八幡「俺たちでバンド?」 雪乃「そうよ、今度こそね」 前編

181: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:21:17.30 ID:egFjnJSPo
ドラムスティックが四回カウントし、ベース、ギター、ドラムが同時にそれぞれの音を混ぜ合う。

8ビートの単調なリズムで自然と指が動く。どの音も短調なのにその三つが合わさると不思議な魅力が生まれるように思えた。

  Every breath you take

  Every move you make

  Every bond you break

  Every step you take

  I'll be watching you

平塚先生の少しかすれて落ち着いた歌声は静かな曲調とよくマッチしていた。リズム隊が安定しているおかげで安心して聞けるのも、心を惹かれる理由なのかもしれない。

戸塚「…………」

  Every single day

  Every word you say

  Every game you play

  Every night you stay

  I'll be watching you

さっきの曲よりもさらに静かな曲だったが、俺はより聞き入ってしまっていた。落ち着いた平塚先生の姿は、いつもの昔のアニメ好きで男よりも男らしい人とは別人に見え

た。

戸塚「…………」

引用元: 八幡「俺たちでバンド?」 雪乃「そうよ、今度こそね」 

 

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182: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:21:58.86 ID:egFjnJSPo
  O can't you see

  You belong to me

  How my poor heart aches with every step you take

それにしても英語の発音が綺麗すぎんだろ。あの人国語教師なのに何してんの?

そういえば戸塚が静かだと思いその方を見ると、真剣な表情で三人のライブに見入っていた。俺が戸塚の方を向いているのに気づかないレベル。何これ少し悲しい。

いや、もうすごく悲しい。久々にステルスヒッキーの性能を発揮しちまったぜ。てへっ☆

……自分でもこれはねーな。

しかし戸塚を見ているとただ先生たちの演奏に夢中になっているわけではないとわかった。戸塚の表情に時折苦笑いのようなものが垣間見えたからだ。

  Every move you make

  Every vow you break

  Every smile you fake

  Every claim you stake

  I'll be watching you

歌詞の意味はよくわからないが、ベースを弾きながら歌い上げる平塚先生の表情は真剣そのものだ。特に今。

戸塚「……やっぱり」

そう戸塚がぼそりと呟いた。

八幡「やっぱりってなんだよ?」

戸塚「この曲の歌詞、ちゃんと読んでみると少し怖いんだよね……」

八幡「?」

戸塚「かいつまんで言うと、君がするどんな仕草も僕は見ているみたいな意味で、ストーカーの歌のようにも解釈できるんだ……」

八幡「…………」

なんか平塚先生っぽいな。ふと夏休みの時のメールを思い出して背筋が震える。これたぶん確信犯だろ。

183: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:22:39.12 ID:egFjnJSPo
  Since you've gone I been lost without a trace

  I dream at night I can only see your face

  I look around but it's you I can't replace

  I feel so cold and I long for your embrace

  I keep crying baby, baby please

その会話が聞こえたのかと思うくらいのタイミングで、歌声が荒く激しくなった。感情を込めたエモーショナルな声は……、これどっちも意味同じだな。どんだけ感情的に

なっちゃうんだよ。

  Every move you make

  Every vow you break

  Every smile you fake

  Every claim you stake

  I'll be watching you

そうして俺たちとの圧倒的な実力の違いを見せつけて、三人はステージを去って行った。

184: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:23:25.17 ID:egFjnJSPo
川崎「……すごかったね」

そんな川崎の言葉に首肯を以て返す。

昨日の雪ノ下たちのとは全く異質の上手さがあり、それに魅了されてしまった。

どっしりと安定しブレないベースとドラム。そこに混ざるシンプルなギターのサウンド。

たった三つの音であそこまで人を惹きつけるライブができるだろうか。少なくとも俺には無理だ。

川崎「……ちょっと外に出てくる」

そう言って川崎はベースの元へ向かった。恐らく昨日の俺と同じように外で練習するのだろう。

八幡「おう」

八幡「…………」

少し残念に思ってしまった俺ガイル。

……いやいや、だから、違うってばよ。

185: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:23:51.11 ID:egFjnJSPo
八幡「俺もその辺ぶらつくわ。じゃあな」

材木座「うむ」

戸塚「じゃあまたあとでね」

八幡「おう」

さて、と……。どこへ行こう。また外で練習でもするか?

それだと川崎と鉢合わせになる可能性が……、ちょっと待て。俺は何をそんなに意識しているんだ?

いくらあの時の言葉が不自然だからって動揺しすぎだろ。

クールになれ、比企谷八幡。

……ふぅ。

じゃなくて。

何スッキリしちゃってんだよ俺。ただの変質者じゃねぇか。それクールじゃなくてただの無気力というか賢者モードというか……。

だからなぜそっち方向に思考が向かうんだよ。発想レベルが中学生レベルじゃねぇか。何ならそのままもっと遡って小学生になるまである。

やーいうんこうんこー。

今思うとあれの何が面白かったのかわからない。

186: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:24:30.52 ID:egFjnJSPo
??「……あっ」

などとどうでもいい思考に脳をフル回転させていたら、小さなかわいらしい声が聞こえた。これはまさか……あのロリエたんか!?

??「八幡……?」

その声はそう呟いた。どこか聞き覚えがあるような気がする。

八幡なんて名前が滅多にあるとは思えず、これは俺を呼ぶ声なのだと思うことにして、万一勘違いでも問題ないようにわずかに首を回し目をそっちに向ける。

??「八幡……だよね……?」

……その時、なぜ、ロリエたんが連想されたのかを理解した。

そこにいたのはかつて千葉村の林間学校でぼっちとなってしまっていた鶴見留美だった。

留美「やっぱり八幡だ」

八幡「呼び捨てかよ。ひさしぶりだな」

留美「八幡は八幡だから」

八幡「あっそ。……てかなんでここにいるんだ?」

留美「……あれ」

少し恥ずかしそうに顔を伏せながらステージを指差す。その指先を追ってステージを見るがそこには次のライブの準備する葉山たちの姿があった。

八幡「葉山たちを見に来たのか?」

留美「えっ? あっ、違うよ!」

今度は顔を真っ赤にして手と首を横に振った。

留美「そうじゃなくて……、親を見に来たの」

187: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:25:12.12 ID:egFjnJSPo
八幡「……はっ?」

親? 俺らの年でもう親になってる奴がいるのか? ルミルミはもう年齢は十を超えているだろうから、もし今十八だとしても産んだのは八歳とかか?

なんだそれ、十四歳で母になった堀北真希もびっくりなレベル。てかあれは志田未来か。女王の教室は面白かったな。いい加減に目覚めなさい。

だが断る。

俺は寝る。

目覚めなさいってそういう意味じゃねぇ。

留美「……八幡?」

八幡「はっ!」

理解し難い話に思わず現実から逃避していたようだ。できることならそのまま現実から逃げていたかった。

留美「勘違いしているみたいだけど、私の親は先生だよ」

八幡「……」

八幡「…………」

八幡「…………あー」

なるほど、鶴見先生か。てことはルミルミは鶴見先生の娘だったってことか。

188: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:26:02.95 ID:egFjnJSPo
八幡「だから見に来たってわけか」

留美「うん。……まぁ、それだけじゃないけど」

八幡「お前の親、すごかったな」

留美「うん。ちょっとびっくりした」

しかしこの昔親がバンドやってた率の異様な高さはなんなのだろう。そういう年代なのだろうか。

留美「八幡も出るんでしょ?」

八幡「ん……、まぁ、な」

留美「意外」

八幡「同感だ」

留美「自分のことなのに?」

八幡「むしろ自分だからだな」

自分のことは自分が一番わかっている。俺がもしも俺のままで不変であったならば、少なくとも今日俺はここにいなかっただろう。

だからやはりこの数ヶ月で俺は変わってしまったのだろう。

奉仕部という存在に、変えられてしまったのだ。

189: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:27:46.97 ID:egFjnJSPo
八幡「ま、いろいろあってな」

留美「ふーん」

興味なさげにステージに目を向ける。その先にはいつもの葉山グループの姿が見えた。

次が葉山たちの本命のバンドのようだ。PAの調整やマイクの位置などに今まで以上に気を遣っている。

留美「じゃあ」

そう言ってルミルミはステージに背を向けた。

八幡「見ないのか?」

留美「別に興味ないし。それに八幡たちのはまだ後でしょ?」

八幡「ふーん、まぁ別にいいけどよ。……って、俺たちのは見に来るのか」

留美「一応前に助けてもらったお礼。お客さん誰もいなかったら寂しいでしょ?」

本番目前の人間に、この小学生はなんてことを言うんだ。

八幡「お、おう……サンキューな……」

でもとりあえずは感謝しておこう。悪意があるわけではなさそうだ。

190: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:28:27.97 ID:egFjnJSPo
――

――――

司会A『さぁ、SOBU ROCK FES有志の部も残るところあと4バンドとなったが……』

司会B『ここで真打のやつらが登場だぁっ!!』

司会A『お前らこれのために今の今まで待ってたんだろっ!?』

司会B『来るぞ、最高にロックで熱いバンドが……!』

司会の二人のテンションも、そして会場の熱気も最高潮に達している。やはりあの二人がいるバンドだ。注目度も期待も尋常ではないのだろう。

司会『『お前ら! 準備はいいかぁっ!!』』

司会の二人のかけ声で再び体育館は歓声でいっぱいになった。あんなにも今まで叫んでいてそれでもなおそんな声出るとかどんな体力してんだお前ら。

そして、オープニングアクトの時と同じように照明が消され、辺りが真っ暗になった。

191: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:30:53.63 ID:egFjnJSPo

192: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:31:32.36 ID:egFjnJSPo
場内は静まり、微かなざわめきだけが聞こえる。

すると、うっすらとした青い光がステージを包んだ。

青いライトにぼんやりと四人の影が浮かび上がる。

その中心を陣取るのは、言うまでもなくあの男だ。

黒くぼんやりとした影がゆっくりと、その腕が動き、ギターの弦をそっと鳴らした。

暗く、重いギターの音がこの場を支配する。

そして、その隣にいる彼女もまた音を奏で始め、二人の歪んだギターがハーモニーとなる。

誰も何も言わない。ざわめきすらなくなってしまった。

二人の迫力にこの場にいる全員が飲み込まれてしまったのだ。

193: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:32:32.52 ID:egFjnJSPo
一閃。

ドラムとベースの音が突如閃光のように現れ、葉山は叫んだ。

  All of us believe

  That this is not up to you

  The fact of the matter is

  That it's up to me

  Hey, Hey, Hey!!

  Hey, Hey, Hey!!

  Let's Go!!

四人の轟音が一気に観客の心を奪い、そのまま疾走した。メタル風味の爆音に会場は湧き上がり、拳が何度も強く突き上げられる。

  How can we fake this anymore

  Turn our backs away, and choose to just ignore

葉山の声と動きは今までの以上に荒々しく、すぐに声が枯れてしまうのではないかと思ってしまうほどだ。

ドラムは案の定戸部で、ベースが大和。

  Some say it's ignorance

  It makes me feel some innocence

  It takes away a part of me

  But I won't let go

そして葉山の隣で彼に負けない輝きを放ちながら、ギターの弦にピックを叩きつけているのは、炎の女王こと三浦だ。

しかし彼女は自らが目立とうとはせず、隣にいる葉山をより映えさせようと弾いているように見えた。

それに気づいているのか気づいていないのか、葉山はただ叫ぶ。

自らの心の奥にある何かを、思いっきり。

  Tell me why can't you see, it's not the way

  When we all fall down, it will be too late

  Why is there no reason we can't change

  When we all fall down, who will take the blame

  What will it take

194: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:33:52.53 ID:egFjnJSPo
――

――――

一曲目が終わり体育館内は熱狂といってもいいほどの熱気でいっぱいになった。

それに葉山は片手を挙げて応えるが、その様がまたキマっていて歓声はさらに大きくなる。

葉山の顔に微かに微笑みが浮かび、何も言わずに肩からかけていたエレキギターを下ろす。

そしてそれを後ろに持って行き、その先にあるギタースタンドに立てかけてあったアコースティックギターを手に取った。

エレキギターを代わりにスタンドに置き、アコギを肩にかける。

ただそれだけの動作がどれも本物のロックスターのようで、俺は思わず見惚れてしまった。

そして葉山はマイクの前に立つと、途端にあたりが静まる。皆が待っているのだ。葉山隼人の言葉を。

葉山「次が最後の曲だ」

195: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:34:19.53 ID:egFjnJSPo

196: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:35:03.41 ID:egFjnJSPo
静まった場内で彼らはその静寂を支配する。

今この場でこれを壊せるのは、壊す資格を持つのはあのステージに立つ彼らだけだ。

ゆっくりと葉山の手が動き、そして弦を鳴らす。

  I don't want this moment to ever end,

 (こんな風にこの瞬間が終わることを俺は望んでいない)

  Where everything's nothing without you.

 (君なしでは全てが空っぽになってしまうんだ)

  I'd wait here forever just to, to see you smile,

 (君の笑顔のために俺は永遠だって待ってみせる)

  'Cause it's true, I am nothing without you.

 (だってそれは『本物』だから)

 (君なしでは俺は空っぽなんだ)

  Through it all, I've made my mistakes.

 (全てのことにおいて、俺は間違えた)

  I stumble and fall, but I mean these words.

 (つまづいて倒れても、俺はこう言うんだ)

197: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:35:33.64 ID:egFjnJSPo
  I want you to know,

  With everything I won't let this go.

 (全てのことをひとつ残らず君に知ってほしいんだ)

  These words are my heart and soul.

 (その言葉は俺の心と魂そのものなんだ)

  I'll hold on to this moment, you know,

 (この瞬間を逃したくない)

  As I bleed my heart out to show,

 (この心がどれだけ傷つくとしても君に伝えよう)

  And I won't let go.

 (そして手放さないよ)

198: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:37:20.17 ID:egFjnJSPo
――

――――

結衣「いよいよ……だね」

雪乃「ええ。この数週間でみんな相当練習を積んできたのだからもう心配はないわね」

川崎「…………」

結衣「どうしたの?」

川崎「あんたたちよくそんなに平然としていれるね」

結衣「え?」

視線を下にズラすと、川崎の足は震えていた。

結衣「緊張してるの?」

川崎「あんな大勢の前に出るのにアガらないわけないでしょ……」

八幡「そりゃこいつらは普段から注目される側の人間だからな。俺らの気持ちはわからねぇよ」

川崎「あんたも戸塚と二人でしかも弾き語りなんて目立つことしてたでしょ」

八幡「そりゃ戸塚と二人なら俺を見ることなんてねぇからな」

川崎「あたしはあんたの方見てたけどね」

八幡「えっ?」

川崎「えっ?」

199: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:37:52.80 ID:egFjnJSPo
八幡「」

川崎「ちがっ……、別にそんな訳じゃ……!」

八幡「」

川崎「」

戸塚「ほらっ、もう前のバンド終わるよ! しっかり!」

八幡「はっ! 俺は一体……」

戸塚「川崎さんも!」

川崎「……死にたい」

戸塚「ライブ終わるまで死んじゃダメだよ! 死ぬのはそのあと!」

雪乃「さらっと酷いことを言ったわね」

結衣「彩ちゃんの頭はロックに毒されてるね……」

戸塚「違うよ!?」

200: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:39:17.34 ID:egFjnJSPo
結衣「……あっ、前の終わったね」

川崎「……!」

八幡「安心しろ。ベースだからあんま聞こえてねぇはずだ」

川崎「そうかな……?」

八幡「ああ」

でもミスると目立つけどな。

とは言わないでおこう。

結衣「よーし! じゃあみんな! ファイト! オー!」

雪乃「お、おー……?」

戸塚「おー!」

八幡「おーっ!!」

結衣「今の声ヒッキー!?」

八幡「川崎、戸塚」ヒソヒソ

戸塚「わかってるよ」

川崎「うん」

八幡「よろしくな」

201: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:40:43.16 ID:egFjnJSPo
ステージに上がるとそこには昨日よりもたくさんの観客がいるように見えた。

昨日の評判を受けてやっぱり来てみようと思った人が増えたのだろうか。

一度経験しているとは言え緊張が減るわけではなく、案の定俺の足も震えていた。

しかも今日の方は俺のギターソロがある。ここでミスるわけにはいかない。

ポケットに入っている戸塚と買ったピックを取り出す。ちょっとしたお守りのようなものだ。

そして深呼吸して握りしめる。大丈夫だ。あれだけ練習したじゃないか。

セッティングを終わらせ、照明が落ちる。

それに反応して歓声が湧き上がる。

その声は他の誰でもない俺たちに向けられたものだ。

結衣『みんなー! やっはろー!』

由比ヶ浜の声が会場をこだまし、湧き上がった歓声がさらに大きくなった。

そして、戸塚のドラムスティックの音が、曲の始まりを告げた。

202: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:41:36.54 ID:egFjnJSPo

203: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:43:06.16 ID:egFjnJSPo
ドラムのリズムにキーボードとギターで実際のイントロとは異なる些細な色彩をつける。

ステージ上に由比ヶ浜の姿はない。

実際のレベッカのライブと同じ演出だ。

そして雪ノ下のキーボードが印象的なフレーズを奏でるとともにステージの横から由比ヶ浜が現れた。

その演出にオーディエンスは待ちわびたように叫んだ。

  口づけをかわした日は

  ママの顔さえも見れなかった

  ポケットのコインあつめて

  ひとつづつ夢をかぞえたね

  ほらあれは2人のかくれが

  ひみつのメモリー oh

204: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:44:02.65 ID:egFjnJSPo
  どこでこわれたの oh フレンズ

  うつむく日はみつめあって

サビに入った瞬間、ある感覚が全身を貫いた。

五人の音が一つの曲を形作っている、まさに一体感とでも言おうか。

いや、そんな言葉じゃ足りない。

この五人がまるで混ざり合って一つの物体になったような、そんな感じだ。こんなのは一時的な紛い物の錯覚でしかないのに、わかっているのに。

その快感に思わず口角が上がらずにはいられなかった。

  指をつないだら oh フレンズ

  時がとまる気がした

205: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:46:41.74 ID:egFjnJSPo
  2度ともどれない oh フレンズ

  他人よりも遠くみえて

  いつも走ってた oh フレンズ

  あの瞳がいとしい

ここからは俺のソロ。まさに勝負どころだ。

爆音と観客の熱気にあてられた俺は柄でもなく、ただ今の自分の中から生まれる衝動に身を任せ、何度も何度も練習したメロディーを奏でる。

ミスなんて単語が頭から消えてしまうくらいに、ガムシャラに左指を動かす。

そんな風に弾いていると、手元から放たれる音の一つ一つが生き物のように会場中に飛び立っているような気がした。

気づけば一つのミスなしにソロを終えていた。

肩にかかっていた荷物が下りたような気がして一気に身体が軽くなる。

206: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:49:00.81 ID:egFjnJSPo
ソロを抜けて顔を上げてみると観客のほとんどの目がこっちに向いていたのに気付いた。しかしそこに負の感情は見られない。

今までたくさんの人に見られる時はバカにされる時と決まっていた俺は、それとは異質の視線にうろたえてすぐに顔をフレッドの方に戻した。

ああ、これか。

多くのバンドマンを惹きつけてやまない、まるで麻薬のような二つの感覚。

こんなの、やってみなきゃわからない。

いくら言葉で説明されても、今の俺の感じているものを、昔の俺が理解できるわけがない。

そんなことを考えながら、俺は心臓に響くドラムと耳の奥にまで届くベースのリズムに合わせてエレキギターをかき鳴らしていた。

207: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:49:41.25 ID:egFjnJSPo
――

――――

結衣『みんなー! やっはろー!』

「「「やっはろー!!」」」

結衣『えへへ、二回目だから今度はびっくりしないよ』

結衣『レベッカのフレンズって曲でした。この前に大晦日のあの……歌番組でやってたから知ってる人も多いかな?』

雪乃『由比ヶ浜さん。それは紅白歌合戦のことではないかしら?』

結衣『あ、そうそれそれ!』

ドッと観客が笑う。

結衣『えっ? なんでみんな笑うの?』

雪乃『さすがにそれは知らないと……』

結衣『ちょっと出てこなかっただけだし!』

208: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:50:14.47 ID:egFjnJSPo
結衣『じゃあ、次はゆきのんが歌います! あたしはキーボード!』

弾けるのー? って声がどこからか飛んでくる。

結衣『ちゃんと練習したからね!』

そこでまた笑いが沸き起こる。

結衣『だからなんで笑うの!?』

そりゃお前が言うとなんか可笑しいからだ。

雪乃『では次の曲いくわね』

結衣『スルー!?』

雪乃『いいから由比ヶ浜さん。早く準備を。時間も押しているようだから』

結衣『あ、はい』

なんで突然敬語なんだよ。確かに今のは俺でも使っちゃうけどよ。

雪乃『次が最後です』

いつの間に自分の体の半分ほどの大きさのあるアコースティックギターを構えていた雪ノ下がそういうのを確認し、戸塚がスティックでカウントする。

209: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:51:45.46 ID:egFjnJSPo

210: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:52:16.80 ID:egFjnJSPo
  ギリギリだって 一人きりだって

  負けたくないの 冗談じゃないわ

  I don't cry anymore I don't cry anymore

  強くならなきゃ 言い聞かせてる

  どんな時でも 泣かないから

雪ノ下の歌声は今まで聞いたどのバンドの声よりもずっと澄んでいて、隣でギターを弾いている俺ですら一瞬聞き惚れてしまうほどだった。

いかんいかん集中せねば。

と思っていたら俺が暇のパートに入った。フレンズよりギター楽なんだよなこれ。

  ぬくもり感じ眠ると幸せだった それが

  永遠に続くと思ってた なのに

アコギのストロークとドラムの小刻みなリズムと時折現れるピアノの音。

音の数は少ないのにそれでも安っぽい音にしたくないという雪ノ下のこだわりのせいで大変だったよな、この辺。俺は暇だけど。

211: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:52:55.13 ID:egFjnJSPo
  どうしてなんだろう 信じていたものは嘘だったの

  こんな時そばにいてくれたらいいのに

そして川崎のベースが入ってきて、曲がぐっと締まる。そういやさっきのフレンズの間もベースミスってなかったんだな。緊張してるとか言いながらちゃんと弾けたようで

よかったと思う。

……。

いやいやだからそれは(ry

  震える足で 今踏み出したいよ

この曲が終わったらこいつらとバンドは終わる。

そう思うと少し寂しいような思いが心の中にぼんやりと浮かんだ。

  何を信じたらいいのかも

  わからなくて もがいて 迷って

曲も後半に入ったのにも関わらず、雪ノ下の声量がさらに上がる。ただ声が大きくなったんじゃない。まるで本当に自分の思いを叫んでいるように見えた。

  つかみたい 今叶えたい

  小さなこの手にたくして握りしめるの

212: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:53:21.94 ID:egFjnJSPo
ここからは雪ノ下の独壇場だ。この場で響くのは雪ノ下のギターの音と歌声だけ。

五重奏から突然の独奏になり、スポットライトが雪ノ下だけに当てられ、他は真っ暗になる。

その姿は一人ぼっちになってしまった少女のようだ

  ゴメンそんなに 強くないんだ

  くじけそうになる時だってあるよ

  たとえかすかな 希望だとしても

  持ち続けたい ずっと

しかしステージの照明が徐々に戻り、他の楽器の音が少女の元に帰ってくる。

一度消えてしまったものだからこそ、それが戻った時はそれまで以上の輝きとなる。

213: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:54:05.16 ID:egFjnJSPo
  無理やりだって がむしゃらになって

  生きてゆくんだ 終わりじゃないわ

  I don't cry anymore I don't cry anymore

  あなたの声を思い出している

あと少しで終わりだと思うと途端に、今がとてつもなく大切な瞬間なんじゃないかという声が頭の中に響いた。

終わって欲しくない、そんな言葉が浮かんでは消える。

しかし今更遅い。もうすぐ曲は終わる。

  どんな時でも 泣かないから

  いつかきっと 笑えるから

だから俺はあと残った僅かな時間の中で必死にギターをかき鳴らす。

どうしてこんなことを思うのだろうか。

なんて問うが、その答えは考えるまでもなくわかっていた。

そして、曲が、終わった。

214: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:54:38.56 ID:egFjnJSPo
夢中になっていたせいで、終わっても何をしてもいいかわからなくて、俺はぼんやりと立ち呆ける。

不意に肩をポンッと叩かれて我に返った。

戸塚「八幡。やったね」

笑顔を浮かべた汗だくの天使がそこにはいた。

八幡「ああ」

その時初めて大歓声が体育館内を埋め尽くしていたことに気がついた。声の方向が俺達の方に向いていることもありそれまでで一番大きな歓声にも聞こえる。

自然と笑みがこぼれるのは達成感のせいか、はたまた目の前の天使のせいか。

結衣「ほらほらヒッキー! こっちこっち!」

すでに他の三人はステージ中央に並んでいる。

えっ、なに。あれやんの? あのライブの最後とかでよくあるやつやんの?

八幡「い、いや、……じゃあ俺は端っこで」

戸塚「うん。まんなかは雪ノ下さんたちだよ」

そんな感じで即席的に列の順番が決まっていくのだが……あれ? あれ、あれ?

これはまさかの……。

戸塚「あ……」

戸塚の隣キターーーーーーーーーーー!!!

215: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:56:23.25 ID:egFjnJSPo
戸塚は恥ずかしそうに手を差し出す。その様子が言葉に出来ないほどに可愛らしくて思わず抱きしめそうになった。

戸塚「手……汗まみれだけどごめんね……?」

八幡「気にすんな」

むしろご褒美だから。

結衣「せーの!」

五人が一列になって手を繋ぎ、由比ヶ浜の合図で両手を上げた。

そして真ん中を陣取る由比ヶ浜が頭と手を下げて、それに準じて俺達も礼をする。

鳴り止まない歓声がさらに大きくなり、どこからかはピーピーと指笛も聞こえてきた。

ふと、文化祭の後夜祭の時のことを思い出した。

あの時、俺は眩しいステージにはいない、飛び跳ねるアリーナには混じれない、一人で、一番後ろで、ただ眺めているだけと、そう思ったが、今この瞬間は、この瞬間だけは

、俺は――。

そして、あともう少しだけ。

八幡「さて、と」

そんな俺の様子を感じ取り戸塚も俺に笑みを浮かべる。悪戯をする子供のように。

そうだ、これは悪戯だ。

戸塚が舞台袖にギターを隠し持ってきているのも、川崎がついさっきのど飴を口に入れたのも、演奏が終わったのにも関わらず俺の足の震えがまだ止まらないのも、そして――。

216: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/17(日) 23:57:19.92 ID:egFjnJSPo
八幡「材木座。今だ」

――俺のすぐ下で材木座がオーディエンスの最前列を確保しているのも、全てはこのため。

材木座「フッフッフッ……」

材木座「さぁ聞け人民よ!! 我が名は剣豪将軍材木座義輝である!!」

突然の材木座の雄叫び。それに驚き……いや、あれはドン引きだな。ドン引きして最前列にも関わらず材木座の周りにスペースが出来上がった。計画通り、成功。

このためにこいつにはなりたけで超ギタを奢る約束しちまったからな。失敗されても困る。

雪乃「えっ?」

結衣「中二なにやってるの……?」

材木座「者ども聞けぃっ! 我は今また一度この壇上に立つ!!」

材木座「その様を! 我が最期の勇姿をそのまぶたの裏に存分に焼きつけるがいいっ!!!」

さらに周りの人間が一歩後方に下がる。引いているのもあるがそれ以上に材木座の声量や勢いに押されているせいだろう。

そしてそれによって、あと『二人分』最前列に入るスペースが生まれた。

217: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:02:57.42 ID:bPsGOEFFo
雪乃「比企谷くん。これは一体どういうこと?」

俺も一枚噛んでいることにすぐに気付いたらしい雪ノ下が怪訝な目で俺を見る。

八幡「俺はこの次のバンドでも出る」

結衣「えっ!?」

八幡「だから、……その、なんだ……。お前らには一番前で見て欲しいっつうか……」

我ながら歯が浮くような恥ずかしすぎるセリフで自然と口どもる。あー……、死にてぇ……。

雪乃「嘘……あなたがそんなこと……」

八幡「そのために材木座が自分の身を犠牲にして、あんなことをしてくれた。早く行ってやってくれ」

どうしてこんなことをしているのか、自分でもわからない。こんなのやる必要なんて少しもないし、面倒で時間とエネルギーの浪費にすら思える。

我ながら、バカげている。

しかし、そんなバカげたことをやりたいと、そう思ってしまうのだ。

今ここにいる奴らは、バカばかりだ。材木座も、戸部も、葉山も、三浦も、一色も、平塚先生も、戸塚も、雪ノ下も、由比ヶ浜も、……川崎も。

だがそんなバカをしていて、まるで漫画のようにキラキラと輝く光景にきっと、俺は憧れたのだ。その輝きの一つになりたいと、そう思うようになってしまったのだ。

俺も、バカになってしまったのだ。

いや、バカに戻ったと言った方がきっと正しいだろう。

218: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:04:08.57 ID:bPsGOEFFo
結衣「ヒッキー、なんだか変だね」

彼女は可笑しそうに言葉を投げかける。

結衣「てことは彩ちゃんとサキサキと中二とヒッキーだ。楽しみにしてる!」

そう言って由比ヶ浜はステージをピョンッと降りて材木座のところへ向かう。

雪乃「……頑張ってね」

雪ノ下は俺に不敵な笑みとともにそう言い放って、同じようにステージを降りた。

字面だけなら素直に見えるがあの態度を見るとバカにされたような気になる。てかバカにしてましたよね、あれ。

八幡「材木座ー。お役目ご苦労ー。大儀であったー」

暴れ疲れて材木座は壁にもたれかかっていた。あれじゃあドラム叩けねぇんじゃねぇの? 大丈夫か?

材木座「ふっ……、八幡の想いの人のためだ。肌の一枚や二枚くらい脱いでみせるわ」

八幡「はっ? なに言ってんのお前? 殺すぞ」

材木座「いきなり我への当たりが酷くなりすぎではないか八幡!?」

八幡「お前がわけわからんことを言い出すからだアホ。ほら、手、貸してやるからさっさと上がれ」

219: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:07:21.62 ID:bPsGOEFFo
セッティングはさっきのままだが、念のためギターのヘッドに付けたチューナーで音をチューニングする。……問題なさそうだ。

先にチューニングを済ませた川崎はアンプから出る音を再度確認していて、逆の方を見ると戸塚はギターを肩にかけ、覚悟を決めて目をつぶっていた。

背後を振り向くと材木座はドラムセットの確認をまだしているところだった。しかしそれもすぐに終わり、全員の準備が完了。

ドラムは材木座、観客から見て上手側にギターを構えた戸塚、下手側にはベースを構える川崎。

そして俺は、この四人の中心を陣取っている。

左肩にはもう何度も使って少しくたびれたストラップ。目の前には銀色の所々が錆び付いたマイク。

左手で弦を押さえながら右手でマイクを握り、周りを見渡す。

目が合うと三人とも首を縦に振った。

もう本番だと思うと心臓が口から飛び出しそうなくらい、プレッシャーに全身が襲われて嘔気すら抱いた。

これまでの比にならないくらいに足が震え、手が震え、汗が噴き出る。

220: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:08:24.07 ID:bPsGOEFFo
その緊張を必死に唇を噛んで押し殺す。

余計なことは考えるな。

俺がマイクから手を離して軽く上げると、うっすらと照明が俺たちを照らす。

ステージの上のシルエットを目にしたオーディエンスがざわつく。

そりゃそうだ。

ほとんどのやつは俺のことを知らんし、知っているやつのうちの九割方は文化祭での俺の悪行だけを知っている。

残りの人間は俺が今この場に立っていることに驚いているだろうから、このざわめきは必然と言っても過言ではない。

八幡『あー、あー』

マイクがちゃんと音出るか確認しようとしたら、ハウリングしてキィンと耳障りな高い音が鳴った。

それに顔をしかめると前の方からクスクスと笑い声が聞こえた。見なくてもあの二人のだとわかる。笑うんじゃねぇよ。こっちだって必死こいてんだ。

221: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:09:58.95 ID:bPsGOEFFo
会場中の視線が今、俺に向けられている。

今日の集客を見る限り三年以外の学校のほとんどのやつが来ている。

そう思うと全身がこわばった。小学校の頃の嫌な記憶がフラッシュバックして、頭痛がしてきた。

それを振り払うように首を軽く横に振り、口をマイクに近づける。

八幡『一曲だけ、演りに来た』

俺の言葉にオーディエンスはしん、とする。

これ以上何を言えばいいのかわからなかったから、戸塚の方を向き、ひとつ、うなづく。

それに応えて戸塚もうなづきを返す。

後ろのドラムを見る。

そこに座っていた材木座は腕を組み大きくうなづいてみせた。なんか偉そうでうぜぇ。

右側にいる川崎の方に視線を動かす。

それに気づき川崎はわずかに微笑みを浮かべながら目で大丈夫と伝えてきた。

……よし。

八幡「ふぅ……」

ひとつ深呼吸をして、ギターを一回鳴らした。

その音だけで誰もがその曲を理解し、体育館は歓声に包まれる。

222: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:10:40.19 ID:bPsGOEFFo
ふと、川崎を見ると目をつぶり気持ち良さそうにギターの音に耳を傾けていた。

よかった。

あいつにこの曲をやらせることができて、本当に。

これはあの日、公園で川崎が歌っていた曲だ。

あの時の言葉を聞いていたからこそ、こんなにも俺はこいつにこのライブでこの曲を演らせたかったんだ。

だから川崎の嬉しそうな笑顔を見てそれだけで俺も嬉しくなる。

そんな俺の視線に気付いて川崎は俺にまた微笑みを浮かべる。

それが可愛く見えると同時に恥ずかしくもなって顔を背けた。

『ふっ……、八幡の想いの人のためだ。肌の一枚や二枚くらい脱いでみせるわ』

材木座のさっきの言葉が不意に頭の中をよぎる。

……だから余所事に気を取られるな。今はこのライブだけに集中しろ。

歓声が耳から体内に侵入し頭の中をこだまする。

きっと他のバンドに比べればこの歓声は小さい方だろう。しかしそれでも、今、俺たちに向けられている声は、今まで聞いたどのライブのよりもずっとよく響いて聞こえた


223: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:11:17.74 ID:bPsGOEFFo
――

――――

普段と同じ時間が過ぎる。

俺と雪ノ下は本を読み、由比ヶ浜はせっせとスマホをフリックして、それぞれが自分の時間を過ごす。

そこに居づらさや沈黙による苦痛は少なくとも俺には感じられず、自然体のようにすら思えた。

結衣「うーん……」

唐突に由比ヶ浜が身体を伸ばして声を漏らした。破られた沈黙への反応として俺も雪ノ下も本を閉じる。

結衣「……なんだか夢のようだったなぁ」

雪乃「なんのこと?」

結衣「あのライブからもう一週間も経っちゃって、今になると信じられないなぁって思うんだ」

結衣「特にヒッキーがギターを弾いて、みんなの前でライブをしたなんて、今じゃ信じられないよ」

八幡「ああ、俺もそう思う」

結衣「自分のことなのに!?」

そんな由比ヶ浜の大袈裟なリアクションに雪ノ下がクスリと笑い声を漏らす。

ああ、大丈夫だ。

まだ、ここにある。

224: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:11:45.05 ID:bPsGOEFFo
雪乃「でも、楽しかったわね」

結衣「うん! またやろうね!」

八幡「えっ、お前マジで言ってんの」

結衣「全然乗り気じゃない!?」

雪乃「別にいいでしょう?」

あれ、雪ノ下さん乗り気じゃない?

字面は同じなのに意味が真逆になる日本語の妙をこんなところで実感する。

結衣「ゆきのーんー♪」

雪乃「だから抱きつかないでと……」

そう言いつつ表情は満更でもなさそうですよ、雪ノ下さん。

225: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:12:45.02 ID:bPsGOEFFo
結衣「そうだ、三人だけでもやってみたいな! グリンピースってやつ!」

あ、それ八幡知ってる! 小学校の給食の時にみんなから嫌われるやつ! 俺みたいに!

なんか親近感湧くわ。でも俺もグリンピースはあんま好きになれねぇや。

ごめんな、グリンピース。

グリンピースに対して全力で頭の中で土下座をしていると、雪ノ下が口を開いた。

雪乃「スリーピースね」

結衣「うっ……、と、とりあえずそれ!」

雪乃「でもそれだとギターとベースとドラムを三人でやらないといけないからかなりキツイわよ?」

結衣「大丈夫だよ! ヒッキーがドラムをやって」

おい待て。

雪乃「とするとあなたがベースになるけれど、大丈夫なのかしら?」

八幡「なんで俺のドラムが既に確定事項なんだよ」

226: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:13:14.17 ID:bPsGOEFFo
雪乃「他に適任者がいると?」

……この三人だといねぇな。でもよ――

八幡「戸部と同じポジションって考えるとな……」

なんかあいつと同じって嫌だわ。てかそもそも腕の筋肉めっちゃいるじゃん。ガリガリの俺には務まらんだろ。

結衣「でも彩ちゃんとも一緒だよ?」

八幡「ドラムスティック買ってくる」ガタッ

結衣「心変わり早っ!?」

なんてこった! それには気づかなかった! でもその理論だとほとんどの楽器をやる理由がそれで解決するんだよな。

戸塚超万能だし。あと天使だし。それは関係ないか、ないな。

227: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:14:10.70 ID:bPsGOEFFo
結衣「でも、いつかやろうね!」

雪乃「そうね、いつか」

八幡「……まぁ、別にいいけどよ。でも当分は勘弁な」

ちょっとここ何ヶ月かずっとバンドの練習にいろいろ費やしていたし、少し休みたい。何ならこれからもずっと休んでいたいまである。

ああ……、大人になりたくねぇ……。就職とかしたくねぇ……。

雪乃「でもきっとまた、そう遠くないうちに依頼が来るわよ」

八幡「それも当分休業ってことで」

結衣「それはダメだから!?」

雪乃「由比ヶ浜さん、比企谷くん」コトッ

目の前に紙コップが置かれる。上には湯気が立っていて中に熱々の紅茶が入っているのだとわかった。

結衣「ゆきのんありがとー!」

八幡「サンキュー」

228: ◆.6GznXWe75C2 2016/01/18(月) 00:15:47.48 ID:bPsGOEFFo
あの日あの時、俺があの歌を歌ったのは、きっとある予感のせいだ。

いつか訪れるかもしれないその瞬間。

今の俺にはあまりにも曖昧で、おぼろげな情景。

そしてそれが現実のものとなる、予感。

胸の内に生じる恐怖や不安が、俺に叫ばせたのだろうか。

でも、少なくとも今はそれはただの空想で杞憂でしかない。

今は、俺の手の中にある。

この三人がここにいられる。

だから決して手放さないように。

予感を予言にしないために。

……何を考えているんだか、俺は。

心配性な自分に内心で苦笑してから、紙コップに入った紅茶を口にした。



終(?)

241: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:47:44.68 ID:zeV1p7HSo
春だ。

どこまでも、春だ。

外に出ればうぐいすの声が聞こえ、少し歩けば桜の花びらが舞い散るのが目に入る。

気温が冬を過ぎたことで少し下がり、多少の薄着でも外に出られる季節だ。

空を見上げれば青空が広がっているし、どこを取っても清々しい春の一風景である。

……ああ、うぜぇ。

その明るさ、その清々しさは俺の神経を逆撫でする。行き場のない怒りが胸の底から生まれる。

しかしそれは結局は巡り巡って自分自身に矛先が向かう。

今こんなことになってしまったのも全て、俺自身の失敗のせいであり、自業自得なのだから。

242: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:48:35.64 ID:zeV1p7HSo
「ただいま」

家に帰るが自分以外には誰もいないようだった。小町はおそらく部活か何かだろう。

同じ高校に通っているというのに顔を合わせる機会は予想以上にない。まぁ、いる階が違うから当然か。

自分の部屋の中へ流れるように入り、扉を閉める。

それだけで自分の存在が外界からシャットアウトされた気分がして心地よい。

そのままベッドに座る。

今日も疲れた。

さっさと寝てしまおう。

そのまま横に倒れる。バスっと埃が舞い上がる。

『あなたのやり方、嫌いだわ』

落ち行く埃を目で追っていると突然、彼女の声がフラッシュバックする。

思わず耳を塞いだが自らの内から生まれ出る声に対してその行為は無意味で、次々と声と記憶が頭の中に溢れ出す。

『人の気持ち、もっと考えてよ』

やめろ。

こんなことを毎日繰り返して一体何になる?

そう自分に言い聞かせるがそれは相も変わらず消えてくれない。

243: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:49:08.60 ID:zeV1p7HSo
こうなってしまった時には方法は二つしかない。この声が消えるまでひたすら耐えるか――。

「よい、しょと」

机の隣に立てかけてある黒い細長のケースのチャックを開くと、中にはかつての日の思い出があの日のまま残っていた。

唯一変わったことと言えば、長い間弦を交換していないから少しサビてしまっていることくらいだ。

緩めてあった弦のチューニングを合わせ、気の向くままに弦を押さえ、ピックで弾く。

さっき言った二つ目がこれだ。

ギターを弾いている時だけは、他のことを全て忘れていられる。

自分の世界に閉じこもることができる。

余計な後悔も憧憬も寂寥も、すべてを思考から排除できる。

244: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:49:34.59 ID:zeV1p7HSo
――

――――

コンコン、と部屋のドアを叩く音がした。それにハッとして窓から外を見ると弾き始めた時には青色で明るかった空が、今は暗い藍色になっていた。

電灯は点けていないから部屋の中はだいぶ暗くなっているが、それにも気づけないほどにのめり込んでいたらしい。

もう一度、ドアをノックする音。

「ん?」

声を返す。

「小町だよ」

「入っていいぞ」

「じゃあお構いなく……、また弾いてたの?」

「別にいいだろ」

245: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:50:12.14 ID:zeV1p7HSo
「……ねぇ、お兄ちゃん。今日さ、あの、奉仕部の部室見に行ったんだけど」

「…………」

「誰も、いなかったよ」

「そうか」

そう言われても特にどうも思わなかった。今の部室がどうなっていようと俺には些細な問題にすぎない。

俺からしたらあの空間はとっくの昔に終わってしまって、誰もいない。

「小町も奉仕部に入りたかったな」

「そうか」

「…………」

何も言わないから小町の方へ目を移すと、怒りと諦めの混じった目で俺を睨んでいた。

「んだよ」

「そんな言い方はないでしょ」

「じゃあこう言えばいいのか? 今の部活をやめて奉仕部に入れよ。もう廃部になってんなら今からでも作ればいい。平塚先生なら協力してくれるだろ」

「っ! そういうことじゃないよっ!」

わかっている。こんなの小さな子供と同じだ。自分の思い通りに物事が進まなかったことに対して拗ねているガキと。

246: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:50:55.37 ID:zeV1p7HSo
「ねぇ……、何があったの?」

「…………」

「何も言わないんじゃわからないよ」

「…………」

「ねぇってば!」

「……喧嘩して気まずくなった、それだけだ」

「それで納得できると思う?」

思わないな。少なくとも俺が逆の立場なら納得なんてできない。しかし、ここで食い下がるほど往生際が悪いわけでもない。

「いい加減しつこい。これは俺の問題だ。そもそもお前とは無関係だろ」

247: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:51:35.81 ID:zeV1p7HSo
こうなってしまった今でも小町は由比ヶ浜や雪ノ下と個人でのやり取りがあるらしい。

ただ、その三人が互いに顔を合わせようとしなくなっただけで、小町にとっては些細な問題のはずなのだ。

「でも――」

「俺がいいからいいんだ」

嘘だ。本当は全然良くない。

あの時間を、あの空間を取り戻すことができたならと、何度もなんども考える。

だがそれは床にこぼれてしまったジュースの味を想像するくらいに、無意味な行為だ。

でもそれを解決する方法がある。

時間だ。

時が過ぎれば過ぎるほどに俺の記憶は美化され、薄れ、やがては消える。

そしていつか、この後悔すらも消えてしまう。

だからそのいつかまでの辛抱なのだ。

248: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:53:35.50 ID:zeV1p7HSo
「……もういい」

俺との問答に意義を見失った小町がそのまま部屋を出て行く。

ガチャリ。

音とともに再びこの部屋が世界から切り離される。

……そうか。もうあそこには誰もいないのか。

俺がいなくなった後でも雪ノ下と由比ヶ浜はあそこにいたのに。

そう時間が過ぎるとともに嫌な感覚が遅効性の毒のように喉元から全身に広がる。

また一歩、取り返しがつかなくなった。

もうこれ以上悪くなりようがないという状態になっても、さらに事態は悪化する。

修学旅行の時も、生徒会選挙の時も。

そして、俺が逃げ出したあの時も。

最悪と思っていた世界はさらに深い闇へと陥ちていく。

でも、これより先が存在するなら、そこには何が待つのだろうか。

その深淵に待つ魔物を怖れる臆病者の俺は、思考することから逃げるように再びピックを握った。

249: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:54:09.05 ID:zeV1p7HSo
――

――――

大切だった。

きっと何よりも。

だから俺は期待してしまった。

決して手に入らないものなのに。

そんなもの、どこにも存在しないのに。

それを、望んでしまった。

だから俺は間違えた。

俺の我欲はそれまで持っていたものすら失わせてしまったのだ。

250: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:55:07.82 ID:zeV1p7HSo
生徒会選挙が終わった後も奉仕部はそれまで通りの日常を過ごしていた。

それ以前と変わらずに。変わらないように。

同じくなるように、日常を演じていた。

しかし演じている時点でそれは俺の欲しかったものとは違う。

俺にとって大切だったものとも。

どれだけ取り繕っても自分自身を騙しきることはできない。それでも奉仕部の歪められた日常を俺たちはマリオネット人形のように演じ続けた。

誰もそれに異を唱えない。だって演じ続けていれば劇は終わらないから。

失った夢をいつまでも見ていられるから。

しかしそうしているうちにその空間はいつの間にか俺が最も嫌った欺瞞が満ちたものになってしまった。

三人ともそれに気付いていた。気付いていたはずなのに、何もしなかった。

他は誰も気付かなかった。はたからは俺たちはいつも通りに見えたらしい。

251: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:56:32.02 ID:zeV1p7HSo
しかし夢はいつしか覚めて、幻想は醒める。

何かが限界だったのだと思う。心の奥に潜むとても小さくて脆い柱のようなものが、ある時に音を立てて折れた。

パツリ。

そんな音が確かに聞こえた。

次の瞬間、俺は奉仕部の部室にいることがどうしようもなく我慢できなくなった。

そこの空気を口に含むと肺が吸引することを拒否する。目の前に広がる光景を目にするだけで視界が歪む。

日常を模した別の何かの中にいることが、単なる苦痛でしかなくなったのだと気づいた時、俺は部室へ向かう階段を登ることをやめた。

こうして俺がもたらしたくだらない劇の幕を、俺自身の手で引いたのだ。

252: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:57:08.65 ID:zeV1p7HSo
それからは由比ヶ浜や平塚先生が何度も部室に来るように説得に来た。

しかし誰にどれだけ何を言われようとも、強引に手を引かれても、ついにその扉をくぐることはなかった。

そうしているうちにいつの間にか由比ヶ浜も平塚先生も俺に話しかけてくることはなくなった。正真正銘のぼっちに再び戻ったのだ。

そこに一抹の寂しさを感じながらも、これが自分の本来の姿だと納得してもいた。

いや、納得しようとしていた。

現状を見るに前者の解釈は誤っていると言うしかない。この今を俺は未だに受け入れることができずにいるのだ。

そうでなければ選択肢を持ち得ない俺が過去のifへの思索の海へ潜ることもないし、こんなふうに別の何かへと逃避することもない。

奉仕部へ入る前のように好きな小説を読んだり、アニメを見たり、ネットサーフィンをして適当に時間を過ごしていたはずだ。

狂ったようにギターの生音をかき鳴らすなんてことは、絶対にしない。

253: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:58:33.67 ID:zeV1p7HSo
――

――――

「なぁ」

適当にリビングで暇つぶし機能付き目覚まし時計をいじっていると、唐突に親父が話しかけてきた。

視線を親父にチラと向けると、親父は新聞で顔を隠したままだった。なら、と俺も液晶画面に顔を戻す。

「なんだ?」

「バンドは、もうやらないのか?」

「……たぶん」

「そうか」

それっきり親父はまた黙りこんだ。何を言いたかったのだろうか。そんな疑問が残ったまま画面をなぞる。

「喧嘩か?」

「そうじゃ……、いや、そうなのかもしれねぇ」

「まぁ周りがほとんど女の子じゃな」

「いやそれは違うから。……って、なんで知ってんの?」

バンドをやったことは言っていてもどういうメンバー構成なのかを口にした記憶はない。

254: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 10:59:37.40 ID:zeV1p7HSo
「見に行ったからな」

「見にって――」

「レベッカやってたろ?」

その一言に言葉を失った。まさかあのライブを見ていたなんて予想だにしていなかった。

「ま、そんなこともあるさ」

それっきりまた新聞を読み始めたのか何も喋らない。俺はあっけに取られて何も言えない。

でも、今にしてみれば納得できるところもある。

あのライブの前の一週間ほど親父が帰るのは遅かった。恐らくライブの日に休みを取れるようにしていたのだろう。我が親父ながら本当に捻デレている。

ライブか……。懐かしい。

さして昔のことでもないのに何年も前のことのように感じられる。

あの頃はまだ――。

――いや、やめよう。そんなことを考えても、時間は巻き戻らない。

あの日々も、同じように。

255: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 11:00:14.36 ID:zeV1p7HSo
――

――――

それから間もなく俺はその他の高三生と同じように晴れて受験生となった。高校受験から二年ぶりに毎日ただひたすらに勉強する日々に舞い戻ったのだ。

つまりそんな風に皮肉を吐いてしまうほどにダルい毎日だ。

とりあえず俺のそれなりの努力で入れる大学へ進学するために、日々ひたすら勉強した。

学校で授業を受けて、意味のない授業は聞かずに他のことをして過ごして、学校が終わり予備校がある日は予備校へ。ない日は家に帰ってギターを弾いてからまた勉強。

そんな毎日を過ごしていく中で、少しずつ高二の頃のあの輝かしい日々を思い返すことも少なくなっていった。

これが正しい。

俺らしい毎日の過ごし方だ。

256: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 11:01:57.64 ID:zeV1p7HSo

受付の前のベンチで、予備校の前の自販機で買ったマッ缶を口につける。

勉強で疲弊した脳に糖分が溶け込んでいく感覚がたまらない。やはり千葉県民ならこれだな。

ふと入口の方へ目を向けると見知った人間が入ってきた。そいつが来たと認識した瞬間に少し動悸がした。

「あっ」

向こうが声を上げる。俺の存在に気づいてくれたのが少し嬉しい。

そのままその人物は俺の方へ歩いてきた。

「よう」

「あんた、いつもここでそれ飲んでるね」

川崎沙希はいつものようにその文句を口にする。

「そうだな」

そして俺も同じように返す。

257: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 11:03:43.87 ID:zeV1p7HSo
腰を軽く上げて少し横にズレると、川崎はごく自然に俺の隣に座ってきた。

「どう?」

「まぁまぁだな」

「そう」

カチャッと音をしたので川崎の手元を見るとその手には黄色と茶色のフォルムの缶が握られている。

「お前もか」

「うん」

それからまた沈黙。特に話すこともなくて幾何学な模様の天井をぼんやりと見つめる。

「よくこんなの毎日飲めるね」

川崎は缶から口を離し眉をひそめた。どうやらお気に召さなかったらしい。

「勉強のあとにはいいんだよ」

「あたしはたまにでいいかな」

たまになら、と小さく繰り返す。一方隣にいる俺は無意識に彼女の方を見てしまう自分に気がつき、ため息をついた。

そのため息は、俺の諦めを含んで空気中へ分散されていく。

258: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 11:04:10.91 ID:zeV1p7HSo
「あんた、私立?」

「ああ。前にも言った通り。お前は?」

「あたしは国立狙う予定。今の成績からじゃ無謀だけど」

「国立、か。じゃあこれから大変だな」

「うん」

わかっていたはずの返答なのに、彼女の声は俺の心の中にズシリとのしかかる。

こんなことを考えてしまう自分が気持ち悪くて仕方ない。なのに、思考はとどまることを知らずに俺の心を乱し続ける。

それならば、ただ一言、言ってしまえばいいのだ。それで変わることなんてこれから数ヶ月の俺の見る地獄がさらに酷くなるくらいだ。

「国立ならそうとう学費浮くよな」

「……? まぁそうでしょ?」

「だよな」

残っていたマッ缶を飲み干して立ち上がる。

259: ◆.6GznXWe75C2 2016/02/18(木) 11:04:53.65 ID:zeV1p7HSo
理由も動機付けもなんでもいい。ある理由のために行動できないのなら、別の理由で同じ行動をすればいい。

そんなの欺瞞だってわかっている。自分を騙しきれないのは奉仕部の経験で痛いほどに思い知らされた。

「じゃあ」

「うん」

我ながら、気持ち悪い。結局中学の頃からまるで成長していない。

それでも、こいつといると心が揺り動かされてしまう。

『あたしも、そう思うよ』

ふとした時にあの瞬間を思い出してしまうようになってしまって、その度に心臓の鼓動が乱れるようになってしまった。

それからはずっと、どういうわけかこいつを意識してしまう。頭の中から追い出そうとすればするほどに余計にこべりついて離れない。

「……バカ野郎」

そう自分に小声で毒吐きながら自習室に足を向けた。

266: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:43:52.15 ID:JzWXQ2lXo
――

――――

休み時間は基本眠るか適当にイヤホンで歌を聴く時間だったが、今となってはそんなことには到底使えない。

何しろ今の今までサボってきた理系教科と向き合うのだ。時間はいくらあっても足りない。

とは言ってもまだ夏にも入る前。今からなら間に合うはず。……これは慢心ですか? 慢心ですね。

ちょっとした拍子に視線をわずかに上げると、去年は毎日のように見かけたお団子頭が視界の端に映った。

とほぼ同時に彼女もこちらを向く。

見事に目が合ってしまった。

しかしすぐに彼女はバツの悪そうな顔になって俺が動くよりも先に目を逸らした。

俺とは真逆の方にいる三浦たちと由比ヶ浜は談笑を再開する。まるで俺に気づかなかったかのように。

……こんなもんだよな。

ほんの些細なことで壊れてしまうような、そんな半年ちょっとの関係に俺は何を求めていたのだろう。なんて大層なものを望んでいた

のだろうか。

今にしてみれば傲慢と言う他に何もない。

267: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:45:08.46 ID:JzWXQ2lXo
雪ノ下ともたまに廊下ですれ違うことがあるが、反応は似たようなものだ。なんなら目を合わせすらしない分こっちの方がひどい。

こんな風にかつてのことを悔やんでいるのは俺だけなんじゃないかとすら思う。なんならそれが事実なんじゃねぇの?

……そんなことはないと、そう思っておこう。

いかんいかん。余所事に気を取られてどうする。今は勉強。

んー……。ベクトルよくわかんねぇな。内積だったり外積とかどんだけかけちゃうんだよ。てか何が違うんだよこれ。

……てか外積って高校数学の範囲じゃなくね?

「八幡」

と、数学の教科書に突如登場した矢印に殺意を抱いていると、戸塚の声がしてその殺意は嘘のように消えていった。

やっぱり平常心って大事よね。世界平和バンザイ。

268: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:45:41.41 ID:JzWXQ2lXo
「おお、戸塚か」

「あっ、勉強してたんだ。ごめん」

「いや、いいぞ。むしろもっと話しかけて欲しいくらいだ」

「そっか。ならよかった」

そう言うと戸塚は俺の前の席にちょこんと座る。……可愛いな。もしも生まれ変われるなら、戸塚が座っている椅子に俺はなりたい。

「……数学?」

俺の机の上に開かれているものに戸塚は目を丸くした。確かに俺が数学の勉強してるなんてびっくりだよな。俺ですら驚いているし。

「……まぁ」

「へぇー。……あ、ベクトルかぁ」

「数学得意だっけ?」

「八幡よりはね」

からかうように笑う戸塚はやっぱりかわいい。それに一緒にいてどこか安心する。

その感じは、かつてどこかで感じたものに少しだけ似ていた。

269: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:46:53.37 ID:JzWXQ2lXo
――

――――

下校時刻を過ぎ、多くの学生が帰途につく。俺もその大多数の波に乗って流されるように下駄箱へ向かう。

ふと、道角に見知った人間が佇んでいるのが見えた。爽やかという形容が嫌というほどに似合う、性別以外は全てが俺とは正反対の男が。

「やぁ」

葉山隼人は手をあげる。他でもない俺に対してだ。

「よぉ」

こいつに話しかけられて無視できるほどの勇気がない俺は同じように声を返した。

「待ち伏せみたいな真似をしてすまない」

いや、待ち伏せしてたんかい。こえーよ。なんかいろんな意味で。

270: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:47:23.87 ID:JzWXQ2lXo
――

――――

「君は何を飲む?」

「自分で買うっつーの」

「いいから」

葉山は強引に硬貨を自動販売機に入れて、その前を俺に譲る。……ま、いただけるものはいただきますけどね。

少し迷ってからボタンを押すと、ガタンッと乱雑に缶が落ちてくる。

「そういうのも飲むんだな」

驚いた葉山が声を上げた。俺が選んだのはブラックコーヒー。日々愛飲するマッ缶とは全く正反対の飲み物だ。

「たまにはな」

そう、たまには。……たまに?

271: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:48:22.72 ID:JzWXQ2lXo
「そうか」

葉山は俺の後にまた硬貨を入れると俺と同じボタンを押した。少し遅れて缶が落ちる音が響く。

「同じのかよ」

「別に嫌いってわけじゃない。俺にとっては何だってそうだよ」

ぞくり、と産毛が逆立つ。

なぜかわからないがその声音に背筋が震えた。この男のどこかさめたような何かに触れたような錯覚にとらわれた。

そこから逃げるようにプルタブを開けて真っ黒な液体を口の中に流し込むと、強烈な苦味が舌を刺激する。

……苦い。

「……で、なんなんだよ」

苦味で口元が歪んだのを誤魔化して話を促す。そう問うと葉山はそうだな、とつぶやいてから一口コーヒーを飲み、一呼吸を置いて俺に向き直った。

「君に謝りたいことがあって」

「はっ?」

272: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:50:02.28 ID:JzWXQ2lXo
話の意図がいまいち掴めないが、こいつの言いたいことが修学旅行に関係していることは容易に想像がついた。あの海老名さんの依頼の一件。

奉仕部の現状は葉山もとっくに気がついている。その責任の一端を感じたりしているのだろうか。

「去年の、修学旅行のこと」

「……ああ」

敢えて俺は言われるまで気付いていなかったふりをした。どうしてだろうか、そこに察しがついたとこいつに思われるのが癪だった。

「姫菜が何を考えているのか知っていたのに――」

「あれは仕方ないことだろ。お前が気に病むことじゃない」

葉山隼人には葉山隼人の立場があった。あの時に俺に頼るという選択肢は倫理的にもプライド的にも絶対に避けたかったことのはずだ。

そうであるにもかかわらずそれを選んだのは、それだけあの関係が葉山にとって大切だったということだ。

たとえどれだけ他を犠牲にしても。

どれだけ嘘に塗れても。

どれだけ道徳に反していても。

273: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:51:14.67 ID:JzWXQ2lXo
ふと、生徒会選挙のことが頭をよぎる。あの時に俺がしたことは修学旅行の時の葉山と大差ない。

葉山と同じように他を犠牲にし、嘘に塗れ、道徳に反した。

それ故の罰を俺もこいつも受けた。しかしそこからが比企谷八幡と葉山隼人の明確な違いだ。

こいつはそれを受け入れ、俺はそこから逃げ出した。

自らの手で大切なものを歪めてしまったことを認め、変わり切ってしまった世界の中で生きていくことを、葉山は選んだ。

「……そうやってまた、全部自分に」

「事実だからな」

「だったら俺たちのことだってあるだろう」

葉山の言葉はどこまでも誠実だ。物事の道理にも適っている。なのに、それを聞くと徐々に自分の中に苛立ちが募っていくのを感じた。

「ちげぇよ。少なくともあの時点じゃまだどうしようもあった」

「それだけじゃない」

274: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:52:27.30 ID:JzWXQ2lXo
「はっ?」

「いろはのことだよ。生徒会選挙の」

「それがどうお前に関わってくんだよ」

「前に、あのライブの時に言っただろ。『いろはが奉仕部に行くかもしれない』って」

「……あー、そんなこともあったっけな」

「あの時だって俺がいろはの力になれていたら……って思うとね」

「……違う」

堪えるつもりだった。たとえどれだけ心のなかが荒れようとも言葉にはしないつもりだった。

しかし、どこまでも勘違いをしているこいつに対して言葉を発せずにはいられなかった。

「えっ?」

「違うって言ってんだよ……」

言葉が崩れ落ちていく。それは文章にならずに欠片となって口から出て行った。

275: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:54:20.58 ID:JzWXQ2lXo
「違うって何が……?」

「そんなんじゃ……なくならない」

胸の中に渦巻く苛立ちが言葉をひどく煩雑にする。こんなの俺らしくない。なのに、それは止まることを知らずに流れ出ていく。

「あれは、俺たちが、いや、俺が……っ」

思いが体をなさずにぐちゃぐちゃになって口から溢れるばかりで、そんな俺の姿はどうしようもないほどに無様だろう。

「……比企谷」

と、葉山が俺を諭すように、しかし力強い声で俺に語りかけた。

「何かのせいにしてしまえるのならそれは楽なんだよ」

ハッとして葉山を見る。その時に初めてこいつがどれだけ鋭い目つきをしていたかに気づいた。

「でもな、全ての責任を自分に負わせるのもまた同じくらいに楽なんだよ」

俺を糾弾するような目。謝りたいと言っていた人間がどうしてこんな目をしているのか。

276: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:54:53.97 ID:JzWXQ2lXo
そこでようやく俺は悟った。

ああ、違うんだと。

これは俺の本心じゃない。

俺はこう思っているんじゃない。

俺はこう思いたいのだ。

あれがそんなもので壊れてしまったのだという事実を認めたくないのだ。

ああなってしまったのは全て俺たちのせいで、そこに他の誰かの介入があって欲しくなくて。

奉仕部という存在の崩壊の理由の要素に、こいつらがいて欲しくない。

277: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:56:31.20 ID:JzWXQ2lXo
しかし、その考えが誤っていることは俺自身もきっと無意識のうちに気がついている。そうでなければ、こんなにも感情的になる必要がない。

もしも俺の考えていることが自分の中の信条と一致しているのならば、そこに感情が入ってくる余地はないはずなのだ。

しかしこれらは自分の周りで起こったことだから必然的に主観的感情が入り込む。ならば第三者的な視点になるだけ近づいて、客観的に物事を見ようとしたら一体どうなる?

少なくとも、葉山たちの存在が全くの無関係だったなんてことは、絶対にあり得ない。

確かに葉山たちが関わってこなければ、こんなことにはならなかったのかもしれないのだ。

でもそれはあくまでもif、もしもの話だ。

葉山たちがいなくても同じ結末を迎えていたのかもしれないし、逆にいなかったらもっと酷い最後だったのかもしれない。

そんなことを考えても全く今において意味をなさないのだが。

「……比企谷?」

嫌になるくらいに爽やかな声で正気に返る。俺はいつの間にか言葉を失っていたらしい。

「お前らは……」

278: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:57:29.84 ID:JzWXQ2lXo

何かのせいにしてしまえるのならそれはきっと楽だ。全ての原因が外的なもので、自らに一切の非がないと言ってしまえるのならば、ただその相手を責めていればいい。

だが、全ての責を自分に負わせるのもまた同じくらいに楽な話だ。それは常に自分自身を否定し続けること、つまりはネガティヴ思考と何ら変わりはしない。ただ自分だけを責めていればいい。

だから認めるべきなのだ。

ある事実を。

「……まぁ、一理はあるよな」

そうこぼれ落ちた言葉が地面に落ちて染みこんでいく。それは葉山にも届いたようで目を丸くしていた。

「一理って?」

「そのまま、お前が言ったことがだよ」

それだけで何が言いたいのかだいたい伝わったのか、葉山の顔には少し安堵したような表情が浮かぶ。そんなこいつを見て、俺の中にもあたたかい何かが広がっていくのを感じた。

誰かが悪かったんじゃない。

強いて言うなら誰もに非があった。

俺にも、葉山にも、雪ノ下にも、由比ヶ浜にも、戸部にも、海老名さんにも。

だから誰か一人にババを押し付けようとするのは決して正しい解釈とはいえない。

それは審判を放棄することと同義で、思考を停止しているのにも等しい。

279: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:58:11.99 ID:JzWXQ2lXo
「そうか。……なら、よかった」

「……あんなことをしちまった俺が言えたことじゃねぇけどよ、やっぱあれはお前らの中で解決すべきだったと思うぞ」

「それを言うなよ」

なんて口にしながらも、葉山は苦笑いを浮かべている。そんな様子がどこか可笑しくて俺も笑ってしまう。

「……だから、それを謝りに来たんだ。本当に、すまなかった」

「いや、……まぁ、俺のやり方にも問題あったしな。お互い様ってやつだ」

そして沈黙。

ポカンとしているとちょうど葉山も同じような表情になっていて、それがどこか滑稽で吹き出すと、ほぼ同時に葉山も笑い出した。

おい、何なんだよこれ。

280: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:58:54.13 ID:JzWXQ2lXo
「これから、君はどうするつもりなんだ?」

「……わからん。こんなことになったことねぇからどうしようもねぇよ」

「…………」

奉仕部の問題は未だ手詰まりの状態だ。このまま何もしないままでいるのも一つの手ではあると思うが、それでは事態は何も好転も暗転もしない。

「もしも、なにか手伝えることがあるならいつでも言ってくれ。……俺なんかじゃあてにならないかもしれないけど、相談にも乗るよ」

「……おう、サンキュー」

やっぱかっけぇなこいつ。

もしも俺が逆の立場であったとしたらこいつのように俺に向き合うことなんてできなかっただろう。その辺がこいつと俺の人間的な差なのかもしれない。

「じゃあ、また」

片手を上げて去ろうとする葉山にもう一言だけ投げかけた。

「葉山」

「うん?」

「しつこいようだけどよ、……ありがとな」

281: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/09(水) 23:59:47.66 ID:JzWXQ2lXo
――

――――

それから特段俺の日常に変化があったのかと言われれば、なかったと答えるのが事実に近い。強いて挙げるなら俺の心持ちが多少変わったくらいだ。

何かから逃げこむように、言葉にならない思いを叩きつけるようにギターを弾くことは少なくなったと思う。今でも弾くがその最中の気分は以前に比べて穏やかだ。

そんなことを、予備校の受付の前のベンチに座っていて思う。

勉強にひと段落つくと休憩でここにいることが多くなった。他にもうってつけの場所はいくらでもあるのに。

なのに、俺はここで誰かを待っているのだ。

「……よぉ」

そしてその人物は現れる。それがいつの間にかお互いにとっての当たり前になっていた。

彼女は何も言わずに俺の隣に座り、手にしていた黄色いプルトップ缶を開けた。

282: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:01:26.80 ID:0PVb44rao
川崎が俺の手元の黒い缶を指差す。口の中に残る苦い後味がその存在を再び主張した。

「まぁな」

「なんで?」

「なんでって?」

「コーヒーくらいは甘くていいって言ってたのはあんたでしょ?」

「そんな気分なんだよ」

「ずいぶん長い気分だね」

わずかな会話の空白を挟んで、今度は俺から話題を提供する。

「ここ、今年で最後なんだってな」

「ここ?」

「そうだ」

「……あー」

283: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:02:06.15 ID:0PVb44rao
俺の言いたいことをようやく飲み込めたのか、納得したような顔をした。そして辺りを見渡す。

この予備校は今年を最後になくなってしまうことが既に決まっている。それなりの大手だったから閉校すると決まった時はちょっとしたニュースにもなった。

「……別に学校なわけじゃないのに、そう思うと少し寂しいかもね」

「俺もお前も二年の時から通ってるからな。多かれ少なかれ愛着もわくだろうよ」

「来年はどうなっちゃうのかな」

「知らん。噂じゃ隣の予備校に乗っ取られるとか」

「誰から聞いたの?」

「そりゃまぁ、友達とかからな」

「あんた友達いないんでしょ」

「ぐっ……、その辺で話してたやつのを聞いただけだ」

川崎が口元を歪めて可笑しそうに声を抑えて笑う。くそ、そうなるのわかってて聞きやがっただろこいつ。ツッコミのスピードが尋常じゃかったぞ。

284: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:02:44.12 ID:0PVb44rao
会話が途切れてお互い黙り込む。しかしその沈黙は決して苦痛ではなかった。

横目で気付かれないように川崎の顔を見てみると、彼女の視線は天井の方を向いていた。何かを見ているようでその実なにも見てなんていないのだろう。

その時、川崎の顔が唐突にこっちに向いた。

「なに?」

しくった。ずっと見てたのがバレバレじゃないか。

「い、いや、なんでもねぇよ」

とりあえずの場を誤魔化すように近くに置いてあったコーヒーを口にする。

「えっ、あっ――」

口の中に犯罪的な甘さが広がる。やっぱ千葉県民ならこれだよなぁ……。

……ってあれ?

なんで甘いんだ?

「それ……あたしの……」

時が、止まった。

285: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:03:19.10 ID:0PVb44rao
八幡、買った、黒い、苦い、コーヒー。

川崎、買った、黄色い、甘い、コーヒー。

川崎、飲んだ、黄色い、甘い、コーヒー。

八幡、飲んだ、黄色い、甘い、コーヒー。

強烈な焦りと恥ずかしさで顔が一気に熱くなる。

「あ……、あ……」

しまった。この缶はついさっき川崎が口を付けたものだから、つまりは、その、えーっとだな……っ。

「す、すまん……!」

とりあえず頭を下げて謝罪の意を示す。頼む、訴えたりとかしないで! 本当に! 間接キスでわいせつ罪で千葉県警のお世話になるとか少しも笑えないから!

286: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:03:50.49 ID:0PVb44rao
「いや、そこに置いといたあたしも悪いし……」

言葉は冷静でも感情を隠しきれないらしく川崎も顔を真っ赤にしている。まずい、そんなの見てるとこっちまでさらに恥ずかしくなる。

「あ、新しいの買ってくるわ」

「別に一口だけだしいいよ」

「え」

「えっ?」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」

俺がなんて言葉にしようか迷っていると、川崎は唐突にマッ缶を手に取り一気に飲み干してしまった。

「……小学生じゃあるまいし」

そうつぶやいて川崎は去って行った。

突然の行動にあっけに取られて、俺はそれからしばらくまともに身動きを取ることすらできなかった。

287: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:04:17.18 ID:0PVb44rao
――

――――

「…………」

さっき口につけた缶の感触がまだ残っている。そこにかすかに感じられた温度も。

唇にそっと指先で触れる。

ついさっきあたしは間接とは言え――。

「キ……キス……ッ」

言葉にして改めて自分の行動を認識して、カァァッとほおと耳に熱が集まる。

逃げるように自習室に行ったものの、結局その日は少しも勉強に集中できなかった。

288: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:05:30.06 ID:0PVb44rao
 高三、冬の終り

それから時間は早いようで遅いような、何十年も前にかのアインシュタインが提唱したような相対的な進行を経て、気づけば三月。

俺たちの卒業の日はすぐそこまで迫ってきていた。

その頃にはもう受験は終わっている。そう思う人も多いだろう。現に俺もそう思っていた。

しかし、国立というものはそう甘いものではなく、試験は終わっているものの、未だに合否発表がされていなかった。卒業式の直前まで進路決まらないとかどうなってんの。こんな不安な状態は生まれて初めてだよ。

とはいえ試験自体は終わってしまっているので多少は気が楽だ。一応後期試験なるものは存在しているが、そこはもうさらに上位の大学に落ちたやつが受けに来るので、最早勝負にならない。

つまりは実質一発勝負ってことで、もう俺たちの受験は終わった。あとは結果を待つのみ。

前期試験の合否がわかるのは卒業式の前日。おい、これって最早いじめと言ってもいいんじゃないの?

289: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:08:57.23 ID:0PVb44rao
そんなわけで進路なりが既に決定している私立勢に殺意を撒き散らしながら、教室の隅の席でイヤホンで音楽を聴いている。

するとシャッフル再生の偶然か、ある曲が流れ始めた。

それはかなり前にあの五人でやった曲。フレンズだ。

  どこでこわれたの oh フレンズ

……本当、どこでこわれちまったんだろうな。別にフレンドではなかったけど。

あの頃に練習していた曲を聴くたびに、かつての日々を憧憬する。

もしも、あそこで俺が逃げなかったなら、そうして迎える今日はどんな日だったのだろうか。

……やめよう。そんなifの思索はもうしないと決めたんだ。

ただ時々思う。

このままで良いのだろうか。

このまま終わらせてしまって、良いのだろうか。

290: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:10:42.22 ID:0PVb44rao
コンッと机を叩く音。

顔を上げるとそこにはこの数ヶ月何度も顔を合わせた川崎の姿があった。

「よぉ」

イヤホンを耳から外すと途端に教室の雑音が耳の中へ流れ込んできた。

右手を上げて俺の言葉に返すと、何か話をしに来たのかと思いきやなかなか話し始めない。

「川崎?」

「……もう受験終わったから聞かせてもらうけど」

そのたったひとつの前置きで、彼女が切り出そうとしていることが何なのかすぐに想像がついた。

でも不思議と、それを遮る気は起こらない。

「あんたたちに何があったの?」

それはきっと過去の俺がこの未来であり現在がやって来ることを予測できていて、そして俺自身に受け入れる心持ちが既に出来上がっていたからだろう。

291: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:11:21.85 ID:0PVb44rao
――

――――

「……ふーん」

川崎はストローでコーラを吸いながら気の無い声を漏らす。

俺の罪の告白は店の喧騒のおかげでこいつ以外には届かないだろう。そんな場所を挙げてくれた優しさがありがたい。

「正直、あたしにはよくわからない」

「一蹴かよ」

「それはそうだよ。あたしはあんたじゃないんだから、ちゃんと理解なんてできるわけもない」

理解する気がない、というわけではないらしい。

川崎の言うこともうなずける。他人は他人であり自分ではないのだから理解などできるわけがない。

俺たちが普段使う理解とは結局のところは、ただ自分の経験に近い事象を想起して共感しているにすぎない。

「それで、あんたはどうしたいの?」

292: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:12:02.57 ID:0PVb44rao
「このままは……」

「嫌なんだ」

先回りして提示された言葉に首を縦に振る。でもどうしたいのか、その具体的な方法や事柄が一つも思い浮かばないのだ。

「……あたしがすぐに思いつくようなことはあんたもわかってるんだろうし、それをしないってことは……」

そこから先の言葉は周りの声にかき消された。しかしその顔に浮かぶ表情からそれは窺い知ることができた。

「……ごめん。聞くだけ聞いといて何の方法も思いつかなくて」

「いや、そんなことは……」

会話が途切れ沈黙。しかし今度のそれはいつものとは違い、ただ居心地の悪いだけのものだ。

互いが互いに、どう言葉をかければ良いのか、それを見つけることができないまま時間だけが過ぎる。

294: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:12:44.50 ID:0PVb44rao
――突然、大音量が鳴り響く。

二人とも驚いて目をパチクリすると、すぐに川崎がカバンの中からスマホを取り出す。彼女が作ったらしい手作りのケースは白色のやわらかみを帯びたフォルムでとても可愛らしい。

その音に、俺はよく聞き覚えがあった。

「ご、ごめん」

一言謝って電話に出ると、音はスッと消えていった。

「もしもし……あっ、大志? うん、うん……」

着信音で流れてきたのは俺と川崎と戸塚と厨二病をこじらせたデブの四人でやった曲だ。

バンドでコピーしたいと言っていたくらいなのだから、着信音にしていても不思議ではない。

「はぁ……」

川崎の電話の声をBGMに一つため息をつく。

どうするって言ったってなぁ……。

……。

…………。

――!

その時、全身に電流が流れたかのような錯覚が俺を襲った。

……いやいや、んなバカな。

そんなバカで愚かでクサいことを俺がやるわけ……。

295: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:13:31.74 ID:0PVb44rao
こんなのは受験のストレスと、その間にバンドができなかったことにより溜まったフラストレーションによる一時の気の迷いにすぎない。

あるいはあれが奉仕部で唯一の何も悪いことが起こらなかったイベントであるから、そこに一種の神聖を感じているからなのかもしれない。

それでも、そんな方法を取るなんてバカげている。

そうわかっているはずなのに、考えれば考えるほどにむしろそれこそが最適解に思えてきて、そんな自分が恥ずかしくてある意味恐ろしい。

普通の解決法を取れないのなら、より特殊な解を選ぶのも一つの手なのではないだろうか。

ノーマルがダメなら、スペシャルだ。

あの二人から、そして俺自身から罪悪感や気まずさを取り去りたいのなら、それを吹き飛ばすような奇策が必要なんだ。

296: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/10(木) 00:14:38.04 ID:0PVb44rao
「……ふぅ」

川崎が電話を終えたらしくスマホを再びカバンの中にしまう。一方の俺は完全に自分の世界に入っていたせいでその電話が長かったのか、短かったのかさえわからない。

「ごめん。なんか夕飯のことで……、比企谷?」

俺の様子の変化に気づいたようで、怪訝な表情になる。

自分の中で思いついた最高で最低な方法を、早く実行したくて仕方がない。

いや、正直に言おう。

もうただ単にやりたいんです。正直過ぎかよ。バカ正直のナオもびっくりだわ。あるいはスラダンの三井か。

「川崎、ライブをやろう」

「はっ?」

302: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:25:53.61 ID:X0Xebt/Po
 高三、卒業式前日

「あるかな……番号……」

「やれるだけのことはやってきたろ。あとは信じようぜ」

「うん……。でも、もしもなかったら明日に響くし……」

「そっちの方が練習不足で俺は心配だけどな。……あっ、もうそろそろ貼り出されるぞ」

「……こわい」

と、川崎は震える手で俺の服の裾をつまむ。何なんだよこのかわいいの。間違えて惚れちゃうだろ。

……まぁ、時すでに遅し、みたいなところあるけどよ。

そんな彼女を見ていると自分まで別の意味で心臓が死んでしまいそうだから、必死に結果の方を向いてそっちに気を向けないようにした。

303: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:26:20.52 ID:X0Xebt/Po
「……おっ、出たな」

そう言うと裾にかかる力がさらに強まる。あの、そんなに引っ張ると破けちゃうんですけど。

「結果は結果だ。ちゃんと受け止めよう」

そんな風に余裕をこいているように見えるがそんなのは虚勢だ。本当は俺だってこわくて仕方ない。

もしもどちらかだけが受かって、なんてことになったら……、うん、想像したくない。

願わくは二人とも……。

俺は川崎の番号を知らないし、向こうも俺のは知らない。

相手の結果はその反応によってのみ知ることができる。

俺のは……。

304: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:27:10.13 ID:X0Xebt/Po
「「……あった」」

声が重なる。

それは俺の声と、隣にいる川崎の声。

ハッと互いに顔を見合わせる。

その意味を理解するのにどういうわけか数秒もの時間を要し、そして思わず叫び出したくなる衝動が胸の奥から湧き出す。

それをどう扱えば良いのかわからず、言葉を発すことができない。

ただ、この感情を言葉に表すなら、それは『安堵』というのが一番適切だろう。

よかった。

本当に、よかった。

言葉にはせずともそれは表情に現れてしまったらしく、俺の顔を見て川崎は心から嬉しそうな笑顔を浮かべる。

その瞬間、心の中をあたたかい何かがじんわりと包み込むのを感じた。

305: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:27:38.39 ID:X0Xebt/Po
 高三、卒業式

「ふむぅ、まさかまたこの集いでバンドをするなどとは、我は全く予知していなかったぞ」

そう隣の汗くさい巨体が話しかけてくる。何これ、こわい。

「そうだね。しかもこれもまた八幡の提案なんて」

しかし逆の方には天使、マイエンジェル。戸塚が普段の三割増しの天使っぷりを発動する。やべぇ、まぶしい。

「まぁ、ちょっといろいろな」

「雪ノ下さんたちはもう呼んだの?」

「いや、まだだ……ってあれ? 俺そのこと話してたか?」

「ううん、でもわかるよ」

「マジかよ……。さすがだな」

「我も存じておったぞ」

「嘘だな」

「戸塚殿と反応が違いすぎではないか!?」

306: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:28:42.17 ID:X0Xebt/Po
「そんなことはいいから、早くあんたは行きなよ」

と、川崎が話を遮り教室を指差す。そこは雪ノ下がいる国際教養科のクラスだ。

「……そうだな」

「話しかけづらいのはわかるけど、行かなきゃ今日までの練習が無駄になるから」

「わかってるよ……」

本当はもっと前に行くつもりだったが先延ばしした結果、卒業式の直前になってしまった。

でも式の後だともう話しかけることもできない気がしたから、それまでには決着をつけなければならなかった。

「あっ、そうだ。材木座」

「なんだ? 八幡よ」

「浪人おめでとう。来年も頑張れよ」

「ぐぬぅっ!? なぜそれを!?」

「そりゃお前、どこの大学行くか聞いてもはぐらかすだけだからな。嫌でも察するわ」

「比企谷」

ギロリと川崎が俺を睨む。ひぃぃ……川なんとかさんがこわいよぉ……。

「……はい、行ってきます」

307: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:29:12.63 ID:X0Xebt/Po
教室に入ると雪ノ下雪乃は教室の後ろの方を陣取り、一人で本を読んでいた。

その姿に、かつて俺が初めてあの部室に足を踏み入れた瞬間を無意識に重ねた。

他クラスの人間が入り込んだことにより、教室内の雰囲気がわずかに変化する。おい、ステルスヒッキー仕事しろよ。

その異変を感じ取ったのか雪ノ下の顔が上がり、俺の姿を視認する。

すると雪ノ下は目を丸くしてそのまま固まってしまった。てっきりすぐに目を逸らされると思っていただけに、この反応は拍子抜けだ。

他の人間はすぐに俺の存在に対しての興味をなくして、また友人との談笑を再開する。うん、やっぱステルスヒッキー健在だわ。

「よ、よぉ」

机の前まで行っても固まったままだ。

「久しぶり、だな」

もう一度話しかけるとようやく口を開く。

「え、ええ……。久しぶりね」

308: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:29:40.40 ID:X0Xebt/Po
「どうしたの?」

文脈だけを見れば以前と変わらないが、その仕草はどこかぎこちない。そんな些細な違いに一年のブランクを改めて実感させられる。

「い、いや……あのさ……、式の後さ、もう一度あの部室に来てくれねぇか? お前と由比ヶ浜に、見せたいものがあるんだ」

勇気を振り絞ってそう伝える。

なんと言われるだろうか。

二年の時だってこんな改まった言い方をしたことはほとんどない。

「見せたいもの、ね……」

そうつぶやくのが聞こえたと思ったら、今度はクスッと笑う声がした。

「……あなたのことだからどうせロクでもないことなのでしょうけれど、いいわ。見に行ってあげる」

「そうか。……ありがとな」

ホッと胸を撫で下ろす。よかった、とりあえずは第一関門突破だ。

309: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:30:21.85 ID:X0Xebt/Po
「私を呼び出すということは、興の冷めるようなものは許されないわよ」

「へいへい。んじゃあ、また」

サッと身を翻して出口を目指す。時間が経つにつれて再び視線がこちらに集中してきた。ただでさえ他クラスにいるってだけでMP(メンタルポイント)がゴリゴリ削られていくというのに、これ以上は無理だ。

「あ……」

「なんだ?」

呼び止められたような気がして振り返った。しかし雪ノ下はわずかに上げた手をそのまま下げる。

「……いいえ、なんでもないわ」

「お、おう」

時間もないから廊下へ一直線に出て行く。……なんだったのだろう、今のは。



「……ありがとう」

310: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:30:58.51 ID:X0Xebt/Po
今度は由比ヶ浜だ。雪ノ下の時には他クラスに入り込むという障害があったが、雪ノ下自身は一人でいたから話しかけること自体はそこまで難しくなかった。

しかし由比ヶ浜の場合は違う。あいつはだいたい誰かしらと一緒にいるから、話しかけるという行為そのものが高難易度となる。

けれども、式の後ではさらに難度が跳ね上がり、俺では実質不可能なレベルになってしまう。

だから、今の段階でどうにか伝えなければならないのだが……。

「……本当にあいつ一人になることねぇのな」

ずっと絶え間なく会話を続けていて、もう常に誰かと話してなきゃ死んじゃうの? って疑うレベル。

くそ……、どうにかしないと……。

「やぁ」

「……って、なんでこのタイミングでお前なんだよ」

この絶体絶命の状態で話しかけてきたのは葉山隼人だ。なんてタイミングの悪い……。

311: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:31:45.24 ID:X0Xebt/Po
「困ってると思ってね」

「何がだ」

「軽音の部長から聞いたよ。卒業式の後に校舎の端の方にある教室でライブをやる輩がいるって話」

「……それは随分と頭の中がめでたい奴らだな」

「ああ、俺もそう思うよ」

ニヤリと誰かを皮肉るような笑みを浮かべる。なんだよこいつ……腹立つな……。てかこんな悪役みたいな表情するのかよ。

「……いつか、手伝うって言っただろ?」

フッといつもの聡明で爽やかな表情に戻り、ボソリと呟いた。

「はっ?」

「チャンスは作るから」

「何を言って……」

俺のセリフが終わるよりも先に葉山は由比ヶ浜たちのいる方向に歩き出す。

312: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:32:33.47 ID:X0Xebt/Po
「優美子、ちょっといいかな」

「えっ? な、なに?」

「結衣。さっき平塚先生が呼んでたよ」

「平塚先生が?」

「うん、廊下で待ってた」

「わかった。じゃあ優美子、またあとでね」

……なるほど。そういうことか。

本当に、全部お見通しってわけか。あの野郎。

でも、今だけは感謝する。

サンキュー! 愛してるぜ、はや……。

……。

……いや、流石にそれはない。

脳内に浮かんでしまった気持ち悪すぎるフレーズを頭から追い払って、俺は由比ヶ浜が教室を出るよりも先にドアから廊下に出た。

313: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:32:59.95 ID:X0Xebt/Po
「あ、あれ? ヒッキー……? 平塚先生は……?」

「……わりぃ。ちょっとな」

俺の口調から何かを察したのか、由比ヶ浜の様子が変わる。

「……今更、何なの?」

彼女の目がどこか濁ったものに変わる。俺を睨んでいるようにも見えた。

それが当然の反応だろう。由比ヶ浜は俺が部室に行かなくなった時、何度もなんども俺を説得しに来た。

それを拒んだのは俺だ。

なのに今更になってどうこう言おうとするのがどれだけ虫の好い事か。

それでも、俺は伝えなければならなかった。

このまま終わらせたくなかったから。

あの日々が無駄で、『なかった方が良かった』と、そう思いたくなかったから。

314: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:33:43.26 ID:X0Xebt/Po
「今日、式が終わったらよ、部室に来てくれないか?」

「……えっ?」

「お前と雪ノ下に、見せたいものがあるんだ」

そして訪れる沈黙。

由比ヶ浜は口を開かない。それは彼女の意図したものではなく、予想外の俺の言葉に動揺しているからだ。

「……行かないかもしれないよ?」

そしてようやく開いて出て来た言葉はどこか少し意地悪なものだった。

でも、来てくれなかったとしても、俺はそれを責めることができない。そんな権利は俺にはない。

「それならそれで仕方ない」

「……式の後、すぐ?」

「いや、……そうだな。終わってから一時間くらいしたら来てくれ」

「……行けたら、行く」

「わかった。それと……」

と、言いかけた言葉を途中で止めた。これは今、口にすべき言葉ではない。

「なに?」

「……いや、なんでもないわ。それじゃあ、また」

315: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:34:45.47 ID:X0Xebt/Po
――

――――

「なんであんた一時間後なんて言っちゃったの!?」

「いや……なんか……よう……、パッとよく考えもせずに……」

「軽音部の機材持ってくるだけでも大変なのに、それをセットしたり音も合わせなきゃいけないし……」

「うぅ……、マジですまん……」

俺の無責任な一言のせいで現場はテンヤワンヤになってしまっていて、このままではまともに完成するかどうかも怪しい。

「八幡は嫁に尻に敷かれるタイプだのう。わかってはおったが」

「うん、僕もそう思う」

「あんたたちも、無駄話しない!」

「は、はい……」

「……御意」

「はぁっ!?」

「ひぃぃっ!? わ、わかりましたぁっ!!」

材木座くん弱すぎぃっ! お前の装甲はそんな一言で剥がれるほどヤワなものだったのか!? まぁ、メンタル豆腐並だしなこいつ。

316: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:36:22.27 ID:X0Xebt/Po
――

――――

「しかし改めて我に感謝するがいいぞ、八幡」

機材を軽音部の部室から運び出していると材木座が唐突に話しかけてきた。川崎がこの場から離れた直後でもあるから、おそらくはそれを狙っていたのだろう。

「はっ?」

「ゴラムゴラム。よもや忘れたとは言わせんぞ? このドラムなどを使えるのは――」

「お前が部長と仲が良いからだろ」

「――我が軽音部の……って我に言わせてぇっ!」

いつものように大げさなリアクションと大声を張り叫ぶ。うるせぇしうぜぇ。てかふざけてると壁とかにぶつけるぞ。

「だが、お主は不思議に思わんのか? それだけで使えることに」

材木座はもうにやけ顔も隠さずに鼻息を荒くする。あー、もうこいつ自慢したくて仕方ないんだわ。もうね、八幡すぐわかっちゃう。

「……で、何をしたんだ?」

ならまぁ、一応聞いてやるのが礼儀というものだ。癪だがこのライブができるのはこいつのおかげが実のところかなり大きい。

「しばし待っておれ。携帯で見せなければならぬのでな」

317: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:38:32.30 ID:X0Xebt/Po
機材を部室まで運ぶと早速材木座がスマホを慣れた手つきでなぞり、画面を見せてきた。

「これがなんだか、お主にはわかるであろう?」

白の背景に黒い字がゴチャゴチャと並んでいる。これは、メールか。今のご時世に随分と古風だ。

「……んっ!?」

「わかるか、八幡。これは……」

「マジかよ……。そのチケット、お前取れたのかよ……!?」

「ふふふ……UOの準備は既に万全だ……」

材木座が見せてきたのは某アイドルアニメのコンサートのチケットの当選メールだ。別に俺自身はあまり興味ないが、チケット難民が続出しツイッターが阿鼻叫喚の渦だったと聞く。

「……てこと部長は」

「察しの通り、難民化したライバーよ」

うわぁ……マジか……。買収されたのかよ部長。てか買収って相変わらずの下衆さだな。でもなんでだろう。すごく輝いて見える! キャッ! 材木座パイセン素敵!

「てかそんなの行ってていいのかよ浪人生」

「公式がfinalと銘打っているからな。故に我はそこで別れを告げて四月からは勉学の道を踏み出す予定だ」

道を踏み外すフラグしか見えないのですがそれは。

「ちなみにライブの日程が四月一日だから、正確には二日からだな」

一日を逃している時点でもうSTART:DASH!! を失敗するのが目に見える。もう悲しみに閉ざされて泣くだけの材木座しか見えない。

318: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:39:15.34 ID:X0Xebt/Po
――

――――

「つーかこれもう終わんねーぞおい!!」

絶望のあまり素に戻った材木座の咆哮が部室内に響く。うるさい。もうみんなわかってるから、うるさい。

「ちょっとまずいね……。せめてもう一時間あれば……」

ボソリと戸塚が呟く。急いで準備をしているから疲労が顔に出ていて、心の底から申し訳ない気分になる。

「……すまん」

「あっ! 八幡のせいじゃないよ! それ以上は待たせるのはって思って僕でもそう言ったと思うから!」

戸塚のフォローはその役割を果たしているかどうか微妙なところではあったが、それでもありがたかった。

「……でも、どうするの?」

深刻な表情を浮かべているのは川崎も変わらない。あともう少しで卒業式が始まることを考えると、どう考えても時間が足りない。

「……くそ、昨日のうちから少しはやっとくべきだった」

諦めムードが四人の中を漂い始めたその時、部室の扉がノックされた。

319: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:39:41.87 ID:X0Xebt/Po
「俺だ」

扉の外から聞こえる声は今日はこれで二回目。葉山だ。

「なんだよ」

扉へと歩きながら問う。

「手伝いに来たんだ。比企谷たちを」

扉越しに声が伝わる。

「お前が一人増えたところで――」

扉を開く。

その瞬間、息が止まった。

思考も、何もかもが。

廊下にいたのは葉山一人ではなかった。

「俺一人が増えたところで?」

目の前の美青年はそう言って、また嫌味ったらしいほどに爽やかな笑顔を浮かべた。

320: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:40:25.17 ID:X0Xebt/Po
「葉山くんに、戸部くんまで……!」

「三浦に海老名さんも……」

「サキサキを助けに来たよー!」

横から海老名さんが飛び出し、そのまま川崎に抱きつく。

「サ、サキサキ言わないでって……っ、てか抱きつかないで……っ!」

「んふふふふー♪」

タジタジになる川崎にお構いなしの海老名さん。なるほど、なかなか百合っていますなぁ。

「せーんぱいっ。わたしもいますよー?」

と、唐突に一色いろはが葉山の後ろからひょこっと亜麻色の髪を揺らしながら首を出した。

「一色……? なんでお前まで……」

「まぁ生徒会選挙の時にいろいろ迷惑かけちゃいましたからねー。お礼と言うかお詫びみたいな感じです♪」

「でも……でも……」

理解できない。どうして卒業式の日に、しかも直前なんてタイミングなのにこんなことを……。

321: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:41:54.85 ID:X0Xebt/Po
「ヒキタニくん。俺さ、この前に隼人くんから聞いたんだ。修学旅行で何があったかも、あの時に海老名さんがどう思ってたかも、その後の奉仕部のことも」

葉山の方へ視線を移すと奴はまたニコリと笑ってみせた。

こいつ……。

「……マジでゴメン!」

そう言って戸部は頭を深々と下げた。普段チャラチャラしていてもこの辺はさすが運動部で、姿勢がきちんとキマっている。

なんてそんな戸部の行動に俺が困惑しているのに気にせずさらに言葉は続く。

「だからさ、せめて少しだけでも力になりたいんだわ。迷惑じゃなければ、だけど。……ダメかな?」

言葉がつまった。

今、俺のためにこれだけ大勢の人間が集まってくれている。

俺の力になってくれると、そう言ってくれるやつがいる。

かつてのボッチだった頃のことを思うと、信じられない光景だ。

そして現状においてこの助けは喉から手が出るほどに、今の俺には必要なものだ。

「……すまん、助かる」

322: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:42:55.86 ID:X0Xebt/Po
――

――――

それからは今まで滞っていた作業が嘘みたいにサクサクと進んだ。特に運動部だった葉山と戸部に中学で元テニス部の女王三浦が重いはずの機材を軽々といくつも運んで、作業スピードは数倍にまで上がった。

人数が倍以上になったおかげもあってか、まだ式が始まる前にもかかわらず、ほとんどの準備が終わってしまった。

「どうなってんだお前ら……」

「そりゃ鍛えられてるからでしょー!」

いやいや、受験で数ヶ月のブランクがあるはずだろお前。でもまぁ、あのライブの時のことを考えればこいつの無尽蔵のスタミナはその程度では落ちないのなのかもしれない。

「とりあえず終わって良かったよ」

葉山が額に流れる汗を拭いながら最後のアンプを床に置く。接続も戸塚や三浦が主になってやってくれたおかげでほとんど終わっている。

あとはもう楽器を持ってきてシールドで繋げるだけだ。

「……ありがとな。どれだけ礼を言っても足りない」

そうその場にいる全員に頭を下げると、そこらから別にいいってことよ、とか、礼を言われるほどのことじゃないよ、みたいな返事が聞こえた。

それがどうしようもないくらいに嬉しくて、胸の中がいっぱいになって、思わず目から何かが溢れ出そうになった。

323: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:43:28.40 ID:X0Xebt/Po
「さぁ、もう式も始まるし教室に戻ろう」

時計を見るともう始まるまで時間はあまり残されていない。

葉山の言葉を皮切りにみんな部室を出て行く。鍵を持っているのが俺だったから、みんなが出るのを目で追う。

最後に残った人物は意外なことに三浦と海老名さんだった。

他の人間がいなくなったと確認すると三浦がガンつけ気味に俺の方へ歩み寄る。あの……、めっちゃこわいんすけど……。

「これ、結衣のためなんでしょ?」

「あ、ああ。まぁ……。でも、来ねぇかもしれねぇ」

「結衣がそう言ったの?」

獄炎の女王の迫力に内心ビビりながらも首を縦に振る。

「そっか……。なら安心して。あーしが引きずってでもここに連れてくるから」

「どうしてそこまで……」

324: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:44:30.90 ID:X0Xebt/Po
「あれから結衣、ずっと落ち込んでた」

三浦の視線がわずかに下がり、語勢が少し弱まる。

「あーしはヒキオみたいなのの何が良いのかわかんないけど、少なくとも結衣はヒキオたちとずっと一緒にいたかったんだ」

それはきっと事実だろう。だからこそあの時に由比ヶ浜はあんなにも必死だったのだ。何とかして三人にまた戻ろうと。

「そんな結衣を見てるのはあーしも辛かったから、だから……」

彼女の視線が再び俺の目へと向けられる。そこに縋るという意は一ミリも見当たらない。

『して欲しい』なんて言わない。『やれ』と、三浦は俺に言っているのだ。

「いい加減な気持ちで向き合うんなら、あーしは許さないよ」

強気な瞳が俺の顔を睨みつける。あまりの恐ろしさについたじろいでしまったが、答えは返した。

「……ああ。そんなことはしない」

「あっそ。ならいいけど」

そう言うとついさっきまでの迫力がまるで嘘のように消え、そのまま部室を去る。

わかってはいたが、三浦は自分の親友である由比ヶ浜のために動いていたのだ。

由比ヶ浜は三浦にここまで思われていることに気づいているのだろうか。

気づいていたらいいと、俺はそう思った。

325: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:45:14.11 ID:X0Xebt/Po
みんな出て行ったかと部室の中へ目を向けると、まだ一人、女子が残っていた。

「ヒキタニくん、こんなことするんだね。意外」

海老名さんは眉を少しも動かさずにそう言い切る。そこに感情を見出すことはできない。

「ああ、自分でも意外だ」

まぁ、ここまで大事にした原因は主に材木座なんだけどな。俺はいつか卒業後にこのバンドでライブをして、その時にあの二人を呼ぼうと思っていただけだった。

それを卒業式の後に、よりにもよって奉仕部の部室でやろうなどとぬかしたのは他でもないあの野郎だ。

普段ならそれを無理難題と無視していただろうが、奇しくもそれを可能にする手段を材木座が有していたのがこの俺の不運だったと言ってもいい。

まぁ承諾した時点で俺も同罪だし、それを聞いて俺の中にほんの僅かに残る厨二心がざわついてしまったことは否定できない。

326: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:45:50.18 ID:X0Xebt/Po
「……あのさ、比企谷くん」

「なんだ?」

そう問うと海老名さんはすぐにはそれに返さず徐々に乾燥した笑みが消え、視線を一瞬逸らす。

しかしすぐにまた俺の腐った目を見つめ、言の葉を紡いだ。

「あの時さ、ごめん」

こんなのは大袈裟な言い方かもしれないがその時、俺には海老名さんの心の奥が、微かに見えた気がした。

「……別に誰か一人が悪かったわけじゃねぇだろ」

予想外の文句に困惑してようやく口にできた結論は、葉山と話した時のと寸分も違わない。

これだけは、きっとまちがっていない。

「……なんか、変わったね。変わっちゃった、と言うべきなのかもしれないけど」

「悪いみたいな言い方だな」

「んー……、別に悪いとは思ってないけど……、どこか普通になっちゃったような」

「おいおい。前の俺だって普通に無個性だったと思うぞ」

なんなら個性なさすぎて幼なじみにデクとか呼ばれるレベル。そんななんでも爆破しそうな幼なじみいねーけど。

「そうかな? ヒキタニくん結構変だったよ?」

ちょっと? そういうの地味に精神的にくるからやめてね?

327: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:46:23.52 ID:X0Xebt/Po
「だから、その何て言うのかな。良いことだとは思うけど、私的にちょっと残念みたいな」

「わからねーよ」

そんな言い方をされると今の自分が不安になってくる。

「うーん……そうだな……。例えるなら、ずっと駅前にいた大道芸人が公務員になっているのを見かけたみたいな」

「俺はピエロかなんかなのか」

「でもハヤハチは近年見たリアルのカップリングの中でもトップクラスだったなぁ」

「否定しないのかよ」

「いやはや、たくさんのハヤハチありがとうございました」

「おーい」

「その捻くれたところがなくなっちゃったヒキタニくんとのハヤハチはなくはないんだけど、ただあの捻デレが見れないと思うと……」

あ、なんかこの人もう自分の世界入ってる。さっきから俺の話聞いてねぇ。

328: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:48:49.93 ID:X0Xebt/Po
「まぁ何事にも楽しむには毒があった方が面白いってこと。保険証あるか聞いてくるブラックジャックなんてつまらないでしょ?」

あれ? それなんか某絶望的な漫画で見たことある気がするんですけど? そう言えばあれにも腐女子キャラいたっけ。

「……でも、そうなってくれたから、今は少し心が軽いのかも」

つい先ほどまでの暴走モードから一転、どこか安心したような表情になる。

「だからありがとね。あとライブ、頑張ってね」

海老名さんはそう笑うと、俺が何か言葉を返すよりも先に廊下に出て行ってしまった。

「あっ、そうだ」

と、出てすぐに顔だけこっちに出してまた笑みを浮かべながら言い放つ。

「それとね、私、今の比企谷くんともうまく付き合えると思うよ」

「……そういうのは勘違いを生む原因だからな。気をつけろよ」

主に俺のために。

「ふふ、でもやっぱりそういうところは変わってないね」

329: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:50:49.14 ID:X0Xebt/Po
――

――――

滞りなく卒業式は終わり、教室内ではやれ打ち上げだ、寄せ書きだのと浮かれている。

卒業しても会おうねーなんて言ってそれから二度と会わない率は異常(俺調べ)。しかも言ってる時点で会う気がない率は八割を超える(俺調べ)。

まぁそんなことに時間を費やすことを否定はしない。そういうその時にしかできないありふれた光景に身を投じるのも決して悪いことではないだろう。

それは時間が経つにつれて美化され、過ぎた日々の先で振り返った時に青春の美しい一ページとなる。

だがしかし、俺たちにそんなことに費やしている時間はない。

何しろあと一時間後に俺たちはライブを控えているのだ。

しかも観客はたった二人。

そして誰のためかと問われればそれは、三人のため。

雪ノ下と、由比ヶ浜と、そして、俺。

そのためにメンバーも、そしてさっき手伝ってもらった葉山たちも巻き込んだ。

330: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:51:37.97 ID:X0Xebt/Po
「比企谷、卒業おめでとう」

教室を出ると、大人の女性の声が俺を呼び止めた。

「平塚先生……」

「話は聞いたよ。思い切ったことをするんだな」

いつものようにくたびれた白衣をまとう先生は落ち着いた笑みを見せた。

「……少しだけ、話をしないか? 五分でいい」

断ろうと思った。時間がないし、それよりもまず、部室へ顔を出さなくなった時に何度も教室にまで来て説得してくれたのに、拒絶した後ろめたさがあった。

「わかりました」

なのに、平塚先生のあまりにも穏やかな表情に、気が抜けてしまったようで俺は首を縦に振った。

331: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:52:14.73 ID:X0Xebt/Po
――

――――

先生が話をするのに選んだのは意外にもこの学校の屋上だった。そしてさらに意外なことにこの屋上には誰もいない。

「発想の盲点だよ、比企谷」

心の中を見透かしたかのように言葉が飛んでくる。

「卒業式なんて日には誰かしらがここに来るだろう。そうみんなが思うから誰もいないんだ、ここは」

「はぁ……」

すると平塚先生は煙草を懐から取り出し、百円ライターで火をつけた。

手慣れた手つきで無駄が一切ない。その一挙一動に思わず見惚れる。

唇を煙草から離すとふかすように煙が吐き出された。

「校内で煙草すか」

「今更なんだ。別に初めてというわけではないだろう?」

「……まぁ、そうですね」

そうだ、この人はこういう人だった。そう、この人はちっとも変わっていない。変わってしまったのは――。

332: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:52:42.79 ID:X0Xebt/Po
「改めて聞くが、どうしてだ?」

「えっ?」

「ライブだよ」

「……正直、わからないっす」

その答えは未だに出せない。あの時から今の今までずっと探し続けて、それでも見つからないのだ。

「ただ、今のままは嫌だったから……としか」

俺が求めたのは、きっと変化だ。

まるで底なし沼にハマって身動きを取れば沈んでいってしまうような感覚。

その状態からの変化が、俺は欲しかった。

結果が如何なるものであったとしても、その先がわからなくても。

「……そうか」

333: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:53:42.20 ID:X0Xebt/Po
俺の短い台詞から何を読み取ったのかはわからないが、平塚先生はどこか納得のいった様子だ。きっと俺の知らない、見えていない何かが、先生には見えているのだろう。

「最後の最後で、君はその選択を選んだんだな」

「はぁ……?」

再び唇を付けると煙草の先がボウッと赤く光り、そして白い煙が空へと静かに昇っていく。

「私は、奉仕部に入れる前からずっと君に目をつけていたんだ」

「……まぁ、そうっすよね」

じゃなきゃあんなこと言ってあんな強引に連れて行かないでしょうよ。

「面白いやつだと思ったよ。でも、君は次第に動かなくなった。自ら進んで行動を起こすことがなくなった」

それは高一の後半から高二の初めにかけてのことだろうか。確かに本格的にボッチとしての道を歩みだしたのはあの辺りだった気がする。

「そこに私はもったいないと思ったんだ。決してそういう過ごし方を否定はしないよ。ただ、君にはそれよりももっとたくさんのものを見て欲しかった」

「……それが、俺を奉仕部に入れた理由ですか?」

「ご明察。君にはその思想の矯正、などと言ったがそれは正直な話どうでもよかったんだ。学生生活の中で得た経験を経て、それでも変わらないのならそれも良し」

334: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:55:36.80 ID:X0Xebt/Po
「……結果的に先生の思うツボと」

自らへの皮肉を込めて言葉を漏らすと、そんな俺の様子が可笑しかったのか平塚先生は笑い出した。

「別にこうなるという結果を望んでいたわけじゃないよ。私が求めていたのは結果というよりは過程だ」

先生は手に持つ携帯灰皿に灰を落とす。そしてもう一度口をつけて煙を吸って、吐いた。

「君がもしもこのまま何もしないまま卒業したとしても、奉仕部で得た経験は君のこれからの人生に多かれ少なかれ影響を及ぼす。きっとそのくらいでも十分なはずだ」

でも、と平塚先生は続ける。

「こうしてもう一度、君が行動を起こしてくれたことがやはり嬉しい。この学生生活の中での答えを、君なりに模索し、出そうとしてくれることが」

「……別に、そんな大それたものじゃないですよ」

そういう具体めいた目的があるわけではない。ただ、何かをせずにはいられなくて、その方法も結果も手探りなままで、だから全くと言っていいほどに論理性もないこんな手段を講じることになった。

その行為こそが模索しているということなのだろうか。

「まぁ、そんなのは私から見てそう見えるだけだしな。もし、君なりの答えが見つけられたならその時はぜひ聞かせてもらえると嬉しいよ」

灰皿に煙草を押し付けて火を消すと、先生は俺に背を向けて歩き出した。

「それとライブ、成功すると良いな」

バタン、と扉が閉じられる。残された俺の鼻を煙の残り香がくすぐった。

335: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:57:34.60 ID:X0Xebt/Po
――

――――

ボーッと窓の外を見つめる。

枠の端に入り込んだ桜の木の枝にはまだ芽しかついていなくて、その花は咲いていない。

惜しいな。

今の時期に咲いていたら、綺麗なのに。

きっと、何週間か先に咲くよりも、今咲いていた方がずっと。

見慣れた廊下の壁に寄りかかっていると、遠くからジジジ……という機械の音と、何かを叩く音が聞こえる。

もうすぐ、その時は来る。

準備も最後のリハも済ませ、あとは二人が来るのを待つのみだ。

一度、深呼吸。

前に全校生徒の前でやった時に比べれば見ている人数は桁違いに少なく楽なはずなのに、今の俺はあの時以上に緊張している。

336: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/11(金) 17:58:05.67 ID:X0Xebt/Po
……そういえば。

二日間で、どのバンドが一番か決めるとかで雪ノ下と三浦が張り合ってたっけ。

そして結局トップを取ったのがあの二人が組んだバンドだったってオチ。

あの時の二人の何とも言えない顔ったらもう……。

その間にいた由比ヶ浜はテンパりながらも場の雰囲気をどうにかしようとして……。

そんなくだらないことを思い出して、一人でニヤける。傍から見たら不審人物として通報されかねない。

今にして思えば、かけがえのない時間だった。

でも、あの頃の俺にはもう戻れないから――

――もう、さよならなんだ。

341: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 13:54:20.73 ID:K0iTU3vlo
――

――――

部室に戻るとまだ二人とも来ておらず、部屋の中には俺を含めて四人しかいなかった。

「悪いな、本当に。卒業式だってのに」

「もう、何回同じこと言わせるの八幡は。僕たちだってやりたくてここにいるんだからもう気にしないの」

「そうだぞ八幡。今更ウォーター臭い」

「……サンキュー」

「もう来るんじゃない? あんたもそろそろギター持ちな」

川崎がスタンドに立てかけていた俺のギターを手に取り、そのまま渡す。それを受け取ると手にかかる重みが普段よりも強く感じられた。

すると遠くの方から、廊下を歩く音が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなり、誰かがここに近づいてきていることを意味していた。

音から察するに近づく音は二人分。

その正体はきっと――。

「じゃあみんな。頼むな」

俺がそう言うと、他の三人は何も言わずにただ頷いた。

342: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 13:55:17.60 ID:K0iTU3vlo
ガララとローラーが回る音ともに扉が開かれる。かつて何度も見た光景だ。しかし本来ならこっちにいたはずの人物が、向こう側にはいた。

「これは……!」

先に言葉を発したのは雪ノ下だ。驚くのも無理はない。机と椅子以外に何もないはずのこの場所に、ギターやドラムが並んでいたら誰だって同じ反応を示すだろう。

「ヒッキー、これって……」

二人とも言葉がその形を成さずにただ声が漏れ出る。

「来てくれてありがとな」

この部屋に並べたのは楽器だけじゃない。

その前に置いてあるのは、二脚の椅子。

何も言わなくても意味を察したようで二人ともその椅子に座った。

それを確認して俺はストラップを肩にかけ、ピックを親指と人差指で挟む。

343: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 13:56:03.81 ID:K0iTU3vlo
一度、息を思いきり吸い込み、そして吐く。

この場にいる全員が俺を見ている。

俺が弦を鳴らしたその瞬間に、曲が始まる。

そう思うと、なかなか動き始めることができない。

沈黙が部室の中を支配する。

『一曲だけ』

マイクに入った声がアンプから倍増されて放たれる。



『ソラニン』



344: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 13:56:49.01 ID:K0iTU3vlo
ソラニン
ASIAN KUNG-FU GENERATION

https://youtu.be/yCwtmCxJgik


345: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 13:58:36.38 ID:K0iTU3vlo
Cadd9のコードを鳴らし、曲が始まる。

4フレッドに着いているカポが光を反射している。

目の前の二人がハッとした顔になる。あの時の曲だとわかったのだろう。

一人で丁寧に、しかし力強く弦を弾く。

そして材木座のハイハットの音が微かに浮かび上がったと思うと、次の瞬間に戸塚のギターと川崎のベースが入り込む。

川崎のベースは正確なリズムで8分音符を刻み、戸塚のギターが生き物のように繊細なメロディを奏でる。

どの音も一年前よりもずっと鮮明に、そして上手くなっているのが俺でもわかった。



  思い違いは空のかなた

  さよならだけの人生か

  ほんの少しの未来は見えたのに

  さよならなんだ



一気にどの音も勢いを増し、音量が急激に上がる。

ふと、頭の中に月が浮かんだ。

その夜の月は一際綺麗で、それを背に立つ川崎の姿がどこか神聖なものに見えたものだ。

『おっ、そうだ。お前がさっき歌ってたのも教えてくれよ』

『ああ、あれはね、アジカンのソラニンって曲』

『あーそうだ。そんな名前だったな』

『やっぱり知っているんだ?』

『そりゃ有名だしな、それ』

『まぁ、そうだね……』

『……?』

『……あたしね、その曲がすごい好きなんだ』

『はぁ……』

『すごくカッコいいロックなのに、どこか切なくて……』

346: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:00:05.19 ID:K0iTU3vlo



  昔 住んでた小さな部屋は

  今は他人が住んでんだ



今ここにいる人間は明日にはもうここにはいない。

そうしてみんながいなくなったあとで、ここを俺の知らない誰かが使うのだろう。

また平塚先生が新たなメンバーを集めて奉仕部を作るのかもしれない。あるいは全く違う用途で使われるのかもしれない。はたまたもう誰もここには来ないのかもしれない。

たとえどれでも、俺たちは、いない。



  君に言われた ひどい言葉も

  無駄な気がした毎日も



奉仕部での日々が頭の中に浮かんでは、消える。

初めてここに来た時のこと。

由比ヶ浜の依頼。そして戸塚や材木座が来て、川崎の問題があって。

遊戯部との対決や林間学校に文化祭。そして修学旅行と生徒会選挙。

あの時は辛かったとしても、今にしてみればどれも良い記憶のように思える。

そんなことを考えると胸の奥が詰まって声が出なくなってしまいそうな気がしたから、回想は頭から追い出した。



  あの時こうしてれば あの日に戻れれば

  あの頃の僕にはもう 戻れないよ




347: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:00:51.67 ID:K0iTU3vlo



  たとえばゆるい幸せがだらっと続いたとする

  きっと悪い種が芽を出して

  もうさよならなんだ



間奏に入りふと後ろを向くと材木座が涼しい顔をして叩いているのが目に入った。前にやった時はここで苦労して必死になっていたというのに、なんだかんだこいつもそれなりにやってたんだな。浪人してなけりゃ褒めてたよ。

左を向くと戸塚の真剣な顔があった。しかし俺の視線に気付くとポロッと顔をほころばせる。……本当、いろんな意味で戸塚に会えて良かったと、心から思う。

そのまま振り向いて川崎の方を見ると、ずっと俺を見ていたのか視線がぶつかる。しかしお互いにそれで顔を背けたりはせず、川崎はどこかあたたかな眼差しを俺に向ける。

……てかそれもう親が子を見るそれに近いんですけど。お前は俺のかーちゃんかよ。

そして再びマイクに向き直ると雪ノ下はうつむき、由比ヶ浜はもう涙ぐんでいた。

でも違う。俺は二人にそんな顔をしてもらいたいんじゃない。

ただ後悔を伝えたいんじゃない。

罪の懺悔をしたいわけでもない。

俺がお前たちに伝えたいことは、そんなことじゃないんだ。



  寒い冬の冷えた缶コーヒー

  虹色の長いマフラー

  小走りで路地裏を抜けて

  思い出してみる



最後のサビに入り、思いっきり息を吸い込む。

隣にいる川崎が俺の声に重ねてハモる。

348: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:01:55.04 ID:K0iTU3vlo



  たとえばゆるい幸せがだらっと続いたとする

  きっと悪い種が芽を出して

  もう さよならなんだ



弦が切れてしまうんじゃないかってくらいに強く弦を叩き、喉がそのまま潰れてしまうくらいに声を張り叫んだ。

ただ伝えるために。

この思いを、二人のために。

もうそれしか頭の中になかった。

他のことは全部消えてしまって、ただ今を叫ぶことしかできない。

失われた過去も、まだ見ぬ未来も、今はどうでもいい。



  さよなら それもいいさ

  どこかで元気でやれよ

  僕もどーにかやるさ

  そうするよ



叫び、六本の弦をただかき鳴らす。

バスドラムの音が心臓にまで届くくらい強く踏まれる。

隣のギターが耳を貫くように高く鳴り響く。

スライドとグリッサンドでベースの音が地を這うように動きまわる。

いつの間にか涙が頬をつたい、声もまともに出ていないことに気づいたが、それでも俺は歌い続けた。



そして、

すべての音が、

消えた。




349: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:02:44.39 ID:K0iTU3vlo



『ごめん、なんて言葉にすればいいかわかんないけど、でもありがとう、ヒッキー』

いや、まぁ……。

『……それがあなたのこたえなのね』

答えって言えるようなもんじゃねぇよ。

『いえ、あなたはこたえてくれた。たとえそれが答えでなくても』

……?

『でも、きっと私はまだあなたのことも、私自身のことも許せない』

……だろうな。まだ俺だって完全に自分の中で決着が着いたわけじゃない。

『でも、あなたはこたえてくれたから、私も私なりに答えを探していくつもり。これが私のこたえよ』

『……たぶん、それはあたしもそうなのかな』

そうか。

『ねぇ、比企谷くん』

なんだ?

『もしもいつか、互いに互いを許せる日が来たらその時は――』




350: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:03:16.80 ID:K0iTU3vlo
――

――――

「……さみぃ」

昼も過ぎた廊下はライブで火照った俺の身体から体温を根こそぎ奪っていく。

スネアドラムを抱えながら歩くその先を見る。

誰もいない。

顔を横に少し動かして窓から校庭を見てみる。

そこにも、誰も。

自分以外の人間が校内から消えてしまったんじゃないかという錯覚に陥る。

こんな光景は奉仕部の帰りに何度も見たはずなのに、そこに陽の光があるかどうかでこんなにも違って見えるのか。

自分たちがこの学校から卒業したという事実が改めて実感させられた。

「せーんぱい」

すると突然、甘い声とともに背中を軽く叩かれた。

「一色か。……ってなんでここに」

「まぁ、後片付けですよ。これでも生徒会長なので」

「へぇ、お疲れ様」

「一応先輩たちのためにいろいろやってたんですよ?」

「俺たちのために?」

「はい。言い出しっぺは葉山先輩ですが」

「葉山が?」

351: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:03:49.39 ID:K0iTU3vlo
「先輩、心配じゃなかったんですか? 卒業式の後とはいっても、教室でライブなんて先生たちが黙ってるわけないじゃないですか」

「あー……」

そういえば気にしたこともなかったが一色の言葉はもっともだ。学校の端とはいえ教室でそんなことをやったら止められるか、少なくとも邪魔なしなんてありえない。

「それを葉山が……?」

「です♪」

「一体何を?」

「んふふー。知りたいですかー?」

一色は得意気に胸を張り口角を上げた。うわぁ、すごく悪いこと考えてそう。

「答えはですね、先生たちにはみんな体育館でスライドを見てもらってたんですよ」

「スライド?」

「写真とかを音楽に合わせてスクリーンとかに映すやつです」

あーあれか。よく文化祭とか結婚式とかの時にやるやつ。リア充の『俺たち青春してますー』みたいなのが鼻につく写真がよく出てくるから、俺の中の見ていて腹が立つ代物ランキングトップ10には入る。

「まぁ卒業式で先生たち向けのがメインなんですけど。それを体育館で見てもらってたら奉仕部の部室って結構距離があるから気付かれないかなって」

葉山先輩が、って一色は最後に付け足す。どこまでも葉山一筋ですかこの人は。

しかし俺たちの知らないところでそんなことがあったなんて気付かなかった。

「……すまねぇ」

「ホントですよー。結構大変だったんですからー」

352: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:04:23.28 ID:K0iTU3vlo
「……なんちゃって」

「はっ?」

「いやー、まぁ大変は大変だったんですけど、その写真の選別とスライドの作成やったのわたしと葉山先輩で作業中は二人きりだったんですよー♪」

……なるほど。ほんのさっきまではこいついいやつなのかと思ってたけど、ちげぇわ。良い性格してるだけだわ。

「ですのでわたし的には全然オッケーでーす」

「お、おう……」

なんというか計算高いというかこの後輩は……。

「まぁ、ありがとよ」

「なんですかそれ口説いてるんですか。一瞬ときめきかけましたがごめんなさいやっぱり先輩とは無理です」

「礼を言っただけなのになんでそうなんだよ……」

本当、良い性格してるわ。

思わず苦笑いがこぼれる。

「そういうわけなので後片付け終わったらそっちの手伝いに来ますねー」

「おー、助かる」

353: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:05:49.81 ID:K0iTU3vlo
――

――――

片付けもほとんど済み、他のやつらはみんな奉仕部の方の部室に集合している。まだ来ていない川崎を呼びに軽音部の部室に戻ると彼女は一人で窓から空を見上げていた。

「よぉ、川崎。お疲れ」

「あ、うん」

彼女の返事はどこか空返事で違和感があった。

「どうしたんだ?」

「……ううん。別に」

「はぁ……」

……てかこの部屋、俺と川崎しかいないんだけど。二人きりとか気まずいしなんかあれだし、早く連れてかないと。

「なら、早く行くぞ。戸塚たちが奉仕部で待ってる」

「うん……」

と口にはするけれども動く気配がない。

「川崎……?」

「……寂しいなって」

ポツリとつぶやいた言葉の意味を、俺は理解できなかった。

「なんかさ、当たり前のように来てたここに、もう来れないなんて」

354: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:06:27.26 ID:K0iTU3vlo
「別に、来ようと思えば来れるだろ」

「そうだね。中学もそうだった。……でも、そうなると結局もう来ないんだよね」

「…………」

「時間が経ったら思い入れも何もかもが薄れて消えちゃって、いつしか寂しいとも思わなくなっちゃって」

彼女の指先が窓にそっと触れる。その声はどこまでも切なく儚げで、ほんのちょっとの拍子で消えてしまいそうに見えた。

「この学校の中がどんなだったかも少しずつ思い出せなくなって、大事だと思ってた人とも、だんだん会わなくなって」

「……まぁ、そういうのはよくあるよな」

「うん。よくあること」

彼女の言う『大事な人』とは誰のことだろうか。やはりあれだけ仲の良かった海老名さんのことを指しているのだろうか。

…………。

いや、わかってるんだけどさ。川崎が何が言いたいのかって。

……でも、それを信用できるかとなると話は別だ。

355: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:07:07.53 ID:K0iTU3vlo



……悪かったな、由比ヶ浜。

『えっ?』

何回も呼びに来てくれたのに結局一度も行けなくて。

『ううん、いいよ。そのことはもう』

でも――。

『ヒッキーがああしなかったらあたしがやってたかもしれないし、ゆきのんだったかもしれない』

そんなことは――。

『あるよ。……だから、今の一言だけで十分だから。もう気にしないで』

……ありがとな。

『それと』

なんだよ?

『サキサキにちゃんと、伝えなきゃダメだよ』

なっ……一体何を……!

『いや、あんなに一緒にいたら普通に気付くし』

…………。

『……とにかく、いろいろがんばってね』




356: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:07:47.39 ID:K0iTU3vlo

――

――――

初めは勘違いだと思った。

『あたしも、そう思うよ』

思わせぶりな言葉に対する自意識過剰なんだと。

でもそれは意識しないようにしようとすればするほどに肥大化していき、いつしか俺の意識の大部分を巣食うようになった。

そんな感情はずっと否定してきたのに、ふと自らを省みるとそこにはもう完全に落ちてしまった成れの果てがいた。

なぜだろう、と過去を見渡してみても答えは見つからない。

ただ、胸の中にくすぶる感情だけが姿を見せる。

そして思う。

この関係をいつまで続けていられるのかと。

もし許されるのならこの先も。

そんな願いが浮かんできてしまうのだ。

そうじゃない、こんなのは一時の気の迷いだと何度も自分に言い聞かせたが、俺の感情はもはや理性の言うことなど聞いてくれなかった。

357: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:08:18.19 ID:K0iTU3vlo
だから……、今こそがその好機なのではないだろうか。

幸いこの部屋には俺と川崎以外は誰もいない。

奉仕部の部室の方にはかなり大勢いるしあのメンツだから五分や十分は話しているだろうから、ここにはまだ来ない。

さらに今日は卒業式でもう校内に人はほとんどいない。

だから――。

『友達じゃ……だめかな……』

「くっ……」

くそっ、何で今このタイミングでそれを思い出すんだよちくしょう。

――もしも、これが全部俺の勘違いで一人相撲だったら?

違う、そんなわけがない。川崎がそんなことをするやつか? この数ヶ月、俺は彼女のどこを見てきたんだ?

――だったら、俺はこの十八年間で何を学んできたんだ?

やめろ、黙れ。

――また自分の願望を押し付けているだけなんじゃないのか?

違う。

――勘違いした挙句、結局のところ、好かれているという事実が好きなだけなんじゃないのか?

そうじゃない。折本の時とは違う。

358: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:08:52.61 ID:K0iTU3vlo





――じゃあ、何が違うんだ?





それを言葉に出来るんなら、苦労はしねぇよ。






359: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:09:39.13 ID:K0iTU3vlo
もしかしたら本質的には折本に対して抱いた感情とさして変わらないのかもしれない。

俺が偽物と断じたものは、俺がそう信じたかっただけなのかもしれない。

でも、その答えを俺は知りようがないし、俺の取れる手段はただ一つ。

ただ自分の感じたものを信じるだけ。

その結果によってのみ、答えは見出すことができる。

と言うよりもうそれしか俺には手がない。

俺は考えに考え尽くした。理論においては恐らく極致にまで達していることだろう。

感情が理屈で説明できるならとっくに電脳化されている。平塚先生が口にしそうなセリフだ。

つまり、もうここまで来たら理屈は抜きにして、当たって砕けろってことだ。

360: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:10:05.67 ID:K0iTU3vlo
「なぁ、川崎」

「なに?」

深くふかく、一度深呼吸をする。

なんで今日一日でこんなに緊張することが連続するんだか。気を張り詰めすぎてたぶん明日の俺はダルンダルンに緩んでいることだろうよ。

「あんたどう――」

言いかけた言葉は途中で途切れ、川崎は目を丸くした。俺の様子の変化に勘付いたのかもしれない。

「あ、あのさ……」

声が震える。

別に凝った言葉を用意したわけじゃない。

むしろ想いを伝えるにはこれ以上ないシンプルなものを選択したはずだ。

なのにこんなにも、俺の正気を奪う。

こんなんじゃダメだ。もっと落ち着いてきちんと言葉にしないと。

361: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:11:32.21 ID:K0iTU3vlo
一度顔を下げて床を見ながら呼吸を整える。

ひっひっふー、ひっひっふー。これラマーズ法じゃねぇか。

……よし。って今ので呼吸整っちゃったのかよ。

もう一度顔を上げ、川崎と向き合う。

「川崎」

「は、はい」

俺の緊張が移ってしまったのか川崎の表情もこわばっている。

次の言葉を口にしたらどんな顔を、彼女はするのだろう。

驚くのだろうか、それとも軽蔑するような表情を浮かべるのだろうか。できれば後者は勘弁したいものだ。

今度は軽く息を吸い、そしてずっと前から決めてあった言葉をそのまま口にした。

するとそれは驚くほどにスムーズに言えた。

「俺はお前が好きだ」

362: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:12:01.18 ID:K0iTU3vlo
お互いに何も言えなくなって固まってしまった。川崎は完全にフリーズして、川崎の反応を待っている俺も身動きがとれない。

しかし時間が経つにつれて川崎は俺の言った言葉の意味をようやく理解し始めたらしく、今度は顔がみるみる赤くなっていく。

そして彼女の目から一粒、涙がこぼれた。

「か、川崎……?」

その涙が何を意味しているのかがわからず、脳内がパニクる。まずい、これはまさか俺の勘違いだったのか?

そんな風にうろたえていると川崎が言葉を投げかけてきた。

「……ありがとう。すごく、嬉しい」

一度こぼれ始めて止まらなくなったらしい涙を拭いながら、それでも俺のために必死で笑おうとしてくれる彼女の姿はとてもいじらしくて、そして愛おしい。

「ごめん……。嬉しいのに、涙が止まらなくて……」

「い、いや……」

「あたしもね、あんたのこと……その…………好き」

胸の奥が一気に浮き上がるような感覚に襲われる。全くこうなるのを予想してなかったわけじゃない。むしろ冷静になって今までのことを考えればこの可能性のほうが圧倒的に高かった。

なのにかつてのトラウマが俺に嫌な未来ばかりを見せていたせいで、この今がただ嬉しい。

363: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:12:33.29 ID:K0iTU3vlo
「はは……。笑いたいのに、ずっと、ずっと前からあたし……」

えっと……。どうしよう。こういう時ってどうすればいいんだ?

なんかドラマとかだと抱きしめてたりとかするような気がするけど、案の定俺にそんなことができるような甲斐性はない。

ならうん……できること言えばこれくらいか?

「!」

川崎の頭の上に手をそっと乗せて、軽く左右にさする。小町がいるおかげで得た数少ない対人スキルの一つだ。別名お兄ちゃんパワーともいう。

「嫌だったら言ってくれ……すぐに離す」

「……ううん、嫌じゃない」

川崎はそう言うと手を後ろに組んでそのまま頭を俺の胸に当てる。

「……ねぇ」

「な、何だ?」

「文化祭の時のこと、覚えてる?」

「文化祭……?」

俺の口調から何かを察しそのまま言葉を続ける。

「……やっぱり忘れてる」

クスッと小さな笑い声が聞こえた。

「言えば思い出すかな」

「えっ?」

川崎が一歩下がって涙で赤くなった目を軽くこすって、そしてまた笑った。

「サンキュー。愛してるよ、比企谷」

364: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:13:00.38 ID:K0iTU3vlo
 それから時は流れて、比企谷家

「うーん……」

適当に本棚から取った小説を机に置く。最近は読む時間も減ったから本は買っても読まずにどんどん積まれていく。たまにの何もない休みにこうやって消化するのが数少ない楽しみだ。

まさか俺が結局まともなサラリーマンになっちまうとは……。いや、まぁ途中から薄々こうなると勘付いてはいたけどよ。

しかし目が疲れた。少し休憩にして適当に音楽でも掛けるとしよう。

パソコンをいじくってスピーカーから音が出るようにして、シャッフル再生を選択する。

そこで流れてきたイントロを耳にした瞬間、まるで自分が高校時代にタイムスリップしたような感覚に包まれた。

脳裏に浮かぶ古い日の記憶。

校舎の独特のにおい。

暖房が行き届いていなくて肌寒い教室。

電灯を消していて薄暗かった背景。

そして今でも思い出せるあのギターの弦を押さえる左手の感触。

これは……、そうだ、ソラニンだ。

「おーもいーちがいはー……」

何度も何度も練習して歌った曲だから今でも歌詞が浮かんでくる。

「……懐かしいな」

365: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:14:02.13 ID:K0iTU3vlo
ガチャリ、というドアの音。

「あんたごはん……あら、ずいぶん懐かしいの聞いてるんだね」

ドアを開けたのはエプロンを着けた沙希だった。後ろで結んでいた髪は今は下ろしてロングにしていて、あの頃よりも落ち着いた印象を受ける。

「まぁな。お前も覚えてるんだな」

「そりゃね。というか元々あたしがやりたいって言った曲だし」

「そう言えばそうだったな」

「……懐かしいね。もうあれから何年経ったんだろ」

曲に誘われて沙希が部屋の中に入ってくる。あれ? 料理の方は大丈夫なんですかね?

「さぁな。もう数えたくもねぇよ」

俺たちは今や二人の子どもの親だし、上の方はもう高校二年だ。ちょうど俺がギターを始めた年齢と同じで、そう思うとなんだか奇妙に思われた。

「あたしもあんたももうおじさんとおばさんだもんね」

「あの頃は若かった」

「それはさすがにじじいくさいよ」

なんて言うと二人でクスクス笑う。こんな軽口を言い合っていて気づいたらこの歳だ。まさに光陰矢のごとしである。

「そんな思い出話はまた今度にして、そろそろ夕ごはんだから」

「わかった」

俺が応えるのを確認すると沙希は部屋から出て行った。まだ料理が残っているのだろう。

366: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:17:04.93 ID:K0iTU3vlo
「たーとーえーばー、ゆるーいー、しーあーわーせーがー……」

じゃあ曲はもうすぐ終わるし、あと少ししたら行くとしよう

と、さっきまで読んでいた本を棚にしまおうと立ち上がった時、またドアが開いた。

「あれ? もう飯だぞ?」

部屋に入ってきたのは俺の息子だ。自分で言うのも何だが、びっくりするくらいに俺に似ていて困る。アホ毛も、気分が暗くなった時に腐る目も、見事に全部遺伝してしまった。

おかげで他の父親の疑いゼロだからありがたいっちゃありがたい話ではあるが。

しかし似ているのに、いや、似ているせいなのか最近はあまり話す機会がないし、こうやって俺の部屋に来るなんて滅多にあることじゃない。

「知ってる。……ちょっと前に親父が俺くらいの時の写真見たことあるんだけどさ」

「なんだよ突然」

「親父、昔バンドやってたんだ」

「えっ? あー。まぁ、ちょっとだけな。何の写真だ?」

「わからん。親父がギター弾いてたくらいしかわからない」

「……パソコンつけてるしちょっと見るか?」

「……じゃあ少し」

367: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:17:45.30 ID:K0iTU3vlo
ハードディスクに保存されている膨大な情報の山から目当てのフォルダを探すのにそう時間はかからなかった。

「……あった。これだ」

サムネを確認して適当に開く。これは高校の時だな。

「本当に弾いてたんだ……」

「母さんともやってたんだぞ。あいつはベースだったけど」

「えっ、それ初耳なんだけど」

「あれ? 言ったことなかったか?」

「知らねぇよ……」

マジか。どっかで言ったつもりだったけど違ったのかもしれない。しかし今日はちょっとした回想デーみたいになっちゃってんな。

「ほら、こっちに写ってるのが母さんだ。この時はポニーテールだったんだよ。今は下ろしちゃって普通のロングだけど」

「本当だ……。てか二人ともすげぇ若い……」

「そりゃ父さんだって高校生の時代があったわけだからな」

それが今じゃ社畜となって二児の父になってるんだから、時間の流れって本当に怖い。

368: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:18:33.67 ID:K0iTU3vlo
「……あれ? こっちの写真は――」

と、勝手に画像をクリックされるとそれは大学にいた時の写真だった。

「親父が……ドラム!?」

なんて素っ頓狂な声を上げる。なんだよ、そんなにイメージに合わないかよ。

「しかもギターとベースが女子でのスリーピースとか、親父……」

「いやいや。何だよその目は」

「しかも二人とも結構可愛いし、親父、実はやり手だったのか」

息子の目がどんどん腐っていく。こういうのを見ると昔の自分を見ているようだ。そんな様子が可笑しくて思わず口元がにやけた。

「誤解しているようだが、その二人とは別にそういうことがあったわけじゃないぞ。てかその時にはもう今の母さんと付き合ってたし」

「あー、そういえばそうかー。じゃあこの二人とは何もなかったのか?」

「何も……?」

その質問にどう答えていいかわからなくなり、パソコンの画面を見る。

そこには満面の笑顔でベースを弾くお団子頭の女の子と、長い髪の毛を後ろで縛って楽しそうにギターを弾く女の子と、腕の疲労に顔をしかめながらドラムを叩く俺の姿があった。

369: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:22:06.87 ID:K0iTU3vlo



『ねぇ、比企谷くん』

なんだ?

『もしもいつか、互いに互いを許せる日が来たらその時は……』

その時は?

『その時は――』




370: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:22:36.05 ID:K0iTU3vlo



「――また、バンドをしましょう」



「俺たちでバンド?」



「そうよ、今度こそね」





371: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:23:52.14 ID:K0iTU3vlo





いつかの約束、覚えてる?






372: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:24:27.98 ID:K0iTU3vlo
「……ま、いろいろあったんだよ」

「いろいろって?」

「気が向いたら話してやるよ。ほら、そろそろ行かないと母さんに怒られるぞ」

「…………」

パソコンをスリープにして画面の電源を切る。息子はどこか納得のいかない様子だが、まぁ今話すようなことじゃない。

あのことを話すのにはあまりにも時間が掛かるし、何よりもまず自分から話したいようなことでもないからな。

……でもいつか、こいつが酒を飲める歳になってどっかで呑みにでも行ったら、なんかの拍子にぽろりと漏らしちゃうかもしれん。

まぁ、その時はその時だ。

「もう電気消すぞ」

そう言うと息子は部屋から出たが、何か言いたいことがあるようだった。

「どうした?」

「……ちょっと頼みがあってさ」

「頼み?」

「親父、確かギターまだ持ってたよな?」

373: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:25:13.38 ID:K0iTU3vlo
瞬間、強烈なデジャヴ。

もうあれから何十年も経つのに、その時のことが鮮明に思い出される。

そういえば、あの時の親父は……。

……そうか。こんな気持ちだったんだな。

今になってようやくわかる。

嬉しいような寂しいような、それでもって懐かしいような、そんないくつもの感情が心の中で混ざり合ってグチャグチャになる。

なるほど。だからあんな顔をしていたのか。

「……親父?」

長い間言葉を失っていたようで息子は怪訝な顔で俺に尋ねる。

「いや、なんでもねぇ。欲しいのか?」

「まぁちょっと必要でよ」

「……そうか」

ったく、ここまで一緒とは驚いたよ。その辺もやっぱり親子なんだなぁって思う。

もう少なくとも十年は弾いていないからちょっと今の状態では使いものにならないだろう。でも幸い、俺の数少ない交友関係の中にツテはある。たぶんあいつなら――。

「じゃあ一週間、待ってくれないか?」








374: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:25:42.42 ID:K0iTU3vlo
Ending Theme

Kiss the Rain
Yiruma

https://www.youtube.com/watch?v=so6ExplQlaY


375: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:26:41.37 ID:K0iTU3vlo
以上で終わりです。
こんな長いのを最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
前スレを立てたのが2014/11/05ということなので、一昨年から書き始めて一年四ヶ月かかっての完結となります。
最初の頃から読んでくださった方には本当に長い間お待たせいたしました。

あとサキサキ可愛い。

最後にセトリ載せておきます。

376: ◆.6GznXWe75C2 2016/03/12(土) 14:28:09.30 ID:K0iTU3vlo
The Sound Of Silence / SIMON & GARFUNKEL
The Boxer / SIMON & GARFUNKEL

 一日目

The Beginning / ONE OK ROCK
スターフィッシュ / ELLEGARDEN

スターラブレイション / ケラケラ
魔法のコトバ / スピッツ

世界をかえさせておくれよ / サンボマスター
今すぐkiss me / LINDBERG
一雫 / ZONE

Wednesday Morning 3 A.M. / SIMON & GARFUNKEL

そばかす / JUDY AND MARY
新しい文明開化 / 東京事変

 昔

Eye Of The Tiger / Survivor
Livin' on a player / Bon Jovi

 二日目

世界じゃそれを愛と呼ぶんだぜ / サンボマスター

Raxanne / The Police
Every breath you take / The Police

No reason / SUM41
With me / SUM41

フレンズ / REBECCA
Don't cry anymore / miwa

ソラニン / ASIAN KUNG-FU GENERATION