2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:17:12.64 ID:ha7ZcpN9o
【ポケモンリーグ!】


【さあ、アキバリーグ防衛戦は佳境を迎えようとしています!
アマルルガとニョロボンのダブルノックアウトでチャンピオンの残りは三体、挑戦者の残りは二体!
両者、まったくの同時で次のボールへと手を掛けるッッ!!】


絵里「行きなさい、フリーザー」


【出たァ!アキバリーグチャンピオン絢瀬絵里!ここでエース、蒼麗なる氷鳥!フリーザーを繰り出していく~っ!!
その姿はまさに!凍って・カチコチ・エリーチカ!KKEのお出ましだァー!!】


果南「うわ、来ちゃったか。じゃあ私も下手な子は出せないね…頼んだよ!ギャラドス!」


【来たァ!挑戦者の松浦果南、四天王のうち二人にトドメを刺したエース格の登場だ!
登場と同時に膨大な水がフィールドを支配したッ!その凶顔はまさしく水上の暴君!ギャラドスッッ!!】


絵里「フリーザー、“フリーズドライ”」

果南「ギャラドス!“ストーンエッジ”だ!」


【さあ、お互いの技が猛威を奮う!
氷点下の羽ばたきが生み出す真空、凍結、乾燥のトリプルコンボはみずタイプにも効果はバツグン!
対して水面から急襲する岩の顎!こおり・ひこうのフリーザーにとっては刺さる!まさに一撃必倒!ただし当たればの話!
フリーザー、冷気を放ちながら空を舞っていく~ッッ!!!】





《高坂家、居間》


穂乃果「おおお…っ!ここ!この場面!本っっ当手に汗握るよね!」

雪穂「お姉ちゃんテレビ近すぎ。怒られるよー」


━━ピンポーン!


雪穂「あ、お客さんだ」

ほのママ「穂乃果ー!ちょっと出てくれる?」

穂乃果「うえぇ~!?良いとこなのに!」

雪穂「何度も見てる録画じゃん…」



2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:17:12.64 ID:ha7ZcpN9o
【ポケモンリーグ!】


【さあ、アキバリーグ防衛戦は佳境を迎えようとしています!
アマルルガとニョロボンのダブルノックアウトでチャンピオンの残りは三体、挑戦者の残りは二体!
両者、まったくの同時で次のボールへと手を掛けるッッ!!】


絵里「行きなさい、フリーザー」


【出たァ!アキバリーグチャンピオン絢瀬絵里!ここでエース、蒼麗なる氷鳥!フリーザーを繰り出していく~っ!!
その姿はまさに!凍って・カチコチ・エリーチカ!KKEのお出ましだァー!!】


果南「うわ、来ちゃったか。じゃあ私も下手な子は出せないね…頼んだよ!ギャラドス!」


【来たァ!挑戦者の松浦果南、四天王のうち二人にトドメを刺したエース格の登場だ!
登場と同時に膨大な水がフィールドを支配したッ!その凶顔はまさしく水上の暴君!ギャラドスッッ!!】


絵里「フリーザー、“フリーズドライ”」

果南「ギャラドス!“ストーンエッジ”だ!」


【さあ、お互いの技が猛威を奮う!
氷点下の羽ばたきが生み出す真空、凍結、乾燥のトリプルコンボはみずタイプにも効果はバツグン!
対して水面から急襲する岩の顎!こおり・ひこうのフリーザーにとっては刺さる!まさに一撃必倒!ただし当たればの話!
フリーザー、冷気を放ちながら空を舞っていく~ッッ!!!】





《高坂家、居間》


穂乃果「おおお…っ!ここ!この場面!本っっ当手に汗握るよね!」

雪穂「お姉ちゃんテレビ近すぎ。怒られるよー」


━━ピンポーン!


雪穂「あ、お客さんだ」

ほのママ「穂乃果ー!ちょっと出てくれる?」

穂乃果「うえぇ~!?良いとこなのに!」

雪穂「何度も見てる録画じゃん…」


3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:18:47.47 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「あーあ、決着まで見たかったのに。まああの後ギリギリでチャンピオンが勝つんだけどさ。はーいどなたですか」ガチャッ

海未「………穂乃果。」

ことり「あはは、穂乃果ちゃんおはよ~」

穂乃果「あっ………」

穂乃果(二人と待ち合わせをしてたんだった!!!)

海未「すぅ~っ……穂乃果ァ!!!」





穂乃果「ひぃ…めちゃくちゃ怒られた…」

ことり「よしよし…はい、クッキー食べる?」

海未「全く…ことり、甘やかしてはいけませんよ?私たち二人をまたせるだけならいつもの事ですが、今日は大切な人と会う用事なのですから」

穂乃果「大切な人って言っても真姫ちゃんじゃん。海未ちゃんことりちゃんとそう変わんないよ」

海未「もう、自覚してください!今日は“友達の真姫”と会う日とは違うのですよ!」

穂乃果「わかったわかった。『ポケモン研究の若き権威、西木野真姫博士からポケモンをもらって旅立つ日~』でしょ」

ことり「穂乃果ちゃん権威って言葉知ってるんだね~、すごいっ♪」

穂乃果「ふっふっふ、今のフレーズは耳にタコができるほど海未ちゃんから聞かされたもんね!」

海未「常用語ですよ…?と、着きましたね。オトノキタウン、西木野ポケモン研究所!」

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:19:20.38 ID:ha7ZcpN9o
真姫「………遅い。30分以上待たされてたんだけど」クルクル

海未「すみません、真姫…私の監督不行き届きで…」

ことり「ことりがちゃんと電話入れておけばよかったの…ごめんね、真姫ちゃん…」

穂乃果「ふ、二人に謝られると余計に胸が痛む…私の責任です…」

真姫「はぁ、まあいつもの事だけど。じゃあ手短に話を済ませるわよ。はい、ポケモン三種類。それぞれ好きなの選びなさい」

穂乃果「雑っ!なんかこうもうちょっと余韻が欲しいっていうかさぁ」

真姫「知らない子に渡すならともかく、あなたたち相手に畏まっても仕方ないでしょ。私も忙しいの。ほら選びなさい、早く」

海未「やれやれ、真姫らしいですが。ええと、三種類のポケモンは…」

ことり「ほのおタイプのヒトカゲさん、みずタイプのケロマツさん、くさタイプのモクローさん。わぁっ、みんなカワイイっ♪」

穂乃果「おお~、ちょっとテンション上がってきた!二人ともどの子がいい?」

海未「私は最後で構いませんよ」

ことり「うふふ、穂乃果ちゃんから決めていいよ♪」

穂乃果「いいの?えへへ、それじゃあ…うーん…決めた!
ほのおタイプのヒトカゲ!穂乃果と一緒に旅に出よう!」

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:20:10.88 ID:ha7ZcpN9o
ボフン!

モンスターボールから出たヒトカゲは火をしっぽに揺らめかせ、つぶらな瞳で穂乃果を見つめ返す。
『カゲ!』と鳴き声。一目でフィーリングはばっちりだ!


真姫「ヒトカゲが穂乃果。まあ、らしいかもね。ちなみにどうしてその子に?」

穂乃果「私の目標はポケモンリーグチャンピオン!そのためにはこおりタイプ使いのチャンピオンを倒さないといけなくて、だからこの子がいいな!って」

真姫「ふぅん」

穂乃果「でも何より…なんか気が合いそうだったから!」

『カゲッ!』

真姫「…合格。トレーナーとしての気構えとかを説く必要もなさそうね。それで、ことりと海未は?」


6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:20:37.14 ID:ha7ZcpN9o
ことり「ことりはぁ…この子!ふくろうみたいなモクローさんにします!」


ボールから出たモクローは首をカクリと90°傾け、品定めをするようにことりの目をじっくりと見つめる。
やがて目元をにこりと笑ませ、パタパタと羽ばたくとことりの懐へすっぽりと収まった。


『ポロロッ♪』

ことり「わぁ!ふわふわでカワイイっ~♪よろしくね、モクローさん!」

真姫「ことりはポケモンコーディネーター志望だったわよね」

ことり「うん、旅ではそこを頑張ってみるつもり。体験して勉強して、ゆくゆくはコンテスト用の衣装デザイナーになりたいなぁ~って」

真姫「うん、センスの良いことりには似合ってると思う。きっと上手くいくわ。頑張りなさいよ」

ことり「ありがとう、真姫ちゃん♪」

海未「では私は貴方を。ケロマツ、これからどうぞ、宜しくお願いします」

『ケロッ…!』


流し目で返事をする姿はどこかニヒル。
けれど海未のことはすぐ気に入ったようで、ピョンと一跳ね隣に歩み寄ると、握手を求めるように小さな片手を差し伸べた。


海未「おや、小さくても凛々しいのですね。そして紳士的です」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:21:04.56 ID:ha7ZcpN9o
ことり「うふふ、なんだか海未ちゃんとお似合いかも♪」

海未「お互い、残り物には福があるとも言います。仲良くやっていきましょうね、ケロマツ」

『ケロ!』

真姫「海未の旅はやっぱりバトルがメイン?」

海未「ええ、立場もありますので…穂乃果と同じようにジム戦を巡る旅になるかと」

穂乃果「ふっふっふ、ライバルだね!海未ちゃん!」

海未「ふふ、穂乃果には負けませんよ?」

真姫「世に名高い園田流ポケモン術の継承者。重圧もあるでしょうけど…応援してるわ、海未」

海未「ありがとうございます、真姫」

穂乃果「真姫ちゃん!穂乃果の旅に激励は!?」

真姫「別に…穂乃果はきのみ齧ってでもしぶとく生き延びてそうだし」

穂乃果「えへへ、そんなぁ」

ことり「褒められてないと思うなぁ…?」

海未「やれやれ…」

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:21:42.35 ID:ha7ZcpN9o
真姫は赤いフォルムの端末を手に取ると、ひょいひょいと三人に渡していく。
それにガサガサと道具が詰め合わされた小袋も。


真姫「はい、これがポケモン図鑑。選別のボールときずぐすり。これで一通りおしまいね、それじゃ行ってらっしゃい」

穂乃果「そっけない!」

真姫「ヴェッ…仕方ないじゃない、忙しいのよ。私もあちこち飛び回ってるし気には掛けとくから、旅の途中で会うこともあると思うわ」

海未「引き留めては悪いですよ、穂乃果」

穂乃果「むむ…もっとこう、これから旅に出るぞー!って区切りが欲しかったのに」


間延びした表情で不満足を訴える穂乃果、それを真似てぐぐぐと伸びをしてみせるヒトカゲ。
そんな様子を目の前に、海未とケロマツは顔を見合わせてくすりと微笑う。


海未「ふふ、ではどうです?旅立ちの記念に私と一勝負!」

穂乃果「勝負…?あ、そっか!私たちもうポケモンバトルできるんだ!よーし、行けっヒトカゲ!」


穂乃果とヒトカゲ、海未のケロマツが向かい合う!
トレーナーの気持ちを汲んでいるのだろうか、二匹ともが乗り気に前かがみの臨戦態勢。

『カゲェッ!』

『ケロロロ…!』

あるいはこの二匹も、旅立ちの予感に高揚しているのかもしれない。


真姫「ちょっと…研究所壊さないでよね」

ことり「穂乃果ちゃんも海未ちゃんもがんばれ~っ」

真姫「ことりはいいの?バトルの練習をしておかなくても」

ことり「私は一匹目じゃないから、大丈夫かなぁって」

真姫「ああ、お母さんから貰ったイーブイがいるんだったわね」

ことり「ニンフィアに進化させてあげるのが目標なんだぁ。うふふ、モクローさんもイーブイさんも仲良くしてね♪」

真姫「ニンフィアね、ことりには似合いそう。ん、始まるわよ」

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:22:08.48 ID:ha7ZcpN9o
海未「お先にどうぞ」

穂乃果「ほんと?遠慮しないよ!」


そう息巻いたはいいものの、さて初のポケモンバトル、とにかく勝手がわからない。
(どうするの?)
とばかり振り向いてくるヒトカゲに「ちょっと待ってね」と苦笑いを浮かべ、穂乃果は不慣れに図鑑をヒトカゲへと向ける。


穂乃果「“ひっかく”と“なきごえ”?あ、こうしたら使える技が見られるんだ。よーし、どんどん技を増やしてこ」

真姫「一匹のポケモンが覚えられる技は四つまでよ」

穂乃果「へ、なんで?」

真姫「ポケモンバトルは競技だけど、ポケモンたちにとっては生存闘争の延長線上。
サバンナのライオンをイメージしなさい。吠えて、突進して、ひっかいて、噛み付く。行動パターンなんてこんなものでしょ?」

穂乃果「おお~確かに!」

真姫「思考パターンが多すぎればその分だけ選択が遅れる。行動が遅れる。スピードを損なわずに練度を高められるのは四つが限界ってコト」

穂乃果「なるほどね…!」


頷き、「待たせてごめんね!」とヒトカゲに謝る。
そして初めての指示を!

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:22:34.38 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「ヒトカゲ、“ひっかく”!」

海未「ケロマツ、“あわ”で受けてください」


海未は落ち着いた声で指示を出す。
ケロマツは応じ、ぶくぶくと白い泡を身の回りに膨らませた。
弾性に富んだ泡がヒトカゲの爪、その勢いを軽減させる。
食い込んで弾け、飛沫がヒトカゲの体へとはねかかる!


『かげぇ…』

穂乃果「あっヒトカゲ!?やっぱみずタイプには弱いか…ずるいよ海未ちゃん!」

海未「ずるいも何もないでしょう、私は最後に選んだのですから…」

ことり「うふふ、二人が戦ってる姿、かっこいい…♪」

真姫(ズブの素人の穂乃果とは違い、海未は判断が速い。
海未の実家はポケモン道場の園田流。園田流は旅立ちまでポケモンの所持を許さない代わりにトレーナー自身の体力、知識、精神を鍛え上げるスタイル。
勝負は初めてでも、技量は一定の域にあるわね)

海未「ケロマツ、泡を踏み台にして跳躍を」

『ケロ!』

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:23:01.44 ID:ha7ZcpN9o
明確かつシンプルな指示はポケモンに迷いを抱かせない。
ケロマツは海未の声に従い、大きめに膨らませた泡を地面に、ぶよんぶよんとしたその泡へ思い切り踏み込む。
ぐぐ…と沈み込み、トランポリンの要領で上へ!


穂乃果「跳んだあ!?」

ことり「ええっ!天井に張り付いてる!?」

真姫「ケロマツは最大でビル3階まで飛び上がれるポケモン。あれくらいはこなせるわね」

海未「高所で距離を保ったまま、“なきごえ”を」

穂乃果「ケロケロケロケロケロ…って、あ!ヒトカゲ!集中力なくしちゃダメだよ!」

『カゲ~』

海未(なきごえは集中力を削って攻撃の勢いを削ぐ技。こうしておけばケロマツを近付かせても大丈夫でしょう。
…ヒトカゲの初撃、穂乃果は気づいていないようですが、泡で勢いを殺しきれずにケロマツを掠めていた。ある程度のダメージが入っています。警戒を!)

海未「ケロマツ!飛び降りて“はたく”!」

『ゲロォ!』

『カゲぇ…!?』

穂乃果「ヒトカゲ、大丈夫だよ。穂乃果を信じて」

『……カゲッ!!』

真姫(瞳をまっすぐ、ポケモンと意思を疎通させている)

穂乃果「怖がらずに、しっかり目を開いたままだよ。狙いを定めて…」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:23:28.02 ID:ha7ZcpN9o
自由落下に脚力をプラス、墜ちてくるケロマツは肩の可動域いっぱい、大きく腕を引いている。
全力の平手打ちでヒトカゲを昏倒させようと狙っている!

対してヒトカゲ、穂乃果の燃えるハートはヒトカゲから恐れを取り除いた。
宿る決意。タイプが不利なら気持ちで覆せ!!

そして穂乃果のポケモン図鑑に新たな技、“ひのこ”の表示が点る。それを見逃さない!


穂乃果「ヒトカゲ!!“ひのこ”だよっ!!」

『かぁぁ…ゲェッ!!!』

海未「なっ!?」

ことり「ほのおタイプの技!」

真姫(ありえない…“ひのこ”はレベル7で習得する技なのに。
まさか穂乃果…戦闘中にポケモンを成長させているって言うの?)

『ゲロロっっ!?』

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:24:41.18 ID:ha7ZcpN9o
尻尾を振り回し、撒き散らすは火の粉!
花火めいて散った赤がケロマツを驚かせ、その“はたく”をヒトカゲからわずかに逸らす。

叩かれる床、砕けるフローリング!


穂乃果「硬い床が壊れたぁ!?」

海未「なんという、これがポケモンの力!」

ことり「この力を悪用する人がいたら…」

真姫「そう、ポケモンは愛すべき存在であると同時にとても恐ろしい存在。最上の友人にも、最悪の兵器にもなる。
私たちは常に、友情と畏敬を併せて抱き続けるべきなの。負けた方に床の修理代を請求するわ」

穂乃果「それは嫌だ!チャンスだよっ!ひっかいて!」

海未「受けてはまずいっ、泡を全開にしてください!全て出し尽くす勢いで!!」


交差する指示、受ける二匹、眼光が重なる!!

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:26:02.99 ID:ha7ZcpN9o
……




『かぁ…げっ…』ドサリ

『けろ、ろ…!』ヨロ…


倒れてしまうヒトカゲ、あとわずかで踏みとどまるケロマツ。
紙一重の差で、軍配は海未に上がる!


穂乃果「ああっ…ヒトカゲぇ!ごめんね…」

海未「あ、危なかった…頑張りましたね!ケロマツっ!」


お互いのポケモンを抱きしめて褒め、穂乃果は謝り、海未は労い。
そして立ち上がり、二人は固い握手を交わす。
旅立ちの一戦はここに幕を閉じた。

見つめることりは穂乃果と海未、大好きな二人の幼馴染の勇姿に少しだけ瞳を潤ませている。
戦いこそしていないが、そんなことりはモクローを撫でていただけですっかり懐かせている。ことりもまた、平凡ではない。

真姫はそんな三人を眩しげに、少しだけ羨ましそうに見つめている。


真姫(この三人にどんな旅路が待ち受けているのかしらね…一筋縄ではいかないだろうけど)


ここは始まりの地オトノキタウン。
かくして今、三人の主人公の旅路が幕を開ける!!

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:26:41.68 ID:ha7ZcpN9o
【ダイイチシティ】


海未「さて、どうにか街まで辿り着きましたね」

ことり「ううん、旅ってあんなに草むらを歩くんだねぇ…靴がドロドロ…」

海未「ふふ、お洒落なことりが私は大好きです。けれど旅路では少し、実用性に傾けたチョイスをした方がいいのかもしれませんね。その靴では長旅に不向きでしょう」

ことり「う、海未ちゃぁん…♪もう一回言って?」

海未「へ?何をです」

ことり「ことりのこと、大好きって…♪」

海未「はうっ!そ、そういう意味ではなくてですね…!」


しどろもどろの海未、ことりは蠱惑的なふわとろボイスで海未の耳をくすぐって悦ばせる。
赤い屋根に白地、ポケモンセンターの壁へふんわりと海未をおしやり、顔を寄せ…耳たぶをついばんだ。


海未「ひゃうう!?」

ことり「うふふ、ごちそうさまでした♪」

穂乃果「なにやってんの、二人とも」

16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:27:27.88 ID:ha7ZcpN9o
遅れてポケモンセンターから出てきた穂乃果は、幼馴染二人の茶番を目に呆れ気味。
穂乃果の隣に並んだヒトカゲは、ことりと海未の捕食者と被食者の関係性を敏感に察知する。


『カゲェ』

海未「な、なんです…その哀れむような目は!」


そんなやりとりを終え、三人は町の地図を並んで眺めている。


海未「ダイイチシティ、ここはジムがあるのでしたね。物は試し、私は早速挑んでみようかと思います」

ことり「ここはオトノキタウンより大きいからお店も多いんだよね。ことりはポケモン用のお洋服を色々見て回ろうかなぁ。穂乃果ちゃんは?」

穂乃果「ううん、穂乃果はさっきの草むらでもうちょっと戦う練習してこようかなー」

海未「え、さっきもかなり戦っていたではないですか。泣きながら逃げていくポッポやコラッタを何匹見たことか」

穂乃果「いやー…ヒトカゲは頑張ってくれてるんだけど、海未ちゃんと戦ってみて、私って勉強不足だなぁと思ったんだ。
もうヒトカゲに悔しい思いさせたくないんだよ。だから私は…コツコツ頑張ってみる!」

海未「穂乃果…」

ことり「穂乃果ちゃん…」

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:28:00.88 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「………ん?どうしたの、二人とも変な顔して」

海未「穂乃果から、コツコツなんて言葉が聞ける日が来るだなんて…!」

ことり「海未ちゃん…ことり嬉しいっ、でも少し寂しいよ…!」

海未「ああっ、わかりますよことり…!しかし保護者はいつか離れていかなくてはいけないのです…!」

ことり「穂乃果ちゃぁん…!」

穂乃果「私ってどんな風に見られてるんだろう…とりあえず、一旦それは置いといてさ!」


穂乃果は海未とことり、大好きな幼馴染二人の手をギュッと握りしめる。
少しだけ、瞳を潤ませ…意を決したように力強く言葉をかける。


穂乃果「ここからはバラバラの道だね」

海未「っ…!…そう、ですね。基本的にトレーナーの旅路は、単独行ですから」

ことり「……穂乃果ちゃん、海未ちゃん…っ」


誰からともなく、三人はお互いの体をギュッと抱きしめる。
オトノキタウンはそれほど人口の多くない街。そんな田舎で三人近所、同い年。長い時間を一緒に過ごしてきた。

初めての別れ、初めての一人旅。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:28:27.22 ID:ha7ZcpN9o
もちろん二度と会えないわけではない。
連絡は取れるし、道行きに交わることも多いだろう。
それでも一旦の別れはやっぱり辛いし寂しい。油断すれば溢れそうな涙をぎゅっと食いしばり、三人はハイタッチをして背を向ける!


ことり「それじゃあ行くね!穂乃果ちゃんも海未ちゃんも強いトレーナーになってね!」

海未「もちろんです!決して負けません!ことりも…良い旅路を!」

穂乃果「ことりちゃんなら最高のコーディネーターにも天才デザイナーにだってなれるよ!」

ことり「っ…バイバイ!二人とも大好きっ!!」

海未「……行ってしまいましたね。では、穂乃果。私もそろそろ…」

穂乃果「海未ちゃんっ!」


呼び止め、穂乃果は海未へと力強く拳を向ける。
そして高らかに高峰への宣言を!


穂乃果「ポケモンリーグで会おう!!」

海未「…!ええ、絶対に負けませんよ!私のライバル!」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:28:55.02 ID:ha7ZcpN9o
【現在の手持ち】


穂乃果
ヒトカゲ♂ LV9

海未
ケロマツ♂ LV8

ことり
モクロー♀LV5
イーブイ♀ LV13

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:29:45.96 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「……あーんな格好いい感じで別れて、元の道を戻って草むらをガサガサってのもなーんか冴えないなぁ。ね、ヒトカゲ」

『ゲ?』

穂乃果「あ、“えんまく”覚えた」


コラッタにポッポを倒しては倒し、怪我をすればポケモンセンターへの繰り返し。
往復三度目にして、飽きっぽい穂乃果にはそろそろ限界だ。


穂乃果「“ひのこ”ー」

『カゲー』ボボッ

穂乃果「“ひっかく”ー」

『カゲ。』ガリッ

穂乃果「お、あのキャタピーふんばってる。根性ある子なのかな?えーいっ!モンスターボール!」ボムッ

『きゃたっ!』

穂乃果「やったぁ!自力でポケモン初ゲット!よろしくね、キャタピー!」


こんな調子、手持ちを二匹に増やしてうろつきを継続している。
そろそろ街へ向かおうかな、そう考えたその時、同じように草むらを歩いてきた一人の少女と視線がクロスする。
みかん色の髪、前髪の横に三つ編みが一つ。腰にはボールが二つ、少女も同じくトレーナー!


千歌「あ…」

穂乃果「お…っと、目が合った?」

千歌「目が合った、こういう時は!」

穂乃果「と、トレーナーとのバトルだ!いけっ、ヒトカゲ!」

千歌「頑張れヨーテリー!」


バトル開戦だ!

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:30:16.36 ID:ha7ZcpN9o



海未はジムの中を歩いている。
ダイイチシティジム、リーダーへと挑むためには居並ぶジムトレーナーたちを薙ぎ倒すだけの戦力を見せなければならない。
そんな条件の中、海未とケロマツは園田流の名に恥じない連戦連勝の実力を見せつけていた。


海未「やれやれ、流石に少し疲れますね。ケロマツは大丈夫ですか?」

『ケロ』

海未「おや、頼もしいですよ。ふふっ」


ジムの入り口ではバッジの所有数を聞かれる。
旅に出たばかりの海未は当然ゼロ。
トレーナーの身分を保証する博士…海未たちの場合は真姫がしてくれたトレーナー登録に照らし合わせて申告に虚偽がないかを確認。
そんな手続きを済ませた上で、ジムトレーナーたちはバッジ数に合わせたレベルのポケモンで相手をしてくれるというわけだ。


海未(バッジ数ゼロで挑むジムは、ある程度の心得さえあれば突破できる難度設定。
そう踏んで吶喊しましたが、悪くない判断だったようです)

海未(経験の効率も良い。ケロマツのレベルは14まで上がりました。
“あわ“、“でんこうせっか”、“したでなめる“、“みずのはどう”。この四つの技構成ならリーダーも突破できるはず)


ジム内は和風の内装。長い廊下、一歩一歩に床が微かな軋みを鳴らす。
少し実家に似ていて心地よく、同時に身が引き締まる。
そして現れる広いバトルフィールド、ジムリーダーとの対面だ。

和装に身を包んだ黒髪の少女が、凛然とした佇まいで海未を迎える。


ダイヤ「ようこそトレーナー。わたくしがダイイチジムのリーダー、黒澤ダイヤですわ!!」

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:30:46.46 ID:ha7ZcpN9o
海未「初めまして、園田海未と申します」

ダイヤ「あら、美しい所作ですわね。洗練されている…好感が持てますわ」

海未「光栄です。私からも同じ言葉を送らせていただきますよ」

ダイヤ「ところで…園田海未さん。もしや貴女、園田流のご息女でして?」

海未「御察しの通り、その園田です」

ダイヤ「そう…楽しみですわ。天下に名高い園田流が…
わたくしの操る!硬度バツグンの!いわタイプのポケモンとどう対峙なさるのかが!!」


ダイヤのボールから繰り出されるのはイワーク!
いわ、じめんタイプを併せ持つ、硬質な巨躯を誇る岩蛇だ!
しかし海未は動じない、その姿を目の当たりにしてほくそ笑む。


海未「そう、このジムはいわタイプ。ですので、多少無理を押して挑ませていただきました。ケロマツはみずタイプ!このジムは私たちにとってカモなのです!」


迷いなき海未の指示!
“みずのはどう”がイワークを叩き、その奥深くへとダメージを浸透させる。撃破!!

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:31:50.13 ID:ha7ZcpN9o



ことり「今頃、穂乃果ちゃんと海未ちゃんは何してるのかなぁ…」

『ポロロ』

ことり「寂しいな…」

『ブイ!』

ことり「ふふ…ありがとう、イーブイ♪」


ことりは鞄を抱え、公園のベンチに座り、膝に手持ちの二匹を抱きかかえている。
ふかふかとした毛皮が心地よく、ぽっかりと空いた二人分の寂しさを少しだけ暖かくしてくれる。


ことり(ことりはポケモンたちを戦わせるのは、なんとなく可哀想で気が進まないんだ…
ううん、ポケモンたちは戦うことを嫌がらないよ。適度に戦わせてあげた方が長生きするって研究もあるみたい)

ことり(でも、だけど…はぁ。これはポケモンさんたちよりも、ことりの性格の問題だよね…)


適した年齢になれば旅に出るのがこの世界の通例。
ポケモンと関係のない職業を目指していればその限りでないが、ポケモンの衣装デザイナーを目指すことりは旅を避けて通れない。


ことり(穂乃果ちゃん…海未ちゃん…)

ルビィ「わぁ…モクローさん…!」

ことり(ん…?)

24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:32:45.45 ID:ha7ZcpN9o
ことり(赤い髪の…かわいい女の子。少しだけ年下かな?)

ルビィ「イーブイさんも…えへへ、かわいい…」

ことり「あの…」

ルビィ「ピギィ!?ごめんなさいごめんなさい!ルビィはポケモンさんに悪いことしようとしたわけじゃなくて可愛かったから近くで見たくって本当にごめんなさい…!」

ことり「わ、わぁ…?大丈夫だよ、落ち着いて♪」

ルビィ「うゆ…」

ことり「よしよし。ルビィちゃん…っていうのはお名前?」

ルビィ「は、はい…ごめんなさい…」

ことり「謝らなくて大丈夫ですよ♪私は南ことり。ちょっと珍しい名前でしょ?一緒だね♪」

ルビィ「あ…うん、えへへ…」

ことり「モクローとイーブイ、あなたに撫でてほしいみたい。ちょっとだけ撫でてあげてくれないかなぁ?」

ルビィ「いいの?ぅゆ…」

『ポロっ♪』『ブイ!』

ルビィ「かわいい…」

ことり「あ、ボールを持ってるんだね。あなたもトレーナーさん?」

ルビィ「うん…でもルビィ、戦いはあんまり好きじゃなくて。かわいがる方がいいなぁって…」

ことり「うふふ、ことりもそうなんだ。よかったらちょっと、お話に付き合ってくれませんか?少しだけ…寂しかったから」

ルビィ「あ…はいっ。なんだか、ことりさんとは仲良くできそうだな…」


ルビィは自分のボールからピィを出し、優しい手付きで撫でながらベンチに腰掛ける。
ことりもピィの頭をそっと撫で、寂しさを紛らわしてくれたルビィに感謝しながら会話に花を咲かせるのだった。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:33:15.05 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「ヒトカゲ!“ひっかく”だよっ!」

『かぁぁ…ゲッ!!』


ヒトカゲが張った“えんまく”が濃く視界を遮っている。
その中から瞬迅、ヒトカゲが飛び出して爪を突き出した!


『タチィ…!』

千歌「ああっ!ヨーテリーに続いてオタチがぁ!」

穂乃果「これで二匹、次は…」

千歌「いないよぉ…負けです…うう」

穂乃果「や、やった?やった!勝った!勝ったよヒトカゲー!!」


トレーナーとの戦いではこれが初勝利!
手を取りジャンプ、全身で喜びを表現する穂乃果とヒトカゲ。
そして勝負を交わした少女へと手を差し伸べ、快く握手を交わす。


穂乃果「自己紹介が遅れちゃったけど…私、高坂穂乃果!8月生まれの16歳!あなたは?」

千歌「高海千歌です!わあ、ほとんど同い年!私も8月生まれの16歳だよ~!」

穂乃果「おおー!それじゃあ、千歌ちゃんって呼んでもいい?」

千歌「いいよー!私も穂乃果ちゃんって呼ばせてね!」

26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:33:50.38 ID:ha7ZcpN9o
なんとなくだが波長が合う。
意気投合した二人は春の並木道、桜の木陰にしゃがみ込む。
木を軽く蹴って、ビードルが落ちてこないか確かめておくのも忘れずに。


千歌「はぁ。それにしても同い年…凹むよぉ~」

穂乃果「へ、何が?」

千歌「私ね、幼馴染や友達にすごく強い子が多くて…同い年ぐらいの子と戦って勝てたことが一回もないんだ…」


ぴょんと跳ねた頭頂の毛が、こころなしかひょろりと落ち込んでいる。
はぁ~と溜息を吐いた千歌に苦笑いを返し、穂乃果も同意に首を縦に振る。


穂乃果「わかるなぁ。私にも同い年の幼馴染が二人いるけど、二人ともすごい子なんだよね。
負けないぞ!って思ってるけど、本当に勝てるのかな、なんて時々考えちゃったり」

千歌「穂乃果ちゃんもなんだ…うん、私だけじゃないんだよね」

穂乃果「それにその子たちにまだ勝てなくたって、他のことをたくさん経験してからまた挑戦すればいいんだよ。私はさっき千歌ちゃんにギリギリ負けそうだったし」

千歌「え、でも穂乃果ちゃん、もう一匹持ってたよね?」

穂乃果「この子?さっき捕まえたばっかりのキャタピーなんだ。
弱ってるし、ヒトカゲがやられたらギブアップしようかなって思ってたよ、えへへ…」

千歌「そう、だったんだ。そうだよね…うん、私だってもっと頑張れるよね…!よぉし!」

27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:34:19.50 ID:ha7ZcpN9o
がばっと勢いよく立ち上がり、千歌は太陽へと思いっきり手を伸ばす。
そんな姿はとても好感が持てて、大きな伸び代を感じさせて、穂乃果の心に“高海千歌”という名前が深く刻み込まれる。

と、草むらの向こうから一人の少女が手を振っている。


曜「おーい千歌ちゃーん!」

千歌「あ、よーちゃーん!」

穂乃果「お友達?」

千歌「うん、さっき言ったとっても強い子。渡辺曜ちゃん!」


千歌の表情は大好きな親友を紹介している人のそれで、けれどほんの一瞬陰りがよぎる。
くるりと穂乃果へ振り返り、「はい、プレゼント!」とみかんを手渡して駆けていく。


千歌「また会おうね、穂乃果ちゃん!」

穂乃果「うん、千歌ちゃんとはまた必ず会う気がするよ。頑張ろうね、お互い!」


とたたと小走り、千歌は友人のところへ駆け寄り、もう一度大きく手を振って去っていった。
隣にいた“曜ちゃん”がほんの一瞬、穂乃果へと悋気めいた値踏みの視線を向けていたような気がしたが…今気にしても仕方ないだろう。


穂乃果「幼馴染って楽しいけど大変だ…うん。さて、穂乃果たちも街に帰ろっか!」

『カゲ!』


初めての勝利に意気揚々、もらったみかんをヒトカゲと半分こにしながら穂乃果はイチバンシティへと歩いていく。


…木陰。

そんな穂乃果の背を凝視する人影があることに、穂乃果はまだ気付いていない。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:34:45.85 ID:ha7ZcpN9o



ダイヤ「コドラ!“がんせきふうじ”ですわ!」

『ヤコッ…!』

海未「よくやってくれました、戻ってください!ヤヤコマ!」


イチバンシティジム戦は詰めの段階を迎えている。
海未のケロマツはダイヤの先鋒イワークを“みずのはどう”による四倍ダメージの一撃で沈めた。

ダイヤが繰り出した後続はコドラ。
鉄鎧ポケモンの名を冠する堅牢な進化ポケモンだ。

対して海未は、相性に優れるケロマツを引っ込める。
そして代わりに繰り出したのは道中で捕まえていた鳥ポケモンのヤヤコマ。
相性最悪の相手に敢えてのひこうタイプ、海未の選択肢は“でんこうせっか”。

無論、与えたダメージはごく微小。
コドラが返しの刃、効果バツグンの“がんせきふうじ”でヤヤコマを沈めて状況今に至る。


海未「もう一度お願いします、ケロマツ!」

『ゲロロッ!』

ダイヤ(………お見事。詰みましたわ)

海未「これで終わり!“みずのはどう”ですっ!!」

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:35:13.94 ID:ha7ZcpN9o
ケロマツは視線鋭く、アマガエルがする雨鳴きに似た声色で声帯を震わせる。
その声は空気中の水分を結集、振動させ、音の波動を振動する水へと瞬時に変化させる。

そして生じた水塊を全力で投げ放つのが今のケロマツの十八番、“みずのはどう”!

炸裂!!


滴り落ちる水滴、フィールド全域に水が飛び散っている。
ケロマツが投じた小さな水塊にどれほどの水量が圧縮されていたのかは推して知るべし。

コドラはおよそ120キロの鋼体をぐらり、その身を床に転がした。

ピシュン、と赤線がコドラを包み込み、その体がダイヤのモンスタボールへと引き戻される。
イワーク、コドラの二体を撃破し…


ダイヤ「貴女の勝ちですわ。おめでとうございます。
そして…ジムリーダーの権限を以って、園田海未をバッジ一つに値するトレーナーと認定致しますわ!」

海未「や、やりました…!ありがとうございます!」


海未は小さく控えめに手を握り、戻ってきたケロマツとこつんと拳を突き合わせた。
そしてダイヤへと深く頭を下げて感謝を示す。

ダイヤは微笑んでそれを受け、海未へ賛辞と問いを。

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:35:43.49 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「コドラの特性“がんじょう”を“でんこうせっか”で崩す。それ自体はシンプルですけれど、初見で備えていたことが既に評価に値しますわ。
海未さん、貴女の目標はどこにあるのです?」

海未「目標…ですか。私の大切な幼馴染の一人が、チャンピオンを目指しているのです。
ならば私も同じ場所を。チャンピオンを目指すのが親友としての礼儀!」

ダイヤ「……素敵ですわね。でも」

海未「でも?」

ダイヤ「現チャンピオンは!エリーチカは無敵ですわ!決して負けません!
凍って・カチコチ・エリーチカ!KKE!覚悟して挑むのですね!勝てないでしょうけれど!」

海未「は、はあ…熱烈なファンなのですね…」

ダイヤ「……さておき、もう一つ大切な話を。次はどうされるつもりですの?」

海未「次、ですか。目標はもちろん次のバッジですが、尋ねているのは成長の指針でしょうか?」

ダイヤ「ええ、その通りですわ」

海未「そうですね、差し当たっては手持ちの数を増やしていこうかと。6匹フルにいれば戦術の幅が大きく広がるでしょうし」

ダイヤ「………一つだけ、忠告です。戦闘に不慣れなうちに数を増やしすぎるのはオススメできません」

海未「……?何故でしょうか」

ダイヤ「選択肢が増えれば思考が増える。思考が増えれば行動が遅れる。トレーナーの迷いは危機を呼ぶ」

海未「……」

ダイヤ「ポケモンへ攻撃してくる相手ばかりだと思い込まないように。
…それを、貴女への餞別の言葉に代えさせていただきますわ」

海未「……ええ、深く心に刻んでおきます」


海未はジムから外へ、空は夕暮れの赤へと染まりつつある。
忠告を送るダイヤの真剣さ、反して歯に物が挟まったような物言い。違和感が胸に不安をよぎらせる。


海未「……穂乃果とことりを探しましょう。旅路を分かつには、少し早すぎたのかもしれません」


そう呟く海未にもまた、一つの足音が迫りつつあった。

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:36:11.74 ID:ha7ZcpN9o



ルビィ「ピギャッ!?いつの間にか夕方になっちゃってる!」

ことり「わあ、ほんとだ…楽しくて気付かなかった…!」


ルビィもことりと同じく、コーディネーターの方面、さらには衣装デザインに興味があるらしい。
お互い愛でたい派、お互い衣装に興味があって、裁縫も趣味にしている。
そんな二人の話が合わないはずもなく、春の夜風が吹き始めるのにも気付かず公園のベンチで長々と話し込んでいたのだ。

くしゅん!と可愛らしくクシャミを一つ、ルビィは慌てて立ち上がると頭を下げる。


ルビィ「帰らなきゃ門限で怒られちゃう…!あの、ことりさん、ルビィ…すっごく楽しかったです!」

ことり「うんっ!ことりもだよ♪ルビィちゃんはいつもこの街にいるの?」

ルビィ「えっと、住んでる家はここなんですけど、用事で他の街に行くこともあって…でも!ジムが実家だからすぐわかると思います!」

ことり「えっ、ジムが?お姉さんのダイヤさんがジムリーダーなの?」

ルビィ「はい!お姉ちゃんはとっても強くて…ルビィの憧れなんです!」

ことり「うふふ、仲が良いんだね。ルビィちゃんとはまた今度、時間がある時に遊んだりゆっくりお話ししたりしたいな」

ルビィ「うん!ルビィもことりさんともっとお話ししたい!えへへ…いつでも家に遊びにきてくださいね」

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:36:45.03 ID:ha7ZcpN9o
そう言うと踵を返し、ルビィは慌ただしく公園の外へと駆けていった。
話が合う、ポケモンも可愛い、おまけに本人も愛らしいと三拍子。可愛いもの好きのことりにはたまらない少女だった。
旅に対して後ろ向きになっていたことりの心も、素敵な出会いにふんわりと浮き立っている。

それはそうと、そろそろ夜だ。
まだ旅慣れない身、夜は出歩かずに宿へと身を落ち着けよう。


ことり「ええっと、慣れないうちはポケモンセンターに泊まるのがオススメだったよね。穂乃果ちゃんと海未ちゃんとも会えるかも…」

ことり「だけど、どっちがポケモンセンターだったかなぁ…?」


見慣れない街並み、暗くなってしまえば様相は一変して、目印にしていた看板はネオンサインに印象を上書きされている。
まだ身の危険を感じる時刻というほどでもないが、長く外に座っていたせいで体が冷えた。
早く戻りたいところだが…


「ねえ、アナタ。ポケモンセンターを探してるの?」

ことり「えっ…」

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:37:13.63 ID:ha7ZcpN9o
振り向いたことりの目に留まったのは一人の少女。いや、女性と呼ぶべきか?
ことりより背の低いその女性は、強気で美しい顔、コートを羽織って凛とした佇まいだ。

年齢は不詳。
ことりよりも下のようにも上のようにも、あるいは世間の荒波に揉まれた凄味をも感じる。
その雰囲気を一言で言うならば“カリスマ”。

問いかけに対し、ことりは無防備に首を縦に振っていた。


ことり「そ、そうなんです。道がわからなくなっちゃって…あはは」

「そう。道案内してあげるから付いてきて?」

ことり「わぁ、ありがとうございます!」


女性だということ、自分より背が低いということ、何より醸し出すカリスマ、有無を言わせぬ雰囲気に、ことりは疑うことなく追従してしまう。
そして辿り着いたのは…廃ビルの一画。


ことり「ここ、は…?」

「自己紹介がまだだったわね。私の名前は綺羅ツバサ。大陸からやってきたチャイニーズマフィア、『洗頭(アライズ)』のリーダーよ」

ことり「マフィア…っ!?」

ツバサ「オトノキタウン出身者、南ことりさん。悪いけど、アナタのポケモン…いただくから」


同刻、人気のない工事現場。


英玲奈「抵抗しないでもらえると助かるんだが」

海未「…戯言を」


同刻、埠頭の倉庫街。


あんじゅ「人払いをしているのよ。つまりあなたは…完っ全に袋のネズミ!」

穂乃果「ふ、ふく?なんだかよくわかんないけど…私は負けない!」


三箇所同時、狙い澄ました急襲。
世界の闇が穂乃果たちへと牙を剥く。

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:37:46.18 ID:ha7ZcpN9o



夕暮れの港、どこか寂しげな汽笛が遠鳴り、残響を揺らしている。
本来ならまだ港湾労働者たちが残っているはずの時刻なのだが、穂乃果が周囲を見回してみてもまるで気配がない。

優木あんじゅ。そう名乗った相手はゆるりとした仕草でコートを脱ぐと、腰に並んだいくつかのボールから一つを手しにて婉美に嗤う。


あんじゅ「踊らせてあげるわぁ。おいでなさい、ビビヨン」


繰り出したのは紫色の羽をした蝶のポケモン、ビビヨン。
複数の柄がいるポケモンだが、その中でもとりわけ雅な色味のものだ。


穂乃果(って、図鑑に書いてある。むし・ひこうタイプ、それならヒトカゲで…)


穂乃果は深呼吸、対峙するあんじゅを観察する。
綺麗だが、どうにも派手な印象。
収まっているボールがゴージャスボールなのが、彼女の趣味をわかりやすく表現している。


あんじゅ「うふふ…仕掛けてこないのかしら?」

穂乃果「倒してやる!ヒトカゲ、“ひのこ”だよっ!」

あんじゅ「炎は怖いわ…けど、それではビビヨンは落とせない。次はこっちの番…あら?」

穂乃果「逃げるよ!ヒトカゲ!」

『カゲェ!』

あんじゅ「あらあら…」

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:38:19.51 ID:ha7ZcpN9o
威勢良く放った初撃から一転、くるりと踵を返して逃走に転じる。
穂乃果は存外冷静…と言うより、とんでもなく肝が座っているタイプ。
ピンチにも決断力は鈍らない!


穂乃果「あの人かなり強い!まともにやり合ったらやられちゃうよ!」

『ゲッ、カゲ!』

あんじゅ「一目散に角を曲がって…これじゃあ逃げられちゃうわぁ?」

穂乃果「えへへ、上手く撒いた…ってえ!こっちはダメだ!そこを曲がって…ここもダメ!?」


走り回って息を切らし、逃走路になりそうな道を駆け巡り、そして穂乃果はいよいよ窮地を自覚する。
道の全てが資材や横倒しのトラックで封鎖されてしまっている!

歩いてゆっくり、悠々と追いついてきたあんじゅは口元を隠し、可笑しげにくすくすと息を漏らす。


あんじゅ「満足したかしら?それじゃあ私の番。ビビヨン、“かぜおこし”」

穂乃果「う、わ……っ!!」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:38:45.60 ID:ha7ZcpN9o
鳥に比べて優雅な印象の蝶の羽ばたき。しかし生じる風はまるで小規模な台風。
穂乃果とヒトカゲは風の壁に殴りつけられ、体がふわりと空に浮く。
飛び、転び、叩きつけられて擦れる頬。
ヒトカゲに刻まれたダメージはさらに重い!


穂乃果「っ、痛…口の中が切れて血が…それよりヒトカゲ!大丈夫!?」

『か、カゲッ…!』

穂乃果「よかった、まだ大丈夫だね…」

あんじゅ「当然、とっても手加減したもの。生きててくれないと捕まえられないでしょう?“ねむりごな”」

穂乃果(ねむりごな!あれは警戒しなきゃいけない技だけど、けっこう外れることも…)

『………かげ…』

穂乃果「うああっ、バッチリ吸っちゃってる!?」

あんじゅ「運良く回避を期待したかしら?でもムダよぉ、私のビビヨンの特性は“ふくがん”。複眼で捉えた相手を易々とは逃さない…」

穂乃果「ヒトカゲ!起きて、ヒトカゲ!」

あんじゅ「くすっ、呼びかけただけで起きるほどビビヨンの鱗粉は甘くない。そして同じだけの量を浴びれば…」

穂乃果「ヒトカ……っ!…これ、は…?」

あんじゅ「どうして人は眠らないと思ったのかしらぁ。
むしろ逆、ポケモンよりも耐性に劣る人間がたっぷりと浴びれば昏睡、限界量を超えれば廃人まっしぐら…」

穂乃果(…っ、息を吸っちゃ駄目だ!でも息を吸わずに、どうやって戦えば…!)
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:39:16.11 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ「ゆっくりおやすみなさい?あなたのヒトカゲちゃん、私がもらって有効活用してあげる」

穂乃果「そんなの…嫌だ!お願い、キャタピー!」


もう一つのボールが弾け、現れたのは緑色のいもむしポケモン、キャタピー!
もぞもぞと動くその姿を目に、あんじゅは心底おかしそうに首を傾げる。


あんじゅ「可笑しい。蝶に芋虫が勝てると思う?」

穂乃果「キャタピー!私の腕に張り付いて!そして…“いとをはく”!」

あんじゅ「はぁ…?どこに向かって糸を…あっ」


穂乃果がキャタピーの糸を射出させたのは高所に聳える大クレーン。
船舶建造用、資材を運ぶための重機のフックをめがけてキャタピーの糸を絡めつける。

穂乃果の腕にぎゅっとひっつくキャタピー、ギリギリで届いた糸。
とびきりの粘り気と伸縮性のあるそれを穂乃果が思い切りの引っ張ると…ゴムのように反動!穂乃果の体が宙へ跳ね上がる!!


あんじゅ「何を考えて…そのままじゃ海に落ちるだけよ」

穂乃果「まだっ!キャタピー、もう一回“いとをはく”!」

38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:39:51.77 ID:ha7ZcpN9o
新たに射出した糸がもう一台のクレーンフックを捉え、穂乃果はターザンめいた、あるいはスパイダーマンめいた挙動で勢いよく空を切る。
水面すれすれ、たとえ水でも激突すれば死にかねない速度で穂乃果の体は海上を滑空。度胸が据わっている。
腕にブレーサーのように装着したキャタピーが全力で踏ん張っている。
小さな体にかなりの負担をかけているはずだが、そこはポケモン。人間よりはよほど頑丈に出来ている。

そして穂乃果は無事すたり。港の対岸へとバンザイで着地!


あんじゅ「あら…あっちは逃走経路を塞いでいない。あれじゃ逃げられちゃうわねぇ。ビビヨン、私たちも飛ぶわよ?」

『ビヨ…!』


あんじゅの背中を掴み上げ、1メートルを越す翅でビビヨンは空を舞う。
進化したポケモンの能力は凄まじい。百メートル近い距離を一瞬で横断、逃げようと背を向けた穂乃果へと迫っていく!


あんじゅ「逃げたって無駄。どれだけだって追いついて…」


が、穂乃果は振り向く。逃走の仕草はブラフ!
あまり考えていないように見せかけての意外性と閃きこそが穂乃果の武器なのだ。


穂乃果「逃げないよ。だって、まっすぐ飛んできてる今が最高のチャンスだから!キャタピー、もう一回“いとをはく”!」

あんじゅ「っ、ベタベタと鬱陶しい。
確かに今は最高速で直線軌道、回避性能は落ちているわ。だけど糸を付けられたからって…」

穂乃果「そしてヒトカゲ!キャタピーの糸に“ひのこ”だよっ!!」

あんじゅ「ええ!?あの、それはちょっと、待っ…」

『カァァ…ゲェッ!!!』

39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:40:22.17 ID:ha7ZcpN9o
ヒトカゲが全力で放った炎はキャタピーの糸へと引火する。
火に弱いむしタイプの糸、もちろん可燃性でよく燃える。
火の粉は炎へと姿を変え、張られた虫糸のラインを辿って一直線にあんじゅへと向かっていく!

そう、これは擬似的な“かえんほうしゃ”だ!!


あんじゅ「きゃああっ!!?」

『ビヨヨヨッ!!?』


いくらレベル差があるにせよ、二倍威力の相性技をこれだけまともに浴びれば沈む!
すっかり目を回してしまったビビヨンはバランスを崩し、落ちたあんじゅはなかなかのスピードで地面をゴロゴロと転がった。

「ふぎゃっ!」

…と情けない声が聞こえた。
が、それでも手櫛で髪を直し、ビビヨンをボールへと戻して表情を固め直し、どうにか気品を保っている。
そして少し憎々しげに、穂乃果へと問いかける。


あんじゅ「どうしてヒトカゲが起きているのかしらぁ…」

穂乃果「……」

あんじゅ「安易に答えるほどバカじゃないのねぇ…けど、見てわかったわ。
あなたの左手、グシャグシャに折れてる。海面ギリギリを滑空した時、手が砕けるのを承知で水を掬った。そしてヒトカゲの顔を洗って目を覚まさせた。そうでしょう?」

穂乃果「うわっ、バレてる」

あんじゅ「これだからオトノキの田舎出は…イカれてて嫌いなのよねぇ」


低めの声でそう呟くと、あんじゅは二体目のポケモンを繰り出した。
現れたのは禍々しいフォルム、体長2メートルを優に超えるオオムカデ。


あんじゅ「ペンドラー、蹂躙なさい」

『ドラァァァ!!!!』

穂乃果「さてと、左手痛いし…どうしよっかな?」


穂乃果の頬を、初めての冷や汗がゆっくりと伝った。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:40:49.66 ID:ha7ZcpN9o



英玲奈「キリキザン、“つじぎり”」

『斬ッ!!』

海未「ケロマツ!飛び回って避けてください!」

『ケロォッ!』


舞台は建設中の工事現場。
穂乃果とことりを探す途中で追っ手がいることに勘付いた海未は、それを振り切ろうと歩いているうちにこの場所へと追い込まれてしまっていた。

人気はなく、この時刻に新たな出入りも期待できない。

どうにか振り切れないかとさらなる前進行、辿り着いたのは不安定な細い鉄骨の上。
落ちれば死が待つ吹き抜けを挟んでの対峙だ。

それでも海未は毅然と立ち、恐れを見せずにケロマツへと指示を出す。
カエルの跳躍力で跳ねるケロマツ、全身が刃で構成されたキリキザンの斬撃が一瞬遅れてその場を通過。

過ぎた斬撃の残滓…
それだけで鉄骨が豆腐のように切断される!


海未「なんという斬れ味…!」

英玲奈「エースではないが相棒だ。これくらいは容易いさ」

海未(統堂英玲奈と名乗ったこの方、明らかに荒事のプロ。あの追跡術や気配の殺し方、暗殺者…かもしれません)

英玲奈「園田流の息女だそうだな。表の世界の最強を継ぐ遺伝子、純粋に興味深い」

海未「買い被りです。かと言って、負ける気もありませんがね。ケロマツ!“みずのはどう”!」

41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:41:22.04 ID:ha7ZcpN9o
ジム戦の経験を経て、ケロマツは技の使い方をさらに上達させている。
波動を球形ではなく楕円形に、ラグビーボールのような形状へと変化させて投じることで、風の抵抗を減らして命中精度を高めているのだ。

しかし。


英玲奈「避けなくていい。受けてくれ、キリキザン」

『キザン!』


英玲奈の冷静な指示。
キリキザンはケロマツ渾身の一投を、腕の刃で切り払うだけで消失させてしまった。

ケロマツは目を見はり、小さくたじろぐ。これが通らなければどうすればいいのか!


海未(ケロマツ、私も貴方と同じ感想ですよ。ですがトレーナーが動じれば、それはポケモンへ伝わってしまう。ここは…)

海未「ケロマツ、もっと上層へ!そこに打開策はあります!」

『…!ケロッ♪』


ケロマツの迷いを払い、海未は揺るがぬ瞳で不安定な足場を駆け上がっていく。
強風が吹いている。落ちれば死ぬ。怖い!


海未(ですが、私はケロマツに命を晒させている。ならば私もリスクを踏みましょう。それが園田流の心意気!)

英玲奈「逡巡はわずか、次善策をすかさず提示。なるほど、優れたトレーナー像だ。だがこれはどうだ?キリキザン、“あくのはどう”」

『キリ…キッ!!』

海未「なっ…!」

42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:41:50.52 ID:ha7ZcpN9o
キリキザンから放たれた黒い波動が、登るケロマツへとめがけて広がっていく。
そして恐るべきことに、技の効果範囲は海未をも含んでいる。
海未は英玲奈の目を目に、その冷めきった光に確信を得る。
偶然の巻き込みではない、意図してトレーナーをも狙った攻撃!


海未「止まれば当たる…駆け抜けるのです!」

『ケロロロ!!』

英玲奈「ほう、動じないか。面白い」

海未(物理技を主体とするキリキザンに特殊技の“あくのはどう”…
今ので確証を得ました。この方の技構築はポケモンを倒すことに拘っていない。トレーナーを殺めることを勝利条件の一つとする技の構成!)

英玲奈(威力は“それなり”でいい。射程と効果範囲、それさえバラけていればいいんだ。
頑丈なポケモンを倒すより、脆弱な人間を手折る方がよほど早いさ)


黒の波動が背後を襲う中、海未は必死に上を目指す。
そして上層、くるりと見回してケロマツへ指示を!


海未「“みずのはどう”を!」

『ケ…ロォッ!!』

英玲奈「外へ向けて放っただと?いや、これは…」

43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:42:24.16 ID:ha7ZcpN9o
ケロマツの放った水弾は空中で炸裂。
人同士の争いなどどこ吹く風、パタパタと空を舞っていたオニスズメを撃墜したのだ。

あくまで目を回させただけ、落ちても死なないようにクッションになる“あわ”を添えて、ともかくオニスズメを一匹撃破。


英玲奈「それで、どうする?」

海未「これでいいのです。さあ、もう一度“みずのはどう”を。ケロマツ…いえ!ゲコガシラ!」

『ゲロロッ!!』

英玲奈「なるほど、進化させたのか…!」


ジムリーダーダイヤとの一戦を経て、ケロマツのレベルはあとほんの少しで上がる域にあった。
レベルに経験値に…
アナログ派の海未にはどうにも理解しがたい概念だが、ポケモン図鑑にはポケモンの力量をはっきりとした数値で測定できる技術が備えられている。

理解はしていなくても利用はする。
それに従い、上空のオニスズメを倒すことで“あと少し”の経験値を稼いだのだ。

そして逆巻く水。
一回り大きく、より戦闘的な姿へと変化したゲコガシラが姿を現している!


英玲奈「進化はポケモンにとって最たる強化。侮るなよ、キリキザン」

海未「今の貴方ならある程度のダメージが見込めるはず。思いきりぶつけてください!ゲコガシラ!」

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:42:54.64 ID:ha7ZcpN9o
放たれた波動はこれまでより一回り大きく、遥かに力強く!
迫る水弾をキリキザンは両腕で受け、それでもわずかに身が後退る。

弾ける水、夕暮れの空に虹が架かる。

その輝きを透かすように…
海未はボールを片手に肩を引き、全力の投擲姿勢を!


海未(統堂英玲奈、私は貴女の生き方を否定しません。何故なら…今から私も同じことをしますので!)

英玲奈「ほう…ボールで私を狙うか!」

海未「大方、穂乃果とことりも狙われているのでしょう?助けに行かなくてはならないのです!邪魔はさせませんっ!!」


鉄面皮の英玲奈、その口元が初めて小さく弛む。
ニヤリと、それは好機を見出した笑みでもなければ侮りの笑みでもなく、きっと園田海未を敵として認めた小さな歓喜。

硬質なモンスターボールは人に当たれば案外痛い。
海未は生まれながらに地肩が強い。それを園田流モンスターボール投擲術でさらに強めていて、こんな高所で頭へとボールの直撃を受ければふらつき、転落死は免れない!

しかし英玲奈は死線を抜けてきたプロ。臨死の際にもまるで慌てず、首を傾けるだけでその一投を避けてみせた。


英玲奈「キリキザン、本気でやっていいぞ。もう一度、“つじぎり”」

『キ、キキキキキ…!斬ッッ!!!』

『ゲッロォ!!??』

海未「っ!!ただの一斬で、建物の骨組みを支える支柱四本が、全て斬られて…!?」

英玲奈「派手にいこう」

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:43:22.90 ID:ha7ZcpN9o
悲鳴のような金属の摩擦音、低く高く、長く短く、断末魔を上げている。
海未と英玲奈がいる建物の骨組み、その全てが倒壊しようとしている!

英玲奈はまるで動じた様子もなく、傾き始めた足場で斜めに姿勢を保っている。
対する海未もまた、体幹には自信がある。グラグラと左右に傾ぐ鉄骨の上、ボールを投じた姿勢のままに腕を伸ばしている。


英玲奈「いい一投だったが、私が避けた以上はそれで終わりだ。その伸ばした腕は未練だろうか?」

海未「いえ、これでいいのです…“つつく”」

英玲奈「つつく…?何を、…!?がっ!」

『キザンっ!?』


突然苦悶の声を漏らした英玲奈、キリキザンは動揺した様子で振り返る。
背後から、その肩へ。わたどりポケモン・チルットの嘴が食い込んでいる!

焦燥、突きを放つキリキザン。
しかしチルットはパタパタと羽ばたき、鷹匠のようにすらりと伸ばされた海未の腕を止まり木とする。

理解の及ばない攻撃に、英玲奈の思考が巡る。
二秒、思い至る。


英玲奈「そうか、そのボールは私を狙っただけではなく…」

海未「ええ、二段構えで。あなたの背後に飛んでいたチルットを捕獲したのです。弱らせていないので、一か八かではありましたが」

英玲奈「しかしだとして、捕獲に成功したボールは自動で君の手元へと戻るはず。それを私の背後で、どうやって再展開した?」

海未「指弾です」

英玲奈「指弾、だと…?」

海未「手頃なボルトを拾いましたので、それを指弾の要領で弾きました。
そしてボールの開閉スイッチへと直撃させることでチルットを外へ出したのです」

英玲奈「ふ、フフ…これが園田流か。面白い…!」

海未「っ、足場が、崩れる…!」


足場に海未が気を取られた一瞬…
英玲奈の瞳が無慈悲な光を宿す。

パン!と乾音。

海未の脇腹、じわりと滲む赤。


海未「ぴす、トル…!?」

英玲奈「悪いが…君が思うより、大人は汚いんだ。さあ、生き残ってみせてくれ。園田流!」


直後…
大音響を轟かせ、六階建ての鉄骨が倒壊した。

47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:43:52.68 ID:ha7ZcpN9o



ツバサ「ねえアナタ、AK47って知ってる?カラシニコフとも呼ばれるんだけど」

ことり「…知りませんっ」


問いかけに取り合わず、後ろへジリリ。
ことりはボールへ手を掛けて距離を測る。
埃っぽい廃ビルの一室、走る車のクラクションが随分と遠い。
逃げられる位置取りではない。助けは…期待できそうもない。

ことり(チャイニーズマフィア、そう名乗ったよね。中国から来たマフィアってこと?
じゃあ悪いことをするつもりで、それにことりのポケモンたちを奪うって…)

ことり(穂乃果ちゃん、海未ちゃん…っ。ううん、ダメだよことり。
今は二人には頼れない。この子たちを守れるのはことりだけなんだから…!)


ことり「そんなことさせない…!」

ツバサ「ん、何?で、カラシニコフの話。銃なんだけどね、世界で最も売れた軍用銃なんて言って、とにかくベストセラーなのよ」

ことり「……」

ツバサ「何がウケたかって、安価で大量生産できてそれなりの性能ってとこ。
私たちはチャイニーズマフィア、中国から来てるから、そういう設計思想って大好きなのね。ほら、粗悪品を大量生産して大量消費~みたいなイメージあるでしょ?」

48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:44:18.19 ID:ha7ZcpN9o
身振り手振りを交え、ことりの反応を気にすることもなくペラペラと。
やたらによく喋るツバサの意図が汲めず、底知れない不気味さにことりの心臓が早鐘を打つ。


ことり「……何の話を、してるの…?」

ツバサ「ん。でね、私たち『洗頭(アライズ)』は、ポケモン界のAKを作りたいわけ。
安くたくさん作れてそこそこ使えてポイ捨てできる、兵器転用に最も適したポケモンを」

ことり「そんなのっ、ひどいです!」

ツバサ「でしょう?酷いことってお金になるのよ。だからとりあえず今んとこはねえ」


そこで言葉を切ると、ツバサは纏ったコートを脱いで横へ放る。
腰のボールは六個。そのうち“五個”を器用に片手で掴むと、床へ無造作に放り投げた。


ツバサ「試作品。行きなさい、コラッタ×5 」

ことり「一度に五匹も!?ど、どうすれば…モクローさんっ!」

『ポロロローッ!!』

49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:44:44.85 ID:ha7ZcpN9o
モクローはことりにすっかり懐いている。
大好きな主人の危機を感じ取り、この子ネズミたちを蹴散らせばいいのかと睨みを利かせている。
が、ツバサの弁舌はまだ続く。


ツバサ「基本はタイマン、上級者はダブルバトルに興じる。トリプルバトルなんてのも昔はあったけど廃れちゃったわね。どうしてかわかる?」

ことり「難しいから…」

ツバサ「はい正解。人間が一度に指示を出せるのなんてせいぜい二匹が限界ってこと。それ以上を欲張れば隙だらけになる。
けどね、ポケモンを傷付かせないように、丁寧にバラバラの指示を出そうとするからダメなのよ」


すうっと、モクローへ向けて伸ばされる指。
ツバサの冷酷な声がコンクリート張りの部屋に響く。


ツバサ「全員で“でんこうせっか”」

『ポロっ!?っ!?』

ことり「モクローさんっ!?」


タイミングも何もあったものではない、五匹一斉の突撃攻撃。
ツバサのコラッタたちはモクローの体を強かに打ち据えて昏倒させる。


ツバサ「攻撃の個体値がVのコラッタを大量生産、何も考えずに“でんこうせっか”を打たせるだけ。
難しい事なんて一つもないし、傷付いたとして代わりはいくらでも作れるわ。ネズミだもの。
コラッタだろうが重ねればそこそこの威力は出る。ま、これは試作だけど、こんな感じの商品を作りたいのよ。私たちは」

ことり「…こんなの、ひどすぎるよ…」


絶望に涙を浮かべることり。
手持ちは残りはイーブイだけ。ツバサはくすりと、無邪気に悪辣な笑顔を見せる。


ツバサ「さあ、次の子を出しなさい?」

50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:45:10.28 ID:ha7ZcpN9o
どこか遠くから、ガラガラと猛烈な倒壊音が響いてきた。
ツバサは音の方向へちらりと目を向け、「英玲奈ね」と小さく呟く。


ツバサ「今の音、巻き込まれたのはアナタのお友達のどっちかしら」

ことり「友達…!穂乃果ちゃんと海未ちゃんに何かしたの!?」

ツバサ「したっていうか、今してるとこ。色々面倒になるから殺すなとは言っておいたんだけど、あの音じゃどうだか」

ことり「っ、どうして…どうして、ことりたちを狙うの?」

ツバサ「オトノキ産のポケモンは優秀なのよ。それを新米トレーナーが持ってると聞けば奪わない手はないわね」

ことり「……負けないっ。二人はきっと一生懸命戦ってるから、ことりも絶対に諦めません…!」


倒れてしまったモクローを抱きかかえ、浮かべてしまった涙を拭う。
穂乃果や海未みたいに戦っておくんだった、レベルを上げておけばよかった。
自分が戦いを嫌ったせいで、モクローに痛い思いをさせてしまった。

そんな悔悟の数々をぐっと飲み込み、あくまで気丈に、ことりは綺羅ツバサとコラッタたちから目を逸らさない。

51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:46:03.52 ID:ha7ZcpN9o
ことり(この子たち、野生で見かけたコラッタさんよりも気性が荒そう。もしかして、性格も調整されてるのかな…)


短く呼吸を整える。
海未のように落ち着き払い、穂乃果みたいに肝を据えるイメージ。
そしてもう一つのボールへと手を掛け、タマゴから今まで育ててきた親友をボールから出現させる。


ことり「お願い、イーブイさん!」

『ブイっ!!』

ツバサ「オトノキ産のイーブイ、高値で売れそうね」

ことり(お母さんからもらったこの子は、普通のイーブイとは少し違う技を覚えてる。いつもは実用的じゃない技だけど…今なら!)

ツバサ「フフ、何か企んでる?でも無駄。進化体ならともかく、イーブイではこれを耐えられない。コラッタ×5、もう一度“でんこうせっか”」

『ブイ…!?』

ことり「安心してね、イーブイさん。隙は…ことりが作るから!」


震える足をぱしりと叩き、決意の踏み出し。
ツバサが電光石火の指示を出す一瞬前、ことりはイーブイの前へと身を晒した。
ふんわりと柔らかくてしなやか、そんな少女の細身の体へと、コラッタたちの猛然の突進が激突する!!


ツバサ「へえ…!」

ことり「あっ!ぐっ、う、ぎっ…!あ……!」


ぐらり、五発のでんこうせっかを身に受けたことりはくずおれ、膝から床へと倒れ込む。

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:46:32.56 ID:ha7ZcpN9o
『ブイ!ブイッ!?』

ツバサ「フフ、まさか自分を盾にして防ぐとはね。生きてる?」

ことり(………っ!死んじゃうぐらい、痛い…痛いよぉ…っ…。けど、イーブイを心配させちゃダメ…!)

ことり「大丈夫、だからね…♪」


ことりはイーブイへ、いつもと変わらない羽毛のような笑顔を浮かべてみせる。
服の下、コラッタの突撃を受けた箇所は青黒く腫れ上がっていて、右肩は力なくぶらりと垂れ下がっている。
折れたか、外れたか…いずれにせよ重症だ。

身を呈して守る。
主人の決意を目の当たりに、イーブイはコラッタたちに技の狙いを定める。


ことり「コラッタさんたちに罪はないけど…いくよっ、“シンクロノイズ”っ!」

ツバサ「あー、っと。そう来るかぁ」

53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:47:03.09 ID:ha7ZcpN9o
ことりの指示に従い、イーブイはその全身から特殊な電波を撒き散らす。
シンクロノイズは自分と同タイプの相手にのみ効果を及ぼす怪電波。
それ以外の相手には無効になるが、条件さえ揃えばその威力は最上級。
そして広い範囲を巻き込む全体攻撃!

イーブイはノーマル、コラッタも同じノーマル。
ノーマルタイプ同士のエネルギーが共鳴、内部から体組織に甚大なダメージを発生させる。
次撃の準備ができていなかったコラッタたちは怪電波に巻き込まれ、体を痙攣させながら昏倒する!


ことり「やったっ、がんばったね…!」

『ブイ…?』

ことり「うん、ことりは大丈夫だよ…よしよし…」

ツバサ(タマゴ技の“シンクロノイズ”ね…普通に考えれば産廃技。
けれど野生ポケモンにはノーマルタイプが多い。親が娘にボディガードを兼ねて与えるポケモンになら、頷けるチョイスか。偶然見事にハマったけど)

ことり「あと一体…っ」

ツバサ「甘ちゃんに見えてもオトノキ出身、やっぱり侮れないわね。
……それじゃあ、私のエースでお相手するとしましょうか」

ことり(エース、何が来るの…?)

ツバサ「さ、出ておいで」

ことり「そのポケモンは…!あ、ああ…っ!」

54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:47:36.48 ID:ha7ZcpN9o
ことりの表情に戦慄が走る。
トレーナーを志す人間で、そのポケモンの名を知らない者はいないだろう。
ツバサのボールから現れたのは、青い肌に凶眼、シュモクザメめいた、それでいて竜。
その強さだけを依代に、数々の逸話を打ち立ててきたドラゴンタイプの雄。
最強のポケモンはと聞かれれば伝説級を差し置いて、このポケモンの名を挙げる者も少なくない。


ツバサ「遊びの時間よ、ガブリアス」

ことり「ガブ、っ…!」


一撃。

ことりの目が反応するよりも遥かに早く、ガブリアスはその強靭な爪腕でイーブイを床にねじ伏せていた。
「マッハポケモン」の異名を持つガブリアス。
生体力学に基づいて設計されたかのような流線型の体はひたすらに疾い。
ことりの真隣でイーブイが潰れたような声をあげていて、鮫竜の腕ヒレがことりの首筋を掠めていた。

頸動脈…その一枚上の皮が裂けている。
もし、仮に、あと数センチずれていたら…!


ことり「ひ……っ……」


思わず、引き攣るような声が漏れた。

それは死の擬似体感。
大切なイーブイがやられたというのに、ガブリアスの爪にボロクズのように引っ掛けられてツバサの手元に運ばれていくというのに。
ことりは身を動かすことも、声を発することすらできずにいる…。

ツバサはイーブイを掴み、何かよくわからない小さな機械をイーブイの小さな体へと押し当てている。


ツバサ「6V!売るのはやめね、私の手持ちにするわ」

ことり(何を、言ってるの?今は、ことりは今は何をして…)

ツバサ「このアンプル、見えるかしら?この薬剤の名前は『洗頭』。私たちの組織名と同じね」

ことり(注射器、持ってる…)


55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:48:08.19 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「私たちがどうしてこの国に来たかってね、このクスリを売りたいのよ。
ロケット団にギンガ団、マグマ団とアクア団。ヤクザだのヤバめの思想団体だの、この国には過激な組織が育ちやすい土壌がある」

ことり(わからないよ…なにを言ってるのか全然わからない…)

ツバサ「小日本人と蔑むのはもう古い。我々はアナタたちと最上のビジネスパートナーになりたいの。
過激派が潜んでるこの国なら、『洗頭』は知名度が上がれば確実に売れる。そのために組織名もクスリと同じにしてるのよ。涙ぐましいでしょ?」

ことり「イーブイを…返してください…」

ツバサ「このクスリの効能を説明するとね…ま、早い話がカンペキな洗脳剤」

ことり「洗、脳…!?」

ツバサ「フフ…見て?このイーブイ、瀕死の状態でもまだアナタのことを心配してる。
こんなに懐いてる子でも、このクスリを使えば…」

ことり「あ、ああ…!そんな、嫌、嫌だ、嫌!やめて!やめてください!嫌ぁ!嫌だっ!嫌だぁ!!!」


ことりの悲鳴をBGMに、楽しげに、ツバサはイーブイの首筋へと注射針を近付ける。
ゆっくりと針が刺さり…赤紫の薬液がじわり、じわりとその量を減らしていく。

ボロボロの体で声を振り絞る、ことりの必死の懇願にもツバサはまるで揺らぎを見せない。

やがて、薬液の注入が終わり…

56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:48:38.95 ID:ha7ZcpN9o
『………』


瀕死だったはずのイーブイが、むくりと起き上がる。
しかしその目には、ことりを慕っていたつぶらな輝きは残されていない。
まるで野生のような…いや、さらに荒く、闘犬のような目つきでことりを見据えている。

その目はまるで、助けてくれなかったことりを咎め、責め立てているように感じられて…


ことり「……っ…」

ツバサ「はい、おしまい」

ことり「イーブイさん…イーブイさんっ!!」

ツバサ「近付くと危険よ?今のイーブイにとってアナタは…」

ことり「きゃああっ!!」

ツバサ「敵でしかないんだもの」


あんなに仲が良かったのに。
親友だったのに、イーブイは勢いよく体をぶつけてことりを弾き飛ばした。
打ちっ放しのコンクリート上を転がり、ことりはその傷をさらに深くする。

57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:49:07.77 ID:ha7ZcpN9o
仲が良かったからこそ、大切な子だったからこそ、今の一撃はことりに決別をはっきりと理解させてしまう。


ことり「そんな…そんなの…、ことりのせいで…ごめんね…ごめんなさい…」

ツバサ「すごいでしょ?このクスリ。どんなに忠誠心が強いポケモンにでも、主人を上書きしてしまうことが可能になるの。
ついでに強心剤の効果もあるから、げんきのかたまり代わりにも使えたり。便利よね」


上機嫌でそう呟くと、ツバサは再びことりへと歩み寄る。
ことりは目を回したままのモクローを抱いたまま屈みこんでいて、ツバサは小首を傾げてからことりに声を掛ける。


ツバサ「さ、そのモクローも渡してくれる?」

ことり「私が…私は、なんでもします。だからこの子だけは許してください…」

ツバサ「アナタ可愛いからお金になるかもしれないけど、でも人間を使って商売するとアシが付きやすくて面倒なのよ。ポケモンの方が楽なの」


下から爪先で顔を蹴りあげ、思わず顔を上げたことりの髪を鷲掴みに。そのまま硬い床へと打ち付ける。
くぐもった悲鳴、だくだくと鼻血を流しながら、それでもことりはモクローを抱きしめて離さない。

そんなことりの真心に反応したのだろうか…
瀕死だったはずのモクローがゆっくりと目を開け、ことりの頬を優しくつついた。

58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:49:34.85 ID:ha7ZcpN9o
『ポロっ』

ことり「駄目、駄目だよモクローさん…守るから…ことりが絶対に守るから!そのまま…!」

『ポロロッ!』

ツバサ「自ら腕を抜け出て、大好きなご主人を守るためにフラフラで立ち向かう。浪花節ってやつね。ま、洗脳するんだけど」


果敢に立ち向かうモクロー、その小柄な体へとガブリアスの鋭爪が振り下ろされ…

部屋の側面!コンクリートの壁が豪腕にブチ抜かれる!
何の脈絡もない突然の乱入劇!!


にこ「ゴロンダ!ラブにこ…“アームハンマー”ぁ!!!」

『ンダァッ!!!』

ことり「!!??」

ツバサ「っと、面倒なのが来た」

にこ「動くな!国際警察よ!『洗頭』のリーダー綺羅ツバサ、あんたを逮捕するわ!」

ツバサ「コードNo.252、刑事スマイル…か。いい加減覚えちゃった。アナタしつこいわよね」

にこ「ママの仇。ゴロンダ!“ばかぢから”!!」

ツバサ「ガブリアス、“げきりん”」


激突!!!

59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:50:04.15 ID:ha7ZcpN9o



キリキザンの斬撃で完全に崩れた大量の鉄骨。
折れて曲がって突き刺さり、山のように折り重なったその頂上に、小さな呻き声が漏れている。


海未「………う、ぐ…」

『ゲロ…』


海未は生きている。
脇腹を撃たれ、崩壊、転落。そんな危機でも生存本能を明確に働かせた。
チルットに加えてヤヤコマを出し、二匹に上へと引っ張らせることでどうにか崩落の中に巻き込まれることを避けた。
だが、進化前のポケモン二匹で海未を飛ばせ続けるのは無理がある。転落のダメージはゲコガシラの泡を最大展開することで軽減した。

それでも銃で撃たれた事実に変わりはなく、落ちた痛みもゼロにできたわけではない。

体を動かせずに呻いている海未を、ゲコガシラが心配そうに覗き込んでいる。


…足音。


英玲奈「生き延びたか…ああ、感動すら覚えるよ」

海未「……統堂、英玲奈…ッ」

60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:50:32.25 ID:ha7ZcpN9o
同じく崩落に巻き込まれたはずなのに、英玲奈はさも当然のように無傷でいる。

殺される。

海未は唇を噛みしめる…が、英玲奈は少し離れた位置で、ただ面白そうに海未を見つめている。


英玲奈「三度だ」

海未「……」

英玲奈「私は三度までの殺意で殺せなければ、その日は諦めることに決めている」

海未「……」

英玲奈「キリキザンの技で一度、足場崩しで一度。そして銃撃。君はとっさに体を逸らし、致命傷を避けていた。自覚があるかは知らないがな。
とにかく三度、君は私の殺意から逃れてみせた」


終始、淡々とした語り口調。だが声のトーンでわかることもある。
明らかに上機嫌、海未の生存を喜んでいる。

殺そうとして殺せなかったのなら悲観するべきじゃないのか、海未は疑問を抱くが、殺し屋の論理と倫理など理解できるはずもないと考察を諦める。


海未(ただ、わかるとすれば…この方は戦闘狂の類。それも、ルール不要の殺し合いに特化した)

英玲奈「感覚さ。肌で感じるんだ。君はきっとやがて私を滅ぼす可能性へ…大きな脅威へと成長する」

海未「……ならば、ここでトドメを刺すべきでは?」

英玲奈「いや…実のところ、今日は殺しはご法度でね。つい忘れて楽しんでしまった。反省しなくては」

海未「殺しを楽しむ、ですか」

英玲奈「死は結果に過ぎない。脳までヒリつく、互いの全てを賭した生存闘争。
それを最も強く体感させてくれるのがポケモンを介した殺し合いというだけさ」


そこまでを言い終え、英玲奈は後ろをゆっくりと振り向く。


英玲奈「さて、園田流。君と話せる時間は実に有意義だが、今日はここまでのようだ」


靡く黒髪、気高い眼差し。
黒澤ダイヤが部下のジムトレーナーたちを引き連れ、英玲奈を睨みつけている。

61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:51:01.54 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「チャイニーズマフィア『洗頭』幹部、統堂英玲奈。ジムリーダーの威信にかけて、今ここで貴女を捕らえますわ」

英玲奈「悪いが、いわタイプが主体の君に私のキリキザンは止められない」

ダイヤ「いわタイプ主体…?フ、それはジムリーダーとしての責務と枷。本来のわたくしは…マルチタイプのトレーナーですわ!」


手にした鉄扇を投げる。
英玲奈がそれを避ける間隙の秒瞬、ダイヤは素早くボールからポケモンを繰り出している。

現れたのは艶めく光沢、鋼水で統べる気高き皇帝ペンギン!


ダイヤ「エンペルト!その方と斬り結んで差し上げなさい!」

英玲奈「ほう、マルチタイプか。やはりこの国のジムリーダーは質が高い。キリキザン!」


腕刃と鋼翼が摩擦し、神経の削れるような高音が幾度となく響く。
力押しではキリキザンに分が見える。
だがエンペルトは“ハイドロポンプ”などを惜しみなく放ち、幅の広い戦いを見せている。

しかし、ダイヤは小さく歯噛みをしている。

62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:51:30.52 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ(いけませんわね…この方のキリキザン、異様なまでに練度が高い。押し負ける可能性すらある…)

英玲奈「“つるぎのまい”だ。敗北は、死は見えているか?ジムリーダー」

ダイヤ「悔しいけれど、見えますわね。ただしそれは…わたくし一人で戦っていればのこと!」

真姫「シャンデラ、“かえんほうしゃ”」

海未「真姫っ!」


とっさに飛び退くエンペルト。
そこを真姫のシャンデラが放った炎波が舐めていく!
流石のキリキザンも、その一撃にまで耐えることはできなかった。
ガクリと膝をついたところへ英玲奈のボールから赤光が伸び、帰還していく。


英玲奈「ご苦労だった」

『ザン…!』

63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:51:57.24 ID:ha7ZcpN9o
一拍置いて、「さてと…」と真姫。


真姫「私の手持ちはシャンデラを含めて三体、ダイヤの手持ちは五体。あなたは今一匹倒れて、こっちは他にジムトレーナーたちもいる。詰んでると思うけど?」

英玲奈「西木野真姫、若きポケモン博士か。流石に育成に無駄がない。威力が最大限に高められているな」

真姫「犯罪者に褒められても嬉しくないわ。同郷の友人を傷付けられて、最高にハラワタが煮えくり返ってるの」

海未(真姫が怒っているのに、カッカしていない…?
まずいです!これは私たちも数回しか見たことのない、本当の本当にどうしようもないほどに怒り狂っている時の真姫!!)

真姫「ポケモンだけじゃなくてあなた自身も強いのよね?それじゃあ…最大火力をお見舞いしたって!死なないわよね!!!」

海未「く、来る!」

ダイヤ「エンペルト!海未さんを連れてきなさい!総員っ…退避ですわ~!!!」

真姫「シャンデラ。“オーバーヒート”」


大爆炎が一帯を包み込む!!!

64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:52:27.19 ID:ha7ZcpN9o
鉄をも焼き溶かす溶鉱炉のような、想像を絶する高温。
ポケモン博士の真姫は当然ながら三値の理論を熟知していて、そんな真姫が愛情たっぷり、手塩にかけて育てたシャンデラの火力は凄まじい。

崩れていた鉄骨の山は全てが溶解。
(これ、真姫は本当に英玲奈を殺してしまったのではありませんか!?)と海未は動揺する。

瞬間、炎の中に新たな炎が噴出する!!


真姫「ッ!」

海未「真姫!」

真姫「大丈夫よ、だけど…逃げられたわね」

ダイヤ「へ…もういませんの?たった今し方、何かの攻撃をしてきましたのに?」

真姫「そうみたい。何かのポケモンを繰り出して、飛んで逃げていったわ。オーバーヒートで火力を出しすぎたせいでよく見えなかったけど…」

ダイヤ「残念でしたわね…幹部の一人を捕らえれば色々とわかることもあったのでしょうけれど…」


統堂英玲奈が逃げた。
逃してしまった。しかしそれは同時に、海未が窮地を完全に切り抜けたということでもある。
極度の緊張からの解放と大量の失血、海未の意識が急速に薄れていく。

真姫とダイヤがそれに気付き、慌てて抱きかかえてジムトレーナーたちへと指示を出している。
数秒後に自分が失神してしまうことを知り、海未は片腕を力なく空に泳がせる。


海未「すみません、穂乃果、ことり…助けには、いけな……」

65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:52:55.01 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「……う、っ…」

あんじゅ「さっきは少し驚かされたけど…ここまでみたいねぇ?」


穂乃果は冷たい舗装路の上、仰向けに倒れている。
夕陽は水平線の向こうへと姿の大半を沈めていて、赤紫のどこかグロテスクな空だけが目に映る。

ヒトカゲとキャタピー、二匹ともがすぐ傍らに倒れていて、ヒトカゲの足にある刺し傷は紫色に変色している。受毒の跡だ。

才気走った機転と連携でビビヨンを倒したまでは良かった。
だが、二匹目の突破には至らない。
獰猛かつ残忍、執念深い性格のペンドラーは、格下のヒトカゲやキャタピー相手にも一切の容赦を見せない。

200キロオーバーの体重でキャタピーを轢き、ヒトカゲへは首のツメを食い込ませて毒を打ち込む。
絶対的なレベル差を前に、穂乃果の天性のセンスもヒトカゲたちの底力も効果を発揮しない。
健闘一転、わずか二分足らずでの完全敗北を喫していた。

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:53:23.59 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ「はぁっ、快感ね~。まぐれ当たりで調子に乗られて、ちょっとだけカチンと来てたのよぉ」

穂乃果(体が…動かない…)


穂乃果の体も擦り切れ、ボロボロの状態になっている。
ヒトカゲたちが倒された後、あんじゅは高らかに哄笑しながらペンドラーへと攻撃の指示を出したのだ。
ムカデの巨体が穂乃果を突き飛ばし、体へと負傷を刻み、思うがままにいたぶられて今へと至る。

あんじゅはゆるゆるとした足取りで穂乃果へ歩み寄ると、両手を後ろに組んだ姿勢で上から顔を覗き込んでくる。


あんじゅ「苛立ちを解消して見てみれば、なかなか可愛らしい顔をしてるのね…」

穂乃果「……う、みちゃんと、ことりちゃんに…手を出すな…!」

あんじゅ「あら、まだ抵抗の意思があるのねぇ…泥臭い。そういうのって個人的には好きじゃないの。少年漫画じゃあるまいし」

穂乃果「ヒトカゲとキャタピーも…奪わせたりしない…!」

あんじゅ「はぁい、威勢だけ。今のあなたはボールへポケモンを戻すことさえできないボロ雑巾。
でもそうね、見た目はなかなか好み…決めた。あなたを私のコレクションに加えてあげるわ?」

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:53:50.49 ID:ha7ZcpN9o
そう告げ、穂乃果の唇へと指を触れさせる。
グロスのように塗りつけた薄紫の粘液は、ペンドラーの毒針から滴る毒の汁。

痛みや熱、気持ち悪さではなく、体へじわじわと広がるのは痺れ。
「う、ぐ…!」と身じろぎする穂乃果、その口中へとあんじゅの指が侵入してくる。

ぬるりぬるり、前戯めいて舌や内頬を弄び、大量の毒液を穂乃果の体へと染み込ませていく。


あんじゅ「むしタイプを中心に使ってるとね、必然的に毒にも詳しくなるの。
ペンドラーの神経毒を致死量ギリギリまで摂取させてあげる。
そうすれば脳幹に麻痺が残って、可愛らしい穂乃果ちゃんは私のお人形コレクションの仲間入り~というわけ♪」

穂乃果「…!ほはほ、ひほひほ…?」(他の人にも?)

あんじゅ「私、綺麗で可愛い女の子が大好きなの。本物みたいなお人形が欲しくって、じゃあ捕まえればいいじゃない。ポケモンみたいに♪…って、DIY精神に目覚めちゃったのよねぇ」


やっぱりこの人、野放しにしちゃ駄目だ。
穂乃果の瞳はまだ死んではいない。だがあんじゅの指が蠢くたびに、体の奥まで痺れが浸透していく感覚。

このままじゃ…!

…と、ここにもまた乱入者の影が。
今ひとつキレのない小走り、「ぅぅ…」と怯えたっぷりの声で駆け込んできた少女はあんじゅへと突進を敢行する!

68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:54:17.91 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「うゅ…っ、え、えぇぇ~い!!」

穂乃果「……!」

あんじゅ「ちょっ、あなた…誰?」

ルビィ「くっ、黒澤ルビィです…その人を離してぇ…!」

穂乃果(なんか、頼りない子が来た…??)


ルビィは両腕をつっぱり、穂乃果にマウントを取ったあんじゅの体をグイグイと押してくる。
どうにも非力で押しのけられるほどではないのだが、あんじゅからすればなんとも鬱陶しい。
興を削がれたとばかりに眉をひそめながら、毒液と穂乃果の唾液で濡れた指をふわふわと空に泳がせる。


あんじゅ「黒澤…?ああ、ジムの。けど、あなたがリーダーには見えないわねぇ。ポケモンも出さずに体当たり?面白いことするのねぇ」

ルビィ「ルビィは、おねえちゃんの妹だから…この街で悪いことをする人は、許しません…!」

あんじゅ「あらあら、可愛らしい啖呵。で?あなたが生身でポケモンと勝負してくれるの?それともあなたも私のコレクションになりたい?」

穂乃果「逃…げ、て…!」

ルビィ「ううん、逃げない…です。ルビィは…道案内をしただけだから」

69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:54:46.02 ID:ha7ZcpN9o
寒気…

ここでようやく、あんじゅは異変に気付く。
足元の水たまりには薄氷が張っていて、波に揺れていた海面はその動きを止めている。


あんじゅ「海が、凍ってる?この滅茶苦茶な冷気、まさか…!」

「“れいとうビーム”」

あんじゅ「避けなさいペンドラー!」

『ドラ…ァ…』

あんじゅ「ッッ…一瞬で!」


現れた援軍、美しい金髪を靡かせるその少女は、青い夜を背負っている。
生じた猛烈な凍気が海辺の空気に含ませる水分を凍らせ、夕陽の沈みきった空を青く光らせているのだ。

薄雲の掛かった月に腕を水平に。
倉庫の屋根に立った彼女は、青白の雪をまとったアローラ産のキュウコンへ、冷然と次撃の指示を出す。


「キュウコン、“ムーンフォース”」

あんじゅ「待っ、まだ次のポケモンを出してな…!きゃあああっ!!?」


月光の波長を攻撃波へと変えるフェアリータイプの攻撃があんじゅを襲う。
繕った優雅が嘘のように転げて躱し、あんじゅは穂乃果とルビィから離れた位置へと移動する。

その二点を遮るように、金髪碧眼の少女はキュウコンを伴い降り立った。

テレビでも録画でも何度も何度も、実況の一言一句を覚えるほどに見た姿。
彼女こそがアキバ地方チャンピオン!


穂乃果「絢瀬絵里さん!」

70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:55:12.94 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果からの呼び声に、絵里は茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせる。


絵里「ふふ、正解。キュウコン、もう一度“れいとうビーム”」

穂乃果(ビームが通り過ぎた後、全部が氷山に飲み込まれてく!?)

ルビィ(す、すごい…お姉ちゃん、やっぱり絵里ちゃんはすごいよ…!)


穂乃果とルビィが感嘆の息を漏らす。
対し、一転して狩られる側になったあんじゅは息を切らしながら駆け回っている。


あんじゅ「何発も何発も人に向けて!あなたッ、馬鹿なのかしらぁ!?」

絵里「犯罪者相手にマナーを守る必要がどこにあるのかしら」

あんじゅ「くああっ…その態度!気に食わないわ!あなたなんて、ツバサなら…!
出てきなさいアーマルド!そして“ロックブラスト”!!」

絵里「撃ち落としなさい」

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:55:43.79 ID:ha7ZcpN9o
蒼白のキュウコンはその尾全てに冷火を灯し、鳴き声と共にれいとうビームを撃ち放つ。
飛来した岩弾を凍らせて落とし、さあ次はとポケモンを見るが…忽然。


ルビィ「あ、あれ…?あの女の人、いなくなっちゃった…」

絵里「……ふう、随分と逃げ足が速いのね。その思い切りの速さが悪党らしいと言えば、そうなのかしら」

穂乃果「あ、あの…ありがとうございました!チャンピオン!」

絵里「ふふ、畏まらなくて大丈夫。さっきみたいに絵里さんって…ううん、絵里ちゃんって呼んでくれていいのよ」


理知的に愛らしく、チャンピオンはそう言って笑ってみせる。
海面は凍り、港一帯の空気は未だに凍結に引き締められていて、チャンピオンってやっぱり凄い…と穂乃果は感嘆の声を漏らす。

と、そんな場合じゃない!!


穂乃果「そうだ絵里ちゃん!まだ私の友達二人が襲われてるかもしれなくて!」

絵里「ええ、知ってる。他にも援軍が向かってるわ。各所に誰がいるかわからなかったのが心残りね。綺羅ツバサを私が引いていればよかったんだけど…」

穂乃果「綺羅、ツバサ…」


笑みの奥に含まれている少しの不安。
きっとそれはあんじゅが捨て台詞で言い残したのと同じ人物なのだろう。
ことりと海未と…
燻る不安を消せないまま、穂乃果はビリビリと抜けない痺れに両手足から力を抜いた。

72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:56:11.49 ID:ha7ZcpN9o



ツバサのガブリアスが咆哮する。
怒りのままの蹂躙、逆鱗の一撃はにこのゴロンダへと痛烈な打撃を浴びせて揺らがせる。


にこ「チィっ…!ゴロンダ、まだ大丈夫?」

『ンダァ!』

にこ「オッケー、にこぷりに闘志燃やしていきなさい」

ツバサ「フフ、世界を股にかけるエリート刑事の相棒は流石にしぶといわね」

にこ「舐めたら痛い目見るわよ、ガブリアスみたいなバケモノ級が相手じゃなきゃマジにやれる子なんだから」

ツバサ「知ってるわ、何度も見てるし」


ゴロンダもまた丹念に育て上げられ、場数を踏んでいるのが一目でわかる。
にこの指示に繰り出される“スカイアッパー”は驚異的な切れ味、しかしそれを避けてみせるのがガブリアスの凄まじい高性能!


ことり(この子は誰?どうしてここに…これは現実なの?わかんない、全然わからないよ…)

73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:56:42.45 ID:ha7ZcpN9o
ことりは戦いを見つめている。
ズキズキと痛む全身は思考を鈍らせ、にこが隙を塗って手渡してくれた痛み止めと水を飲むことすらおぼつかない。

死の恐怖と重度の混乱に塗り潰された心の奥に、ただガブリアスの恐ろしさ、ドラゴンタイプの強靭な強さだけが刻み込まれていく。


ことり(ドラゴン、ドラゴンタイプ…)


一方、ツバサとにこの応酬は続いている。


にこ(なんなのよコイツのガブリアス…!全然攻撃が当たんないんだけど!!)

ツバサ「ねえ、“ママの仇”って、まだ根に持っているのかしら」

にこ「あァ!?当然に決まってんじゃない!国際警察で働いてたママが、まだ子供だったアンタを更生させようとした時…!」

ツバサ「ええ、不意打ちを決めて逃げてやったわ。その傷が元で矢澤刑事は半身不随、才能のあったあなたが後継にスカウトされてNo.252を引き継いだ…」

にこ「だったらアンタは!私がブッ倒すしかないじゃない!!」

ツバサ「見逃してくれてもいいでしょ?生きてるんだから」

74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:57:11.19 ID:ha7ZcpN9o
にこが傷薬を使って持ちこたえさせていたゴロンダだが、幾度目かの猛撃についに限界が近い。
睨むように根性の座った面構えはそのまま、しかし膝をついて立ち上がれずにいる。


ツバサ「ねえ、逃げていいかしら。アナタとガチでやり合うには…そうね、レギュラー三体は欲しいとこなんだけど」

にこ「今はガブリアスだけ、そんな好機を見逃してやるわけないでしょうが。マタドガス!頼むわ!」

『マ~タドガ~ス』

ツバサ「………私の勘が告げてるわ、その戦術は刑事としてどうなのかって」

にこ「フン、絆と信頼あってこそよ。行くわよマタドガス!ラブにこぉぉぉ…!“だいばくはつ”!!!」

『ドガッ。』


カッと閃光、激震轟くガス爆発!!!

75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:57:40.41 ID:ha7ZcpN9o
ことり「きゃああああっ!!!」

にこ「頭伏せて、吹っ飛ぶわよ。ゴロンダ、“まもる”」

『ゴロッ』


にこの戦術は自爆上等、ゴロンダが張った防壁にことりと自分も隠れて爆風をやり過ごす。
廃ビルの一室は炎で満たされ、窓は割れて炎が噴き出している。

煙と炎熱が引いて視界が確保されるよりも早く、にこは無線機へと鋭く号令を掛ける。


にこ「確保!!」


応じ、付近を固めていた捜査官たちがバタバタと駆け込んでくる。
ウインディやヘルガー、警察犬ポケモンの精鋭たちが、我先にと生死すら定かではない綺羅ツバサへと殺到していく。

が、響く声。


ツバサ「ガブリアス、“じしん”」

にこ「生きてる!?」

ツバサ「困った時の“きあいのタスキ”…ってね」

『ガブ…リァス!!!!』

76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:58:08.31 ID:ha7ZcpN9o
重轟がビル全体を駆け巡り、ガブリアスの内に秘められたじめんタイプのエネルギーが一帯を駆け巡る。
警察犬ポケモンたちと捜査官たちはその衝撃に吹き飛ばされ、にこはすかさず無線機に「第二班突入!」と声を飛ばす。


ツバサ「残念、今日はここまで」

ことり「あのっ…コラッタが一体蘇って…」

にこ「コラッタ?本当ね、げんきのかけらでも使ったのかしら。なんで今わざわざ…あっ!」

ツバサ「さらば警察諸君、これぞ悪党の常道よ。“けむりだま”!」


コラッタのうち一体に持たせていたけむりだま、ツバサはそれを起動させたのだ。
視界の全てが深い白煙に包み込まれ、大勢の捜査員たちが混迷に包み込まれる。


にこ「綺羅ツバサァァァ!!!覚悟しなさいっ!絶対に!絶対に!捕まえてやるからっ!!」

ことり「けほっ、げほっ!?イーブイ、イーブイは…!」

ツバサ「もちろん、この子はしっかり貰っていく」

ことり「返し…!」


鳩尾への痛打。
ツバサの膝蹴りが容赦なくめり込み、ことりの意識を強引に断ち切る。

寸前、最後に聞いたのはイーブイの悲しげな一鳴きと…
拭っても消えない烙印、ツバサの囁き。


ツバサ「人間社会も所詮は野生、力が全て。返して欲しければ強くなりなさい。手段を選ばずに…ね」

ことり「イー…ブイ……」


そこで、意識は途切れた。

77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:58:38.54 ID:ha7ZcpN9o
《ダイイチシティ総合病院》


にこ「高坂穂乃果、園田海未、南ことりね。疲れてるとこ悪いけど、何があったか全部聞かせてもらえる?」


刑事スマイル、矢澤にこと名乗った少女に請われるがまま、三人は体験した全てを語っていく。
親切そうに近寄ってきたこと、突然の豹変、遥か高みにいる闇の実力者たち。

にこは安い同情は見せず、話を聞き終えた最後に三人へと力強く一声をかける。


にこ「頑張ったわね、あんたたち」


シンプルで暖かい労いが、疲れ切った体にじんわりと染み込んでいく。
小柄であどけなくて自分たちより年下に見えるくらいの少女だが、しっかり場数を踏んだ刑事なのだなと穂乃果は実感する。

幸い、三人の怪我は長引かない。
ペンドラーの毒にはにこが血清を所持していて、海未の銃創を含めて怪我の全ては一週間ほどで完治するとのこと。
ダイイチシティは医療技術が割に進んでいる街なのだ。
ハピナスやタブンネ、患者のメンタルを落ち着かせる癒し系ポケモンがつきっきりで看病してくれていて、穂乃果はぼんやりとしたままその頭をふにゃふにゃと撫でている。

海未は静かに黙して体力の回復に努めていて、問題は…

78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:59:08.56 ID:ha7ZcpN9o
ことり「…………」

海未「ことり……」

穂乃果「……っ、洗脳なんて…」


にこの聴取が終わり、部屋にはダイヤと真姫、それに絵里も入ってきている。
沈痛な静寂が部屋を支配する中、ダイヤが俯き加減で口を開く。


ダイヤ「……申し訳ありません。海未さんと戦った後、はっきりと忠告できていればよかったのですが…
刑事さん、もう、話しても構いませんわよね?」

にこ「……ええ、見ちゃったんだもの。仕方ないわね」


説明を要約すると…

チャイニーズマフィア『洗頭(アライズ)』、及び同名の洗脳薬【洗頭】。
警察機関と立場のあるトレーナーたちには既に、その存在と脅威は知らされていた。

しかし、警察は社会や一般トレーナーへとその存在が知れ渡ることを良しとせず、箝口令を敷いていたのだ。

トレーナーのポケモンを奪い取れる洗脳薬、手段を選ばない中国マフィアの暗躍、知れ渡れば社会にパニックを招く。
人間とポケモンの絶対的な絆の象徴であるモンスターボール、その前提を破壊してしまう薬は社会の枠組みさえ壊してしまいかねない。

79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 02:59:38.14 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「……というわけで、細かな説明をすることができませんでしたの。けれど、胸騒ぎがしていました。規則を曲げてでもわたくしが話していれば…」

絵里「ダイヤ、あなたが気に病んではダメよ?」ポン

ダイヤ「はい…そうですわね…」(エリーチカが!わたくしの肩に手を…!って、今は不謹慎ですわね…)

海未「箝口令…そうだったのですね。どことなく違和感は覚えていましたが」

にこ「日本警察のお偉いさんたちの決定でね。…それにここだけの話、ボールの製造元、シルフカンパニーとかが報道に圧力を掛けてたりもするらしいわ。ボールの信頼性に関わる話だから」

真姫「にこちゃん、それ口滑らせちゃっていいわけ?」

にこ「別にいいわよ。現場は上の方針にイラついてんの」

真姫「怒られたって知らないわよ」

にこ「うっさい七光り」

真姫「にこちゃんだってそんなようなものじゃない」

80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:00:14.29 ID:ha7ZcpN9o
真姫博士と刑事にこ、どうやら二人は既知の仲。
真姫の父は世界的に有名なポケモン研究者の一人、ポケモンを用いた医療技術研究の第一人者、ニシキノ博士だ。
真姫が若くして博士として活躍しているのは自身の才能もさることながら、“あのニシキノ博士の娘”として脚光を浴びているおかげでもある。

にこの言う七光りとはきっとそのことを指していて、真姫もまたにこが母親の立場を引き継いで国際警察で働いていることを知っているようだ。


…ともあれ、聴取と説明はこれで終わり。


にこ「…ま、元気出しなさい。あいつらはにこが必ず捕まえてやるから」


ダイヤ「何の慰めにもならないとは思いますが…困ったことがあれば、いつでも黒澤家へおいでなさい。ルビィと一緒に歓迎させていただきますわ」


絵里「……立ち止まっては駄目よ。才能あるトレーナーさんたち。ポケモンリーグ…頂点で待っているわ」


真姫「……私はやることがあるから行かなくちゃいけないけど…穂乃果、海未、ことりをよろしくね」


順に言葉を残し、後ろ髪を引かれるような表情のままに真姫が退室していった。


病室の外や廊下には警官やジムトレーナーたちが警護のために張っているが、病室の中には三人だけが残されている。

ふと、ぽつり。

81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:00:41.21 ID:ha7ZcpN9o
ことり「………ごめんね、モクローさん」

海未「ことり…?」

穂乃果「ことりちゃん…?」


疲れて眠っているモクローを抱きしめて、掠れた声でことりが呟いた。
その声には思いつめた雰囲気が漂っていて、穂乃果と海未は体の痛みも忘れて思わず半身を起こす。

一番窓際のベッド、ことりは小さく呻きながら立ち上がると、隣の海未に声をかける。


ことり「海未ちゃん…お願いがあるの」

海未「お願い…ええ、ことりのお願いなら、私はなんだって聞きますよ。遠慮なく言ってください」

ことり「海未ちゃんが捕まえたチルットと、この子を…モクローを、交換してくれないかな」

海未「な…」

穂乃果「も、モクローを?」

82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:01:13.29 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果と海未は目を見張り、思わず顔を見合わせる。

ポケモンの交換、それ自体は普通のことだ。お互いの同意を持ってボールの所有権を譲渡しあい、ポケモンの親を入れ替える。

しかし、ことりは…


穂乃果「こ、交換って…ことりちゃん昔から、ポケモンがかわいそうだから、交換は絶対しないって」

海未「ことり、一体どうして…?」

ことり「……ことりじゃ、モクローを守ってあげられないから。海未ちゃんならきっと大丈夫だから」


言葉を切り、もう一言。


ことり「それにね、その子がいいの」


ことりは知っている。チルットはチルタリスへと進化することを。
タイプはドラゴン・ひこう。
鮮烈な記憶、刻まれた烙印。ことりにとっての力の象徴…


ことり(ドラゴンタイプ…)

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:01:44.14 ID:ha7ZcpN9o
結局、海未とことりはモクローとチルットを交換した。

穂乃果と海未に、ことりの心変わりの本質は定かでない。
幼馴染の二人でさえ、今のことりにこれ以上踏み込んで尋ねることはできなかったのだ。

翌朝…
目を覚ましたモクローは未だにことりから手放されたことをよく理解できていない。
しきりに首を傾げながら、隣のベッドにいることりへ近付いては寂しげに鳴く。
(どうして構ってくれないの?)と不思議そうに。

しかし、ことりはそんなモクローと目を合わせようとせず…


ことり「……」

『ポロロ…』

海未「……モクロー、大丈夫ですよ。私が守りますから…私が…」

穂乃果「……ことりちゃん…」


そして、一週間の後…

ことりは忽然と、病室から姿を消した。

84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:02:12.68 ID:ha7ZcpN9o
【ダイイチシティ編・完】
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:02:40.05 ID:ha7ZcpN9o
【二ヶ月後】


ザリ、ザリと、靴底が砂を踏む。

吹き荒れる砂嵐、穂乃果は乾燥地帯、道なき道を歩いている。
揺れるサイドテール。
砂漠に住まう民族めいて、顔にグルリと巻き付けた粗布は口へと砂を入れないため。

風に騒ぐ前髪、鼻までを覆った布。
瞳だけが前を見据えていて、その眼差しは旅路の中で少女に生まれた変化を感じさせるものだ。

その時、両側から気配!


『ワァルビッッ!!』

『ノク…ッ』


さばくワニポケモンのワルビル、カカシぐさポケモンのノクタスの同時襲撃だ!
どちらもが野生、共謀したわけではないだろうが、とにかく二つの対応を迫られる!

が、穂乃果は既にポケモンを展開させている。


穂乃果「リザード、“ほのおのキバ”」

『ザァッ!』

86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:03:09.25 ID:ha7ZcpN9o
ヒトカゲから進化、攻撃力を大きく増したリザードがノクタスへ猛然と噛み付く。
くさタイプには効果覿面、たじろぐノクタスをそのまま圧倒していく。

だが逆からは迫るワルビル、ワニの顎は見るからに強靭だ!


穂乃果「リングマ、“きりさく”!」

『グマアアア!!!』


もう一匹!
繰り出したのは茶色の毛並み、大柄な男性ほどの体長から振り上げられる豪腕、熊のポケモン、リングマ!
鋭利なナイフのような五爪がワルビルの硬いワニ皮を傷付け、『ギャッ!』と悲鳴をあげさせる。

野生のポケモンは劣勢と見ればこだわりを持たない。
並び立つリザードとリングマに形勢悪し!そう見るやいなや、踵を返して砂嵐の中へと逃げ帰っていく。

ボールを投げてどちらかを捕まえようか、少し迷うが、穂乃果は二匹の背中を見送った。


穂乃果「旅してて気付いたけど、手持ちが増えると食費もかかっちゃうんだよね」

『グマッ』

穂乃果「うん、特にリングマはよく食べるし…」

87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:03:38.58 ID:ha7ZcpN9o
そう呟いて二匹をボールへ戻し、なんとなしに財布を除いて中身の貧相さに溜息一つ。
その姿は相変わらずどこか情けないが、野生ポケモンを冷静に一蹴してみせる姿は実力の向上を物語っている。


━━━突風!


穂乃果「わぷっ」


思わず荷物を取り落とし、バッジケースが落ちて開く。
その中に輝くバッジは三つ。
ダイイチシティ、ニバンメタウン、サンバンタウンのジム戦を突破した証!

いけないいけないと拾い上げ、穂乃果は砂塵の彼方を目指す。
死線を越えたせいだろうか、既に佇まいには熟達者の雰囲気。
トレーナーにとっての一つの大きな壁は三つ目のバッジだと言われている。
穂乃果は既にそこを通過していて、リザードやリングマといった進化系ポケモンを連れているのにも頷ける。

代わりに、明るい笑顔はなりを潜めて…


穂乃果「あああ~~!!もう!つーかーれーたぁぁぁぁ!!!」

88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:04:08.12 ID:ha7ZcpN9o
一変、クールな雰囲気は一瞬でどこかへと霧消する!
砂地の柔らかさに背中を預け、手と足を左右にわしゃわしゃと泳がせる。
雪原でスノーエンジェルを作って遊ぶ時のように、砂地に模様が刻まれていく。


穂乃果「暑いよ!!」


季節は六月、梅雨を前にした初夏の頃。
旅立った頃に比べれば暦通りに日差しが強くなってきていて疲労を誘う。
喉はカラカラ足はヘトヘト、ほんのり怠惰な穂乃果が長く耐えられるはずもなし。人間、性根はそうそう変わらない。

そのまま一分ほど「ううー…」と不機嫌に呻き、目を閉じてみる。
「ほのかちゃぁ~ん…」「全く、これだから穂乃果は…」
そう言って手を引いてくれる幼馴染は、今はいない。


穂乃果「……うがぁっ!」


吠えてピョンと跳ね立つ。
右手に見える小高い丘へと駆け登り、遠方に見える煌びやかな大都市を見下ろす。


穂乃果「あれがヨッツメシティ…」

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:04:40.79 ID:ha7ZcpN9o
広い盆地に沿うように築かれた街は円形で、その中心には巨大なタワーが聳え立っている。
アキバ地方の各種産業の中心を担う大企業、『オハラコーポレーション』の本社であるオハラタワーだ。


穂乃果「アキバ地方で一番の大都市、かぁ。もしかしたら、海未ちゃんとことりちゃんも…」


病院から姿を消したあの日以来、ことりとは連絡が取れずにいる。電話を掛けてみても繋がらないのだ。

ことりの旅の元々の目標はコンテストへの出場だった。
しかし最寄りにあるコンテスト会場、ニバンメタウンのポケモンコンテストに出場した記録は残っていない。

ただ、ポケモンセンターへと立ち寄っている記録は定期的に残されていて、真姫がその足取りを気にかけてくれている。
少なくとも、生きているのは間違いない。


穂乃果「あれだけのことがあったから、仕方ないよね…でも、心配だよ。会えなくて悲しいよ。
声だけでも聞きたいよ。ことりちゃん…」

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:05:09.14 ID:ha7ZcpN9o
一方、海未とは連絡を取り合えている。

ダイイチシティジムの突破後、海未は穂乃果とは別のルートでジム戦に挑んでいる。
ダイイチシティの港からロクノシティへと渡航、ナナタウンジム → ロクノシティジム → イツツタウンジムと逆打ちで突破していると聞いた。
もちろん、ジム戦の順序は好きに選んで問題ない。バッジ数によって戦力を変えてくれるのだから、要は好みの問題なのだ。

今の海未は穂乃果より一歩先を行く、バッジ四つ持ち。園田流後継者の名に恥じない快進撃。
なかなか追いつけないライバルの背中に、悔しさと誇らしさを感じている。ただ…


穂乃果「あの日からずっと、海未ちゃんも少し雰囲気が変わった気がする。
優しくて恥ずかしがり屋でキリッとしてて、それは変わらないけど、心の奥に影があるみたいな…」


……ピピ、と着信。真姫からだ。
テレビ電話の画面に真姫のつんと澄ました顔が映し出され、穂乃果は笑顔で手を振ってみせる。


真姫「ヨッツメシティには着いた?」

穂乃果「うん、もうすぐ着くよ」

91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:05:42.40 ID:ha7ZcpN9o
真姫「そう、良かった。ところで穂乃果はオハラコーポレーションを知ってるかしら」

穂乃果「むむ、真姫ちゃん!私も流石にそこまでバカじゃないよ!トレーナー用グッズとかもほとんどがオハラ製じゃん」

真姫「フフ、流石に知ってたのね。そう、アキバ地方で流通してるモンスターボールも大半がオハラ製。
で、そのオハラなんだけど、数日後に新社長の就任パーティーが開かれるのよ」

穂乃果「へー」

真姫「興味なさそうね…新聞とか読んでる?」

穂乃果「いやあ、あはは…」

真姫「はぁ…その新社長って私たちと変わらないぐらいの年の子なのよ。穂乃果も少しはニュースに興味を持ちなさい」

穂乃果「まあ、うん、それなりにね!」

真姫「……ま、いいわ。そのパーティー、あなたが出席できるように手配しておいたから」

穂乃果「へ?パーティーに出席…」


画面から目を離し、穂乃果は自分の身なりをくるくるとチェックする。
砂汚れた衣服、磨り減ったスニーカー、乾燥地帯でパサついた髪。
制汗剤で汗臭さを抑えているのはせめてもの女子らしさ、穂乃果なりの身だしなみだ。


穂乃果「……この格好でパーティーに!!?」

真姫「行かせるわけないでしょ…私の信頼に関わるじゃない」

穂乃果「さりげなくひどっ!」

真姫「親戚の店に話をしてあるわ。お金はいらないから、そこで衣服を揃えなさい」

穂乃果「おおっ、さすが真姫ちゃん!セレブリティ!」

真姫「髪もなんとかしなさいよね」

穂乃果「え、美容院代もくれるの!?」

真姫「それくらいは自分で出しなさい!」

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:06:13.14 ID:ha7ZcpN9o
真姫曰く…

オハラコーポレーションの新社長ともなればトレーナーにとって関わりの深い人物。
故に、パーティーには有力なトレーナーも数多く参加する予定らしい。あの四天王からも。
チャンピオンを目指す以上、顔を出しておいて損はない…と、そういう話。


穂乃果「なるほどぉ…ありがとう!真姫ちゃん!」

真姫「ヴェッ、別に…。海未にも同じ連絡を入れるわ。ことりには最初に掛けてみたけど、やっぱり出てくれなかった。…だけど、招待だけは文面で送っておいたから」

穂乃果「じゃあ、もしかしたら…」

真姫「ええ、また三人で会えるかもしれない。時間が合えば私もね」


……真姫との通話を終え、穂乃果は俄然、元気を取り戻している。
「よーし!」と一声、新たな一歩は力強く。

いざ、ヨッツメシティへ!

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:06:43.02 ID:ha7ZcpN9o
【現在の手持ち】


穂乃果
リザード♂ LV29
バタフリー♀ LV26
リングマ♀ LV30


海未
???


ことり
???

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:07:11.81 ID:ha7ZcpN9o
《オハラタワー》


202メートルの超高層、オハラタワーの屋上へ、けたたましいプロペラ音が近付いていく。
夜空を駆けるショッキングピンクの機体、オゥオゥオゥ…とアンニュイなBGMが聞こえてきそうな雰囲気。

やがてヘリポートへと着陸したその機体から、さも高級そうな白のワンピース、ラグジュアリー感に溢れる金髪の少女が姿を現した。

小原鞠莉。

彼女こそが数日後、世界的大企業オハラグループの、新たな経営者へと就任する少女なのだ。
出迎えの社員たちへとグラマラスな笑顔を浮かべ、帽子を片手にポケウッド女優めいたエモーショナルさで挨拶を。


鞠莉「アローラ~♪半年ブゥリですネ!」


タラップを降りかけ、ふと立ち止まる。
おや?とばかりに小首を傾げて少し考え、「oh!」と納得顔で片手を打った。


鞠莉「oops…半年のアローラバカンスで、すっかりキャラがブレブレね!改め…チャオ~♪」

「「「「お帰りなさいませ、鞠莉お嬢様」」」」

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:07:43.14 ID:ha7ZcpN9o
一糸乱れぬ統率。
オハラタワーの上層、居住スペースに勤める使用人らと社の重役たちが、まだ20歳にも満たない少女へ、次期社長へと頭を下げている。

親の威光…そう見られかねない状況だが、それは違う。
鞠莉は親から課された様々な課題を早々とクリアし、任された事業の一部門で莫大な利益を生み出してみせた。
幾度かの実績を積み、若き辣腕経営者として財界にまで広く知られた存在なのだ。

内心はともかく、彼女の社長就任に表立って異を唱えられる者はいない。

…と、SPたちが俄かに色めき立つ。

居並んだ出迎えの列の中心を堂々、見知らぬ人影が鞠莉へと歩み寄っていくではないか。
黒服たちが一斉に鞠莉の前に立ち塞がり、クロバットやルガルガンを繰り出して不審者の動きに備えている。

現れたのは短い前髪、小柄な体躯にロングコート。
エメラルドグリーンの眼差しに不敵を宿し、両手を広げたのは綺羅ツバサ!

96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:08:20.03 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「そう身構えないで。ビジネスの話をしましょう?次期社長さん」

鞠莉「umm…?あなたが誰かがまず気になるけれど、聞かせてもらいましょうか」

ツバサ「フフ、そう来なくっちゃ」


ツバサは手にしたアタッシュケースを開き、その中に収められた赤紫のアンプルを鞠莉に見せる。


ツバサ「洗脳薬『洗頭(アライズ)』。天下のオハラコーポレーションになら、話は回ってきてるでしょう?」

鞠莉「……オゥ、サプライズ。アローラにいても耳に入っていました。ダイイチシティの騒乱、あなたがあれを引き起こした一員の?」

ツバサ「ご明察。リーダーの綺羅ツバサよ」

鞠莉「………」


黙り、思考する鞠莉。
黒服たちが仕掛けようとするも、鞠莉は片手で彼らを制する。
この相手、迂闊に動けば人死にが出る。鞠莉はそれを理解しているのだ。

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:08:48.75 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「有能ね。有能な人間は大好きよ。敵でも味方でもね」


そう嘯くと聡明な鞠莉を楽しげに見つめ、綺羅ツバサはヘリポートをくるくると見回している。
眼下に広がるヨッツメシティ、その大夜景が気に入ったようで、「わぁ」と小さく感嘆を漏らしてパシャリと写真を一枚。

鞠莉へと顔を向ける。


ツバサ「それにしても…フフ、オハラコーポレーション。安心と信頼を謳う大企業も、その前身はイタリア系マフィアのオハラファミリー。異国の地で上手く化けたものね?」


重役の一人が血相を変え、「貴様、何故それを知っている!」とツバサへ掴みかかる。
しかしツバサはボールからポケモンを出す素振りすら見せず、男の顎を裏拳で叩いた。
スパンと小気味の良い音が鳴り、元ラグビー部の大柄な重役は糸が切れたようにその場へ崩れ落ちる。

場の全員が息を飲む。あまりにキレのある動き、これがチャイニーズマフィアの身のこなしかと。

98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:09:19.80 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「元マフィア…否定しません。でもそれはグランパの代まで。今のオハラは至極マットーな商売にしか興味ナッスィング!」

ツバサ「けれど、今でも裏の人脈に顔が利くでしょう。頭のいいアナタならもう話はわかってるわよね?
モノは相談、『洗頭』の流通と販売を担ってもらえないかしら」

鞠莉「論外ね。そんな醜悪な薬、聞くだけで反吐がリバース!」


即答。
鞠莉は親友のダイヤが住む街、ダイイチシティで悪事を働いたツバサたちを強く敵視している。
そして鞠莉もまたポケモンへの愛情深きトレーナー。
そんな非道な薬の存在を許せるはずもない!

交渉の破談に首をすくめ、ツバサはひらひらと片手を煽る。


ツバサ「そ。なら、死んでもらうわ」

鞠莉「……パードゥン?」

ツバサ「オハラが抑え役になってるせいでアキバ地方は悪党が大人しい。けれど、あなたを殺せば一時のカオスが生まれる。ビジネスチャンスは待つものじゃない。作るものよ」


恐るべき暴力理論。
叶わぬなら力で押し通す。それが綺羅ツバサの世界観。

鞠莉は小さく息を呑み、しかし一歩も退かずに返答を。


鞠莉「なるほど、理には叶っています。理解した上で、ダイヤ風に言うなら…片腹ペイン!
やると言うのならこのマリーと、オハラグループの精鋭SPたちが総力を挙げてお相手しマース!」

ツバサ「あら、今ここでやるとは言ってないわ。殺るなら大勢の注目が集まる時に。悪党なんだから派手に行かなくっちゃね」


そしてツバサは鞠莉を指差す。
手をピストル型に、眉間にぴったりと銃口を合わせて宣言を。


ツバサ「新社長就任パーティー、そこでアナタの命を奪うと予告するわ。フフ、それとも…パーティーを中止にでもしてみる?」

鞠莉「Can’t be.オハラは悪には屈しない。今ここで!あなたを捕らえればいいだけですもの!」

99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:09:52.19 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉のセリフは戦闘の許可。
SPたちがツバサの周囲を一斉に包囲する!

そして鞠莉も鞄に手を。
白波のあしらわれたダイブボールを握り、華麗な仕草で投げ放つ。
舞い散る水のエフェクトと共に現れるは優美なる水の音楽家。


鞠莉「カモンマイコォ!アシレーヌ!」


ソリストポケモン・アシレーヌが姿を現した!
その耽美な佇まいはかなりの高レベルを伺わせ、鞠莉は躊躇なくツバサを指し示す。


鞠莉「マイコォ!“うたかたのアリア”!」


鞠莉の指示に従い、アシレーヌは流麗にその声帯を震わせる。
美しい歌声は無数の泡沫球を生み出し、ツバサめがけて殺到していく。
ポケモンを出す間は与えない。
みずタイプの高威力技、人に当たれば軽い怪我では済まないはず!


━━━上空、飛来する影。


鞠莉「ホワァッツ!?」

ツバサ「逃走経路の確保なんて基本中の基本。それじゃあオハラ新社長、命日までさようなら」

鞠莉「…!oh…なんてスピードなの…」


社屋直上を“何か”が凄まじい速度で飛び抜けて行き、ツバサはそれから垂らされた縄ばしごに掴まって去っていった。
飛行機、機械の類ではない。何か巨大な…おそらくはポケモン。


チャイニーズマフィア『洗頭』
底知れない大敵からの殺害予告、寒気がするのは夜風のせいだけではないだろう。
小さく身震いをして…鞠莉は自らの肩を、両手でかき抱くのだった。

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:10:25.87 ID:ha7ZcpN9o
飛行する巨大ポケモンの背上、その主である英玲奈が登ってきたツバサを出迎える。


英玲奈「首尾よく、か?」

ツバサ「うん、首尾よく。お菓子とかある?」

英玲奈「ほら、食え」


手渡されたチョコスナックをポリポリと齧りながら、ツバサは楽しげに悪い笑顔を。


ツバサ「パーティー、決行するって」

英玲奈「だろうな。止めないんじゃない、止められないのさ。政財界のお偉方も数多く出席するパーティー、数日前にそう易々と中止にできるはずもない」

ツバサ「その通り。中止にするなら理由が必要。殺害予告されたのを公表しないといけなくて、その話を詰めていけばオハラがマフィアだった過去へと突き当たる」

英玲奈「だが小原としては、その部分だけ上手く隠せないものだろうか?」

ツバサ「無理ね。隠せたとしてもマスコミは甘くない。疑いを買えば執拗に調べ上げられるわ。事が事だもの、圧力を掛けて抑えられる内容でもない」

英玲奈「確かに。詰みだな」

ツバサ「そ、あの子はもう詰んでるのよ。オハラのお姫様はね…」


どさりと大の字に寝転び、全ては完全に他人事とばかり、面白げにもう一言。


ツバサ「がんじがらめのお姫様は、いつだって悪の犠牲になるモノよ。そうでしょう?」

英玲奈「ああ、違いない」

ツバサ「フフ…舞台の役者は多ければ多いほどいい。政治家やセレブ、ジムリーダーに四天王。さて、後は誰が来るかしら?」


雲間、月明かりが稚気と悪意の相貌を照らす。
描く彼女のイメージに、穂乃果たちの姿はまだいない。

101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:10:53.88 ID:ha7ZcpN9o



ヨッツメシティの中央通り、高級ブティックが立ち並ぶ歩行者天国。
多くの人が行き交う道にあるオープンカフェで、一人の女性がぐぐ…と伸びを。
くつろぐ彼女は優木あんじゅ、悪の組織『洗頭』の三幹部が一人だ。


あんじゅ「OLだって悪党だって、余暇のリフレッシュは必要よねぇ」


そう呟き、注文を運んできたウェイトレスへと上機嫌に会釈を一つ。

帽子からヒール、下着に至るまでを高級ブランドで武装。六万相当のサングラスを掛ければ姿はまるで芸能人。
髪の毛一本までが洗練されている…ように見えて、鞠莉のような本物のセレブに比べると若干ゴテついた印象を拭えない。

ツバサや英玲奈に言わせれば『エセセレブ』なのだが、少なくとも当人は組織のファッションリーダー、あるいはオシャレ番長を自認している。

芳香を漂わせるロズレイティーを口元へ運び、唇を湿らせる。
スイーツセットの注文はサヴァラン。ブリオッシュにシロップを染み込ませ、洋酒で浸した大人向けの焼き菓子だ。
表情は優雅、フォークを手に取り…
手の形はグー、逆手にフォークを握りしめてケーキを突き削る。
まるでエレガントさを欠いている。
親から正しい躾を受けたかどうかとは悲しいもので、食器の扱いに育った環境の貧相さが滲んでしまっている。

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:11:21.36 ID:ha7ZcpN9o
…ともかく、当の本人の気分はセレブ。もぐ…と咀嚼、満足げに溜息一つ。


あんじゅ「ん~流石、大都市のスイーツは質が違うわぁ。これこそ美味礼讃…なぁんちゃって」


一人でくすくすとやたらに楽しげ。オンオフをしっかりと切り替えるタイプなのだ。
腰掛けた椅子の脇には大量の袋。買い込んだブランド衣類の数々だ。
その姿を遠目にだけ見れば、大都市によくいるお上り系成金女子の一人に過ぎない。
服の趣味やテーブルマナーは悪くとも、顔立ちは美しくスタイルも抜群。例えるならば極彩の薔薇が如く。
行き交う男性たちは老若問わず、立ち止まっては彼女へと振り返る。
もっとも、あんじゅ自身は女子にしか興味がないのだが。

そんな休日の薔薇…しかし、その本性は肉食の女王蜂。
サングラスの奥に潜む眼光は粘性。通りを道行く少女たちを入念に物色していて、傍らの衣類は“お人形用”。


「感じる…堕天使の鼓動を」
「置いてくずらよ」
「ちょ、待ちなさいよぉ!」
「ルビィちゃんと会うの久々で楽しみずら~」


あんじゅ「ふふ…まずは二人。やっぱり都会には美味しいごちそうが豊富ねぇ?」

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:12:29.23 ID:ha7ZcpN9o
目星を付けて、すぐに手を出すわけではない。
『洗頭』直属の部下たちに後をつけさせ、対象の情報を入念に調べてから仕留める。
手際は鮮やか、辿れる痕跡は残さない。コレクションの中には警官の身内だっている。
三流犯罪者の衝動的なそれとはわけが違う。極上の獲物を得るためには相応の労力を掛けなければならない。これは崇高なハンティングゲーム。

故に…どんな相手であれ、彼女に目を付けられた時点でその人生は幕を閉じたも同然なのだ。


あんじゅ「あら?ふふっ…」


別で、もう一人。
新たな獲物へとあんじゅの目が映る。


千歌「はぁ~…おっきい街だぁ」

あんじゅ(口に出しちゃって、可愛いわね。いかにもな“おのぼりさん”?)


自分も片田舎の出なのを棚に上げ、あんじゅは下唇を舌先で濡らす。

観察…
童顔、目鼻立ちは愛らしい。プラス、あんじゅの審美眼はその印象に隠れがちなスタイルの良さを見逃さない。
ふんにゃりとした表情は無防備で、その顔を狂うほどの苦痛とヒューズの飛ぶような快楽で彩ってみたいと嗜虐を誘う。


あんじゅ(ああ…良いわ?これはコーディネートしてあげたくなるわねぇ)

あんじゅ(……?)


あんじゅはケーキをつつく手を止める。
張り付いていた薄笑みは失せ、彼女の感覚は野生へと身を移す。

“おのぼりさん”の隣にはもう一人、友人らしい少女が立っている。
灰色の髪。別の方向を見ていたはずのその少女が突如として、グルリとこちらへ目を向けたのだ。

こちらもまた上玉。
スポーティな雰囲気と快活な明るさで全身が構成された、それでいて少女らしいナチュラルな曲線美も併せ持っている。
あんじゅ好み、どんな服を着せても似合いそうな100点級の美少女だ。しかし…


あんじゅ「残念、あの子は一旦保留ねぇ…」

104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:13:05.26 ID:ha7ZcpN9o
目を逸らす。
灰髪の少女はこちらを見ている。
トレーナー同士、目が合ったらポケモンバトル?


あんじゅ(ないない。今日はオフだもの。戦闘用のポケモンは持ってないの)


灰髪の少女は、まだこちらを見ている。
視線で穴を穿つかのように、あんじゅの横顔をピタリと凝視してきている。
まるで悪意を鋭敏に感じ取ったかのように。
それを同じだけの、否、上回るほどの敵意で焼き尽くすように!

傍らの友人、みかん色の髪の少女の肩へと添えた手。
指先には強く力が込められていて、それは灰髪の少女の妄執を物語っているようで…


千歌「ん、曜ちゃん」

曜「………」

千歌「おーい、よーちゃーん。肩ぎゅって掴んだら痛いよー?」

曜「わわ!ごめんね!」


それでようやく、灰髪の…曜ちゃんと呼ばれた少女はこちらへの視線を切った。
あんじゅは終始、無視を決め込み。
“千歌ちゃん”が“曜ちゃん”を引っ張っていくことで、会敵は回避された。

彼女らの去り際、やれやれと背へ目を向けると…
もう一度、“曜ちゃん”はこちらへと視線を向けている。

ゆっくりと口が動き、その形からあんじゅは少女の意思を読む。


あんじゅ(て・を・だ・し・た・ら…“潰す”。ねぇ。あらあら…)

あんじゅ「ツバサ然り、たまぁにいるのよねぇ。ああいう危険人物って」


「怖い怖い」そう呟くと、温くなった紅茶を一息に飲み干した。
君子危うきに近寄らず。
悪に身を置き、暴力と闘争の中で磨かれた感覚は手を出すべきでない相手をはっきりと見抜く。
あんじゅは脳内、千歌をターゲットの一覧から外している。

だが運命は三人を再びの邂逅へ。
鮮血の激突へと導いていく。

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:13:39.36 ID:ha7ZcpN9o



千歌「あ、ポケモン勝負ですか?」

海未「ええ、よろしければいかがでしょうか。街中ですがここは公園、それなりの広さのある噴水広場。周りの迷惑にもならないかと思いまして」


真姫の誘いを受け、海未もまたヨッツメシティへと到着していた。
穂乃果やことりと会えるかもしれない嬉しさと一抹の不安。
それを紛らわせるためにと観光を兼ねての散歩の道中、ばったり出会った同世代の少女へと勝負の申し入れを!

みかん色の髪をした少女は乗り気のようで、「よーし!ちょっと待ってね…」と言いつつ、手にしていた旅行パンフレットをゴソゴソ鞄へしまい直して勝負の準備を。


海未(ふふ、受けてくださるようですね。楽しみです!)


…と、一声!


曜「おっと、っと!ちょ~っと待った!」

海未「…?」

106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:14:15.20 ID:ha7ZcpN9o
千歌「あれ、どしたの曜ちゃん」

曜「あはは、邪魔してごめんね?千歌ちゃん、多分だけど…この人すごく強いよ?」

千歌「へ、そうなの?確かに強そうだけど…」

曜「そうだなー、私の見立てでは…バッジ四つのトレーナーさんと見た!……合ってます?」

海未「…!驚きましたね。ええ、ちょうどバッジは四つです」


海未は思わず驚き、何かそれを窺わせる要素はあっただろうかと自分の外見を確かめる。
だが衣服は至って普通のトレーナースタイル。
相手から見えている情報は所持ボールが四つだという一点だけであり、それは決してトレーナーのレベルを図る指標とはならない。


海未「バッジは鞄の中にしまっていますし…はて」

曜「ふっふっ、曜ちゃん'sアイはカモメの目!航海士の予測みたいに、トレーナーの力量をバッチリ見抜くのであります!」

千歌「うーん、さっすが曜ちゃんだなあ」

海未「本当です。重ね重ね、驚きです」

曜「あはは、照れるなぁ。それで千歌ちゃん、どうする?」

107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:14:45.54 ID:ha7ZcpN9o
問われ、千歌は「むむむ…」と考え込む。
千歌もまたジム巡りの旅の道中。二つ目までは苦労して乗り切ったのだが、三つ目のバッジ取得に手間取り、別のジムリーダーへと相手を変えて打開を図ろうとこの街へ来たところなのだ。

それが相手の海未はバッジ四つ。
正直、勝ち目なさそうだなぁ…と、千歌の戦意が薄れていく。
勝てる見込みのない相手に挑めば負担を負うのはポケモンたちだし、と。

ボールに掛けていた手が下りる。それを見て、海未は「ふむ」と小さく唸る。


海未「やめておきますか?」

千歌「うん…ごめんなさい。今までも私のせいでポケモンたちにいっぱい痛い思いをさせちゃってるから」

海未「そうですか…残念です。ではどうです?そちらの方は」

曜「え、私?」

海未「はい。相当にお強いのではとお見受けしますが」


それは考えてなかった。
そんな表情を浮かべている彼女へ、千歌ちゃんと呼ばれた少女は頭の後ろで手を組み、にこにこと笑顔で後押しをする。


千歌「うんうん、やりなよ曜ちゃん!せっかく声をかけてくれた…えっと?」

海未「園田海未と申します」

千歌「海未さん!えへへ、私は高海千歌って言います。こっちは渡辺曜ちゃん」

曜「よろしく!ヨーソロー!歳近そうだし海未ちゃんって呼んでもいいかな?」

海未「ええ、どうぞお気軽に呼んでください」

千歌「あ、じゃあ私も!それで、海未ちゃんの誘いを断ったの申し訳ないし…海未ちゃんと曜ちゃんの戦いを見てみたいな!
曜ちゃんはバッジ五つだし、すごくいい勝負になるよ!」

海未(バッジ五つ!次のジム戦へ向けての調整としてはこの上ない相手ですね)


千歌に言われ、曜はまんざらでもない表情。
けれど小さく「うーん」と唸り、公園の時計へ目を向ける。

108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:15:16.14 ID:ha7ZcpN9o
曜「でも千歌ちゃん、いいの?見に行こうとしてた映画まであんまり時間ないけど」

千歌「うああっ!そうだったぁ!?」

海未「あの、無理にでなくても構いませんよ?」

曜「でもそうだな、私も海未ちゃんと戦ってみたさはある…
そうだ!フルに戦うと時間も掛かっちゃうし、お互い手持ちから二匹だけ使うってのはどうかな?」

海未「ええ、それなら時間も掛かりませんね。乗りましょう!」


「なんだなんだ、ポケモン勝負か」
「可愛い子たちじゃないか、どっちも頑張れよ!」

都会の公園には人通りが多い。
向き合う二人がボールに手を掛ければ、必然ギャラリーは集まってくる。
照れ屋な海未は旅立った頃はこれが恥ずかしくてたまらなかったが、二ヶ月も経てば視線にも慣れてくる。

「ねえ、あの黒髪の子ステキじゃない?」
「凛々しい!彼女にしてほし~い!」


海未(女子からの歓声が多いのは未だに納得が行きませんが…)

曜「それじゃ海未ちゃん、行くよ!」

海未「ええ!まずは先鋒、お願いします!キルリア!」

『リア!』

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:15:44.95 ID:ha7ZcpN9o
ボールから現れたのは少女のような外見、人間に近い容姿のエスパー・フェアリー複合タイプ、キルリアだ。
こう見えて性別は♂。
キリッと相手を見据える眼光はなかなか強気、ファイターの資質を秘めている。


海未(私の手持ちでは一番の新参。これまでは野生を相手にじっくり育成してきましたが、そろそろトレーナー戦の経験も積ませてあげましょう!)

曜「お、キルリアだ。まだ見たことないポケモンを見られるのは嬉しいな!それじゃあこっちも…ペリッパー!ヨーソロー!」

『ペルィッパ~』


ボフンと飛び出したのはみずどりポケモン・ペリッパー。
進化前のキャモメは幾度か遭遇したこともあり、海未にとってまるで知らないポケモンというわけではない。
半身を覆うほどに巨大化したクチバシ、ほんのりと間の抜けた顔立ち。
しかし全体の骨格が海未の知る同種よりもガッシリとしていて、目の前の個体はなかなかの高レベルだろうと窺い知れる。


ペリッパーの出現に合わせ、ふんだんに放出された水気が空に雨雲を作り出す。特性の“あめふらし”が発動したのだ。

110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:16:17.07 ID:ha7ZcpN9o
海未(ふむ、相性はお互いに等倍。ここは素直に…)

海未「キルリア!“ねんりき”ですっ!」

『きるるっ!』


キルリアが念じると同時、エスパータイプ特有の念波動が空間をぐにゃりと歪ませながらペリッパーへと迫っていく。

同時、曜もペリッパーへと指示を出している。


曜「ペリッパー、いつもの行くよっ。“そらをとぶ”!」

『ッパァ!』

海未「む、空へ…」

曜「だけじゃないよ、よっと!」

海未「ペリッパーの羽に掴まり…自らも上へ…!?」


キルリアのねんりきはペリッパーに当てられず、空中でその力は離散する。
海未とキルリアは揃って雨天を見上げ、高空でばさりばさりと羽ばたくペリッパーの姿を確認。
上昇後、水平飛行へと移行していて、その背中にすっくと立つ曜の姿が見える。


海未(目も眩むほどの高度でしょうに、怖くはないのでしょうか)


その時ふと、海未の耳は傘をさした観客たちの雑談を捉える。

「ん、あの子…渡辺曜じゃないか」
「知ってるの?」
「飛び込み競技のジュニア代表だよ。最近見なくなってたけど、トレーナーになってたんだな」

海未(なるほど…何か他の道にも長けているトレーナーとは総じて強いもの。ますます気を引き締めなくては)

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:16:48.37 ID:ha7ZcpN9o
思考する海未、戦いは次の手番へ。
飛ばれている以上、次撃のタイミングは向こうに合わせるしかない。


海未(ペリッパーは物理よりも特殊よりのポケモンだったはず。直接攻撃の“そらをとぶ”ならキルリアも一撃は耐えられる公算…)

海未「キルリア、もう一度“ねんりき”です。降下軌道に合わせてのカウンタータイミングを狙いましょう」

『リアっ』

曜(…海未ちゃんはきっちり理論までを理解したトレーナーに見える。だったらこそ、“そらをとぶ”の一撃じゃ仕留められない、きっとそう考えてるだろうな)


曜は空中、ペリッパーの上で両手を水平に広げている。


曜「でも違う。上空からの降下攻撃ってのはもっと強いものなんだ。トレーナーみんながそれを活かせてないだけ」


下方、キルリアのいる落下方向へゆっくりと背を向ける。


曜「落下中に細かい指示が出せないのが問題なんだよね。なら…一緒に飛べばいい。行くよー千歌ちゃん!」

千歌「がんばれよーちゃーん!」

海未「…?一体何をする気で…」

曜「ヨーソロー!前逆さ宙返り3回半抱え型!!!」

海未「なっ!跳んだ?!」

112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:17:22.15 ID:ha7ZcpN9o
ペリッパーの降下より一瞬早く、曜は遥か下方の地面へと向けて死のダイブを敢行している!
足を抱えて体を丸め、クルクルと回転しながら下へ!下へ!!

観客たちから悲鳴が上がる!海未も思わず焦りの声を!


海未「しっ、死んでしまいますよ!!?」

千歌「曜ちゃんは大丈夫だよ~」

海未「そうなのですか!?な、なら戦闘を継続ですね…!」


曜の落下をペリッパーの羽ばたきが追い抜いて行き、キルリアへと凄まじいスピードで落下してくる!
その速度は一般的な“そらをとぶ”に比べて遥かに速い!!


海未「あんな速度で降下したのではペリッパーの動体視力が追いついていないはず!キルリア、脇へずれて回避、直後に“ねんりき”です!」

曜「その目の役目をするのが私!ペリッパー!左に30°修正、そのまま突撃だ!!」

『リッッパ!!!』

『きるぅー!!?』

113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:17:57.80 ID:ha7ZcpN9o
海未「しまった!キルリア!」


ペリッパーの高速降下はキルリアの小柄な体を強かに打ち、そのまま気絶へと追い込んだ。
海未は悔やみながらすかさずキルリアをボールへ収め、労いの言葉を掛け、ペリッパーに遅れて落下してきていた曜へと目を向ける。

千歌は大丈夫だと言うが、あのまま落ちれば間違いなく死…


海未「あっ!」

曜「よーし!えらいよペリッパー!」

海未「ははあ、受け止めて…ドククラゲですか?」


曜は手持ちから一匹、青いフォルムのクラゲの頭に乗っている。
落下の途上、もうすぐで地面に直撃してしまうというタイミングで曜はボールの一つを地面に投げた。
繰り出されたのはドククラゲ。その柔らかな触手をウネウネと束ねて組み合わせてネット状にして頭の上に構える。
そこへ曜、全身を伸ばして抵抗を最小限に、水へとダイブするかのような飛び込みを!

無駄を極力排除した姿勢、触手による大幅な減速、ドククラゲの柔らかな体を最終クッションとして盤石の受け止め。
曜はまるで無傷、変わらずの笑顔でペリッパーを労った。

海未はあっけにとられ、戦闘中にも関わらず曜へと尋ねかけてしまう。


海未「あの、お怪我は…」

曜「うん、大丈夫!心配してくれてありがとう!…あ!このドククラゲはバトル用に出したんじゃないんだけど、いいかな?」

海未「ええ、心得ています。トレーナーの危機を回避するためであれば、戦闘中のポケモン以外の繰り出しもルール上で許可されていますからね」

曜「おおっ、流石。海未ちゃんはルールの条文の細かいとこまでしっかり熟知して…って、あれ!?」

『リ…パッ。』

曜「なんでペリッパーがやられて…あっ!」

『ポロロゥ……!』

海未「素晴らしい一撃でしたよ、ジュナイパー」

114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:18:33.08 ID:ha7ZcpN9o
千歌「すっ、すごいよ…!」


繰り広げられた一瞬の攻防に、千歌は目を皿のようにして見入っている。
ペリッパーの急降下攻撃と曜の命知らずな同伴指示、それはいつもの戦術で見慣れている。

(やっぱり曜ちゃんはすごいなあ)なんて思いながら見ていたのだが、もう一つの見所はその直後に待っていた。

キルリアがやられた直後、海未は素早くボールへと収める。
それとほとんど同瞬、次のボールからスナイパーめいた姿のフクロウ、やばねポケモンのジュナイパーを繰り出したのだ。

その入れ替えの速度はまるで達人の居合い。
落下直後の曜の視界がペリッパーから離れたほんのわずかな数秒を縫い、ジュナイパーの“かげぬい”がペリッパーを仕留めていた!


曜「そっかあ、あの何秒かのうちに…びっくりだなぁ」

海未「ビックリはこちらの台詞ですよ。凄まじい戦術ですね…」

千歌「こ、この二人…すごすぎだよ~」


「おいおい凄いぞ!?」
「なんだこの二人!」
「無料で見られるレベルの試合じゃないよ!」


その凄まじさを感じているのは千歌だけではない。
大都市で日夜繰り返される数々のポケモン勝負に目を肥やしたヨッツメシティの住民たちをも驚愕させるレベルの一戦!

115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:19:01.76 ID:ha7ZcpN9o
曜「それじゃドククラゲには一旦戻ってもらって、次のポケモンは…っと、っと?」

海未「おや、なにやら騒がしく…」


ピピピピピー!と笛の音、数人の警官がこちらへと向かってきているではないか。
戦闘に夢中で気づいていなかったが、ハイレベルな戦いにギャラリーの数がやたらに膨れ上がっている。
それは公園の利用を妨げるほどの人数になっていて、まるで著名なアーティストがゲリラライブを行ったかのような状況!

警官のガーディがワンワンと吠え散らし、ギャラリーを解散させていくのが見える。これは…


曜「うーん海未ちゃん、ここまでにしとかない?」

海未「ええ、同感です。別に捕まるわけではありませんが、事情聴取となれば面倒ですからね」

千歌「げ!映画始まっちゃう!」

曜「わっ本当だ!それじゃ海未ちゃん、ここはドローってことで!」

海未「ええ、楽しかったです。またお会いしましょう!」


群衆をかき分け、海未と二人はそれぞれの方向へと去っていく。
ギャラリーからはその背へと万雷の拍手が送られ、警官たちが少女らへ追いつかないように緩やかな妨害が行われている。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:19:30.20 ID:ha7ZcpN9o
海未「あ、ありがとうございます…ありがとうございます…え、サイン!?そういうのは、あの…これで良いでしょうか?」


海未は生来の礼儀正しさと生真面目さで、拍手に礼を述べつつ退場していく。
手渡されたペンで色紙へとやたらに達筆なサインを書き付け、我も我もとサイン希望が続出したところを必死に抜けて逃げていく。
雑踏を抜けて落ち着いたところで、海未は並走するジュナイパーの頭を優しく撫でた。


海未「頑張りましたね、ジュナイパー」

『ポロロ!』

海未「本当に…よしよし」


ジュナイパーはあのモクロー、ことりとの交換で譲り受けたモクローの最終進化。くさ・ゴーストの複合タイプポケモンだ。

交換で貰ったポケモンは環境の変化に適応するためにレベルアップが早まる。
海未の愛情を受けながらスクスクと育ち、中間進化のフクスローを経て、今や海未の手持ち、ダブルエースの一角として活躍を見せている。

そんなジュナイパーをボールへと収め、海未は今の一戦を脳内に振り返る。


海未(見られたのは二匹だけ、片方は姿しか見られませんでしたが、バッジ五つの実力は十二分に感じられました。
ペリッパーの雨を起点として展開していく、俗に言う雨パーティーかもしれませんね。
ただ、あの曜という方…型に嵌めて考えると痛い目を見るタイプのトレーナーでしたが)


千歌と曜、二人はとても仲の良い親友のようだった。
ただ海未は、そんな二人の関係にどこか歪さがあるのも感じ取っている。

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:19:58.79 ID:ha7ZcpN9o
海未(同い年くらいの友人だというのに、曜は千歌を庇護しようという意識が強すぎるような印象を受けました。その庇護が千歌の成長を妨げている…そんな印象も)


…と、ピシャリ。
自分の頬を叩いて思考を追い払う。
ちゃんと会話をしたわけでもないのに勘繰りと憶測、それは海未にとっての美徳ではない。

ただそれでも、脳裏に印象が残っている。
明るく朗らかで人当たりの良い曜。
しかし落下の最中、彼女の目は一切の恐怖を映していなかった。
それはひどく破滅的。明るく見える彼女の本質は、千歌以外にまるで関心を抱いていないような、自分の命にさえ無関心であるような…


海未「ああ、もう。一人旅というのは余計なことを考えてしまう癖がついていけませんね。穂乃果やことりが隣で騒がしくしてくれていれば…」


去来する寂しさに小さく嘆息を一つ。
自分だけではない、ジュナイパーもことりに会いたいだろう。
もう海未のことを主人として認め、懐いてくれているが、それでもあれだけ慕っていたことりが恋しい時もあるに違いない。
何より自分がことりと会いたくて、穂乃果と三人で笑いあいたくて…


海未(だから私は『洗頭』を許さない。必ずイーブイを取り戻してみせましょう。たとえ…この手を血に染めたとしても)


闇を刻み込まれたのはことりだけではない。
海未もまた手段を選ばぬ暗殺者との殺し合いに、心の箍を一つ外されてしまっている。

「必ず」と小さな呟き。
海未は踵を返し、キルリアの治療のためにポケモンセンターへと足を向けるのだった。

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:20:29.37 ID:ha7ZcpN9o
《ヨッツメシティジム》


穂乃果「バタフリー!“ぎんいろのかぜ”!」

『フリィィィイ!!!』

『ロォォット…!』


穂乃果が放った銀の鱗粉がくさ・ゴーストタイプのオーロットを襲い、動く樹木のようなその全身を包み込む。
その一撃は見事な威力を発揮し、ズズン…と音を立てて倒れ伏す。


「オーロット戦闘不能!」


公式戦を見届ける審判員が片手を高々と上げて宣言を。


「ジムリーダークニキダ、ポケモン残数0!よってこの勝負…挑戦者、高坂穂乃果の勝利!!」


穂乃果「よぉーし!やったねバタフリー!」

『フリッ♪』

「いやはや、お強い。お見事でございます」


バタフリーと舞うようにひらひら、全身で喜ぶ穂乃果へ、ジムリーダーを務めている住職の男性が穏やかな声を掛ける。
敗戦にも感情の乱れは皆無。ゆっくりと歩み寄り、徳の高そうな笑みを浮かべて穂乃果へとバッジを差し出した。


「これで、四つ目ですね」

穂乃果「えへへ、ありがとうございます!」グゥゥゥ…

穂乃果「……あっ」


激しいバトルにカロリーを消費、穂乃果のお腹は盛大に鳴いて空っぽを訴えている。
照れ笑いを浮かべる穂乃果に住職、クニキダ氏は笑って声を掛ける。


「よろしければ、夕食を食べて行かれませんか。もちろんお金などはいただきませんよ」

穂乃果「へ?いやあ、それはちょっと悪いです…あ、良い匂い…」

「はは、奥へお上がりなさい。まだ挑戦者の予定があるので私は参れませんが、娘に案内をさせましょう」


そう言い、手をポンと鳴らして奥へと声を掛ける。
すたすたと穏やかな足音、ジムリーダーの娘、おっとりとした表情の少女が姿を現した。


花丸「お客様ですか?こちらへどうぞ、マルがご案内するずら♪」

119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:20:57.86 ID:ha7ZcpN9o



花丸「ほわー、穂乃果さん、大変な旅をしてるんですねえ」

穂乃果「そうなんだよねえ。で、結局、幼馴染のことりちゃんがポケモンを奪われちゃって…」

花丸「あらいずって人たち、許せないずら…マルのツボツボが連れて行かれちゃったらと思うと…」

穂乃果「花丸ちゃんもやっぱりトレーナーなんだね。さすがジムリーダーの娘!」

花丸「あ、マルは全然!戦わせたりはほとんどしてなくて、ツボツボだけずーっとお友達として一緒にいるんです」

穂乃果「そうなんだ?トレーナーになれば強そうな気が…なんとなくだけど」

花丸「ううん、マルはどん臭いから…あ、ここが居間です」


そう言って花丸が引き戸を開けると、ぐでぇ…っと寝そべった少女が不満げな顔を持ち上げた。
頬を膨らませ気味、ふてくされた声で「おそい!」と一声。


「どんだけ待たせるつもりなのよぉ!人の家で一人で待たされる時間って結構気まず………知らない人がいるう!!?」

穂乃果「あはは、どうも~」

花丸「この子は善子ちゃん、マルの幼馴染のお友達です。そういえば善子ちゃん、人見知りだったね?」

善子「善子じゃなくてヨハネ!じゃなくって、お、お客さん?なら私は帰るから…嗚呼、ゲヘナからの呼び声が…」

花丸「うちに泊まってるのにどこへ帰るずら?」

善子「そうだったぁ!?ピィンチ!!!」

穂乃果「賑やかな子だなぁ」

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:21:26.08 ID:ha7ZcpN9o
パニック状態の善子を花丸が落ち着かせ、自己紹介を済ませてちゃぶ台をぐるりと囲む。
慌てていた善子だが、穂乃果が屈託のない絡みやすい性格だと認識したところで動揺は収まった。
それでもまだ、すうっと通った鼻筋の先にまだ視線を泳がせているあたりに人見知りがよく表れている。

(ちょっとタイプは違うけど、子供の頃の海未ちゃんもあんなとこあったなぁ)とほんのりノスタルジー。

さておき、国木田花丸と津島善子、二人は揃って穂乃果より一つ歳下。
聞けば、共にジムリーダーの娘らしい。

善子はロクノシティで母親がジムリーダーをしている。
その母がオハラタワーでの式典に参加するので、くっついてこの街へ遊びに来たというわけだ。


善子「へえ、バッジ四つ持ち…」

花丸「さっきうちのお父さんを倒したところなんだって。強いトレーナーさんって憧れるずら~」

穂乃果「いやそんなぁ、照れるなぁ…善子ちゃんはポケモンは?」

善子「私もずら丸と一緒、バトルとかはさせない派。ヤミカラスを一匹だけ」

穂乃果「そっかぁ、ジムリーダーの家族ってバリバリなのかと思ってたよ」

善子「それよ、その期待が苦手なの。プレッシャー掛けられちゃたまらないし、ポケモンとは気楽に付き合えればそれで…」

花丸「うーん、マルも同じ感じかなぁ。お父さんもお母さんも優しいけど、なんとなーく勝手に重圧を感じちゃうなぁ…って」

穂乃果「なるほどー…」


親が達人というのも大変なんだなぁと、そしてそれを真正面から背負っている海未ちゃんは凄いんだなぁと、穂乃果の中でライバルの評価が上がる。
煮付けや焼き魚、優しい味付けの和食をたっぷりと堪能し、穂乃果はタタミの上にごろりと伸びを。


穂乃果「いやーお腹いっぱい!雪穂お茶…って、実家じゃなかった…えへへ」

花丸「ふふふ、そんなにくつろいでもらえるとマルも嬉しいです」

善子「なんかこう、年上感のない人ね…緊張して損した」


やがて話題は自然と、オハラタワーで行われる式典の事へと移っていく。

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:21:54.58 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「へー!じゃあ花丸ちゃんと善子ちゃんもオハラのパーティーに参加するんだね!」

花丸「はい、ジムリーダーの家族も出席できるんです。立食パーティーで美味しいご馳走とかもあるみたいだから、マルもお父さんについていって、ご相伴に預ろうかなぁって」

善子「ずら丸は食い意地張りすぎ。太るわよ」

花丸「ずらぁ!」

穂乃果「うっ、私も食べ過ぎそうだなぁ…でも滅多にない機会だし、どうせなら胃袋の限界に挑戦して…!」

花丸「ですよね!どんなご馳走があるのかなぁ…!」

穂乃果「うーん、楽しみ…!」

善子「同類か…」


善子はきのみを細切りにして干したものを指でぶら下げ、ヤミカラスへと食事を与えている。
トレーナーたちが食事をしたなら、もちろんポケモンたちにも食べさせてあげなくては。

ヨッツメシティジムの裏手は大きな寺。庭では穂乃果のポケモンたちも食事をしている。
リザード、バタフリー、リングマの三匹はきのみやフードをパクつきながら、見慣れない枯山水に興味津々だ。


穂乃果「そこ入って模様崩したらダメだからねー」

『リザッ』

花丸「とってもいい子たち。穂乃果さんの人柄が窺えるずら~」

善子「やっぱ旅してきてるポケモンって強そう。ヨハネの眷属…この子にも、ちょっとはトレーニングさせた方がいいのかしら。堕天使ヨハネが命ず…飛翔せよっ!」


善子は持っていた干しきのみ、ついばまれて短くなった根元の部分をひょいと投げ上げる。
ヤミカラスはパタパタと小さく飛んで、クチバシの中へきのみを収めて満足げに『カァ』と鳴いた。

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:22:22.70 ID:ha7ZcpN9o
善子「ナァーイス・キャッチ!」

花丸「それはトレーニングじゃなくて芸ずら」


やんわりとツッコミを入れながら、花丸はツボツボの殻を撫でている。
にょろりと出た口元へと手を差し伸べ、乾燥フードを与えている。


花丸「マルはゆったりできればそれでいいなぁ。ね、ツボツボ」

『つぼぼ』

穂乃果「うーん、花丸ちゃんとツボツボを見てるとのんびりする…
それにしても、パーティーって知らない大人ばっかりだと思って緊張してたから二人も参加するなら安心だな」

花丸「えへへ、おんなじです。お父さんたちは多分色々な人との挨拶で忙しいだろうし、穂乃果さんもいるなら心強いずら。ルビィちゃんとも会えるし」


食事中の会話に、穂乃果と花丸、善子は、黒澤ルビィが共通の知り合いであることを認識している。
穂乃果もダイイチシティでの一週間ほどの入院生活とその後の数日にルビィと友達になっていて、可愛らしく妹気質の少女にまた会えるのが楽しみだ。


穂乃果「うんうん、なんだか乗り気になってきたよ。よーし花丸ちゃん!パーティーの日はどっちがたくさん食べられるか勝負だよっ!」

花丸「望むところずら!」

穂乃果「ご飯も麺もお肉もスイーツも!全部制覇しちゃうぞ!」

花丸「お~!」

善子(穂乃果さんとずら丸…この二人、一緒にいさせちゃ駄目なタイプね)


半眼、呆れた様子でツボツボをちょいちょいと突きながら、善子は庭越しにオハラタワーを見上げる。
(ま、楽しみは楽しみだけど!)と。

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:22:51.07 ID:ha7ZcpN9o



宵の時刻、街明かりは煌々と灯ったままに空を照らしている。
眠らない大都市ヨッツメシティ、昼夜を問わず、その輝きが途絶えることはない。

その中心であるオハラタワー、最上階には社長である鞠莉の居室がある。
本来なら両親と住むべき広さの部屋なのだが、世界各地に支社を持つオハラグループは多忙に多忙を重ねている。
父も母も仕事のために世界中を忙しく飛び回っていて、今は鞠莉が一人で暮らしている状態なのだ。

もちろん、使用人や社員は呼べば30秒ほどで飛んで来る。
食事は朝昼夜と最高級のものが用意されるし、掃除洗濯は頼まずとも全て済まされている。
日中は多忙で寂しさを感じる暇などない。
それでも、静かな夜更けに寄り添ってくれる人間は誰もいない。
重責を課された少女の背中はぽつんと、ひどく寂しげだ。


鞠莉「……oh、残念…。ううん、気にしないで。大変な時だものね」


窓の外を眺めながら、電話機を片手に通話をしている。


鞠莉「……ホワイ?元気がない?んーん、ダイヤは心配性すぎ!マリーはいつだって元気一杯よ♪」

124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:23:19.59 ID:ha7ZcpN9o
話相手は親友のダイヤ。
通話して曰く、先日の『洗頭』絡みの一件で警察の諸々の調査に連日協力をしているらしい。

その上で、ジムリーダーとして挑戦を受ける責務もきっちり果たしているのだから鞠莉に劣らぬ多忙ぶりだ。
さすがにリーグの許可を取り、一時的に事前予約制にはなっているらしいが。

ともかくそういう事情で、ダイヤは式典に出席できないと謝罪の連絡を入れてきていたのだ。


鞠莉「んもう!申し訳申し訳~ってしつこいよ!謝罪はノーセンキュー!
私たちそんな仲でもないでしょう?落ち着いたらこっちから遊びに行くから♪それじゃ、チャオ~♪」


受話器を置き、浅く溜息。
艶のあるルームワンピース姿、傍らで心配げに見上げてくるチラチーノのふかふかとした毛を指で透かし、その指は恐怖に震えている。


鞠莉(会社全体の決定で、私がされた脅迫は外部には徹底して隠すことになった。
オハラコーポレーション全体の命と、私一人の命…天秤にかければ当然、前者が大事)

鞠莉(sorry、ダイヤ。あなただけにはと思って電話したのに、結局言えなかった。知ればダイヤはきっと必死に動いてくれる。
だけど必死になればなるほど、情報が漏れてしまう隙は大きくなる…)

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:23:46.53 ID:ha7ZcpN9o
もちろん、当日は大企業オハラコーポレーションの総力を結集した警備体制が敷かれる。
警備部隊へ下される指示は捕縛ではない。『洗頭』の構成員を発見次第、殺害。

地上は正面エントランス、裏口共に完全防備が敷かれ、空の警備も盤石の体制。
周辺建造物の6ポイントに狙撃班が待機、綺羅ツバサらしき人物を発見、当人であると確認でき次第の発砲が予め許可される。

プラス、地下を破ってくる可能性も当然ながら考慮している。
手持ちの一体がガブリアスだというのだから、高速潜行して床を破って現れる可能性も大いにあり得る。
ので、地下には超出力のサイコバリアが張られている。

それは“とあるエスパータイプポケモン”が生むサイコ力場を防壁へと転用した代物だ。
強力すぎて地上ではおいそれと使えないが、地下なら問題はなし。

たとえガブリアスが耐えて突破したとしても、生身のツバサが突入して生きていられるような出力では断じてない。
トレーナーさえ倒してしまえば、ガブリアスが暴れたとしても御せないことはないのだ。
客やスタッフに多少の犠牲が出たとして、最も硬く警護されている鞠莉へと辿り着くことはできないだろう。

実のところ、オハラコーポレーションの重役たちが警察と関わるのを嫌うのはこの、“とあるエスパータイプポケモン”が原因でもある。

126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:24:14.97 ID:ha7ZcpN9o
天高く聳える巨大なオハラタワーは、地下にもその根を伸ばしている。

その大半は外部の監査が入ったとしても問題のない場所なのだが、見せるわけにはいかない箇所もある。極秘の地下研究棟だ。

そこでは社外秘、それどころか一部の専属チームと役員以上にしか存在の知らされていない研究が行われている。
悪徳めいた目的の研究かと問われれば決してそうではないのだが、それでも内容が漏れれば世間からの批判が殺到しかねない代物だ。

鞠莉の暗殺計画を話せば事態がどう転ぶかわからない。
研究の内容が露見する可能性もあり、故に役員会議は暗殺計画の秘匿を決定した…という経緯。

……鞠莉は不安を感じている。確信めいた死の予感に恐怖している。
綺羅ツバサは甘くない。有象無象の警備がどれだけ役に立つものか。


鞠莉「………果南…」


もう一人の親友…松浦果南の顔を思い浮かべ、そばにいて欲しいと願う。
しかし、それは叶わぬ願い。
彼女もまた大切な用事で他の地方へと出向いていて、戻るのはいつになるかわからない。

今の鞠莉に、頼れる人間はいないのだ。

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:24:42.11 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「おおお…!おおおお……!」


思わず漏れる感嘆、それも二度。
穂乃果が感動のあまり声を上げているのは、目の前にずらりと並べられた豪華な食事の数々を目にしたため。

そう、穂乃果は今、オハラタワーのパーティー会場にいる!

寿司にステーキ、パスタにブルスケッタ。ミートローフは肉汁たっぷりで、デパ地下サラダをもっと豪華にしたような何か。
飾り切りされたフルーツが無駄にたくさん並べられて彩りを添え、なにやらエビっぽいのは多分ロブスター。
あとは穂乃果の語彙と知識ではよくわからないものが色々と!

パエリアではなく“パエージャ”と表記されているところに妙なセレブリティを感じ、穂乃果はもう一度「ほおお…」と感心を。
その横ではリザードが穂乃果と同じ表情、『ザァァド…』と感心の真似を。

ポケモン関連企業のパーティーだけあって、会場内ではポケモンを一匹だけボール外へ出すことが許されている。
バタフリーは鱗粉が食事にかかって迷惑になる。リングマは大柄なので通行の邪魔…というわけで相棒、リザードを随伴させている。

128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:25:19.60 ID:ha7ZcpN9o
すぐそばで客へとローストビーフを切り分けているシェフが、そんな穂乃果たちへと微笑ましげに頬を緩めている。
視線に気付き、匂いにつられて穂乃果はふらふらと寄っていく。


穂乃果「うわあ、ローストビーフだ!」

『リザァ!』

「お取り分けしましょうか?」

穂乃果「いいの!?えへへ、ちょっと多めにお願いします…」


こんもりと盛られたローフトビーフの皿を片手、モフモフと頬張り満面の笑顔。
少し低めの位置に皿を持ってあげていて、リザードも爪で器用にフォークを扱って自分の口へと運んでいる。笑顔。美味しいようだ。

音楽はクラシックが生演奏されている。
それは穂乃果が知らない曲で、けれど素敵なメロディをしていて、きっとベタでない、それでいて洒落と気の利いた選曲なのだろうなと穂乃果は10秒耳を傾ける。


穂乃果「さ、食べよ食べよ。時間は有限!」

『リザァド!』


そんな調子で花より団子。
次は何を食べようかな、やっぱりお寿司かなー…と、煌びやかなロール寿司を目にして立ち止まる。
客の前でくるくると巻いて仕上げていく様子を目に、もう一度「おおおー!」と歓声を上げてパチパチと拍手。
最高のオーディエンスだ。寿司職人の口元がほんの少し綻んでいて、穂乃果たちの反応に喜んでいるのがわかる。

…と、背後から聞きなれた声。


真姫「ちょっと!料理の前でほおほお言ってないでよ!」

穂乃果「わわ、真姫ちゃん!久しぶりー!」

真姫「ヴェェェ!?抱きつかないで!ちょ、穂乃果!恥ずかし…」

穂乃果「会いたかったよ!すっごくすっごく会いたかった!真姫ちゃん!」

真姫「ヴェ…別に、私だって会いたくなかったわけじゃないけど…」


叱りつけていたはずがすぐにチョロっと誤魔化される。
相変わらずの真姫に穂乃果はニコニコと笑みを浮かべ…
一変!穂乃果が唐突に声を上げる!

129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:25:48.15 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「あっ!!」

真姫「なっ、何!?」

穂乃果「そのグラスの赤いの…真姫ちゃんいけないんだ!未成年なのにお酒なんて飲んでる!」

真姫「これ?ただのガスパチョよ」

穂乃果「ガス、パ…?」

真姫「トマトの冷製スープ」

穂乃果「ははぁ…」


知識レベルの差はともかく、再会を喜んだ二人は並んで会場を歩く。
真姫の横には上質な毛並みのレパルダスが付き従っている。
豹のしなやかさでしゃなりと控え、しつけの行き届いた佇まいと気位の高い表情はどこか真姫と似ているかもしれない。

そんな真姫は横目に穂乃果の服装を見つめ、ふっと表情を柔らかくする。


真姫「それにしても、馬子にも衣装ね」

穂乃果「ん、孫?」

真姫「いい服を着ると穂乃果でもそれなりに見えるってことよ」

穂乃果「あはは、よくわかんなかったから真姫ちゃんの親戚のお姉さんに全部コーディネートしてもらっちゃった」


穂乃果らしいオレンジ系、上品に淡めのドレス姿でくるり。一回転してスカートを膨らませてみせ、ふんわりと笑顔。
真姫は軽く笑みを返してグラスを飲み干し、ウェイターへと器を渡してから一言。


真姫「そんなに目立たないからいいけど、胸元にソースのシミができてるわよ」

穂乃果「あれ?本当だ。ローストビーフかなぁ、ごめんごめん…」

真姫「ちなみにそれ、全部で100万以上するから」

穂乃果「ひゃっ………!!!!」

真姫「服もだけど、ジュエリーがちょっと高いのよ」

穂乃果「……!………!」

真姫「一応無くなさいようにしなさいよ。まあ、別にいいけど」

穂乃果「……!?……別にいいって!ええ!?」


言葉を失った状況からようやく持ち直し、超高額な宝石を「別に」で済ませる西木野家の財力に愕然。
すっと…横から『リザ。』と爪。
リザードは穂乃果がやたらと気にし始めた宝石が気になるようで、爪でそれを触ろうとして来ている。

穂乃果は悲鳴!!!

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:26:16.55 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「ぎゃあああ!!リザード!それはない!!」

『ザアッ?!』

真姫「何してるのよ…」


未だに落ち着かない穂乃果、この手の式典に慣れきった様子の真姫。
さっきまではパーティーの内容なんて関係なしに食事を食べまくってばかりだったが、いざ立場のある真姫と並んで歩くと大切なパーティーなのだなとそれなりに実感が湧いてくる。
若き博士である真姫へ、挨拶をしようとひっきりなしに人々が寄ってくるのだ。

真姫が挨拶を交わしている間、穂乃果は暇。
所在なくクルクルと見回してみれば、記者やテレビ局の取材もたくさん入っているのが目に止まる。
中にはワイドショーでよく見かけるレポーターの姿もあって、「へえ~」と穂乃果はまた感嘆。


真姫「穂乃果、行くわよ」

穂乃果「あ、うん!」


真姫は挨拶してくる大人へ真姫なりの愛想で返しながら、穂乃果は数々のグルメをハイペースで胃へと詰め込みながら。
歩く二人は、ずっと視線をキョロキョロと泳がせている。
その目的は共通、会場のどこかにいる海未と、もしかすると来ているかもしれないことりを探しているのだ。

131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:26:43.67 ID:ha7ZcpN9o
真姫「あ!海未がいたわ!」

穂乃果「え、どこ……あっ本当だ!!お~い!!!海未ちゃあああああん!!!」

海未「…?あっ、穂乃果!真姫!」

穂乃果「う、み、ちゃああああん!!!久しぶりっ!!!」

海未「おっと!もう、穂乃果…人も多いのですから、飛びついてきたら危ないですよ?」

真姫「そこまで嬉しそうな顔をしておいて、よく言うわ」


ずっと会いたかった幼馴染、再会は二ヶ月ぶり。その喜びはお互いにひとしおだ!
穂乃果に頬ずりをされて、海未の叱責にもまるでキレがない。
それを微笑で見守る真姫とも海未は再会の挨拶を交わし…穂乃果の皿を見て眉をひそめる。


海未「………穂乃果、食べ過ぎではありませんか?やたらにこんもりと盛り付けて…」

穂乃果「はっ、海未ちゃんにこの皿を見せちゃまずいのを忘れてた…で、でも!毎日ずぅぅぅっと歩いてるから体重減ったし!」

海未「ふふ、冗談ですよ。顔を見れば頑張っているのだとわかります」

穂乃果「えへへ、海未ちゃんこそ」

海未「……」

穂乃果「……」

真姫「……。ことり、見当たらないわね」

132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:27:13.17 ID:ha7ZcpN9o
三人の間に沈黙が漂う。
最も心優しい愛すべき幼馴染は、一体どこへ姿を消してしまったのだろう。
再会の喜びも、結果として消沈の呼び水になってしまう。
そんな人間たちの悲喜を知ってか知らずか、リザードとゲコガシラは互いを眺めて成長を確かめ合っている。

そんな姿を目に、真姫は静かに想いを馳せる。


真姫(ことり…最初の三匹では、あなたのモクローが一番早く最終進化に辿り着いたのよ。さっさと出てきて、褒めてあげなさいよ…)


そんな折、人の波を掻き分けるようにしてあどけない三人組が駆け寄ってくるのが見える。


花丸「あ、穂乃果さんいたずら!」

ルビィ「本当だ!穂乃果さぁーん!」

善子「集結…これはルシフェルの導き」

穂乃果「ルビィちゃん久しぶり!花丸ちゃんと善子ちゃんも会えてよかったー!」


初対面の海未と花丸と善子と、それぞれ初対面同士の紹介を仲介していると、反対側からも呼び声。
ほ「おーい!」とほんわか、千歌と曜が歩いてくる。
その横には見知らぬ少女がもう一人。

133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:27:46.97 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「千歌ちゃん!久しぶりー!」

海未「ふふ、また会いましたね。…と、穂乃果と千歌たちも知り合いでしたか」

穂乃果「うんうん、前に一回バトルしてて…あ、あなたとちゃんと会うのは初めてだよね!」

曜「そうだね、前にちらっと見かけたっけ。渡辺曜です!よろしくヨーソロー!」


一通り挨拶を交わし、そして穂乃果はもう一人の少女へと目を向ける。
どこかで見たことがあるような?


穂乃果「うーん…?」

海未「おや、そちらの方はもしかして…」

千歌「あ、紹介するね。この子は桜内梨子ちゃん!」

梨子「えっと、初めまして…」


照れ屋なのだろうか、小豆色の髪をした大人しそうな少女は品良く笑って挨拶をしたが、ぎこちなさが少しある。
けれど気遣いの見える笑みには人柄の良さは現れていて、穂乃果はすぐに彼女へと好感を抱いた。

ただ、疑問が消えない。どこで見たんだっけ?

134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:28:16.38 ID:ha7ZcpN9o
…と、千歌。


千歌「もしかしたら知ってるかもだけど、なんと………梨子ちゃんはアキバリーグ!四天王の一人なのだ!!」

穂乃果「へえー、四天王………あああっ!!!見たことあると思ったら!!!?」

梨子「あはは、一応…四天王をやらせてもらってます。よろしくね」


ひたすらびっくりしている穂乃果、海未はその実力を図ろうとつぶさに観察を。
真姫は既知のようで軽く挨拶を交わしていて、花丸たち三人はいきなり湧いて出た最上級のトレーナーに「ははあ…」と目を見張っている。

その時、会場の電気が薄っすらと暗くなり始める。


真姫「新社長のお出ましみたいね」

穂乃果「うーん、堅い話が始まるのかな?」

真姫「いや、あの子はそういうタイプじゃ…」


強烈なスポットライトが壇上を照らし出す!!!


鞠莉「レッディ~ス&ジェントルメン!チャオ~!!オハラコーポレーション新社長!小原鞠莉デェス!気軽に、マリー♪って呼んでね!」

穂乃果「うわ、派手だぁ」

海未「ははあ、真似できませんね…」


盛大に華々しく、鞠莉の挨拶が始まった。
口をぽかんと開けて目を奪われる穂乃果たち。

その知らぬところで、事態は動き始めている。

135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:28:46.64 ID:ha7ZcpN9o



「大通り、封鎖完了」
「番犬ポケモン部隊、展開完了」
「対ガブリアス用、氷ポケモン部隊配置完了」
「銃火器、発砲用意よし」


淡々、着々と。
オハラタワーの外では武装を固めた警備部隊が、『洗頭』が現れるのを今かと待ち構えている。

道行く人々はその物々しさに一瞬ギョッとした目を向けるが、オハラへの信頼がそれ以上の詮索へと思考を傾けさせない。
「オハラさんのすることなら心配ないわね」と呟く老女、彼女の言葉は住民たちの総意と言えるだろう。

そこから離れて数キロ。
五感の鋭いポケモンたちの捜索をギリギリ逃れる距離を見極め、『洗頭』幹部の三人は様子を伺っている。
鞠莉の挨拶の様子が中継されているのを小型テレビで確認し、英玲奈が短く声を発する。



136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:29:15.02 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「始まったようだ」

ツバサ「へえ、見せて見せて、っと…なかなか派手ねー!オハラのお姫様は」

あんじゅ「ツバサ、嬉しそうね?」

ツバサ「まあね。ああいう子って結構好きなのよ。自分の立場と求められてる役割をよく理解してる。すっごく好感持てるわね」

英玲奈「それを今から殺すのか。しかも私が」

ツバサ「フフ、お仕事お仕事。それに嫌いじゃないでしょ、ガッチガチの守りをこじ開けてターゲットに辿り着くスリル」

英玲奈「フフ…違いない。それを味わいたくてここに居るようなものだ」

ツバサ「派手が好きならお望み通り、ド派手に死なせてあげなきゃね?」

あんじゅ「もぉ…二人とも、野蛮なんだから」

ツバサ「よく言う。一番野蛮なクセに」


抗議の声を上げかけたあんじゅを遮り、ツバサはすっくと立ち上がる。
ビル影から歩み出し、まっすぐに警備部隊たちの視界へと自らを晒す。

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:29:45.62 ID:ha7ZcpN9o
ざわめく兵士たち。
あれは?
綺羅ツバサか?
本物の?
発砲距離まで引き付けろ、ボールに触れる動きに注意しろ、そんな声が聞こえてくるようだ。


ツバサ「悪手悪手。とりあえず撃てばいいのに。狙撃を優先したいのかしら?でも配置はとっくに把握済み。単純すぎてアクビが出るわね…」


射程外、安全圏ギリギリで立ち止まり、ツバサはすうっと手を掲げる。

ここが分水嶺、踏み越えれば狂乱の時間だ。
立ち止まる理由は?ない。さあ、ルビコンを渡れ。

パチン!と弾き鳴らす指、ツバサの背後に百人以上の白服集団が現れる。
白地に金のモチーフ、皆一様に同じ服装。
あんじゅがデザインした『洗頭』の団服だ。


あんじゅ「ねえ英玲奈、実働部隊のあの子たちを貸してよ」

英玲奈「ふむ…構わないが、使い潰すなよ。手塩に掛けて育てたんだ」

あんじゅ「はぁ~い♪」

ツバサ「さあ…パーティーの時間よ。衝撃的に行きましょう!!」


戦いの幕が上がる。

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:30:23.57 ID:ha7ZcpN9o



会場内。

鞠莉はアシレーヌの水泡やカクテルライトを織り交ぜ、スピーチというよりはショーと呼ぶべき挨拶を見事に終えた。
その中で自分のスタンスや会社の経営方針についてもそつなく触れていて、それは非の打ち所がない満点の就任挨拶!

穂乃果や千歌たちは圧倒されたまま拍手を送り、ぼんやりと熱に浮かされたまま会話を交わしている。
同年代の少女があんなにも立派に堂々と、新社長として自分のカラーを押し出した振る舞いを見せたことに衝撃を受けたのだ。


穂乃果「すごかったねえ…」

千歌「ほんとだね~」

海未「あれこそが若くして社長の座に着ける器、というものなのでしょうね」

曜「うーん。尊敬しちゃうな!」

善子「ねえリトルデーモン、ちょっとあの壇に上がってきなさいよ。度胸付くかも!」

ルビィ「ふえ、ルビィが!?むっ、無理だよぉ!」


そんな調子、受けた影響に和気藹々。
既知と初対面とで入り混じって思い思いに会話を交わしていると、突然穂乃果が大声を上げる。


穂乃果「あっ!?食事が片付けられ始めてる!!」

花丸「ずらあー!?」

真姫「しばらく時間が経ったから。軽いものとかはともかく、種類によっては片付けていくものもあるわよ」

ルビィ「あれぇ、ルビィまだあの辺の料理食べてないのに…」

花丸「マルも…」

善子「はぁ、さっと行って確保してきましょ。二人の皿、持ってあげるから」

穂乃果「私はそっち側は一通り食べたけど…ああっ!肉コーナーの片付けが始まってる!」

真姫「さっき食べてたじゃない」

穂乃果「いやいや、せっかくだし食い溜めしなきゃ…!ちょっと行ってきます!」


それぞれが慌てて散り、海未、真姫、それに千歌と曜、梨子が残された。
せっかくの機会だ、四天王に細かい技術論を訪ねてみようと海未は梨子へと顔を向ける。

…が、海未の感覚は会場内に広がり始めたざわつきを鋭敏に感じ取る。

139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:30:53.10 ID:ha7ZcpN9o
海未(様子がおかしい。動転したような声、これはどこから?…なるほど、警備の方の無線ですか)


耳を傾け…海未はすぐに、恐るべき事態が進行していることを理解する。
それは絶叫、それは悲鳴。

「防衛ラインが突破され…!」
「狙撃班がやられた!!なんだ、あの速い、白…ぐはっ!!?」
「炎が!デカブツが物凄い炎を…あああああ
あっ!!!!」
「浮き上がって…まずい!!あれはまずい!!!」


海未「これは…!一体何が起きているのです」

梨子「なんだか、様子がおかしいみたいね」

千歌「な、なんか雰囲気が…私、穂乃果ちゃんとルビィちゃんたちを呼んでくる!」

曜「あ、千歌ちゃん!待っ…」


めしゃり。
パーティー会場全体の足場が、一瞬深く沈み込むような感覚…


轟震!!!!

140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:31:22.98 ID:ha7ZcpN9o
「キャアアアア!!!!」
「なんだ、地震か!?」
「おい!どうなってるんだ!」


俄かに会場が喧騒に包まれ始める。
徐々に恐慌へと傾いていく会場、警備員たちが落ち着かせようとしているが、群衆の心を塞き止めるのは容易くない。


海未「……ッ!おそらく地震ではない、揺れたのはほんの一瞬。まるで何か、重い物が落とされたかのような…」

真姫「海未、あれを見て」

海未「黒服のSPたちが鞠莉の周囲に…しかしあれほど大勢がいつの間に?」

梨子「多分だけど、オハラの人たちは何かが起こるのを知っていたんじゃないかしら」

真姫「だとすれば…」



━━━爆音!!!



真姫が喋り始めた言葉を遮るように、入口の扉が吹き飛ばされてガラスの破片が舞う。

血まみれで倒れた黒服を踏み越え、ドカドカと荒々しく白服の集団が乗り込んできた。
その先陣には三人の女性。前髪の短い小柄な一人へ、酒気を帯びた気の短い政治家が食ってかかる。

141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:31:50.50 ID:ha7ZcpN9o
「貴様ら!この会場を一体どこだと…」

ツバサ「英玲奈」

英玲奈「ああ」パンッ

「……あ゛…」


躊躇も容赦もなく放たれた銃弾は、政治家の喉に穴を穿った。
ゴポリ、フゥヴ…。
血にくぐもった呼吸を二つ、政治家は前のめりに倒れ、それきり動かなくなった。


「ッッッ………!?キャアアアア!!!!」
「う、わあ…!」
「殺した!殺したぞ!!?」


ツバサ「総員、ポケモンを展開」


悲鳴が幾重にも重なる中、洗頭の構成員たちは各々にポケモンを展開する。
その大半はコラッタとズバット。掃いて捨てるほどに見かけるその二種も、床と宙を黒く見せるほど大量に展開されれば観客たちの恐怖を誘う。

それはツバサがことりに見せた、“使い捨てにできるポケモン”たち。
そしてただ草むらで捕まえただけの雑魚ではない。
タマゴの段階で性能を攻撃性に特化、バリエーションにズバットを加えた、ひたすらに突撃を敢行させるためだけの生体兵器。
『洗頭』の構成員たちが声を合わせ、一斉に命じるのは“でんこうせっか”。


ツバサ「もちろん、人間を狙って構わないわ?」


悲鳴と絶叫が会場を埋め尽くす!!

142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:32:19.23 ID:ha7ZcpN9o
海未「なんという真似を…!!」


海未たちの立ち位置は会場中央より奥、コラッタやズバットたちの攻撃はまだ届いていない。
ただ逃げ惑う人々の声で大方の状況は把握できていて、海未は義憤に駆られて真姫や曜、梨子へと声を掛ける。


海未「迎撃しましょう!人々を守らなくては!」

真姫「そうね、やるしかなさそう」

曜「千歌ちゃん!!千歌ちゃん!?ああっ人が多くて…!助けに行かなきゃ…助けに行かなきゃ…!!」

梨子「落ち着いて曜ちゃん、千歌ちゃんもちゃんと成長してる。自分の身は守れるはずよ。まずはあの人たちをどうにか…って、きゃあっ!?」


梨子の悲鳴は攻撃を受けたわけではない。
高価なスーツに袖を通した老人と、華やかに着飾った女性がすがるように抱きついて来たのだ。

143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:32:48.56 ID:ha7ZcpN9o
「あんた、四天王だろう!助けてくれ!助けて!」
「殺されちゃう!殺されちゃうわ!」
「四天王!?四天王がいるのか!」「桜内梨子だ!なんとかしてくれ!」
「西木野博士!博士もいるぞ!」「助けて!」「助けろ!!」


梨子「み、皆さん!落ち着いて…!私が戦いますから!戦い…押さないでっ、っ!手を掴まないで!ポケモンを、出せない…!」

真姫「ちょっと!!あなたたち離しなさいよ!死にたいの!?」

海未「こ、これは…この状況は…!」


オハラタワーのパーティー会場には、事前にい聞いていた通りに数多くのジムリーダーたち、四天王の梨子、有力なトレーナーたちが集められていた。
真っ当に戦えば易々と突破される陣容ではない。
だが集ったセレブたちは我先、「自分だけでも助けてくれ」とジムリーダーたちや四天王の梨子に殺到していく。
善子の母も花丸の父も、もみくちゃにされてポケモンを展開できない、スペースがない、そもそも腰のボールを自由に手に取れない!

まだ無名の海未だけが真姫と梨子から引き離され、雑踏の輪の外で愕然とその様を見つめている。


海未「まさか、初めからこれを予測して…!」

144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:33:19.54 ID:ha7ZcpN9o
入口付近、会場の様子を眺めながら、ツバサはこの光景こそ絵図通りと頬を笑ませている。


ツバサ「金持ちが悪人やヘタレばっかだなんて子供じみた見解を語るつもりはないけど、まあ自己保身に長けたタイプは多いわよね。それが集えばこうなるのは必然」


それでも全てのトレーナーを抑えられたわけではない。
知名度の低い実力者だっていれば、警備員やSPたちはまだ残っている。故に次の手を。


ツバサ「あんじゅ、撹乱」

あんじゅ「ふふっ…地獄を見せてあげる。おいでなさい、ビークイン」


不吉な羽音、繰り出したのは黄黒の女王蜂。
その容姿にどこか主であるあんじゅを彷彿とさせる高慢な悪意を秘めていて、そんなビークインへと指示を。


あんじゅ「さぁ…派手に行きましょう?“こうげきしれい”」


声に従い、ビークインは特殊な音波を周囲へ撒き散らす。
音は広範囲へと広がっていき…
突如!
会場へと大量の巨大蜂、数え切れないほどのスピアーが恐ろしげな羽音を立てて乱入して来たではないか!!

その全ては野生。
無数のスピアーたちはビークインの、あんじゅの指示に従い、両手と尻の大針でポケモンを、人々を刺し貫いていく!!

145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:33:48.71 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「うん、相変わらず凄まじい」

英玲奈「あんじゅのビークインは特殊だからな。小型の蜂を使役する通常のビークインとは違い、半径6キロ圏内にいる全てのスピアーを呼び寄せて使役する…」

ツバサ「有能すぎてビビるわね」

あんじゅ「ふふっ、でしょう?ボーナス弾んでね」

英玲奈「遊びグセさえなければな…」

あんじゅ「素直に褒めなさいよぉ」

ツバサ「いいじゃない、油断慢心全て上等。それでこそ悪の組織。って感じで!」


そしてツバサは満を辞して前へ。

倒れた人々とポケモンたちを一瞥もせずに踏み越えていく。
悲鳴と嗚咽は彼女への喝采。
綺羅ツバサは灰色のコートの両腕を広げ、パーティーホールの中心をゆっくりと歩いていく。
我が道を阻むものは何もなし。黒服SPのサンダースが放った“ミサイルばり”が髪を掠めても、顔色一つ変えることはない。
その姿はさながら、悪徳の翼を広げた怪魔めいていて。

146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:34:16.59 ID:ha7ZcpN9o
「くっ…!止まれ!止まれと言っている!サンダース!“10万ボル…!」

ツバサ「コジョンド、“とびひざげり”。…と、私も」

『ダァァスっ!!?』

「が、はっ!!」


いつの間にかコジョンドを繰り出していた。
指示を出すと同時、鋭く切り込んでSPの胸骨を自らの肘鉄で砕く。
レギュラーの一角であるコジョンドとの連携に一分の隙もなし、共にカンフーめいた動きでポケモンとトレーナーの両方を地に伏せた。

素手での一殺。しかし事もなげに服の埃を払い、部下の一人へと目敏く声を掛ける。


ツバサ「そこ、髪が乱れてる。気合い入れなさい。電通に頼んだって打てない一大プロモーションなんだから」


団員の髪をさっと手直し、ぱしっと背を叩く。
と、次は取材に入っていたテレビ局のカメラクルーを目にして歩み寄る。

147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:34:48.46 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「ねえ、このカメラ回ってる?うん、じゃあそのまま中継を続けて。切ったら殺すかも」


流れるように脅迫し、怯え上がった女子アナウンサーからフリップとペンを奪い取る。
少し考え、キュキュ、と文字を書き付けた。


ツバサ「今思いついたけど、組織を改名しましょう。うん、そうしよう。郷に入っては郷に従え…ってね。よし、できた」


【アライズ団!!!!】


ツバサの雑然とした、しかし異様に力強い文字がニュース中継を通じ、全国のお茶の間へと映し出される。
アライズ団と書かれたフリップをカメラへ押し付け、組織の存在を国家全体へと知らしめたのだ。
チャイニーズマフィアの暗躍が知れ渡ればパニックになる、そんな日本警察の慎重な判断と隠蔽をコケにする、派手と煽りに特化したパフォーマンス!!

そしてフリップを投げ捨てると、カメラへと酷く魅力的な笑顔を向けてみせる。
その笑顔は世に遍く悪を魅了し奮わせる、悪のカリスマ…

否、悪のアイドル!

148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:35:29.19 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「日本のみなさん?好。我々はチャイニーズマフィア、アライズ団。今日はこのクスリ、『洗頭』のPRをしに来ました」


アタッシュケースの中には赤紫の液体。そう、洗脳薬『洗頭』だ。
効果効能の説明は…必要ない。

カメラに映し出されているのは、アライズ団の団員たちがポケモンたちへ続々と『洗頭』を注射していく光景。
ことりがイーブイを奪われたあの時のフラッシュバック。
赤紫の液体が注入され、ポケモンの体が一度、ビクンと跳ねる。
やがて力なく倒れていたポケモンが起き上がり、団員の指示で躊躇なく本来の主人を傷付けていく光景!

あまりに衝撃的かつ冒涜的なその光景を茶の間へと届け、引きの画で役者めいて、画面向こうへと手を差し伸べる。


ツバサ「戦闘中に相手のポケモンを奪える、これがどれほど画期的なことか。
ポケモンバトルは根底から変容する。6vs6は7vs5へ、8vs4へ、やがて12vs0へと形勢を変える。求めなさい?我々は与える!!!」

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:35:57.80 ID:ha7ZcpN9o
《ダイイチシティ警察署》


ダイヤ「なんですの…これは…」

にこ「っ…!ふざけた…真似を…!!」


署のロビー、捜査に協力しているダイヤはにこと共にいる。
ツバサの姿を見たと情報を得て捕まえてみれば見事に影武者。撹乱されたことに嫌な予感を感じながら待合ロビーで喉を潤していたところでこの中継だ。

絶叫、獣哮、断末魔。
ポケモンが他人の指示に従い、絆で結ばれたはずの主人を傷付けていく。
それは誰もが信じていた前提の崩れ去る、阿鼻叫喚の地獄!


「なんで映してんだよ!!中継切れ!早く!!」
「無理です!切ったら現地が!」
「角度変えろ!死体映ってる!死体!」

「現在情報の確認を急いでいます。オハラタワー付近にお住いの皆様はどうか慌てることなく、警察の指示を…」


騒然とするテレビ局。
中継に裏方の音声が入ってしまっていて、それが却って恐慌ぶりをありありと伝えている。

そんな中でも男性アナウンサーはプロ意識を発揮し、視聴者をパニックへ陥れまいと努めて声のトーンを抑えている。
それでも青ざめた顔色、血の気の引いた様子は隠せていない。

150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:36:25.48 ID:ha7ZcpN9o
「これマジ…?」
「ツイッターも実況板も落ちてる…」
「やばいんじゃないの…」


ロビーでテレビを眺めている人々は唖然としていて、事の凄まじさに頭の回転が追いついていない。
にこはダイヤへ一声残し、ロビーの隅で慌てた様子で本部へと連絡を取っている。

ダイヤもまた思考が追いついていない。
理解が及ばないままに画面を見つめ続けていて、これはオハラタワー…鞠莉は…?

定まらない思考の中…
映し出された映像が、ダイヤに衝撃を走らせる。
画面の奥、見間違えるはずもない、よく目立つ赤髪のツインテール。
ダイヤが溺愛してやまない愛妹が、『アライズ団』の白服を着た二人組の少女に追われているのだ!


ダイヤ「ルビィ!!?」

151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:37:03.60 ID:ha7ZcpN9o
間違いない!見間違いではない!見間違えるはずもない!!
ダイヤは叫び、弾かれたように立ち上がる。

すぐに助けに…
いや無茶だ、ここからヨッツメシティまではどんなに急いでも三時間。
焦燥にもう一度画面を見れば、ルビィは階段の方向へと逃げ込んで駆け上がっていく。
その隣には二人、ダイヤもよく知る花丸と善子の友達コンビが一緒にいる。

三人で協力すればあるいは…


ダイヤ「無理ですわ…!あの二人もルビィと同じ、まるで戦闘には興味のないタイプ…」


ならどうすれば!あの修羅場の中でむざむざ妹が殺されてしまうのを待てと!?

ああ、どうして一緒に行ってあげなかったのか…!!

パニックに泣きたくなるのを堪え、何か打開策はないかと考える。
電話をかけて戦闘のアドバイスを?
駄目だ、もし今首尾よく隠れられていたとして、着信音が敵に居所を知らせてしまうかもしれない。

何か、何か助けは…!


ダイヤ「あ…!穂乃果さん…!穂乃果さんもあの会場に!?」


ダイヤの目は中継カメラ、そのギリギリ見切れるかどうかの位置に、穂乃果の姿を認めたのだ。
それも逃げ惑う観客たちとは違い、手持ちのポケモンを繰り出して勇敢に戦っている。数人の団員を見事に蹴散らしている。
ジム戦で手合わせをして知っている。穂乃果は間違いなく才覚溢れるトレーナー!

一縷の望みに賭け、ダイヤは祈るように電話帳から穂乃果の番号を選択する。


ダイヤ「お願いします…どうか、どうか繋がって…!」

152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:37:32.75 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「………うん……うん。大丈夫、迷惑なんて何一つないよ。心配しないで待ってて。ルビィちゃんは必ず助けるから!!」


断固と言い切り、電話をしまう。
通話相手は黒澤ダイヤ。姉の思い、微かな望みは繋がった。

安請け合いではない、ルビィ、花丸、善子は穂乃果の一つ下。
こう見えて存外に姉気質な穂乃果が、年下三人のピンチを聞いて黙っているはずもない!

今にも泣き崩れそうな声のダイヤを慰めた勢いのまま、力強く前を見る。
ルビィを助けるために越えなくてはならない障害は確とした悪意の形状、嘲笑として面前に立っている。


あんじゅ「くすくす…電話しながら指先でリザードへ指示だなんて。成長したものね?」

穂乃果「今、出す技は一つだから。コラッタもズバットもスピアーも集団、なら“はじけるほのお”を撃ち込む場所だけ教えてあげれば!」


リザードの技“はじけるほのお”は直撃後の拡散がその本領。周りへと盛大に火の粉を浴びせかけ、ダメージをばらまいてみせる。
普段の戦闘では示威程度のその拡散も、ルール無用でこれだけ展開してくるアライズ団が相手ならば効力はマシマシ、数匹に無視できない痛手を負わせて打ち払う。
その射出タイミングとポイントを、的確に指示してみせたのだ。

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:38:04.62 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ「素敵ねぇ…私のお人形さん?」

穂乃果「優木あんじゅ…」

あんじゅ「うん…?私、名乗ったかしら。ああ、あのちびっ子警察に聞いたのね」

穂乃果「ち、ちびっ子…」


国際警察のエリートであるにこをちびっ子呼ばわり、確かに童顔ではあるのだが。
それはともかくあんじゅはゆるふわり。人差し指を浮かべて穂乃果の口元を指し示す。


あんじゅ「この前は…チャンピオンに出張られたんじゃ、流石に分が悪くて諦めたけど。あなたのことは忘れてない。
毒の後遺症は残らなかったようだけれど…今度は口より、別の粘膜から擦り込んであげようかしらね?」


艶めかしく舌先を覗かせ、ちらりと唇を舐めずって捕食者の目。鉤のように曲げる指はどこか淫猥に。
そんな底冷えするような冷酷にも、穂乃果は動じず背を伸ばす。


穂乃果「前の私と一緒だと思わない方がいいよ」

あんじゅ「もちろん、成長しているんでしょうね。だけどまだまだ雛の域。フフフ…ここで摘んであげるわぁ」

穂乃果「リザード!」

『リザゥ!!!』


あんじゅの姿を鮮烈に刻まれているのは穂乃果だけではない、旅立ってすぐに痛手を負わされたリザードも同じ。
ヒトカゲだった頃の悔しい敗戦、ペンドラーに完封された記憶を脳裏によぎらせ、リベンジに燃えて吠える!

あんじゅの頭上には女王蜂、ビークインが羽音を鳴らしていて、そのさらに上をスピアーの群れが縦横無尽に舞い飛んでいる。
アライズ団の構成員たちはあんじゅが交戦の色を見せたところから介入を避けているが、いつ加勢してきてもおかしくない状況、油断も隙も、髪の毛一本分と許されはしない。


穂乃果(ルビィちゃんたちを助けに行くにはこの人を急いで、全力で倒すしかない。最大火力の“はじけるほのお”を連発して…急がないと)


内心に募る焦燥、ルビィたちはどれくらい持ちこたえられるだろう。
それに自分も…と、あんじゅはふいと斜めに視線を逸らす。


あんじゅ「けれど…私は気まぐれなの。だから提案。この場は見逃してあげても構わない」

穂乃果「……なんで?」

あんじゅ「あなたはその気になればいつでも狩れる。私はね、今じゃなきゃやれないことがあるの。どうする?ここで終わるか、お預けか…」

154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:38:34.27 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果は考える。
あんじゅを倒さなくては襲われている大勢の人たちを助けられない。
あんじゅと戦えばルビィたちを助けられないかもしれない。
もちろんみんな助けたい、だけどそれにはまだ、穂乃果の力は足りなくて…

三秒即断!


穂乃果「今は戦わない!」


そう言い放つや否や、別方向へと一目散。

「でしょうね」とあんじゅ。
先の戦いで一蹴こそしたが、穂乃果の判断力の高さは強く印象に残っている。
おおらかというか柔軟というか、逃げ恥を気にせずメリットを優先できるタイプだ。


穂乃果(正直言ってまだ勝てないよ!ここでやられて誰も助けられないよりよっぽどいい!)

あんじゅ「無鉄砲かと思えば冷静、天衣無縫って塩梅ねぇ。けれど…“ダブルニードル”」


無論、悪党。
見逃すという約定をあんじゅが守る必要はどこにもない。
去って行くその背へ、毒槍を投擲するかの如くスピアーをさし向ける!


穂乃果「“はじけるほのお”!!」

『グルゥ…ザァッ!!!』

あんじゅ「……しっかり振り向いて反応、スピアーを撃ち落とす。まるで私のこと信用してなかったのねぇ?傷付いちゃう」


一撃を決めて去って行く穂乃果、その背を喧騒の中に見失う。
構わない、今の追撃は単なるオマケ。あんじゅはすぐに思考を狩りへと傾ける。


あんじゅ「ふふっ、ナイトさんとはぐれちゃったのかしら?美味しそうな“お上りさん”は…♪」

155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:39:03.09 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅの目が捕捉したのは壁際の方向。
みかん色の髪の毛、ハーデリアへと指示を出して一生懸命にアライズ団員と戦う千歌の姿だ。

ハーデリアの特性“いかく”で電光石火の被弾ダメージを抑え、“とっしん”でどうにか数匹目のコラッタを仕留めて吐息。
巻き込まれていた幼い少女と母親をどうにか助けて逃し、ふらついたハーデリアを傷薬で丁寧にケアして褒める。

「よしよし、えらいよハーデリア~。まだ行ける?」
『ワウ!』

ポケモンと意思を確かめ合い、飛来するスピアーとの交戦に移行する。
良いトレーナーだ。良いトレーナー止まりだ。

その戦いぶりには穂乃果のような天性のものは感じられず、一生懸命に戦う凡人のそれでしかない。
まるで脆弱というわけでもないが、あんじゅから見れば哀れな獲物。

つい先日見かけた時も、あの少女が欲しくてたまらなかった。
着飾りメイクして楽しむ人形としては、磨けば光る原石といった雰囲気の千歌は最上の素体なのだ。

騒動の中にはぐれたのだろう、厄介そうな灰髪の友人の姿は近くに見当たらない。
あの灰髪と関わり合いになるのを嫌い諦めたが…今なら狩れる!


あんじゅ「ねえ、私と遊んでくれないかしら?昂っちゃって、体が疼いてたまらないの…!」

千歌「ううっ、新しい敵だぁ…がんばろ!ハーデリア!」

『ワフッ!!』


交戦…否、狩猟へ。
曜はまだ、それに気付けていない。

156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:39:33.66 ID:ha7ZcpN9o



海未「くっ、人垣が割れない…!人々が完全に恐慌に陥っている。今は梨子や真姫の戦力を計算に入れるのは不可能ですね」


自分だけでも助かろうと梨子やジムリーダーたちに群がる人々、その姿は前に穂乃果から見せられたゾンビ映画めいている。
ちぎっては投げちぎっては投げで真姫と梨子を助け出そうかと本気で迷ったが、海未へも敵のポケモンは向かってきている。その暇はなさそうだ。

ゲコガシラに煙幕を張らせて撹乱、電光石火の敵撃を回避し、コラッタへと水弾をぶつけ、ズバットを叩き落とし、空をクルクルと舞ってスピアーも打ち落とす!

そしてポケモンに戦わせるだけではない。
身を沈めて敵トレーナーへと迫り、「ふ…ッ!!」と発声から一本背負い!
受け身を取らせず叩き落として昏倒させると、襲いかかってきた次の団員へは手刀を喉元に叩き込む。

奥、一人の敵が懐へと手を差し入れている。
何かしらの武器を取り出そうとしている。

「ぎゃっ!?」

ので、放つ指弾!
服の取り出しやすい位置に専用のポケットを縫いつけ、そこにパチンコ玉を詰めている。
まさか銃を持ち歩くというわけにはいかないが、これならそれなりに携行性のある飛び道具になる。
怯ませ、すかさず寄っては足払い、からの足刀で昏倒へ!


海未「よし、やれますね」


海未もまた英玲奈との交戦、敗北に自身の道を見つめ直し、心技体を改めて鍛え直している。
並みの大人は一蹴、多少鍛えている程度では相手にならない体術のキレ!

ゲコガシラが五匹目を仕留めたところで一波が途切れ、海未はその頭をさっと撫でる。


海未「上々です、ゲコガシラ。他に戦力になるのは…そうだ、曜は?」


見回し、曜の姿はすぐに見つかった。
それほど離れていない位置、うみイタチポケモンのフローゼルを横に立たせてキョロキョロと周囲に視線を巡らせている。

寄ってくる敵の“でんこうせっか”への回答はさらに凌駕する速度での“アクアジェット”。
飛沫を舞わせての瞬撃で敵ポケモンを迅速に蹴散らしていく。


海未(曜なら頼れそうです!うまく連携して…)


そう考えて駆け寄る。
が、海未は彼女の様子がおかしいことへとすぐに気付いた。
何か明確な意思を持って戦っているわけではなく、寄ってくるポケモンを倒しているだけ。
目を泳がせて動揺も露わ、あれでは危険だ!

157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:40:05.30 ID:ha7ZcpN9o
海未「曜、曜!どうしたのです!まさか、どこか怪我でも!?」

曜「千歌ちゃん…!千歌ちゃんっ…!」

海未「ち、千歌ですか…?」


曜はひたすらに親友の名を呼んでいる。
視界を巡らせ、千歌の姿を見失ってしまったことに激しい狼狽を隠せずにいる。
駆け寄ってきた海未にも気付けているのか定かではなく、海未は仕方なしに片手を引き…ビンタを一発!


海未「すみません!せえいっ!!」

曜「い、痛っ!!?」

海未「曜、どうしたのです!落ち着いてください、やられてしまいますよ!」

曜「ご、ごめん…千歌ちゃんがいないんだ、探しても見つからなくて…!私が守らないといけないのに!!」

海未「友達を心配する気持ちはわかりますが…」


助けないととうわごとのように繰り返している。だが海未はその姿に違和感を覚える。
千歌を呼ぶ曜の声は慟哭めいていて、自分もまた助けを求めてるような、そんな印象が。


海未「とにかく落ち着きましょう!深呼吸を、長く息を吸って………吐いて」

曜「すう………はぁ………っ、ごめん、取り乱して…」

海未「千歌の電話には掛けてみましたか?この喧騒ですし、繋がるかはわかりませんが…」

曜「電話は……そうだ、私は千歌ちゃんを探せるんだった。ごめん、海未ちゃん。私行かなきゃ」

海未「……心配ですが…わかりました、気を付けてくださいね」

曜「うん、海未ちゃんも」


一応の平静を取り戻した曜は、まっすぐに走っていく。
どうやって千歌を探すのつもりかまるで見当も付かないが、判断力は戻っていたように見えた。


海未(しかし、あの明るく朗らかな曜が、あれほどに取り乱すとは…)


彼女のアンバランスな、ひどく危うい部分を目の当たりに、海未は自分の心も乱されているのを自覚する。
幼馴染、穂乃果は大丈夫だろうか…?


海未(そうです、私も穂乃果を探しに…
……いえ、穂乃果なら。私が助けなくとも乗り切ってくれるはずです!)

158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:40:38.67 ID:ha7ZcpN9o
久々に再会した親友の眼差しは頼もしく輝きを増していた。
穂乃果なら大丈夫、すぐにそう思い直すことができた。
では今は何をすべきだろうか。海未は思考をまとめ直す。

年下、連れているポケモンが弱い花丸たちも探してあげたいのだが、とにかく混乱の渦の中。
寄る敵を一蹴しながら視線を巡らせる。
…と、海未の目は一人、見覚えがある顔を見つけ出した。

直接見たわけではないが、にこに手配写真を見せられて知ったその顔は…


海未「綺羅ツバサ…!」


陣頭指揮を取り警備を蹴散らし、テレビカメラへ派手に自己を顕示してみせた姿から一転、騒ぎの中を忍ぶようにどこかへと足を向けている。
気配の消し方も達人の域。
人々の目に留まることなく間を抜けていっていて、海未が見つけられたのはほんの偶然に過ぎない。
そしてツバサは鍵を壊し、何処かへと続く扉へするりと姿を消した。

その時、激しい銃声!!
ホールの奥でSPたちが発砲、警護するポケモンたちが咆哮している。

海未が見留めたのは統堂英玲奈の姿。
先日のキリキザンに加えてエアームドを展開していて、鋼の体で英玲奈を銃撃から守りながらSPたちを容赦なく殺め、歩みを緩めることなく正面突破していく。

159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:41:08.61 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「キリキザン、“つじぎり”。エアームドは“はがねのつばさ”だ」

「うわあああっ!!?」


鋼刃がポケモンと人間を撫で斬りに、続々と薙ぎ倒していく。
遠目に見る眼光は温度のない殺意を宿していて、海未はその目的をすぐに理解する。


海未(きっと小原鞠莉が危ない。細かな事情はまるでわかりませんが、彼女に殺されなければならないような咎はないはず…)


その時、突然の停電!!!

ホール全体が暗闇に包まれ、上がる絶叫がますます混迷を加速させる。
この停電には何の意図があるのだろうか?
ともかく、一刻も早く選択をしなくてはならない。


海未(っ、事態は刻一刻と進行していく…猶予はありませんね。綺羅ツバサを追うか、統堂英玲奈を止めるかを選ばなくては…)


数秒考え…

海未は綺羅ツバサが姿を消した扉の方向へと足を向ける。
暗闇の中でも方向感覚を失わず、ある程度自由に歩けるのは園田流の鍛錬の成果だ。


海未(小原鞠莉は…あれだけSPがいるのです。きっと大丈夫、そう思いましょう。私はイーブイを…ことりを助けたい!!)


海未の選択は真摯な思い。
しかし、海未は英玲奈を相手にSPの警護など意味を成さないことを知っている。
その事実を直視こそしていないが…海未は、一人の人間を見捨てたのだ。

キィ、と音。
扉を引き開け、海未は待ち受ける暗闇へと姿を消した。

160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:41:39.12 ID:ha7ZcpN9o



善子「いやああああ!!!」
花丸「嫌ずらああああ!!!」
ルビィ「ピギャああああ!!!」


同い年、友人トリオは社屋の廊下をバタバタと走っていく。
追っ手は二人、一応の人数では有利。
だが花丸とルビィはそれぞれツボツボとピッピを抱えて走っていて、とても反撃に転じられる様子ではない。


善子「抱えて走ったら遅いじゃない!」

花丸「だからって置いてけるわけないずらぁ!」

ルビィ「うゅ…!近くまで来てるよぉ!」

善子「うううっ…ヤミカラス!一瞬ストォ~ップ!」


善子のヤミカラスだけは飛べる分だけ機動性に長ける。
バサバサと羽ばたき、抜けた一枚の黒羽が善子の頭の団子へぷすりと刺さる。反撃を!


善子「追ってこないでよぉ!“あやしいひかり”ぃ!!」

『カァァ~…ッ!』


茫洋と、捉えどころのない紫の発光が追っ手へと迫る。
善子のヤミカラスはジムリーダーを務めている母のエースであるドンカラスの子供。
戦闘経験は少ないが、ただの野生とは異なり少しばかりの有用な技を覚えている。

怪光が相手のポケモンを包めば混乱させられる。追っ手の歩みを阻むことができる…が、敵は動じない。


聖良「理亞」

理亞「レントラー、“スパーク”!」

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:42:23.39 ID:ha7ZcpN9o
猛烈な電光が迸り、ヤミカラスが放った光をかき消した。
そしてそのまま猛進、壁床を削りながら突撃してくるではないか!


善子「全然ダメじゃないのよぉぉぉ!!?こっち来なさいヤミカラス!」

『クァ…』


しゅんとしたヤミカラスを抱きかかえ、三人は廊下の角を駆け曲がる。
直後、背後の壁を破壊するレントラーの突撃!

二人の追っ手は明らかに戦闘慣れしていて、必死に逃げ回るルビィたちへの距離を着々と詰めてくる。
今の一撃こそ辛うじて回避できたが、これでもう相手の攻撃の完全な射程圏!

花丸は逃げ込める部屋がないか見回し、いくつかある扉に付けられた機械をピシリと指差す。


花丸「ルビィちゃん!そこに呼び鈴が!鳴らして中の人に入れてもらえば…!」

ルビィ「マルちゃん…それはチャイムじゃなくてナンバーキーだよぉ…」

花丸「なんば…?ははあ、未来ずらね…」

善子「言ってる場合じゃないでしょ!」


足音。
ついに追っ手の二人組が三メートルほどの位置へと近接し、カツリ、カツリ。とその歩みを止めた。

目鼻立ちが良く似通った、おそらくは姉妹。
品の良い顔立ちをした姉と気の強そうな瞳の妹は交互に口を開く。


聖良「さて、そろそろ諦めてもらえませんか?」

理亞「追いかけるのももう飽きた」

聖良「何も殺そうというわけではないんですよ、この薬を飲んでもらえないか、というだけで」

ルビィ「お、お薬…?黒っぽくて、ドロっとしてて…」

花丸「美味しそう…ではないかなぁ」

善子「あからさまに毒じゃないの~!!」

理亞「わめかないで」

聖良「毒、それは否定しません。けれど死にはしない。これはペンドラーの神経毒を抽出した物ですが、致死量には満たない量」

ルビィ「の、飲んだら…?」

聖良「脳に痺れが残って全身不随。だけど心配には及びません。きっと可愛がってもらえますよ?」

ルビィ「ひぇ…!お、おねえちゃ…!」

善子「あっ、頭おかしいんじゃないの…!」

162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:42:54.46 ID:ha7ZcpN9o
鹿角聖良と理亞。

淡々と職務を遂行する二人はアライズ団の実働部隊の精鋭だ。
英玲奈に鍛えられた実力は折り紙つきで、どんな冷酷な指令も一切の疑問を持たずにこなしてみせる。

今回はあんじゅの指示で動いていて、下された命令は眼前の少女たち、善子、花丸、ルビィの三人に毒を飲ませての誘拐。
大きな意味はなく、あんじゅの趣味嗜好を満たすための命令であることは明らか。
しかし二人がそれに疑問を唱えることはないし、手を抜くことも一切ない。


聖良(いつもは英玲奈さんに目を掛けてもらっているけれど、今回はあんじゅさんからの指示。完璧にこなしてみせて、今よりもっとお二人からの覚えを良くしたい)

理亞「早く飲んで」

聖良(私たちは三幹部の皆さんを心から尊敬している。だからこそ手柄を挙げて、早くあの方たちに肩を並べたい)


聖良の傍らには単ゴーストタイプ、怪人めいた姿のヨノワールが睨みを利かせている。
理亞のレントラーがアタッカーの役割を果たすことで、姉妹の連携は磐石だ。

ピッピとツボツボとヤミカラス、いかにも雑魚然とした並びの三匹では抵抗できるはずもなく…


ルビィ「……ぅう…!」

理亞「その目は何」

163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:43:31.45 ID:ha7ZcpN9o
花丸「ルビィちゃん駄目ずら!こっちに…!」

善子「る、ルビィ、怪我するわよ。弱っちいんだからヨハネの後ろに…!」

ルビィ「……ううん、ルビィが…」

理亞「……」

ルビィ「二人を守る!ピッピ、おねがいっ!」

『ピッピッ!』


声は震えて足も震わせ、それでもルビィは前に出た。
ピィから育てたピッピを伴い、言うなればプロの犯罪者である鹿角姉妹を強く見据える。

花丸と善子は親がジムリーダーだ。
そんな二人とルビィの違いは、模範とすべき先達がたった二つ上の姉だということ。

敬愛してやまない大好きなお姉ちゃんは二歳上なだけ。
ルビィだって頑張れる!頑張ってみせる!


ルビィ「ピッピ!“ゆびをふる”!」

理亞「あっ!」

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:43:59.59 ID:ha7ZcpN9o
チッチッチ、まるっとしたフォルムのピッピの十八番、“ゆびをふる”。
それはありとあらゆる技からランダムに一種の何かを繰り出す秘技であり、運が良ければ大物食いを成すかもしれない技!


善子「おおお!!」

花丸「その手があったずらぁ!!」

理亞「チィッ…!」


理亞は慌てて飛び下がり、聖良は冷静に状況を見つめ…
善子が口を半開き、花丸はぐっと体に力を込めて見つめていて…

ルビィは首を傾げる。


ルビィ「あれ…ピッピ?」

『ピッピ!」

ルビィ「もう技、出したの?」

花丸「あ、ピッピ…心なしか縮んでるような」

理亞「……“ちいさくなる”?」

善子「も、もっといい技引きなさいよぉぉぉぉ!!!!」

ルビィ「ううぅ…!?」

聖良「ヨノワール、“ほのおのパンチ”」


聖良が冷静に下す指示、火炎をまとったヨノワールの拳が壁に穴を穿つ。
ピッピは辛うじてそれを避けた、しかしレントラーが続けて迫る!


花丸「つ、ツボツボ!ピッピを庇ってあげて!」

善子「ヤミカラス!“フェザーダンス”ぅ!」

ルビィ「ぴ、ピッピぃ…“リフレクター”!」


物理を和らげる防壁が形成され、攻撃の勢いを削ぐ黒羽が舞い、ツボツボの頑強な殻がレントラーの牙を受ける。
戦闘用に育ててこそいないが、なんだかんだと実力者の家族。
技マシンやらなにやらで補強され、レベルの割に芸達者なポケモンたちなのだ。

そんな三人組の遅々とした遅延戦術に、理亞は苛立ちを隠せずに舌を打つ。


理亞「姉さま、この子たち…なまらイラつく…!」

聖良「落ち着いて理亞。シンオウ弁が出てるわ」

理亞「…ッ?!……こいつら、泣かす…!」

ルビィ「る、ルビィたちは何もしてないのに…!」

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:44:29.33 ID:ha7ZcpN9o
土壇場の意地、ポケモンたちの秘めた意外性で凌ぎ、凌ぎ…
それでも実力の差は隠せない。

絶え間ない攻撃の嵐に、三人のポケモンは徐々に疲弊していく。
とりわけ盾役のツボツボは疲弊が激しく、それを見守る花丸は痛みを共有しているかのように苦しげ。


花丸「ごめんねツボツボ…もう少しだけがんばって…!」

『ツボっ…!』


心優しい花丸にとって、仲良しのツボツボが波状攻撃を受けている姿は心を抉られるように辛い光景だ。

ピッピとヤミカラスもアシスト、合間に攻撃を繰り出していくが焼け石に水。
鍛え上げられた鹿角姉妹のポケモンにはそれほどの効果を発揮しない。

やがて姉の聖良がすらりと手を掲げ…


聖良「ヨノワール、“じしん”」

『ノ…ワールッ!!!』

『つぼぉ……!』

花丸「ああっ!ツボツボ!」


ついにツボツボが気絶し、花丸はポロポロと涙を零しながら頑張ってくれた友達を抱きしめる。
絶対絶命の危機…背後から声が響き渡る。


穂乃果「みんな、待たせてごめん。助けに来たよ!!」

166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:45:03.73 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「ほ、ほっ…!穂乃果さぁぁん!!!」

聖良「なるほど、助けが来ましたか。けれど…ヨノワール、“ほのおのパンチ”」

『ヨ……ノッッ!!!』


聖良の冷静な指示。
死神に近い性質を持つヨノワールは浮遊し、炎を纏った拳で天井を強かに殴りつける。

強い火勢に防火装置が作動し、凄まじい重量と堅固を誇る防火シャッターが降りる。
そして穂乃果と五人の間を遮った!


穂乃果「っ、しまった!!でもこんな壁ぐらい…!」


穂乃果はリザード、加えてバタフリーとリングマを繰り出して一斉に指示を出す。


穂乃果「弾ける炎!サイケ光線!それにきりさくだよっ!!」

『リ…ザアッ!!』『フリィィィ!!』『ングマァァ!!』


攻撃が殺到!
しかし、防壁に傷は付けど破れない。
ポケモンに関わりの深い企業の耐火、防犯装置だ。生半可なポケモンの攻撃で破れるようにはできていない!


穂乃果「っ…!」


歯噛みをする穂乃果、焦燥が募る。
どうすれば…もう目の前なのに!

…と、その時、傍らの部屋から呼び声が。


「トレーナーさん、こちらへ!」

穂乃果(…?いや、迷ってる暇はないよ!)


穂乃果はその部屋へと駆け込む!

167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:45:32.96 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「うわ、まっくら!」


声に招かれるまま一室へ飛び込み、穂乃果はまずその暗さに小さく驚く。
三人を追っている途中で停電したが、社屋廊下はすぐに予備電源に切り替わり、足元から薄ぼんやりと照らされていたので気にしていなかった。
しかし飛び込んだ部屋はすっかり暗闇に包まれていて、雑然としたコード類に足を取られて蹴躓きそうになる。


穂乃果「ごちゃごちゃしてるなぁ…うちだったらお母さんと雪穂と、それから海未ちゃんにまで叱られるよ、こんなの」

「君!こっち、こっちへ!」

穂乃果「あ、さっきの声の人!」


呼ばれ、部屋の奥に光があることに気付く。それは何やらひっそりと稼働している機械類の光で、そこには手招きする男女が数人。一様に白衣を羽織っている。
どうやら敵や罠といった雰囲気ではない。穂乃果は彼らの方へと駆け寄っていく。

168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:46:38.57 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「お姉さんたちは?」

「私たちは研究部門の社員よ。恥ずかしいけど戦う手段もないから、怖くて隠れてたの」

「知識はあっても戦うのはまるっきりでね…」

「モニタで見てたけど君、強いな!」

穂乃果「社員さん!お願いっ、あの防火扉を開けてください!早く行ってあげなくちゃ…!」


息巻いた様子の穂乃果にぐいっと迫られ、管理職らしい年嵩の女性は思わず仰け反る。
しかし、隣にいる男性社員が首を左右にそれを否む。


「いや、ここから開けることはできないんだ。全体の電気が停電してるから…」

穂乃果「そ、そんな!?」

「あ、違うの。開ける手段ならあるわ。これを!」


そう言って手渡されたのは一つのボール。
空ではなく、中には何かのポケモンが入っている。
穂乃果は怪訝に小首を傾げ、社員たちへと問いかける。

169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:47:07.90 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「このボール…ポケモンですか?」

「そう、このチームで研究していた子。化石から蘇らせたのよ。けど、私たちじゃ使いこなしてあげられなくて」

「君、勇敢なトレーナーみたいだからさ。個体値バツグンのこいつなら防火扉もブチ破れる。連れて行ってやってくれないか!」


もちろん断る理由はどこにもない、穂乃果はぎゅっとボールを握りしめる。
手のひらの温かさと想いが中に伝わるように、そんなイメージで。


穂乃果「ちょっと変わった出会い方だけど…よろしくね!」


力強さと愛情を兼ね備えたその姿はどこか眩い。
ポケモンと深く関わるオハラの社員、その多くはかつてトレーナーを目指していた者たちだ。
遠く記憶に思いを馳せて、自然と浮かぶ笑みは憧憬の残滓。

社員たちは頷きあう。この少女に今、できる限りの全てを授けよう!


「君のリザード、技構成は?」

穂乃果「えっと、“はじけるほのお”と“ほのおのキバ”と、“えんまく”と“りゅうのいかり”です」

「それなら、この技マシンを使ってみたらどうだろう!図鑑を貸してくれないか」

穂乃果「これ…うわ、いいの!?」


社員の男性は穂乃果が手渡した図鑑と機械を接続し、技マシンのディスクを読み込ませて図鑑へと手早くデータを落とし込む。
そして図鑑をリザードへと向けることで新しい技の知識を学習させる!

穂乃果にとっては初めて使う技マシン。
もちろん存在は知っていたが、その高価さに使う機会に恵まれなかった。
一連の作業をワクワクと見つめる穂乃果の肩をちょいとつつき、女性社員が一枚の板を手渡した。


「それと、これを」

穂乃果「これ…カードですか?」

「ええ、このフロアにある屋内ビオトープのカードキーよ。もし可能ならそこを目指してみて。ほんの少しだけど、サポートしてあげられるから」

穂乃果「うんっ、わかりました!」


頑張れと口々の応援を背に受け、穂乃果は部屋を飛び出していく。

ルビィたちと穂乃果を隔てる扉へ、振りかぶって投じるボールは新たな仲間。
それは太古の竜!頑強な顎を持つ暴君の幼体!


穂乃果「行けっ!チゴラス!!」


恐竜の大顎が唸り、厚い鉄板へ猛然と喰らいつく!!

170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:47:40.49 ID:ha7ZcpN9o



千歌「はあ…はあっ…!ごめんねハーデリア、お疲れさま…」

あんじゅ「うふふ…まずは一匹♪」


乱戦の中に目を付けられ、緩々とあしらわれながら誘導され。
千歌が気付けば戦場はホールから離れ、社屋の奥まった位置、人気のない薄暗い廊下へと到達していた。

スピアーの針に倒れてしまったハーデリアをボールへと収め、じりじりと退がりながら距離を取る。


千歌(この女の人、会場に乗り込んできた時に目立ってたなぁ。たぶんきっと…幹部の人!)

あんじゅ「ほらほら、早く次を出さなきゃ“食べちゃう”わよ?うっふふ…」

千歌(な、なんかこの人やばいよ…!)


早くもなく遅くもなく、あんじゅは淡々と一定の速度で千歌を追いかけてくる。
その顔には艶めいた笑みがべったりと張り付いていて、足運び、指の動き、髪をかきあげる仕草、その全てが千歌を怯えさせることを主眼としている。

かと言って、隙はまるで見出せない。
彼女の斜め上にはビークインの薄羽がわんわんと不吉に鳴いていて、それを中心点として乱れ飛ぶスピアーの数は三体。


千歌(あのスピアーたち、野生だから一匹一匹はそこまで強くない…だけど数が多すぎだよ~!倒しても倒しても飛んでくる!)

あんじゅ「来ないの?ならこっちから…ビークイン、“こうげきしれい”」

千歌「また来る!お願いっ、エテボース!」

『エテッ!』

千歌「“こうそくいどう”でスピードアップだぁ!」


現れたのは手のように発達した二本の尾を持つ猿、おながポケモンのエテボース。
旅路で捕まえて辛苦を共にしたエイパムを進化させたばかり、現段階での千歌のエースだ。
『キキキ』と千歌の指示を仰ぎ、尾を束ねてバネのように。
床に体を沈め………バネの反動で床から壁へ、天井へ!縦横無尽の高速移動!!

171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:48:16.09 ID:ha7ZcpN9o
千歌「エテボース!そのままダブルアタック!」

『ウキキャッ!!』

あんじゅ「立体軌道で翻弄、スピアーを叩き落とす。一撃の威力を見るに、特性は“テクニシャン”かしら?思ったよりはやるものねぇ」

千歌「“いやなおと”で脅かして、“スピードスター”だぁ!」


異音による牽制、星型のエネルギーをショットガンめいて射出!
芸達者なエテボースは千歌の指示をきっちりと再現し、さらに二匹のスピアーを打ち払ってビークインへと迫る。


『キキィッ!』

千歌(さっきの“いやなおと”でビークインは苛立ってるよ。それは防御がゆるくなってるってことで、今なら…!)

千歌「エテボース!もう一回“ダブルアタック”で行っちゃえ!」

『エェ…テェッ!!!』

あんじゅ「それは受けたくないわねぇ。ビークイン、“ぼうぎょしれい”」


間近へと迫ったエテボースの突撃、猿の身軽さを活かして空中に身を捻り、二本の尾を平手打ちの要領で叩きつけるダブルアタックでビークインを狙っていく!
だがあんじゅはまるで動じた様子もなく指示を。と、新たな兵隊蜂が飛来して女王を守る盾となる。
二匹のスピアーを落とし、しかしビークインは無傷。


千歌「ああっ、またスピアーが飛んできたぁ!」

あんじゅ「“シザークロス”」

千歌「へっ…?」


渾身の二撃を放ったエテボースの高速移動は一旦留まり、すとんと床に足を付ける。
直後、人間の子供ほどの大きさ、エテボースの体が空を舞う。
そして薄暗く無機質な廊下の壁へ、痛烈に叩きつけられた!

エテボースの紫の毛並み、その下には血が滲んでいて、千歌を守るべく懸命に立ち上がろうとするも力なく崩れ落ちる。
状況を理解できない千歌はエテボースへと駆け寄り、抱きしめてボールに収めたところでようやく敵影を認識する。

エテボースを仕留めたのは頑強な対のツメ、岩鎧に包まれた体躯を誇るいわ・むしタイプポケモンのアーマルド!
ビークインは変わらずあんじゅの傍らに羽音を舞わせていて、千歌の口から思わず声が漏れる。

172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:48:55.11 ID:ha7ZcpN9o
千歌「い、一度に二匹で?!ひどいよ…!」

あんじゅ「ああっ…それ。そのリアクションが欲しかったの」

千歌「へ…?なんのこと…」

あんじゅ「ふふっ…私が攻撃したら「ひどい」と感じてほしいし、「なんで私がこんな目に」と混乱してほしいし、泣いて命乞いをしてほしい!」


手入れの行き届いたライトブラウンの長髪を歓喜に震わせ、あんじゅの害意はいよいよ隆盛の気配を滾らせる。

(いきなり切った張ったに対応してくるオトノキの連中ってやっぱり変よね?)

そう内心に悪態を吐きながら、お楽しみはまだまだ。
いたぶって嗜虐心を満たすべく千歌に次の間を与える。


あんじゅ「お次は?可愛いお上りさん」

千歌「だ、だったら私も一気にっ…!オオタチとベロリンガ!出といでー!」


ボ、ボンと弾けるボール。
同時に現れたのは千歌の残り二匹、小動物的な愛らしさのオオタチと、舌を自在に武器として戦うベロリンガ!
目には目を、数には数を。千歌はきりりと視線を強く!

しかしそれはあんじゅの想定内。
悠々と笑み、千歌の様子を楽しむように眺めている。


あんじゅ「そうそう、俄かに真似るその感じ…」

千歌「えっと、ベロリンガはたたきつけ…あ、ちがう!オオタチから“てだすけ”をしてからその後に…」

あんじゅ「はぁっ…たまらない♪」


千歌は慣れない乱戦にあたふたと。
ここまで歩んできた旅路はあくまで平穏、千歌は変則的な戦闘を経験していない。

場に出されたばかりのオオタチとベロリンガは状況を理解できておらず、悪意めいた無数の虫ポケモンたちを前にびっくりとしながら千歌の指示を待っている。

そんな二匹をビークインが駆るスピアーが突き、アーマルドの岩爪がかち上げる。
「ああっ…!」と声を上げかけた千歌、その首へと絡みつくしなやかな五指…

あんじゅの指が千歌の首を締め上げている。

173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:49:24.57 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ「遅い。明確じゃない。対象を指定していない。それじゃあポケモンには伝わらないし、何より私が待ちくたびれちゃうわ?」

千歌「か、は……っ!」


まるで万力、気管支が圧搾されて血流が滞る。
引き剥がそうと手を掛けるが、千歌の細腕でどんなに力を込めてもビクともしない。
恐怖にあがく千歌、その瞳を覗き込んでくるあんじゅの瞳は狂喜を爛々と映している。


あんじゅ「ツバサや英玲奈みたいに格闘技だとか射撃だとか、そういうのは面倒だけど…力は鍛えているのよ?それなりに」

千歌(こ、わい…!怖いよ…怖いっ!)

あんじゅ「あっ…はあぁ…その顔、我慢できない。いいわよねぇ、今少しくらい楽しんだって…!」

千歌「あっ…!!」


あんじゅは無造作に千歌を壁へと投げ飛ばす。
後頭部を打ちつけて流血、ふらつきながら、千歌は逃れようと四つ這い…その首筋をあんじゅの手が鉤爪めいて掴み上げる。

ロックの施された扉をアーマルドの一撃でこじ開け、仮眠室と書かれた部屋へと千歌は勢いよく投げ込まれる。
痛みに体を庇う間もなく、歩み寄ったあんじゅは千歌を簡易ベッドの上へと叩きつけた。

174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:49:56.78 ID:ha7ZcpN9o
千歌「やめ…て…んむっ…!…ぅ!?」


熱い何かが口内で蛇のようにのたうっている。
絡め、吸い上げ、まるで千歌の舌を抜き取ろうとしているかのような。
首を圧され、もう片手で荒々しく体をまさぐられ、未体験の感覚、言うことを聞かない自分の体。
千歌の脳内には疑問符と恐怖が吹き荒れている。
長い長い沈黙、衣摺れ………
ぷは、と息継ぎの二秒。

無力の涙を目に浮かべ、千歌の口から漏れた声は…


千歌「梨子ちゃん…たすけて…」


他意はない。
今来てくれる可能性のある千歌の友達、その中で一番の実力者である莉子の名を呼んだだけだ。
それを耳に、あんじゅの口元は三日月の歪笑。
それすらも愉悦だとばかりに身をよじらせ、思い切り千歌の頬を殴りつけた。

175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:50:30.96 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ「最中に他の女の名前を呼ぶなんて、随分と無作法ねぇ?たっぷりと躾をしてあげなくちゃ。ふふ…」

千歌「嫌、やだぁ…!べ、う、ぇ…!」


あんじゅの片手には注射器。
指の第一関節ほどの量の黒い液体が入っていて、長い指がぬるりと千歌の舌をつまみあげる。
そして注射針が舌先に触れ…


あんじゅ「……ビークイン、“ぼうぎょしれい”」


弾ける光!!
飛来した光弾は数匹のスピアーを弾き飛ばし、ビークインへもダメージを与えてその飛翔を揺らがせる。

扉を守らせていたアーマルドは既に倒されていて、青く可視化した強烈な波動を放つポケモンがそこに立っている。
傍らに立つのは見覚えのある灰髪、灼火の怨讐に曇る瞳…


千歌「よう、ちゃん…」

曜「………千歌ちゃん」

あんじゅ「来ちゃったのねぇ…灰髪さん。あぁ、いいところだったのに…とっても面倒」


揺らめいて見えるのはルカリオの波動か、あるいは少女の怒気だろうか。
ぐちゃぐちゃに乱された千歌の衣服を、首筋のアザを、唾液と涙に乱れた顔を視認。

指先を掲げ、あんじゅを指し示す。


曜「………お前は、潰す…!!!」

176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:51:17.31 ID:ha7ZcpN9o



「撃て!撃てっ!」
「これ以上近付けさせるな!」


オハラタワー地下、長延と広がる複雑な通路を抜けた先には極秘の研究棟が存在している。
とある一定のポイントを過ぎた辺りから警備が堅牢に。数々の監視カメラや多重に備えられた検問ゲート、強固な電磁バリアなどがその深奥に眠る何かの重要性を物語っている。

この区画に立ち入ることが許されるのは専用のカードキーを所持し、指紋と網膜を認証登録した研究員たち。加えて、この場所の秘密を知るごく一部の役員たちだけだ。
それ以外の人間が立ち入るには役員クラスの人間から通行許可を得る必要があり、まさにトップシークレットと呼ぶべき厳重な警備体制。

だが今、そんな場所に無数の銃声と怒号が飛び交っている。
警備員たちは上階よりも重武装、もはや軍隊とでも呼ぶべき姿で銃を構えていて、さらには強者然としたポケモンたちが侵入者を迎撃すべく力を漲らせている。


ツバサ「ふぅん、ここのガードは流石になかなかね。ブーバーンの火炎放射にエレキブルの10万ボルト、それに警備員の銃撃がオマケ。
まともに来られたら黒焦げだけど…コジョンド、“がんせきふうじ”」

『キョォッ!』


侵入者、綺羅ツバサは動じない。

指示に応じてコジョンドは床を踏み抜き、鍛え上げられたその力で硬質な床はコンクリート塊となってめくれ上る。
さながら畳返しのように岩壁、炎と雷、さらに銃弾からツバサを守る盾へと変えてみせる。
種族値で上回るブーバーンとエレキブルの攻撃をコジョンドで易々防いでみせて泰然。
綺羅ツバサの強さは自身の育成力、判断力、着想力。決して使うポケモンの種族値に縛られない。


「バカな!」
「あんな技の使い方が…?」
「手を止めるな!撃ち続け…」

ツバサ「ガブリアス、“ストーンエッジ”」


破砕。
竜腕が殴りつけた岩壁は刃へと姿を変え、人もポケモンも薙ぎ倒して前進。
無論、そんなツバサが種族値の怪物とでも呼ぶべき600族の雄、ガブリアスを使えば生まれるのは圧倒の蹂躙。

許可なく通れば通電に昏倒させられるゲートへと差し掛かり…しかし、作動せず。
ツバサは表情一つ変える事なく数ヶ所目の検問を突破した。

177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:51:45.87 ID:ha7ZcpN9o
「ポイントHを突破されただと…!ふざけるな!!」


ポイントK、秘匿された研究室前の最後の検問所で重役の一人が顔を赤らめ唾を飛ばし、頭の血管がブチ切れるのではないかとばかりに怒気を高めている。
迫るテロリストに呼吸を乱し、手を震わせている警備員、そのメットを拳で殴りつけ、重役の男は耳をつんざく大声で警備員たちを罵る。


「情けない情けない情けない…!ここを抜かれたらどうなるか理解しているのか!?死ぬ気で戦え!!玉砕だ!!死んでこいゴミ共!!!」

ツバサ「宗教国家でもない日本で“死ぬ気”なんて無理無理。私だって死ぬのは怖いし」

「は……!?」


重役の背後に綺羅ツバサが立っている。

もうこんな場所まで?
一体どうやってゲートを突破して?
こんな小柄な女がマフィアの?
なんで私の肩に手を掛けている…?

コジョンドの手が鞭めいて振るわれ、警備員たちの構える銃身は払い落され、あるいはぐにゃりとへし曲げられている。
見下すガブリアスの眼光、あまりの恐怖に戦意を失った警備員たちは床に腰を落としていて、重役を守ってくれる人間は誰もいない。

ツバサは彼の背をトン、と押し…


ツバサ「じゃ、死ぬ気で逃げてみて?」

「ひっ…ひああああっ!!!!」


その背へパ、パ、パンと三点射。拾った銃で殺して前へ。
警備員たちはコジョンドの殴打で昏倒させ、最後のゲートを抜けたところで一人の男が現れた。

178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:52:14.42 ID:ha7ZcpN9o
「全て手筈通り、ですね」

ツバサ「ゲートの解除、謝謝。ご依頼の通りに小原鞠莉はもうじき死ぬわ」

「いえいえ、貴女方の腕前を疑ってはいませんよ」

ツバサ「これで小原鞠莉が死ねば、役員の中で最も強い発言力を持つアナタが次期社長。悪い人ね?」

「ハハ、貴女に言われたくはない。私が社長になった暁には申し出の通り、『洗頭』の流通販売は当社で請け負わせていただきますよ」


そう言い、白髪の男性は狡猾に笑む。
ツバサのゲート突破を手引きしたのは会社の上役、実質的なNo.2であるこの男であり、この騒動を裏で手引きした人間だ。

彼は悪笑一つ、「こちらへ」とツバサを一室の前へ導いていく。
辿り着いた目的地、秘匿された研究室へと重役の男はカードキーを滑らせ、指紋を置き、網膜認証の最終ロックを解除する。

研究室の中は低温に保たれていて、扉が開くと同時に冷気が白くふわりと漏れ出す。
役員の男はツバサへと振り向き、ニタリと笑って気取った一礼を。


「これがもう一つの謝礼、我らオハラの研究の真髄…」

ツバサ「そ、ご苦労様」


銃声、ツバサは短銃で役員の胸元を撃ち抜いた。
仕立ての良いスーツを血に染め、彼はまるで理解できないとツバサの瞳を見据えて尋ねる。


「………は、何故、私を撃って…」

ツバサ「よく言うでしょ、裏切り者はまた裏切るって。ビジネスパートナーとしては下の下よね。
ま、それ以上の利用価値を私に示せなかった時点でアナタは無能だったってことじゃない?」

「馬、鹿…な…」

179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:52:44.63 ID:ha7ZcpN9o
壁に血の跡を残してずるりと崩れ、重役の男はそこで息絶えた。
既にツバサの興味は彼へと向けられておらず、ただ手向けとばかりに一言。


ツバサ「有能な人は好きよ。けど無能も同じくらい大好き。利用するには一番だもの」


「ほら、私って博愛主義だから」とガブリアスとコジョンドに嘯き、首を傾げられながら、ツバサはついに研究室へと踏み入れる。

そこには発光する培養液、人一人が入るほどの巨大なカプセル…
その類はまるで置かれておらず、ひどく小ざっぱりとした円形の部屋、その中央に台座。

寄ってみれば、そこには一つのモンスターボールが置かれている。


ツバサ「カントーで研究されていたミュウ、そのミュウのクローンを攻撃的に作り変えたのがミュウツー。そのミュウツーは現在行方知れず」

ツバサ「けれど、その研究過程で採取された“破壊の遺伝子”はいくつかのサンプルデータとして残されていた。
オハラコーポレーションはそのうち一つを入手し、技術利用のために遺伝子からの再培養を成功させたのよ」

ツバサ「ミュウの次がミュウツーなら、眼前で眠るこの個体はミュウスリー…じゃ、どうも通りが悪いか。
敢えて堅めに、ミュウツークローンとでも呼ぶべきかしら。ねえ、園田海未さん?」


背後、黒髪の少女が義憤を燃やし、腰のボールへと手を掛けている。
隣には相棒のゲコガシラ。やっと追いついた仇敵へ、海未は凛然と言い放つ。


海未「ことりのイーブイ、返してもらいましょうか」

180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:53:21.07 ID:ha7ZcpN9o
クイと首を傾げて笑み。
聞こえなかったはずはないが、ツバサは海未の言葉を無視して長台詞を続ける。


ツバサ「このミュウツークローン、種族値は上から105,109,89,153,89,129の合計674。
クローンのクローンには無理があったのか、ふんわりと劣化気味。
元が凄まじいから十分すぎるほどだけど、瞬発力のわずかな低下だけは気になるとこかしらね」

海未「聞こえなかったのですか?いえ、聞かなくても結構…元より、貴女を叩きのめして奪い返すつもりですので」


戦意を烈火と猛らせる海未。
傍らのゲコガシラもそれを受けて目を鋭くしていて、(優秀なトレーナーね)とツバサは目元を微かに笑ませてみせる。
ピンと、口の前に人差し指を立ててみせ、「しいっ」と海未へ一声。


ツバサ「聞こえない?この音が」

海未「音?気を逸らそうという小細工なら通用は…」


海未はそこで口を噤む。
ツバサの言葉は虚言ではない、確かに何か…異音がする。その音の方向は…

181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:53:58.39 ID:ha7ZcpN9o
海未「上!?」


どろりと、ずるりと。
硬質なはずの研究室、その天井が紫黒に腐食し、溶けて、もったりと抜け落ちる。

みどろ。
赤茶けた泥のような、経年した藻が固まり命を宿したような、上から現れたのはそんな毒々しい姿をしたポケモンで、溶解した泥をクッションに、べちゃ…と舞い降りる。

クサモドキポケモンのドラミドロ。
どく・ドラゴンタイプのその一体を纏うように寄り添わせ、降りてきたのは。


海未「ことり…!?」

ことり「久しぶり、海未ちゃん」

ツバサ「お久しぶりね、南ことりさん。今日は何の御用かしら?」

海未「ことり!今まで一体何をして…いえ、良いところに来てくれました!ここで力を合わせて綺羅ツバサを…!」

ことり「綺羅ツバサ…ううん、あなたに用はないんです」

海未「こ、とり…?」


すうっと幽鬼めいて、ことりが指差したのは台座の上に置かれたボール。
よく見ればその衣服は旅立ちの頃より遥かに痛んでいて、いつでもお洒落に気を使っていた愛らしい笑顔はどこか奥底へとしまいこまれていて。


ことり「強いポケモンがいるって聞いたから…貰いにきたの。建物を停電させて、警備を機能しなくして、ドラミドロの毒で上から床を溶かして」

ツバサ(オハラタワーの造りを溶解させる強毒…特性“てきおうりょく”のドラミドロかしら。なによりドラゴンタイプ…フフ)

海未「……あ、あの停電は、ことり…あなたが?それより、イーブイは」

ことり「ねえ海未ちゃん、お願い…ことりの邪魔をしないで欲しいな」

海未「何を言って…!」

ことり「邪魔するなら…倒しちゃうよ?海未ちゃんも」

海未「っ、ことりっ!!」


瞳に深い闇光を宿したことり、親友の変貌に慄然とする海未。
蒔いた悪の種、その発露に嗤うツバサ。
地下研究棟の戦いは一転、先の読めない三つ巴の様相へと突入していく。

182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:54:27.52 ID:ha7ZcpN9o



オハラタワー・一階。

洗頭、改めアライズ団の乱入により鮮血に染められたパーティー会場は、しばらくの時を経て状況を変化させつつある。
少しずつ、少しずつではあるが、ツバサ、英玲奈、あんじゅの三幹部が姿を消したことで攻撃の波が弱まった。戦況は収束の気配を見せ始めている。


「ゲンガー、破邪顕正!」

「行きなさい、ドンカラス」


ジムリーダーたちは一人、また一人とそれぞれのポケモンを繰り出していて、その場所を起点にアライズ団員やスピアーの勢いが食い止められている。

そしてまた一人。未だ割けない密集の中で、少女は懸命に手を伸ばし…


梨子(指先が…ボールに…触れた!)


トレーナーとしての峰、四天王であると同時にピアノ演奏を嗜む音楽少女でもある梨子、そのしなやかな指先が腰のボールへ、開閉スイッチへと触れる。

瞬間、弾ける白光。
ぶわり、梨子の姿を覆っている数十人の人垣が一斉に宙へと浮き上がった!

彼らは何か魔術めいた、あるいは超能力的な力で持ち上げられたのだろうか?

否、はっきりと否。
息苦しい束縛から解放されて、梨子はすうっと一呼吸。
そんな少女の隣に佇む相棒ポケモンの姿は、宙に浮いた人々が“投げ上げられた”のだと雄弁に物語っている。

筋骨隆々、四本の怪腕。
大胆不敵な面構え、腰に輝く黄金のベルトは勝利の証。
人呼んでかいりきポケモン、その名は!


梨子「蹴散らして、カイリキー♀」

『カァイリキィッッ!!!!!』


寄るコラッタをねじ伏せ叩きつけ、ズバットの群れをはたいて落とし、殺到するスピアーを拳が屋根まで打ち上げる!
まるで暴嵐、カイリキーが鬼神めいて振り回す四腕を恐れてアライズ団員たちはじりじりと後退を余儀なくされる。

彼らが恐れていた事態の一つ、四天王が完全フリーで解き放たれるという脅威が今目の前で繰り広げられているのだ。

183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:54:57.97 ID:ha7ZcpN9o
梨子の顔から繊細で気弱な少女の色はどこかへと失せ、居並ぶ敵影を睥睨して笑みはなく、静かな怒りを湛えた絶対的強者の佇まい。
とりわけ女性のアライズ団員たちは梨子の眼光に畏怖、鷹の目に射竦められたような錯覚を覚えて身を震わせる。何故だかはわからないが。

コォォ…と呼吸、カイリキーの全身が鋼のようにパンプアップしている。
近付けば間違いなく仕留められる!

…と、悲鳴!
アライズ団員の一人がホールスタッフの女性を捕まえ、その首筋へとズバットの牙を押し当てさせている。


「動くな桜内梨子!そのカイリキーを今すぐボールに戻せ!さもなくばこの女を」

梨子「カイリキー、“バレットパンチ”」


ゴギン!!と重々しい打擲音。
ズバットは遥か遠方へと吹き飛んでいて、何が起きたかをアライズ団員が理解するより先、もう一撃が彼の顔面へとめり込んだ。
鋼拳、まるでトラックに轢かれたかのような衝撃。
男の体はクルクルと宙を舞い、ボロクズのように床へ落ちたのを梨子は一瞥もしない。

人質に取られていたホールスタッフの手をぎゅっと握り、「お怪我はないですか?」と声をかけた。
一応、二発目のパンチは団員が死なない程度に加減はさせている。


梨子「さて…」


梨子は慄くアライズ団員たちを眺め回し、静かな威圧を感じさせる声で問いを投げる。


梨子「私のカイリキー(♀)は2秒に1000発。2秒間に1000発の“壁ドン”が可能なの。この意味がわかりますか?」


息を飲み、誰一人として答えを返さない。
梨子もまた、答えを求めていない。


梨子「あなたたちを吹き飛ばすのに10秒もかからないってこと。カイリキー“ばくれつパンチ”」


野太い咆哮!!!
花火めいて炸裂する拳打の嵐が敵対トレーナーとポケモンたちを怒涛の如く薙ぎ倒していく!!!

184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:55:31.44 ID:ha7ZcpN9o
一方、真姫。

日頃は基本的に屋内での科学研究がメイン、インドア派の真姫は密集した人波に揉まれ、「う゛ぇぇ…」と力なく呻いている。
まともに戦わせれば少なくともジムリーダーたちと比べて遜色のない腕前、しかし本人の筋力が求められる状況となるとまるっきり駄目だ。

そんな真姫の周辺、とりまく人々がまだ無事でいるのは、真姫が立食パーティーの時から隣に付き従わせていたレパルダスのおかげ。
ネコ科のしなやかさで人垣をするりと抜け、主人から指示を受けられない状況下でも持ち前の賢さを発揮し、寄る敵から真姫と人々を守るべく奮戦を続けている。

しかし的確な指示を受けられない状況下、レパルダスの体にも少しずつダメージが蓄積されていく。
「“でんこうせっか”!」と相次ぐアライズ団員の指示と衝突音、レパルダスが痛みに耐える声。
人壁でそれを視認できない真姫は悔しさに歯噛みをし、「もういいわ!下がってレパルダス!」と声を張り上げる。

普通の相手とは違うのだ、このままレパルダスがやられてしまえば洗脳薬の餌食にされてしまう。そんなことをさせるわけには…!

……突如、開ける視界!

梨子のカイリキーが真姫を取り囲む人々を放り投げたのだ。
圧迫からの解放、真姫の明晰な頭脳は為すべきことを瞬時に把握する。


真姫(深呼吸!酸素を取り込め、脳を回せ!思考を整えながら1秒で戦況を把握しなさい西木野真姫!)

真姫「レパルダス!“あくのはどう”!」

『フシャアッ!!!』

185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:56:01.26 ID:ha7ZcpN9o
ジムリーダーたちに加えて真姫までもが解放され、戦力の均衡は完全に崩れ去った。
暴虐のアライズ団員たちは撤退戦を強いられ、強奪したポケモンたちを回収してホール外へと後退していく。

外を包囲した警察部隊との交戦が始まっているようだが、それは警察に任せて構わないだろう。
真姫はくたりと腰を落とし、とりあえずの危機を逃れられたことに安堵の溜息を吐く。


梨子「大丈夫?真姫ちゃん」

真姫「ええ、ありがとう梨子。助かったわ。それにしても…」


真姫は梨子と並んだカイリキーの筋肉を目に、なんと言えばいいのか困ったような表情を浮かべる。
逡巡、言葉を選び…


真姫「その…いつも思うけど意外ね、あなたがかくとうタイプ使いって。ピアノ絡みで子供の頃から顔見知りだけど、もっと繊細なイメージだった」

梨子「あー…うん、ウチウラタウンに引っ越して千歌ちゃんと友達になってから、あの子の家ってムーランドとか、犬がいるから…自衛、かな…?」

真姫「ノーマルタイプ避け…?呆れた、そんなきっかけで四天王にまで上り詰めるなんて…」

186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:56:36.73 ID:ha7ZcpN9o
強くなりたいと願い、日々研鑽を積む数多くのトレーナーたちにしてみれば冗談にもならない話だ。
だけど、自衛というのはわかりやすくて強い動機の一つなのかもしれない、と真姫。


真姫「……ま、いいわ。穂乃果と海未、それに他の子たちが見当たらないわね」

梨子「そうみたいね…善子ちゃんたちと、千歌ちゃんと曜ちゃんもいない…」

真姫「……心配ね。撤退していった中にも倒れている連中の中にも幹部たちの姿がない。オハラタワー社屋の中にいるのかもしれない」

梨子「………千歌ちゃん、それと曜ちゃん。もしかしたらまずい事になってるかもしれない…」

真姫「なんだか含みのある言い方ね。いいわ、社員の人に協力を仰いで社屋の中を探しましょう。ジムリーダーたちにも声をかけて…」

梨子「………真姫ちゃん、他の人に話を通すのは任せてもいいかしら。私は先に行くわ」

真姫「先に?いいけど、社屋内の鍵も地図もないんじゃ探す効率が…」

梨子「ううん、大丈夫」


そう告げると、梨子はホールと通路を遮る壁に手をあてがう。
カイリキーを見上げ…


梨子「カイリキー、壁ドンよ」

『リキァッ!!!』

真姫「………ブチ抜いて行ったわね。滅茶苦茶じゃない」


呆れながらにその背を見送り、真姫は状況に考察を巡らせる。
アライズ団にオハラへ襲撃を掛ける目的があるとすれば小原鞠莉の殺害。
しかし、それすら陽動だとすれば…


鞠莉「地下の研究、本命はそっちね」


確信めいて呟き、真姫は協力を仰ぐべくジムリーダーたちへと駆け寄っていく。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:57:16.19 ID:ha7ZcpN9o



オハラタワー最上階。

鞠莉を守るために集った警備員とポケモンたちは銃を構え、扉の閉じられたエレベーターシャフトへと意識を集中させている。
誰がやったのかは不明だがタワーの電源は落ちたまま、現在エレベーターは作動していない。

プラス、警備員のウォーグルが放ったブレイククローによってエレベーターの籠を吊り下げているワイヤーは切断してある。
つまり現在、この最上階へはまともな手段で登ってくることのできない状態であり、仮に上がってきたとしても一斉の射撃で…

ゴ、ゴン!ガゴ!


「く、来るぞ!!」
「備えろ!!」


硬質な何かが登ってくる音響、しかも相当の速度でだ。
警備員たちはそのポケモンが何であるかを知っている。
後退の途上、その恐るべき戦闘力で同僚たちが殲滅された光景を目の当たりにしている。

音が登り、扉のすぐそばへと迫り…!


「今だ!!爆破しろ!!」


仕掛けていた大量のプラスチック爆弾が破裂!シャフトの中を爆炎が満たす!
その衝撃と震度を前に、しかし警備員たちは誰一人として勝利を感じていない。「やったか」などとは誰も言わない。

ギ、ギ…!
凄まじい剛力に扉が引き開けられる。鉄扉の隙間に覗く、統堂英玲奈の怜悧な瞳!

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:57:43.61 ID:ha7ZcpN9o
「撃てぇ!全弾撃ち尽くせ!」
「全ポケモン!最強技を斉射!!」
「影も残すな!殺されるぞ!」

英玲奈「メタグロス、“しねんのずつき”だ」


硬質な金属塊を複数繋ぎ合わせたような奇怪かつ無機質な姿、真っ青なフォルムのそのポケモンは四つ足でエレベーターシャフトを登ってきた。
英玲奈はその背に直立不動、滑るようにフロアへと降り立って直後、無感動にメタグロスへと指示を出した。

メタグロスは体を回転機動、前面で英玲奈の盾となり、エスパータイプのエネルギーを纏わせた状態で壮絶な突撃を!!


……


オハラタワーの最上階、鞠莉の居室には静寂が揺蕩っている。
夜の澄み渡った空気がカーテンを揺らしていて、鞠莉は窓枠に指先を滑らせる。

ヘリポートには一機のヘリが停まっている。
最上階へと退避したのは空からの逃走を目指してのこと。
しかし機体には飛べないよう細工が施されていて、鞠莉は全てを、役員の裏切りを理解している。


鞠莉「あんなにノイジーだったのが嘘みたい。みんなやられちゃったのね、私のせいで…」

英玲奈「君に過失があったわけではない」

鞠莉「……慰めてくれるの?フフ、それならこのまま、見逃してくれたり…」

英玲奈「悪いが」

鞠莉「……!」


鞠莉の腹部を、英玲奈のナイフが深々と抉っている。

189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:58:10.89 ID:ha7ZcpN9o
「かは…」と小さく息を漏らす鞠莉。
その指が英玲奈の肩へと掛けられ、救いを求めるように視線が宙を泳ぐ。

ぐ…と、刃が捻り回される。
傷口を歪めて広げ、内臓を確実に壊し、刃渡り20センチほどの刃が鞠莉へと確実な死をもたらす。

鞠莉の目に涙が浮かび……
その顔がふにゃりとシンプルな作りへ、点々に口は“~”と波線、倒れた鞠莉の顔はすっかり簡単作画とでも呼ぶべき姿に変化している。


英玲奈「フ、やはり影武者か」

鞠莉「sorry…!メタモンっ!」


窓の外からモンスターボールの赤光が伸び、倒れてしまったメタモンを回収する。
広々としたテラスで踵を返し、少しでも英玲奈との距離を取るべくその端へと足早に駆ける。


鞠莉「あ…ぅっ…!」


…が、発砲。
英玲奈はすかさずトリガーを引き、鞠莉の右膝を撃ち抜いた。さらに左のふくらはぎを。

倒れ伏して血を流し、痛みに涙を浮かべ、それでも鞠莉は気丈。
強く、英玲奈を挑発的に睨みつける。


鞠莉「う、ぐ…フフン…noobね。一発で仕留められないのかしら、暗殺者さんは」

英玲奈「君が殺された、そのニュースに意味がある。報道のインパクトを考えれば、“一発撃たれて死亡”よりは“十数発の弾丸を浴びて死亡”の方がよほどセンセーショナルだろう」

鞠莉「………ッ、冷血な…」

190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:58:39.21 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「影武者を用意している、そこまでは良かった。だが甘いな。君はメタモンを見捨てて逃げるべきだった」

鞠莉「No way.そんなこと…できるわけないでしょう?」

英玲奈「命を大切に想える人間は尊敬に値する。私はその生き方を選べなかったからな」


英玲奈は銃を鞠莉へ向け…しかし、その手を止める。
その顔に、初めて人間味のある表情が浮かんだ。
鞠莉は血を流しながらも這いずり、テラスの淵へと手を掛けたのだ。

腰のボールは四つ。
アシレーヌ、チラチーノ、ペルシアンの三体は逃走の路で既に倒れていて、メタモンは今倒したばかり。つまり飛べるようなポケモンは所持していない。

それでも鞠莉はテラスから身を乗り出していて、大量の血を流しながらも明確な意思を持って前へ、前へと。


英玲奈「小原鞠莉。敵の手に掛かるより、誇り高き自死を選ぶか」

鞠莉「自殺?Nop.馬鹿げてる。私は…いつどんな時だって、決して望みを捨てたりしない」


赤に染まったパーティードレス、足の負傷と失血も、彼女の意思を挫くことは不可。
一流の女優めいて、気高く強風を受けるその姿には一切の恐れが見られない。

英玲奈は彼女への興味に銃口を下ろす。
二発撃たれた上で、最上階からの転落死。それも悪くはないだろう。


英玲奈「あるいは、運命が君を助けるか」

鞠莉「女の子はね、いつだって…白馬の王子さまが来てくれるって信じてるの♪」


両腕を広げ、身を傾け…
鞠莉は地上へと身を投げた。

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:59:07.40 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「………さて」


この距離から落ちれば肉片と血溜まり、美しくチャーミングな彼女の容姿は原型を残さないだろう。
死に至るまでの過程は警察のエスパータイプポケモンによる過去読で調べられ、一連の出来事はそれで報道に乗る。十分だ。

英玲奈は身を乗り出して地上へと目を向ける。
その態度はあくまで淡々…だが、瞳には微かな期待が秘められている。
小原鞠莉の強固な意思は、果たして奇跡を呼ぶのだろうか?


英玲奈「………なるほど」


見下ろす英玲奈、その頬へと飛沫が掛かる。
膨大に、甚大に、途轍もなく。
202メートルの高所に位置するオハラタワー最上階、そのわずか直下で、大量の水流が逆巻き渦を巻いている。

それは立ち上る水の竜巻。
数百トンに及ぶほどの水量、その渦の中心に圧倒的な存在感。
大海の意思を人の形へと固めたような、その少女の腕は力強く鞠莉を抱きしめている。

紫の瞳が、英玲奈へと津波のような敵意を向けている!


鞠莉「果南…きっと、きっと来てくれるって…!」

果南「ごめんね…鞠莉。ダイヤから鞠莉の様子がおかしかったって連絡を受けてさ、新しく四天王になった研修だとかを放り出して、カントーから帰ってきたよ」

英玲奈「四天王、松浦果南…!」

192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 03:59:45.09 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈は心の底から嬉しげに口元を笑ませている。
アキバリーグの現四天王で最も荒々しい戦闘スタイルと謳われる松浦果南、彼女なら死線を味わわせてくれるだろうかと!

だが、冷静な面も残されている。
ついに屋上、英玲奈より上へと到達した水禍を見上げ、「ふむ…」と唸り、果南へと問いかけを。


英玲奈「思うに…そのポケモン。私が君が全力でぶつかり合えば、オハラタワーの倒壊は免れないが」

果南「はぁ…?鞠莉を泣かせといてさ…利口ぶるなよ…この外道!!!!!」


膨大な水気は暗雲を呼び、タワーを、ヨッツメシティ全域の空を覆い尽くしている!
果南の激昂に応え、大水禍から姿を現わすそのポケモンは水神!!


果南「こいつ殺すよ。カイオーガ!!!」

英玲奈「フフ、素晴らしい…楽しませてくれそうだ…!」


対し、英玲奈が繰り出すのは鋼の巨躯、異世界からの来訪者。
オハラタワー突入前、海未たちが感じた強い振動は、武装部隊を壊滅へと追い込んだのはこのポケモンの重量落下!!


英玲奈「力を貸せ。テッカグヤ!!!」


異様なる咆哮!!
砲台めいた双腕が火を噴き、カイオーガへと害意を放っている。
二体が互いを見合い、オハラタワーを、ヨッツメシティ全域を激震させる!!

193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:00:38.35 ID:ha7ZcpN9o



聖良「救いの手は鉄壁に絶たれ、あなた方の望みは潰えました。さて、大人しく服毒していただけますね?」


防火扉の向こう、ルビィ、花丸、善子の三人へと迫る鹿角聖良。
ヨノワールの赤いモノアイは不気味に発光していて、その後ろには理亞がレントラーに牙を剥かせている。

あくまで淡々とした口調を保つ聖良、その態度は強い語気で迫られるよりもよほど、三人に状況の絶望感を提示、印象付けてくる。


ルビィ「……ぅ…っ」


ルビィは親しみやすくて朗らかな穂乃果に懐いている。
そんな穂乃果の実力はダイヤもはっきりと認めていて、(助かったぁ!)と、そう思ったのだ。

目の前にぶら下げられた“希望”を寸前で取り上げられ…
まるでらしくなく、頑張って立ち向かってみせたルビィ。しかし今、その心は折れてしまった。


ルビィ「ぅぇ…あれ…だめだよ、泣いちゃ…泣いたって、この人たちは許してくれないよ…ぅ、立たなきゃ…ひっく…な、涙…止まってよぉ…!」


ルビィの頭は一生懸命に考える。状況を理解しようと思考はまだ動いている。

泣いてたらマルちゃんと善子ちゃんを守れないし、
冷蔵庫のアイスはまだ食べてないし、録画したアニメもまだ見てないし、
お父さんとお母さんと、それから大好きな大好きな、とっても大好きなお姉ちゃん…
みんなと、もう二度と会えなくなっちゃうのに…!

それでもルビィの足は言うことを聞かず、へたりと力が抜けたまま立ち上がってくれない。
ピッピの短い手が涙を拭ってくれるが、とめどなく溢れてくる雫はポタポタと垂れて床を濡らしている。

そんなルビィの姿を目に、鹿角妹、理亞は口元を釣り上げて嘲笑を。


理亞「見て姉さま、この情けない子。ぐちゃぐちゃに泣いてみっともない」

聖良「理亞、油断してはダメよ。早く仕事を終わらせましょう」


そんなルビィと姉妹の間へ、花丸と善子が立ち塞がった。


善子「黙りなさい、悪党っ!」

花丸「ルビィちゃんは…ちっとも情けなくなんかないずら」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:01:05.95 ID:ha7ZcpN9o
苛立つ理亞、静かな中に威圧を漂わせる聖良。
しかし二人は一歩も引く構えを見せない。

花丸と善子の心は、ルビィが一番最初に挑んでいったことに大きく揺さぶられたのだ。


花丸「ルビィちゃんがマルたちを守ろうとしてくれたこと、本当に嬉しかったし…
思ったんだ、やっぱりマルの大親友は、黒澤ルビィちゃんは凄い子なんだ!って」

善子「まっ、いいやつだけど、ちょ~っと頼りない…そう思ってたから意外だったわ。
ピンチで見せる底力、そういうのってなーんか…カッコいいじゃない!」


…当然、気持ちだけで抗えるほどに甘い相手ではない。
二人が倒されるまで、三十秒と要さない。

ツボツボを倒され、後続のポケモンを持っていない花丸はレントラーの電撃を浴びて気絶。
善子のヤミカラスはヨノワールの冷凍パンチを受けて戦闘不能、おまけに凍り付いていて、善子もヨノワールに払われて床に伏している。

理亞は倒れた二人を踏み越えて、つかつかとルビィへ迫る。
生まれつきのつり目をさらに鋭く、見下ろす視線には害意が漲っている。

195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:01:42.91 ID:ha7ZcpN9o
理亞「ルビィ、ふざけた名前…お前から飲ませてやる。苛々するのよ、ゆびをふるで脅かしてみたり…!」

ルビィ(お姉ちゃん…もっといっぱい一緒にいたかったな…)

理亞「っ、と…?」


そんな理亞がよろけた。何かが足を…
振り向いて見れば、善子が足首を掴んでいるではないか。
それは意地。善子はあくまで強気に、臆さず、鹿角姉妹へと声を張り上げる。


善子「このヨハネの、リトルデーモンに…大切な友達たちに!手を出さないでよぉ!」

理亞「雑魚のくせに…!」

聖良「良い気概ですね。嫌いじゃないですよ?ヨノワール」


聖良は面白げに、それでいて冷たい声でポケモンへと指示を出す。
ガシリと、ヨノワールは善子の左腕、細い二の腕を両手で掴んだ。


聖良「あなたはこの子たちに手を出すなと要求する。なら私からも要求を。何かを求めるならその対価は支払われるべき、そうでしょう?」

善子「い、痛…!」

196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:02:13.36 ID:ha7ZcpN9o
みし…と、善子の腕が軋むのがわかる。
ヨノワールは善子の細腕へゆっくりと力をかけていく。まるでチューペットを折るかのような簡単さで。


聖良「今からあなたの腕を折ります。右腕が赤髪の子、左腕が茶髪の子。声を上げなければ見逃してあげますよ。両腕とも我慢できればあなたもね」

理亞「ね、姉さま…」

聖良「ほら理亞、左から行くわよ。毒の準備を」

善子「~~ッ……!!!(我慢してやる、我慢してやる…!ずら丸もルビィも私が助けるんだ、がんばれヨハネ!がんばれ善子…!)」

ルビィ「やめて!!やめてぇ!!」

聖良「ヨノワール。私のカウントが0になったら折りなさい」


ガチガチと震える歯、善子はキュッと目を瞑る。
3……、2……、
聖良のカウントが進む。
固く食いしばった善子の口、しかし麻酔もなく力任せに骨を折られる、そんな苦痛に耐えられるはずがない。
1……、
ゆったりとしたカウントは想像を招き、増幅する恐怖。善子の喉から嗚咽が漏れ…


聖良「0!」

善子「ひっ…!」

聖良「……と、言ったら折りますからね?ふふ、今のは練習。さあヨノワール。本番を」

善子「あ……あぁ……」

197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:02:41.17 ID:ha7ZcpN9o
再び3……、2……、と、嫌味なまでに猶予を持たせたカウントダウンが始まる。
善子が泣きそうになりながら固めていた覚悟。
聖良の底意地の悪い冗談は、それを無残に、微塵に打ち砕いてしまった。


善子「やだ…もうやだぁ…!」


1……、

と、それを遮る異音!

ヨノワールは手を止めている。
理亞は警戒に身を硬くしていて、聖良の鋭い目は音の出所を既に把握している。
下りた防火扉を何かが貫いている。それは頑強な顎、尖岩のような牙による破壊。
まるで解体用重機が鋼板を食い破るかのように、いとも容易くグチャグニャリと硬質な防火扉がこじ開けられる!

やがて人一人が抜けられるほどの穴が開き…


理亞「姉さま気を付けて、来る!」

聖良(……先ほど、赤髪の子は助けに来た彼女を“穂乃果さん”と呼んだ。
まず間違いなく、あんじゅさんが取り逃がしたという高坂穂乃果。侮るべきではない)

理亞「……来ない?」

聖良「…!理亞!今すぐにマスクをしなさい!」

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:03:21.16 ID:ha7ZcpN9o
聖良が鋭く発した警句を、穂乃果は扉に開けた穴越しに聞いている。
その傍らにはバタフリー。パタパタと翅を泳がせ、視認されにくい程度の濃度で少しずつ、開けた穴へと“ねむりごな”を送り込んでいたのだ。
ねむりごなが効果を及ぼすのはポケモン相手だけでなく人間にも。
あんじゅとの交戦、ビビヨンの脅威から学んだテクニック。穂乃果は敗戦を糧にできるタイプ!


穂乃果(うーん、楽できるかと思ったんだけどな)


そんなのんびりとした思考とは裏腹、穂乃果は戦術を看破されたと同時に電撃戦めいて穴の中へと踊り込んでいる。
天性の超集中。普段ののほほんとした性格が嘘のように研ぎ澄まされた感覚。
目は左右、高速で滑り瞬時に全員の位置どりを把握。ボールを叩きつけるように繰り出したリングマへとすかさず指示を!


聖良「理亞!」

理亞「な…!?」

穂乃果「リングマ!“きりさく”!」

『グルゥアァァァ!!!!』

理亞「あっ!レントラー!」


鋭く振るわれた爪はレントラーを跳ね上げ、その一撃は急所を捉えている。
腹へと深い裂傷を残し、まずは一匹戦闘不能!

聖良はヨノワールに掴ませている善子を人質としてペースを握ろうと思考、しかし穂乃果は先んじている!


穂乃果「バタフリー!もっかい“ねむりごな”!」

聖良(恐らく特性は“ふくがん”、留まればほぼ確実に外さない。まるであんじゅさんのビビヨンを真似たような戦術…!)

聖良「ヨノワール、両手を開けて距離を取りなさい」


怪腕による打撃を主戦術とするヨノワール、善子を抱えたままでは満足に技を放てない。
それを穂乃果は瞬時に看破、善子を巻き込むことを承知の上で眠りの鱗粉を振りまいている!


聖良(ポケモンへの即効性と人体への影響、両方のバランスを視野に収めた絶妙な散布量…高坂穂乃果、やはり侮れない!)

穂乃果(人間はねむりごなを吸い過ぎたら体の機能を壊しちゃうんだったよね、でもそれは吸い過ぎれば、の話。
毎晩自分の体で実験したんだ、どこまでの量なら体に悪影響が出ないのかを!)

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:03:49.40 ID:ha7ZcpN9o
二ヶ月。
洗頭の三幹部、穂乃果の場合は優木あんじゅに敗北してからの二ヶ月。

海未とことりがその人格を大きく変化させ、あるいは深いところで歪曲してしまったように、穂乃果もまた敗北に大きな変化を得ている。

ただしそれは、悪への追従や憧憬、同じ道を征くことでの対抗ではない。
あくまで我が道を、トレーナーとしての正道を守ったままで悪に抗してみせるという強い決心。
勇気と優しさと覚悟と、そんな少年漫画めいた“良い物”を一つも捨てずに立ち向かってみせるという太陽の精神!


穂乃果(だって悔しいよ、やられたから道を変えるなんて…人生を変えられるなんてさ)

穂乃果(ことりちゃんがいなくなって、海未ちゃんの中でも何かが掛け変わってて。じゃあ穂乃果が二人を助けてあげなくちゃだよね)

穂乃果(そのためにはどうすればいいか、もう悪には負けない。
私らしいままで、私たちのやり方でも悪に勝てるんだって、二人に見せてあげるんだ!)

穂乃果「だって私、結構意地っ張りなんだよね!」

聖良「わけのわからない事を…」

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:04:36.78 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果のバタフリーは悪と対峙するため、穂乃果にとって一つの戦術の要。
人質を取られても能動性を失わず、巻き込みたくない人間を気にせず悪を無力化することを可能とするのが鱗粉。
相手がトレーナーへの攻撃を躊躇わないのなら、こっちもモラルの範疇で最大限の攻撃を!

そんな穂乃果の瞳に意思の光を見たのだろうか、聖良は呼吸を一つ、敵意の深度を今よりも一つ沈めて静謐。
瞳には悪の黒が宿っている。例えるなら星光を覆う深々の夜空。それは三幹部と同じ色。


聖良「認めます、あなたは優れたトレーナーだと。それを理解した上で、改めて。我々はあんじゅさんに代わり、全力であなたを叩き潰す!」

理亞「覚悟…!」


臨戦、しかし穂乃果はナチュラルな微笑を浮かべて敵意を受ける。
そしてあくまで健やかに、自然体のまま言い放つ。


穂乃果「私はもう負けないよ」


アライズ団の鹿角姉妹が勝負を仕掛けてきた!

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:05:07.54 ID:ha7ZcpN9o
善子「……助かっ…た…?」


ゴーストタイプの怪腕、怖気の立つ悪寒から解放され、善子の視界が安堵にくらりと回る。
倒れた善子をルビィが抱きとめ、引きずって花丸の倒れている壁際へと避難する。


ルビィ「穂乃果さん、すごい…!」


穂乃果はリングマを素早く戻し、新戦力のチゴラスを繰り出している。
理亞が二匹目、グライオンを展開するよりも早く、チゴラスが大顎を広げてヨノワールへと飛びかかる!


聖良「自らレンジに入ってくれるのなら好都合。ヨノワール、“れいとうパンチ”で沈めて」

穂乃果「バタフリー、“しびれごな”!チゴラスはそのまま突撃して“かみくだく”!」

聖良「っ、しまった!麻痺した分、ヨノワールの反応が遅れて…!」

『グルゥアゥ!!!』


チゴラスの頑強なアゴがヨノワールの胴体へと食らいついた。
あくタイプに分類される“かみくだく”、そのキモは憂慮なき即断。
悪と分類されるだけあって、顎撃には相手を傷付けることへの躊躇がまるでない。
ゴーストタイプに共通する特徴、物理撃を無効化する透過能力、その発動よりも先んじて牙を食い込ませる!

202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:05:45.15 ID:ha7ZcpN9o
チゴラスの一撃は効果抜群!
穂乃果の手に加わった新戦力、幼き暴君チゴラスは自慢げ、ヨノワールをふらつかせたことに雄叫びをあげている。

ただ、進化前のチゴラスと進化済みのヨノワールの間では能力差が残っている。
まだ完全な打倒へは至っておらず、聖良は返しの“れいとうパンチ”で弱点を突いて仕留めるべきかを思案する。


聖良(そう、冷凍パンチを当てれば確実に仕留められる。しかし麻痺は痛い。痺れが走れば技が不発に終わる可能性もあり、そうなれば今度こそヨノワールは落ちる)

聖良「戻りなさい、ヨノワール」


思索の果て、聖良はヨノワールをボールへと収める。
その直後にバタフリーがヨノワールのいた場所へとサイケ光線を撃ち込んでいて、「惜しいっ!」と穂乃果は足踏み一つ。

チゴラスの“かみくだく”以降の思考と攻防はわずか五秒足らずの間、目まぐるしく行われていて、既に戦局は聖良のムクホークと理亞のグライオン、チゴラスとバタフリーの交戦へと切り替わっている。


ルビィ(は、早いよぉ…!)


そんな戦場を目の当たりに、ルビィは息つく暇さえ忘れて見入っている。

203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:06:35.58 ID:ha7ZcpN9o
ダイイチシティで洗頭を目の当たりにした一件をきっかけに、ルビィはトレーナーとしての道のりを少しずつ歩み始めている。
なんだか気恥ずかしくてまだ誰にも、姉にさえ教えていないのだが、実家のジムで少しずつ知識を蓄えていっているところなのだ。

実家のジムには新人トレーナー育成用のシミュレーターが設置してあり、属性相性やポケモンの種類、戦闘の流れなどをゲーム感覚で学ぶことができる。
つい先日、その全カリキュラムをクリアしたばかりのルビィは、ほんの小指の爪ほどの自信を付けていた。自分もちょっとは実戦をこなせるようになってるんじゃないかなぁ?と。


ルビィ(けど全然違うよ!動きは早いし考える時間は全然ないし、怖いよぉ!!)


実戦とシミュレーターの一番の違いは求められる判断力。
実戦はターン制ではないし、なにより悪との戦闘ではトレーナーが狙われる。

しかし眼前の穂乃果はそんな戦いを、確とした意思で踏み越えようとしているのだ!


穂乃果「チゴラス!“いわなだれ”!」

聖良「ムクホーク、“インファイト”」


チゴラスが顎で壁床を噛み荒らして崩す。
たっぷりと用意されたコンクリートの弾丸、それを恐竜の強靭な尾で叩きつけ、まさしく岩雪崩めいて相手へと打ち出した!
応じてムクホーク、勇敢なる猛禽ポケモンは岩に翼を叩かれるのにも臆さず突撃、チゴラスの懐へと潜り込んで脚と頭突きで壮絶なインファイトを仕掛ける!

激突!互いに効果バツグンの攻撃を受け、双方がほぼ同時にノックアウト!

穂乃果はボールへとチゴラスを収め、リングマを繰り出しながら戦況を思案する。


穂乃果(チゴラスが頑張ってくれたけどやられちゃって、これで私の手持ちは三匹。
向こうはお姉さんの方のムクホークが倒れてて、残りボール二つ。片方のヨノワールはかなりダメージを与えてる)


穂乃果「バタフリー!“サイケこうせん”だよ!」

『フィィィッッ!!!』

理亞「グライオン!“つじぎり”ッッ!!」

『グラァッ!!!』


穂乃果(相打ち!チゴラスの“いわなだれ”がグライオンも巻き込んでたのが効いたね!
これで妹の方はレントラーとグライオンを倒して残りボール一つ。これならいける…)

穂乃果「よーし!行っちゃえリザード!」

『リザァァッ!!!』

204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:07:06.38 ID:ha7ZcpN9o
手応えを掴みつつ、穂乃果は満を持してエースのリザードを繰り出した。
ホールでの乱戦の中でレベルを少し上げていて、さらにさっき立ち寄った部屋で研究員たちの治療を受けて体力は万全!
やる気満々といった調子で尾の炎も燃えている!

対し、鹿角姉妹。
理亞は穂乃果の予想外の強さに、思わず一歩、じりりと後ずさる。

並ぶ穂乃果の残り二体、リザードとリングマはどちらもそれなりに高レベル。
なによりこの穂乃果とかいう女、判断力と思いきりの良さが尋常じゃない!


理亞「…っ」

聖良「落ち着きなさい、理亞」

理亞「姉さま…」

聖良「“この子たち”がいる限り、私たちに負けはない。でしょう?」

理亞「……はい!」


聖良と理亞はそれぞれ、まだ場に出していない残り一つのボールを手に握る。
その瞳は自信に満ちていて、ピッタリと息の合った動作で新たなポケモンを場に放つ!


聖良「行きなさい、マニューラ」
理亞「行けっ!マニューラ!」

205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:07:38.97 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「マニューラ!えっと、ええと…」


ルビィはシミュレーターで学んだ記憶を手繰る。
タイプはあく・こおり。
シンオウ地方などの寒冷地に住まう黒猫に似たポケモンで、武器はその分類“かぎづめポケモン”に示されているように、三本の鋭利で長い鉤爪。


ルビィ(それで、とっても速くて攻撃力が高い!穂乃果さんっ…!)


穂乃果「マニューラ、かぁ…」


呟き、穂乃果は今日初めての強い警戒を心に宿す。
二ヶ月の旅路でマニューラの進化前、野生のニューラとは交戦する機会があった。驚くほどに素早く、かつズル賢い。
それがトレーナーに連れられていて、しかも切り札然とした調子で出てきた高レベルとなれば…


理亞「マニューラ!“ねこだまし”っ!」


ハイスピードの踏み出し、リングマの目の前で叩き合わせる両手!
力士がする猫騙しと要領は同じだ。しかしポケモンが、それも攻撃力に長けた進化体のポケモンが使えば衝撃波が微かなダメージを負わせ、強制的にリングマの目を閉じさせる。

その足元へ滑り込む二匹目のマニューラ!


聖良「マニューラ、“けたぐり”」


ズパン!とキレの良い一撃。
ローキックめいた足払いがリングマの足元を強く掬った。
初撃に怯んでいたところを勢いよく倒された衝撃は激しく、リングマは呻いてそのまま気絶した。

その攻撃力もさることながら、なにより恐るべきは二匹のマニューラの連携速度!
素早い判断力が身上の穂乃果でさえ対応することができなかった!


穂乃果「っ、リングマ!お疲れさま!」

理亞「ようやく追い詰めた」

聖良「さあ、残りはそのリザードだけ。どうします?逃げてみますか?」

穂乃果「逃げるっ!!」

聖良「は…?」

206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:08:15.96 ID:ha7ZcpN9o
言葉通りに偽りなく、穂乃果はくるりと背を向け駆け出した。リザードも一緒に。


理亞「あ、あいつ、本当に逃げたの?」

聖良(……どうする、今追えば確実に仕留められる。けれど下された任務はこの三人の少女たちの確保で、高坂穂乃果が逃げていっている今ならそれは容易に可能)

理亞「姉さま…」

聖良(しかし…正直、この三人の確保はあんじゅさんの趣味でしかない。
あのリザードは元々三幹部の皆さんがわざわざ出向いてまで確保しようとしたオトノキ産ポケモン。
それを確保し、さらに高坂穂乃果に服毒させて連れていけばあんじゅさんだけでなく、三幹部の皆さんを喜ばせることができるのでは?)

理亞「姉さま!どうする!」

聖良「追いましょう」

理亞「この三人は?」

聖良「放置して構わないわ。人質にしようにも抱えて移動すれば機動力が落ちる。高坂穂乃果を逃してしまう」

理亞「わかった」

穂乃果(よし、やっぱり追ってきた!)


207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:08:43.12 ID:ha7ZcpN9o
背後、駆け出した鹿角姉妹を目に、穂乃果は狙い通りと一息。
逃げたことでルビィたちが狙われる可能性はもちろん思案していた。
ただ、諸々の状況を合わせて考えれば、鹿角姉妹にとっては穂乃果とルビィたちとの二択だ。
穂乃果は鹿角姉妹の…とりわけ姉の聖良の思考力を信じ、逃げの一手を打ったのだ。
あの姉なら考え違いをせずに追ってくるはずだと。


穂乃果「これでルビィちゃんたちの方に行こうとするなら振り返って即攻撃しなきゃだった。
逃げからのいきなり攻撃はリザードとたくさん練習してきてるけど、成功率100%!とはいかないもんね」

『ザァドッ』


相棒と顔を見合わせ、穂乃果は猛然とダッシュ。
目指すはフロア内、カードキーを託された屋内ビオトープ!


ルビィ「い、いっちゃった…」


一方、残されたルビィは嵐のように去っていった穂乃果と敵二人を見送り、ぽかんと口を開いている。

穂乃果が逃げ出した時も心配はしなかった。
本気でルビィたちを見捨てて逃げるタイプではないと知っているし、鹿角姉妹からは死角になる角度で「心配しないでね」と穂乃果は口を動かしてみせていたのだ。

208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:09:11.14 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「だけど、残りはリザードだけで…穂乃果さん、大丈夫かな…」

花丸「る、ルビィちゃん…」

ルビィ「あっ!マルちゃん!」


電撃を浴びて気絶していた花丸が意識を取り戻したのだ。
ルビィは心底嬉しそうに顔をほころばせ、大親友のふんわり柔らかい体に思いっきり抱きついた。


ルビィ「体は大丈夫…?」

花丸「うん…少しくらっとするけど、大丈夫そう。痺れがあって起き上がれなかったけど、少し前から意識は戻ってたずら」


攻撃されたと言っても、鹿角姉妹にとってルビィたち三人はあんじゅに捧げる献上品。体に後遺症を残すようなダメージは負わされていない。
善子の腕を折ろうとしたのはブラフのお遊びだったのか、姉の残虐性が暴走したのかは定かでないが。

ともあれ安堵。
花丸をギュッと抱きしめて涙を浮かべるルビィ、花丸もまた華奢な親友の体を抱きしめて涙を浮かべている。
が、しかし。


花丸「…ずら」

ルビィ「マルちゃん…?」


花丸はそんなルビィの体を引き離し、真剣な顔つきでルビィへと声を掛ける。

209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:09:38.83 ID:ha7ZcpN9o
花丸「ルビィちゃん、穂乃果さんたちの戦いが気になってるんだよね」

ルビィ「それは…もちろん、うん」

花丸「あ、ええと、マルが言いたいのは普通の気になってるとは少し違って…
ルビィちゃんは“トレーナー”として、穂乃果さんたちの戦いを気にしてる」

ルビィ「ま、マルちゃん…」

花丸「わかるずら、親友だもん。ずっとピィだったのをピッピに進化させてて、昔よりポケモンを見る目がキラキラしてて…
ルビィちゃん、夢を見つけたんだなって。トレーナーを目指そうとしてるんだって、マルは嬉しかったんだ」

ルビィ「……うん…!」


頷き、肯定。
ルビィは今初めて、姉や穂乃果みたいなトレーナーになりたいという意思を人に示した。
それをそっと尊ぶように花丸は微笑んで、まだ痺れが抜けきらず言うことを聞かない手でルビィの手を引き、立たせる。


花丸「穂乃果さんはすごく強いけど、でもきっとギリギリの戦い。
ルビィちゃん、行ってあげて。穂乃果さんのためにも、ルビィちゃんのためにも!」

ルビィ「………うんっ!!」


トレーナーとしての強い意思を瞳に、ルビィはピッピと共に立つ。まだピッピは戦える!
前を見据えて駆け出すルビィへ、ふと思いついたように花丸はもう一声。


花丸「あっ、でも状況はよく見てね。ルビィちゃんが飛び出して人質に取られて、逆に足を引っ張る、みたいな展開だけは絶対!避けなきゃいけないずら」

ルビィ「そ、そうだよねっ。うん…行ってくる!」


頭脳明晰な友人からの警句を胸に刻み、ルビィの心から初心にありがちな蛮勇の色は失せる。
生来の臆病さをしっかり活かして慎重に。臆病さとは生存能力の裏返し。

廊下の奥から響く戦音が道しるべになってくれる。
穂乃果と鹿角姉妹の戦いはクライマックスへと向け、既に白熱を増している。


ルビィ「穂乃果さん、今行きますっ…!」

210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:11:26.65 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「リザード、“えんまく”であの子たちの邪魔しちゃえ!思いっきりモクモクって!」

『ザルルッ!』


穂乃果の指示する通り、リザードはしっぽの炎から黒煙を燻らせる。
不完全燃焼を起こした焚き火のように濛々、思わず咳き込んでしまうほどの濃度で廊下を墨色に染め上げている。

追う鹿角姉妹は口元を遮蔽度の高いマスクで覆っているが、それでも目がしばつくのは防げず舌打ちを。


理亞「煙た…っ、嫌らしい技を…」

聖良「機転を利かせて搦め手を重ねてくる、かと思えば前に出ることを厭わない。読みにくいタイプ…だからこそ、背を取っているここで仕留めたい」

理亞「姉さま、私のマニューラに突っ込ませる」

聖良「ええ、援護するわ」


穂乃果(煙幕でトレーナーの二人の視界は利かないはずだよね。だとして、私なら…)

『ニュゥラッ!!』

穂乃果「マニューラを突っ込ませての奇襲だよね!受けるよリザード!“ニトロチャージ”で足元!」

『ガァッ!!』

211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:12:01.45 ID:ha7ZcpN9o
黒煙で追っ手の姿が見えにくいのは穂乃果たちにとっても同じ。
鹿角姉妹はそこを突くべく、マニューラを低い姿勢で突撃させている。
技は爪の鋭さを十全に活かせる“つじぎり”、その対象は穂乃果、狙うはアキレス腱!


穂乃果「やっぱり低く来た!」


穂乃果はそれを理解している。
あんじゅとの一度の対峙は未だ鮮烈なイメージとして残されていて、その指示に従っている鹿角姉妹ならトレーナーの足を損ねにくると読んでいた。

技マシンで提供された技の一つ“ニトロチャージ”。
リザードはどちらかといえば特殊技にステータスの寄ったポケモンだが、アライズ団を相手取るにはあらゆる局面に対応できる技が必要。
トレーナーへの攻撃を防ぐために一つ覚えさせておいた物理技がこれだ。

リザードは全身に炎を纏わせ、その熱量を力強さへと変えて手のツメを振り下ろす。
鋭音、マニューラとリザードの爪が衝突し、穂乃果を狙った一撃を見事に防ぎ払う!


穂乃果「よしっ」


読みの的中にふふんと少し得意げ、穂乃果はリザードに親指を立てて労いを。
歩きにくいパーティー用のヒールはとっくに投げ捨てていて裸足、旅路に培われた健脚で穂乃果は駆けつつ思考は次へ。


穂乃果(リザードは炎であっちは氷タイプ、正面から戦うよりはトレーナーを狙う方が簡単。
悪の組織になったつもりで相手の立場に立って、それで効率のよさを重視したら結構読めるもんね!)

穂乃果「それでついでに…」

『リッザァ!!』

穂乃果「リザードの素早さも上がる!」


ニトロチャージの発動により、まるでエンジンに点火したように尾の火勢が増している。
炎タイプが炎を纏うことによっての肉体活性、それがニトロチャージの追加効果!

壁を蹴って三角飛びの要領、マニューラは再び機敏に爪を振るう。
リザードは動じず手首を掴み、突撃してきた勢いをそのままに投げ返す!

212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:12:40.30 ID:ha7ZcpN9o
二撃を防がれ、マニューラはくるりと回転着地。
身を伏したアサシンめいた挙動で煙幕の中へと退いていく。

マニューラの二撃目はあくまで牽制、いわば鍔迫り合いで、お互いに有効打は入っていない。
つまりリザードを加速させた穂乃果に一片の歩がある…が、瞬間。穂乃果のふくらはぎにひりつくような痛みが走る。


穂乃果「痛っ!?足に血が滲んで…何かが当たった?」

聖良「“こおりのつぶて”、氷タイプ最速の礫弾。威力はそれほど高くないけれど、数をばら撒かせるには最適の技。一発は掠めてくれたようですね」

理亞「さすが姉さま、これで追いつける…!」


視界は晴れていないが、床に点々と残る血の跡が穂乃果たちが近いことを教えてくれる。
俄然勢いづいた理亞はマニューラと共に黒煙を抜ける!


理亞「……何?これは。今度は白いモヤが…」

聖良「マニューラ!理亞を抱えて下がりなさい!」

『ニャウァ!』

理亞「っ…!?」

穂乃果「リザード、“かえんほうしゃ”」

213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:13:21.95 ID:ha7ZcpN9o
リザードの口から放たれる業火、それは社員たちに提供された技マシンの恩恵。
汎用的な炎技の中で安定性と威力のバランスが最も良い“かえんほうしゃ”。

が、それはいい。
ニトロチャージを使った時点で技マシンの可能性は姉妹の思考に含まれていて、火炎放射は想定の範疇。
様々な戦闘を経ている鹿角姉妹が驚くことはない、そのはずだった。

しかしそれは想像の遥か上!眩く爆ぜる大火!!!


理亞「きゃあっ!!?」

聖良「頭を下げて」


聖良の声を受けたマニューラに間一髪で後退させられた理亞は、突如、理解不能の大爆炎に目を白黒とさせ、思わず少女の悲鳴を上げている。
聖良はそんな妹の肩を抱いて落ち着かせ、炎上範囲からギリギリ手前、その先にいる穂乃果へと鋭く睨みを利かせている。

火が収まった廊下、足元に落ちていたのは“フラワー”と書かれた黄色い袋。
同じ袋が焼け焦げた残骸も複数落ちていて、何袋もの中身をぶちまけたのだと理解する。

214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:13:53.48 ID:ha7ZcpN9o
聖良「小麦粉ですか…味な真似を」

穂乃果「粉塵爆発、頭の良くない私でもこれは知ってるよ。漫画とかでよく見る定番だもんね!」


再び姉妹と距離を開いて走りつつ、穂乃果はしてやったりと笑みを浮かべる。
思ったよりも火力が出て少し驚いたが、あの手練れの姉妹なら炎にまかれて大ヤケドということもないだろう。

穂乃果が手にした鞄はいつもの旅用リュックとはまるで別物、真姫の親戚の店で手に入れたおしゃれな高級ハンドバッグ。
ボールなどのトレーナー用品、着替えや諸々の日用品は真姫の親戚に預けて荷物を減らしてある。せっかくのブランド鞄も、膨れ上がっていてはみっともなく見えてしまうからだ。
それでも穂乃果はポケモン用の薬を少しと、プラス小麦粉だけは断固と鞄に詰めていた。

まさか火薬を持ち歩くわけにもいかないが、小麦粉ならどこのスーパーでだって安価で手に入る。
戦闘時に小麦粉をぶちまければ、それだけでリザードの炎をより強めることができる。まさにお手軽兵器!


穂乃果「こういう廊下みたいな狭い場所でしか使えないけど…っと、ついた!ビオトープ!」

215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:14:35.69 ID:ha7ZcpN9o
素早くカードキーを滑らせ、認証音と共に開いた扉へと飛び込む!

「わぁ…」と思わず漏れる声。
そこに広がっていたのは広々とした自然の風景。
ビオトープと言うだけあって、ポケモンたちを野生に近い環境で棲息させている部屋のようだ。
突然部屋に入ってきた見知らぬ人間に驚いて姿を隠しているようだが、チチチ、キリキリとなにかしらのポケモンの声も聞こえている。
木々に草が生い茂り、部屋の隅には池と川のせせらぎ。
そよぐ風は自然風かと間違うほどに柔らかで、新緑の香りに鼻先をくすぐられ、穂乃果はくしゃみを一つ。


『リザッ!!』

穂乃果「うんうん、まだバトル中だよね!」

聖良「その通り。ようやく追いつきましたよ、高坂穂乃果さん」


背後、部屋の入り口に聖良とマニューラが立っている。
思った以上の手こずりにも表情は余裕を保ったまま。嫌味なほどに落ち着き払った語調は繕いではなく、あくまで本質の性格に近いものらしい。

だがそれは姉だけ。
少し遅れて現れた理亞の顔は青ざめていて、これまでルビィたちや穂乃果へと浴びせていた、強気かつ辛辣な語気は鳴りを潜めている。

(あれ、どうしたんだろ?)と穂乃果は内心に疑問を抱く。
そんな穂乃果の心中を悟ったかのように、聖良は穂乃果を軽く睨みつけて口を開く。


聖良「あなたが起こした爆発、巻き込まれかけた理亞は軽いショック状態です。
火は根源的な恐怖を呼び覚ます。よくもやってくれましたね」

穂乃果「あー、さっきので」

理亞「ね、姉さま…」

聖良「理亞、無理をしないで。私があなたのマニューラにも指示を出すから、後ろで見ていなさい」

理亞「私は…私はまだやれる!」


声を張り上げて主張する理亞。
聖良は振り向き…そんな妹の頬を優しく撫でた。


聖良「理亞、気負う必要はないわ。あなたは妹、私よりも年下。あなたが追いついてくるまでは私が守る。だから今は、成長のために観察しなさい」

理亞「………はい…」

216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:15:03.90 ID:ha7ZcpN9o
諭され、妹は一歩引いた壁際へと位置を移す。
それに従い二匹のマニューラは姉の両側に立ち、聖良は穂乃果とリザードを静かに見据える。

ふと、穂乃果が尋ねかける。


穂乃果「妹さん、大事にしてるんだね」

聖良「ええ、たった一人の肉親ですから」

穂乃果「そっか。私にも妹がいるから、その気持ちはわかるよ」


少し間を置き…
穂乃果は聖良を鋭く睨む。


穂乃果「あなたたちが酷い目に遭わせようとしてたルビィちゃん。あの子にもお姉さんがいるの」

聖良「……」

穂乃果「ジムリーダーだから知ってるかもだけど、ダイヤさんって言ってね。ルビィちゃんのことをデロデロに可愛がってるんだ」

聖良「…そうですか」

穂乃果「同じお姉さんって立場、もし妹が連れ去られたらって…二度と会えなくなったらって!自分で考えてみてよ!あなたは何も思わないの!?」

217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:15:34.05 ID:ha7ZcpN9o
表情豊かでこそあれ、基本的にはいつも笑顔。そんな穂乃果らしくない、怒りを感じさせる口調での問いかけだ。
それを受けて、少し目を伏せ…聖良は低い嘲笑、問いを斬って捨てた。


聖良「同じ立場になってみたら。そんなこと考えたこともないし、これから先も考えることはないでしょうね。他人のことなんて知ったことじゃ…

穂乃果「今だリザード!“かえんほうしゃ”だよ!!」

『リザァァァッ!!!!』

聖良「は?、っ…!」


困惑、飛び退く!!
マニューラたちと聖良が辛うじて横飛びに躱したその位置を、リザードの吐き出した火炎が猛然と焼き抜いていく。

見れば穂乃果は「惜っしい!」と指打ちをしていて、リザードと共に戦いやすい位置どりへと走って行っている。

聖良の答えに怒っての攻撃か?
いや、そういう雰囲気ではない。まるで…否、間違いなくタイミングを見計らっての決め撃ちだ。
義憤に震えて放ったようなあの問いかけは、単に聖良の隙を作るためでしかなかったのだ!


理亞「ひっ、卑怯…!」

218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:16:04.52 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「別に、本当に聞きたかったわけじゃないもんね。人の立場で考えられる人はそもそも悪の組織なんかに入らないし、聞いたって意味ないのはわかってるもん。それに…」

聖良「……それに?」

穂乃果「戦隊モノとか変身ヒロインとかを見てる時、敵は変身中に攻撃すればいいのに~…って昔から思ってたんだ!」

聖良「それとこれとは別の話でしょう。そっちから質問しておいて…つくづく舐めた方ですね、あなたは」


聖良は気を取り直し、ハンドサインでマニューラたちへと指示を出す。


聖良(“つばめがえし”、からの“つじぎり”)

穂乃果(マニューラが動き出した!もう指示を出したの?)


技名を口に出さないことで、相手のトレーナーの対応を遅らせるのだ。
アライズ団の実働部隊、三幹部の英玲奈直々に鍛えられたテクニックの一つ。

二匹のマニューラはその機動力を活かして左右上下、目まぐるしく立ち位置を入れ替えながらリザードへと迫っていく。


聖良(高坂穂乃果、いかにその判断力が優れていようと、人間の目にマニューラたちの速度を見切ることは不可能!)

穂乃果(だったらシンプルに!私の目で見なくたっていい。任せるよ、リザード!)

聖良(“かえんほうしゃ”ですか?確実に仕留めるためにはそれしかないでしょうね。
ですがリザードはまだ中間進化体。その火力からの射出半径ならマニューラは避け切ってみせる!)

穂乃果「行くよリザード!!全力ぅっ…“かえんほうしゃ”!!!!」

『ゥゥヴ…ッッ!!リザァァァァド!!!!』

219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:16:32.19 ID:ha7ZcpN9o
聖良「何故!」


聖良は叫んでいる。叫ばずにはいられなかった。
マニューラの速度なら避けられるはずの、当たるはずのないリザードの火炎が、理亞のマニューラを強かに捉えて焼き飛ばした!

猛然の火勢にマニューラは舞い、ドサリと草むらに落ちて戦闘不能。
「マニューラ…!」と悲しげな声を漏らす理亞、姉ははっきりと怒りに満ちた目で穂乃果とリザードを睨む。
聖良のマニューラが放った“つじぎり”がヒットしてふらついてはいるものの、未だリザードは健在。
高坂穂乃果の瞳は、得体の知れない確信に満ちている!


聖良「何故…リザードにそんな火が出せる!」

穂乃果「上だよ!」

聖良「上…?」


見上げ…理解。

穂乃果がビオトープへと走った理由を鹿角聖良は理解する。
野生ポケモンたちの健康を保ち、その棲息のために必要な環境を整える設備がそこにある。
指を高らかに掲げ、天を指し…高坂穂乃果はその瞳に陽を宿す。


穂乃果「“にほんばれ”」

聖良「強い日光が、炎の威力を飛躍的に高めている…!」


穂乃果へとビオトープのカードキーを託した社員、彼女の言った手助けとはこれだ。
停電に陥ったオハラタワーの中でも、このビオトープは動作している。仮に生態系が壊れれば損害額が大きいため、優先して予備電源が回されるのだ。

その日照システムを、社員たちは遠隔操作でMAXに!
リザードが最高火力を出すための条件を揃えてくれていた!

…その経緯を聖良は知らない。
穂乃果自身の力なのか、誰か他人の助力があったのか、それは聖良にとって関係のないこと。
過程はどうあれ、穂乃果が状況の全てを活かしてこの戦況にこぎつけてみせたのは事実なのだ。

そして今、ただ一つ理解すべきは、高坂穂乃果はここで倒さなくてはならないということ。


聖良(さもないと、高坂穂乃果はアライズ団にとっての天敵になるかもしれない!)

220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:17:01.43 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果とリザード、聖良とマニューラ。
互いに見合い…決着は一瞬、それを双方が理解している。

呼吸…


聖良「マニューラ…全身全霊で!“つじぎり”!!!」


駆ける!

聖良のマニューラは理亞のよりも数レベル上。
たとえリザードの火炎が増幅されているとしても、それを避けて爪を叩き込ませる自信が聖良にはある!

残火燃える草原を踏み越え、重心を左に、フェイントで右上方へと跳躍!
マニューラは高く、鋭く魔爪を尖らせる。主人の意思を、聖良の悪としての矜持を乗せた一斬を、縦回転から凄絶に直下させる!!


『マニュアッッ!!!!』


穂乃果「“猛火”」


穂乃果の呟き、それはリザードの特性。
傷を負い、危機に追い込まれた時に目覚める真の力。竜の体に眠る真炎の力!
リザードの尾先から全身へとまさに猛火、劫火が轟然と燃え哮り、照りつける日差しの力と重なり、その炎は烈烈の赤を成す!!

すっと、穂乃果は指し示す。


穂乃果「リザード、思いっきり…“かえんほうしゃ”!!!」


迸る絶炎!!!!

221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:17:32.77 ID:ha7ZcpN9o
理亞「あ…ありえない…!」


二匹目、聖良のマニューラが倒れている。

リザードが咆哮に吐した爆炎はあまりに広くあまりに大きく、マニューラの機動性を以ってしても回避は能わなかった。
戦闘の継続…できるはずもない。聖良が手塩にかけて鍛え上げたエースは完膚なきまでにノックアウトされていて、意識を完全に断ち切られている。

理亞にとってマニューラの敗北は尊敬してやまない姉の敗北に等しく、到底認められるはずもない現実に嗚咽めいた叫びが漏れる。


理亞「……ざけるな……認めない…認めない!姉さまは強いんだ!すごいんだ!!高坂穂乃果!お前さえいなくなれば!!!」


裂けるように声を張り、理亞はその懐から黒い塊を取り出す。
それは“黒星”、中国製の密造トカレフ!
認めたくない現実は決してしまえばいい、理亞は穂乃果の横顔へと銃口を向け!


ルビィ「ぴ、ピッピ!“はたく”っ!」

『ピッピ!』

理亞「ぶはっ!!」

ルビィ「………か、勝ったぁ!」


まるまるとマスコットめいていてもポケモンはポケモン、思いきり叩けば人間の意識ぐらいは飛ばせるものだ。
部屋の外でこっそり見守っていたルビィのピッピに痛烈な張り手を食らい、理亞は拳銃を手放しどさりと気絶する。

そんな妹たちのやりとりに目を向ける余裕がないほど、聖良はマニューラの敗北に衝撃を受けている。

222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:18:10.82 ID:ha7ZcpN9o
聖良「…………っ、負けた。……が、まだ!」


マニューラは聖良にとってのプライド。
誇りを折られた精神的な痛手は隠せないが、それでも任務を遂行しなくては。
聖良が手を掛けるのは残り一つのボール、負傷と麻痺を重ねているヨノワール。

しかしリザードの全身は未だ炎に巻かれていて、まるで限界を超えて発揮した火力にオーバーヒートを起こしているようにも見える。

穂乃果はその傍らでリザードを見つめていて、こちらへの注意が散漫になっている。
ならば殺れる。穂乃果とリザードをまとめて葬り去れる、絶好の一撃をヨノワールは持っている!

気配を殺し、そっと静かに展開。
現れたヨノワールは聖良の目配せに、両の怪腕を高く掲げ…それを振り下ろす!


聖良「ヨノワール!“じしん”!」


拳が地面を叩き、ヨノワールの体に詰め込まれた魔力めいたエネルギーが地を駆ける!
それは大地の力へと変換され、ほのおタイプのリザードが苦手とするじめんタイプの大技として襲いかかる!


聖良「この位置なら…高坂穂乃果も巻き込める。私は負けない。私が負ける姿を理亞には見せない!!」

223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:18:38.80 ID:ha7ZcpN9o
…バサリ、バサリと、勇壮な羽音は上から。

地震のエネルギーが到達するかという寸前、リザードの炎は膨れ上がって穂乃果を飲み込み。そして上へ。
飛べば地震は当たらない、当然だ。

聖良は見上げている。
冷静と微笑を保ち続けたその口元は丸く開かれていて、唖然を隠せない。


聖良「戦闘中に…進化、させた?」


ルビィも見上げている。
橙の竜体、鋭い両翼。
穂乃果を背に乗せ、漏れる呼気は火炎に染まり、尾の灯火はさらなる隆盛を。
勇ましいその姿は、ルビィに強い感動を覚えさせる。


ルビィ「すごい…すごいよ、穂乃果さん…!」


穂乃果はさらなる進化を遂げた相棒の頭をよしよしと撫で、首にギュッと抱きついて満面の笑み!


穂乃果「えへへ、かっこいいよ!これからもよろしくね、リザードン!」

『リザァッ!!』

穂乃果「それじゃとりあえず…トドメ!“かえんほうしゃ”だ!!」

『グルゥゥ…!ザァァァドッ!!!』


上空から降り注ぐ火炎、進化したリザードンの炎は烈火!
壮絶な火柱がヨノワールの全身を包み込み、完全なる打倒!!

すとんと降り立ち、穂乃果はルビィへと満面の笑みを向ける。


穂乃果「よしっ、私の勝ち!!」

224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:19:05.78 ID:ha7ZcpN9o



ガクッと膝を折り、呆然と佇む聖良。
はたかれて気絶したままの理亞。

戦闘こそ勝利で終わったが、さて、この二人をどうしたものかと穂乃果とルビィは顔を見合わせる。


穂乃果「縛って下に連れてけばいいのかな?」

ルビィ「し、縛って…でも、まだちょっと怖い…」

穂乃果「うーん、ポケモン抜きにすれば私とルビィちゃんより断然強いもんね…」

ルビィ「ぅゅ…銃とかも持ってたし…」


と、そんな会話を数分、二人の心配は杞憂に終わる。
ドヤドヤと足音を鳴らし、警官隊が踏み込んできたのだ。

細かく状況を説明しなくてはならないかと身構える穂乃果だが、真姫が穂乃果たちの人相については説明を済ませてくれていたようでやりとりはスムーズに終わる。
花丸と善子の二人も警官隊にもう保護されたらしく、ルビィはほっと胸を撫で下ろす。

そして警察たちが聖良に手錠を掛けようとした時…聖良が動く!

225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:19:50.57 ID:ha7ZcpN9o
聖良「……ッ!」

「銃を取り出したぞ!」
「取り押さえろ!」
「う、撃った…自分のヨノワールを撃ったぞ!?」

聖良(アライズ団特製、遠隔で射ち込める強心剤。さあヨノワール、起きなさい)

「うわっ!このヨノワール起き上がった!?」

穂乃果「え!?」

聖良「ヨノワール!“トリックルーム”!」

ルビィ「ぅえぇ!?変な感じがするよぉ!」


聖良が指示を出した瞬間、グニャリと室内の空間が歪む感覚。
速度を反転させる特殊な技、“トリックルーム”を発動させたのだ。

物理法則の書き換えに動揺する穂乃果、ルビィと警官たち。
その一瞬の隙に、聖良はヨノワールへと一声を張り上げた。


聖良「理亞を連れて逃げなさい!」

『ヨ……』

聖良「私はいい!逃げて!早く!!」

『ッ…ヨノワール!!』

226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:20:38.26 ID:ha7ZcpN9o
聖良は悪に加担している人間だ。
しかし少なくとも、ヨノワールにとっては良い主人だったらしい。
自分を見捨てろという聖良の指示に、ヨノワールの無機質なモノアイが一瞬の揺らぎを示す。

再度の強い指示に、ヨノワールはようやく反転。
壁際で気絶している理亞を抱え、猛然と部屋から飛び出していく!


「撃て!逃すな撃て!」
「駄目です!弾丸が遅い…!」
「この女…よくも!」

聖良「ぐっ…!」


悪党とはいえ年頃の少女、そんな意識からどこか遠慮があった警官たちも、一瞬の隙をついた立ち回りに意識を改める。
聖良は大の大人たちから全力で床に抑え付けられ、苦痛の呻きを漏らす。

だがその目は優しげで、妹が無事に逃げおおせることを心から祈っている…少なくとも、穂乃果とルビィにはそう見えた。

ついに手錠をかけられ、聖良は荒々しく連行されていく。
すれ違いざま、聖良は穂乃果へと初めて素直な表情で笑いかけた。


聖良「こう言うのもおかしいけれど…楽しかったですよ、あなたとの戦い。次は負けませんけど」

穂乃果「……うん、私も。楽しかったよ!」


その言葉を最後に聖良は姿を消した。
…と、ビルが揺れていることに穂乃果とルビィは気付く。


ルビィ「ぅぇ…!な、なんの揺れ…?」

穂乃果「誰かが戦ってる…?海未ちゃん…ことりちゃんかもしれない!」

ルビィ「あっ、穂乃果さん!?」

穂乃果「警察の人たち!ルビィちゃんをお願いします!」


「君!危険だぞ!」という警察の声を振り切り、穂乃果とリザードンは上の階を目指す。
窓の外は豪雨が降りしきっていて、飛んで上がるのは少しリザードンに負担がかかりすぎるだろう。


穂乃果「………はぁ、階段か」

『リザ。』


疲労に溜息一つ。
穂乃果は上を目指し、バタバタと階段を駆け上がっていく!

227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:21:10.58 ID:ha7ZcpN9o



豪雨が頬を濡らしている。

曜の頬には血が滲んでいて、片目は流血に塞がっている。
打撲、裂傷。肋骨に、鎖骨が折れているかもしれない。

しかし曜の瞳はその痛みをまるで認識していない。

打ち砕かれた壁、吹き込む烈風と雨。
ただ視界の邪魔をする赤。
曜にとってはそれだけの意味しかない血を雑に拭い、敵対者、優木あんじゅへと恨みを込めた指先を向ける。


曜「……ルカリオ、次は右腕だよ」

あんじゅ「いい加減にしてくれるかしら?この気狂い…!」


あんじゅの左腕は肘から逆に曲がり、へし折れている。
綽々、悠然。そんないつもの表情は若干曇り、痛みに血の気が引いているようにも見える。
あるいは面前、曜の狂気に圧されての戦慄か。

アーマルド、ビビヨン、ビークイン。
三体が倒されていて、手持ちは残り半分。


あんじゅ(底知れない)


そんな恐るべき怪物を目の前に、あんじゅは切り札の一つへと手を掛ける。
それは最速の白。突入前、ツバサを撃ち抜かんと照準を定めていた狙撃部隊を壮絶な速度で仕留めてみせた怪物。


あんじゅ「嬲り殺しよ…!フェローチェ!」


むし・かくとうタイプ。その性能を速度へと特化させ、極限まで細さを追求した歪な、それでいて限りなく美的なフォルム。
英玲奈のテッカグヤと同じ、UB(ウルトラビースト)と分類される異世界からの来訪者だ。

そんな超常の存在を目の前に、曜の瞳は未だ憎悪を絶やさない。


曜「……次はそいつか」


呟き、続く死闘。

228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:22:05.09 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ(ああもう、これだから関わりたくなかったのよ。この手合いとは)


内心に悪態を吐きつつ、あんじゅは顔に降りかかる雨粒を不愉快げに掌で拭う。

高圧の電極を押し当てられたような、ずくりずくりと荒く重い痛みが呼吸ごとに駆け上がってくる。
無理やりにへし曲げられた左腕はポケモンに、対峙するルカリオにやられた傷ではない。
交戦のさなか、身一つで踏み込んできた灰髪、渡辺曜のその手で極められ、グキリと力任せに捻られての負傷。


あんじゅ(全く、全くもってふざけてる。この私がどうしてこんな目に!)


その思考はあんじゅが千歌へと上機嫌に語った狩られる側のそれなのだが、気付いていない。とにかく不愉快な痛みにそれどころではない。

深呼吸を一つ。
仮にもマフィア、アライズ団の三幹部が一柱。
腕を一本折られた程度、腹は立てど、動揺するほどヤワではない。

…一旦、戦況を整理するべきだ。
とにかく得体の知れない相手、“曜ちゃん”とかいうイカれ女。
その行動パターンを理解する必要がある。


あんじゅ(あの忌々しいルカリオがアーマルドを倒したとこから開戦。
私はビークインに加えてビビヨンを展開、向こうはルカリオに加えてフローゼルを出した)

あんじゅ(この雨で素早さの上がったフローゼルがビークインに一撃…けれど私のビークインは鍛えられてる。返り討ちにしてあげたわ。
続けて出てきたのはペリッパー。これも問題なし。ビビヨンの“ぼうふう”で落としてやった)


そこまでを思い返し、あんじゅは小さく舌打ちを。
アーマルドが倒されたのは予想外とはいえ、ここまでの戦況は順調に推移していたのだ。
だが、ここからあんじゅの計算は狂い始めた。


あんじゅ(フローゼルとペリッパー、あの二匹はざっと見てレベル30前後。私の敵じゃない。
それが一体どういうことか…あのルカリオはどう低く見積もってもレベル50…いや、60オーバー!
それも、他の二体を私が倒している隙に抜け目なく“つるぎのまい”で攻撃力を上積みしていた…!)


直後、ルカリオは“しんそく”を発動させる。
まさに神速、目にも留まらぬスピードでビークインの防御網を突破して撃破。返す刃でビビヨンの懐へと潜り込み、続けて撃破してみせたのだ。

229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:22:48.03 ID:ha7ZcpN9o
そうして三体が倒され、今に至る。

思い返してみても募る不審、あんじゅは内心に首を捻る。
エースを集中して育ててレベルを突出させるタイプのトレーナー、それ自体は珍しくない。
しかし、この渡辺曜とかいう少女のそれはあまりに歪。
エースのルカリオだけが他のポケモンの倍以上のレベル?構築としてありえない!


あんじゅ(………けれど、いいわ。向こうの手持ちはルカリオを含めて残り二匹。こっちはまだ三匹。それもこのとっておき、フェローチェがいる)


あんじゅの傍らでは美麗なる白細、フェローチェが指示を待つ。
このUB(ウルトラビースト)と類されるポケモン、数ヶ月前にアローラ地方に出現した異空間の生物なのだという。
伝聞調なのは、あんじゅ自身が捕まえたわけではないからだ。

アローラ地方にも中国資本は多数進出していて、複数体現れたUBのうち数体を国際警察が把握するよりも先に確保していた。
それが裏の人脈を巡り、高額での売買を経てツバサ率いるアライズ団へと渡ってきた。
そんなわけで、あんじゅはフェローチェを所持している。

しかしこのフェローチェ、どうにも気位が高い。
こちらの世界の存在する全てを汚らわしく感じているフシがあるようで、同様に気位の高いあんじゅとしては今一つソリの合わない部分がある。女王は並立しないものだ。


あんじゅ(まあ…戦ってくれるのなら文句は言わないけれど)


曜「ルカリオ、あの白いのは速そう。見極めに気をつけて」

『リオッ』


向かい合う曜は幽と佇み好機を窺っていて、隙など見せてやるものかとあんじゅは心中に中指を立てる。

鬱陶しく降り続く雨を右腕で拭い…仕掛けないのには理由がある。

フェローチェの強さは攻めに極振り。高速鋭撃、ながらに紙耐久。
並の敵ならいざ知らず、あのルカリオを相手に仕留められなければ返しの一言で落ちる可能性がある。でなくても縺れれば苦戦は免れない。
迂闊に仕掛けるのではなく、磐石のタイミングを狙うべきだとあんじゅは踏んでいる。

そんな敵を睨み据えながら、曜の意識は部屋の片隅…
気を失って倒れた千歌へと向けられている。


曜「ごめんね…」


小さな声で謝る。
千歌を気絶させたのはあんじゅではない、曜だ。

230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:23:46.89 ID:ha7ZcpN9o
思い起こす…


千歌「曜ちゃんっ…!」


部屋に踏み込んだ曜へ、千歌は涙を流しながら駆け寄ってきた。

よほど怖かったのだろう、あるいは死も頭を過ぎったのかもしれない。
曜の腕の中に収まった千歌は、瘧のように体を震わせながら必死にしがみついてきた。
そんな幼馴染、想い人の香りが愛しくて胸が苦しくて、曜は共鳴するように肺を震わせ、深呼吸を一つ。


曜「もう大丈夫だよ、千歌ちゃん」


優しく囁き、隠し持っていたスタンガンを背から当てたのだ。
防犯用スタンガン、それを人体に後遺症を残さないギリギリまで高圧に改造した物だ。抱きしめた姿勢から押し当てれば何もわからないままに意識は飛ぶ。

糸の切れた人形のように力の抜けた千歌を壁際へと寝かせ、今に至る。


あんじゅ「それにしても、どうしてその子を気絶させたのかしらぁ?
そんな物騒なスタンガンなんて持っちゃって…フフ、いつか手篭めにする計画でもあったとか?」


フェローチェを臨戦に待機させたまま、あんじゅは嘲るような調子で曜へと尋ねかける。

与し難し。
そう見て、おそらくは曜の弱みである千歌について探りを入れ、あるいはそこに付け込もうという魂胆だ。
曜はそれを受けて表情を変えず、しかし無視するでもなく静かに応え。


曜「今の私の姿を、千歌ちゃんには見せたくないから」

あんじゅ「はぁ…?」

曜「血みどろで、汚れてて、大切な幼馴染に言えないような気持ちを抱いてて…お前を殺したいほど憎んでる。こんな私を千歌ちゃんには見せられない」

あんじゅ「少なくとも、自分がイカれてるって自覚はあるのねぇ…?
いいわ、ここで終わらせてあげる。あなた見た目は素敵だけれど、私のコレクションにジャンク品は必要ないの」


フェローチェが姿勢を低め、突撃体制へと移行する。
加速度は全てのポケモンで最速。
瞬時に到達する最高速は200キロオーバーだと、あんじゅはフェローチェの性能に関してそう聞いている。
実際に共に戦ってみて、それは決して誇張ではないと感じてもいる。

曜とルカリオは呼吸を沈め、眼光を燃やし…

先に仕掛けたのはあんじゅ!


あんじゅ「フェローチェ!“とびひざげり”!」

231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:24:19.84 ID:ha7ZcpN9o
超加速!!!
フェローチェの踏み出し、瞬間吹き荒れる突風。
跳んだ白魔、その膝はまさに凶器と化して鋭利。
波動エネルギーを礎とした鋼質の皮膚を有するルカリオであれ、まともに受ければ一撃必倒は逃れえない。

だが曜とルカリオはあんじゅの指示と同時、前へと駆け出している。
人が直撃すれば即死を免れないフェローチェの鋭打、曜は躊躇なくその方向へと進み、かつ瞳を見開いている!


曜「ルカリオ、左。三番で受けて」


ごく端的な指示、それだけで曜とルカリオはそれぞれ左へとずれる。
直後、曜はフェローチェの突撃、その左脇を掠めて抜ける!
曜の指示で位置をずらしたルカリオは“とびひざげり”の直撃軌道、そこからわずかに外れた立ち位置にいる。…激突!!


あんじゅ「そ、そんな…!?」


肘と膝で挟み受け、ルカリオはフェローチェの“とびひざげり”を止めている!
あんじゅは驚きに声を漏らす。あの速度を見切った?まさか!

絶対的に確信していたフェローチェの速度を受けられ、あんじゅの思考に僅かな空白が生まれる。
その隙、曜は振り返ることなくルカリオへと指示を出している。


曜「“インファイト”」

『リオッッ!!!』

あんじゅ「……っ!ぐうっ!?」

曜「捕まえた…!」


ルカリオへとインファイトの指示を出すと同着、曜はあんじゅへと組み付いている。
全体重を乗せて飛びかかり、押し倒してマウントを取った状態。
こちらもまたインファイト、曜の瞳は爛々と怒りの火を燃やしている。


あんじゅ「この…!」


背を痛打した痛みに低く呻き、しかしあんじゅは怯んでいない。
フェローチェをルカリオに受けられたことに驚きこそしたが、思考は既に曜をどう振りほどくべきかへと移行している。

(どうすればいいか?そんなの簡単。嫌ってほど知ってるわ…経験上ね)

優木あんじゅは衣・食・住の万事において高価、上質を好む。それは貧民から悪の道を這い上がってきたからこその反動だ。
暴力にまみれ、力がなければ搾取され、そんな生涯を辿ってきたからこそ、血で血を洗う喧嘩には慣れている。
親指を立て、曜の左目へと目掛けて右腕を突き出す!

232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:24:56.38 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ(どんな相手であれ目を狙われれば一瞬怯む!その隙を…)

曜「関係ない」

あんじゅ「がっ…!」


曜は目を瞑らない!
親指が瞼の中へ入ったのにも構わず、拳を真上から鉄槌めいて振り下ろす。
千歌の頬、殴打の痕とまるで同じ位置へと打擲を与え、さらにもう一撃を顔面へ!


あんじゅ「う、ぐっ…!この…!」

曜「街で言ったよね?千歌ちゃんに手を出したら潰すって」

あんじゅ「黙…あぐっ!」

曜「お前が黙れ」


三発、四発…
力加減など皆無、自分の拳が痛むのをまるで無視して殴り落とす打撃。
あんじゅの顔、殴られた箇所は内出血に青黒く腫れ、頬骨は恐らく折れている。
対する曜の顔は左目からの流血に赤く染まり、それでも表情に苦痛や畏れは宿らず、ただ優木あんじゅへの復讐心だけがドス暗く燻っている。
その様はまさに修羅めいていて、その鬼気は数々の死線を渡ってきたあんじゅに息を飲ませるほど。

233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:25:27.75 ID:ha7ZcpN9o
すう…と、
連打の合間に息継ぎ一つ、曜はわずかに手を止める。
血混じりの唾を吐き捨て、あんじゅは曜へと問いかける。


あんじゅ「……あなた、恐怖心はないわけ?」

曜「恐怖ってさ、二種類あるらしいんだ」

あんじゅ「……」

曜「一つは先天的。人間が生物として元々持ってる危機回避本能、ってやつ。この部分はどうも壊れてるみたいなんだ、私。
小さい頃から飛び込みとかやってて、一度も怖いって思ったことがないから」

あんじゅ「……もう一つは?」

曜「後天的な恐怖。失敗したこと、上手くいかなかったことを通じて覚えていく恐怖の記憶。
でもね、私…やろうとしてできなかったことって、人生で一つもないんだよね」

あんじゅ「っ…」

曜「お喋りは終わりだよ。千歌ちゃんに触れた手は…千歌ちゃんを汚そうとしたのは、その右手だよね」


掴む。
片腕を肘の裏へと差し込んでテコに、もう片腕で全体重を乗せ、みし、みしと関節と靭帯が損なわれていく音が…!

あんじゅは叫ぶ!


あんじゅ「フェローチェ、“どくづき”!この女を殺しなさい!!」

234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:25:56.03 ID:ha7ZcpN9o
曜とあんじゅが組み合う背後、格闘タイプ同士で行われていた激しい戦闘は紙一重の差でフェローチェの勝利に終わっていた。
あんじゅが曜へと問いかけたのはフェローチェがルカリオを倒しきるまでの時間稼ぎ。マウントを取って一心不乱に殴り続けていた曜には後背の決着は見えていないと踏んだのだ!

迫るフェローチェ、その手先は白液に包まれている。
白い樹液が往々にして毒性と言われるように、自然界における白は強毒を示す色でもある。
それを指先に纏わせての貫手、時速200キロで!仕留められないはずがない!!


あんじゅ「殺った!!」


……が、殺せず!

フェローチェが突き出した腕を、灰色の剛腕がはしと掴み止めている。
そのレベルはおそらく60前後、あんじゅは考え得る可能性の中で最悪の展開に、ぎりりと歯噛みをする。


あんじゅ「四天王、桜内梨子…!」

『カイリキィッ!!』

梨子「曜ちゃん!大丈夫!?」

曜「ああ。梨子ちゃんか…」

235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:26:32.30 ID:ha7ZcpN9o
救援がなければ曜は敗北していたかと言えば、そうではない。
フェローチェの刺突に合わせるように、背後へとドククラゲを展開していた。
守備的に育成されたドククラゲは現れると同時、曜の指示で対物理用の“バリアー”を展開させている。レベル差はあれ、“どくづき”の一撃には耐えてみせていただろう。

ただそれでも曜の手持ちは残り一体。
今の交撃の隙にあんじゅは曜の下から這って抜けていて、戦局は仕切り直し。

曜の手持ちは残りドククラゲのみ。
あんじゅはフェローチェと、他に二体。

そんな戦況と壁際で気を失っている千歌を併せて見て取り、梨子は曜へと歩み寄り、肩に手を掛け労おうと近付いていく。


梨子「曜ちゃん、お疲れさま…。あとは私が…」

曜「手を出すなッ!!!」

梨子「…っ!」


停電と雨空に薄暗い社屋、その闇絹を裂くような叫び声。
あんじゅに浴びせたいくつもの怒気より、梨子への警句はよほど鋭利だ。

梨子は思わずたじろぎ、無自覚に半歩身を引いている。
浴びせられた曜の眼光は無軌道な感情で濁りきっていて、それは怒りや悲しみ、あるいは…嫉妬だろうか。

236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:27:01.37 ID:ha7ZcpN9o
汗と戦塵、血に乱れた自らの灰髪を鷲掴み、毛先のウェーブを強めるのようにワシャワシャと掻き乱す曜。
口元は譫言のように動かされていて、瞳は熱病に浮かされたように揺れている。


曜「私の役目だ…私の…!私だけの千歌ちゃん…!!」

梨子「……」


肌が粟立っている。
曜の鬼気迫る表情に、梨子は畏怖めいた感情を抱く自分に気が付いている。
この友人は、身の内に得体の知れない怪物を飼っている。
そしてきっとその煮え滾る感情の一部は、自分への拒絶として向けられている。
それは果たして、本当に友人と呼べるのだろうか。

しかし梨子は踏み出す。
臆さず…いや、少し臆しながら、それでも曜へと歩み寄ってその肩に手を掛けた。


梨子「ううん、手を出すよ。大切な友達が怪我をしてるんだから。
少なくとも、私にとっては曜ちゃんも千歌ちゃんも同じくらい大切」

曜「……っ、う…違う、違うんだ。ごめん梨子ちゃん、私も梨子ちゃんは大切な友達だと思ってて…でも、でも…!」


237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:27:28.47 ID:ha7ZcpN9o
曜は狂気と正気の狭間、誠実な梨子の瞳に動揺を走らせる。
引っ越してきて知り合ったもう一人の友達。自分にないものをたくさん持っていて、女の子らしくて繊細で、少し怖がりで優しくて。

嫌いじゃない。嫌いな訳がない。

だけどあんじゅに襲われた危機の中、千歌が呼んだのは梨子の名前で、それを聞いてしまっていて…


曜(私の世界を奪わないで…)


声にならない嗚咽に呻き、よろめく曜。
恐怖を知らない少女にとってただ一つの恐怖、それは千歌を失うことであり、千歌が自分から離れていってしまうことだ。

それでも梨子は優しく声を掛けてくれていて、自分の燃えるような悋気が愚かしくて余計に辛い。


梨子「大丈夫だよ…落ち着いて。ひどい怪我…痛くないの?」

曜「……相手が強いのはわかってたから、事前にドククラゲの毒を薄めて注入して、麻酔みたいにしてきたんだ。痛みを感じないように」

梨子「……曜ちゃんは、もっと自分を大事にしなくちゃ駄目よ」

曜「………うん」

梨子「あとは私に任せて、ゆっくり休んでて…」

238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:27:58.60 ID:ha7ZcpN9o
どこかぎこちない曜と梨子のやり取りを遠目に、あんじゅは考察を深めている。
不意打ちを掛けようにも梨子とカイリキーは共に隙がなく、無闇に突っ込ませたところで手札を無駄に消費してしまうだけだ。

故に考察を。
曜は何故フェローチェの初撃を見切れたのか。
曜は何故見ていない背後からの攻撃にドククラゲの展開を合わせられたのか。


あんじゅ(ようやく理解できた。私の目で見切ったのね…バケモノめ)


曜の目はポケモンではなく、指示を出すあんじゅの側を常に凝視していた。
それは激怒からの凝視だと思い込まされていたが、その実この少女は淡々とあんじゅの所作から次動を洞察、ごく早いタイミングでの対応を続けていたのだ。
恐怖を抱かず、刮目し続けるからこその見切り。やはり狂気めいていると評せざるを得ない。

しかしルカリオは倒した。
場に出ているドククラゲも耐久力はあれど、レベルはせいぜい30台そこそこ。


あんじゅ(実質、曜とかいうのは倒した。手負いのフェローチェと残り二体、それでどうにか桜内梨子を…!)


曜「いや…まだ、私は負けてないよ」

239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:28:27.17 ID:ha7ZcpN9o
戦闘を引き継ぐという梨子の申し出を、曜は強くはない口調、しかし断固とした意思を感じさせる目で断った。
まさか、それは想定していなかった。あんじゅは驚きに眉を顰め、距離を保ったままに思わず尋ねかける。


あんじゅ「正真正銘、馬鹿なのかしら?イカれてるとは思っていたけれど、詰んだ勝負もわからないだなんて…」

曜「ドククラゲ、戻っててね」

あんじゅ「はぁ?残り一体をボールに戻して …」

曜「誰も、手持ちがこれで終わりだなんて言ってない」


そう呟くと、おもむろに鞄から取り出したのはもう一つのボール。
腰に提げた四つ以外に、もう一つボールを隠し持っていたのだ、

これが正式なトレーナー戦であれば、互いの手持ちを確認してからの戦闘開始がマナーでありルール。
ホルダーにセットしたボール以外からポケモンを繰り出すことは許されない。相手の戦略を崩して追加で一体という騙し討ちめいたことが可能になってしまうからだ。
しかし今はルール無用の野良試合、流血の殺し合い。隠していた一匹を繰り出すことに何の問題もなし。

曜はそのボールを手に…投げ放つ。


曜「頼むよ、カイリュー」

240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:28:53.69 ID:ha7ZcpN9o
現れた竜体、600族の一角はルカリオを上回る高レベル。
烈風と雨に吹き付けられながら、驚くあんじゅとフェローチェをその眼光で射すくめている。


梨子(曜ちゃんはバッジ五つのトレーナー…というのは、本当は嘘。
嘘と言えば語弊があるけど、曜ちゃんは実力を隠してる。私はポケモン博士で事情通の真姫ちゃんからそれを聞いて知っている)

梨子(小さい頃から飛び込み競技のジュニア代表で海外遠征をすることが多かった曜ちゃんは、旅の寂しさを紛らわす友達としてポケモンを育てていた。
そして気まぐれに、各街のジムに挑戦していた。…たったそれだけ。そんな簡単な経緯で、集めた海外のバッジは八つ)

梨子(千歌ちゃんはそれを知らない。海外の事だから隠そうと思えば隠せるものね。
千歌ちゃんと一緒に、足並みを揃えて旅をしたいと願った曜ちゃんは育てたポケモンたちをボックスに預けた)

梨子(なにかあった時のためにルカリオだけを持ち歩いて、他のポケモンたちは一から育て直して。
ルカリオのことはお父さんから貰ったポケモンって説明していたみたい。だから、本来の曜ちゃんの姿は…)


曜「“げきりん”」

あんじゅ「………っ…!!」

241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:29:23.52 ID:ha7ZcpN9o
カイリューの剛腕がフェローチェを叩き伏せた。
ビル床は粉々に砕け割れ、その一撃が驚異的な威力なのだと雄弁に物語っている。

死闘の中に底を見せていなかった。
血塗れで竜を従え、風雨にその鬼気が一層際立つ。
地上からは警察の強烈なサーチライトがタワーを照らし上げていて、差し込んだ強光が曜の姿をあんじゅから見て逆光に隠す。


曜「カイリュー…“げきりん”を」

梨子「!?待って曜ちゃん!まだポケモンを出してない…!」

曜「右腕に」

『ァァイ…リュウッッ!!!』

あんじゅ「……ッッ!あ゛あああああっっ!!!」


潰れている。
UBフェローチェを打倒してみせる竜の一撃を、曜は人間の、あんじゅの右腕へと目がけて振り下ろさせたのだ。
それは初対面、街での宣言通り。
曜は静かに指を掲げ、あんじゅに訓示めいて指し示す。


あんじゅ「嫌…私の腕が…っ、そんな、痛い…痛い…!そんな…!」

曜「“潰した”」

あんじゅ「ひ…っ…!」

242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:30:01.09 ID:ha7ZcpN9o
黒影に包まれた曜の姿…
その目だけが爛々と輝いていて、それは絶対的な威圧と暴威を宿していて。
あんじゅはごく幼い頃、怯えながら苦痛に耐えるしかなかった自分の無力を垣間、思い出す。

思わず漏れた小さな悲鳴…
それを心底から恥じるように、あんじゅは自らの唇の端を噛み切って立つ!


あんじゅ「何を…怯えているの、優木あんじゅ…!私は!!もう過去の、弱い私じゃない!!!」


へし折られた左腕を気合いで動かし、掴むは残るボールの一つ。
激痛に溢れる涙を呻いて堪え、力任せにボールを叩きつける!!


あんじゅ「目にモノ見せるわよ…!サザンドラ…!!」

梨子「サザンドラ!?虫タイプ専門のトレーナーじゃ…!」

あんじゅ「誰もそんなことを言った覚えはないわ…!私は好きなポケモンを好きなように使う!それだけよ!」

曜「関係ないよ、何だって。まだ悪あがきするなら、脚まで潰さなきゃ」


と、壁際…動く気配。
曜が顔を向けると…


千歌「曜、ちゃん…?」


目を覚ました千歌が、引きつった表情で曜を見つめている。


曜「千歌、ちゃん…!?」

243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:31:02.77 ID:ha7ZcpN9o
どうして目を覚まして?
あの電圧でこんなにすぐ目を覚ますはずは
千歌ちゃん
雨…吹き込んでる雨!
顔が濡れて
それより戦場、音も震動も普通の場所とは違うんだ!
風も吹いて寒くて
なんでそれを計算に入れなかった
無事に目を覚ましてくれてよかった
そんなところにいたら雨で風邪を引くよ

いや、そんなことより


曜(見ら、れた…!)

千歌「曜ちゃん…!曜ちゃん!大怪我してるの…!?」

曜「だ、駄目だよ…見ないで。千歌ちゃん、見ないで…!」

千歌「ごめん曜ちゃん…私のせいだ…私が弱いせいだ…!!」

梨子「千歌ちゃん!曜ちゃん!今は話よりも敵を!」

あんじゅ「まさか、あなたに助けられるなんてね…千歌ちゃん。サザンドラ、“りゅうせいぐん”」

梨子「っ…!」


逆曲がった左腕を高らかに掲げ、あんじゅが命じたのはドラゴンタイプの奥義、“りゅうせいぐん”。
読んで名の通り、竜の咆哮が天から無数の隕石を、流星群を呼び寄せるのだ。

三つ首の邪竜サザンドラは主人の危機を見て取り、その命に全霊を賭けた一撃を。
猛然と降り注ぐ星々がオハラタワーの側面へと突き刺さり…


梨子「………逃した、わね」


カイリキーに加え、梨子が素早く展開したキテルグマとバシャーモの二体が竜の狂乱から梨子たちを守っていた。
縦横に大きくこそぎ落とされたフロアに立ち尽くし、梨子はサザンドラの飛び去った夜空を見上げる。

振り返れば、曜は自らの狂気を、自らの秘密であるカイリューを千歌に見られた絶望と混乱にうずくまっていて自失。
千歌は未だはっきりとしない意識のまま、自らの無力が曜を傷つけたことを嘆いている。

ひどく不安定な状態、親友たちをいたわしげに見つめ…
梨子は二人の肩を抱きしめ、少しでも傷を癒せるようにと呟いた。


梨子「千歌ちゃん、曜ちゃん…お疲れさま…」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:31:50.29 ID:ha7ZcpN9o



衝突、打音。衝撃!

突き出される拳を掌打が払い、巻き込むような蹴りもまた同様に打撃が払う。
飛沫!水柱が高々と立ち上り、その中からクルクルと華麗にバック転、ゲコガシラがコジョンドとの距離を離す。


海未「ゲコガシラ!“みずのはどう”!」

ツバサ「避けときなさい、コジョンド」


低空、身を捻ったサイドスローから投擲される水弾。コジョンドは指示通り、軽やかなステップでそれを回避してみせる。
繰り広げられているのは体術メインの凄まじい高速戦。地下研究棟の戦いは既に始まっている!

ゲコガシラとコジョンド、その交戦は人の目では捕捉に苦労するほどの目まぐるしさ。
しかし海未とツバサ、それをはっきりと視認できる者の目には、二体の力量差は歴然としている。


海未(厳しいですか、ゲコガシラ?しかし…私たちはそれでも勝たねばならない!)

(ゲコッ!)


再びの近接、海未から飛ぶ指示。
ゲコガシラは身を沈め、コジョンドの隙を縫うように背を地へと滑らせる。
そしてそのまま背筋を頼み、ブレイクダンスめいた体制での高速回転蹴りへと移行する!


海未「“でんこうせっか”です!」

ツバサ「面白い、けれど曲芸ね。“はたきおとす”!」


コジョンドは眼光刹那、だらりと伸びた腕の体毛を恐るべき速度でしならせる。
縦振りでの打擲、鞭打にも似た一撃は音速を超え、ゲコガシラの蹴撃を上から殴りつけて静止!
ゲコガシラの青い体が研究室の床へと打ち付けられる!


『ゲコオッ…!!』

海未「ゲコガシラ!大丈夫ですか!?」

ツバサ「アナタも余所見をしてる暇はないわよ」

海未「━━ッ!」


ツバサが海未を間合いへ捉えている!


海未(…が、好機!)


そこは無論、海未の間合いでもある。
親指以外の四指を折り、親指は横で曲げて添え、するりと流体の所作から放つは平拳!

245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:32:22.69 ID:ha7ZcpN9o
園田流はトレーナー道、ながらに日本武術をも総じて修めている。
カウンタータイミングで突き出された拳がツバサの首下、胸骨へと向かっている。
鍛え上げられた拳は凶器、海未に躊躇は既になし。呼吸器系を損壊せしめる一打が伸びる!
が、しかしツバサはそれを受ける!

左右の手で交互、挟むように叩いて海未の打撃を殺すと、目にも留まらぬ高速連打が海未の上体へと叩き込まれていく。そして蹴り!!

連打を受けて後背へと転がる海未へ、蹴りの姿勢から立ちへと再移行。
ロングコートの裾を翻しながら、ツバサは浅く笑いかける。


海未「ぐっ、う…!(強い…!)」

ツバサ「あら、ギリギリで身を引いて致命傷を避けたのね。やるじゃない」

海未「その速度…、詠春拳、でしょうか?」

ツバサ「我流よ。八極拳とか諸々…あと、格好いいから截拳道をミックスで」

海未「……適当な…」


よろめく海未の元へ、ゲコガシラも同様に吹き飛ばされて転がってくる。
切り返すように身を捻り、すかさず体勢を整えて臨戦。未だ戦意は失われていない。
しかしその身には軽くないダメージが刻まれていて、このまま無策に戦わせても勝ち目はないことがありありと見えている。


海未(策を…タイミングを見計らわなければ!)

246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:32:49.36 ID:ha7ZcpN9o
そうして海未をあしらいながら、ツバサは横目に離れた位置、台座に眠るミュウツークローンのボールを見やる。
そしてさらに横目、もう片方の戦闘へと気を向ける。
そこで戦うのはガブリアス、対するはドラミドロとチルタリス。そしてトレーナー南ことり!


ツバサ(へえ、粘られてる。やるじゃない?)


南ことり、ダイイチシティでツバサが直々にイーブイを奪い取った少女。絶望に瞳を染めたその姿はツバサの記憶にもはっきりと残っている。
ふわふわとした印象だったその少女がドラゴンタイプ、ドラミドロを伴って現れた姿は凄絶な雰囲気を漂わせていた。

(正直、シビれるわね。好きよ、そういうの)とはツバサ。

そんなことりはさらにチルタリスを繰り出し、竜族を専門とするトレーナーとして歩み出した…否、既に道を歩んでいるのだと示してみせる。


ことり「ドラミドロ、“ヘドロウェーブ”」


ことりは従えるドラミドロの毒液、コンクリートを腐食、溶解させるだけの強毒をツバサへと目がけて解き放つことを躊躇わなかった。

ト、ト、と後歩。
ツバサの回避は危なげないが、しかし躱したことでツバサはミュウツークローンとの距離を離されてしまった。
そこで海未とゲコガシラが挑みかかってきたのを迎え撃ち、ガブリアスをことりの方へと差し向けて今に至る。

247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:33:19.90 ID:ha7ZcpN9o
地下研究棟の堅牢な警備を前に、圧倒的蹂躙を為してみせたツバサのガブリアス。
しかし見るに、ことりは猛然の攻勢を受け流すような戦術を見せている。


『ガブァァ…リアッ!!!』

ことり「“げきりん”…チルタリス、“コットンガード”で受けてね」

『チルルゥ』

ことり「ドラミドロは距離を取りながら、“ねっとう”をおねがい」

『ドルァッ!!』


枯木にも似た体、細身の竜口から煮え滾る熱湯が放出される。
ガブリアスは高速でそれを避けるも、高温の飛沫が少量跳ねかかるのは免れていない。


ツバサ(私のガブリアスとはまだレベル差がある。易々とは落ちない。けれど、“ねっとう”でヤケドを負わされている。火力が落ちてるわね)


強靭かつ無敵のガブリアスもトレーナーの指示あってこそ。
食らいついてくる海未と遅々とした防御型戦術のことり、二人を両面で相手にしつつの戦いは、ツバサにも少々の厄介さを感じさせている。


ツバサ(南ことりは、なんかこう戦い方が…ねっとりしてるのよね。面倒臭い。ガブリアスの方に指示出してあげるべきかしら?
けど園田海未も何かを狙っている雰囲気があって…っと!)


ツバサの思考の隙を縫い、海未が駆け出している!
その脚はツバサへと向いておらず、横、斜めへの疾走。
海未の目が捉えているのは台座に置かれたミュウツークローン!


海未(戦局の打開…そのためには貴女の狙いを、先んじて私が奪う。
もちろんこの局面を乗り切ればオハラへと返します。これが最善!)

ツバサ「悪くない発想ね。けれど私に脇腹を見せて無事で済むと?」


ツバサは懐へと手を。抜き放つは拳銃!
手慣れた流れで素早く構え、海未へと照準を合わせて引き金を…


ことり「ドラミドロ、“ヘドロウェーブ”を…海未ちゃんに」

『ドルァッッ!!!』

海未「な、…!?」


飛び退く!!
濃紫の怪液が飛散し、海未の行く手を強毒が遮った。
ジュウ、と不気味な音を泡立てながら床は腐食。とっさに背後に飛び下がっていなければあるいは、海未も…!

248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:33:48.99 ID:ha7ZcpN9o
海未「………っ、ことり…!」

ことり「注意はしてたよね…海未ちゃん。ことりの邪魔をするなら、海未ちゃんでも倒しちゃうって」

海未「……貴女の目的とは、親友を殺めてまで成さなければならないものなのですか」

ことり「私はね…もう、何も失くしたくないんだ…。そのためには力が…たくさんの力がいるの」

海未「問いへの答えになっていませんよ、ことり。今の貴女には…私の言葉は届かないのですか?」

ことり「そのためにはね、そのボールの中身が必要なの」

海未「ふざけないでください…姿を晦まして、連絡もよこさず…!穂乃果や、真姫が…私が!!どれだけ心配したか!!!」

ことり「もう一回言うね?邪魔しないで、海未ちゃん。おねがい」

海未「どうやら何を言っても無駄のようです。穂乃果はともかく、貴女に手を挙げたことはありませんが…叩き直してあげますよ!!その捻じ曲がってしまった性根を!!!」

ツバサ「あら、バトルロイヤル?それは楽しいわね。こっちに戻りなさい、ガブリアス」


くすりと怪笑、ツバサの両隣にガブリアスとコジョンドが並び立つ。
闘争、騒乱を好む気性、ツバサの心はお互いを大切に思い合っているはずの幼馴染たちの激しく深い仲違いを目の前に、さながらヒーローショーの開演を前にした少年のように浮き立っている。
ことりの手出しはドラミドロとチルタリスのまま。
海未はゲコガシラに加え、ボールからヒノヤコマを開放し…“あらぬ指示”を出す。


海未「今です、“かげぬい”」

249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:34:16.52 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「影縫い?何を…、っ!?コジョンド!?」


突き飛ばされ、よろめく。
ツバサは突如、背後からコジョンドに押されたのだ。
何故?まるで理解が追いつかず、ツバサの声に初めての狼狽の色が混じる。

振り向けば…コジョンドの足元、その影へ。
つい今しがたまでツバサが立っていたその位置へ、数本の矢羽が突き刺さっている!!

ゲコガシラとの交戦に、少量のダメージを負わされていた。
そこへ放たれた影の矢は覿面の効力を!
ツバサを庇ったコジョンドは十分な回避を取り得ず、会心の一撃とでも呼ぶべきダメージをその細身へと刻み込んだのだ!

コジョンドは横目、主人の無事を確かめ、瞳に安堵の色を浮かべ…
ぐらり、前に傾いでそのまま倒れ伏した。

それは打倒。打倒…!
綺羅ツバサが所持するレギュラーパーティの一角を、完全な形での打倒!!

一体だ。しかしそれは大きな一歩。
悪の首魁、綺羅ツバサへ、自分たちは抗い得るのだと示してみせる大きな足跡!
海未は冷静の仮面をかなぐり捨て、片腕に力を込めて握りしめる。そして声を!


海未「やりました…やりましたよ!ジュナイパー!それに…ことり!!」

ことり「うん…やったね、海未ちゃん。それに、ジュナイパーも…♪」

『ポロロゥ!!』

250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:35:23.90 ID:ha7ZcpN9o
状況…
つまるところ、コジョンドは攻撃からツバサを庇ったのだ。
どこから?誰からの攻撃を?

ツバサの理解は早い。
ガブリアスがツバサを守り立ち、今が好機とばかり殺到する攻撃からツバサを守っている。
その背後、百戦錬磨の瞳は、その経験値をも凌駕した海未の…そして、ことりの戦術を把握した。

つまり、園田海未と南ことりは連携していたのだ!


ツバサ「ジュナイパー…くさ・ゴーストタイプの狙撃手を、部屋の影に沈めて潜ませていたのね」

海未「私は貴女から見て遥か格下。それが何の策もなく、この部屋へと踏み込むわけにはいかない。ですので、事前に開放して忍ばせていたのです」

ツバサ「そして私の隙を狙っていた…けれど、いつ?南ことり、アナタはいつ海未の仕込みを理解して、私を欺くために喧嘩の真似を?」

ことり「仕込みを理解…は、してません。だけどここに入ってきて、目を合わせた瞬間わかったの。海未ちゃんには何か策があるって。女の勘かな?うふふ」

海未「自慢ではありませんが、私の隠し事がことりに見抜かれなかったことは一度もありません!」

ことり「だから、あとはお互いアドリブ。綺羅ツバサ、あなたを油断させるためにはどうすればいいか、お互いに考えて動いて、即興で合わせた。それだけなの」

ツバサ「即興…まさか」

海未「舐めないでもらいましょう。私たちの…オトノキタウンの絆を!!」

ツバサ「………全く、楽しませてくれるわね」


不敵。
ツバサの口元には笑みが張り付いている。

251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:35:58.96 ID:ha7ZcpN9o
海未「ゲコガシラ!“えんまく”!」

ことり「チルタリス、煙幕の中から“りゅうのいぶき”っ!」

海未「ジュナイパー!“みだれづき”で間隙をフォローしてください!」

ことり「ドラミドロは“どくどく”。ガブリアスを自由にさせないように、海未ちゃんたちのサポートっ」

海未「ヒノヤコマはチャージが終わり次第、“かまいたち”を放ってください!」


ここが好機、その見解は海未とことりに同一。
対立の真似が完全なる虚構だと顕示するような磐石の連携がツバサを襲う。

対し、ガブリアス。
主人を守るように仁王立ち、攻撃を捌き、流し、受ける様はさながら弁慶か。
しかし倒れる気配は未だ見せず、その遥か高レベルの実力をこれ以上ないほどに…


『ッ、ガブ…!』

海未「揺らいだ!」

ことり「今っ…!集中攻撃しちゃえ!」

ツバサ「ごめんガブリアス、少し考え事してたわ。“ストーンエッジ”」

『ブリアスッッッ!!!』

ことり「きゃ…」


ツバサの指示に従い、ガブリアスが殴りつけた床が隆起して岩牙を成す。
それを防壁に、トドメとばかりに海未とことりが重ねた一斉射を防ぎきる。

岩壁が砕け…パチ、パチと二度だけ、ツバサは両手を打ち合わせた。
それは拍手か、あるいは仕切り直しの合図だろうか。


ツバサ「正直…侮っていた。あなたたちの事を」

海未「それは結構、そのまま侮っていてください。その間に倒しますので」

ツバサ「けれど間違いだった。流石はオトノキタウンのトレーナーね。代々アキバ地方で有名なトレーナーを輩出してるだけはある」

ことり「綺羅ツバサ…イーブイさんを、私のイーブイを返してください!」

ツバサ「ダメダメ。ただいまアジトで絶賛育成中なんだから」

ことり「……っ、イーブイ…」

海未「ならばここで、痛め付けてアジトの場所を吐かせるまで。そのガブリアスの体力も風前の灯火。こちらはまだ一体も倒れていません!」


海未の力強い宣言にことりが並び立つ。
海未、ことり共に未だ展開していないボールもある。
その中身のレベルはともかくとして、ツバサの数的不利は明らかだ。

しかしツバサ、海未とことりの力量を把握し、認め、それでもなお泰然自若は崩れない。
腰のボールの一つを手に取り…ツバサは軽やかに言い放つ。


ツバサ「ゲームをしましょう。今から繰り出すポケモン、この子と、フラついてるガブリアス。二匹を倒せたら、私は残りのボールを使わない」

252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:36:25.50 ID:ha7ZcpN9o
ツバサは片手をぶらり、そんな提案を。
その意図がまるでわからず、海未は怪訝に薄く疑問符を漏らす。


海未「……?」

ツバサ「煮るなり焼くなりご自由に。警察に突き出されても抵抗しないし、知りたければアジトだって教えるわ」

ことり「……な、何か企んでるの…?」

ツバサ「全然。ただ、ちょっと悔しくて。私の油断のせいでコジョンドが倒されて、ガブリアスもボロボロ。だからさしずめ…腹いせかしら?」

海未「……その一体が貴女の手持ちである以上、こちらとしてはそもそも倒さなければならない相手。
ゲームとやらに取り合うつもりはありませんが、降参するならどうぞご自由に」

ことり「そうだよね…うん、私たちは倒すだけ」


海未とことりは共に身構え、一体何が出るのかと息を飲む。
ツバサはフフと微笑み、ボールの開閉スイッチを押す。そして現れたポケモンは…


ツバサ「出ておいで、ペラップ」

『ペラップ♪』

海未「………ん?ペラップ、ですか?」

ことり(……か、かわいいっ)

253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:37:05.77 ID:ha7ZcpN9o
おんぷポケモン・ペラップ。
タイプはありがちなノーマル・ひこう。
鳥のインコによく似た、これといって強力というわけでもないポケモンだ。

決して侮るべきではないが、少なくともガブリアスに比べれば戦闘向きではない。
ましてや、悪の首魁の手持ちとしては見劣りするポケモンかもしれない。

そんなペラップはツバサのすぐそばをパタパタと舞い、愛嬌のある鳴き声を響かせている。


海未(少々拍子抜けしましたが…ポケモンであることに間違いはなし。仕留めてみせる、それだけです!)

ことり「…海未ちゃん、ことりから仕掛けるね」


連携のため、まずは声を掛けて確認を。
海未が頷き準備は万端、先陣を切るべくことりが声を上げる!


ことり「ドラミドロ、
ことり『ドラミドロ、“ヘドロウェーブ”を…海未ちゃんに』

『ドルァッッ!!!』

海未「な…」

ことり「え…っ?」


間近、指示を受けたドラミドロは迷わず海未へと毒液を浴びせかける。
神経を張り詰めさせている海未も、まるで警戒していない方向からの攻撃には対応が遅れる。
石床を溶かし切る毒液が海未の頭上から降り注ぎ…!

254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:37:37.97 ID:ha7ZcpN9o
『ポロっ!!ロロ…ゥ!』

海未「じゅ、ジュナイパー!私を庇って…すみません!」

ことり「こ、ことりは指示を出してないのに…!?っ、海未ちゃん!ガブリアスが来てる!」


倒されたジュナイパー、混迷する思考。
ことりと海未は共に理解が追いつかないまま、猛然と来襲するガブリアスを迎え撃たなければならない!


ツバサ「ガブリアス、“ストーンエッジ”」

海未『ゲコガシラ!“えんまく”!』

『ゲロロッ!!』

海未「煙幕!?違いますゲコガシラ!それは私の指示ではありません!」


海未の訂正は間に合わない。
ガブリアスは眼前、ゲコガシラは忍術めいて煙を展開するも、そのまま岩の刃に突き上げられて昏倒する。ここまで接近されてから目眩しをしたところで無意味!

と、ことりが声を上げる!


ことり「う、海未ちゃん!あのペラップが私と海未ちゃんの声を真似してる!」

海未「な…!?」

海未『ヒノヤコマはチャージが終わり次第、“かまいたち”を放ってください!』

海未「駄目ですヒノヤコマ!隙のある“かまいたち”は…!」

『ガブァッ!!!!』

255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:38:04.86 ID:ha7ZcpN9o
一閃。
ガブリアスの腕刃が薙ぎ、ヒノヤコマの体が床へと叩きつけられる。
狼狽する海未、ことりは体制を立て直すべくチルタリスを防御役に立てようと前へ。


ことり「チルタリスお願い!みんなを守っ…」

ツバサ「ペラップ、“おしゃべり”」

『ペララララララァップ!!』

『チルっ……!??』

ことり「あっチルタリス!そっちを向いたら駄目…!」

ツバサ「ガブリアス、“げきりん”」


重轟が地下室を揺らす。
やけどに力を減じていても、それでも恐るべきはガブリアスの剛腕。
タイプ相性も相まって、高い物理体制を誇るチルタリスが一撃で沈む!!

チルタリスがその動きを乱されたのはペラップの“おしゃべり”による撹乱。
特殊な音波でけたたましく鳴き喚き、ポケモンの思考を揺さぶり確実な混乱を招くのだ!

そしてガブリアスのヒレが振り上げられ、斧めいてことりへと振り下ろされる!!


ことり「きゃあああっ!!」

海未「くっ…!」


間一髪、海未はことりを抱えて横へ飛びのいて回避。致死の一撃こそ免れたが…

ほんのわずかな時間、手負いのガブリアスとペラップ。
その二体に海未とことりのパーティは半壊へと追い込まれている!

256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:38:33.98 ID:ha7ZcpN9o
海未はキルリアをボールから出し、生き残っているドラミドロが海未とことりを守る位置で立ちはだかる。
圧倒的劣勢!このまま攻勢を掛けられれば勝負どころか、命さえ危うい状況だ。


海未(せめて…せめてことりだけでも助ける方法は…!)


だが。


ツバサ「ガブリアス、ストップ」


ツバサは楽しげに笑んでガブリアスを制止する。
鮫竜は踵を返し、ツバサの傍らへと引き返していく。

バクバクと脈打つ心臓、抱きしめたことりの体からも同じように、荒い心音が伝わってくる。
耳元で吐息は乱れ、じとついた汗は自分の手汗かことりの冷や汗か、定かでない。


海未(一撃を躱し、床に倒れた姿勢…今攻撃をされていたら…!)

ことり(ことりも海未ちゃんも、確実に死んでた…)

ツバサ「……と、まあ、こんな感じ。賢いでしょ?このペラップ。
ボールの中でじーっと会話を聞いててね。私が指示した通りのセリフを同じ声で再生してくれるの」


悠然とツバサは歩み、そして台座に置かれたミュウツークローンのボールを手に取った。
ポン、と手慰みに放り上げて掴み、おもむろに腰のホルダーへと収めて笑う。


ツバサ「ミュウツークローン、この綺羅ツバサが頂いたわ」


257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:39:01.78 ID:ha7ZcpN9o
ギリ…と、海未は歯噛みを。

オハラの秘密、ミュウツークローン。
それを奪われたことより、紙一重で永らえたことより、近付いたと思った相手との間にまだこれほどの差が残されていたことが悔しくてならない。
それもガブリアスやコジョンドのような戦闘向けのポケモンではなく、ペラップに敗れて!


海未「目的を遂げた今、我々にはトドメを刺す価値さえない…と?」

ツバサ「ああ、勘違いしないでね。もうアナタたち二人を舐めてはいないし、情けをかけたわけでもない。
いくら私でも、並んだジムリーダー御一行とポケモン博士様を相手取るのは面倒ってだけ」

ことり「あっ…真姫ちゃん!」


部屋の入り口には真姫、そして花丸の父や善子の母らジムリーダー数人の姿が。
立場のある彼らにはアライズ団の行いの数々は伝わっていて、さらにパーティー会場での暴虐を乗り越えたばかり。皆一様に目に怒りを燃やしている。
その先頭、真姫の瞳に宿った怒りはとりわけ深い。

穂乃果、海未、ことり。
同じオトノキタウン出身、一つ年上の大好きな友人たち。
その旅路を血で彩ったことが腹立たしくてたまらない!!


真姫「綺羅ツバサ…!逃がさないわ!」

ツバサ「若き天才様はご立腹みたいね?フフ、とても怖い」

真姫「色々機材はあるけど、パパが弁償するから構わないわ…シャンデラ!まとめて焼き払いなさい!!“オーバー…

ツバサ「おっと、それはさせない。ペラップ、“ばくおんぱ”」


大爆音!!!!!!

ペラップの小柄な体から発されたとはとても思えない音の爆轟が部屋を満たし、海未やことり、真姫にジムリーダーたちの鼓膜を痛めつけて床に薙ぎ倒す。
ゴーストタイプのシャンデラは影響を受けていないが、真姫の指示が途中で途切れてしまったので動けずにいる。

その音波は指向性、ツバサとガブリアスには影響を及ぼしていない。
鮫竜の背に手を掛け、ツバサは床に伏した海未とことりへと声を掛ける。


ツバサ「また会いましょう、オトノキタウンのトレーナー。アナタたちの存在…悪くない暇潰しになりそう」


ガブリアスは咆哮。
潜行にも最適化されたその体で猛然と跳ね、フロアを上へ突き破っていく。
その速度は恐ろしいほどに速く、ジムリーダーたちも追走を諦めざるを得ない。
綺羅ツバサはミュウツークローンを奪取し、その目的を遂げた。

海未はその背、掘削の痕跡を見上げ…
強く、拳で床を叩き付けた。


海未「またしても……完敗ですっ……!!」

次回 穂乃果「行くよ!リザードン!」 その2