穂乃果「行くよ!リザードン!」 その1

258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:39:50.59 ID:ha7ZcpN9o



真姫「色々聞きたいことも、言いたいこともあるけど…ことり、無事でよかったわ。本当に」


短く、万感の思いを込めて。
それだけを告げ、真姫はジムリーダーたちと諸々の連絡に追われている。

そんな背中を(立派なものですね…)と見ながら、海未はことりと肩を並べている。

間近で爆音波を受けて鼓膜を破かれたが、ジムリーダーの一人が所持している治癒能力のあるポケモンの応酬処置でそれなりの聴力は戻っている。
それでも曰く、完全に戻るまでは一週間ほどを要するらしいが。

まだ、自分は無力だ。
見せつけられた実力差、奇策を弄して一体を倒し、それでもなお圧倒されてしまった。
無念に肩を落とす海未。その肩をちょんちょん、とことりの指が叩く。


ことり「………」

海未「………(なんです?あ、お互い耳がやられてるので聞こえませんね…)」


お互いに口をパクパクと、無駄に気付いて交わす苦笑い。
さっきの真姫の声もことりにはちゃんと聞こえていなかった。
少し不機嫌そうに、目の端に涙を滲ませた表情でおおよその感情は伝わっているが。

さて、ことりの意思を読み取るにはどうしたものかと首を傾げ、そんな海未の耳元へ“ふうっ”と息が吹きかけられる。



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259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:40:18.01 ID:ha7ZcpN9o
海未(ひいっ!?)

ことり(うふふ…)

海未(や、やめてください!破廉恥ですよ!)

ことり(こうやってヒソヒソ話みたいに口を近づけたら、聞こえるね。声♪)

海未(む、むむ。なにやら恥ずかしいですが…今は仕方ありませんね…)


くすくすと笑うことりにペースを乱され、そんな状況に海未はこの上ない安らぎを覚える。
ああ、ここが私の正しい居場所だと。
大切な幼馴染、ことりにからかわれ、あとは穂乃果も一緒にいれば。

そんな海未の横顔を愛しげに見つめ、ことりはもう一度海未へと囁く。


ことり(強くなったね…海未ちゃん。かっこよかったよ)

海未(………変化の度合いで言えば、貴女の方がよっぽどでしょう、ことり。連れているポケモンもなにやらやたらと高レベルなようですし…)

ことり(あ、このドラミドロさんは他のトレーナーさんと交換で手に入れたんだ。だから成長が早いの♪)

海未(ははぁ、交換で。昔からちゃっかりしていますからね、ことりは。ふふ…)


260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:40:45.13 ID:ha7ZcpN9o
笑みを交わし合い、ふとことりは表情に陰りを見せる。
その横顔は寂しげで、海未と同じことを考えているのだとすぐにわかる。


海未(早く穂乃果も一緒に…三人で、ゆっくりしたいですね)

ことり(うん…ことりも穂乃果ちゃんに会いたい。穂乃果ちゃん分が不足してるのを感じるの。このままじゃしわくちゃのお婆さんになっちゃう…)

海未(ふふ、それは大変です。早く穂乃果を引っ張ってこなければ)

ことり(穂乃果ちゃんの食べ残しが食べたい…穂乃果ちゃんのお風呂の残り湯に浸かりたいよぉ…ハノケチェン…)

海未(ちょっと何を言っているのかわかりませんね)


そんなとりとめもない会話、二人は自然と肩を寄せ合っている。
ことりはおもむろに腰のボール、戦闘に出さなかった一つを手に取った。
何気ない興味から、海未はその中身が気になり尋ねかける。


海未(そういえば、ことりは他に何のポケモンを連れているのです?ドラミドロやら、趣味が変わっていたようでしたが…)

ことり(ん、この子は…ことりが捨てられてない甘さかな)

海未(……?)

ことり(ううん、何でもないの。ねえ海未ちゃん、ちょっとこの子を抱きしめてあげてくれる?)


ボフ。とボールから現れたのはふわふわでもこもこ、わたげポケモンのメリープだ。
羊のような外見、そのタイプはでんきのみ。ドラゴンタイプではない。

ことりらしい愛くるしいポケモンだ。
そのことに海未は安堵し、嬉しくてたまらなくて、ことりに請われるままに満面の笑みでメリープを抱きしめた。


━━━バチン!


視界が明滅する。
痺れ、体が言うことを聞かない。
抱きしめたメリープから、ことりから、“でんじは”を浴びせられたのだと気付くまでに数秒を要した。
ことりは愛しげに、海未の頬をそっと撫で…床へと優しく寝かせて立ち上がる。


ことり(ごめんね…)


間近にいたジムリーダーへ、海未は疲れているようだから起こさないでと、そんな台詞を告げて部屋から出ていく。
ボールの開閉音。廊下の影、治療を受けたチルタリスの羽が散っている。

そして、ことりがどこかへと羽ばたいていく音だけが耳に残り…


海未(こと、り……)


海未の世界は暗転した。

261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:41:24.12 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「ぜえっ…ぜえっ!?ぐはっ…うぐ、ひぃ…!」


ガランと無人のオハラタワー、その中程より少し下の階。
情けなく響く、なんとも悲惨な声は穂乃果のものだ。

鹿角姉妹との戦いを制し、このままの勢いで!
そう息巻いて上を目指したまでは良かった。

だがその勢いもエレベーターが停止していて階段を使わなくてはならないと気付いた瞬間から急降下。
戦音に響き、揺れるオハラタワーをただ一人で延々と登り続けるというまさに苦行!
穂乃果の心は今にも折れそうに揺らいでいる。


穂乃果「も、もう…やめ、とこうかな…!?」

『リザァ』

穂乃果「呆れ、た…ように…見られてもさあ!たっ、多分これ上で戦ってるの…うみちゃんでも、ことりちゃんでもないよ!」

『グルル…』

穂乃果「だよね?なんか震動とか凄すぎるし、海未ちゃんとことりちゃんでもいくらなんでもここまで強くなってはない…はず」


自信なさげに語尾が揺れる。
穂乃果は親友を深くリスペクトしている。もしかしたら、万が一、二人かもしれない。その可能性を拭いきれないのだ。

実際のところ、上の戦いは果南と英玲奈、カイオーガとテッカグヤが鎬を削る、まさに怪獣大決戦。
穂乃果の考えは当たっているのだが、しかし引き返す踏ん切りが付かない。

262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:41:56.43 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「真ん中ぐらいまで登って来ちゃったしなぁ…」


切なげにボヤく。
ふと、窓の外へと目を向け…

破砕音!
それは数フロア下から、爆ぜるように飛び出した青黒の弾丸。

その“何か”は鋭い飛び出しから腕に鋭利な翼を広げ、滞空の状態へと移行する。

直感。穂乃果の五感が研ぎ澄まされる。
雨中、空に浮かぶそれをじっと見つめ…向こうもこちらを見つめている。

交錯する視線。


穂乃果「短い前髪、ガブリアス…」

ツバサ「オレンジ色のサイドテール。それにリザードン…」

穂乃果「綺羅ツバサ!!」

ツバサ「そう、貴女が…高坂穂乃果」


すうっと息を吸い、指示を!!


穂乃果「リザードン!!“かえんほうしゃ”!!!」

ツバサ「ガブリアス、“げきりん”」


相殺!!!

窓を突き破った火炎放射と逆鱗の咆哮が宙にぶつかり、その波及でオハラタワーの窓が数フロアに渡って砕け散る。
散る残火は花火のように、ガラスの破片が虹めいて空間を照らし…


ツバサ「面白い…!」


二人は、互いを明確に認識する。


穂乃果「行くよ!リザードン!」

263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:42:25.68 ID:ha7ZcpN9o



オハラタワーから少し離れた位置、路上には十重二十重に居並んだ警官たちが包囲線を敷いている。
パトカーに救急車、回転灯の光が街並みを照らし、降りしきる雨の中に臨戦態勢のポケモンたちの呼気が重なっている。

そこからさらに後方、立ち入り禁止線にはマスコミの群れ。
ツバサによって全国中継されるに至ったオハラタワー襲撃テロの衝撃は凄まじく、NHKはもちろんのこと、テレビヤマブキを例外として民放各局が通常放送を取りやめ、画面を緊急中継へと切り替えている。
国内のみならず全世界から耳目の集まる状況、各局の画面には犠牲者の名前を羅列したテロップが延々と流されている。

タワー内部から撤退してきたアライズ団との交戦は概ね警察方の勝利に終わっている。
事が事、腰の重い日本警察も躊躇なく特殊部隊を投入してポケモンと銃撃による波状攻撃で掃討、大勢を逮捕してみせた。
それでも数が多すぎたため、一部の団員を取り逃がしてしまっている。そのため、市内の各所には依然として厳重な規制網が形成されている。

警察と医療関係者は怒号めいてやり取りを交わし、マスコミは情報を得ようと声を張り上げ、そこに駆けつけた犠牲者の家族たちの悲鳴が入り混じってまさに阿鼻叫喚。
そんな中、報道陣の垣根を蹴散らすようにけたたましくクラクションを鳴らしながら、一台の警察車両が現場へと滑り込む。

264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:43:18.82 ID:ha7ZcpN9o
「どきなさい!」とばかりドリフト気味に車を横付け、小柄な少女が運転席から現場へと降り立つ。
刑事スマイル、矢澤にこだ。

ともすれば小中学生に見られかねない幼い風貌も、その表情に宿った怒気で印象を塗り潰している。
今の彼女の顔は海千山千のベテラン捜査官めいていて、騒がしいマスコミ記者たちも思わず一瞬気圧される。
ちなみに免許は国際警察仕様、世界各国で使えるものを所持している。


にこ「ついにやらかしてくれたわね…洗頭!」


国際警察に所属するポケモン犯罪捜査のエキスパート。アライズ団を追い続けている現場指揮官の到着に、警官たちは一斉に気を引き締める。
降りしきる雨にまるで構わず歩くにこに若い警官が傘を差し、現場責任者と並んでツカツカと。
未だ戦火に揺れるタワーを見上げながら話し、状況の細部を手早く頭に入れていく。


にこ「じゃあ三幹部は逮捕できてないわけね」

「ええ、タワーから撤退してきた集団の中には姿を確認できていません。
優木あんじゅについては四天王の桜内氏から取り逃がしたとの報告を受けています」

にこ「綺羅ツバサの確保を最優先。アイツさえ潰せばアライズ団は殺せる!」

265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:43:48.24 ID:ha7ZcpN9o
そんな会話が交わされる後方、にこの運転していた車両から一人の少女が飛び出している。
荒い運転に大いに酔い気味、今にも吐きそうな表情でいるのは黒髪の麗女、黒澤ダイヤだ。

ダイイチシティからどんなに飛ばしても三時間、そう思っていた道のりを国際警察専用ライドギアで高空をかっ飛ばし、車へと乗り継いで二時間半での到着。
振り落とされそうな高速飛行によるGの負荷、からの荒々しいにこの運転のコンボでグロッキー。
しかしダイヤの顔を蒼白にさせているのはそれよりも何よりも、ルビィの安否を確かめたいという一心。

ダイヤの瞳は左右に巡り、救急車のパトライトが回っている箇所で軽傷者たちが治療を受けているのを目に留める。
そこには見慣れた赤髪が。ツインテールこそ解いているが、大切な妹を見間違えはしない!!


ダイヤ「ルビィ!!!」

ルビィ「お…おねいちゃあっ…!!!」


駆け寄り、強く抱きしめる!!
もう会えないかもしれないと胸に過ぎった悲観と絶望、しかし腕の中の温もりははっきりとルビィの命がそこにあると教えてくれて、心を満たしていた暗雲を拭い去ってくれる。

未だ緊張に固まっていたルビィの心も姉に抱きしめられたことでついに溶け、ぎゅうっとしがみつきながら人目も憚らずにわんわんと泣き叫んでいる。

266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:44:17.33 ID:ha7ZcpN9o
「おっ!被害者と家族の感動の再会だ!」
「いい画だぞ!」「撮れ!!撮れ!!」


そんな調子でまるで無遠慮、“KEEP OUT”と書かれたテープを踏み越え、ハイエナよろしく駆け寄ってくるマスコミたち。
…へ、にこがダッシュからのソバットを叩き込む!
水溜まりを転がる記者、割れ砕けるカメラのレンズ!!


「ぐはあ!!?」

にこ「ごめん、雨で足が滑ったわ。機材の弁償と医療費は国際警察に請求しといて」


ひらひらと手を煽って警官たちに指示、マスコミを強制退去。
ダイヤの肩をポンと叩いて「良かったわね」とそっけなく、しかし温かい声をかける。


ダイヤ「うう…ぐすっ…本゛当に良゛かったですわぁ…!」

にこ「か、顔グチャグチャじゃない…それにしてもルビィ、アンタよく助かったわね」

ルビィ「ぅ…は、はい…!穂乃果さんが、ルビィたちのこと助けてくれて…!」

ダイヤ「感謝してもしきれませんわぁぁぁ…!」

にこ「なるほどね…やるじゃない、穂乃果!」


その時、タワーを見上げる警官たちが声を上げる!


「なんだ!?何か飛び出したぞ!」
「ビル中層、滞空するポケモン一体!」

にこ「上?スコープ貸して!」

267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:44:44.74 ID:ha7ZcpN9o
隣の警官から双眼鏡をひったくり、にこは上空へと目を凝らす。
青く流線のフォルム、凶暴な顔相…にこはそれを決して見間違えない!


にこ「ガブリアス、あれは綺羅ツバサよ!総員、上空へと攻撃準備!!!」


拡声器を手に声を張り上げるにこ。
騒がしいマスコミも静まり返り、焚かれるシャッター音とフラッシュだけが現場に満たして走る緊張。
にこの指示を受け、警官隊とポケモンたちは一斉に空へと銃口と技の照準を、視線を集める。

にこの指示さえ降ればいつでも一斉射を浴びせられる体制だ。
しかしにこは慎重、手を水平に留めたまま攻撃のタイミングを図っている。


にこ(あのガブリアス、普通にやってもムカつくほど速くて逃げられるのよね…
だから加速に掛かる一瞬前のラグ、そこを狙って砲火を浴びせる!)


凝視…と、その瞬間!ビルの中から炎が放たれる!
ツバサのガブリアスはそれを咆哮で受け、

相殺!!!

砕け散る窓、降り注ぐガラス片。
警官隊やマスコミたちは慌てて顔を覆うが、にこは掌で目だけを保護して上を見上げ続けている。

そしてビルから飛び出すオレンジの竜影、尾に揺れるは赫火。
一匹のリザードンとその背の人影が、綺羅ツバサへと挑みかかっていく!


ルビィ「ほっ、穂乃果さぁん!!?」

にこ「総員待機!様子見!」


高空へと向けた銃口を留めさせ、にこは穂乃果へと目を細める。


にこ(気を付けなさいよ、穂乃果。そいつは何をしてくるかわからない!)

268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:45:12.80 ID:ha7ZcpN9o



高空、吹き荒ぶ烈風が穂乃果の髪を真横へと流す。

生えたばかりの両翼は、リザードンを地上100メートル超の高空へと導いた。
羽ばたき、初めての飛翔だが違和感はない。まるで生まれた時から飛べていたかのように危なげなく滞空。

そんな相棒の大腿に足を掛け、首に片手を掛けて半身の姿勢、穂乃果はツバサと対峙する。

雨は横殴りに降りつけていて、目の中へと入り込む飛沫にともすれば気を取られてしまいそうだ。
しかし穂乃果は瞼を閉じない。理屈ではなく本能で理解している。この相手に対しては、ほんの瞬きの隙さえ見せてはならないと。

ただまっすぐに見つめてくる穂乃果の眼光に、ツバサは薄く笑んで声を掛ける。


ツバサ「なかなか面白かったわよ、アナタの友達二人」

穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん…戦ったの?」

ツバサ「ええ。めでたく生き残ってるわ。殺そうとしたんだけどね」

穂乃果「そっか」

ツバサ「当たり前、って顔?フフ…」


二人が揃っていたならやられるはずがない。
穂乃果の中にはそんな確信がある。
実際は危機一髪だったのだが、それでも二人が生き残ってみせたのは事実。
親友たちへと穂乃果が抱く信頼は裏切られていない。

269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:46:20.79 ID:ha7ZcpN9o
反応いかんで揺さぶりを掛けようと考えていたツバサだが、穂乃果の揺るぎなき精神を知り、無意味だと理解。その舌鋒にブレーキをかける。

すっと、ざらついたガブリアスの肌を撫でて微笑。


ツバサ「ガブリアスは今、ヤケドを負っている。攻撃力は半減していて、その逆鱗とリザードンの火炎放射で同等。それだけのレベル差があるわけだけど」

穂乃果「じゃあ今が倒すチャンスってことだね」

ツバサ「やれやれ…ポジティブね」


くすりと笑い、肩を竦めるツバサ。
口ぶりと仕草から、(戦いを避けたいんだ)と穂乃果は判断する。
ツバサのガブリアスは疲弊していて、できれば穂乃果の側から矛を収めさせたいのだと。
逃すわけには行かない。仕掛けるには今!


穂乃果「リザードン、近付き過ぎないように飛びながら“かえんほうしゃ”だよ!」

『リザァァァッ…ドン!!!!』

ツバサ「ガブリアス、避けて」


放出された大火が空を薙ぎ、ガブリアスは腕ヒレで泳ぐようにそれを避ける。
上にいたリザードンと下方のガブリアス、その位置取りが入れ替わった瞬間、ツバサは二つのボールの展開スイッチを押している。


ツバサ「ペラップ、コイル。出てきなさい」

『ペラップ!』
『━━ッ、ジー』

穂乃果「ペラップ…と、コイル?」


穂乃果の卓越した直感力も、ツバサのこの展開には首を傾げてしまう。

ペラップ…は、なんとなく嫌な感じがする。だけどコイル?
どうしてあんなにレベルの高いトレーナーが、進化前のポケモンを連れてるんだろう?

270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:46:48.84 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「携行性の問題ね、コイルなのは」


そんな穂乃果の疑問を読み取ったかのように、ツバサは答えを返してみせる。
もちろんそれだけで理解できるはずもなく、携行性?何の話をしてるんだろう?続けて浮かんでくる疑問に穂乃果は戸惑いを。

もちろん、やるべきことに変わりはない。
攻撃のバリエーションに音と電気が加わったことに気を付けて、遠距離からの火炎放射で狙い撃つだけ!
だが…嫌な予感が穂乃果に警戒心を抱かせる。


ツバサ「この子、これでも個体値はバツグンなのよ。進化前だけど強力な電波が出せるから、無線ジャックをするには最適」

穂乃果「無線ジャック…?」


ツバサは手首、おそらくは腕時計で時間を目にし、「もう来てるわね」と呟く。
そしてコートの内ポケットからおもむろに黒い無線機を取り出すと、その裏面をコイルへとあてがった。
続けてペラップへと何かを指示し…ペラップの口が無線へと向けて人間の声を真似る。


にこ『今よ!!撃ちなさい!!』

271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:47:18.45 ID:ha7ZcpN9o
地上、警察たちが所持している全ての無線から確たる口調での命令が響き渡る。
『今よ!!撃ちなさい!!』と、さっき到着した年若い現場指揮官の声が!


「発砲許可!!」
「撃て!」「今だ!撃て!!」
「上空に一斉攻撃!!」


まるでタイミングを計れていない、統率の取れない砲火と技の数々が空を輝かせる。
その様を目の当たりに、にこは愕然と呟く。


にこ「……やられた…!」


にこの誤算を生んだ要因は、彼女が国際警察だということ。

日本警察は捜査においては優秀だが、修羅場慣れしていない。
緊張に張り詰めた警官たちは、拡声器で指示を出しているにこの声が無線機から聞こえた矛盾に思い至ることができない。
これが現場慣れした海外の警官たちなら、無線機から聞こえた声をにこの指示だと勘違いすることもなかっただろう。
普段世界の最前線を飛び回っているにこは、日本警察の戦場での練度の低さに気が回らなかった!

あるいはにこが到着してからもう少し時間の余裕があれば、ペラップの脅威を全体に知らせることもできただろう。
恐るべきはツバサのタイムスケジュール管理。国際警察のライドギア、その移動速度は正確に把握済み。
にこにダイイチシティで偽のツバサを逮捕させ、中継で騒動を知ってオハラタワーへと向かうと逆算した。必ず来ると“信頼”していた。
誤差はあって五分、警察が撃ってこないことで到着済みは確定。動向を見抜き、にこの存在を逆手に取ったのだ!

様々な攻撃に照らし出された空を見上げながら、ダイヤとルビィが同時に声を上げる。


ダイヤ「ほっ、穂乃果さんっ!!」
ルビィ「うぁぁ!穂乃果さんがぁ…!」

272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:49:19.46 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「何、これ!?り、リザードン避けてー!」

ツバサ「ずらりと展開した警官隊からの攻撃よ。経験は浅くても戦力はなかなかよね、日本警察って」


穂乃果とリザードンが慌てふためくのと対照的、ツバサはガブリアスに高度を上げさせ、易々と攻撃を回避している。
出鱈目に飛び交う攻撃も威力だけは十二分、
そして穂乃果にとっては予期せぬ方向から、避け得ざる攻撃の嵐。
リザードンの体へと弾丸が当たり、翼に“冷凍ビーム”が直撃し、ぐらりと飛行姿勢が揺らぐ。

その様を楽しげに見つめながら、ツバサはガブリアスに悠然と背を翻させる。


ツバサ「そう簡単に戦えないのよ、王である私とは」

穂乃果「……っ!!」


地上部隊のドサイドン、その高射砲めいた“ロックブラスト”がリザードンの体を激しく叩く。
漏れる苦悶の咆哮…そしてついに、リザードンは浮力を失い自由落下へと移行する!!

落ちていく穂乃果、その目は見下ろすツバサと交錯している。


ツバサ「さようなら、穂乃果さん。また会いましょう?運が良ければね」

穂乃果「綺羅ツバサ…あなたは私が倒すよ!絶対に!!」

ツバサ「………!」


毅然たる瞳がツバサを見据え、穂乃果はその指を天へ、遥か高みの巨悪へと指し延ばす!

瞬間。ツバサはその指に運命めいた引力を感じ…

しかしそれを表情には出さず、西の空へと高速で飛び去っていった。

なす術なく見送り、残された穂乃果は気絶したリザードンを守るように抱きしめる。
地上からの攻撃は止んでいる。にこが必死に止めさせたのだろう。

それでも落下が止まるわけではなく…


穂乃果「うわああああああっ!!!!!!」


落ちていく!!!

273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:49:48.22 ID:ha7ZcpN9o



果南「カイオーガッ!!“かみなり”をぶちかませ!!!」

英玲奈「ギルガルド、受けてくれ」


炸裂する豪雷!!
意思を宿した剣盾、そんな容姿のはがね・ゴーストタイプ、ギルガルドが硬質な体を英玲奈の直上へと構えて落雷を受ける。

英玲奈は両腕から火炎をジェット噴射めいて噴き出すテッカグヤの背に立っていて、さらに屋上にはメタグロスをも展開した三体体制。

対する果南は暴力的なまでの性能を誇る大海の覇者、カイオーガを駆っての烈海怒涛。
自然の理そのものを敵に回したような凄まじさで暗殺者を攻め立てている!


果南「邪魔なんだよ、その盾…!カイオーガ!構わずに雷をありったけ叩きつけてやれ!!!」

『ギュラリュルゥゥゥ!!!!!』

英玲奈「その量、まともに受ければギルガルドでも落ちるな。済まない、エアームド」


英玲奈はボールを展開し、上空へとエアームドを舞わせる。
鋼でできたその体は避雷針代わりとなり、果南のカイオーガが風雨を利用して奔らせる必殺の雷を受け止める!!
戦闘不能となり落ちてくるエアームドを回収し、英玲奈は未だ冷静なままで果南の戦いぶりを見つめている。

274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:50:16.39 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「松浦果南、さながら怒り狂うポセイドンだな」


果南の怒号に沿うように打ち付けた波がオハラタワーの堅固な外壁をごっそりと削ぎ落としている。
それを生身で受ければどうなるかは明白で、テッカグヤのロケットめいた機動でそれを紙一重に躱しながら英玲奈は小さく苦笑する。

どうやら小原鞠莉と松浦果南は親友同士で、私は虎の尾を踏んだらしい。

そんなざっくりとした考察を巡らせながら、英玲奈は落ち着きを保ったままに黒手袋の両手を擦る。
ポケットから小さな包み紙を取り出すと、クシュ、と音を立ててその両端を引き開く。
どこかオートマチックな所作でそれを三度。掌に転がしたカラフルな飴玉を口に放り込むと、すぐさま噛み砕いて飲み込んだ。

果南はその様子を目に、ますます激怒の色濃く声を発する。


果南「飴玉…?ふざけてるの」

英玲奈「同時に三体、四体と指示を出すと脳が疲労する。だから糖分で補う。それだけさ」

果南「あっそう、ぶっ潰れろ!!!“こんげんのはどう”!!!!」

275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:51:06.09 ID:ha7ZcpN9o
伝説のポケモン、カイオーガが誇る独自の技、根源の波動。
カイオーガの体が震え、咆哮と共に水流がレーザーのように放たれる。
場に居合わせるだけで呼吸が苦しくなるほどの水圧が英玲奈の後を追い、高速で飛ぶ英玲奈と凄絶なチェイスを繰り広げる!

地上を追うメタグロス、そのサイコパワーが空間を歪ませてテッカグヤへの直撃を防いでいる。
決殺の一撃を潜り抜けてなお健在、英玲奈は横だけでなく縦にも機動するテッカグヤ、その背へと卓越したバランスで未だ立ち続けている。
あまつさえ、カイオーガの上空をすれ違いざまに草タイプの種爆弾を撒いて絨毯爆撃じみてカイオーガを狙ってみせる!


果南「っチ、苛つくなぁ…!」

鞠莉「果南…」

果南「鞠莉!ケガしてるんだから動いちゃ駄目だよ」

鞠莉「っ、少しだけ。あの英玲奈って人、ずっとテッカグヤの上に立ち続けてる。あれだけ激しく動いてるのにほとんど手すら付いてないよ」

果南「だね。さっさと振り落としてやらないと…!」

鞠莉「そうじゃなくて!強すぎる相手は無理に倒そうとせずに、退かせた方がいいんじゃない?果南が危ない目に遭ったら…」

果南「……いや、あいつは倒す。じゃなきゃ私の気が済まない!!」

276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:51:48.40 ID:ha7ZcpN9o
松浦果南の行動理念は基本シンプル。
プラス、そこに反骨の精神が宿っている。

喜んだり楽しければ笑い、腹が立てば怒る。
だが哀しくても簡単には泣かないし、だったらその悲しみの原因をぶっ潰してやろうと思い至るタイプだ。
そんな果南にとって何より大切な友人の一人、鞠莉が泣かされた。


果南(だったら、そいつをブン殴るしかないよね)


鞠莉を守りきれば実質的勝利?
いや違う、果南にとっては鞠莉が殺されかけて泣かされたという事実は拭えない物であり、それを飲み込むことを良しとしない。
それ相応の罰を浴びせてやるまで退くつもりも逃すつもりもない。怒りの大禍は増大し、深度を増していく。

果南はカイオーガよりも低空を飛ぶテッカグヤを睨み付け、再度の指示を。


果南「カイオーガ、もう一度“こんげんのはどう”だ!!」

英玲奈(あの水弾は厄介だ。速く強く、追尾性までがある。しかし発動中は若干の硬直が生まれる。そこを突く!)

英玲奈「ギルガルド!メタグロス!」


カイオーガが水弾を放つその瞬間、英玲奈は防御を担わせていた二体を攻撃へと転じさせる!
二体の激突で隙を作り、上空へと転じて果南と鞠莉の二人をテッカグヤの“だいもんじ”で焼き尽くしてしまおうという算段だ。

英玲奈の思考は海未と戦った時と同じ、徹底している。
たとえカイオーガが相手だろうと動じない。


英玲奈「どんな強力なポケモンが相手だろうと、トレーナーを殺してしまえばそれで終わりだ」

果南「確かに、同感かな」

英玲奈「…!?」

果南「当たらないからさ…直接叩き込みに来たよ」


果南は低空のテッカグヤを目がけ、カイオーガの背から飛び降りたのだ。
英玲奈の背後、その手には渦を巻く水塊。膨大な水圧を一点に留めた、カイオーガの“根源の波動”の一欠片!

それはあまりに予想外に過ぎた。あまりに命知らずの特攻!
振り向きつつの手刀も間に合わず、果南の掌が英玲奈の胸元へと水塊を捻じ込み…


果南「鞠莉のお返しだよ」

英玲奈「………ッ…!ぐはっ!!!」


螺旋する暴水が暗殺者の胸元を抉り、大穴を穿つ!!!

277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:52:22.30 ID:ha7ZcpN9o
統堂英玲奈は自身の国籍を知らない。

中国出身なのかもしれないし、日本なのかもしれない。
顔立ちからしてモンゴロイドであるのは間違いないだろうが、それ以上のことは調べたことがない。
知っているのはごく幼い頃にどこかの国で拉致され、中国で特殊部隊の一員となるべく徹底した教育を受けて育ったということ。

それが国家機関だったのか怪しげな一研究施設だったのかはわからないが、ともかく英玲奈は厳しい訓練を受けながら、機械のように育てられた。
本名も知らない。親の顔も覚えていない。統堂英玲奈という名前もこちらで活動するために付けた偽名だ。

そんな英玲奈にとって大切なことはただ一つ。
英玲奈が訓練を受けていた研究施設を襲撃した綺羅ツバサによって、初めて英玲奈は人生を与えられたのだという事実。

悪党として名を売り出したばかりだったツバサは、自身の才覚と少しの部下だけを頼りに堅牢な研究施設を叩き潰し、秘匿されていた研究内容や資源を奪い取って一財とした。
迎え撃った英玲奈はツバサに叩きのめされ、そして手を引かれるままに研究所から外の世界へと出たのだ。

そよぐ風、多彩な草花、鮮烈な記憶。

それが同情からか単なる気まぐれか、戦力として使えそうだったという打算からなのかはわからないし興味もない。
ただ今の英玲奈にとって重要なのは、命より大切な友人であるツバサを悪の覇道へと導くこと。

そんな英玲奈にとって、胸部を吹き飛ばされた程度は些事に過ぎない。


英玲奈「なるほど…中々、悪くないな。松浦果南」

果南「な、立って…!?」

278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:52:50.16 ID:ha7ZcpN9o
果南の一撃に吹き飛ばされた骨肉を、周囲の組織が異常増殖して補い、すぐさま自己再生を果たしている。

実験施設で兵士として育てられていた日々、英玲奈の体には何らかのポケモンの細胞や組織が埋め込まれている。
露出した血肉は緑とオレンジが入り混ざったようなグロテスクな色味をしていて、小刻みに脈動する様に果南は思わず顔をしかめる。

統堂英玲奈は非人道的な実験により生み出された生体兵器だ。
テッカグヤの上でバランスを崩さず立ち続ける異常なまでの身体能力の礎はその過去にある。

そして英玲奈は目にも留まらぬ挙動でキリキザンを展開、“つじぎり”を命じると同時、自身も果南へと貫手を繰り出す!!


果南(やッ、ばい…!)

英玲奈「二度目だ」

果南「ニョロボン!!」


天性のポテンシャル、優れた反射神経でニョロボンを出し、キリキザンの一撃は辛うじて防いでいる。
だがしかし、英玲奈の貫手は果南の脇腹を鋭く抉っている!

279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:53:39.95 ID:ha7ZcpN9o
果南(なんとか、ギリギリで身を捻れた…けど浅くない)

鞠莉「果南っ!!」

果南「カイオーガ、鞠莉だけは守るんだ」

英玲奈「見上げた精神だな。だが終わりだ」


英玲奈はもう一撃を繰り出すべく手を引き…
ふと、耳元のインカムに手を当てる。よろめく果南を注視したままに耳を傾け、そして手を下ろした。


英玲奈「……撤収らしい。讃えよう、松浦果南。君は勝っていた。私が普通の人間であればだが」

果南「っ、…わけわかんない、体してるな…」

英玲奈「今日はこれで退かせてもらう。が、私にはポリシーがある。今のところ君を二度殺そうとしたわけだが…」


出血に揺らぐ果南をニョロボンが抱えて跳ぶ。
カイオーガの背までは距離が遠い。
一旦、英玲奈とキリキザンとの距離を開けるべく、オハラタワーの屋上へと退避する。

英玲奈はそれを意に介さず、ゆっくりと手を掲げていく。
併せ、テッカグヤはじりじりとその高度を高めていき…


英玲奈「今日は場所柄、テッカグヤに足場としての役割ばかりをさせてしまった。
その鬱憤を晴らさせてやるとしよう。そして同時に、これが君へと向ける三度目の殺意だ」

果南「……ッ、来る…!」

両腕のジェット噴射が上を向き、下方への推進力を増進させる。
10メートル規模の体が高空から降る。その重量は生物の域を超えている。
それはシンプルな重量落下。アライズ団の突入前にオハラグループの用意した戦闘部隊を一蹴し、盛大な揺れを走らせた一撃。
重ければ重いほど威力を増す、ごく単純かつ強力極まりない質量攻撃。


英玲奈「テッカグヤ、“ヘビーボンバー”」


落下、テッカグヤの体がオハラタワーを豪打!!

凄絶な衝撃…
戦闘に痛みきったオハラタワーがついに断末魔のように軋みながら倒壊していく。
飛び去っていく英玲奈を見送りながら、果南は大量の瓦礫と共に遥か地上へと落ちていく…!


鞠莉「果南っっ!!!」

280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:54:22.93 ID:ha7ZcpN9o



ダイヤ「ほっ、穂乃果さんっ!!」
ルビィ「うぁぁ!穂乃果さんがぁ…!」

にこ「だああっ、やられた…!穂乃果を撃墜してどうすんのよ!全員撃ち方やめ!!撃った奴はブン殴るわよ!!」


震動!!!
マスコミや警察たちが騒然と声を上げる。


「上の方で何かぶつかったぞ!!」
「戦いが決着したのか?」「お、オハラタワーが…!」

「崩れてくる!!!」


最後の一声は悲鳴に近い。
202階、長大にして重厚な超高層ビル、オハラタワー。
ヨッツメシティの中央に建っているそれが崩れれば大被害が出るのは明らかで、それほど離れていない位置にいる警察やマスコミたちの全滅は免れない!

穂乃果がツバサの策略に嵌められて落ちたのと英玲奈が果南ごとオハラタワーを崩壊させたのはほぼ同時刻。


にこ「あー…これは」


パニックに包まれる現場の中、にこは今にも落ちてくる大量の瓦礫を呆然と見上げている。
こんな事態、にこの力ではどうにもならない…にこの力では。

ので、冷静に。


にこ「……ツバサの逮捕には間に合わなかったけど、あいつら呼んどいて良かったわ」


足音。
二人の人物が颯爽と美しく、足並みを揃えて現場に現れる。
アキバリーグチャンピオン絢瀬絵里!
同リーグ四天王、東條希!

281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:55:00.12 ID:ha7ZcpN9o
クールかつ美しく、窮地にあってもかしこくかわいく。
金髪を靡かせながら、絵里は落ち着き払って現場を歩いている。

その隣を歩くのは紫がかった長髪、浮かべる笑みは愛らしくかつミステリアス。
相棒とばかり絵里の隣、同様に動じず周囲を見回す。

そんな二人はにこの姿を見つけ…手を振る!


絵里「あっいたわよ希!にこ~!にこ~!」

希「おお~本当に刑事してるんや。にこっち~!」

にこ「ちょっ、呼ばなくてもわかるから!その間の抜けた呼び方やめなさいよ!にこの威厳が!」


そんな調子で二人はにこの側へ。
仕事柄ちょくちょく顔を合わせているうちに何故だか絵里と希に気に入られ、すっかり親友のような腐れ縁のような、そんな関係の三人だ。

と、もちろん今日は遊びで呼んだわけではない。
にこは「ん。」と指差し、落ちている穂乃果と崩落するビルに二人の目を向けさせる。

もちろん二人に抜かりはない。
一目見ればわかる状況、絵里はフリーザーを、希は傍らにマフォクシーを待機させている。


にこ「頼むわよ」

希「じゃ、とりあえずマフォクシー。あの落ちてくる子受け止めよか?」


発動するサイコキネシス!
錐揉みしながら落ちてくる穂乃果とリザードンを強力な念波が包み込み、その落下速度を段階的に緩和させながら徐々に地上へと近付けていく。
数億枚の薄布をクッションにして受け止めるような、そんな柔らかで微細なサイココントロール。

頭から落ちていたのを最後にくるりと足を下にするサービス付きで、すとん。と穂乃果は地上に降り立った。


穂乃果「…………っ!……?ん、あれ?」


微妙に間の抜けた表情で首を傾げる穂乃果を一瞥し、絵里と希は崩れ落ちてくるビルを見上げている。


絵里「さて、こっちは骨が折れそうね」

希「ふふふ、腕の見せ所やね?」

282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:55:33.16 ID:ha7ZcpN9o
絵里は上から下部にまで亀裂走ったビルを見上げ、片目を閉じて塩梅を測る。
二秒ほどそうして、感覚を掴んだのだろうか。
隣で待機している伝説の氷鳥ポケモン、フリーザー、それとユキノオーを追加で繰り出して指示を出す。


絵里「よくわからないから全部凍らせましょう。フリーザー、“ぜったいれいど”。ユキノオーは“ふぶき”」


嘴から、コォォと凍てつくような鳴き声、あるいは呼気が漏れ…フリーザーは蒼白の両翼を広げる。
同じくユキノオーは擦れるような唸りを響かせ、大きく呼吸を吸い込み…猛吹雪として吐き出す。と、瞬間!
発せられた冷気が蒼く走り、倒壊するビルを下から上へと駆け上がるように凍らせ、堅固な氷晶へと包み込んでいく!!


穂乃果「う、わっ…!!凄い…なにこれ!!」

にこ「ダイイチシティの時も一応見ただろうけど…よく見ときなさい。これがチャンピオン。アンタが挑もうとしてる大きな壁の姿よ」

ダイヤ「はぁぁぁっ…エリーチカ…!クールですわぁ…!」

穂乃果「……凄い!」


その冷気の勢いは凄まじく、今にも剥がれ割れて崩れようとしていた上層部の構造を固めて繋ぎ止めている。
さらには地上から幾本もの頑強な氷柱を打ち立て、支え棒としてオハラタワーを斜めからも支えている。


絵里「動かない標的には“絶対零度”も簡単に当たるから楽ね♪」


そんな調子で上機嫌の絵里。それでも剥がれて抜け落ちてくる瓦礫は少なくない。
そこはエスパータイプのエキスパート、希の出番だ。

283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:56:03.66 ID:ha7ZcpN9o
希「ウチももう一匹出しとこか。フーディン、お願いね」

『シュウ…!』

希「それじゃマフォクシーもフーディンも、サイコキネシスで落ちてくる瓦礫を受け止めよ」


迸る念動力!!

本来不可視であるはずの念波だが、二匹の高レベルが故に明確に空間が捻じ曲がっていて人の目にも視認できる!
マフォクシーとフーディンの二体はそらに巨大な受け皿を作り、広範囲に落ちてくる瓦礫をまとめて漏斗を伝わせるかのように一箇所へと集めて積み上げていく。

希はフフフンと鼻歌を口ずさみながら微細なコントロールを指示し、街に瓦礫が落下する被害は一切皆無。

入れ替わりの激しいアキバリーグで、現四天王の中では最古参。
チャンピオンの絵里とほぼ同じだけの在位期間を保っている実力は伊達ではない!


穂乃果「四天王、希さんも凄い…」

希「希ちゃん、でええよ。穂乃果ちゃん?」

穂乃果「え…あれ、私のこと知ってるの?」

希「ふふ、エリチから聞いたんよ。面白そうな子がいるってね」


…と、その時。タワー最上層に溜まっていた大量の水が決壊する!
鉄砲水のように吹き出した勢いで凍結の戒めを破壊し、最上層の数フロアが大量の瓦礫となって地上へと降り注ぐ!!


絵里「ちょっと厄介ね。うーん、希」

希「了解、エリチ」


以心伝心、二人はほんの一言で次の一手を合致させる。
そして共に、それぞれの手首に嵌めたバングルのような物へと指を触れさせた。

希はくるりと振り向き、穂乃果へと神秘的に笑みかける。


希「よく見といてな。これは、ヒトカゲをリザードンにまで進化させた穂乃果ちゃんが…次に目指すべきもの」


絵里と希、二人のバングルが激しく発光する!
その光を翳し、極光がポケモンへと伝播していく!


絵里「メガシンカ。行くわよ、メガユキノオー!!」

希「メガシンカ…本気モードや。メガフーディン!!」

284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:56:34.47 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「………はぁ、すごかったなぁ…」


静まり返った病院の一室、穂乃果は一連の出来事を思い出して嘆息している。
あまりに鮮烈な出来事が多すぎた。凄惨な現場がまだ目に焼き付いている。

だが穂乃果が“すごかった”と思い返しているのは、絵里と希が見せたメガシンカの力だ。

二人が手に着けたバングル…メガリングと言うらしいが、そこから放たれた光はそれぞれのユキノオーとフーディンを異形めいた姿へと変貌させた。
二匹は崩落するビルの全てを凍て付かせ、また強力無比な念動力で固定して落下を食い止めた。
それでいて変わらずの精密なコントロール。瓦礫と水をより分け、その中から気絶した四天王の松浦果南を救い出してみせていた。

病室、穂乃果がいるのは窓際のベッド。
カーテンを開ければ歪なオハラタワーが見え、鎌首をもたげた爬虫類のような姿は恐るべきテロの現場に刻まれた悪意を模したオブジェのようだ。


【あくまで氷による一時的な処置であり、一週間を目処に崩落の危険性があるとの…】

穂乃果「……はぁ。テレビも何もないし」


各局が特番、特番、特番。
アライズ団について早くも報道特集を組んでいる局もあるが、今は見る気になれない。

穂乃果の怪我はマニューラの氷が掠めた足の傷だけ。
あくまで軽傷なのだが、精神的なショックの可能性などを踏まえて数日は入院とのことらしい。


にこ「ま、幹部連中と対峙したアンタたちには聞かなきゃいけないことも多いし」


と、にこの弁。
そんなわけですることもなくて、穂乃果はぼんやりと思考を巡らせている。

海未は気絶したまま意識が戻っていない。命に別状はないらしいが、疲労が深いのだろう。
真姫曰く、ことりはまたしても姿を晦ましてしまったらしい。

どうしてだろう…
なんでなのかな、ことりちゃん。穂乃果は静かに親友へと想いを馳せる。


穂乃果「アライズ団、綺羅ツバサ、チャンピオン、メガシンカ。それに…ことりちゃん。ああ、もう…疲れたよぉ……」


時計はじきに十二時。激動の一日が幕を閉じようとしている。
重く、粘つくような疲労が指先にまで広がっている。心と体、両方の疲弊を休めなければ。

ベッドへと顔を埋め…穂乃果はゆっくりと瞳を閉じた。

285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:57:05.50 ID:ha7ZcpN9o



ヨッツメシティ総合病院、アキバ地方最大規模の患者受け入れ体制を誇る大病院。
穂乃果が入院しているそこには、同様にオハラタワー襲撃に巻き込まれた人々が入院して治療を受けている。

重い怪我を負った人々はもちろん、そうでない人々もPTSDを発症する可能性がある。メンタル面のケアが重要だ。

幸い、対処法は確立されている。
ポケモンを用いた医療研究の権威、真姫の父であるニシキノ博士がエスパータイプポケモンの力を借りてのメンタル医療を提唱し、実用化へと導いている。
この病院でも取り入れられていて、サーナイトのような精神感応力を持つポケモンたちが医師と共に医療へと従事しているのだ。

とある一室…
ここでもエスパーポケモンによる治療が行われている。
善子、花丸、ルビィ。同室に入院している三人へと治療を施しているのはエスパータイプのエキスパート、希だ。

まだ幼く、しかもアライズ団の戦闘員との激戦を経た三人のメンタル面にはとりわけ深いダメージが刻まれている可能性がある。
そういうわけで、卓越したサイキックトレーナーである希にお株が回ってきたというわけだ。

286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:57:33.02 ID:ha7ZcpN9o
ゆっくりと時間を掛けた対話。
経験したことを話してもらい、そこに紐付けられている恐怖をサイキックで薄め、遠ざけていくのだ。
希は花丸の瞳を見つめ、焚かれたアロマ香が心をほぐし、念波の浸透率を高めていく。


花丸「マルはお寺生まれだから…死とかには、みんなより少しだけ、慣れてると思うんです。
それでも思うところはいっぱいあって…死んでしまった人たちがせめて安らかに眠れるように、お父さんの供養のお手伝いをしようと思ってます」

希「うん…自分の中で消化できてるみたいやね。えらいえらい、流石はクニキダさんの一人娘」


自然な笑みを返してくれた花丸。
その表情に、(この子は大丈夫やね)と希は安堵の息一つ。

これで二人目。
最初に治療をした善子はかなりのショックを受けていたが、素直で影響を受けやすい性格らしく、念波によるケアがすんなりと浸透して落ち着いてくれた。


善子「ずら丸、終わった?」

花丸「うん、終わったよ。善子ちゃんはもう大丈夫?」

善子「フフ、堕天使の身に厄災が降りかかるのは、天が与えし必然……って、流石にふざける気にはならないけど…うん、大丈夫」

花丸「そっか、よかったずら」


もちろん、しばらくは継続的な治療が必要。
様子を見ながら通院してケアを受けることになる。
それでも迅速に対処できたことで、トラウマが心に塞げない傷痕を残すことはないだろう。

287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:58:00.37 ID:ha7ZcpN9o
希「んん~……」


希は両手を組み合わせてぐっと伸びを。背筋を伸ばし、掲げた腕を横に降ろしてそのまま無意味にチョップを放つ。


希「せいっ」

にこ「痛あっ!?なにすんのよ!!」

希「やー、治療の場に警察のにこっちがいると念波の浸透率が下がるんよ。ちょっと疲れるから腹いせに」

にこ「なぁにが腹いせよ。仕方ないじゃない、アンタの対話が事情徴収も兼ねてんだから」

希「ま、せっかく治療した後にもう一回同じ話をさせるのも可哀想やんね…さて、あと一人の子行こか。ルビィちゃん、どうぞ」

ルビィ「………はい」

にこ(昨日よりも表情が暗い。不安定になってるわね…)


部屋に入ってきたルビィの顔には、一夜が明けてぶり返してしまった恐怖が根深く刻み込まれている。
付き添っているダイヤ、それに花丸と善子も心配そうに見つめていて、
(これは少し、気ぃ入れんとアカンかな)と希は息を吸い直した。

288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:58:32.40 ID:ha7ZcpN9o
右・左・右・左。

ルビィの前で振り子が揺れる。
発せられる念波が心の深層の亀裂の形を、その深度を測る。
希は優しい笑みを湛えたまま、じっとルビィの話に耳を傾けている。

訥々と…やがて溢れ出すように。
怖かったと、悲しかったと感情の全てを吐露していくルビィ。

そんな様子を見つめながら、にこはどうにも希のポケモンが気になって仕方ない。
真面目な治療が行われている横に立ち、チラチラと希のポケモンに目を向けている。

黄色い体、ブラブラと揺れる振り子。
さいみんポケモンことスリーパーだ。


にこ(………サーナイトとかだと、なんていうか見映えもいいんだけど…スリーパーねぇ。
ルビィみたいな幼い子とスリーパーが向き合ってると、なんかこう、絵面が危ういっていうか…)


そんな雑念、無駄に胸をざわつかせているうち、希から優しく頭を撫でられ、ダイヤから抱きしめられ、たまらず駆け寄ってきた友人二人に手を握られ…
ルビィの表情へ、徐々に安らかさが戻っていく。


希「ルビィちゃんは人一倍優しい子やから、その分だけ深く傷が入っちゃったんやね」

ダイヤ「ルビィ…」

ルビィ「うっ…ぐすっ…こ、こんなに泣いたら、っ、恥ずかしいよね…えへ、へ…」

にこ「恥ずかしくないわよ。泣ける時に思いっ………きり!!泣いときなさい」

希「そうそう。ちゃんと泣いとかんと、後から心が辛くなっちゃうから」

ダイヤ「本当に…頑張りましたわね、ルビィ」

289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 04:59:22.36 ID:ha7ZcpN9o
希がエスパータイプの使い手として優れている一つは、本人にもサイキッカーの素養があるという点。
スリーパーの振り子を介してルビィの心理へそっと踏み込み、巧みな話術で心を癒していく。

また同時に、悲しみの底に芽生え、輝きを増した小さな感情を読み取っている。
それは自分もトレーナーとして強くなりたいという夢。


希「ルビィちゃん、これはウチからの贈り物」

ルビィ「へ、ボール…あの、ポケモンですか?」

希「うん、ウチにはわかる。その子はルビィちゃんのところに行きたがってるんよ。出してあげてくれる?」

ルビィ「は、はい。えっと…わぁ!かわいい!」


ルビィの手元に現れたのはピンク色、丸々とした体につぶらな瞳。
希がルビィへと渡したのは、ゆめくいポケモンのムンナだ。
初めてのポケモンにおっかなびっくり、そっとその背を撫でるルビィを横目に、希はダイヤへと声を掛ける。


希「夜に寝てる時、ムンナがそばでピンク色の煙を出してたらルビィちゃんが楽しい夢を見られてる証。そしたらもう大丈夫。気にしといてあげてな」

ダイヤ「何から何まで、本当に感謝しきれませんわ…」

希「ううん、困った時はお互い様やん?」

ルビィ「えへへ…なかよくしてね、ムンナさん」

花丸「雰囲気がふんわりしてて、なんだかルビィちゃんとお似合いずら~」

善子「ククク…ルビィ、そのムンナ。ヨハネのヤミカラスと勝負よぉ!」

ルビィ「え、えぇ…!?」

花丸「エスパー単色と見るやいなや勝負を挑む…善子ちゃんズルいずら」

善子「フッ、私は決めたのよ。最強の悪タイプマスター、堕天使トレーナーになると。そのためには…手段は選ばないっ!勝負よルビィ~!」

ルビィ「ひ、ひええ!おねえちゃん!マルちゃぁん!」

290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:00:21.53 ID:ha7ZcpN9o
やにわに賑やかしくなる病室、沈んだ気分と雰囲気を変えるべく、ちょっぴり大袈裟にはしゃいで見せる善子。彼女もまた優しい少女だ。
善子へ向けた視線をじとりと湿らせつつ、やっぱり一緒に楽しげな花丸。
その背に隠れつつ、ムンナを抱きかかえて善子から逃げ回るルビィ。

希の持つサイキック能力、ささやかな未来予知は語っている。
この三人には遠くない未来、もう一度悪と対峙しなければならない時が来ると。


希(…でもまあ、今伝えて怖がらせるのもアレやからなあ。
うん、大丈夫。きっと乗り越えられるから、頑張ってね)


内心に呟き、微笑みを浮かべる希。
そんな希を横目に、にこはどうしても気になっていたことを尋ねかける。


にこ「ねえ、その、アンタの手腕を疑うわけじゃないんだけど…スリーパーで子供のケアして大丈夫なわけ?」

希「ん?失礼やなあ。ウチのスリーパーはピュアッピュアやのに」

にこ「ピュアッピュア…ねえ」

希「信じてくれないにこっちにはお仕置きや。スリーパー、ワシワシMAX」

にこ「ひぃぃいやぁああ!!?やぁめなさいよ!!そのネットリした目付きで来られると身の危険しか感じないのよ!!」

希「ちなみににこっちには血ヘド吐くほど大変な未来が待ってるけど、まあ頑張ってな」

にこ「さらっと不吉な予言してんじゃないわよ!!!」

291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:00:49.10 ID:ha7ZcpN9o



憮然。果南は憮然と腕を組んでいる。

垂れ気味の愛らしい目元にたっぷりと不服を含ませ、差し入れのフルーツ盛りからリンゴを掴み、皮もそのままにガリリと齧る。


鞠莉「oops…果南ったら激おこが長い!そんなワイルドに食べなくても剥いてあげるのに!」

果南「自分に腹が立つよ。あーもう、なんであそこで突っ込んじゃったかなぁ?
落ち着いてカイオーガで攻めてればジリ貧にできたかもしれないのに」

鞠莉「果南は昔っからmuscle brainだから…」

果南「マッスルブレイン?ああ、脳筋ね…今は反論できないのが悲しいよ…」


拳で自分の頭をぽかりと叩き、傷口の痛みにぐうっと呻いて仰向けに。

英玲奈との交戦の末に傷を負った果南もまた、総合病院の一室へと入院している。
脇腹を抉られた傷を覆うように腹部にグルグルと包帯が巻かれていて比較的重傷、それでも起き上がって平然と果物を食べてみせるのは、基礎ポテンシャルの高さ故だろう。

292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:01:20.38 ID:ha7ZcpN9o
部屋の場所はルビィたちの病室の隣。
とりわけ事件に深く関わった面々をまとめて警護するために、同じフロアへと固めて入院させているのだ。

ちなみに鞠莉も足の銃創の治療のため、同じ病室にベッドを並べている。
仮にもオハラコーポレーションの社長、個室を手配することもできるのだが、鞠莉から望んでこの部屋に入室している。
果南と同じ部屋で、ダイヤも妹の付き添いで隣室にいるため頻繁に顔を出してくれる。

鞠莉にとっては豪華な個室より、よほど満たされる部屋というわけだ。

そんな病室に見舞い客が二人。
ベッドサイドの椅子に、絵里と真姫が並んで腰掛けている。
チャンピオンの絵里と四天王の果南はもちろん、真姫も鞠莉もそれぞれに顔が広い。
四人揃って知り合いなので、これといって気兼ねした様子もない。

鞠莉が大量の見舞い品の中から適当に開けた菓子折りからゴーフレットをつまみ、サクリと歯を立てながら絵里が口を開く。


絵里「でも、仕方ないんじゃないかしら…まさか人間が再生するなんて思わないものね」

果南「うん、あれは…正直ゾッとした。胸の真ん中らへんに穴を開けたのに、グチャグチャっと膨れ上がって塞がってさ」

鞠莉「私も見たけど、そこらのポケモンよりよっぽどクリーチャーみたいだった」

真姫「人体にポケモンの組織を移植…私のパパも医療方面でその研究をしてたことはあるけど、結局実現できなかった。
それを実用化して、さらに軍事利用だなんて。倫理観はともかく凄まじい技術力ね」

鞠莉「umm…?まさか、ニシキノ博士が全ての黒幕!!」

絵里「はっ…!?」

鞠莉「なぁんちゃって。it's joke♪ ニシキノ博士はとびきりのモラリストだものね」

果南「まぁた、タチの悪い冗談を」

真姫「……エリー、一瞬信じかけてなかった?」

293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:02:21.37 ID:ha7ZcpN9o
冗談交じりのとりとめもない会話だが、お互いが見た物、知った情報の交換と確認も兼ねている。
今後アライズ団と対峙していく上で、幹部の英玲奈が人外めいた再生力を有していると知れたのは重要だ。
加えて、主力が五匹まで判明した。アライズ団がUBを所持していることも分かった。
敗北こそしたが、果南は鞠莉を暗殺から守り抜いてみせた。

しかし、失ったものも大きい。
持ち去られたミュウツークローンが綺羅ツバサに利用されて牙を剥くのは確実。
そしてそれより大きなダメージは…


真姫「鞠莉、その…オハラの状況は知ってる?」

鞠莉「……ええ、療養のためにニュースは見ないようにって言われているけど、どうしたって耳には入ってくるもの」


少し眉根を下げ、鞠莉は困ったような表情で笑う。
おもむろにリモコンを手に取ると、あまり見ない方がいいと止められているテレビの電源を入れた。
薄型テレビの画面は民放のワイドショーを映し出し…
その中では賢しらなコメンテーターたちが沈痛な面持ちで、しかし口調は辛辣に、アライズ団へ、そしてオハラコーポレーションへと批判を浴びせている。

294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:02:58.12 ID:ha7ZcpN9o
絵里「やっぱり、オハラへも批判が集まってるのね…」

鞠莉「……メディアへのリークでオハラがマフィアだった過去が発覚、襲撃事件と合わせて株価は大暴落。
世間からは反社会組織同士のいざこざだと見られていて、犠牲者を出した責任の一端はオハラにある……マスコミもネットも、たった一日でそんな世論ができ始めてる」

果南「難しいことはわかんないんだけどさ、なんでこんなに早くオハラ叩きになってるの?
まさか、これもまたアライズ団が誘導してるとか…」

真姫「リークしたのはアライズ団だろうけど、世論に関してはまた別ね。
同業他社がオハラを追い落とすチャンスだし、色々な企業の思惑が絡んでるはずよ」

鞠莉「襲撃で会社がパニックだから、メディア対応が後手後手に回ってしまってるの。too late…全てはもう手遅れ」

果南「………鞠莉…」


明るく振舞っている鞠莉だが、ふと気を抜けば表情に深い疲労が浮かぶ。
経営を学んできた鞠莉は理解している。オハラコーポレーションは死に体なのだと。

オハラが潰れればアキバ地方に潜む悪党たちの抑え役がいなくなる。
訪れるのは暗黒。すぐ未来に待ち受けているのは、綺羅ツバサが望み描いた混沌だ。
絵里「やっぱり、オハラへも批判が集まってるのね…」

鞠莉「……メディアへのリークでオハラがマフィアだった過去が発覚、襲撃事件と合わせて株価は大暴落。
世間からは反社会組織同士のいざこざだと見られていて、犠牲者を出した責任の一端はオハラにある……マスコミもネットも、たった一日でそんな世論ができ始めてる」

果南「難しいことはわかんないんだけどさ、なんでこんなに早くオハラ叩きになってるの?
まさか、これもまたアライズ団が誘導してるとか…」

真姫「リークしたのはアライズ団だろうけど、世論に関してはまた別ね。
同業他社がオハラを追い落とすチャンスだし、色々な企業の思惑が絡んでるはずよ」

鞠莉「襲撃で会社がパニックだから、メディア対応が後手後手に回ってしまってるの。too late…全てはもう手遅れ」

果南「………鞠莉…」


明るく振舞っている鞠莉だが、ふと気を抜けば表情に深い疲労が浮かぶ。
経営を学んできた鞠莉は理解している。オハラコーポレーションは死に体なのだと。

オハラが潰れればアキバ地方に潜む悪党たちの抑え役がいなくなる。
訪れるのは暗黒。すぐ未来に待ち受けているのは、綺羅ツバサが望み描いた混沌だ。

295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:06:19.22 ID:ha7ZcpN9o
長い睫毛を伏せ、俯く鞠莉。

覚悟を決め、経験を積み、生涯を賭して育て上げていくつもりだった企業をテロリストの暴虐に潰されてしまうのだ。
その落胆は深く、心は絶望に渋み…

それでも鞠莉は顔を上げる。
大胆不敵、果断かつ豪気。そんな女傑の片鱗が金の瞳に燃えている。


鞠莉「………だけど、このまま引き下がるつもりはありません。
売られた喧嘩は買って返す。小原家の流儀をガツンと!見せつけてやるんだから!」

果南「ふふ、落ち込んでるかと思えば…それでこそ鞠莉って感じだね。
手伝うよ、負けっぱなしでいられるもんか。アライズ団…叩き潰してやる!」


病室の片隅だとは思えない力強い宣告。
鞠莉と果南がアライズ団へと燃やす闘気に、絵里と真姫も頷いて応える。


絵里「やられっぱなしはここまでにしないとね。リーグチャンピオンの名に懸けて、綺羅ツバサたちをこれ以上のさばらせはしない」


絵里もまた怜悧。
プライベートで垣間見せる気の抜けた部分は鳴りを潜め、アイスブルーの瞳は身を裂くような零度を宿す。

絵里や果南だけでない、希や梨子もそう。
アライズ団はチャンピオンと四天王、それにジムリーダーたち。このアキバ地方そのものを敵に回したも同然なのだ。


真姫(このまま好き放題できると思わないことね…アライズ団!)

296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:07:01.97 ID:ha7ZcpN9o



果南と鞠莉が入院している病室、その窓から見下すと緑が生い茂る中庭が広がっている。

昨日の出来事が嘘のように閑静、まるで田舎に建てられたサナトリウムのような雰囲気だ。
初夏のうららかな日差しに照らされていて、世間の雑事もここへは届かず。
そんな庭園の片隅、胡桃色のベンチに二人の少女が腰を下ろしている。

片方の少女は頬や全身に打撲を負っていて、湿布の香りをふわりと漂わせているが、その怪我は辛うじて軽傷の範疇だ。
もう一人は見るからに重傷。全身のあちこちに包帯が巻かれていて、片目は眼帯で覆われている。脇に添えた松葉杖が痛々しい。

みかん色と灰色の髪。
千歌と曜は黙したまま、そよ風に吹かれながら肩を並べている。

297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:08:17.35 ID:ha7ZcpN9o
むしり、むしりと音。
千歌は目を落とさずに手慣れた仕草で小ぶりなみかんを剥くと、一房ちぎってぽいと口に放り込む。
もぐ、と噛んだところで「……」と沈黙。
顔をしかめ、二房まとめて曜へと差し出す。


千歌「曜ちゃん。あーん」

曜「え、いいの?ありがと…っ、痛ぁ…!」

千歌「あはは、口の中の傷に沁みちゃうね。おんなじだ」


いたずらっぽく目元を緩ませ、ふにゃりとした声でへにゃりと笑う。
しかし笑顔はすぐに曇り、千歌は顔を伏せて絞り出すように声を漏らす。


千歌「……全然同じじゃないよね。曜ちゃん、私のせいでこんなに大怪我させちゃった…」

曜「千歌ちゃん…ううん、そんなことないよ。千歌ちゃんは何も…」

千歌「私ね、子供の頃からずーっと一緒にいて、曜ちゃんのこと全部とは言わないけど、ほとんど知ってると思ってたんだ」

曜「……うん」

千歌「でも…全然だった。曜ちゃんのこと何も知らなかった。バッジのことも、カイリューのことも」

298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:09:11.52 ID:ha7ZcpN9o
言葉を切る。

二人ともが顔を伏せていて、視線を合わせられずにいる。
自分の非力が、嘘をついていたことが、互いに気まずくて後ろめたくて、心苦しさに顔を見ることができない。

長い沈黙が続き、やがて曜が絞り出すように、意を決して口を開く。


曜「ごめん…言わなかったのは、私、私は、千歌ちゃんと一緒に旅がしたくて…!」


それは偽りのない気持ちの吐露だ。
嘘をついていたのは事実だが、悪気なんて微塵もなかった。
ただ一緒にいてほしかった、千歌に気後れを感じずにいてほしかった。それだけなのだ。

しかし、既に時は遅く。
偽りのままに死線を経てしまった今、その想いは千歌に届かない。
千歌は寂しげに笑い、掠れ、弱々しく声を震わせる。


千歌「あはは、私、足手まといになっちゃってるね…曜ちゃんはなんでも凄いのに、私なんかに合わせてくれてるせいで…」

曜「そ、そんなことない!私は、私なんて千歌ちゃんがいなかったら何もできない…千歌ちゃんがいてくれるから…!」

千歌「私が迷惑かけたせいで、曜ちゃんにこんな大怪我させちゃった。それでね、昨日からずっと考えてたんだけど…」

曜「っ……!ち、千歌ちゃん…私は…!」

千歌「もう、一緒にいない方がいいんだと思う。私と曜ちゃんは」

299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:09:39.73 ID:ha7ZcpN9o
それは決定的な決別の言葉。
言葉としての意味以上に、表情が、声色が、断固とした別れの決意を曜に悟らせてしまう。
大好きで、愛していて、ずっと千歌だけを見てきたからこそ悟ってしまう。
二人の間柄は壊れてしまったのだと。

「う……あ……!」と座ったままによろめく。曜の瞳には闇の絶望が宿っている。
その色は深く濃く、眼帯をしていない右目からボロボロと溢れる大粒の涙、曜はそれを拭おうともしない。その気力すらない。

千歌は立ち上がり、重い足を動かし、一歩ずつ曜から離れていく。
曜の視線はゆらゆらと虚ろ、まるで夢遊病のように千歌へと片手を伸ばし、指先を泳がせ…
千歌はその手を一瞥もせず、死人のような足取りで立ち去っていく。遠ざかっていく。

やがて角を曲がり、中庭を出た。
もう振り向いてもそこに曜の姿はない。
「千歌ちゃん」と呼ぶ声、「ヨーソロー!」と朗らかな号令は聞こえない。
こんな別れ方だ、あるいはもう、ずっと…

力なく俯いたまま、壁にもたれかかる。
じわりと溢れ出した涙が四滴、五滴、コンクリートの床を黒く濡らしていく。

…そんな千歌の肩に、そっと手が添えられる。

300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:10:09.55 ID:ha7ZcpN9o
誰だろう…?

顔を上げてみれば、そこにはもう一人の親友、梨子。
その顔には笑みが…梨子が怒っている時の硬質な笑みが張り付いている。


梨子「ちーかーちゃん」

千歌「梨子ちゃん…?」


壁ドン!!!


千歌「…!ひゃあっ!?」


病棟、白塗りの壁へと亀裂が走る!!
…ような錯覚を抱くほど、キレ、威力共に最上の壁ドン。
梨子の右腕が千歌の逃げ道を遮っている。

そして笑みを崩せば、梨子の表情は普段のおとなしく控えめな性格が嘘のような鬼面へと変貌を遂げる。
一体なんなのか。普段ならリアクションいっぱい、ちょっぴりおどけながら大いに怖がってみせるところだが、今の千歌にその気力はない。…と、梨子が口を開く。


梨子「私ね、千歌ちゃんのことが好きよ」

千歌「え…う、うん。私も梨子ちゃんのことは好きだけど…」

梨子「友達としてじゃないわ。恋愛対象として。好きで好きでたまらないの」

千歌「へ…?」


千歌の思考が硬直する。

301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:11:00.47 ID:ha7ZcpN9o
何を?梨子ちゃんはいきなり何を言い出してるの?
フリーズした千歌におかまいなし、梨子は壁に手を突いたまま、さらに顔を近付けて熱っぽく語る。


梨子「でもね…私、欲張りなの。実は曜ちゃんの事も同じくらい大好き。天才肌のくせに打たれ弱くて、サッパリしてそうなのにうじうじした所があって。
そんな曜ちゃんを見てるとじれったくて、力任せにぐいっと押し倒したくなるの」

千歌「り、梨子ちゃん??」

梨子「私はね、大好きな千歌ちゃんと曜ちゃんが、二人で仲良くしてるのを見るのが大好き。もっといちゃつけばいいのにっていつも思ってる。
それを横からたっぷりと眺めて堪能した上で、二人をまとめて美味しく食べちゃうのが私の夢、目標、野望…」

千歌「なんだかすごいこと言ってるけど!?ひええ…目が怖いよ…!」

梨子「どうして逃げるの、曜ちゃんから」


梨子の瞳がまっすぐに千歌を見据える。

302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:11:27.04 ID:ha7ZcpN9o
梨子「幼い頃からずっと一緒にいる親友で、大好きな人なのよね?」

千歌「……大好きだよ。でも、だから一緒にいられない。私のせいで曜ちゃんを危ない目に遭わせちゃったから」

梨子「それは違うよ千歌ちゃん。はっきり自覚できていないなら教えてあげる。
千歌ちゃん、あなたと曜ちゃんは親友だけど…それだけじゃなくてライバルなの」

千歌「……ライバル…?」

梨子「見ていればわかるわ。同い年なのに何歩も先を歩いててなんでもできる曜ちゃんを「すごいな」と思いながら、心の中では対等でいたいと願ってるのよ。
でも本当の実力を知っちゃって勝てそうにないから、一緒にいるのが辛くなったんでしょ?」


まくしたてるように喋る梨子。
その言葉を受け、噛み砕いて理解し、千歌は表情を崩して泣きそうな顔になる。


千歌「それは…でも、私が一緒にいたら、曜ちゃんが危ない目に遭うから…!」

梨子「わかるよ、それも本心だよね。じゃあ、強くなればいい。曜ちゃんと並べるぐらいに」

千歌「曜ちゃんと、並ぶ?」


それは持ち合わせていなかった、否、無意識のうちに心の奥へ遠ざけていた概念だ。
はっきりと提示され、逡巡。しかし千歌は弱々しく首を左右する。


千歌「でも、曜ちゃんはすごくて、私なんて普通だし…」

梨子「普通、その言葉で自分の限界を決めちゃ駄目。並ぶ…ううん、訂正。越えるぐらいに。
今度はあなたが、曜ちゃんを守れるように強くなればいい」

千歌「私が、曜ちゃんを、守る…」

303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:11:56.59 ID:ha7ZcpN9o
ずっとずっと、後塵を拝してきた。
周りからの認識は“曜ちゃんの友達”。あるいは“オマケ”。
曜ちゃんは特別だと、とってもすごいんだと、追いついたり越えたりなんて発想をいつからから、自分の心の中にある海、その深く深く底へと沈めてしまっていた。

でも違う、本当は!


千歌「曜ちゃんが怪我したのが悲しい…悔しいよ…!一緒に戦いたい!守られるだけじゃなくて…私も曜ちゃんを守りたい!!」

梨子「仲直りしなさい。このまま二人が決別するなんて許さない。私が死ぬ時は千歌ちゃんと曜ちゃんに挟まれて、満面の笑顔で大往生するの。それが今の…私の夢だから」

千歌「うん…うん…!!」


もう一人の親友が示してくれた道。
それは暗雲に覆われ、暗く閉ざされてしまっていた千歌の心へと差す、光り輝く一筋。

千歌は力強く頷き、梨子への感謝を胸に宿し、それとは別で気になる点をふと尋ねる。


千歌「ところで梨子ちゃんってレz…むぐっ…!!?」


電光石火。

梨子は千歌へ、さらに顔を近付けた。
それは互いの鼻が当たる距離、零距離、唇と唇が触れていて…

キス!!!

304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:14:09.79 ID:ha7ZcpN9o
たっぷり五秒、唇を外す。
目を白黒と、茹で上がったように頬を染めている千歌を満足げに見つめ、梨子は内心に呟く。


梨子(曜ちゃん、モタモタしてるからいけないのよ?これは今からしてあげる手助けの分。先払いでもらっちゃった)


ボフ、とおもむろ、梨子はボールからカイリキーを呼び出す。
そして千歌へと語りかける。


梨子「………ところで、千歌ちゃん。ポケモンの記憶をなくさせる技術があるのを知ってる?主に技を忘れさせたい時に使う技術なんだけど…」

千歌「え…あ、うん。テレビで見たことあるよ。プロフェッショナルって番組で。わすれオヤジさんって人…
それより今、あの、キス…??あれ、梨子ちゃん。どうしてカイリキーを出してるの…?」

梨子「知ってるなら話は早いわね。私のカイリキーはね…同じことができるの」

千歌「お、同じことって…」


耽美な笑みが梨子の口に浮かぶ。


梨子「私が今喋ったこと、したこと…覚えてられたら生きていけないから。カイリキー、記憶を飛ばして。優しめにね?」

千歌「うぎゃあっ!!?」

305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:14:39.76 ID:ha7ZcpN9o
クロスチョップめいて四腕、交差する手刀!!
側頭部をバチーンと思いきり挟まれて千歌が倒れる。
技術は熟練、体に他の悪影響が出ないかは然るべき機関で検証済みだ。
梨子は倒れこむ千歌を抱きかかえ、「うう…」と呻く顔を覗き込む。
幼さの残る輪郭、鼻先にかかった三つ編みを指でどけてあげると同時、千歌はゆっくりと目を開いて一言。


千歌「り、梨子ちゃんは…レズ…」

梨子「……やっぱりちゃんと脳まで揺らす必要があるわね。カイリキー、もう一回」

千歌「ぎゃあああ!!!ぐへっ…」


同じ流れを繰り返し、パチリと目を開いた千歌はぽかんと梨子の顔を見つめている。
きょろきょろと左右を見回し、小首を傾げて尋ねかける。


千歌「あれ、なんで梨子ちゃんがいるの?私、曜ちゃんと話をしてて、
……んん?なんか梨子ちゃんが大変なことを言ってたような。あとなんかちょっと梨子ちゃんを恐ろしく感じるような。全然思い出せないけど…」

梨子「気のせいよ。それよりも千歌ちゃん、曜ちゃんは?」

千歌「曜ちゃん…そうだ曜ちゃん!私、曜ちゃんと話を、謝らなきゃ…伝えなきゃ!!」

306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:16:28.00 ID:ha7ZcpN9o
千歌は激しく狼狽する。
記憶を飛ばされても感情だけは残る、そういうものらしい。
大切な親友とこのまま一生離れ離れになっちゃうなんて嫌だ!
でも作ってしまった溝は深くて、一刻も早く本心をぶつけなきゃ…!

そんな千歌の焦りに、梨子は病棟の屋上を見上げる。
そこには梨子のバシャーモが立っていて、高所から曜がどこにいるかを見定めてくれている。
バシャーモがピッと指差した方向、そこに曜がいるのだろう。
距離、角度、風速…目算は十分。

梨子のカイリキーが千歌を掴み上げた。


千歌「へ?」

梨子「千歌ちゃん、頑張ってね。行ってらっしゃい」

千歌「ま、まさか…ぎゃあああああああ!!!!!」


投げた!!!

砲弾のように飛んで行った千歌を見送り、梨子は一仕事を終えた充足感に深呼吸を一つ。
あとはバシャーモが宙空で受け止め、程よい高さから曜の上に千歌を落としてくれるはずだ。

さっきの今、真正面から行けばお互い身構えて上手く仲直りできないかもしれない。
だけど空から降ってきたのでは心を固める暇もないだろう。


千歌「曜ちゃんっ…私、やっぱり曜ちゃんと一緒にいたいよぉ…!」

曜「千歌ちゃん…っ、うん…私も…私も千歌ちゃんと離れたくない!!」


やがてそんな声を遠くに聞き、小豆色の髪をふわりと風にそよがせる。
積年、仲が良いからこそ踏み込めず、言えずに溜まってしまうわだかまりもある。
今日だけで全てが解消できるとも思えない。それでも、きっと大丈夫。


梨子「さてと…仲直りした二人を見に行かなきゃ」


ちょっとした私利私欲と、心からの友情と。
梨子は優しく小さく笑みを一つ。ゆっくり中庭へと足を向けるのだった。


307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:17:28.59 ID:ha7ZcpN9o



千歌と曜が決別を免れ、それから数時間の後。
時刻は夕方を迎え、病棟の中庭からは人気が失せ、ひっそりと静まり返っている。

草むらからは夏虫の鳴き声。
中心に建てられている幾何学的な形状、クリスタルで象られたオブジェには水が流されていて、ごく穏やかな噴水として蕭々、せせらぎの水面を揺らめかせている。

その前には黒髪の少女が静かに佇み、その隣にはポケモンの姿。
青い体、首回りには長い薄紅。
それは伸ばされた舌なのだが、口元を隠すマフラーのように見え、そのポケモンにクールな印象を醸している。

タイプはみず・あく。しのびポケモンのゲッコウガ。
海未の相棒のゲコガシラが進化を遂げ、最終進化へと至った姿だ。

傍ら、入院着の海未はそっと手を伸ばしてゲッコウガの頭を撫でる。
アライズ団の構成員たちとの戦闘を経て、ツバサとの一戦で拳を交えたコジョンドが倒されたことにより進化レベルへと至っていたのだ。


海未「立派ですよ、ゲッコウガ。これがあと少し早ければ…私にもっとトレーナーとしての才覚があれば、綺羅ツバサとの戦い、何か違ったのでしょうか」

308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:17:55.00 ID:ha7ZcpN9o
一人と一匹は静かに悔いる。
コジョンドを撃破し、確たる手応えを得た。
しかし蓋を開けてみればツバサのペラップに翻弄されての完敗。
柔よく剛を制す…いや、剛でも負けている。
力量不足。結果として、自らの未熟を痛感させられている。

せっかく再会し、心を通いあわせて共闘できたことりもまた去ってしまった。
大切な幼馴染は心優しさを残したままに力強く成長を遂げていて、しかしその深部にはやはり闇が根を張っている…そんな印象。


海未(ことり…何故、一緒にいてくれないのです。私と、穂乃果と…)


と、背後に気配。


穂乃果「うーみーちゃんっ!!」

海未「おっ、とっ…ほ、穂乃果!?いきなり背後から抱きつかないでください!危険です!」

穂乃果「えへへ、だって海未ちゃんが無事で、目も覚ましてくれて嬉しいんだもん」

海未「穂乃果…ええ、私も。あなたが無事で何よりです。ので、その…そろそろ離してくれませんか?む、胸が当たってまして…」

穂乃果「え?あ、ごめんごめん!」

309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:18:25.73 ID:ha7ZcpN9o
いつもの旅姿の感覚で思いっきり抱きついた穂乃果だったが、今はそれほど厚くない素材の病院着。
柔肌の感触に動揺しきっている海未から慌てて離れ、照れ隠しに頭を掻きながらへらりと笑う。

さて、この二人が会えば最初に浮かぶ話題は自然と一つ。


穂乃果「ことりちゃん、元気だったってね!」

海未「ええ…相変わらず、ちゃっかりとふんわりと」


海未は出来事の始終、ことりの様子、会話、格好から手持ちのポケモンまでを穂乃果へと語り聞かせる。
穂乃果は笑い、心配し、目を丸くしては歓声をあげる。その豊富なリアクションはいつだって海未の話の滑りをよくしてくれる。
滞りなく語り終え、「そっかぁ…」と穂乃果。


穂乃果「心配だったけど…うん、やっぱり、ことりちゃんなら大丈夫だよ」

海未「ええ、私もそう思いました。こんな時に言うべき言葉ではないかもしれませんが…少し、ほっとしました」

穂乃果「でも穂乃果にだけ会ってくれてないのはすごく不公平だから、ことりちゃんに会ったら一発パンチするんだ。ボスッ!って」

海未「こ、ことりにパンチですか?ことりは女の子ですが…」

穂乃果「ん…?穂乃果だって女子だよ!?」

海未「あ、いえ、そういう意味ではなくてですね、線の細さの問題というか…」

穂乃果「線が太いって!?まったく海未ちゃんってば、自分も女子なのにことりちゃんにはレディーファーストとか言いだしそうなとこあるよねー」

310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:19:09.18 ID:ha7ZcpN9o
若干ふてくされ顔、穂乃果は遺憾の意とばかりに片腕をぶらぶらさせる。

そんな穂乃果の手首に、キラリと見慣れない輝き。
腕輪?アクセサリー?
穂乃果がその類を付けているのが珍しくて、海未は首を傾げて尋ねかける。


海未「あの、それは…?」

穂乃果「あ、そうそう!これを見せに来たんだよね~!なんと…ジャジャーン!」

海未「はあ、既に見えているものをジャジャーン、と言われましても…」

穂乃果「気分だよ、気分!これね、メガバングルっていうんだ」

海未「メガ…まさか、メガリングの一種ですか!?そんな稀少な物、一体どこで…」

穂乃果「えへへ、絵里ちゃんと希ちゃんからもらったんだ」

海未「絵里、希…?チャンピオンと四天王の、ですか?」

穂乃果「うん!」


メガシンカ。

それはごく限られたトレーナーにしか扱えない一時的な超進化。
それはある種のエネルギー暴走であり、ポケモンに多大な負荷を掛けてしまう。
そのため、深い絆と信頼で結ばれたトレーナーとポケモンにしか使いこなすことのできない力だ。

絢瀬絵里と東條希、二人がメガシンカの力でオハラタワーの倒壊を防いだ場面。
海未は気絶していてそれを生で見ることは叶わなかったが、ニュース報道で何度も何度も映像を目にした。
園田流ポケモン術の継承者である海未はメガシンカの存在をもちろん知っていたが、改めてその凄まじさに息を飲んだ。

メガシンカに必要となるメガリングの希少性、さらにはポケモンに対応したメガストーンの入手が必要となるため敷居が高く、使用できるトレーナーは数少ない。

穂乃果が着けているメガバングルはそのメガリングの一種であり、それをチャンピオンと四天王から直々に託された…
つまり、穂乃果はメガシンカの使用者たちから、それを使いこなせるだけの資質があると見込まれたということだ。

もちろん、海未は穂乃果にそれだけの実力があると知っている。
大好きな親友が正当な評価を受けたことが嬉しくてたまらなく、思わず頬の筋肉が緩み、「流石は穂乃果です!」と声をあげる。それと同時に気になって問いを。


海未「ところで、その二人はどこへ…」

穂乃果「うん、忙しいみたいでもう帰って行っちゃった。海未ちゃんにもよろしくって言ってたよ」

海未「……そうですか…」

311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:19:36.41 ID:ha7ZcpN9o
顔を伏せる。
予感してはいたが、自分でも思った以上にショックを受けている。
穂乃果が認められたのは心から嬉しい。だが自分にはリングが与えられず、そして自身でもそれは妥当なのではないかと感じている。

素人からここまで一息に駆け上がってきた穂乃果に比べ、自分は凡才なのではないか。
自分たちの成長はここで打ち止めなのではないか…と。


穂乃果「む…」


そんな海未の姿が、穂乃果にはひどく気に入らない。
それほど人心の機微に聡くない穂乃果にも一目でわかる。海未は完全に自信を喪失してしまっている。

絵里からメガリングを受け取ると同時、希から海未への言伝を聞かされている。それは海未が目指すべき、穂乃果とは異なる成長の指針。
希と海未はまだ会ったことがないはずで、そんな相手に言伝とはなんとも不思議。
だが、デタラメを告げているとはまるで思わせない説得力が希の言葉にはあった。

それを伝えようと思っていたのだが…穂乃果は口を噤む。
そして腰からボールを掴み、腑抜けてしまった幼馴染へ、ライバルヘと突きつける。

トレーナーの迷いを断ち切るには、いつだってバトルが一番の良薬だ!

312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:20:14.12 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「海未ちゃん、勝負しようよ」

海未「勝負…ですか。生憎ですが、色々と気付いていなかった怪我があって、しばらくは安静にするようにと…」

穂乃果「じゃあリザードンとゲッコウガだけでいいから!」


ピクリ、海未の表情に険が宿る。


海未「あなたのリザードンも進化したばかりですよね。つまりレベルは同等。
その上で、属性相性は完全にこちらの有利。まさか…侮っているのですか?」

穂乃果「そう思うならさ、掛かってきなよ。海未ちゃん!」


二人、視線に走る稲妻。それは開戦の合図!


海未「ゲッコウガ!臨戦のまま、まずは見です!」


既にゲッコウガを展開している海未、対し穂乃果はリザードンをボールから出すところから。
つまり思考、指示は海未に時間の優位。


海未(見てからで間に合う。まずは穂乃果の初動を…)

穂乃果「リザードン!“ニトロチャージ”!」

海未「!」

313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:21:04.40 ID:ha7ZcpN9o
登場、即座の指示!

ニトロチャージは火炎を纏っての加速突撃。
シンプル故に始動が早い。が、加速が乗り切るまでに若干の助走距離を必要とする。それは海未が突くべき綻び。
しかしその小さな欠点を、穂乃果は加速のための必要距離ギリギリへとボールを投じることでカバーしてみせている。

プラス、リザードンが穂乃果の間髪入れずの指示にタイムラグなく対応している。
それはポケモンとの間に確固たる信頼を築けている証であり、さらには穂乃果が行き当たりばったりではなく自身の戦闘スタイルを確立できている証明でもある。


ゲッコウガがリザードンの突撃を受ける!
水拳が炎爪を受け、そこへ返しのカウンターを決めるよりも早くリザードンは穂乃果の元へと舞い戻っている。

双方ダメージはなし、リザードンだけが加速に成功。
初手アドバンテージを取られ、加速されたことでスピードという優位性が失われてしまった。


穂乃果「偉いよ!リザードン!」

『リザァッ!!』

海未「…焦る必要はありませんよ、ゲッコウガ。進化した貴方の火力ならリザードン程度、すぐに落とせます」

『ゲッコ…!』

海未「遠慮は不要です。全力で…“みずのはどう”!」


ゲッコウガの手元に結集する大量の水分。
それはゲコガシラだった時よりも鋭く硬く最適化され、まるで忍者の投じる風魔手裏剣めいた形状へと変化していく。

そして投擲!弾け散る水塊!!

これが進化しての初戦闘。
海未はその火力…否、水力に手応えを感じる。遥かにパワーアップしている。仕留めた!

…が。


『ザルル!』

穂乃果「ナイスだよ、リザードン!」


リザードンは健在、瀕死ですらない!

314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:21:30.63 ID:ha7ZcpN9o
海未「何故です…!ゲッコウガ、もう一度“みずのはどう”!」

『ゲッッ…コウガッ!!!』


弾け飛ぶ水塊、直撃の手応え!
しかし再現される光景、リザードンは健在のままでいる!

散る飛沫、夕映えに照らされた中庭は燃えるような紅。
そんな光景の中、海未はリザードンが持ち堪えている理由をはっきりと目に留める。


穂乃果「リザードン、もう一回!“みがわり”!」

海未「みがわり!?」


穂乃果の指示に従い、リザードンは自身の体力を削るほどの勢いで猛烈な火炎を傍らへと放射する。
それは瞬時に圧縮されたエネルギー体へた姿を変え、リザードンの姿を模したデコイへと変貌する。
ゲッコウガが放つ三発目の波動は高濃縮されたエネルギー体である“みがわり”へと引き寄せられ大破、炸裂!!

本体であるリザードンへは直撃せず、結果として撃破へと至らない!


穂乃果(絵里ちゃんと希ちゃんならいい技マシンを持ってると思って聞いてみて、使わせてもらったんだよね!)

海未「小癪な…しかしそれでは時間稼ぎにしかなりませんよ。リザードンの体力は削られていっている!」

穂乃果「そう、だからいいんだよ」


穂乃果は不敵、はっきりと笑みを浮かべる。
体力を削り、リザードンの体は烈炎へと包み込まれていく。
聖良との一戦、決定的な火力を与えたリザードンの特性を、穂乃果は能動的に発動させる!


穂乃果「“猛火”!!」

『リザァァッッッ!!!!!』

315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:22:02.22 ID:ha7ZcpN9o
海未とゲッコウガは同時、相手が発動させた凄まじい炎に微かに怯む。
初めての戦い、ヒトカゲの頃から見知っている相手が、これほどまでに激烈な炎を!?

そんな海未たちの動揺を、穂乃果の天性の嗅覚は鋭敏に感じ取っている。
炎と水の優劣、それは常に絶対ではない。
相手が動揺しているならば、時にはゴリ押しも有効!


穂乃果「“かえんほうしゃ”!!!」


飛翔したリザードンへと穂乃果は放炎の指示を下す!
タイプ相性をガン無視!!

上空から凄絶な炎で煽り立てられ、ゲッコウガと海未はたじろいでしまう。
素早く水壁を生じさせて防戦へと移行するも、ゲッコウガは攻めてこそのポケモン。
猛火を発動させているリザードンに対し、粘る戦いは決して好ましくない。

そして何よりこの状況は、自信を喪失している海未の心を激しい動揺へと落とし込んでいく!


海未(穂乃果がテクニカルな戦術を…それも、昔からの思い切りの良さを保ったままで。成長している。凄まじい速度で!)

海未(ですが、私は…?)

『ゲッッ…!ゲコッ!!?』

海未「しまった!ゲッコウガ!」


海未の脳裏に迷いが浮かんだ数秒。
その間はゲッコウガの迷いへと繋がり、水壁に脆さが生まれ、そんなゲッコウガを飲み込むリザードンの火炎!!

ここが押しどころ。それを理解している穂乃果は絶え間なく火炎放射の指示を下し続けている。
盛大な火柱の中にゲッコウガの姿を見失い、どの程度のダメージを負っているのか、ゲッコウガがどんな気持ちでいるのか。
まるでわからず、指示を出せず、海未は不甲斐なさと無力に歯噛みをする。


海未(私のせいで…ポケモンたちに苦痛を与え、敗北させて…情けない…!)

穂乃果「いいよリザードン!そのまま炎で抑え続けて、反撃させずに終わらせちゃえ!!」

海未「ゲッコウガ…っ」

316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:22:38.41 ID:ha7ZcpN9o
これはペラップの時と同じだ。
いくら知識があっても、ポケモンの性能で上回っていても、指示を下せないようにされてしまえば何もできない。
その状況を作り上げてしまったのは自分の慢心、迷い、力不足。
いっそ、いっそ自分が代わってあげられればどんなに…!


海未「私は…私は!!」


━━━熱。


海未「っ!熱い…?」


走る閃光、宿る感覚。
得体の知れないそれは、海未の肌へと強烈な熱を感じさせた。

一体それは何なのか、海未は即座に確信を得る。


海未(これは今、ゲッコウガが感じている熱。痛み。何故それが私に…?)


疑問…それは不要。
一切の迷いなく、海未はその奇妙な感覚の中へと五感全てを落として委ねる。


(ゲッコ…!!)

海未(渦巻く火炎の乱流、焼け付く皮膚の痛み。ああ…これが今、貴方が見ているもの。感じている感覚なのですね?)

(ゲロロ…!?)

海未(何故だかはまるでわかりませんが…今なら貴方と感覚を共に出来ています。見ているものがわかる。負担はありますが…担い合えるのなら望むところ!!)


海未「ゲッコウガ、二秒後です!」

穂乃果「…!?」

海未「火炎を浴びて理解しました、そこで息継ぎのタイミングが来ます!
隙を縫って“みずのはどう”を…いえ、纏めるのではなくエネルギーを分散させてください!」

穂乃果(海未ちゃん…!何か掴んだんだね!)

317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:23:09.02 ID:ha7ZcpN9o
海未に宿った共感覚、それが何なのかは海未もゲッコウガも理解していない。
ただ今までよりもその絆はより深く、鋭く。
放たれた海未の指示はゲッコウガの耳へと届き、磐石を以って理解を!

感覚の相互理解は新たな技を呼び覚ます。
水の波動を分散させ、ゲッコウガが手元へと生み出すのは五発に別れた鋭利な水弾!


海未「今です…“みずしゅりけん”っ!!!」

『ゲッ、コウガァッ!!!』

穂乃果「あれは…リザードン!避けて!」


鋭く投擲!!
曲射軌道で鋭く放たれた水弾は空を裂き、高速で回避を試みるリザードンへと迫っていく。
翼は夕空を一線に流れ…急直下!
上下動によりゲッコウガの水手裏剣をやり過ごそうという狙いだ!

が、海未とゲッコウガは動じない。


海未「下です」

『ゲロ…!』


いつの間にかゲッコウガの体を水の本流が取り巻いている。
渦を巻く烈水は水の操作能力が大幅に高まっている証。
共感覚は海未にだけでなく、ゲッコウガにも成長を齎している。
下への動きにも惑わされることなく、直角に近い角度で水弾は追尾!!


穂乃果(メガシンカ…!?違う、別の何かだ。海未ちゃん…やっぱり海未ちゃんは凄いよ!)

海未「……そこです!!」


炸裂!!!!

華麗なる散水、絵画めいた光景。
五発の水塊から直撃を受けた火竜がゆっくりと落下してくる。

穂乃果はすうっ、と息を吸い…ふう!と肩で大きく息を吐く。
リザードンを労ってボールへと収め、海未へと笑って声をかける。


穂乃果「はあ…やっぱり海未ちゃんは強いね!」

海未「それを言うなら穂乃果…強くなったのですね、リザードンも、貴女も」

穂乃果「希ちゃんからの伝言ね。「海未ちゃんにはメガシンカは必要ないよ、別の方法で強くなる未来が見えるんや」…って」

海未「ええ…穂乃果のおかげで、道が少し見えた気がします」


憑き物が落ちたような笑み。
海未は勝利に、ゲッコウガと軽く拳を突き合わせた。

穂乃果は思う、そうこなくっちゃ!と。
チャンピオンに挑むその前までは、海未ちゃんに自分の先を走っててもらわなくては。


穂乃果(だって私、自慢じゃないけど誰かに引っ張られないとすぐ飽きちゃうタイプだもんね!)


そして暮れた空を見上げ、どこかで同じ空を見ているはずのことりへも届くように。


穂乃果「大丈夫。きっともっと…今よりずっと強くなれるよ。私たちは!」

318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:23:51.23 ID:ha7ZcpN9o
【オハラタワー編・完】
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:33:26.94 ID:ha7ZcpN9o



季節は初夏から針を進めて晩夏、初秋へ。
樹々は深緑から鮮やかな黄紅、鮮やかに色付いて人々の目を楽しませ、ポケモンたちへは多くの実りをもたらしている。

時節が移ろえば世間も動き、数多くのニュースが人々の間を駆け巡る。


【オハラコーポレーション国内撤退へ、今後は海外事業を中心に…】

【ボールの信頼性に翳り?シルフ、デボン、株価下落の傾向】

【ジョウト地方でアライズ団の目撃情報が…】

【アキバ地方の犯罪件数が急増、アライズショックの影響か】


“オハラタワー襲撃テロ”、先日の一件は世間でそう通称されている。
あるいはその日付に因み、“6.13”と。

比較的治安が良いとされる日本で起きたテロ、それも世界に名の知れ渡った大企業のパーティ会場への襲撃は国内だけでなく、世界各国へと衝撃を走らせた。

犠牲者数が100人を越えたという規模もさることながら、洗脳薬【洗頭】の存在が人々へとショックを与えている。
モンスターボールで所持しているポケモンが所有者へと牙を剥く。そんな光景が中継を通して余すところなく映し出されたのだから、世間の反応は推して知るべし。
シルフ、デボンなどのボール製造企業がその安全性に関して公式声明を発表する事態にまで至ったほどだ。

320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:33:58.46 ID:ha7ZcpN9o
【洗頭】はツバサがテレビ越しに宣言してみせた通り、社会の闇を通じ、巧妙に着々と流通網を広げている。
それは港で、それは酒場で、公園で、荒野で、都市の路地裏で。
ありとあらゆる場所に売人が蔓延り、求めさえすれば誰でもが手に入れることができる…そんな悲惨な状況。
遍く悪たちにとって、洗脳薬の存在は魅力的に過ぎたのだ。

そして何より、綺羅ツバサの見せた圧倒的な邪智暴虐、悪辣なる蹂躙、輝かしい黒の笑顔は、アキバ地方に潜む悪人たちへと蜂起を強く促した。

“アライザー”。

6.13後にアキバ地方で急増した犯罪者たちはそう呼称されている。

中継映りを意識した白備えの団服も覿面の効果を発揮している。
アライザーたちは白ずくめの服装に憧れを感じて真似、あるいは団服のレプリカを好んで身に纏い、怯える人々へと暴威を撒き散らしている。

抑え役となっていたオハラコーポレーションの撤退も悪の隆盛を手伝い、いつどこで犯罪に巻き込まれるかわからない…
アキバ地方の人々は、そんな無間の混沌へと閉じ込められようとしていた。

そんな折、衝撃的な一報が世間を震撼させる。


【綺羅ツバサ、逮捕!!!】

321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:35:09.79 ID:ha7ZcpN9o
アキバ地方チャンピオン絢瀬絵里。
同四天王東條希。

アライズ団のアジトを掴んだ警察からの要請を受け、二人は警察特殊部隊らと共に突入を敢行。
発見、交戦。イツツタウン近郊の森の中、壮絶な激闘の末に綺羅ツバサを逮捕。

無論、その裏には数ヶ月に及んで執念深く捜査を続けた刑事スマイル、矢澤にこの活躍がある。
その名が世に明かされ讃えられることはないが、ツバサへと手錠を掛けたのはにこだ。
しかしその事実は絵里と希、さらに居合わせた大勢の警官たちが知っている。

拘束衣に身を包まれ、さらには絵里のポケモンによる氷で手足を拘縛された状態で拘置所へと護送されるツバサ。
そんな姿を撮影された写真がネットへと流出したのは、警察の…さらに言えば、にこの発案による苦肉の策。

悪にとっての絶対的アイドルとなってしまったツバサの完全なる敗北を世に晒すことで、その影響力を絶とうと試みたのだ。

残る二幹部、統堂英玲奈と優木あんじゅ。
さらに戦闘員として悪名高い鹿角姉妹の妹、理亞らの姿はアジトにはなく、今も姿を晦ましたまま。

アライズ団を旗頭に世界を転覆させよう、そんな調子で息巻いていた“アライザー”たちはハシゴを外された形となる。
ツバサが収監されたロクノシティ刑務所の前では大勢のアライザーたちがツバサの解放を求めて、日夜罵声を張り上げ、警官隊との小競り合いを、時には乱闘からの逮捕騒ぎを繰り返している。

大量に流通した洗脳薬、鬱憤を募らせて散発的に暴れるアライザーたち。

そんな不安定な状況の中…

アキバ地方の端、小さな田舎町であるハチノタウン。
その中央に位置する広場で、騒動の気配が。

322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:35:36.53 ID:ha7ZcpN9o
《ハチノタウン》


「聞けえ!田舎者ども!」

「この街は我々アライズ団の志を継ぐ者、アライザーが占拠したァ!」

「通行人は全員手ぇ上げろ!腰のボールを外して地面に起きな!」


奇抜な色に染め上げた髪、顔から首筋へと施した刺青、まるで品性を欠いた顔付き。
いかにもな悪党然とした男たちが10名ほどで中央広場、昼下がりの憩いを楽しむ人々へと怒声を張り上げている。

そんな風貌でいて、身に纏う衣装は白地に金のモチーフ。
アライザーを名乗っている通り、彼らはアライズ団の団服レプリカへと袖を通している。

上品な印象のその団服に男たちの外見はとても似つかわしいとは言えないのだが、彼らにとって似合う似合わないは問題ではない。
憧れの存在であるアライズ団に少しでも近付きたいと願っているのだ。

しかしそんな“エセ”であれ、アライズ団の白の団服が人々へと刻み込んだ恐怖は大きい。
そして何より、彼らが手にしている赤のアンプル、それは洗脳薬【洗頭】。

蘇る凄惨な中継の記憶、オハラタワーでの虐殺の光景…

湧き上がる悲鳴と喧騒!
恐怖の声が昼下がりの広場へと満ちる!

その声を耳に、(ああ~…最高だぁ…)とばかり、快感に打ち震える悪党たち。
刹那的な享楽主義である彼らにとって、これで警察に追われる身になるだとか、そういった後先は関係ない。

奪い、破壊する。アライズ団のように!

……と、そんな広場の只中。

東西の両脇からそれぞれ一人、少女が歩み出てくる。

323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:36:03.80 ID:ha7ZcpN9o
片方はスポーティな印象、まるで猫のようにしなやかな細身の少女。
もう片方は柔らかな印象、春の花畑を思わせる穏やかな相貌の少女。

二人は不機嫌に視線を尖らせ、ツカツカとアライザーへと歩み寄り…

その前を通り過ぎる。
そして広場中央、対峙した二人は睨み合う。バチバチと視線を飛ばす!!


凛「かよちんの頑固者!今日っていう今日こそは絶対に絶対に!やっつけてやるもんね!!」

花陽「凛ちゃんの方がよっぽど分からず屋だよ!ずうっと喧嘩してきたけど、今日は覚悟しませんっ!!」

凛「ガオガエン!いっくにゃー!!」

花陽「お願いっ!フシギバナさん!」


繰り出されるポケモンたち!
バトルを始めようとしている!
アライザーを完全無視で!!


「おいお前ら、シカトしてんじゃ…」


凛「うるさいにゃ!“フレアドライブ”!!」
花陽「邪魔ですっ!“ギガドレイン”っ!!」


業火繚乱、炸裂する双方の大技!!!
ズタボロに叩き潰され、昏倒、沈黙するアライザーたち。
それにチラリとも目を向けることなく、星空凛と小泉花陽、ハチノタウンの名物少女たちは丁々発止の戦いを繰り広げ始めている。

道の傍ら、穂乃果は手にした牛乳パックをストローで吸い上げ、ズゴゴ…と音を立てて飲み終えながら呟く。


穂乃果「うーん、逞しいなあ」

324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:36:31.67 ID:ha7ZcpN9o
《ハチノタウン・喫茶店》


穂乃果「二人とも強いね!びっくりしちゃった!」


いつもながらに身振りバッチリ、穂乃果は両手を広げ、目にした一戦の驚きを表現してみせる。
テーブルを挟んで二人、凛と花陽。
凛はえへんとばかり得意げかつ嬉しげに、花陽ははにかんだ仕草で控えめに喜びの笑顔を。


花陽「え、えへへ…そんなことないよぉ」

凛「この町で一番強いのは凛とかよちんなんだー。ジムリーダーより強いよ!」

穂乃果「げえっ、ジムリーダーより…」

花陽「あ、でも、穂乃果ちゃんもこの町のジムを突破したところなんだよね?」

穂乃果「うん!ふっふっふ、これで集めたバッジは…7個目!」


ババン!とばかり、穂乃果はバッジケースを開けて二人へと見せて誇らしげ。
凛と花陽は仲良く顔を近づけてそれを覗き込み、「おお~!」と声を合わせて歓声を上げる。

ヨッツメシティでの動乱後、療養を終えた穂乃果は再び海未と別れて各町のジム巡りを再開していた。
イツツタウン、ナナタウン、ハチノタウンと順に巡り、現在のバッジは7個!
ポケモンリーグへの挑戦権にもう少しで手が届くというところまで到達している。

そんな旅の道中、二人と知り合い食事を共にしている。そんな状況が今だ。

325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:36:58.05 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「ん、でも…」


穂乃果はふと、素朴な疑問を口にする。


穂乃果「あんなに強いんだったら二人もバッジ持ってるんじゃないの?すっごくハイレベルだったけど」

凛「んー、凛はバッジにはあんまり興味ないんだよね」

花陽「私も、ポケモンリーグに挑戦するつもりはないかな…」

穂乃果「え、そうなの?そんなに強いのにもったいない…」


そんな会話に、横から涼やかな声が割り込んでくる。


海未「二人はトレーナーですが、ポケモンを育てているのは別の目的のためなんですよ」

穂乃果「別の目的?……って海未ちゃん!?なんでここに!!」

海未「貴女より先にいましたよ。逆にどうして気付かないのです」


やれやれと溜息一つ、カウンター席に座っていた海未は、紙ナプキンで上品に口元を拭いながらこちらを向いた。
時刻は2時過ぎ、駆け込みのランチタイムでパスタセットを食べている。

紙にトマトソースの微かな赤、それを丁寧に畳んでテーブルに置くと、穂乃果へフッと笑いかける。


海未「お久しぶりです、穂乃果。貴女もバッジを7つ集めたのですね」

穂乃果「えへへ、久しぶり!ん?あなたも、ってことは…」

海未「ええ、私も現在バッジは7つ。お互い順調なようですね」

326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:37:24.12 ID:ha7ZcpN9o
そう告げると、海未はバッジケースを開いてみせた。
確かにバッジは7つ。海未もまた歴戦のトレーナーへと成長しつつある!

ライバル同士、互いの健闘に笑みがこぼれる。
そんな二人へ、凛が不思議そうに声をかけた。


凛「あれれ、海未ちゃんと穂乃果ちゃん知り合いなの?」

海未「ええ。幼馴染で、同じ日にオトノキタウンを旅立った仲です」

穂乃果「親友で、ついでにライバルなんだ!」

花陽「そっか、幼馴染で親友…ふふっ、私と凛ちゃんと同じだね♪」

凛「えへへー♪」


凛と花陽、二人はなんとも仲睦まじげに笑みを交わす。
そんな光景に、穂乃果の頭に次の疑問符が宿る。


穂乃果「あれ、じゃあ…なんであんな喧嘩してたの?」

凛「にゃあああああ!!!!」

花陽「ぴゃあああっ!!!!」


穂乃果の言葉をトリガー、すっかり仲良しムードだった二人は思い出したように睨み合う!
両手を掲げて大きく見せて、威嚇しあう双方。まるで小動物同士の喧嘩だ!

やれやれとばかり、海未は今日二度目の溜息を。


海未「説明するならば…思想上の対立、と言ったところでしょうか」

327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:37:50.30 ID:ha7ZcpN9o
星空凛、伝説ハンター。
小泉花陽、伝説ウォッチャー。

二人の立場を簡潔に表現すればこうだ。


穂乃果「へええ、伝説のポケモンかあ」

海未「このハチノタウンのそばにある大山、ミカボシ山。そこに現れるという伝説のポケモンを巡って二人は対立しているのです」

穂乃果「んん?ハンターとウォッチャー、二人とも伝説のポケモンに逢いたいんだよね。なんで対立するの?」


穂乃果の疑問はすぐさま、凛と花陽がプンスカと怒りながら交わす言葉に回答を得る。


凛「ミカボシ山にはたくさんアライザーが入ってて伝説のポケモンが危ないにゃ!だから凛が早く捕まえて保護してあげなくちゃいけないの!」

花陽「捕まえて保護?話にならないよ凛ちゃんっ!伝説のポケモンは超自然の存在、人間なんかが安易に手を出してはいけないものなんですっ!」

凛「そんなこと言ったって危ないものは危ないじゃん!かよちんは頭が固いんだよ!その時その時でリンキオーヘンに動かなきゃ!」

花陽「危ないのはわかってるよぉ!だから私がミカボシ山のアライザーを倒して縛って通報して回って辿り着けないように守ってるの!」

凛「そんなことしてたらかよちんが危ない目に合っちゃうよ!かよちんは可愛くて悪い人に狙われそうだし、危険なことは凛に任せて町で待っててくれればいいの!!」

花陽「ピャア!自覚なし!凛ちゃんの方がもっと可愛いよぉ!?悪い人たちも危ないし、それに伝説のポケモンだって安全かはわからないんだから町で大人しくしててっ!」


「ははあ…」と穂乃果。
海未もこくんと首を縦に振る。


穂乃果「めちゃくちゃ仲良いね?」

海未「故に、こんな妙なこじれ方をしているのです」

328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:38:16.55 ID:ha7ZcpN9o
凛「ふふん!いいもんね!」

花陽「むむっ」


ニャアピャアと交わしていた戟を収め、凛はくるりと回って穂乃果たちの方を向く。
跳ねるように身軽、海未へと近付くとその腕をひしっと掴み、花陽へと勝ち誇った笑みを。


凛「かよちんは一人で伝説ウォッチャーやってればいいよ!凛には超強力な助っ人、海未ちゃんがいるもんね!」

穂乃果「え、そうなの?」

海未「ええ、まあ…成り行きで」

凛「凛と海未ちゃんでババーッとアライザー全部やっつけて、そして伝説のポケモンも捕まえちゃうよ!
かよちんは後から綺麗な紅葉を眺めてゆっくり登山して美味しくおにぎりを食べてればいいにゃ!」

花陽「むむむむ…!」


悔しそうに歯噛みする花陽。
内心では凛の提示した登山おにぎりプランもちょっと悪くないな、なんて思っているのだが、当然それはおくびにも出さない。

おっとりとした顔を精一杯凄ませ、眉根にシワを寄せて熟考…
駆け寄り、穂乃果へと耳打ちを。


花陽(穂乃果ちゃん!私に力を貸してくれませんか!)

穂乃果(えっ、でもバッジ集めの途中だしなぁ…)

花陽(穂乃果ちゃんからは、私と同類の香りがします…協力してくれたら最高に!最っ高に!美味しいごはんをご馳走しますっ!)

穂乃果「その話、乗ったぁ!!」

海未「む?」


花陽は凛に見せつけるように穂乃果の腕を取り、ふふん!と得意顔で凛へと勝ち誇ってみせる。


花陽「ふふふ…花陽にも強力な助っ人ができちゃいました!穂乃果ちゃんが協力してくれたら百人力!
凛ちゃんと海未ちゃんは山頂で綺麗な星空を見ながら一泊して、朝焼けに照らされながらとっても美味しいインスタントラーメンを食べてればいいんですっ!」

凛「にゃにゃっ!!?」

329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:39:02.45 ID:ha7ZcpN9o
戦力は再び拮抗、ぐぬぬと睨み合う花陽と凛。
ちなみに先刻の街中での戦いを含め、二人のポケモンバトルは20戦連続で引き分け中だ。

使用ポケモンはまるで別、種族値個体値もそれぞれ。
普通なら何かしらの決着が付くところなのだが、この二人はあまりに長く一緒に居すぎている。

幼い頃のじゃれあい程度のポケモンバトルに始まり、激しく火花を散らす今へと至るまでに数百戦のバトルを経ている。
それでいてプライベートでもずっと仲良しと来ているものだから、お互いの思考や次の手がはっきりと読めてしまうのだ。

もちろん互いの手持ちや技も余すところなく把握、お互いのポケモンたちが凛と花陽の二人に懐いている。
きっとそれぞれの手持ち六匹を丸々入れ替えてバトルしたとしても何ら問題なく使いこなし、何の変わりもなく引き分けになるのだろう。

と、いうわけで、二人が戦って結果を決めるというのは不可。
お互いが山に入り、花陽は伝説のポケモンへと警句を告げることで、凛は伝説のポケモンを捕まえることで、主張を通して目的を果たそうとしているのだ。

さて、すっかり巻き込まれた格好の穂乃果と海未は訝しげにお互いを見つめる。


海未「……穂乃果、貴女は何に釣られたのです?」

穂乃果「別にぃ、人助けだよ!海未ちゃんこそ、“あなたは”って言ったよね。何に釣られたのさ」

海未「まさか。純然たる人助けです」


希「けど本当は?」


穂乃果「えへへ、花陽ちゃんが最高に美味しい食事をご馳走してくれるって…」

海未「知る人ぞ知る最高の登山ルートを案内してくれるというので、つい…」


向き合う!!


海未「やはり私利私欲ではないですか!!!」

穂乃果「海未ちゃんこそ!!!」


バッと振り向く!!


穂乃果「って!?どうして希ちゃんがここに!!」

330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:39:31.94 ID:ha7ZcpN9o
希「や、お久しぶり~。海未ちゃんとは初めましてやね?」

海未「あ、東條さん、どうもその節はお世話になりまして…」

希「うひゃー堅い堅い。希ちゃんでも呼び捨てでも、のぞみん♪とかでもええよ?」

海未「そ、そうですか?では…園田海未です。よろしくお願いします、希」

希「うんうん、しっくり感。で、なんでここにって質問やけど…ま、休暇やね。色々と大変やったから、ポケモンリーグも一週間休業中」

穂乃果「あ、そっか。アライズ団と…」


絵里と希、それににこによる綺羅ツバサの逮捕。
アライズ団と深く関わってしまった穂乃果たちにはにこから少しばかり細かな連絡が回されている。

遠くない未来、正面から立ち向かわなければならない大敵。
ツバサと交わした双眸、そんな運命を感じていた穂乃果にすれば、なんだか肩透かしを食らってしまったような印象がある。

しかしツバサの逮捕自体は素晴らしいことで、直接交戦した絵里、希、にこの三人が無事だったことは何より喜ばしい。
穂乃果は満面の笑みを浮かべ、希へと労いの言葉をかける。


穂乃果「色々とお疲れ様、希ちゃん!」

海未「ええ、本当にお疲れ様でした!」

希「いやあ、メインで戦ったのはほとんどエリチなんやけどね。で、まあ休暇で、ハチノタウンは温泉地やろ?ちょっとゆっくりしに来たってわけなんよ」

穂乃果「なるほど~」

331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:40:00.54 ID:ha7ZcpN9o
希「なんで温泉に来たかって、どっちかと言えばエリチのためなんよ。綺羅ツバサとの戦いでちょっと怪我してて」

海未「怪我、重いのですか!?」

希「あ、いやいや。腕をグサッとナイフでやられただけ。毒も塗られてなかったし。ただまあ、念のために温泉療養しに来たってわけ」


そこで希は言葉を切る。
顔を横へと向け、初対面の愛想笑いを浮かべている花陽、軽めの人見知りを発動させて身を硬くしている凛へと優しく笑いかける。


希「ウチ、東條希。よろしくね!」


朗らかな希の笑顔は人心へするりと滑り込む。
花陽と凛の緊張を瞬時にほぐし、二人の表情は昔からの知り合いに向けるような笑顔へと変わっている。


花陽「えへへ、小泉花陽です。よろしくね」

凛「星空凛だよ!よろしくにゃー!」

希「さて、これで自己紹介はおしまい。ウチがなんでこの喫茶店にいるかって話やけど…」


やんわりと歩み寄り、凛の肩へポンと手を置く。


希「ウチ、凛ちゃん海未ちゃんチームに加入するわ」


それは強者の気まぐれ!
「えええっ!?」と、穂乃果や凛たち四人の驚きが重なる!

332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:40:30.76 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「ちょ、ちょっと待った待ったぁ!いくらなんでも四天王の希ちゃんが味方したら決着付いちゃうよ!」

花陽「そっ、そうです!不公平だよぉ!」

海未「いいではないですか!四天王とはいえ一人のトレーナー、その自由意志を縛ることは誰にもできません!」

凛「そうにゃそうにゃ!ツイてるにゃ!」


希を挟んで両サイド、正反対の意見が喧々諤々と交わされる。
希は挟まれて鼓膜をわんわんと苛まれ、両耳を抑えて困り顔。

まあ待った待った、と両手を掲げて双方を制する。


希「花陽ちゃんたちはそんなに心配せんでもええよ、今は休暇中、護身用のフーディン以外は趣味パやから。
そんでフーディンもお疲れやからあんまり戦わせたくないんよ、だから仮にそっちのチームと戦う時も、ウチが使うのはあくまで趣味パの五体だけ。なら大丈夫やろ?」

花陽「う、ううん…それなら…」

穂乃果(待った待った!花陽ちゃん、こういう交渉事はもっと吹っかけて有利になるようにしなきゃダメだよ!)

海未(……と言うような事を囁いているのでしょうね。相変わらず勝因は僅かでも拾いに行くタイプというか…)


ヒソヒソと囁き、花陽へと交渉指南を授ける穂乃果。
そんな様子を苦笑いで見つめ、希は穂乃果へといたずらっぽい表情を向ける。


希「穂乃果ちゃん、心配せんでも大丈夫。そっちにももう一人、強力な助っ人が入る。ウチのスピリチュアルがそう告げてるんよ」

穂乃果「もう一人…?」


パタン。

乾いた音を立て、軽い立て付けの扉が開閉される。
そこには独特のトサカ、純白の羽毛を思わせる笑顔。

333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:41:25.65 ID:ha7ZcpN9o
ことり「初めまして、オトノキタウンの南ことりです♪
途中からだけど、扉の外で話を聞いてました。花陽ちゃん、参加させてもらってもいいかなぁ?」

花陽「あっ、う、うん…!お願いしますっ!」


唐突な登場、浮かぶ困惑。
それでもなんとなく、なんとなくだが波長が合いそうだなと、嬉しそうに花陽は頷く。
そんな花陽へといっぱいの優しさを込めて微笑んだことりは、ゆっくりと穂乃果と海未に目を向ける。

もう一人の幼馴染、穂乃果とはおよそ半年ぶりの再会…!


穂乃果「海未ちゃん、それに、穂乃果ちゃん…久しぶりっ…!」

穂乃果「こ、ことりちゃん…!!」


ダイイチシティの病院から姿を消して以来。
オハラタワーの一件でもすれ違いになってしまった。

ずっと、ずっと会いたかった、もう一人の親友。

穂乃果はぐすっと涙を浮かべ、今にも大声で泣き出しそうな顔で駆け出す。
店の入り口で佇むことりもまた泣きそうな顔、穂乃果を抱擁で受けようと両手を広げ…!


ことり「ハノケチェンっ!!」

穂乃果「なんで穂乃果にだけ会ってくれなかったの!!!」

ことり「げふぅっ!?」

海未「なっ、殴ったぁー!!??」





同刻、ハチノタウンの民宿に三人の少女の姿が。


絵里「希ぃ…なんで私を置いて遊びに行くのよぉ…」

にこ「ププ…落ち込んでるやつを見ながら食べる温泉卵は最高ね~」

真姫「はあ、悪趣味…」クルクル


チャンピオン、国際警察、ポケモン博士。
立場のある三人だ。無論、それぞれ遊びに来ているわけではない。

にこはアライズ団の残党が潜伏しているとの情報を得て。
真姫は伝説のポケモンが現れる兆候があると聞いて。
絵里は怪我の療養と…観光で。

三人ともが狙われる可能性のある身、相互に護衛を兼ねるために同行している。
目的こそ異なれ、三人もまた入山することになる。

さらに同日、もう三人、修行を目的とするトレーナーたちがミカボシ山へと足を踏み入れていく。


かくして、トレーナーたちは山地へと集結した。

ある者は伝説のポケモンを目指し、ある者は食事のため。ある者は登山のため。
面白半分の者、紅葉狩り気分の者も。

複数の思いが交差する中、物語の舞台は霊峰ミカボシ山へと移行する。

335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:42:26.24 ID:ha7ZcpN9o
【現在の手持ち】


穂乃果
リザードン♂ LV50
バタフリー♀ LV47
リングマ♀ LV45
ガチゴラス♂ LV44
???
???


海未
ゲッコウガ♂ LV50
ファイアロー♂ LV48
ジュナイパー♀ LV51
エルレイド♂ LV43
???


ことり
チルタリス♀ LV51
ドラミドロ♀ LV55
デンリュウ♂ LV50
???

336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:42:52.00 ID:ha7ZcpN9o
絵里「ハラショー!ハラショ~!にこ、真姫、紅葉が鮮やかでとっても綺麗よ!」


民宿の窓から身を乗り出し、紅葉に目を輝かせて歓声を。
そんな絵里の姿はまるで子供だ。
素直なのはいいのだが、窓枠から身を乗り出してはしゃがれたのでは同室のにこと真姫は大いに恥ずかしい。
童心であれ、絵里の背格好はわりに大人の女性に見えるのだから尚更だ。


真姫「ちょっとエリー、観光で来たんじゃないのよ」

絵里「え…?」


一瞬、ぽかんと擬音が付いているような表情を浮かべる絵里。
しかしすぐにキリッと表情を引き締め、心得たりとばかりに華麗にウインクを決めてみせる。


絵里「なぁんて。色々やることがあるのはもちろんわかってるわ?」

にこ「……着くなりソッコーで浴衣に着替えた奴の言うことかしらね」

337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:43:19.43 ID:ha7ZcpN9o
そう、絵里はもう浴衣に着替えている。
窓際に配された小机で早々に淹れたお茶を啜り、サービス品のポケモン用ポロックをキュウコンに食べさせている。
モクモクと口を動かす青い毛並み、アローラ産のキュウコンにも主人の浮かれムードは伝わるのか、心なしかその目は楽しげに見える。


絵里「おいしい?」

『コンッ!』


フフッと微笑み首筋を撫でて、「んん~」とゆっくり背伸びを一つ。
秋風にそよがれながら深呼吸をしてみせる姿は、まるで旅行雑誌の宣材写真のよう。
なまじ見た目が美女なため、どんなに気の抜けた姿をしていてもやたらに様になっている。


にこ(ぐぬぬ…腹立つわね…)

真姫「はぁ…ま、別にいいけど」

絵里「ふふっ、晩ごはんは何が食べられるのかしら。あ、露天風呂も大きいのね~」

にこ「ツバサとの戦いが終わってから気が抜けてるって言うか、アホになったと言うか。
まさか、あのナイフに脳に作用する何かの成分が…」

真姫「元々でしょ、エリーは」

絵里「ちょっと二人とも!?」

338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:43:45.64 ID:ha7ZcpN9o
扱いに不服を唱える絵里を適当にあしらいつつ、にこは内心に改めての妙な感嘆を抱いている。


にこ(これがあのツバサを仕留めた絢瀬絵里と同一人物だとはね~…)


イツツの森、アライズ団アジトでの一戦をにこは思い出している。
絵里たちによる襲撃を察知、直後、遊撃に現れたのが下っ端の構成員たちでなく綺羅ツバサ本人だというのは、実にあの女らしかった。
首魁であれ行動派。アジトの奥、玉座に鎮座しているタイプではないのだ。

にこと希、それに警官隊が、ツバサに続いて続々と現れる構成員らを抑え込んた。
そして状況は絵里とツバサによる一騎打ちへ。

蒼輝、氷点下の世界。
人工物のみならず自然をも圧倒する絵里とポケモンたち。
その凍気は凄まじく、イツツの森全体のおよそ15%にも及ぶ面積を真冬のシベリアめいた一面の銀世界へと変貌させてみせた。

そんな厳冬の中にも絵里の横顔、怜悧な青の瞳が何よりも熱い熱を宿していたのを、にこははっきりと目にしている。
クールな性格をしているようでいて、その実、内面は高温に揺れる青の炎。
アキバ地方にとっての大敵を決して許しはしない。静かに盛る情熱の灯火を飼っている。


絵里「トドメよ…“ふぶき”」

ツバサ「……ッ…!」


絶対零度の怒りを内燃、令じた姿はさながら蒼氷の魔神。
あの瞬間、絢瀬絵里は間違いなく綺羅ツバサを圧倒していた。

そしてついに絵里のメガユキノオーがツバサのガブリアスを打倒し…
にこの長きに渡る追走劇に終止符が打たれたのだ。

339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:44:12.55 ID:ha7ZcpN9o
にこ(ママを半身不随にした綺羅ツバサに、この手で手錠を掛けることが出来た。絵里には感謝してもしきれない…それはそれとして弄るけど)


未だ不服げな様子をからかいつつ、にこはたっぷりの親愛を隠した目で絵里を見る。

理知的で冷静、かつ無欠。
絵里が外見の美麗通りにそれだけの人間ならば、それほど踏み込んだ関係にはなれなかった。
だが蓋を開けてみれば存外に熱しやすく、脆いところがあり、ポンコツ感…もとい、お茶目な愛嬌に溢れている。

(ま、面白いやつよね~)と、にこはそう考えている。
やたらに喜ばれても鬱陶しいので、口に出してやるつもりはないが。


にこ「そういえば…この辺の民宿、“出たり”するって聞いたことがあったっけ~?」

絵里「で、出…!?にこ!ねえにこ、何が出るの!」

にこ「さあ、小耳に挟んだだけだから詳しくは知らないにこ~」

絵里「ま、まさか、幽霊…!」

真姫「……なんで怖がってるのよ。ゴーストタイプのポケモンとは普通に接してるじゃない、私のシャンデラとか」

絵里「ご、ゴーストタイプも得意ではないわ。真姫のシャンデラは可愛げがあるけど…
お、お札。お札とかがどこかに貼られてたら駄目って言うわよね…」

にこ「掛け軸の裏とか、ベッドの下とかね」

絵里「ひいっ…!に、にこ、真姫、どこかにお札がないか確認したいんだけど、手伝ってくれない…?」

真姫「私は別に気にならないわ」

にこ「ま、気が向いたらね~」

340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:45:24.19 ID:ha7ZcpN9o
「もおぉ…!」と泣きそうな声、絵里はキュウコンと共に部屋中のあちこちをつぶさにチェックし始めている。
それを余興に眺めつつ、にこは畳に腰を下ろしてテレビを点けた。
まだ時刻は昼過ぎ、実のないワイドショーばかりが放映されていて、毒にも薬にもならない芸能ニュースにぼんやりと視線を泳がせる。

その傍ら、真姫は机へと広げた資料へと、熱心に何やら細々としたデータを書き付けている。
その大半は専門用語や数式など、素人目には意味のわからない文字の羅列。
そんな中に一列、目立って大きく書き付けられた文字がある。

【UB01 PARASITE】

その一文で視線を留め、真姫はフィールドワーク用のリュックから一本のアンプルを取り出した。
赤紫に揺れる薬液…それは中継に世界を震撼させた洗脳薬、洗頭。

所持するだけで違法となる薬だが、真姫は警察から直々に分析を依頼されたため特例として数本を所持している。
と、言っても大っぴらに持ち歩く権利があるというだけで、違法を気にしなければどこでも買えるほどに普及してしまっている薬なのだが。

ともあれ、そんな洗頭のアンプル。真姫は既に成分の分析を済ませている。
その大半はごちゃごちゃとした化学薬品の数々なのだが、一つ異質な成分が配合されている。それは…


真姫(UB01、通称ウツロイドの体細胞…)

341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:45:52.93 ID:ha7ZcpN9o
アローラ地方での動乱は、世間にその全容を知られていない。
しかし無論、国際警察は事態を把握済み。
その一件にポケモンの一種と分類されているUBが深く関わっていたため、各地のポケモン博士たちへも事のあらましは伝えられている。

真姫もまた若きポケモン博士、そのUB、ウツロイドが起こす現象を既に知っている。


真姫(ウツロイド、その特性は寄生と洗脳。人間を洗脳した事例があるそうだけど、その効果を上手く対ポケモン用へと作り変えてある…)


国際警察が所有しているウツロイドの体組織のサンプル、それと照らし合わせることで成分を分析したのだ。
それが把握できれば、いずれは対抗薬も作れるだろう。
どれだけ掛かるかはわからないが…問題はない。既に綺羅ツバサは獄中なのだから。


「はあ」と目頭を押さえ、細々とした文字を見つめた目疲れに真姫はパタリと大の字になる。
やたらにはしゃぐ絵里に呆れてみせたが、こうして寝そべり、畳の香りを嗅ぎながら木造りの天井を見上げてみると安らぎを覚える。
絵里とにこの二人も年上ながら、それなりに気の置けない仲。真姫からすればなかなか悪くないメンツと言える。

(日頃は研究所に篭りきりなんだし、エリーじゃないけど、少しくらい旅行気分でも大丈夫かもね?)と。

ふと、にこに目を向けると…


にこ「……」

真姫「にこちゃん、どうしたの?難しい顔して」

342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:46:31.43 ID:ha7ZcpN9o
にこはリモコンを片手、その目は相変わらずテレビ画面へと向けられたまま。
しかし画面は番組表を呼び出したところでそのままになっていて、テレビに意識が向いていないのは明らか。


にこ(初手、フリーザー - コジョンド。冷凍ビームでコジョンドを撃破)

にこ(絵里、コジョンドを戻してアマルルガ。ツバサ次手、ジバコイル。ラスターカノンでアマルルガを撃破…)


絵里とツバサの決戦、恐らくは現在のアキバ地方で最高峰のフルバトルを、まるで将棋の棋譜のように思い出している。
にこの脳内に克明に残されたイメージは鮮烈。
まるで録画した映像のようにありありと、絵里とツバサの呼吸一つ一つまでをはっきりと思い出すことが出来る。

絵里がツバサに勝ったのは間違いない。
追い続けてきたにこが直々に確認して手錠を掛けたのだから、替え玉や影武者であるはずもない。

だが、にこの心にはいくつかの違和感が残されている。


にこ(まず一つ、これは明らかにおかしい点。
ツバサが繰り出したポケモンは先鋒から順に、コジョンド、ジバコイル、ラッタ、クロバット、ペラップ、ガブリアス。
ツバサはオハラコーポレーションから強奪したはずのミュウツークローンを使っていない…)


アジトの内部も徹底的に捜索されたが、結局ミュウツークローンの入ったボールを見つけ出すことはできなかった。

他の構成員が持って逃げた可能性はゼロ。
アジトの内部にいたアライズ団は希のサイキックエネルギーによる感知の網を広げ、一人と漏らさずに全て捕らえたからだ。

このミュウツークローン、オハラからの聴取によれば、体は完成しているが実戦への投入テストはまだの段階だったのだという。
だとすれば、入手したはいいが、制御できなかったのだろうか。
あるいは綺羅ツバサでなく、あの日現場に姿を見せなかった統堂英玲奈か優木あんじゅの手持ちとなっている?


にこ(いいえ、にこの刑事としての勘が、そのどちらもが間違いだって訴えてる…
だからって答えはわからないけど)


わからず、にこは小さく首を左右に振る。
ちなみに希の占いでもミュウツークローンの所在は不明。
感知も占いも、対象の発しているサイコ力場が強力すぎて探知を弾かれてしまうのだという。

仕方がない、とりあえずは保留だ。

にこの思考はもう一つの違和感へ。


にこ(コジョンドにガブリアスに…にこの印象より、少し弱くなかった?)

343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:47:28.74 ID:ha7ZcpN9o
これはあくまでにこの勘、言いがかりに近い違和感だ。

押収したツバサのポケモンたちは本部の調べで70オーバーの高レベルだったと報告が来ているし、幾度も目にしたツバサの手持ちと相違ない。
ラッタとクロバットは初見だったが、あれだけのコラッタを育成しているのだからラッタを手持ちに採用することだってあるだろう。

そんなツバサのポケモンたちもアライズ団と関わりのない地へと送られ、悪人に使われていたポケモンの更生施設で既に穏やかな日々を過ごし始めている。


にこ(だけど、どうしても違和感がある。あのポケモンたちが替え玉だとしたら?
……でもメリットがまるでわからない。だってツバサは…)


そう、アライズ団にとって肝心要のツバサは獄中、両手には枷。
それほど身動きの取れる服装ではなく、さらに囚われている独房は全面がサイドンの突進にも耐えられる強度の材質で固められている。
さらには独房内には専用の監視カメラが24時間稼働、女性としての最低限のプライベートさえ無視した徹底的な監視体制が敷かれている。

映画のように食器で掘り進んで抜け出すことは不可能、そもそも供される食事は全て自殺のためにさえ使えないシリコン製のもの。
当然ながら、外部からの仲間の襲撃にも備え済み。鍛え上げられた刑務官やポケモンたち、自動管制の火器による防衛は並みの硬さではない。

決して脱獄のできる環境ではないのだ。

344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:47:55.83 ID:ha7ZcpN9o
にこ(細かい点を挙げればいくつだって違和感はある。ことりのイーブイの姿がどこにもなかったりだとか…
だけどにこが心配していることの大半は、突き詰めて考えればそれほど問題にならない点で…)

にこ(駄目ね。もうこの違和感は、この不安は、にこの勘でしかない。これを晴らすには自力で、可能性を虱潰しに…)

真姫「にこちゃん!」

にこ「へ、あ、何?真姫」


真姫からの呼びかけに気付いて振り向けば、真姫と、それに幽霊に慌てふためいていた絵里までが心配げににこの顔を覗き込んできている。
どうやら随分の間、呼びかけに気付けずにいたようだ。


真姫「大丈夫…?なんだか顔色が悪く見えるけど」

にこ「あー、そうね。ずっとアライズ団を追いかけて来てたから、こういうのんびりした時間に慣れてないのかも?」

真姫「その、体調が悪かったらいつでも言って。少しくらいは診てあげられるから」


本人に自覚はないが、顔に出るタイプだ。
真姫の顔からはにこを案ずる気持ちが十分に伝わってきて、いじらしい年下の博士へとにこはにこにーポーズで満面の笑みを。
それから、苦笑いを向けてみせる。


にこ「気持ちはありがたいけど、ポケモン博士の真姫ちゃんじゃポケモンしか診られないでしょ?」

真姫「にこちゃんなら別に、ポケモンみたいなものでしょ」

にこ「ぬぁんですって!?このガキ!」


一転、ガルルとばかりに牙を剥く。
そんなにこの肩へ、絵里が優しく手を置く。そして静かな口調で語りかける。


絵里「にこ、大丈夫よ。もし仮に綺羅ツバサが逃げ出したって…私が、何度でも止めてみせるから」


それは女王としての矜持。優しく、それでいて力強く。
そんな絵里の瞳に、にこは安堵の息を吐く。
仮に何かが起きたとしても、一人で抱え込む必要はないのだ。
にこはとびっきりの信頼を込めて、同い年のチャンピオンの胸をポンと軽く小突いた。


にこ「ま、頼りにしてるわよ。アンタも希もね」

345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:48:39.98 ID:ha7ZcpN9o



ミカボシ山。

標高2000メートル越えの大山は、高さだけでなくその裾野の広さも国内屈指。
もちろん最高峰のシロガネ山には及ばないが、規模としてはシンオウ地方のテンガン山と同程度かもしれない。

冬になれば雪に閉ざされる天険の地なのだが、今は夏を過ぎたばかりの初秋。
暑くもなく寒くもなく、登山初心者でも深入りしなければ山歩きを楽しめる地としてアキバ地方では親しまれている。

午後の空は日本晴れ、秋風が心地よく木々には実り。
ポケモンたちが食べるきのみや、人が食用にする栗やキノコなども多く見受けられ、例年ならば収穫に訪れた人々の姿も多く見受けられる。

しかし、今年は人気がまばら。
散発的にうろついているのは白ずくめのアライザーたち。

先日ハチノタウンで一騒動を起こそうとしていたアライザーたちはかなりの過激派であり、もう少し凡々とした悪党たちは道に潜む。
通りかかった不幸なトレーナーを襲い、金品を奪い、洗脳薬でポケモンまでを奪おうという目論見だ。

そんなアライザーたちにとって観光地である登山道は格好の狩場。
今もまた、何も知らないような顔をした三人の少女たちが山道を歩いてくる。

襲い、奪い、抵抗するなら殺したって構わない。
アライザーたちは恐ろしげに歪な笑み、少女たちへと声を掛ける。


「金目のモンとポケモン置いて、命が惜しけりゃ…」

ダイヤ「ラランテス、“ソーラーブレード”」

「は?」

『ラララァッ!!!』

346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:49:09.36 ID:ha7ZcpN9o
光斬!!!

ハナカマキリに似たポケモン、くさタイプのラランテス。
美しい和服にも似たその姿、鎌状の手先から太陽光を鋭刃へ。
アライザーの髪を削ぎ、服を破き、喉首を皮一枚で裂いてみせた。

明確な力量差、あと1ミリで死んでいたという命の重みをまざまざと見せつけ、ダイヤは優美に笑みを。


ダイヤ「寄らば斬る、ですわ。もう斬りましたけれど」


財布も所持品も放り捨て、悲鳴を上げながらズタボロの衣服で逃げていくアライザー。
その背を見送りながら、「あの目、彼はもう再起不能ですわね」とダイヤは呟く。
そんなダイヤへと二人の少女が声を掛ける。


ルビィ「お姉ちゃん、お姉ちゃんが倒しちゃったらルビィたちの訓練にならないよ?」

千歌「そーだよそーだよ。なんか格好良く決めるのはいいけど、私たちの修行で来てるんだから」

ダイヤ「あ…そ、そうでしたわね」


ゴホンと咳払い。三人組は再び山道を歩き始める。
千歌とルビィ、オハラタワーの一件では凄惨な目に遭った少女たちだ。
しかし今、その足取りと眼差しは力強さを増している。

数分の歩行…
紅葉した樹々が立ち並ぶ場所で、ダイヤたちはアライザーでないトレーナーに出会う。


凛「んん?女の子三人…白服じゃないし、アライザーじゃないよね?」

希「お、黒澤姉妹と千歌ちゃんやん。何してるん?」

海未「おや、お久しぶりです」

347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:49:47.29 ID:ha7ZcpN9o
お互い、それなりに知っている相手同士。
警戒する必要はなく、それぞれが軽く安堵する。
初対面の凛を紹介しつつ、希は何をしているのかと軽く質問を。


ダイヤ「ええ、わたくしたちはルビィと千歌さんの訓練に。この山、アライザーの方々が大勢いらっしゃるでしょう?格好の訓練場所にはなりますので」

希「確かにここ、実戦相手には困らんもんなぁ。ダイヤちゃんがおれば遅れを取ることもないやろうしね」

千歌「えへへ、私もダイヤさんに弟子入り中なんだ。一回ちゃんと鍛え直さなきゃ~って思って!」


そう言って千歌は笑う。
身のこなしや重心のかけ方、トレーナーとしての技量が向上しているのが窺える。
以前はごく平凡な印象のトレーナーだったが、成長を遂げつつあるのだなと、同い年の成長に海未はほんのりと嬉しくなる。

そこでふと、気になったことを尋ねてみる。


海未「あの、曜はどこです?貴女とはいつも一緒にいる印象でしたが…」

千歌「うん、曜ちゃんとは今は離れてるんだ」

海未「おや、そうなのですか?」

千歌「曜ちゃんと一緒に旅するためには私が力不足だったから…だから曜ちゃんにはちょっとだけ待っててもらって、ダイヤさんに弟子入りしたんだ!」

ルビィ「最近はルビィと千歌ちゃんで一緒に、お姉ちゃんの考えてくれた練習メニューを頑張ってるんです!」


成長しているのは千歌だけではない。
ルビィもまた、表情や雰囲気から以前に比べれば甘えが減った。
もちろんまだまだ末っ子気質に変わりはないのだろうが、腰につけたボールの数も三つに増えている。

曜は千歌と離れて大丈夫なのだろうか?
オハラタワーでの狼狽ぶりを見ている海未は、内心に浮かんだ疑問をそのまま口にせず閉じ込める。

デリカシーを欠いた質問な気もするし、千歌の語り口に不穏の色はなかった。
細かな事情はわからないが、曜の不安定さも今は緩和されているのかもしれない。


ダイヤ「わたくしたちはキャンプを張りながら山を巡る予定ですけれど、希さんたちはどうされますの?」

希「うん、ウチらは今日は下見で明日から山入りの予定。しばらく滞在するんやったらまた会いそうやね!」


そう告げ、手を振って一旦の別れを。
やはり最高の季節、アライザーは危険とはいえ、こうして出入りする人々はいるわけだ。

ダイヤたちの背を見送りながら、凛はちょっとだけ内心に焦燥を募らせる。


凛(うーん、強そうな人だったな…でもでも、伝説のポケモンは凛がゲットするんだもんね!)

348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:50:54.15 ID:ha7ZcpN9o



海未「それにしても、抜けるような秋晴れ。気分が良いですね…」

希「ほんとやなぁ。お日様をたくさん浴びて、自然の空気をいっぱい吸って、これぞパワースポット!って感じやね」

『リリリ~ン』


明るく笑う希の隣、ふうりんポケモンのチリーンが風に吹かれて涼やかな音色を鳴らす。
晩夏を過ぎての風鈴、季節感で言えば若干微妙なのだが、それもまた風流か。

希の言う“趣味パ”の一匹、ほんわかとした顔立ちが愛らしいエスパーポケモンだ。

そんなチリーンの尻尾、風鈴の短冊に見える部分にそっと触れつつ、海未は思わず頬を綻ばせる。


海未「ふふふ、可愛らしいです」

希「やろ~?戦闘向きの子かっていうとそうでもないんやけど、愛嬌があって可愛いんよ」

海未「オフの日は外に連れて行ってあげよう、といったところですか」

希「うんうん、ウチは立場上いっつもバトルバトルやからね、この子らにはお留守番ばっかりさせちゃってるんよ」

349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:51:20.59 ID:ha7ZcpN9o
そう言って微笑む希からは、人柄の優しさがたっぷりと滲み出ている。
なんとも話しやすく、海未はいつもよりも何割増しかで饒舌だ。
饒舌ついで、気になっていたことを尋ねてみる。


海未「ところで、希はなぜ凛の味方を?」

希「うふふ、ウチは気まぐれやからね。海未ちゃんだってそうやろ?」

海未「む、煙には巻かれませんよ。私の場合はその…登山に釣られたわけですが、希は自分から参加してきたではありませんか」

希「んー…ま、海未ちゃんなら話してもいいかな」


そんな調子で前置き一つ、希は瞳に真剣な色を宿して口を開く。


希「このアキバ地方を襲う一連の騒動、綺羅ツバサを捕まえて、これで終息に向かっていく…ウチはそんな風には思えないんよ」

海未「なるほど…残る統堂英玲奈と優木あんじゅ、あの二人が何かをしでかすと」

希「ううん、どうやろ…はっきりとは。これってスピリチュアルとかやなくて、漠然とした不安でしかないんよ。だからね、今のうちに戦力を育てとかないとって」

海未「戦力、なるほど。希が今連れている、主力とは別のポケモンたちのレベル上げを…」

希「ううん、そうやなくて。海未ちゃんたちに強くなってもらわないとな~って話」

海未「私たち…ですか?」


不思議そうな顔で首を傾げる海未。
希はそんな海未、それに穂乃果とことり。オトノキタウンのトレーナーたちに、悪との対峙の宿命を見ている。
今後何かが起こったとして、最後の鍵を握るのは自分や絵里ではなく、きっと海未たちだ。
希は海未の肩をポンポンと叩き、「ま、頑張ってな」と声を掛ける。

350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:51:57.06 ID:ha7ZcpN9o
そんな会話を交わす二人よりも前をスタスタ、ミカボシ山を歩き慣れている凛は鼻歌交じりに両手を広げて上機嫌。
そこに並んで歩くのはつぶらな瞳にオレンジの体、凛の手持ちのライチュウだ。


凛「ふんふんふ~♪」

『ラーイライ!』


尻尾を揺らしながら鼻歌に合いの手を入れていて、見ているだけで仲の良さが伝わってくる光景。
海未と希は思わず微笑を浮かべてしまう。

それだけを見ればなんとものどかな秋の山。
だが、登山者を狙うのはアライザーたちだけではない。

実りの秋、野生のポケモンたちの体調も万全で活動的。
見上げればオニドリルが空を舞っていて、人間の荷物から食糧を掠め取ろうと狙っているのが見える。
整備された登山道へは警戒して寄ってこないが、海未たちが歩いているのは道から少し離れた山の中。
長いクチバシでのいきなりの襲撃にも応じられるよう、警戒は怠れない。

だが鳥ポケモンたちより、もっと恐ろしいのは…


『ガアアアアァ!!!!!』


熊!


海未「っと、リングマですか。ふふ、穂乃果を思い出します。それにしても気が立っているようですが…」

希「秋やからね~、人間と一緒でお腹減らしてるんよ。特に熊は冬眠に備えて食い溜めを始める時期やし」

海未「ははあ、それでは私たちのことは美味しそうな肉にでも見えているのでしょうか」

希「リングマは基本的にはきのみを主食にしてるみたいやけど、一応雑食らしいから…」

海未「ふむ、雑食」

希「海未ちゃんなんかは程よく引き締まった高級なお肉に見えてるんやない?」

海未「なるほど……って、物凄く危険ではないですかぁ!!?」


ようやく気付いて焦燥!
野生だと侮るなかれ、シロガネ山のように、高山という地形では野生ポケモンが強靭に育ちやすい。
目の前で吠えているリングマはおそらくレベル40オーバー。応じなければ命を落とす!

冷や汗を浮かべつつ、海未は展開しているファイアローに指示を出そうとする。

が、それよりも素早く凛!


凛「ライチュウ、“ボルテッカー”でやっつけちゃえ!!」

『ラーイライライ!!!』

351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:52:23.27 ID:ha7ZcpN9o
ライチュウは全身に雷撃を纏わせ猛突進!
リングマの胴体へと全力で体当たりを敢行!!

思わず目を覆ってしまうほどの雷光が一帯を白に染め、海未が目を開けばリングマは数十メートル先へと吹き飛んていく。
木々に生い茂った紅葉をクッションに、地面へとドサリ。
背中から強かに落ち、完全に目を回しているのが見える。
あんな痛めつけられ方をすれば恐怖を記憶に刻み、もう人間の姿を見ても近寄ろうとはしないだろう。


凛「さっすがライチュウ!バッチリにゃ!」

『チュウッ!』


突進の反動を受けたライチュウへと傷薬を吹きかけつつ、パシンとハイタッチ!
そんな凛たちを目に、海未は思わず息を飲んでいる。


海未「わかってはいましたが、凛は本当に強いですね。そのライチュウ、レベル60近くあるのでは?」

凛「凛のエースなんだ!その次はガオガエン!」

海未「バッジを7つ集めてそれなりの強者になった気でいましたが、まだまだ世間は広いのですね…」

希「天才肌やねぇ。凛ちゃんみたいな子がポケモンリーグ目指し始めたらウチなんてすぐ抜かれちゃいそう」

凛「えへへ、かよちんも凛と同じくらい強いよ」

352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:53:04.06 ID:ha7ZcpN9o
褒められて喜びつつ、欠かさずバランスを取るように大親友を持ち上げる凛。
明るく健やか友達思い。まだ数時間の散歩を共にしただけだが、海未も希もすっかり凛のことが好きになっている。

そんな凛はボールから新たなポケモンを。
傾斜を駆け登って高台に立つと、てるてる坊主めいた姿のポワルンを出してその姿を見上げている。
三十秒ほどその姿をじぃっと見つめ、くるりと振り返ると海未たちへと天真爛漫な笑顔を見せる。


凛「うん!明日からもしばらく良い天気だって!」

海未「そんなに先までわかるのですか?」

凛「凛のポワルンはすごいんだよ。これくらいの高さまで来れば、三日ぐらい先の天気まで当ててくれるの!」

希「へえ~、山歩きのお供ってわけやね!」

海未「なるほど、それはまた魅力的な…」


山の天気は不安定。急変すれば命に関わる。
それをよく知る登山家の海未からすれば、生きた精密天気予報とでも呼ぶべき凛のポワルンはとても羨ましい存在だ。

それはそうと、ガオガエン、ライチュウ、ポワルンと凛のポケモンたちはいずれもタイプ違い。
マルチタイプのトレーナーなのだなと海未は心中で考えている。


海未(花陽はどうなのでしょう。優しい子とはいえ一応の対立相手、戦うことになる可能性もあるわけですが…)

353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:53:50.80 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果とことり、それに花陽のトリオ。向こうは今頃何をしているだろう。
そんなことを考えながら、海未は山を見上げて明日の登頂へと想いを馳せる。

これまでの旅路でも山があれば積極的に登ってきた。何故かと問われれば、そこに山があるから。
その経験はトレーナーとしても活きている。体力の向上はもちろんのこと、手持ち五匹で一番の新顔は山地、冷え込む洞窟で捕まえたポケモンだ。

そんな山の経験に富む海未だが、このミカボシ山を登るのは初めて。
初心者にも人気の山ではあるが、上まで登って行こうとすれば労力は跳ね上がる。
登山家魂をくすぐられ、海未はやる気満々に目を輝かせる。


海未「高い山ですね…準備を万端にしなくては!」

凛「凛もてっぺんまでは登ったことないけど、けっこう大変だって聞くにゃ。
でも伝説のポケモンがてっぺんにいるとは限らないし、捕まえたらそこで引き返せばいいよね!」

海未「携帯食は甘納豆と煮干しで良いでしょうか。登山をする以上、万が一ということもあります。希も凛も、今夜中にご家族への遺書をしたためて…」

凛「え、え?」

希「ええ、冬山の単独行やないやから…凛ちゃん、これは相当なガチ登山させられるかもしれんね…」

凛「り、凛は伝説のポケモンを捕まえたいだけなのに~!!!」

354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:54:16.43 ID:ha7ZcpN9o
花陽「ん、凛ちゃん…?」


山のどこかに親友の悲鳴を聞いたような気がして、花陽はふっと顔を上げる。
けれ海未と希が同伴、危険があるとも思えない。
(うーん、気のせいかなぁ)と小首を傾げ、花陽の意識はすぐに足元へと戻った。

背中にはカゴを背負っていて、金属製のトングを片手にひょいひょいと拾っては集め、拾っては集め。
いっぱいに詰め込まれているのは季節の味覚、イガでいっぱいの栗!


『エルル!』

花陽「ありがとう、エルフーンさん♪」

『ディア~』

花陽「ドレディアさんもありがとう♪」


手持ちのポケモンたちも花陽と一緒に栗を拾い集めていて、背中のカゴにはなかなかの速度で栗が貯まっていっている。


花陽「おいしそうだなぁ…茹でても蒸しても煎ってもいいし、お菓子にしてもいいし、それより何より栗ごはん…!
ツヤッツヤの新米と一緒に炊いて、ほかほかの湯気とほんのりとした上品な甘みと…はぁぁっ…!」


想像するだけで垂涎!

355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:54:51.78 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「おーい!」


そんな花陽へと駆け寄ってくるのは穂乃果だ。
猛ダッシュで元気よく、面前で立ち止まると、軍手で鷲掴みにした何かをジャジャン!と見せつける。


穂乃果「花陽ちゃん花陽ちゃん!このキノコは食べられるかな!」

花陽「それは、ううん…?メブキジカさん、お願いします」


花陽のメブキジカは穂乃果が握ったキノコ、その香りにスンスンと鼻を鳴らすと、鮮やかな秋色に染まった角でそれを払い落とした。


穂乃果「ああっ!」

花陽「ええっと、毒キノコだったみたい。たぶんツキヨタケじゃないかなぁ」

穂乃果「そんなぁ…おいしそうなキノコだと思ったのに…」

花陽「見た目はおいしそうだよね。でも食べちゃうと下痢とか嘔吐とか…」

穂乃果「ひえぇ…」

花陽「でも大丈夫です!穂乃果ちゃんがさっき見つけてくれたハツタケはどんな食べ方でも美味しいんだよぉ!」

穂乃果「やったね!!」


穂乃果と花陽は二人で万歳。今夜は秋の味覚でフルコースだ!
そんな様子をにこにこと笑顔で眺めつつ、ことりは小声で疑問を呈する。


ことり「伝説のポケモン、探さなくていいのかなぁ…」

356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:55:20.61 ID:ha7ZcpN9o
山に入ってからそろそろ三時間、穂乃果たちの位置はまだそれほどハチノタウンから離れていない。
花陽もまた凛と同じく、本格的な山入りは明日の朝からと考えているのだ。

しかし、まさか延々と食材集めをするだけだとは。
落ちているドングリをおもむろに拾い上げ、隣にいるドラミドロへと見せる。


ことり「食べますか?」

『ドララっ』


頷いたので口の中へと入れてあげ、咀嚼するのを見つめながらぼんやりと物思い。


ことり(ことりもこういうのんび~りした時間は好きだけど、今はちょっと焦っちゃうなぁって)


人畜無害の笑顔に本音を隠し、ことりは目の前の山を見上げている。
昔ならどんなに海未に誘われても険しい登山はご免被るタイプだったが、一人での旅路にことりもまた健脚へと成長している。

伝説のポケモンが現れる。
なぜ知っているのか?真姫から連絡を受けたからだ。
穂乃果も海未も、そして真姫も、オトノキタウンの友人たちは再び姿を眩ましたことりにも毎日欠かさずメッセージを送ってきてくれていた。

もちろん、目は通していた。
一人旅の寂しさに心を打ちのめされそうになった時、みんなからのメッセージを何度も読みながら夜を明かしたこともある。

それなら何故、返事をしなかったのか?
答えは簡単。「後ろめたかったから」。

では何故、後ろめたかったのか。

357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:55:46.49 ID:ha7ZcpN9o
ことりは食材集めに夢中の穂乃果たちから少し離れ、台地の端、切り立った崖になっている場所から下を見下ろす。
数十メートルの下方、そこには白づくめの衣服に袖を通したアライザーが二人。

ことりは道を戻り、穂乃果たちへと声をかける。


ことり「穂乃果ちゃ~ん、花陽ちゃ~ん、ことり、ちょっとだけ別の場所を見てくるね♪」

花陽「あ、はぁい!一人で大丈夫?」

穂乃果「あ、ことりちゃん!またそのまま私の前からいなくなったら怒るからね!パンチ二発だからね!!」

ことり「うんっ大丈夫、すぐ戻ってくるよ♪」


未だに穂乃果からの腹パンチでほんのり痛い腹部をさすり、苦笑いで声を返す。
もちろん、殴られたことを怒ってはいない。
消息を眩ましていた自分が悪いのだし、何よりことりへと痛烈なパンチを決めたまましがみつき、わんわんと号泣した穂乃果を怒れるはずがない。

二人から離れ、再び崖際。
穂乃果たちから死角になる木陰に佇み、鞄から折り畳まれた布を取り出した。
灰色、まるで飾り気のない、言ってしまえばボロ布。
広げれば大きな布だ。それでばさりと全身を包み込み、手先の器用さで縫い付けたフードを頭に被る。

そしてもう一つ、鞄から何かを取り出し…崖から飛び降りる。

358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:56:15.79 ID:ha7ZcpN9o
━━ドチャリ。


「なんだぁ?」
「変な音が…」


振り向いたアライザーたち、二人の男は、紅葉に覆われていた背後の地面が紫に腐食しているのを目に留める。
柔らかく変性した泥土、その中からドロリ…立ち上がるのはドラミドロ。

それだけでも異様。
しかしアライザーたちはすぐさま、次の怪異へと意識を奪われる。

毒竜の体に守られるように巻かれた人影。
灰色のボロ布を巻きつけた何者かが、男たちにゆらりと指先を向けている。


「あなたたち、アライザーですよね」


男たちはその灰色を知っている。
社会の裏側、悪の間でまことしやかな都市伝説として囁かれている存在。
一欠片の意思も読み取れない、無機質かつ狂気を秘めたマスク姿。


「ば、鳥面(バードフェイス)!!」

(・8・)「狩ります」

359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:56:48.00 ID:ha7ZcpN9o
“鳥面”。

その存在が悪党たちの間で囁かれ始めたのは数ヶ月前、ダイイチシティからことりたちが姿を消した少し後から。

綺羅ツバサに負け、イーブイを奪われたことりはドラゴンタイプの力に魅せられた。
だがそれよりも何よりも、世に遍く“悪”に対し、狂的なまでの憎悪を宿していた。

そんなことりがただひたすらに力を求めたのは社会の裏側、闇の中。

ただし選んだ道は悪への加担ではない。
抱えてしまった狂気と憎悪を存分に叩きつけられる相手を探し、その矛先を悪へと向けたのだ。

夜の街、場末、郊外に廃墟。危険とされる場所へ敢えて出向いた。
善良なトレーナーへと牙を剥く、そんな相手を探すのには困らなかった。
ルールに守られたトレーナーとの戦いとは違う。遠慮のない敵、こちらも遠慮をする必要はない。

ことりはひたすらに戦い続けた。
危うく悲惨な目に遭いかけたこともあったが、実力と機転で乗り切ってきた。

善良な人々を襲う悪のトレーナーをオンラインゲームにおけるPKに例えるならば、ことりの選んだ道は謂わばPKK(プレイヤーキラーキラー)。

報復を避けるために布を纏い、仮面を被り、ジム戦やポケモンコンテストには目もくれずに野試合を繰り返した。
故に、ことりのポケモンたちは穂乃果や海未のそれよりもさらに高レベルへと達しているのだ。


(・8・)「ドラミドロ、“ヘドロウェーブ”」


アライザーの片方へと容赦なく毒液を浴びせかけ、ことりはもう一人へと目を向ける。


「ふっ、ふざけんじゃねえぞ!!ぶっ殺せ!!オノノクス!!」

(・8・)「へえ、ドラゴンタイプ…」

360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:57:39.00 ID:ha7ZcpN9o
アライザーの片割れは、どうやらかなりの実力者らしい。
オノノクスを繰り出して即座、命じた技は“りゅうのまい”。

龍としての本能を呼び覚まして攻撃性と速度を高め、臨戦の眼光がことりとドラミドロを捉えている。

しかし鳥面(バードフェイス)
ことりは動じず、腰からもう一つのボールを手に取った。
淀みない動きでボールを開き…青の体躯に真紅の翼、暴虐を秘めた600族の暴竜!


「ぼ、ボーマンダ…!?」

(・8・)「ボーマンダ、叩き潰して」




決着は即座。
オノノクスとアライザーは倒れ伏し、ドラミドロとボーマンダを従えたことりはそれを仮面越し、冷酷な目で見下ろしている。


「ば、バケモノ…」

(・8・)「……」


ことりはその声に取り合わず、男の懐から転げ出た赤の薬液と注射器を手に取った。
手慣れた仕草で注射器で薬液を吸い上げ、ごく淡々、それを男の首筋へと近付けて静かに問う。


(・8・)「洗頭。人に注射したらどうなるか、知ってますか?」

「ひ、ひいっ!?」

361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:58:07.18 ID:ha7ZcpN9o
男が怯えてバタつかせた手が、ことりの注射器を弾き飛ばした。
割れるガラス、溢れて地面へと吸い込まれる薬液。
けれどことりは事もなげ、小首を傾げて呟いた。


(・8・)「もったいない…だけど、大丈夫ですよ」

「な、何が…」

(・8・)「代わりなら、たくさんありますから」


ことりは鞄を開く。
トレーナーグッズや女の子らしい小物、裁縫道具が入っていて、特に変哲のない鞄だ。

しかし…隠し底。
捲り上げたそこには何本も何本もの赤の薬液。大量の洗頭が隠されている。
新たな注射器を手に、薬液を吸い上げてトントンと針先から空気を抜く。


(・8・)「ポケモンにこんなものを注射しようとする人は、自分も注射される覚悟がないとダメですよね?」

「やめてくれ!やめ…!」

(・8・)「ドラミドロ、黙らせて」


口元を尾に巻かれて強制的に黙らされた男、その首元へと針が突き立てられる。
一切の容赦なく、薬液は急速にその量を減らしていき…

男の体はビク、ビクと痙攣し、瞳からは意思の輝きが失せる。
ドラミドロが尾を解けど、もう抵抗を見せることはない。

命に別状はない。
だがその自我は虚ろに蕩けていて、もう男が何かを思考することは二度とないだろう。
そんなアライザーを無慈悲に一瞥。ことりはドラミドロの毒に飲まれてのたうち回るもう一人のアライザーへと解毒剤を打ち、そして同じことを繰り返した。


(・8・)「こんなものを…」


吐き捨てるように言い捨てて、ことりはボロ布と仮面を鞄の底へとしまいこむ。
ドラミドロとボーマンダを優しく撫でてからボールへと収め、チルタリスの背に乗って崖上へ。


花陽「あ、ことりちゃんが戻ってきたよ!」

穂乃果「はあ、よかった…おかえり、ことりちゃん!」


何事もなかったかのような笑顔で、穂乃果と花陽に笑いかける。


ことり「うふふ、ただいまぁ♪」

362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:58:34.97 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「ところでさ、花陽ちゃん。この山の伝説のポケモンってどんなのが出てくるの?」

ことり「あ、それ、ことりも気になるなぁ」


空は茜色に染まり、三人は収穫した秋の味覚をそれぞれに抱えて山を下り始めている。
穂乃果とことりからの質問に、花陽は少し困ったように眉を斜めに。


花陽「あ、ええと…それが、私も凛ちゃんも、どんな伝説のポケモンがいるのかは全然知らないんです」

ことり「えっ、そうなの?」

穂乃果「じゃあじゃあ、なんで伝説のポケモンがいるってわかるの?」

花陽「ううん、一応理論は聞いたことがあるんだけど、難しくてよく理解できてなくて。
伝説のポケモンが現れるって教えてくれたのはオトノキタウンの真姫博士なんだ。二人とも同じ街だから、知り合いだったり…?」

ことり「真姫ちゃん?うん、ことりも穂乃果ちゃんもお友達だよ♪」

穂乃果「あれえ、花陽ちゃんたち真姫ちゃんと友達だったんだ!」

花陽「うん、だいぶ前に何かの調査でこの街に来た時、凛ちゃんと二人で道案内をしたの。それ以来友達なんだ」


花陽は真姫から聞いた話を、理論の部分を省きながらかいつまんで説明する。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:59:01.23 ID:ha7ZcpN9o
一般に、伝説と呼ばれるポケモンは人々の前に滅多なことでは姿を見せない。
しかし稀に、各地方で立て続けに伝説の存在が目撃されることがある。

その条件は動乱。
巨大な悪の組織が現れ暴威を見せた地方には、必ず何かしらの伝説のポケモンが姿を見せるのだ。
それは人心の乱れを感知しているのか、それよりもっと大きな時代の流れを感じ取ってるのか。
悪に立ち向かう人類の守護者なのか、あるいは文明の暴走をその牙で噛み砕かんとする自然のストッパーなのか。

その存在は計り知れないが、しかし事例が理論を証明している。


穂乃果「わかるような、わからないような?」

花陽「あはは、私もよくわかってないから…真姫ちゃんによると、今アキバ地方ではアライズ団が暴れてるから何かの伝説のポケモンが現れるはずなんだって」

ことり「なるほどぉ~」

花陽「えっと、それでね…」


花陽はごそごそと鞄を漁り、タブレットのような端末を取り出して二人に見せる。
画面を灯せばそこにはアキバ地方の地図が映し出されていて、ちょうど穂乃果たちのいるこの地、ミカボシ山に赤いマーカーが点滅しているのがわかる。
「これなに?」と尋ねた穂乃果へ、今度は眉をキリリとさせて花陽が答える。


花陽「これは真姫ちゃんが開発した新アイテム、“伝説チェイサー”です!」

364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:59:28.28 ID:ha7ZcpN9o
真姫曰く。

ジョウト地方のエンテイ、ライコウ、スイクン。
ホウエン地方のラティアス、ラティオスなど。

ポケモン図鑑には、そういった移動型の伝説ポケモンたちを追跡する機能が付随している。
何故そんなことが可能かといえば、伝説のポケモンは普通のポケモンたちと比較し、極めて強力な生体エネルギーを発しているため。
それは離れていても感知できるほどの強さ。故に一度遭遇さえしてしまえば、図鑑の優れた性能で所在を確認し、追跡することが可能となるのだという。


花陽「そんな図鑑の機能を利用して、真姫ちゃんと真姫ちゃんのお父さんが開発したのがこの伝説チェイサーなんですっ!」

穂乃果「おおっ!?」

花陽「強いエネルギーを感知して、伝説のポケモンがいそうな場所をこの地図に表示してくれるの。
だから今、このミカボシ山に伝説のポケモンがいるんじゃないかなあ…?って事がわかるんです!」

ことり「すごいっ♪」

穂乃果「さっすが真姫ちゃん!」


パチパチと拍手を送る穂乃果とことり。
花陽は友人を褒められ、なんとも嬉しそうに笑っている。凛と同じく友達思い。
真姫はそんな二人の誠実な人柄と実力を信頼し、いざという時のために二人へと“伝説チェイサー”を託していたのだ。

さて、ことり。
今のところ食事に釣られただけの穂乃果とは違い、企みを秘めている。

365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 05:59:55.28 ID:ha7ZcpN9o
ことりの中に友達思いの優しさは残されたままだが、しかしそれと同じくらいに力を求める心も育ってしまっている。
ドラゴンタイプに拘りを持っていることりだが、しかし“伝説”という存在は魅力的だ。

それを保護しようという花陽に同行してこそいるが、その内心は虎視眈々。


ことり(ごめんね、花陽ちゃん。伝説のポケモンがいたら…ことりが捕まえちゃうかも)


と、そこへ穂乃果。
急に歩み寄ってきたかと思えば、ぐいっと顔を近付ける!


穂乃果「ことりちゃん、なんか隠し事してない?」

ことり「ぴいいっ!!?」


唐突な問いは核心。思わず悲鳴が漏れる!
ことりのそんな反応により疑いを深めたのか、穂乃果はより視線鋭くことりの顔を覗き込んでくる。


穂乃果「なーんかこう、企みムードっていうか、ううん…」

ことり「な、な、なんでもないよぉ…?」

穂乃果「あ!わかった!」

ことり「チュンッ!!!」

穂乃果「フッフッフ…おやつを隠してるね!」


ビシッと指差したのはことりのカバン。穂乃果の読みはまるで的外れ!

伝説を狙っていることを看破されたわけではなかった。
ことりは小さく安堵の息を吐き、カバンの中から小袋のクッキーを穂乃果へと手渡した。

366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:00:24.88 ID:ha7ZcpN9o
ことり「うふふ、ばれちゃったかぁ…はい、花陽ちゃんもどうぞ♪」

花陽「いいの?ありがとう♪」

穂乃果「わぁい!クッキーだ!」


穂乃果は大喜びでクッキーを頬張っていて、花陽はぱあっと笑みを咲かせて嬉しそうに口に運んでいる。

一つ年下、花陽は容姿も人柄もほんわかと可愛らしく、ことりから見てとびきりに好感の持てる少女だ。
そんな子を利用している事が心苦しい。…が、今はやむなし。

ことりは自分もクッキーを齧りつつ、ちらりと穂乃果の横顔を盗み見る。


ことり(ほ、穂乃果ちゃん、昔からたまに勘がいい時があったけど…旅ですごく進化してる…)

穂乃果「ふふふ、穂乃果はことりちゃんのことが大好きだからね、騙そうとしてもわかっちゃうよ!」

ことり(あっでも穂乃果ちゃんが大好きって、うふふ、幸せぇ…)


友愛の白と暴虐の黒。入り混じり灰色。
そんなことりの存在が事態を掻き乱していくことを、三人はまだ知らない。

367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:01:33.50 ID:ha7ZcpN9o



ロクノシティ刑務所。

外界で繰り広げられている喧騒が嘘のように、施設内は静寂のヴェールに包み込まれている。
一般の拘置所や刑務所とは異なり、重犯罪者ばかりを捕らえておくための施設。
その牢の多くは独房であり、収容効率などを度外視した堅牢なる鋼鉄のマンション。

オハラタワーテロなどで逮捕されたアライズ団の構成員たちは、皆ひとまとめにこの中に囚われている。
それは戦闘員の中では名の知れていた鹿角聖良も同様。
また、先日逮捕されたばかりの綺羅ツバサはこの刑務所の最下層に収監されている。

ひとところに集めてしまえば残党が囚われたメンバーを、特にリーダーのツバサを奪還しにくる危険性が考えられる。
だが、警察はむしろそれを踏まえ、敢えてアライズ団を一箇所にまとめて収監している。

ロクノシティ刑務所の警備体制は凄絶なまでの厳重、許可がなければ蟻の子一匹入り込むことはできない。
物資や食料の搬入業者も立ち入る人間は事前に登録を済ませる必要があり、虹彩、声紋、指紋の三センサーに門番による顔確認、四段階の多重確認が毎回行われる。
映画やドラマで見かけるような、業者の衣服だけを奪って内部に潜入するなんて大立ち回りは確実に不可能だ。

仮に統堂英玲奈や優木あんじゅがその全兵力を率いて外部からの正面突破を試みるとして、どれくらいの戦力があれはそれは可能だろうか?
ざっと算じて…テッカグヤが20体、プラス、フェローチェを20体。それくらいの戦力を擁して初めて可能性が見えてくる。つまり、まるで現実的でない。

368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:03:29.86 ID:ha7ZcpN9o
そんな刑務所の中、鹿角聖良は窓なき部屋の天井を見上げ、静かに思考に意識を傾けている。

独房ではなく殺風景な一室、机を挟んで聴取人。
あくまで粛々と、確認のために何日も何日も幾度も幾度も同じ問いを繰り返される。そんな一種の拷問めいた取り調べの最中だ。


Q.【洗頭】が人にも作用するものだと理解していたか。

聖良「知っていましたよ。だからどうだと言うんです?人への作用は洗脳ではなくあくまで廃人化。それくらいの事は他の薬剤で、もっと安価に可能。
人に使う輩がいたとして、それはよっぽどの狂人でしょうね」


Q.薬剤に利用されているウツロイドの個体を目にした事はあるか。

聖良「ノーコメントです。何度聞かれても」


Q.洗頭へと加入したのはいつか。

聖良「さあ、正確にはいつだったか。両親が事業を失敗して首を括り、路頭に迷いかけた私たちへ、シンオウから国内へと進出したばかりのツバサさんが声を掛けてくださった。
ほんの偶然、気まぐれでしょうね。けれど私たちには悪の華を咲かせるあの方たちが、どんなスターよりも輝いて…アイドルのように見えたんです」


Q.今までに殺害した人数は。

聖良「本当に同じ質問ばかり。そちらも飽きるでしょう?…ゼロ。と言ってみても信じませんよね。
直接なら片手ほど。間接的に殺めたのも合わせれば、両手で数えて少し足りない程度。
ただ、それは全て私が。妹はまだ人を殺めたことはありません」

369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:04:19.02 ID:ha7ZcpN9o
言葉を切り、聖良の瞳はその頑なさから、少し印象を違えている。

妹、理亞を想う。
自らを犠牲にしてまで逃した妹の姿を思い浮かべ、静かに微笑を浮かべる。


聖良「理亞は…気の毒な子です。アライズ団に加入した時、私よりもまだ幼かった。フフ、妹だから当然ですが」

聖良「あの子は善悪の物差しを持てていない。私の後を追って、“姉さまはすごくすごいんだ”と慕ってくれているだけ。
もし、叶うなら…あの子には、闇から足を洗って貰いたい」


失言でした。

そんな調子の微笑を浮かべ、聖良は言葉を切って、瞳を閉じる。

年の割に大人びた口調、声色。
問いを重ねる男は、彼女が妹を守るために経てきた苦労の色をそこに見て取る。
だからと言って優しく接することはない。何かが変わるわけではないが…
ただその人生は気の毒なものだと、微かに思う。

……ふと。
聖良は思い出したように、もう一言を紡ぐ。


聖良「それと、もう一つ叶うなら。…高坂穂乃果ともう一度戦ってみたいですね。
あの炎、あの瞳。敵であれ、私は惹きつけられていた。彼女もまた、ツバサさんとは別の…」


“アイドル”。

聖良はそれきり口を閉ざし、質問者の言葉に反応を示さなくなる。
聴取は終わり。彼女の身は再び独房、薄闇の中へ。

しかし…彼女の命運もまた、未だその扉を閉ざしてはいない。

370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:04:46.32 ID:ha7ZcpN9o



ブブブ…と羽音。
砂塵を巻き上げつつ低空、トンボめいた姿の緑竜がハチノタウンの軒先をすり抜ける。
背の翼で左右上下に小刻み、器用に町中を飛んでみせ、やがて民宿の庭先で羽ばたきを留める。
黒髪、ツインテールの前にぴたりと滞空。伸ばされた手を受け入れ、頭を撫でられて嬉しげだ。


にこ「ん、お疲れフライゴン。ミカボシ山の様子はどう?」

『フリャ』


緑の体、にこが撫でているのは手持ちの一匹、フライゴン。
にこの手持ちでは貴重な航空戦力として、幾度もの場数を共に乗り越えてきた相棒のうち一匹。

虫のような外見だがドラゴンタイプ。
同タイプの中で劣っていると誹りを受けることもあるポケモンだが、簡単な偵察指示なら単独でこなしてきてくれる程度に賢く、性格が良い。

それににこは、この愛嬌のある緑竜に何故だかシンパシーめいたものを感じてしまうのだ。
一仕事お疲れ様とポロックを与えつつ、にこは労うようにポツリと呟く。


にこ「よしよし、アンタもにこも持たざる者。これからも根性で乗り切ってかなきゃね」

絵里「持たざる者…?まさか、にこ…」

にこ「何よ絵里、いたの…って、悲しそうな目でにこの胸元を見んじゃないわよ!!!」

371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:05:54.19 ID:ha7ZcpN9o
ポカリと殴りつけ、「痛いわにこ!」と抗議の声。
そんな二人を呆れ調子で眺める真姫、その肩がちょいちょいと叩かれる。


「ふっふっふ、かわいいお嬢さん。今晩一緒に晩ごはんはいかがですかぁ?」

真姫「何ですか。気安く触らないで…」


ぷにっと、振り返った真姫の頬に指が刺さる。
すらりと長く優しげな指先、にこにこと笑みを浮かべるその指の主は久々の再会!


真姫「ことりっ!?」

ことり「うふふ、久しぶりだね真姫ちゃん♪」

花陽「あ、真姫ちゃん♪久しぶり!」

穂乃果「絵里ちゃんとにこちゃんもいる!」


三人ぞろぞろ、花陽チームのご帰還だ。
背のカゴにたっぷりの秋の味覚を詰め込み、何故この民宿に現れたのかといえばここが花陽の家だから。
民宿小泉、食べログのアベレージは3.57。食事の美味しさに抜群の定評のある人気旅館!

と、そこへさらに三人。


海未「おや、穂乃果にことりもお揃いで」

凛「わあ!かよちんすごい!栗とかいっぱいだね!」

花陽「えへへ、穂乃果ちゃんとことりちゃんに手伝ってもらったからいっぱい獲れたんだぁ」

絵里「希ぃ、私を置いてどこで遊んでたの…」

希「ええ、半日やん。そんな捨てられた子犬みたいな目をされても…よしよし」

にこ「次から次にぞろぞろと…急に騒がしくなったわね」

372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:06:21.84 ID:ha7ZcpN9o
凛と花陽は家族ぐるみの付き合いだ。
日頃から民宿小泉へは実家その2とばかり気軽に出入りしていて、それが今日は海未の宿の便宜も図らなくてはならない。

となれば、普通の一軒家な星空家よりは小泉家に連れてくるのが妥当。
希は希で絵里たちと同室、元々こちらに宿を取っているのだからなおさらだ。

優しげな女将、花陽の母親に宿泊の受付を済ませ、穂乃果たちはお友達料金でと相当額の値引きを受けての宿泊だ。…と、言うよりほんの雑費だけでタダ同然。

海未やことりは申し訳ないと固辞しかけたのだが、その横で輝く満面の笑み。


穂乃果「いいの!?ありがとうございます!!」


と言うことで値引き成立。
にこたちの隣室に荷物をどさり、穂乃果、ことり、海未は同室での宿泊と相成った。


凛「ちなみに凛はかよちんの部屋~!」

ことり「うふふ、仲良しなんだね♪」

海未「花陽、この栗はどこへ運びましょう?せめてお手伝いはさせていただかなくては…」

花陽「あ、ごめんね海未ちゃん。宿泊客の人たちのお夕飯に使うから、そっちの厨房の入り口に置いてくれれば大丈夫だよ」

絵里「見て穂乃果!露天風呂がすごいのよ!」

穂乃果「ほんとだ!早く入りたいなー!」

真姫(絵里、遊び相手ができてよかったわね…)

373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:07:41.10 ID:ha7ZcpN9o
夕暮れの露天風呂。
まだ宿泊客たちで混み合わないうちにと、穂乃果ら九人は早々に乳白色の湯に肩を並べている。
年頃の女子が大勢集えば、聞こえてくるのはなんとも華やかな会話の数々。


ことり「わぁぁっ、絵里ちゃんおっきい~♪」

穂乃果「うわっほんとだ!絵里ちゃんの大きい!」

絵里「ちょ、ちょっとことり、触ったらくすぐったい…なんだか手付きが…」

海未「ですが、本当に見事なものです。私も触ってみてもいいでしょうか?」

絵里「ええっ、海未まで…もう、少しだけよ」

海未「これは…なるほど、大きさだけでなく、柔らかくしなやか…」

真姫「やっぱり、ロシアの血のおかげじゃないかしら。クォーターでも日本人よりは優れてるみたいね」

海未「ふむ…これは…ふむ…」

絵里「う、海未!触りすぎよ?」

海未「す、すみません。しかし、心から見事だと思いまして。絵里の…上腕二頭筋は!!」

穂乃果「カッチカチだね!!」


穂乃果、海未、ことりに真姫。
修羅場をくぐっているオトノキタウン組は、初めて目にする絵里の裸体、その強固かつしなやかに鍛え上げられた肉体に夢中になっている。

374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:08:31.54 ID:ha7ZcpN9o
ことり「僧帽筋もすご~い!格闘選手みたいでかっこいいっ♪」

絵里「システマはある程度使えるように訓練しているから、それでかしら」

海未「私もそれなりに鍛えてはいるのですが、なかなか筋肉が太くなってくれないのです」

真姫「それはもう体質ね。海未だって引き締まってはいるわよ。ほら、大腿四頭筋なんて鋼みたいじゃない」

絵里「ふふっ、なかなか」

穂乃果「ご立派な筋肉で」

ことり「すべすべでしなやか…♪」

海未「ひゃあっ!くすくったいですよ三人とも!」


和気藹々、筋骨隆々。
そんな五人を見つめながら、凛と花陽はなんとも言えない表情を浮かべている。
なにやら夢を打ち砕かれたような面持ち、ぽかんと口を開いてにこと希へ問いかける。


凛「ねえ、希ちゃん、にこちゃん。女の子大勢でお風呂って、凛はもっと、もっとこう…」

にこ「……言わんとしてることはわかるわよ」

花陽「き、筋肉トーク…みんな強そう…」

希「凛ちゃん花陽ちゃん、覚えとき。どんな世界でも上を目指せば目指すほど、色気って失われてくもんなんよ…」

花陽「ピャァァ…」

凛「はぁ…そういうにこちゃんも引き締まってるよねー」

にこ「そうそう、胸筋の辺りが…ってうっさい!!」

希(芸人やなぁ…)

375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:09:07.43 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「おおおおおぉぉぉ……!!!」


嘆息めいて歓声。
風呂上がり、浴衣姿の穂乃果は並べられた豪華な夕食に思わず目を丸くしている。

秋野菜と地魚の天ぷら、豚と野菜のせいろ蒸し、一人ずつの小鍋では上等な牛肉が温められていて、他にも色鮮やかな小鉢の数々、新鮮な刺身など多種多様。
そして何より見るべきは、おひつからよそって食べるほかほかの栗ごはん!
漆塗りの蓋を開ければ秋の新米、艶めく白。その中に輝く黄金の栗。それは王宮の宝物庫にも劣らぬ光輝!

名前は花陽、花より団子、食べるの大好き小泉花陽。
そのルーツは料理上手な花陽の母にあり!!

…というわけで、穂乃果はもう一度「うおおお…」と鈍く唸る。
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:10:04.09 ID:ha7ZcpN9o
トレーナー旅というのは概して、食生活が貧相になりがちだ。
街にいるときはポケモンセンター界隈にトレーナー割引の効く安価な食堂が集まっていたりするものだが、旅路の最中は携帯食や小さな商店で買ったカップラーメンだとか、そんなものばかり。
まして穂乃果のパーティはリザードン、リングマ、さらにはガチゴラスと大飯食らいが多く、食費がかさんでかさんで仕方がない。


穂乃果「勝負に勝ったらお金はいいから食糧分けて!!」


そんなひもじい台詞を見知らぬトレーナーたちに何度掛けたことか。
普通の食事ならいざ知らず、ここまで明確に“ご馳走”と呼べる食事は本当に久しぶり。


穂乃果(オハラタワーのパーティー以来じゃないかな…ううっ!)


内心にそんなことを考えている。
実際は各地で真姫とニアミスした時にそれなりの食事を奢ってもらったりしているのだが、それはともかく。
穂乃果はそれほど豊富でない語彙で、にこにこと微笑んでいる花陽ママと花陽へ感謝と賞賛を述べようとするのだが、その感動をうまく言い表せない。
難しい顔で頭を捻り、思考の果てに捻り出した言葉は…


穂乃果「こ、この鍋の火のやつ!修学旅行みたいですごい!」

真姫「散々唸って褒めるところが固形燃料って…」

377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:10:53.59 ID:ha7ZcpN9o
絵里や希からの申し出で、九人は絵里たちが泊まっている一室に御膳を並べている。
チャンピオン、四天王、ポケモン博士に国際警察。
面子が面子、泊まっている部屋はかなり広いのだ。
風呂上がりのほのぼのとした雰囲気、食事も絶品とくれば自然と会話は弾む。


凛「んー!やっぱりかよちんのお母さんの料理は最高だにゃー!」

真姫「本当。とっても美味しい」

花陽「えへへ…色々おいしいもの食べてる真姫ちゃんにも褒めてもらえると嬉しいな。お母さんに伝えておくね」

希「お肉もお魚もあって至れり尽くせりやね。ウチもエリチも普段の食事には飽き飽きしてるから嬉しいなぁ」

穂乃果「普段…そういえばチャンピオンとか四天王って、食事もだし、戦ってない時は何してるの?」

海未「それは私も気になります。ポケモンリーグは人里離れたところに位置していますよね。ふらっと街に降りるにも不便そうですが…」


穂乃果と海未、二人揃って興味津々の問い。
絵里と希は顔を見合わせ、そんな二人の様子に思わず小さく笑みを交わす。

チャンピオンや四天王の普段の過ごし方が気になる。
そんな疑問がすっと湧いてくるのは、自分たちがいずれその場に立つことを目指しているからこそ。

トレーナーの旅路は険しい。
バッジ集めの道のりの厳しさに、あるいは才能の欠如に打ちのめされて道を諦める者も少なくない。
挫折したトレーナーたちの受け皿がないことが社会問題と化しているほど。

そんな中で穂乃果と海未がバッジを7つまで集め、未だ上を目指す瞳の煌めきを失わずにいてくれている。
それは絵里と希にとって、心から喜ばしいことだったのだ。


希「裏手に居住スペースがあるんよ。何もない時は私室か、専用サロンで過ごしてるかな」

絵里「サロンは24時間利用できて、無料で食事もできるのよ」

花陽「ごはんは美味しいですか!?」

にこ「うおっ食いついた…」

絵里「うーん、味は悪くないと思うんだけど…基本的には同じメニューが限られてるからどうしても飽きちゃうわね。希なんて最近はうどんかカレーとサラダでローテーションしてるもの」

希「その二つはまあ、悪くないんよね」

花陽「そんなぁ…毎日の食事に飽きちゃったら何を楽しみにすれば…」

穂乃果「ううん…チャンピオン目指すのやめよっかな…」

ことり「ほ、穂乃果ちゃん、ご飯を理由に諦めちゃダメだよ…」


378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:11:23.11 ID:ha7ZcpN9o
経歴も立場も九人九色。
質問されて答え、旅路の小話を少々、仕事柄のネタを披露。
そんな繰り返しでエピソードが尽きることはない。
会話をしながらのゆっくりとした食事の時間が流れていく。

その間にも扉を隔てて廊下では、仲居さんたちが忙しなく行き交う足音が聞こえている。
秋のハチノタウンは観光シーズン、宿泊客も多く、忙しいのだろうなとことりは気がかりだ。


ことり「花陽ちゃん、ことりたちが急に泊まっちゃって本当に迷惑じゃなかったかなぁ。お代金もちゃんと払ってないし…」

花陽「あ、ううん!本当に気にしなくていいんだよ」

海未「立派なお部屋に気持ちの良いお風呂に、こんなに美味しい食事まで頂いてしまって…観光シーズンですし、些か心苦しいのですが」

花陽「えっと、実はこれでも、この時期にしては忙しくない方なんだ」

穂乃果「ええっ、そうなの?」

花陽「アライザーの人がたくさんいて、ミカボシ山に入りにくくなってるから…」

379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:12:15.89 ID:ha7ZcpN9o
花陽曰く、ハチノタウンはアライザーたちの横行により打撃を受けているのだという。
それは治安の悪化だけでない。
産業の少ない田舎町であるハチノタウン、その収入を大きく支えているのは観光だ。

ミカボシ山の紅葉はそれを支える大きな観光資源であり、その山に入れないとなれば必然客足は減ってしまう。

それでも民宿小泉は食事と温泉という柱があるおかげで持ち堪えている方だが、町全体での損失は看過できないほどに大きいのだ。


花陽「予約のキャンセルとかもあって、ちょうど部屋が余ってて。用意してたお食事も無駄にしちゃうところだったから、みんなに食べてもらえて良かったな…えへへ」

ことり「そっか…言われてみれば、旅行雑誌とかだとこの時期のハチノはもっと人で混み合うって書いてあるよね」

穂乃果「そんな事情があったんだね…よし、食べ物を粗末にしないために頑張らなきゃ。海未ちゃん!そのお肉食べないなら穂乃果がもらうよ!」

海未「あっ、これは最後の一口に取ってあるのです!!!」

絵里「海未、その柿いらないなら私がもらおうかしら?」

海未「それはデザートに食べるために残してあるのですっ!!!」

真姫「やめなさいよみっともない…」

380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:13:57.37 ID:ha7ZcpN9o
もちろん、この町で暮らしているのは星空家も同じこと。
わいわいと騒ぐ穂乃果たちを楽しげに見つめながら、凛の顔はふっと寂しげな色を宿す。


凛「凛の家も観光に来たお客さん向けのお土産物屋さんをやってるけど、今年は暇なんだよね」

にこ「土産物屋なんかはモロに煽りを受けそうね…」

凛「そうなんだー。団体さんから予約があれば観光ガイドもやってるのに、今年は全然にゃ…」

にこ「せっかく捕まえたのに、なかなか影響力が消えてくれないわね。綺羅ツバサ」

希「そればっかりは時間の経過を待つしかないやろね…悪党は根気強く捕まえてくとして」

にこ「ったく…忌々しいわねぇ」

ことり(アライザー…)

381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:14:31.78 ID:ha7ZcpN9o
やがて、小一時間が過ぎた。

全員の膳が綺麗に空になっている。
風呂上がり、空腹が満たされたとなれば、それぞれ一日の疲れに眠気が少しずつ顔を覗かせる。
特に普段はインドア派の真姫はうつらうつらとまばたきが増えていて、そんな様子を目にした凛と花陽が真姫の袖を引いている。


凛「真姫ちゃんも凛たちと一緒に寝ようよー!」

花陽「私も真姫ちゃんと一緒がいいなぁ」

真姫「ヴェッ…そ、そこまで言うなら一緒に寝てあげないこともないけど…」


そんな調子の年下組を微笑ましく眺める六人。
さっきまでよりはペースを落としつつも、会話は交わされ続けている。

穂乃果、海未、ことり。
久々の再会に、幼馴染三人での会話もまた楽しい。


海未「そういえば、千歌や黒澤姉妹とすれ違いましたよ。千歌とルビィの修行だそうで、山中にキャンプ泊をするそうです」

穂乃果「へー!久しぶりに千歌ちゃんたちと会いたいなぁ…町にいたら一緒に晩ごはん食べられたのに」

ことり「ルビィちゃんかぁ…懐かしいな。久しぶりに会ってお話したいな」

海未「ああ、ことりはルビィと仲良くなっていたのでしたね。ふふ…確かに雰囲気が合うような気もします」

ことり「一緒に泊まれたらよかったのにね。でも、部屋が足りなかったかなぁ」

穂乃果「あ、部屋といえば」

ことり「穂乃果ちゃん?」


ポンと手を打ち、何かを思い出した様子の穂乃果。
にやりといたずらな笑みを浮かべ、いじってやろうとばかり、くるりとにこへ顔を向ける。

382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:15:19.06 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「にこちゃんさっき部屋を思いっきり間違えてたよね!」

にこ「な、何よ急に」

穂乃果「穂乃果たちの部屋から出てきたとこでバッタリ会ったんだよね~、いくら穂乃果とのサウナ勝負でのぼせて先に上がったからって部屋を間違ったらダメだよにこちゃん」

希「ええ、気を付けんといかんよにこっち。それにこっちが刑事さんやなかったら危うく泥棒騒ぎやん」

にこ「し、仕方ないでしょ。アンタたちが鍵を掛け忘れてくのも悪いのよ」

海未「ははあ、部屋を…」


違和感。

鍵を掛け忘れていった?そうだっただろうか。
海未は記憶を手繰る。

部屋で食事ができるこの手の民宿では、夕食を準備してもらうために部屋の鍵を開けておくものだ。

ただ、絵里たちの部屋で食事を誘われたのは入浴よりも前だった。
なので、鍵は掛けたはずなのだ。
穂乃果はいかにも施錠を忘れそうなので、海未がきっちりと鍵を掛けるまでを確認していた。

しかし現実ににこは部屋に入っていたわけで、施錠のやり方に間違いでもあったのだろうか。
否、海未は几帳面な性格だ。ドアノブを回して施錠を確認している。

つまり、にこは何らかの手段で解錠した上でわざわざ海未たちの部屋へと立ち入ったのだ。


海未(何故?)

383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:15:51.62 ID:ha7ZcpN9o
希が言うように、これがにこでなければ窃盗を疑わなければならないところ。
しかし矢澤にこが正義を体現したような優秀な刑事であることを海未は知っていて、ならば別の可能性を考えなくてはならない。


海未(にこは刑事で、刑事が他人の部屋へと立ち入る理由…まさか、私たち三人の誰かを…)


海未はにこを見る。
穂乃果や希に賑やかしくいじられる、間隙。
刑事としての目がことりの横顔へと向けられたのを、海未の鋭敏な感覚は見逃さなかった。

ことりを?
疑って、何故?
そんなはずは…しかし否定できない。庇える要因がない。
ことりが送ってきたこれまでの旅路のほとんどを、海未は知らないのだから。

ことりは花陽たちの会話に混ざっていて、こちらを振り向かない。まるで振り向こうとしない。
にこから浴びせられた視線に気付いていて、それを黙殺しているかのように。

384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:16:18.01 ID:ha7ZcpN9o
ことり、何故ずっとそっちを向いたままなのです?

穂乃果と希がにこをいじり、楽しい会話が繰り広げられているのですよ。

花陽たちとの会話も盛り上がっているのでしょう、それはわかります。

ですがことり、貴女は穂乃果が笑い声を上げていれば必ず振り向く子でしょう?

お願いです、一瞬でいいのです。どうかこちらに視線を。

…どうしてそんなに、頑なに、不自然なまでに…!


海未「ことり…!」

穂乃果「海未ちゃん、伏せて」

海未「えっ?」


━━━破砕、飛散する窓ガラス!


穂乃果に頭を抑えられて屈んだ海未、その真上を掠めるように何かが部屋へと飛び込んできた。
滑空ではなく横滑り。奇妙な軌道で動くそれはうねうねと名状しがたく蠢いていて、誰かが驚きに声を上げようと息を吸う音、それよりも速く絵里が動いている。


絵里「キュウコン、“れいとうビーム”」


表情を弛緩させ、上機嫌にゆるい笑顔を浮かべていた姿が嘘のよう。
絵里の横顔は、チャンピオンとしての威厳と怜悧を取り戻している。
キュウコンの放った蒼白の光線が“何か”を捉え、それは騒動の始まりの合図。
絵里の束の間の休暇が終わりを告げた。

385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:16:44.65 ID:ha7ZcpN9o



少し時を遡り、ミカボシ山の山中。

木々の隙間、拓けた平地にテントが一つ張られている。
そのすぐそばで揺れるオレンジの炎。立ち上る煙と暖かな芳香が、一帯にふわりと立ち込めている。


ダイヤ「ルビィ、千歌さん、できましたわよ!これぞ…黒澤家特製!おみおつけですわ!」

ルビィ「おみそしルビィ!」

千歌「ふわぁ、いい匂いだぁ…」

ダイヤ「こんなこともあろうかと味噌だけは持ち歩いていましたの!」


師弟トリオのキャンプ組。
三人は大自然の中たくましく、持ち運びしやすいキャンプ用の鍋で見事な一品を作り上げている。
その隣ではふつふつと熱され、蒸らしまでをきっちりと済ませた飯盒が。
開ければ新米の甘い香りが鼻をくすぐり、底を返せばおこげが香ばしく色を付けている。なんと担当はルビィ。姉の監督を受けながらではあるが、しっかりと炊飯を完遂!


ダイヤ「はじめチョロチョロ中パッパ、しっかり手順を守れましたわね。偉いですわルビィ~」

ルビィ「えへへぇ…それに、千歌ちゃんのお魚も美味しそう!」

千歌「ふっふっふ、魚釣りなら高海千歌とエテボースにおまかせあれ!器用だから上手に捕まえてくれるんだぁ。ね、エテボース」

『キキッ!』

386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:17:12.51 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「ヤマメだかイワナだか、わたくし詳しくないのでよくわかりませんが…これくらい焼けば大丈夫ですわよね?」

ルビィ「大丈夫じゃないかなぁ…もっと焼いたら真っ黒になっちゃいそう」

千歌「いい匂いがしてきたよ~!ダイヤさんルビィちゃん!早く食べよう食べよう!」

ダイヤ「アニサキスなる寄生虫も熱を通せば死ぬと、果南さんが言っていましたし…ええ、いただくとしましょう!」

ルビィ「わぁい!」

千歌「いただきまぁす!」


白米はふんわりと立っていて、味噌汁は出汁の具合も完璧。魚も少量の塩を擦り付けただけとは思えない絶妙な味わいだ!
いや、実際のところはそこまで完璧ではないのかもしれない。けれど空腹と山のロケーションが味を何倍にも向上させている!

思わず「うまっ!」と叫び、千歌は二人へと満面の笑顔を向ける。


千歌「本当に美味しい!なーんか豪華なご馳走を食べ損ねたような気がしてたけど、これはこれでバツグンだね!」

ダイヤ「そうですわね!ところで豪華なご馳走とはなんですの?」

千歌「あ、いや、なんとなーく」

ルビィ「わぁ、お味噌汁にサツマイモが入ってる!」

ダイヤ「もちろんルビィの好物ですもの。抜かりありませんわ!千歌さんのみかん…は、流石に入れられませんでしたけど」

千歌「あはは…持ってきてるからデザートに食べよ!」


そんな楽しい夕餉の最中、ルビィはふと夜空を見上げている。
故郷のダイイチシティでは見ることのできない満天の星空だ。
いつも漠然と見上げている空も、こうして星々に埋め尽くされているのを目の当たりにすると夜空がイコール宇宙なのだなと実感が湧く。

…というような事を、年齢なりにぼんやりと考えている。

387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:17:45.16 ID:ha7ZcpN9o
ふと、湧いた疑問を口にする。


ルビィ「ねえお姉ちゃん、ミカボシ山ってどういう意味なの?」

ダイヤ「由来ですか?ふふっ、ルビィがそういった事に興味を持つのは珍しいですわね」

ルビィ「うん…なんとなく気になっちゃって」

ダイヤ「喜ばしいことです。由来、わたくしも聞きかじっただけですが、ミカボシというのは天津甕星…星を神格化した神様のことだそうです」

千歌「へー、星かぁ。星が綺麗に見えるもんね、この山」

ダイヤ「そうですわね、それにこの山、星が見えるだけではないんです」

ルビィ「え、だけじゃないって…?」

ダイヤ「実はこの山、隕石がやたらに降ってくる名所でもあるのです。ジムで岩タイプを中心に使っているわたくしとしては、非常に興味深い場所ですわ!」

ルビィ「お姉ちゃん、千歌ちゃん」

ダイヤ「どうかしましたか?」

千歌「なぁに?」

ルビィ「あれ…」


ルビィが指差すのは夜空。
従い、見上げる千歌とダイヤ。そこには一直線、闇から降り注ぐ一筋の火球。


千歌「隕石だ!?」

388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:18:11.87 ID:ha7ZcpN9o
━━━落下。

千歌たちが目にした隕石は、燃え尽きることなく山の中腹へと墜落した。
その衝撃は大きく、千歌たちのキャンプ地へも強い震動が伝わっている。
距離的にはそれほど離れていない位置への落下のようだ。
二人を守る立場のダイヤは怯えることなく、冷静に行動の算段を立てている。


ダイヤ(震動、テントは?)


まず考えたのは寝床の確認。
真夜中にこれが倒れてしまったのでは立て直すのも容易でない。しかし無事。


ダイヤ(火の確保を)


焚き火は問題なく灯っているが、万が一消えてしまえば致命傷。
腰のボールから一匹、ほのお・ゴーストタイプのアローラ産ガラガラを繰り出した。
手にした骨の両端がファイアーダンスのように燃えているため、光源の確保には最適だ。

ちなみにこのガラガラ、アローラ旅行に行っていた鞠莉からのプレゼント。
親友の「アローラ~♪」という気楽な声を思い出し、ダイヤの精神により一層の落ち着きがもたらされる。思考は次へ。


ダイヤ(今の衝撃で野生のポケモンたちが興奮しているかもしれません、警戒を…、…!?)


接近、勘付いてダイヤは叫ぶ。


ダイヤ「千歌さん!ルビィを連れて今すぐ逃げなさい!」

千歌「え、えっ!?」

ルビィ「お、お姉ちゃん!?」

ダイヤ「ここは…私が食い止めます!!」


オレンジと青緑、不気味に蠢く触腕。
浮遊して現れたのは宇宙ウイルスの突然変異、デオキシス。
熟練のトレーナーとしてダイヤが感じ取ったそのレベルは70オーバー。否、80に達している。

およそ意思の読めない瞳にダイヤたちの姿を映し、その右腕を螺旋、鋭利に尖らせ…

急襲!!!

389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:18:58.98 ID:ha7ZcpN9o



にこ「何よ、こいつは…」


キュウコンの冷撃を受け、急襲者はその肢体を凍り付かせて畳の上へと転がっている。
敵の姿を目に、場馴れしているはずのにこが心底から不気味がるように低く呻く。

世界を転戦して様々なポケモンたちを見てきたにこでさえその反応なのだ、他の面々はすっかり面食らい、とりわけ凛と花陽は目を白黒とさせている。

オレンジと青緑で彩られた体。
その姿は草むらや森林に生息するポケモンたちとは明らかに一線を画している。
その腕は二本の触手が相互に絡まったような形状、尖った先端はこの種が敵性のものであると一目に感じ取れる鋭利。

右腕は吹き流しが風にたなびくように、あるいは深海生物やウーズを思わせる動きでウネウネとのたうつ。
キュウコンの前足がそれを踏みつけて押さえているが、その軛さえなければ今にも場に居合わせた面々に害意を向けようとしているのがわかる。


希「ぶ、不気味やね…?」

ことり「………」

海未「っ…」


穂乃果から頭を押し下げられなければ、あるいは海未の首が飛んでいた。
そんな事実にぞっと悪寒を抱きつつ、海未は深呼吸を一つ、努めて平静を保ちながら穂乃果へと声を掛ける。


海未「すみません、助かりました」

穂乃果「ううん、怪我がなくて良かった!それよりこれ、何?」

凛「ポケモン…なの?」

希「真姫ちゃん、何か知ってる?」

真姫「……ええ、見るのは初めてだけど、これはデオキシス。エスパータイプのポケモンよ。
ホウエンの隕石騒ぎで確認されたポケモンだけど、地上で見つかったケースはこれが初めてのはず。別個体がいたのね」

凛「で、でお?」

真姫「宇宙人みたいなもの。ポケモンではあるけど」

花陽「宇宙人なのぉ!!?」

390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:19:29.02 ID:ha7ZcpN9o
花陽が大声を上げて驚きを表すが、他のメンバーもそれは同様。
宇宙人、そんなポケモンがどうしてここに?


にこ「……ま、なんだろうがやることは一つよね」


そんな不測の事態に先んじて適応を見せるのはやはり年上組。
にこが鞄からハイパーボールを取り出し、「ん」と一声掛けて絵里に投げる。
絵里は少し考えて目配せ一つ、それを希に手渡した。


絵里「エスパーなら希に任せましょう。何にせよポケモンなら、一旦捕まえて後のことを考えればいい」

希「ん、了解。えいっ」


希が投じたボールがデオキシスにコツンとぶつかった。ダメージを受けて凍っているなら問題なく捕獲できるだろう。
誰もがそう思ったのだが、しかし否。


穂乃果「え、あれ!?」

にこ「はぁ!?ちょ、デオキシスはどこ行ったのよ!」

ことり「消え、た…?」


そう、ボールがぶつかった瞬間にデオキシスの体が揺らぎ、まるで影であるかのように消失してしまったのだ。
にこは眉を顰め、希は首を傾げ、絵里は室内を油断なく見回す。が、気配はどこにもない。


海未「“かげぶんしん”でしょうか?」

にこ「いや、ならキュウコンの攻撃は当たんないはずよ。ったく、なんだってのよ…」

真姫「仮説があるわ。ホウエンに現れた個体は成層圏で捕獲されたから能力を発現させなかったけれど、デオキシスは実体のある分身を作り出せるんじゃないかって」

海未「実体のある分身、ですか…」

真姫「今のを見る限り、その仮説は正しかったみたい。想定されてたよりスペックは高そうだけど…今は仮称で、分身体をデオキシスシャドーと呼びましょう」

凛「な、なんかややこしいよ…!」

穂乃果「えっと、じゃあデオキシスの本体はどこか近くにいるってこと?」

真姫「ええ、そのはずよ。凛か花陽、“伝説チェイサー”は?」

花陽「ええっと…あっ、ミカボシ山の中に強い反応が出てるよ!」

真姫「そこにデオキシスの本体がいるはずよ。そして分身の仮説が正しいなら、シャドーは一体じゃなくて…」

391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:20:32.32 ID:ha7ZcpN9o
「キャアアア!!!」

民宿の中に悲鳴が響き渡る!その声はすぐそばの廊下から!
扉に近い位置にいた凛が真っ先に反応して飛び出し、その直後を海未が追う。

よく磨かれた廊下に片付け途中の膳が散らばっている。仲居の女性が倒れていて、伸びるデオキシスの尖腕、飛んだ鮮血!

惨劇か…
海未は悔悟に眩みを覚えるが、しかしよく見ればデオキシスの腕は女性の肩を抉っただけ。
凛が繰り出したズルズキンが間一髪、腕を叩いて軌道を逸らしていたのだ。


海未「流石です、凛!」

凛「海未ちゃんっ、コイツやっつけちゃお!」

海未「無論。行きますよ、ゲッコウガ!」


凛のズルズキンはトトン、トトンと小刻みなステップ、からの突進!
デオキシスへと“いかりのまえば”を突き立てる!

応じ、デオキシスはサイコキネシスを発動させている。
波打つ力の波動、廊下の床板が剥がれ飛んでいく!

だが悪タイプの二匹はエスパータイプへの耐性持ち。怯むことなく念動波の中を駆け回っていく。
海未は仲居の女性を抱え、凛と廊下の角に身を隠すことでその一波をやり過ごす。
ズルズキンの猛烈な顎撃で体力をごっそりと奪っていて、そこへゲッコウガがするりと滑り込んでいる。


海未「“あくのはどう”!」

『ゲッコ!!』


黒色のエネルギー体を収束、掌底の要領でデオキシスの胴体を撃ち抜く!

技の分類はゲッコウガに適性の高い特殊技。
しかしながら海未が直感的に指示を下しやすいよう、近接技の要領で叩き込めるように修練を積んできた。
必倒の一打がデオキシスを吹き飛ばし、廊下の奥へと転がって影のように掻き消える。

392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:21:02.97 ID:ha7ZcpN9o
凛「うん!やっぱり海未ちゃんは強いにゃ!」

海未「ええ、凛も!しかし、今のもシャドーですか…」

真姫「海未、凛、大丈夫?」


廊下は狭く、大勢で戦えば足を引っ張り合いかねない。
そのため様子を見ていた真姫たちから声を掛けられ、海未と凛は駆け寄ってきた従業員へと負傷した女性を託して室内へと駆け戻る。

室内ではテレビの画面が灯されていて、全員が齧りつくようにそこへ目を向けている。
中継画面にはミカボシ山の様子が映し出されていて、中腹の森林に小規模なクレーターが生じているのが海未の目に留まる。


海未「これは?」

希「ついさっき隕石が落ちたんやって。そこそこの規模だったみたいで、ロクノシティのテレビ局がもう中継ヘリを飛ばしてるんよ」

海未「ふむ、隕石が…気付きませんでしたね」

穂乃果「みんなで喋ってたからかな?」

希「この辺りは地盤が頑丈やから、町の方までは強い震動が届かんかったのかもね。それより…」

真姫「見て、デオキシスが大量に」

393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:21:34.26 ID:ha7ZcpN9o
上空からのテレビ中継、その画面にはクレーター近辺を飛び回る大量のデオキシスの姿を捉えている。
中継しているアナウンサーはそれが何なのかを理解できていない。

「謎の生物が!いえ、生物なのでしょうか?謎の浮遊体が飛び交っています!」

と、そう連呼するばかり。

そんなヘリ、中継カメラの面前に現れるデオキシス!
まるで物理法則を無視した挙動で滑るようにカメラの前へと飛び寄ると、スタッフたちが慌てた声をあげると同時、腕先をサイコキネシスに発光させる。

天地が反転する中継画面!
ぐらりと酔いそうな勢いで画面が揺れ、スタッフたちの絶叫と共に地面が迫り…そこで中継は途切れた。


にこ「……今のが中継されてたのはまずいわね、パニックになりかねない」

穂乃果「早く捕まえるかやっつけるかしないと!」

花陽「真姫ちゃん、あのデオキシスが、ミカボシ山に出る伝説のポケモンなのかな…?」

394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:22:05.03 ID:ha7ZcpN9o
凛と花陽、二人は憧れてきた伝説のポケモンが人に害を為す存在だったことに落胆を隠せずにいる。
真姫は友達のそんな顔を目に複雑な表情を浮かべ、俯き加減に口を開く。


真姫「ミカボシ…天津甕星はまつろわぬ神。悪神とされる神なの。
ポケモンがポケモンと定義されるより昔、隕石が落ちやすいこの山にデオキシスが出て、暴れたことがあったのかもしれない。
それを星の悪神になぞらえて、ミカボシ山って…」

希「なるほどなぁ…」


由来に頷き、しかしゆったりとはしていられない。
屋外から散発的に悲鳴が聞こえてくる。町中に続々とデオキシスが流入しつつあるのだ。
それだけではない、他のポケモンの声や罵声じみた人間の声が聞こえてくる。
窓の外を見たにこが苦々しげな表情で口を開く。


にこ「パニックに乗じてアライザーまで暴れ始めてるわね…」

希「早くなんとかせんとね。エリチ、戦力を分けよ。ウチはさっきまでの通り、海未ちゃんと凛ちゃんを連れて山に向かうよ」

絵里「ええ、私たちは町に入り込んだデオキシスやアライザーを処理するわ。穂乃果たちも山に向かってくれるかしら?」

穂乃果「うん、わかった!」

海未「千歌たちも心配です、探さなければ。私たちと穂乃果たちはそのままのチーム分けで二手に別れましょう」

ことり「穂乃果ちゃん、花陽ちゃん、行こっ!」


手早くそれぞれのやるべきことを確認し、海未たちと穂乃果たちはそれぞれ山へと向けて駆け出す。
昼の疲労は抜けていないが、今はそうも言っていられない。
騒然とする町中を走り抜けながら、二つのチームはそれぞれ別のルートで山へと向かう。
千歌たちがどちらのルートで逃げてきていても合流できるようにだ。

真っ先に穂乃果と花陽の腕を引いたことり。
その姿はまるでにこから距離を離そうとしているかのようで、海未の胸中に疑念は募り続けている。
しかし顔を左右に振り、暗澹とした思考を振り払う。


海未(いえ、今考えるべき事ではありません。穂乃果、ことり、花陽、どうか気を付けて!)

395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:23:11.91 ID:ha7ZcpN9o



ダイヤ「はぁっ、はぁっ…!」


抉れた大地、根こそぎ抜かれて薙ぎ倒された木々。
夜の山は不気味な静寂に包まれていて、ダイヤは木陰に腰を落として荒れた呼吸を整えている。


ダイヤ(千歌さん、上手く逃げてくれましたでしょうか…あのポケモンの分身が蔓延っていますが…)


胸の動悸は激しい戦闘の負荷だけではない。
愛妹と愛弟子、二人が無事かと思案するほど、嫌な想像に胸がキリキリと痛む。
ルビィが大切なのはもちろんのこと、ダイヤさんダイヤさんと慕ってくれ、ルビィと仲良くしてくれている千歌もまたダイヤにとって大切な存在。
どうか無事に逃げ果せてと願い…


ダイヤ(そのためには、私がまだ舞わなくては)


抑える脇腹、そこからは鮮血が溢れ出している。
デオキシスが炸裂させた地面、礫弾のように弾かれた小石が腹部へと穴を穿ったのだ。

即死するほどの傷ではない。
だが呼吸に苦痛が走り、動こうと身を捻れば響く苦悶。
腰のボールは残り三つ。
ガラガラとラランテスが既に撃破されていて、展開しているエンペルトは深手を負っている。

396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:23:46.43 ID:ha7ZcpN9o
募る焦燥、しかし深呼吸。
心配そうに振り向いたエンペルトににっこりと笑いかけ、少しでも頭を回せと肺いっぱいに酸素を取り込む。


ダイヤ(あのポケモン、使う技と威力から見るにおそらくはエスパータイプ。
ガラガラのゴースト技、“シャドーボーン”で一打を決めましたが…しかし揺るがず)


火力の高いガラガラの一打が強かに入り、間違いなくダメージを与えたはずだった。
しかし夜陰に紛れられ、再び姿を視認したその時には傷が治っていた。どうやら自己再生を使えるらしい。
ジムリーダーとして研鑽を積んだ超一流のトレーナー、そんなダイヤが圧倒されてしまっている。


ダイヤ(寄れば触腕、距離を離せば地面を覆すほどの念力。しかし幸い、再生を度外視すれば防御性能はそれほど高くないと見えますわ。隙を見て、一気呵成に……)


背後、眼光。


ダイヤ「っ!?」

『キュラロロロ…!』

ダイヤ「かはっ…!」


デオキシスの腕がダイヤの腹部を鋭く突き、細くしなやかなその体がサイコキネシスに抉られた地面をゴロゴロと転がっていく。
血痕が土を黒く染め、『ペルルッ!!』とエンペルトが狼狽の声を上げる。


狩猟者、デオキシスは手応えを確かめるかのように自身の腕を見つめる。
…が、しかしそこに血の跡はない。

全身を打ち付け、地面で擦った頭部からも血を流しながら、ダイヤは闘志を絶やさず立ち上がる。


ダイヤ「まだ…戦えますわよ…!」

397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:24:15.56 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤは手持ちの一匹、ほうせきポケモンのメレシーを腹部に抱えていた。
デオキシスが優先的に狙ってくるのが胴体であることを踏まえ、木陰で様子を伺いながら保険にとボールから出していたのだ。

硬質な体のメレシーはデオキシスが繰り出した腕を弾き、ダイヤのダメージを衝撃に突き飛ばされるだけに留めてみせた。
それでも負傷はますます重く、満身創痍に近い状態。
メレシーは主人の危機に、つぶらな瞳をさらに丸くして案ずるように声を上げる。


『メレッ、メレ!』

ダイヤ「ふふ、大丈夫ですわ…何者かは知りませんけれど、所詮は野生。いつまでも手玉に取られてばかりでは、いられませんわよね…」


気丈に微笑むダイヤ。
そんな姿をデオキシスは無機質に観察していて、何のために人を襲っているのか、その理由はまるで読み取れない。
捕食のためだろうか?あるいは単なる戯れか。
いずれにせよその瞳は未だダイヤを捉え続けていて、今にも再び飛びかかろうと前屈姿勢へ…

ダイヤは離れた位置、デオキシスの後方のエンペルトへと指示を下す!


ダイヤ「エンペルト!“ハイドロポンプ”ですわ!
メレシーは同時に“ステルスロック”を!」

398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:24:42.95 ID:ha7ZcpN9o
指示に応じ、鋼のペンギンは敵対者めがけてありったけの勢いで水圧を叩きつける!
ダイヤが見込んだ通り、デオキシスは防御が脆い。故に回避を試みるが、メレシーが浮かべた大量の浮遊岩がその挙動を阻んでいる。迫るハイドロポンプ!

だがデオキシスはさらなる力の解放を!
全身にサイコエネルギーを漲らせ、それを自らを中心に球形に放出したのだ!!

それはデオキシスの必殺技、“サイコブースト”。
猛烈な勢いの閃光と衝撃波にエンペルトは飲まれ、意識を断たれて吹き飛ばされていく。
ダイヤのボールから伸びた赤光がそれを回収し、残る未開封のボールはあと一つ。

デオキシスは最大火力を発揮した反動か、若干動きが鈍ったような気配がある。
だが、あくまで無機質なその瞳がダイヤを狩るべく焦点を定めた。

対し、ダイヤは血だらけの姿。
その瞳には狩られる者の恐れが…一切宿っていない。

そう、ボールはあと一つ。
突きを受けて転がる最中、ダイヤは既に一体の展開を済ませている!

開閉スイッチを押し、上空へと投げ上げたボール。
そこから猛然、重鋼の巨獣がデオキシスめがけて落下している!!


ダイヤ「ボスゴドラ、“ヘビーボンバー”。…ですわっ!!」


エンペルトとメレシーによる前後からの攻撃はあくまで意識を逸らすための仕込み!
本命の一撃がデオキシスへと直撃!!!

399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:25:10.61 ID:ha7ZcpN9o
『ゴアアアアアッッッ!!!!』

『ルオォオオオォ!!!!』


吠え猛るボスゴドラ、念動力で受け止めようとエネルギーを全開にするデオキシス。
360キロもの体重に落下速度を掛け合わせたその一撃はまさに会心。
物理法則の枠から外れたような挙動を見せる侵略者へ、この上なくシンプルな“質量攻撃”という地球のルールを全力で叩きつけるが如し!


ダイヤ「まだ…倒れるわけにはいきません…!」


失血におぼろげな意識、ダイヤはそれをジムリーダーとしての覚悟で体の軸へと留めて固定。
もう一つの軸は名家黒澤、その長子としての矜持。
プラス、こんな恐ろしい怪物を怖がりなルビィの元へ行かせるものかという姉の愛情!


ダイヤ「そのままっ、押し潰しなさい!!ボスゴドラ!!」

『グゥゥ…オオオオオッ!!!!!』


傷口がさらに開くのにも構わず、上げた決死の叫びはボスゴドラへと最後の一押しを伝達した。
サイコエネルギーによる圧へ、硬度バッチリの頑強な頭部を思い切り振りかぶって叩きつける!


『…!!』


一瞬のほころび、それは一挙の決壊を生む。
形成していた力場が砕け、ボスゴドラの巨体がデオキシスへと叩きつけられた!!!


ダイヤ「……っ、やりましたわ…!」


それは完全なる打倒の一撃!
いくらレベルが上だろうと野生は野生、ジムリーダーとしての実力を完膚なきまでに見せつけ、ダイヤは勝利に拳を握り締める!

400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:25:36.10 ID:ha7ZcpN9o
…が、しかし。
ダイヤは面前の光景に、くらりと目眩に襲われる。
漏れるぼやきは果南の無茶に付き合わされた時のように、鞠莉のジョークに振り回された時のように。


ダイヤ「……ああ、もう…ふざけてますわね」


そこには新たに三体。
より攻撃的なフォルム、防御的なフォルム、速度に特化したフォルムのデオキシスが現れている。

ミカボシ山の地形が形作られてから今に至るまでの気の長くなるような歳月の中、この一帯へと落ちた隕石の数は数え切れないほどに多い。
その無数の隕石のうち幾つかには休眠状態の宇宙ウイルスがこびりついていた。
そこに降った新たな隕石、活動状態のデオキシスの登場が、休眠状態にあった数体のデオキシスを目覚めさせてしまったのだ。

成層圏で食い止めたホウエンとは状況が異なる。
隕石のサイズこそ違えど、故に潜り抜けた脅威がダイヤの前で新たな敵意を蠢かせている。

攻撃性に特化、アタックフォルムのデオキシスが怪腕を伸ばし、ダイヤの両腕を標本のように刺し貫いた。


ダイヤ「……っ…う…」


あまりにも酷な現実だ。
頼みのボスゴドラは防御的な個体、ディフェンスフォルムのデオキシスに受け止められている。
腕を刺され、もう一つのボールには手を伸ばせない。

磔刑とばかりダイヤの体が持ち上げられ、滴る鮮血が服の袖を真っ赤に染めていく。
メレシーは敬愛する主人を助けようと触腕に全力の体当たりを敢行しているが、意に介されていない。

ダイヤの命運は尽きた。

401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:26:25.50 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「ぐ…う…ぁっ…」


骨が、筋が軋んでいる。

デオキシスの腕はダイヤを解体しようと試みるように、徐々に左右へと力を込め始めている。
やろうと思えば一瞬でやれるはず。じわじわと力を強めているのはいたぶろうとしているのか、それともありがちなキャトルミューティレーションのように、地球人の感情を観察しているのか。

絶望的な状況に…ダイヤはそれでも気丈に悲鳴を上げずにいる。
狩猟者たちを睨みつけ、天を仰ぎ、千歌とルビィの無事を祈り…


ダイヤ「ああ、でも。ルビィが成人する姿が見られないのは…まだ、まだルビィと一緒に…果南さんや鞠莉さんと、私は…!」


ルビィの笑顔を思い出して、親友の姿がよぎり、鋼のように固めていたはずのダイヤの心は波立ってしまう。
立場に見合うよう気高く振舞っているが、本質はルビィとそれほど変わらない泣き虫で寂しがり。
こんな場所で、こんな意思があるかも定かでない相手に殺されるだなんて、そんなのは悲しすぎる。

殿軍の役目は果たした。
ジムリーダーとしての力を見せ、一体を退けた。
その上で震える体。
素直な、心からの言葉が涙と共に口から溢れる。それは決して恥ずべきことではない。


ダイヤ「死にたくない…!」


輝き。
強い光が夜の森を薄紅に染め、デオキシスはダイヤを取り落とす。

その光源は一体何か?
わからない。ただ確かなのはボスゴドラの重撃に脆くなった岩盤が砕け、激痛に意識を失ったダイヤが地の底へと落下していく事実。
その後をボスゴドラとメレシーが追って飛び降り、デオキシスたちは顔を見合わせる。


……追わず。


とある要因に攻撃性を高められたデオキシスたちは、山へと立ち入った複数のトレーナーを感知している。
逃げ去った二人組もいる。まず優先すべきはそちらだ。

デオキシスたちは飛び去り…
キャンプ地の残骸だけを残し、森に静寂が戻った。

402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:26:51.87 ID:ha7ZcpN9o



デオキシスシャドーの強さにはばらつきがある。
レベルにしておおよそ30~60の範囲、強い個体ほど数が少ないようだ。

海未、凛、希の三人はすっかり暗くなった登山道を低く飛びながら進んでいく。
それぞれ海未はファイアロー、凛はオンバーン、希はシンボラーと手持ちの飛行ポケモンに背を掴まれながらの移動。

今大切なのは何よりスピード、既に自分の足での登山を楽しんでいられる状況ではなくなっている。
夜陰の空気、深緑と土の香りが頬を撫でる。その中にも不穏の気配は濃く混じり、海未は鋭く目を細めている。
いつデオキシスが飛び出してくるかわからないのだ、一切の油断は許されない。


海未「それにしても、実体のある分身をここまで大量に展開するとは…ポケモンの能力の域を超えているように思えるのですが」

希「真姫ちゃんが言ってたけど、この土地はデオキシスに合ってるのかもしれんね」

凛「え、ポケモンに土地の合う合わないとかあるの?」

希「うんうん、土地のエネルギーで強化されるポケモンはいるよ。例えば…ジバコイルとか」

403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:27:36.65 ID:ha7ZcpN9o
希は人差し指を立てて例を挙げる。
正式にトレーナーを目指しているわけではない凛は実力はあれど、トレーナー用の座学をこなしていない。
そのためピンとこない様子で、海未は希の言葉を継いで凛に説明を続ける。


海未「ジバコイルは今でこそメジャーなポケモンですが、進化できることが最初に発見されたのはテンガン山。それまではレアコイルが最終進化だと思われていたのです」

凛「へえー、ハチノらへんはコイル系出ないし、全然知らなかったにゃ」

希「つまり、デオキシスにとってはここがそういうパワーに満ちた場所かもしれんってことやね」

海未「だとすれば、この土地でだけ進化できるポケモンというのも他にいるのかもしれませんね」


そんな会話を交わしつつ、希は「こんなことなら主力組で来た方が良かったかなぁ」とボヤいている。
いざ危急、山に向かう前に手持ちを入れ替えようかとも考えたのだが、預かりシステムのあるポケモンセンターは町民たちの緊急避難場所としてごった返している。
パソコンでメンバー入れ替えしようにも、パニックで回線が混雑しているため時間がかかってしまう。故にやむなくそのままの趣味パーティでの山入りとなっている。


希「こんなことになるなんて、ウチの予知もたかが知れてるなぁ…っと。来るよ、二人とも!」

海未「!」


森林の枝葉の隙間を縫うように、橙と緑の触腕が奇々怪々と編み込まれていく。
DNAを想起させる二重らせん、数体のそれが素早く重なり密度を高め、網を形成して海未たちをまさに一網打尽とするべく覆い被さってくる!


希「ソルロック、ルナトーン、“ストーンエッジ”と“サイコキネシス”や」

凛「うわっ!変なの出た?!」


凛が驚いた通り、希が繰り出した二体もデオキシスとはまた別のベクトルで奇妙な外見。
それぞれ太陽と月を模したような形状の浮遊岩に簡易な顔パーツを付けた、そう表現する他ないポケモンが希の左右に浮かんでいる。

そして指示に従い岩刃と念動力を発揮し、それぞれが一体ずつのデオキシスシャドーを退けている。


希「ふふ、面白いやろ?この子らも宇宙から来たんだって。土地に影響されて進化しないかな~とか思って連れて来たんやけど、それはないっぽいかなぁ」

海未「それほど種族値は高くなかったはずですが、敵を一蹴…流石です、希」

希「ちゃんと育ててあげればどのポケモンもなんだかんだ頑張ってくれるもんやからね。レベル上げて殴ればわりとどうにかなるんよ。ガブリアス相手とかの特例は別として」

海未「な、なるほど。わかりやすいですね…」

404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:28:02.82 ID:ha7ZcpN9o
その脇、凛のオンバーンが“ばくおんぱ”の威力に木々を薙ぎ倒し、隠れる木陰をなくしたデオキシスへと躍り掛かる影。
「にゃああああっ!!」と凛、掛け声は炎猫の咆哮とシンクロ。
どこか悪役レスラーを思わせる凶眼、凛のガオガエンがその全身に力を漲らせている。


凛「“DDラリアット”!ドーンといっちゃえ!」

『ガオオッ!!!』


高い身体能力からの回転撃、強靭さとしなやかさを兼ねた腕打がデオキシスシャドーの喉首を狩り叩く!
勢いのままに分身体は地面に即倒、凛へと得意げにガッツポーズを見せるガオガエン。


海未「素晴らしい一撃です!」

希「その子強いなぁ、デオキシスと正面から殴り合って当たり負けしてないね」

凛「ナイスにゃ!ガオガエン!」


ピョンと跳躍、凛より背の高いガオガエンと右手でハイタッチ!
猫アレルギーにくしゃみを一つ、鼻をすすりながら左手でもう一タッチ!

戦いの音に引き寄せられたのだろうか、海未は視界の端に二人のアライザーを捉えている。
残るシャドーは片手で数えるほど、二人に任せて問題ないだろう。ならば討つべきはこちら!

405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:28:29.52 ID:ha7ZcpN9o
海未「ファイアロー、“ブレイブバード”」


冷静に下す指示、即座に飛び出すファイアロー。
勇猛果敢、一切を省みない猛進はさながら海未が放つ果断の矢。
加速に熱さえを纏い、アライザーの一人が連れているダーテングへと会心の一撃を浴びせて撃破!


「なんだ!てめ…」

海未「後続は出させません」


ファイアローを追い、海未は鋭くアライザーの片割れの背後へと回り込んでいる。
右の肘を掴み、逆巻きに捻り上げて加力。ボグリと鈍い音が掴んだ手越しに伝わる。


「ギャッッ!!?」

海未「関節を外しました。そのまま転がっていることをお勧めします。動くだけ痛みが募りますので」


すかさず左腕にも同じ動作を。
両腕を封じてボールを扱えなくしてみせ、同時に腰からエルレイドを展開している。

もう一人のアライザーの傍らにはギガイアス。
その体の周りには砂塵が舞っていて、海未はギガイアスの特性が“がんじょう”ではないことを看破する。ならば狙うは一撃必倒!


海未「エルレイド、“インファイト”ですっ!!」

『エルッ!!!』

406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:29:00.68 ID:ha7ZcpN9o
呼気を沈めて潜り込み、最近接の懐で解放する力。
放つ痛打は格闘の奥義、インファイト!
エルレイドはその体質を十全に活かす。
肘の刃をすらりと伸ばし、岩のように頑丈な硬皮へと居合めいて双刃撃!!


『ゴゴゴ……!』

海未「上出来です、エルレイド」


エルレイドの緑刃は数倍もの重量を誇るギガイアスを見事に打ち倒してみせた。
悪のトレーナーとの戦いの肝はここ、次のポケモンを出される前に、海未が先んじて行動を封じること。
が、このアライザーは自身が手練れ!


「オラァ!!大人しくしやがれこのアマ!!」

海未「っ、…この」

凛「海未ちゃんっ!」


希と共にデオキシスシャドーを片付けた凛は振り向き、海未の状況に思わず声を上げる。
園田流、体技にまで長ける海未だが、その強さは動きのキレとテクニカルな技術に支えられている。
トレーナー同士のリアルファイトで鬼神じみた強さを見せることも多い海未だが、あくまでその体は10代の少女。大人の男には力で劣る。

そんな海未が今、正面からアライザーに抱きすくめられてしまっている。
それも相手はパッと見、ガオガエンよりも大柄にして屈強。
海未の隙をついた猛然の突撃は、男がおそらくレスリングの経験者だと物語っている。


凛「このっ!オンバーン、あいつを」

「おおっと動くな!この女の背骨をヘシ折るぞ!」

海未「ッ…!」

407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:29:43.52 ID:ha7ZcpN9o
ミシリ、軋む骨格。
男は立った姿勢のまま上から海未へと体重を掛けようとしていて、鯖折りの要領でひしゃげさせてしまおうと意思しているのがわかる。
凛や希が援護しようにも、海未が盾になる位置へと器用に位置をずらしてくる。場馴れしている。


凛(攻撃できないよ…!)

希(このアライザー、相当…あるいは殺しまでやってるかもしれんね)

海未(さて…)


この状況、股間を膝で突き上げるのが鉄則。しかし男はそれも熟知しているようで、足で巧みに海未の足の動きに制限を掛けてくる。

男の胸板を押し付けられ、むせそうな口臭、それに饐えたような男性臭が海未の鼻腔に突き刺さる。
父以外の男性に密接され、その体重を押し付けられるという初めての体験。それはただひたすらの不快でしかない!


海未(臭い…ですね、随分と)


海未は苦痛と不快感に顔を歪めていて、凛は思わずうろたえてしまう。
あくまでごく善良な一般人、そんな凛はトレーナー同士の修羅場、どうすればいいのかまるでわからずにいる。


凛「ど、どうしよう希ちゃんっ!」

希「いや、大丈夫や凛ちゃん。海未ちゃんなら…」


一見すれば絶体絶命。しかしこの状況下、あくまで希は落ち着いている。
そんな希たちにチラリと警戒の目を向けつつ、男はその息に下卑た興奮を交え、海未の耳へと睦言のように囁く。


「へへ、男みたいな胸しやがって…」

海未「……はい?」


刹那、海未はその全身からほんの一瞬の脱力を。
海未の抵抗をバランスの拠り所にしていた男はわずかに揺らぎ、そのたわみを見逃さず、海未は片手を男の太腿へとずらす。


海未(この姿勢から私にできる最大の反撃、それは…!)

「ぎっ!?痛えっ!!!」

408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:30:15.53 ID:ha7ZcpN9o
つねる!!

海未は右手の指で男の腿肉を挟み、全力で抓りあげた。
ただつねるとだけ言えば大した事がないように感じられる…が、園田流には指弾の技がある。
小石やパチンコ玉を直線軌道で正確に射ち出せるほどに鍛え上げられた筋力、そんな指で全力で抓りあげれば皮下の組織を損壊させ、真っ赤に内出血が残るほど!

怯み、弛む腕に海未は首を引き…全力で頭突き!!


「がぅッ…!!」


迸る鼻血、顔に飛ぶ返り血。
まるで構わず拘束から抜け出た海未は男の膝へ、斜め上から容赦なく靴底を叩き付ける。
グシャリ、完膚なきまでに膝が砕ける!!

アライザーが絶叫を上げる、その直前にエルレイドの刃がその首筋を峰打ちに。意識を奪って黙らせ…勝利の一言を。


海未「男みたいな胸?失敬な。にこや凛とは違うのです!」

409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:30:44.45 ID:ha7ZcpN9o
解放からのわずか数秒に暴力の嵐を吹かせ、海未は男の体臭から解放された清々しさにほっと一息。


海未「お待たせしました。さあ、進みましょう!」


まさに修羅。
海未の園田流は命の奪い合いの中、抜き身の妖刀めいて研ぎ澄まされている。
その煌めきに凛はあうあうと口をパクつかせ、流れの中にさらりと胸の薄さを揶揄されれたことも忘れ、呻くように声を漏らす。


凛「やべえにゃ…やべえにゃ…」

希「海未ちゃんにミニスカ履かせて満員電車の窓際に置いとくだけで痴漢狩りが捗りそうやね…」


凄惨な場面を目にした凛だが、生来切り替えは早い性格。
すぐにケロリと海未に胸の件を抗議していて、そんな会話を横で聞きつつ、希はハチノ警察へと連絡を入れている。
アライザーを行動不能にしたポイントを連絡しているのだ。


希(いくら悪人でも、デオキシスシャドーがうろついてる中で完全放置ってわけにもいかんからなぁ…)

凛「なーんで今の流れで凛をディスるにゃー!!」

海未「す、すみません、つい…」

希(それにしても海未ちゃん、思ったよりも暴力に躊躇がない。今の場合、それは正しいんやけど…)

凛「いいもんね!海未ちゃんと穂乃果ちゃんかことりちゃんを足して半分にするより、凛とかよちんを足して半分にした方が大きいし!」

海未「な、なんなのです、その基準は。他力本願です!」

希(見えるんよ、海未ちゃん。海未ちゃんには大きな決断をしなきゃいけない時が来る。それも、すぐに。乗り越えられるか…)


なんとも虚しい言い合いを続けたまま、不安を抱えたまま、三人はさらに山奥へと進んで行く。

410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:31:11.15 ID:ha7ZcpN9o



別ルート、穂乃果チーム。
海未たちと同じく徒歩での登山を避け、ことりはチルタリスに、穂乃果はリザードンに、飛行ポケモンが手持ちにいない花陽もまた穂乃果のリザードンの背に乗っての山中行。


穂乃果「うう、眠い…」

花陽「ば、晩ごはんを食べ過ぎて、お腹が苦しい…」

ことり「二人とも、しっかりしないと危ないよ~」


そんなふわふわとした会話を交わし、ふと気付けば。


穂乃果「囲まれてるぅっ!!?」

花陽「ご、ろく、なな…十体ぐらいいるよぉ!?」

ことり「ふぇぇん…海未ちゃぁん…!」


なんとも情けない声を上げつつ、それでいて穂乃果とことりはそれぞれにポケモンを複数展開させつつ花陽を庇える位置へと動いている。
もちろん打ち合わせは不要、目配せも一瞬だけ。この辺りは流石の幼馴染にして大親友!

だが意外。そんな二人へと笑いかけ、花陽はそれより一歩前へ。
慎重な性格の花陽、これは蛮勇ではない。必ず勝てるという自信の一歩!


花陽「ナットレイさん、ドレディアさん。お願いね」

411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:31:38.23 ID:ha7ZcpN9o
殺到するデオキシス!
螺旋の槍がドレディアへと迫り、球状に圧縮されたサイコキネシスがナットレイを消し飛ばすべく放たれる。

そんな状況、花陽はごくシンプルな指示を出す。


花陽「ドレディアさん、避けてっ!」

穂乃果「えっ、そんな無茶な…って!」

ことり「よ、避けたぁ??」


ふらりひらり、ドレディアは花陽からの無茶振りに応え、無尽に突き出される槍腕を掻い潜ってみせる。
もう一体、草に鋼タイプを併せ持つナットレイは持ち前の頑丈さでサイコキネシスを耐えてみせ、花陽の指示を待っている。


花陽「ナットレイさん、“パワーウィップ”を急所に当ててください!」

穂乃果「またまたぁ、そんな無茶を…って!

ことり「当てたぁっ!!」


痛撃!!!
硬質なトゲの付いた触手はフレイルのような攻撃性を有している。
それを全力で叩き付けるのがパワーウィップ、草タイプの物理技としては非常に高火力な一撃だ。
それを花陽の指示に応え、デオキシスシャドーの胸部にあるコアへと勢いよく叩きつけた!!!

もちろんデオキシスシャドーはその体を維持できずに霧消する。
見事にまず一体、花陽はさらにフラフラと回避を見せたドレディアへと指示を。


花陽「“はなびらのまい”ですっ!!」

『ディア~!!』


舞い散る花弁は草タイプのポケモンのエネルギーの発露。
夜空をふわり、染めて急襲!
シャドーをもう一体見事に飲み込んでみせ、花弁の奔流で蹂躙、撃破!

それぞれに戦っている穂乃果とことりも思わず花陽の戦闘に目を奪われ、驚きに歓声を上げている。


穂乃果「す、すごい!花陽ちゃん強いよ!」

ことり「むむっ…?」


ことりの瞳がキラリと光る。
デオキシスシャドーの二体を退け戦線の最中、花陽がドレディアとナットレイを優しく撫でているのをことりは見逃さない。

412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:32:22.88 ID:ha7ZcpN9o
もちろんことりも、穂乃果や海未もポケモンを撫でて可愛がっている。
しかし、花陽の撫で方は一味違う。
旅立ちの頃はポケモンコンテストを目指していたことりはその違いを明確に見抜いている。


ことり「わかりましたっ、花陽ちゃんはポケリフレの達人!」

穂乃果「ぽけり?」

花陽「あ、えへへ…うん。得意なんだ」


ポケリフレ。
要は手入れをしてあげることなのだが、たかがマッサージや諸々と侮るなかれ。
その達人はポケモンとの間に強い絆を結び、その潜在能力を引き出すことまでを可能にする。

花陽は戦闘の間隙にナットレイの甲殻の隙間に詰まった木屑を目ざとく取り除き、ドレディアの頭の花に付いた汚れを手早く払って手入れを済ませている。
ポケモンたちに触れて愛情を注ぐだけでなく、個々が嫌がることを熟知してそれをケアしてあげている。

そんな説明を穂乃果へと簡易に済ませ、ことりは花陽へと尊敬のまなざしを向けている。


ことり「花陽ちゃん、すごいっ♪」

花陽「そ、そんな、私なんて全然…」

穂乃果「あっれぇ…穂乃果もちゃんと撫でてあげたりご飯食べさせたりしてるんだよ?ねえガチゴラス」


穂乃果は首を傾げ、分身体を“かみくだく”で仕留めたガチゴラスへと尋ねかける。
ガチゴラスはそれに首を傾げて返し、そんな様子に花陽はくすっと小さく笑みを漏らす。


花陽「ううん、穂乃果ちゃんのポケモンたちもとっても懐いてると思うよ。ただ、撫で方とかにも色々コツがあって、道具もいろいろあって」

穂乃果「教えて教えて!なんかみんな私が撫でてもイマイチ喜ばないんだよねー、仲はいいのに」

『グルララ…』

穂乃果「え、何ガチゴラス。撫で方が雑って?仕方ないじゃん!みんなが何言ってるのか穂乃果にはわかんないんだし!」

『ゴルル!』

穂乃果「しょーがないじゃん!じゃあ人間語覚えなよ人間語!」

『ガアアッ!』

穂乃果「うがあっ!」

花陽「ええ、会話できてる…そっちの方がすごいと思うなぁ…」

413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:33:11.80 ID:ha7ZcpN9o
と、咆哮!!!

穂乃果と花陽がビクッと驚きそちらを向けば、ことりのボーマンダが“げきりん”の蹂躙で残りのデオキシスシャドーを一挙に片付けている。
怒竜の尾撃が残り少なくなった一体を木ごと叩き潰し、生じた旋風にとさかを揺らしながらことりは柔和な笑みを絶やさない。

残るは一体、追い詰められてもデオキシスの佇まいは変化を見せない。
それはいくら倒されても本体に影響のない分身体だからか、あるいはデオキシスという生命自体が感情を宿さない存在なのか。

穂乃果、ことり、花陽。
デオキシスは三人のうち、ボーマンダを駆ることりを最たる脅威と見做したらしい。
刺突力を可能な限り高めた形状に両腕を変じさせ、そのままことりへと突撃を!!


ことり「うーん…」


そんなことりの傍らにはボーマンダともう一匹、チルタリスが。
どちらで応じるかと少し悩み、すぐにことりの表情はいたずらっぽい笑みへと変わる。


ことり「チルタリス、“コットンガード”でお願いっ」

『ちるるぅ!』


もふぁり。
チルタリスが大きく広げた羽毛の翼はデオキシスの突進を搦め捕り、その勢いを殺して横へと受け流す。
流された突進、その矛先は…穂乃果へと向けられる!


ことり「穂乃果ちゃんっ、パス♪」

穂乃果「でええっ!?ガチゴラス!“かみくだく”!」


驚きに叫ぶ穂乃果。
しかし息はぴったり、急なアドリブにも見事に応じてみせている。

ガチゴラスはその大顎で凶手の突貫を受けて捕捉、咀嚼!!
オハラタワーでもらった時よりも遥かに強く逞しく育っている。
それもひとえに穂乃果の愛とセンス、それと餌代を捻出する苦労が故!

ともあれ、最後の一体のトドメを穂乃果へと譲り、あるいは押し付け…
ことりはなんとも要領のいい笑顔を浮かべて締める。


ことり「はいっ、おしまい?」

414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:33:44.00 ID:ha7ZcpN9o
「ことりちゃんひどいよー」と不満げ、抗議の声を上げる穂乃果。
ことりはそれを笑顔で返し、その笑顔に穂乃果も自然と笑顔になる。
そんな幼馴染同士、二人の間に阿吽の連携があるからこその受け流しだったと花陽は驚嘆。

花陽と凛の間にも阿吽の連携ができるだけの絆はもちろんある。
だがこの二人のトレーナーの間には、それぞれが窮地を潜り抜けてきたという一層の凄みが見え隠れしている。

(すごいなぁ…)と。

さらにことりのボーマンダをまじまじと見つめ、もう一度驚嘆。


花陽「穂乃果ちゃんは知ってたけど、ことりちゃんも強いなあ…」

ことり「えっへん。ボーマンダさんは育てるのにとっても時間がかかったけど、その分とっても強いの♪」

穂乃果「いいなードラゴン。かっこいい…」

ことり「うふふ~。でもリザードンもすごくかっこいいと思うな。穂乃果ちゃんとよく似合ってる!」

穂乃果「ほんと!?ことりちゃんに言われると嬉しいなー!」

ことり「花陽ちゃん、後でことりにもリフレのコツを教えてね♪」

415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:34:12.71 ID:ha7ZcpN9o
ことりちゃん、優しい人だなぁ。

綿毛のように微笑むその表情に、花陽は心底からの好感を覚えている。

もちろん穂乃果にも同じくらいの好感を抱いているが、高坂穂乃果は道を切り拓いていく人間だ。
優しさだけでなく、強い精神、決断力、垣間見せる奔放さ、様々な要素を持ち合わせている。

対して南ことりは優しさ、繊細さ、気配りと共感力。
そういった要素に寄った人格を感じられて、ポケリフレに向いてるのはことりちゃんの方かなぁ。なんて事を花陽は心中で考えている。

そんな束の間の思惟は、森の奥から響いた絶叫によって強引に断ち切られる。


花陽「ひ、悲鳴…!?」

穂乃果「千歌ちゃんたちの声がした!」

ことり「でも待って、他の人の悲鳴も聞こえたよ。男の人…?」


右手、左手。
それぞれ別に、二方向から悲鳴が聞こえてきた。
どっちかの方に千歌とルビィの声、もう片方は聞き覚えのない男の声。
森は広く、音が反響してどっちがどっちなのかがよくわからない。
どうするべきか…穂乃果が即断!


穂乃果「迷ってたら千歌ちゃんたちが危ない!私が右の方に行くよ、ことりちゃんと花陽ちゃんは左の方向をお願い!」

花陽「は、はいっ!」

416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:34:43.56 ID:ha7ZcpN9o
言い残し、言葉の語尾が消え切らないうちに穂乃果とリザードンは飛び去っている。
決断力と行動力、真似できないなあ…と花陽は深い感心を抱く。
さて、こちらも動かなくては。


花陽「それじゃあことりちゃん、私たちも……あれっ?」


忽然。
つい今し方までいたはずのことりの姿がない。

え、あれ?なんで?
穂乃果ちゃんがいた今まではことりちゃんも確かにいたはずで、どうして?

花陽はうろたえ、 「おーい、ことりちゃーん…!」と無音の森へと呼びかけている。

…数分、そうしていただろうか。

なんらかの理由ではぐれてしまったのだろう。きっとすぐに合流できる。
そう自分を納得させ、花陽は悲鳴が聞こえた方向へと駆け出した。

去った花陽、その背後…

ずるりと、溶解した地面からことりが這い出してくる。その体に巻き付いているのは毒竜ドラミドロ。
それはいつもの手段、ドラミドロの強毒で腐食させた地中へと潜行して身を隠していたのだ。


ことり「ごめんね、花陽ちゃん。花陽ちゃんなら、一人でも大丈夫なくらい強そうだったから…」

417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:35:41.74 ID:ha7ZcpN9o
見極めていた。
ことりが花陽を凝視したのはポケリフレの腕前だけを見ていたわけではない。
トレーナーとしての総合的な腕前を見ていたのだ。

ポケモンたちの戦闘力は抜群、本人も荒事の経験がないにも関わらず二体を自在に操っていた。
自信はそれほど無さそうだったが、センスに溢れるトレーナーだ。
デオキシスたちとの戦闘は問題ないとして、問題は対人。
心優しい花陽が、悪意に満ちたアライザーと対峙してしまったとしたら?


(・8・)「大丈夫。それは全部、ことりが狩ってみせるから」


全身に纏う灰布、鳥を模した奇妙な仮面。

生来の優しさが失われたわけではない。花陽を一人で危険に放り込むつもりはない。
花陽から付かず離れずの距離、同じ進路に進み、アライザーの気配があれば先んじて狩る。
花陽がいては悪を狩れない。故に別行動。
あとはデオキシスの本体を見つけたら、先行し、誰よりも早く捕まえればいい。それには単独行動が最も適している。


(・8・)「……力が必要なの」


夜陰、“鳥面”がその行動を開始する。

418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:36:09.66 ID:ha7ZcpN9o



千歌「ぎやああああ!!!!」
ルビィ「ぴぎゃあああ!!!!」


悲鳴を並べて息を切らし、千歌とルビィは山道を転がるように駆けていく。
背後からは当然のように追っ手、デオキシスの分身体が触手を躍らせながらの浮遊行。

どんなに逃げても逃げきれず、ふと振り返れば木陰に覗く影。
どうやら単純なスピードの問題だけではなく、テレポートを使える個体もいるようだ。


ルビィ「ううぅ…千歌ちゃん、このままじゃ…!」

千歌「うん、ず~っとぴったり張り付いてきてる。こっちが山道で転んだりした瞬間を狙ってるよ…!」

ルビィ「ひぇ…」


非生物的な輝きを宿した目は今も後方、15メートルほどの距離を保ち続けている。
千歌もルビィも懸命に走っているのだが、人間の体力には限界がある。
山道ダッシュに激しい呼吸を続けた肺は握り潰されたみたいに痛んでいて、脚はガクガクと棒のよう。

迫る危機…ならば!
千歌とルビィは意を決して立ち止まる!


ルビィ「逃げててもダメ、だよね…!」

千歌「そうだね、やっつけるしかない!いくよルビィちゃん!」

419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:36:36.54 ID:ha7ZcpN9o
ずば抜けた才能を持っていなくても、頼りなく臆病でも、二人は危機に目を閉じずに立ち向かう心を持っている。
もうオハラタワーの時とは違う。狩られるだけの獲物ではない。
腰のボールを、暗闇に光を見出すための剣をぎゅっと握り締め、振り向いて投じる!


千歌「いけえっ!ラッキー!」

『ラッキィ~』

ルビィ「ピクシー!がんばってぇ!」

『ピィッ!』


並んで現れたのはルビィのお馴染み、ピィからピッピを経て進化したピクシー。
それと千歌の新たな手持ち、ピンク色に丸々とした体のラッキーだ!

どちらも愛らしい容姿のポケモンだが、だからといって容赦をしてくれる相手ではない。
放たれる光弾、強烈なサイコキネシスが千歌たちへと襲いかかる。

ぴょんと跳ね、それを真正面から受けたのは千歌のラッキー!
直撃、空間が歪曲してラッキーの姿がぐにゃりと変形。
そのまま数秒、サイコエネルギーに歪んだ空間は逆巻きに元へ戻る。
引き伸ばしたゴムが戻るような音がバチンと響き、ラッキーの体がぽんと宙に投げ出される。
千歌はちょっぴり慌てた表情、そんなラッキーへと声をかける。


千歌「うわぁあ!大丈夫!?」

『………ラッキ~!』

千歌「うんうん、さすがラッキー。全然元気だね!」

420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:37:36.34 ID:ha7ZcpN9o
ポケモンたちを漫然と育成していた以前とは違う。
ジムリーダーとして育成理論を熟知したダイヤの元で学んだ千歌は、それぞれの長所を引き出す術を身に付けている。
ラッキーは柔軟さを生かし、特殊攻撃への強固な耐性を伸ばすように育ててあって、たとえ高火力を誇るデオキシスからの攻撃であれしっかりと耐えてみせる!

一撃を耐えれば直後は隙、ルビィはそこへきっちりと反撃を合わせていく。


ルビィ「ピクシー、“マジカルシャイン”っ!」

『ピクッシィィ!!』


フェアリータイプ、その名の通りに魔術的な閃光がデオキシスへと襲いかかる。
ルビィのピクシーにもまた成長の跡。不確定な“ゆびをふる”に命運を託した以前とは異なり、相手を攻撃するためのタイプ一致技をわざマシンでしっかりと覚えさせている。

キラキラと細かな光弾が天の川のように軌跡を描き、高速で飛び回るデオキシスを掠めてヒットさせている!


ルビィ「あたった!?や、やったぁ…!」

千歌「ナイスだよルビィちゃんっ、今のうちに…」

421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:38:18.11 ID:ha7ZcpN9o
千歌は指示を。

ラッキーは攻撃に削られた体力を取り戻すべく、お腹に抱えた栄養満点のタマゴを食べようと試みる。
これぞラッキーの十八番、“タマゴうみ”。

だがデオキシスは素早い挙動、腕を伸ばしてラッキーのタマゴを掠め取る。


千歌「あっ、このぉ…!泥棒!」

『キュィルルル…』


どうやらこの分身体は“よこどり”を習得しているようで、奪い取ったラッキーのタマゴを自身のコアへと押し当てる。
すると殻ごと、大振りなタマゴ一つがどるりと胸部のコアに吸い込まれた。


ルビィ「ぴぎぇっ!!?」

千歌「ぎぇぇ…ああやって物を食べるんだ…」

ルビィ「あの大きさのタマゴを丸呑みに…もしかして、その気になればルビィたちのことも…?」

千歌「……ぜ、絶対勝たなきゃ…!でも今がチャンス!」

ルビィ「うんっ、ピクシー!“アンコール”!」


千歌に助言されるよりも早く、ルビィはしっかりと自分の頭で次の手を固めている。
デオキシスの“よこどり”に応じ、すかさずピクシーへと伝える指示は“アンコール”!

ピクシーはすっとぼけた表情でパンパンと両手を叩き鳴らし、その音をデオキシスへと向ける。
それは単なる拍子ではなく、特殊なリズムのハンドクラップによる強暗示。

地球上の生物とは体組織を違えるデオキシスにも問題なく効果を発揮。
“同じ行動を繰り返さなくてはならない”という強迫観念を深層に植え付けている!


『キゥルルル…』

ルビィ「よ、よしっ…動き止められた…!」


その意にそぐわず体は動き、“よこどり”の対象を探すデオキシス。
回復のみならず補助効果をも強奪する特殊な技だが、しかし当然アンコールが決まった今、千歌とルビィがその手の技を出す理由はどこにもない。

見事に絡め手を決めたルビィ、ならば叩く役は千歌!
壁役のラッキーをボールへと戻し、入れ替えに新たなポケモンを展開している。
飛び出した新手は親子ポケモン、ノーマルタイプの強者、ガルーラ!


千歌「“おんがえし”だあっ!!!」

『ガルゥゥゥ!!!』

422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:38:58.53 ID:ha7ZcpN9o
叩きつけるは強靭な拳!

トレーナーとしての実力を伸ばし始めたのは最近だが、ポケモンたちを慈しみ可愛がれる少女なのは昔から。
そんな千歌が指示する“おんがえし”。いかに懐いているかに威力が左右される技だが、最大威力でないはずがない!


千歌「よしっ!!」


デオキシスの体が激烈に地へと叩きつけられ、森の柔らかな土が深々と凹む。
分身体はその輪郭線を明滅させて消滅し、それを目にするのが初めての千歌とルビィは驚いて周りを見回す。

倒せてない?襲いかかってくる?

…しかし、その様子はなく。
二人はおっかなびっくりのままでパシッとタッチ!


ルビィ「大丈夫…だよね?」

千歌「うーん、大丈夫なはず…それより!私たちいけてるよー!ルビィちゃんすごい!偉い!」

ルビィ「あ、えへ、うゅゅ…」


抱きしめて頬擦り、頭を撫でつつ褒めちぎる。
普段からルビィを可愛がってる千歌だが、ダイヤの代わりを務めなきゃ!という意識がその行動を極めて“ダイヤ的”にさせている。ルビィへと注ぐ溺愛!
以前と比べて随分としっかりしたルビィも、可愛がられればそれをたっぷりと享受する末っ子気質。特に拒むでもなく喜んでいる。
千歌がポケットから出した棒キャンディを二本、三本と口に押し込まれてモゴモゴ。
そんな甘ったれた光景だが、ルビィの目には小さな自信が宿っている。


ルビィ「あのね、ルビィ、千歌ちゃんと一緒だとすごく戦いやすい!」

千歌「だね~!ふふふ、もしかして私とルビィちゃん、ダブルバトルの才能があるのでは…」

ルビィ「千歌ちゃんとダブルでいつか大会に出てみたいな…なんちゃって…」

千歌「なんちゃってじゃないよルビィちゃん!出よう、いい線いってるはず!……っと、調子に乗るのはこれくらいにして…」


二人は走ってきた道のりを振り返り、夜中の森林に改めて怖気を覚える。

423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:39:26.72 ID:ha7ZcpN9o
しんと静まり返っていて、他のポケモンの気配がない。
隕石の落下と見知らぬ異生物の出現に、野生のポケモンたちは警戒して森の奥へと引きこもっているのだろう。

幸いにして夜空は好天、雲のない星空から月光が清廉と降り注いで登山道を照らしてくれている。
それでも薄暗いことに間違いはなく、よく小石や木の根に転ばず走ってこられたものだ。

もし転けていれば、それを好機とデオキシスに仕留められていたかもしれない。
ぞっと身を竦ませ、そして二人は残してきたダイヤの心配に胸を傷ませる。


千歌「ダイヤさん、大丈夫かな…」

ルビィ「おねえちゃん…」


心から心配している。
だがダイヤに教えを請ってきた二人だからこそ、彼女の毅然とした強さを知っている。
自分たちがいては足手まとい。それをすぐに理解し、迷わず逃げることに専念できたのは信頼が故だ。


千歌「……とりあえず、っと。一回戻っててね、ガルーラ」

『ガルっ』
『がるる』


千歌は呼吸を整えながらガルーラをボールに戻す。親子が声を合わせて千歌に答えた。
手持ちの中では貴重な火力役、下山まではまだ距離がある。できるだけ温存しながら戦いたいところだ。


千歌(あの変なポケモン、まだたくさんいたよね。ルビィちゃんのこと、ダイヤさんに頼まれたんだ。頑張って守らなくちゃ…)

ルビィ「ち、千歌ちゃん!また!」

千歌「げえっ、もう来た!?」


新手!

二人はそれぞれ繰り出すのは相棒の忠犬ムーランド、そして希から貰ったムシャーナ。
ムシャーナが“さいみんじゅつ”でデオキシスを留め、ムーランドが悪タイプの“かみくだく”で弱点を突いて打倒!

だが、さらに二体、三体。
追い付かれれば応じる必要が生まれ、応じている間に次が、次が、次が殺到する!

424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:40:00.33 ID:ha7ZcpN9o
一体を倒し、見回せば五体、六体。
続々と現れるデオキシスシャドー、千歌もルビィも成長しているのだが、パーティー構成が些か火力に欠けている。
敵の数はますます膨れ上がっていて、まとめて飛びかかってくれば御しきれない。

このままではジリ貧、徐々に不利が見えている。
千歌はルビィを庇いつつ、一歩、一歩と後ずさり…


千歌(や、やばいよ~!!)


花陽「ジュカインさん、“リーフストーム”ですっ!」


千歌「へ…?」


吹き荒れる深緑の嵐!!
膨大な木の葉が薄刃もかくや、拡散された草タイプのエネルギーはその密度でデオキシスシャドーたちを巻き込み押し包み、圧倒する。

それを放ったのは鋭い眼光、密林をホームグラウンドとする二足歩行の大トカゲ、ジュカイン!
いかにも強そうな姿だ。しかし反して隣、そのトレーナーらしい少女はなんだかこじんまりとした印象。


花陽「あ、私、小泉花陽って言います。そっちのハチノタウンから…
あ、じゃなくて、みかん色と赤い髪の毛…高海千歌さんと黒澤ルビィさん、で合ってますか…?」

ルビィ「は、はい!」


どうやら救援。
花陽のジュカインが放った猛撃はデオキシスたちを見事に退けていて、千歌とルビィはほっと胸を撫でおろす。

さて、颯爽と現れたはいいが、そんな花陽は二人と初対面。
基本的には人見知り、ここに現れた経緯をどう説明したものかと困っている。


花陽「ええっと…」

千歌「た、助かったよぉぉ…!!」

ルビィ「うぅ…ありがとうございます…!」

花陽「うわわっ、えへへ…二人が無事でよかったです。その、私は穂乃果ちゃんと海未ちゃんの友達で」

千歌「そっか、穂乃果ちゃんたちの!はぁぁ…本当に助かった…ありがとう、花陽ちゃん!」

ルビィ「その、ええと…花陽ちゃん、かっこよかったです!!」

425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:40:30.42 ID:ha7ZcpN9o
花陽の体格や顔立ちを見るに、多分同じくらいの歳かなとルビィは考える。
それでもトレーナーとして素晴らしい腕前をしていて、ルビィよりも何歩も先を進んでいて。
ポケモンと深い絆に裏打ちされた強さは、ルビィが目指すべき道筋のようにも思える。
それよりなにより、純粋に(すごい!)と。

ルビィからのキラキラとした目に「そんなぁ…」と思いきり照れてみせる花陽。
そして町へと連絡を入れていて、千歌とルビィはダイヤがまだ残っていることを伝える。

三人に増えたことでデオキシスシャドーたちは一旦引いたのか、周囲からはその気配が消えている。

離れた位置、木陰からは鳥の仮面がその様子を無言で見つめている。


(・8・)「よし、花陽ちゃんが合流。三人いるなら大丈夫…」


そう呟き、森の奥へと姿を消した。


一方、穂乃果。

426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:41:31.42 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「誰かいる!リザードン、全力で飛ばして!」

『ザァァド!!!』


火竜はバーニアのように尾火を強め、加速する飛翔が夜森にテールランプめいて赤の残影を光らせる。
人の声がした方へと向かい、穂乃果とリザードンの位置は登山道から大きく逸れて森の中。
木々はその高さを増していて、鬱蒼と視界が悪い。

月明かりも遮られていて、リザードンが口から漏らす火炎が先を照らしていなければ視界は一寸先の見えぬ闇だろう。


穂乃果「ごめんねリザードン、木の間は飛びにくい?」

『リザゥ!』

穂乃果「うん、ありがと。高く飛びたいけど、そしたら人影を見落としちゃうかもしれないもんね」


労うように首筋を撫で、そして気配。
視界の先、森が明るく照らされている。一体なぜ?


穂乃果「焦げ臭い…何かが燃えてる。ガソリンの匂い?」

427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:42:08.55 ID:ha7ZcpN9o
トン、と背を叩いて合図、リザードンは生い茂る葉を突き抜けて高度を上げる。
上空からの視界を確保、穂乃果は山中に何かが燃えている箇所を見つけて指差す。


穂乃果「急ごう!」





「う、うわああっ!」
「来るな…来ないでくれ!」

「ふ、フワライド…気を付けろよ…!」

『プワワ……』


三人、男性の姿。
彼らを数体のデオキシスシャドーが取り囲み、ゆっくりと周囲を旋回している。その姿はまるで獲物を追い詰めた狩猟獣。

男性の二人は地面に尻餅をつき、怯えた様子で木の切れ端を振り回している。
もう一人、スーツの上から防寒用のジャンパーを羽織った真面目そうな男性は、辛うじて意思を保ちながら立ち向かう姿勢を見せている。
すぐそばに浮かんでいるフワライドはどうやら彼のポケモンらしい。

その上着の背には“ロクノテレビ”の文字。
そばでメラメラと燃えているのは墜落したヘリコプター。
彼らはロクノシティにあるアキバ地方最大の放映局の撮影クルーで、民宿で穂乃果たちが見た中継でデオキシスにヘリを落とされた面々だ。

428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:42:40.68 ID:ha7ZcpN9o
フワライドと共に戦っているのは日頃からニュースなどで見かける、三十路少しの男性アナウンサー。

どうやらそれなりに戦えるトレーナーらしく、腰には四つのボールが見えている。
だが既にそのうち三体は撃破されていて、残りはフワライドだけ。

墜落から彼とスタッフたちを救ったフワライドが、彼らにとって文字通りの最終防衛線…


『キキキュュ…ルルロロロ!!!』

『ぷわわわ~っ…!!』

「ああっ!フワライド!」


デオキシスの攻撃が耐え続けていたフワライドを倒してしまう。
一斉、塞き止める壁を失した瞬間にデオキシスたちの目が撮影班に向けられる。

尖り、凶器と化す触腕!

429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:43:46.55 ID:ha7ZcpN9o
「こ、殺される…!」
「ひいいっ!!」

「……フワライド、戻れ」


それはトレーナーとしての意地、矜持だった。
せめてポケモンだけは殺されずに済むよう、アナウンサーはフワライドを安全圏のボールへと収める。
死の覚悟に妻や息子、家族の顔を思い浮かべて仰ぐ夜空…

漏れる呟き。


「なんだ、あれは…!」

穂乃果「こっち向けええええっ!!!!」

『リザァァァァァッッ!!!!』


人竜一体、降る焔の流星!!!
大声に咆哮を重ね、デオキシスたちの注意を引きながら現れたのは見知らぬ少女!

揺れるサイドテール、青の瞳。
左から右へと視線を流して敵影を把握、五、六。
高速の落下にもまばたきはなし、極限の集中に下す即断!
先行して投げ落とすボールは二つ!


穂乃果「“かみくだく”ッッ!!!」

『ゴォアアア!!!』
『グマアッッ!!!』

430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:44:26.26 ID:ha7ZcpN9o
弾けたボールから躍り出たのはリングマとガチゴラス!
現れたのは二匹、指示は一つ、同じ技を覚えているポケモンたちを出して指示のタイムラグを短縮。

急襲に成功!!

トレーナーの気持ちはポケモンへと伝わる。
二体は異質なデオキシスにもまるで怯まず牙を立てていて、それは高坂穂乃果のファイター精神の鏡写し!


穂乃果「リザードン、真ん中の木を燃やして明るく!」

『ザアッッ!』


火炎放射で光源を確保、垂直に近い急落から地上スレスレで角度を立て直して滑空、着地!
フリーフォールどころではない高速落下を意に留めず、リングマとガチゴラスへと追加の指示を下して再び巡らせる視線。
追加で現れた数体を確かめ、最もレベルの高い一体を見極める。

その一体は明らかに他と形状が違う。
手足、胴までが細く鋭く変化していて、一目に速度特化型とわかる形状。


穂乃果(真姫ちゃんが言ってたスピードフォルムってやつ!じゃあ本体なのかな?)


と、すうううっ!!と息継ぎ、極限の集中は無呼吸に保たれていた。
深い呼吸、取り込まれる酸素。
頬には暖かな血色が差し、灯された篝火に少女の健康的な美しさが映える。
神気走った乱入から一転、状況を掴めず驚いているテレビクルーたちに穂乃果はふんわりと笑いかける。


穂乃果「もう大丈夫だよっ!」

「あ…」


それは夜闇を照らす陽光、希望の笑み。
そこから瞬時、変じて戦鬼。少女の目は橙火に燃え、既に敵を捉えている!


穂乃果「リザードン!!“かえんほうしゃ”!!!」

『グルゥオオオオオッ!!!!!』


凄絶な赫火が夜闇を紅に染め、殺戮の場は華々しいステージへと姿を変えている。
それは光。アキバ地方を覆った深い闇を照らせるだけの!
アナウンサーは自然、思わず声を張り上げている!


「カメラ!カメラ回そう!あの子を撮るんだ!」
「ああ、わかってる!!」
「おおっ!?電波戻りました!中継行けますっ!」

431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:44:53.35 ID:ha7ZcpN9o
ロクノテレビのクルーたち、彼らもまたプロフェッショナル。
死の恐怖は胸から消え去っていて、思考を締めているのはこの映像を、この少女の姿を世界に届けなければならないという使命感!

これは災害報道の類、非常事態にテレビ局のフットワークは軽い。

“宇宙から襲来したポケモンの存在はパニックを招きかねない、報道規制を”

上からはそんな圧力が掛けられていて、しかし知ったことか。
この圧倒的なニュースバリューを届けずして何が報道だ!
これはあくまで隕石落下の、災害現場からの生中継。何かが映っているのはほんの “偶然”!!

そんな気概、今レンズで映している光景はそのまま直に全国へと届けられている。
舞う火竜とその背の少女を、世界中の人々が目にしている。

432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:45:41.41 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「“ニトロチャージ”!!」


上空、舞い上がったリザードンの全身が炎を纏う。
穂乃果は同時、その炎に巻き込まれないよう背から手を離している。
頭を下に、支えるもののない自由落下…新たに繰り出したバタフリーがその背を掴む!


『リザァァッッッ!!!!』

『キキッロルルル…!!』


加速突撃、リザードンは最もレベルの高い一体に体当たりを敢行したまま再び空へと押し上げていく。
スピードフォルムのデオキシス、その速度は神域。まともに離れて撃ちあえばヒットアンドアウェイで削られるばかり。

なら組み付けばいい。
ニトロチャージの加速で最低限接触できる速度をリザードンに与え、組んでしまえばスピードフォルムは非力。そこからは力押しで!

蝶翅に翔ぶ穂乃果はその高度が必要なだけに達したたのを目に瞼をパチリ、リザードンと目配せを交わす。


穂乃果「うん、いいよ。それだけ高かったら森には燃え移らない」

『リザッ!!』

穂乃果「うんうん、火の勢いを抑えてたもんね。ストレス溜まるよね~。でももう大丈夫。思いっきり…」


またたく星光、月輪を背負い。
少女は竜火を統べるかのように、その右手を宙へ掲げ…そして下す指示!!


穂乃果「“だいもんじ”」


━━━煌炎!!!!


リザードンが竜吼と共に吐き出した大灼火、それをデオキシスへと零距離で浴びせる!!
撃ち込まれた炎は超圧縮、異星人のコアで留まり、数秒小さく渦を巻き…

爆ぜた!!!!

433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:46:09.54 ID:ha7ZcpN9o
「うおおおっ!!!?」


テレビクルーたちは驚きに思わず叫んでいる。
少女のリザードンが放った炎はデオキシスを捉えて拡散、空中に凄絶な“大”の赤を描き出した。
それは最高効率で火力を行き渡らせるための指向性、極大火力の猛爆炎。
炎タイプの奥義、“だいもんじ”!

デオキシスの姿は跡形もない。
捕まえようとボールを構えていた穂乃果は拍子抜けでガクリと肩を落としている。


穂乃果「あれ、本体だと思ったんだけどな…」


その感覚は間違っていない。
確かに実体のある一匹だった。
ただ、スピードフォルムは体力、防御力共に脆い。
穂乃果のリザードンが零距離で浴びせた劫火に耐えることができず、コアに全身を収めて休眠状態へと戻ったのだ。

穂乃果もテレビクルーたちもそれが落ちていくのを見逃したほどに小さな石粒へと姿を変え、今は森の中に転がっている。
ゆっくりと機能を修復しつつ、数十年後、あるいは数百年後の次の目覚めを待つのだろう。

つまり捕獲はできなかったが、穂乃果の勝利!!


穂乃果「ちぇっ、捕まえたかったなー…」

434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:46:37.97 ID:ha7ZcpN9o
「すごい…すごいものを撮ったぞ…!」


クルーたちは感動に胸を震わせている。
テレビマンとして報道に携わる以上、誰もが一度は立ち会わせたいと願う歴史の転換点。

今、得ている確かな実感。
投獄されてなおアキバ地方に深い闇を蔓延らせる暗黒星、“綺羅ツバサ”。
それに対抗し得る存在が、今ここに現れたのだと。

…が、まだ!!

一体残っていたデオキシスシャドーは矛先を急転させ、アナウンサーへと槍腕の先端を伸ばしている。
振り向き、何もわからないままに貫かれ…


穂乃果「“アクアジェット”!!」

『ルリルッ!!』


水打!!!

高速、かつ痛烈なパンチがデオキシスを叩き潰している。

少女の目に隙はなく、討ち漏らしていた一体をケアすべく新たな一体を展開していた。


穂乃果「うんっ、ナイスだよ!マリルリ!」

『リルリル!』

435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:47:07.81 ID:ha7ZcpN9o
ピョンと片手を上げて応えるのは丸々と愛らしい水玉模様、みずうさぎポケモンのマリルリだ。
その特性は物理の申し子とでも呼ぶべき“ちからもち”。
可愛さだけでなく、戦闘力もズバ抜けているのだ。

高空、再びリザードンの背へと戻った穂乃果はそれ以外のポケモンたちを労ってボールに戻し、テレビクルーたちへと声をかける。


穂乃果「町に連絡したから、すぐ助けが来ると思います!」

「ありがとう!まだやることがあるんだろ?」

穂乃果「うん!行かなきゃいけないんだ!」

「私たちのことは気にせず行ってくれ!」


頷き、翼を翻す。
その時、アナウンサーはふと思い至る。大事なことを聞けていない!

カメラマンはそのレンズをリザードンの少女へと向け、アナウンサーは高らかに問いかける。
さあ顕示してくれ、悪星“綺羅ツバサ”へのカウンターと成り得るその存在を!


「君、名前は!?」

穂乃果「高坂穂乃果!」


飛び去る!!

436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:47:33.97 ID:ha7ZcpN9o
テレビクルーたちを残し、穂乃果はクレーターの方向へと進路を向けている。
予感がするのだ、デオキシスはあの一体だけではないと。


穂乃果(森の様子がまだ変だ、静かすぎる。ポケモンたちが怖がってるってことは、まだ…)

『キォルラルルルルラ!!!!!』

穂乃果「な、っ…!!」


上空、面前。
突如として現れたのはデオキシス、本体のうち一体。
それもその全身に極めて高い攻撃性を漲らせたアタックフォルムのデオキシス!

前へと推進していくリザードンの鼻先を後ろに滑るような奇怪な動きで飛んでいる。
直感力に優れた穂乃果でさえその異様に驚き、思考が硬直する。

瞬間、デオキシスはその体に強烈なサイコエネルギーを集中させる。
それはダイヤとの戦いでノーマルフォルムの一体が見せた大技“サイコブースト”の予備動作。が、攻撃に特化したデオキシスが放つその威力は!!


『キキキキルルルロラロロ!!!!!!!』

穂乃果「しまっ…!」

『リ…ッ、ザァァッ…!!?』

437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:48:04.19 ID:ha7ZcpN9o
エネルギーの超爆。
飲まれ、火竜は空から舞い落ちる。

刹那に背を翻し、リザードンはその体を盾に穂乃果を守っていた。
直撃を受けて意識を保てるはずもなく、穂乃果もまた直撃は避けたが閃光と衝撃に朦朧としている。

不幸中の幸いか、ここは森林。
リザードンはその翼や尾を木々に絡め取られ、落下速度を減速させていく。
意識を失した状態にもその両腕と翼で穂乃果のことだけは堅く守っていて、ついに地面へと落ちるも、なんとか穂乃果に大きな傷はない。
朦朧とした状態から、急ぎ意識を立て直し…


穂乃果「うわわ、なにこれ…!?」


ミカボシ山の地盤は硬い。
だが、土地が形成されていく最中にできた歪みのようなものか、地下にはところどころに空洞もある。

先、ダイヤが落下したのはそんな空間だ。
そして穂乃果とリザードンも今、似たような地盤の裂け目から滑落しようとしている。
穂乃果は慌てて土を掴むが、流砂のように飲み込まれていく!


穂乃果「うわあああっ!!」


落ちる!!岩盤の裂け目をスライダーのように滑り落ちていく!!

今度は立場が逆転だ。
穂乃果はリザードンの生命、尾の炎が消えないように、腕が焦げるのにも構わずそれを抱きしめている。
ヒトカゲの頃のように弱々しい炎ではない。
雨ぐらいで気を使ってあげる必要もないのだが、今は穂乃果を庇って重症、そんなところに滑落の勢いで大量の砂が掛かれば危ない。


『……ザ、ァ…』

穂乃果「大丈夫。守ってくれたんだからお互い様!」


スポン。
そんな擬音がぴったりな力感、穂乃果たちは寄る辺なき空中へと放り出されている。

そこはだだっ広い空洞。
どこかからか月光が差し込んでいるのか、地中にも関わらずそれなりに明るい。
壁面がピカピカと輝いている気もする。なにかしらの鉱物が埋まっているのかもしれない。

438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:48:38.97 ID:ha7ZcpN9o
ともあれ空中、もう土はかからない。

穂乃果はリザードンの尾から腕を放し、火傷を負った両手に少しだけ眉をしかめ、腰のボールを手に取る。
落下と滑落にまともに姿勢を制御できずにいたが、ようやくボールを手にすることができた。


穂乃果「お疲れ様…休んでてね、リザードン」


相棒へと優しく声を掛けて収め、次にもう二つ、ボールを手に取る。
片方は開閉スイッチを押してから投げ落とし、もう片方は手元で展開。
現れるのはもちろんもう一体の飛行ポケモン、バタフリーだ。


穂乃果「なかなかのスピードで落ちてるけど、私の体重はそんなに重くない…はず!がんばれバタフリー!」

「ふ、フリイイイイイ…!!!」


リザードンの次に古参、もちろん大の仲良し。バタフリーは穂乃果を落とすまいと全力で羽ばたく!
パタパタ、否、バタバタと。
なかなか重そうな声を漏らしつつ、苦しげながらにどうにか着地!!
微妙に殺しきれていなかった勢いにドスンと尻餅を付き、穂乃果は「いてて…」と小さく呟く。

その首筋、銀の鋭利。
よろいどりポケモンのエアームドの翼が、穂乃果の頸動脈へと突き付けられている。

そう、にこは確かに言っていた。
この地に残党がいると情報を得て捜査に来たのだと。


英玲奈「エアームド、そのままだ」

穂乃果「……アライズ団の、統堂英玲奈」


対峙。

439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:49:09.26 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果、英玲奈、双方が無言。

呼吸…僅かな身じろぎ、英玲奈はそれを許さない。
穂乃果がほんのわずかに重心を傾けたのを目敏く見抜き、エアームドの翼をより強く押し付けることで動きを留めさせる。


穂乃果「………」

英玲奈「ボールに手を掛けようとしたのか、だが無駄だ。どう動こうと、エアームドが君の首を?き切る方が早い」


こうして実際に対面するのは初めてだが、穂乃果は海未や様々な人から英玲奈の殺人行を聞いている。
まるでためらいのない人への攻撃、銃の使用も辞さない殺人のプロ。
ツバサがアライズ団の顔役なら、こちらはアライズ団の暗部を煮詰めたような存在。

それを理解した上で、穂乃果は恐れずに口を開く。


穂乃果「動かない方がいいのはあなたもだよ」

英玲奈「……ふむ、どうやらそのようだ」

440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:50:07.43 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈の足元、地中から鋭爪。
エアームドと同じく硬質な銀光は英玲奈の足首と腹部に突き付けられていて、頭と爪の鋼を合わせれば頑強なドリルへと姿を変える。
その正体は“ちていポケモン”、はがね・じめんタイプの鉄モグラ。
穂乃果のドリュウズ!

リザードンと共に中空へと投げ出されて落ちる最中、穂乃果はバタフリーを出すと同時にもう一つボールを投げ落としている。
ボールが地面に落ちた瞬間、展開されるドリュウズ。
ボール越しに穂乃果から伝えられた通り、瞬時に地中へと潜行し、敵が現れた場合に先んじて備えていた。

そして今、英玲奈へと突き付けられている銀鋭!


英玲奈「足元からの奇襲とはな。実に私好み、部下を育成する際に叩き込む戦術の一つだ」

穂乃果(鹿角聖良…あの子のマニューラが足を狙ってきたやり方の真似だけどね)

英玲奈「高坂穂乃果…そうか、聖良を倒したのは君だったな。取り入れたのか?」


問われ、こくりと頷く。


穂乃果「うん、いいなぁと思ってドリュウズを育てたんだ」


敵だろうと命を奪い合った相手だろうと、良いと思ったところを素直に真似るのは穂乃果の長所の一つ。
英玲奈もまたそう捉えたようで、直属の部下である聖良を倒した相手へと小さく笑いかける。


英玲奈「フフ、面白いな君は。ところで、聞いていないか?私は多少の怪我なら再生できる体だが…」

穂乃果「そ、そうだった!ドリュウズの意味がない!?」

英玲奈「はっはっは、驚いて見せつつ足元の砂を蹴り上げる準備、目潰し狙いか。嫌いじゃない」


すっと、英玲奈は諸手を掲げる。
その仕草はエアームドへの指示や新たなボールを手に取るわけでなく、銃や暗器の類を取り出すわけでもない。
そして穂乃果は理解する。統堂英玲奈は敵意がないと示しているのだ。

441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:50:53.75 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「今、ここで君とやりあうつもりはない。どうだ、お互い矛を収めないか?」

穂乃果「………」

英玲奈「理由を言おう。私は君の首を抑えて牽制しているが、君はまだ何か策を秘めた目をしている。私は潜伏中の身、無駄な戦いは避けたい」

穂乃果「………」

英玲奈「証左に、私からポケモンを収めよう」


告げ、英玲奈はその通りに穂乃果の背後からエアームドを回収する。
そのまま再度手を上に、騙し討ちの意図はないと示してみせる。

だが、それを易々と信用……する。
穂乃果はドリュウズを、それとバタフリーを収めて「ふう」と溜息。
どさりと大の字、細かな砂で埋まった地面に寝そべりくつろぎモードだ。
これには英玲奈も少し驚いたか、「いいのか、そんなに隙を見せて」と思わず尋ねている。


穂乃果「信じるよ、だって今そっちが騙し討ちする意味ないもん。あー疲れた…」

英玲奈「ふむ…」

442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:51:20.76 ID:ha7ZcpN9o
そう言って伸びをしつつ、穂乃果の顔は未だに企ての色を失っていない。
英玲奈が何かを仕掛けたなら即座に応じるという目。休息と臨戦を同時に宿している。

英玲奈はそれを見て取り、小さく唸る。
なるほど、あんじゅから聞いていた通りに一筋縄でいかないタイプらしい。

だが、英玲奈に今戦う意思がないのは事実。
穂乃果へと背を向け、少し離れた位置に並べてある簡易な調理器具へと歩み寄った。
カセットボンベの火にヤカンが掛けられていて、シュウシュウと沸騰の音を鳴らしている。

穂乃果はそれを見逃さずに口を開く。


穂乃果「喉乾いたなー」

英玲奈「……ん?まさか、茶を要求しているのか」


仮にも敵対者だというのに。英玲奈はついつい呆れた表情を浮かべてしまう。
だが、ここまで厚かましく来られると逆になんとなく断りにくいものだ。

443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:51:47.81 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「……仕方ないな」


馴れた手つき、ブリキのマグカップにお湯を注ぎ、一度捨てて容器を温める。
そして湧きたてのお湯をダバダバと注ぎ直し、そこへ丁寧な手付きでティーバッグを沈めた。


穂乃果「おおー紅茶!いい匂い!」

英玲奈「まだだ。茶葉が開くまで待て」


真面目に律儀に、英玲奈はお湯の中で踊る茶葉を凝視する。
そして上から小皿を被せ、蒸らしの工程へ。


英玲奈「一分ほど待て」

穂乃果「う、うん」

英玲奈「………ミルクは入れるか?」

穂乃果「あ、入れた方が好きだなー」

英玲奈「なら三分だ」

穂乃果「え!?余計に待つならそのままでいいよ!」

英玲奈「案ずるな、私もミルク派さ。ミルクティーは濃く抽出しなければ風味が薄れる」

穂乃果(こ、凝り性だ…!)


444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:53:24.82 ID:ha7ZcpN9o
なんだかよくわからないが長めに待たされることとなり、穂乃果は仕方なしに周囲の様子を眺めている。
ミカボシ山の地下空洞、落ちながら見渡したのと下から見上げるのとでは、また印象が異なる。


穂乃果(うーん、広い)


どうやらドーム状の空間になっているらしい。
遥か頭上の天井部では、ところどころの裂け目から光が漏れ混んでいる。
穂乃果たちが落下した穴も、その光のうちどれかなのだろう。

また、降るのは光だけではない。
さらさらと静かに、きめ細やかな白砂が砂時計のように線を描いて落ちてきている。
穂乃果たちが落ちた穴はそれなりの幅がある穴だったが、もっと小さな裂け目が上にはたくさんあるように見える。
その裂け目へと転がり込んだ小石や砂が、長い歳月をかけて狭いところを潜り抜けて研磨され、そして白砂として降ってきているのだ。


穂乃果(むむ、高いなぁ…)


天井の高さまで飛んで、さらに穴を抜けて地上までというのは相当の距離。
いくら飛べるとはいえ、バタフリーに穂乃果を抱えてその距離を飛ばせるの厳しいかもしれない。

そんな思案をしていると、ポチャンと水音。
目を向ければ小さな魚影。

「あ、そっか」と穂乃果、ここは地下水脈なのだ。
今いる場所には降る砂が敷き積もって白砂が形成されているが、よく見れば周りをぐるりと澄んだ水面、湖が取り囲んでいる。


穂乃果(飲める水かな?)

英玲奈「飲める水だ。この紅茶もその水を沸かしている」

穂乃果「…あれ、声に?」

英玲奈「それだけ水面を見つめていれば言わずともわかるさ。さて、三分だ。砂糖は?」

穂乃果「あ、ちょっとだけで」

英玲奈「そうか」

445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:53:54.50 ID:ha7ZcpN9o
心得たり。穂乃果の紅茶に角砂糖が四つほど落とされる。
全然ちょっとじゃない。多すぎる。
嫌がらせか何かかと穂乃果が見ていると、英玲奈は自分の紅茶に七、八と角砂糖を投じた。


穂乃果「なるほど」

英玲奈「何がだ」

穂乃果「いやぁ…」


そして小型の冷蔵庫から取り出したモーモーミルクを紅茶へと注ぎ、温くなったブリキカップを穂乃果へと手渡した。


英玲奈「ほら、毒入りだがな」

穂乃果「真顔で冗談言われると…あ、おいしい」


季節は秋にして時刻は夜。
山地の、それも地下の水辺となればなかなか肌寒い。
そこに温かいミルクティー、美味しくないはずがない。
少し甘すぎるのも疲れた体には良い塩梅。湯たんぽがわりに掌を温めながら、芳香と糖分をゆっくりと胃に落とし込んでいく。

英玲奈も三歩ほど離れた位置に腰を下ろし、静かにそれを飲み下している。
殺伐とした場面しか見たことのない相手だが、こうして静かに見てみると、モデル系とでも言えばいいのだろうか、美しい容姿をしている。
それが簡素な銀容器を手に、かすかな湯気を口に運ぶ姿はなんとも様になっている。

ただ、そのミルクティーは激甘だ。


穂乃果「やっぱり砂糖入れすぎじゃないかなあ…」

英玲奈「……ん、私のこれか?本場のコーヒーは底に残るほどの砂糖を入れて飲むそうだ」

穂乃果「え、これ紅茶だよ?」

英玲奈「似たようなものだろう。フフ、素人だな」


穂乃果はまったくグルメを気取らないタイプだが、それでもコーヒーと紅茶を一緒くたに扱うのは無理があるんじゃ…と。
そして、真姫が英玲奈と似たようなことを言っていたのをぼんやりと思い出す。

446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:54:42.43 ID:ha7ZcpN9o
“コーヒーには砂糖をたっぷり入れるのか本場式。ただし、エスプレッソだけね”

穂乃果(……って、ドヤ顔で言ってたような)


衒学なドヤ顔はともかく、真姫のセレブ舌と知識には疑いがない。
(この人、意外と賢くないのかなぁ)と…そんなことを考えられているとは露知らず、英玲奈はカップを飲み干して立つ。

テーブルにそれを置くと、英玲奈はそこに置かれていたもう一つのマグカップを手に取った。

誰の分だろう、もう一人いる?
気配はないが…備えて身構える。

そんな穂乃果を意に介さず、英玲奈はそのカップを手に取ると、布を斜めに立てかけただけの簡素なテントへと歩いていく。
覗き込むと、そこには負傷した一人の少女が静かに眠っている。
黒髪の大和撫子、それは穂乃果もよく見知った…


穂乃果「ダイヤさん!!?」

447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:55:20.80 ID:ha7ZcpN9o



海未(っ、不覚。希や凛と分断されてしまいました)


森の中、海未は一人で周囲を見渡している。

順調に敵を蹴散らしながら進んでいたのだが、高レベルのデオキシスシャドー数体から一斉の襲撃を掛けられた。
そこで三体ほどが続けざまに“サイコブースト”を連発。
ギリギリで逃れ、応じて撃破しつつも衝撃の端を掠めてしまった。
海未を掴んで飛んでいたファイアローが方向を失してそれなりの距離を流れてしまったのだ。

しかし慌てない。
はぐれた場合はどうするか、希たちと事前に取り決めてある。


海未「ファイアロー、“おにび”を空へ」

『ファロッ!』


ぼう、と幽幻。
夜空へと打ち上げた篝火はゆらゆらと揺らめいて海未の居場所を遠くにまで知らせる。

応じ、空に微細にコントロールされた魔炎が“2人”と文字を描いて空を照らした。
おそらくは希のマフォクシーが放った“マジカルフレイム”。
その文字を見るに、凛と希は共にいるらしい。

随分と位置は離れてしまっていて、無理に合流を考えるよりは状況に即して動くべきだと海未は判断する。

448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:55:52.93 ID:ha7ZcpN9o
海未の傍らにはファイアローともう一匹、森林の夜陰に紛れたゲッコウガの姿。
デオキシスシャドーを撃破し、ゲッコウガはその特性、“きずなへんげ”を発動させている。
溢れ出す水流の力を集めて十字手裏剣のように形成、背に背負い、強力なエネルギーを静謐に宿している。


海未「園田流、ソノダゲッコウガ」

『………コウガ!』


絆変化、その効果はメガシンカにも似た能力の向上。
だけに留まらず、海未とゲッコウガの間には感覚リンクが形成されている。

故に、海未にも宿る超感覚。
元より人としての身体能力を高い域へと磨き上げている海未だからこそ、その感覚を見事に掴んで乗りこなしてみせる。

瞳を閉じ、風を読み…


海未(この状態なら森、広域の動向を捉えることが可能。
山奥まで飛ばされたおかげか、普段よりも静寂に感覚が澄まされている…不幸中の幸いでしょうか)

海未(希と凛のそばに敵はなし。ああ、花陽が千歌とルビィと合流してくれていますね、良かった…おや、この気配は?)


気付く、その気配はにこだ。
町に入り込んだ分身体とアライザーの処理が済んだのだろうか。


海未(……いや、違う。にこは…にこは追っている。町のことを絵里と真姫に任せ、おそらくは…)


フラッシュバックする民宿での映像。
にこはことりへと確信めいた疑いを目を向けていて、ことりはそれを無視していて…

海未は集中を打ち切り、ゲッコウガとファイアローを伴って駆け出す。


海未「行かなくては…!」

449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:56:44.88 ID:ha7ZcpN9o



にこ「アンタ…何してんのよ」

(・8・)「………」


静かな怒気、応じない仮面。
にこと“鳥面”は、静まり返った森林の中で向き合っている。

鳥面、ことりの周囲にはアライザー、白服の男女たちが三人横たわっている。
その首筋には既に注射跡。“洗頭”を無慈悲に投薬されていて、半開きのまなざしを虚ろに漂わせている。

にこは既に、鳥面がことりであることを知っている。
それは刑事の嗅覚、ことりの笑顔に隠匿の気配を感じ、民宿でその鞄を調べたのだ。

手先が器用なのだろう。
鞄の底は器用に工作されていて、通りすがりの警察が気まぐれに手荷物を調べたとしてもやり過ごせるだけの丁寧な隠し底だった。
だが、にこの眼力はそれを問題なく看破した。
そして隠された仮面と洗脳薬を目にすれば、もうその正体は疑いようもない。

けれど、すぐに問い詰めはしなかった。
にこは無粋ではない。久しぶりの幼馴染たちの再会、楽しい食事の時間を逮捕劇で乱したくないと考えたのだ。
一段落したところで密かに呼び出し、今日でなくてもいいと、頃合いを見ての自首を促すつもりだった。

450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:57:15.25 ID:ha7ZcpN9o
…が、デオキシスによる動乱。
そして今に至り、新たな犠牲者が出てしまっている。

だが、にこの表情を歪めているのはそれだけではない。
ことりが今しようとしている行動に対して、腹の底から煮えたぎるほどに激怒しているのだ。
アライズ団に運命を狂わされた可哀想な少女だと、抱いていた情状酌量の余地を蒸発させるほどに。


にこ「何をしてるのかって聞いてんのよ!!!」

(・8・)「“洗頭”を、打とうとしてるだけだよ」


静かに、ことりはそう呟く。
そして手にした注射器を近付け…アライザーが使っていたポケモン、ヌメルゴンの首筋へと針を突き立てる。
綺羅ツバサにイーブイを奪われたその時と同じように…!


にこ「それをやったらおしまいでしょうが…!もう連中と、アライズ団と何も変わらない…!!」

(・8・)「………力がいるの」


人に打つのももちろん論外。ただ、アライザーたちは殺人も辞さない悪党だ。まだ理解できる部分もないではない。
だがポケモンは、指示に従っているだけのポケモンにまで…

押し込み、注入される薬液。
ヌメルゴンはその体をビクンと跳ねさせ、攻撃性を増した瞳でむくりと立ち上がる。
ことりはアライザーの弛緩した手からボールを拾い…
これでヌメルゴンは、600族のドラゴンポケモンはことりの物に。

それをしてしまった以上、もう戻れない。
にこの目は少女を案じる優しさと厳しさから、堕ちた者を見つめる悲しげな視線へと色を変えている。


にこ「……逮捕するわ、鳥面」

451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:57:43.11 ID:ha7ZcpN9o
罪人に私刑を下すのと、ポケモンを奪うのと、どちらがより大悪なのかはわからない。

ただ、南ことりの闇は愛するポケモンを奪われた事に端を発したもの。
その闇が罪のないポケモンに向けられてしまったのならば、それは…

にこはルガルガンを繰り出している。
昼と夜、どちらで進化するかで姿を変えるオオカミポケモンの、夜の姿だ。
種族値はそれなり。しかしにこは種族値よりも何よりも、その個体の根性を優先するトレーナーだ。
赤みがかった眼光に尾を立てて、このルガルガンの根性は折り紙つき。

対し、ことりは奪ったばかりのヌメルゴンを立たせている。
戦闘力は十二分、ドラゴンタイプに傾倒してきたことりはヌメルゴンという種族の性能を既に熟知している。


(・8・)「ヌメルゴン、そのまま待機しててね」

にこ「ルガルガン。あのバカ鳥、ブン殴るわよ…」


夜狼は低く吠え…
飛びかかるべく前傾、脚の筋力が膨れ上がる。

開戦!━━━が。それを遮り、地へと突き刺さる青の刃!


にこ「なっ!」

(・8・)「…!」


それは“みずしゅりけん”!
忍者のカエル、ソノダゲッコウガのエントリーだ!!

そして共に水渦を纏い、滑るように現れたのは海未。
ことりに肩を並べ、奇妙な仮面に何を訪ねることもなく、静かな声で口を開く。


海未「逃げてください…ことり」

452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:58:11.24 ID:ha7ZcpN9o
(・8・)「……海未ちゃん、何も聞かないの?」

海未「ええ、聞きません。一つ言わせてもらうなら…その仮面、“ダサい”ですよ」

ことり「……ふふっ、海未ちゃんにダサいって言われるの、初めてだね」


仮面を外し、寂しげに笑いかけ…
背を向け、ことりは森へと消える。

見送り、海未とゲッコウガは静かな戦意を張り詰めさせている。
にこたちの追走を阻むという意思は明確。
にこはことりを追わない。園田流の息女、海未を突破するのは容易くないと理解しているのだ。

ただ静かに、海未へと問いかける。


にこ「アンタ、自分がやってることを理解してる?」

海未「幼馴染を守る…それだけです」

にこ「南ことり、“鳥面(バードフェイス)”。教えてあげるわよ、あの子が何をしたか」

海未「聞きたくありません」

にこ「見なさいよ、そこに寝転がってるアライザーたちを…散らばってる薬の残骸を!!」

海未「聞きたくありません!!!」

453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:58:38.77 ID:ha7ZcpN9o
にこの言葉を遮るように、自分の耳へと入らないようにあげる大声。
海未の叫びはにこの耳に、悲鳴にしか聞こえない。


にこ「……ダダこねてんじゃないわよ」

海未「私は、私は…自分の中の、基準がわからなくなっているのです」


海未の手は、麻痺毒を受けたかのように震えている。
その目は隙なくにこを見据えたまま、苦しげに悲しげに片手で頭を抱える。そして語る。


海未「……私は、幼い頃はとても引っ込み思案で。穂乃果はもちろん、ことりの方が私よりよほど活動的な子でした。
実は私が一番年下なのです。三月生まれでして」

にこ「……」

海未「今でこそ肩を並べた友人関係ですが、幼少期の数ヶ月差というのは地味に大きくて。
私は、少しだけお姉さんな穂乃果とことりの後を追って、追って、二人を指針にして生きてきたのです」

にこ「……」

海未「……私は、わかりません。アライズ団…あの者たちに出会って、負けて…
教えてください、にこ。正道に殉じ、守りたい者を守れずに死ぬのと、邪道に落ちてでも守るべき者を守り抜くのと、どちらが正しいのか…」

にこ「……」

海未「揺らいでいるのです、私の中の基準が。二つの道のどちらが正しいのか、そんなことは考えるまでもないのに…
この上、今、私にとっての大切な基準の一人、ことりがどんな道を歩んでいるかを知れば…知ってしまえば、私は戻れなくなるかもしれない…怖い…!」

454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:59:05.87 ID:ha7ZcpN9o
にこ「……希から聞いてたわ。アンタが選択だかなんだかを迫られるってもったいぶった言い方で。
んで、結果、アンタは目を瞑って“逃げ”を選んだのね」

海未「穂乃果…ことり…」

にこ「……ま、人生色々あるわよね。にこもアンタより一つ上なだけだから、答えを示してやるだとかはできない。けど、一つ言えるのは…」

海未「教えてください…にこ…!」

にこ「目ぇ覚まさせてやるからしっかり現実見て、自分の頭で考えなさいってことよ!園田!!」


にこはルガルガンを戻し、ボールから別の手持ち、はがね・フェアリータイプのクチートを繰り出した。
にこの手首にキラリと煌めき、そのアクセサリーを海未は知っている。


にこ「絵里や希だけの専売特許?んなわけないでしょ」

海未「…っ」

にこ「メガシンカ!!!」


にこのバングルが輝き、共鳴、クチートの全身が光に包まれる。
小柄で愛らしい体は疑似餌のように、クチートの頭部には巨大な捕食口。
それが二つに増えて頭の両側へ。
黒く二つ、揺れるそれは、まるでにことお揃いのツインテール。そして叫ぶにこ!!


にこ「ブッ倒すわよ!!メガクチート!!!」

海未「っ、私は、負けられない…ゲッコウガ…!!」


晴れぬ混迷の霧中、海未はにこを迎え撃つ。

455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 06:59:39.78 ID:ha7ZcpN9o



黒澤ダイヤは目を閉じている。
呼吸は浅く、しかし乱れてはいない。

登山用のベストが肺を圧迫しないよう、前面のチャックを開いてある。
その下に着ているシャツ、元はおそらく手首までを覆う長袖だったろうそれは途中で丁寧に切り取られ、五分袖の丈になっている。

残っている袖の部分には大量の鮮血に濡れ、乾いて黒くなった跡がある。袖を切り取ってあるのは、傷口と布が血で固着してしまわないようにだ。
露出している腕には包帯が幾重か丁寧に巻いてあり、同様に脇腹などにも包帯、治療の痕跡が。

そんなダイヤの首に指を当てて脈拍を測る英玲奈へ、穂乃果は静かに尋ねる。


穂乃果「あなたが治療したの?」

英玲奈「落ちてきたからな」

穂乃果「なんで…」

英玲奈「せっかくのオフだ、目の前で死なれたのでは寝覚めが悪いだろう」


英玲奈はさらりとそう答え、まだ薄く湯気を立てているカップを飲ませようとダイヤの肩を軽く揺する。
…と、丸みのある何かが体当たりでその手を払いのけた。

鉱物や宝石の体に長い耳を生やしたような姿のメレシー。
どうやらダイヤの手持ちポケモンらしく、そばにふわふわと浮かびながら強い警戒心を見せている。
そんなメレシーの様子に英玲奈は軽く笑み、むしろ少し嬉しそうな表情で呟く。


英玲奈「よほど懐いているらしい。一緒にいたボスゴドラはボールに収めたんだが、メレシーはボールに入ってくれなくてな」

穂乃果「ダイヤさん、優しい人だから」

英玲奈「生い立ち上、私は人心の機微というものがわからない。だが、ポケモンに好かれている人間は好きだ」

穂乃果「生い立ち…って、どんな?聴きたいな」

英玲奈「断る」


スパリと、にべもなく拒否。


英玲奈「自分のことを話すのはどうにも苦手だ。ツバサやあんじゅは頼まずとも自分語りをするタイプだが…」

穂乃果(気になるなあ…)

456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:00:09.70 ID:ha7ZcpN9o
こうして少しの会話を交わし、傷付いたダイヤを治療してくれていて、穂乃果の心に困惑が芽生える。
そのまま、素直に口にする疑問。


穂乃果「英玲奈さんって、悪い人…なんだよね?」

英玲奈「オハラタワーで40人殺した。善悪は君が判断しろ」

穂乃果「やっぱり悪いや…」


人というのは一面で語れるものではない。
そんなことはもちろんわかっているのだが、それがアライズ団となると戸惑いが拭えない。

穂乃果の旅路は常にアライズ団を、悪に負けないように強くなろうと意識しながらの道のりだった。
そんな大悪の象徴である三幹部の一人。けれど今の英玲奈は穏やかな目をしていて、穂乃果はついつい「ううん」と唸ってしまう。

傷口が痛むのだろうか、ダイヤは寝息の中に小さな呻きを交えている。
英玲奈はメレシーを刺激しないようそっと手を伸ばし、額に浮かんだ脂汗をハンカチで拭う。


英玲奈「死んでてもおかしくない傷と出血だった。少し強引に治療をさせてもらったよ」

穂乃果「強引に、って?」


その問いに声を返さず、英玲奈は上を見上げる。
時折、地上から微かな振動が伝わってくる。
直接穂乃果たちの足場が揺れるわけではないのだが、少しずつ落ちてきている砂が俄かに勢いを増す瞬間があるのだ。

それを目に、英玲奈が穂乃果へと問いを返す。


英玲奈「上では、デオキシスが暴れているんだろう?」

穂乃果「うん、なんで知って…もしかして、英玲奈さんが暴れさせてるとか!?」

英玲奈「いや、違う…が、ある意味ではそうだな」


その表情は意味深長。
訝しむ穂乃果へ、英玲奈は言葉を続ける。

457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:00:44.77 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「デオキシスは本来、とりたてて攻撃的な生物というわけではない。
辿り着いた星の環境への適応を何よりも優先する生物だ。
先にその星に適応している同種がいれば、その行動をトレースすることで馴染もうとする」


と、英玲奈は突然、自らのシャツの前身頃を開いてみせる。
そんなことをすればもちろん、胸や肌が露わになる!
穂乃果は驚きに「うわ!?」と声を上げ、そして“それ”を目にし、もう一度「うわ…」と声を落とす。

英玲奈の肌、胸から腹にかけて…広範囲にオレンジと青緑の肉塊が蠢いている。
元よりの肌、肌色の皮膚との境目は拒絶反応を起こしているのか微かに膿んでいて、内出血に薄紅が滲んでいる。

その様は…酷くグロテスク。

穂乃果は思い出す。
それはオハラタワーで英玲奈と交戦した四天王、松浦果南が目にして伝えた情報の通りで、きっとあの肉塊が高速の自己再生を実現させるのだろう。

そして、今の穂乃果はその血肉と同質のものを見知っている。
オレンジと青緑の体、蠢く触手…

458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:01:21.41 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「デオキシス細胞。子供の頃に人体実験で埋め込まれたものだ」

穂乃果「人体、実験……」

英玲奈「この細胞のせいか、デオキシスたちは私を同族と見做しているらしい。
つまり、先達…殺し屋である私の行動を環境に適応するための正解だと勘違いしているんだ」


自嘲気味、口元を薄めて笑み。
どこか空虚な声が吐息めいて、微かに漏れる。


英玲奈「私など、スクラップの類なのにな」


英玲奈が語らなかった凄絶な過去。
それを垣間見て、穂乃果はどう言葉を返せばいいのかがわからない。
故郷に、家族に、友人に恵まれて生きてきた穂乃果にはとても想像が及ばない境遇だ。


英玲奈「見ての通りの体だ。誰かと愛し合い子を成すこと、幸せな家庭を築くこと、その全ては、望むべくもない」

穂乃果「……」

英玲奈「まあ、さほどの興味があるわけでもないが…それでも閉ざされてしまった可能性というのは気にはなるものさ」

穂乃果「そんなのって…」

英玲奈「フフ、何故君が落ち込む。共感してくれとは言っていないぞ。
ただ…確認も取らずに、彼女には申し訳ないことをした」


そう言って、英玲奈はダイヤへと視線を戻す。
そこで穂乃果は、英玲奈の言う“強引な治療”の意味に思い至る。

ダイヤの傷口を注視すると…そこには英玲奈と同様、オレンジと青緑。
英玲奈は傷を塞ぐため、デオキシス細胞の一部をダイヤへと植え付けたのだ。
ずくずくと蠢き、欠けた肉を補っていくのがわかる。
英玲奈ほど目立つわけではないが、しかし人外に違いない。


穂乃果「ありがとう、英玲奈さん」

英玲奈「ふむ…?」


それでも。
穂乃果はダイヤに代わり、改めて礼を告げる。
彼女ならきっとそうするだろうと、面識のある穂乃果は思ったのだ。


穂乃果「ルビィちゃんがいるもん。ダイヤさんはどんな形でだって生き延びたいって思うはずだよ」

英玲奈「そういうものか」

穂乃果「うん、私も姉だから。ダイヤさんみたいに妹を溺愛とかじゃないけど仲はいいしね」

英玲奈「そうか、それはよかった」

459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:01:52.16 ID:ha7ZcpN9o
反応はそっけない。
だがその横顔は、少しだけ嬉しそうに見える。


英玲奈「君も腕を火傷しているな。簡単にだが、手当てをしよう」

穂乃果「え?あ、これ…」


言われて初めて思い出す、それはリザードンの尾火を抱きしめた時の火傷だ。

デオキシスたちと激しく戦ってからまだ30分経ったかそこら、気持ちの根っこに高揚が残っていて、痛覚を麻痺させていた。
けれど冷静に見ればそれなりの火傷。意識してしえば途端に走る熱と痛み。

「待っていろ」と言い残し、英玲奈はボウルで薬草のようなものをすり潰し始める。

ヒリヒリズキズキ、集中が途切れた穂乃果は痛みに強くもなんともない。
「うう…」と涙目、そんな穂乃果の腕へと英玲奈は草木の緑に染まった即席の湿布を巻きつけ、上から丁寧に包帯を巻いてくれる。面倒見がいい。


穂乃果「染みる…」

英玲奈「我慢しろ」

穂乃果「……そういえば、英玲奈さんはなんでここに潜んでるの?見つかりにくい場所だから?」

英玲奈「それもあるが、石を集めていた」

穂乃果「え、石」


斜め上の答えに、穂乃果は首を傾げる。

460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:02:44.52 ID:ha7ZcpN9o
ひょいと石を拾い上げ、それを穂乃果の目の前へと差し出す。
よく見ればほんのわずかに発光していて、なんとも不思議な見た目をしている。


英玲奈「この石は長い歳月を掛けてゆっくりと蓄電していく性質がある。見たことはないか?」

穂乃果「えっと…あ、これ雷の石!」

英玲奈「その通り。市販品は人工的に電気を注いであるがな」


英玲奈はその石を足元へと落とし、別のものを両手に拾い上げた。
それをまた穂乃果へと見せながら、少し楽しげに口を開く。


英玲奈「この場所は希少な鉱石が多い。例えば右手の石は極めて良質な化石燃料、左手の石はX線に映らない性質がある。他にもこの石は…」


俄然、語り口が熱を帯び始める。
そういえば少し前、英玲奈は“せっかくのオフ”と言っていた。
ここにいるのは潜伏だけでなくきっと趣味も兼ねていて、珍しい鉱石を集めることに喜びを感じるタイプなのだろう。

だが穂乃果は興味がない。そんなに熱く語られても困る!

461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:03:12.21 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「あ、その、ええと!私、理系は弱くて!あんまりそういうのはわかんないかなぁ~、あはは…」

英玲奈「そうか…ちなみに君が踏んでいるその石、加工すれば7桁の売値が付くぞ」

穂乃果「えええっ!?持って帰る!!」

英玲奈「嘘だがな」


…と、そんな調子で雑談を重ね、穂乃果は生来の人懐っこさで英玲奈と馴染んでいる。
後日、アライズ団としての英玲奈と顔を合わせれば、きっと今日の語らい経たことなど気にせず殺しにかかってくるのだろう。
けれど、それでも、少しだけ敵を理解できた気がして穂乃果は嬉しい。

そしてついに、穂乃果は胸に抱えていた大きな疑問を英玲奈へとぶつける。


穂乃果「綺羅ツバサは、本当に負けたの?」


何故、そんなことを聞いたのかわからない。

絵里の強さを信じていないわけではない。
むしろ録画した試合を実況の一言一句を暗唱できるほどに見返した憧れの存在だ

だが、聞かずにはいられなかった。
本当に負けたのか。

それは綺羅ツバサの黒の魅力、ブラックホールめいた吸引力の為せる業だろうか。

長い沈黙……

やがて、英玲奈が口を開く。

462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:03:40.64 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「……アジトへの急襲は完全に予想外。そしてツバサは、負けたフリなど絶対にできない、根っからの負けず嫌いだ」

穂乃果「じゃあ…」

英玲奈「ああ、ツバサは絢瀬絵里に敗れた。東條希のサポートと、矢澤にこの執念に捕らわれた。それは本当だ」


すっと、穂乃果の肩から力が抜ける。
ダイイチシティでの間接的な対峙、オハラタワーでの面前。
段階を踏んで向き合ってきた、絶対的な存在だと思い込んでいた綺羅ツバサ。
だがその絶対性は幻想だった。
絵里、希、にこ。穂乃果が尊敬する年上の三人は、間違いなく悪の支柱へと勝利を収めたのだ。

英玲奈の口調に偽りの色はない。
嘘をつくタイプではない。石の価格がどうだとかのジョークは別として。

だとすれば投獄は本当で、きっと脱獄してくるという確信めいた戦慄は単なる錯覚で…!


英玲奈「だが」


英玲奈の言葉には、その先がある。

463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:04:08.56 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「敗北には種類がある。致命的なものと、そうでないものと。ツバサにとって先日の敗北は…後者だ」

穂乃果「致命的じゃ、ない。牢屋に入れられたのに?」

英玲奈「あいつはあれで用心深い。万が一に備えての仕込みは既に済んでいたのさ」

穂乃果「……仕込み」

英玲奈「負けて逮捕されてしまったのは、複数想定していたプランの一つに過ぎない。
そしてツバサは敗北の中にも、我々にとって最善の爪痕を残してみせた」

穂乃果「脱獄はできないよ。ロクノシティ刑務所の警備はすごく堅いもん」

英玲奈「君はそう思っていない。ツバサなら必ず脱獄してくると、そう理解している目だ」

穂乃果「……」


英玲奈は静かに、空洞の天井を仰ぐ。
震動…徐々に強まり、降る砂はその量を加速度的に増していく。
さらさらと、ざあざあと。

英玲奈は目元を優しげに、もう一度だけ穂乃果へと笑いかける。
そしてそれは高坂穂乃果が目にした、統堂英玲奈の最後の笑顔となる。


英玲奈「何故話すか、それは我々の計画が、今を以って最終段階へと移行するためだ。
もう君にも、誰にも止めることはできない。ツバサ流に言うなら…そう」


英玲奈「パーティーの開演だ」

464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:06:11.68 ID:ha7ZcpN9o
崩落。
頭上の天蓋が砕け飛び、星空を背負い現れるのはアタックフォルムのデオキシス。
ただしその体に纏ったエネルギー量、効率は先ほどまでの比ではない。

英玲奈が、そしてダイヤが跳ね起きて天井を見上げている。


ダイヤ「こ、この感覚は…!?」

穂乃果「ダイヤさん!」


英玲奈はテッカグヤを繰り出し、片足を掛けて飛ぶ姿勢へ。
狼狽する穂乃果へと目を向け、手短に口を開く。


英玲奈「君は好ましい。一つだけ助言を与えよう。
デオキシスは同族が倒された際、その戦闘経験を共有し蓄積する。故に…この個体は最強」

『キルォルルォレルラロロロルル』

穂乃果「変形してる!?」


宙空のデオキシスは攻性、堅固、俊敏と自在に姿を切り替えていく。
穂乃果が倒したスピードフォルムや、誰かしらが倒したディフェンスフォルム、その前にいたはずの基本形。
その三体の能力が面前の個体にはフィードバックされていて、生み出されるのは恐るべき戦闘力。


英玲奈「デオキシスは計画にとってイレギュラー。だが、足止めに利用させてもらう」

穂乃果「待っ…」

英玲奈「さよならだ、高坂穂乃果」


飛翔。
同族と見て反応を示さないデオキシスの横を通り抜け、止める間もなくそれを見送る穂乃果。


凛「み、つ、け、た!にゃああああっ!!!!」


交錯、飛び去る英玲奈とニアミスで飛び降りてきたのは凛!
オンバーンの背に乗っての急降下、目敏く穂乃果を見つけて声を張り上げる!


凛「穂乃果ちゃん!!こいつ捕まえるから手伝って!!」

穂乃果「うん、わかった!!」


英玲奈の言葉は事態の急転を告げていて、心に燃え上がる焦燥。
だが切り替えの早さが穂乃果の身上。
そう、まずはこのデオキシスを倒さなくては話にならない!


穂乃果「いくよっ!ガチゴラス!!」

465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:06:39.11 ID:ha7ZcpN9o



転じ、アタックフォルムによる大崩落から1キロほど離れた地点。
森林に絹を裂くような怒りが漏れる。


ことり「どうしてっ…邪魔するの…!!」

希「ごめん、マナー違反なんはわかってるんやけどね」


ことりの周囲には激しい戦闘の跡がある。
それは地を染めた毒液や竜爪の轍、そして応じて放たれたサイコエネルギーの残滓、クレーター。

海未に庇われてにこから逃れたことりはデオキシスシャドーたちが多い方、多い方へと目指して進む。
そして本体のうち一体、ディフェンスフォルムのデオキシスを見つけ出してみせた。

始まる激闘、磨き上げてきた竜牙を振るい、頑強な防御力を誇るデオキシスと互角以上の戦いを繰り広げた。
そしてヌメルゴンの攻撃がデオキシスを揺らがせ、ついに訪れた捕獲の好機。
ことりは目を見開き、鬼気迫ってボールを投げる!

何も聞かずに逃がしてくれた海未ちゃんのためにも、絶対に絶対に捕まえてみせる、力を手に入れてみせる…!

その横から。

466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:07:06.06 ID:ha7ZcpN9o
希「フーディン、サイコキネシス」


放たれた念力がボールを弾き飛ばし、そしてデオキシスを叩き潰して完全に打倒した。
デオキシスはごく小さな休眠態へと姿を変え、ことりの目はもうそれを探し出すことはできない、

希のフーディンが割って入ったのだ。
ことりが必死に、道義をかなぐり捨てて、心血を削って手にしかけた大きな力を、横から差し出がましく潰して取り上げたのだ!!


ことり「どうして!!!」

希「にこっちから聞いてるよ。今のことりちゃんにデオキシスなんて大層な力、与えられるわけないやろ?」

ことり「ああ…あぁぁっ…!海未ちゃん…穂乃果ちゃん…っ、ことりは…!」

希「頭に血が上ってるとか、そういうレベルやないね。悪いけど…」

ことり「潰さなきゃ…!!」

希「捕まえさせてもらうわ」

467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:07:33.27 ID:ha7ZcpN9o



にこ「アンタが園田流ならこっちはラブにこ流よ。超一流の捕縛術ってモンを見せてやるわ」


そう言って取り出したのは十手…ではなく、短尺のスタンバトン。
ボタンを押すとシュコと音を立てて伸び、柄を握ると高圧の電撃が夜の森に光る。

そして果敢なる接近。
姿勢を低めて歩みを止めず、海未が達人級の体術使いだと知りながら一挙の踏み込み!

スタンバトンが真横一文字に振るわれ、海未は手首を叩いてそれを回避。
だがにこは食らいつく!
勢いを緩めず体当たりを敢行し、海未の腹部めがけて勢い満点のヤクザキック!!


にこ「だらぁっ!!」

海未(っ、やり辛い…)


身を捻って躱し、数歩後退。
海未はにこへの攻撃を躊躇している。
それも当然。間違っているのはことりで、自分で、にこはただ真っ当に警察の職務を遂行しようとしているだけなのだから。

468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:08:25.91 ID:ha7ZcpN9o
そんな迷いはポケモンたちへも影響を及ぼす。
場にいるのはソノダゲッコウガとファイアロー、対してにこのメガクチート。

海未の二体はどちらもトップクラスの俊敏。メガクチートを倒すべく飛び、跳ね回っているのだが、それを捩じ伏せるは恐るべきメガシンカの攻撃力!!

メガクチートの双口はツインテールにも似て自在に揺れ動き、木々に岩にと目に付くものを手当たり次第に噛み砕いていく。


海未(迂闊に近寄れば落とされる…しかし、接近回数が増えるほどにリスクも増えます。ここは一撃での痛打を狙うべき局面)


交錯する体術戦の合間を縫い、にこと海未はそれぞれのポケモンへと指示を下す。


海未「…ファイアロー、“フレアドライブ”でメガクチートの弱点を突きましょう!」

『ファルルッ!!』

にこ「させるかってのよ。“ふいうち”で落としなさい!」

『クチィッ!!』


火炎を纏った高威力での突撃、その準備の一瞬をにことメガクチートは見逃さず。
瞬きの間にファイアローへと接近し、そして閉じられる鉄顎!
その速度と多芸がウリのファイアローだが、それを受けてはひとたまりもない!


海未「しまった…!戻ってください、ファイアロー」

にこ「よそ見してんじゃないわよ!」


再び迫る電磁ロッド、海未はそれを落ちていた頑強な木枝で辛うじて受ける。
パン!とスパークする火花、中の水分が熱されて弾ける生木。

小柄ながら、にこの体技は実戦の中に磨き上げられている。
考えてみれば当たり前、あのアライズ団の三人とも渡り合ってきているのだから、その実力の高さは考えるまでもない。


海未(綺羅ツバサほどの神速ではない、統堂英玲奈ほど殺意に徹しているわけでもない。
ですが隙が極端に少ない。“やられない”ことに特化している。こちらから仕掛けなくては打破は、しかし…)

469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:09:38.15 ID:ha7ZcpN9o
攻めあぐむ、あるいは戦闘自体をためらっているような海未を目に、にこはフンと小さく鼻を鳴らす。
タンタンと歩を後ろへ距離を置き、ボールを叩きつけて現れたのは毒ガスポケモン。


にこ「……マタドガス」

『マ~タドガ~ス』

海未「っ、煙が…」


海未は逡巡している。
海未はことりを庇いたいだけで、にこを倒したいわけではない。攻撃するのは憚られるのだ。
そんな隙と迷いを見て、にこはマタドガスを新たに展開させた。
広がり、視界を遮るガス。その中へとにこは姿を晦ましている。


海未「ゲッコウガ、連携が取れなくなれば危険です。こちらへ」

『ゲロロ…』


ソノダゲッコウガを間近へと呼び寄せる。
こうして視界を遮った以上、にこが何かを仕掛けてくるのは間違いない。

意識を研ぎ澄まし、待ち………


にこ「ルガルガン!!」

『ガルァッッ!!!』


飛び出したルガルガンは鋭利な牙を剥き、しかし海未とゲッコウガはそれに反応!
視覚を遮られていても海未たちとの間には感覚リンクがある。
聴覚、嗅覚に直感が相まって向上、狩りだとばかり襲いかかるルガルガンへと応戦を。


海未「“ハイドロポンプ”!!」

『ゲッコッッッ!!!』


園田流のポケモン育成術は道の極み。
本来であればまだ覚えられないレベルの技、水タイプの奥義“ハイドロポンプ”をゲッコウガに体得させている。
海未とゲッコウガは、それを最も感覚的に扱えるようにアレンジを。


海未(ハイドロポンプとは膨大な水量を解き放ち、水圧とエネルギーで圧倒せしめる大技。ですが…私たちはそれを敢えて圧縮する!)

470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:10:04.72 ID:ha7ZcpN9o
コンクリート壁をも穿ってみせる量の水塊、それを手元に集めて縮めて固めて伸ばし、薄く鋭く、生じるは青の鋭刃、忍者刀。
それは謂わば“園田流ハイドロポンプ”。
ゲッコウガの忍びの体技と、海未が侍の如く会得している剣技の合わせ技!


海未(これならば回避されやすいというハイドロポンプの欠点をも克服できる。今です!)

『ゲロロロッッ!!』


刹那の交撃!ルガルガンが突き出した爪牙を潜り、ソノダゲッコウガは閃剣!!
逆手に握りしめた水刃を流れるように叩き込み、「よし…」と呟いたのは海未。

しかしルガルガンは凶眼を剥く。屈さずの意思は主人のにこを体現するように。
ダメージを負いながらもその前脚を地へと置き、そして突き上げるは石の刃!


にこ「ラブにこぉぉぉ…“ストーンエッジ”っっ!!」

海未「ッ、何故…」

471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:11:22.02 ID:ha7ZcpN9o
ルガルガンが耐えたのはにことの絆、そして根性。
丁寧にポケリフレを施されたポケモンがあと一歩のふんばりを見せるように、絆と心意気は臨死の際に耐久を生む。

タイプ一致のストーンエッジ、当たれば一撃必殺もあり得る!
…が、ゲッコウガは間一髪の回避!


海未「あ、危ない…!よく避けてくれました、ゲッコウガ」

『ゲロロッ…』

海未「……?ゲッコウガ、どうかしましたか…あっ!?」


散る水気、LANケーブルを引き抜かれたようなイメージ。
海未とソノダゲッコウガの間に共有されていた感覚、そのリンクが強制的に切断される。

背負っていた水の十字手裏剣は霧消し、その姿は通常のゲッコウガへと戻っている。
特性と心の繋がりが生み出す擬似的な進化、“きずなへんげ”が解除されてしまっている!

472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:11:48.41 ID:ha7ZcpN9o
ルガルガンは煙の中へと姿を消している。気を乱せばにこはゲッコウガの変調を見逃してくれないだろう。

危険だ。繕わなくては。

だが…海未は動揺せずにはいられない。


海未(なぜ、変化が解けて。…ストーンエッジ、掠っていたのですか?それともルガルガンの特殊な能力?)

『ゲッコ…』

海未(いいえ、違う…私の心を映しているのですね。明鏡止水に遠い、乱れた心で貴方の実力を引き出してあげることは…)


理解し、海未は静かにうなだれる。
自分の…否、自分とことりの迷走を、はっきり形として突き付けられた形だ。
それでも、今は退くわけには…


海未「……すみません、ゲッコウガ。一度戻っていてください」


相棒をボールへと戻し、海未は新たな一体を繰り出していく。

473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:12:17.90 ID:ha7ZcpN9o
それは旅路での登山中、立ち寄った洞穴で仲間にした一匹。
舞う白雪…その姿は和装にも似て、まるで雪女。
こおり・ゴーストタイプ、ゆきぐにポケモンのユキメノコ!


海未「まずはこの煙を吹き飛ばすことが先決…ユキメノコ、“ふぶき”です!」

『ひゅるるる…!!』


白袖から放たれる風花。それは徐々に勢いを増し、たちまちのうちに一帯は旅人を凍えさせる雪山めいて白に包まれる!
木陰、海未の出方を窺っていたにこはコートの裾を握りしめ、不機嫌に眉を顰めて鼻をすする。


にこ(吹雪の威力が強い。良個体ってわけね。ったく、寒いったら…)

にこ「ルガルガン!“かみくだく”!!」

海未「ユキメノコ、“こおりのつぶて”」


吠え猛り急襲!
だが反応、ユキメノコがすかさず放った氷弾が強かに岩狼を打って一体を撃破!


にこ「行きなさいっ、メガクチート」

海未「させません…エルレイド!!」


互いの判断は即座、にこが好機と差し向けたメガクチートを迎え撃つのはエルレイド!

しかしそれは表面上。二人の視線はぶつかり合う二匹ではなく、別の一体で交錯している。


にこ(残念、メガクチートはブラフよ)

海未(そう、メガクチートは視線誘導。にこは主導権を握りたがっていて、目的は私の新手を一体引き出すこと。つまり…)

にこ「マタドガス!“だいばくはつ”ッッ!!」

海未「それより迅く!“サイコカッター”!!」

474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:12:44.56 ID:ha7ZcpN9o
マタドガスの全身がカッと光り、しかしそこに先んじて海未のエルレイドは肘の刃を交閃!!
精神エネルギーを実体化させた刃は輝き、リーチを大幅に伸ばした二撃がマタドガスを捉えている。急所を斬り抜けている!


『ま、た……がすっ。』

にこ「お疲れ、無理させちゃったわね…」

海未「素晴らしい一撃でした、エルレイド!」

『エルルッ!!』

にこ「メガクチート、“じゃれつく”」


恐るべき瞬息、にこはすかさず次の指示を下している。
アライズ団を追う中、間接的に海未たちの旅路を見てきたにこは海未の実力を的確に把握している。
メガクチートの襲撃を囮にマタドガスの大爆発で一体を落とす。
そこまでを読んでくると見極めていて、結論としてはマタドガスが真のブラフ。
エルレイドがサイコカッターを決めた段階でメガクチートは攻撃準備へと移行していて、にこの指示と同時に飛びかかる。

強靭な黒鉄の顎はメガシンカで二つに増えていて、海未が繰り出しているのはエルレイドとユキメノコの二匹。

対咬!!

475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:13:36.62 ID:ha7ZcpN9o
海未「しまっ…!」

にこ「アンタもね」

海未「ッ!?がっ…は!!」


弾ける火花、横腹に走る閃熱と電痛。
白光が瞼に明滅し、鼻血が出るときのようなツンとした感覚が体幹を駆け上がる。

メガクチートの襲撃に海未が気を取られた一瞬、にこは素早く駆け寄ってスタンバトンを叩き込んだのだ。
まともに立っていられず前屈みによろめく海未。二、三歩ふらついて膝を屈し、その手首へとにこは手錠を落とす。

金具が掛かり、鉄輪がくるりと一回転してしまえば海未はボールに触れなくなり、それで敗北…が、否!


『ポロロロゥッ!!!』

にこ「んなっ、自分から飛び出してきた!?」

海未「ジュナイパー!?」


幽玄の射手、ことりとの交換で手にした草フクロウは大羽を広げてにこを遮る。
その登場ににこはもちろんのこと、海未までもが驚きの声を上げている。意図外だ。

正確には自分で飛び出したわけではない。
海未がよろめいたタイミング、白飛びしそうな意識の中でバランスを取ろうとして、無意識に腰のボールへと触れていた。
開閉スイッチがその時に押されていて、ジュナイパーはスタンバイ状態となっていた。
しかしボールが投じられないままにボール内で待機、海未の危機にたまらず飛び出したのだ!

翼で包んで短距離を飛び、下ろした海未を庇う姿勢で睨みを利かせる。


海未「ありがとうございます…助かりました、ジュナイパー」

『ホロロウ…』

海未「……貴女も、ことりを守りたいのですね」

476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:14:04.06 ID:ha7ZcpN9o
かつての主人への忠義は未だ薄れず。
いや、忠義などという重々しい言葉より、可愛がってくれた大好きな人を助けたい。そんなシンプルな言い回しがジュナイパーの心情に近いだろう。

ことりとモクローが一緒にいたのはほんの短い間。
それでも、こんなにも、ことりは今も好かれていて、迷いと電撃の痛みに揺らいだ海未の体にもう一度芯を通し直してくれる。


海未「まだ…通すわけにはいきません。にこ」

にこ「フン…」


そんな義理と人情、浪花節がにこは嫌いではない。
けれどそんな気持ちはおくびにも出さず、新たにフライゴンを出してその背に立つ。

海未はファイアロー、エルレイド、ユキメノコが倒れて残り二体。
にこはルガルガン、マタドガスが倒れて残りは四体。

数的優位、メンタル面の優位は共ににこにあり。
しかし、にこはどんな状況であれ相手を侮らない。
それは常に生死を賭けた戦いに身を置く刑事としての心構えであり、自らが天才の類ではないと知っているからでもある。

心から愛するママはツバサに対し、子供と隙を見せた瞬間に刺されて脊椎を損傷、半身不随へと追い込まれた。
同じ轍は踏まない。決して油断せず、それでいて常に笑みを絶やさずに。
そんな信念が刑事スマイル、にこの瞳には宿されていて、海未は改めて気持ちに筋を張る。


海未(来るっ…!)

にこ「フライゴン!“ドラゴンクロー”!」

477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:14:34.63 ID:ha7ZcpN9o
“ドラゴンクロー”、“じしん”、“ストーンエッジ”。
にこのフライゴンは物理型、鋭く舞っては木々に爪痕を残す。

同時にメガクチートも相変わらずの猛威を見せる。
特性は“ちからもち”、物理技の威力を埒外に高める強力な個性だ。

現状は完全な不利。
海未とジュナイパーは戦術を防戦へと移行していて、逃げながら好機を狙うつもりでいる。


にこ「ちょこまかと隠れて…」

海未(幸いにしてフィールドは夜の山、森林。闇影を利用する狙撃手のジュナイパーには有利に働く場です。しかし…)

にこ「言っとくけど、意味ないわよ。メガクチート!!」

『クチィッ♪』


そのタイプははがね・フェアリー。
メガクチートは外見だけを見れば小柄、妖精の類にも見えて愛らしい。
見ようによっては、にことも少し似ているかもしれない。
だが先述の特性にも現れている通り、その性格はなかなかに攻撃的!そして性能は輪を掛けて攻撃的!

ちんまりとした外見にはまるで見合わず、巨大な口が視界内のありとあらゆる物体を微塵に噛み砕いていく!!
それはもはやポケモンというより建機の類、海未とジュナイパーは隠れていた樹上から燻り出されて逃げ駆ける。


にこ「“ドラゴンクロー”!!!」

海未「……っ!」


空から降るフライゴン!
にこの指示に従い、猛烈な速度でジュナイパーへと鋭く迫る。

…が、ここに来て海未はわずかな落ち着きを取り戻している。
ことりを守りたいと願う同志、ジュナイパーの存在が心の支えになっている。
上からのフライゴンは読んでいた!

並走していた海未とジュナイパーはハンドサイン、息を合わせて互いの足裏を蹴る。勢いで真横へ急回避、フライゴンの一撃をやり過ごす!


海未「今です!ジュナイパー!」

『…………ホロロウ!!!』

478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:15:04.38 ID:ha7ZcpN9o
回避、すれ違い様、ジュナイパーは瞬時に翼を翻している!
翼を大剣に見立て、草タイプのエネルギーを漲らせての大斬撃。
“リーフブレード”の一撃がフライゴンの横腹へとめがけて閃いた。

だが!!


にこ「“トーチカ”よ、ドヒドイデ」

海未「そんなっ、ジュナイパー!?」

『ッ…ロゥ…!』


残るポケモン数の差はやはり大きい。
にこがカウンターの可能性を踏まえてフライゴンを突っ込ませたのは、それをフォローできる防御用のポケモンが控えているから。

どく・みずタイプ、堅牢な要塞じみた防御力を誇るドヒドイデが矢澤にこの六体目。
小柄な本体を上から伸びた十二本の足で覆っていて、それを完全に閉じてしまえば決して突破されることのない防御体制が完成する。

それがにこの指示した“トーチカ”。
そして攻撃をやり過ごすだけでなく、外側の毒針に触れてしまったジュナイパーへと毒を与えている。


海未(これでは、勝ち目が…)

479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:15:31.70 ID:ha7ZcpN9o
にこ「……」


にこは静観している。

まるで自身が毒を受けたかのように、海未はひどく苦しげだ。
ソノダゲッコウガの時とは異なり、海未とジュナイパーは感覚共有をしているわけではない。
では海未の苦悶は何か?
それは迷いと苦悩。自分の道を曲げてまで守ろうとした幼馴染を守ることもできず、ここで敗れようとしている。
そもそも自分の選択は正しかったのか、自分は、自分たちはどこで選択を間違えたのか…

ついに海未は、力なく膝を折る。


にこ「……ったく」


そのままなら何の問題もなくにこの勝ちだった。
だが矢澤にこはお節介だ。女ながらに兄貴とでも呼ぶべき性分を持っている。
奇しくもアライズ団と接点を持ち、その旅立ちからがにこの知るところとなったオトノキタウンのトレーナーたち。
そんな少女を、園田海未を放っておくことができず、余計な一言をかけてしまう。


にこ「しゃがみこんでんじゃないわよ、園田。アンタみたいなタイプが自分を貫くための方法は一つでしょうが」

海未「……自分を、貫くための…?」

480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:15:59.36 ID:ha7ZcpN9o
にこ「迷うな、道理に足を取られるな。世の中のルールを教えてあげる。“勝ったもん勝ち”よ」

海未「……それでは、アライズ団と何も変わりません」

にこ「前提がズレてる。あんた、自分があの連中と同じような悪どい選択をすると思う?」

海未「……思いません。ですが、小さな間違いをしてしまい、誰かを傷つけるかもしれません」

にこ「うっさい!!!」

海未「な……」


頭ごなしに怒鳴りつけられ、海未は目を白黒とさせてしまう。

……にこの声が静かな森林に反響して、気付けばいつの間にかデオキシスシャドーの気配はない。

にことの戦いの途中、大きな崩落音が聞こえた気がする。
誰かがデオキシスの本体を捕まえたのか、あるいは本格的な戦闘へと移行して分身体を保てなくなったのか。
どちらにせよ森は平常へと姿を取り戻しつつあって、虫や鳥ポケモンの鳴き声、獣型ポケモンたちの足音、何か大きなポケモンの影が木々の奥に垣間見えている。

黙ったままの海未へ、にこは言葉を続ける。

481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:16:25.39 ID:ha7ZcpN9o
にこ「正解か間違いか?んなことは後から考えりゃいいのよ。軌道修正はいくらでもできる。なのにアンタは戦う前から悩んでる」

海未「……」

にこ「もう決めたなら、そこから迷ったって仕方ないでしょ。勝って勝って勝ち続けて自分の意思を貫けばいいのよ」

海未「……」


フッと、にこは小さく息を吐き、口元に微かな笑みを浮かべる。
それは刑事としてではなく、例えるならば部活の後輩と接する時のような。


にこ「真面目すぎ、アンタは。道理なんてもんはね…ひたすら強けりゃブチ破れんのよ」

海未(私は…勝つしかない。心技体、まだ全てが未熟で…)

にこ「ゴチャゴチャ言ったけど、要するに…」

海未(どんな選択をしたとして、自分が自分を信じてやらなくては何も生まれない。何も得られない!何も守れない!)

にこ「勝ってから悩め!!」


海未は立ち、ボールを開く。


海未「ゲッコウガ」

482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:16:52.61 ID:ha7ZcpN9o
水渦、俊迅。

ゲッコウガは疑わない。
最初に相棒として選んでくれた瞬間から、この少女を信じて守り、その意思と道を切り拓くのだと決めている。
そんな忍びも海未の迷いに貫くべき意思の方向を見失い、“きずなへんげ”は解けてしまった。

だが、今の海未は静かに前だけを見据えている。
ことりを庇って、にこを退けて、真実はことりが大悪だったとして、それなら自分がことりを止めればいい。

選択は一度で終わらない。
選択は次の選択を呼び、それが無数に連なっていくのが人生だ。
一つ一つに立ち止まる、そんな時間はない!


海未(今思えば、私と穂乃果の違いはそこだったのかもしれませんね。ですが…)


穂乃果が陽なら海未は月。光を受ければ輝くが、その本領は寂光にあり。
月光牙、青の忍びはその意思を為すための刃として添う。


海未「もう迷いません」

『ゲロロッ!!』


ソノダゲッコウガ、再臨!!

483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:17:18.68 ID:ha7ZcpN9o
三、四、五発。
重ねてさらに十、二十!

海未を叱咤するために生じていたにこの隙、そこを海未は迷わずに突き、ばらまいたのは大量の“みずしゅりけん”。
その一発一発に強力無比な水のエネルギーが漲っていて、にこは舌打ちをして海未へと文句の声を上げる。


にこ「ちょっと!!卑怯じゃない!!」

海未「問答無用、勝てば良いのです!」

にこ「ちっ、セコくなれとは言ってないってのよ…」


悪態を吐きつつ、しかしにこの表情は少し楽しげ。
ようやく張り合いが出たとばかり、フライゴンの背を叩いて加速させる。

木々の隙間を縫っていく緑竜、それを追尾、放たれた猟犬のような複数の水手裏剣!
数発をスカして森の奥へとやり過ごし、それでも全ては回避しきれない!
ドヒドイデやメガクチートの挙動も大量の水弾とジュナイパーの射線に牽制されていて、にこはフライゴンから飛び降りる。


にこ「ごめんフライゴン、捨て石よろしく」

『フラッ!!』

にこ「ラブにこぉぉっ…“ストーンエッジ”!!」

海未「ゲッコウガ!左へ!」

『ゲッコッ!!』

484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:17:55.45 ID:ha7ZcpN9o
殺到し、水手裏剣が着弾!
それと同時、フライゴンが散り際に地を叩いて隆起するストーンエッジ!

ゲッコウガは海未の指示通りにそれを躱す。
だが、傍らの海未が岩刃の端にカバンを掠められている。
鋭い切っ先に貫かれ、薬やボール、トレーナー用品の数々がぶちまけられる。


海未「っ、しまった…」

にこ(海未が今のを避けきれない…?疲労が溜まってるなら押しどころ!)


森の奥へと消えた水弾が何かに当たり弾ける音。
雨のように水が降り注ぐ中、にこと海未はすかさず互いのポケモンへと次の指示を下している。

メガクチートの二つの大顎が左右、狂気じみた勢いで牙を閉じる。
その瞬刻、ソノダゲッコウガは前へ出る!


『コウガッ!!』

にこ(間を抜けた!?)

海未(メガクチート相手の唯一の活路、 それは双顎の中央)

『クッちぃぃと!?』

海未(メガシンカとは一時的な変形、新たな体形に感覚が追いついていないことがままあるもの。
とはいえ、か細い理ですが…見事です、ゲッコウガ。そして!)

485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:18:26.27 ID:ha7ZcpN9o
ソノダゲッコウガ、ジュナイパーは同時にドヒドイデへと迫る。
“あくのはどう”、“かげぬい”と下される指示、そして双撃!!


『ドヒデェェ!!?』

にこ「ッ、やられた…!ごめんドヒドイデ!」


これで残りは同数の二体、恐るべきは絆変化、ソノダゲッコウガのポテンシャル。
数的優位は失われ、しかしにこに焦りはない。
ゲッコウガはまだ元気だが、ジュナイパーは毒を負っている。
にこの側にはメガクチートと、さらにはゴロンダが控えている。
この二体は謂わば、矢澤にこのダブルエースだ。

焦らずに攻めればいずれジュナイパーは毒で倒れ、ゲッコウガに対してはメガクチートとゴロンダのどちらもが属性優位を取れる。


にこ「ってことで、じわじわやりゃいいわね…ん?何よ、変な顔して」

海未「…やるしかないようですね、アレを」

にこ「はぁ…?」


海未は少し俯き…ぐっと、決意を秘めた表情で顔を上げる。
ジュナイパーへと一声をかけ、両手を顔の前でクロスさせる。瞬間、手首にきらめき。
それはメガリングのようなバングル型で、しかしメガリングとはまた別の。

その輝きを目に、にこの顔色がさっと青ざめる!


にこ「やっば!!」

海未「いきますっ!」

486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:19:06.68 ID:ha7ZcpN9o
そして海未はなにやらポーズを取り始める。
顔色に羞恥をたっぷりと滲ませ、なにやらコミカルにおばけを模したようなポージング。
締めにバァッと両腕を広げ、刹那!ジュナイパーへと輝光の力が満ち満ちる!


にこ「Z技っ…!」

海未「は、はずかしい…!しかしっ!“シャドーアローズストライク”ですっ!!」


両翼を拡げ、飛翔するジュナイパー!
大量の矢羽がその周囲に浮遊し、海未のZリングから与えられたエネルギーにより完璧に制動されている。
狙撃手の瞳はメガクチートを捉え…そして突貫!
自身もまた一本の矢と化し、その背後を追従する大量の矢羽。
螺旋を描き、高密度のエネルギーを纏ったジュナイパーがメガクチートへと痛烈な突撃を決める。
直後!大量の矢羽がメガクチートの頭上から降り注ぐ!!


海未「これが私とジュナイパー、共にことりを想う者の力です!つまりは愛!ことりへの惜しみなきラブ!」

にこ「な、何言ってんのよアンタ…いやそれより!耐えなさい!メガクチートっ!」

海未「ラブアロー……!シュートぉっ!!!」

487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:19:37.67 ID:ha7ZcpN9o
バァン!と炸裂!!
着弾したことで矢羽に込められたエネルギーが弾けたのだ!

Z技、あるいは全力技とも。
それはアローラ地方を中心に用いられている技術。
ポケモンが使える技を強化して放つことができるが、トレーナーの消耗が大きいため一度の戦闘につき一度きりの大技だ。
メガシンカに頼らない道を選んだ海未が旅路の中に見つけ出した、ポケモンとトレーナーのもう一つの絆の形!

メガシンカで凄絶な力を手にしたメガクチートだが、体の小柄さは変わっていない。
タイプには恵まれているが、しかし体力の低さは通常時と変わらず弱点と言える。

大技によろめき…しかし倒れず!!
にこの“耐えなさい”というシンプルな指示を受け、踏ん張ってみせたのだ!

が、そこへ滑り込む蒼影。


海未「ゲッコウガ!“ハイドロポンプ”!!」

にこ「メガクチート!“じゃれつく”よ!!」


水刃、黒顎が交差、痛撃!!
ゲッコウガはあと一撃を押し込んでみせ、メガクチートは優位相性からの痛烈な一撃を叩き込んでみせた。
ぐらりと傾いで倒れる二体、ダブルノックアウトだ!


海未「……う、ぐ…!」

にこ(…ダメージが海未にフィードバックされてる。それがあのゲッコウガの妙な変身の副作用ってわけね)

海未「……っ、まだ…。お疲れ様でした、ゲッコウガ」

にこ「……早死にするわよ、アンタ」

海未「ご心配、なく…!」

にこ「ま、そこまで無理したいなら…勝ちなさい」


そう告げ、にこは最後の一匹をボールから繰り出した。
スピードこそ足りなかったが、あのツバサのガブリアスと殴り合えるだけの戦闘力を有するゴロンダだ。

そのタイプはかくとう・あくの複合。
海未の残り一体、ジュナイパーのゴーストタイプに悪が刺さっている。
そしてジュナイパーの体力はドヒドイデからの毒に大きく削られていて、客観的に見れば戦況は詰み…

海未は向きを変え、少し前にカバンの中身が散乱した方向へと駆け出す。

488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:20:05.93 ID:ha7ZcpN9o
にこ「道具の回収?回復薬を使う隙なんて与えないけど」

海未「薬…いえ。私が拾ったのはこのボール」


そう告げ、海未はにこへと一個のハイパーボールを見せる。
そのボールは使用済み、つまり中にポケモンが入っている!


にこ「はあ!?アンタ、手持ちは五体しか…!」

海未「ですので、捕まえました」

にこ「いやいや、いつ…」


ふと、にこの脳裏に一つの場面が蘇る。
気まぐれに海未へと助言し、ソノダゲッコウガが再臨したその後。
フライゴンの後を大量の“みずしゅりけん”が追い、躱した数発は森の奥へ。
その時、海未がフライゴンからの攻撃を避けきれずに道具をぶちまけたのだ。
避けきれずに?本当に?


にこ「アンタ、わざと…!」

海未「お誂え向きに、ポケモンの影が見えていましたので」


思い出す…!
フライゴンが躱した“みずしゅりけん”が何かに当たって爆ぜていた!
その何かがポケモンだったとしたら!
ぶちまけた道具を目眩しに、海未がボールを投じていたとしたら!

海未が持っているボールはその時のポケモンなのだ!
そしてその中身は!


海未「手負いの所、いきなり戦闘で申し訳ありませんが…お願いします、バンギラス!」

『ゴアアアアアッッ!!!!!!』

にこ「反則でしょおおおおお!!!!?」

489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:20:39.73 ID:ha7ZcpN9o
策の要は強肩とコントロール、海未はその二つを十分に満たしている。
思い返せば旅の序盤、ダイイチシティで英玲奈にやった一手とほぼ同じ。
あの時はまだ敗北を知る前で、自分たちの力と可能性を無邪気に信じきれていた。


海未(つまりは原点回帰。もう一度、私自身を信じてあげるための)

にこ「ちぃぃっ…!何よ野生のバンギラスって!落ち着け、落ち着きなさい矢澤にこ…タイプは有利!」

海未「バンギラス、“じしん”ですっ!!」


その姿を形容するならは恐獣、バンギラスは豪腕で地表を叩こうとする。
迷うこともある海未だが、そのトレーナーとしての実力は既に揺るぎない。捕まえたばかり、気性の激しいバンギラスも素直に海未の指示へと従っている。

だが、惜しむらくは手負いなこと。
ゲッコウガの“みずしゅりけん”を受けて弱った状態で捕獲され、そこから即座の実戦投入。
にこの鍛え上げられたゴロンダは素早く懐へと入り込み、凶暴な顔相に臆すことなく拳を縦に振り上げた!!


にこ「ゴロンダぁ!“スカイアッパー”!!」

『ゴロァッッ!!!』


見事なまでに完璧な一撃!
バンギラスの巨重な体がふわりと小さく浮き、そのままズズンと仰向けに倒れ込んでKO!

これで再び一対一…が、その隙に幻影。

幽と、ジュナイパーが懐へと滑り込んでいる!

490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:21:06.29 ID:ha7ZcpN9o
海未「受けた毒に体はボロボロ。本当に…頑張ってくれましたね」

『ホロロロ…』

にこ「まだ…っ、ゴロンダ!!」

海未「満身創痍…が故に、使える力もある。そうですよね、穂乃果」

『ロロロゥ…!!』

海未「“しんりょく”」


烈気、渦を巻く緑。
穂乃果のリザードンが海未たちに見せた“もうか”のように、それは極限に目覚める真の力。
ジュナイパーの片翼へと森林の生命力が宿り、濃く深緑、生じた力は草タイプの深淵。


━━━斬閃。


海未「“リーフブレード”」

『ポロロゥ…!』

『ゴ、ロ……っ』


ドサリと、前のめりに昏倒。


にこ「………お疲れ、ゴロンダ」


にこはボールへとゴロンダを収め、一つの決闘に終止符が打たれる。海未の勝利という形で!


海未「……勝った…!」


海未もまた静かに…強者からの勝利に、両手を強く握り締める。
そして礼儀正しく海未らしく、にこへ深々と頭を下げた。


海未「ありがとうございました!」

にこ「フン…負けるつもりはなかったんだけど」


にこは不機嫌にそう呟き、やれやれとばかりに肩を上下させる。


にこ「もうグダグダ迷わないでよね。面倒だから」

海未「ええ、もう二度と!」


力強く首を縦に。
清々しい瞳で頷いてみせ、そして海未は決意のままににこへと問いかける。


海未「教えてください、にこ。ことりが…何をしたのかを」

491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:21:37.40 ID:ha7ZcpN9o
にこ「……行ったか」


海未の背を見送り、にこはぽつりと呟く。

悪人たちへの私刑、ポケモンの強奪、ことりが“鳥面”としてやってしまったことの全てを包み隠さず伝えた。

刑事としての立場から、私見を入れずにありのままを伝えた。
それはことりがどれほど追い詰められて乱心してしまっているのかをありありと教える内容で、海未にとっては聞くだけで胸を締め付けられる、耳を塞ぎたくなる内容だっただろう。

しかし海未はさっきのように大声を上げてにこの言葉を遮ることなく聞き、真っ直ぐな瞳で全てを受け入れた。


海未「私が止めます。大切な幼馴染ですので」


その目には揺るぎなき決意。

492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:22:21.97 ID:ha7ZcpN9o
もちろん、森の中を手負いのジュナイパー一匹で行かせるわけにはいかない。
海未が持っていた薬類はリュックが破けた拍子、草葉や茂みへと散乱してしまっている。
なのでにこが持っていた少しの薬を使い、ゲッコウガやファイアローを治療してから向かわせた。

それで薬は品切れで、夜陰の森ににこはポケモンもなく一人。
しかしにこは心配する海未の背中をパシンと叩き、「さっさと行きなさい!」と叱咤した。

そして今へと至り、にこは肩でやれやれと息一つ。
周りの森からは野生ポケモンたちの鳴き声も聞こえていて、いくら腕利きの刑事だろうと単身、生身では危険極まりない。

…シュルル、と擦れるような声。
『シャア!』と鳴きつつ飛び出したのはアーボック!
無防備なにこを獲物と見ている。
大蛇の眼光で射竦め、締め上げて丸呑みにするつもりでいるのだ!

それに気付き、しかしにこの表情はあくまで余裕。

493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:23:03.63 ID:ha7ZcpN9o
真姫「ジャローダ、“へびにらみ”」

『……ジャロッ!!』

『シャ……ァボ!?』


這い、躙る音。
くさタイプの大蛇、気品に溢れたジャローダを伴い、木陰から現れたのは真姫だ。
ジャローダの瞳は気位の高さに溢れていて、博士に育てられたのだから当然ながらに実力も破格。
その“へびにらみ”は見据えるだけで敵の全身を畏怖で硬直させてみせ、タイプ相性では不利関係にある毒蛇アーボックをまるで苦にしない。

その気になればリーフストームを乱発することもできる高火力ポケモンだが、野生を相手にそれをするまでもなし。
技すら使わず尾で軽く払いのけ、あくまで泰然と見下す。
その姿はまさに、“ロイヤルポケモン”と称されるだけの実力を示している。

ともあれ窮地は去った。いや、窮地でさえなかったが。
隣へと歩み寄った真姫へ、にこはじとりと半目を向ける。


にこ「……覗き見は趣味悪いわよ」

真姫「お疲れ様、にこちゃん」


髪をいじり、労いながら軽く笑む。
その仕草は年下のくせに妙に泰然としていて、にこは「フン」と小さく鼻を鳴らした。

ハチノタウンへと入り込んだアライザーや分身体の処理を終え、森へと移動してきたところ。
にこが送っていたGPS情報でこの場へと辿り着き、にこと海未が戦っていることに驚きつつ様子を見守っていたというわけだ。


にこ「アンタ、来てたなら出てきなさいよ。加勢してくれれば負けやしなかったのに」

真姫「よく言うわよ。私に気付いた時、思いっきり“手出しするな”って目を向けてきたくせに」

494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:23:33.32 ID:ha7ZcpN9o
真姫の指摘が図星だったのだろうか、にこはムッと鼻白む。
プイとそっぽを向き、小さく鼻を鳴らした。


にこ「……気のせいでしょ」

真姫「……にこちゃん、ありがとう。海未の迷いを晴らしてくれて」

にこ「まあ、ね」


ぽふり。真姫の頭ににこの手が乗せられる。
そのままワシャワシャと赤髪を撫で擦られ、真姫は思わず困惑に声を漏らす。


真姫「ヴェェ…っ?な、なにするのよ…」

にこ「真姫ちゃん、あいつら三人のために裏で色々頑張ってるでしょ。
ガッツリ恩着せてやりゃいいのに、そういうのを全部隠して…ったく、変なとこでカッコつけるんだから」

真姫「べ、別に。だからって、なんでにこちゃんに頭を撫でられなくちゃいけないの…」

にこ「頑張ってる奴は、誰かが褒めてやらなくちゃね」

真姫「………。ありがとう」

495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:23:59.17 ID:ha7ZcpN9o
小声でのお礼は聞こえたのか、聞こえていなかったのか…にこはそっけなく真姫の頭から手を離し、海未が去った方向へと目を向けている。
真姫もまた、お礼への返事を求めてはいない。それぐらいの距離感が心地良いと感じる二人なのだ。


にこ「それにしても苦労性よね~、海未のやつ」

真姫「ふふ、言えてる」

にこ「なんかもう色々背負い込んでたから、このにこにーが思いっきりシンプルにしてやったわ」


茶化すような口調で言って、軽い調子でケタケタと笑う。
さっきまであんなにも真摯に向き合っていたくせに、まったく素直さに欠ける年上だ。
まあ、真姫も人の事は言えないタイプなのだが。

さて、過ぎたことばかりを話してもいられない。
表情を再び仕事モードへと切り替え、にこは真姫へと問いかける。

496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:24:28.96 ID:ha7ZcpN9o
にこ「絵里は?」

真姫「デオキシスが暴れてる箇所を特定できたから、エリーはそっちへ」

にこ「じゃあ絵里と希はバラバラの場所ね。急いで合流しないと…」


にこの表情に微か、らしくない焦りが滲んでいる。
真姫はそれを感じ取り、合わせて走る緊張。


真姫「……何かあったのね」

にこ「本部から連絡があったのよ、優木あんじゅがロクノシティで目撃されたって」

真姫「ロクノ…ジョウトに潜伏してたんじゃなかったの?」

にこ「そのはずで警戒網も敷いてたんだけど、上手く撒かれたみたい。
んで、ロクノ方面にテッカグヤが飛んでくのをついさっきこの目で見たわ」

真姫「ロクノシティに集まって…まさか、綺羅ツバサを奪還する気?」

にこ「いくら連中が集まっても刑務所破りは無理よ。けど、何をやらかしてくるか…
とにかくデオキシスをどうにかしたら、絵里と希を連れて急いで戻らないと」

497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:24:57.29 ID:ha7ZcpN9o
こくりと頷き、真姫はジャローダを戻して新たな一体を手にする。
開かれたボールから現れたのはゴーレムポケモンのゴルーグだ。

古代人により土から創造されたと言われている、巨大なロボット兵めいた姿のポケモンだ。
じめん・ゴーストという属性ながら、高速で空を飛ぶことも可能。
完全な戦闘型のポケモンだ。
少女ながらに優雅なブルジョワといった雰囲気を纏う真姫には、あまり似つかわしくないようにも見える。
このゴルーグ、いざという時に真姫を守れるようにと父親の西木野博士が持たせたポケモンなのだ。その溺愛ぶりは世に雷と聞こえるほど。

まあ、真姫もゴルーグを気に入っているのだが。

それはともかく、真姫はその背へと乗りつつ、にこをぐいっと引っ張り上げる。


にこ「……普段乗ってるのが収まりのいいフライゴンだから、どうもこういうデカい子の背中は落ち着かないわね」

真姫「そう?私は落ち着くけど。とにかく、二人を探しましょう」

にこ「頼むわよ、真姫」


ふわりと浮かび、二人を乗せたゴルーグはミカボシ山の奥地へと進路を向けて飛び立った。

498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:26:20.75 ID:ha7ZcpN9o



キキ、キュリリ。
奇妙な音が山中に響いている。
海未とにこが戦った森から一変、戦場は見晴らしの良い崖際で。

耳に疚しいその異音は、東條希のエスパーポケモン、ソルロックとルナトーンが重ねて放つ念力波の共鳴だ。


希「“サイコキネシス”」

『ド…っ、…ラァ……!』


歪み、捻じ曲がった空間に囚われたのはドラミドロ。
どく・ドラゴンタイプのその体にエスパーの攻撃はひどく響く。
微細なエネルギーコントロールは物の組成にまで影響を与え、毒タイプポケモンの体を構成する要因である生物毒を分解、浄化してしまうのだ。

故に、相性は最悪。
倒れたドラミドロをボールへと収め、“鳥面”、南ことりはあくまで穏やかに声をかける。


ことり「……ありがとう、休んでてね」

希(一見、落ち着いて見えるけど…)

ことり「お願いっ、ボーマンダさん」

『ボァアアアッッ!!!!!』

希(殺気満々なんよねぇ…)

499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:27:38.25 ID:ha7ZcpN9o
現れた暴竜は水色の体皮に真紅の翼、600族の一角を成すボーマンダ。
四天王としてトレーナー界の最前線に立つ希は当然その脅威を熟知していて、交戦の経験も少なくはない。

だが、希がうっすらと持つ予知能力は眼前のボーマンダのさらなる異常性を鋭敏に嗅ぎ取っている。
いや、ボーマンダの異様というよりは…


ことり「乗りますね♪それじゃあ…飛んで、ボーマンダ」

希「おおっと…!」


紅翼の羽ばたきは高速を生み、刃のように樹々を薙ぎ倒す。

烈風が渦を巻く!

希は身を屈めてそれを避け、通り過ぎたボーマンダが上空へと舞い上がっていくのを見上げる。


ことり「気を付けてね、希ちゃん。大怪我はさせたくないの」

希「うーん…小、中怪我まではありってことやね?」

ことり「それはぁ…うん、仕方ないかなぁって」

希「怖い怖い…」


軽口で返しつつ、観察を。

荒々しく風を裂いて飛ぶボーマンダは、決して乗るのに適したポケモンではない。
ことりは翼の邪魔にならない部位を上手く掴み、ある程度慣れている様子だが…あくまで少女の細腕、握力には乏しく見える。


希(エリチや海未ちゃんみたいに体技に長けたタイプならともかく、危なっかしいなぁ。
振り落とされて転げ落ちる、地面に叩きつけられて死にかねない…)

ことり「ボーマンダ、“ドラゴンクロー”」

希「ひゃあ、怖ぁっ!」


ことりの指示に、ボーマンダはその竜爪を尖らせて滑空。
希はその凶眼におっかなびっくり、避けるか受けるかを迷い…が、受けを選択。

500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:28:18.92 ID:ha7ZcpN9o
希「ここは…ソルロック、“サイコキネシス”やね」

ことり「……!」


生じる力場、サイキックパワーが空間を歪ませて不可視の攻壁を作り出している。
ソルロックの力がボーマンダの突撃を受け、その竜爪の突撃を相殺!

ことりは驚きに小さく息を飲んでいる。
ドラミドロがねじ伏せられて薄々感じてはいたが、このソルロック、やたらに高レベル。
基本性能で大幅に上回るボーマンダを受けてみせるほどに!

“趣味パ”とはあくまで種族値の話。東條希は言ってしまえば変わり者に類されるトレーナーだ。
いわゆるマイナーと呼ばれるポケモンたちにいつか日の目を見せてあげようと研鑽を続ける、そこに面白味を感じる、そんな好事家。
故に、趣味パとはいえ相応の戦力。ソルロックと対の月顔、ルナトーンへと続けて指示を!


希「ルナトーンは“パワージェム”で行っとこか」

ことり「っ…回って避けて!」


ルナトーンは岩塊を浮遊させ、そこからレーザーめいてエネルギーが射出される。
ことりのボーマンダは四方八方から殺到する光撃に全身を側転、急旋回!!
錐揉み状に低空を抉り、わずかに掠めながらも大きなダメージを回避してみせた。

近接からの斉射、通常なら易々とは避けえないタイミング。
しかし概ねの回避を為してみせたのは、ことりが背に乗ってすぐそばから的確な指示を出しているからに他ならない。

しかし…そんな回避より何より、希はことりが振り落とされないかが気が気でない。
今の旋回には辛うじてしがみついたまま耐えてみせたが、希から見れば台風の最中に木へと引っかかったビニール袋のような絵図。姿勢を保てたのは幸運に過ぎない!


希「あ、危なぁ…無茶はアカンよことりちゃん!そこから降りよ?」

ことり「うふふ、心配してくれるんだね。じゃあなおさら…このまま飛び続けなきゃ。
少しでも希ちゃんの気を散らせるように」

希「い、いやいや。ううん、でも合理的…なんやろか?ぶっ飛んでるなぁ」

ことり(それくらい徹底しなくちゃ、希ちゃんには勝てないから)

501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:29:16.29 ID:ha7ZcpN9o
開戦から幾戟かを交え、ことりは奇妙な感覚を抱いている。
これまでにもたくさんのトレーナー戦、血みどろの野試合を経てきたことりだが、そのいずれとも異なる感覚。
どうにも言語化するのが難しい違和…

希の周りには相変わらず、ソルロックとルナトーンが対の軌道で旋回している。
パワージェムの岩弾も周囲を漂っていて、例えるならば複数のファンネルのような。

ことりは考える。
単純な強さだけじゃない。今までのトレーナー戦との違いは何…?


ことり(……まるで、希ちゃん自身と戦ってるみたいな)


寸時、思考の中に違和感の根源を見出す。
ソルロックとルナトーン、浮遊するパワージェム、その全ての中心点が希なのだ。

普通のトレーナーはあくまでポケモンが中心であり、そこに付随するトレーナーはいわば外付けの思考機械。
だというのに、希は違って見える。


希(高めに滞空したまま考え事、ウチの戦闘スタイルを考察してるのかな。勘の良さそうなことりちゃんなら、そろそろ気付くと思うけど…)


ことりの感覚は間違いではない。

戦闘において、希は通常のトレーナーとは違い、指示を出すだけの役割ではない。
使役するポケモンだけに留まらず、希自身もまたサイキッカー。
病院の治癒で見せたテレパス、普段から垣間見せる未来視だけでなく、念力(テレキネシス)、発火(パイロキネシス)、透視(クレアボヤンス)までを使えるのだ。


希(ま、パイロなんて大層な言い方しても、10分ぐらい必死に念じてやっとティッシュを燃やせる程度やけどね?)


そんな調子、本人は自身のサイキック能力について大いに謙遜してみせる。

…が、しかし。
ことポケモンの使役に転用すればその力は大きな効力を発揮する。

ポケモンが“サイコキネシス”などを使う前に、希が自身の念力でうっすらと“力の通り道”を作ってあげる。
それだけで技の威力は飛躍的に向上するのだ。

例えるならば大火を呼ぶ火花、火打ち石のようなもの。


ことり(だとしたら、やっぱり、攻撃しなくちゃいけないのはポケモンだけじゃなくて…)

502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:29:51.46 ID:ha7ZcpN9o
ことりの内心に苦悩がよぎる。

ボールの中、待機しているヌメルゴンを意識するたび心に燻る思い、自分が“堕ちてしまった”のだという暗澹。
向き合う四天王、希は明確に正義の側の人間で、この状況下でさえことりの身を案じてくれている。


ことり(けど…だけどことりは、悪い人以外に攻撃したことは一度もなくて。そこだけは…せめてそこだけはって…!)


しかし、ことりがしてきたことは露見してしまった。
希はことりを止め、捕らえるべく向かってきていて、ことりに残された選択肢は二択。

投降して捕まるか、希を傷付けてでもこの場を切り抜けるか。


ことり(傷付けたくないっ、でも…!)


懊悩。
そんなことりの心を知ってか知らずか、希はあくまで飄々。
ソルロックとルナトーンを待機させたまま、ことりをじいっと凝視し続けている。

そして…

503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:30:37.46 ID:ha7ZcpN9o
希「見えた!!」

ことり「え…?」

希「バッチリ決まったよ、ウチの透視能力。うひひ…なかなか形の良いお椀型やなぁ?」

ことり「!!?」


ことりはババっと、思わず片腕で胸を隠している。
希はことりの服の下を透視している!こんな戦場でまさか!

一応、既に民宿の風呂場で裸の付き合いをした仲だ。
だが…一方的に見られるというのはなんとも嫌なものがある。


ことり「の、希ちゃんっ!?」


ことりの警句めいた声を耳に、希はフフフと胡乱な笑みを漏らす。
そして…神妙な表情で言葉を継ぐ。


希「それに…たくさんの傷跡も見える。せっかくの綺麗な肌に…無茶しすぎやって、ことりちゃん」

504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:31:41.63 ID:ha7ZcpN9o
ことり「………。女の子同士でもそれは駄目だよ。エチケットがなってませんね、希ちゃん」


すうっと、ことりの瞳から温度が引いた。

悪党との死闘で負けたことはない。だが、攻撃を受けてしまったことも少なくない。
温泉で、穂乃果にも海未にも見せなかった傷の数々。火傷や切り傷や、打撲の跡…
誰にも見られたくないその傷は、ことりが歩んできた血塗られた道と、心の傷とリンクしている。


ことり(倒さなきゃ…)


それは思いを通すために、希を倒すのだという昏い覚悟の瞳。


希(うん、それでいいんよ。やるなら徹底的にやらんとね)


希は無為にセクハラめいた発言をしたわけではない。
温泉での入浴時、ことりがタオルで器用に隠していた戦傷の数々を透視することで、自分がサイキッカーであると明確に示してみせたのだ。

手札を提示され、ことりの中にあった考察、灰色の疑惑は確信へと変わる。
希を攻撃しなくては勝ち得ない。ことりはそれをはっきりと理解した。

希は、全力の死闘に活路を見出すつもりでいる。
傷み、軋み、壊れかけていることりの心を修復するための糸口を探している。


希(だって、可哀想だよ。旅立ったその日に悪に絡め取られて、夢も希望も捻じ曲げられて…)

ことり「ごめんね、希ちゃん。……ちょっとだけ、壊します」

希「いいよ、おいで。ウチがこの戦闘で…ことりちゃんが抱えてる膿を出し切ってみせるから」

505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:32:10.27 ID:ha7ZcpN9o
夜刻は進み、玲瓏たる山月はその角度を西へと深めている。
舞う暴竜は大口を開き、吸気から吐き出すは灼熱の奔流。赤柱が聳える!


ことり「ボーマンダ、“かえんほうしゃ”」

希「ソルロック、“サイコキネシス”で逸らそか!」


令じることりの口調は淡白ながら、その声色は害意の輪郭をより克明に成している。
ことりのボーマンダは俗に言う両刀型。物理、特殊と両方の攻撃を過不足なく繰り出すことができるように育てられている。
あらゆる盤面に対応できるエースモンスター!

それを受けて希、力場を円形に渦巻かせて酸素濃度を調節。
燃焼の方向を拡散させることで炎熱を見事にやり過ごしている。
これこそまさにタイプエキスパート。その妙技はエスパー使いの極致と言えるだろう。


ことり(けど、それでいいの。希ちゃんみたいな強いトレーナーには、普通の攻撃は通じないことはわかってるから…)

希「ちょっ…!火炎が消えんうちに突撃を!?」


宙空に残熱、焦げ臭さが未だ消えない中、ことりとボーマンダは希目がけて再度の急降下を敢行している。
ソルロックとルナトーンは共にいわタイプ、“かえんほうしゃ”の効果は薄い。
それでも構わず放ったのは、希の視界を遮ることを意識してのこと。

変幻自在、捉えどころがない。
そんな印象の希というトレーナーも、攻撃意識の標的を希本人に定めてしまえば途端に把握できる!


ことり「もう一度…“ドラゴンクロー”っ!!」

希「っ、この軌道は、避けられん…!」


滑空の角度はこれまでで最も鋭角。
一般に、人の動体視力は左右よりも上下動に弱い。
飛ばず、水平に歩く生物なのだから当然、それは慣れの問題だ。
つまり上からの急降下は人を傷付けるのに適した選択肢で、希を負傷させることを躊躇しなくなったが故の攻撃!

506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:32:37.40 ID:ha7ZcpN9o
ことり(爪でルナトーンを倒して、翼か尾で希ちゃんを引っ掛ける。肩の辺りなら頭はぶつけないから大怪我はしない……ごめんなさい!)

希「……なーんて、勝った気になるんは気が早いよ?」

ことり「きゃあっ!?」


突如の衝撃。ボーマンダは驚いたような咆哮を響かせ、その体が前のめりに傾ぐ。
攻撃を受けたのだろうか。いや、希が動いた様子はない。
何かにぶつかった?何もない場所で?

否、そこには岩が浮いている。限りなく見えにくく偽装された岩が!


ことり(ステルスロック…!いつの間に!)

希(透視だなんだの少し前、長考が過ぎたんよ、ことりちゃん。仕込む時間はたっぷりあった)


尖った岩を宙に浮かせ、相手の出方を牽制するのがステルスロックという技だ。
そこに希はアレンジを加えている。エスパーポケモンたちの念動力で岩の周囲の屈折率を弄り、まさに名の通りのステルス性を付与している。

結果、生じるのは猛然の衝突!!


『グォォ…ッ…!!』


いくら高い耐久を誇る竜族、ボーマンダでも、そのダメージは免れない。
岩の硬度以外、ダメージの源は自らのパワー、傷を受けるのも当然だ。

呻き、倒れずも突進の勢いを殺されてフラフラと。
そして同時、ことりが衝撃を受けて宙へと投げ出されている!


希(危ないっ…けど、あの角度なら木に突っ込む。死にはしないはず…そこを捕まえればいいね)


戦闘の中にことりの心を修復しようと試みている希だが、拘っているわけでもない。
無力化できるならそれはそれでオッケー。自由を奪ったところで、じっくりとメンタルケアをしてあげればいいのだ。

そしてことりの細身が木々へと迫り…しかし落ち着いたまま、ことりはボールを開く。

507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:33:31.67 ID:ha7ZcpN9o
ことり「お願いね」


風に舞う羽毛、現れたのはチルタリス。
白翼を大きく広げ、白の鳥竜は綿のような翼でことりの全身を包み込んだ。そして木へと衝突!


『チルル!』

ことり「ありがとう、チルタリスさん」


チルタリスとことりは共に無傷。

ふわふわと緩衝力の高いチルタリスを手元に置いておき、いざという時に展開することでクッションの役割を果たしてもらうという手筈。
チルタリス自身もその柔らかさ故に耐久力の高いポケモンで、この程度の衝撃を受けたくらいではビクともしない。
実に抜け目なく、ことりはボーマンダの背からの転落に備えていたわけだ。

しかし、一瞬でもパニックに陥れば大事故は間違いなし。
希はそのギリギリの綱渡りのような激突回避に、思わず「むむ…」と唸っている。




希「なるほど、そのチルタリスがことりちゃんの無茶を支える屋台骨、ってわけやね…」

ことり「うん♪うふふ~、可愛いでしょ?」

希「そうやね…っと!」

ことり「動かないでね、希ちゃん」


瞬間、ことりはチルタリスの羽ばたきに加速を得て、希のすぐそばへと迫っている。
ボーマンダに乗っての空戦から一転、自らの足で接敵!

ことりは戦術に固執しない。数々の荒試合は少女の思考に実戦的な柔軟性を与えている。
ボーマンダに再度乗ろうという考えは瞬時に捨てている。降下で隙を作らせるのを嫌ったのだ。

ボーマンダは“かえんほうしゃ”チルタリスは“りゅうのはどう”。
二体の竜には上空からのブレスで遠距離攻撃に徹させ、ソルロックとルナトーンにその対応を強いる。

そして迫ることり、手に揺れるのは赤紫の薬液。“洗頭”の注射器を構えている。それも両手に!
さらに、大きな変化がもう一つ。

その顔には再び奇怪な“鳥面”!

508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:34:22.17 ID:ha7ZcpN9o
(・8・)「避けないでね、希ちゃん。ちょっとチクっとするだけですよぉ~♪」

希「……いい感じにキマってきたやん?」


気圧されたように苦笑を浮かべる希。へと踏み込み、突き出していく注射針。

ことりは考える。

殺そうとはしてません。廃人にするつもりもありません。
たくさんを注射すればその人は壊れちゃうけど、ほんのわずかの注射量ならしばらく昏倒気絶するだけ。
手先の器用さには自信があるから、投与量を間違うこともありません。
ごめんね、希ちゃん。ほんの少しチクっとするだけだから…


希「その冷静さが怖いんよ、ことりちゃん。暴力に慣れすぎてる」

(・8・)「避けたらダメですよ?」

希「またまたぁ…」


509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:34:56.17 ID:ha7ZcpN9o
両手に注射器とは非合理的な。
そんな風に最初こそ思ったが、いざ立ち会ってみて、希は怖気に冷や汗を滲ませている。


希(ことりちゃんが今持ってる注射器はあくまで“脅し”。振り回してはいるけど、本気でウチに刺そうって動きやない。
狙いは…怖がらせて動きを制限、戦況を有利に運ぼうとしてる。怖がらせるために見た目のインパクト重視、二本持ちってわけやね)


なるほど、黒名高い犯罪者狩りは伊達でなく、荒事に慣れきっているのがよくわかる。
ことりだけならまだしも、空から注ぐ二つのブレスにも同時に警戒を払わなくてはならないのが厄介。


希(ソルロックとルナトーンは…ううん、防戦で手一杯)


左右に体を入れ替えてくるりと躱し、希は仮面越しのことりの表情を、感情を想像する。


希(仮面を被った瞬間、ことりちゃんから暴力への躊躇が消えたような…)


それは錯覚でもなんでもなく、“鳥面”はことりにとって衝動のスイッチであり自己防衛。
仮面を被り、“南ことり”と“鳥面”はあたかも別人格であるかのように自己へと暗示をかけている。
つまり、罪悪感を薄めるためのリミッターなのだ。


希(多分、そういうことやね。だったら…)


希は危険を承知、目を閉じて二秒集中…
掌を突き出し「破ぁ!!」と一喝!!

途端、放たれた念動力が鳥の仮面を砕き割った!


ことり「え…?仮面が!」

希「その逃げはアカンよ、ことりちゃん。自分のしてることを直視して」

ことり「っ…!ええいっ!!」

希「うっ、ぐ!?」

次回 穂乃果「行くよ!リザードン!」 その3