ほむら「幸せに満ち足りた、世界」(まど☆マギ×禁書) 前編 


248: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/13(金) 03:36:33.84 ID:gqzaQKCs0

「ほむらちゃん」
「何かしら?」
「ほむらちゃん、やっぱり綺麗だねその髪」
「ありがとう」

シャワーを浴びていたほむらが、浴槽からまどかにそう声を掛けられ素直に礼を言う。

「羨ましいなぁ、私の髪、なかなか決まらなくて」
「とても可愛いわよ、まどかの髪」
「うー、ほむらちゃんのその大人っぽい長い黒髪が羨ましいんだけどなー」

ぶーたれるまどかを、ほむらは微笑んで受け流す。

「まどかがいて、あのパワフルなお母様がいて達人のお父様師匠がいて、
それに可愛い弟さんがいてまどかがいる」

一度交代して、湯に浸かりながらほむらが言う。

「んー、タツヤも末っ子で可愛がってもらって、
昔は私ちょっと拗ねちゃってたみたいだけど。
今はそんな事ないよ。
でも、そう言われるとなんか私って特徴無いって言うか」

「そんな事、どうでもいいわ」
「いいのかなぁ」

「ええ、まどかはまどかだから、そんなみんなに愛される素質があるの。
言語化したら齟齬が生じる、論理的に簡単に説明できる概念じゃないけど、
まどかはそういうものを持ってるって、私はそう思う。
私だけじゃないわ。美樹さやかを見なさい。それに、巴マミ、佐倉杏子だって。
外から改めて割り込んだらよく分かる、まどかがそういう娘なんだって」

「ウェヒヒヒ、なんか照れ臭いけど、有り難う」

髪の毛を洗っていたまどかが苦笑いと共に礼を述べる。

引用元: ほむら「幸せに満ち足りた、世界」(まど☆マギ×禁書) 

249: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/13(金) 03:40:14.00 ID:gqzaQKCs0

「だから、守りましょう」
「うん」
「大事な人達、大事にしてくれる人達、
そんな幸せの源になっている人達を私達の手で」
「うんっ」

浴槽を挟み、正面を向き合って、
二人は互いの右手を正面から掴んでいた。

 ×     ×

「明日、なんだね」

夜、最後の打ち合わせの後、消灯近くにさやかが口を開く。

「ええ、様々な情報を総合しても明日に間違いないわ」

織莉子が言った。

「あー、なんかまずいテスト前って感じだなー」
「ついでだからヒロインが大昔にワープして
ご先祖様ごとワルプルギスの夜を消してくれる、なんて奇跡は起きないかなー」
「現実を直視しなさい」

杏子の言葉にさやかが言い、ほむらが冷静に宣告する。

「ま、テスト、って言ったらギリギリ学校休みの時間も作ったしね」
「バレてねーだろな?」
「祈るしかないわね」

さやかに続く杏子の問いにほむらは応じる。

「大事の前の小事、あの犠牲を前にしたやむを得ない犠牲、
そう思うしかないわね」

織莉子が静かに言う。
予定日までの三日間程度を丸ごと使える様に、そのためにほむらが用いた手段は、
実害をギリギリ最小限に留めつつ、余り褒められたものではない、
公言し難いものであった事を否定するのは難しいものであった。

250: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/13(金) 03:43:36.97 ID:gqzaQKCs0

「そこまでやったんだからさ、色々迷惑かけた分もみんなまとめて、
やろう、みんなで大事なものを守り抜こう」

さやかの言葉に一同が頷く。

「そのためには十分な睡眠がとても大事よ。
美容のためにもね、どうせ明日はズタボロになるんだから」

マミが言い、一同既にテーブルの撤去されたリビングで雑魚寝に入る。

「お休みなさい」
「お休み」

 ×     ×

翌朝、決して安くはないマンションの一室にいても、
伝わる嵐の感覚はいよいよ以て洒落にならなくなって来ている。
マスコミや広報車でも避難を呼びかけ、最低でも不要の外出を控える様に求めている。
避難指示が出るのも確実だ。
そんな中、このマミの部屋では鶏肉と野菜のリゾット風お粥で朝食を済ませ、めいめい支度に動く。

「うん、ママ。ここから避難所に向かうから」
「仕方がないな、災害用の伝言ダイヤルとサイト、登録したな。
通じなくなったらそっちに連絡入れろよ」
「うん」

携帯で話していたまどかが、マミに近づく。

「ママが」

まどかに促され、マミはまどかの携帯を借りる。

251: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/13(金) 03:47:04.55 ID:gqzaQKCs0

「もしもし、巴です。この様な事になって申し訳ありません」
「約束しろ」
「はい、まどかさんは必ず………」
「何かあったら大人を頼れ、間違っても一人で抱えて無茶はするな。
それから、マミちゃんのケーキ、今度は素面でご馳走してもらいたいな」
「………はい、必ず」

それを眺めていたほむらが、ふと携帯を取り出す。

「もしもし?………ええ、大丈夫。安全に避難できる手筈になってるから。
うん、だから、今は間違ってもこっちに来ようなんて思わないで。
じゃあ、もしもの時の災害伝言ダイヤルの確認………
うん、大丈夫。それじゃあ」

 ×     ×

上条恭介は、軒下で嘆息していた。
コンサートの準備で市外から戻って来る所だったのが、
交通事故と災害級の天候急変にかち合って、その嵐の中を直接避難所に向かう羽目に陥った。
暴風雨の中を突っ切る事になるが、とにもかくにも安全な居場所が無いのだから仕方がない。
さて出発するかと心を叱咤しながら、我が身の運の無さを呪う一言が口から漏れそうだった。 

253: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 03:48:51.06 ID:0Feb1A2u0

 ×     ×









「見える?」
「ああ」

川沿いの公園に集結していた巴マミ以下の魔法少女達。
既に嵐と呼ぶべき天候の中、
暁美ほむらと佐倉杏子がやり取りをする。

素人であれば何となく薄暗い気味の悪い悪天候、ぐらいの状況だが、
魔法少女に言わせるならば、周辺一帯、
下手をすると見滝原全域が魔獣の放つ瘴気に覆われている。

そして、恐らく素人目には竜巻なのだろう、遠くの空間が歪んで、
その中にとてつもない存在感が、

「よけてっ!」
「防壁っ!!」

キラッ、と、遠くで何かが光った。
次の瞬間には魔法少女は散り散りとなり、元いた場所に爆発が起こる。
そう思った時には、遠くで巨大なストロボの様な光が。

254: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 03:54:12.64 ID:0Feb1A2u0

「くっ!」
「あ、サンキュー!!」

美樹さやかが、周辺の時間が止まっている事に気づく。
そして、暁美ほむらに手を引かれ場所を移動する。
遠くに、巨大な何かが存在している。
黒い靄に覆われた、柱の様でもあるし木の様でもある。
地面から立っているのか浮遊しているのかも定かではない。
只、それが、普段魔法少女達が闘っている魔獣、
それを桁違いに禍々しく強力にしたものである事は、何となく理解出来る。

次に飛んで来たのは、固体だった。
巨大な槍の様なもの。
皆がそれを交わすと、猛スピードで地面に突き刺さろうとしていた槍はバラバラになる。
次の瞬間には、辺り一帯に銃声が響き渡っていた。

マミが大量のマスケット銃を、ほむらがM16をフルオートで発砲し、
周辺に大量発生していた、ちょっと前まで槍に見えた魔獣が一掃される。

「固まってたら狙い撃ちされるっ!」
地図は叩き込んでるわね、あのビルを目標にバラバラに接近してっ!!」
「分かったっ!!」

ほむらの叫びに杏子が返答し、皆が動き出した。

 ×     ×

普段は当たり前の様に車が行き交っている高架橋上の幹線道路に銃声が響き渡る。
巴マミが魔獣に取り巻かれながら、ヴェテランらしい手並みで応戦していた。

「オラクルレイッ!!」
「はいはいはいはいっ!!」

そこに飛び込んで来た多量の水晶球が、その後に続く呉キリカが残りの魔獣を斬り裂いていく。

「有り難う」

マミの言葉に、続いて現れた美国織莉子が頷いた。

255: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 03:59:32.09 ID:0Feb1A2u0

「丸で、街中に結界を溶かし込んだみたいね。
避難指示で事実上のゴーストタウンじゃなければ大変な事になってる」

織莉子の言葉にマミが頷く。
そして今も、丸で空気から湧き出す様に魔獣が姿を現す。
魔法少女達は異変に気付く。

彼女達が戦う魔獣は、普段は巨大な男性が
体に例えば古代ローマ装束を連想させる白い布を巻き付けた様な姿をしている。
その布が不気味にもごもご動いていた。
魔獣達に巻き付いた布が弾け、その中から大量の触手が飛び出した。

「つっ!」

戦闘の中、その触手の中でも特に太い、両腕を思わせる触手が高架橋の壁に叩き付けられ、
破片が織莉子の頬を走る。

「な、に、を、し、て、い、る?」

その時には、頭部を半ばメロンと化したキリカは既に跳躍していた。

「あああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっっっっっ!!!
ヴァンパイア・ファングッ!!!」

連結された爪が、猛烈な勢いで魔獣を斬り裂き、叩きのめしていく。
そのキリカの横を一斉射撃が通り抜け、キリカの背後で魔獣が消滅する。

「落ち着いて、呉さん」
「落ち着け!?落ち着けって!?織莉子がっ」
「お願い、キリカっ!」
「分かった、よっ!」

叩き付ける様な織莉子の懇願に、キリカはその爪を手近な魔獣に叩き付ける。
織莉子は、ハッと顔を上げた。

「巴さんっ」

そして、織莉子と言葉を交わしたマミは、駆け出してこの場を離れる。

256: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 04:04:43.18 ID:0Feb1A2u0

「ここから先は行かせない」
「織莉子の手を煩わせるなんて、雑魚共にはもったいないよ」

大量の水晶球を浮遊させて道を塞ぐ織莉子の側にキリカが馳せ参じた。
言葉通り、キリカの長い爪は次々と魔獣を片付けて行く。
だが、魔獣も又、従来のビーム攻撃を加えた遠近両用の攻撃を展開し、
何より当たり前の様に湧いて出て来る。

「しつっ、こいなあっ!!」
「焦ったら負けよっ」

織莉子が言うが、元々物量戦に向いているとは言えない織莉子からは疲労の色が隠せない。

「くっ!ヴァンパイア・ファングッ!!」
「へえー、長い爪だねキリリン」

どがあっ!!と、キリカの長い爪が魔獣ごと路上を抉った時、
何か気楽な声が聞こえて来た。

「んじゃあ、こういうのはどう?」

確かに、五本の指から伸びていると言う点では、
文学的修辞として爪、と呼べない事もない。
但し、それは固体ではなく、光だった。
一見すると少女の様にも見える少年の手からは、青白い光が伸びている。

只、爪と呼ぶには光である事も問題ではあるが、何よりもその規模が些か尋常ではない。
工業用の切断用熱線を思わせる光が、
建物の一つ二つぶち抜ける規模で直線を維持できる範囲で自在に走り、
近かろうが遠かろうが魔獣どもを好き放題に斬り裂き仕留めて行く。

「つーか」

そういう訳で、金髪の少年は途中からはややルーチンにダレた様子で口を開く。

「こんなんじゃ俺の喧嘩には全っ然足りねぇってレベルじゃないんだけど、
ま、いっか。だったらちゃっちゃと片付けようぜっおりりんキリリンッ!!」
「いきなり誰だ馴れ馴れしい!!」
「頼りにさせてもらうわっ!!」

257: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 04:09:49.68 ID:0Feb1A2u0

 ×     ×

「このっ!!」

事務所や製作所が並ぶ間の国道で、美樹さやかはうぞうぞと迫る触手を懸命に斬り払っていた。
次々と現れた魔獣が、全身からにょろにょろ触手を伸ばしてわらわら迫って来る。

「こぉのぉっ!!」

消耗戦を避けるためにも、さやかは二刀を振るい、
触手を斬り払いながら魔獣の群れへと突っ走る。
取り敢えず、手近な魔獣の群れを片付け、肩で息をしていた。

「次来たっ!」

気配を感じてさやかは剣を振るう。

「あつっ!」

だが、腕の様な触手が鞭の様にさやかの脛を襲い、隙が生まれた。

「しまっ!………」

気が付くともう、剣も振るえない。
体は持ち上がり、大量の触手が全身に絡みつき、後は飲み込まれるのを待つばかり。

「ドジッ、たなぁ………」

痛い程の雨粒が未練の痕跡を無理やりにでも洗い流す。
ふと、体が軽くなった。
気が付くとさやかの体は地面に投げ出されており、
魔法少女の防御力と巻き付いたまま切断された触手が落下のショックを和らげていた。
見ると、周囲からは魔獣そのものが一掃され、
魔獣の群れは全滅ではないが随分遠巻きな存在となっていた。

「たすかっ、た………」

その場に尻もちをつき顔を上げ、さやかの目が点になる。

258: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 04:14:34.62 ID:0Feb1A2u0

「………へ………へ、へ………」

さやかの周辺から魔獣共を一掃し、更に接近するものをばっさばっさと薙ぎ倒す。
そんな頼もしい命の恩人を前にして、さやかは、
ようやくその勇姿に相応しい定義を自分の語彙から引っ張り出していた。

「………変態だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

仮にも命の恩人に対する第一声としては実に失礼な絶叫が嵐の街に鳴り響く。
確かに、仮にも魔法少女であるさやかの戦線に乱入し、
苦戦を強いられた魔獣の群れを一掃したぐらいだ。

それを可能とした武器は、水だった。
今更魔法少女が細かい物理的矛盾を言っても仕方がない。
恩人の背負ったホースと手に持っている薙刀の様な道具がホースで接続され、
その薙刀から噴射される、文字通り破壊的な威力の水を
自在に操り魔獣共をぶった斬り破壊していくのは頼もしい事この上ない。

そもそも、魔法少女自体が知らない者から見たらコスプレ軍団であり、
美樹さやか等は、取り敢えず今の仲間の中で比べるならば
ぴっちぴちに健康的なお色気を発散している方である。
もっとも、街によっては、根本的に色々間違ってるとしか言い様の無い
面積やカッティングを当たり前とする同業者の集団もあるらしいのだが、
その辺りの事はここでは割愛しておく。

259: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 04:17:49.59 ID:0Feb1A2u0

だが、それでも何でも、首から下はバニーガール。
そして首から上に被っているのは、目の所に穴をあけた、
この暴風雨の中でもそれ以外さしたる損傷も見えない辺り
どんな素材加工なのか無駄に手間暇かけた、見た目だけはスーパーで貰えそうな紙袋。
コスプレ通り越してまんま不審人物の同志は流石にさやかも見た事も聞いた事もない。

その、スーパーセルど真ん中で寒そうってレベルじゃない普通に痛そうな
ハイレグバニースタイルの中身がすらっとしてむちっとしてぼんきゅぼんで
無駄にハイスペックなのがまた頭が痛い。

有り難い事にそんなさやかの魂の叫びを気にもかけず、
紙袋バニーはバニーで何やらにゃんにゃか絶叫しながら魔獣を片付けて行く。

そして、さやかが周囲を見回すと、剣道着の袴を身に着けた少女の細腕が、
杭打ちハンマーを思わせる威力の竹刀で魔獣を叩きのめし、
魔獣にも急所があるのか、くるくる動き回る女学生の指の間で
よく切れそうなカラフルな栞がひらめく度に側にいる魔獣が倒れて行く。

コートを羽織ったレオタード姿の少女の可憐な舞と共に、
長いリボンが豪雨の中でも構わず火花を散らして触れる野獣を切り刻み、
その側では既に瓦礫の街となりつつある一帯をスキーで滑り回る少年もいる。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

そんな修羅場の中でも一際大きな絶叫、
明らかに機械を通した声に、さやかが思わず耳を塞ぐ。

「さぁさぁさぁさぁ制裁制裁制裁ライブ!!
血みどろ嫌なら伏せちゃってえええええっっっっっっっっっ!!!!!」

さやかはそれに従っていた。
とにかく暴力的な音声、それだけでも立っていられない程だ。
そして、次の瞬間には、本格的に物理的暴力、破壊力を直接伴った大音響が一帯を通り抜け、
うぞうぞと発生していた魔獣が一斉に粉砕される。
そして、さやかは物理的破壊の音と振動を感じる。

さやかが顔を上げてそちらを見ると、
複数台のトラックが頭から建物に突っ込んでいる。
どこから見ても交通事故です本当に有難うございました。

260: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/20(金) 04:21:13.14 ID:0Feb1A2u0

「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!
れっでぃーすっあーんじぇんとるめーんっっっっっ!!!!!
飛び入りゲストのご登場だァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

そして、そのトラックのコンテナの上で、
見た目拡声器らしきものを通して絶叫する一人の少女にさやかは目を向ける。
この土砂降りの中、ぶかぶかのズボンはいいとしても上は素肌にビキニ。
彼女が何者であるか、美樹さやかは確信する。

「さあさあさあっ!ここから先はメーンエベント!!
扶桑彩愛の制裁ライブにお客は任せて
次のステージに向かいたまえヒィーッハァーッ!!!!!」
「サンキュー変態っ!!」

 ×     ×

暁美ほむらは、何かの跡地の草原でM16を掃射していた。

(まずい所に誘い込まれた。時間も無いのに、
この全域結界状態で無限増殖ゾンビ戦になったらこっちが不利………)

その時、ほむらの両脇を一抱えはありそうな円盤がびゅうっと通り抜け、
背の高い草ごと魔獣共を刈り倒していく。
はっとほむらが頭上を見る。
そこでは、丸で透明な巨人がお手玉をしている様に、
ずっしりと重そうな複数の袋がジャグリングしながら魔獣を次々叩きのめす。

「そぉーれえっ、やっちまいますよぉーっ!!!」

それを合図にした様に、ほむらの両脇を、手に手に得物を持った黒装束の集団が駆け抜け、
魔獣の群れと互角以上の白兵戦を開始した。
更に、その後に続く様に、こちらは一般的な普段着の、
一見して日本人の老若男女の、これも手に手に武器を持った集団が通り抜け、
チームプレイで魔獣の群れと互角以上の白兵戦を展開する。

「遅くなったのよな、魔法少女」 

264: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 14:46:59.33 ID:GycRbxdN0

 ×     ×

「困りましたわね」

静止したエレベーターの中で、一人背中に壁を預けている志筑仁美が呟いた。
他の用事もあって、むしろこちらの方が安全だと言うつもりで
この建物に来ていたのだが、結果は裏目に出た。

最初は只の突発事故かと思ったのだが、
非常電話で確認して見ると急激に尋常ではない災害に巻き込まれたらしく、
修理の目途が立たないと言う返事だった。
仁美が、壁から背中を離し、ふと上を向く。

「すううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

体の前で両腕を交差、回転させながら呼吸を整える。

 ×     ×

「うぜぇうぜぇうぜえっ!!!!!」

行く手を阻む魔獣を槍で斬り払いながら、佐倉杏子は突き進む。
その後に百江なぎさも続く。
なぎさも善戦してはいるのだが、土砂降りの大嵐とシャボン玉の相性は最悪だ。

そうやって、一時的廃墟の街を駆け抜けながら、二人の耳はクラクションをとらえた。
一瞬、そちらに目を向けた杏子の表情は硬直し、一旦その場を走り抜ける。
そして、二人は変身を解いてから何食わぬ顔で元の道を戻った。
杏子は、路肩に停車したワンボックスカーに近づき、ドンドン窓を叩く。

265: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 14:52:03.61 ID:GycRbxdN0

「きょーこっ!」
「お姉ちゃんっ」
「何やってんだこんな所でっ!?」

パワーウインドが開き、車内からの叫びに杏子が叫び返す。

「人影が見えた気がしたからさ、鳴らしてみたら佐倉さんのお姉ちゃんかよっ」
「どういう事だ大将っ!?」

杏子となぎさが開いたドアから車中に入る。
運転席から声を掛ける顔なじみのラーメン屋の大将に、
杏子は殺気すら込めて尋ねていた。

「大体、なんでモモがここにいるっ!?」
「ああ、お姉ちゃんは友達ん所って言ってたな。
牧師さん一家で見滝原の後援者の人からの歓待を受けて、
それでこのスーパーセルに巻き込まれたって話だ。
何か、直前までの予測とも大幅にずれたこの辺で大嵐になってるからさ」

大将の言葉に、杏子は額を押さえる。

「俺っちは動ける間に知り合いの町内会長とナシ付けて、
炊き出し持って風見野から見滝原の避難所入ってたんだけど、
牧師さん一家は避難所に入ってから、モモちゃん預けて救助に向かったんだ。
近くで、素人でいいから人手がいるって事だな。

そしたら、その間に避難所の方が駄目になってな。
車の事情でゆまちゃんの爺ちゃん婆ちゃんは別の車に乗って、
顔見知りの俺っちがこの二人を引き受けて避難してたんだけど、
この通りドジっちまって立ち往生だ。
この際このままやり過ごせるか考えてたんだけど」

「無理だ」

杏子が吐き捨てる様に言った。

267: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 14:59:13.43 ID:GycRbxdN0

「何が飛んで来るか分からない、下手したらこの車でもぶっ壊される。
子ども連れは正直厳しいけど、場所分かってる近くの避難所に入る方がまだ安全だ。
大将はゆまを頼む」
「ああー、分かった。
絶対連れてくから、俺っちから離れるんじゃないぞ」
「うんっ」

「行くぞモモ、あたしから離れるな。
なぎさ、歩けるな?」
「うん」
「はいです、お姉ちゃんなのですっ」

 ×     ×

大量に集結した魔獣の群れが、うぞうぞと外側の道から堤防を登り始める。
そうしながら、腕の様な触手を振り上げる。
その触手が振り下ろされようとしたその時、
激しい銃声と共に多くの魔獣が撃ち抜かれ、消滅する。
それにも関わらず、残った魔獣達は腕を振り上げ、堤防と言う坂の上からの銃撃に撃ち抜かれる。

「させないっ!!」

坂の上の方で、大量のマスケット銃を用意して叫んだのは巴マミだった。
ようやく、脅威を感じたのか、魔獣達がビームを放った時には、マミはひらりと跳躍していた。
堤防壁面の下り坂半ば近く、魔獣の群れのど真ん中に着地したマミが、
魔法で大振りに作り出した小銃を斬馬刀の様に振り回し、
不意を突かれた魔獣を次々と葬らんに吹き飛ばす。

そうしながら左手に取った帽子を振り、スカートの両端を摘み上げる。
魔獣がようやくマミの急襲に反応を始めた時には、
マミが両手に握ったマスケット銃が魔獣を撃ち抜き、
周囲に林立したマスケット銃がとっかえひっかえマミの手に渡り、
魔獣に攻撃の暇を与えず引き金が引かれる。

風も雨も荒れ狂い、半ば水を踏んでいる様な堤防壁面にあって、
巴マミは跳躍し、走り、滑り、交わし、そして撃つ、撃つ、撃つ。
魔獣も又、撃っても撃っても新手が湧いて来る様だが、
それでも、もしかしたら発生スピードを追い抜いたら終わるのでは、
と思わせる様な勢いでマミは次々とマスケット銃を発生させ、
その銃口から破魔の弾丸を解き放つ。

268: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 15:04:41.53 ID:GycRbxdN0

果てしなく何もない堤防の上、荒れ狂う嵐の中にあって、魔獣共相手に必ず、
必ず確実に的確な攻撃を仕掛け、仕留めて行く巴マミの勇姿を飾るに相応しいのは、
本来は終わりの歌、であるが、からから回ったフイルムの後一番最初に聞いた歌か、
或いは、始まった時には超異色だった
光と闇と武器多彩な時代劇の一番最初の終わりの歌か。

腕の様な鞭打ちの触手を交わしていたマミが、
魔獣の全身から伸びる大量の細長い触手にとらえられ空中に吊り上げられる。

その間に、半ば水面と化した地面から黄色い長いリボンが長く大量に増殖し、
魔獣の群れを絡め取っていく。
マミは、僅かに笑みを浮かべ、胸元のリボンを抜き放ちながら、
弱った魔獣から解放され落下する。

「ティロ・フィナーレッ!!」

とても抱えきれない抱え筒の必殺の一撃が、
リボンで押し固められた魔獣の中で爆発した。
堤防のダメージを考えると、容易には使えない大技。

そのままマミは壁面の坂を駆け上り、
未だ残っている、或いは新手で迫って来る魔獣に対して
頂上近くから用意のマスケット銃を激しく撃ち下ろす。
そして、堤防の頂上に上り、堤防上を走る道から川を見る。

マミが見下ろす先では、泥の川が破壊的な程の音を立てて、
川上から川下へ、と言う法則性を辛うじて維持し流れている。
高度を増して益々激しく風に吹かれ雨に打たれながら、
それを見下ろしていたマミが息を呑む。

ぼっ、ぼっ、と、その濁流と随分と高くなった川岸の境界辺りから、
自分の敵が湧き出しているのを目にしていた。
マミが、マスケット銃を発砲しながら、渦巻く濁流に向けて堤防を駆け下りる。
ずぶずぶの地面を駆け下り、必死に勢いを殺す。
うっかり真っ逆様となったら、魔法少女でも死ぬ勢いの濁流だ。

269: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 15:10:10.09 ID:GycRbxdN0

「くっ」

ざざざ、っ、と、辛うじて足を止めながら、
マミは銃撃と共に空中で奇妙に回転して着地しながら水しぶきを上げて転倒する。
それでも、既に堤防を登り始めた魔獣がマミを攻撃する前に、
マミは攻撃こそ最大の防御を大量の銃弾をもって実践して見せる。

周囲を片付け、再び、土気色の川面に銃口を向ける。
いる、想像以上にいる。
距離を取らないと、このままかち合ったら引きずり込まれたら終わりだ。

「ウンディーネ、杯の象徴にして万物から抽出されしものよ」

 ×     ×

「ありがとう、助かったわ」
「あー、いいってこってすよ」

魔獣の一掃された草原で、礼を言うほむらに、
黒ずくめの頭領らしきちびっこな少女は気のいい返事を返す。
そして、ふと携帯電話を取り出した。

「もしもし?ママ?
うん、教会のお仕事、災害で困ってる人を助けに。
大丈夫大丈夫危ない事なんてなーんにもないから。
うん、うん。じゃあ、ママのサンドイッチがいいな。
チャオ、ママ」

と、こんな通話をしていたのだが、
生憎と巴マミですらない暁美ほむらに流暢なイタリア語の読解は荷が重すぎた。

「もしもし………何?」

そのすぐ側で何やら通話をしているおっさんの日本語は、
ほむらにも易々と理解できるのだが、
こちらはとてもほのぼのと言った様子ではない。

270: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 15:13:34.85 ID:GycRbxdN0

「どうかしたんですか?」

その様子に気が付いたほむらが、通話を終えたおっさん建宮斎字に声を掛けた。

「ああ、うちの五和が別働隊で動いてたんだが、
大き目の群れと出くわしたらしい。
それで、五和が一人だけチームからはぐれたって連絡入れて来たのよな」

「心配ですね、手助けしたい所ですけど」
「いや、魔法少女は魔法少女の本分を果たすのよな。
こっちはそんなにヤワじゃないのよな」

「そうさせてもらうわ、助けてくれてありがとう」
「ああ、結局はあんたらが大元退治するのが一番効率がいいって事だ。
だから、後は頼んだのよなっ!!」
「引き受けた、だからあなた達も無事で!」

立ち去るほむらの言葉に、どちらのチームからもおおっと声が上がった。

 ×     ×

「へ………へへへ………
変態だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

次の瞬間、絶叫したさやかの頭にバールのやうなものがスパコーンと振り抜かれた。
とは言え、ここまでの実績を見ると、
魔法少女に対するハリセンで済む程度には手加減をしてくれたらしい。

そういう訳で、今、国道沿いで魔獣と遭遇していた美樹さやかの周辺では、
赤い服装の女大工(変態)がバールやらトンカチやら鋸やらで手近な魔獣を次々と退治し、
その遠景として、巨大な炎が魔獣の群れを殲滅している。

痛い突っ込みの割にはいい人だったらしく、
十分な戦力で魔獣を引き受けながらバールの先を先に向けて促してくれたので、
さやかは赤い女大工(変態)に礼を言って先を急いだ。
そして、国道沿いの歩道を青い魔法少女が駆け抜ける。

271: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 15:16:54.27 ID:GycRbxdN0

「っとぉー、どっちだったかなぁ」

横に叩き付ける痛い雨粒に顔をしかめながら、
さやかは交差点に立っていた。
取り敢えず、顔を上げて目標のビルを確認するが、
それでも道を確定するには至らない。

取り敢えず、大雑把な方角だけを把握して無人の道路を横切る。
そして、およその行く先を見回しながら、その動きをぴたりと止める。

一瞬、それは自分自身の内的経験がもたらした幻覚かと疑い、
そして何故そのような幻覚を見てしまったのか自己分析しかけて顔が赤くなりそうにもなったが……

一応魔法少女の体力で、まだそこまでイカレていない筈だ、とも思い直す。
だとすると、今、最優先すべきは、今自分が遠くに見たもの。
美樹さやかは、そのために。
さやかが、脚を踏みしめ周囲を見回す。

「結、界」

元々大気自体が結界に近い状態だったのが、一帯が結界そのものになる。

「あの、さぁ………」

さやかが、サーベルの棟を肩に掛けて嘆息する。

「偶然ばったりのお邪魔虫とか、
空気読めってぇーのっ!!」

272: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 15:20:02.95 ID:GycRbxdN0

 ×     ×

「大丈夫ですかっ?」

嵐のゴーストタウンと化した見滝原の街中で、
歩道に蹲っていた上条恭介は、ようやく声に気づき目を開ける。

恭介の顔を覗き込んで声を掛けたのは、
眼鏡を掛けて紅ネクタイにブラウスの制服姿で若干年上の女の人。
全体に茶色がかった長い髪で、一房分かれて伸ばした髪の毛が恭介の顔をくすぐっても、
それ以前に土砂降りの雨足が酷すぎて気にならない。

「え、ええ」

恭介が、よろりと立ち上がる。

「大丈夫かっ?」

その声で、恭介は側にもう一人いた事に気づく。
蹲った恭介に声を掛けていた風斬氷華に同行し、
周囲を伺っていた吹寄制理が立ち上がった恭介に声を掛けて来た。

「すいません、ちょっと、脚を………」

左足首を押さえながら、恭介は顔を歪める。

273: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 15:23:11.71 ID:GycRbxdN0

「取り敢えず、場所を移動しよう」
「すいません」

吹寄と風斬の肩を借りて、恭介が辿り着いたのは
この際無いよりはマシと言う程度の屋根付きバス停のベンチだった。
そこには、紺色のセーラー服姿の雲川芹亜が腕組みして待っていた。

「大丈夫じゃん?」

そこに、ちょっと遅れて戻って来たのは、
作業ズボンに安手の透明雨合羽、その下に黒いタンクトップを着た黄泉川愛穂だった。

「痛いか?骨は大丈夫みたいじゃん」
「ええ。捻ったみたいで。皆さんは?」
「災害ボランティア、の予定だったんだけど」

そう言って、雲川芹亜が嘆息する。

「途中でバスが事故に巻き込まれてね、
脱出した所をこの大嵐って訳」

体育の授業そのままのTシャツショートパンツ姿の吹寄が言った。

「正直参ってるじゃん」

黄泉川が言う。

「本当は待機場所で準備して安全が確認できた所で救援に入る予定だったんだけど、
結果はほとんど着の身着のまま、命からがら脱出して災害のど真ん中に放り出されたんだけど。
そういう訳で、災害ボランティアとしては全く以て失格なんだけど」

普段は飄々と知性で圧する雲川先輩も、天の配剤にはお手上げだった。

274: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/22(日) 15:27:07.80 ID:GycRbxdN0

「実際その通り、わざわざ他所から来て災害の真っ最中にこっちの公共機関を煩わせる、
お詫びの仕様も無い所じゃん。
只、言い訳をさせてもらうと、スーパーセルの予測が大幅にずれてる。

事前の予測では普通に無関係だった所を直撃して、
こっちは事故で装備ごと車なくした上に居場所も無い。
この分だと私達以外にも少なからず難民化してる筈じゃん」

「僕もその口です」

黄泉川の言葉に、恭介が応じた。

「そういう訳で、他所から来たボランティアが
住民用のリソース奪うのは非常に心苦しいんだけど、なんとか避難所に入りたいんだけど」
「それなら、多分この近くに一つある筈です」

雲川の言葉に恭介が応じる。

「こちらにバスは来ないのでございますね」

見るからに当たり前の事を確認したその声の主は、
バス停の外から中に新たに入ってきていた。 

277: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:11:55.07 ID:xv+5Ry0X0

 ×     ×

「つまり、教会のボランティアで救援活動のためにここに来た訳だけど、
途中で予想外の事故とスーパーセルに巻き込まれて
辛うじて脱出してここまで彷徨って来た、そういう事ですか」
「そうでございます」

日本ではナポリタンと呼ばれるパスタ料理を美味しく作るための
膨大な情報の中からここまで的確な見解を引っ張り出した
雲川芹亜の話術に上条恭介は只只感心しきりだった。

「教会から来たんですか?」
「そうでございます」

普段であればジ○リ宮○映画の中のヨーロッパの片田舎ででも見かけそうな、
素朴な長袖ロングスカートの上下に飾り気のない金色ショートヘアが、
今はここにいる他の面々同様そのままプールに沈んで引き上げられたよりひどい有様の
オルソラ=アクィナスが吹寄制理の問いに返答した。

「持ち物とかはやっぱり脱出する時に?」

黄泉川が尋ね、オルソラは頷いた。

「小さなリョカンでございました。
私の様な者が暴風圏に直接乗り込んでも何も出来ません。
ですので、安全地域のリョカンに泊まって天候が落ち着くのを待つつもりでございました」
「私達も同じです」

吹寄が口を挟んだ。

278: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:17:20.04 ID:xv+5Ry0X0

「私が到着した時には既に雨が降り出しておりまして、
雨の中で着ていた修道服を預かってもらったのですけど、
窓から部屋の中に竜巻に乗った看板が貫通した上に
地盤自体が想像以上に危なかったと言うお報せで、
いわゆるパニック状態になったのでございます」

「滅茶苦茶じゃん」

黄泉川が天を仰ぐが、ここまでの情報から言って起こりそうな事でもあった。

「取り敢えず、ここにバスは来そうにございませんね」
「確認するまでもなく全面運休じゃん」

何度目かの問答だったか思い出すと頭が痛くなるが、それでも黄泉川は律儀に返答する。

「避難所に行きましょう」
「そうね、ここは屋根があるだけほんのちょっとマシって言っても、
又何が飛んで来るか分からないし
流石にこの状況は不健康ってレベルじゃないわ」

恭介の言葉に吹寄が賛同する。

「歩ける?」
「ええ、何とか」

吹寄の問いに恭介が応じる。

279: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:24:39.07 ID:xv+5Ry0X0

「無理はしない方がいいじゃん。
男らしくとかそういう事じゃなくて、
この有様でどれだけ歩くか分からないのに本格的に動けなくなられたら
そっちの方が迷惑じゃん」
「どうぞ」
「すいません」

年上で、一見するとややふっくらかぽっちゃり目にも見えるとは言え、
ブラウスタイにスカートと言う着の身着のままの姿で
焼け出されに近い形で土砂降り暴風雨の大嵐の中に放り出されている。

そんな、素人目にも当然体力ゲージがゴリゴリ音を立ててノンストップでマイナス進行している筈の
風斬氷華の肩を借りるのは男として間違いなく心苦しいが、
骨折こそしていなくともむしろ痛みを忘れそうなぐらい危ない怪我人の身として、
黄泉川の合理的な発言に逆らう気力も体力も持ち合わせてはいなかった。

「よっ、と、適当な所で交代だからね」

風斬と共に立ち上がった恭介を補助し、吹寄が風斬に声を掛ける。

「はい」
「本当にすいません」
「この際、形振り構っていられる状況じゃないわよ」
「ああ、この際人命優先なんだけど」
「で、ございます」
「さあ、出発するじゃん」

280: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:29:44.41 ID:xv+5Ry0X0

 ×     ×

ばしゃばしゃ水を跳ねながら鹿目まどかが走っているのは、
住宅街のただ中だった。
そこそこ昔からありそうな家屋が立ち並ぶ通りを駆け抜けながら、
時折振り返り、弓を引き矢を放つ。
どこからともなく魔獣が湧き出し、まどかに追い縋って来る。

そのまま、走り抜ける予定だったが、途中で足を止める。
まどかが向かった先は、木造住宅があったらしい一角だった。

「聞こえますかーっ!?」

まどかが叫び、耳を澄ますと、確かにまどかは声を聞いた。
ごくりと息を呑む。

魔法少女の体力補正、確かに人間業を超えた力技も可能ではあるが、
既に原型を失った家屋をどうにかして救助する、となると、
ギリギリを遥かに超えた無理のある話だ。

だからと言って、絶対に出来ないのか?と言われるとそれも疑問がある。
一方で、この災厄の大元であるワルプルギスの夜に辿り着き、討伐しなければならない。
それが最も多くの人を助ける道だと言う理屈も理解出来ている。
そして、背後には魔獣がわらわらと迫って来ている。

「すぅーっ、はぁーっ」

鹿目まどかは、呼吸を整えた。
魔獣に向けて、続け様に分裂矢を放つ。
それが終わると共に、踵を返して家屋へと駆け寄った。

281: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:32:56.03 ID:xv+5Ry0X0

 ×     ×

「嘘、だろ………」

佐倉杏子は、公民館の前で立ち尽くしていた。
公民館の正門は閉じられ、
使用に耐え得ない状態になったとして避難先を案内する張り紙が
ビニール袋入りで看板にくくり付けられていた。

「くっそっ、行くしかねぇかっ」

暴風雨の中のこの仕打ちに、気のいい大将も流石に吐き捨てる。

「ちょっと、待て」

正門前に立った杏子が呟く。

「大将、子どもら連れて先行ってくれ」
「はあっ!?何言ってんだっ!?」
「人がいる、かも知れない。恐らく子ども」
「マジか?いや、だけど………それなら俺が………」

「あたしの空耳かも知れない、今目の前の子どもら頼めるのは大将しかいない。
大丈夫、危ない事はしない、確認したらすぐに後を追う。
頼む、寝ざめが悪いのは嫌なんだ」

「………絶対、危ない事するなよ、すぐ追いついて来るんだぞ」
「おねーちゃん」
「きょーこ」
「大丈夫、すぐ戻る」

びしゃっ、と、濡れた手で杏子がモモとゆまの頭に触れる。

282: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:37:40.35 ID:xv+5Ry0X0

「なぎさも………」
「みんなを頼むぜ、なぎさお姉ちゃん」
「………はいです」

なぎさと杏子が頷き合う。

「よっし、しっかり掴まってろよ」

大将に連れられた面々が遠くもない視界から消えるのを待って、杏子は動き出した。
杏子が、塀を超えて公民館の敷地に入る。

「やっぱりだ」

それと同時に変身して、現れる魔獣を薙ぎ倒していく。

「使用不能はこいつらの仕業か?
見えない奴からは災害にしか見えないカモフラージュで
おいっ、大丈夫かっ!?」

杏子が声を掛けたのは、この嵐ではほとんど役に立たない
軒下の壁際に蹲っている女の子だった。

「あ、あなたは?」
「助けに来た、行くぞっ!」
「お姉ちゃんが………」
「はあっ!?」

283: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:41:06.30 ID:xv+5Ry0X0

 ×     ×

「っ、らああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

浅古小巻の振り回した長斧が、まずは周囲の魔獣を薙ぎ払う。
そのまま、うぞうぞと接近する魔獣に次々と斧を叩き付け、数を減らしていく。
それでも、生活道路の塀際に立つ小巻が魔獣に取り囲まれていると言う
全体状況にはほとんど変化が無い。

「時間は、稼げたかな?」

小巻が、近くの塀の裏口にチラと視線を走らせる。

「だからって………」

小巻が展開した楯に、ビームや触手が叩き付けられる。

「捨石なんてなるつもりはないからさっ!
つもり、はね………」

決意を口にしながらも、小巻は見たくもない背後の現実に目を向ける。
すぐそこまで迫った魔獣の群れが、豪快な槍働きに一蹴された。

「あんたがお姉ちゃんか?あっちで心配してるよ」

槍を担いだ佐倉杏子が、逆さにした親指を裏口に向ける。

「はあっ!?まさか、付いて来たのっ!?先に逃げろってあんだけ………」
「って事だ、さっさと片付けて迎え、行くんだよなっお姉ちゃん!?」
「ったり前でしょっ!!」

ずばあんっ、と、大業物が豪快に振り抜かれた。

284: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:44:30.56 ID:xv+5Ry0X0

 ×     ×

堤防の川側斜面から見下ろす巴マミの前で、
濁流の中から巨大な泥水の竜巻が巻き上がる。
空中で竜巻が砕けて泥水の塊が再び降り注ぐ。
それと共に、泥水の竜巻に巻き込まれた大量の魔獣も濁流の川面に叩き付けられた。

その間にも、堤防上でうぞうぞ迫る魔獣にマミが銃を向けようとしたが、
その堤防上にぼごっ、ぼごっ、と次々と土柱が上がり、
魔獣が土柱に飲み込まれ動きを止めた所をマミが撃ち抜いていく。

堤防上の川近くに黒い人影がうごめき、何やら川面に箒を向けている。
それと共に、再び泥水が巻き上がり、
それは細長い泥水の結晶の様な槍と化して川面をうごめく魔獣に飛翔し仕留めて行く。

マミが、ハッと振り返りマスケット銃をそちらに向ける。
そちらでは、魔獣の小さな群れが、既に攻撃体勢に入っていた。
そこに、びゅうと風が吹き抜ける。

マミが目を開いた時には、そちらにいた魔獣の群れは
泥水の槍の餌食になっていた。
残った少数の魔獣とマミは互いに戸惑いを見せたが、
一瞬早く立ち直ったマミが小銃の連射で魔獣を駆逐する。

「流石に、ここまで魔力交じりの嵐だと、
風の支配権をとるのは簡単じゃないみたい」

どこからともなく現れたジェーン=エルブスがばっと扇子を扇ぎ、
泥水の槍が彼女の横を通り抜けて、遠くから接近していた魔獣を討伐する。
何でもいいが、この大嵐の中、実に寒そうな女の子だ。

(ぬりかべ?)

マミの一瞬の連想と共に、マミの横にどんっ、と土の壁が盛り上がり、
どどどどどっと何か、恐らく魔獣の攻撃が激突して壁が崩れる。
崩れた壁の向こうでは、魔獣の群れが泥に半ば押し潰されていた。

285: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/03/28(土) 03:49:01.97 ID:xv+5Ry0X0

「大丈夫ですか?」
「ええ、有難う」

そこに接近して来たマリーベート=ブラックホールにマミが頷いて言う。
その間に、泥の中の魔獣は泥水の槍の落下を受けて倒されていく。

「ひっ!?」

そんなマミの側に、巨大な蛇と言うか龍の様な泥水が
川からぐわっと接近していた。

「そこの人っ!」

その声と共に、泥水の龍はぐわっと引きかえし、
どっぱーんと川の水に戻る。

「魔獣の群れをあちらのテニスコート跡地に誘導したい、出来る?」

すとんとマミの側に着地していたメアリエ=スピアヘッドが箒を向ける。
その先は、どう見ても泥水のプールと化した一角だった。

「水責めでどうにか出来る相手だとも思えないけど、
何か策があるのかしら?」
「ええ」
「分かったわ」

返答した時には、マミの肩には、
明らかに現代的なロケットランチャーみたいなものが担ぎ上げられていた。
マミの放った砲弾が川面の上で爆発し、辺りを明るく照らす。
その時には、三人の魔術師も堤防上に展開していた。 

288: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:22:58.30 ID:MLMjVOwK0

 ×     ×

「恭介っ!、いるの恭介ーっ!?」

嵐に負けない様に、と、それが容易ではない事を実感しながら美樹さやかは叫ぶ。

「恭介えぇっ!!」

マントでぐるりとその身を包みながら見滝原の街を駆け、叫び続ける。
そんなさやかの周囲に、うぞうぞと不穏な影が忍び寄る。

「邪魔っ!!」

バッ、と、白いマントが開き、
結界も張らずに、或いは見滝原全体を薄い結界と化して襲撃して来る魔獣の群れを、
さやかは二刀流で一閃する。

途中、これ又馬鹿強い北欧のなんとかの見習いだかに助けてもらったりもしたが、
恐らく大元であるワルプルギスの夜が健在である限り斬っても斬ってもきりがない。
だから、一刻も早くワルプルギスの夜を叩っ斬るのが最善。
見滝原を守る正義の魔法少女としては。

だが、さやかは見てしまった。
幻覚、と、片付けられる事であればどれ程良かっただろう。
だが、一縷の望みを託した携帯電話もつながらなかった。
逆に、ほんの僅かな可能性であっても、
それが大当たりしてしまったら自分は死ぬ、色んな意味で、

只、そのために契約した魔法少女である美樹さやかはそう思わずにはいられない。
心の中で何度でも土下座で詫びながら、
後で実行する事に何ら躊躇うつもりもないと腹を決めて、今は探し続ける。

289: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:28:29.62 ID:MLMjVOwK0

 ×     ×

巴マミが、川の流れとは逆方向に堤防を走る。
走りながら両手持ちにしたマスケット銃を発砲する。
魔獣達は、むしろそれを目標にしてわらわらと寄って来る。

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。」

マミが、ずぶ濡れの堤防にバッと伏せる。
痛い程の雨の中、本当に痛い水の槍が降り注ぎ、
マミの周囲の魔獣を攻撃する。

「それは生命を育む恵の光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」

一旦散開しようとする魔獣の群れに対して、
次々と土の壁が盛り上がりその動きを制約する。

「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

マミが、大風に巻き込まれた。
文字通り吹き飛ばされながらも、魔力で次々とマスケット銃を生じさせ、
更に担ぎ砲を撃ち込んで魔獣を刺激して見せる。

「その名は炎、その役は剣」

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ
と、挑発を受けて移動する魔獣の動きを察知しつつ、
マミはぐるんと向きの変わった風に乗り、スカートの両端を摘みながら堤防に着地する。
元々、魔法少女として大規模跳躍自体はお手の物だ。
そんなマミの側にぼごんっ、と、土の塊が盛り上がる。

「耳、塞いだ方がいいわよ」

そこに駆け寄っていたメアリエに倣いマミもその場に伏せる。

「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ………
………イノケンティウスッ(魔女狩りの王)!!!」

290: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:33:37.29 ID:MLMjVOwK0

それは、堤防を揺るがす様な大爆発だった。

「な、な、な………」

土の壁を抜け、立ち上がったマミが呆然とする。

「大方片付いたか。さっさと一服付けたい所だが」
「今のはあなたが?」

その、マント姿の大柄な少年に押し殺した様な声を掛けた時、
マミは銃口を少年に向けていた。

「そうだけど?」
「魔獣ごと堤防を決壊させるつもりっ!?
それで済むなら………」
「それなら大丈夫」

マミの背後から声を掛けたのは、メアリエだった。
次の瞬間、オレンジ色の輝きと共に、だあんっ、と、辺りに銃声が響き渡る。

291: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:39:14.66 ID:MLMjVOwK0

「続ける?」

濡れた焦げ臭さが微かに漂う中、炎剣を潜り抜けて距離を取り片膝をついたマミが、
銃口を大柄なマントの少年ステイル=マグヌスに向けて尋ねる。

「師匠っ!」
「無暗に銃口を向けられてへらへら手を上げる程、
甘く優しい人格をしている訳ではないからね。
どうだ、マリーベート?」
「なんとか、抑え込みました」

そこに戻って来て報告したマリーベートは、明らかに疲労困憊していた。

「何をしたのか、教えてくれるかしら?」
「イノケンティウス、大量の溜まり水を飲み込む程の大火力で水蒸気爆発を引き起こすと共に、
土に力を注いで堤防の決壊を回避した。
綿密かつ大規模なルーン配置を狭いエリアに集中させたから出来た事よ」

メアリエが代わって答えた。
それを聞き、立ち上がったマミとステイルが向き合う。

「Fortis」
「師匠っ!!!」

ぼそり、と、ステイルの口から洩れた言葉に、
今度こそメアリエが絶叫した。

「931いっ!!」

292: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:45:07.82 ID:MLMjVOwK0

 ×     ×

「んーんっ!」

鹿目まどかが、魔法少女として強化された感覚と体力を駆使して、
懸命に目の前の家屋だった廃材の山を除け、その下の声に耳を澄ませる。
そうしながら、時折振り返り迫る魔獣に矢を放つ。
絶望的な作業効率であり、現に、作業分配の効率が完全に崩れている事を理解する。
幾度目か、まどかは、弓を引き絞りながら最期を覚悟した。

「?」

思わず目を閉じた、その瞬間に大量の銃声が響いた。

(マミさん?)

まどかが目を開けると、まどかの左右に射撃体勢の十人近い兵士が、
更にその周辺にも二桁の兵士がヘルメット軍服姿で展開していた。

「マジカル・ガールッ!」

周囲に、まどかには辛うじて英語と分かる怒声が響く中、
自分に向けられた声にまどかはぎくりとした。

「救助は我々に任せて敵を討て。ユーの攻撃に合わせて我々が援護する。
オーケー?マジカル・ガール?俺の日本語、大丈夫か?」
「はいっ!有難うございます」
「センサー確認、直接じゃない周辺の不自然な物理的変化に気を付けろ、
勘を信じてぶち込めっ!」
「イエス・サーッ!!」

立ち上がり、弓を引き絞るまどかの周囲で、
M16やランチャーを構えた兵士が体勢に入っていた。

293: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:50:11.98 ID:MLMjVOwK0

 ×     ×

「これは………」

上条恭介に肩を貸しながら進んでいた雲川芹亜が、目の前の光景に目を見開いた。

「一応聞くんだけど、前からこんなだったのか?」
「いえ、少なくともこんな空地ではなかった筈です」

雲川の問いに、恭介も苦い口調で応じる。

「丸で爆弾か何か。地震だったら分からない筈がないけど」
「竜巻でも通ったじゃん?」

目の前一杯の瓦礫に、吹寄制理に続いて黄泉川愛穂が言った。

「なんか、ここ………だけど………」

理論家肌の雲川が、口ごもりながらも言葉を探している。
その感覚は、恭介にも分かりそうだった。
この、普段着で大嵐に巻き込まれている状況を考えるならば
驚異的にほわほわしているオルソラ=アクィナスですら
恭介が見ても分かるぐらい目を細め、何かを警戒している様に見える。

「くっ!」

恭介を守る雲川とオルソラが、とっさに何かを交わす様に身を縮め、
恭介は雲川が縮めた体に頭から巻き込まれる。

294: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:53:39.63 ID:MLMjVOwK0

「風斬さん?大丈夫っ!?熱でもっ………」
「い、いえ………」

青い顔で歯をカチカチ鳴らし始めた風斬の異変に気づき、
駆け寄った吹寄が叫ぶ。
ブラウスネクタイにスカートの制服姿で土砂降りの嵐に放り出されての行進。
風邪をひかない方がどうかしていると言う程の状況ではあるが、
風斬の様子はそういう病気とはちょっと違っても見える。

「くあっ!」

黄泉川が近くに落ちていたドアのノブを引っ掴み、
そのままぶんっとドアを振り回していた。
二度、三度、決して軽くはない筈のドアを振り回す内に、
ドアはぐしゃっ、ぐしゃっと確実にダメージを受けている。

「おかしいじゃん」

黄泉川が呻く様に言う。

「嵐に巻き込まれているだけなのに、
何か、悪意の攻撃を受けているみたいじゃん」

言いながら、黄泉川はがんっ、と、何かに向けてドアを振った。
ゆるゆると体勢を立て直す雲川の側で、
上条恭介は確かに聞いた。

「なっ!?」
「つっ!」

既に忘れそうになっていた左足の痛みがぶり返し、
顔を顰めながらも恭介は駆け出していた。

295: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 03:58:03.24 ID:MLMjVOwK0

「ちょっ!?」
「逃げるじゃんっ!」

吹寄が、黄泉川が叫ぶ。
恭介は、確かに聞いていた。
何が、と、聞かれると少々困るのだが、一見すると不気味な悪天候、と、言う状況の中、
恭介が聞いた何かは、恭介の頭の中でこれから起こる事のイメージをおぼろに描き出す。
だから、恭介は駆け寄っていた。

上条恭介は、決して体力自慢と言う方ではない。
最近入院して取り戻すのに苦労したぐらいだ。
拳を使った喧嘩もしない。そちらの方は、幼馴染の女の子の方が得手なぐらいだ。
ヴァイオリンに関しては人並み以上の自信はあるが、この場合余り意味がない。
しかも、この大嵐の中、動くのも辛い負傷者だ。

それでも、その怪我人である恭介のために、
この大嵐に普段着で投げ出されて体力的にも限界の筈の女の人が、恭介を見捨てず支えてくれた。
本人がどう自覚しているかはとにかく、
そんな人達の危機から逃れる程、上条恭介の矜持は落ちぶれてはいなかった。

「ぐ、っ」

衝撃が、改めて恭介の左足に痛みを呼び起こす。
吹寄と風斬の前で両腕を広げて仁王立ちになった恭介の前で、
何かと何かが激突していた。

「逃げなさいっ!」
「こっちじゃんっ!」

鋭い叫びと共に、吹寄と風斬が黄泉川の方向に駆け出した。
その時には、恭介はぎゅっと押し付ける様に抱き寄せられ、
そのまま跳躍していた。

「坊やの癖に格好いいトコ見せてくれるじゃない。
だからお姉さん、中までこんなにびしょ濡れよぉ」

その場に恭介を座らせたオリアナ=トムソンは、
窮屈な作業服をバッと脱ぎ捨て、
この嵐の中では素晴らしく寒そうな普段着姿で単語帳の一片を口にくわえた。

296: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/01(水) 04:01:23.79 ID:MLMjVOwK0

「!?あーーーーーーうーーーーーーーーーーーー………」

ぴっ、と、オリアナの唇から単語帳が離れ、
強力なつむじ風が恭介をその場から吹き飛ばした。
無論、そんな恭介に、
新たな単語帳を噛み千切ったオリアナの激闘を目にする余裕などない。

あちこちに崩壊した廃墟があるこの一帯、
恭介は完全に体の自由を失っての飛翔に気絶しそうな恐怖を覚える。
だが、叩き付けられた背中の感触は、案外に優しいものだった。

術式と行動のバランスに優れたいつもの格好でこの戦場に現れた神裂火織は、
全身で受け止めた上条恭介の胸板に左腕を回す形で抱き留め、
そうしながら斬馬刀にも勝る鋼糸を駆使して前面に展開する魔獣の群れを見る見る切り刻んでいく。

「えーいやーとぉーっ!」

そんな神裂の側では、薄い緑色のブラウスにこげ茶色のショートパンツ姿の五和が、
魔獣の激しい攻撃に晒されながらも着実に相手の数を減らしていく。

文字通り目を開ける事も辛い大雨暴風の中、ようやく薄目を開いた恭介も、
すぐ側で身軽に跳ね回り、器用に力強く槍を振り回す五和の勇姿を目にしていた。
上条恭介はまだ知らない、今正に、この場所目がけて
最愛なる少女が猛然と突き進んでいる事を。


299: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/07(火) 03:32:33.12 ID:zdGqXmP00


 ×     ×

「邪魔邪魔邪魔超邪魔でぇぇぇぇぇぇぇぇっすっっっっっっっっっ!!!」

上条恭介は、叫び声を上げながら何かがこちらに接近している事に気付いた。
恭介の目に映ったのは赤土色のパーカーだった。
そして、そのパーカーは、大量に何かを吹っ飛ばしながら恭介の方へと急接近している。

「あーあー、超そこの人」

そして、間近に迫ったパーカーから声が聞こえる。
もちろん、パーカーそのものが喋っているのではなく、
顔はパーカーのフードにすっぽり隠れているが声や小柄な体格からして
余り恭介と歳の変わらない女の子らしい。
かくして、嵐の中でほとんど聞こえない状態ながらも恭介は自分で自分を指さす。

「そうです超あなたです」

すぐ側まで接近した相手の声を、今度は何とか聞き取る事が出来た。
頭にフードを被ったパーカー、と言う時点で着の身着のまま嵐の中の恭介達よりは随分マシに見えるが、
それでも、この状況のパーカーにしては丈の短いノースリーブで
その下が半袖ショートパンツと言うのはかなり寒そうなチョイスだ。
にも関わらず、パーカーのウエット感は異常に低く、
今現在濡れ鼠の恭介には妙に快適そうに見える。

300: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/07(火) 03:37:59.73 ID:zdGqXmP00

「この辺ですらっと背が高くて髪の毛茶色系の十八歳ぐらいにも三十路にも見えるまあ美人とか
ピンクジャージがたゆんたゆんで眠そうな黒髪おかっぱとか
お洒落系ベレーに金髪の女の子とか
超見かけませんでしたか?」
「いや、見なかったけど」
「ああ、そうですか」

恭介がぺこりと頭を下げた赤茶色の背中を見た、
と、思った時には、びゅんびゅん吹き荒れる嵐をものともせず
何かをバキバキ弾き飛ばしながらの聞き込みはその辺で再開されていた。

「邪魔邪魔邪魔超邪魔でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっすっっっっっっっっっっ!!!」
「何か、片付いたみたいですね」

ドガガガガガガガガガッと魔獣が弾き飛ばしながら
見る見る視界の中で赤茶色のパーカーが小さくなるのを見届け、
周囲を見回して神裂火織が言った。

 ×     ×

堤防上で名乗りを上げるステイルと帽子を振ったマミが、
炎と銃声が交差し、その周辺で魔獣の群れが粉砕される。

「なかなか、しつこいね」
「でも、さっきの攻撃で一挙に削る事は出来た」

ステイルの言葉に、たったっと走り、そして発砲しながらマミが応じる。
その時には、ステイルの弟子の少女魔術師三人も堤防に展開してそれぞれに魔獣退治を続行する。
しゃあっ、と、槍の様な触手の群れがマミを襲う。
マミが、魔獣の小さな群れごとそれを跳び越し、振り返り様に大量の小銃を撃ちまくる。
その銃撃を受けて、魔獣の小さな群れが粉砕された、様に見えた。

「!?」

中途半端に攻撃された魔獣の群れは砕け散る様に見えて、
どぷんっ、と、ゲル化してぎゅるんっと集約していた。
集約したゲル魔獣は、相当な体積をもってマミの目の前で展開する。
マミの上前方でぶわっ、と、マミを頭から飲み込む様に広がる。

301: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/07(火) 03:43:22.10 ID:zdGqXmP00

「灰には灰に、塵には塵に」

はっ、と、スカートの両端を摘み上げたマミを追い越した。

「吸血殺しの紅十字っ!!」

マミが構えた銃口の先で、ゲル化魔獣はステイルが詠唱した通りの結末で消滅する。

「遅いんだよ馬鹿がっ!」

振り返り、叫んだステイルの横を一斉射撃が通り過ぎる。

「いつだって相手より優位な立場にいると思うのは禁物よ」
「肝に銘じるよ、と、言う事で」
「え?」

マミの銃撃を受けて崩壊する魔獣を背景に、
だっ、と、駆け出すステイルにマミが少々戸惑いを見せる。

「少し、化け物どもの相手をしていてくれ」

言われるまでもなく、と、言うか、そうせざるを得ない。
魔法で作られたマスケット銃が次々と使い捨てられ、
その度に魔獣が動きを止め、粉砕し消滅する。
マミがダダダダダッとその辺の魔獣を撃ち払った辺りで、
堤防の濡れた草の上にばっと伏せたマミの上をごおおっと熱い衝撃派が通り抜けた。

「まあ、即席に近いものだが」

マミが身を起こした時には、炎の巨人イノケンティウスが
片っ端から魔獣を焼き払っている所だった。

302: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/07(火) 03:48:27.97 ID:zdGqXmP00

「凄い」

最早、ステイルの三人の弟子も、ぽかんと馬鹿面晒して状況を見守っていた。
嵐に濡れた草を幸いに、イノケンティウスが堤防の斜面上を縦横無尽に暴れ狂い
魔獣共を片っ端から飲み込み塵も残さない。

そんなイノケンティウスに負けない勢いで、
巴マミも堤防狭しと飛び跳ねながらマスケット銃を次々作り出し、
それを片っ端から使い捨てに撃ちまくって更に広範囲の魔獣を退治していく。

大きく跳躍したマミが、比較的小柄なものとは言えイノケンティウスを文字通り跳び越した。
そうしながら、空中に大量に発生したマスケット銃を手にしては撃ち手にしては撃ち、
見事な捻りを加えて着地する。
そこを狙って、生き残りの魔獣の太い腕が鞭の様に叩き付けられる。
マミが、たぁーんっと後ろに跳躍してその攻撃を交わし、
魔獣の一撃は土を抉るにとどまる。

メアリエが、後ろに跳躍しながらしゅるっと衣装のリボンを抜いたマミと
その視線の先の魔獣の群れを見比べた。

(又、残りの魔獣が集められて………)

「ティロ・フィナーレッ!!」

マミの肩掛け砲から放たれた砲弾が、魔獣の群れのど真ん中で爆発していた。

「あなた達もいかが?」
「いただこうか」

華麗に着地し、紅茶を一服した巴マミの言葉に、
目を丸くしていた弟子三人を置いてステイルが返答する。

「本当なら一服つけたい所だが、
この嵐に温かいお茶なら拷問クラスの誘惑だ」
「MIA、MIF?」
「そうだね………」

かくして、ステイルが紅茶を傾けている頃、
ようやく理解の追いついた三弟子にもマミが紅茶を振る舞う。

303: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/07(火) 03:53:07.72 ID:zdGqXmP00

「僕たちが女王陛下の国から来た事を?」
「お仲間との会話に聞き覚えのあるクイーンズが聞こえたから、
私がそのまま喋れるって程じゃないけど」
「お茶のお礼は言っておくよ、ご馳走様」
「「「ご馳走様でした」」」
「それじゃあ、私はそろそろ」
「ああ」

嵐の中のティータイムを負えて、マミがステイルとその弟子を残して堤防から去って行く。

「さて、と………そろそろニコチンの禁断症状が出そうなんだが」
「この際、すっぱり決別しては師匠?」
「いや、当分先らしいね。禁煙も、喫煙も」

言葉を交わしながら、ステイル以下の目が細くなる。

「結局の所、魔法少女に心置きなく大元を叩いてもらうのが一番効率がいい。
それに、お茶のお礼ぐらいはさせてもらおうか」
「「「はい、師匠!」」」

弟子達が展開し、堤防に揺らめく魔獣がごうっとオレンジ色の光に照らされた。

 ×     ×

「あううっ!」
「大丈夫ですかっ?」
「うん、大丈夫」

既に色んなものが吹き寄せられて危険度が上がり続けている国道沿いの歩道で、
風に乗って嫌でも走り出した千歳ゆまを百江なぎさが辛うじて抱き留める。

「おっちゃんにしっかり掴まってろよっ」
「うんっ」

その側で言いながら、人間として目を開けるのも辛い嵐だが、
大人の漢として泣き言を言える状態ではないと何度目かの腹をくくる。

304: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/07(火) 03:56:39.53 ID:zdGqXmP00

「おーいっ、大将っ!!」

精一杯の叫び声も、ようやく届く程の嵐だった。

「きょーこ」
「おねーちゃん」
「おうっ、追いついたかっ!」

コブつきの重さの違いか、佐倉杏子、浅古小巻・小糸姉妹は、
先行したラーメン屋の大将、佐倉モモ、千歳ゆま、百江なぎさに何とか追いついた。
そして、雨風にまともにダメージを受けながらも、
把握している避難所に向けて一歩一歩歩みを進める。

「この先だったよな」

杏子が言う。

「ああ、ちょっと長い直線だけど、国道一本道だ。
だから、頑張れよ」
「うんっ」

大将の言葉に子ども達が応じて、交差点を曲がり先に進む。
そこで、杏子と小巻が足を止めて息を呑んだ。

「何だぁ?」

大将も何か異変に気付く。
なぎさの腕に抱かれながらモモ、ゆまも寒さばかりではなく震えていた。
大将は何か異様な、と言うぐらいに把握していたが、
杏子と小巻、なぎさは事態をはっきり理解していた。

305: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/04/07(火) 04:00:10.13 ID:zdGqXmP00

「完全じゃないけど結界成分が強い」
「みたいだね」
「来るぞ、それも大量に。なぎさ、子どもらを頼む」
「はいです」

魔法少女同士がテレパシーで通信を交わす。
加えて、杏子と小巻が目と目で会話しながら、躊躇する。
ここは、変身すべきか否か。
効率、それ以上に人命優先を考えるなら変身するしかないが、
それでも魔法少女の日常的発想としてやはり後々の事は考えざるを得ない。

「なんだァ?」

場違いな声に、杏子はソウルジェムを握る手を緩める。

「こォンな所でうじゃうじゃガキ連れて、何してるンですかァ?」
「逃げ遅れたってだけだ。説教は後でいくらでも聞く」

杏子が応じる。

「行先は?決まってンのか?」

杏子が、指先を真っ直ぐ向けて返答する。

「そォか。ンなら、邪魔だァ」

次の瞬間には、どんっ、と、何かが突き抜けた様な感覚と共に、
進行方向の魔獣が一掃されていた。

「サンキュー」

目を丸くした杏子だったが、それでも即座に立ち直り礼を言って動き出す。
残りの面々もそれに倣う。
その一行の背後では、本来であれば脆弱な人間がとても逆らえない様な嵐の中、
丸で、それに抗うかの様なもう一つの嵐が力強く巻き起こっていた。


311: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/04(月) 03:49:18.05 ID:U0YwQWhX0

 ×     ×

「まずいわね」

途中、適当なビルの屋上に上り周囲を伺っていた暁美ほむらが、
双眼鏡を手に呻き声を上げる。
そこから見えるのは、魔獣の群れの移動だった。

ビルを降りたほむらは、とある住宅街の生活道路に立っていた。
遠くに、魔獣の群れが見える。
このまま直進して来たら、確実にかち合う。
ほむらも、そのために周囲に武器を林立させてここに立っている。

ほむらの背後、その道をしばらく進むと小学校がある。
このエリアの避難所となっており、そこにあの規模の魔獣が突っ込んだら大惨事になる。
ワルプルギスの夜に急ぎたい所であるが、見逃せる規模の被害ではなかった。

「?」

ゾゾゾゾゾ、と、ほむらに接近していた魔獣が、突如進路を変えた。
曲がり角を左折してどんどんそちらに吸い込まれている。

 ×     ×

「ブーストッ!!」

児童公園の一角で、成見亜里沙の手にした大鎌が一閃、魔獣共を薙ぎ倒す。
それは正に、パンクでも林檎でもない、
一般的なイメージの死神そのものの大鎌であり、
それに相応しい結果を魔獣の群れに与えていく。
その側で、どんどんどんっ、と、詩音千里が二挺拳銃を発砲し少し遠くの魔獣を撃退する。

312: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/04(月) 03:54:48.96 ID:U0YwQWhX0

「あんまり飛ばさないでよっ」

叫んだ千里が泥水を跳ね飛ばしながらぎゅうんっ、と、動いた。
千里体が低く踊り腕が閃き、近くに迫っていた魔獣が次々と銃撃に倒れる。

「まだまだ続きありそうなんだからっ」
「分かって、るってぇのっ!!」

跳躍した亜里沙が一刀両断、着地場所の魔獣を上から叩き割り、
びゅうんっと周辺の魔獣を薙ぎ倒した。
その周辺で、千里が敏捷に駆け回りながら拳銃を連射して魔獣を仕留め続ける。

「ったく、無理はどっちだってのっ」
「休んでられる状況っ?」
「違いないっ!!」

二人の魔法少女が児童公園を縦横に駆けまわり、
その後に魔獣の屍のみを残していく。
それでも、二人背中を合わせて肩で息をしながら、
うぞうぞと周囲で蠢く魔獣を睨みつける、それぐらいの数は残っていた。

「きりがないっ、一気に片付けて………」
「だから、ここでそれは先の事が」
「このままちまちまやっててもジリ貧だって………」

言い合いながらも、決断の時がすぐそこまで迫っているのだけはハッキリしている。

「おぉらああぁぁぁっっっ!!!」

それでも、迫り来る魔獣に激しく鎌を振り回す亜里沙が、
一瞬、嵐の中で跳ねたものに視界を奪われる。

「ちょっ!?」

その一瞬に、亜里沙を突き飛ばしたのは千里だった。
亜里沙の背後に迫っていた魔獣を撃ち倒し、
そのまま前に突っ込み周囲の魔獣に拳銃を連射していた千里が、
方向転換と共に泥水の中をスリップしていた。

313: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/04(月) 04:00:07.48 ID:U0YwQWhX0

「チサトっ!!邪魔あっ!!!」

駆け寄ろうとした亜里沙が、割って入った魔獣を薙ぎ倒し絶叫する。
その間、千里も背中を泥水に浸けながら前方に迫る魔獣の群れに懸命に発砲する。

「らあああっ!!!」

どうも、今までの魔獣とは勝手が違うらしい。
魔獣の体から装束をぶち破って伸びる触手を薙ぎ払い、亜里沙が魔獣の本体を斬り払った時、
千里の周囲では既に距離をとった魔獣の群れがビーム発射のために頭部を輝かせていた。

「へっ?」

絶叫と共に千里の下へと駆け出していた亜里沙が、不意に足に抵抗を感じて転倒した。

「ち、くしょう………」

顔を上げた亜里沙は、目の前に濡れた黒髪を見ていた。
けたたましい銃声と共に千里の眼前から魔獣が一掃され、
千里が振り返ると、そこにはドラム式機関銃を抱えた暁美ほむらが立っていた。

「見滝原の魔法少女?」

立ち上がった千里が尋ねる。

「ええ、暁美ほむら、あなた達は?」
「私は詩音チサト」
「成見アリサ」
「取り敢えず、片付けましょうか」
「そうね」

ほむらの言葉に亜里沙が頷き千里が周囲を見回す。
多少の実力のデコボコはあったが、
それでも三人がかりであれば片付く量の魔獣だった。

314: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/04(月) 04:05:26.43 ID:U0YwQWhX0

「見ない顔ね」

一息ついた所で、ほむらが声を掛ける。

「アタシ達はホオズキ市だから」

亜里沙が答えた。

「どうしてここに?」
「こっちで魔獣絡みの異常事態が起きてるって連絡があったから」
「おかしいわね」

千里の返事を聞きながら、ほむらが周囲を見回す。

「数が少ない。こっちに来ていた魔獣はもっと多かった筈よ」
「まさか………」

ほむらの言葉を聞き、亜里沙と千里が顔を見合わせる。

 ×     ×

魔獣の触手が、壁を叩き壊した。
その隙に奏遥香は魔獣の懐に飛び込み、槍を振るい魔獣を仕留める。
そこは、途中まで取り壊された壁だけが点在する工場跡地だった。

そもそも、遥香は表稼業の都合、
近隣の街の学校の生徒会会長として、災害終息後に何かしなければならないだろうと、
一足早く見滝原の比較的安全な筈の地区に入っていた。
しかし、災害の予想以上の拡大で自分が巻き込まれた上に、
街自体を支配する様な魔獣の表世界への大発生に接し、
最早縄張りを超えた異常事態と判断してそれに対処できる仲間に急報していた。

遥香が跳躍し、魔獣の放ったビームが壁を粉砕する。
槍で触手を払い、本体を貫き仕留める。
元々魔獣は数で押して来るものであるが、
今回対戦している魔獣は、触手を使っている所を初め、
今まで遥香が地元で戦って来た魔獣よりも手ごわい。

315: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/04(月) 04:10:57.79 ID:U0YwQWhX0

(進化、でもしたのかしら?何よりも結界に引っ込まずに市街戦なんて、
暴風雨で避難中じゃなかったら大変な事になってる)

工場跡を利用しながら手ごわくなっている魔獣の群れを裁いていく遥香だったが、
なかなか数が減っていると言う実感はない。
元々、避難所に直行しようと言う魔獣の大群を発見し、
仲間と共に引き付けて引き受ける算段だったのだが、

「少し、無理し過ぎたかしらね?」
「その通りっ!!!」

ぶんっ、と、横薙ぎに魔獣を斬り伏せ、
両端に穂先のついた槍の一端で地面を突いて荒い息を吐く遥香。
遥香がハッと振り返ると、そこでは、
遥香を跳び越え跳躍していた成見亜里沙が遥香に迫る魔獣を一刀両断していた。
詩音千里も二挺拳銃で魔獣の群れを牽制しながら駆けつけて来る。

「無事でしたか」
「ええ」
「又、一人で抱え過ぎです」
「ごめんなさい、有り難う」
「ったく、すかしちゃってさぁ………」
「伏せてっ!!」

千里の叫びに憎まれ口をたたく亜里沙を含めて一同が従い、
駆けつけたほむらの機関銃が周囲を一掃する。

「彼女は?」
「暁美ほむらさん、地元の魔法少女」
「味方、でいいのね?」
「ええ」

遥香と千里が地面に伏せながら銃声に負けない様にやり取する。

316: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/04(月) 04:14:17.21 ID:U0YwQWhX0

「先輩」
「ええ。撃ち方やめて、畳みかけるわよっ!」
「オッケーッ!」

魔獣の群れをほむらがざっくり削り、
戦線を乱した所を突いて残りの面々が動いた。
ほむらが武器を弓矢に切り替え援護する前で、
三人が上手に動き回り再集結の隙を与えずに魔獣の群れを退治して行った。

「暁美ほむらさん」

どうやら片付いた所で、ほむらは声を掛けられた。

「助かったわ、有り難う。私は奏ハルカ」
「あなたもホオズキ市の?」
「ええ。色々あって個人的にここで災害に巻き込まれたの。
それで、魔獣が異常発生してたから仲間を呼ばせてもらったわ」
「見滝原は魔法少女の有力エリアだって聞いてたけど、
明らかに処理追いついてないみたいだしね」

鎌を背に抱えてそういう成見亜里沙は、ここで文句を言ったら
魔法少女的なOHANASHIの一つも始めかねないタイプだとほむらは表に出さずに警戒する。
後の二人、特に千里がストッパーになっている様でもあるが。

「あなたがリーダーなの?」
「いえ、私はサブリーダー」
「そ、うちの鬼の副長」

遥香の言葉に、亜里沙が語尾に笑いを含ませて続けた。

「本隊は別の場所で魔獣の大群に対処してる」

千里が続けた。

「仲が悪いとかそういうんじゃないんだけど、
半分ぐらい二つのチームの合同みたいなモンだからねうちの場合」
「そちらの、本隊の方は大丈夫かしら?」
「ええ、リーダーはヴェテランだし実力は確かよ」

ほむらの質問に千里が答える。

317: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/04(月) 04:17:51.47 ID:U0YwQWhX0

「ワルプルギスの夜」

ほむらが言った。

「この状況の元凶よ。
見滝原の魔法少女はそっちを叩くために総力戦を掛けてる。
この地区の安全、あなた達に任せていいかしら」
「そういう事なら」

遥香が頷き、返答する。

「それじゃあ、お願い」
「そっちこそ、やられんじゃないわよ」
「調子に乗らない。気を付けて」
「この辺りは私達が、暁美さんも気を付けて」
「ええ」

千里が亜里沙に釘を刺し、遥香とほむらが、改めて言葉を交わした。 

319: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 02:39:26.36 ID:NWvsoWEE0

 ×     ×

上条恭介
吹寄制理
風斬氷華
黄泉川愛穂
雲川芹亜
オルソラ=アクィナス
神裂火織
オリアナ=トムソン

ワルプルギスの夜、等と言う事情を知らない上条恭介は、
急変した大嵐に巻き込まれる事となり、
行き掛かり上合流したこのメンバーで避難所へと向かっていた。

「とっ」

一行の他に人通りの無い大嵐の路上。
半ば舌を出しながら前のめりになった風斬氷華を黄泉川愛穂が支えた。

黄泉川本人としては暴風雨に芯までずぶ濡れな実感とは言え、
黒いタンクトップに作業ズボンの上下の上に、
安手の透明な雨合羽を身に着けているだけマシな方である。

着の身着のまま嵐の路上に放り出され、どこらか見てもその辺の女子高校生、
夏の通学着そのままのブラウスタイ姿で暴風雨に晒されて来た風斬が無事だと考える方がおかしい。

それは、今現在、学校の体育以外の何物でもない
白いTシャツにショートパンツの吹寄制理も当然似た様なものだ。
それでも吹寄は相当頑健な方らしく、
左足を捻挫した上条恭介に他の者と交代で肩を貸しながら
なんとかここまでペースを保っている。

恭介を見た吹寄に恭介は手で制し頷く仕草をして、
吹寄は一旦恭介をその場に休ませ風斬の元へと向かう。

320: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 02:44:26.88 ID:NWvsoWEE0

「限界、ですね」
「みたいね」

いつも通り、最も魔術的意義に於いて効率的な格好の神裂火織が風斬を覗き込んで確認し、
同じくカモフラージュ用ではない
普段通りの姿のオリアナ=トムソンも真面目な顔で応じる。

「ごめんなさい」
「いやいや、私だって、と言うか、
普通だったら今すぐ全員ぶっ倒れてもおかしくない状況なんだけど」

紺色のセーラー服姿できっちりした黒髪故に、これが学校であれば質の悪い嫌がらせの如く
満杯のバケツを何杯でも頭上で引っくり返された様な有様の雲川芹亜が、
切れ切れの声で詫び言を言う風斬に荒い息を吐きながら常識的な見解を述べた

「あのー」

そこに、宿泊先の旅館を洗濯に出した修道服ごと破壊され、
やはり普段は外では着ない
長袖ロングスカート着の身着のままのオルソラ=アクィナスがトトトと駆け寄って来る。

「建物には入れる様でございますが」

オルソラが指したのは、一軒のビルだった。

「自動ドアの電源は落ちててもこちらのドアから入れるって事なんだけど」

そこそこ大きなビルの前で、ぞろぞろと移動した一同の中で雲川が確認した。

「避難の時に手違いがあったじゃん?」
「問題はこのビルが保つか、って事なんだけど」

黄泉川に続いて、ここまで日本の近年の風雨水害でも
稀なレベルの瓦礫の山を見て来た雲川が懸念を示す。

「確かに、ビルごとイッちゃうか中までびしょ濡れかの選択だけど、
選択の余地あるかしら?」

オリアナが、一行に視線を走らせて言う。
少なくとも中高生組の体力は明らかに限界を超えていた。

321: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 02:50:01.33 ID:NWvsoWEE0

 ×     ×

暴風雨の直撃を避けられただけでも地獄から天国なのは確かだったが、
それでも激痛が去った後の痛み、と言うには強烈過ぎる疲労やら痛みやら体力の消耗やら、
自覚している状態でも今すぐどうなるか分からない。
中には例外もいるのかも知れないが、そんな状態の上条恭介他の一同が、
無人のビルの廊下をぐっしょり重い体を引きずり進んでいた。

「どこか、休める所があればいいんだけど」

雲川芹亜が周囲を見回して呟く。

「給湯室?お湯とかあるか?」
「ちょっと見て来ます」

吹寄が言い、神裂に肩を借りながら丁度近い位置を進んでいた恭介が
ひょこひょこと給湯エリアに入る。

「………だああああっ!!!!!」

そこから尻餅をついた恭介を見て、一同がざざざっと暗い給湯エリアに入ると、
滝壺理后がストラップ式ライトで下から自分の顔を照らしていた。

「つまり、仲間とはぐれたじゃん」
「そう。本当は待ち合わせて、
あすなろ市で開催予定だったスライス秋山の海鮮弁当フェアに行く予定だった。
位置関係自体は分かるけど、物理的に向かう手段が無い」

事情を確認する黄泉川に滝壺が応じる。

「確かに、この様で装備も無しだと普通に遭難するから
ここでやり過ごすしかなさそうなんだけど。ここにお湯か何かは?」

雲川の問いに、滝壺は首を横に振る。
ピンクジャージ姿の滝壺もここにいる他の面々に負けず劣らずの濡れ鼠、
状況や考える事は同じらしかった。

322: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 02:55:46.43 ID:NWvsoWEE0

 ×     ×

上条恭介
吹寄制理
風斬氷華
黄泉川愛穂
雲川芹亜
オルソラ=アクィナス
神裂火織
オリアナ=トムソン
滝壺理后

以上の一行が、既に業務終了中らしきビルの廊下を移動する。
上条を初め大半の者は事故で大嵐の真っ只中に着の身着のままで投げ出され、
暴風雨の中を普段着で行進して最早ゴールの避難所に辿り着く体力もなく、
こうして緊急避難的に侵入可能だったこのビルに避難している。

「無駄に豪華な社長室、ってトコかしらね?」

そうして、ようやく使えそうな部屋を見つけたオリアナ=トムソンが、
割と豪奢な部屋を見回して行った。

「まあ、そういう訳じゃん」

黄泉川愛穂が言う。

「取り敢えず、このずぶ濡れの状態だけでもなんとかしないと本気で命に関わるじゃん。
他に誰もいないみたいだし、男子って事で、ちょっと先に廊下で頼むじゃん」
「分かりました」

既におよその説明を受けていた上条恭介が応じる。
ここにいる皆と共に暴風雨の中を普段着で歩き回った恭介も既に心身ともに疲弊しきっており、
一杯の白湯で悪魔に魂を売って一杯のラーメンか稼働可能なダルマストーブでもあれば
一生魔物と戦う契約書にサインしかねない程、僅かにでも楽になる事なら嫌も応もなかった。
そういう訳で、女性陣を社長室に残して恭介は廊下に出る。

323: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:00:53.44 ID:NWvsoWEE0

そこで、最早呪いの服と化して、
着ているだけで持ち主の体力をバリバリ略奪していた衣服を体から引っこ抜き、
びしょびしょに張り付いて脱ぐだけでも激しく時間と体力を消費する衣服を
ようやく体から引きはがすと、途中の掃除用具入れで発見したバケツの上で絞り始める。
そうやって絞ったシャツで体を拭っては又シャツを絞る。

実際、呪いの服以外の何物でもなかった事は恭介にもすぐに実感できた。
現在進行形でゴリゴリ削り続ける大幅なマイナスがゼロに近づいて安定した、
と言うだけでこれだけ楽になると言うのが厳しい所だ。
そうやって、ほんの僅か楽になると、捻挫した左足が熱を持って痛む事も
文字通り痛切に思い出される。

 ×     ×

「こんなものがあったじゃん」

社長室に残った女性陣の中で、黄泉川愛穂が見つけたのは巨大な壺だった。

「中国の壺でしょうか」

神裂火織が言った。

「そうでございますね。
色々と薬膳の具材を入れてスープを煮るために用いる壺の様でございますが」

オルソラ=アクィナスが言った。

「まあ、この見た目なら普通にお飾りみたいなんだけど」

雲川芹亜が言った。

324: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:04:22.14 ID:NWvsoWEE0

「バケツ、代わり見つかったからこっちに持ってこなくていいから」
「分かりました」

吹寄制理と上条恭介がドア越しに言葉を交わす。
かくして、大真面目に命に関わる緊急避難と言う事で一同の意見は簡単に一致し、
廊下の上条恭介同様、社長室の面々も体力を食い尽くす呪いの服と化した衣服を脱いで、
放っておいてもバタバタ滴り落ちる衣服を壺の上で絞りに掛ける。
そうやって、辛うじて水気を減らした衣服で体を拭い髪の毛を拭い、
再び重く湿った衣服を壺の上で絞る。

その間に、神裂火織が何とか社長室の空間にワイヤーを張り、
絞り終えた衣服をそこに広げて掛けて少しでも空気に当たる様にする。
とにもかくにも、大半の者は文字通り全身溢れ返る水分から解放されて、
僅かばかり楽になった、と言う感覚を全身で満喫し、へたり込んでいた。

「大丈夫?」
「え、ええ、大分楽になりました」

吹寄が床に体育座りしていた風斬に尋ね、
風斬がふらりと立ち上がる。

「無理しない方がいいんだけど」
「大丈夫、です」

雲川に声を掛けられ、左手で右の二の腕を掴んでうーんっと背伸びした風斬が、
そのままトトトと後ろに向けてよろめき歩く。

「ちょっ」

それを見て誰かが声を上げるが、
後ろに向けて転倒しそうになった風斬がくるりと一回転して、
ぼんっ、と、正面から壁にぶつかった。

325: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:07:26.21 ID:NWvsoWEE0

「大丈夫っ!?」
「え、ええ………」

寸前で両手を壁に叩き付ける事で辛うじて顔面の激突は回避していたが、
それでも壁にぶつかった体は結構痛い。

「はわっ?」
「ん?」
「わわわわわっ!!」

叫び声を上げる風斬を、吹寄が慌てて後ろから抱き留めた。
と、言うのも、突如として風斬の目の前の壁が消え、
その向こうに引きずり込まれそうになっていたからだ。

「隠し扉ですか」

その壁を調べた神裂が言う。

「普通の壁にカモフラージュされていた引き戸が、
今の拍子で何かが外れて動いたみたいですね」

かくして、社長室にいた一同は突如姿を現した隠し部屋に足を踏み入れる。
そこは、殺風景な小部屋だった。

「何か書いてある」

入って右手の壁を見ていた吹寄が言う。

「英語、じゃない」
「イタリア語、四行詩?」

吹寄に続き、雲川芹亜が言った。

「これだけだとお手上げね」

オリアナ=トムソンが言った。

326: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:11:01.69 ID:NWvsoWEE0

「どういう事ですか?」

吹寄が尋ねる。

「これは、多分暗号。それも二段構えのね」

オリアナが言った。

「表向きの暗号は割と簡単に解ける、
余り頭の良くない人間はそこで納得するんだけど」

雲川が続ける。

「二段目に入ると、途端に難しくなるんだけど。
解く事自体は簡単に出来るんだけど」
「簡単に出来過ぎる」

雲川の説明にオリアナが続ける。

「最低でも百通りの答えが出て、どれが正解なんだか分からないんだけど」
「多分、一段目と二段目の間に入る簡単なキーワードを作った本人が………」
「****」

オリアナが言いかけ、
未だしっとりでは済まない湿り気を帯びた黒髪をばりっと掻いた雲川の背後で、
淡々と呟く者がいた。
雲川達が振り返ると、そこではオルソラ=アクィナスが両手の指を組んで四行詩を眺めている。

「今、なんて言った?」

オリアナが尋ねる。

「ですから、この四行詩から導き出される四桁の数字でございますね。
それでしたら****になる筈でございます」
「いや、それは………」
「そもそも二段目は不要なのでございます」

雲川が否定の言葉を口にする前に、オルソラがするりと言い抜ける。

327: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:14:09.53 ID:NWvsoWEE0

「それは、そもそもこの詩文の………示す所は………」

のんびりした口調はそのままに、
吹寄の様に分からない人間にも素晴らしく知的である事は分かるオルソラの説明に、
オリアナはぽんと手を叩き、雲川の眉がひくひく動いている。

「と言う具合に、一段目の暗号を解読した上で差加えた数字が答えなのでございます」
「?」

そこで、ようやく四行詩に向かっていた一同は、カチカチと言う音に気付く。
そこでは、入口から向かって左側の壁で、
風斬氷華が壁に張り付いた機械のボタンをカチカチ押しているのを
滝壺理后がぼーっと見ていた。

「それは、っ?」
「このナンバーの事じゃなかったんですか?」

駆けつけた雲川に聞かれ、風斬が答える。
壁に張り付いているのは、電卓を大きくした様な機械だった。
ごおん、と、音と共に、入口から入って正面の壁が開く。

「金庫、なんだけど」

開いた壁の向こうに鎮座しているものを見て、雲川が言った。

「別に用事はないじゃん」
「まあ、それはそうなんだけど」

黄泉川愛穂と雲川が同意する。

「金庫はとにかく、他に何か役に立つものでもあればいいんだけど」

そう言って、吹寄がさして広くもない部屋を見回す。

328: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:17:33.42 ID:NWvsoWEE0

「あ、れ?………」

殺風景な隠し部屋がぐにゃりと歪んで見えた。

「大丈夫ですか?」

ふと、肩を支えられ、優しい声がかけられる。

「あ、すいません」

自分の背後にいた神裂火織に、吹寄が礼を言う。

「立ち眩みかな?」
「疲れているんです、無理もありません」
「はい。でも、もう大丈夫ですから」
「!?ちょっと待ちなさいっ!!」

すたすたと金庫のあるエリアに歩き出した吹寄にオリアナが叫んだ。
金庫のあるエリアだけ、カーペットが敷かれている。
オリアナの感じた非常に悪い予感を他所に、吹寄は一歩、そこに足を踏み入れていた。

 ×     ×

バケツに絞り込んだ水を掃除用水道に捨てて、
上条恭介は薄暗い廊下を社長室近くまで戻ってきていた。
一応水を絞った衣服は、畳んで消火栓の箱の上に乗せてある。

「へ?」

壁際の床にバケツを置いた辺りで、
上条恭介はぽかんと立ち尽くす。
彼の脳が、目の前の光景に対する分析力の限界を突破した結果だった。

329: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:21:03.99 ID:NWvsoWEE0

社長室にいた面々が廊下に飛び出して、
ドドドドドドドドとばかりに突進し来る。
それは、今現在社長室に充満している防犯用唐辛子ガスから逃れるためだった。
只でさえ限界近くまで疲弊して視界も碌に効かず裸足で濡れた床を
先頭切って走っていた風斬氷華が、上条恭介の胸に飛び込んで来る。

「つっ!」

がこん、と、茶髪に包まれた部分が鼻に当たった痛みを感じながらも、
上条恭介は腕の中に風斬を抱え、踏ん張ってみせる。
そこで、上条恭介は、自分が左足を捻挫していた事を想起せざるを得ない。
何か、その辺をぐるんぐるん回った気もするが、
気が付くと、背中が何かに跳ね返されてその場に座り込んでいた。

「大丈夫でございますか?」
「あ、ありがとうございます」

まだ十分に濡れた前髪を少し避けながら、腰を曲げて尋ねるオルソラ=アクィナスに、
上条恭介が座り込んだまま頭を下げる。
どうやら腕に抱き込んでいた風斬も無事らしい。

「大丈夫ですか?」
「は、はい、ごめんなさい」

取り敢えず風斬をその場に座らせたまま、恭介は立ち上がろうとする。

330: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/06(水) 03:27:31.75 ID:NWvsoWEE0

「と、ととっ」
「危なっ」

疲労と負傷が重なり、勝手に後ろに進む体が
背後に回ったオルソラに全体的に受け止められ、
吹寄制理が恭介の右腕を、滝壺理后が左腕を抱き留めてストップする。

「大丈夫?」
「ええ、すいません」

吹寄と恭介が言葉を交わし、その前で風斬がよろよろ立ち上がるが、
その両腕が宙を泳いでいる。
風斬の両手が恭介の両肩を掴み、やっと落ち着いたらしい。
そこに、社長室を脱出した他の面々もようやく集まり始めていた。

「恭介ーっ!恭介いるの恭介ぇーっ!!!」
「ほおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………
せぃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

どこかから呼びかける叫び声が聞こえて来たのと、
志筑仁美が気合一閃恭介の視界の向こうのエレベータードアをこじ開けたのと、
風斬氷華の右足の裏が水たまりを蹴って
辛うじて上条恭介の体を支えにしてずずずっと体勢を崩したのは
ほぼ同時の出来事だった。


332: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 22:30:40.31 ID:aGHpgKIf0


 ×     ×

佐倉杏子と浅古小巻は、
避難所として身内や知人と転がり込んだ筈の
見滝原市内のとある学校の廊下でひっそり行動していた。

「あんたも来るのか?」
「行く」

杏子の問いに小巻が答える。

「無差別正義の味方じゃなくてもこの状況はヤバ過ぎる。
大元があるってんなら叩かせてもらう、
私が守るって決めたもののために」
「分かった」

二人は窓から外に脱出し、そこでソウルジェムを取り出し舌打ちする。

「こっちに近づいて来てる、ってのか」
「みたいね」

吹き荒れる暴風雨の中、二人が向かったのは、裏口の方向だった。
そこで無人を確認して塀を超え、その向こうの生活道路に駆け込む。

「おいっ!」

そこで、杏子は路上に伸びている少女を抱き起した。
取り敢えず、見てくれからして同業者、
短めのツインテールヘアに、サイズ以外は調理ナイフにも似た剣を右手に握っている。
そして、同様の剣が近くの塀に突き刺さっていた。
小巻が巨大楯を展開し、魔獣ビームの一斉射撃から防御する。

333: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 22:35:45.02 ID:aGHpgKIf0

「大丈夫かっ!?」
「ん、あり、がとう」

手持ちのキューブで倒れた少女のソウルジェムを浄化し、
少女が息を吹き返した。
その時には、小巻が攻撃を開始していて周囲の魔獣の群れが一旦薙ぎ払われる。

「何やってんのよあんた?」

残った魔獣とじりじり対峙しながら、小巻が尋ねる。

「この学校が魔獣に狙われてたから
ここで防衛してたんだけど、数が多くて」

少女が身を起こしながら言った。

「まだ、行けそうね」
「うん」

小巻が尋ね、少女が頷く。

「悪い、やっぱり身内が優先順位って事で」
「分かった。あたしの身内共々あんたに託す」

ざんっ、と、魔獣の群れに長斧を向けた小巻に杏子が返答した。
少女も、塀から剣を引っこ抜いていた。

「あんた、名前は?」
「カナミ」
「この辺の魔法少女なの?」

「ホオズキ市から来た。
向こうでこの大災害と異常な魔獣の発生の情報が流れてる。
向こうで助けてくれた娘が、
救援に行くけど手が足りないから来られるなら来て欲しいって」

「そう。私は浅古小巻、今回だけはわざわざ他所から有難う」

勇ましい気合と共に小巻が斬り込み、カナミがそれに続く。
二人に割られた魔獣の群れの隙を突いて、杏子が目的地へと駆け出した。

334: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 22:45:49.89 ID:aGHpgKIf0

 ×     ×

ついさっき打ち付けた鼻が思い出した様にじんじんと痛み、
疲れ切って休みたいのに、今寝たら死ぬと言う事なのか、
体の奥から無理やりに変な元気が注入されている感覚。

既に限界値を振り切って疲弊している、と自他ともに認める状態で
ここにいる筈の無い大変親しくしている女の子二人が現れて懐かしい声を聞かせてくれたなら、
いよいよ以て吹雪の雪山でバターコーン入りラーメンの映像でも眺めているのか、
ああそうか、僕はそんなに彼女達の事を想っていたんだ、
等と思い返すのも自然な所、むしろ理性的な反応と言えた。

「やあきょうすけぶじだったんだ。
すごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉくげんきそうであんしんしたよ。
あはははははははは」

上条恭介は音楽家の卵である。
将来プロになるかはさておいても、そのラインから外れない場所には位置している。
演奏技術への評価も年齢的には高いものであり、耳もいい。
適当な事を言っておけば、お正月にはテレビをつけてどちらが高級な楽器なのかを
何となく正答しながらのんびりお節を食べて過ごしている。

「あらあらみなさんごきげんよう。
このようなところできぐうですわねおほほほほほほほほ」

その様な上条恭介であっても、
突如目の前に現れた普段親しくしている二人の女の子の
物凄く平べったい声から抑揚や情緒らしきものを読み取る事は著しく困難を極めていた。
只、周辺の空気が軋んで聞こえるのは、
外の大嵐のせいだけではない、そんな気がしていた。

そんな恭介の目の前でバランスを崩した風斬氷華は
恭介の腰の辺りに縋り付く形でようやく安定を取り戻して恭介から見た前方へと体を捻り、

その二人のスリップを止めに入った
オルソラ=アクィナスと吹寄制理、滝壺理后、雲川芹亜は
それぞれ恭介の後ろに回って恭介の背中と右、左の腕、左肩を受け止めたまま事態の推移を見守っている。
と、言うより、唐辛子ガスの効果で「見守る」事が難しい状態でもある。

神裂火織、五和コンビとオリアナ=トムソンは、行き掛かり上衝突の混乱に巻き込まれないために、
恭介の左右の斜め前に身を交わして配置していた。

335: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 22:51:09.95 ID:aGHpgKIf0

「お知り合いでございましたか?」

そんな中、恭介の真後ろから吹寄制理の斜め後ろにするりと移動し、
胸元で両手の指を組みながら柔らかく言葉を発したのは、
オルソラ=アクィナスだった。

「ふうん」

すいっと恭介達の前に移動して腕組みをしたのは、オリアナ=トムソンだった。

「可愛らしいお嬢さん達。
ここは、人生経験豊富なお姉さんからじっくり説明する必要があるみたいね」

恭介からは見えないが舌なめずりしながら余裕を見せるオリアナの言葉に、
段々と顔が引きつり始めていた恭介はほっとして成り行きを見守ろうとしていた。

 ×     ×

オルソラ=アクィナスさんが後に語る所によると、 
オリアナ=トムソンがこの時に行った説明は、 
論理的な記述内容それ自体に誤りはなかったらしい。 

オリアナ=トムソンのオリアナ=トムソンによるオリアナ=トムソンのための
オリアナ=トムソン語でオリアナ=トムソン的表現により
オリアナ=トムソンな響きの音色で
オリアナ=トムソンな舌なめずりを交えて行われた説明の結果として、

上条恭介に流れる血液は引いたり満ちたり両極端に分布され、
美樹さやかは背後に何か巨大なリボン付き鎧に包まれた
何かがいそうなイメージ映像で物騒なものを振り上げ、
志筑仁美は連載中最初に描かれた
天○一武○会ぐらいなら優勝できそうなオーラを身に纏っていた。

「ちょっと先生の言う事聞いてもらってもいいじゃんか?」
「………はい………」

いつの間にかどこかで見つけた丸椅子をぶら下げて
ハリウッドアクション巨編終了十五分前的な情景に
すたすたと割って入った黄泉川愛穂に言われ、
いや、岩の一つや二つ斬れる筈の剣なんですけど、
と突っ込む間もなく床で天井を見てひくひく痙攣していた美樹さやかが返答する。

336: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 22:56:46.03 ID:aGHpgKIf0

「つまり、事故であの大嵐の中を歩き回ってこのビルの中に避難して、
鍵のかかった部屋やフロアを避けてる内にそこの社長室に辿り着いた。

それで、恭介だけ廊下に残して
着てるだけで死ぬ程ずぶ濡れになった服をやっと脱いだ所で
防犯設備の誤作動で催涙ガスが充満した社長室から逃げ出して、

やっぱり着てるだけで死ぬ程びしょ濡れの服を脱いで
廊下にいた恭介と鉢合わせした、それでいい、んですか?」

「そういう事なんだけど」

黄泉川から話を聞き、ようやくおよその状況を飲み込んださやかに、
廊下の一角で腕組みして斜めに立つ雲川芹亜が答えた。

「と、言う事でおk?」
「う、うん、その通り、ですはい」

壁際にいた恭介がツカツカと近づいて来たさやかの質問に答える。
志筑仁美の柔らかな両手が恭介の両目を塞いでいるが、
それでも、恭介の心の耳はさやかの背景から
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴと言う効果音を聞いていた。

「どうもすいません、
なんだかよく分かりませんけどお騒がせしたみたいで」

そして、さやかは明後日の方向にぺこぺこ頭を下げている風斬氷華につかつかと接近する。

「ちょっといい?」

そして、さやかは半ば有無を言わせず、
風斬の眼鏡をずらしてその中に自分の掌を当てた。

337: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 23:00:40.91 ID:aGHpgKIf0

「どう?」
「あ、なんか凄く楽になりました」
「どうしたじゃん?」

「あ、えーと、そう、
涙が良くでるマッサージ。あなたも、いいですか?」
「頼んでみるんだけど………
ああ、マッサージって感じではなくても効いてはいるんだけど」

やはり、さやかに掌を当てられ、目から痛みの引いた雲川が言う。

「あー、じゃあ治療が終わった人からそう、
ちょっとそこの曲がり角の向こうで待ってて下さい」
「そちらの坊やとあなた達はどうするのかしら?」

指図するさやかに、オリアナ=トムソンが尋ねる。

「あたし達はここに残ります」

さやかが言い、仁美も頷いた。

「そう、そっちは見慣れてるから構わないって事ね」

この後展開された、
ハリウッドアクション巨編終了十五分前的な展開の詳述は割愛する。
とにかく、女性陣はさやかに言われた通り、
さやかによる治癒を受けて角の向こうへと一旦移動する。

「さや、か………」

そこで、やっと仁美による目隠しを外されると、
目の前には白いマントに身を包んださやかが立っている。
経緯が経緯、声が引きつるのも仕方がない所。
漫画的表現で言えば全身にダラダラな汗が流れ落ちた恭介は、
見慣れた顔の大きな瞳に浮かぶ、真珠の粒を見た。

338: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 23:04:36.89 ID:aGHpgKIf0

「恭介………ぎょうずげぇぇぇぇぇ………
よがっだぁ、恭介が無事でよがっだよお゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉぉ」

さやかが埋めた胸に、熱い涙を感じる。
恭介に抱き付いたさやかは、堰を切った様においおいと号泣し始めていた。
そして、恭介の掌は、嵐によるかなり酷い事になっているとは言え、
トレードマークのボーイッシュなショートヘアを優しく撫でていた。

「ごめん、心配かけて」
(貸し一ですわよ)

しゃくり上げるさやかと、近くの壁際にいる仁美は、
テレパシーの如く目と目で通じ合う意思疎通に成功していた。
恭介の手がさやかの髪の毛を優しく撫で、さやかの体をぎゅっと抱き締める。

「さやか、本当に僕のために来てくれたの?」
「うん、その、途中で恭介の事が目に付いたから、
いてもたってもいられなくて、良かった、良かったぁ」

思えば、子どもの頃からどちらかと言うと優男だった恭介の所にやんちゃなさやかが飛び込んで来ていた。
しかし、恭介自身が死ぬかと思ったこの大嵐の中でもそれを貫く。
恭介は今、その事を心から感じるばかり。
少し落ち着いたさやかが顔を上げ、恭介がその顔を見る。
ドドドドドドドドドと突進して来る足音が聞こえた。

 ×     ×

「はいはいはいはい超お届け物超到着しましたーっ」

その声を聞き、さやかと恭介、仁美はぎょっとしながらそちら見る。
そちらからは、両肩にでっかい段ボール箱を抱え上げた絹旗最愛がどかどかとこちらに向かってきていた。
その時点で異常な情景だ。

赤土色のパーカー姿でどう見ても小柄と言ってもいい少女が、
明らかに大型サイズの段ボールを二つ、両肩に抱え上げている。
その上、どこから来たのかこの嵐の中にも関わらず、
段ボールには大きな汚れすら見当たらない。

339: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 23:08:37.97 ID:aGHpgKIf0

「取り敢えず、何がどうなったか何となく超見当は付きますけど、
取り敢えず超こっちに移動して下さい。
ああ、そこでマッパで突っ立ってる野郎と
なぜか平気な顔でその周辺に陣取ってる小娘二人は呼びに行くまでその場に超待機で」

かくして、さやか、仁美を除く女性陣の気配が絹旗と共に遠ざかり、
予告通り少し間を開けて恭介達も絹旗から案内を受けた。
行先は、会議室の一つだった。

「えーと………」
「超非常事態です」

ドアの惨状を目にして何かを言いかけた恭介に、絹旗はしれっと言う。

「ようやく滝壺さんと連絡が付いて、
取り敢えず手に入るものだけでも超持って来ました」

絹旗に促され、恭介が中を見た段ボールの中には、白いYシャツが大量に詰め込まれている。
そして、既にこの部屋に待機していた他の女性陣もそのYシャツを着用していた。

「調達出来たのが超これしかなかったので使って下さい。
量だけはありますからタオル代りにしても構いません。
背の高過ぎる人は仕方がないのでパレオにして下さい」

そう言われて、恭介もYシャツに袖を通しボタンを閉じる。
本来なら非常に頼りない服装であるが、
比較対象となるたった今の過去が論外であるため、
例の如く非常にマシな様に感じていた。

「これってどこから………」
「超現地調達です。
非常事態ですから、代金の借用証だけは超置いてきました」
「あ、そ………ありがとう」

質問したさやかもそれ以上深く突っ込む事はやめておいた。
その間に、カセットコンロの上で薬缶の湯が沸いていた。
結論を先に言ってしまえば、絹旗はビルの外でも中でも物資を調達して来ていたが、
非常事態と言う名目で手段を選ぶつもりは全くなかったらしい。

340: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 23:12:31.12 ID:aGHpgKIf0

「取り敢えず、これをゆっくり舐めながらゆっくり飲んで下さい」
「まだ唇が超青いですから、体が超落ち着いたらお茶もココアも超ありますので」
「助かるじゃん」

説明する五和と絹旗を中心に適当に確保したカップと鼈甲飴が配られ、黄泉川が感謝を述べる。
カップの中は、薬缶の湯を注いで若干水で割ったものだ。
既に相当量のミネラルウォーターも確保されていた。

「一服したら超着いて来て下さい」

 ×     ×

とにかくフロアでも部屋でも邪魔な施錠は絹旗の手で悉く無効化されたビルの中で、
絹旗に案内されて到着した先はビルにしては大きな台所だった。

「恐らく会議用の給湯室ですね、超見ての通り、大型のシンクです。
そして、ここに超給水するタンクは生きているみたいです」

確かに、絹旗が蛇口を捻ると水が出てきた。

「そしてこっち」

絹旗に案内され、向かった先は廊下の一角だった。

「プロパンガスのタンクとホース、コンロ、それに鍋です。
非常用のものかイベント用か、とにかくここで超発見しました」

確かに、金属製の鍋も含めて、
野外パーティーで鍋物でも作りそうなサイズの巨大なものが揃っていた。

341: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 23:16:14.42 ID:aGHpgKIf0

「あちらのシンクを代用して超お風呂の用意をしますから、
順番に体だけでも超温めて下さい。
シンクのお湯の用意は私がします。
もちろん、水が続く限りは一回一回お湯を超取り換えてです。
タンクが空になってもこの大雨なら風呂の一杯や二杯超すぐに用意できます」

「いや、それは幾らなんでも君が………」
「私の体力の事なら超ノープロブレムです」

吹寄制理が言いかけるのを絹旗が制する。

「超分かっているんでしょう、あなた達超全員、
一度芯まで温まらないと超まずい状況だと言う事は」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうじゃん」

監督者、大人として、他の何人かの力を借りながらも
今すぐは死なないと言う所まで無理やり診断基準を妥協してここまで引率して来た黄泉川が、
絹旗の魅力的な提案に同調した。

 ×     ×

差し迫った事態が若干引いた後、その後の事が色々と襲って来る。
上条恭介は痛めた左足を半ば引きずる様にしながら、
トイレで用を足して待機場所の会議室への廊下を歩いていた。
手回しのいい事に、トイレの前には水洗用の雨水がバケツに入って用意されており、
それが尽きる前に非常階段から補充しておく必要はあるが、それはもうちょっと後に考える事とする。

「?」

そこで、恭介はきな臭い光景を見た。
確かあちらは代用浴場の給湯室の筈で、
本来であれば現状でそちらに近づく程上条恭介は不躾な男性ではない。
只、そのすぐ側で風斬氷華が腰を抜かして震えている、と言う状況であれば話は別だ。

「風斬さん、どうしました?」
「あ、ああ………」

風斬の尋常ならざる態度を見て、
恭介は、腰を抜かして震えている風斬が指さしている先の給湯室に駆け込む。

342: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 23:19:42.49 ID:aGHpgKIf0

「!?どおっせえぇぇぇぇぇいいぃぃぃぃぃぃっっっっっ!!!」

給湯室に飛び込んだ恭介は、
シンクから床に滝壺理后を引きずりあげ、ぐわんぐわんと揺らしていた。

「大丈夫ですかっ!?」
「何?」

滝壺が、ぬぼーっとした視線を恭介に向けて茫洋とした口調で尋ねる。

「良かったぁ………
そこに浮かんで溺れてると言うか気絶してると言うか死んでると言うか………」
「私の入浴法」
「なんだ………」

滝壺と共に床に座り込みながら、恭介は脱力した。

「………ありがとう。次からは先に声を掛けて」
「分かりました、すいませ、ん………」

恭介が立ち上がった所で、火事場の馬鹿力を支えていたアドレナリンが途切れ、
自分が左足を捻挫していた事を思い出す。
一見茫洋としている滝壺が、意外な程に俊敏に行動し、
恭介がぶっ倒れる前に左腕を恭介の背中に回し、
恭介の後頭部に回した右腕にぎゅっと力を込めていた。

「何何?何かあったのっ!?」

どやどやと叫び声と足音が聞こえる。

343: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/11(月) 23:23:41.30 ID:aGHpgKIf0

「やあきょうすけ、
あたしも結構将来有望、って言うか、
クラスのみんなには結構あるって言われてるんだけどさー、
そんなに待てないのかな男の子ってあははははー」チャキッ

「ええええ理解しておりますわ。
それはそれは黙認して差し上げるのが上流階級の嗜みと言うものではございますのですけれども、
やはりそこには本妻の顔を立てるための
暗黙のマナーと言うものがございますのよおほほほほ」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「超超超超超超超超くかっくかかっかけくけくかきけくかくき
くくかかかかかか超超超超かきくけこォォォォォォォォォォォォォォォォォ」

めぎょんめぎょんめぎょんと更に場違いな機械音が響き渡る。

「反応はこっちでいいんだなっ!?
滝壺おぉーっ、たきつぼだっきつぼおおおおおっっっ!!
どぉこだぁ滝壺おぉぉ助けに来たぞぉだぁぎづぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっ!!!!」

ぶはっ、と、顔を上げて騒ぎの方向に目を向けた上条恭介が見たものは、
世紀末帝王の称号に相応しい漢の眼光だった。

==============================

今回の投下はここまでです>>332-1000

お詫びです。五和さんの事を思い切り抜かしてました。ごめんなさい。
>>296以降神裂さんと一緒に行動していたと、そういう事にしといて下さい。

続きは折を見て。

346: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:18:06.43 ID:KqRUilAl0

「!?」

高架橋上の幹線道路で、美国織莉子と呉キリカは黒い彗星を目にしていた。
正確に言うと、遠くのワルプルギスの夜から空に向けて発射され徐々に高度を落としている、
黒い彗星の様に見える禍々しいものだった。

「ひゃー、あれならちょっとは喧嘩になりそうかな」

織莉子の側では、トールを名乗り既にあらかた魔獣を片付けた少年がそれを眺めて言う。

「って事で、あっち行ってくるねおりりん」
「だ、か、ら、私の織莉子に馴れ馴れしいと言っている」
「お願い」

既に頭部をメロン状態にして目を剥いて
ゴゴゴゴゴゴゴゴとラスボス的な効果音オーラを上げているキリカを華麗にスルーし、
トールと織莉子の間で合意が成立する。
かくして、トールと、その後に付いて来てさくさくと魔獣を片付けていた
褐色オーバーオールとがたごともまとめて黒い彗星の着弾地に去って行く。

「!?オラクルレイッ!!」
「ヴァンパイア・ファングッ!!」

ぶおっ、と、二人を襲った黒い霧に飲み込まれながら、
二人は攻撃を展開して辛うじて飲み込まれながらも消化される事を回避する。

「やれやれ」

キリカが余裕ぶって言いながらも、
痛い程の雨粒に即座に洗い流される汗が浮き出るのを押さえられない。
黒い霧は織莉子、キリカの前方の幹線道路上に停滞し、
そのまま薄らぎながら拡散していた。

347: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:23:20.24 ID:KqRUilAl0

「さながら魔獣の巣、って所かな?
素直に結界張ればいいのに」
「どちらにしても、放っておく訳にはいかないわ」

その時、背後で機械的な音が聞こえた。
織莉子とキリカがそちらを見ると、一台のバスが停車している。
その先頭となった車両から、一人の女性が降車して来た。

「ああ、そこの人」

そうして、織莉子とキリカに接近して来たのは、
妙齢と言うか妙齢過ぎる一人の女性だった。
今の嵐はかなり激しく彼女の眼鏡の視界を妨げていそうだ。
一応雨具を装着しているが、どっちかと言うとガタイが良さそうに見える。
それでいて、どこか品のいい所を織莉子は察知する。

「常盤台………女子寮寮監………?」

織莉子が、差し出された名刺を見る。

「うむ、災害ボランティアで他の寮の者も含めて引率して来たのだが、
嵐の影響か交通案内自体が何らかのシステム障害を起こしたらしい。
結果、通行止めのこの道に突っ込んだ挙句にバス自体がイカれると言う体たらく。
今、我々がいる場所はここでいいのか?」
「ええ、ここです」

織莉子は、寮監から差し出されたスマホの地図を見て答える。

「だとすると、避難所の総合体育館はこの先だな。
ボランティアに来て住民のリソースを割く事になるのは実に心苦しいが、
どの道この道路は使われないのだろう」
「え、ええ、確かにそれはそうですが………」

何をどうやって説明しようか、と、織莉子が戸惑っている間に、
寮監が戻ったバスから降りた女子生徒がざんざざんっと整列していた。
全員、雨具こそ装着しているが、
実は彼女達相当なお嬢様揃いなのでは、と、織莉子は察知していた。

348: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:28:50.02 ID:KqRUilAl0

「出発、進行っ!」

寮監を先頭に、女子生徒の隊列が真っ直ぐ黒い霧に突っ込んで行く。

「織莉子っ!?………!?」

慌ててそれを追った織莉子が後ろの方向に弾き飛ばされ、
それを追ったキリカも以下同文であった。
黒い霧の中から、少しの間おぞましい悲鳴が聞こえた気がしたが、
程なく、黒い霧ごとそれは消滅していた。

 ×     ×

「私の説明を聞いて」

滝壺理后は一言だけ言うと、
その場に座らせた上条恭介に背を向けてしゅるりとYシャツを身に着けた。

「あの子は私の恩人だから手を出したら怒る」

口調は余り変わらない筈なのだが、それでも芯のある滝壺の言葉を受けて、
運搬着と呼ばれる人型ロボットに近い特殊重機に搭乗した浜面仕上も動きを止める。

「ああー、そうかそうか、勘違いとは言え滝壺の命の恩人って訳だ。
それは俺からも礼を言わせてもらうぜ」

滝壺の説明を聞き、運搬着を降りてつかつか近づいて来た浜面が気さくに笑いながら言い、
上条恭介は取り敢えず胸を撫で下ろす。
その装備からして所謂ガテン系の浜面だが、坊ちゃん育ちの恭介から見たらそっち系の人にありがちな、
やんちゃの過ぎた過去の一つ二つもありそうな予感を覚える。
そんな人と女性関係でトラブルなんて考える事も出来ない領域の話だ。

「まあー、あれだ、
世の中勘違いとか理不尽な怒りが向けられるとか、
そういう事はしばしばあるからな、
その辺の事は俺も理解しているつもりだ」

一体今までどういう経験をして来たのか、
うんうん頷く浜面に、恭介も妙な説得力と安心感を覚える。

349: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:34:08.30 ID:KqRUilAl0

「従って、これだけは言っておく」

そう言って、浜面はガシッと恭介の肩を抱く。

「五分やる」

浜面が短く言った。

「お前が今見たものと触った感触は確実に忘れろ、いいな」

一見すると、気のいいアンちゃんが
年下の中学生にカラカラ笑って冗談口を叩いている様に見える光景であるが、
上条恭介が間近で見ていたものは、
世紀末帝王と呼ばれるに相応しい漢の眼光であった。

 ×     ×

待機場所となっている会議室では、五和やオルソラを中心に粥や重湯等の調理が行われ、
予告通りにお茶やココア、インスタントスープ等も出されている。
ここまで米や味噌を担いで来た浜面への感謝と共に、
体感的に生きるか死ぬか末期のバターコーンラーメンを幻覚していた
少し前迄と比べるならば随分と寛いだ雰囲気になっていた。

「そういう訳なんだけど」

雲川芹亜が説明を続ける。

「拠点が決まったと言う事で、
私の衛星携帯電話で滝壺さんや私の関係先と連絡が付いたから、
ここで救助を待つ、と言う事になるんだけど」
「それがいいじゃん」

何人かの生徒を引率して来た身でもある黄泉川愛穂が言った。

「救助が来る迄なんとかなる程度の物資は揃ってる。
このビルが潰れでもしない限り、ここで嵐を避けて救助を待つのが得策じゃん。
この嵐の中、色々と用意してくれて本当に感謝するじゃん」

黄泉川を先頭に一斉に頭を下げられ、
絹旗最愛はつらっとして礼を返すが浜面は少々居心地が悪そうだった。

350: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:39:30.04 ID:KqRUilAl0

「君も………ここまで来て失礼な話だけど、
名前を聞いてなかったな、それだけ大変だったって事なんだけど」

雲川が、上条恭介に視線を向けて言う。

「そう言えばそうですね。上条、上条恭介です」

上条恭介が安堵の微笑みと共に答え、
それを聞いた雲川芹亜は一度、二度瞬きをしていた。

「ああ、そうか。コンサート、頑張って欲しいんだけど」
「コンサート?」

少しきょとんしていた吹寄制理が雲川に尋ねる。

「ああ、確かヴァイオリンだったかな?」
「コンサート、ですか?」

記憶から捻り出して見せる雲川に、
少しの間きょとんとしていた風斬氷華が尋ねた。

「ああ、近々コンサートをやるらしい。
新進気鋭のヴァイオリニストの卵として参加予定。
確かそう、ポスターで見た記憶があるんだけど、合ってたかな?」

「否定する程間違ってない、と言いますか」
「その通りです。事故で些かのブランクがあったとは言え、
上条君の演奏はそれだけの評価を受けています」

やや照れ臭そうに言う恭介に、仁美が割って入った。

「じゃあ、尚の事これ以上は動かない方がいいかな。
ケガもしてるし助けが来る迄何とかなりそうだから」
「そうさせて貰います」

吹寄の言葉に恭介が応じた。

「まあ、そういう事なんだけど」

雲川がふっと笑みを浮かべて言う。

351: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:42:41.50 ID:KqRUilAl0

「それなら、可愛い彼女をやきもきさせる武勇伝は程々にしておくんだな。
見ている分には面白い事になっているんだけど、
こんな出来た娘を余り泣かせる、いや、怒らせるものじゃないんだけど」

「あ、ははは、すいません」
「うふふふふ、上条君の事ですもの、
悪気のない事等理解しておりますわおほほほほほほほほ」
「ま、恭介にそんな度胸は無いわなあはははは」
「さやか」

さやかの言葉に、恭介が少々憮然としてみせる。

「あらあら信頼しちゃってる事。
でも、彼氏ってイザってなったら結構男らしい所あるし、
結構いい線いってるから油断してたら大変よぉ」

言葉と共に、オリアナ=トムソンの舌がぺろりと唇を舐める。

「仁美」

さやかが、少々低い声で呼びかける。

「恭介の事、しっかり見張っててよ」
「了解ですわ」
「あらぁ、いいのかしら?」

接近してぼそぼそ話していた筈が、オリアナがいとも簡単に割り込む。

「世の中にはミイラ取りがミイラ、って言葉があるのよ。
一緒にまとめてめくるめく世界にご案内でもいいのかしら?
ちょっとは知ってるみたいだけど、
こんな可愛いお嬢さんならお姉さん大歓迎よぉ」
「全く………」

とうとう始まった、BGMにMa○iaでも聞こえてきそうな激烈な戦闘を前にしながら、
雲川芹亜は軽く肩を竦め、寛いだ笑みと共に口を開く。

「見ていて面白い事になっているんだけど、程々にしておかないと。
さっきは何故か一瞬納得してしまったからな、失礼な話なんだけど」

そんな雲川の呟きに、
何となく共鳴を覚えながら吹寄は天を仰ぎ風斬ははわわと眺めていた。

352: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:46:04.80 ID:KqRUilAl0

「それでは」

そう言った神裂火織と五和が動き出す。

「我々はそろそろ失礼します」
「どこに行くじゃん?」
「行き掛かり上皆さんの安全が確認できるまで同行しましたが、
本来この災害に関わる仕事で来た身ですので」
「大丈夫なんですか?」

雲川が尋ねる。

「ええ、合流する目途は立っています」
「私はここに残るわ。
念のため、こっち側の人間が一人ぐらいついてた方がいいでしょう」
「お願いします」

オリアナ=トムソンの言葉に、神裂が同意する。

「えーっと、それじゃああたしも………」

流石に、説得力に自信がある訳でもないさやかが恐る恐る口を開く。

「子どもはここに残らないといけないじゃん」

黄泉川が厳しい口調で言う。

「いや、そうしたいのは山々なんですけど、何と言いますか、
本当は待ち合わせててあたしが行かないとまずい状況と言いますかその………」
「そんなもの許可出来る訳ないじゃんっ」
「死にたくなければ先に行ってるに決まってるでしょう!!」

さやかの言葉に黄泉川と吹寄が真面目に当たり前の事を言うので
さやかも心が痛む。
だからと言って、ここでこっそり抜け出してしまっては、
このいい人達なら外まで探しに出て来かねない。

353: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:49:33.69 ID:KqRUilAl0

「さやか、ここに残って助けを待とう。
なんか、マントは手に入れたみたいだけど、
それでもこの天気で出歩いたりしたら命が危ないよ」
「ああ、女の子一人この嵐の中出歩くなんて話にならねぇよ」

恭介が優しくも真剣に言い、浜面も羽交い絞めしかねない口調で言う。
異常事態でマント姿が案外目立たないのは助かったのだが、これは本気でまずい。
ワルプルギスの夜がどの程度のものか想像がつきかねるが、
逆に一人でも欠ける事が許されない程に遠目に見ても想像を絶している相手だ。

「分かりました」

神裂が口を挟んだ。

「彼女に関しては、我々が責任を持って預かります」
「それを容認しろと?」

黄泉川が神裂を見据えて言った。
神裂としては命に代えても、と、心からそう言えるのだが、
その言葉に説得力を持たせる事が出来ない己の未熟を痛感する。

「お願いします」

さやかが深々と頭を下げる。

「この人達と一緒に行動させて下さい」
「ご懸念はごもっとも、あなたの態度が大人として全面的に正しい事は当然です。
それでも、私達に任せて下さい」

さやかに続き、五和も頭を下げた。

「何か、余程の事情があるじゃん」

黄泉川が言う前で、神裂も加わり頭を下げ続ける。

354: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:53:08.40 ID:KqRUilAl0

「わーかった、さっきまでの道行を見ても、
あんたら二人には今外で行動できるそれ相応の根拠があるじゃん。
あんたら二人に子どもを預ける、私はそれを信じていいじゃんね?」
「命に代えて」

ようやく、神裂は口に出す事が出来た。
そして、黄泉川もそれを受け取った。

「だから、危ないよ。今外に出るのは………」
「大丈夫、この人達も一緒だし、どうしても行かなきゃいけないんだ」
「さやかさん………」
「仁美も、恭介と一緒に待ってて。あたしは大丈夫だから」
「事情が、ありますのね。分かりました」

 ×     ×

会議室を出た神裂と五和は、途中、非常口から外に出ていた。
そこで、二人は唐辛子ガスの噴射された社長室から何とか回収し、
非常階段の柵に縛り付けて文字通り雨曝しにしておいた自分の衣服をビルの中に持ち帰る。
そして、ビルの一室で、バケツの上で持ち帰った衣服の雑巾絞りを始めた。

「あの………もしかして、これからそれを着るんですか?」

後からついて来たさやかが尋ねる。

「これにはそれ相応の意義があるのでやむを得ません。
恐らくあなたのそのマントの下と同じでしょう」

取り敢えずTシャツを絞り、少々厄介なGパンを絞りに掛けながら神裂が言う。
その隣では、取り敢えず絞り上げた薄緑のブラウスを近くの椅子の背もたれに引っかけた五和が
こげ茶色のショートパンツから水分を絞り出している。

かなり強引に納得したと言う事にしておいたのか、
ここで出来る一通りの作業の後、神裂はパレオ代わりのYシャツを外し、
五和と共に着ていたYシャツを脱いで着替えを始めるが、
流石に非常な物理的困難を伴う事は避けられない状態だった。

355: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 03:56:18.36 ID:KqRUilAl0

 ×     ×

正直、何が起きているのか分からなかった。
だが、気が付いた時には、さやかは出発していた。
今でもあの恐怖、命の危険が蘇るあの嵐の中、女の子一人で。
確かに、さやかは今でも優男な自分よりも元気なのかも知れない。
まして、更に意味不明にパワフルな二人の年上の女性が付いている。

それでも、身を以てあの嵐を経験して、
今出て行くのが大丈夫、なんて思える筈がない。
思い切った上条恭介は、今でも脂汗の滲む左足の痛みを押さえつけ、立ち上がっていた。

「間に合った」

廊下を進み、声を聞き、僅かに安堵する。

「さやかっ!やっぱり駄目だっ!
外の嵐はとても出て歩ける状態じゃないっ!!
よく分からないけど、やっぱりそんな危ない事はさせられないっ、
だからさやか、このままここで僕と一緒に救助を待とうさやかっ!!!」

水浸しの上に縛った上に絞りに掛けた事で、
多少の水分減少はあってもそれ以上に完全に閉じて張り付いて固まった衣服に
悪戦苦闘していた神裂火織と五和が、
熱弁を振るう上条恭介に気づいてくるーりとそちらを見る。
上条恭介がその二人の存在に気付いたのは、
熱い説得の言葉を叩き付けた後。
気付いた時には、恭介は神裂、五和と目が合っていた。

「気持ちは分かる」

恭介がいなくなっていた事に気づき、追いかけて来た浜面仕上が、
そう言って、ぽん、と、浜面の肩を叩く。
次の瞬間、浜面の背筋にぞわわっと冷たいものが走った。

「だから、ここは我が人生に一片の悔いなしと言う事で、
無駄な抵抗はやめた方が楽に済むと言うものだぞ、こういう感じでな」

上条恭介は、ずるずるずると滝壺理后に連行される世紀末帝王を見送りながら、
その側で、空気をピキッ、ピキピキッと響かせている旧知のお嬢様を発見してしまう。

356: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 04:00:25.79 ID:KqRUilAl0

「もちろん、存じておりますわ。
殿方たるもの、修学旅行に於ける男の浪漫と言うものを。
で、ある以上、そのシメ方に就いても様式美と言うものがございましょう」
「なるほど、つまり」

暫定的にYシャツの背中の部分を胸に当て、
後ろに回した両方の袖を背中で縛った五和が、
そう言ってひゅんと槍を振る。

「ここまでが様式美、と言うものですか」

暫定的にYシャツの背中の部分を胸に当て、
後ろに回した両方の袖を背中で縛った神裂火織が、
そう言って右脚を前屈し左脚を引き七天七刀の鞘を左手に握り
鯉口を切った刀の柄にそっと右手を添えて背景にコオオオオと効果音を響かせながら簡潔に言った。

流石にじりっ、じりっと足が後退を始めた上条恭介に
美樹さやかがツカツカと無言で接近し、限りなく零距離に近づく。
二人の唇が、零距離から距離マイナスへと踏み込んだ。

「ありがとう。でも、大丈夫」

しっかと目と目を合わせて、告げられた。

「大丈夫だから。だって、恭介のコンサート、聞かないといけないんだし。
って言うと、逆にフラグっぽいけど本当に大丈夫だから。
その辺はちゃんと上手くいく様にあの人達とも決めてあるし。
だから恭介はここで待ってて、お願い。
仁美、恭介の事お願いね」

「分かった、気を付けて」
「分かりましたわ、さやかさん」

さやかの真摯な言葉を前に、この三人の間で、
これ以上言うべき事はなかったらしい。

357: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/15(金) 04:04:30.81 ID:KqRUilAl0

 ×     ×

何とかかんとか着替えを終えた神裂、五和と共に、
美樹さやかは再び嵐の見滝原の街に立っていた。

「五和はここに。私から天草式に伝令を入れます。
天草式は総員このビルの警備を………悪い予感がします」
「分かりました」
「お願いします」

神裂の要請を了解した五和に、さやかが頭を下げる。
五和は、早速ビルの外周の点検を始めた。

「あたしはこの状況の大元、
ワルプルギスの夜を仲間と一緒に退治しに行きます」

さやかが神裂に告げた。

「マギカの剣士、我々がそう呼ぶ者。ご武運を」
「はい」

力強い返答と共に、さやかが嵐の街を駆け出す。

「Salvare000」


360: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:05:44.28 ID:YePfynGq0


 ×     ×

とあるビルの給湯室。
その大きなシンクで風斬氷華は湯に浸かっていた。

主に絹旗最愛の超力技な活躍により、会議用か何かの大型シンクを浴槽替わりに、
どこかで見つけた大鍋と大型プロパンガスコンロで沸かした湯を適度に水で冷まして、
今は体を温めるだけだが、それでもこうして代用浴場として稼働している。

このビルに辿り着いたずぶ濡れ組の中でも
状態が最悪に近かった風斬は当初早めに入浴する予定だった。
しかし、風斬がお花を摘んだりなんだりしている間に、
やはり救援に駆けつけた浜面仕上が米俵、と言うのは冗談だが、
その中身となるもの等を担いで到着したために食事が先となった。

やはり、極限の疲労に染みたのか、
五和印の重湯も有り難かったが、オルソラ=アクィナス特製の
チーズお粥がやたらに美味しかった事を覚えている。
事が終わったら漫画的なまぁるいチーズを探して
チーズを究めてみたい等と妄想してしまうぐらいだ。

そういう訳で、温かな食事をゆっくり味わってから、
体の力を抜いて胴体のおよそを温かな湯に浸しているだけでも、
心身ともに随分と寛いでいた。

361: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:11:14.33 ID:YePfynGq0

ふーっと一息ついた所で、風斬氷華は身を縮める様にシンクから作業台に移る。
作業台、床、と移動しながら、
Yシャツその1で長い髪の毛を拭い、Yシャツその2その3で体を拭き
Yシャツその4に袖を通してボタンを嵌め、その5をパレオにする。

事故により着の身着のままで大嵐のど真ん中に投げ出され、
学校の制服姿で長時間暴風雨に晒されたために、
着用しているだけで命に関わるそれらの衣服は途中の社長室で体からまとめて引っぺがし、
部屋干し中に防犯催涙ガスの誤作動で全滅。

色々と救援物資を調達して来た絹旗最愛も、
タオル替わりに使える程に大量の白いYシャツを調達して来たが、
衣類に関してはそれ以外のものを手に入れる事は出来ない状態だった。

 ×     ×

「それじゃあ、これ持って行きます」
「悪いじゃんケガ人に」
「いえ、軽いものばかりですからこれぐらいは」

集合場所の会議室では、
上条恭介がゴミ袋を手に集積場替わりの別室へと移動を開始していた。

「なかなかポイント高いんだけど」

そんな様子を見て雲川芹亜が志筑仁美に話しかけ、仁美の見せる満更でもない表情に、
雲川は内心で中指を耳とは逆に向けて両手を上げる。

「お風呂上がりました」

そこに、入浴を終えた風斬氷華が戻って来る。
恭介と風斬が軽く頭を下げてすれ違うが、
ふと、しっとり湿った風斬の長い髪の毛の香りが恭介を引き付ける。

362: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:16:37.91 ID:YePfynGq0

「風斬さん」

ふわりと漂う甘い香りに引かれ、
恭介が振り返った辺りで、吹寄制理が風斬にトトトと駆け寄る。

「ボタン、はまってないんじゃない?
上から三つ目ぐらいまで」
「はい。サイズを間違えたみたいで。
もう少し大きいの、ありますか?」
「あー、超みっちみちのぱっつんぱっつんですね。
一番大きいのにしますか?袖が超だるだるになりそうですが」

「あのぐらいで目がぎゅぴーんって光って
背景にゴゴゴゴゴゴゴゴゴッて効果音つきの漆黒のオーラを充満させて
鶴の構えを取ってくれるんなら、
お姉さんがちょっと本気出したらカ○ハ○波ぐらい撃ってくれそうねお嬢様」
「志筑流決戦奥義の神髄をご所望とあらばいつなりと」

こちらは、どう見ても意図的にサイズを間違えたとしか思えない
Yシャツの布地をついと摘み、
少々前のめりになったオリアナ=トムソンの背後から、
瞬間移動したとしか思えないにこやかな声が聞こえて来る。

つーっと、コメカミに汗が伝う恭介の肩を、
浜面仕上がぽんと叩いた。
かくして上条恭介はゴミ捨てのために会議室を出る。
後程いっぱいお話をいたしましょうと語っている志筑仁美の優雅過ぎる微笑みを背に受けながら。

「そう言えば、黄泉川先生お風呂は?」

吹寄が気が付いた様な尋ねる。

「ああ、待ってる間に重湯とお粥で温まったじゃん」
「あー、抜けてましたか。
すぐ用意出来ますからちゃっちゃと超お願いしますよ」

黄泉川愛穂の言葉をぶっちぎって絹旗最愛が言い、
引率者として行動の自由を優先していた黄泉川もそれ以上は言わなかった。

363: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:21:45.33 ID:YePfynGq0

 ×     ×

「うああっ!!」

ビル周辺で、天草式戦闘要員牛深が魔獣の触手に跳ね飛ばされる。
その魔獣を五和の槍が貫き倒す。

「うらあっ!!」

天草式十字凄教教皇代理建宮斎字の西洋剣が、
押し寄せた魔獣を叩き斬る。

「まだまだ来ます、とても手が足りませんっ!」
「先に手を動かすのよなっ!!」

建宮が聞こえる悲鳴に怒鳴り返すが、
それが現実である事も十分認識している。

「ビルの出入り口を死守!
浦上っ!オリアナに伝令、避難民を二階から下に絶対下げるな、
いや、上がれるならなるべく上に上げろとなっ!!」
「分かりましたっ!!」
「最悪一階階段、エレベーター非常階段まで防衛線を下げる事になるのよな」

 ×     ×

「滝壺っ!!」

集合場所の会議室で、浜面仕上がとっさに滝壺理后を抱き、
近くの机の下に転がり込んだ。

「地震かっ!?それとも風っ!?」
「あの嵐だとどっちでもアリだぜ」

さ程長くもない時間だったが、
強烈な揺れに雲川が叫び、浜面が応じる。

364: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:26:59.44 ID:YePfynGq0

 ×     ×

「くおおっ!!」

シンクの仮浴槽で強烈な揺れに襲われた黄泉川愛穂は、
床に投げ出されながら受け身技で辛うじて大きなダメージを回避する。

「いたあっ!!」

立ち上がろうとした次の瞬間には、黄泉川は手を引かれていた。

「オリアナさんじゃん?」
「まずは会議室に、そこからもっと安全な場所に、急いでっ!!」
「了解じゃんっ」

オリアナの只ならぬ気迫に、黄泉川も彼女に手を引かれ裸足で走り出す。

「走れるっ!?」
「大丈夫です」
「会議室に戻りなさい、急いでっ!!」
「はいっ!!」

途中の廊下で遭遇した上条恭介にオリアナが叫び、
廊下で蹲っていた恭介も立ち上がった。

「くっ!」

オリアナが黄泉川の手を放し、踵を返す。

「不完全な魔獣、下で不完全に処理された残骸、かしら?」

オリアナの視界の中では、アメーバ―とも巨大フナムシともとれる謎生物の群れが
ざざざざざっと三人に迫っていた。

365: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:30:20.24 ID:YePfynGq0

「魔獣の出来損ないが、私と追撃戦をしようって言うの?」

言葉と共に単語帳が噛み千切られ、
オリアナの前方の廊下が丸ごとごうっと暴風に飲み込まれた。

「大丈夫、走ってっ!
アメーバ―とも虫ともとれる下等生物みたいな魔獣、
それでも命を司る核はあるから退治は出来る、か」

しかし、得体の知れない化け物を相手に、
オリアナも又得体の知れない術式を駆使して悪戦苦闘していた。

「何か、いる?」

左手を壁について走り出そうとした上条恭介の耳が、彼の脳に違和感を伝えていた。

「これでっ!!」

オリアナから先に吹き荒れる暴風がスピードを増し、
真空の隙間が大量に軋みを上げる。
これでひとまず、と、オリアナは一瞬そう考える。

「動いて、迫ってっ!?」

更なる異常を察した上条恭介は、
視界に入った掃除用具入れのモップを引っ掴んで駆け出していた。

366: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:33:50.91 ID:YePfynGq0

「しまっ!?」

次の瞬間、オリアナは本気で最期を考えていた。
だからせめて、

「早く、逃げっ………」

上条恭介の突き出したモップは、オリアナと彼女に取り付いた謎生物の間に突き刺さっていた。
そのまま、モップと謎生物は抵抗に対して抵抗し、
謎生物が取り付いたまま強度限界を迎えたYシャツごと
謎生物はモップに振り払われ壁に叩き付けられていた。

「離れてっ!」

実の所、自分が何と戦っているのかも理解していない恭介が
オリアナの声に従いモップを捨ててざざっとその場を離れる。
次の瞬間には、壁に張り付いた魔獣は氷漬けにされて生命活動を停止していた。

「ナイス!ッ」

振り返ったオリアナが一転苦い顔を見せた。

「うっ、つっ………」
「さあ、行くじゃんっ!!」

その場に蹲り、立ち上がろうとして倒れそうになった恭介を黄泉川が支え、
黄泉川はそのまま恭介の太腿と背中を下から支えて走り出した。

 ×     ×

ドドドドドドドドと地響きを立てる勢いで突入して来た黄泉川愛穂に、
集合場所の会議室にいた面々は目を丸くする。

「上条君っ!?」
「水っ!出来るだけ冷たいのないじゃんかっ!?」

一旦長机に寝かされた恭介に仁美が駆け寄り、
改めて恭介の左足を握った黄泉川が叫んだ。
それを聞いた絹旗最愛が、ミネラルウォーターのペットボトルとYシャツを一つずつ用意する。
Yシャツの右袖をボトルの口に縛り付け、左袖を自分で握る。

367: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:37:18.32 ID:YePfynGq0

「超超超超超だらっしゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」

ドリル的に床に穴が開くのではないか、と言う勢いで回転した絹旗が、
ハンマー投げの要領で振り回していたボトルから縛り付けていた袖を外して黄泉川に放る。

「どうじゃんか?」
「ええ、少し、楽になりました」

痛む左足に黄泉川がペットボトルを当てて尋ね、恭介がまだ苦しそうに答える。

「じゃあ、頼むじゃん」
「はい」

黄泉川と仁美が言葉を交わし、黄泉川はYシャツの箱へと向かった。

「大丈夫ですか、上条君?」
「うん、有難うもう大丈夫」

最早、何が正常か異常か許容値かの感覚も半ば麻痺しつつある上条恭介が、 
仁美が当てていたペットボトルを自分の手で持ち替える
その間にも、どおんどおんどおんと会議室の外から何やら物騒な音が響き、
オリアナ=トムソンが飛び込んできた。
飛び込むと同時に、出入口の辺りが何度も爆発して見える。
それを見て絹旗最愛が会議室を飛び出した。

「超超超超超おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」

廊下から響く絶叫を一同ぽかんと見ていたが、絹旗は程なく戻って来た。

「取り敢えず、当面の安全は超確保したみたいです」

バタンとドアを閉めた絹旗が言った。

368: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/20(水) 04:40:45.73 ID:YePfynGq0

「みぃーっつけたっ!」

長机の上で身を起してぽかんとしていた恭介は、
次の瞬間にはオリアナに飛びつかれて視界を奪われていた。

「坊やったらあんな力強く
突いたり引いたり捻じったり振り回したり頑張って頑張り過ぎて
あんな事されたらお姉さんもうとろっとろ腰が抜けちゃいそうじゃない。
お礼にお姉さんってばなんでもしてあ、げ、ちゃ、うんだから。
だーって坊やったらお姉さんの
スーパーヒーローなんだからんーまっんーまっんーまっ」

ようやく空気を得る事を許された上条恭介の顔面に唇が雨あられと降り注ぐ中、
志筑仁美は志筑流薙刀術決戦奥義の記憶を辿りながら清掃用具箱に足を向けていた。

372: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:01:16.09 ID:XqwBH8Ms0

 ×     ×

「取り敢えず、落ち着いたじゃん?」

会議室で周囲を見回した黄泉川愛穂が尋ねる。

「小康状態って所ね」

オリアナ=トムソンが言う。

「お兄さん、ちょっと付き合ってくれないかしら?」
「………浮いてるんだけど………」

浜面についっと顔を近づけたオリアナが言い、
滝壺理后が片手で掴んだ長机の現状を雲川芹亜が解説する。

「ここから上に移動する必要があるかも知れない。
私達はこれから偵察して来るから、
あなたも連れて行きたいのは山々だけど、
安全上の都合でそれは出来ないわ」

「わかった。いまだにどこ見てるのはまづら?
と言う質問とそこから先の事は帰って来てからに大事にとっておいて、
はまづらの事を応援してる」
「いや、とっておかなくても速やかにゴミ箱に捨てて忘れてくれていいからな滝壺」

「その間にもしもの時は持ち応えて」
「超了解しました」

オリアナと絹旗最愛の間で合意が成立した。
かくして、オリアナと浜面が一旦会議室を出る。

373: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:06:20.39 ID:XqwBH8Ms0

「一体何が起きてるのよ?」
「正直よく分からないけど、
ここも安全とばかりは言いきれないみたいじゃん」

自分の言葉に対する黄泉川の返答を聞きながら、吹寄制理がガリガリ頭を掻く。
その吹寄に、志筑仁美がそっと近づいた。

「あの」
「何?」
「これ、使いますか?」

仁美が差し出したのは、櫛だった。

「いいの?」
「何でしたら、わたくしが」
「お願いしてみるかな」

素直に物腰の柔らかなお嬢様の言葉に、吹寄も素直に応じた。
流石にここに至る迄の苦労が絡む黒髪に些か悪戦苦闘しながらも、
湯上りの香る吹寄の後ろ髪を仁美が徐々に梳いていく。

「凄く綺麗な長い黒髪で、羨ましいですわ」
「んー、そのふわふわな髪の毛も可愛いと思うけど、
いかにもお嬢様って感じで」
「有難うございます」
「一つ、作っておいた方が超いいですかね」

会議室で一人呟いた絹旗最愛も少々疲れていたのかも知れない。
彼女がミネラルウォーターのつもりで手に取ったペットボトルの中身は、
日本で言うハイボールの製作過程に於いて、
球形に削った氷を入れてウィスキーを注いだグラスに注ぎ込んで仕上げる用途等に用いられる液体だった。
絹旗がペットボトルにYシャツの左袖を縛り付け、右袖を掴んでびゅんびゅんと高速で振り回す。

「超持って行って下さい」
「分かりました」

空気を切り裂く様な回転が収まり、絹旗は風斬氷華にペットボトルを渡す。

374: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:12:18.60 ID:XqwBH8Ms0

「!?」
「志筑さんっ!?」

又、建物が大きく揺れた。
吹寄の髪の毛を梳き終えた仁美を上条恭介がとっさに抱き留めた。

「つっ!」
「きゃっ!」

左足を痛めた恭介がバランスを崩し、それを見越した様に吹寄が二人の前に駆け出した。
結果、吹寄制理は、前のめりに倒れ込んで来た二人の頭を抱く様にして正面から抱き留めていた。

「大丈夫?」
「ええ」
「有難うございます」

言葉を交わしながら身を起こし、何とかバランスを取り戻す。

「これからの事もあるんだから、怪我人はあんまり無理しないでよ。
………でも、こういう所はやっぱり普通に彼氏ね」

吹寄がストレートな言葉と共に片目を閉じ、
仁美がちょっと下を向きながらはにかみを見せる。

「もう、大丈夫ですわ」
「うん」
「あの、どうぞ」

揺れも収まって仁美と恭介が一旦離れ、
風斬が預かっていたペットボトルを渡す。
恭介が、Yシャツの袖で額の汗を拭い、ペットボトルの蓋を捻じった。

375: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:17:52.11 ID:XqwBH8Ms0

 ×     ×

「この部屋なんかいいと思うけど、
この階はみんな施錠済みかぁ」

上の階を見て回りながら、会議室の前でオリアナが嘆息する。

「出来れば、今回は出入口無傷にしたかったんだけど………」
「開けてみます?」
「?」

オリアナの依頼で同行した浜面仕上が口元を緩ませて尋ねた。

「一応高いのを使ってはいても、アナログはアナログ」

非常時と言う事で色々と用意して来ていた浜面が、
その中から幾つかの道具を取り出した。

 ×     ×

「何?」

きっちり分けられた前髪や形のいい顎や
ペットボトルの中身の三割以上は吸収していそうなYシャツの端々から
ぱたぱた滴らせてながら一言だけ問うた吹寄制理と
清掃用具入れでモップとデッキブラシを比べている志筑仁美が見せている完全なる無の表情を前に、
上条恭介は土下座と言う日本文化に就いて急速に興味関心を深めていく。

上条恭介が濡れた左手にペットボトルを握り、
蓋を握ったまま弾き飛ばされた右腕を半端に掲げて立ち尽くしている間に、
吹寄制理はさっさと歩き出し、途中で新しいYシャツを引っ掴み演台の陰で長座して着替え始める。

376: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:23:32.60 ID:XqwBH8Ms0

「場所は決まった、今なら動ける、移動の支度をして」

浜面と共に会議室に戻って来たオリアナが言った。

「行くわよ」

恭介の側にすたすたと戻って来た吹寄が言った。

「あ、あの、さっきはすいませんでした」

恭介がぱたんと体を折って頭を下げる。

「いいわよ、流れから言って君の大きなミスじゃない」

吹寄が素っ気ないぐらいに告げて恭介が吹寄の肩を借りた。

「と、っ!?」

動き出した途端にバランスが崩れ、恭介はとっさに吹寄の体を正面から向き合う形で動かし、抱き締める。
ここまで年上の女の人と言う印象だったのが、こうするとしっかり跳ね返る手応えがありながらも意外と華奢だ、
と恭介が感じたのも一瞬の事で、左足の痛みがそちらの踏ん張りを失わせ恭介の顔が引きつる。

「あ、有難う」
「大丈夫、ですか?」

恭介が、自分の背中に抱き付いた仁美に礼を言い、仁美が尋ねた。

「坊や、ちょっとそっちの彼女から腕離して」
「はい」

近づいていたオリアナの指示に恭介が従い、黄泉川が吹寄を支えた。

377: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:27:24.73 ID:XqwBH8Ms0

「全員厳しい状態だったけど、
ちょっと自分の体力過信し過ぎたかな?」

吹寄のおでこを手掴みし、指で瞼を開いたオリアナが言う。

「すいません、こんな時に」

堰を切った様に荒い呼吸を始めた吹寄が、駆け寄った雲川芹亜に潤んだ瞳を向けて言った。

「だから、今までの状況で誰が倒れてもおかしくないんだけど。
今まで人一倍、よく頑張ったから休むのがいいと言う体のサインなんだけど」

「はいはい超浜面そっち持って下さいっ」
「分かったっ」
「そんなはまづらを応援してる」
「と言いつつハイパワーでそっち持ってくれてありがとよっ」
「はい超3、2、1っ」

その内、絹旗最愛がどっかから引っぺがして来た引き戸を持って接近し、
一旦長机の上に置かれて周囲から支えられた引き戸の上に吹寄が寝かされる。
既に不調を隠す、或いは抑える気力が尽きたのか、
引き戸の上に豊かな黒髪を広げて横たわる吹寄は目も半開きに、その身を震わせながら荒い呼吸を続けていた。
そして、前方絹旗右後ろ浜面左後ろ滝壺その補助黄泉川の体勢で持ち上げられた。

「吹寄さん、あの嵐の中で、
自分も大変な筈なのに怪我人の僕の事を率先して色々助けてくれたんだ」
「事が終わったら、改めてお礼をしなければいけませんわね」
「うん」
「わたくしの大切な人をそれほどまでに助けて下さった方ですもの」

とにかく、引き戸に乗せられた吹寄が次の拠点へと出発し、
他の面々も持てるものを持って後を追った。

378: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:31:11.02 ID:XqwBH8Ms0

 ×     ×

「終わったか?」
「はい、今の所は。現れたものは退治できました」

兵士の問いに鹿目まどかが答え、大きく頭を下げた。
突如現れた兵士達の力を借りて、何とか魔獣の群れを撃退する事が出来た。

今回、ワルプルギスの夜出現に合わせて発生している魔獣は、
今まで魔法少女として退治して来たものと比べて、何か進化した様に厄介な相手だった。
魔獣は白い巻衣装の男性を思わせるモチーフであるが、
今回の魔獣はその衣装が弾けて触手攻撃を仕掛けて来る。
更に、場合によっては、不十分なダメージから分裂して
何か不完全な生物の様な行動、攻撃すら仕掛けて来る。

兵士達は直接見る事が出来ない故に
ハイテクセンサーの応用とまどかの誘導が無ければ攻撃が出来ないとは言え、
兵士達による助勢が無ければ危ない所だった。

「救助は?」
「全員救出成功。精密検査はこれからだが現時点での重大な問題はない」

まどかから見たら大男な日本語を使う兵士がぐっと親指を上げ、
まどかは笑顔を返す。
そうしている内に、兵士達がざざざっと規律正しく行動する。

まどかかそちらを見ると、半ば崩壊した住宅地の一角に簡単なテーブルが置かれ、
その上にノートパソコンが置かれていた。
耳打ちを受けたまどかがぴっと震え上がって背筋を伸ばし、
その近くで整列した兵士達も一斉に敬礼する。

パソコンの画面が切り替わり、パソコンに接続されたスピーカーから野太い英語が聞こえる。
確かに、パソコンの画面に映っているのは、
特段社会情勢に詳しい訳でもないまどかであっても見覚えのある顔だ。

379: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:34:33.69 ID:XqwBH8Ms0

画面の中では、スーツ姿の白人男性が、大真面目な素振りで発言を続けている。
日焼けした髭面は野性味に溢れ、
仕立てのいいスーツにガタイのいいマッチョマンを無理やり押し込んだらしいのがなんとなく分かる。

それでも、英語が上手とは言えないまどかにすら分かる程、その発言は厳粛なもの。
そして、兵士達も身じろぎもせずに傾聴している。
これが、厳粛な大人の世界なのだろうとまどかも身が引き締まる。
そんなまどかに、日本語の出来る兵士が再び耳打ちをして、パソコンの前に立たされた。

「マジカル・ガール」

まどかの目の前で、画面の中に髭面のスーツ姿の最高司令官が発言をする。
それは、自分に向けられた言葉だとまどかにも理解出来た。
最高司令官は、自らの名前と肩書きを日本語と英語で繰り返し告げた。

「勇敢なる少女に惜しみない敬意と感謝の意を示すものである。敬礼っ!」

ざんざざんっと、とんでもなく偉いモニターの中からも外からも自分に敬礼を向けられ、
まどかは戸惑うばかりだ。それでも、頭の中では辛うじてその意味を理解する。

「説明を後回しにして悪かった」

日本語での説明が始まり、まどかはほっとした。

「そちらのマジカルな世界の事だが、流石にこちらの耳に入る事も色々あってだな、
極秘裏に国家的な調査が行われていた、と言う事だ。

その中でも、同盟国日本にワルプルギスの夜と呼ばれる巨大な災厄が訪れる。
様々な分析結果からその情報を確かなものと把握した結果として、
調査と人道支援を兼ねて特殊部隊を派遣した。

現状、日本の国家は通常の災害、以上の見解を採用してはいない。
従って、黙認を得るための手段を講じているとはいえ、
現段階に於ける武力介入は存在していない、そういう事になっている。

そこの所は弁えて、つまりは我々がアーミー、軍隊として
日本国内で直接活動していると言う事は内密にしてもらいたい。
その辺りの事はマジカル・ガールと同様に、クラスのみんなには内緒だよ(キラッ
と、言う事だガール」

380: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:37:48.28 ID:XqwBH8Ms0

「はい」

優しさに囲まれて素朴に育った鹿目まどかは、世界最強のごっつい男性が、
自分の緊張を和らげてくれたのだろう、と、好意的に解釈してくすっと笑って応じた。

「時に、マジカル・ガール。
本物に遭遇する事が出来た以上、至急確認が必要な事がある」

スーツの似合わぬ分厚い胸板の前で両手の指を組み、
重々しい声と共に画面の中からまどかを見据える。

「日本の萌え、と言うものに就いては相応の調査、研究を重ねたつもりだ。
そこで、日本のマジカル・ガールに確かめるべき事がある。

まず、そのフリフリふわふわなファッション、
萌えか?これが萌えなのか?と言う事なのだと思うが、
プリティ、キュート、日本語で言うなら一言カワイイ、
無論、ガール自身も含めた日本語での評価はこれで正しいと確信している」

「ウェヒヒヒヒ」

「その上で尋ねるのは、日本のマジカル・ガールがカワイイをクリアした後の事だ。
マジカル・ガールがミューズへと進化を遂げる時、
その変身シーンにおいては
麗しき大人のグラマーおねーさまがぼんきゅぼんのまっぱ………
ごうふぁあああっ!!!!!」

「児童ポルノ容疑で独立検察官を指名された初の大統領になりたいか?」

画面の中では、一瞬、髭面のドアップと見事な脚線美が閃き、
続いて一枚絵の美しい映像に切り替わった。
鹿目まどかは、取り敢えずこの世界が平和である事を理解していた。

381: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:41:25.98 ID:XqwBH8Ms0

 ×     ×

戦いながら走り、走りながら戦う。
ワルプルギスの夜本体が近づくに連れ、破壊状況は目を覆わんばかりのものとなり、
暁美ほむらの現状は魔獣との大乱戦の様相を呈していた。

右手で自動小銃左手でSMGをぶっ放しながら魔獣の群れの中を突っ切っていたが、
そのどちらも引き金が乾いた音を立てた所で
ほむらは両方とも楯に戻し、弓矢を用意した。

一度足を止めて、自分に迫る魔獣を確実に仕留める。
又駆け出そうとするが、そこで別の魔獣のグループの存在に気づき
ざっとそちらに振り返る。

「!?」

次の瞬間、全体の魔獣の群れの中で、
ほむらの前に現れたグループが一つ、吹き飛ばされた。
実際問題凄まじい暴風雨は絶賛継続中で
本当であれば目も開けていられない状況。それは確かだ。

だが、それでもここまでは魔獣は一見すると平然と持ち応えていた。
だが、今のは、丸でそんな膨大な風が一つに束ねられた様に凝縮された、
爆発的な威力で魔獣の群れに横殴りに叩き付けられ、力ずくで吹き飛ばされていた。
そんな状態が周囲で頻発し、魔獣が群れごと吹き散らされる。

凝縮されたのは、風だけではなかった。
掃いて捨てる程に溢れ返っている水。
それも又束ねられ凝縮され、何か透明な巨大ミミズが地面をのたうち回る様に
周辺を縦横無尽に暴れ回り魔獣を薙ぎ倒していく。

ほむらが周囲を見ると、ほむらと同年輩の、流石に雨具は身に着けた少女が、
丸でスキーでもしているかの様に周辺の地面を縦横無尽に滑っている。
その少女の腕には、同じ様な年齢格好の別の少女が抱え上げられていた。

382: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/22(金) 04:46:15.74 ID:XqwBH8Ms0

そこで、ほむらはハッと振り返り矢を放つ。
風や水の威力で相当に数を減らしていても、それでも、魔獣はほむらへと迫っていた。
ほむらは何とか一番近い集団を片付け、そこまで迫っていた別の集団に弓矢を向ける。

次の瞬間、突如その姿を現した大量の槍が、
ドガガカガッ、とばかりに次々と魔獣を貫きトドメを刺していた。
とにかく、急ぐ所で目の前の足止めが一つなくなったのは確かである。
ほむらは水たまりを跳ね、更に迫る敵に悪戦苦闘しながらも、
それでも大分楽になった状況で先を急ぐ。

「既にあちらの大元に向かわれた、
その時点で事態は終わったも同然ですの。

ゆぅうえぇえーにいぃーっ、露払いたるわたくしの為すべき事はただ一つ。

ここから先は

一歩たりも

通しませんのっ!!」


385: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:04:08.48 ID:S0zcQsMk0

 ×     ×

「ひっ!」

ビルの会議室で、上条恭介の目の前をミニミサイルの様に突っ切ったペットボトルが
そのまま壁に激突し、辛うじて破裂を免れた。

「わ、悪りぃ」
「いえ」

流石に青くなった浜面仕上が頭を下げるが、
恭介もそれには寛容な態度を示す。

浜面は水の入った500mlペットボトルにワイシャツの袖の一方を縛り付け
もう一方を持ってびゅんびゅん振り回していたのだが、
縛りが甘かったのかすっぽ抜けてミサイルを発射していた。
だからと言って、浜面が童心に帰って遊んでいる訳ではない。
その証拠に、

「超浜面あっ!!」

絹旗最愛の怒号が響くが、オルソラ=アクィナスが一見ほわほわした雰囲気ながら
絹旗を向いてそっと自分の唇に縦に人差し指を当てると絹旗も怒声を飲み込む。

386: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:09:13.40 ID:S0zcQsMk0

「あ、う………」
「大丈夫でございますよ」

その間に、会議室の一角を占める衝立の向こうでは、
応接用ソファーの上に寝かされた吹寄制理が何かを言おうとするが、
それを聞くだけで安らげるオルソラに声をかけられ、口を閉じる。

吹寄の半身を起こしてYシャツを脱がせたオルソラは、
別のYシャツをちぎって水に浸して絞った布きれで吹寄の体を拭う。
取り敢えず、衣類と言うか布類に関しては、
ここにいる大半が元着ていたものは大嵐と唐辛子ガスにより全滅。
救援物資として絹旗最愛が担いで来た白いYシャツは山程あるが
それ以外のものはない、と言うのが実情である。

今までも色々な意味で修羅場であったが、
何をどう血迷っても今ここで男共がうっかり衝立の向こうに踏み込んだりした場合、
既に戦闘待機モードのオリアナ=トムソン姐さんから
本気で四大元素のフルコースをいただく事になるだろう。

オルソラが吹寄の体の汗を拭うと、
ふうふう荒い呼吸を続けながら吹寄はオルソラにされるがままに新しいYシャツに袖を通す。
頬は林檎の様に真っ赤で、潤んだ瞳の焦点も合っていない。

「すいません、大変な時に」

ようやく、吹寄の声が出た。

「すぐに、助けが来ます。今はゆっくり休んで下さい」

オルソラにそう言われて、頭を撫でられると心が落ち着く。
吹寄は静かに瞼を閉じる。
オルソラは吹寄の前髪を整えおでこに掌を当てるが、
間違いなく熱過ぎる。

387: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:14:16.76 ID:S0zcQsMk0

「持って来ました」
「ありがとうございます。持って来て下さい」

オルソラの言葉を聞き、恭介が衝立の向こうに移動する。
そこで、恭介がオルソラに空冷冷却水を渡す。
空のペットボトルに雨水を注ぎ込み振り回して冷やしたものだ。

「あり、がとう」

吹寄が薄目を開き、
とろりと潤んだ大きな瞳を恭介に向けて呟く様に言う。
オルソラが冷却水で布きれを濡らし、額に乗せる。

それを見ながら、オリアナ=トムソンは少し苦い顔をする。
何しろあの大嵐の中、体操服のTシャツショートパンツで
移動せざるを得なかった只の女子高校生。
悪い病気じゃなくても、普通に肺炎を恐れるべき状況だ。
その事は、今は、最低限の医療が間に合うまで祈るしかない。

取り敢えず、前にいた会議室から上の階の大型の会議室に移動して、
同じフロアの部屋を適当に開けて使えそうなものを会議室にぶち込んでから
会議室の扉もフロアの防火扉も全て閉じた。
幸い、その前に、前にいた階に集めていた物資は全て回収する事は出来た。

それでも、「敵」が総力で上がって来たらどこまで保つか。
下では天草式が奮闘しているがかなりまずい状況らしい。
こちらで戦闘面で当てになるのはオリアナと絹旗、
後は黄泉川と浜面が若干と言った所か。

その他多数の民間の、それも子どもを巻き込んで、と言う事になる。
彼ら彼女らを守りながら、そして、吹寄の様に現実的な内なる敵、
災害時の生活上の平凡な危険すら迫っている。
オリアナも、自分は元より選んだ道と覚悟を決めて、今は神のご加護を祈るだけだ。

388: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:19:49.09 ID:S0zcQsMk0

 ×     ×

「やあああっ!!」

ぼおっと林立する魔獣の群れに、
仲間と共にビルの防衛に当たっていた五和が槍をぶん回しながら突っ込んだ。
そして、手際よく魔獣をぶん殴り、斬り裂き刺し貫き倒していく。
身近なものが片付いた、と、思った瞬間、五和が息を呑む。

「くああっ!!」
「五和っ!」

西洋剣を振るいながら建宮斎字が叫んだ。
近づいていた魔獣のビームの一斉照射が五和を直撃した、かに見えた。
とっさの防御術式で直撃こそ避けたものの、
それでも爆発に巻き込まれた五和が吹っ飛ばされる。

「ん、っ」

そのまま地面に叩き付けられる、と、思ったが、
誰かに背中を受け止められたのが分かった。

「?」

そして、それと共に、満身創痍で戦っていた体が随分楽になるのを五和は感じる。
或いはアドレナリンが危険値を超えたのか、とも思ったが、
どうもそうでもないらしい。

「他に病人怪我人は?」

五和の背後から、少女の声が聞こえる。
そんなもの、この周囲には掃いて捨てる程いる筈だが、

「中だっ!!」

建宮が即座に叫んだ。

「中に病人がいるのよなっ!対馬、案内しろっ!!」

でっかい注射器を背負ってビルの中に駆け込む背中を見送りながら、
建宮の判断に意を唱える者は、
満身創痍の天草式戦闘部隊の中に一人たりとも存在していなかった。

389: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:24:55.83 ID:S0zcQsMk0

「さぁーてっ」

建宮が剣を持ち上げ、低く唸る。

「病院ごとぶっ潰されない様に、もう一頑張りするのよなぁ」

ギンッ、と、満身創痍の軍団が魔獣の群れに視線を向けた。

「!?」

その天草式戦闘部隊が、一斉に体勢の維持に意識を傾ける。
それは、風だった。
風と言っても、ここではずっと嵐の真っ最中、暴風雨はずっと継続している。
だが、たった今のとは丸で状況が違う。

「カマイタチ?いや………」

五和が呟く。
物凄い質量の空気が寄り集まり束ねられ、
そして強力な勢いで突き出されて魔獣を次々とぶち抜き貫く。
これは、人為的なものと思うしかない。

 ×     ×

ワルプルギスの夜らしきものを見上げながら、鹿目まどかは震えていた。
魔法少女が本気で移動するなら、決してたどり着けない距離ではない。
そんな位置に、巨大なグロテスクな柱が黒雲の様なダークオーラを纏って空中に浮遊している。

そして、今まどかがいる周辺にも、魔獣の存在を示す瘴気が
気分が悪くなる程濃厚に立ち込めている。
普段であれば、これだけでもとんでもない大群の存在を示している。
今、ここにいるのは自分だけなのか?他の仲間はどうしたのか?
それを考えている暇は全くなさそうである。

深呼吸して、キッと前を向く。
魔法で作られる矢がどんどん膨らんでいく。
キリキリと弓が引かれ、大振りの矢が前方、魔獣の群れを切り裂いた。
次の瞬間には、何本もの矢を速射する。

390: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:28:23.14 ID:S0zcQsMk0

元々、まどかはどちらかと言うと鈍くさいタイプで運動も得意と言う方ではない。
その一方で、愚直さがある。加えて、魔法少女としての才能もある。
その才能と練習の成果で大型の魔法矢から速射にスイッチし、
前方の魔獣の群れが崩れを見せた所で、そのただ中に駆け込む。

魔獣が迫る前に矢を放ち、前に進む。
それでも、全然間に合わない。
そんな気配を感じて、恐怖と共に振り返る。
その瞬間、けたたましい銃声が響き渡った。

「まどか、大丈夫っ!?」
「鹿目さんっ!!」
「ほむらちゃん、マミさん」

まどかはほっと、脱力した。
振り返ったまどかの前で暁美ほむらがAKM自動小銃をぶっ放し、
その背後では巴マミがダダダダダダッとマスケット銃を連射していた。

「お待たせ、まどか」
「へっ、そっちが一番乗りかよ」

まどかの左右で、
美樹さやかと佐倉杏子がずっぱぁーんっと魔獣の群れを斬り払って登場する。
既に、行先は分かっている。
そして、魔獣の大群はまどか達の周囲を取り囲み、迫っている。

片膝をついたほむらが、魔法で身体強化しながら、
象でもハンティング出来るマグナムライフルをボルトアクションしながら次々と発砲する。

「ティロ・フィナーレッ!!」

更に、マミが肩に担いだランチャーにしか見えない代物をぶっ放した。

391: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:31:39.59 ID:S0zcQsMk0

「それじゃあぼちぼち」

杏子が、目標方向を見る。

「行きますかっ!」

さやかが叫び、一同が綻んだ群れの包囲を突いて、ワルプルギスの夜に向けて走り出した。
空中に次々とマスケット銃が生み出され、マミがそれを撃ちまくる。
さやかが魔獣を斬りまくり、空中に生み出した剣を次々と飛ばし、
杏子の槍が次々と魔獣に叩き付けられる。
ほむらとまどかが弓矢でその攻撃防御を援護する。

一同が辿り着いたのは、ロータリーだった。
この辺りで、いよいよ魔獣の包囲、追撃が厳しくなってきている。
ここで一度反転攻勢に出るか?
しかし、ここで魔獣の大群と泥沼の攻防に陥ったら、
その後にワルプルギスの夜本体との戦いが控えている。

「オラクルレイッ!!」
「はいはいはいはいっ!!!」

一塊に突き進んでいたまどか達にぐわっと迫っていた魔獣が
一斉に切り裂かれて消滅した。

「遅れてすまない恩人っ!!」

ずしゃあっと滑り込みながら呉キリカが叫ぶ。
進行方向とは逆を向いて両腕を広げた美国織莉子の周囲には、
大量の水晶球がふわあっと浮かんでいた。

「ここは私達に任せてワルプルギスをっ!!」
「分かった」

織莉子の言葉に、ほむらは即座に応じた。

392: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:35:07.92 ID:S0zcQsMk0

「ほむらちゃん、織莉子さん………」
「行って、ここでもたもたしていても、
大勢の人達も含めて共倒れになるだけよ」

悲しそうに言うまどかに、織莉子は敢えて突き放す様に言う。

「何の心配をしているんだい?」

キリカが加わった。

「私の前で、私の(中略)愛する織莉子を傷付けるなど、
そんな事が許されるとでも思って、いるのかいっ!?!?!?」

早速に、接近していた魔獣の群れがキリカの手でぶった斬られた。

「まどかっ、ここは二人にお願いするわ、
必ず倒して終わらせるっ!!」
「そうして頂戴っ!」
「期待してるよ恩人っ!!」

多分に含まれる強がりは隠せない。
それでも、まどかと織莉子は頷き合い、
まどかは二人を残しほむら達と先を急いだ。

「おおおおっ!!!」

跳躍したキリカが魔獣を斬り裂く。
まどか達を見送る間もなく、
織莉子、キリカは魔獣の大群相手に大乱戦に巻き込まれる。

「キリカッ!!」

キリカの周囲に、ドドドドドッと水晶球が撃ち込まれ魔獣が討ち滅ぼされる。

393: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:38:36.47 ID:S0zcQsMk0

「織莉子っ!?」

そこで、魔力を消耗し膝を屈した織莉子を見てキリカが駆け出した。

「ヴァンパイア・ファングッ!!!」

弱った織莉子の周囲に群がっていた魔獣に、
キリカが連結された爪を叩き込む。
織莉子とキリカが、
手を取り合って掌の中でソウルジェムにキューブを当てて浄化する。

「何とか保たせるわよ」

織莉子が言う。

「恐らくこの魔獣を従えているワルプルギスの夜を倒せば、
この状況は解消される。
それまで、ここで魔獣を防ぎながら最小限の消耗で」
「そうだね、織莉子」

無茶苦茶厳しいオーダーだとどちらも分かっているが、
呉キリカたる者、美国織莉子の言葉に対して泣き言等有り得る筈がない。
何よりも、美国織莉子である以上、
呉キリカにこうして口に出した事は、自らの命を懸けた言葉。
であるならば、何に対して命を懸けるべきか、呉キリカは誰よりもよく理解している。

「さあっ!!………」

キリカが立ち上がり、迫り来る魔獣の群れを見据えた。
その魔獣の群れが、不意に、引き裂かれる様に何かにぶち抜かれた。

394: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:41:47.24 ID:S0zcQsMk0

「ブモオォォォォーーーーーーーーーッッッッッ!!!」
「牛?」
「源義仲?」

魔獣の群れを跳ね飛ばし突っ切って現れた存在を目にして、
キリカと織莉子がぽかんと言った。
その間に、空中では、一人の少女がアクロバティックに舞っていた。
空中から着地、更に、踊る様に飛び跳ねながら、
一人の魔法少女がSMGをぶっ放して周囲の魔獣を片付けて行く。

「何、あなた達?」

いかにも魔法、と言った赤紫の途中に段のあるとんがった帽子の
幅広の鍔をくっと押上げながら、SMGを手にした魔法少女が言った。

「どちらかと言うと、こちらの台詞ね」

織莉子が応じる。

「あいり様の事が気になるご様子で?そりゃそうだ、余所者だしね。
杏里あいり、あすなろ市から来た」
「美国織莉子、お礼を言わせてもらうわ、有難う」
「私は呉キリカ、君を恩人と呼ばせてもらおう」

「そりゃどうも。
医療支援に行くって言うからついて来たらこの様だもんな。
こっちには友達もいるしさぁ、あんた達は?」
「この先で、私達の仲間が大元のワルプルギスの夜と戦ってる。
だから、私達はなんとしてもここで魔獣を食い止めなければならない」
「そういう事」

返答したあいりが、スチャッと二挺拳銃を手にした。

395: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/05/29(金) 04:44:54.71 ID:S0zcQsMk0

「事態を解決するには、闇雲に狩って回るより、
ここにいた方が効率がいい、って事でいい訳?」
「超ブラックなハードワークでいいんならね」

あいりの言葉にキリカが応じる。

「見込みがあるだけいいよ」
「来るわよっ!」
「了解っ!!」
「コルノ・フォルテッ!!!」

バババババッ!!と、魔獣が斬り裂かれ、蹴散らされる。
その僅かな隙に、杏里あいりは天を仰いでいた。

「大丈夫かな………いつも無理し過ぎるから」


397: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:14:55.83 ID:niMj+H5C0

 ×     ×

上条恭介達が避難しているビルの会議室で、
カードを耳に当てていたオリアナ=トムソンが立ち上がった。

「ちょっと、出て来るわ」

妖艶な笑みを浮かべ、何となく周囲を手で制しながらオリアナは会議室を出る。

「戻ったわよ」

程なく、オリアナの声を聞き、出入口の周囲にいた絹旗最愛が鍵を開けて中に招く。

「その子は?避難して来たじゃん?」

オリアナが背後に連れている少女を見て黄泉川愛穂が言う。

「医者じゃないけど、応急の手当てなら心得がある。信用出来る情報よ」

オリアナが言い、連れて来た少女と共にずかずかと衝立の向こうへと移動する。

「少し、お姉さんを信じて任せてくれるかしら?」

オリアナが優しい口調で言うが、
体を拭ったばかりでもYシャツを半ば汗に浸してソファーの上に横たわる
吹寄制理ははっきりと反応出来る状態ではない。

398: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:20:52.32 ID:niMj+H5C0

「失礼します」

フロアまで天草式戦闘要員対馬の案内を受け、
その後に中から防火扉を開けたオリアナに引き渡されて
同行して来た飛鳥ユウリが吹寄の横にしゃがみ込む。

ユウリが吹寄のYシャツのボタンを外し、鳩尾の辺りに右の掌を当てると、
外見としては一心に念を送りながら吹寄の腹から胸へと上下にゆっくり掌を移動する。
そして、ふーっと息を吐いてその場に脱力した。
それと入れ違う様に、吹寄が目を開いてオリアナに眼差しを向ける。

「大丈夫?」
「………お腹すいた………」
「それはちょうど良かった」

ぬっと、衝立の向こうからオルソラ=アクィナスが姿を見せる。

「重湯を作った所です、そのまま飲める熱さでございます」
「いただきます」

吹寄がソファーの上に身を起こし、注意深くカップを受け取る。

「どう?」
「美味しい。それに、かなり楽になったと思う。有り難う」
「応急処置ですから、救助が来るまで休んでいて下さい」
「………そうする………」

ユウリに云われ、重湯を呑み終えた吹寄が、
カップをオルソラに返してソファーに横たわり目を閉じる。
普段は四角四面なぐらいにきっちりしている吹寄も、
只の女子高校生として峠を越した安堵でずぼらな甘えん坊になるぐらいに体力が底をついている。
オルソラはそれを見届け、カップを近くのテーブルに置いて
吹寄のYシャツのボタンを閉じて額の汗を拭ってから布団替わりのYシャツを掛け直す。

「応急に肺炎の徴候だけ対処しましたから、
救助まで安静にしていれば命に別状はない筈です。
それでは、私はこれで………」

立ち上がり動き出した飛鳥ユウリの肩をオリアナが掴んだ。

399: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:25:54.71 ID:niMj+H5C0

「駄目よ」
「え?」
「マギカの術師だと思うけど、あなた、限界超えてるでしょう。
外の状況を考えても想像がつくわ、無理しちゃうタイプなのね」

「でも、まだアタシは」
「いいから、これ以上は駄目よ。あなたもここで休んでいきなさい。
その能力と誠意があるなら、
この世界はまだまだあなたにここで終わってもらう訳にはいかないの。
今は、人生経験豊富なお姉さんのアドバイスを聞くものよ」

「………分かりました………」
「それでは、あの嵐の中ここまで来たのでございます。
お礼も兼ねて歓迎のスープがございますよ」
「いただきます」

およその合意が成立し、三人は衝立から外に出る。

「何か、良くなったって事でいいのか?」
「ええ、それで合ってるわ。
取り敢えず本当に危ない状態は脱した」
「良かったー、何だか知らないけどありがとな」

オリアナと言葉を交わした浜面仕上が、人懐っこくユウリに礼を言った。

「いえ、ちょっとしたマッサージみたいなものですから」

ユウリが小さく頭を下げる。

「はい、もう一本出来ました」

そんな、若干緩んだ空気の中、
水の入ったペットボトルにYシャツを縛り付け振り回して冷却水を作っていた絹旗が、
出来上がったものをひょいと上条恭介に放り渡す。

「休むなら頭を超冷やすべきでしょうね」
「峠を越したと言っても、
今は39度に届きかねない体温に変わりないですから」

絹旗の言葉にユウリが応じる。
皆の疲れも限度に達し、若干緩んだ空気の中、上条恭介は動き出す。

400: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:30:19.97 ID:niMj+H5C0

「気持ち悪い」

やや意識がはっきりした吹寄は、呟いてむくりと身を起こすと、
絞り出された嫌な汗にじっとりとしたYシャツのボタンを外す。

こうなると吹寄の元々の性格で、胸の中も含めて気持ち悪いから誰かを呼ぼうか、
と思ったからこそ、自らの意思でそれを戒め、
着ていたYシャツで体を拭ってから側に置かれた新しいYシャツに手を伸ばす。
袖を通そうとして想像以上に消耗している頭と体の錆びついた動きに悪戦苦闘していた。

現状、既に限度を超えた疲労で、一歩間違えたら文字通りヒャッハーと踊り出しかねない程に、
ここにいるみんながみんな、
自覚出来ない事が更にまずいぐらいにいい感じに頭が錆びついていた。

結局、一応嵌ったボタンの段違いを許せない程に几帳面にも関わらず、
段違いに嵌めてそれを全部外す、所までは何故か成功したにも関わらず、
本来の穴に嵌め直そうとすると何故か上手く嵌らない。
そんなドツボの状況に集中力の大元である気力体力が払底した吹寄制理は、
一つの例外も無く完全に不成功と言う状態を維持したまま、
どうとソファーに背中を預け天井を見ていた。

「冷たいお水持って来ました。おでこ冷やしますね」
「ありがと」

そこに現れた上条恭介が、冷却水で布きれを濡らし、
余分な水分をバケツに絞り込んで吹寄の額に乗せる。

「あぁー、気持ちいぃ」
「それじゃあ」

うとうとと目を閉じる吹寄を残し、上条恭介は踵を返す。

「起きてますか吹寄さん?オルソラさんがお粥をいかがしますかと」

上条恭介が衝立内から出ようと一歩踏み出した辺りで、
志筑仁美が、ひょいと衝立から顔を出して小声で話しかけていた。

401: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:33:22.19 ID:niMj+H5C0

 ×     ×

嵐の中に嵐が巻き起こり、
その空気の塊が先鋭化して魔獣の群れをぶち抜いていく。

一旦周囲の建物の陰に入りながら、
天草式の面々はその事態を見守っていた。

その空気の塊を制御して魔獣の群れを駆逐しているのが
うぞうぞうぞと押し寄せた大量の小さな腕である事が、
更に天草式の面々に異様さを感じさせる。

「くかかっ!トロトロやってンじゃねェぞォォォっ!!!」

その大量の腕を従えた、
まだ十代に入ったばかりの黒ずくめの少女が、
自らの腕から噴射した強力な質量の空気で目の前の魔獣共をぶった斬って一掃する。

「ふんっ、こォンな雑魚共相手にあンなボロビルに籠城ですかァ」

間近のビルを見上げ、鼻で笑った黒夜海鳥は、
ざっと振り返り、とっさに強力な一撃を噴射する。
更にその黒夜の顔の横辺りを高速の鉄釘が突き抜け、
黒夜の背後でビーム配置していた魔獣を突き抜ける。

「ぎゃはっ、クゥーロにゃーん、手こずってんじゃないの?
何ならあっちから半分ぐらい人数回そうかー?」
「るせェ、要る訳ねェだろこンな雑魚共によォォォっっっっっ!!!
それからクロにゃンはやめろォォォォォォォォォっっっっっっっっっ!!!!!」

バチバチ自前の電気で群がる魔獣を追い払っている
やたら目つきの悪い少女に嘲笑を向けられ、
黒夜は取り敢えず自分の周囲から迫る魔獣を一掃する。

402: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:36:25.79 ID:niMj+H5C0

「おいっ!!」

叫びながら飛び出して来たのは、
物陰でカードを耳に当てていた建宮斎字だった。

「総員、ビルの一階に避難、お前らもだっ!!」

西洋剣で寄って来る魔獣を叩き斬りながら建宮は叫ぶ。

「はァっ?何言ってンの?」
「いいからっ!巻き込まれるぞっ!!」
「………言う事聞いた方がいいと思う」
「なンだ?らしくもねェ」
「どっちかって言うとミサカの守備範囲の筈なんだけど、
それでもよく分からない何かって言うか」
「なンか、マジみてェだな」

かくして、周囲にいた面々がビルの一階に移動する。
直後、雷鳴を聞いたと思った時には、
荒れ狂う緑色の雷がこの周囲を魔獣の群れごと思うままに蹂躙していた。

 ×     ×

水晶球が爆ぜ爪が斬り裂き銃弾が飛ぶ。
ワルプルギスの夜本体も間近なロータリーでは、そこから派生する魔獣の大群相手に
足止め担当美国織莉子、呉キリカ、杏里あいりが激戦を繰り広げていた。

「大丈夫かっ!?」
「ああ、なんとかね」

あいりの周辺に迫った魔獣をキリカが斬り裂き、
その場にしゃがみソウルジェムに押し付けたキューブを投げ捨てたあいりが返答する。

「なんとか、まだ、大丈夫っ!!!」
「スティッピング・ファングッ!!」

どんどんどんどんどんっとあいりが二挺拳銃を発砲し、キリカが撃ち出した爪と共に、
少し離れた場所で孤軍奮戦していた織莉子にビーム照準を合わせていた魔獣の群れを料理する。

403: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:39:29.33 ID:niMj+H5C0

「はいはいはいはいはいっ!!」

更に、キリカは織莉子の周囲の魔獣の動きを低速化して一気に爪で斬り裂く。

「有難うキリカ」
「当然だよ」

織莉子とキリカは言葉を交わすが、共に息は上がりつつある。
特に、織莉子は一時期程ではないとは言え、長期戦の燃費は余りいい方ではない。
本体を退治するまでの時間稼ぎとは言え、
想像を絶する大群相手の防衛戦はじわじわと三人を消耗させる。

「来る」
「え?」

三人三方向を向いて固まっての戦いの中、
呟いた織莉子の言葉にあいりが問い直す。

「来る」
「何?これ以上増えるって言うの?」

あいりが再び問うが、織莉子の口許には笑みが浮かんでいた。
その頃には、あいりの耳にも届いていた。
ドドドドドドドドドと、この嵐の中でも聞き取る事が出来そうな勢いで何かが接近して来ていた。

気が付くと、三人の魔法少女は包囲されていた。
ついさっきまで魔獣の大群に包囲されていた筈だが、
今は黄色いポンチョ姿の大軍に包囲されている。

「な、何、これ?百、二百?いや、もっと………」
「武田信玄の蛤」

更なる異常事態に焦りを見せるあいりの横で織莉子が呟いた。

404: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:42:32.69 ID:niMj+H5C0

「何、それ?」
「人間、限度を超えた数を直接把握する事は困難だと言う事よ」

あいりと織莉子が言葉を交わしている間に、大軍は三人の周囲に展開する。
大軍は揃いの黄色いポンチョにメカニックらしきゴーグルを装着しており、
手に手にSMGや自動小銃を装備して、生き残り攻撃を仕掛けようとする魔獣を次々と狩っていく。

まず、大軍と言ったが、滅茶苦茶に数が多い、
多いと思っていた魔獣の大群を物理的に踏み潰して終わりそうな勢いだ。
そして、織莉子が気が付いたのは、チームワークが抜群過ぎる。
言葉を交わしている様子もないのだが、それでいて、
それぞれの武装ポンチョが余りにも的確に行動し、魔獣を退治していく。

その有様は、丸でサバイバル・ゲームを楽しんでいるかの様でもあるが、
用いているのは間違いなく実銃だ。

「に、しても」

窮地を脱したためか、キリカがいつもの軽口にどこか安堵を滲ませて口を開く。

「何と言うか、無個性な連中だね。丸で見分けが付かない」
「そりゃそうでしょう」

キリカの言葉にあいりが応じる。

「この嵐でガッチリフード被ってるし、
あんなゴーグルで顔も分かんないんだから」

そんな会話を聞き来ながら、織莉子はすっと目を細めて思考する。
何となくだが、恐らくは女、それも、自分達とさ程歳が変わらないのかも知れない。
その前提で言うならば、一見して中肉中背の要員が集められているのも、
極端な個性が無い体格が戦闘向きだと言う選考基準だと言う事なのか。

405: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:45:43.83 ID:niMj+H5C0

 ×     ×

「そぉらあっ!!!」

とあるビルの屋上で、佐倉杏子がぶうんと槍を振るい、
美樹さやかが空中にずらあっと並べた剣を飛ばし接近した魔獣を斬り伏せる。
その間にも、ワルプルギスの夜が飛ばしたどす黒い瘴気の塊が爆ぜて、
その破片が生み出した魔獣がビルの屋上を襲撃してさやか、杏子と激闘を繰り広げる。

「ティロ・フィナーレッ!!」

その側で、魔法少女ならば一っ跳びで届きそうな場所に浮遊している
ワルプルギスの夜に向けて、
巴マミが肩掛の携帯砲を発射し、暁美ほむらがマグナム・ライフルを発砲する。

「どうだ?」
「駄目ね」

尋ねる杏子に、荒い息を吐くマミが腕で汗を拭いながら答えた。

「只でさえ強力な魔獣なのに、とてつもない規模の瘴気が周囲を覆ってる。
量と濃度があり過ぎて、魔力の塊であると同時に物理的存在として、
丸で分厚い鎧みたいにあのワルプルギスの夜の周囲を取り巻いてるわ」

ライフルのボルトを操作し、頭に浮かぶ諦めを振り捨てつつ
化け物クラスのマグナム弾を装填しながらほむらが言った。

「攻撃、全然通らないの?」

さやかが尋ねる。

「ええ。少なくとも自衛隊とガチバトルする映画の大怪獣レベルの頑丈さよ。
あれならミサイルや燃料満タンのタンクローリーを
直接叩き込んでも無傷なんじゃないかしらね。
しかも、マイナスのブラックな魔力の塊だから、
魔法少女がまともに突っ込んで行ったら
飲み込まれて考えるのもおぞましい事になりそう」

「おいおい、ここまで来てどーすんだよそれ」

ほむらの言葉に半ば呆れながらも、
びゅんっと飛び出して接近していた魔獣を叩き伏せた杏子が言う。

406: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:48:47.49 ID:niMj+H5C0

「さぁーてっ、20億人大集合いっちまいますよぉーっ!!!」
「傲慢!貪欲!!嫉妬!!!憤怒!!!!暴力!!!!!怠惰!!!!!!………」
「いちおー表向きは内政干渉がどーたら気にしつつ、
よーやくブースターが到着した訳だし」

「優先する。小麦粉を上位に瘴気を下位に」
「そういうコトっ、
つまり、アンタが潰される番ってワケよっ!!!」
「ここで墜ちるのである」
「貴様にはアンラッキーデイになったな。
この街、俺様が救って見せる」

「超すごいパァァァァァァァンチィィィィッッッッッッッッッ!!!!!」
「さぁー、敵はあっち敵はあっち回れ右して攻撃するんだぞおっ」
「おらおらおらおらセンス悪りぃ黒い塊なんかで避けてんじゃねーぞ
パリィパリィパリィパリィパリッッッ!!!!!」
「俺の未元物質に常識は通用しねえっ!!!」
「くかっ、くかかっ、くかかきけこかけきくか
こけきかきこけきかくかけこくきかきかかかか
かきくけこぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっ!!!」

407: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/02(火) 23:52:24.46 ID:niMj+H5C0

美樹さやかは、屋上で目をぱちくりさせて、 
直径一メートルのレーザーっぽいのとか 
物凄いコインとかとても物凄い居合抜きとかが飛び交う圧倒的な光景を眺めていた。 

「少しは、効いてるみたいね」

四方八方からの攻撃を受け、
硬い巨大な殻と化していた膨大な瘴気を半ば以上消滅させて
本体にも響いているらしいワルプルギスの夜の様子を見て暁美ほむらが呟く。

「さあ、いくわよみんな!」
「はいッ!」

巴マミの号令一下、その屋上に集まっていた魔法少女達は一旦変身を解除し、
ざん、さざんっと、
右から杏子、さやか、マミ、ほむら、まどかの順に
斜め横一列に整列する。
手にしたソウルジェムを一度胸の前に移動し、
それから掌に乗せて前に差し出す。
あの厳しい特訓の成果が、今、試される。

==============================

今回はここまでです>>397-1000
続きは折を見て。

410: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/07(日) 04:23:27.02 ID:gNWdWLtB0

 ×     ×

「さあ、いくわよみんな!」
「はいッ!」

巴マミの号令一下、その屋上に集まっていた魔法少女達は一旦変身を解除し、
ざん、さざんっと、
右から杏子、さやか、マミ、ほむら、まどかの順に
斜め横一列に整列する。
手にしたソウルジェムを一度胸の前に移動し、
それから掌に乗せて前に差し出す。

かくして、大魔獣ワルプルギスの夜を前にして、
とあるビルの屋上に戦隊状態の魔法少女が集結する。
その間の描写に就いては、
主に何か涙目でロケットランチャーを向けられていそうな気配なんかに基づき、
ここでは割愛と言う事にさせてもらう。

ワルプルギスの夜は、周辺からの総攻撃を受けて、
膨大な暗黒の瘴気による分厚い鎧こそ引きはがされたものの、
それでも巨大魔獣として目の前に浮遊している事に違いはない。
それは、何か巨大な柱の様であり、
よく見るとおぞましい何かが大量に絡み合っている様でもある。

411: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/07(日) 04:28:44.92 ID:gNWdWLtB0

「いっくぜぇーっ!!!」

そのワルプルギスの夜に向けて跳躍したのが佐倉杏子であり、
美樹さやかがその後を追った。
杏子がでっかい槍でワルプルギスの夜をぶっ叩き、
その後に続いて、美樹さやかが空中に並べた大量の剣を飛ばしてワルプルギスの夜を攻撃する。

「硬ってぇーっ!!」

跳ね返る感触に杏子が顔を顰め、
ガン、ガンッと二刀流で直接ぶっ叩いたさやかも腕で汗を拭う。

「くっ!」
「このっ!」

その内に、ワルプルギスの夜の体からさやかに向けてわさわさと触手が伸びて、
さやかが慌ててそれを斬り払い杏子も槍で援護する。
尚も追い付いて来る触手を巴マミの携帯砲が吹っ飛ばし、
杏子とさやかは一旦敵の射程距離を離れて屋上に戻る。

「ダメージ、通ってないわね」

今の携帯砲でも本体の傷どころか
触手も悠々再生しているワルプルギスの夜を見てほむらが呟く。

「外側は硬いみたいだな」
「弱点とか、あるのかな」

杏子とさやかが口々に言った。

「力押しでどうかしら?」
「巴さんの火力なら可能性はある。
でも、闇雲に撃ち込んで外れなら巴さんの攻撃力を失うリスクの方が」

マミの提案にほむらが難色を示した。

412: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/07(日) 04:33:51.62 ID:gNWdWLtB0

 ×     ×

「分かったっ」

別のビルの屋上で、
両手を両耳に当てていた日向茉莉が閉じていた目を見開いた。

「良くってよ」

更に別のビルの屋上で、
御崎海香が開いた本をワルプルギスの夜に向けた。

跳躍した茉莉が、瘴気から湧く魔獣をガントレットで退ける。
そして、茉莉が放ったビームを追う様にチャクラムが飛び、
ワルプルギスの夜の体に突き刺さる。

その頃には、魔法で何人もいる様に見える状態の牧カオルが、
束の間空中で魔獣を翻弄していた。
その間に、屋上から牧カオルに光球が飛び、
カオルがシュートした光球がチャクラムに近い位置に叩き込まれる。

ゴールした光球の後を追う様に、
天乃鈴音が大きく跳躍する。
鈴音の手に両逆手に握られた大剣が、
どかっ、と、既に消滅した光球のゴール周辺に抉り込まれた。

どどかっ、と、二本の杖が、槍の様にワルプルギスの夜の体に突き刺さる。
和紗ミチル、昂かずみが杖を突き刺したのは、
鈴音が剣を突き刺した間近の場所だった。

(((もう一撃っ!!!)))

効いてはいる、その感触を感じながら、三人は得物を一旦引っこ抜こうとする。
だが、何かが絡み付いているのか、簡単には動かない。

413: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/07(日) 04:37:14.99 ID:gNWdWLtB0

「スズネちゃんっ」

ぴくっ、と、眉を動かして叫んだ茉莉が屋上の柵近くまで走った。

「離れないと、まずいものが漏れ出してるね」

海香と同じ屋上で、スマホを手にした神那ニコが言う。
そして、その事は、ワルプルギス間近の三人が一番よく肌で感じていた。

「「「おおおおっっっっっ!!!」」」

気分が悪くなる程の瘴気に晒されながら、
三人は一気に突き刺さった得物を引っこ抜く。
それと共に、ワルプルギスの夜の体表の一分が、
ばがん、と開いていた。

「炎舞っ!!!」

三人の目の前で、巨大な炎が爆発する。

「退きますよっ!」

普段のほわほわをすっ飛ばす程に叫ぶ美琴椿に、三人も頷いた。
開いた部分から溢れ出た大量の瘴気。
とっさに駆け付けた椿が三人に直行したものだけでも焼いていなければ、
鈴音、ミチル、かずみ三人まとめて即時毒殺されかねない桁違いの量、濃度だった。

「ティロ・フィナーレッ!!」

マミの砲撃を受けて黒雲の様な瘴気が爆散し、
開いた空の道に向けて杏子が跳躍する。

「杏子っ!」
「くっ!」

屋上でさやかが叫び、
ほむらがモーゼル狙撃銃のボルトを操作しながら柵の側まで走る。

414: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/07(日) 04:43:37.87 ID:gNWdWLtB0

「おらあっ!!」

爆散した瘴気が魔獣と化して杏子へと飛翔する。
杏子がそれを槍で振り払い、
ほむらの狙撃銃とまどかの弓矢が援護に当たった。

「来いっ!!」

屋上から幾つもの光球が飛び、
飛翔した牧カオルが湧き出した魔獣に次々と光球を蹴り込む。

「ロッソ・ファンタズマッ!!」

牧カオルに向けて飛翔する魔獣の群れと
牧カオルの群れが激突する。
その戦場を跳び越える様に佐倉杏子がワルプルギスへと飛翔し、
佐倉杏子の群れが目の前に群がる魔獣を槍で蹴散らした。

「マミさんっ!!」

そして、槍を一振りした杏子のその背後では、
既に巴マミが大量のマスケット銃を空中召喚していた。

「ティロ・ボレーッ!!」

ワルプルギスの夜の体表が開いた穴に、
杏子が開いた射線を通ってマミによる一斉射撃が吸い込まれる。
そして、マミは、ランチャーっぽいものを肩に担ぎながら落下していた。

「ティロ・フィナーレッ!!!」

==============================

今回はここまでです>>409-1000
続きは折を見て。

416: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:10:35.61 ID:jem1hCL80


 ×     ×

「やったか?」

自グループの待機するビルの屋上で、戻って来て振り返った牧カオルが言う。
開いた体表から内部に向けて
巴マミの強力な砲撃を受けたワルプルギスの夜は黒い煙を吹きながらガクガク振動していた。
その、巨大な柱の様なワルプルギスの夜のてっぺんをぶち破り、何かが飛び出した。
同時に、柱の様なワルプルギスの夜はゆっくりと朽ち果て始める。

「!?」

カオル達のいるビルの屋上が、瞬時に魔獣の大群に取り囲まれていた。

「ロッソ・ファンタズマッ!!」

御崎海香が光球を次々生成し、
正面から襲撃してくる魔獣の群れにカオル軍団が光球を叩き込み突破を防ぐ。

「このっ!」

別の側面から屋上に上陸する魔獣の群れに神那ニコがすぱーんとバールを振り抜き、
浅海サキが長鞭を振り回して防戦する。

「つっ」

そのサキの頬近くをビームが掠める。ビームの出所では、
うぞうぞうぞと魔獣の大群が今正に屋上に上陸する所だった。
その、魔獣の先発隊が、巨大な剣によりずばぁーんっ、と、一閃される。

417: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:15:50.05 ID:jem1hCL80

「な、に、を、し、て、い、る?」

地獄の底から響く様な低い声と共に、
魔獣の群れはクマーなぬいぐるみの大軍に食い尽くされていた。

「だいじょ………」
「大丈夫かいサキッ!!!!!!」

屋上の床に両手をついた若葉みらいにサキが声を掛けるが、
サキの台詞は言い終わる前にみらいに百倍返しにされていた。

「とにかく、結構な大技を見せてもらった以上、
一旦浄化した方がいいだろう」

ニコが言い、周囲を警戒しながら僅かな浄化休憩の状態に入る。

「!?」

一同がそちらに視線を向ける。
無視するには、余りにも圧倒的な存在感だった。
御崎海香が柵近くに走り、屋上をバリアで覆った。

「海香!?」

柵の向こうに瘴気しか見えない目の前の光景にカオルが叫ぶ。

「丸で猛毒の黒雲だね」

神那ニコが言った。

「ビル全体、少なくとも屋上が完全に飲み込まれた。
少しは濃度が下がらない限り、
このバリアから出たら死ぬよ、即死で」

ニコの言葉は、他の面々にも肌で感じる事が出来る。
只でさえ大嵐の中、昼なお暗いを地で行く黒雲のど真ん中にいる圧迫感は、
心身ともに圧倒的に伸し掛かる。

418: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:20:54.53 ID:jem1hCL80

「炎舞っ!」

自グループの集合する屋上に戻った美琴椿が、
猛スピードで突っ込んで来た何かに炎を叩き付け追い払う。
ぶわっ、と、周囲が瘴気に取り巻かれ、
瘴気は蠢き形となる。

「おおおっ!!!」
「このおっ!」

正面から押し寄せた魔獣の群れを天乃鈴音の剣が横薙ぎに斬り払い、
背後では日向華々莉がチャクラムで応戦している。
すぐ側で日向茉莉が魔獣を叩き返す中、ぐるっと周囲を見回した椿は、
戦力差により当面は防戦一方しかないと判断する。

 ×     ×

跳躍した美樹さやかが、大量に発生させた剣を飛ばす。

「くっ!」

振り返り、びゅんと二刀を振るうが手応えが無い。

「こっちだっ!!」

その側で、佐倉杏子が突き出した槍も交わされた。
一旦近くの屋上に着地して二人が睨んだ先には、巨大な首が浮いていた。
柱状のワルプルギスの夜から飛び出して来た新たな怪物。

「あれって、本体でいいんだよね?」
「じゃねーの?」

さやかの問いに、杏子が半ば投げ槍に応じる。
放たれた槍と見せつつ多節棍は、ワルプルギスの夜に絡みつく前に交わされて虚しく空を斬る。
ワルプルギスの夜本体、と思われる巨大な首。
その容姿は、サイズを間違えた彫像。
一見すると石造りで、ライオンヘアの巨大な首が空中にふわふわ浮いている。

419: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:26:04.68 ID:jem1hCL80

「わっ!」

浮いていた、かと思うと、猛スピードで突っ込んで来る。
辛うじて交わしたさやかは振り返り、猛スピードで引き返した首と対峙する。

「とっ!?」

びゅんっ、と、さやかが振るった剣はふわりと交わされた。
その癖、杏子の槍のホームラン斬りはすかっと素早く交わされる。
さやかと杏子は、丸で空を飛ぶ様に建物から建物へと跳躍して行動しているが、
この、上下左右緩急自由自在な空中浮遊がやたら厄介だった。

「やべっ!」

突っ込もうとしたさやかを杏子が引き戻す。
ワルプルギスの夜の、人間ぐらい一呑みに出来そうな口ががぱっと開き、
黒雲の様な瘴気が放たれた。

「くそっ!」

さやかがマントを翻し杏子が多節棍を振り回す。
拡散された瘴気が散り散りに終結し、それは魔獣に化けた。

「ティロ・ボレーッ!!」

飛び出して来た巴マミの一斉射撃が、
さやかと杏子を襲おうとしていた魔獣の群れを掃射する。

「行くよっ」
「オッケー」

手近な魔獣を斬り伏せたさやかが叫び、杏子が応じた。

420: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:31:13.34 ID:jem1hCL80

「ティロ・フィナーレッ!!」
「ゴメイサマ、リ、リ、ア、ン、ッ!!」

マミの砲撃を受けて逃げた先に、さやかが複数の剣を放つ。
その先では、既に杏子が手を組んで待ち構えていた。

「アミコミ・ケッカイッ!!!」

杏子が展開した結界線をさやかが放った剣が貫く。
貫いたと見せて、結界線が剣に絡みつき、
そのまま紐状の結界線を付けた剣がワルプルギスに向けて飛翔する。
剣がワルプルギスの夜に追いつき、
ワルプルギスの夜は建物と繋がった結界線をその身に絡めながら、
ぎゅうんっと大きく動き回る。

「弱いか」

結界線の限度を考え、杏子が苦い顔を見せる。

「鹿目さんっ!」

その時には、巨大マスケット銃を生成していた巴マミに鹿目まどかが合流していた。

「ティロ・デュエットッ!!!」

マミとまどかが、二人がかりで巨大マスケット銃を構え、発砲した。
爆発音と共に、大量のリボンがワルプルギスの夜を飲み込む様に絡みつく。
ぎしっ、ぎしっと、ワルプルギスの夜が締め付けられ、

「!?」

がぱっと開かれた口から、
同じ様な彫像の首が脱皮する様ににゅるんっと姿を現した。
リボンの中の首が抜け殻の様に実体を失い、脱皮し脱出した首の目が光る。
落雷の様な銃声が響き渡った。

421: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:37:23.04 ID:jem1hCL80

「暁美さんっ!?」

マミが叫ぶ中、暁美ほむらは反動で半ば吹っ飛ばされながら、
ウィンチェスターライフルから発射される象でも狩れるマグナム弾を、
時間停止で続け様にワルプルギスの夜に叩き込む。
更に、時間停止が最大限に活用されて、
ワルプルギスの夜の周辺でふざけた量の肥料爆弾が一斉爆発した。

「やったっ!?」
「いや、まだだっ!」

爆煙が視界を塞ぐ中、さやかと杏子が言葉を交わす。
建物の屋上に着地したほむらが、
煙の向こうの気配に顔を顰めながら弓を取り出した。

「ほむらちゃんっ!」
「まどかっ!!」

そこに飛び込んで来たまどかが、一本の矢をぐいっと前に突き出す。
煙の向こうでワルプルギスの夜の目が光り、
がぱっ、と、口が開くのが垣間見える。
その時には、鹿目まどかと暁美ほむらが一具の弓矢をキリキリと引いていた。

 ×     ×

まどかと共に放った矢が、間一髪、遠目にも分かるどす黒い瘴気を放とうとしていた
ワルプルギスの夜の口の中を貫き、
巨大な彫像の首の様なワルプルギスの夜は、ゆっくりと、朽ちて行く。

「ほむらちゃん」

声が聞こえる。
だが、体が動かない。
瞼が重い。

422: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:41:10.88 ID:jem1hCL80

 ×     ×

声が聞こえる。
けたたましい笑い声が聞こえる。
酷く不快な笑い声、
辺り一面瓦礫の山。
飽きた人形の様に放り出され、ぴくりとも動かない、見覚えのある人々。
そして、全く動じる気配もない、
途方もない負の魔力。
それが迫る、今、ここに。

「ほむらちゃんっ!」

暁美ほむらは、目を開けてガバリと身を起こした。
酷くまぶしかった気がする。

「お目覚めですか、お姫様?」

くるりと振り返り、美樹さやかが言った。

「気持ちよさそうに寝てたぜ」
「そりゃそうでしょう、まどかに膝枕なんてしてもらってさ」

さやかの声にほむらが隣を見る。
まどかがにっこり笑った。
ほむらとまどかは、公園のベンチに座っていた。

「ワルプルギスはっ!?」

立ち上がったほむらの叫びに、巴マミがにっこり笑って頷いた。

「お手柄だよ、ほむら、まどか」
「ウェヒヒヒ」

さやかの言葉にまどかが笑みで応じ、
ほむらは呆然と突っ立っていた。

423: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:44:40.67 ID:jem1hCL80

「そう………」
「反応薄いなぁ」

杏子が言う。

「ああ、ごめんなさい。
何て言うか、何か、何百年の戦いが終わったみたい、って言うか」
「そうね、暁美さん、ワルプルギス退治のために
準備からあんなに頑張ってたものね」

ほむらの言葉にマミが応じた。

「すっごかったよぉー、やっぱ、まどかって素質があるんだね。
あんなバリバリに光った矢がびゅーんってさ」
「ウェヒヒヒ、でも、私は只夢中だったから。
ほむらちゃんが支えて、狙ってくれたから上手くいったんだよ」
「へーへーご馳走様」

そんなさやかとまどかのやり取りをほむらは横目で見ていたが、
さやかと視線が合った時、さやかはニッと笑みを浮かべ、
ほむらはふっと穏やかに笑っていた。

分厚い雲間から差す光を、一同は眩しそうに手で塞ぐ。
そして、照らされた街を見下ろす。
一同がいる所は、手入れされた草原と言うべき丘の上の公園。
無論、今日の大嵐で泥田に片足突っ込んではいるが。
そこから、見滝原の街が一望出来た。

ここにいる誰もが、感じていた。
到底無傷とは言えない迄も、あれだけの破壊を致命傷とする事なく、
魔法少女として自分達が守り抜いた見滝原の街、そこに住む大切な人々。
その誇りが胸を熱くする。

「改めてすっげぇーなぁーっ」

マミが帽子を振り、そこから地面に大量のキューブが注がれる。

「墜落地点の周辺から、半分ぐらい確保したわ。
後は助けてくれた魔法少女の分」

そうして、一同が目分量でキューブを取り分ける。

424: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/10(水) 03:48:08.60 ID:jem1hCL80

「?」

そうしながら、ふと、ほむらは一粒のキューブを摘み上げる。

「どうしたの、ほむらちゃん?」
「なんでもないわ」

言いながら、ほむらはそのキューブを楯の中にしまい込む。
元々、キューブ自体がちょっとした宝石みたいな見た目だが、
ほむらが手にしていたそれは、銀の様な虹色の様な。
その後から手にした他のキューブはやっぱりキューブなので、
やっぱり疲れているのだろうか、と、ほむらは思う。

「行きましょうか。
どこかの避難所に合流しておかないと色々面倒な事になるわ」
「そうなんだよなー、あたしなんか完全に抜けて来てるから、
ほむら、付いて来てくんない?最悪ん時は………」
「ええ、紛れ込める様にすればいいのね」
「サンキュー」

話の早いほむらに、杏子が手で拝んで見せる。

「それじゃあ、帰りましょう」

一同、マミの言葉と共に、心地よく疲れた体を動かし始めた。

427: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 00:39:38.28 ID:1acBBBRs0


 ×     ×

「パパッ」
「まどかっ」
「まろかー」

総合体育館の避難所で、鹿目まどかは鹿目知久、タツヤ父子と
やや感動的な再会を果たしたのは、公式発表上のスーパーセル直撃の翌日午前中の事だった。

「ほむー」
「こんにちは、タツヤ君」
「やあ、暁美さん、さやかちゃんに巴さんも」
「こんにちは」

まずまどかに駆け寄っていたタツヤがほむらに駆け寄り、
タツヤの頭を撫でてからほむらが頭を下げて挨拶を交わす。

「ママは?」
「うん、ちょっと」
「只今ー、あれ、まどか?」
「ママッ」

そこに鹿目詢子が戻って来て、一同頭を下げる。

428: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 00:44:52.06 ID:1acBBBRs0

「今までどうしてたんだ?」
「別の避難所にいたんですけど、
天候が落ち着いたので鹿目さんの家族がいるこちらの避難所に合流しました」

マミが言って頭を下げた。

「災害用伝言ダイヤルのメッセージ、かなり遅かったな」
「まどか、携帯の電池切れしたり避難先で寝落ちしたりで
余り怒らないであげて下さい」
「申し訳ありません、私がついていながら」
「ごめんなさい」

さやかとマミが取り成し、謝るまどかの頭に詢子の掌が乗った。

「ん、無事で良かった。
こっちこそ、まどかが世話になったな、有り難う」
「いえ、こちらこそ」

詢子とマミが互いに頭を下げた。

「お帰り、詢子さん」
「ああ、只今」
「どこか行ってたの?」

「ああー、ちょっと話し合いにな。
避難所の運営、一生懸命やってくれてるんだけどさ、
オヤジばっかだとやっぱ色々困るのよ。
もうちょい世話になりそうだし、一応業務関係の話は出来るって事で、
ちょっと言う事は言わせてもらったって訳。
ま、普段仕事で地域貢献とかあんまりしてないからな」

「お疲れ様」

まどかと詢子の会話をほむら達は眺めるばかり。
嵐本体は過ぎたが倒壊、交通その他の後遺症が激しく、
もう少し不自由は強いられそうだ。
それでも、多くは元の生活に戻る事が出来る。
この避難所でそんな予感を見ているだけでも、
体を張った甲斐があったと実感する。

429: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 00:50:02.06 ID:1acBBBRs0

 ×     ×

「杏子?」
「よおー、さやか」

体育館の外で、体育館を訪れた杏子とさやかが声を掛けあう。
体育館にまどかを残し、ほむら、マミも近くにいる。

「こっち来たの?
元いた避難所に潜り込んだって聞いたけど」
「ああ、風見野の知り合いがちょっと色々運んで来たんで、
あたしもちょっと手伝いにな。
只、あっちへの交通が本格的に復旧するのはもうちょいかかりそうだ」

そういう杏子は確かに段ボール箱を抱えている。

「そうなのです」
「あら。なぎさちゃんも?」
「そうなのです」

マミに声を掛けられたなぎさが、若干の荷物を抱えて胸を張る。

「お姉ちゃん」
「きょーこ」
「あー、今忙しいから。
なぎさ、それ終わったらこいつらと遊んでやれ」
「はいです」

何となくまとわりつかれながら、杏子達が体育館に移動する。

「今頃は織莉子さん達も」
「ええ、ワルプルギス退治が終わって
お父さんの手伝いがあるからみんなによろしくって」

さやかとマミが言葉を交わした。

430: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 00:55:28.85 ID:1acBBBRs0

「尋ねたいんだが」

暁美ほむらが、ハッと振り返る。
他の面々も含めて、一歩間違えたらとっさに変身していたかも知れない。
それだけ、圧倒的な存在感と、
どこか印刷の機械を思わせる何か暗さのある声だった。

「入口はあっちでいいのか?」
「え、ええ」

それでもほむらが素直に応じたのは、
背後から現れたその巨漢が右肩に米俵を担いでいたからで、
わざわざその中に爆弾を詰め込んで特攻する程治安も悪化してはいないだろう。

「大体、こっちで合ってたにゃあ」

そして、巨漢の背中から左肩に、
ベレー帽の金髪幼女がひょこっと顔を出して巨漢に声を掛けていた。

「可愛い」
「同感ね」

ずん、ずん、と入口に向かう巨漢とそれに乗ずる舶来っぽい金髪を見送りながら
思わずマミが口に出し、ほむらも応じる。

「あれ、さやかちゃん?」
「あ、浜面さん」

そうしてさやかと言葉を交わしているのは、
猫車を押して現れた浜面仕上だった。

「無事だったか、良かった良かった」
「浜面さんも………恭介はっ!?」
「ああ、無事だよ。色んなコネで問答無用のモンスター救助車両に来てもらったからな。
車自体が半分病院みたいな救助車両でそのまま無事な病院に搬送されたんだけど、
全員大きな問題はないからすぐ退院できるってさ」
「良かったぁ」

ほっと胸を撫で下ろすさやかを、仲間達は微笑ましく眺めていた。

431: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 01:00:33.94 ID:1acBBBRs0

「つー訳で、ま、乗り掛かった船って言うのか?
まあ色々関わり合いがあったんで、駒場のリーダーも来ちまったし。
たまには柄にもない事してるって訳」

等と言いながらも、満更でもなく猫車を押す浜面を一同は見送った。

「そう言えば」

さやかが口を開いた。

「今回、なんか色んな人が魔獣と戦ってて、
魔法少女だけじゃないですよね」
「ヒーロー達ね」

さやかの言葉にマミが言った。

「都市伝説よりは信憑性がある話、とでも言うのかしら。
魔法少女がいるぐらいだから
新聞にも教科書にも載らないその他諸々がいても不思議じゃないでしょう」
「そりゃそうだ」

マミの説明にさやかが手を打つイメージになる。

「普段は魔獣の事は私達魔法少女が扱ってるけど、
その枠に収まらない大事件が発生した時には、
その他のヒーロー達が何処からともなく助けに来てくれる。
まあ、何となくそういう事になってるって所かしらね」
「何処からともなく、なんとなく、ね」

マミの言葉をほむらが繰り返した。

「そうね。大雑把に言って、宗教関係の大きな所だったらイギリスとかイタリアとか、
日本でも科学の学園都市で色々研究してるとか、
余り関わらないから詳しくは知らないけど、多少長く裏に関わってたら耳に入る事もあるわ」

432: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 01:04:23.69 ID:1acBBBRs0

 ×     ×

「はーい、出来たわよー」
「わーい」

総合体育館の一角で、さやかも加わった行列整理に辛うじて従いながらも、
子ども達は元気よく群がっている。
その先では、マミ達が焼き上げて切り分けたホットケーキを配っている所だった。

「みんなで食べれたらいいかとも思ったんですけど、
あんまりいい肉じゃなさそうなんで、邪魔なら持って帰りますけど」

調理場では、浜面が少々恐縮して発言していた。

「いや、硬いだけで質は悪くないよ。味のある肉だと思う」

浜面が持ち込んだ牛肉を確認していた鹿目知久が穏やかに言った。

「これなら、今から上手くやれば、
みんなで美味しいビーフ・ストロガノフが食べられそうだ。
幸い、色々持ち寄ってくれたから大体材料は揃ってる」

そこまで言って、知久は顎に指を当てる。

「一つだけ」

知久がぽつりと言い、続く言葉を浜面が耳で追う。

「………手に入ればいいんだけど」
「それ、難しいんですか?」
「いや、市販のものでいいなら、
贅沢を言わないなら普段ならスーパーで売ってるスープの素だから。
只、今ここにはないし、炊き出しだから結構量も必要になるね」
「すいません、もっぺんその名前言って下さい」

浜面の要請に、知久はスマホに字面と量を表示した。

433: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 01:08:05.93 ID:1acBBBRs0

「了解。そのぐらいなら調達できるか確認して見ますんで、
少しだけ待ってて下さい」
「うん、そうしてくれると助かるよ」

男同士で調子が狂う程に優しく言われ、
浜面は活動中に持たされた衛星携帯で通話しながら体育館を出る。

「あれ?」

程なく、戻って来た浜面に知久が声を掛けた。

「どうだった?」
「ええ、知り合いが請け合ってくれたんですけど、
時間の猶予、どれぐらいあります?」
「そうだね」

知久の返事を聞き、浜面が電話を使う。

「大丈夫って事なんで、待ってて下さい。
それから、赤ワイン白ワインブランデーどれが欲しいか言ってくれって」
「じゃあ、赤をお願いしようかな」

かくして、一度調理場を出た浜面が戻って来た時には、
美女と連れ立って調理場に現れた。

「よっこら、しょっと」
「ジジくせぇぞ浜面ぁ」

二つ抱えていたクーラーボックスを作業台に乗せた浜面に、
場違いではない、それでいて決して悪くない身なりの美女が、
些か品性を欠く悪態をつきながら自分の抱えたクーラーボックスを軽々と扱う。
だが、ごく身近にどこか似た様な相手のいる知久は、
口程悪い娘ではなさそうだと見当をつけていた。

434: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 01:11:52.94 ID:1acBBBRs0

「あつっ」
「ぶぁかっ、素手で扱う奴があるかよ」

そして、二人は運び込んだクーラーボックスから
ごろんごろんと氷塊を取り出す。
出だしで引っ掛かった浜面も、取り敢えずやや張り付き気味の指を
穏健に氷から引き剥がす事に成功したらしい。

「うん、いい味が出てる」

氷の欠片を味見した知久が言う。

「まあ、圧力鍋で作った急ごしらえですけど、
氷にする伝手もあったんで。これだけあれば十分だと思うけど。
それから、多分省略か代用するつもりだと思ったんでこっちで用意したの、
サワークリームとワインは赤で良かったかしら?」

「凄く助かった、これならちょっとしたご馳走が出来る。
この状況でストックを持って来てくれるのは大変だった筈だよ。
本当に有り難う」
「いや………」

ストレートな感謝の表明は、どこか居心地が悪そうだ。
そういう所も見覚えがある、とも知久は感じる。

「名前、聞いてもいいかな?」
「麦野沈利。まあ、今後会う機会があるかも分からないけど」
「僕は鹿目知久、今日は本当に有り難う」
「どういたしまして。
ほら、まだまだ現場に野郎の仕事山積みなんだよ。
行くぞはぁま面」

申し訳に頭を下げた麦野と浜面が調理場を後にする。
廊下で、麦野は浜面に尋ねる。

「何モンだありゃ?
下ごしらえの出来上がりからしてタダモンじゃねぇぞ」

435: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/13(土) 01:19:23.62 ID:1acBBBRs0

 ×     ×

「ふぁー、食った食った」

手伝い方々こちらの避難所に移っていた佐倉杏子が、
美味しい夕食を終えて体育館に長座して寛いでいた。

「あんだけ旨いってなると、御代わりなしってのがホント辛いわ」
「杏子がよく自制したね、偉い偉い」
「ったく、そんぐらいあたしだって場ぁ読むってーのっ」

杏子の頭を撫でるさやかとそれを避ける杏子を、
仲間達が生暖かく見守る。

「晩御飯、仕切ったのまどかのパパでしょ。
やっぱ流石だわ」
「只者じゃないわね」
「師匠だもの」
「ウェヒヒヒ………」

さやかの言葉にほむらとマミが続いていた。

「おう、まどかこっちにいたか」
「どうも、お借りしてます」

そこに現れた詢子に勝手知ったるさやかが調子を合わせ、
他の面々も頭を下げる。

「朗報だ」

詢子がにかっと笑った。

438: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 01:37:30.68 ID:B+PkECV90

「いいお湯ぅー」

人でごった返してはいても、広い浴槽で熱い湯に浸かりながら
美樹さやかは歓喜の声を上げた。

「こういう銭湯ってあんまり来ないけど、いい気持ち」

寛ぐまどかの側で、ほむらも口に出さず同意していた。

「ほらほらゆまにモモ、混んでるから気を付けろよ」
「そうです、なぎさお姉さんについて来るのですはわわっ」
「ほらほら危ないわよなぎさちゃん」

なぎさが胸を張った途端に浴槽に伝わる複雑な振動にずっこけそうになり、
マミが抱き留めて受け止める。

「まろかー、ほむー」
「あら、タツヤ君」

呼びかけに応じてほむらが声を掛ける。

「混んでんだから走るんじゃねーぞ」

タツヤと共に洗い場側にいる詢子が、
タツヤの腕をしっかと握って言った。

「パパはまだ?」
「ああ、後片付け終わったら来るってさ」

そして、詢子がタツヤを抱き上げて共に浴槽に入る。

439: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 01:42:54.79 ID:B+PkECV90

「よぉーっ、タツヤ君」
「きゃっきゃっ」

詢子に抱かれたまま幼馴染のお姉さんの美樹さやかに頭を撫でられ、
タツヤは上機嫌で応じる。

「ほむ、ほむっ」
「こんばんは、タツヤ君」

詢子の側でちょこちょこ動きながら接近していたタツヤを見つけ、
側にいたほむらが頭を撫でる。

「あら、暁美さんに、鹿目さんの弟さんだったかしら?」
「ああ、織莉子さんに呉さんも一緒で」
「当然だね」

ほむらと美国織莉子、呉キリカが言葉を交わし、
きゃーっと歓喜したタツヤにほむらが少々バランスを崩す。

「元気な子ね」

そのタツヤをひょいとキャッチして抱き留めた織莉子が言う。

「うーん、やっぱり面影があるかな」
「ティヒヒヒ」

タツヤの頬をつんつんつつきながら
タツヤとまどかを見比べるキリカにまどかが笑みを返す。

「ほらほら、あんまりよそ様に迷惑かけてんじゃねーぞ」
「みーまーみ、きゃっきゃっ」
「どうも」

詢子が近寄ってきて、
織莉子の側にいたマミがタツヤを受け取り詢子に引き渡す。

440: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 01:47:57.75 ID:B+PkECV90

「いいお湯、こういう銭湯ってあんまり知らないですけど、
気持ちいいです」
「ま、たまには、って言ったらオヤジさんに悪いかな。
無事が確認出来たんで
今夜はボランティアって言うか男気で使わせてくれてんだから」

側で湯に浸かる形になったほむらと詢子が言葉を交わす。

「この辺りも結構激しかったと思うんですけど、
この銭湯よく無事でしたね」
「ああ、多少は調べが進んでるんだけど、
何か同じ地区でも結構ムラがあるらしいな。
激しくぶっ壊れてたり無傷だったり。
まあー、滅茶苦茶なスーパーセルではあったからな」

その理由に多少は心当たりのあるほむらも当然その事は黙っている。

 ×     ×

「美国は上がったな」
「あら」

浴槽を上がったほむらが、島カランの陰での独り言に気付いた。
そこには大小二人の人影が立っている。

「浅古さんに………妹さん?」
「ああ、暁美か」
「友達?」
「まあ、な」
「浅古小糸です、姉がお世話になっています」
「暁美ほむらです」

小巻の側にいた小糸がぺこりと頭を下げ、
ほむらも礼を返す。

441: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 01:53:05.09 ID:B+PkECV90

「織莉子さんなら上がったみたいよ」
「ああ、そうか。まああれだ、状況が状況とは言え、
あいつと裸の付き合いってのもぞっとしないからね」

そう言って、小巻は浴槽へとすたすた歩き出す。

「お姉ちゃんもスタイルいい方だと思うんだけどなぁ」
「そうね、背も高いしモデル系かしらね」

それを見送りながら、小糸とほむらが言葉を交わす。

 ×     ×

「うーん」
「あら、美樹さやか?」

洗い場で腰かけていたほむらが、近くの唸り声に反応した。

「いや、こうして見ると本当に綺麗な髪してるね。
ちょっと羨ましいわ」
「そのさっぱりとしたショートカットが
いかにも美樹さやからしくていいと思うけど」

長い黒髪の泡をシャワーで流していたほむらと、
その側で腰を曲げて話しかけたさやかが言葉を交わす。

「あー、ボーイッシュなお転婆だって言いたい訳?」
「否定する程間違ってないわね」
「このっ」

「子どもの頃に公園で跳ね回るなんて、
私にとっては夢の又夢、だから羨ましい。
そんなだから、みんなに好かれてるのよ、
まどかにも、杏子にもそれに、
あなたが一番魅力的な女の子だって知ってる人にもね」

さやかは、黒曜石の様なほむらの瞳を見ていた。

442: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 01:58:31.47 ID:B+PkECV90

「ったく、真顔で言うなよな」
「ごめんなさい。独り者は僻みっぽいものよ」

隣のカランの前にどかっと座ったさやかの側で、
ほむらが立ち上がりさらっと黒髪を払う。

「それじゃあ、あんたこそ彼氏でも見つけなよ。
スーパー美少女がもったいないって」
「考えておくわ」

 ×     ×

体を洗い終えて湯を上がった奏遥香は、
最後に壁に設置されたシャワーを浴びていた。

「あら」

そして、混雑した浴室を出ようと動き出した所で、見知った顔と出会った。

「暁美ほむらさん?」
「奏遥香さん、あなたもこちらに?」

「ええ、元々生徒会の仕事でこっちに来てたんだけど、
不意打ち過ぎるスーパーセルの変更で身動き取れなくなったから
近くの避難所に入れてもらって、そこでここの銭湯を教えてもらったの」

「そう。今回の件では手を貸してもらって、お礼を言っておくわ」
「受け取らせてもらうわ」

そして、遥香がその場を離れ、ほむらが動き出した所ではたと足を止める。
目の前のシャワーを、一人の女性が使っていた。
遥香と話している間に、するりと使用を始めたらしい。
その女性、美琴椿は体を洗い流すとほむらに小さく頭を下げ、その場を離れる。

ほむらは、どこかで見た様な、と小首を傾げる。
そして、掛け湯替わりにシャワーを浴びた。
シャワーを終えて洗い場に足を向けると、
先程の女性、美琴椿が奏遥香と連れ立って歩いているのが見えた。

(知り合い?………もしかしたら、最終決戦にいた人、じゃあホオズキの………)

443: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 02:02:02.57 ID:B+PkECV90

「ああ、ごめんなさい」
「こちらこそ」

ほむらの視線の先で、美琴椿が鹿目詢子と接触しそうになり、遥香がちょっと身を交わす。
何時の間にか、先日ほむらが共闘した遥香のチームの面々もそこに集まり、
詢子に手を引かれたタツヤがその様子を見上げていた。
取り敢えず、双方頭を下げて別れ別れになり、
ほむらは連れ立って動く椿達を目で追ったが、混雑がその追跡を妨げる。
ほむらは、掛け湯もした事だし浴槽へと移動する。

「どうも」
「こんばんは」

ほむらが湯の中で小さく頭を下げ、
にっこり笑った早乙女和子教諭が洗い場から浴槽に足を入れる。

「さっき、詢子………鹿目さんのお母さんにも会った。
全員は確認できないけど、
暁美さんのいつものグループは無事みたいね」
「お蔭様で」

和子がほむらの隣で湯に浸かり、言葉を交わす。

「出来るだけ情報集めたけど、今の所死んだ人や大きな怪我人は聞かない、
あれだけの嵐だから予断は許さないけど、それが何よりよ」
「そうですね」
「暁美さんも、一人暮らしの筈だけど親御さんは?」

「連絡は取っています。
今は危ないからこっちには来ない様に釘を刺しました」
「そう。でも、少し落ち着いたら色々とあるでしょう。
困った事があったら先生にも相談して頂戴」
「はい」

至って真面目に教師らしい事を言われ、ほむらも真面目に応じていた。

444: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 02:05:20.59 ID:B+PkECV90

 ×     ×

「キャッキャッ」
「待ぁてこらあっ」

杏子が、叫び声を上げながらきょろきょろと周囲を見回す。

「タツヤッ!!」

詢子の一喝に、タツヤの足がぴたりと止まった。

「危ないから走り回るなって、あんだけ言ったよな」
「ごめんなさい………」
「お前らも、見たとこタツヤよりお姉ちゃんだろうが」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいっ、こらお前らっ」

そこに、杏子が割って入った。

「妹か?」
「はい。妹とその友達で。お前らぁ」
「そうか。まどかの友達だったか?」
「は、はい、確かまどかのお母さんで」
「ああ。名前は?」

「佐倉杏子、それに妹のモモと千歳ゆま」
「佐倉モモです。ごめんなさい」
「千歳ゆまです、ごめんなさい………」
「そうか」

しゃがんだ詢子がゆまと、モモの頬に手を当てた。

「ごめんなさい出来るんなら、
あんまりお姉ちゃんに迷惑かけるなよいい子なんだから」
「「はーい」」

「杏子ちゃん、この子らあたしに預けてまどからと帰って来ないか?」
「え?」
「いや、避難所でちょっと見てたけど杏子ちゃん、
避難所来てから子守りでかかりきりだろ。
あたしで良かったら、ちょっと友達と一緒にいたらいいんじゃないか?」

445: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 02:08:31.28 ID:B+PkECV90

 ×     ×

「いいお湯だったぁー」

銭湯を出たさやかが、路上でうーんと伸びをする。
その側では、まどか、ほむらとマミ、なぎさが連れ立って歩いている。
そして、さやかはふと星空を見上げた。

「おーっ」

そのさやかの背後から、いつもの如く杏子が絡みつく。

「やっぱ坊やの事が心配か?
お嬢と一緒に病院において来た」
「そうね」

にししっと笑った杏子にほむらが続いた。

「本当だったらこの辺で、
赤い手ぬぐいを首に巻いて一緒に歩きたい所だものね」
「杏子、ほむらっ!」

杏子がさやかに追い回され、ほむらがふふっと笑みを浮かべる。

「ったく、ガールズトークでいじり倒すキャラだったっけ転校生?」
「又、そのタグに戻ったのね美樹さやか」
「ウェヒヒヒ………」

にこやかにバチバチ火花を散らす二人の間で、
双方の親友である鹿目まどかがこめかみに汗を浮かべる。

「あら」

マミが何かに気づいた様だ。

「あ、先生」

まどかが言い、その視線の先を追うと、確かに早乙女和子がてくてくと歩いていた。

「せんせ………」

手を上げて声を掛けようとしたさやかが、途中でそれをやめた。

446: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 02:12:21.24 ID:B+PkECV90

「かぁぁずこぉぉぉーーーーーーーーーっっっっっっっっっ!!!!!」

総員、思わず変身しかけた程の迫力で、
地響き土煙を立てる勢いで叫びながら突撃して来る男がいた。

「あら、あなた………」

和子が口を開いた時には、ガシッと抱き締められていた。

「出張じゃなかったの?」
「大急ぎで終わらせて戻って来たんだ、
ニュースで見滝原が大変な事になってるって。
無事だったんだね和子」
「ええ、お陰様で。有難う」
「そうか、良かった………よしっ!」
「?」
「この際だ、前々から考えてたけど、決心がついた」

和子の目は、目の前で開かれた小箱の中で、
復活した街灯に僅かに反射する小さな輝きに目を奪われていた。

程なく、見滝原を見下ろす丘の上では、
巴マミが天に向けて十連ティロ・フィナーレを連射し暁美ほむらが弾帯を一本撃ち尽くし
百江なぎさのシャボン玉を背景に美樹さやかと佐倉杏子が剣舞槍舞を一曲披露し
鹿目まどかが放った矢が無数の光となって天から降り注いでいた。

 ×     ×

ほむらは、まどかやマミ、なぎさ、さやか杏子と、
見知った親水公園を歩いていた。
無論、設備自体はスーパーセルの影響で普段通りと言う訳にはいかないが。

「壊れてる所は壊れてるけど、
後何日もしない内に基本的な機能は回復しそうね」

ちょっと街を見て回り、それ以前に情報も収集していた巴マミが言った。

「じゃあ、あたしも明日辺り風見野に帰れるかな」

杏子が言う。

447: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 02:15:43.77 ID:B+PkECV90

「まあー、壊れてる所も色々あるけど、
ここの面子は大体自宅も大丈夫っぽいしね」
「念のため、検査が終わり次第って所かしら」

さやかの言葉にほむらが続いた。

「ま、ワルプルギスの夜っつったって、
あたしらにかかったらあんなモンだってーの」
「こらこら、油断は禁物よ」
「又、反省会?」

杏子の軽口をマミが窘め、
杏子がにっと笑った。

「そうね、落ち着いたら今回の反省会ね。
いっぱい疲れたし、
カモミールティーに、エキアセナを用意しましょう」
「えー、酸っぱいのはやだなぁ」
「杏子の味覚はお子ちゃまだなぁー」
「何をーっ?」

さやかと杏子が互いを追い回すのを、ほむらは微笑ましく見ていた。

「おっ」

足を止めたさやかが言い、スリップした杏子が水路に突っ込みそうになる。

「いいねいいね、その笑顔。
やっぱりその大人な微笑でいい男見つけなよほむらぁー」
「そうね。じゃあ早速最高品質のスマイル引っ提げて
志筑さんと一緒に救助されたクラスメイトのお見舞いでもさせてもらおうかしら」
「よろしい、ならば戦争だ」
「ウェヒッ!?」

ニカッと笑ったさやかが、後ろからまどかを抱き上げた。

「それじゃあ、まどかはあたしの嫁になるのだぁーっ」
「ち、ちょっとさやかちゃんっ!?」
「オーケー美樹さやか、体育館に戻ったら裏口直行しなさい」

わいわいと騒がしい仲間達を、巴マミはくすくす笑って眺めていた。

448: 幸福咲乱 ◆5sHeUtvTRc 2015/06/15(月) 02:18:50.18 ID:B+PkECV90

 ×     ×

「周り、誰もいないわね」
「知らない人からしたら不謹慎ものだからね」

見滝原中学校の前で、寄り集まったほむらやさやか等が言った。
ほむら達が命懸けで守ったもの、その象徴の一つ。
その門前でなぎさを含め見慣れた面子がちょっとはしゃぎ気味に動き回っている。

楽しいなあ、と暁美ほむらは思った。
ワルプルギスの夜との決戦はギリギリの勝負だったし、
魔獣との戦いは決して楽なものではない、命の危険に晒される事だってある。
魔法少女である以上、或いはそうでなくても、
きっとこれからも大小様々な、時には命に関わる戦いの日々は続くのだろう。

それでも、こんなに頼もしい仲間達がいる。
親友と呼べる友達がいて頼もしい仲間がいて親しみも含めて憧れるに値する先輩がいる。
大切な家族がいていちいちカテゴライズしなくても大勢の大切な人達がいて
そんなみんなが住む自分も住む大切な街があって。
だからこそ、暁美ほむらは戦い続ける事が出来る。

明日も明後日も明々後日も、決して甘いばかりではなくとも、仲間達と支え合い大切なものを守る戦い。
そして、本当は些細な事も楽しくて愛おしくてたまらない日常。
こんなにも楽しい日々が続いてくれるんだろうなあと、暁美ほむらは本当に心の底からそう思う。

「さあさあ、ほむらも澄ましてないで」
「はいはい」

巴マミ以下六人衆が、学校をバックに三脚に設置したデジカメの前に集合する。

「はい、チーズ」

さて、全国幾千万の暁美ほむらの観測者達よ、御覧じよ。
暁美ほむらの斯様な笑顔を見た者があっただろうか。
ここは、黄金の笑顔に埋め尽くされた
幸せに満ち足りた、世界。

ほむら「幸せに満ち足りた、世界」
第一部
-了-