1: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:21:29 ID:G/8YhZJ.
ある町にて――

行商人「さぁ、いらっしゃい! いらっしゃい!」

行商人「食べておいしい、なめておいしい、とろ~りチョコはいかが?」トロ…



少女「ねー、ねー、お兄さん、チョコ買って!」

剣士「ダメだ」

少女「買ってよー!」

剣士「ダ、メ、だ!」

引用元: 少女「お兄さん、チョコ買って!」剣士「ダメだ」 

 

 
2: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:26:33 ID:G/8YhZJ.
行商人「毎度ありー!」



剣士「…………」チッ

少女「ああやって粘ってると結局買ってくれるんだよねー。甘いんだから」

少女「まるでこのチョコレートみたい」 ペロ…

剣士「今すぐ返品してきてもいいんだぞ」

少女「もうなめちゃったもん」

3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:29:14 ID:G/8YhZJ.
少女「だけど今でこそ甘いけど、お兄さんって、昔はすんごく辛かったよね。
   それはもう、ピリッピリしてたもん」

剣士「…………」

少女「あれからもう、半年ぐらい経つっけ……」



………………

…………

……

4: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:32:16 ID:G/8YhZJ.
~ 回想 ~

ある小さな村にて――

ザシュッ!

盗賊「ぐはぁっ……!」ドサッ

剣士「ハァ、ハァ……これで全員か……」

剣士(盗賊どもは倒した……が、もう手遅れだったようだな……。
   村人はみんな殺され、誰一人として生き残っては――)

ガサッ……

剣士「――ん?」

5: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:41:01 ID:G/8YhZJ.
少女「お父さん、お母さん……」モゾ…

物陰から一人の少女がはい出てきた。

剣士「!」

剣士(生き残りがいたのか……。しかし……)

少女「ねえ、お父さんと、お母さんは……?」

剣士「死んだ」

少女「!」

剣士はあえて淡々と続ける。

剣士「盗賊は俺が全員斬り倒したが、村の人間は誰も生き残っていない。
   俺たちにできることは、弔ってやることだけだ」

少女「……うん」

6: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:43:34 ID:G/8YhZJ.
村外れに、数十の墓が出来上がった。

剣士「これで、みんな安らかに眠れるだろう」

少女「うん……」

少女「…………」グスッ

少女「うえぇぇぇん! おとうさぁん! おかあさぁぁぁん……!」

剣士「…………」

剣士はどうすることもできず、ただ少女が泣き止むのを待つしかなかった。

7: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:48:42 ID:G/8YhZJ.
……

剣士「金と、手紙と、地図だ」ドサッ

剣士「この町を出て、この店に行け。旅の途中、俺が用心棒をしてやった店だ。
   なかなか話せる人たちだから、手紙を見せればお前を雇ってくれるはずだ」

剣士「じゃあな」ザッ

剣士は村を出て、歩き始めた。しかし、少女は後ろからついてくる。

剣士「なんだ? なぜついてくる?」

少女「なんとなく」

剣士「…………」チッ

剣士は歩くペースを早めて、必死についてこようとする少女を置き去りにした。

8: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:51:26 ID:G/8YhZJ.
次に訪れた町で、剣士が酒を楽しんでいると――

剣士(この町の酒はなかなかいけるな……どれ、少し買っていくか)

少女「や、やっと……追いついた……」ハァハァ…

剣士「!?」ギョッ

剣士「お前……なんでここに!?」

少女「なんでって、なんとか頑張って追いついてきたの」

剣士「バカが! あの地図に書いてある店に行けっていっただろう!
   そうすりゃ、使用人ぐらいにはしてもらえる!」

少女「イヤ。あたしはあなたについていく」

剣士「…………!」イラッ

9: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:55:07 ID:G/8YhZJ.
剣士「いい加減にしろよ、ガキ。盗賊どもを倒したからって、
   俺がいい奴かなにかだと思ったら大きな間違いだ」

剣士「奴らの相手をしたのは、ただいい腕試しになると思ったからだ。
   力を誇示するために武器を振るうって点では、俺も奴らと全く同じだ」

剣士「なんなら、ここで試し斬りしてやったっていいんだぞ」ジャキッ

剣士は少女の喉元に剣を突きつけた。

少女「いいよ、斬っても。あなたが連れてってくれないっていうんなら、それでいい」

剣士「わけの分からないことを……」

剣士「なぜだ!? なぜ、そこまでして俺についてきたいんだ!」

10: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 00:58:11 ID:G/8YhZJ.
少女「……寂しいから」

剣士「!」

少女「ついでにいうと……あなたも寂しそうだから」

剣士「誰が……!」

剣士は頭に血が上りそうになるのをぐっとこらえ、少女を軽く蹴飛ばした。

少女「あいたっ! なにすんのぉっ!」

剣士「今ので泣き出さないようなら、まぁいいだろう。ついてこい」

剣士「ただし、俺の旅もあいにくのんびりしてられる類のもんじゃないんでな。
   足手まといになるようだったら、容赦なく置いてく。いいな!」

少女「はいっ!」

11: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:01:02 ID:G/8YhZJ.
……

…………

………………



少女「懐かしいなぁ」

剣士「…………」

少女「それによくよく思い返すと、あの頃からお兄さん、激甘だね。
   結局、あたしは斬らないし、ついてくのオッケーしちゃうし」

剣士「うるさいっ!」

12: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:07:29 ID:G/8YhZJ.
愛用の剣で、素振りを始める剣士。

剣士「はっ! はあっ!」

ビュオッ! ビュオッ! ビュオンッ!

少女「相変わらず、すんごい迫力だね。
   ところで、今まであたしなりに気をつかって聞かなかったんだけど」

剣士「なんだ?」ビュオッ

少女「お兄さんてさ、どうして旅してるの?」

剣士「…………」ビュオッ

少女「答えたくなきゃ、答えなくていいけど」

剣士「敵討ち」ビュオッ

少女「かたきうち……」

13: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:10:27 ID:G/8YhZJ.
剣士「もうすぐ一年になるか……。俺は故郷で親父を殺された」ビュオッ

少女「えっ……」

剣士「といっても、一対一の決闘で殺されたんだがな。
   親父が死んだのは、相手が親父より強かったから、それだけだ」ビュオッ

剣士「だけど、男手一つで俺を育ててくれた親父だ。俺は許せなかった」ビュオッ

剣士「そして、相手は俺に一年間だけ時間をくれた」ビュオッ

剣士「強くなって戻ってこい、と」ビュオッ

少女「あ……ってことは、もうすぐこの旅は――」

剣士「ああ、もうすぐ終わる。あと五日もすれば、俺の故郷に到着する」ビュオッ

剣士「俺は俺の憎しみ、この旅で得たもの、全てをヤツにぶつけて……必ず勝つ!」グオッ

大きく剣を振りかぶる。

14: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:13:19 ID:G/8YhZJ.
剣士が刃を振り下ろしたところに、少女が滑り込んでいた。

剣士「うおあっ!?」ギュンッ

しかし、直前で軌道をずらしたおかげで、かろうじて斬らずに済んだ。

剣士「ふぅ……」ホッ…

剣士「なにやってんだ、バカ! 死ぬ気か!」

少女「えぇっと、お兄さんの素振りがあまりにも鬼気迫ってたから、
   リラックスさせてあげようと思って」

剣士「なにがリラックスだ! お前が永遠にリラックスするとこだったぞ!」

少女「あははっ、だけどこんなに焦るお兄さんの姿、初めて見たかも。
   昔はホント、鬼みたいだったもん」

剣士「…………」チッ

15: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:16:39 ID:G/8YhZJ.
夜になり、簡素なテントの中で眠る二人。

少女「おやすみなさい、お兄さん」ドテッ

剣士「ああ」ゴロン…

剣士(あと少し……あともう少しでこの旅も終わる。全てに決着がつく……)



……

……

……

16: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:22:27 ID:G/8YhZJ.
五日後、二人は剣士の故郷に到着した。

少女「うわーっ! 結構大きいね!」

剣士「まぁな」

少女「だけど、なんだか殺伐としてるね。みんなピリピリしてるっていうか……。
   今までの町や村とは全然ちがうや……」

剣士「まぁな」

少女「もう! 一年ぶりの故郷だってのに、そればっかり!」

剣士「まぁな」

呆れた少女は、それ以上話しかけるのをやめた。

剣士「とりあえず、俺の家に向かおう。まだ残っていればの話だが」

17: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:25:19 ID:G/8YhZJ.
剣士の実家は残っていた。

少女「おおっ、残ってたじゃん! よかったねー!」

剣士「……ああ」

扉を開けると、手入れがばっちりと行き届いている。

剣士「…………!」

少女「てっきりホコリまみれかと思ったら、キレイじゃない!」

剣士(これは……まさか……)



後ろから声がかかる。

女「お帰りなさい」

剣士&少女「!」

18: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:29:08 ID:G/8YhZJ.
剣士「これは……お前の仕業か」

女「ええ、あなたがいつ帰ってきてもいいように、と」

剣士「余計なことを……」

女「……ごめんなさい」

少女「こんにちはー!」

女「こんにちは。えぇと、あなたは?」

少女「あたしはね、旅の途中でお兄さんに助けてもらったの!」

女「あら、そうだったの。私が力になれることがあったら、なんでもいってね」

少女「ふう~ん……」ジロジロ

女「?」

少女「このお姉さんなら、正妻の座を譲ってあげてもいいかな。なら、あたしは二号か」

女「え?」

剣士「なにバカなこといってやがる」

少女「えへへ……」

19: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:32:28 ID:G/8YhZJ.
まもなく、他にも人が集まってきた。

友人「オオッス! お帰り!」

医者「よう戻ってきたのう。苦しい旅だったじゃろう」

剣士「二人とも……」

医者「すまんかったのう。ワシの腕が至らぬばかりに、
   おぬしの父親を助けることができんで……」

剣士「いえ、あれは……仕方ないことです」

友人「……ま、とりあえず今日のところは一年ぶりの帰宅祝いに一杯やろうぜ!」

少女「さんせー!」

友人「――ん? 君は?」

20: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:35:28 ID:G/8YhZJ.
少女「えーとね、あたしはお兄さんの妾、ってとこかな」

友人「……へ? めかけ……!?」

友人「剣士! お前、いつの間に  コンに――」

ゴンッ!

剣士「んなわけあるか」

友人「あいたたた……!」

女「うふふっ……」

女(剣士さん、一年前はものすごく荒れてたけど……だいぶ癒されたみたい……。
  あの女の子のおかげかしら……)





手下A「…………」コソッ…

21: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:40:20 ID:G/8YhZJ.
剣士の故郷で最も豪華な家。
この家の主人である男は、一年前剣士の父親を殺した“仇”であった。

“仇”の目は、燃え盛るような赤色をしていた。



赤眼「…………」モグモグ

ステーキを頬張り、生野菜をかじり、ライスを口に放り込む。
ただし、添え物のトウガラシ炒めには一切手をつけない。

手下B(う、うまそう……)ゴクッ…



手下A「――大変です、赤眼さん!」ガチャッ

22: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:43:11 ID:G/8YhZJ.
赤眼「なんだ?」

手下A「剣士が……剣士の奴が、帰ってきました!」

赤眼「ほう、そういえば、もうそんな時期だったか」

赤眼「あのまま行方をくらますことも想定していたが、
   逃げずに帰ってきたというわけだな」

手下A「はい……!」

赤眼「ヤツは親父をオレに殺され、しかもヤツだけ見逃されるという屈辱を味わった。
   その恨み、さぞかし熟成してることだろう……」

手下A「…………」

手下A「赤眼さん、なぜあなたは一年前、ヤツを始末しなかったんですか?
    あなたなら、たやすく斬り殺せたでしょうに……」

赤眼は答えない。

手下B「……あ、あのう」

23: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:46:34 ID:G/8YhZJ.
手下B「トウガラシ、お嫌いならもらっていいすかね」スッ

皿に残っているトウガラシをつまもうとする。

ザクッ!

赤眼が右手に持っていたナイフが、その手の甲を貫いた。

手下B「あぎゃあぁぁぁぁぁっ!」

赤眼「……オレはな、好きな物は一番最後に食べるタイプなんだよ」グリッ

手下B「す、すみませっ! いだだぁいっ!」

赤眼「人間も一緒」グリグリ…

手下B「あだだぁぁぁぁぁっ!」

手下A「な、なるほど……」

24: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/27(火) 01:52:36 ID:G/8YhZJ.
剣士『親父ッ! 親父ィィィッ!』

赤眼『お前に一年だけくれてやろう。せいぜい強くなって帰ってこい』

赤眼『もちろん、今この場でオレに挑んで殺されるのも、
   旅に出てそのまま戻ってこないのも、自由だけどな』

剣士『てめぇは……てめぇは必ず俺が殺すッ!』





赤眼「この町は昔から、一番強い人間が治めるというのがルールだったらしい」

赤眼「そしてオレはこの町を訪れ、町のリーダーだったヤツの親父を殺し、
   今は町を仕切っている」

赤眼「といっても、なんにもしちゃいないが。おかげですっかり荒れ放題だ」

赤眼「なぜ、オレがこんなクソみたいな町に一年も居続けていたかというと、
   ヤツを待っていたからだ」

赤眼「あれから一年、どれほどのものになってるか……実に楽しみだ」

28: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 01:41:11 ID:RwXIrkcM
その夜――

剣士の実家では、剣士と仲間たちが酒盛りをしていた。
女が作った手料理を肴に、盛り上がる一同。

友人「へぇ、こいつが盗賊をねえ! やるじゃねーか!」

少女「うん、お兄さんいなかったら、あたしもおっ死んでたんだから!」

剣士「いい鍛錬になると思ったから、退治しただけだ」グビッ

少女&友人「またまたぁ~」

剣士「…………」イラッ



女「元気な子ですね……。本当はとても辛いでしょうに……」

医者「半年間、親を殺された者同士、二人で支え合ってきたんじゃろうなぁ」

29: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 01:45:18 ID:RwXIrkcM
友人「ところで、赤眼にはいつ挑むんだ?」

剣士「明日、ヤツのところへ行って、日時を決める」

友人「しっかし、あのヤロウが一対一に応じてくれるかね?
   下手したら、自分は戦わず手下をぶつけてくるかもしれねえぞ」

剣士「それはない。俺はヤツのことは大嫌いだし、憎んでいるが、
   そういうところだけは信頼している」

友人「うーん、だけどさぁ……」





「オレのことをちゃんと分かってくれてて、嬉しいねえ」

30: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 01:48:00 ID:RwXIrkcM
団らんの場に現れたのは、赤眼だった。

赤眼「よっ」

シーン……

赤眼「おいおい、どうしたんだ? みんな黙っちまって。
   オレの屋敷に来る手間を省いてやったってのに、挨拶もなしか?」



友人(マジかよ……! 最大の敵がいきなり乗り込んできやがった……!
   手下も連れずに……!)

医者(なんという大胆不敵さじゃ……)

女(この人の真っ赤な瞳……やはりまともに見られない……。恐ろしい……!)

剣士「…………」

31: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 01:51:26 ID:RwXIrkcM
皆が黙り込んでいると――

少女「あなたの目、すんごい赤いわね。激辛の料理みたい」

友人「ちょっ……!?」

少女「あなたが、お兄さんのお父さんを殺したの?」

赤眼「そうだよ」

少女「どうして殺したの?」

赤眼「オレは強い人間と戦うのが好きでね。
   こいつの親父は強いと評判だったから、この町に乗り込んで殺した」

赤眼「ついでにいうと、こっちの剣士は火をつければもっと強くなりそうだったから、
   目の前で親父のひとりやふたり殺してやれば、火がつくかなと思ったのさ」

赤眼「おっと、親父はフツーひとりだよな」ハハッ

少女「それだけ?」

赤眼「それだけだとも」

32: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 01:54:32 ID:RwXIrkcM
少女「あなたはずっとそうやって生きてくの?
   強い人に挑んだり、強くなりそうな人に火をつけたり……」

赤眼「そうだよ。剣士を倒したら、この町を去るつもりでいるしな。
   なんなら、最後に本当に町に火をつけちまうのもいいか」

友人(こいつ、マジかよ……!)

少女「ふうん……」

少女「あなたは、お兄さんには勝てないわ!」

赤眼「ほう? お嬢ちゃん、オレにはなにが足りないと?」

少女「甘さが足りない!」ビシッ

赤眼「甘さ、か……。ありがたいね、オレは甘い物が苦手だしな」

赤眼「ついでに教えとくと、砂糖の依存性ってのは、かなりのものだ。
   それこそ、砂糖を“猛毒”だと評する学者もいるぐらいにな」

少女「え、そうなの!?」

友人(なんの話をしてるんだ、こいつらは……)

33: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 01:57:17 ID:RwXIrkcM
赤眼「ちなみにオレが、今ここにあるもので一番好きなのは……」キョロキョロ

赤眼「これだな」ヒョイッ

辛めに味付けされたチキンを手に取る。

赤眼「オレは一番好きな物は、一番最後に食べる主義だが……今は食べる」パクッ

赤眼「なぜか分かるか?」

赤眼「剣士、お前という大好物が控えてるからだよ」ギョロッ

殺気に満ちた赤い瞳が剣士に向く。剣士は目を合わせない。

剣士「…………」

34: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 01:59:32 ID:RwXIrkcM
赤眼「勝負は……三日後でどうだ? ちょうどお前の親父の命日だったろ?」

剣士「ああ、それでいい」

赤眼「楽しみにしてるよ。オレの期待を裏切るなよ」

赤眼は悠々と立ち去っていった。



少女「べーっだ!」

35: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:02:41 ID:RwXIrkcM
剣士「…………」

友人「勝負は三日後か……。お前、よく飛びかからなかったな。
   正直いって、ここで斬り合いが始まるんじゃねえかとビクビクしてたのに」

剣士「飛びかかるところだったよ」

友人「え」

剣士「だけど、こいつに先を越されちまった」

剣士は少女に目をやった。

女「きわどいところだったんですね……」ホッ…

医者「うむ、よう我慢した」

36: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:07:15 ID:RwXIrkcM
友人「さて、決闘までの二日間……特訓するんなら、付き合うぜ」
  (相手になれる気がしないけど)

剣士「お前じゃ、俺の相手になれないだろ」

友人「!」ガーン

剣士「みんな、いつも通り過ごしてくれ。俺も特別なことはなにもしない。
   この三日間、悔いのないように過ごしたいんだ」

少女「悔いのないようにって……」

剣士「勘違いするな。ベストの状態で戦えるようにしたい、って意味だ。
   下手に特訓して、ヤツの手下に手の内を探られたり、体を壊したらつまらんだろう」

少女「なーんだ、ビックリした!」

37: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:10:47 ID:RwXIrkcM
剣士「それじゃ、今日のところは解散しよう」

剣士「――あ、そういえば、いい忘れてた」

女「なんでしょう?」

剣士は照れ臭そうにいった。

剣士「俺の家……手入れしてくれて、ありがとう」

剣士「きっと……親父も喜んでる」

女「い、いえっ! 私が勝手にしたことですから……!」

少女「ヒューヒュー!」

剣士「…………」ギロッ

少女「ひゅーひゅー、風が吹いてるなぁ~」

38: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:13:01 ID:RwXIrkcM
二人きりとなる剣士と少女。

少女「お兄さん、久々の実家はどう?」

剣士「別に……どうってことない。手入れしてもらってたのは、感謝しているが」

少女「ふうん」

剣士「ただ……みんなと再会して、赤眼と会って、
   やっぱり俺は赤眼を倒さなきゃならないんだ、と思った」

少女「お兄さん……勝てるよね?」

剣士「……分からない」

剣士「だが、やるだけやってみるさ」

39: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:16:33 ID:RwXIrkcM


剣士「はあっ! せやっ!」ビュオッ ブオンッ

友人「おいおい、決闘まで特別なことはしないんじゃなかったのか?」

剣士「もちろん、ヤツとの戦いに備えた特別な訓練、のようなことはしない。
   これはあくまで、日常の鍛錬だ」

剣士「特別なことをしないってのは、なにものんびり過ごすってことじゃないからな」

友人「なるほどね、そういやそうだな」


40: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:19:43 ID:RwXIrkcM


少女「ねーねー、お姉さん! お料理、教えて!」

女「いいわよ。どんな料理を作りたい?」

少女「うーんとね……」



赤眼『砂糖を“猛毒”だと評する学者もいるぐらいにな』



少女「し、塩まみれの料理!」

女「……お砂糖も、適量であれば毒にはならないのよ」


41: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:22:07 ID:RwXIrkcM


医者(一年前、剣士の父親は赤眼を相手に押し気味に戦いながらも、
   あやつの一撃で敗れ去ってしまった……)

医者(剣士がどのぐらい腕を上げたか知らぬが、厳しい戦いになるじゃろう)

医者(剣士よ、死んでくれるなよ)

医者(親子二代にわたって、この老いぼれが死亡診断をするのはごめんじゃぞ……)


42: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:27:33 ID:RwXIrkcM


女「剣士さん……やはりこの戦い、やめることはできないのでしょうか?」

剣士「……不安か?」

女「え?」

剣士「俺が殺されるのが」

女「いえっ、そんなっ……」

剣士「気持ちはありがたく受け取ろう。だが、俺は逃げるわけにはいかない。
   だから……俺の戦いを見届けていて欲しい」

女「分かりました……見届けさせていただきます」


43: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:29:36 ID:RwXIrkcM


手下B「きょ、今日はトウガラシから食べられるんですね?」

赤眼「ああ、大好物が控えてるからな」モグモグ…

赤眼「ところで、オレが刺した傷はどうだ? まだ痛むか?」

手下B「えぇと……痛いです!」

赤眼「そうか。その痛み、忘れるなよ。
   もしかしたら、お前もオレを脅かす存在になれるかもしれん」

手下B「えぇ~、そうですかぁ? 俺なんかが……赤眼さんに……」テヘッ

赤眼「やっぱり無理そうだな」モグモグ…


44: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/28(水) 02:33:27 ID:RwXIrkcM


少女「お兄さん、いよいよ明日だね! 決闘!」

剣士「ああ」

少女「なんていうか……えぇと、絶対死なないでね!」

剣士「悪いが、約束はできない」

少女「うう……」

剣士「だが……昔は赤眼を倒せたなら、死んでもいいと思っていたが、
   今は……生きてみたいとも考えている」

剣士「それはきっと、お前と出会ったからなんだろう」

少女「お兄さん……」





こうして、瞬く間に決闘までの二日間は過ぎ去っていった。

49: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:33:21 ID:lbPdF3uc
決闘当日――

この町ではリーダー、すなわち“一番強い者”への挑戦者が現れた時、
町じゅうの人間を集めて決闘をするというしきたりとなっている。

といっても半ば風化した古い風習ではあったのだが、近年では二人の挑戦者が現れている。
一年前の赤眼と、今回の剣士である。



ザワザワ…… ガヤガヤ……

「赤眼の圧勝だろう」

「いやいや、剣士もこの一年でだいぶ強くなってるはずだ」

「あんな女の子を連れて旅してたんだぜ? 下手すりゃ弱くなってんじゃねーか?」

「やっぱり赤眼だよ。あいつは強すぎる」

「剣士にも頑張ってもらいたいもんだが……」

50: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:36:13 ID:lbPdF3uc
決闘場の一角にて、すっかり装備を整えた剣士が腰を下ろしている。

友人「決まってるな。調子はどうだ?」

剣士「…………」

剣士「悪くない。とても穏やかな気分だ」

といいつつ、剣士の心は高揚していた。



そこへ――

51: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:39:59 ID:lbPdF3uc
少女「お兄さん、はいこれ!」サッ

剣士「なんだこれは……真っ黒な板?」

少女「ひっどいなー。チョコレートよ、チョコレート!
   お姉さんに教わって、豆から作ってみたの! ちょっとかじってみてよ!」

剣士「どれ……」ガリッ

剣士「固い……」

少女「あれー? ダメだった?」

剣士「ま、これはあとで食べるとしよう」

52: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:42:08 ID:lbPdF3uc
女「剣士さん」

剣士「ん」

女「生きて……生きて戻ってきて下さいませ」

剣士「……ありがとう」

戻ってくる、とはいえなかった。



剣士が出陣する。

ザッ……!

53: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:45:13 ID:lbPdF3uc
赤眼陣営――

赤眼が手下たちに剣舞を披露している。

手下B「すっ、すげえっ!」

手下A「……余裕ですね」

赤眼「余裕じゃない」シュルッ…

赤眼「今回の戦い、果たして勝てるかどうかオレにも分からん」ユラ…

赤眼「それを思うと、高ぶりが止まらんのだ。
   こうして舞っていなければ、とてもじゃないが落ち着かんのだ」シュタッ

舞い終えた赤眼が、満足げな笑みを浮かべる。



赤眼が出陣する。

ザッ……!

54: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:48:42 ID:lbPdF3uc
決闘場の中央で、二人が向き合う。

赤眼「さぁ、一年間熟成させたであろう恨みや憎しみを、オレにぶつけてくれ。
   おっと、甘さもあったか」

赤眼「はたしてその甘さ、お前にとって薬になるかな? それとも毒になるかな?」

剣士は答えない。

赤眼「これは失敬、気持ちが高ぶると多弁になるのはオレの悪いクセだ」



戦いが始まった。



先に仕掛けたのは――

剣士「はああっ!」

55: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:51:15 ID:lbPdF3uc
剣士「はっ! せやっ! はああっ!」

ヒュオッ! ブンッ! ビュアッ!

剣士の鋭く速い剣を、赤眼は余裕でかわし続ける。





少女「いけいけえ! あいつ、よけるだけで精一杯じゃない!」

友人「いいや、ちがう。あれは、赤眼得意の戦法なのさ」

少女「へ……?」

56: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:54:44 ID:lbPdF3uc
剣士が足を止め、一息つこうとした瞬間、赤眼が動く。

シュバァッ!

空を切り裂くような一閃。

赤眼「お前の親父は、今のぐらいで仕留められたんだがな」

剣士「…………」ザッ

剣士もまた、余裕でかわしていた。





少女「すんごい……。なに今の……!」

友人「赤眼の剣は、典型的なカウンター狙いさ。
   敵の力を引き出してから、それを丸ごと飲み込むように、敵を斬る!」

57: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 01:57:48 ID:lbPdF3uc
赤眼「一年前のあの戦い、あれほど鮮やかな一撃を決めることができたのは、
   オレの人生でも初めてのことだった」

赤眼「ようするに、それだけお前の親父の剣が優れてたってことだ。
   さぁ……そろそろお前の本当の剣を見せてくれ!」

剣士「……いいだろう」

剣士がより攻撃的な構えを取る。

剣士「いくぞっ!」ギュオッ

ヒュアッ! シュバッ! ビュオンッ!

猛烈な連撃が、赤眼に襲いかかる。

58: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:00:53 ID:lbPdF3uc
剣士(赤眼のカウンター剣に打ち勝つには、
   それをさせぬほどの猛烈な勢いで、ただひたすら攻めあるのみ!)

ビュオッ! ビュアッ! ビュウンッ!

赤眼もかわし続けるが、その顔から笑みは消えていた。

赤眼(これだ……!)

赤眼(この迫力! この速度! この危機感! どれをとっても素晴らしい!
   一年前の父親以上だ!)

剣士「だああっ!」

ビュアオッ!

剣士(当たらない……なら当たるまで攻めるのみ!)ダッ

59: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:05:05 ID:lbPdF3uc
しばらく、剣士が斬りかかり、赤眼がかわす光景が続いた。
だが、剣士は大きく息を吸い込むと――

剣士「はあっ!」

赤眼「!」



キンッ! ――ズシャアッ!





ほとんどの観客には何が起きたか分からなかった。

友人「な、なにが起きた……!? どうなった……?」

しかし、半年間剣士と一緒にいた少女にはかろうじて見えていた。

少女「お兄さんの、すんごい一撃を……あの男が剣で受け止めて……
   その力を利用して……お兄さんを斬った、の……」

友人「なにい!?」



次の瞬間、剣士は膝をついていた。

60: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:08:09 ID:lbPdF3uc
脇腹から血を流しつつ、剣士は赤眼を睨みつける。

赤眼「……っと、浅かったか。ここはうかつに攻めないでおこう」ピタッ

剣士「…………」ジャキッ





女「剣士さんっ!」

少女「お兄さぁんっ!」

医者「あの傷、見た目ほど深くはない……。ひとまずは大丈夫じゃ」
  (だが、決して無視したまま戦えるほど、浅くもないが……)

61: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:11:13 ID:lbPdF3uc
赤眼「さぁ、こい! 手負いの獣ほど、より強力で凶悪になるという!
   その程度の傷で音をあげるほど、安い鍛え方はしていないだろう!」

剣士「いわれなくとも!」ダッ

ビュオッ! ブウンッ! シュバッ!

剣士が攻める。

剣士(ぐっ……!)ズキッ

しかし、その動きは明らかに精彩を欠いていた。
傷の痛みと、カウンターへの警戒心が、剣を鈍らせているのだ。

赤眼「…………」

62: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:15:08 ID:lbPdF3uc
赤眼「たった一傷でそんなザマとはな……」

剣士「!」

赤眼「もし、一年前のお前があのまま、恨みを熟成させていたなら……
   あの程度の攻撃でひるむことはなかっただろう……」

赤眼「そうすれば、あるいはオレの剣をも打ち破れたものを……」

赤眼「あんな小娘と出会ったばかりに……やはり甘さはお前にとって猛毒だったようだ」

赤眼「もうこれ以上のものが出ることもあるまい。こちらからいくぞ」スゥッ

赤眼が初めて攻勢に出る。

キィンッ! ギィンッ! ――ガキンッ!

剣士「ぐうっ……!」





女「初めて自分からっ……!」

友人「あいつ、カウンター狙いじゃなく、自分から攻めてもあんなに強えのかよ!」

63: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:18:25 ID:lbPdF3uc
少女(あたしだ……あたしのせいだ!)

少女(もし、お兄さんとあたしが出会わず、甘くならずに戦えてたら……
   お兄さんは勝てた! 生き残ることができた!)

少女(あたしのせいで……! お兄さんがっ……!)





剣士「……違うな」

赤眼「!」

剣士「あいつと出会ったことは、決して毒じゃない。それを今から証明してやろう」

赤眼「ほぉう?」ギョロッ

64: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:21:42 ID:lbPdF3uc
剣士「はっ!」ダンッ

剣士が力強く踏み込む。が、やはりどこか弱々しい。

赤眼(なかなかの速さだが、残念ながらオレには届かん! カウンターの餌食――)

赤眼に迫っていた刃は――

ギュアッ!

寸前で軌道を変え――



ザシィッ!



赤眼の肩に食い込んだ。

赤眼「な……!?」ブシュッ…

65: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:25:01 ID:lbPdF3uc
オォォ……!

まさかの反撃に、歓声が沸く。



女「や、やったっ!」

友人「すっげえ! なんだぁ、今の技!?」

少女(今のは……あたしがお兄さんの素振りを邪魔した時の……!)



赤眼「ぐ……妙な技を……!」ヨロ…

剣士(よし……!)

剣士(あと一太刀入れれば、勝てる……ッ!)

剣士(親父の仇を討てるッ!)

66: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:30:29 ID:lbPdF3uc
剣士「だああああっ!」

ギンッ! キィンッ! キンッ!

勢いを増した剣士の猛攻。赤眼もかわし切れず、受けるのに精一杯となる。

剣士(――ここだッ!)ギュオッ

刃の軌道が変わる。先ほどよりもずっと滑らかな変化。

しかし――

赤眼「甘い」

勝負を決めるはずの一撃は完全に読まれていた。
あっさりと受け止められ、逆に赤眼のカウンターが炸裂する。





バシュッ……!





剣士の胸が、切り裂かれた。

67: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:33:50 ID:lbPdF3uc
赤眼「同じ技を立て続けに放って、オレに通じると思ったか?
   やはり甘さはお前にとって“猛毒”に過ぎなかったな」



ワァッ……!

剣士の胸から血が噴き出す。全身が、足元からぐにゃりと崩れ落ちていく。



剣士(甘かった……!)

剣士(なら……今こそ、甘さを捨てる……)

剣士(親父の仇を取る! 復讐してやる! ブチ殺してやる!)

剣士(この赤い目のクソ野郎を、叩き斬ってやるッ!)

剣士(俺はまだ、やれる! やれ……る……!)

剣士(ま、だ……)

68: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:37:01 ID:lbPdF3uc
剣士(ち、ちくしょう……! 立て……ない……! 恨みが足りね……ぇ……)



“何をしている”



剣士(この声……!? まさか……!?)



“私のことより、今の仲間のことを考えろ。ほら、いい匂いがするだろう”



剣士(匂い……?)クンクン

69: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:40:44 ID:lbPdF3uc
剣士(な、なんだ、この匂い……。甘い……香り……)



『お兄さんっ!』



剣士「――――!」ハッ



ザクゥッ!



赤眼「!?」ビクッ

地面に倒れる寸前、剣士は己の剣を地面に突き刺し、かろうじて踏みとどまった。

そして――

70: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:43:58 ID:lbPdF3uc
剣士「うおおあああああああああッ!!!」グンッ

赤眼「おおおっ……!?」

飛び起きる勢いを利用して、全体重を乗せて、斬りかかる。





ザシュゥッ……!





赤眼「ぐふぉっ……!」

71: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:47:39 ID:lbPdF3uc
赤眼(なぜ……!? なぜ倒れなかった……!?)

赤眼(さっきの一撃……たとえ即死を免れても、ヤツを戦闘不能にするには、
   十分すぎる一撃だったはず……!)

赤眼(分か、ら、ん……)

赤眼(いずれにせよ……オレが最後にとっておいた、大好物は……)

赤眼(オレにとって……とんだ猛毒、だったようだ……)



ドサァッ……



ワアァァァァァ……! オオォォォォォ……!



………………

…………

……

72: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:50:49 ID:lbPdF3uc
剣士の体はすぐさま町の医療施設まで運ばれた。

少女「お兄さん、お兄さんっ! しっかりしてぇっ!」

女「生きて下さい! お願いします!」

友人「勝ったんだぞ! お前は勝ったんだからな!」

医者「…………」

73: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:53:54 ID:lbPdF3uc
少女「ごめんなさい、お兄さん! あたしが……あたしがいなきゃっ!
   お兄さん、こんなケガしないで勝てたのに……!」

剣士「……いや……」

少女「!」

剣士「そんなこと、ない、さ……」

少女「お兄さんっ!」

剣士「ヤツの最後の一撃……復讐心では、立ち上がることができなかった……」

剣士「立てた、のは……お前のおかげ、だ……」

74: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 02:57:25 ID:lbPdF3uc
剣士「復讐にこだわったままじゃ、おそらく……俺は……赤眼には勝てなかった……」

剣士「たとえ、勝った……としても……その先は……なかった、だろう……」

剣士「俺を復讐だけを誓う、つまらん人間から……引き上げてくれたのは……
   まちが、いなく……お前だ……」

少女「お兄さん!」

剣士「あ……あり、がとう……」

剣士「…………」

少女「お兄さんっ! お兄さぁんっ!」

女「ああっ……!」

友人「ちくしょう! 勝ったのに! 勝ったってのに!」ガンッ

75: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 03:00:24 ID:lbPdF3uc
少女「おじいちゃん、お兄さんを助けてっ!」

医者「もちろんじゃ!」

医者(じゃが……これではもはや……)

老人は長年の経験から、剣士の命運を冷静に判断していた。

医者(――ん、なんじゃ?)クンクン

医者(この甘い匂いは……?)



………………

…………

……

76: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 03:03:50 ID:lbPdF3uc
町のど真ん中で、少女の声が響き渡る。



少女「えい、やっ、とうっ!」ヒュンッ

木で作られた練習用の小さな剣を、一生懸命振り回す。

女「今日も精が出るわね」

少女「……うん。だって、あたしがお兄さんの後を継ぐんだもん!」ヒュンッ

女「ふふふ、きっと……剣士さんも喜ぶわ。
  あなたのような人に、剣と意志を継いでもらえれば……」

77: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 03:08:37 ID:lbPdF3uc
剣士「おいおい、二人とも……まるで俺を死んだように扱うな」

少女「あっ、お兄さん! お帰りなさい!」

女「ケガの具合はいかがですか?」

剣士「傷はふさがってきているが……なにしろ心臓をかすめるように、
   骨も肉もバッサリとやられたんだ」

剣士「もう、前のように剣は振るえないだろうな」

少女「お兄さん……」

剣士「気にするな。赤眼の実力は間違いなく、俺の命以上のものだった。
   それなら、生きてるだけで儲けもんだ」

友人が笑い声とともにやってきた。

友人「ハッハッハ、だよなぁ!」

友人「あんときゃ、もう絶対ダメだと思ったもんよ」

78: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 03:11:58 ID:lbPdF3uc
剣士「これはこれは、町長……なんのご用ですか?」

友人「わざとらしい敬語やめてくれる?」

友人「つか、あの後、俺を町のリーダーに指名したのお前だしな!
   “強い者が町を治めるのはもう終わり”ってことでさ」

友人「お前と赤眼の戦いが凄惨だったのも手伝って、みんなあっさり賛成しちまったし」

友人「手下どもも、赤眼のあんな心底楽しみましたみたいな死に顔を見たら、
   納得したようにどこかに消えちまったしな……」

女「友人さんのおかげで、この町もあの殺伐さが見違えるように栄え始めましたよ」

友人「どうやら俺、商才っつうのか、博才っつうのか、そういうのあったみたいね。
   なーんてね」

少女「夜な夜な、お金の勘定するの好きそうだもんねえ」

友人「そうそう、みんなが寝静まった頃、コインやお札を数えてる時が一番幸せ……
   ってそんなことしねえよ!」

少女「きゃははははっ!」

友人「それよか、剣士のことだ。まさか、あの時あんなもんが見つかるとはな。
   今思い出しても笑っちまうよ」

79: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 03:15:24 ID:lbPdF3uc
医者『懐になんか入っとる……。なんじゃこれ……?
   これは……真っ二つに割れたチョコレート……!? これが甘い匂いの正体か!』



友人「なんであんなもん、懐に入れてたんだよ」

剣士「いや、後で食べるって約束したから……」

友人「いやいや入れねーだろ、フツー! これから決闘って時に!」

少女「入れない入れない! 普通はどこかに置いておくよね!」

剣士「そうかな……」

赤面する剣士。

女「でも、もしあれが懐に入ってなかったら……盾になってなかったら……
  相手の剣が剣士さんの心臓に、到達してたかもしれないんですよね……」

友人「赤眼の剣がそんな甘いものだとも思えねーし、今となっちゃ分からないけどな」

友人「ひとつだけいえることは、あのチョコレートは血でベトベトだったから、
   食えたもんじゃなかったってことだな」

80: 以下、名無しが深夜にお送りします 2015/10/29(木) 03:21:10 ID:lbPdF3uc
少女「そういえば、あれ食べてもらえなかったんだっけ」

少女「よぉーし、そんならあたし、もう一回作っちゃうよ!」

少女「今度は剣でも斬れないような、すんごい固いやつをね!」

剣士「……おい」ボソッ

女「はい?」

剣士「あいつがチョコ作るとこ、見てやってくれ。
   歯が欠けるような固いのを持ってこられたら、たまったもんじゃない」

女「ふふっ、分かってますよ」

少女「それじゃ甘くてカッチカチのチョコ作りに、レッツゴー!」







― おわり ―