZekBNR0



タイトル 

える「お花見に行きませんか?」

258: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:04:16.76 ID:i9ZekBNR0
える「お花見に行きませんか?」



千反田が突然言った。

いや、突然ではなかったかも知れない。俺はそれまでの話を聴いていなかったから。

ただその言葉だけは、何故か俺の耳に届いたのだ。

摩耶花「いいわね、……って言いたいけど、桜の季節にはちょっと遅くない?」

里志「摩耶花。お花見は何も桜じゃなくちゃいけないってことはないよ」

える「いいえ、桜なんです。ちょっと山の方になるんですけど、それは見事なしだれ桜があって。
  家から少し歩きますけど、ちゃんと整備された所ではないので人も少ないはずです」

里志「へえ、それは是非見てみたいものだね。僕の知らない桜スポットがあったなんて」

える「そろそろ見ごろですよ。明後日の休みなんかちょうどいいのではないでしょうか」

摩耶花「わたしも見てみたい……。あ、でも山って言ってたけど、勝手に入って大丈夫なのかな」

える「それは大丈夫です。その山の持ち主の方と知り合いなので、許可を取ります」

259: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:05:18.81 ID:i9ZekBNR0
里志「流石は豪農千反田家だね。山持ちにも知り合いが多いってわけだ」

里志が少し大袈裟な言い方をする。千反田は少し恥ずかしそうに笑った。

摩耶花「でもお花見か……。うん、いいかも。行こう行こう!」

える「決まりですね! ……もちろん折木さんも行きますよね?」

突然俺に水が向けられる。……いや、予想はしていたが。

奉太郎「あ、ああ、そうだな」

伊原が冷たい目を向ける。

摩耶花「あんた、どうせまた聴いてなかったんでしょ?」

奉太郎「いや、聴いてたぞ? 千反田の家の近くに桜の名所があるから、花見に行こうって話だろ?」

里志が手を叩く。

里志「いやあ、ホータローにしちゃあ上出来だよ。まあ概ねそういうことだね」

摩耶花「で、行くの? 行かないの?」

える「……」

千反田がキラキラした瞳を向けてくる。俺はこの眼に弱いのだ。

260: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:06:34.98 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「そうだな。行くのも悪くないか……」

途端千反田の顔が輝く。

える「よかった……。やっぱりみんなで行かないとつまりませんから」

俺は千反田から視線を外した。

里志「よし、決まりだね。行くのは明後日として、集合場所とかはどうする?」

える「わたしの家に集合というのはどうでしょう。時間は……、10時半頃が良いと思います」

摩耶花「そうね、どの道ちーちゃんがいないと場所もわからないし、ちーちゃんに任せるわ」

里志「……というわけだよ。ホータロー、復唱」

奉太郎「10時半に千反田の家だろ。聴いてたよ」

摩耶花「それにしてもお花見かぁ……。久しぶりだから楽しみね」

える「そうそう、言い忘れてました。道中少し険しい所もあるので、それなりの格好をしてきてください」

里志「それなりと言うと、半袖半ズボンなんかはやめた方が良いのかな?」

える「そうですね。それとスカートも、ですね」

そんなに険しいのか。俺は行くと言ったことを少し後悔し始めていた。

261: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:08:22.32 ID:i9ZekBNR0
次の日の昼休み、千反田と出会った。

千反田は俺の姿を認めると嬉しそうに駆け寄ってくる。可愛い奴だ。だが廊下は走るなよ。

える「折木さん、明日が楽しみですね!」

奉太郎「ああ、そうだな」

える「折木さん、何か食べたい物ありますか?」

奉太郎「え?」

える「明日はわたしが皆さんの分のお弁当を作りますから。折木さんの好きな物を入れられたらと思って……」

奉太郎「そうか、悪いな」

える「いいえ、ちっとも。で、何か好きな物、ありませんか?」

千反田は例のキラキラした瞳で見つめてくる。

奉太郎「食べやすい物がいいな」

途端に千反田の目がジトッとしたものに変わる。

える「……折木さん?」

奉太郎「い、いや、冗談だ。おにぎりだといいよな。あとは煮物か」

える「はいっ。おにぎりと煮物ですね! ……うふふ、腕が鳴ります」

千反田はいつになく張り切っている。俺はその瞳に密かな闘志を見て取った。

える「楽しみですね、折木さん!」

二度目だ。よっぽど楽しみなんだな。

える「それでは折木さん、また放課後お会いしましょう」

奉太郎「ああ、またな」

俺は駆けていく千反田の後姿を見送った。廊下は走るなよ……。

262: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:10:02.28 ID:i9ZekBNR0
風呂から上がってリビングでくつろいでいると、突然電話が鳴った。

……まあ電話という物は大抵突然鳴るよな、と思いながら受話器を取る。

奉太郎「はい、折木ですが」

??『もしもし、夜分遅くに申し訳ございません。千反田えると申します。奉太郎さんはご在宅でしょうか?』

受話器の向こうからは耳馴染みの声が聞こえてきた。

奉太郎「なんだ千反田か」

える『はい、わたしです。まだお休みではなかったですか?』

奉太郎「ああ、風呂から上がったところだ」

える『わたしもです。ふふっ、一緒ですね。』

嬉しそうに言う。だがそうかと思えば次の瞬間には。

える『それにしても酷いです。“なんだ千反田か”だなんて。せっかく電話したのにあんまりです』

プリプリと怒り出した。忙しい奴だ。

奉太郎「いや、すまん。ついな。そんなつもりじゃなかったんだ」

える『はい、わかってます。ちょっと言ってみたくなっただけです。……ごめんなさい』

俺はちょっとホッとした。

263: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:11:13.51 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「それで何か用か?」

える『折木さん、明日はお花見ですよ!』

奉太郎「ああ、憶えてるぞ」

える『10時半にわたしの家に来てくださいね!』

奉太郎「ああ、大丈夫だ。……多分」

える『お弁当はわたしが作るので持ってこなくていいですよ!』

奉太郎「ありがたいな」

こいつはわざわざ確認のために電話してきたのか。まめな奴だ。

……俺はそんなにいい加減な奴だと思われてるのだろうか?

そんなことを思い少し落ち込んでいると、千反田がそれを察したように言った。

える『うふ、本当はですね……』

奉太郎「な、何だよ」

える『寝る前に折木さんの声が聞きたかったんです』

奉太郎「あ……」

俺の顔は紅くなったに違いない。やるな、千反田える。

える『それでは名残惜しいですが、折木さん。おやすみなさい。明日、楽しみですね』

奉太郎「あ、ああ。おやすみ、千反田」

千反田が電話を切る。俺はゆっくり受話器を置いた。

264: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:12:19.52 ID:i9ZekBNR0
翌日、里志との待ち合わせ場所で俺は待ちぼうけていた。

……もうすぐ10時10分。時間を10分も過ぎている。

あいつは時々時間にルーズで困る。

だがもう少し待っててやるか。

空を見上げる。少し雲はあるが、実に良い天気だ。絶好の花見日和と言えるだろう。

飛行機が雲の尾を引いて飛んでいる。

全体に時間がのんびりと進んでいる気がする。これも春だからか。

しかし実際には時間は待ってはくれないのだ。里志もそれをわかってくれるといいのだが。




奉太郎(ようやくお出ましか)

里志の姿を確認。時間はちょうど10時10分を指していた。

俺は自転車を走らせる。

里志が後ろから猛スピードで追いついてきた。

265: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:15:43.89 ID:i9ZekBNR0
里志「ごめん、ホータロー。少し遅れちゃったよ」

全く悪びれずに里志が言う。

奉太郎「別にいいけどな。だが少し急いだ方がいいかも知れん」

里志「そうだね。遅れるわけにはいかない」

俺と里志はスピードを上げる。




田園地帯に差し掛かったところで里志が言った。

里志「それにしても、この時期に桜が見られるなんて思わなかったなあ!」

奉太郎「楽しそうだな」

里志「そりゃあね。みんなで遊びに行くんだ。楽しいに決まってる。ホータローは楽しみじゃないのかい?」

俺は少し考える。まあ楽しみでなければわざわざ来ないよな。

奉太郎「そりゃあ、俺だって少しは……」

里志「そうだろうとも! そうでなくちゃいけないや。たとえ灰色のホータローでもね」

奉太郎「またそれか。俺は……」

里志「冗談さ。最近のホータローが薔薇色してるってのは僕もわかってるつもりだよ」

奉太郎「……」

里志が言ってるのは千反田とのことだろう。俺と千反田が付き合い始めたことを言ってるのだ。

でも、薔薇色なんて言われると戸惑ってしまう。自分ではそう変わったとは思わないのだが……。

だが、言い返すのが面倒で、俺は黙り込むのだった。

266: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:17:15.24 ID:i9ZekBNR0
千反田の家には10時半3分前に到着した。

里志「ふぃ~、結構ギリギリだったね。でもセーフだ」

奉太郎「お前がもっと余裕を持っていれば、こんなギリギリにはならなかったんだがな」

里志「それは言わない約束で。さあ、行こう!」

俺と里志は門をくぐり、母屋の玄関まで歩いていく。

しかし本当に広い屋敷だ。3分前に着いてもこれじゃ本当にギリギリになってしまう。

里志が玄関のチャイムを鳴らす。出てきたのは……。

摩耶花「……遅い」

伊原だった。

里志「やあ、おはよう。摩耶花は早いね」

える「摩耶花さんは早く来て、お弁当作りを手伝ってくれたんです」

いつの間に来たのか、千反田が言った。

摩耶花「もう、ホントに約束の時間ギリギリじゃない。どうせふくちゃんがまた遅れたんでしょ」

里志「か、勘弁してくれよ。間に合ったんだからいいじゃないか……」

える「お待ちしていました。折木さん、福部さん」

奉太郎「おはよう。今日は世話になる」

267: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:18:10.18 ID:i9ZekBNR0
える「さてと。それじゃそろそろ行きましょうか」

摩耶花「そうね。忘れ物とかないわよね」

里志「重い荷物は僕たちが持つよ。ね、ホータロー」

奉太郎「あ、ああ、そうだな」

流石に嫌とは言えない。にしてもこれ全部弁当なのか。四人分とはいえ、本当にかなり重い。

える「すみません……。お願いしますね」

千反田は髪は後ろで纏めて、薄緑のシャツに下は白いジーンズをはいている。

千反田のズボン姿は初めて見た。……少なくとも私服では。

える「ええと。ではわたしの後ろに付いて来てください。大体1時間くらいかかります」

里志「はーい!」

摩耶花「ちーちゃん、何だか引率の先生みたいね」

千反田が頬を染める。実は俺も伊原と同じことを思った。

える「と、とにかく行きましょう!」

千反田が歩き出す。俺たち三人も後に続いて歩き出した。

268: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:19:36.34 ID:i9ZekBNR0
える「ここから山道に入ります。途中少し険しいところもありますから、注意してください」

千反田が立ち止まり、俺たちに説明する。

古典部一行、山に入る。

摩耶花「新緑が気持ちいいわね」

里志「やあ、本当だ。桜もいいけどこれも見事だよ」

こいつら何でこんなに元気なんだ。俺は山道と聞いただけでドッと疲れたというのに。

奉太郎「熊とか出ないだろうな」

える「さあ、山ですから出るかも知れません」

摩耶花「ええっ、ホントに!? ……出たらどうしようふくちゃん」

里志「熊に出会ったら死んだフリというのは、実は正しくないんだ。そもそも……」

里志の講釈が始まった。俺は千反田の方を向く。

える「熊除けの鈴、持ってきた方が良かったでしょうか……」

などとつぶやいている。

熊が出ないことを祈るばかりだ。

269: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:21:02.20 ID:i9ZekBNR0
それは山に入って30分くらい来たところだった。

みんなだんだんと口数が少なくなってくる。

木々はうっそうと茂り、太陽の光も地上までは届かない。

道には木の根が這っていたりして、流石に歩きにくい。

千反田が歩きながら後ろを振り返り、俺たちに注意を促す。

える「この辺りは滑りやすいので注意してください。……きゃあっ!」

奉太郎「千反田!」

千反田が足を取られて体勢を崩す。俺は手を伸ばすが……。

――ズシーン!

間に合わず、見事に尻餅をついてしまう。

摩耶花「ちーちゃん、大丈夫!?」

里志「千反田さん!」

奉太郎「大丈夫か?」

俺は手を差し出す。

える「あ、ありがとうございます。……大丈夫です。少しお尻を打っただけで……」

立ち上がった千反田は、その場で跳ねたり足踏みしたりしていたが。

える「何ともないようです。ご心配をお掛けしました」

よかった。三人安堵の溜め息を吐く。

える「じゃ、じゃあ行きましょうか」

千反田は少し恥ずかしそうに言うと歩き出した。

270: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:22:11.18 ID:i9ZekBNR0
える「そろそろですよ」

やっとか。正直もうヘロヘロだ……。着くなら早く着いてくれ。

突如視界が開ける。眩しさに思わず顔をしかめる。

摩耶花「わぁ……」

里志「すごい! 満開だ!」

里志と伊原が桜の木に向かって走り出す。千反田もそれを追った。

……俺はといえば、情けない限りだがとても桜を楽しむ余裕などない。

何とか歩いていって、桜の木から少し離れたところに荷物を置き、草むらに大の字に寝転がった。

三人のはしゃぐ声が聞こえる。……何であいつらあんなに元気なんだ?




風が俺の顔を撫でる。

ああ、いい気持ちだ。このまま眠ったらもっと気持ちいいだろうな。俺は目を閉じた。

………………。


える「折木さん」

目を開けると千反田の顔が近くにあった。

える「綺麗ですよ。折木さんも行きましょうよ!」

奉太郎「……もう少し休ませてくれ」

える「つまらないです……」

千反田は膨れながらも俺の隣に腰を下ろした。

271: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:22:57.13 ID:i9ZekBNR0
……そろそろいいかな。

俺は立ち上がる。

奉太郎「行こうか、千反田」

える「え? あ、はい!」

そうして千反田と二人、桜の木に歩いていった。

奉太郎「ほう……」

これはこれは。

える「ね、凄いでしょう?」

奉太郎「……ああ」

それは見事なしだれ桜だった。

巨大な木だ。何といっても幹が太い。樹齢何百年と経っているんじゃなかろうか。

その木に花が満開に咲いている。凄い迫力だ。俺は圧倒されていた。

一面に桜吹雪が舞っている。

そんな中佇む千反田を見て、俺は……。

奉太郎「綺麗だな」

える「はい、本当に」

272: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:23:54.08 ID:i9ZekBNR0
える「そろそろお弁当にしましょうか」

摩耶花「さんせーい!」

里志「待ってました!」

俺と里志で桜の木の下にシートを敷く。

里志「ホータロー! そっちもうちょっと引っ張ってよ!」

そうがっつくなよ。弁当は逃げたりしないぞ。

……よし。こんなものか。

千反田が俺の持ってきた鞄から風呂敷包みを取り出す。

伊原も里志の持ってきた鞄から同じように風呂敷包みを取り出した。

える「ふふっ、摩耶花さんとわたしの特製です」

摩耶花「よおく味わって食べてよね」

里志「すごい! 重箱だ!」

里志が感嘆の声を漏らす。確かに凄い量だ。

える「おにぎりもたくさんありますよ」

一同「いただきまーす!」

273: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:24:47.46 ID:i9ZekBNR0
里志「美味しいなあ! あれもこれもそれも!」

摩耶花「ふくちゃんがっつきすぎ。ちゃんと味わってる?」

千反田がそんな二人を微笑ましそうに見守っている。

俺はそんな千反田を見つめながらおにぎりをパクついていた。

重箱に箸を伸ばす。これは……、筑前煮か。

……。うん、よく味が染みている。

ふと千反田が俺の方を見ているのに気が付いた。

える「……いかがですか? 折木さん」

奉太郎「ああ、よく味が染みていて美味いぞ」

える「よかったです。気合入れて作ったんですよ、それ」

千反田が嬉しそうに言う。

そういえば昨日千反田に訊かれたんだっけ。弁当はどんなのがいいか。

ご飯もちゃんとおにぎりだし、千反田は俺の希望を最大限汲んでくれたのか。

そう思うと嬉しかった。ありがとう、千反田。

274: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:25:33.22 ID:i9ZekBNR0
ちょっと多すぎでは、と思った弁当だったが、四人で見事に完食した。

山道を歩いてみんな腹が減っていたのだろう。

里志「はぁ、食べた食べた……。幸せな気分だ」

里志がゴロンと横になって言う。

える「折木さん、お茶をどうぞ」

奉太郎「ああ、ありがとう……」

千反田が差し出してくれたカップに手を伸ばしたそのとき……。

奉太郎「あ……」

える「あら」

カップの中に桜の花びらが一枚舞い降りた。

える「うふふ、何だか風流ですね」

奉太郎「そうだな……」

俺たちは、しばらく手を重ね合わせていた

275: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:26:44.91 ID:i9ZekBNR0
摩耶花「どうしよう、ふくちゃん寝ちゃったよぉ」

奉太郎「寝かせといてやれよ。幸せそうな寝顔だぞ」

摩耶花「うん……」

と、桜の木の裏側から千反田が手招きをする。

える「折木さん折木さん」

奉太郎「どうした?」

千反田が俺の耳元でささやいた。

える「膝枕、しませんか?」

奉太郎「膝枕?」

千反田が恥ずかしそうに俯く。

える「その、折木さんがお嫌でなければ……」

もちろん、嫌なわけがない。だが……。

奉太郎「ずいぶん突然だな」

千反田が頬を染める。

える「はい……、あの……、ダメ、ですか?」

そんな顔をされると俺も弱い。折角なので膝枕をしてもらうことにした。

千反田の太腿の上に頭を載せる。……柔らかい。思ったよりずっと。

奉太郎「ああ、いい気持ちだ……」

える「よかったら、眠ってもいいんですよ」

ああ、確かに眠くなってきた。里志も寝てるしいいよな……。

俺は千反田の顔と桜の木を見上げながら、幸せな気分で眠りに落ちていった……。

276: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:27:57.47 ID:i9ZekBNR0
……。

目の前に千反田の顔がある。バックには桜の花が咲いている。

ああ、そうか。千反田に膝枕をしてもらって、そのまま寝てたんだっけ。

千反田は桜の木に寄りかかって眠っているようだ。

俺は千反田の頬を人差し指で突付いてみる。

える「う……、うん……」

起きない。俺はなおも千反田の頬を責める。

える「……ダメ、れす。おれきさぁん……」

奉太郎(面白い……)

勝手に立ち上がるのは何故か躊躇われたので、何としても起こそうとする。

引っ張ったりつねったりしてみる。……許せよ、千反田。

える「ひゃあ! や、やめてくらひゃい……。激しすぎです……」

こいつはどんな夢を見てるんだ。気になったが、俺は最終手段に出た。

奉太郎「千反田ー?」

両手で千反田の頬を挟むように、ペシペシと叩いた。

える「……あ、折木さん……?」

奉太郎「起こしてしまってすまないが、そろそろ起き上がっていいか?」

える「あ、はい、どうぞ!」

千反田の顔が紅く染まり、サッと視線を外されてしまった。

277: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:29:00.76 ID:i9ZekBNR0
桜の木の反対側を覗く。

そこには仲良く並んで寝ている里志と伊原の姿があった。

える「……気持ち良さそうですね」

奉太郎「みんなで寝てたってわけか……」

える「もう3時ですね……。そろそろ山を下りましょうか?」

奉太郎「そうするか」

俺は二人を起こす。

奉太郎「里志、伊原。起きろー」

里志「むにゃあい……」

摩耶花「なぁにぃ、もう晩ゴハン……?」




こうして古典部の少し遅い花見は幕を閉じた。

幸い帰り道でも、熊には出会わなかった。

願わくば、今度は千反田と二人で来たい、と思ったり。……口に出しては言わなかったが。

278: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:29:52.28 ID:i9ZekBNR0
里志「いやあ、よかったねえ! いいもの見せてもらったよ、千反田さん」

摩耶花「ホント、凄かったよね。来年も来れるといいわね」

える「うふふ、楽しかったですね。それでは皆さん……」

奉太郎「ああ、じゃあな」

三人自転車で走り出す。……と思ったら。

える「待ってください、折木さん!」

奉太郎「どうかしたか?」

俺は自転車を止める。里志と伊原は先に行ってしまった。

千反田が小走りに駆けてきて、そっと耳打ちする。

える「今晩7時頃家に来てくれませんか? 見せたいものがあるんです」

奉太郎「一体何だ?」

える「秘密です。お待ちしていますね」

奉太郎「あ、ああ」

何だろう? 気になりながらも、俺は帰路に着いた。

279: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:31:14.20 ID:i9ZekBNR0
その夜、俺は飯を食ってから家を出た。時間は6時半。十分間に合う時間だ。

もう辺りはすっかり暗い。田園地帯に入ると目立った灯りもなく、寂しい限りだ。

とはいえ今日は月が出ていた。

道を歩くには十分な光量だ。……自転車だが。

千反田の家が見えてきた頃、少し先の方に人影が見えた。

地元の農家の人だろうか。軽く会釈をして通り過ぎる。

……と思ったら、声を掛けられた。『折木さん!』。……ええっ!?

奉太郎「千反田!?」

える「そうです、わたしです。こんばんは、折木さん」

俺は自転車から降りて引き返す。それにしてもびっくりした。

奉太郎「どうしたんだ? 言われたとおり、お前の家に行くところだったんだが」

千反田は、えへへ、と恥ずかしそうに笑うと言った。

える「折木さんが来るのが待ち遠しくて。つい家の外まで見に来ちゃいました……」

奉太郎「ああ……」

まったくこいつは。わざとやっているのだろうか?

自転車を押してなけりゃ、思わず抱き締めてるところだ。

える「さ、行きましょう。折木さん」

奉太郎「ここじゃダメなのか?」

える「ダメです。場所が悪いです。家まで来てください」

場所が悪い? 俺は千反田が何を見せたいのか、何となく見当がつき始めていた。

280: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:32:04.54 ID:i9ZekBNR0
える「さあ、上がってください」

奉太郎「お邪魔します」

俺は千反田邸へと足を踏み入れた。しかし、何度見ても大きな屋敷だ。

える「裏庭の方です。付いて来てください」

立派な庭園だけじゃなく、裏庭もあるのか。まあ洗濯物を干したりするんだろう。

そして俺たちは裏庭と思しき場所に着いた。

奉太郎「裏庭も広いんだな、千反田の家は」

洗濯物を干すとかいうレベルではなかった。ちゃんとした庭だ。

える「見てください、折木さん」

千反田が指差す方を眺める。そこには……。

奉太郎「おお……」

遠く山の方には月が出ている。そしてその下方には……。

奉太郎「あれは今日の桜か……」

大きなしだれ桜の木が、月の光を浴びて輝いていた。

281: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:33:28.62 ID:i9ZekBNR0
幻想的に浮かび上がるその光景に、俺は心を奪われていた。

というより……。

える「綺麗ですね……」

千反田がうっとりした表情で言う。

奉太郎「そうだな……」

俺は千反田からそっと視線を外して、また山の方を見る。




える「この光景は、折木さんとふたりで見たかったんです」

千反田が俺の方を向いて微笑む。

俺は照れくささで言葉に詰まってしまった。

える「昼は友達と。夜はこうして、折木さんと。何だか贅沢すぎて、怖くなってしまいます」

俺は無言で千反田の肩を抱き寄せる。

そうして俺たちは月が沈むまで、その光景を眺めていた。

282: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:36:26.15 ID:i9ZekBNR0
お終いです


285: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 00:53:29.44 ID:i9ZekBNR0
お・ま・け♪

月が沈んだ。

桜はもう見えなくなってしまった。

俺は抱き寄せていた千反田の肩を放すと、千反田に向き直る。

奉太郎「ありがとうな、千反田。実は昼間も思ってたんだ。……お前とふたりで見たかったって」

える「折木さん……」

奉太郎「こうしてお前と桜が見られてよかったよ」

える「わたしだってそうです。……お付き合いありがとうございました」

千反田が微笑む。

……その笑顔は、桜より綺麗だな、と思った。

……言わないけど。

286: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:00:57.36 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「さて、じゃあそろそろ……」

える「え、もう帰っちゃうんですか?」

もうってお前……。時間も8時は過ぎてるだろうし、あまり長居するわけにも……。

奉太郎「ああ、明日は学校もあるしな」

突然千反田がモジモジしだした。そして顔を赤らめて言う。

える「実は……、今日家の者がいないんです……」

287: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:07:35.97 ID:i9ZekBNR0


ドキン!


俺の心臓が高鳴った。

それはつまりあの、そういうことなのか?

奉太郎「い、いや、ち、千反田。そ、それはどど、どういう……」

自分でももう何を言ってるかわからない。動揺しまくっているというのはわかる。

だが千反田は。

288: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:13:53.88 ID:i9ZekBNR0
える「ぷっ、ふふっ、クスクスクス……」

笑い出した。

奉太郎「あの、千反田?」

える「……ごめんなさい。嘘です。冗談なんです」

………………。

……酷い。騙したのか。

俺は憤然と歩き出す。

える「あ、あの、折木さん?」

奉太郎「知らんっ。もう帰る」

少年の純情な心を弄びやがって。

289: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:21:31.03 ID:i9ZekBNR0
える「ねえ、待ってくださいってば!」

千反田邸を出た俺は、自転車を押し、無言で歩き続ける。

もちろん後を振り返らない。

千反田は後を必死についてくる。

える「ご、ごめんなさい、折木さん! わたしが悪かったです」

千反田が謝る。だが、まだ振り返らない。

もうちょっと焦らす必要がある。

290: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:31:49.83 ID:i9ZekBNR0
える「折木さん。あ、あの、わたし……」

奉太郎「……」

千反田の声が少し震えているのがわかる。

だが、まだだ。もうちょっと懲らしめてやろう。

える「そんな、わたしちょっと軽い気持ちで……」

奉太郎「……」

える「お、折木さぁん。ひくっ、わ、わたしのこと、嫌わないでください……。うううっ」

291: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:38:44.32 ID:i9ZekBNR0
千反田が泣き始めた。流石に俺は焦る。

自転車のスタンドを立てて、後を振り返る。

奉太郎「ち、千反田!」

だが千反田は。

える「はい」

ケロリとして微笑んでいた。

こ……、こいつ。一度ならず二度までも俺を謀ったのか。

える「どうしたんですか?」

俺は大きく溜め息を吐いた。

292: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:44:21.62 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「わかった、わかった。俺の負けだ」

千反田が嬉しそうに笑う。

える「では、勝者へのご褒美として、キス、してください」

まったく、こいつは。

敵わないな、と思った。

だが見ていろ。そのうち必ず……。

える「早くしてください」

奉太郎「はいはい」

293: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 01:55:18.00 ID:i9ZekBNR0
俺は千反田の唇に、自分の唇を重ね合わせた。

奉太郎「んっ……」

える「……んちゅ」



奉太郎「これで満足ですか? お嬢様」

える「はい、満足です」

千反田は手で唇を押さえながら、それはそれは嬉しそうだった。



奉太郎「じゃあな、千反田」

える「はい、また明日、学校で」

俺と千反田は、それぞれ別れを告げる。

える「また一緒に見られるといいですね」

奉太郎「……そうだな」

俺は自転車を漕ぎ出す。

千反田は後で手を振っている。

俺は何度か振り返るが、その姿は夜の闇に紛れ、すぐに見えなくなってしまうのだった。


お終い

298: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:08:10.26 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「そろそろ試験が近い」

奉太郎「やっぱり、少しは勉強した方が良いよな」

奉太郎「といっても家に帰ったってやる気が起きん」

奉太郎「部室に行ってやるか……」

奉太郎「誰かがいれば、教えてもらえるかも知れない」

奉太郎「里志以外がいますように……」

299: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:14:02.00 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「……」ガラガラ

摩耶花「あ、折木」

奉太郎「よお」

奉太郎(流石に千反田ほどではないが、伊原も成績はいい)

奉太郎(伊原も勉強しているみたいだし、ちょうどいい)

奉太郎「何やってるんだ?」

摩耶花「テスト勉強」

奉太郎「いや、それは見れば大体わかる」

奉太郎「何の勉強をしてるんだ?」

300: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:19:13.99 ID:i9ZekBNR0
摩耶花「数学よ」

摩耶花「あんたも勉強した方がいいんじゃないの」

奉太郎「ああ、そのつもりで来た」

摩耶花「……へえ、珍しいこともあるものね」

奉太郎「馬鹿にするな。俺だってテスト勉強くらいする」

摩耶花「そ、ふくちゃんも少しは見習って欲しいもんだわ」

奉太郎「まあ、あいつはな……」

301: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:24:12.33 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「……」カキカキ

摩耶花「……」カキカキ

奉太郎「なあ、伊原……」

摩耶花「何よ」

奉太郎「ここはどうやるんだ?」

摩耶花「どれどれ……。ああ、ここはね……」

奉太郎「……なるほどな」

摩耶花「よく使う公式だからちゃんと覚えときなさいよ」

奉太郎「わかった」

302: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:32:32.10 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「ここなんだが……」

摩耶花「ここはね、これこれしかじかの……」

奉太郎「なるほど、かくかくうまうまというわけか」

摩耶花「……」ジー

奉太郎「な、何だ?」

摩耶花「意外と飲み込みがいいじゃない」

奉太郎「まあ、これくらいはな」

摩耶花「昔はさ」

奉太郎「?」

303: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:36:21.01 ID:i9ZekBNR0
摩耶花「昔は折木って成績よかったわよね」

奉太郎「そうだったか?」

奉太郎「一体いつの話だ」

摩耶花「小学校の中学年くらいまで?」

奉太郎「ずいぶん前だな……」

摩耶花「昔って言ったでしょ」

奉太郎「それはそうだが……」

304: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:44:07.29 ID:i9ZekBNR0
摩耶花「ホント言うとさ」

摩耶花「わたし、少し折木に憧れてたんだ」

奉太郎「!」

摩耶花「頭が良くて、カッコよくて……」

摩耶花「クラスの女子の間でちょっとした人気だったんだよ?」

奉太郎(知らなかった……、そんな話)

摩耶花「あ! 言っとくけど、今はそんなこと全然思ってないんだからね」

奉太郎(さいですか)

305: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 11:53:40.60 ID:i9ZekBNR0
摩耶花「なのに、なのに……!」

奉太郎(な、何だ?)

摩耶花「いつの間にか昼行灯ぶっちゃって!」

摩耶花「何が省エネよ! 何がモットーよ!」

奉太郎「お、おい」

摩耶花「わたしは折木に追いつこうと必死だったのに……!」

摩耶花「追いついたと思ったら、もうそこにはいないなんて……」

摩耶花「ずるいよ……」

摩耶花「折木はずるい」

306: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 12:01:41.47 ID:i9ZekBNR0
奉太郎「……」

摩耶花「ご、ゴメンね。変なこと言って」

摩耶花「今のは忘れて……」

奉太郎「あ、ああ」

摩耶花「さーて、次は物理だ」

奉太郎(伊原の憧れだったという、昔の俺)

奉太郎(もし俺がそのまま走り続けていたら……)

奉太郎(伊原の期待に応え続けていたら……)

奉太郎(現在とはまったく違う“今”があったのだろうか)

307: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 12:11:17.61 ID:i9ZekBNR0
奉太郎(やめよう……)

奉太郎(そんな考えは無意味だ)

奉太郎(元々俺は伊原の期待に応えられる器じゃなかったってことだ)

摩耶花「……折木?」

奉太郎「あ、ああ、すまん。物理だったな」

奉太郎「早速ですまん。ここなんだが……」

奉太郎(なに、決して“今”に不満があるわけじゃない)

奉太郎(ちょっと寂しい気持ちになっただけさ)

308: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/29(土) 12:13:10.54 ID:i9ZekBNR0
以上

奉太郎「旧交を温めよう」

でした

315: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 10:57:54.95 ID:+UMcqWGP0


える「私だって教えられます!」

316: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 10:58:47.23 ID:+UMcqWGP0
える「こんにちは、皆さん」ガラガラ

摩耶花「あ、ちーちゃん。……それでね、ここがこうなるでしょ」

奉太郎「ああ、千反田。……ああ、なるほど。そういうことか」

える「……」

える(おふたりでお勉強なさってるんですね)

える(そうですよね。試験も近いですしね)

奉太郎「じゃあ、こっちはこうなるわけか」

摩耶花「そうそう、それでいいのよ」

317: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 10:59:34.39 ID:+UMcqWGP0
える(何だか折木さんと摩耶花さん、いい雰囲気に見えます)

える(ちょっと羨ましいかも、です……)

える「物理ですか? わたしもやります」

摩耶花「おっ、ちーちゃんがいれば百人力ね!」

える「そんな……」エヘヘ

奉太郎「期待してるぞ、千反田」

える「はいっ!」

318: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:00:50.17 ID:+UMcqWGP0
奉太郎「……。……わからん」ボソリ

える(折木さんが困ってる? チャンスです!)キラン

える「あっ、そこはですね!」ズイッ

奉太郎「待ってくれ、千反田。もう少し自分で考えたいんだ」

える「そ、そうですね。それがいいと思います……」シュン

摩耶花「ねえ、ちーちゃん。ここなんだけど……」

える「はい、何ですか?」

える「ああ、これはですね……」

319: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:01:37.15 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「ありがと。流石ちーちゃんね」

える「そんな……。どういたしまして」

える(折木さんの方は……)チラッ

奉太郎「……」カキカキ

える「いかがですか? 折木さん」

奉太郎「ん? ああ、さっきのか。何とか解けたよ」

える「そ、そうですか……」ガクッ

摩耶花「……やっぱり折木ってやれば出来るのよね」

奉太郎「そんなことはない。買いかぶりだ」

320: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:02:23.63 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「やらないだけでしょ」

える(摩耶花さんが折木さんを褒めてる……。わたしも!)

える「そうです! 折木さんはやれば出来る方なんです!」ズイッ

奉太郎「近い近い! 顔が近い!」

摩耶花「……」

摩耶花(ちーちゃんは面白いなあ)

摩耶花「ふふっ……」

奉太郎「どうした、伊原」

摩耶花「何でもない。ただの思い出し笑い」

奉太郎「そうか」

321: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:03:07.19 ID:+UMcqWGP0
奉太郎「さて」

摩耶花「物理はこんなものかしらね」

える「え、え?」キョトン

える(わたしまだ折木さんに教えてませんのに……)

摩耶花「次は化学にする?」

奉太郎「そうするか」

える「……」

奉太郎「ああ、千反田は自分の勉強を続けていいんだぞ」

奉太郎「お前に頼ってばかりじゃ、お前の勉強が進まないだろ」

322: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:04:12.77 ID:+UMcqWGP0
える「そ、そんなことありません!」

える「教えることで見直しにもつながるんです!」

奉太郎「そ、そうか。じゃあ一緒にやるか」

える「はい!」

摩耶花(折木……、鈍感ね……)

摩耶花(流石にちーちゃんが不憫だわ)

奉太郎「なあ伊原、この化学反応式なんだが……」

える「!」

える(折木さん……、わたしにも訊いてくださいよ……)

323: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:05:15.09 ID:+UMcqWGP0
摩耶花(ちーちゃん……)

摩耶花(折木の方を、物欲しそうな顔で見つめてる……)

摩耶花「うーん、ゴメン。ちょっとわかんないや」

摩耶花「ちーちゃんに訊いてくれる?」

奉太郎「千反田、これなんだが……」

える「え? あ、はい!」

える「ここはですね!」

摩耶花(よしよし)

324: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:05:58.02 ID:+UMcqWGP0
える「……というわけです!」

奉太郎「なるほど、さすが千反田だな」

奉太郎「よくわかったよ、ありがとう」

える「いいえ、それほどでも……」ポッ

える(折木さんに教えることが出来ました)

える(嬉しい……)ボー

摩耶花(ちーちゃん、恍惚とした表情を浮かべて……)

摩耶花(なーんか妬けちゃうわね)

325: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:07:25.01 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「あれ? 折木、そこ違うよ」

奉太郎「えっ、どれどれ」

える(むっ、わたしだって)

える「折木さん、ここも間違ってますよ」

奉太郎「ええっ。本当だ、参ったな」

える(折木さんに教えるのは、わたしです!)メラメラ

摩耶花(ちーちゃん、燃えてる……)

摩耶花(悔しいけど、わたしの負けだわ)

摩耶花(って、まるでわたしが折木に気があるみたいじゃない!)

摩耶花(わたしは折木のことは、もう……)

摩耶花(何だろ、この気持ち)

摩耶花(なん……、だろ……)

326: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:14:01.46 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「ちょっとトイレ行ってくる」

奉太郎「わかった」

える「いってらっしゃい。……で、ここなんですけど」

奉太郎「ふむふむ」

摩耶花「……」ガラガラバタン

摩耶花「何やってんだろ、わたし」

摩耶花「あの折木だよ?」

摩耶花「省エネ主義で、昼行灯で、朴念仁の……」

摩耶花「ホント、何やってんだろ……」

327: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:23:20.74 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「ただいま」ガラガラ

奉太郎「おかえり」

える「おかえりなさい。……あ、違いますよ。そこはですね」

奉太郎「ああ、そうか!」

摩耶花「……」

摩耶花(ちーちゃんと出会ってからの折木は、ちょっと昔の折木を髣髴とさせる)

摩耶花(積極的に、いろんな謎に挑んでいって)

摩耶花(折木に謎解きの才があるなんて知らなかったけど)

奉太郎「千反田! 近い近い」

摩耶花(ちーちゃんがそうさせたのかな……)


328: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:34:07.95 ID:+UMcqWGP0
摩耶花(だとしたら……)

える「さあ、次ですよ! 折木さん!」

摩耶花(嬉しいけど、悔しい)

摩耶花(悔しいな……)

奉太郎「どうした、伊原? さっきからこっちを見て」

摩耶花「え? ううん、何でもない!」

摩耶花「さあ、今度のテスト頑張るぞーっ!」

奉太郎「気合入ってるな」

摩耶花(頑張ろう、とにかく)

摩耶花(頑張れ、伊原摩耶花!)

329: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 11:36:05.85 ID:+UMcqWGP0
お終い

すいません
結局最後は摩耶花の話になってしまいました

333: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 16:47:16.37 ID:+UMcqWGP0
せっかくですから、里志の話も書きましょうか


里志「ハハ、両手に花、だね(泣)」


ちなみに即興なので、筆が遅いのはあしからず

334: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 16:53:13.74 ID:+UMcqWGP0
奉太郎「昨日は千反田や伊原とかなり勉強したな」

奉太郎「さて、今日も行くか」

奉太郎「……ん、あれは里志か?」

奉太郎「何だか挙動不審だが……、まあ俺の知ったことではない」

奉太郎「部室に行こう」



奉太郎「……」ガラガラ

335: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:00:29.52 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「あっ、折木!」

える「折木さん、福部さんを見ませんでしたか!?」

奉太郎(なんだなんだ、物々しいな)

奉太郎「……そういえば見たぞ」

摩耶花「どこで!?」

奉太郎「ち、ちょっと落ち着け」

奉太郎「あれは……、そうだ、連絡通路を渡る手前だった」

336: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:04:23.69 ID:+UMcqWGP0
える「福部さん……」

摩耶花「……逃げた、わね」

奉太郎「一体何があった。穏やかじゃないな」

える「実はですね……」

摩耶花「ふくちゃんの特訓をしようと思ってたのよ」

奉太郎「特訓?」

奉太郎「よく事態が飲み込めないんだが」

337: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:10:47.15 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「ふくちゃんって、テストで毎回赤点でしょ」

摩耶花「それで今日から勉強しようって言ってたのよ」

える「これからテストまで、毎日放課後、古典部で……」

摩耶花「ちーちゃんにも手伝ってもらってね」

奉太郎「なるほど、それでか」

奉太郎「あいつ、キョロキョロしながら玄関の方へ向かっていったぞ」

摩耶花「もう! 信じらんない!」

摩耶花「後で苦労するのは自分なのに!」

338: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:17:53.41 ID:+UMcqWGP0
奉太郎「俺に言われてもな……」

奉太郎「だが、そう言うことなら協力しよう」

奉太郎「今日はもう無理だろうが、明日から可能な限り里志を捕まえて、ここに連れてくるようにする」

摩耶花「ホント? 是非頼むわ」

える「お願いしますね、折木さん」

奉太郎「それじゃあ今日は、昨日みたいに三人でやるか」

える「そうですね」

摩耶花「そうね……」

339: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:23:33.48 ID:+UMcqWGP0
奉太郎「さて、今日の授業が終わった……」

奉太郎「早速里志を捕まえに行くか」



奉太郎「里志!」

里志「!」ギクッ

里志「や、やあ、ホータロー。何かな……」

奉太郎「行くぞ」

里志「どこへ……?」

奉太郎「伊原たちのところだ」

里志「いやだあああああぁぁ!!」

340: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:31:54.04 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「ふ・く・ちゃん」

摩耶花「昨日はよくも逃げてくれたわね……」ゴゴゴ

里志「ヒイィ……」

摩耶花「もう、ふくちゃんのためを思ってやってるんだからね……」

里志「後生だ、摩耶花! 勘弁してくれよ!」

摩耶花「ダーメ。赤点で補習と再テストは、ふくちゃんも嫌でしょ」

里志「今回は! 今回は何とかなる気がするんだ! お願いだよ、摩耶花」

摩耶花「何度その口車に乗せられたかしらね」

里志「うっ」

341: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:38:22.79 ID:+UMcqWGP0
える「大丈夫ですよ、福部さん」

える「最初は優しくしてあげますから。一緒に頑張りましょう」ニコッ

奉太郎(千反田、その言い方は何だかエロい)

奉太郎(一瞬里志にジェラシーを感じてしまったぞ)

里志「千反田さん……」

摩耶花「ふくちゃん、わたしも鬼じゃないんだから」

摩耶花「テストの日まで、頑張ってみよ?」

里志「摩耶花……」

342: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:46:31.99 ID:+UMcqWGP0
里志「……」コクッ

奉太郎(落ちたか……)

摩耶花「よおし、それじゃあ早速始めるわよ!」

里志「お手柔らかにね……」

奉太郎(こうして古典部での、里志の特訓が始まった)

奉太郎(里志を座らせ、伊原と千反田が両側から付きっ切りで指導する)

奉太郎(両手に花ってやつか)

奉太郎(里志にとってはなんとも厳しい花だがな)

343: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 17:52:08.33 ID:+UMcqWGP0
える「福部さん、そこはそうじゃないです」

里志「うひぃ」

摩耶花「明日までに、これだけ憶えるのよ」

里志「うへぇ」

奉太郎(こんな調子で特訓は続いた)

奉太郎(里志もよく頑張った)

奉太郎(俺はといえば、三人を尻目に独りでやるしかなかったが)

奉太郎(ここは譲ってやる)

奉太郎(感謝しろよ、里志)

344: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 18:00:46.65 ID:+UMcqWGP0
奉太郎「そんなこんなで、テスト期間終了」

奉太郎「俺はまあまあの手応えを感じていた」

奉太郎「さて、古典部に行こう」

奉太郎「……」ガラガラ

里志「やあ、ホータロー!」ニコニコ

奉太郎「よお」

奉太郎「その調子だと、手応えはあったみたいだな」

里志「まあね、あれだけやらされりゃ、そりゃあね」

345: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 18:06:49.98 ID:+UMcqWGP0
里志「いやあ! それにしても清々しい気分だ!」

里志「補習がないってだけで、こんなに世界が輝くなんて!」

奉太郎「良かったな」

里志「ああ、今回はあの二人に感謝の気持ちでいっぱいさ!」

里志「あ、もちろんホータローにも感謝してるよ」

里志「あのとき僕を連れてってくれなかったらと思うと……」ブルル

奉太郎「俺は何もしてない」

奉太郎「あいつらには礼を言っとけよ」

346: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 18:14:47.13 ID:+UMcqWGP0
里志「もちろん!」

里志「あ、でもホータローには悪いことをしちゃったな」

奉太郎「?」

里志「千反田さんを取り上げたみたいになっちゃって……」

奉太郎「ば、馬鹿言え!」

里志「いいんだよ。さみしかっただろう?」

奉太郎「……」

摩耶花「どうだった? テストの出来は?」ガラガラ

里志「摩耶花! もうバッチリさ! ……多分」

摩耶花「ホント!? やったじゃない!」ハイタッチ

里志「ああ、摩耶花のおかげさ! ありがとう」

摩耶花「どういたしまして」

347: ◆axh.jP1Twpjg 2012/09/30(日) 18:30:37.75 ID:+UMcqWGP0
摩耶花「折木、ゴメンね」

奉太郎「何がだ?」

摩耶花「勉強、見てあげられなくて……」

奉太郎「気にするな。俺も今回は手応えがあった方だ」

摩耶花「そ、よかったわ」

摩耶花「それにしても折木、ここんとこちーちゃんにかまってもらえなくて寂しかったでしょ?」

奉太郎「な! お前までそれか!」

奉太郎「別に俺は千反田がいなくたって……」

える「わたしがどうかしましたか!?」ガラガラ

奉太郎「なっ、千反田……!」

える「どうしたんですか? 折木さん」

里志「千反田さん、ホータローってばね……」クスクス

奉太郎「ま、待て! 言うな!」

える「なになに、何ですか?」

摩耶花「ちーちゃん、折木ったら酷いのよ」クスクス

奉太郎「伊原も!」

える「折木さんが何を言ったのか……」



える「わたし、気になります!」



お終い