前回 貴音「765プロが倒産してもう2年半なのですね……」

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 20:56:15.65 ID:RL+phXrT0
765プロの事務所が解体されるその日、私は夜遅くまで事務所に残って荷物を片づけていました。

傍らには同じく事務員兼プロデューサーの律子さんがせっせとダンボールに備品を詰め込んでいます。

「小鳥さん、ここの風景とももうお別れですね」

「はい、みんなの思い出がいっ~ぱい詰まった場所ですから。ちょっと、寂しいですね。」

「これからどうするとか決まってるんですか?」

「そうねぇ……。三十路までに彼女いない歴=年齢っていうトコを何とかしたいですねぇ」

「そこですか……。ま、どうなるにしても小鳥さんなら、きっとうまくいきますよ」

「ありがとうございます。乙女よ大志を抱け、ですね!」

「その意気です!」「はい!」

それから1年経ちました。そんな私の今の生活は……



「はい!牛丼並盛お待たせいたしました!」

「あ、つゆだくにして欲しいって言ったんですけれど……」



まさか、まさかうら若き乙女が、一人牛丼を食べる毎日だなんて……

引用元: 小鳥「765プロが倒産してもう一年ね……」 


 

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14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 21:07:35.24 ID:RL+phXrT0
自己紹介が遅れました。元、アイドル事務所で働いていました事務員、音無小鳥3×歳です。

趣味は妄想とネット掲示板巡り。去年まではどこにでもいるOLでした……。

けれど……。



「紅ショウガをちょっとのせると美味しいのよね~」

スーツや作業着を着たおじさんに囲まれて、ホカホカの牛丼に紅ショウガをちょっと振りかけます。

「はふ、はふ」

牛丼をかきこむように口に入れました。

学生時代はファミレスに入るのも、ちょっと躊躇していましたが今は恥も外聞もありません。

周りを見渡すと、男の人ばっかりです。私を一瞥したあとにまた視線を元に戻します。



うぅ、そんなに三十路女性1人で牛丼屋にいるのが珍しいのかしら……。

早めに平らげて、500円玉をカウンターに置いて店の外へ出ました。





「あっつい……」

クーラーの効いた店外から出ると日光が照りつけます。





プロデューサーさぁん……私ニートになっちゃいましたぁ……。


24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 21:21:46.56 ID:RL+phXrT0
特に何もすることが無いので、駅前のベンチに座り、ボーっとしました。

「はぁ……みんな元気なのかなぁ。何してるのかしら」

道行く女の子を眺めます。

あ、あのリボンの子は春香ちゃんに似てるわねぇ、とかやよいちゃんが成長したらあんな感じになるのかしら

な~んて妄想を脳内で繰り広げて暇つぶしをします。



765プロは去年、営業不振で倒産しました。その主な原因は……

プロデューサーさんの過労死です。



私の隣のデスクで働いていたプロデューサーさんはアイドルの皆からとても慕われていました。

黙々とパソコンを叩いて作業している時も、必ずだれかが話しかけていたり、遊んだり、差し入れを持ってきてたりしました。

そんな光景を見ていると、あぁ私765プロに就職してよかったなんて思ったりもしました。



だけど、プロデューサーさんは毎日残業をして、会社に泊って……。

そして、ついに自宅で倒れて意識が戻らなくなったそうです。


31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 21:35:13.06 ID:RL+phXrT0
私もプロデューサーさんをとても尊敬していたし、好きでした。

夜遅くまで二人っきりで仕事に追われていた日々が蘇ってきます。



薄暗い事務所でカップラーメンを二人して啜りながら、同じ書類に目を通していました。

「それにしても、本当にすごいですよね。まさか春香ちゃんが雑誌に載るだなんて」

「はい、この企画は春香にとって、アイドルの第一歩となるでしょう」

プロデューサーさんはまるで自分の事であるかのように喜んでいました。



だけど、そんな頼れる同僚であり、親しい友人でもあったプロデューサーさんはもういないのです。

悲劇のヒロインを気取って傷心するようなお年頃では無いのはわかっているつもりですが、

どうしても皆の泣き顔が心に浮かんできてしまいます……。



アイドルに囲まれていた頃は私もヒロイックな気分に浸れていました。

けれど、今はただの平凡な元OLです。

なんだか現実って厳しいですねー……。


37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 21:50:06.69 ID:RL+phXrT0
「はぁ……」

最近ため息が多くなってきました。

こんな時は妄想か……コレに限ります。



私はポケットから携帯電話を取り出し、一つのファイルを開きました。

電子機器の扱いは、主に乙女の欲求を満たすために随分と上達しました。





「「春香!おめでとうー!」」

「え、えへへ。みんなありがとう」

携帯電話の荒い画質と音声ですが、何度も何度も再生した動画です。

小さなレストランを貸し切って、春香ちゃんの雑誌掲載記念パーティーをした時のものです。

上座に座る春香ちゃんの目の前には大きなケーキが置かれていました。



765プロのアイドルたち全員が笑顔で拍手をしています。

春香ちゃんの隣にはデュオを組んでいる千早ちゃん。やっぱり千早ちゃんも笑顔です。



「春香ちゃん!今の感想をどうぞー!」

撮影をしているので姿が見えませんが、私の声が聞こえてきました。

春香ちゃんは頭をポリポリとかき、照れ笑いを浮かべて

「なんだか私はアイドル!って初めて思えた気がします。」

それから椅子の上に立ちあがって

「天海春香!トップアイドル目指します!」と叫びました。



この直後どうなったかは想像に難しくないと思います……。


46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 22:05:37.76 ID:RL+phXrT0
ここで一旦動画が途切れます。

そして切り分けたケーキを食べている千早ちゃんが写りました。

「千早ちゃん、パートナーとして祝辞を一言お願いします!」

「はい。この調子でいけば、私の歌が認められる日も遠くないかと……」



この頃の千早ちゃんはちょっと近寄りがたい雰囲気をまとっていました。

そんな千早ちゃんも765プロの皆と仲良くなっていくうちに、随分と変わりました。



「真美ー!一番おっきいケーキを取るのだ!」

「りょーかい!亜美とつげきー!」

亜美ちゃんと真美ちゃんが大皿に向かって手をフォークを伸ばしています。

雪歩ちゃんがそれの下敷きになっています。



「ねぇ響、ハム蔵もケーキ食べるかなぁ?」

「なんくるないさー」

響ちゃんと真ちゃんがちょっと離れた場所で座り込んでいます。



「いおりんのMAマジさ──」



この後も動画は続くのですが……。

私は携帯電話をしまいました。



765プロの元事務員として、せめて皆が不自由なく幸せな暮らしをしてくれていれば……。

そう願って止みません。


49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 22:15:52.26 ID:RL+phXrT0
「きっと、みんなのことだから大丈夫よね」

それに……少なくとも春香ちゃんと千早ちゃんと律子さんは元気そうですから。



もう一度携帯電話を取り出して、お気に入りを開きます。

駅前のベンチでニヤニヤしながら携帯電話を眺めている私をちょっと不審そうに通り過ぎていきますが、

きにしません。だって、春香ちゃんのブログにこ~んな更新があったんですもの。



みなさん!今日は更新が遅くなってごめんなさい!

今日はなんとあの如月千早ちゃんと秋月律子さんに会っちゃいました!

オーディションの帰りがけにばったりと会ったんですが、本当にビックリ☆

すぐにまた仲良しの3人に戻って、すっかり話しこんじゃいました。

今回のオーディションは、自信があります!皆さん、これからも天海春香を応援してくださいねー。



さすが、元気いっぱいで、太陽が嫉妬するほど明るかった春香ちゃんです。

今もアイドルを目指して頑張ってる。



そう思うと、崖っぷちな私でも、ちょっと勇気が出てきます。


54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 22:34:08.86 ID:RL+phXrT0
私もグダグダしてないで、婚活も就活も頑張らなくちゃいけません。

「そうよ!音無小鳥、まだまだこれから!」



ベンチから勢いをつけて立ち上がり、

「とりあえず新刊のチェックをしましょう!」

と、本屋に向かいました。



すると……

下校途中の中学生らしき集団に巻き込まれました。

「わわっ」



あれよこれよと人並みに流されていきます。

これじゃ私のお気に入りの百合漫画が売り切れちゃうかも知れないぴよっ!

私はすかさず、サイドステップをして中学生集団を横に抜けました。



「ふぅ、ダンスレッスンをこっそり真似してた成果が出たわね……」

この集団が通り過ぎないと本屋に行けないわ……。

私は頬に手を当てながら列が途切れるのを待っていました。



「あら……?」

その中の一人が、ふと目につきました。

あの丁髷の髪留めのヘアスタイルってどう見ても……。

「亜美ちゃん……か、真美ちゃん……よね?」


59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 22:44:35.96 ID:RL+phXrT0
「んん~……」



後ろ姿をよ~く観察します。

ヒップ……は同じね。

ウェスト……も一緒でした。

バスト……は背中からは見えないけど多分一緒です。



じゃあ見分けがつくとしたら……

左についた赤い髪留めに真美ちゃんより短いサイドテール。

どうやら亜美ちゃんのようです。

歩くのに合わせて、ゆさゆさと揺れています。



「もう亜美ちゃんも中学2年生かぁ」

年をとると時間が過ぎるのはあっという間ですが、

きっと亜美ちゃんにとってはこの1年はずっと長く感じられたことでしょう。



プロデューサーさんの件を、ちゃんと乗り越えられていればいいのですが……。


73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 22:59:37.62 ID:RL+phXrT0
そこで、ささいな疑問が頭をよぎりました。



いつも二人で一人の双海姉妹ですが、今日は一人っきりです。

まぁ、四六時中トイレもお風呂も一緒というわけではないでしょうが

下校が別々なのはちょっと気になります。



それに……なんだか周りの子との様子がおかしい気が



「おい、亜美!あれやれよ!」

男子学生の一人が手を叩いてはやしたてます。

「とかちやれよ!とかち!」

そう言って背中をどんと押します。



「……あーなーただけが……使えるテークニックで……とかちつくちて……」

駅前の真ん中で、男子学生に囲まれながら、振り付け付きで『夜のエージェント』を

亜美ちゃんは踊っていました。



「あっはっは!マジうけるんだけど!」

それを見た周りの子たちは大笑いをしています。

亜美ちゃんは悔しそうに歯を食いしばっています。



「ちょ、ちょっとこれって……」

段々と心臓の鼓動が速くなってきました。

血の気がひいていきます。



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 23:12:21.27 ID:sK9ALx3q0
「明日も踊らさせるからな!犯罪者!」



亜美ちゃんは靴の裏で背中を思いっきり蹴られました。

「うぁ!」

前のめりに思いっきり倒れ込みます。

立ちあがらずにひたすら、下を俯いて、拳を握って震えていました。



男子学生の集団が立ち去った後にも、ずっと倒れたままでした。

「兄ちゃん……」

そう、小さく呟いた後に、膝についた砂を払って亜美ちゃんは歩きはじめました。



「なーやんでもしかーたない……」

亜美ちゃんは765プロ時代のイメージソングでもある『ポジティブ!』をボソボソと歌っていました。

この歌を聴くと、いつも私は仕事をもうひと踏ん張りできる活性剤とも言える曲だったのですが。

こんな『ポジティブ!』。私は聞きたくなかったです。



「亜美ちゃん!」

このまま放っておいて帰ることなんて出来るわけがない。

私は小さな背中に向かって叫びました。



94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 23:23:35.85 ID:sK9ALx3q0
亜美ちゃんは大きく体を震わせました。

おそるおそる振り返ります。そんなに怖がらなくてもいいのに……。



私の顔を見て、すぐに気付いたようです。



「ピ、ピヨちゃん……」



亜美ちゃんは、ほんの少しだけ背が伸びましたが

外見はほとんど変わらず、去年のままでした。

だけど、半袖から覗く素肌には細かい擦り傷と何か火傷したような小さな赤痣がついていました。



私の顔を見て少し目をそらして、それから腕で目をゴシゴシと擦って

「んっふっふー!お久しぶりだねぇ、ピヨちゃん!調子はDo-dai?」

白い歯を見せて悪戯っ子の笑みを向けました。



「亜美ちゃん……」

「亜美はメチャ元気だよ→!さっきも楽しく遊んでたんだ!」



外見も、口調も、テンションも、何もかも亜美ちゃんのままのはずなのになんて悲しいのでしょう。

「ちょっと、アイスクリームか牛丼を奢るからお話しましょう。亜美ちゃん」


110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 23:37:13.05 ID:sK9ALx3q0
「ピヨちゃんさんきゅぅ~!」

「え、えぇ……」

結局、アイスクリームと牛丼の両方を奢りました。



食べている間も亜美ちゃんは必死に笑顔を作っていました。

その間に、私はどうしてこうなったのか考えていましたが……。

悪戯好きだけど、決して人の本当に嫌がるような事はしません。

何より、こんなに明るい子が理由もなくイジめられるわけがありません。



だとしたら……

さっきの男子生徒の一人が言った言葉が引っかかりました。

「亜美ちゃん、ちょっといいかしら」

「んー?どったのー?」



なんだか幼心を無遠慮に傷つけてしまうようで、チクチクと心の奥が痛みます。



「言いにくいことかも知れないけれど……

亜美ちゃん、あの、どうして皆からからかわれてるのかお姉さんに教えてくれないかしら」

「……いじめられてないよ」

そう言うよ、亜美ちゃんは一転して黙ってしまいました。



「ご、ごめんなさい。でも私、出来る限り助けになるから……」

「……真美に聞けばいいよ」

「えっ」


115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/01(木) 23:50:56.65 ID:NANEAX0U0
そう言えばさっきの余りの出来事にすっぽりと抜けてしまっていましたが

真美ちゃんの事を聞くのを忘れていました。



亜美ちゃんが手に持っているアイスクリームが溶け始めています。

「真美は、大体この近くのゲームセンターにいるよ」

「えっ。学校は……」

「しばらく行ってないよ」

「……」

「真美はね、グレちゃった」



……たった1年でここまで変わってしまうものなのでしょうか。

私くらいの年になると、不慮の出来事も心構えがどうにかなるものです。

だけど、多感なこの成長期に信頼するプロデューサーさんの死、そして765プロの倒産

が重なって起こったことはきっと亜美ちゃん真美ちゃんにとって相当ショックなものだったのでしょう。



「ごめん……ピヨちゃんから貰ったアイス全部溶けちゃった……」

「……いいわよ……アイスならいくらでも買ってあげるから……」



このまま亜美ちゃんと別れるのは心残りですが、私は真美ちゃんの元へ向かうことにしました。

有り余る不安を抱えながら。プロデューサーさんがいない今、大人代表として私がなんとかしないと……!


121: ◆hoNTo9HMTQ 2011/09/02(金) 00:03:29.24 ID:2mhXTiCm0
駅のすぐ近くのゲームセンターに足を踏み入れました。

ここは不良学生がたむろしている、あまり評判のよくない場所です。

見渡すとタバコの吸い殻が床に散乱していたり、壁にスプレーで落書きがいくつもしてありました。



ゲームセンターは私も好きですが、ここではちょっとハマれそうにないです。

学ランを崩してきた子たちが私をジロジロと睨んできます。

「う、うぅ……」

私は、私の好きなアニメの勇敢な主人公では無く、ただの三十路女性ですから当然怖い、とっても怖いです。

これからは護身用のスプレーでも持ち歩こうかしら……。これは被害妄想じゃないですよね……。





店の奥へ入っていくと、パイプ椅子にあぐらをかいて携帯ゲームをいじっている一人の女の子の背中が見えました。

「真美ちゃん」

「……」

ゲームに熱中しているせいか私の声に気付かないようです。



小さく、呼吸をして大声を出しました。

「ま、真美ちゃん!」

「うわわ!誰、後ろからいきなり!……あ」


131: ◆hoNTo9HMTQ 2011/09/02(金) 00:18:29.84 ID:/9+wi6GK0
振り返った真美ちゃんは、やっぱり髪型は変わっていませんでした。

亜美ちゃんより長いサイドテールに、小さな髪留め。



だけど……

「真美ちゃん、大人っぽくなったわね」

真美ちゃんは、先ほどの亜美ちゃんとはうってかわってお化粧が濃くなりました。

そして、服装もまるでゴシックプリンセスのような黒を基調とした格好です。

それが、ちょっと背伸びした印象を与えています。

不良=黒のイメージはいつの時代でも不変のようです。





「……ピヨちゃん。久しぶりだね」

携帯ゲームに目を戻し、気だるそうに、挨拶をされました。



そのままボタンを押す手は緩めずに続けます。

「どうして真美がここにいるってわかったの?グーゼン?」

「亜美ちゃんが教えてくれたの」

「……」



ボタンを動かす指がピタリと止まりました。

「ふふーん。そっか。亜美かぁ……」



昔は全く見分けのつかない双海姉妹でしたが、今では誰が見ても区別できると思います。


137: ◆hoNTo9HMTQ 2011/09/02(金) 00:28:53.58 ID:/9+wi6GK0
「亜美は元気なの→?」

「えっ、真美ちゃん……知らないの?」

「うん、ほとんど会ってないもん」





これは喜ぶべきか悲しむべきなのでしょうか。





私は口元に手をあてて、思案を巡らせます。

真美ちゃんは亜美ちゃんがイジめられている事を知らない……。

だったらここで私が勝手にそれを伝えるのは、良くない気がしました。

あの傷の様子だと、イジめられているのは大分前からのようです。

きっと、それまでに相談くらいはしているハズです。

それが無いということは、きっと真美ちゃんには知られたくないのでしょう。



そこで、私は漠然とした質問をすることにしました。



「真美ちゃん、一体何があったの?」

「……」



黙ってしまいました。こういうところは双子なだけあって、そっくりです。

だけど、真美ちゃんの方がちょっぴりお姉さんな分、話を続けてくれました。



「……医療ミスだよ」


149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 00:47:27.15 ID:/9+wi6GK0
また携帯ゲームを再開し始めました。まるで気を紛らわすかのように。



「…いよっと……真美のパパがお医者さんなのは知ってるよね?」

「えぇ」

確か、この近くの病院に勤めている主治医ということは、以前に聞いていました。



「そんでね→。兄ちゃんが死んじゃってから真美と亜美は……えぃ!……ちょ~っとだけヤバかったんだよね」

「……」

「だからね→。……うん、そーゆーことだよ。」

あまり言いたくないようです。

要するに、真美ちゃんと亜美ちゃんはプロデューサーさんの死がショックでとても落ち込んでしまって

それで、お父さんはそれを気にかけて医療ミスをしてしまった。



これで繋がりました。亜美ちゃんが犯罪者と言われて、イジめられていた理由が。

それにきっと、プロデューサーさんの事も関係しているのでしょう。

噂は一度広まれば、本当のことじゃなくても事実になってしまうものです……。



「そんでね、そんでね。パパとママが離婚するんだ」

「えっ……」

「真美はパパ、亜美はママについていくことに決まったんだよ」

「……」

「あ、ゲームオーバーになっちゃった」



真美ちゃんの顔は、下方の画面を向いていました。

けれど、私には、真っ黒い液晶画面に反射して、唇が小刻みに震えているのが見えてしまいました。


162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 01:02:21.81 ID:/9+wi6GK0
余りに過酷な境遇に、私は打ちのめされてしまいました。

さっきまで私が何とかする、と張り切っていた威勢がどんどんと萎えていきます。

回れ右をしたい気持ちが膨らんできます。

そういえば、私、3×歳の現在無職でした。



「あ、あのね……真美ちゃん、私が何とか……」

どの口が言うのでしょう。



「……ピヨちゃんに何が出来るのさ」

「……」

「兄ちゃんも!社長さんも!はるるんも!千早ねーちゃんも!もうみーんないないんだよ?!」

「……」



だけど、なんとかしたいんです、私は。

絶対に私が助けるから!嘘でもいい、そう言うつもりでした。

だけど口から出たのは……



「そ、そう。じゃあ、が、がんばってね……」



あら?


176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 01:12:10.43 ID:/9+wi6GK0
お、おかしいわね。こんなハズじゃ……。



「き、きっとなんとかなるから」

「……」

真美ちゃんは、唖然としていました。

それから、フッと鼻で笑って

「さんきゅ→ピヨちゃんも元気でね……」

と私に伝えた後に、



「かみーさまーねぇー…かみさーまー……」



真美ちゃんは『スタ→トスタ→』を口ずさみました。

それから、私はしばらく立ち尽くしていましたが、一度として真美ちゃんが私の方を向くことはありませんでした……。


203: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 01:26:19.98 ID:/9+wi6GK0
し、仕方ないわよね。私はアイドルじゃないただの一般人だしこれから

就職も決めなくちゃならないし結婚もしなくちゃならないし来週合コンあるしコミケもそろそろ近いし……



そんないいわけを、家に帰ってひたすら並べたてました。

「はぁ~……たとえば石油王なんかが突然現れて、玉の輿にでもなれないかしら……」

缶ビールといかの燻製を口に入れながら、そんな妄想をしてしまいます。



わかってます。そんなアニメみたいな展開、あるわけ無いんです。

いい加減、夢物語から冷めなければならないのはわかっています。

けれど、私の若い頃を思い出してしまうと、どうしても妄想癖が止まりません。



「今のみんなは、私と同じ気持ちなのかな~……」

6本目の缶ビールを飲みながら、天井を見上げました。


218: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 01:51:30.23 ID:/9+wi6GK0
缶ビールが切れたので、賞味期限の切れた牛乳やチーズを掻き分けて

赤ワインを発掘しました。グラスに注ぎます。



このまま10年くらいたって、同窓会で「久しぶり!」なんて言うのかな……。



そしたら亜美ちゃんや真美ちゃんもすっかり大人になっちゃってて……。

あ、春香ちゃんはいい奥さんになりそうねぇ。

「昔はアイドルやってたんですよ、私!」な~んて他愛なく笑っちゃったりしたりして

千早ちゃんもすっかり丸くなって「今はカラオケの先生をやってます」とか言っちゃうのかしら……。

真ちゃんと雪歩ちゃんはとっても仲が良いから、10年後も二人で会場に来そうねぇ……。

あずささんは運命の人見つけて、お子さんを連れてくるのかしら……。





「やだな……」



グラスを人差し指で傾けながら、また自分の世界につかってしまいました。



突然、携帯電話が鳴り響きました。

「わわっ」

その音で現実世界に引き戻されます。



「は、はいぃ、もしもしぃ……」

「あらあら~音無さん酔っているんですかぁ~?」


228: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 02:16:35.61 ID:/9+wi6GK0
「あずささんですかぁ?」

『はい~』

穏やかながらもどこか艶っぽい声が聞こえてきました

あずささんとは765プロが倒産した後も、呑み友達としてたま~にたるき亭で飲み明かしています。

主な内容は、恋愛話、もとい私に彼氏ができないという愚痴なのですが。



「聞いてください~。私ダメダメなんですぅ……」

『はい~』

「このままじゃ彼氏なんてできませんよぅ~……」

『ダメですよ。音無さん、そんな弱音いってたら春香ちゃんに笑われちゃいますよ~』

「へ?春香ちゃん?」

『はい~。つい先日会ったんです。なんだかちょっと元気無さそうでしたけれど、やっぱりと~ってもいい子でした』

……春香ちゃん、オーディションあんまりうまくいって無かったのかしら。



「そうですか。私も、頑張らないとですよね。お互い運命の人見つけましょうね!」

『……あの~その件なのですけれども、すいませんお電話でお伝えしてしまって~。』

「えっ?」

『私、お見合い結婚することになりました~』



……。


238: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 02:30:15.28 ID:/9+wi6GK0
それから数日が過ぎて……。



「ふぁ……」

また、夕方に目が覚めてしまいました。

机に置いてあった飲みかけのお茶を飲んで、お腹をかきながらそのままPCの前に胡坐をかきます。



ひたすら3ちゃんねるを見て、お腹が減ったら何か食べて、寝る生活を数日続けていると

なんだか全部どうでもよくなってきてしまいました。



亜美ちゃんや真美ちゃんのことも、リアリティが薄れてあれは夢か何かかと思えてきます。

それでも未だに「春香ちゃんはできる子応援団」なる名目で春香ちゃんのブログにコメントを

し続けているのは、せめてもの、765プロとの繋がりを持ちたかったからかもしれません。



「何か面白いスレッド無いかしら……」

眠気眼でマウスを動かし、文字の羅列を上から下へ眺めます。



時間が潰せれば、もう何でもいいです。

そしてふと、1つのスレッドが目にとまりました。



──密ドル★3


247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 02:43:55.27 ID:/9+wi6GK0
密ドル……聞き慣れない言葉ですがこういう言いまわしはきっとアイドルに関係するものなのでしょう。

それに短時間で3スレッドも消費しています。



「……祭りの予感ね」



私はすかさずスレッドを目にもとまらぬ速さで開きます。

そして、ざっとレスを眺めて、有益な情報が無いことを確認すると

『kwsk』

と打ち込みました。

鼻をすんすんと鳴らして、返信が来るのをうずうずと待ちます。



返信が来ました。

URLだけが張られています。



それを開くと『Kugyuu!ニュース』の記事にリンクが飛びました。

見出しは「違法ペットショップ 検挙」



「うーん、世の中にはひどいお店もあるのね……」



だけど、これだけだとそこまで騒ぐようなことじゃない気がします。

スレッドを更新すると何でも、そこで働いていたアルバイトが元アイドルだそうで。

「密猟アイドル」を略して「密ドル」と呼んでいるそうです。



……なんだかイヤな胸騒ぎがしてきました。

でもまさか、そんなハズは無いと思います。


254: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 02:55:18.24 ID:/9+wi6GK0
『特定マダー?』

『もうちょっとで本名わかるわ』



そんなやりとりがスレッド上で繰り広げられています。

そんなハズは無いわ。そう何度も心の中で繰り返してもドキドキが止まりません。



「早く、早く」

違うことを確認して、ホッとして、夕飯に出かけたいのです。





『特定した。こいつだわ』





張られているサイトは、私が以前に作った765プロの響ちゃんの紹介ページでした。

響ちゃんが満面の笑みでピースをしています。



「あ……あぁ……」

嘘よ、まさか響ちゃんに限ってそんなこと……。



──確かめないと。



私は、泣きそうな気持ちをグッと堪えて、財布を掴んで、響ちゃんのアパートに向かいました。


317: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 09:00:04.38 ID:/9+wi6GK0
響ちゃんは765プロきっての動物好きな優しい子です。

そんな響ちゃんがよもや法に触れるようなことを率先して行うハズがありません。



響ちゃんの一人暮らしのアパートに到着しました。

ほとんどパジャマのまま、しかもサンダルで来てしまいました。



「響ちゃん……」

胸のあたりをギュッと抑え、塗装が禿げて茶色い鉄骨階段を1段1段慎重に上がります。

きっと、「ピヨ子、久しぶりだなー!」なんて言って私にダーイビーングしてくるでしょう。



部屋の前に近づいていくと、響ちゃんの声ではないどこか芯のある低い声が少しだけ開いたドア越しに聞こえました。

「響、辛いのはわかってるよ!だけど、ここは頑張らなくちゃ!」

木製のドアがビリビリと揺れています。どうやら先客がいるみたいです。



ドアの隙間から、音をたてないようにそ~っと覗きこみました。

見ると、アタッシュケースを両手に抱えた響ちゃんと……



「ま、真ちゃん……?」


322: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 09:16:28.76 ID:/9+wi6GK0
「自分、もう沖縄帰る……」



……?!ウソウソウソよね?

あの萎れた声が、響ちゃんなの?

真ちゃんは、そんな響ちゃんの肩をやや乱暴に掴みました。

「そんなこと言っちゃダメだ!それに、響は悪くないだろ」

「カメ子も、サル平も……みんな殺されちゃうんだ……」



きっと、ペットショップの響ちゃんが世話をしていた動物の名前なのでしょう。

ニュースに書いてありました。引き取り手が見つからない動物は「処理」されてしまうそうです。



響ちゃんは真ちゃんの手を払いのけると私がいるドアに向かってアタッシュケースを引きずってきます。

「……響!」

真ちゃんが今度は、背中側から肩を掴みました。



「それに……」

「えっ……」

「取り調べで、お前も関わってたんだろって、動物も虐待してたんだろって。そんな顔してるって。

 真、自分そんな顔してるか?」



……。

響ちゃんは、沖縄で悠々自適で開放的な生活を送ってきました。人を疑うなんてことを今まで全くしてこなかったのでしょう。

そんな響ちゃんが、お店の人に裏切られたこと、そして自分を信じてくれなかった事が大きく影を落としている。そんな風に私には見えました。


395: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 17:37:52.70 ID:/9+wi6GK0
「…じゃあな真。みんなに会えたら、よろしくね」



響ちゃんは、俯いたまま玄関に向かいパンプスを履こうとしました。

だけど、一度猛った真ちゃんは中々止まりません。

とにもかくにも真ちゃんは、765プロ1友達思いの子なのですから。



「待てよ!響!」

今度は、掴んだ手を思いっきり引っ張りました。

二人はきりもむように倒れ、響ちゃんは真ちゃんの下敷きになります。

「あ……」

「……」



「ぴよっ?!」

こ、これは中々美味しいシチュエーションじゃ……。ひびまこは至高!

っていけないいけない。こんな状況で妄想は場違いにも程があります。



「沖縄に帰るのは勝手だよ……だけど、だけどこんなんじゃ天国のプロデューサーが悲しむだろ!」

真ちゃんの、お腹の底からの叫びが響きました。



だけど……

「もう、なんくるなくないさー……」

それも、響ちゃんの心には届かなかったようです。


402: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 17:52:39.79 ID:/9+wi6GK0
急に、場が静まり返りました。

……音無小鳥、完全に出るチャンスを逃してしまったようです。

というより、私は一体何のために来たのでしょう。



勢いに任せてここまで来たのはいいですが、その先を全く考えていませんでした。

また無責任な励ましをかけてあげるつもりだったのでしょうか。

亜美ちゃんを忘れて3ちゃんねる三昧をしていたことを思い出し、ちょっとだけブルーになってしまいます。



けれど、立場は真ちゃんも同じハズです。だったら、私も……。



『つながるハートに伝わる。鼓動が乗ーり越えーたデジタル……』



と、ドアノブに手をかけようとした時に、携帯電話の着信メロディが鳴りました。

真ちゃんは、渋々といった具合で立ちあがり、ポケットから携帯電話を取り出しました。

「う……」

画面を確認すると眉を八の字にして、小さくうめき声が漏れました。

「ご、ごめん。響、出るね」

「……」

響ちゃんは上半身だけ起き上がって、そのまま小さく丸まってしまいました。


410: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 18:03:13.07 ID:/9+wi6GK0
「もしもし?あーうん……今、響のとこにいるよ。ちゃんと言っただろ?」

真ちゃんは落ち着きなく、部屋の周りをグルグルと周回しています。

「あと1時間で帰るから……。えっ、う、うん。……わかった。じゃあね。」



真ちゃんはボタンを1つ押すと同時に

「はぁ……」

とため息が一つ漏れました。



それから前髪をかきあげるような仕草をしました。ドキッ。

「ごめん。響、あと1時間以内に帰らないと、ボク、なんだか埋められちゃうらしいから」



……真ちゃん、苦労人の相が出てるとは昔から思っていたけれど。

やっぱり大変なようです。



「心変わりする気はない?」

「……」

響ちゃんは依然として、アルマジロのように丸まったままです。



……。



前髪をあげた手はそのままで、やれやれと言った表情をして真ちゃんは言いました。

「……わかったよ。じゃあ、ボクが一時的に動物たちを全部買い取る」

「えっ……」

響ちゃんが目を丸くして真ちゃんを見上げました。


419: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 18:22:17.13 ID:/9+wi6GK0
「な、何言ってるんだ真。そんなことできるわけ……」

「なんとかするよ」

「どれだけお金がかかるか……」

「なんとかする」



真ちゃんはそう言って、携帯電話をジーンズのポケットに差し込み響ちゃんの肩を優しくポンと叩きました。

「さぁ、あとは響が、自分の力で立ちあがるんだ。」

そのまま帰ろうとする真ちゃん。それを響ちゃんがシャツの裾を掴んで引き留めました。



「何でそこまでするんだ……。真は、真は関係ないだろ!!」

今日初めて響ちゃんの大きな声が聞こえました。

その手を包み込むように握って、真ちゃんは言いました。

「関係あるよ……。だってボクたちは──」





その後、真ちゃんはドアを思い切り開け放ちました。

「?」 キョロキョロと不審そうに辺りを見渡しています。

私は、それを、数歩先の壁から覗きこんでいました。



それからしばらく壁際にもたれかかって、やがてズルズルと滑りおちて、尻もちをつきました。


426: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 18:42:24.03 ID:wWYkey1v0
行く宛も無いので、夜の駅前をウロつくことにしました。

道行くカップルの肩にわざとブツかってやります。

「おい、気をつけろ」

そんな言葉が耳元を通り抜けていきますが、無視です。無視。



どうして、あんなことが出来るのでしょうか……。

若いから?それともアイドルだからなのでしょうか。



缶ビールを一息に飲み干し、握りつぶします。

「あずささんにも先を越されちゃったし……もうどうしましょうー……」

段々と酔いが回ってきて、足元がふらついてしまいます。



「うふふ……」

音無小鳥、生き遅れ街道まっしぐらです。





「あお……り……」

「えっ……」

駅の大きく開けた溜まり場の方角から心地よい歌声が聞こえてきました。

もう視界もグルグル回って、意識も曖昧ですが、この歌だけはいくら酔っていても聞き逃すことはないと思います。



「あおいいいとりひいいいいいいい」



歌っているのはやっぱり、千早ちゃんでした。


437: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 19:01:04.06 ID:j6AmqUbS0
「千早ちゃん、路上ミュージシャンをやっているのね……。」

らしいといえばらしいです。

歌だけが全ての千早ちゃんが日常に戻って牛丼屋とかでバイトしている姿の方が想像できません。



足を止めているお客さんは一人もいませんでした。

一生懸命歌っているのは遠目からでも伝わります。

だけど無情にも、千早ちゃんをチラっと一瞥した後に、興味が無さそうに皆去っていきます。



「私だあああらはああああ……」

蒼い鳥が終わりました。無言でお辞儀をした後に、いそいそと千早ちゃんはカセットテープのボタンを押して、巻き戻ししています。

キュルキュルと音が聞こえます。やがてそれも止まり、今度は『蒼い鳥』ではないイントロが流れてきました。



「それでは、最期の曲となりました。聴いてください」

千早ちゃんは目を瞑り、咳払いをして喉を鳴らした後に歌い始めました。



「も、もっと遠くへ泳いでーみたいー。光ー満ちるー白いアーイラン……」

私は思わず目を疑いました。最初は受け狙いでやっているのかとも思いました。

けれど千早ちゃんはそんな冗談じみたことをするような子じゃありません。なによりあの真剣な目つき……。



千早ちゃんは「太陽のジェラシー」を振り付け付きで踊り始めたのです。

それを面白がったギャラリーが3人4人と集まってきました。


451: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 19:21:43.55 ID:u9r/fog00
「うわ、見てよあの子」

「なんか痛々しい……」

そんなヒソヒソ声が聞こえてきます。



「キュンと!キュンと、甘い予感ー!」

千早ちゃんの耳元にも届いているハズですが、表情は崩さないまま

ひたすら歌に集中しているようです。



「いいぞーもっとやれー」

千早ちゃんの振り付けに合わせて、手拍子が起こりました。

けれど、それは喝采ではなく、嘲笑から来るものでした。

こう言ってしまうと千早ちゃんに失礼に当たりますが、もう、見てられません。



「きっと、きっと、ドラマーがーはじまるううう!」

千早ちゃんは一曲全てを歌い終わりました。周りのニヤケ顔を浮かべている人とは対称的な、どこかやりきった顔をしています。



「皆さん、聴いてくださって本当にありがとうございました。この曲だけは、どうしても最期にやっておきたかったんです」

千早ちゃんは先ほどから仕切りに「最期」という言葉を使っています。一体どういうことなのでしょうか。



意を決したように千早ちゃんはお客さんの顔を一人一人見渡して言いました。

「私、この歌を最後に歌手を引退することにしました」


465: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 19:40:48.16 ID:IquueA730
「今まで本当に長い間ありがとうございました。私はこれまで……」

それから千早ちゃんは歌手を目指した経緯や、歌の解説などをしていましたが

興味を失ったお客さんたちは蜘蛛の子を散らすように千早ちゃんから離れて行きました。



「くっ……」

一人きりになった千早ちゃんは、広げていた自作のCDをダンボールに詰め始めました。

夜の街で、私に背中を向けながら自分の荷物を黙々と片付けている千早ちゃんを見ていると

なんだか胸の奥を鷲掴みにされたような気分が襲ってきます。



「千早ちゃん」

「……春香?!」

私が声をかけると、驚いた顔をこちらに向けました。



「こ、こんばんは。お、音無です」

酔いもすっかり冷めてしまいました。


477: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 20:19:12.01 ID:IquueA730
「すいません。以前にも似たようなことがったもので……」

「いえ、いいのよ」

小さな喫茶店に移りました。千早ちゃんはコーヒーカップを両手で包んで、くるくると回しています。

「それより、千早ちゃん今までお疲れ様……」

「ありがとうございます」

「良かったら、お姉さんに理由を聞かせてくれないかしら」

「……」

歌がすべてだった千早ちゃんが歌うことを辞めるだなんて、何かあるに違いありません。

千早ちゃんは揺れるコーヒーの水面を見詰めながら、いいました。

「……これから春香をサポートしなければいけませんので」

「え……。つまり春香ちゃんと千早ちゃんの二人で活動するってこと?」

「……」

「春香ちゃんもオーディション頑張ってるのよね。はるちはは正義!」

「……」

あら?なんだか様子がおかしいです。……もうちょっと表情が柔らかくてもいいような。

「音無さん。それはウソなんです。」

「へっ?」





483: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 20:31:10.75 ID:IquueA730
「ウソって何がかしら?」



歌を辞めること?春香ちゃんをサポートすること?



「春香は、本当はアイドルオーディションなんて受けていません」

「え?」

「前は牛丼屋で働いていました」

「え?え?」

「今は、家に引き籠っています」

「ちょ、ちょっと待って話がよく……」



それから千早ちゃんはゆっくりと時間をかけて全てを話してくれました。

「……」

「くっ……」



千早ちゃんが啜り泣きをしていました。あの決して人に弱さを見せない千早ちゃんが涙を流すだなんて……。

私は唇を血が出そうなほど、キュと噛みしめました。

今こそ、今こそ音無小鳥は立ちあがる時なのではないでしょうか。

もう、カッコ悪い所は見せられません。そうですよね、プロデューサーさん。



わかったわ……。私がなんとかします!



「そ、そう。じゃあ、が、がんばってね……」



あら?


497: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 20:45:57.43 ID:FfDuwKiD0
やっぱりダメでした……。この1年間で私の心は随分と萎れてしまったようです……。

ニート根性ここに極まれり、といったところでしょうか……。ぴよぴよ……。



もう、カッコ悪い自分を見せたくなくて、今すぐここから逃げ出したい気分に駆られました。

「ご、ごめんなさい。私はもう765プロ事務員じゃない。しがないただの無職なの……それじゃ!」



千早ちゃんの顔ももう見ることが出来ません。

1000円札をテーブルに置いてバッグをひっつかむように持って退散しようとしました。





「待ってください!」

余りの声に、思わず立ちすくみました。背後から千早ちゃんの真っすぐな声が届いてきます。



「音無さん、本当はあなたは誰よりも765プロの皆を心配していて復帰を願っている。……違いますか?」

「そ、そんなこと」

「そうですよね。「春香ちゃんは出来る子応援団」の会員ナンバー1番、ピヨさん」

「えっ」


506: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 21:07:23.08 ID:FfDuwKiD0
「ど、どうしてその名を……」

「音無さんが、以前春香にブログのノウハウを教えていた時に、私は一緒に見ていましたから。

 使い方はさっぱりでしたけれど」



確かに、私は春香ちゃんのブログは毎日のようにチェックはしていて、ハガキもラジオに投稿するのが

最早日課となっています。だけど、それは何と言うか、昔の私とみんなを重ねてしまっていて……。



「勝手なお願いなのはわかっています。音無さんの今がどんな状況なのかも私にはわかりません。

 だけど、もし良かったら、春香を、我那覇さんを助けてください……」

「……ごめんなさい。私には無理よ」



千早ちゃんの声が途切れました。今、私と千早ちゃんはどんな顔をしているのでしょうか。



「わかりました。無理なことを言ってごめんなさい。だけど、せめて、ブログを見ることだけはやめないでください……。

春香はきっと帰ってきますから」



千早ちゃんとの会話はそれで終わりでした。



「あああ……!」

自動ドアを出て、千早ちゃんからは見えない位置にいることを確認してから、私は思いっきり頭を抱えてその場に座り込みました。


511: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 21:21:26.05 ID:FfDuwKiD0
それからまた、数日がたちました。



私は、しばらく次の就職のためにハ○ーワークに通っています。

資格の本もどっさり買い込んで、大好きな3ちゃんねるも、百合漫画もしばらく封印です。



部屋も心機一転、お掃除しました。昔は、散乱したゴミで床が見えないほどでしたが

なんということでしょう。見違えるほどにピカピカになりました。



お化粧も、レディの嗜みです。外出するときにはキチンとします。



ドアを開けると、温かな日差しを差し込みます。まるで私の未来を祝福しているかのようです。

アイドルのみんなと再び出会って、必死に頑張るということを教わりました。

あの子たちには、私が教えることよりも教わることのほうが多いですね。



さぁ、行きましょう。私はようやく登り始めたばかりですから。この果てしない事務所の前の坂道を!





「小鳥パートおわり!」

と言いたいところですが……


526: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 21:38:36.63 ID:KlFelfLF0
今日は合コンの日なのです。

私のことを気にかけている男性がいる、との前情報をキャッチしました。

気合いを入れて、メイクして、服もフリルのついたとってもキュートなものを2時間かけて選びました。

ネイルのお手入れはいつもの3倍です。



「すっごいイケメンだったらどうしようかしら……」

思わずヨダレが出てしまいます。

ここ最近の私は向かう所、敵無しなのです。音無だけに。



「今日で彼氏いない歴=年齢を卒業してやるわ……!」

久しぶりに闘志が燃え上がってきます。拳をわなわなと震わせました。



「えーっと……夕方の電車に乗れば間に合うわね」

待っててください、運命の人!

私は勇み足で駅のホームへと向かいます。



すると、中学生の集団に遭遇しました。

……なんだか前にもこの光景を見たような。


538: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 21:53:11.59 ID:snEtygx80
とにかく合コンのことで頭がいっぱいで、すぐにはそれを見て、連想することはできませんでした。

私の前を通り過ぎていく時に、会話が耳に入ってきます。



「今日家に帰ってゲームしようぜ」

「帰りにコンビニ寄ろう」

「くぎゅうう!」

「お腹減ったー」



そんな取りとめの無い中学生らしい会話が聞こえてきます。

あぁ、若いっていいわねぇ……。そんなことを思いながら、学生たちが通り過ぎるのを待っていました。



「おい、今日が亜美の命日だな」

「あぁ、楽しみ楽しみ」



「えっ……」

私の浮かれた気分が一気に冷めて行きました。

今、あの子たちなんて言ったのかしら……。多分、聞き間違いよね。



時計を確認します。まだ合コンには間に合う。私はその男子学生たちの後をつけることにしました。


552: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 22:05:26.92 ID:tmY9vyId0
ケラケラと笑う男子学生たちは、人目のつかない廃屋に入って行きました。

物音をたてないように、忍び足で後をつけます。



老朽化した床は踏みこむ度に軋みます。

バレないように慎重に一歩一歩進みます。



学生たちは廊下を曲がって、大きな広間らしき部屋へと消えました。

私はそっと、顔を半分だけ出して中の様子を窺い知りました。



すると……そこには亜美ちゃんがいました。

小さく、恐怖を押し殺すかのように足がガクガクと震えています。



「逃げずによく来たじゃん」

「で、はい。約束のもの出して」



男性学生は亜美ちゃんに向かって手のひらを差し出しました。

「お、お金は用意してないよ……」

学生は顔を見合わせた後に、口元をゆがませました。



「おいおい、医者の娘なんだからちょっとのお金くらいなんとかなるだろ?」

「……」



私は、とんでもない場面に居合わせてしまったかも知れません。


560: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 22:17:04.04 ID:tmY9vyId0
どうしましょうどうしましょう。ここでパニックになってしまっては元の子もありません。

まずは、落ち着いて警察に通報を……。



「無いものは無いよ……」

亜美ちゃんの声は聞き取れないほどに震えていました。



学生たちは、わかってましたと言わんばかりの顔で

「そっか。じゃあボコり決定な」と言いました。



「はぁ…はぁ…」

私の顔が青ざめてきました。心臓の鼓動が聞こえるくらい

た、助けないと……。

そう思うのですが足がすくんで一歩も動けません。

今日はイケそうな気がしましたが、やっぱりあとちょっとだけ勇気が足りません。

真ちゃんだったら、きっと考える前に手足が動いているでしょう。



や、やっぱり怖い……。


578: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 22:25:01.41 ID:tmY9vyId0
「かーみさまー……ねぇかーみさまー……」

消え入りそうな声でそう聞こえました。歌っているのは、当然亜美ちゃんです。







私はそれで、亜美ちゃんと真美ちゃんに出会った時を思い出しました。

もう一度向きなおって、亜美ちゃんの姿をじっと観察します。

髪型は、短いサイドテールに、向かって左についた髪留め。

だけどよく見ると、腕に傷跡も火傷跡もありません。



もしかして……

ここにいるのは真美ちゃん……なの……?



「もう、これで最後にしてよ!亜美をいじめるな→!」


597: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 22:41:43.02 ID:tmY9vyId0
真美ちゃんは、大きく一度体を震わせた後に、男子生徒の一人に向かって殴りかかろうとしました。



「うわっ、なんだこいつ亜美のくせに」

真美ちゃんはそのまま馬乗りになって、拳を振り上げます。



いいわよ!真美ちゃん!そのままそのまま!

頑張って!



私は物陰から必死に応援しました。



だけど、攻勢も長くは続きませんでした。

他の男子学生に取り押さえられて、床に転がり落ちました。



「うぅ……」

木の破片が刺さってしまったようです。うずくまって痛そうに膝を抑えています。



「半殺しで済ませてやろうかと思ったのによ」



ま、まずいわ……。誰か、誰か真美ちゃんを助けて……!


605: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 22:47:06.12 ID:tmY9vyId0
──ダメですよ。音無さん、そんな弱音いってたら春香ちゃんに笑われちゃいますよ~



そんなこと言っても、怖いものは怖いんです。あずささん。



──辛いのはわかってるよ!だけど、ここは頑張らなくちゃ!



真ちゃん、私アイドルじゃないし……真ちゃんみたいに空手も習ってないし……



──何でそこまでするんだ……。関係ないだろ!!



そうそう。響ちゃん。なんくるなくなくなくなくないわよね。私には関係ないことだし、漫画やアニメとは違うのよ。



──本当はあなたは誰よりも765プロの皆を心配していて復帰を願っている。……違いますか?



千早ちゃん、買被りすぎよ。私はそんな立派な人じゃないの……。



──音無さん、俺みんなをトップアイドルにしてやりたいんです。



プロデューサーさん……。私は…私は……







「や、やめなさーーーーーい!!!!」

「ピヨちゃん?!」



音無小鳥3×歳、合コンに遅刻決定です。


626: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 23:03:12.51 ID:tmY9vyId0
男子生徒は、私を見て唖然としていました。



「お、おおおお女の子相手にこんなことしれいいと思ってれるの?!」

あぁ、呂律が全く回りません。なんだか視界もお酒を飲んだ後みたいにクラクラします。



「オバサン、あんた何なの?」

オバ……!

「わわわ私は、この子たちの保護者です!今すぐやめないと月に代わっておしおきよ!」

子どもの頃から一度は言ってみたかったセリフです。なんだか頭の中が霧がかかったみたいに不明瞭です。



「まぁいいや」

えっ、何ですかこの展開は……。てっきり私を見て一目散に逃げ出すのかと……。

不意に、私の腕に冷たい金属が触れました。次の瞬間……



「きゃっ!」

つま先から頭のてっぺんまで衝撃が駆け抜けました。

膝が抜けて、床にべしゃりと崩れ落ちました。そのまま痙攣して、ピクリとも動けません。



ウソでしょ……。今の中学生ってスタンガンなんて持ってるの……?

私の子どもの頃ならせいぜいガムを取ろうとしたら指が挟まれちゃうような玩具くらいしかなかったのに……!

や、やっぱり合コン行ってればよかったかも……。


654: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 23:14:04.83 ID:tmY9vyId0
「ピヨちゃん!」



あぁ私の人生はここで終わりなのでしょうか。思えば華の無い人生でした。

こんなことなら、青春時代を創作活動になんか費やさないでもっとスクールライフを謳歌していれば……。



「おい、オバサン。今謝れば許してやるよ」

まだ生きているようです。なんだか嬉しい言葉が聞こえてきましたよ。

……それは本当ですか?やった。

ここで一言、ごめんなさいと言えばまた3ちゃんねるのスレッドもまた見れるし、合コンにもいけます。

素敵な彼氏を見つけるまでは死ねないのです。



もう言ってしまいましょう……。ごめんなさいと。



「あ、謝りません……!亜美ちゃんに二度と関わらないで……!」



あら?


679: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 23:30:16.43 ID:tmY9vyId0
「ぴよっ……!」





「ピヨちゃん!」

「ピヨちゃん!」



目を覚ますと、真美ちゃんが二人いました。

ここは天国かしら……。なんだか体中が痛いです。



「えーっと亜美ちゃん、と真美ちゃん……?」

「大丈夫?!」

「えーっと……」

「ピヨちゃん、あいつらに殴られ過ぎて気を失っちゃったんだよ!」



見渡すと天国ではなく廃屋でした。ですが、男子生徒たちの姿が見えません。

「あの子たちは……?」

「亜美が、追い払ったんだよ。ピヨちゃんのバックに入っていたコレで……」

「あっ……」



護身用の催涙スプレー……入っていたの忘れてた……。


698: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/02(金) 23:43:59.15 ID:tmY9vyId0
中学生にボコボコにされて、半分以下の年齢の子に助けてもらってしまいました。

合コンももう間に合いません。どうやら彼氏ができるのはまだまだ先のようです。



「ごめんなさい……頼りないお姉さんで……」



「ううん。そんなことないよ!ピヨちゃんチョ→かっこよかったよ!」

「うん!亜美も、真美も、これからいっぱいいっぱい、メチャ頑張る!」



今回は何故か私に主人公が回ってきました。……アニメのようにかっこよく解決!とはいきませんでしたけれども。



プロデューサーさぁん……あずささんも、千早ちゃんも、響ちゃんも、真ちゃんも、亜美ちゃんも、真美ちゃんも……そしてきっと春香ちゃんも……

あなたの育てた可憐なお花たちは……とっても強く、今を生きてますよ。

いつかこの娘たちが光り輝けますように……

きっと願いが叶いますように。私は崩れた屋根から抜ける青空を見上げました。





「ピヨちゃんどうして泣いてるの?やめてよ……亜美たちまで泣きたくなっちゃうよ……」





その後、雪歩ちゃんのお父さんの取り計らいで、いじめは無くなりました。







小鳥・亜美真美パートおわり




次回 響「765プロが倒産してもう二年さー……」