穂乃果「行くよ!リザードン!」 その2

510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:35:31.07 ID:ha7ZcpN9o
仮面は剥いだ。が、隙を作ったリスクもまた大きかった。
ことりは素顔に表情を歪めつつ、希の手首を握っている。そして身を捻り、手首をくるりと回す勢いで返し投げる!


希「ぐっは!?」


それは合気道でいう四方投げに近い挙動、昔に海未から習った護身術、園田流の投げ技だ。


“ことりは可愛いですから、何かあってからでは遅いのです!”

ことり(って、たまぁに真顔で照れることを言うんだもん…)


そんな郷愁はほんの一瞬。
目の前では希が地面に叩きつけられていて、ことりは懐に収めていた注射器を再び手に取る。
組み敷き、注射針を振り上げ…!!


ことり「針がない…?」


違う、針先が明後日の方向を向いているのだ。


希「捻じ曲げたんよ、テレキネキスで。この至近で、うぐっ…!それくらいの、ほそさなら…イメージもしやすいから…」

ことり「本当に、超能力者なんだ…」

希「せやねぇ…、たったこれだけで、あたまがいまにもわれそうやけどね…!!だああっ!!!」

ことり「っ!?」


ことりの体がふわりと浮き、巴投げのような形で強引に投げ飛ばされた。

希は表情を歪ませながら立ち上がる。
グワングワンと内側から膨れるように痛む頭、サイキックは脳の負荷が大きい。
今、ことりを投げ飛ばすのにもテレキネキスを利用した。
絵里やにことは違い、格闘戦に関しては特段訓練を積んだこともない素人だ。振り払うためには仕方がなかった。


希(……けど、っ、これ以上は乱用したくないかなあ…!

511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:36:04.18 ID:ha7ZcpN9o
対し、投げ飛ばされた側のことり。

…心臓がバクバクと荒鳴っている。


ことり「う…っ…!」


こみ上げる吐き気。
「ぅ、げっ…おえっ…!」とえずき、胃の中身をびちゃびちゃと足元へ撒き散らした。

希が超能力で何かした?
……違う。罪のない相手に注射針を立てようとしてみて、針がないという疑問の瞬間、心を覆っていた鎧が失せた一瞬…
直視を避けてきた自分の罪の重さと、今の自分の恐ろしさを客観視してしまったのだ。仮面も剥がれたままで。


ことり(私、私は、希ちゃんに…優しい希ちゃんに、注射針を刺そうとして…!!)

ことり「ぁっ…うぐ、っぷ、うげぇっ…!!」

希「……ことりちゃん…」


512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:36:36.08 ID:ha7ZcpN9o
こんなはずじゃなかった。

穂乃果ちゃん、海未ちゃんと一緒にオトノキタウンを旅立って、イーブイとモクローを連れていろんな町を巡って。
二人とは別々の旅路。でも毎日のように連絡しあって、お互いの旅の話をたくさんしてから幸せな気持ちで眠りについて。
たぶん、たまに寂しくなって、穂乃果ちゃんと海未ちゃんに泣きそうな声で電話しちゃって。
近くにいるどっちかが、きっとすぐに駆けつけて慰めてくれてる。
もちろん穂乃果ちゃんと海未ちゃんが寂しくなったらことりが駆けつけて、同じことをしてあげて。

ダイイチシティでルビィちゃんとお話をしたみたいに、新しいお友達もたくさんできて…
そのうちモクローやイーブイたちも成長してきて、ずっと憧れてたニンフィアに進化させて…


ことり(大好きなポケモンたちを綺麗に着飾って、コンテストで優勝するの)

ことり(そして…穂乃果ちゃんか海未ちゃん、どっちが先かはわからないけど、二人は絶対チャンピオンになるから。
そしたらことりが晴れ舞台で、二人のポケモンたちの衣装をデザインするの。それが夢だった…)


なのに。


ことりは全身を震わせながら、自分の手へと目を向ける。
注射器、赤みがかった薬液はまるで血液。

自分は恐ろしい薬を手にしていて、それを何人もの人に打って、ポケモンにも打って、自分を助けようとしてくれている、罪のない希にも…!


ことり「げ、ぁ…ぅう゛っ…!」


もう一度、嘔吐する。
胃の中身はほとんど空になってしまったのか、出るのは食道を焼く胃酸ばかり。

仮面は砕かれ、罪科の意識を紛らわせてくれる物はもうどこにもない。
柔らかで、しなやかで、華奢な少女の体へ、優しく愛と慈しみに溢れた少女の心へ、犯してしまった罪の数々が、目を背けて逸らして、膨れ上がってしまった大罪の重みが一挙に降りかかる。
声にならない嗚咽が漏れる。引き裂かれそうに魂が悲鳴をあげている。


ことり「ぁ…あぁ…っ…こんなはずじゃなかった…こんなはずじゃなかった…こんなはずじゃなかったのに…!!」

513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:37:29.92 ID:ha7ZcpN9o
ふぁさり。小さな背中を、温もりが包み込む。

……いつの間にか、ボーマンダとチルタリスが降りてきている。

希は様子を見ようとソルロックとルナトーンを制していて、それを見て降りてきたのだろう。

ボーマンダはその強面に(大丈夫か)と問うような意思を滲ませている。
チルタリスはつぶらな瞳を心配そうに潤ませ、その白羽でことりの背を柔らかく撫でさすっている。

どちらも自力で、一から育て上げたポケモンだ。
血塗られた道の中にも、絆は間違いなく育まれている。


ことり(ゼロじゃない…マイナスかもしれないけど…ことりが歩いた道は、ゼロじゃない。そうだよね、みんな…)


チルタリス、ドラミドロ、デンリュウ、ボーマンダ…それに罪の証、ヌメルゴンも。
ただその力に魅入られたドラゴンたちも、そうでないデンリュウも、今となってはみんなみんな愛しくてたまらない。
だけど、ここで折れたらゼロになる。罪も咎も全て背負って、足は潰れそうで、それでも…

ことりのパーティーは五体で完成だ。
奪われたイーブイを取り戻すまで、あと一つの枠が埋まることは決してない。

胃酸に焼けた喉を少しでも癒すかのように、澄んだ山の空気を胃へいっぱいに送り込む。

希もまた激しい頭痛から立ち直っている。
どう出るかをじっと見つめてきていて、ことりはそんな希へと、悲哀に満ちた笑顔を向ける。


ことり「それでも、ことりは止まれないから」

514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:38:01.12 ID:ha7ZcpN9o
胃酸に焼け、掠れた声で。
希はそれを沈痛な面持ちで受け、内心に忸怩。
罪を直視すれば止まってくれるのではと思っていた。けれど未だ前へ、黒の道を進もうとしている。

希へ、ことりの心が微かに伝わっている。

自分の内面を見つめ直した今、デオキシスを捕まえるという目的意識も既に希薄になっている。いや、もうまるで必要としていない。
ただ“止まれない”という漠然とした感覚だけがことりの体を突き動かしている。
それは傍目に、身を削るだけの道でしかないのに。

ことりの瞳を見つめ、静かに問いを投げる。


希「ことりちゃんは、何のために戦ってるん?ことりちゃんをそこまで駆り立てる思いは何…?」

ことり「希ちゃんは、お星様を見るのって好きかな」

希「……好きやね。大好きよ」

515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:38:58.97 ID:ha7ZcpN9o
ことり「ことりも。真姫ちゃんのおうちで大きな望遠鏡で見せてもらってから好きになったんだ。……秋の山奥って、こんなにたくさんの星が見えるんだね

希「今日は、雲もないみたいやしね」

ことり「……だけどね、夜空を見てるとすごく怖くもなるの」


訥々と、ゆっくりとしたペースで語りつつ、二人は既に戦いを再開させている。
危険を顧みずに火花を散らしていた様相から一転、互いの声が聞こえる距離を保ったままに静かに下す指示、交わされる攻撃。

スローテンポ。
ながらに、ひりつくような緊張感は保たれている。
悲壮感さえ漂う鬼気を宿したことり、純正の超能力者である希。
双方共に、特殊な強みを持ったトレーナー。それを互いが理解し、互いの強みを打ち消しあう戦闘運びへと移行したのだ。

牽制、牽制、重ねる牽制。
ルナトーンが放った“ムーンフォース”をやり過ごし、間隙に交わされる声。


ことり「夜空ってね、この世界と似てると思うの」

希「ん?世界に?」

ことり「うん。あの星、キラキラ輝いてるのは穂乃果ちゃん。
その隣で静かに、だけど強く輝いてるのは海未ちゃん。
ことりは、その二つのちょっと下にある白っぽいやつでいいかなぁ。
そのすぐ近く、綺麗な赤いお星様は真姫ちゃんかな?他にもたくさん…」

希「……ふふふ、ことりちゃんらしいね」


向けられた笑顔に、ことりもまた笑顔を返す。


ことり「だけど…あの星たちはすごく遠くて、お互いの声は聞こえないし触れない。
間には真っ暗な闇が広がってるだけで、ことりが呼んでも誰も答えてくれなくて」

希「……」


ことりは思いを一つ一つ、並べながら語っていく。
クローゼットにしまい込んだたくさんの衣装を、順に並べて整理していくように。

516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:42:25.22 ID:ha7ZcpN9o
ことり「……ことりの目には、世界は素敵なキラキラに溢れて映ってました。

可愛いお洋服に甘ぁいお菓子、元気いっぱいなポケモンたちと、家族やオトノキタウンの人たち。穂乃果ちゃんと海未ちゃん、それに真姫ちゃん。
世界はことりの大好きなもので溢れてて、そこで呼吸をしていられるだけで、この世界でおひさまをあびてことりの心臓が動いてる…それだけで、本当に幸せな奇跡だと思ってたんだ。

なのに…信じられないくらい酷い人たちがいて、ことりが思う大切なものを何もかも壊そうとしていくの。

ああ、ことりは子供だったんだな、って。
知ってしまえば見えてくる。
アライズ団だけじゃなくて、ことりの大切な世界を壊そうとする人たちが…街にも、公園にも、お店にも、部屋の中にいたって、テレビの世界にもパソコンの世界にも、人の何かを壊そうとする人は溢れてて、どんな場所にもたくさんいて。
自分から関わろうとしなくっても、向こうから壊そうと、奪おうと迫ってくるの。突然に。

……わかったんだ。

何かを与えて生きていける人と、奪うことでしか生きられない人がいるの。
奪う人はずっとずっとその生き方しかできないから、誰かがそのスイッチを切ってあげないといけないんだって。

そうしなくちゃ、イーブイさんみたいに…
大好きなポケモンたちも、穂乃果ちゃんも海未ちゃんも、いつかは奪われちゃうかもしれない。壊されちゃうかもしれない」


希「……」


ことり「だからことりは一つ一つ、スイッチを切り続けるの。ことりの大好きなものを守るために」


いつか、自分のスイッチが切られる時まで。

517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:42:58.73 ID:ha7ZcpN9o
ことり「“げきりん”」

希「っ、…!」


ことりの語った言葉に、希の意識に小さな空白が生まれていた。
それは数字にすれば、たった一秒にも満たなかったかもしれない。

だが、ことりの集中はそれを見逃さなかった。
ボーマンダは高らかな咆哮に、尾を真上から振り落とす。
ついに炸裂した竜撃、ソルロックとルナトーンの二体が同時に落とされる…!

すかさず、希はバリヤードとマフォクシーを繰り出している。


ことり(マフォクシー…希ちゃんのレギュラー?)

希(…と、警戒してくれたらいいんやけど。この子、いつものマフォクシーの弟くんなんよねぇ…)


フーディン以外はあくまで趣味パ、その発言に偽りはない。
卵から同時に孵化した二匹は仲が良く、引き離すのが忍びなくて一緒に育てている…と、そんな希らしさ。
ただし今に限ればレベル不足が大きく響きかねない場面。
気取られないようポーカーフェイス、しかし内心に唇を噛んでいる。


希(あーもう、甘いなぁ…ウチは)


そんな自戒。
まあ、改める気もないのだが。
とにかく悔やんでも仕方なし、希は二匹へと指示を下す。


希「バリヤードは“こごえるかぜ”、マフォクシーは“マジカルフレイム”や」


骨身に染みて体を軋ませる寒風と、自在に軌道を変化させる魔術師の炎が放たれる。
しかしボーマンダとチルタリスは未だ落ちず。


希(しぶといなあ…)


ことりが連れている二匹の竜は、やはり流石に高レベル。意思疎通も盤石に隙がなく、穂乃果や海未の戦果が目立つが遜色のない実力。
やはりことりもオトノキタウンのトレーナーなのだと、希は実感している。


希(ことりちゃんは…良い子すぎた。ピュアすぎたんだね。
田舎町で暖かな人たちに囲まれて、汚れを知らずに育って…それが、ほんの短い時間で煮詰まった闇を見せつけられた。
理解が及ばなければどれほど良かったか…でもこの子は賢かった。理解してしまった。
まるで真っ白なキャンバスに墨汁をぶちまけたみたいに、一息に、この世界の嫌なとこばかりを知ってしまった…)

518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:44:08.98 ID:ha7ZcpN9o
くらり、希がふらつく。
長時間の対峙、徐々に探っていたことりの心。その中に渦巻く負の感情が流入してきたのだ。


ことり「それでもやっぱり、世界には素敵な物が…素敵な人たちがたくさんいるの」

希「ウチのテレパスに、逆干渉するほど…強いっ、意思…!」

ことり「子供たちの目はお星様みたいに輝いてて、そんな子供たちが旅に出て、ことりと同じ目にあったら…?」

希「ことり、ちゃん…」

ことり「……嫌だよ、考えたくない。だからね、ことりが。
……もう、汚れちゃったことりが、この世界の汚いものを、少しでもたくさん受け止めようって」


“りゅうせいぐん”

519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:44:42.41 ID:ha7ZcpN9o
天空、星々が煌めき。
大哮を上げたボーマンダ、ドラゴンタイプの強大な力は宇宙から隕石群を引き寄せる。
それはごく小さな…しかし燃え尽きることなく地上へと届く流星。
威力のほど、それは語るまでもなし。激震がミカボシ山を揺らす…!!


希「っ、ぐ…!」


希、それにマフォクシーとバリヤードは辛うじて耐えている。
ぐちゃぐちゃに荒らされた丘は希たちの一帯だけ綺麗に地形を残していて、それはバリヤードが生じさせた防壁のおかげ。
防御型のポケモンを出していたのが功を奏した形だ。

一撃までなら。


ことり「チルタリス、“りゅうせいぐん”」

希「うっそやろ…」


それはドラゴン使い特有のゴリ押し。
後先を考えない、威力だけを追い求めた恐るべき蹂躙。
甲高い咆哮が夜空を輝かせ…

再度の隕石群が希へと下る!!

520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:46:04.87 ID:ha7ZcpN9o
ことり「……やっと出てきたね、希ちゃんの切り札」

希「……危な」


マフォクシーとバリヤード、主力ではない二匹では二度の流星群を耐えきることはできなかった。
威力の暴威に押し切られ、二体が順に屈する。
その防壁がなくなれば自明、降り注ぐ流星に次に潰されるのは希だ。

それをわかっていてことりが二度の“りゅうせいぐん”を躊躇わなかったのは、希の手持ちに唯一のレギュラーが控えているから。
それはエース、その圧倒的な性能はオハラタワー倒壊を防いだ際にテレビでも映っている。

メガリングが輝いた。
そして現れたのは複数のスプーンを宙に並べ、座したままに浮遊するエスパータイプの最強格!


希「巻き返さんとね、メガフーディン…!」

『シュウウッ…!』

521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:48:05.50 ID:ha7ZcpN9o
同時、希はチリーンを並べている。それが六体目、これで打ち止め。
ことりはついに希の手持ちの底まで辿り着いた。

ふよふよと浮かぶふうりんポケモンはサポートに徹する姿勢を見せていて、それも当然。


希「メガフーディン、“サイコキネシス”」

ことり「っ…!!」


圧倒的!!!!

メガフーディンが放った念力波は丘の土や木々をないまぜに巻き上げ、その全てを一緒くたにして土石流へと変化させる!
狙いはボーマンダ、その身は既に手負い。まるでなす術なくその中へと巻き込まれてしまう!!


希「次…!」

ことり「強いっ…、お願い!ヌメルゴン!」

『ヌメェ!!』


洗脳薬、非合法な手で手持ちに加えたばかり、薄紫の体につぶらな瞳のドラゴンポケモンだ。
愛嬌のある顔にぬめぬめとした体、それだけ聞けばさして強そうにも聞こえないが、種族値はあのガブリアスやボーマンダに並ぶ600族!

そしてこの手の強力なポケモンには珍しく、人懐こい気質の種でもある。
まだ出会ったばかりのことりへと振り向き、(がんばるよ)とばかりにやる気のある目を見せる。

もしかすると、前のトレーナーであるアライザーにも懐いてはいたのかもしれない。
それを無理矢理に引き離してしまった。ヌメルゴンの可愛らしさに、ことりの胸に過ぎる想いはかえって複雑さを増している。

だが、今は迷っている暇はない!


ことり「ヌメルゴン!“りゅうのはどう”っ!」

『ヌッ……メァッ!!!』


吐き出すブレス!
ことりはチルタリスにも同時に指示を下し、同じくブレスを放たせている。

二体の竜哮は相まって迫り、直撃すればメガフーディンでさえ無事ではいられないはず…!


希「“サイコキネシス”」

522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:48:40.75 ID:ha7ZcpN9o
ことり「………そんな…」


大地が捲れ上がっている。

大気が渦を巻いている。

メガフーディンは微動だにせず念じただけ、ただそれだけで、まるで天地を逆さに返したかのような有様。
雲は裂け、無比の力に干渉を受けた空間は大きく捻られて歪にヒビ割れている。

ヌメルゴンとチルタリスが倒れている。
チルタリスは既にダメージを負っていた。ヌメルゴンは手にしたばかり、まだ意思の疎通が完全でなかった。

二体が放った波動、そのどちらかはメガフーディンを掠めてダメージを負わせている。
チルタリスが完調なら、ヌメルゴンが懐いていれば、あるいは結果は違ったかもしれない。

だが今はこれが現実、一蹴。
これが四天王、その切り札の力…ことりの腰に残ったボールはあと一つ。


ことり「お願い…デンリュウ」

523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:49:30.65 ID:ha7ZcpN9o
デンリュウ、ことりの手持ちには珍しく単色のでんきタイプ。
見ようによっては竜に見えないこともないが、ドラゴンタイプは持っていない。
特殊攻撃に長けている。なかなかのポケモンだ。
しかし…どう見たところで、分はメガフーディンにあり。


ことり「………」

希「ことりちゃん…もう、いいんやないかな。立ち止まっても…それ以上、自分を傷付けなくても」

ことり「……ありがとう、希ちゃん」

希「……!」


返ってきたのは穏やかな声。
そんなことりの表情に…希は思わず息を飲む。


希「……なんで、笑ってるん?」

ことり「なんとかここまで、来られたな…って」


煌めく左手首。
そこにはいつの間にかバングルが装着されていて、見間違いようもない…それはメガリング!

524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:50:03.20 ID:ha7ZcpN9o
希「まさか、持ってたん…!?」

ことり「いくよ、デンリュウ。メガシンカっ…!!」


つるりとした黄黒の体、その首筋と尾へと進化前のような白い毛並みが蘇る。
強い発光と雷撃を生む赤い球体もその数を増殖させていて、生み出せる電気エネルギーの量はこれまでとはまるで比較にならない。

メガデンリュウ。
その瞳はことりとの絆に応えるために敵を、メガフーディンとチリーンを見据えている!

まるで予期外、希は思わず驚きに息を飲んでいる。
メガリングを得て、メガストーンを得て、それがどれほどに運命的なことか!


希(メガストーンは運命に引き寄せられる。富豪が金を積んでも買えるものじゃないし、終生を賭しても出会えない事はザラ。
なのに小さな子供がある日ヒョイっと道端で拾うこともある。
どんな経緯で手にしたのかはわからないけど…ことりちゃんは運命に選ばれてる。だとしたら…!)


メガフーディンはヌメルゴンとチルタリスの攻撃を掠めて体力を減じている。
チリーンにはメガシンカ体を止められるほどの戦闘ポテンシャルはない。

まだここで、ことりの道は終わらない…!


希「“サイコキネシス”や!!!!」

ことり「“10まんボルト”っ!!!!」


超力、爆雷がぶつかり合い爆ぜる!!!
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:50:56.93 ID:ha7ZcpN9o
……




ことり「……それじゃあ、ことりは行くね。希ちゃん」


倒れた希の懐から連絡用のデバイスを手に取り、GPSで位置を発信した。
絵里やにこ、真姫、誰かしらがすぐに来てくれるだろう。

メガシンカ体の力のぶつかり合いは、二人が戦っていた崖を完全に崩壊させた。
ことりはメガデンリュウの体毛にくるまり、メガデンリュウは向上した体感覚をフルに活かして崩れ落ちる岩盤の中を見事に駆け下ってみせた。

対する希には不運。
ぶつかり合い、流れた電撃の余波が身を掠めて反応が遅れてしまう。
その一瞬の空白にメガフーディンは打ち倒され、薄れる意識の中でフーディンを回収してそこでノックアウト。
まだ生き残っていたチリーンが必死にサイコキネシスで希を崩落から守り、なんとか下へと辿り着き、意識は失したままで今に至る。

自他共に認めるラッキーガール、そんな希にとって、不運による敗北は生涯で初。
戦況を鑑みれば、そのまま続けていてもことりが押し切っていた可能性が高い。
拮抗したが、やはり本来のパーティでないという点は大きなハンデとなった。勝敗に影響はなし。

だが見るべきは、ことりが希の幸運を凌駕したという点。
運命はまだ行き止まりを許さない。ことりに役割を残しているのだ。

526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:51:28.19 ID:ha7ZcpN9o
歩み去ろうとすることり…
その背へ、鈴の音が響く。


『リリリ…』

ことり「……ふふ、心配してくれるの?希ちゃんは、連れてるポケモンたちも優しいんだね。
…でも、ことりは行かなきゃ。あなたは誰かが来るまで、希ちゃんを守ってあげてくださいね」


そう告げ、チリーンを優しく撫でて踵を返す。
その足首を、弱々しく、しかし確固とした意思を感じさせる手が掴んだ。


ことり「……希ちゃん」

希「行かせん。行かせないよ…ことりちゃん…」


体は電撃に痺れたまま、握力はまるで戻っていない。指を掛けているだけ。

それでも、行かせまいとする。

ことりの心を理解して、優しさと悲しみを知って、放っておけるわけがない。


ことり「離してくれないかな…」

希「いいや…絶対、離さんよ…自己犠牲みたいな考え方って、ウチ、わりと共感できる方やから…」

ことり「……ことり一人がたくさんの悪を背負えば、それだけたくさんの人が救われる気がするの。それははっきり形が見えることじゃないけど、きっと、間違いなく」

希「ちょっとだけ、わかるよ。わかるからこそ…行かせられない…!だってことりちゃん、もう、心が限界で…!」

527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:51:56.45 ID:ha7ZcpN9o
ことりはしゃがみ、文字通りに心底から心配し続けてくれる希の指を包み込む。
戦いの中、ずっと理解しようと、ことりの心を治そうと交信し続けてくれていたのが感覚として理解できている。
希という少女はとびきりの超能力者で、それならことりの胸に宿っている感謝の気持ちは言葉にするまでもない。

万感の“ありがとう”を胸に強く念じて、ことりよりもよほど泣き出しそうな顔をしている希に笑顔を向ける。


ことり「さっきは希ちゃんに少し誘導されてたけど…今度は、ことりの意思で使うね」

希「洗頭…」


注射器を手に、爪先で先端を弾いて空気を抜く。
赤紫の液体がほんの数滴、空を舞い、そしてことりは希へと針を近付ける。

今度こそ、戻らないという決意。
その優しさで追いすがって来る希へ、完全なる善人へと突き立てる注射針。
一時的に昏倒させて、これで光の当たる場所とは縁を断つ。

その言葉は希へ、そして穂乃果と海未へ。


ことり「さようなら…」

海未「歯を食いしばりなさい」


思い切り振りかぶり…


ことり「え……っ」

海未「この……愚か者!!!!!」


痛恨の拳打がことりの頬を打ち抜く!!!

528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:52:25.79 ID:ha7ZcpN9o
海未「昔から仲の良い幼馴染として付き合ってきて、どうにもずっと不思議だったことがあるのです…」

ことり「……!?…!!?」

海未「貴女はとても性格が良くて本当に素敵な子なのに、何故だかたまに貴女が原因で話が拗れることがあると!」

ことり「え、え…??」


殴り飛ばされた、全力で。
ことりはゴロゴロと数メートルを転がり、驚くほどに鋭く痛い頬を抑えて目を白黒とさせている。
いきなり海未が現れたのもよくわからないし、海未から殴られたのも初めてで…そう、海未ちゃんから殴られた…!

まるで頭の処理が追いついていない。
口の中にざらりとした異物感を覚えて、吐いてみれば白い硬質。奥歯が一本折れてしまっている。
しかしそれを見ても海未はまるでおかまいなしに、ズカズカとことりに歩み寄る。


海未「つい今し方、その原因に思い至りました。ことり、貴女は……良い子すぎる!!」

ことり「う、海未ちゃ…?!」

海未「良い子すぎて、ぐるぐると考えすぎて、貴女はたまに思いもよらぬ暴走をするのです!
そして悪気はなくて、おまけに貴女の容姿もあいまって、周りは強く言いにくいのです。言いにくいのですが…良い解決法がわかりました。それは」

ことり「そ、それは…」

海未「鉄拳制裁!!!」

ことり「……!!?」

529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:53:34.39 ID:ha7ZcpN9o
グッと、海未は顔の横で握り拳を作ってみせる。
ことりは未だに驚きに硬直気味で、希もまたそんな様子に首を傾げずにはいられない。


希「あの、海未ちゃん、諸々の話の流れは理解してるん…?」

海未「ええ、二人の聞かせてもらいました。大方は」

希「聞いてって…海未ちゃんが来たの今やろ?」

海未「そうですね。が、私にはゲッコウガとの感覚リンクがあります。超感覚で聴力を強化していましたので」

希「なるほど、ソノダゲッコウガで…」


聞いていたのなら、あとは任せればいいかな。
そんな思いに、ようやく希の全身から力が抜ける。

幼馴染を懸命に留めてくれた希に深く、深く、心からの感謝の念を抱きつつ、海未はことりへと向き直る。

530 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:54:01.96 ID:ha7ZcpN9o
海未「昔から穂乃果と私が喧嘩をするときは、大抵穂乃果が滅茶苦茶を言っているか、私が意固地になっているか。どちらが悪いかがはっきりしているので尾を引きません」

ことり「う、うん…」

うん「ですがことりの場合、悪気はないので言いにくい。私や穂乃果からの物言いがやんわりとした形になり、暴走がなかなか止まらない。
故に、あなたがごくまれに引き起こすトラブルはやたらと大問題になるのです!」

ことり「……そう、言われても…」

海未「ええ、言われても困るでしょうね。なのでわかりやすく。あなたに悪気があれなかれ、間違っていれば私が、この拳で止めます」


そして海未はそこまでの勢いが嘘のように、その表情を優しい物へと変える。
いつもの理知的な色を瞳に宿し、傷だらけのことりの心に沿うように、そっと問いかける。


海未「教えてください、ことり。どうして“洗頭”を使ったのです?」

ことり「………悪い人たちを、同じ目にあわせたかったから」

海未「いえ、もっと根幹の部分です。シンプルな、一番の動機はなんです?」

ことり「……イーブイを、取られたから…」

531 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:55:22.73 ID:ha7ZcpN9o
結局のところ、全ての起点はそこだ。
それは今までにも明白で、そんなことをわざわざ尋ねる海未がわからない。
じゃあどうすればよかったのか。それがわからなくて、こんなにも…!


ことり「勝てなかった!力がなくて守れなかった!!」


ことりは身を震わせながら、声を絞り出す。


ことり「怖かった…今も怖い…っ…!次は穂乃果ちゃんと海未ちゃんがいなくなったらって、私は、私は…!」

海未「なら!!何故いなくなったのです!私たちの前から…大切な存在がいなくなる恐怖を知りながら…!」

ことり「それは…!二人だけじゃなくて、守らなきゃいけないものがたくさんあって…!!」


思い詰めたように首を振る。
そんなことりを見つめながら、海未はその髪を撫でる。


海未「……一緒に悪と戦う。それではいけなかったのですか」

ことり「……一緒に…」


海未の瞳はまっすぐにことりを見つめている。
口にした言葉はとてもシンプルで、しかし力強く。


海未「乱心してからは知りません。ですが、ことりが“洗頭”を使ってしまった最初の要因は、戦う力がなかったから。そうなのでしょう?」

ことり「………」


海未はにこから、“鳥面”の初期の犯行現場の様子を聞いている。
悪党との戦いで大柄な男を相手に窮地に追い込まれ、落ちていた“洗頭”を突き立てて注入することで難を逃れた、そういう痕跡があったと。

その一度から、徐々にエスカレートしていったわけだが…


海未「私がいれば、そんな輩は叩きのめしてみせました。穂乃果がいれば、機転を利かせて上手く切り抜けてみせたでしょう」

ことり「………うん」

海未「私たち三人でいれば、そんな非合法な薬に頼らずとも悪党を捕らえて警察に引き渡す。それくらいのことはできたはずです。
真っ当な手段で強くなって、アライズ団への反撃の機会を待つこともできました。それなのに…」

ことり「………そう、だね……」

532 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:55:50.37 ID:ha7ZcpN9o
ことりはうなだれる。返す言葉が出てこない。
思い返せば綺羅ツバサ、彼女の去り際に囁かれた“手段を選ばず強くなれ”という言葉が呪縛として、ことりの心を闇へ、闇へと向けさせていた。
三人でいれば…大好きな二人と一緒にいれば、もっと違う道もあったはずなのに…!

ありえた他の可能性。
それを提示されたことで、ことりの心を頑なにしていた最後の楔、綺羅ツバサの呪縛が崩れ去る。

ことりの瞳からは大粒の涙がボロボロと零れ落ち、海未はそんな幼馴染をぎゅっと強く抱きしめる。


海未「……二度と、離れないでください。私から。穂乃果から」

ことり「うん……うんっ……」

533 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:56:16.05 ID:ha7ZcpN9o
取り返しのつかない過ち、その傷を埋めるかのように、自分の温もりを冷え切ったことりの体へと移すかのように。
そんな様子を、希は起き上がれないまま微笑ましげに眺めている。

そんな視線に気が付き、海未はハッと。
恥ずかしかったのか、咳払いを一つして一言追加。


海未「その前に、あなたは牢屋行きですがね!」

ことり「……ふふ、厳しいなあ…海未ちゃんは…」

海未「法律のことはわかりませんが……待ちますよ。10年でも20年でも、お婆さんになってでも。それから…一緒に旅をしましょう。三人で」

ことり「……うん」


月光に、約束を交わす。
そんな二人のすぐ近く、巨影を落としながら青の土兵、ゴルーグが着陸した。
その背上からにこが軽やかに降り立ち、どうにかその暴走を収めたことりの姿を目に、軽く肩を竦める。


にこ「ったく、お騒がせ娘ね」

ことり「……ごめんなさい。手錠を…」

534 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:56:43.85 ID:ha7ZcpN9o
ことりは神妙に手首を差し出す。が、にこはヒラヒラと手を煽ってそれを流す。


にこ「アンタは保留。にこは今、アライズ団絡みで超…絶!忙しいの。ゴルーグは定員オーバーだし、後から自分で自首でもしときなさい」


そう告げるとグロッキー状態の希を背負い、「もう一働きしてもらうわよ」と声をかけながらゴルーグの背に戻る。

「ええ…まだ働くん…」とボヤく希へ、にこは首を反らして後頭部で頭突きを一つ。


にこ「四天王でしょうが」

希「そうやけど…」

にこ「……希が頑張ったのはわかるわよ。ことりの顔を見ればね」


ことりの目に宿っていた険相が解きほぐされている。

海未が掛けた言葉は最後のひと押しになったのだろう。

けれどそこまでを持っていったのは希が戦闘の中に苦心して仮面を打ち破り、罪と向き合わせ、本音を引き出して悪心を削ぎ落としていたから。
その過程を経ずに海未が同じ言葉をかけていたとして、それはことりの心に響かなかったに違いない。
ボロボロになったにも関わらず美味しいところを持っていかれて、そんな希を、にこは悪友めいた笑いで労った。


にこ「ま、お疲れ」

535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:58:19.19 ID:ha7ZcpN9o
にこと希の隣、巨兵の上からは赤髪がちらり。
真姫がひょこりと顔を覗かせて、地上へと目を向ける。

海未に抱きしめられたことりの姿を目に、怒ったような顔で、うるっと瞳を潤ませ、涙声で語気を荒げる。


真姫「本当に、本当に…心配したんだから…!後で思いっきり文句言ってあげる。ことり、覚悟してなさい!!」

ことり「うん…ごめんね、真姫ちゃん…」

真姫「っ……ぅ…!行くわよ!ゴルーグ!!」


安堵の涙を堪えているのは誰の目にも明らか。
そんな健気な年下にも気苦労をかけてしまっていたのを、改めてことりは認識する。

海未に抱きしめられ、真姫と会話を交わし…
となれば、足りないのはあと一人。


ことり「穂乃果ちゃん…穂乃果ちゃんと会いたい…!」

海未「ええ、私もです!真姫のゴルーグが飛び去っていった方向、おそらく穂乃果もいるのではないかと」

ことり「海未ちゃん、行こうっ…!」

海未「はい!」


立ち上がり、手を繋いで走り出す。
共に傷だらけだが、いつ以来だろうか…繋いだ手の温もりが新たな活力をくれる。

あとは穂乃果と合流して二人がかり、問答無用で思いっきり抱きしめる!抗議されてもたっぷり五分は解放せずにいよう!
そんなささやかで幸福な目標へと向けて、海未とことりは影を並べている。

道は今再び交わった。
結ばれた手は固く、もう二度と離れないようにと。

536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:58:48.52 ID:ha7ZcpN9o



穂乃果「がはっ!!」

凛「ぐにゃあっ!?」


夜天を仰ぐ。
大空洞の天蓋はデオキシスによってこじ開けられ、地下空間は一転、ミカボシ山に大きく穿たれたクレーターといった形状へと変化している。

死屍累々、穂乃果と凛のポケモンたちは既に半数以上が叩きのめされてしまっている。

穂乃果はガチゴラス、バタフリーにリングマが倒れ、加えてリザードンはここに落ちた時の傷で戦闘不能のまま。
凛はオンバーンにポワルン、ズルズキンの三体を既に倒された。

そして今、ポケモンのみならず二人までもが痛烈な念動波に打ち据えられ、地へと伏す。


穂乃果「つっ、よい…!」

凛「なんなの、こいつ…ヤバすぎにゃ…!」


二人は共にマルチタイプトレーナー、その実力はポケモンリーグへと挑めるレベル。
そんな穂乃果と凛が圧倒されてしまうほどに、上空を浮遊するデオキシスの戦力は圧倒的。
“野生ポケモン”で語れる枠を超越している。

触腕を軽く一薙ぎ、放たれるサイコエネルギーは暴威を成して地表を凹ませる。
二人はその範囲から辛うじて左右に跳びのきつつ、それでも波動の余波に内臓が軋む!


ダイヤ「穂乃果さん!凛さん!っ、この…わたくしのプリン…ではなくプクリン!“でんじは”ですわ!!」

『プクッ!!』


放たれる電力の波。ダイヤは手持ちの一体プクリンへと指示を下し、デオキシスを痺れさせることで戦線のペース掌握を狙っていく。
だが、デオキシスは瞬時、その姿を変性させる。

537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:59:24.92 ID:ha7ZcpN9o
ボコポコ、ウネウネとほんの一瞬の蠢き。
まばたき一つ。たったそれだけの隙しか生まず、その姿は攻勢のアタックフォルムから神速、スピードフォルムへと変化を遂げている。

頭上、デオキシス統合体とでも呼ぶべきその個体の戦闘力はそれまでの個々と次元を異にしている。
フォルムを自在に切り替えることで、攻撃力、防御力、速度、全てが生物としての限界域に達しているのだ。
どれほどの脅威かは推して知るべし。

そして電磁波を横目に空を横滑り、悠々の回避を為してみせる!


ダイヤ「そんなっ…!?」

『プクぅ…!?』


ダイヤは目を丸く、プクリンは元々丸い目をもっと丸くして驚きを隠せない。

電磁波は決して必中技ではない。
読まれ、挙動を見破られて避けられることは往々にしてある。

だが今、デオキシスの意識は穂乃果と凛へと向けられていた。
不意を打ったタイミングでの射出。それを避けたということはつまり、放たれるのを見てから回避したという事。


ダイヤ「速すぎますわ…!」


驚愕に息を飲み…だが、ダイヤも無論腕利きのジムリーダー。
一手が無駄に終わったからと傍観に移ることはない。既に次の指示を下している。


ダイヤ「ボスゴドラ、“もろはのずつき”ですっ!」

穂乃果「ドリュウズ!“アイアンヘッド”だよっ!」


穂乃果と目配せを交わしての同時攻撃!
猛烈な速度で避けるというなら数で押せ。向こうは戦力で言えばデオキシス四体分のようなもの。遠慮は一切不要!

538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 07:59:53.39 ID:ha7ZcpN9o
左方、先んじての近接は穂乃果のドリュウズ。
潜んでいた地中から飛び出すやいなや、猛掘削の螺旋回転を維持したままに宙空のデオキシスへと向かっていく。

じめん・はがねという低速になりがちな両タイプを有しながら意外に速い動作はドリルが故。
眼光は負けん気に溢れていて、性能では圧倒的な格上を誇る異星人へもまるで臆さず。
鋭利な突端、頭部の金属をデオキシスへと向けて迫る!

対し右方、鋼岩の怪獣とでも呼ぶべき姿のボスゴドラは頭突きを放っている。
たかが頭突きと侮るべからず。自傷をも厭わない思い切りから放たれる“もろはのずつき”は、いわタイプに分類される攻撃の中で最高峰の威力を誇っている。

そしてボスゴドラの頭部を覆う兜めいた重金属は、反動の衝撃を一切通さない。特性は“いしあたま”!
その巨体を存分に活かし、サイズ、重量差で圧倒してやろうとハンマーめいて打ち付ける!


穂乃果(わざとタイミングを少しずらしてあるよ、両方に対応は難しいはず!)

ダイヤ(どちらかの攻撃が決まれば良し。一撃を与えれば畳み掛ける足掛かりになりますわ)

穂乃果「いけえっ!!」


『……キリロロロロルルルル』

539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:00:27.24 ID:ha7ZcpN9o
応じ、デオキシスが漏らす奇怪な声。
意味はまるで理解できないが、迫る二体を交互に眺め、素早く値踏んでいるような…

グリンと転瞬、デオキシスは上体を逸らしてドリュウズを迎え撃つ。
両の触腕を束ね合わせ、そこに結集する“ゆらぎ”。
エスパータイプにとっての主軸技、サイコキネシスの発動だ。
それを球体状に圧縮、ドリュウズへと叩きつける。

特攻の極致から放たれるその威力は常軌を逸したレベル。
ドリュウズは全身の体細胞を軋ませられ、痛烈な勢いで地上の水場へと叩き込まれる。上がる水飛沫!!


『ド…りゅううう…っ!?』

穂乃果「ドリュウズっ、ごめん!!」

ダイヤ「なれば、好機ですわ!!」

『ゴオオオオッ!!!!』


ボスゴドラの一撃が叩きつけられる!!!

その威力は空中にも関わらず、直撃の余波を空震としてピリリと感じるほど。
やったか?とは口にせずとも、穂乃果とダイヤは期待をせずにはいられない。

だが、デオキシスは甘くない。
ずんぐりとした防御態、ディフェンスフォルムへと変じてその衝撃を受けきっている。

無論、無傷ではないが…


『ロロロルルル』

『グ、オオッ…!!』

穂乃果「ボスゴドラが倒れた…っ」

ダイヤ「“カウンター”…ですの!?」

540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:00:49.73 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果は唖然と驚き、ダイヤは唇を噛みつつ昏倒したボスゴドラをボールへ戻す。

まるで予想していなかった。
二人は油断していたわけではない。これまでの戦闘で、“サイコブースト”、“サイコキネシス”、“じこさいせい”、加えて凛のオンバーンを落とした時に“でんじほう”らしき技を見せている。
これで計四つ、技の全てを把握したと思っていた。だが…


穂乃果「五つ目の技…っ」

ダイヤ「形態ごとに、技は別なのでしょうか…なんて底知れない」


宇宙の脅威へと英玲奈が居合わせた偶然が攻撃性を与え、生まれたのは恐るべき怪物。
さらに手持ちを減らされ…しかし、穂乃果とダイヤの二撃、その両方が囮!


凛「ヘラクロスっ!!“メガホーン”だぁっ!!!」


凛のヘラクロスが三段目にして本命!!
怪力無双の一本角、カブトムシに似たヘラクロスがそのツノをデオキシスへと迫らせている!!

541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:01:18.00 ID:ha7ZcpN9o
むしタイプの技とエスパー、タイプ相性は絶好。
虫の羽音や躙る音は超能力を発動するための集中を乱す。
念力の防御転用が遅れ、故に刺さるのだ。

そのむしタイプの技の中でもヘラクロスが放つメガホーンは最高峰の威力。
つまり、決まれば必倒!!


凛「デオキシス、そういえば見たことあったにゃ。かよちんが持ってる“伝説のポケモン伝説”で!凛が捕まえるよ!!」


ボールを手に、凛は捕獲体制へと移行している。
休眠するさえ与えない構え、全身の神経全てを捕獲の瞬間へと集中させている。伝説ハンターとしての本願を成就させるべく!

迫るヘラクロスを視認。
デオキシスは人間とは種類を異にする思考回路の中に、どう動くべきかと数億パターンの行動を想定、瞬時に試行を重ねて最善を探す。
そして導き出された解答は…“本気を出す”。


『キュ…ォォォオオオオオ!!!!!』


凛「え…っ!?」

穂乃果「凛ちゃんっ!危ない!」

ダイヤ「いえ、これは…!この空間全体が!!」


発動する“サイコブースト”、その威力はあまりにも凄絶。
デオキシスを中心にサイコエネルギーの光球が拡散し、三人とポケモンたちを飲み込んだ。

542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:01:45.92 ID:ha7ZcpN9o
………静寂。

穂乃果、凛、ダイヤ、三人ともが倒れ伏している。

デオキシスは未だ全力を見せていなかった。
高火力のヘラクロスに迫られるという窮地において、今見せた“サイコブースト”がようやくの完全なる一撃だ。

もちろん人間とは異なり、侮りからの行動ではない。
全力を出せば負担が大きい。
サイコエネルギーの完全開放は、その後しばらくエネルギー出力を低下させてしまう。
現に今、デオキシスの特攻はそれなりの低下を見せている。

だが…三人のトレーナーたちを昏倒へと追い込めた。
デオキシスにとって想定通り、納得の戦果だ。

穂乃果たちはとっさ、苦肉の策としてポケモンに庇ってもらっている。
それぞれリングマ、ガオガエン、プクリン。
リングマとプクリンは完全にダウンしてしまっていて、あくタイプとしてエスパー技への耐性を持つガオガエンだけが無事。

それでも常軌を逸した波動の威力に意識が朦朧、身動きが取れない状態へと追い込まれている。デオキシス統合体、常識で測れる存在ではない。

そしてデオキシスは、統堂英玲奈からトレースした殺意を発揮する。
あくまで機械的に三人の危険性、殺めるべき優先度を図る。
そして触腕を伸ばし…未だ健在のガオガエンの所有者、凛の体を搦めとる。


凛「………」


気絶している。
凶性露わな触腕に四肢を拘縛され、首をがくりと前に垂らしたまま反応はなし。

デオキシスは英玲奈から学習した“殺人”という行動の意味合いを理解できていない。
ただ同族、英玲奈はこの星の人間社会にどうやらそれなりに溶け込めているようで、それなら真似ておいて間違いはないだろうと。


(あるいは、この星の価値観では友好を示す行為なのかもしれない)


人語とは異なる思考回路ではあるが、そんなことを考えている。
事実、英玲奈は海未のような歯応えのある殺害対象を見つけた時に喜びと好意を感じる性格だ。
その感情を忠実に、寸分違わず感じ取ってしまっていて、重ね重ね、デオキシスと英玲奈は最悪の組み合わせと言える。

故に、デオキシスはいたぶるように殺す。

宇宙の放浪者は辿り着いたこの星の先住者、人間へと“どうぞよろしく”という意思を伝えようと、遊ぶように殺めようとしている。

複数の触腕が凛の手首へ、足首へと巻きつく。
シュルルと絡み、それぞれの方向へと力を。
牛裂きの拷問めいて、ゆっくりと徐々に力を込め始める。

凛はまだ気絶したまま。しかし、みし…と関節が軋み…!


ダイヤ「させません、わ…!」


黒澤ダイヤが立ち上がる。

543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:02:16.78 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「っぐ…ぁ…!!」


滴る紅血、穿たれる肉体。

デオキシスの触腕は凛を一旦放棄し、ダイヤへとその鋒を向けている。
凛を拘束するために細く複数に分かれていたのが再び二本へとまとめられている。
その形状は遺伝子めいて螺旋、オレンジと青緑は強靭にしなりながら攻撃性を示す。

優先度の問題だ。
デオキシスはあくまで友好を伝えたいのであって、そのためには気絶している凛よりも意識を取り戻したダイヤへの攻撃が優先される。
プラス、攻撃してくるので倒されないように応じているという意図も優先度の判断には関わっているが、とにかくターゲットはダイヤへと移行している。

そして触手の先端は、ダイヤの肩口と太腿を貫いている。
その身体にはデオキシス細胞が入っているわけだが、全身の体細胞に占める割合が少ない。
同族と判断されるには至っておらず、故に攻撃対象。

血を流し…しかし、怯まず。
ダイヤは刺さった触手を掴み、痛みに唸りながらそれを引き抜く。


ダイヤ「デオキシス。貴方が一体、何を考えているのかは知りませんけれど…」

『キキュキキキリリ…』

ダイヤ「穂乃果さんも、凛さんも、わたくしより年下。つまり…妹のようなものです」

『キラロロロロ』

ダイヤ「そんな妹たちが窮地に置かれている。ならば…姉が守るのが道理というものでしょう!!」


刺突!刺突!!
腹部と胸元を抉られて、ダイヤはしかし退かず。
何故だかはわからないが、痛みはそのままだが、傷が塞がる体質になっている。
きっとそれはロクなものでないという実感がある。だが、今二人を守るためには悪くない。


ダイヤ「征きますわよ、メレシー」

『メレレっ!!』


残る手持ちは最後の一匹、メレシーだけ。
それでもダイヤは不退転。守るため、前へ!

544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:02:46.79 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「ぐううっ…!」


抉られる。捻られる。


ダイヤ「あ、ぐっ…まだ!!」


捕まれ、叩きつけられる。


ダイヤ「その程度ですの…!?がはっ!!」


両の肺を裂かれ、喉を貫かれる。
潰され、落とされ、地面へと擦り付けられて赤く擦り削れる顔。

ダイヤの悲鳴がクレーター内に響き続けている。
デオキシスの意図はどうあれ、その様は完全なる拷問だ。

それでも癒える、癒える、癒える。
移植されたデオキシス細胞の効果は凄まじく、ダイヤは自らの人外を自覚する。
だが…繰り返すが、痛覚は消えていない。
美しい黒髪はぐしゃぐしゃに乱れきっていて、終わりの見えない苦痛劇に、翠緑の瞳にはいっぱいの涙が湛えられている。

しかし…それを流さない。堪え、歯を食いしばり、ダイヤは立ち向かい続ける。

545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:03:15.24 ID:ha7ZcpN9o
生来、泣き虫で怖がりで寂しがり。
そんな自分でも、誰かのためなら頑張れるとダイヤは知っている。
大好きな妹、ルビィを守るために培い続けてきた勇気と意思。
その精神は名の通り、まさに金剛の如し!

吼える!!!


ダイヤ「まだ、ですわぁ゛ああっ!!!メレシー!!“パワージェム”!!!」

『メェェッ…レッッ!!!!』


岩弾から放たれる光!
複数の光射がデオキシスへと襲い掛かり…しかし、弾かれる。
メレシーの小柄な体は横へと跳ね除けられ、そしてディフェンスフォルムの堅固な腕がダイヤを地面へと叩き潰す。


ダイヤ「うあ゛ッ!!!」

『メレエエエッ…!!!』


大好きな主人が蹂躙されている。自分の力が足りないせいで…!
メレシーの声は悲痛に満ちている。
つぶらな瞳から宝石のような光が溢れる。それはきっと涙なのだろう。

546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:03:43.20 ID:ha7ZcpN9o
黒澤ダイヤは徹しきれないトレーナーだ。

ジムリーダーにまで上り詰めた腕前にしては珍しく、パーティ構築に情を挟みまくっている。
例えばプクリンはルビィがピッピを育て始めたのと一緒に育て始めたポケモンで、戦闘用としてはそこそこの性能なのだが、愛情そのままにレギュラーとして連れている。
その他のメンバーも性能で選んだというよりは何かしらの縁があったポケモンたちで、こと戦闘力という観点で見ればまずまずの評価に留まる面子だろう。
その構築でジムリーダー認定を受けるだけの強さなのだから、凄まじい才覚だとも言えるのだが。

そして同じように、メレシーにも情がある。

出会いはとある日、とある洞窟で。
メレシーという種族は“ほうせきポケモン”と類される通り、その体がダイヤモンドのような鉱物で構成されている。
きらきらと光り、もちろんその体は硬質。しかし決して戦闘力に恵まれたポケモンではない。

そんなメレシーは、宝石を主食とするヤミラミから捕食の対象として狙われている。
逃げ果せる場合も多いのだが、自然界は厳しい、捕食されてしまう場合ももちろんある。
そんな場面に、ダイヤが偶然通りかかったのだ。

ヤミラミを追い払い、齧られて弱り切っていたメレシーに応急処置を施し、用事を放り出してポケモンセンターへと駆け込んだ。
そのまま手持ちへと加わり、情が移って連れ歩いている。


ダイヤ「ふふっ…あなたもわたくしと同じ、ダイヤですのね」

『メレ?』

547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:04:11.31 ID:ha7ZcpN9o
つまり、メレシーにとってダイヤは命の恩人。
助けてくれた、と言葉にしてしまえばシンプルな話。
だが、瀕死だったところに励ましの言葉を掛けながら手当てをしてくれた優しさに満ちた瞳がメレシーの心にずっと残っている。

そんなダイヤが今、目の前で殺されかけている。


ダイヤ「っっ…ぐ…ぁ…!!」


いくら傷付けても修復するダイヤに業を煮やしたのか、デオキシスはその頭蓋を地へと押し付け、圧を掛けて砕かんとしている。

そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ!

デオキシスはあまりに強い。
先のサイコブーストの波動は凄まじく、ダイヤとは違い生身で巻き込まれた穂乃果と凛は未だに目が覚めずにいる。
そんな相手に、メレシーに何ができるわけでもない。
それでも、飛び込まずにはいられない。
救ってもらった命、ここで捨てたって構わない。
そんな覚悟に、メレシーは身を躍らせる。


ダイヤ「めれ…しー…!」

『メレェッッ…!!!』


放たれる薄紅の光。
それは先刻、ダイヤが三体のデオキシスたちに殺される寸前に放たれた輝きと同じ。
その光はメレシーから放たれていて、デオキシスは思わずダイヤから離れて飛びのいている。

それは一体…?

が、デオキシスは脅威を排除すべく、すかさずアタックフォルムへと移行する。
手元へと結集させるサイコエネルギー、“サイコキネシス”の念波弾。
特攻が落ちているとはいえ、メレシーとダイヤを葬り去るには十分だ。


ダイヤ「っ…どうすれば…!」

絵里「信じなさい」

ダイヤ「…!!?」

548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:05:51.58 ID:ha7ZcpN9o
遥か上空、夜空を舞うは蒼氷の麗鳥フリーザー。
そしてチャンピオン、絢瀬絵里!

しかし届かない!

まだその高度は、デオキシスへと向ける凍結の射程範囲外。
間に合わない…故に、絵里はダイヤへと語りかける。


絵里「信じなさい。あなた自身の力を。あなたとポケモンの絆を!」

ダイヤ「エリーチカ…」


遥か上空。
大声を張ったとして、聞こえるかは怪しい距離だ。
しかし絵里の声は落ち着いた威厳に満ちていて、女王の言葉は重みを持ってダイヤの身骨へと染み渡る。
それは生死の際、研ぎ澄まされた感覚が生むトレーナー同士の共鳴。

ファンだから?
否、高みを目指すトレーナーだからこそ。

その声は箴言めいて、ダイヤの心臓へと強く根を張る。
憧れのエリーチカ、絢瀬絵里。
少しでも近付くため。いつか、いつか越える日のため…!


ダイヤ「こんなところで…止まれませんわね」

『メレッ!』

ダイヤ「メレシー、あなたが秘めている力…その全てを!わたくしに示してくださいっ!!!」


絆…要因はそれだけではない。

海未や希たちが語っていたように、ポケモンには“合う土地”がある。
それは例えば、レアコイルがテンガン山などの特定の場所でジバコイルに進化するように。
同じように、メレシーにとってミカボシ山という場所の地気、さらに英玲奈が言ったように特殊な鉱石が数多く眠るこの大空洞という場所が強く影響を与えたのかもしれない。

だがやはり、主因はトレーナーとポケモンの交わした深い絆!!

メレシーを包み込んだ薄紅の極光が薄れ…
進化しないはずのメレシーが、新たな姿へと進化を遂げている。
あるいは図鑑の文に沿うならば、それは突然変異!


ダイヤ「その輝き…本当に、本当に素敵ですわ。ディアンシー!!」

『ディアアッ!!』


姿を現した伝説のポケモン、その顕現はピンクダイヤモンドの稀少なる輝きと共に。
ダイヤとディアンシー、少女とポケモンは心を一つ、デオキシスの強撃を迎え撃つ!

549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:06:31.81 ID:ha7ZcpN9o
二撃。

絵里が高空からの攻撃圏にデオキシスを捉え、攻撃を放ち、着弾するまでの間を測る。
その距離と相対のスピードを鑑みるに、デオキシスは二度の攻撃行動が可能だ。

ディアンシーは伝説のポケモンと呼ばれるに相応しい能力を有している。
だがこと攻撃性において、デオキシス統合体は未だその上を行く。凌げるか?


ダイヤ「問題ありませんわ」


メレシーからディアンシーへの変異に伴い、その姿と共に技までが書き換わっている。
性能把握はできていないが、何ができるのかはそれとなく伝わってくる。
伝説のポケモンとしての力でダイヤへと気持ちを疎通しているのだろうか。
理屈はわからないが、迎撃には不足なし!


ダイヤ「ディアンシー、“ダイヤストーム”ですわ!!」

550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:07:03.49 ID:ha7ZcpN9o
デオキシスが念波弾を撃ち放つと同時、ダイヤの指示にディアンシーが応じている。
鉱物に耳と目が生えたようなメレシーの姿から、鉱物に妖精を思わせる人型の上半身が付随した、そんな姿へと変化している。

その身を構成するのはダイヤモンド。
ただし、普通のダイヤではなく極めて稀少なピンクダイヤモンドの輝きだ。
故にディアンシーは、世界一美しいポケモンと称される。

そして攻撃へ。
小さな両掌を重ね合わせ、その隙間へと空気中の炭素を取り込んで超圧縮。
無尽に生み出されるのは大量のダイヤモンド!

通常であれば数百キロの地底で、地熱の高温と高圧に炭素が晒され続けることで生まれる美しき鉱石だ。
それを掌で瞬時に為してみせるのだから、愛らしい容姿とは裏腹、秘められた力はまさに伝説級!

その玉石を一斉に解き放つ!!


『ディィッ…アァッ!!』


ダイヤストーム!!
名の通り、その様はまさに金剛の嵐!

それも単なる宝石弾ではなく、一発一発にディアンシーのエネルギーが込められている。
砲弾のような威力のそれが互いにぶつかり跳弾に次ぐ跳弾!
質、量ともに極大の一撃としてサイコキネシスと激突!!

551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:07:31.75 ID:ha7ZcpN9o
絵里「ハラショー…!」


上空、絵里は感嘆に笑みを漏らしている。

放たれた無数の宝石は超念波との衝突に砕け、微塵の粒子となって空間に舞っている。
夜空から降る月光がその綺晶を照らし、サイズもカラットもバラバラの石霧は光を乱反射させ、空洞全体が幻想的な煌めきに包み込まれている。

寒冷地では大気中の水蒸気が昇華し、微細な氷晶として降ることがある。
それが陽光に照らされたものを宝石の輝きに例え、ダイヤモンドダストと称するのは有名な話。
氷ポケモン使いかつ北方出身の絵里は、その大気光象をそれなりの頻度で目にしている。

だが、眼下の光景はさらなる光輝。
比喩ではなく、正真正銘のダイヤモンドダスト!
ディアンシーが生み出したその美麗に、ダイヤもまた感動に息を吐き…

だが、デオキシスは待ってはくれない!!

552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:08:46.09 ID:ha7ZcpN9o
それはまさに種族値の暴力。統合体の素早い情報処理が生み出す即時の連撃。
触腕を束ね、サイコエネルギーを電力へと変換。
オレンジと青緑、二本に生じる意図的な電位差。その間には大気中の塵芥を擬似的な電気伝導体、弾丸代わりに装填。


ダイヤ「それは凛さんのオンバーンを倒した…!」

絵里「“でんじほう”。擬似レールガンというわけね」


生体コアが起雷に発光を始めていて、射出までは既に秒読み。
いかにディアンシーであれ全力で大技を解き放った直後、まだ次動へは移れない。
絵里が至るまではあとわずかのタイムラグがあり、まさに絶体絶命…!


ダイヤ「否、これにて手番は満ちました」

凛「“ボルテッカー”ッッッ!!!!」


駆ける迅雷、激突は刹那!
凛のライチュウがデオキシスの真横から突貫を仕掛け、射出された“でんじほう”をギリギリで相殺!!

デオキシスはその雷突の直撃からは敏捷に逃れていて、それでもダイヤを救ったという結果は十分。
しかしながら、凛は悔しげに足踏み一つ。


凛「ああー、惜っしいっ!」

ダイヤ「凛さん、助かりましたわ!」

凛「ううん!凛こそなんだかダイヤちゃんに助けてもらった気がする!」


自身が無惨に殺されかけていた事実を、気絶していた凛は知る由もない。
だが凛は存外、利発なところもある少女。
メレシーがディアンシーへと変じた際の発光で意識を持ち直すと同時、戦況を見て取り、ダイヤが一人で粘闘を続けていたことを理解したのだ。

デオキシスが距離を置いたのを確認してからくるりと一回転、ダイヤへと向き直って感謝の笑顔を向け、隣のディアンシーへと目を向ける。

553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:09:35.03 ID:ha7ZcpN9o
凛「ねえねえ、その子ディアンシーだよね?」

ダイヤ「ええ、わたくしのメレシーが進化…なのでしょうか。……変身しましたの!」

凛「いいなー!!凛もぜーったい、伝説ゲットするんだもんね!」


凛と同じく復帰したガオガエン、ボルテッカーから戻ってきたライチュウを両隣に、ハイパーボールを手に。しかし凛は仕掛けない。
ダイヤもディアンシーを従えたままに静観を決め込んでいて、それは何故か?

舞い降りる蒼鳥、滑空。
その足を掴んだ手を離し、降り立つ少女。ふわり、靡く金のポニーテール。

絵里が来た!!

554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:10:07.81 ID:ha7ZcpN9o
絵里「フリーザー、“れいとうビーム”」


応じ、高らかに嘶き。
フリーザーの嘴から空中へ、六花の文様が罅走る。
その中心の温度が見る間に下がり、放たれる蒼白の光。

降り、細く鋭く。デオキシスはそれを紙一重で回避する。
着弾…からの瞬時、五メートル規模で隆起する氷塊!!!
だがフリーザーと絵里の表情を見れば、最大出力にまだ程遠いと見て取れる。


凛「なっ、何あの威力!?おかしいにゃ!!」

ダイヤ「あれこそがエリーチカのフリーザー!その精度と凍結力はトレーナー史にも稀、まさに伝説的なレベルなのです!!」


歩調は優雅に、異星人との対峙にも余裕すら漂わせ。
凍気に青く軋む空間に、絵里はデオキシスへと声を投げる。


絵里「友人たちを痛めつけてくれたようね」

『キリリロロロロロロロ』

絵里「悪気があるにせよ、ないにせよ…教育が必要ね?」

ダイヤ「え、エリーチカぁ…!!!」


「クールですわぁ~!」という声にウインク一つ、華麗に決めてのチャンピオン登場!

…と、そんな華麗は実のところ外面だけ。
タッチの差で間に合わずにダイヤたちが死にかけていたのを目の当たり、心臓はバクバクとはち切れそうに高鳴っている。


絵里(ま、間に合わないかと…ふう、良かったぁ…)


だが、その動揺を悟らせないのが女王たる所以。

加勢しようかと窺う凛とダイヤを目で制し、単身継戦。
凛はガオガエンとライチュウ、ダイヤはディアンシー。
二人の手持ちは既に少なく、仮に突破されればトレーナーが危ない。

(防戦に徹しててね)と。

そして絵里はフリーザーを空へと舞わせ、超威力の冷凍ビームでデオキシスを追い立てる。
と同時、次の一匹をボールから繰り出している。

555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:10:34.81 ID:ha7ZcpN9o
現れた姿は青の六花そのもの。
そこに奇怪な笑みが貼りついたような、まさに氷の化身と呼ぶべき怪物的なポケモン。
外見からの印象そのまま、生み出す冷気は強烈無比。


絵里「フリージオ、重ねて“れいとうビーム”」

『シャラララ……』


射出!!
パキキと凍る空気、立体に霜走る氷線。
二本の冷凍ビームは交差軌道でデオキシスへと迫り、絵里は必中を確信する。
だがデオキシスはそれすらを上回る。


絵里「блин…」


ハチノタウンで無数のデオキシスシャドーたちと戦闘を重ねた。
そこから本体戦力にある程度の予想を立てていたのだが、それを大きく上回る敵の性能。

絵里は母国語で悪態を一つ、そこへと迫る触腕。
絵里を別格の強者であると認識し、接敵から直接サイコキネシスを撃ち込もうというのだ!

556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:11:02.05 ID:ha7ZcpN9o
だが、慌てず。


絵里「フリージオ、受けて」


その一声にフリージオが前へ。
結晶体の体を盾と晒し、そこへ叩き込まれる念動の光球。
空間が歪み…と、フリージオの体が溶けて霧と化す!
サイコキネシスの直撃に耐えきれず、微塵に分解されてしまったのか!?

いや違う。フリージオというポケモンは高い特防を誇っている。
それはその性質、自身の体を温度変化に応じて水蒸気へと変えられるという特徴に基づいている。
特殊攻撃の多くは属性を問わずエネルギーの結集体。
それを体を霧消させることで受け流し、故にフリージオは高い耐性を得ているのだ。

と、理屈はいい。
結果、フリージオの蒸発にサイコキネシスを受け流されたデオキシスは瞬時、絵里の面前に無防備を晒している。
一撃を放った直後、いくら統合体とはいえ次撃にはタイムラグを要する。

だが、触腕で人間を貫く程度は技と呼ぶまでもなく容易。
期せずして接近できた絵里へ、その腕の切先を鋭く伸ばす!

557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:11:33.39 ID:ha7ZcpN9o
凛「うわ?!危ないにゃっ!!」

ダイヤ「いいえ、問題ありませんわ!」

絵里「触手はうねりに目を惑わされがちだけど、多くの場合は先端を注視すれば対応可能」


ロシア武術システマ、状況に即して効率化された軍隊格闘術。
ピンと背筋を伸ばして絶え間なく移動を続ける様子には隙がない。
型に嵌めた技を繰り出すと言うよりは相手の武器に即した戦術で応じる実戦体術であり、もちろん対ポケモン用の技術も含まれている。
絵里はそれを非常に高いレベルで修めていて、その実力は綺羅ツバサと体術戦で渡り合ってみせたほど。
ナイフの一撃を腕へと受けはしたが、ツバサへも痛烈な殴打を数発見舞っている。

そして今、迫るデオキシスの腕を絵里は見切る!
背筋は伸ばしたままに身を傾け、二の腕と肩を巧みに使って受け道を作る。流し、叩き込む蹴撃!


絵里「フっ!!」

『ッロロロキュラ…!』

558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:14:13.77 ID:ha7ZcpN9o
もちろん人とポケモンの能力差は大きい。ダメージを与えるには至らない。
だが勢いは鋭く、デオキシスを触手のリーチ外へと押し出すには十二分。
その間にフリージオが元の姿へと戻っていて、間を遮り再び絵里を守る。

どうにかではあるが、既知の方法で触腕を受けられたことに絵里は笑む。


絵里「あなたのもそうみたいね」

ダイヤ「さすがエリーチカですわ~!!」

凛「ダイヤちゃん、ただのファンになってるにゃ…」


絵里(さて…)


数撃の交戦を踏まえ、絵里は決着までの手順を脳内に数える。
追い立て、道筋を制限し…そこまではいい。
だが一手、火力が足りない。


絵里(メガユキノオーで大雑把に凍らせる?だけどパワーがありすぎて吹雪の中に視認性が落ちる。不意を打たれる可能性がある。だとして…)


ふう、と一息。
必要なピースはすぐそこにいる。
未だ眠りこけているあと一人へ、絵里は穏やかな声を掛ける。


絵里「穂乃果、そろそろ起きなさい」

559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:14:40.39 ID:ha7ZcpN9o
凛がディアンシーの光で目覚めることができたのは、デオキシスに一度絡め取られた際に位置が近付いていたから。
眩い光をたっぷりと浴び、絶たれた意識をバッチリと繋ぎ合わされたのだ。

対して穂乃果。
デオキシスから狙われなかったのが幸か不幸か、当初倒れた位置にうつ伏せのまま。
このまま、大一番に伏し続ける…?

否、絵里は問いかける。


絵里「そんな器じゃないでしょう?」

穂乃果「…ぅ、絵里ちゃん…?」


憧れのチャンピオン、絢瀬絵里。
知り合い、友達になり、なんとも親しみやすい人柄を知った今でも実力では遥か高みに座す存在。憧れは変わらない。

けれど今はもう少し、あと少しでその高みに指がかかる位置へと来ている。
なのに、だというのに!
こんなところで眠っている場合じゃない!!


穂乃果「ファイトだよっ…私!!」


その意志力で頭脳と神経を強制的に再接続。
掌で砂地を噛み、膝を突き上げ、這うようにして穂乃果は立ち上がる。
穂乃果はそこで、ふと気付く。


穂乃果(あれ、手に何か握ってる…?)

560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:15:18.81 ID:ha7ZcpN9o
目を向け…なんだろうと穂乃果は首を傾げる。

それは二色に分かたれた一つの石。半分は橙に、半分は蒼く。
その石の中心には強烈な力強さを感じさせる何かがうねっている。
英玲奈の言っていた特殊な石の何かしら一つだとは思うのだが、いかんせん用途がわからない。
しかし何故か、その石から目が離せず…


絵里「それはメガストーン。運命に選ばれた者が手にする石」

穂乃果「めが…メガストーン!?これそうなの!?なんとなく拾ってただけなのに!!?」

絵里「ぐ、ぐいっと来たわね。クールに行こうと思ったんだけど…とにかく、偶然は必然。その石は穂乃果の運命に引き寄せられたのよ」

穂乃果「運命…」

絵里「心を澄ましてみて。どの子に使える石か…感覚で」

穂乃果「………」


絵里と会話を交わす、その間にも戦闘は続いている。
轟々と響く戦音。しかし、穂乃果は不思議と集中を深めていく。

……呼び声。

聞こえている。何処から?
吸い寄せられるように、穂乃果は腰のボールへと手を伸ばしている。
それは既に戦闘不能の…しかし、穂乃果は迷わない。


穂乃果「運命っていうなら…答えは一つだよ」


開かれるボール、逆巻く竜炎。
満身創痍に牙を剥き、漏らす気炎に自身を奮わせ。
そして瞳に宿すのは、穂乃果と同じ折れない心!


『リザァァァァッッッ!!!!!!』


リザードンが高らかに吼える!!!

561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:15:56.92 ID:ha7ZcpN9o
飛翔。

穂乃果はリザードンの背に乗り、繰り広げられる戦線のその上へ、上へ。
何故だかはわからないが、今のリザードンには空こそが相応しいと思ったのだ。

デオキシスは一度倒したはずのリザードンが再び舞っていることに警戒を抱いたのか、目掛けて放つは“でんじほう”。


ダイヤ「させませんわ!“ダイヤストーム”!」


弾け、穂乃果とリザードンはさらに上へ。
相棒へと優しく語りかける。


穂乃果「傷、大丈夫?」

『リザッ!』

穂乃果「よしよし、頑張り屋だねえ」

『ザァド。』

穂乃果「子ども扱いするなって?ふふふ、ヒトカゲの頃の素直さを忘れちゃダメだよー」


首筋を撫で、そしてメガストーンをリザードンへと手渡す。
石の名はリザードナイトX.Y。
それは二種の石が長い歳月の中に何かしらの要因で融着したもので、ぴったりと真二つに別れた奇妙な存在。

リザードンはそれを手にし、穂乃果と共に不思議そうに見つめ…

デオキシスが“サイコキネシス”を放つ。それを防ぎ止めたのは凛とガオガエン。

「“DDラリアット”にゃ!!」

ガオガエンはエスパーへの耐性を活かし、打撃で念力波を打ち消してみせた。

そして穂乃果とリザードンは、必要に足るだけの高度へと達する。

天蓋の砕けたクレーター、滞空するは最上部。
上には月夜、見下ろすは遥か地上、蠢き見上げるデオキシス。

562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:16:47.06 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「感じるよ、リザードン。心臓の音も、体温も、考えてることも」

『………グルル…』

穂乃果「うん、そうだよね。そろそろ……デオキシスの顔は見飽きた!!!」

『ザァァァッッッ!!!!!』


咆哮!!!

穂乃果とリザードン、このコンビにしんみりとした空気は似合わない!

共に抱く想いは三拍子!
眠い!!疲れた!!お腹が減った!!

本来なら今頃、民宿小泉のふかふかの布団でみんなと仲良く眠っているはずだった!
寝る前に二度風呂に浸かっても良かったし、ちらりと見かけた卓球台で遊んだり、ゲームコーナーでレトロゲームに興じるのも楽しそうだった!
もしかしたら楽しさになかなか寝付けず、ぐっすりと寝息を立てる海未の横をそろりと抜けて、廊下の自販機で夜食のカップ麺をすするのも楽しそうだった!

なのに!!
こんな真夜中まで、傷だらけの砂まみれで死闘を繰り広げている!延々!同じ顔のデオキシスと!!


穂乃果「もう帰りたいよー!!!メガシンカっ!!!」

絵里「そんな掛け声で!?」

穂乃果「メガリザードン…Yっ!!!」

『グルォアアアアアッ!!!!!!』

563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:17:16.76 ID:ha7ZcpN9o
リザードンはメガシンカにおいて、二つの分岐を持つ珍しいポケモンだ。

一つはX体。
黒竜へと姿を変じ、蒼炎を纏った屈強なる進化。

対し、穂乃果が今選択したのはY。
メガリザードンYの体色は依然として橙。しかし翼、腕、尾などの形状が鋭利に、攻撃的に変化している。
加えて外見での最も大きな変化は頭部。元からある二本角の中央に、その二本よりも長く逞しい三本目の角が生えている。

そして何より尾火はより勢いを増して強く!赫赫と赤く!!


ダイヤ「メガシンカ…!」

凛「すごいっ!すごいよ穂乃果ちゃん!」

絵里「ハラショー…!フリーザー!フリージオ!追い込むわよ!」

564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:19:06.02 ID:ha7ZcpN9o
遥か天に座す炎竜、メガリザードンY。
その姿は暴威を振るい続けたデオキシス統合体に対し、決着撃を放つに足ると絵里に即断を下させる。

氷鳥と氷精は交差、追駆!
絵里が指揮者のように振るう双腕に従い、最大出力で“れいとうビーム”を重ね放つ。
それは計算し尽くされた重畳、リーグチャンピオンの技巧の極致。
デオキシス統合体を上へと逃げざるを得ない軌道へと追い込んでいく。

そして空、穂乃果とメガリザードンYのその上に昇る陽光。未だ夜刻にも関わらず!!


穂乃果「“ひでり”!!」


それは新たなる特性!
メガシンカと同時、リザードンから巻き起こった激烈な炎気は空を焦がし、そして留まる。
熱は形を成し、生み出されるそれは擬似太陽。
夜であれ、曇天であれ、雨中でも豪雪の中でも。
穂乃果とリザードンの絆は、いついかなる時も空を照らす橙の希望へと姿を変えている!!

565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:19:45.89 ID:ha7ZcpN9o
太陽の輝きは真姫たち、そして海未とことりがクレーターのそばへと駆け寄るための道標となる。
海未とことりは肩で息をしながら、幼馴染の勇姿に心底から嬉しそうに笑みを交わす。


ことり「穂乃果ちゃん…かっこいいっ!」

海未「それでこそです。私のライバル!」

穂乃果「準備完了…」


吸気…
メガリザードンY、橙火の竜は自ら生み出した陽光を背負い、全身に超温の炎を滾らせる。

その背には穂乃果。密接、炎に巻かれている。
しかし一人と一匹は、既に一心同体。

リザードンの炎が自らの体表を焼き焦がさないように、穂乃果もまた炎に焼かれることはない!

絵里に追い立てられ、高速で迫るデオキシス。
その無機質な瞳をまっすぐに捉え、穂乃果は片手を太陽へと掲げる!

穂乃果もまた、すううっと息を吸い…


穂乃果「全力だああああっ!!!!」

『リザアアアァァァッッッ!!!!』

穂乃果「“だいもんじ”!!!!』


解き放たれる大焔。
灼火、煌爆!!!!!

566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:20:15.43 ID:ha7ZcpN9o
デオキシス統合体へと直撃した竜炎は、着弾から五方向へと大火を拡げる!

それは炎タイプの奥義“大文字”。
デオキシスは同族、スピードフォルムがこの一撃に敗北したことを知っている。

故に、直撃の寸前から先出しで“じこさいせい”を始めていた。
凄絶な炎が燃え尽きるまでを再生で耐え抜き、そして火勢が収まってから治癒に数秒。まだ戦える、まだ…


『!?』


消えない!
全身を包み込んだ炎は可燃性の液体を注がれ続けているかのように、消沈どころかその勢いを烈と増し続けている…!

それこそがメガリザードンYの炎、自ら生み出した陽光により昇華された必殺の竜炎。
そんな異常に気付き、デオキシス統合体は狼狽に身をよじる。

消さなくては…耐えなくては!
同族四体を以ってして、未だこの星への適応の糸口を見出せていない!
これではむしろ、敵対して…

瞬間、デオキシスの目は捉える。
遥か上空、竜の背の少女の朗らかな微笑みを。


穂乃果「あなたもさ、頑張ったよね。そろそろ…友達になろうよ!!」


567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:21:08.07 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果はハイパーボールを構えている!

それだけではない、絵里が、凛が、ダイヤが。
真姫、にこ、希。さらに今駆けつけた花陽と千歌にルビィも。
そして海未とことりが、皆一様にボールを構えている!

モンスターボールは決して洗脳をするわけではない。
ただ、敵意はないのだと、仲良くしようと意思を伝える信号が内部に発されている。
暴れ回るデオキシスを収めるには捕獲、それが一番の良策だ。
そしてボールを確実に当てるには、数で勝負するのが一番!!


絵里「誰が捕まえても恨みっこなしよ!全員…ボールを投げて!!」

穂乃果「ええーいっ!!!」


計、12個のボールが空を舞う!

568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:22:05.52 ID:ha7ZcpN9o
カツン、コロコロ。

投じられたボールの一つがデオキシスをその中へと収め、ボール中央のランプが明滅する。
揺れる、揺れる。チカ、チカと光り…


穂乃果「止まった…!」

凛「つ、捕まえた!そのボール、誰の…」


絵里とダイヤが歩み寄り、動きを止めたハイパーボールを確認する。
と、クレーターの崖上から「おーい」と声。


希「それー!ウチのみたいやね~!」

絵里「あ、本当ね。希のボールだわ」

ダイヤ「では、デオキシスは…希さんに所有権が!」


ちょうどリザードンのメガシンカが解け、穂乃果は下へと戻ったところ。
捕まえたのが希だと聞き、穂乃果と凛は肩を合わせてへにゃりとへたり込む。


穂乃果「希ちゃんかぁぁぁぁ…」

凛「凛たち結構苦労したのにぃぃぃ…」

希「ふっふっふー、恨みっこなしってね」

569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:23:21.19 ID:ha7ZcpN9o
まさにラッキーガール。
降りてきたゴルーグからヒョイと飛び降り、絵里からボールを手渡されて飄々と笑顔。


希「いや~、スピリチュアルやね!」

にこ「………」

希「あいた!?にこっち!なんで蹴るん!」

絵里「ふふっ、やれやれ…ね」


結末はどうあれ、長い長いデオキシスとの戦いに終止符が打たれた。
全員が肩で息を一つ。互いを労うように、安堵の笑みを交しあう。


花陽「凛ちゃぁぁん!無事でよかったぁ…!」

凛「かよちん!えへへっ…くすぐったいにゃ…」


ハチノタウンの二人は伝説を捕まえる、保護するという互いの目的を達することはできなかったが、とにかく被害が大きくならずに収まったことに嬉しげだ。
真姫はそんな二人へと「お疲れ様」と声をかけていて、ついでに抱きつかれて「ヴぇぇ」といつもの声を漏らしながらも嬉しげに。

そのすぐ側では、大泣きする声。

570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:24:55.17 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「おねえちゃああぁぁぁ…!!!」

ダイヤ「ルビィ!ルビィ…!ルビィっ!!」


黒澤姉妹が大号泣している。
気丈に堪えていたルビィだが、いざ姉の無事を目にすれば涙腺は大決壊。
ダイヤもダイヤ、もう会えないかもと覚悟を決めた愛妹の顔を見た瞬間、ルビィと変わらない勢いで泣き声を上げている。

オハラタワーの一件に続いての大号泣となった姉妹を隣で眺めながら、千歌はうんうんと頷いている。


千歌「よかったよかった。ダイヤさんも無事で、これで一件落着!っと、いてっ!」


何かに蹴躓き、コテンと転ぶ。
思いっきり前のめりに倒れ、むうっと不機嫌に躓いた原因の石を拾い上げる。


千歌「ん?なんだろ、これ」

ダイヤ「千歌さあぁぁぁん…!!!ルビィを守ってくれて…!ううっ!ありがとうございます…!!」

千歌「うわあ!?な、涙とかでグシャグシャ…!」


ダイヤから抱きしめられそうになり、慌てて逃げ回る千歌。
それを笑って眺めながら、穂乃果は地面にへたり込んだまま。
「ふぁぁ…」とあくびを一つ。すごく眠い。

そんな穂乃果へ、海未とことりの二人が歩み寄る。

571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:25:22.23 ID:ha7ZcpN9o
海未「穂乃果…」

ことり「穂乃果ちゃん…」

穂乃果「あ、二人とも…いや~お互い無事で……ってことりちゃん!?顔がすっごい腫れてるけど!?」

ことり「あ、これはその…海未ちゃんにパンチされて」

穂乃果「うええ!!?穂乃果にならともかく、ことりちゃんに手を!?何やってんの海未ちゃん!!」

海未「あなただってお腹にパンチしていたではないですか…」

ことり「これはね、ことりが悪いの…」

穂乃果「???」


まるで理解できない、そんな表情の穂乃果。
なにしろ眠気もブッ飛ぶ青痣だ、ことりの可愛らしい顔に!
説明を求めようと口を半開き、そこへ抱きつく海未とことり!!


穂乃果「どわあっ!?」

海未「………穂乃果」

ことり「……のかちゃん…」

海未「っ…ううっ…ほのかぁ…!」

ことり「ほのかちゃん…ほのかちゃんっ…!」

穂乃果「………なんだかよくわかんないけど…二人とも、頑張ったんだね?」


いつもは面倒を見られてばかり。
そんな穂乃果だが、二人が弱れば優しく慰める役回りへと身を移す。
そんなサイクルが自然と出来上がっているのがこの三人で、三人でいればこそどんな困難も乗り越えられる。

大粒の涙が服をじんわりと濡らすのを感じながら、小さい子供みたいに泣きじゃくる二人の頭をそっと撫でさする。
海未とことりだけでは、たまに不安定になる。
どんな時も朗らかな穂乃果は、悩みがちな二人にとっての精神安定剤なのだ。

以心伝心。
なんの説明も受けていないが、穂乃果は事の要旨を一つだけ、クリティカルに理解した。
そして、慈しむように声を掛ける。


穂乃果「おかえり、ことりちゃん…」

572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:25:50.46 ID:ha7ZcpN9o
ハチノタウン、ミカボシ山の動乱は幕を閉じた。
真姫、絵里、希、にこの四人はロクノシティへと即座に踵を返す。

穂乃果や千歌たちはそれを「大変だなぁ…」と見送り、花陽の母の好意で民宿の四人分の民宿の空きに千歌たち三人が滑り込んだ。
それぞれの戦いの話を交わし、しばしの休息を得るのだろう。

しかし…
“その時”は、既に間近へと迫っている。





ロクノシティ刑務所。

日夜を問わずアライザーたちが罵声を上げ、アライズ団の解放を求め続けてる正門を潜れば、構造の異様に誰もが眼を見張る。

外から見えている無機質な灰色の建造物は、その牢獄のごく一部。氷山の一角に過ぎない。
実際の収容スペースは上ではなく、下へ。
地下へ地下へと、吹き抜けの縦穴をぐるりと牢屋が取り囲む形状となっている。

無論、下へ、下へと向かうほどに陽光は届かない。
陰鬱は色を増し、収容者の中には自死を乞い願う者も少なくない。

その最深部…地下に設けられた特別監獄はまさに奈落。

蟻の入り込む隙間もない堅牢、人権も尊厳も奪われた監視体制。
拘束服に両手を縛られ、首には鎮圧用、スタンガンが内蔵されたチョーカーを犬のように巻かれ。

綺羅ツバサが…その目を開く。

573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:26:35.56 ID:ha7ZcpN9o
【ミカボシ山編・完】
574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:33:23.90 ID:ha7ZcpN9o
【現在の手持ち】


穂乃果
リザードン♂ LV63
バタフリー♀ LV56
リングマ♀ LV57
ガチゴラス♂ LV59
マリルリ♂ LV54
ドリュウズ♀ LV54


海未
ゲッコウガ♂ LV62
ファイアロー♂ LV57
ジュナイパー♀ LV59
エルレイド♂ LV54
ユキメノコ♀ LV53
バンギラス♂ LV58


ことり
チルタリス♀ LV57
ドラミドロ♀ LV58
デンリュウ♂ LV59
ボーマンダ♀ LV64
ヌメルゴン♀ LV57
575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:34:19.48 ID:ha7ZcpN9o



デオキシスの騒動から半日以上が過ぎ、時刻は昼下がり。
ロクノシティのショッピングモール、広々としたフードコートに一人の女性が腰を下ろしている。

モデルのような容姿、怜悧な瞳に落ち着きに溢れる佇まい。
紫がかった色味の長髪、統堂英玲奈だ。

アライズ団再動の気配に、警察は都市内へと厳戒態勢を敷いている。
しかしそれを嘲笑うかのように、子連れのファミリー客や遅めの昼食を摂るサラリーマンらに混じり、英玲奈はハンバーガーを齧っている。

団内きっての戦闘屋。
その戦闘力ばかりに目が行きがちだが、有しているスキルは多岐に渡る。
その一つは潜伏。気配を殺し、違和感を薄め、カメレオンのように周囲の空気感へと溶け込み一般人へと擬態してみせるのだ。

576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:34:51.24 ID:ha7ZcpN9o
複数の足音。

座る彼女の背後を数人の警官たちが歩いていく。
だが英玲奈は一切動じることなく、背筋を伸ばしたままにその捜索網をやり過ごす。
仮に真正面から相対すれば、きっと会釈をしてみせたほどの余裕ぶり。
擬態に徹した彼女を見破れるのは、日常的にアライズ団を意識している国際警察の刑事たちぐらいのものだろう。

手にしているのは変哲のないチェーン店、安物のハンバーガー。
しかしグルメを気取らない英玲奈にとってはそれなりに悪くない味。時たま食べたくなるものだ。
ゆっくりと咀嚼しつつ、三口目で小さく眉をひそめる。


英玲奈「む…」


小さく呟き、バンズをめくってケチャップにまみれたピクルスを取り除いた。
嫌いと言うほどではないが、食べる意味も見出せず。
容姿は麗人、ながらに味覚は貧相気味だ。

…と、脇に退けたピクルスを長い指がつまむ。
そのままひょいと持ち上げ、口元へ運んで放り込んだ。

英玲奈が顔を上げると、テーブルの向かいにやたら高級な服に身を纏った女が腰を下ろしている。
ピクルスを噛み、英玲奈のシェイクを勝手に一口吸い上げて片手をひらひら。


あんじゅ「はぁい、久しぶり~」

英玲奈「ああ。相変わらず服の趣味が悪いな」

あんじゅ「そっけないわねぇ」

577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:36:12.51 ID:ha7ZcpN9o
わりに頓着なく、コンサバ系の衣服を常用する英玲奈。
対し、いつ何時も高価に!豪華に!
そんなファッションに袖を通して、優木あんじゅはジョウト帰り。

数ヶ月の旅行…もとい、潜伏と任務を終えて、満を持しての二幹部の合流だ。
脇が甘い印象のあるあんじゅだが、総合力の高さは英玲奈に劣らない。
その気になれば、ガーディやデルビルを連れた警察たちの警戒網をするりと潜り抜ける程度は苦にもしない。

“エクストラコーヒーヘーゼルナッツノンファットミルクノンホイップダークモカチップフラペチーノチョコチップ増しのグランデ”。

そんな長々としたカスタマイズ、コーヒーチェーンの一杯を片手に、手首に引っ掛けていた荷物をどさりと傍らへ。
コガネシティ百貨店の紙袋やエンジュシティ土産らしい包みが大量だ。
その中を左手でゴソゴソと手探り、「ええと…あったあった」と呟きながら何かを手に取り、英玲奈へと渡す。

578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:36:40.38 ID:ha7ZcpN9o
あんじゅ「はい、おみやげ。他にもあるけどとりあえずね」

英玲奈「これは…チョウジ名物いかりまんじゅう!しかも昔ながらの物と、最近流行りの生タイプと…!フフ、気の利く奴め」

あんじゅ「そんなに喜ぶ…?私どうも、和菓子の良さってイマイチわからないのよねぇ…」

英玲奈「開けていいだろうか」

あんじゅ「どうぞ?」


すぐさま齧りつつも表情はキリリとしたまま。しかし口角が少し上がっていて、その喜びようにあんじゅは小さく笑いを漏らす。
仮にもマフィアの幹部がこれでいいのかと肩を竦めながら、あんじゅはプラスチック椅子の背もたれに背を伸ばす。
持ち上げたのは左腕だけ。右腕はぶらりと垂れ下がっていて、先程からピクリとも動いていない。

579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:37:08.21 ID:ha7ZcpN9o
オハラタワー、渡辺曜との交戦。
カイリューの“げきりん”でグチャグチャに叩き潰された右腕は、現代の医療技術を以ってしても修復不可能な状態だった。
今、コートの裾からちらりと覗く右腕は包帯でビッチリと隙間なく巻き付けられていて…

ふと、英玲奈はあんじゅの傍らに控えている一人の団員へと饅頭を勧める。


英玲奈「お前もどうだ」


その団員は目深に被ったフードを持ち上げ、少し畏まった表情で首を横に振る。
髪はツインテール、あどけなさを残しつつも強気な瞳。鹿角理亞だ。


理亞「大丈夫…です。たくさん食べました」

英玲奈「そうか?ならいいが」


英玲奈は頷き、差し出した饅頭の包み紙を開いて自分で齧る。
もくもくと口を動かしつつ、飲み込んで言葉を続ける。

580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:37:35.08 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「手間を掛けさせた。あんじゅが失くした右腕代わりに同行させたが、色々面倒が多かっただろう。ワガママだからな」

理亞「そ、そんなことは」

あんじゅ「むしろ面倒は私の方よぉ…」


トントンと指で机を叩き、あんじゅがふくれっ面で会話へと声を差し込む。


あんじゅ「この子、最初の頃は夜になると毎日毎日、「姉さま…姉さまが私のせいでぇ…」ってグスグス泣き出すんだもの。こっちが泣きたくなるわぁ」

理亞「すみません…」

英玲奈「ふむ…大丈夫か理亞。いじめられなかったか」

理亞「あの、あんじゅさんは毎日私の弱音を聞いてくれて…本当に、嬉しかった…です」

あんじゅ「……そ、そう…」

英玲奈「素直に来られて照れたか」

581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:38:01.40 ID:ha7ZcpN9o
そんな調子で会話は続く。

理亞があんじゅに帯同したのは身の回りの世話と護衛のため。
オハラタワーでは穂乃果の思い切りの良さに敗北を喫したが、三幹部を除くアライズ団の中では鹿角姉妹はかなりの腕利き。
その評価の中心は姉、聖良にあった。
だが初めて姉と引き離され、ジョウト遠征を経て、理亞の実力は大きな向上を見せている。

英玲奈が姉妹を見込んでいるのは現状の腕前だけではない。その伸び代を含めてのこと。
一回り殻を破る成長を見せた理亞へ、英玲奈は指導者として目を細めている。

…と、時刻は三時。
フードコートそばの広場に設置されている楽団を模したカラクリ人形たちが、きらびやかな音色で定時の音楽を奏で始める。

それをタイミングに、あんじゅは表情を変えて英玲奈へと尋ねる。


あんじゅ「で、いつなの?」

英玲奈「ああ、今夜だ」

理亞「…!」

582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:38:33.47 ID:ha7ZcpN9o
二人の言葉にいよいよ迫った計画の決行を理解し、理亞はごくりと息を飲む。

鹿角姉妹にとっては、単に生きるための寄る辺として身を委ねた組織だった。
ヤクザだろうとマフィアだろうと、食べていけるのならなんでもよかったのだ。
しかしその“洗頭”…アライズ団が今夜、世界の構造を大きく覆そうとしている。

大きな流れの渦中にいる。

それを自覚し、理亞は英玲奈とあんじゅの顔を見比べる。
しかし二人はあくまで泰然、変わらぬ様子で口を開く。


英玲奈「件の物の回収は?」

あんじゅ「もちろん。そのためにジョウトに行ったんだもの。けど、ツバサはやれるのかしら」

英玲奈「やってくれるさ。あいつが私たちの期待を裏切ったことはない。仕込みは完璧だ」

あんじゅ「ツバサがやられちゃったら、私たちのぼんぐり集めも英玲奈の石拾いもすっかり無駄になっちゃうものね…ふふ、ありえないけど」

英玲奈「そう、ありえない。綺羅ツバサは“絶対”だ」


軽く笑い、英玲奈は五百円玉をあんじゅへと無造作に放り投げる。

それをあんじゅは掴む。包帯に包まれた右腕で。
親指と人差し指でコインを挟み、グニャリ。
見事に二つ折りに潰してみせる。

いつまでも隻腕でいるあんじゅではない。
リハビリは完調…否、以前よりも遥かに性能を向上させてまさに怪腕。
そう、既に全ての準備は整っている。あとはツバサを待つだけだ。

二人は顔を見合わせ、リーダーへの漆黒の信頼に笑みを交わした。

583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:39:11.83 ID:ha7ZcpN9o



善子「はぁっ…はあっ…」


薄闇、荒れる呼吸を強引に飲み込み、喉の筋肉に精一杯の力を込めて息を殺す。
彼我の戦力差は?五倍…いや、下手をすれば十倍か。
つまり、位置を気取られれば一巻の終わり。


善子(もう二体倒された。ヨハネのエース、特級眷属でなんとかしなくちゃ…やられる!)


恐怖に震える指先。
ボールへと触れ、まだ一人じゃないんだと強引に心を落ち着かせる。
唇を噛み締め、空気の塊を畏怖ごと飲み込んだ。


善子(大丈夫よヨハネ、私はまだやれる…!)


通路は狭く、天井は低い。
両手を広げれば左右の壁に指先が付くほどで、軽く跳ねれば上に頭が付きそうだ。

入り組んだ迷路のような道。
薄暗いのはどちらかといえば善子の有利に働く。
善子が好んで用いるあくタイプには、闇を苦にせず立ち回れるポケモンが多いのだ。

善子は迷路を進み、やがて曲がり角の影で歩みを止めた。
格上を相手に勝ち筋を見出せるとすれば、待ち伏せからの奇襲。それしかない。

だが…敵はあまりにも強い。
ドンカラスとサメハダー、激戦に耐え得るレベルへと育て上げた二匹を一蹴されていて…

それでも諦めず、光明を見出してみせる。
善子はダークボールを腰から手へ!


善子「……いくわよ、眷属。第一級拘束術式解放を許可…闇より出で、我が命に従えっ!アブソルぅ!」

『フゥッ!』

善子(かぁっこいぃ~~っ…!)

584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:39:38.93 ID:ha7ZcpN9o
白い毛並み、片角は三日月の黒刃。
真紅の瞳は凛々しく穏やかに善子を見上げている。
人呼んで“わざわいポケモン”、あくタイプのアブソルだ。
その性能は高い攻撃能力、反して耐久はまさに紙。
相当に癖のある能力なのだが、見た目だったり図鑑のエピソードだったりを踏まえて善子のお気に入り。エースとして扱っているポケモンだ。

いざポケモンを出してしまえば少し勇気が湧いてくる。
この位置どりなら警戒すべきは前方だけ。勇気を胸に、先制撃でペースを握る!


善子「堕天使の実力…ここに見せ


ドグシャァッ!!!
ガラガラ…


善子「……て…?」


背後、迷路の壁が粉々に砕かれている。
壁をブチ抜いた拳は迷路の薄明かりに照らされ、金属質に輝きを。
ジャララジャララと硬質が擦れる音を響かせて、現れたのは600族の竜!ジャラランガ!!


『ジャラジャララ!!!!』

善子「や、やばあっ…!?」


ドラゴン・かくとうという唯一無二のタイプ構成。
その種族値は当然ながらにハイレベル!
癖のある性能ではあるのだが、使い手を選べば十分に強い。
あくタイプのアブソルにとっては最悪の相性、その金属質の拳が叩きつけられる!!


善子「逃げるわよおおお!!!」


くるりと反転、善子とアブソルは脇目も振らずに逃げ出そうとする。
だが!進行方向の壁が再び砕ける!!

585 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:40:12.43 ID:ha7ZcpN9o
「ぎゃあああ!!」と叫んだ善子の前へ、ぬうっと姿を現わすピンクと黒の巨体。
まるまるとぬいぐるみのような両手を広げ、つぶらな瞳で善子とアブソルを見つめている。

嬉しそうに口を開き…


『グマアアアア!!!!』

『アブゥ!!?』

善子「あ、アブソルぅ!?」


キテルグマの“ばかぢから”!

両手でアブソルを捕まえ、ベアハッグの要領でアブソルの体を激烈に締め上げている。
キテルグマは友好的なポケモンだ。その行動は単に抱きしめているだけ。

ただ、筋力があまりに凄まじい!
アブソルは大ダメージに完全にノックアウトされていて、キテルグマは首を傾げてそっとアブソルを地面へと寝かせる。
そして視線をくるり…善子をロックオン!


善子「こ、こ、殺…!」


ガクガクと全身を震わせる善子。
無理もない、キテルグマに抱きしめられて絶命するトレーナーが多いというのは有名な話。
アブソルがやられ、もう手持ちはゼロ。背後では竜がジャラジャラと摩擦音を響かせている。

前門のキテルグマ、後門のジャラランガ。
絶体絶命の危機に…現れる、さらなる絶望。


梨子「よっちゃん」

善子「ひ…!」


両手を後ろで組み、キテルグマの背後からするりと現れたのは四天王、桜内梨子。
その表情には笑みが浮かんでいて、一歩、一歩と歩み寄ってくる。

だがその笑みは粘性の、善子にとって酷く不吉な色を宿していて、捕まってしまえばタダでは済まないという確信…!

586 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:41:20.57 ID:ha7ZcpN9o
梨子「こっちに来て、よっちゃん」

善子「り、リリー…目が笑ってないんだけど…」

梨子「よっちゃん…少しだけだから。痛くしないから…ね、いいでしょ?いいよね…!」

善子「何を!?ひいいいいい!!!」


曜「はいはいっ、そこまでー」


ポコン。プラスチックのメガホンが梨子の頭を軽く叩く。
梨子は「いたっ」と目を瞑り、その表情から鬼気は失せた。
メガホンを手にしているのは曜。やれやれといった表情で、二人を交互に眺めている。


曜「この勝負…梨子ちゃんの勝ちであります!」

花丸「圧倒的ずら~」


その横にはキリンリキ印のパンをもさもさと齧りながら花丸。
冷や汗を拭い、動悸が収まらないままに善子が見回せば周囲の迷路は消え失せていて、部屋の照明も明るく灯されている。
ここはロクノジム。善子の母がリーダーを務めているジムの機能を使い、模擬戦をしていたところだったのだ。

587 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:41:53.78 ID:ha7ZcpN9o
それにしても、それが練習試合だと忘れるほどの恐怖感。
思わず善子は腰を抜かし、ぺたんとその場にへたりこんでいる。


善子「はああ…た、助かった…」

花丸「はい、善子ちゃん。お疲れ様」

善子「あ、タオル…ありがと、ずら丸」

梨子「酷いなぁ。そこまで怖がらなくたっていいのに…」

曜「いやあ梨子ちゃん、あれは怖いよ」

梨子「ええっ?もう、曜ちゃんまで…」


不服げに眉を顰めて抗議の声、そんな梨子はどう見てもお淑やかな美少女だ。
善子もすっかり懐いていて、普段はリリーリリーとあだ名で呼んで、しきりに会話を交わしている。
そんな善子を梨子はよっちゃんと呼んで、話も合う部分があるのか可愛がっている。

良い関係性、なのだが…


梨子(うーん。よっちゃんの怯える顔、可愛いなぁ…)

588 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:42:33.51 ID:ha7ZcpN9o
曜(たまーに、梨子ちゃんが善子ちゃんを見る目が鋭いっていうか。なんかこう、ターゲットを狙う目っていうか…)

花丸「曜さん、変な顔してどうしたずら?」

曜「あ、いや、なんでもないない」


あははと空笑い。
梨子からその意図を訝しむような目を向けられ、弁解するように顔の前で手を振る。
それがお互いなんだか可笑しくて、曜と梨子はまるで同じタイミングで素直に笑い合った。
千歌を介して危うかった二人の関係は、オハラタワーの一件を経てすっかり良好なものへと変化している。

曜、梨子、花丸。三人は現在、善子の家に滞在中だ。
諸々の騒動でポケモンリーグが中断している間、もし良ければ善子を鍛えてあげてくれないかと善子の母から頼まれたこともあり、そのついでに曜と、それに一緒に強くなりたいと願っている花丸も泊まっているというわけだ。

特に善子は、母と同じ悪タイプのエキスパートトレーナーを目指すと決めている。
それならまずは苦手タイプとの戦い方を覚えるべきと母から言われ、格闘の梨子との対戦を繰り返してる。

もちろん、今のところ連戦連敗なのだが。


花丸「善子ちゃん、なかなか進歩がないずらねえ」

善子「なによお、リリーが強すぎるのよ…」

花丸「ふふふ、マルは曜さんのポケモンを少しだけ倒せるようになったよ」

善子「げっ…ほ、本当?」

曜「うん、花丸ちゃんはなかなか戦略家だね。すごく戦り辛い。センスあると思うなー」

梨子「ふふっ、よっちゃんも頑張らないとね?」

善子「うぐう…」

589 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:43:58.23 ID:ha7ZcpN9o
花丸はのらりくらり、マルチタイプの道を選んでいる
好戦的な性格ではないのだが、基本的に頭がいい。
高耐久ポケモンを好んで使う傾向があり、スローペースながらキレのある手を放つ花丸にはぴったりの戦闘スタイルだ。


花丸「頑張ってね、善子ちゃん」

善子「むむ…すぐに追いついてみせるわよ!」


実際には善子も、梨子とまるで勝負になっていなかったところから少しずつ粘れるようになってきている。
相性有利や等倍の相手と戦った時、実力の向上を実感できるはずだ。
花丸もそれはわかっていて、自分にリードされていると知れば善子はもっと発奮すると知っているからこそのちょっとしたハッパだ。

さて、一休憩。
ジム内の片隅にあるドリンクサーバーから各々好きなジュースを手に、広々としたフロアの片隅に腰を下ろす。

模擬戦の迷路はロクノジムのギミックだ。
挑戦者が易々とジムリーダーの元へと辿り着けないように、この手の仕掛けを設置しているジムは多い。

トレーナーたるもの戦闘だけが上手くてもダメ。
仕掛けを解除する頭脳と、勝手のわからないアウェイな場所に動揺せず実力を出せるかの精神力を測る、そんな意図でギミックは設置されているのだ。

そんな仕掛けを練習試合に目一杯使えているのは、ロクノジムが休業中だから。
ダイイチシティの一件でダイヤが奔走したように、ジムリーダーやジムトレーナーたちには街の治安を守る役目もある。
アライズ団の気配に備え、善子の母もジムトレーナーたちも街の警備に回っているというわけだ。

梨子がロクノシティに滞在しているのは、いざ騒動が起きた際に四天王として応対できるようにでもある。

…と、諸々の事情はそんなところ。
それはともかくとして、曜がいきなり背後にべたっと倒れこむ。


花丸「わ!大丈夫ずら!?」

590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:44:45.23 ID:ha7ZcpN9o
曜「うう…」

善子「なによ、呻いたりして…もしかしてどっか打った?痛むの?」

曜「ううう…!」

花丸「よ、善子ちゃん、なにか冷やすもの…」

善子「アイスノン取ってくる!」


慌てつつ立ち上がりかける善子と花丸。
しかし、梨子が落ち着いたままでやんわりとそれを制する。


梨子「二人とも、慌てなくても大丈夫よ」

曜「うああ~…!」

梨子「いつものだから」

曜「千歌ちゃんに会いたいなあぁぁ…!」


なぁんだと、善子と花丸は腰を下ろす。
曜は天井を仰いだまま足をパタパタとさせていて、傍らに置かれた飲みかけのみかんジュースが千歌を思い出させたのだろうと梨子は見抜いている。

津島家に泊まっている期間、梨子と曜は同室で寝泊まりしている。
故に、曜がこうして千歌のことを思いながら悶えているのを頻繁に目にしているのだ。

591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:45:11.68 ID:ha7ZcpN9o
曜「千歌ちゃんん…」

梨子「ふふ、たった半月でそれじゃあ千歌ちゃんに笑われるわよ」

曜「半月って長いよ、梨子ちゃん…はぁ」


オハラタワー後、曜と千歌は袂を分かってはいない。
基本的には一緒に旅を続けていて、しかしダイヤの都合が合う時は修行を付けてもらいに千歌が赴く。
その期間は二人バラバラと、そんな感じの関係となっている。
仲の良さは保ちつつ、千歌は色々な道筋で曜に追いつこう、対等であろうと模索している。
親友以上ライバル未満。だが、いずれ対等なライバルとして追いついてくるはず。
そんな健全な関係だ。


梨子(本当に、二人の仲の良さが壊れなくてよかった。
それに…たまに離れる期間ができたことで、お互いの大切さをより実感できてるんじゃないかな。前よりもっと仲が良く見えるもの)


そんなことを考えている梨子の膝へ、曜はぐりんと体を捻って頭を乗せる。ふざけて膝枕の体制へ。


曜「はあ、千歌ちゃん…」

梨子「もう、代わりにしないでよ」


お互いにどこか遠慮のあった以前の関係ではとてもじゃないが、こうはならない。それくらいに打ち解けている。
仲良くなれて嬉しいな…と、少し癖のある曜の毛先を指通し、頭を軽く撫でる。

そして梨子もまた願う。


梨子(千歌ちゃん…ふふっ、早く三人で会いたいな)


そんな時間がゆっくりと過ぎ…間もなく、時刻は夜を迎える。

592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:47:17.88 ID:ha7ZcpN9o



ロクノシティは眠らない街だ。

都市としての規模ではオハラコーポレーションのあったヨッツメシティに劣るが、この街にはアキバ地方随一の歓楽街が存在している。
故に、陽が落ちても街から人波が絶えることはない。

そんな絢爛から徒歩圏内、悪人たちの墓標、ロクノシティ刑務所が聳えている。

時刻は夜。
灰色の堅城にはサーチライトが灯り、人々の目にその威容を顕示する。

その内部、深奥、地下へ、地下へ。

最深部…綺羅ツバサの特別牢。

593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:47:57.21 ID:ha7ZcpN9o
その一室、形状は無機質な立方体。
うち五面は極めて硬質な素材で、一切の隙間なく固められた構造。

残りの一面はといえば透明。
極めて分厚い強化ガラスで、隣合う監視室の間が遮られている。

危険人物であるツバサの様子を常時監視カメラが起動しているのは先述の通り。
加えて、隣の監視室には二十四時間、交代制で常に三人の刑務官が滞在している。

この強化ガラスの一面がツバサにとっての福音、脱出口と成り得るか?

否。ガラスだと侮れはしない。
密接して戦車砲を撃たれたとしてもヒビが入るに留まり、ハガネールが全力での突進を繰り返したとしても砕くには長時間を要するだろう。

むしろ逆。ガラスの壁面は、ツバサにとってマイナスの要因でさえある。

594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:48:24.51 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「………」

「やあ、元気かね」

ツバサ「こんばんは。素敵な夜ね?」


ガラス越し、ツバサと言葉を交わしたのは壮年の男性。
厳しい顔立ちに、鷹のような眼光。
背丈は大柄で、特徴的に潰れた耳は彼が柔道経験者であると物語っている。
そこに加えて、中年男性特有の微かな加齢臭。
彼こそがこの地の王。ロクノシティ刑務所の所長だ。

常に人目に晒されるストレスと拘束服に囚われて、それでもツバサの軽やかさは失われていない。
陽の光も差さず、もちろん時計もない。
そんな空間で体内時計を狂わさず、今が夜だと正しく認識している。

挨拶を返したツバサへと満足げに頷き、所長は手元のスイッチを押す。


ツバサ「あ゛ぐっ!!!」


走る激痛と衝撃、首の鎮圧用チョーカーに仕込まれた電撃装置を作動させたのだ。
ツバサが脱走の素振りを見せたわけではない。反抗的な態度を示してもいない。一体なぜ?

答えはシンプル。所長は極度のサディストだ。

595 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:49:15.52 ID:ha7ZcpN9o
ツバサの体が衝撃に跳ねる。
その意思に関係なく筋肉が収縮し、陸に上げられた魚のように全身がのたうつ。
電撃が止まり…ツバサはガラス越し、所長へと目を向ける。


ツバサ「……っ…毎晩どうも。その電気のおかげで、筋肉が衰えずに済んでるもの」


鮮やかな笑みを。
入浴らしいことは数日に一度、この部屋の中、拘束服のままで薬液と放水を一挙に浴びせられての拷問めいた洗浄のみ。
だというのに、ツバサの髪は艶としなやかさを失っていない。
肌も潤いを保っていて、それは天性の体質か、あるいは衰えない気力の為せる技か。

それを目にもう一度頷き、所長は再度スイッチを。


「それは結構」

ツバサ「う゛…ぐっ…!!」


二度、三度。
ツバサが痛みに床を転がり、所長とその隣、ベテランの刑務官が口元を嗜虐的に歪ませる。

囚人は人にあらず。何をしようと自由。
普通ならば監査が入る。とてもありえない。
だが現所長の前身は強権を持つ政治家。その嗜虐趣味を満たすため、わざわざこの立場へと身を移したのだ。
そんな男にとって、監査などどうとでもねじ伏せられるもの。

そして所長に薫陶を受け、ここで働く刑務官たちにも非道のサディストが多い。

歴代、並み居る囚人たちの中でも、綺羅ツバサは飛び抜けて美しく、魅力に溢れている。

故に、所長をはじめ刑務官たちは安全圏のガラス越しにツバサを眺める。
ツバサへの食事はプレートで提供されるが、手はもちろん拘束されたまま。地べたを這って犬食いする他ない。
尊厳を奪い、その様をニヤついて眺める。

食事中、睡眠中、その他日常のありとあらゆるタイミングで、気紛れに電撃を与えて身悶えする様を楽しむ。
そんな虐待が娯楽として日常化しているのだ。

596 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:50:39.94 ID:ha7ZcpN9o
幾度目かの電撃にツバサが渇いた咳を漏らし、所長は一度スイッチを傍らへと置く。
喉を焦がしてはつまらない。何事も節度を守ることが肝要だ。


ツバサ「か…はっ……あら…もう終わり…?」

「まったく、悪鳥ほど艶かしい声で鳴く。その美しい体に触れられないのが残念でならないね」

ツバサ「入ってくれば…殺してやるんだけど」

「いや、遠慮しておこう」


所長はここに赴任するまでは華々しい出世街道を歩んできただけあり、その嗜虐趣味を除けば聡明で慎重な人間だ。
彼が愚かしく、安易な欲求に駆られ、ツバサへと手を出そうと部屋に入れば早々に殺されていたかもしれない。

だが、彼は決して入らない。

綺羅ツバサという魔獣の牙が届く場所へは立ち入らず、安全圏から鑑賞するだけ。
部下たちにもそれを徹底させていて、そんな所長だからこそこのロクノシティ刑務所は鉄壁の監獄であり続けているのだ。

597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:51:42.32 ID:ha7ZcpN9o
やがて部屋の片隅、小さな扉からツバサの夕食が提供される。
無論、その扉も脱出口にはなり得ない。ツバサの方からは開かないし、仮に開いた瞬間を狙って頭をねじ込めば首輪の電撃が最高威力で流れる。
インド象すら気絶する電撃だ。そう説明は聞かせてあり、それをするほどツバサは馬鹿ではない。

プレートに乗せられた夕食はまるで朝食のような量で、ごく粗末。
貧相なコッペパン、潰れた目玉焼き、萎びたサラダに色の薄いスープ。

しかしツバサは痺れた体で芋虫のように床を這い、栄養を蓄えるために食べる。
スープを一滴も零さないよう、舐めつくすように飲み、目玉焼きの黄身が顔に付かないよう器用に食べ、ドレッシングのかかっていないサラダに歯を立てて咀嚼。
市販品のコッペパンは意地悪く、ビニール袋に詰められたままだ。
歯で強引にちぎり開け、齧る。


「まるで飢えた犬だ」


ベテランの刑務官が侮蔑的に漏らした声にもまるで構わずに平らげ、それでいて瞳からは気高さが失われていない。
食事を終え、美しく笑って「ご馳走様」と一言を忘れずに。

598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:52:16.41 ID:ha7ZcpN9o
所長とベテラン、二人はその様子をニヤニヤと見つめている。
粘ついた視線には酷薄と好色。

さて、前述の通りに刑務官は常に三人。
ガラス越しの部屋にはもう一人、刑務官がいる。年若い青年だ。

アライズ団が忍び込ませた尖兵?

いや、そんなことはなく単なる新人。新人教育のためにこの場へと立ち会っている。

彼は部屋に入った瞬間、ガラス越しのツバサの美しさに息を飲んだ。
体のラインがはっきりとわかる拘束服姿に顔を赤らめ、思わず視線を逸らしてしまった。

そして今、眼前で繰り広げられる凄惨な虐待にもう一度息を飲んでいる。


「これは…」

「ほら、お前の番だ。電撃のスイッチを押させてやる」

599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:52:42.43 ID:ha7ZcpN9o
そう告げ、ベテラン刑務官は新人へとそれを手渡した。
“新人教育”とは、要するに新しく入ってきた新人を虐待の共犯者にすることで内部告発を防ぐための儀式なのだ。

彼は唖然としたまま、スイッチを押せず…


「愚図め。見ろ、こうやるだけだ」

ツバサ「っッッあ゛!!」


跳ねるツバサ。
彼女は確かに大量殺人の主犯、極悪犯だ。だがこれは…見ていられない。青年は果敢に口を開く。


「その、法律では囚人への虐待は禁じられているはずでは…」


その言葉を耳に、所長は「これはこれは…」と一笑。
ベテラン刑務官は鬼の形相を浮かべ、新人の腹部を殴打した。


「ぐあっ!?」

「興を覚ますなよ新人、郷に入っては郷に従えだ」


憤怒の表情でそう告げ、ベテランは新人の手にスイッチを握らせる。
そして指を掴み、強引に押させようとする。
しかし新人はまだ学生上がり。若い正義感を胸に秘めていて、冗談じゃないとそれに抗う。

その様子に…ツバサが声を発する。


ツバサ「何もおかしな事はないわ、新人さん。人権も尊厳も、敗者は全て奪われる。それがこの世界の本当の姿」

600 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:53:10.16 ID:ha7ZcpN9o
無理をしているわけでも、強がっているわけでもない。
ごく自然に世界をそう捉えている。綺羅ツバサが這い上がって来た泥土の影がそこには見える。

しかし、新人は押さない。


「自分は今日付けでここを退職します。(内部告発を…)」

「なら死ね」

「ぎゃっ!!?」


ベテランの男は、新人の頭を部屋の花瓶で殴りつけた。
全力で殴っている。血が床に滴る。倒れた青年の腹を蹴る、蹴る。内臓をにじり潰すように、幾度も幾度も繰り返し蹴りつける。
その目に爛々と狂気。新人は激痛の中に混乱する。


(まさか…本気で殺される…!?)


彼は知らない。この刑務所では稀に、職員が事故死することがある。
その全ては特殊な縦穴構造が原因の転落死として片付けられるのだが、その実態は刑務官による部下への暴行。
日頃から凶悪犯と接して心が荒むのか、日の差さない陰鬱な環境がそうさせるのか。
所長の権力は、その全てを闇へと揉み消してみせる。

ベテランは花瓶をもう一度振り上げ、致命的な威力を込めて…!!


ツバサ「ねえ、ゲームをしましょう」


ガラス越し、ツバサが口を開く。

601 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:53:40.59 ID:ha7ZcpN9o
「はあ…?」


ベテランはその手を止める。
口を挟む気か?図に乗るな。
電撃のスイッチへと手を伸ばし…しかし、所長がそれを止める。


「面白い。聞こうか」


渋々と手を引き、ベテランは舌打ちを一つ。
ツバサはその様子に軽く肩を竦めて、言葉を続ける。


ツバサ「ゲーム…と言っても簡単なアンケート。そろそろ脱獄しようと思うんだけど…あなたたち、殺されるのは嫌?」


血塗れの新人が口を開く。


「嫌です…死にたくない…」

「黙れ!」


ベテランは抑えられない狂気を罵声に変え、ガラス越しにツバサへと唾を吐きかける。
無論、質問に取り合う気は一切なし。


「ふざけるな!狂人が!」


最後に、所長が口を開く。


「君のその美しい指で絶命させてくれるというのなら、是非願いたいものだね」

ツバサ「そう」

602 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:54:08.28 ID:ha7ZcpN9o
ツバサがもう一度首を竦め、それでアンケートは終わり。
何が起こるわけでもない。とんだ茶番だ。

ただ、少しベテランの興が削がれた。
新人を殴りつけるのをやめ、男はタバコを吸うために部屋の片隅の灰皿へと向かう。
本当は灰皿の持ち込みは禁止なのだが、平然とルール違反をしている。
この刑務所で所長の次に権力があるのは彼なのだ。

「さて…」と所長は、床に落ちた電流スイッチを拾おうと腰を曲げる。
場の空気が冷めてしまった。もう一度身悶えするツバサの姿に興奮を得ようと…


ツバサ「うげっ」


三人の刑務官たちのうちで唯一、新人だけがその場面を目にしていた。
ツバサが口を大きく開け、上体を小刻みに揺すり、胃の蠕動運動を故意に起こし…

コツン。口から床へと落ちたのは球体。

新人はその光景を理解できず、ただ小声でその光景を口に呟いている。


「モンスターボールが、口から…」

ツバサ「芸は身を助く。人間ポンプってやつね」


絵里との交戦より数日前、そのボールは既にツバサの手元へと送られてきていた。

通常の規格よりも遥かに小さな特注品、あんじゅがジョウトで入手したボングリ製のボール。
レントゲン検査に掛からないよう施されたコーティングはミカボシ山、英玲奈が収集したX線に写らない特殊鉱石。

そしてツバサを囲む特殊監獄も、“ここまで”の戦力は想定していない。


ツバサ「出てきなさい、ミュウツークローン」


蹂躙の時が始まる。

603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:54:52.22 ID:ha7ZcpN9o
体色は白に紫、滑らかな体表。
研ぎ澄まされた殺意、迸る鋭気。

すらりとした全身には一切の無駄がなく、一見して太くはない手足も他の種とは比較にもならないほどに良質な筋繊維の束。

とある科学者の遺伝子研究の道果て、生物としてのスペックを戦闘能力にのみ全て割り振った恐るべき生体兵器。

三指、丸みを帯びたその先端は絶対的なサイコエネルギーを宿している。

双眸に宿るのは破壊への渇望、言い表すならただ一言…

“最強”。

その複製体、ミュウツークローン。


ツバサ「さ、派手に行きましょ?」

『ミュウウウウウウウ!!!!!!!』

604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:55:36.25 ID:ha7ZcpN9o
突如現れた巨大なエネルギー反応に応じ、室内に配された自動銃が火を噴く。
だが、ミュウツークローンの超反応はそれを一発たりと通さない。

自身とツバサの周囲に不可視のバリアフィールドを瞬時に形成。銃弾の全ては幾何学的な発光に弾かれて飛散、潰れた弾丸の残滓がキャララと床を撫でる。

ミュウツークローンは片手をツバサの首へ。
硬くロックが施され、カイリキーの腕力でさえ力尽くには外せない電流首輪へと指をあてがう。

発念、輝いて反応。

さらさら、まるで風化した材木に力を加えたような容易さで、首輪が砂のように崩れていく。ほんの瞬時に首輪を分子分解してみせたのだ。

同時、もう片手は刑務官たちとツバサを遮る強化ガラスへと向けられている。
発念し、とろりと。戦車砲の直撃にも耐える強化ガラスが、まるで熱されたラクレットチーズのように蕩けていく。

ここまでで五秒!

605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:56:03.15 ID:ha7ZcpN9o
「あ、おあ…」


憤怒に駆られていたベテラン刑務官は突然の出来事に、まるで脳の理解がおいついていない。
タール19mg、ニコチン1.4mg。手にしたキツめのタバコを灰皿へと押し付け、先端をグリグリと揉み消す。
まるで混乱した脳を落ち着かせようとするかのように再現する日常行動、ようやく思い至るワンフレーズ。


「脱獄だ!!」


が、彼がその言葉を口にすることはない。

ミュウツークローンの念力にツバサの拘束衣は破られ、後背で戒められていた両腕は自由に。解き放たれる怪魔の両翼!

タ、トトと大股に三歩、拳に込めるは冷酷と苛立ちとちょっとした恨み。
ポケモンを繰り出す暇を与えずの連打は鋭刃めいて、叩き込まれる打擲は一、二、三、四、五発。
そして青龍刀を思わせる肘鉄が廻り、男の首が220°ぐるり、絶命。

606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:56:30.27 ID:ha7ZcpN9o
部屋の四隅には穴が開き、猛烈な勢いで催眠ガスが噴出され始めている。
だが動じず、ミュウツークローンは絶命した男の体を念波で押し潰してミンチ状へと変え、ガスの噴射口へと押し込めて塞いでしまう。


ツバサ「好。」


随意即応、ツバサが指示を下すまでもなくミュウツークローンはその思考に従じている。
ポケモンの側でも思考し、その優れた思考回路はツバサへと正解択を指し示す。

超性能、ながらに凶暴。
その制御性だけが弱点とも言えるミュウツークローン、それを何故ツバサは心を通わせたように扱えているのか?

ツバサが描く複数のプラン、その中に“投獄される”という選択肢が存在した理由は二つ。
そのうち一つが、ミュウツークローンとの精神順応だ。

オハラタワーでの強奪後、ツバサはアジトで幾度かミュウツークローンの試験運用を行なった。
だがツバサ、英玲奈、あんじゅ、他にも優秀な団員の数人が使役を試みたが、誰一人としてまともな制御を為せず、得ながらも使えないという状態に陥っていた。

一般に、エスパータイプはノーマルタイプなどと比較して扱いが難しい。
その全力を発揮させるには、ポケモンと精神を通わせることが何よりも重要だとされる。

ミュウツーの場合はその傾向が輪を掛けて顕著。
遺伝子を操作されて好戦的な性格になっていることに加え、人間から実験体にされたという意識から強度の人間不信を患っているのだ。
クローン体にもその傾向は同一で、ツバサは一つの手段を講じる。それはごくシンプル。


ツバサ「長時間お腹に入れてれば馴染むわよね、お互い」

607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:57:49.86 ID:ha7ZcpN9o
ポケモンはタイプを問わず、人の側で過ごすことで徐々に心を通わせていく生き物だ。
ボールに収めたまま連れ歩くだけでも、時間をかければトレーナーの人となりを知って馴染んでいく。

なら、体内ならもっと馴染むはず。

あんじゅと理亞を始め、目立たないよう少人数ずつバラバラに、複数の団員をジョウトへと送った。
飲み込めるサイズのぼんぐりを探させ、職人にボールの製作を依頼した。もちろん悪用の意図は伏せ、巧妙に。

ミュウツーは強力なテレパスも有している。
送られてきた特製のボールにミュウツーを移し、胃の中から私の全てを知れとツバサは飲んだ。
その破壊衝動に付き合えるだけの、自身の器を知らしめるために。

そしてミュウツーとの対話に集中するためには、警察に追われない静かな環境が必要だった。

だが今のツバサが警察から追われない環境など、この世に存在するのだろうか。
その答えはただ一つ、刑務所だろう、と。

それは複数のプランの一つ、というより予備案。万一の敗戦に備えての準備だった。
だが予期外の急襲を受け、結果その備えが功を奏している。
ガラス部屋に囚われ、悪意と横暴に晒され続けたが、その劣悪はツバサが這い上がってきた過去と比べて大差はない。
対話に対話を重ね、そして一人と一匹、破壊者と破壊者は十全に心を重ねるに至っている。


閑話休題、場面は牢へ。

608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:58:18.73 ID:ha7ZcpN9o
ツバサとミュウツークローンは一人を殺め、そして牢獄の王、所長の前へとその歩を進めている。
けたたましく鳴り響く警鐘、しかし誰かが来るにはまだ時が浅すぎる。

一滴の血飛沫すら残さず丸められた刑務官、四隅の穴へと押し込まれた肉塊に視線を滑らせ、所長は声を震わせる。


所長「こ、殺…!?」

ツバサ「だから聞いたじゃない。殺されるのは嫌かって。そこの彼、嫌とは言わなかったし」

所長「馬鹿な…胃の中にボール…?馬鹿な!そんなはずは!念には念を入れて、万が一のためにレントゲンまで…!」


無駄だ。
先述の通り、英玲奈は穂乃果との邂逅よりも前、X線に写らない特殊鉱石をアジトへと持ち帰っている。
それを細かく砕き、ボールの表面へと加工を施す。他にも諸々の検知避けが施されていて、ミュウツーのボールは知られぬままにツバサの胃の中でその時を待っていたのだ。


ツバサ「科学の力って凄いわよね。で、あなたは私に殺されたいんだっけ」

「…っ…ィ…!」

609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:58:47.84 ID:ha7ZcpN9o
所長は腰へ、ボールではなく銃へと手を伸ばしている。
自身のポケモンでミュウツーに勝つことは不可能、ならばツバサを殺める方が確実!

が、無駄。
すかさず放たれた蹴りは男の手首をへし折っていて、そしてツバサは所長の首に手を伸ばす。
権勢を誇った男の顔が、見る間に情けなく歪む。腹の底からの恐怖に歯の根が合わず…


ツバサ「……やめておくわ」

「ほ、本当か…!!」

ツバサ「ほら、なんかあなたの血とかって汚そうだし。触るのはやめとく。ミュウツー、“サイコキネシス”」

『ミュウゥゥヴヴ…!!!』


サイコキネシス、エスパータイプの主力たる念波は紫に可視化されて形を成す。
所長の体がブチブチブチと雑巾のように捻られていく。
「あ゜あー!あ゜ー!」と薄っぺらな悲鳴を残し、所長は実にあっさりと、こんもりと盛られた肉塊へと姿を変えた。


ツバサ「さて…」

610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 08:59:13.81 ID:ha7ZcpN9o
ツバサは既にそれへの興味を失していて、残る一人、怯えて動けずにいる新人へと目を向ける。
そして彼へ、ミュウツーの掌が向けられる。


(殺される…!)

ツバサ「それ、もらうわよ」


目を瞑った瞬間、青年は自分の体に見えない力がかかったのを感じ…!

するり。

ミュウツーの念力に、シャツの上から羽織った制服の上着を剥ぎ取られている。


ツバサ「胸の形とか出てて恥ずかしいのよね、拘束服って」

「は、え…」


いたずら盛りの少年のような笑みを浮かべ、少しのはにかみを交えて舌先を覗かせる。
呆気に取られた新人を後に残して上着を羽織る。袖は通さずの肩掛けで、ツバサは視線を天井へ。


ツバサ「ミュウツー、“サイコブレイク”」


それは念波を実体化させ、大規模な物理破壊を引き起こす専用技。
ツバサとミュウツーは地底、奈落の底から上へ、上へとフロアを穿っていく。

駆け寄る刑務官、ポケモン、放たれる銃弾に雷火、毒に岩刃、悪タイプの波動。
だが、そのいずれもがツバサたちを害し得ない。

銃弾は宙に留め、弾き返し、攻撃を霧散させて念動波で跳ね除ける。
エスパータイプに耐性のある悪タイプのポケモンが現れれば当意即妙、壁床を瓦礫へと変えて叩きつけて一掃。


ツバサ「上へ」


そして抜ける隔離区画。
その中央は巨大な吹き抜けになっていて、地上へと続く縦穴だ。

ツバサはミュウツーを伴って穴の中央、直立のままに上へと浮遊していく。
立体構造、轟々とサイレンが反響している。視界には複数の刑務官たち。しかしやはり、その誰の指もツバサの進軍へは届かない。

611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:00:06.61 ID:ha7ZcpN9o
上昇、戦火の風に上着の裾をはためかせ。
軽やかに両腕を振るえば、強力にして細緻なサイコキネシスが視界内の牢を一斉に開放していく!!

ツバサは部下たち、アライズ団の無数の構成員の末端に至るまで、一人一人の顔と名前を克明に記憶している。
開かれた牢から駆け出してくる面々を一人、一人と確認し、上へ。

その中には鹿角聖良の姿もある。
よろめき、少しばかりやつれただろうか。だが瞳には黒く輝く意志が保たれている。

今から行われる計画における一つの大任、任せるなら聖良だろう。
ツバサはミュウツーのサイコキネシスで、聖良を宙空へ、傍らへと引き寄せる。


聖良「ツバサさん…!囚われたと聞いて、私は…!」

ツバサ「フフ、まあね。辛い目に遭った?」

聖良「…いえ、この程度。戦えます。今すぐにでも」

ツバサ「好。任務を与えるわ、付いてきて」


抱き寄せて伴い、さらに上へ。

アライズ団か否かは関係なく、ツバサは目に付くありとあらゆる牢を開放していく。
反旗を翻した囚人たちは刑務官へと殺到し、数の暴力で彼らを叩きのめしていく。

アライズ団以外の犯罪者たちも、ツバサの計画を成就させるためには良い目眩しだ。

そしてついに辿り着く行き止まり、施設の天井をこじ開け…
奈落の獄から、煌びやかな夜都ロクノシティへ。

綺羅ツバサが、ついに世界へと生還を果たす。

612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:00:37.51 ID:ha7ZcpN9o
「人が出てきたぞ!」
「なんだ、あのポケモン…」
「いやそれより!見ろ!あれは…!」

「綺羅ツバサだ!!!」


刑務所正門の上、サーチライトに照らされるツバサとミュウツー。
本来ならば索敵、威圧の意味を成すはずの照明が、今はまるでスポットライト。

刑務所の前へと集い、ツバサの解放を求めて罵声を上げ続けていたアライザーたち。
彼らは少し前から、刑務所内から響き渡る警報音に期待を高め続けていた。

オハラタワーの一件で颯爽と現れた暗黒星、綺羅ツバサ。
その存在は悪の人々を強く魅力し、しかし程なく黒の輝きは地の底へと隠された。

抑圧。混沌を求める人々の心へ、強度のストレスが与え続けられる。

それが今、再び現れた…!


佇むツバサ、目立たないよう傍に控える聖良。
その上空、飛来した一台のヘリから荷物が投下される。

応じ、ミュウツーはグニャリと空間を歪ませる。
ほんの数秒、ツバサの姿がその中へと隠れ…現れる。

黒地に金をあしらった新たな衣装へと身を包み、ボールは腰へと六つ。
アライズ団リーダー綺羅ツバサが、完全なる復活を果たす!!

「ツバサ!」「ツバサ!」
「ツバサ!!」「ツバサ!!!」

数え切れないほどに膨れ上がったアライザーたちが、熱狂をもってツバサを迎えている!!!

が、水を差すように。


にこ「図に乗んじゃないわよ…ツバサ!!」

ツバサ「フフ、お早い到着ね」

聖良「……!」


降り立った三人は、にこ、絵里、希!!!

613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:01:04.31 ID:ha7ZcpN9o
聖良(まずい、早すぎる!)


傍ら、聖良はギリリと歯噛みをしている。
底意地の悪い刑務官たちから、ツバサが捕まった時の状況は嘲りたっぷりに聞かされている。
チャンピオン、四天王、国際警察。まさに今目の前に立つ三人に御され、アジトで捕らえられてしまっだと。

その時、英玲奈やあんじゅはいなかったと聞いている。
チャンピオンたちとの戦闘は避けられないにせよ、せめて三幹部が合流してからの会敵であってほしかった!


聖良(いつでも盾になれるよう、飛び出す心構えを…!)


だが、反してツバサ。
仇敵である三人との対峙にもまるで旧友との再会とばかり、にこりと笑みを向けてみせる。
それを受け、にこは苛立たしげに眉を吊り、希は窺うように目を凝らし、そして絵里が一歩歩み出る。

614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:01:34.50 ID:ha7ZcpN9o
問いかけを。


絵里「ずっと気になっていたけれど…この前戦った時は本当の手持ちではなかった、というわけね」


チャンピオンとして数々の実力者を迎え撃ってきた絵里は、相手の佇まいから多くの情報を見抜いてみせる。
ツバサの腰に収まった六つのボールは実にしっくりと馴染んでいて、その収まりが先日の交戦にはなかった。
ガブリアスやコジョンド、同じ種のポケモンを連れてこそいたが、その本体が今持っている六匹なのは確実!

ツバサもまた、それを隠す様子もなく頷いて肯定。


ツバサ「私、これでもかなり慎重派なのよ。ポケモンたちにも影武者を育てて、場合によってはそっちを持ち歩くようにしているの」

にこ「っち…舐めた真似してくれるじゃない」

ツバサ「ただ…戦力を点数化するとして、絢瀬絵里が100点なら私は99点。チャンピオンの矜持とやらで1点差ってとこ。正直、戦いは避けたい相手…」


「ミュウツーがいれば別だけど」と追って一言。冷静な戦力分析と同時、負けず嫌いも隠さない。

615 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:02:03.33 ID:ha7ZcpN9o
にこ、絵里、希。実力者の三人も、今は迂闊に仕掛けられない。
ツバサの傍らのミュウツークローンは明らかに異常なスペックを誇っている。
オハラコーポレーションからの情報ではあくまでクローン体、本物に比べれば若干能力が劣るとの話だったが、それが疑わしいほどに戦慄のオーラを放っている。

それはきっと、トレーナーのツバサと深いレベルでのシンクロを果たしているからなのだろう。

どう攻める…睨み合いに思慮。
希は新戦力、デオキシス統合体のボールへと手を掛けている。


希(昨日の今日…どれだけ性能を引き出せるかは微妙やけど、先鋒を務めてもらうにはこの子やろね。殺人衝動は収まってくれたみたいやし…)


…と、希は眉を顰める。
ピリリと、嫌な予感が胸をよぎったのだ。

それは説明のつかない、モヤのかかったような未来視に過ぎない。
ただ、ひどく不吉で、混沌として、取り返しのつかない…

ツバサが二つ、ボールからポケモンを展開させている。
ジバコイル、そしてUBウツロイド。
同時、手には何か奇妙なカートリッジを手にしていて、それをジバコイルへと押し当てて…


希「エリチ!にこっち!駄目や、あれは止めなアカン!」

にこ「な…」

絵里「止めればいいのね?キュウコン!」

ツバサ「残念、もう遅い」


ミュウツーがウツロイドに片手をあてがい、もう片方の手をジバコイルへとあてがう。
ジバコイルの体、頭部のアンテナが輝き…発信。

616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:02:31.92 ID:ha7ZcpN9o
ツバサがジバコイルへと読み込ませたカートリッジ、それはあんじゅが回収したもう一つのピース。
ジョウト地方、かつてロケット団が怒りの湖で発生させた、ポケモンを狂わせる怪電波のデータを入手し、再現した同質の波長。

さらにツバサはそこにミュウツーを介し、ウツロイドが発生させる精神干渉波を介入させる。
ウツロイドは人の凶暴性を高める。
故に、怪電波は人に影響を及ぼすものへと変質する。

ジバコイルで拡散、ミュウツーの出力でそれを強力に。
その電波範囲はロクノシティ全域を包み込んでいる…!


ツバサ「怪電波 × ジバコイル × ミュウツー × ウツロイド。イコール…阿鼻叫喚」


発狂!!!

刑務所前に集ったアライザーたちが、狂気に襲われて獣のような唸り声を上げている!
怒号が湧き上がり、誰彼と構わずの殴り合いが始まる!

後方、街の各所からも火の手が上がっている…!
悲鳴が響き、銃声、そしてトレーナーたちがポケモンを繰り出して暴れ始めている!!


にこ「ちょ…っ、何よこれ…一体これは!!」

ツバサ「言ったでしょ?ウツロイドとかで諸々って。一言で言うなら広範囲の洗脳」

にこ「せんの…っ、」

617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:02:58.22 ID:ha7ZcpN9o
慄然としつつ、にこは思考を止めずに回す。
次に考えたのは“何故自分は無事なのか”。ツバサはその思考順を理解していて、問うまでもなく答えを返す。


ツバサ「ウツロイドの直接寄生のように誰でも洗脳、とはいかない。アナタみたいな正義屋さんは揺らがなくて、あくまで悪党たちのトリガー」

にこ(……だからアライザーがモロに影響受けてるわけね)

ツバサ「けれど心に強い悪や不安定な要素を抱えてる人間は十二分に狂わせられる。
洗脳に必要な要素の一つは慢性的な強度のストレス。そしてそこからの弛緩」

にこ「……」

ツバサ「綺羅ツバサという希望を与え、投獄されることでそれを奪い取る。
抑圧状態が続き、ストレスの値がピークになる時期に私が脱獄。
悪党たちの心は狂喜に弛緩し、それは最も洗脳が染み入りやすいタイミング」

にこ「……回りくどい真似を…!」

ツバサ「アナタたちが私を捕まえるんだもの。仕方ないでしょう?
ちなみに、アライズ団は日常的にウツロイドの波長を弱めて浴びることで体を慣らしてるわ。私たちは頭が正常なまま、悪事を遂行できるってわけ」

にこ「……ま、要は。さっさとぶっ倒しゃいいのよね!様子見やめ!行くわよ!絵里!希!!」

ツバサ「もう一つちなみに…」


振り返り、にこは驚愕に息を飲む。


絵里「………っぐ、う、ああっ…!」

希「アカン…これは…っ!」

にこ「は…?ちょ、絵里、希…?」


ツバサ「その二人は例外。効くわよ、電波」

618 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:03:26.17 ID:ha7ZcpN9o
思い返す、いつだ、いつ仕込まれた?
接触のタイミングは一度だけ。思い至るまではすぐだ。


にこ「絵里を刺したナイフ!」

ツバサ「あれ、ウツロイドの体細胞をたっぷり塗りつけてあったの。入り込んだそれが共鳴すれば、どんな善人でもまともではいられない」

にこ「けど、希は…」


いや、否。
絵里が刺され、その直後にツバサを捉えた。
そこへ希が慌てて駆け寄り、毒かもしれないと慌てて傷口から血を吸い出していた。
きっとその時に…!


にこ(アホ!!…っ、けど、場所が逆ならにこが同じことをしてた…あの綺羅ツバサのナイフ、毒が塗られてるかもと思うのは当然…)

絵里「ぐっ、う…あああっ…にこ…逃げ…!」

希「っ、がっ!…せめて、ウチだけでも、離れて…!」

にこ「絵里っ!希っ!」


希はフーディンを繰り出し、朦朧と霞む意識の中でテレポートを命じる。
場所を指定する余裕すらない。この状態では遠くへは飛べないが、街の中でもどこか遠くまで。

そして極限の中に走る直感、希はテレポートに姿を霞ませながらにこへと声を掛ける。


希「こんな時になんやけど…にこっち、“予言の時”や。頑張って…!!」

にこ「あっ、ちょっ!」


希は姿を消す。
発狂し、にこへと襲いかからないようにと配慮したのだ。
残され、にこは希の言葉に思いを馳せる。予言の時?思い返し…そう、オハラタワーの後。

“にこっちには血ヘド吐くほど大変な未来が待ってるけど、まあ頑張ってな”と。


絵里「………にこ」

にこ「……え、絵里?」

絵里「ごめんなさい……あなたを……!叩き潰さなきゃ……!!」

ツバサ「さ、行くわよ。ミュウツー」

にこ「ッッッ…!!?」


にこは刑務所屋上から飛び降りる!!
直後、その背後、圧倒的な念波と絶対の凍気が爆発的に渦を巻く!!!
勢いよく地へと落ちながらにこは叫ぶ!!


にこ「に゛ごお゛おおおおお!!!!!!」


綺羅ツバサと絢瀬絵里、にこを追うは二人の絶対強者!
矢澤にこ、運命の戦いが今、幕を開ける!!!

619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:03:53.83 ID:ha7ZcpN9o
にこ「う、おおおっ!!フライゴン!!」

『フラァッ!』

にこ「全ッッ速!!全速よ!!!何も考えずにとにかくスピード!方向は指示するから!」


屋上から下、絵里は落ちながらにフライゴンへと飛び乗ったにこを見捉えている。
無理な姿勢でのポケモン展開、背からずり落ちそうになりつつ必死に掴まり、体制を整えるやいなや振り向くことなく全速で飛んだ!!

それを目で追い、絵里。


絵里「逃がさないわ」


短い呟きは冷淡で、その脳へとウツロイドの洗脳波が染み入ってしまったことは明らか。
とはいえ、ウツロイドに直接寄生された状態と比べればその洗脳は不完全かつ不安定。
一度意識を断ち切ってしまえばその支配からは解放される、そんな状態。

ただ最たる問題は、絵里の意識を断ち切るという行為の難しさなのだが。

620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:04:20.40 ID:ha7ZcpN9o
絵里「フリーザー、追いましょう」

『フィイッ…!』


壮麗に一鳴き、伝説のポケモンは絵里の指示に疑いを持たない。

常に気高く正しく、それでいて慈愛と茶目っ気を持って。
絢瀬絵里はチャンピオンとして相応しい実力と人格を有していて、手持ちのポケモンたちはそんな絵里へとまさに全幅の信頼を置いている。
だがこと今のシチュエーションに限れば、それが酷く災いしてしまっている。

フリーザーが両翼を大きく広げれば、それだけで夜街の空は蒼白に輝く。
見渡す限りのビル壁へと霜走り、一瞬にして世界は氷点下へ。

その鳥は伝説、ただ飛ぶポケモンとは仕組みから異なる。
空気中の水分を凝結させ、霧氷を生み出しながらそこへ翼を乗せるのだ。
故に力感は抜け、その姿は舞踏めいて優雅。

絵里とフリーザーが夜天を下る。

621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:05:02.16 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「ふう、やっぱり真っ向から戦っていい相手じゃないわね。アレは」


飛んだその背を見つめ、ツバサはやれやれと肩を竦める。
ミュウツーを連れていてなお恐るべきは絢瀬絵里。勝てるとしても激闘は必至で、タイムスケジュールを狂わされれば計画に支障が出る。
交戦の中に洗脳の布石を仕込めたのは僥倖だったと言えるだろう。

さて、まずすべきことは騒動の規模を極大にまで膨れあがらせることだ。
悪の蹂躙を目にすれば人心に不安が宿り、後乗りで暴動に走る輩も大勢生まれるはず。

そのためにはツバサが暴れてみせるのは非常に有効で、そのついでに刑事スマイル、矢澤にこを血祭りにあげるのは悪くない。
にこの執念の恐ろしさは捕まったことで存分に思い知った。
意思を貫徹できる人間がツバサは何よりも大好きで、何よりも脅威であると知っている。
ツバサは矢澤にこへ、深く尊敬と親愛の情を抱いている。だが…


ツバサ「そろそろ舞台から降りてもらわないと。とても悲しいけれど」


その前に一つ。
ツバサと同じ黒の団服へと袖を通している聖良に目を向ける。

622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:05:34.69 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「聖良」

聖良「はい」

ツバサ「これ、渡しとく」

聖良「このボールは…!」


聖良は驚きに目を見張る。
そのボールに収められているのはたった今、怪電波を撒き散らす一端を担ったUBウツロイド。
無論、精神干渉のみならず高い戦闘力を有するポケモンだ。

そんな大切な一体を、オハラタワーの一件で敗北の失態を晒してしまった自分に?

戸惑い、聖良は思わず言葉を返してしまう。


聖良「その、ツバサさんが持っているべきでは…」

ツバサ「私は自前の子たちで戦った方が強いから」

聖良「で、ですが…」

ツバサ「アナタはアライズ団の試験運用役、テストトレーナーを務めていた。新戦力の取り回しには自信があるでしょ?」


問われ、聖良は少し考えてから頷いた。
確かに自信はある。自分ならやれると確信がある。

懐かせ、心を通わせたポケモンの実力を最大限に引き出してあげる、それが普通のトレーナーに求められる資質だ。
聖良も悪ながらに、手持ちのマニューラやヨノワールらには深く慕われていた。その資質は有している。
だが同時に持ち合わせるもう一つの技術、聖良は手にしたばかりの懐いていないポケモンでも、その能力を引き出すことのできるトレーナーだ。
それは聡明と冷静から。あらゆるタイプ、あらゆるポケモンへの造詣を深く持ち合わせていて、プラス落ち着いた盤面対応力。
故に100%とは言わないが、90%ほどの実力は引き出してやれるのだ。

ツバサはそれを知っている。
聖良自身の才覚と、英玲奈が育て上げた技術と。二軸で信頼を置いている。

623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:06:00.61 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「まだ若いけど、私たち三幹部を除けば一番のエースはあなただと思ってる」

聖良「……はい」


恐縮しかけ、しかし聖良はそれを飲み込む。信頼を寄せてくれるのなら、全霊でそれに応えるまで。
力強く頷き、ウツロイドのボールを握りしめた。

加え、ツバサは投下された荷物の中から、他に五体のポケモンも手渡した。
「取り返しておいたから」と短く言われて見れば、どこか遠くの更生施設へと送られたはずのマニューラとムクホークがボールへと収まっている。
もちろん同一個体。手塩にかけて育てた子たちを見間違えるはずもない。

二度と会えないと思っていた。ぐっと込み上げる熱い感情。
それを冷静で覆い隠し、聖良は他の三体を手早く確認する。
本当に自分が預かっていいのか、もう一度問い返したくなるほどに充実した戦力だ。
つまり、それだけの大任が与えられるということ。

確認を終えて顔を上げた聖良へ、「それと」とツバサは怪電波の波長を収めたカートリッジを手渡した。
もう一本、ツバサも同一のカートリッジを手にしている。

624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:06:27.47 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「やるべきことはわかる?」


聖良は理知的な瞳に理解の色を。これをもう一度使うとすれば、あの場所しかないだろう。
“その方角”へと目を向け、ツバサへと頷いてみせる。


聖良「はい」

ツバサ「偉い。私とアナタのカートリッジ、どちらかが辿り着けば私たちの勝ちよ」

聖良「心得ています」

ツバサ「別ルートで向かいましょう。それと、理亞も来てるはず 。あんじゅと同行させてたから」

聖良「理亞が…!」

ツバサ「見かけたら合流してあげなさい。姉妹一緒の方が強いし」

聖良「はい!」


同時、二人が見据えたのは夜景に高く聳える鉄塔。
それはアキバ地方最大のテレビ局、ロクノテレビの社屋に併設された電波塔だ。
そこから怪電波を発信すれば、狂乱はこの都市だけに留まらない
地方全域へ、いや、番組として鮮明に受信できる範囲は限られているが、単に電波を届けるだけならもっと広域。
それだけの範囲で人心を狂わせる怪電波が発されれば、訪れるのは混沌と破局、そして終焉。

現状、警察やジムリーダーらによって役所や病院、避難場所の学校、ポケモンセンターといった重要施設は厳重に固められている。テレビ局もその中に含まれている。

故に、ツバサはまず撹乱と扇動を。各所で暴れ、警備網を引き延ばす。
聖良は別働で向かい、頃合いを見てテレビ局へと乱入する。
手筈は以上。


ツバサ「じゃっ、健闘を祈るわ」

聖良「はい、ツバサさんも」


ツバサはにこを追い、ミュウツーと共に夜に舞う。

625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:06:59.08 ID:ha7ZcpN9o



繁華街の片隅、川縁に位置した瀟洒な料亭。ペン、ペンと和琴の音色が響いているような。
その玄関先から、黒塗りの送迎車が走り出そうとしている。
車内は切羽詰まってやたらに慌ただしく、後部座席に座った男が運転手に掴み掛かりそうな勢いで声を張っている。

「早く!早く出せ!」と、その後背。粛と人影が現れる。
黒地に金の団服、横に連れているのはメタグロス。


英玲奈「“コメットパンチ”」


圧壊!!!
放たれた鋼拳は無惨にもセンチュリーを叩き潰していて、ガソリンへと引火、炎上する車内は数人分の血で真っ赤に染め上げられている。
居合わせた通行人たちは金切り声をあげて蜘蛛の子を散らし、「救急車を呼べ!」「警察!警察も!」と声を張っているが、意にも介さず目も向けず。


英玲奈「六人目」


淡々、統堂英玲奈はカウントを。

それは英玲奈が今夜仕留めたターゲットの人数。不運な付き添いや運転手は数にも含められていない。

今、彼女の機械的な瞳が狙いを定めているのはロクノシティの市議会議員たちだ。
およそ七十人ほど、彼らの今夜のスケジュール、居場所は全て調べ上げられている。

ツバサの脱獄と同時に英玲奈の仕事は始まっている。
まだ十分と経っていないが既に六人。なにやら一室に集い、密談を交わしていたのが政治家たちに災いした。
悪徳政治家だったのだろうか。だが英玲奈にとっては何の関係もない。
善悪を問わず、プラン通りに殺めていくだけ。市議会議員を根絶やしにする。

626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:07:25.86 ID:ha7ZcpN9o
何故政治家を殺す必要があるのか?
理由は簡単、街の警備網を広めて薄めざるを得なくするため。

市議会議員が続々と殺されているとなれば、各所の警備を弱めてでも護衛に人員を割かざるを得ない。
いっそひとところに集めて警備を固めてしまえば容易く済みそうなものだが、政治家たちはそれを良しとしない。

「一箇所に纏まれば良い的だ、いいから自分を守りに来い」と、そういう発想に至るタイプが多数。そして言い分が通っていないわけでもない。
仮にも議員、強く要請されれば無視するわけにはいかない。
その発言力の大きさと保身の心は利用できる。故に、英玲奈は議員を殺して回るのだ。


「ひいいい!!!」

英玲奈「エアームド、“はがねのつばさ”」


数分の後、数ブロックを移動したスポーツクラブ、その窓を突き破ってエアームドが飛び出す。
その銀翼には鮮血がべったりと付着していて、窓際にはルームランナーごと胴体をほぼ両断された中年女性が息絶えている。彼女もまた市議会議員の一人だ。

627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:07:52.61 ID:ha7ZcpN9o
英玲奈「七人目」

あんじゅ「あら、もう七人?早いのねぇ」


素直に感心しきった様子、やはり黒の団服姿であんじゅがふらりと現れる。
団服を白から黒へと変えたのは模倣の白を纏ったアライザーとの差別化のため。
仲間内で見分けがつくようにと、アライズ団は有象無象とは異なる真黒なのだという意思表示と。

傍らにはカイロスを連れていて、その二本の角の先端には青い制服を着た男性が引っ掛けられている。

青服。そう、彼らは警察官。
あんじゅの役割は街を哨戒している警官狩りだ。

オハラタワーの一件では、あんじゅは撹乱役に徹していた。
だが今日は違う。戦闘を重ねることを前提としていて、それに従い手持ちも数匹を入れ替えている。本気モードというわけだ。

カイロスのツノに引っ掛けられた二人は朦朧とした意識に呻いていて、あんじゅはカイロスへと命じて彼らを横に放り捨てた。

痛めつけただけで殺めていない。だが、それは情ではない。
骨を砕き、腱を切り、彼らの四肢は機能を失うレベルに痛め付けてある。
同僚たちに保護された彼らは、何をされたか、どう蹂躙されたかを仲間に語るだろう。

それを見、聞いた警官たちは、仇討ちだ、悪を打倒しようと発奮するかもしれない。

だが、それは心の表層。
奥底には“自分もこうなるかもしれない”というリアルな恐怖が根を張る。
恐怖の種を仕込むことで、電波塔から怪電波を放った際に警察からも狂乱者が出るのを狙っているのだ。
もちろん、同時に撹乱も兼ねている。

628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:08:31.41 ID:ha7ZcpN9o
政治家殺しと警官狩り、どちらもが危険極まりない最前線。
だがツバサを含め、三幹部が矢面を駆けてみせるからこそ、女だ年下だと侮ることなくアライズ団の構成員たちは士気高くその後に従うのだ。

二人は視線を交え、刑務所の方向から狂ったように響き続けているサイレンを聞いて満足げに笑みを浮かべる。


英玲奈「まるで産声だ。訪れようとしている新世界の。そう思わないか?」

あんじゅ「詩人ねぇ…そういうのは私はパス。でも嬉しいわぁ、ツバサの夢が叶おうとしてるんだから」

英玲奈「いや…私たち三人の夢さ。陳腐な物言いだがな」

あんじゅ「…うん、悪くない。完全にフルハウス…ううん、ロイヤルストレートフラッシュ!」

英玲奈「なんだそれは、語呂の悪い。それにファイブカードの方が強いぞ」

あんじゅ「もう、細かいわねぇ…さて、そろそろ行かなくっちゃ」

英玲奈「ああ、私もだ。議員たちが逃げ散ってしまえば面倒が増える」


二人は背を向ける。
…と、あんじゅがくるりと振り向いた。


あんじゅ「そうそう…ツバサがね、この一件が終わったら手料理をご馳走してくれるって。祝杯をあげましょうって言ってたわ」


それを聞き、英玲奈は思い切り顔をしかめてみせる。


英玲奈「ツバサの料理か。正直…あれはあまり…」

あんじゅ「ふふっ、同感」

英玲奈「まずいだけならいい。だがツバサは残されると露骨に凹むから嫌なんだ。変なところだけ繊細だからタチが悪い」

あんじゅ「そうなのよねえ…一応、綺麗に平らげてあげられる元気を残して戻りましょ?お互いにね」

英玲奈「ああ、死ぬなよ」


言い交わし、二人はもう振り返らない。
その眼差しは地獄の獄卒めいて、騒乱に魔を馳せる。

629 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:09:06.59 ID:ha7ZcpN9o



アライズ団、アライザー、その他犯罪者たちに、一般人の中に埋もれていた潜在的な不穏分子まで。
その諸々が一斉に暴れ始めたのだから、街中は既にパニックの渦だ。
人々はその原因を知らない。ウツロイドの洗脳波だなどと知る由もない。
そもそも、ウツロイドらUBの存在自体がまだ一般には秘匿されているのだ。

そして綺羅ツバサの脱獄。
より混乱を招きかねないと報道管制が敷かれているが、街中に響き続ける刑務所からの警報音はツバサの脱獄を人々へと雄弁に語り続ける。

テレビ各局は緊急の報道体制。
“おそらくは集団ヒステリー”と、招かれた専門家は訳知り顔でそう語っている。

そんな動乱のロクノ。都市の空を、大量のスピアーが乱れ舞う。
団の中でも腕利きの構成員へとあんじゅのビークインは託されていて、オハラタワーの再現とばかりに獰猛な羽音が空に渦巻いている。

630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:09:48.48 ID:ha7ZcpN9o
さらに驚くべきは、大量のアクセスにサーバーダウンと復旧を繰り返すSNSへ、あるいは匿名掲示板へと動画や画像で貼り付けられたとある光景。
綺羅ツバサに対抗できる人々の希望、あのチャンピオン絢瀬絵里が、街を凍らせながら飛んでいる。
それも捕らえるべき相手、綺羅ツバサと肩を並べて!

“コラだろ”と、そんないくつかの書き込みは現実逃避。
複数の人間が様々な角度からそれを撮っているのだから疑いようもない。

もうまるで意味がわからない。チャンピオンまで集団ヒステリーに飲まれてしまったのか…
人々は頭を抱え、恐怖に身を震わせるしかない。

それでも、屋内にいれば大丈夫なはず?
否、そんなことはない。アライズ団は暴徒を扇動し、暴徒は目に付いた建物のガラスを破り、放火して回っている。
街から逃げようとする大量の車に道路は詰まってしまっていて大渋滞、苛立ちに鳴らされるクラクションはパニックの色を余計に色濃く強めていく。

自衛隊の到着にはまだ時間がかかる。
警察に、ジムトレーナーたちに、街を守れるのはたったそれだけ?
当然だ、ここは日本。この規模でのパニックなど誰も想定していない!

街の中心部に位置する大病院へと暴徒の波が迫っている。
病人たちを守るべく引かれた防衛線、その先頭には善子の母の姿。
相棒のドンカラスやワルビアルと共に颯爽と奮戦しているが、いかんせん押し寄せる暴徒の波が多すぎる!!

そして右方、ジムトレーナーの数人がついに鈍器で殴り倒され、警官たちが構えたライオットシールドがアライズ団のローブシンに突き破られた!


631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:10:19.27 ID:ha7ZcpN9o
「まずい…!」


善子の母は狼狽に声を上げている。
視線を逸らしたその一瞬、敵陣から躍り出たカブトプスの刃がその首へと迫っている!!
息を飲む、反応が間に合わない。まだまだ心配な、最愛の娘の顔が脳裏をよぎり…


鞠莉「ギャロ~ップ!“Wild Charge”!」


炎を纏った駿馬が駆ける!その身からはさらに、爆ぜる荒雷までが迸っている!
ギャロップのワイルドボルトが炸裂し、カブトプスの体を強かに弾き飛ばして善子の母を救ってみせる。
目に鮮やかな金髪に金眼、炎馬の背に腰掛けた美少女、その姿はなんともファビュラス。
小原鞠莉が颯爽、乱入を果たしている。


鞠莉「チャオ~♪」

「小原、鞠莉さん…助かったわ、ありがとう。だけど…!」


間一髪での救命に感謝を一言、しかし善子母の顔から狼狽は晴れない。
自分は救われたが、右翼が突破されてしまったことに変わりはない。
まずはドンカラスを妨害に差し向け、自身はドラピオンを繰り出している。

632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:10:48.38 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉はギャロップの背にあって、たてがみの炎に身を焼かれていない。
よく懐いている。ポケモンとの間に信頼を築けている証だ。
ただ、善子母の見立てでは鞠莉の腕前はバッジ6~7個級。
優秀だ。足しにはなる。だが、戦況を大きく打破する戦力には成り得ない。

だが、鞠莉は不敵に含み笑いを。
均衡が破れれば病院へと雪崩れ込み、何もかもを破壊してやろうと手ぐすねを引く悪党たちへ、バッと芝居がかって両腕を広げてみせる。


鞠莉「アライズ団と、それにオマケのみなさん。今日マリーはね、あなたたちにリベンジに来ました!」


「どうせ雑魚だ、やっちまえ」
そんな声が暴徒の中から湧き、ゲラゲラと知性のない笑い声が上がる。
美しくスタイルの良い鞠莉を邪な目で見ている者も少なくない。
だが鞠莉は動じず、プロレタリアを哀れむかの如く、悠と上位者の笑みを浮かべている。

パシと手鳴らしを一つ響かせ、よく響く声で朗々と言葉を続ける。

633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:11:15.13 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「この前は私の就任パーティーをあなたたちのCMに使われたでしょう?だからね、今日は私の番」


鞠莉が手を挙げると同時、上空へと大量のヘリが飛来する。ピンク色のセレブリティな?
いや違う、灰色で無骨で、機能性と戦闘力に溢れた軍用ヘリが数十機!

唖然と見上げる人々へ、鞠莉は誇示に両腕を広げ、口元を三日月に笑ませてみせる。


鞠莉「オハラコーポレーションは大打撃を受けました。だから新事業を始めたの。ザァッツ…PMC(民間軍事会社)オハラフォース!!」


降下、降下、降下、一糸乱れず迅速に、精強に鍛えられた軍人たちが降り立つやいなや、暴徒鎮圧用の神経弾が込められたアサルトライフルを構えつつポケモンを繰り出していく。
ドサイドン、ブーバーン、エレキブル、オノノクス、モジャンボ、ヒヒダルマ、etc.
戦闘用として高い性能を持つポケモンたちが続々と繰り出され、暴徒を正面から睥睨している。
時を同じく、都市内の各所へとオハラフォースが降下している。その兵力は1000を越えていて、装備も戦術も最新鋭。
オハラフォースとの敵対はイコール、米軍一個大隊との対峙と同義。

彼らは黙し、指示を待ち…

鞠莉は手へ、少女の手には少し大きい、黒く厳つい無線機を握っている。

634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:11:41.90 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「目には目を、歯には歯を?ノンノン。拳には銃を、クリムガンにはボーマンダを。暴徒には軍隊を!」


くるりと踊るように言い放ち、無線機を口元へ。


鞠莉「Let's Rock」


一斉に火を噴く!!
図に乗った暴徒たちなど相手にはならない。扇動に徹していたアライズ団の精鋭たちが前へと出て応じ、戦局は激化の一途を辿っていく!!

弾火が飛び交う戦場、その傍らで、小原鞠莉は優雅かつ不敵に笑みを浮かべてみせる。


鞠莉「蛇の道は龍デース。チャイニーズマフィア“洗頭”? stfu feeder. オハラファミリーを侮った罪科、その血で贖わせてあげます」


眼光鋭く、ここにもまた怪魔が一人。

戦闘ジャケットに袖を通し、手にしたタブレットには衛星からの情報、市内の戦局図。
俯瞰に即座、自身が向かうべきポイントを見定めてギャロップへと指示を下し、駆ける!


一方、市内の別箇所では。

635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:12:15.96 ID:ha7ZcpN9o



善子「なっ、なによ、これぇ…!」

花丸「善子ちゃん、マルにも見せて!……うわあ、本当ずら…」

梨子「絵里さん…」


ロクノジム内、善子たちはパソコンの画面を見つめている。
そこにはネット上、絵里がツバサと共に誰かを追っている姿が映し出されていて、絵里たちの前方に小さく映っているフライゴンはきっとにこだろうと梨子は判断している。

つまり、絵里はなにかしらの理由で敵に回ってしまったのだと理解する。
だとすれば、それは凄まじい脅威だ。


梨子「……ダメね、何度やっても繋がらない」


リーグ本部や警察、にこや真姫の電話など何箇所にも掛けてみているのだが繋がらない。
基地局が襲われたかなにかしらの妨害か、電話がまるで繋がらない状態なのだ。
梨子の機械方面の知識は十人並み。なにがどうしてという理由はわからないが、とにかくこれでは身動きが取りにくい。

今は一体、どういう状況なのか…

気になるのはついさっき、一瞬感じた奇妙な感覚。
まるで心の中の欲求を掴まれ、前面に引き出されるような。
その感覚は今も、ずくずくと疼くように続いている。

テレビでは集団ヒステリーと伝えているが、本当にそうなのだろうか?
綺羅ツバサの脱獄、アライズ団の暗躍…

梨子は賢い少女だ。
直感と考察と、四天王として知らされている情報を統合し、状況を大まかに推察する。


梨子「ウツロイド…洗脳…?」

善子「ねえリリー、顔が怖いわよ」

梨子「…ッ!触らないで!!」

善子「へ!?ご、ごめん!」


肩に触れようと善子が伸ばした手を、梨子は気色ばんだ表情で拒む。
善子と花丸は驚いた顔をしていて、梨子は申し訳なく思うと同時に触れられなかったことに安堵する。

ウツロイドによる洗脳という仮説、梨子が正解を導き出せたのは大きなヒントがあったから。
それは自分の状態。何故可愛がっている善子との接触を拒んだのか?

答えは簡単、可愛がっているからこそ。
心に燻ぶる衝動に下唇を舐めている。もし今、触れられていたら…

636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:14:00.24 ID:ha7ZcpN9o
そんな不穏を断ち切るように、梨子は両手で自分の頬をピシャリと叩いた。
気休めかもしれないが、理性にしっかりと筋を通せたような気もする。


花丸「梨子さん…?」

梨子「……なんでもないよ、驚かせてごめんね、よっちゃん、花丸ちゃん」

花丸「あ、よかった。いつもの梨子さんずら…」

善子「お、脅かさないでよ…まあいいけど」


そこでふと、花丸が時計を見つめて首を傾げる。


花丸「……曜さん、トイレから戻ってくるの遅くないかなあ」

善子「…本当ね。もう10分近い。便秘かしら?」

花丸「善子ちゃん、そういうのはもうちよっとオブラートに包むずら」

梨子「………」


ウツロイドの怪電波は悪だけでなく、不安定な心に作用する。
梨子は一点の曇りもなく善人だ。だが、揺さぶられている。それは心の内に秘匿したちょっとしたアブノーマル性から。

だとすれば、曜は。

梨子は自分のするべきことを見定め、善子と花丸の二人へと真剣な眼差しを向ける。

637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:14:27.40 ID:ha7ZcpN9o
梨子「二人とも…私、行かなきゃいけない」

善子「り、リリー…」

花丸「……そうだよね、梨子さんは四天王だもん」


途端に、二人の顔に不安が宿る。
まるでオハラタワーの再現、いや、それ以上のパニックに包まれた街の中で二人が心を平常に保てていたのはそばに梨子と、それに曜がいるという安心感からだ。
だが、その安らぎが今離れていこうとしている。

二人は顔を見合わせ…しかし、力強く頷きあう。


善子「行ってきて、リリー。私とずら丸は大丈夫!」

花丸「二人で頑張ります!善子ちゃんとだとちょーっと不安だけど」

善子「なんでよ!守ってやんないわよ!」

花丸「冗談冗談♪」


大丈夫だ。あの日の死線を潜り抜け、二人の心は強く成長している。
戦闘の腕前も向上していて、攻撃型の善子と守備型の花丸は良いコンビ。何かが起きてもきっと切り抜けられるはず。

638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:14:53.09 ID:ha7ZcpN9o
梨子「曜ちゃんにきっと何かが起きてる…私は探してみるね。ここも今はシャッターが降りているけど、どうなるかわからない。二人で考えて、二人で動いてね」


告げ、梨子はジムを後にする。
通りすがりの暴徒やアライザーを苦もなく一蹴し、梨子は周囲の建物を手早く見渡す。


“温泉気持ちよかったー!今からロクノに向かうね~!”


曜と梨子とのグループ会話へ、千歌からそんな連絡が送られてきたのは数時間前だ。
つまり、じきにロクノへと千歌は帰ってくる。
そんな状況で曜が向かう場所は?


梨子「曜ちゃん…っ!」


梨子の中に焦燥が募る。

自慢ではないが、千歌と曜の二人のことはよく知っている。
もちろん知り合ってからまだ日は浅い。知らないこともまだまだ多い。
けれどこんな時、追い詰められた曜がどうするかはわかる。

最寄り、最も高いビル。
梨子はバシャーモを繰り出し、抱えられた姿勢で屋上へと駆け上る!!

そこには…

639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:15:25.85 ID:ha7ZcpN9o
梨子「……やっぱりいた。曜ちゃん」

曜「………梨子、っ、ちゃん」


よろ、よろと足取りも怪しく、曜は屋上の縁、鉄柵へとその手を掛けている。

曜は心の中に幼馴染、高海千歌への強すぎる想いを飼っている。
それは秘されるべき、誰にも知られてはならない感情で、一時は千歌と仲良くする梨子のことを恨みまでした。

そんな怪物を飼っている曜がウツロイドの洗脳波を受ければ、千歌への想いは激烈な欲求へと姿を変える。
全てを薙ぎ倒し、千歌自身の意思を無視して、暴力で捩じ伏せてでも自分のものにしてしまいたい。そんな破滅的な欲求が。

だとして、曜はどこへ向かう?
千歌が戻ってくると知っているのだから、ハチノタウン方面へのゲートへ?
帰ってきたところを襲い、拒むなら叩きのめしてモノにする?

否。

640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:15:59.11 ID:ha7ZcpN9o
梨子「……違うよね、曜ちゃん」

曜「う、ううっ……!りこ、ちゃん…そこを、どいて…!」

梨子「曜ちゃんは本当に…本当に、優しい子。千歌ちゃんはもちろん、私にも迷惑をかけたくないと思ってる」

曜「そこを…退けっ…!!桜内梨子ッ!!!」

梨子「………ダメだよ曜ちゃん。絶対に退けない。だって曜ちゃんは…ここから飛び降りようとしてるんだから」

曜「ぐ…あっ…!お願い…お願いだから…!梨子ちゃん…っ…!!」


渡辺曜、現在の所持バッジは海外と国内を合わせて18個。
そう、アキバ地方のバッジをも悠々と集め終えている。
千歌への遠慮から使っていなかったレギュラーメンバーへとボールの全てを持ち替えていて、その実力は確実に四天王級。

思いのままに暴れればどれだけの被害が出るだろう。
千歌を捩じ伏せて意のままにするまでに、どれだけの血が流れるだろう。

曜は決してそれを望まない。

641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:16:25.71 ID:ha7ZcpN9o
曜が考えるのは、(誰にも迷惑をかけないようにしなくちゃ)と。

(善子ちゃん、花丸ちゃん、梨子ちゃん…もちろん千歌ちゃんにも、絶対に迷惑はかけたくない)と。

突き上げる衝動を意思で抑え込めるうちに、朦朧とする意識で目指すのは付近の天頂。
高層ビルの屋上から身を投げて全てを終える。そうすればもう誰にも迷惑はかからない。


梨子「飛び降りるのは怖くないもんね、曜ちゃんは」

曜「早く…っ、早くしないと!!もう!!あ
あっ、千歌ちゃ…千歌…!千歌っ…!!」

梨子「でも曜ちゃん、飛び降りていいの?」

曜「……な、…にが…!…?」

梨子「実は私も…千歌ちゃんの事が好きなの。恋愛対象として。心の底から愛してる」

曜「…………」

梨子「一つ、教えてあげる。オハラタワーの後、曜ちゃん、病院で千歌ちゃんと喧嘩したでしょ?」

曜「…………したよ」

梨子「あの時ね、私…」


梨子は浮かべる。
勝利者の、略奪者のする笑みを。


梨子「奪っちゃった。千歌ちゃんの、ファーストキス」

642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:17:55.14 ID:ha7ZcpN9o
曜「………は?」

梨子「もう一度言うね。千歌ちゃんと、唇と唇をくっつけあったの。キスをしたの」

曜「千歌ちゃんの…千歌ちゃん、初めての…」

梨子「曜ちゃんが十何年もかけてできなかったことを!たった一年も経たないうちに!!」


ブチン!と、何かが切れたような。
そんな聞こえるはずのない音を、梨子は確かに幻聴する。
曜の目には確と。これまで抑え込んでいた狂乱がありありと現れている。


曜「桜内梨子……お前を、そこから、叩き落とす」

梨子「曜ちゃん、あなたは恋で負けて、ポケモンでも負けるの。思い知らせてあげる。格の違いをね」


梨子は穏やかな少女だ。
抱いたアブノーマルさもあくまでひた隠しにしていて、本来ならばこんな風に相手を煽れる子ではない。
それが今、曜の気持ちを向けさせるためとはいえここまで挑発な物言いができるのは、やはり少しではあるがウツロイドの毒に当てられているからだろうか。
だが今はそれでいい。


梨子(自殺なんてさせないよ。衝動は怒りに変えればいい。全部受け止めてあげるから!)


梨子はそのままバシャーモを。
曜はルカリオを繰り出して、そしてお互いの手首には進化の輝き!!


梨子「……メガシンカ」

曜「メガシンカ!!!!」


紅炎が降り、戦鳥はその両腕へと炎熱を赫とたなびかせる。
蒼気は昇り、闘士はその体表へと波動の黒をより濃く刻む。

共にフォルムがより攻撃的に、戦闘へと最適化され、発される闘気は梨子と曜の抑えられない戦意そのもの!!

瞬気、堰を切った拳がぶつかり………

衝撃が一帯のガラスを微塵に叩き砕く!!!
開戦!!!!

643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:18:21.12 ID:ha7ZcpN9o



都市中枢、人々が娯楽にファッション、飲食にと行き交う目抜き通り。
アライズ団の目的は騒ぎを大きくすること。となれば当然ながら、人々が多く集まる場所は格好の標的となる。

騒動の勃発から少しの時が立ち、既に広場に悲鳴はなく、横たわるのは累々の犠牲者たち。
空には黄黒の渦。グワングワンと羽音が建物に反響し、その中央にはあんじゅのビークインを駆るアライズ団の精鋭が一人。

団の主力は三幹部、鹿角姉妹、それだけかといえば無論そんなことはない。
元紛争地帯の傭兵上がりだの、元は要人のSPだのと高い戦闘技能を有した人材も大勢いて、そのうちの一人、屈強な体格の男が停車したバスの上でスピアーの群れを操っている。

市内を飛び交うスピアーの数は数えきれないほど。
その中でもとりわけその団員の周囲は蜂の密集地と化していて、オハラフォースの歩兵たちや対地ヘリが放つ鎮圧弾もスピアーの壁に阻まれて届かない。

その様子に暴徒たちは俄然勢い付き、まるで統率の取れていない鬨の声をやんやと張り上げていて…


【━━━ポイントK12、投下】

644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:19:38.51 ID:ha7ZcpN9o
【━━━投下、確認】


オハラフォースのヘリ、その一機から降る人影は決戦兵器。

乱狂の群衆たち、背後へすたりと降り立った青。
ざっくりと束ねたポニーテールが雑踏に靡き、垂れ気味の愛らしい瞳は紫。

四天王、松浦果南がそこにいる。

「ねえ」と暴徒たちの後尾にいる一人の肩をトントンと叩き、さもここが地元、ウチウラかのような気軽さで問いかける。


果南「あなたたちさ、千歌を泣かせたんだって?」

「はあ?誰だそr


鮮血。
頭を掴んで膝頭へと叩きつけている。鼻がひしゃげて陥没している。
果南はそれを打ち捨て、隣に問う。

645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:20:04.84 ID:ha7ZcpN9o
果南「曜にも大怪我させたんだってね」

「な、なんだおま


顔からアスファルトへと落ちる。
襟を掴んで持ち上げ、力任せにぶつけ潰した。この世から受け身の概念を抹消するような修羅の一撃。
道路には血溜まりが広がっていて、痙攣する男の手足だけが辛うじて息があることを示している。

果南が口を開く。


果南「梨子にと迷惑かけて、ルビィたちを追い詰めてさ。前の日、ダイヤは不安で押し潰されそうな声で電話をしてきたんだ。鞠莉を助けてって」

「この…っ、クソアマが!!舐めんじゃねえぞ!ああ!?いい気になってりゃゴチャゴチャと、いいか、今から最高の恐怖ってモンをその頭に

果南「“かみくだく”」

646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:20:33.20 ID:ha7ZcpN9o
素早く繰り出されたオーダイル、ワニ型ポケモンの大顎が無慈悲に閉じられる。

威勢良くがなり立てていた男は首から上を、果南のオーダイルの口内へすっぽりと飲み込まれている。
ぶら下がった体はビクリビクリと痙攣していて、生きているのだろうか?
多分、一応、生きてはいるのだろう。

果南は左手のミネラルウォーターをぐびりと一口、同時に群衆がざわめき立つ。


「や、やりやがった…!」
「こいつ、松浦果南だ!四天王だ!」
「なんだって!?」

果南「あ、そうそう。確かめてなかったけど、あなたたちってアライズ団でいいんだよね?」

「お、俺は違う!アライズ団でもアライザーでも


否定しようとした男の顔を、果南の拳が真正面から撃ち抜いた。
彼らの顔を見ていない。声を聞いていない。
一応なんとなく尋ねているが、答えを聞く気はまるでなし。


果南「まあ、どっちでもいいんだけどね」

647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:21:01.54 ID:ha7ZcpN9o
松浦果南の愛は深い。

幼馴染の千歌と曜、果南ちゃん果南ちゃんと慕ってくれる二人のことを心底から可愛く思っている。
ポケモンたちと千歌と曜。みんなで一緒に海で泳いで、上がったらアイスを齧って、太陽に熱された田舎道に転がって冷えた体を温める。
花火をしたり、ゲームをしたり、くだらない遊びで笑いあったり、果南の原風景にはいつも千歌と曜の二人がいる。

冗談でも誇張でもなしに、二人のためなら命を張ったっていい。それぐらいに可愛がっている。

そんな大切な身内を傷付けられた。
愛の大きさに比例して怒りの深度は黒を増す。

ただし果南の場合、その感情は狂気や悪を呼ぶ憎しみとは違う。

怪電波に揺らぐ要素もないほどに、混じり気なしの純度100%。
ただごくシンプルに、キレている。


果南「だってどうせ、全員ここで潰すからさ!!!オーダイルッ!!!」

『ダァァァイッ!!!!』

648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:21:29.32 ID:ha7ZcpN9o
“れいとうパンチ”の凍気が爆ぜる!

オーダイルが地面へと拳を叩きつけ、そこから尖った氷塊が隆起している。
数人が巻き込まれて跳ね上げられ、逃れようと割れる暴徒たち、その合間へと果南が躍り込んでいる。

群衆の後尾に付いているのはポケモンさえ繰り出していない有象無象。
しかし手にはバットや角材を握っていて、彼らは一斉にそれを振り上げる。
ポケモンが強かろうが人は人。トレーナーを殴り殺すにはこれで十分!

が、果南は四天王の中でもきっての武闘派。この程度ではまるで動じない。

既に新たなボールを展開していて、そこから現れたのは貝の鎧兜を身に付けた四足獣ダイケンキ。

兜の淵に覗く眼光は海鬼。
貝の刃で果南への攻撃を受けて流し…返して一閃。

集う悪漢を悉く斬り捨てる!!


果南「うん、いいね!」


合間、ポケモンへと向ける笑顔は掛け値なしに優しく愛らしい。
転じ、敵へと向ける眼光は冷たく燃えてまさに羅刹。

オーダイルは顎に爪にと彼らを蹴散らし、叩き放つ“アクアテール”に水柱が爆ぜる!!

まるで容赦のない暴れぶりに、暴徒ではどうにもならないとアライズ団の精鋭たちが果南へと殺到する。

同時、この通りの戦線におけるアライズ団側のリーダー格、ビークイン使いの男が果南の存在に気付いている。

今は撹乱役を果たすためにビークインを使っているが、本来の彼はでんきタイプのエキスパートトレーナー。
マルマインやシビルドンを両隣へと展開し、四十絡みの厳つい顔相に真剣な光を宿している。そして野太く吼える!


「歓迎するぞ松浦果南!!我が人生、その全てを今ここに賭す!!」

649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:21:55.70 ID:ha7ZcpN9o
悪であれ、一人のトレーナーであることに変わりはない。
四天王という大壁を目の前に、挑戦の機会を得た喜びに胸を震わせている。

水タイプのオーソリティーである四天王、対して電気タイプの使い手である自分なら勝ち目はある。
スピアーの群れで物量戦を仕掛け、隙に雷撃で一匹ずつ落としていけばいい。

仮に四天王の一角をここで落とせば、計画は大きく前進する!!

…そんな男の覚悟もプライドも、果南には何の関係もない。
ビークインを連れている男が三幹部に次ぐ実力者だとか、殺到するアライズ団の精鋭たちの中にはバッジ7個クラスのトレーナーもいるだとか、そんな全てを一括にぐるりと見渡し、ただこう捉えている。

“雑魚が多いなぁ”と。


果南「うーん、一気にやっちゃおう。カイオーガ」

『ぎゅらりゅるゥゥゥゥ!!!』


“海底ポケモン”ことカイオーガが現れ、高らかな咆叫に空が揺れる!

650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:22:48.02 ID:ha7ZcpN9o
もちろん果南の切り札だ。
それをポンと、ごくごく気軽に繰り出している。

温存だとか様子見だとか、果南はその手の出し惜しみをしないタイプ。
その戦闘思想は攻めて、攻めて、攻めて攻めて攻める!!!


果南(攻めてれば攻められないからね。なんていうんだろ、効率的?っていうか…そんな感じ)


統堂英玲奈との戦い、果南は血気に逸り敗北を喫してしまった。
鞠莉からは脳筋とからかわれ、(落ち着いてじっくり攻めてれば…)と自分自身しっかりと反省もした。

それから後のしばらくも、果南は英玲奈との戦いの敗北を突き詰めて考え続けた。どうすれば勝ててたかな、と。

そして出した結論。


果南「でもよく考えたら結局さ、もっと早く叩き潰せてればよかったんだよね。うん」


辿り着いた答えは戦略を深めることではない。もっと攻めるべきだった。

もっと火力を!!!

要するに、テッカグヤを始めとする鋼ポケモンたちに翻弄され、粘られてしまったのがいけなかった。
統堂英玲奈が不死身だろうとなんだろうと、どうしようもないほどの水圧で押し流してしまえばよかったのだ!

それからの数ヶ月、四天王としての職務の合間に激しい鍛錬と探索を。

日程の合間を縫っては各地方の海を巡り、ついに海底に見出したのはカイオーガの力の根源、“藍色の玉”。

そして果南とカイオーガは手にしている。あの時は使えなかった、新たなる力を!


果南「ゲンシカイキ!!!!」


651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:23:17.22 ID:ha7ZcpN9o
“藍色の玉”へとヒビ走り、浮かび上がる“α”の文様。
海の王者たる雄大のシャチ、その全身へと力の紋様が克明。
そしてカイオーガは太古……全盛の姿へと回帰している!!!!


『ギュラリュルゥゥゥゥウアアアッッッ!!!!!!』


途端、都市の空からバケツを覆したような豪雨が降り注ぐ。
天高く黒雲、轟く雷鳴。
豪雨は水量を増し、やがて濁流へ、瀑布へと姿を変える。
その水をカイオーガが周囲へと留めることで巨大な水塊が形成されていく。

その水量はたちまちに100tを越え、1000tを越え、さらに増し…


「馬鹿な…」


呟いたのはビークインを操る男。
高らかに開戦を宣じてみせた彼の意気は、既に絶望に消え失せている。

スピアーの群れ?電気タイプで攻撃を?
全ての細工は無駄と知る。

四天王、松浦果南は…規格外だ。

652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:23:46.77 ID:ha7ZcpN9o
小規模なビルほどに膨れ上がった膨大な水塊。
その上から、果南とカイオーガは暴徒たちを睥睨している。

いつの間にか、オハラフォースたちの姿はない。
息のある怪我人だけを手早く回収し、数ブロック離れた場所まで急速に撤退している。

何故物々しく、【投下】だのと無線を交わす必要があったのか?
理由は光景へと、雄弁に語られる。


果南「色々とムカつくから…反省しなよ。水底でさ!」


圧倒!!!!
絶望の波濤が悪党たちを押し包み、手にした武器も銃も、連れているポケモンも、何もかもをないまぜにして道果てまで押し流した。


果南「うん、お疲れ様、カイオーガ」

『ぎゅらりゅううっ』

果南「よしよし、ハグしてあげるね。オーダイルもダイケンキもね!」

653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:24:14.11 ID:ha7ZcpN9o
車両も標識も街路樹も、全てが押し流されて更地になった道のど真ん中、果南はポケモンたちを優しく抱きしめてひとまず労う。
三体をボールへと収め、カイオーガを引っ込めた瞬間、未だ渦巻いていた膨大な水流は見る間に引いていく。

果南とカイオーガの水のコントロールは豪胆にして精密。
掛け値なしの戦闘不能へと追い込みつつも、一応は悪党たちを殺さないようには気を使ったつもりだ。
もちろん従っていただけのポケモンたちも巻き込まれているが、基本的に人よりは丈夫、これくらいなら死にはしないだろう。

スピアーたちを狂わせるビークインを打倒できたことは大きい。が、全体に及ぼす影響はほんの微々。
ぐぐ、と両肩を動かしてほぐし、果南は瞳に気合を込める。


果南「うん、準備運動にはなったかな」


そしてオハラフォースのヘリへと拾い上げられ、次を待つ。
ロクノシティは大都市だ。いくら果南とゲンシカイオーガの制圧力が圧倒的とはいえ、一度に潰せるのは広大な中の数ブロック程度。
ならば戦況の把握を空で待ち、有効な局面への投下に備える。

故に、果南こそが鞠莉の決戦兵器なのだ。


果南「うーん、使われてるなあ…今度なんか奢らせなきゃ」


ぼやいて苦笑、果南は夜空へと舞い戻る。

654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:24:44.14 ID:ha7ZcpN9o



ロクノシティは立地が悪い。
四方を山々に囲まれた盆地で、夏は暑く冬は寒く、決して恵まれた土地ではない。

そんな土地に大都市が発展したのは戦国に有力大名を輩出したためで、そこから脈々と続く数百年に様々な策を講じながら人口を集めてきたおかげ。
現代では巨大な歓楽街がその一端を担っていて、ショッピング、グルメ、ショウビズにスポーツ観戦、ギャンブルから風俗まで。
アキバ地方に集う娯楽の全てがここにあるとまで言われる都市だ。
だからこそ気候の厳しさと交通の不便を飲み込んでまで、人々が集い大都市となっている。

…と、なぜ今そんな街の成り立ちを述べるのか?

それはロクノシティの交通の不便を記すため。
とりわけ西方、ハチノタウンとの道は山際に築かれたトンネルで繋がれていて、そこにはトンネルを管理するための巨大なゲートが設けられている。

655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:25:20.12 ID:ha7ZcpN9o
では仮に、その門が壊されてしまえばどうなるか。

ハチノ方面から市内へと入るために険しい山道を越える必要が生まれ、二、三時間ほどの時間のロスが生まれる。
つまり、暴動を鎮圧するために送られる自衛隊の陸路での到着を阻害することができるのだ。

そんな格好の標的があって、アライズ団がそこを狙わないはずがない。
暴徒にアライザー、団員たちがポケモンを繰り出し、ゲートを破壊してしまえと総攻撃を仕掛けている。

迎え撃つのは警官隊と、その先鋒に一人、気高く立つ赤髪の少女。
ポケモン博士、西木野真姫だ。

アキバ地方、ポケモン研究の権威がいれば寄る敵波も恐れることはない…
いや、事はそう簡単ではない。


真姫「…はっ、…はぁっ…数が、多すぎる…!」


前線、警官隊の構えた盾に庇われつつ肩で息をしている。
一体何匹のポケモンを退けただろうか、だいぶ前に数えるのはもうやめた。

ポケモン博士だからといって、必ずしも戦闘に長けているわけではない。
フィールドワークでどうにか自衛ができる程度の博士もいれば、リーグチャンピオン級の腕前の博士もいる。

例を挙げれば真姫の父、ニシキノ博士は戦闘はからっきし。
ポケモンを医療に活用するための研究がメインなためか、娘から見てもその戦いぶりはなかなかに拙く危なっかしい。

そんな父に対して、真姫は博士たちの中でも相当に使える方。
おそらくジムリーダーほどの腕前は有している。
ただ、絵里や四天王のようにデタラメな戦力ではない。あくまで常識的な範疇だ。

656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:25:47.22 ID:ha7ZcpN9o
倒しても倒しても湧いてくる敵へ、真姫は傍らのシャンデラへと何度目かわからない指示を下す。


真姫「“オーバーヒート”っ!!」

『シャルラララ…!!!!』


幽火炎上!!!!

真姫とシャンデラの十八番、放たれた灼熱は敵陣の一角を焼き落とす。
しかし…すぐさま、後ろから新手が現れている。


真姫「……っ、」


キリのなさに歯噛みをしつつ、真姫はリボルバーの装填よろしく、シャンデラへと“白いハーブ”、“ピーピーエイド”を与えている。
オーバーヒートの過剰加熱に低下した炎熱コントロールをハーブで治癒し、技を繰り出すためのエネルギーが尽きたのを回復させている。


真姫「ポケモン博士、舐めないでよね…!」


警官隊は十数人、まだ生きて防衛戦を張っている。
だが彼らのポケモンは数えるほどしか残っていない。
今もまた一匹のウインディが倒され、実質的な最終防衛線は、真姫のか細い双肩に掛かっている。

657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:26:46.99 ID:ha7ZcpN9o
それでも真姫は決して退かない。

連絡の取れないにこや、洗脳されてしまったらしい絵里と希。
電話自体が繋がらないのだから他の四天王たちにも連絡を取れず、誰にも頼れない状況で毅然とゲートを守り立つ。

自衛隊の到着を待つため?
違う。真姫には自分の信じる、確固とした希望がある。

穂乃果、海未、ことり。
あの三人なら、きっと覆い被さる巨大な闇を振り払ってくれるはずだと確信している。


真姫「穂乃果たちが戻ってくるまで、このゲートは絶対に壊させないんだから…!!」


包囲を狭め、迫る敵たち。
真姫は怯まない?…いや、怯んでいる。

気高く気丈な真姫も、所詮はまだあどけなさの残る少女。
悪意と狂気を露わに迫る敵を目に、気を抜けば目尻に涙が滲みそう。負ければ全てが終わりかねない責任の重さに体の奥が震えて仕方がない。

658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:27:16.36 ID:ha7ZcpN9o
だけど。

一つ年上、穂乃果たちの顔を思い浮かべれば、頑張らなくちゃと自分を鼓舞することができるのだ。
いつだって、どんな時だって。そうやって頑張ってきたから今の自分がある。

真姫は深呼吸一つ。
シャンデラはそのままに、新たに二匹のポケモンをボールから解き放つ。


真姫「ジャローダ、ポリゴン2」


王の草蛇、ジャローダはミカボシ山でその力の一端を見せている。
そしてもう一体、新手は人工的に生み出された“バーチャルポケモン”、進化体のポリゴン2だ。
このポリゴン、もう一つ進化先がある。
だが真姫はあえて2のままで留めていて、その理由は“しんかのきせき”という道具を持たせることで生み出される高耐久。

並み居る敵のポケモンたちから、火炎放射に10万ボルト、冷凍ビームにその他諸々、相次いで放たれる高威力の攻撃!
しかし真姫のポリゴン2はその全てを後ろへと逸らさず受け切ってみせる!

659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:27:48.95 ID:ha7ZcpN9o
『きょわわわ…』

真姫「ありがとう、ポリゴン2。シャンデラ!ジャローダ!全力でオーバーヒート、リーフストームっっ!!!」


灼熱と緑嵐が敵陣を襲う!!!

単発で攻撃したところで易々と大きなダメージは与えられない。
なら、相乗を。
オーバーヒートだけでなく、草葉のエネルギーを広範囲に撒き散らすリーフストームを重ねることで炎上した葉を盛大に撒き散らす。

これもまた真姫の得意とするコンビネーションの一つなのだ。

炎葉が舞い、焦る敵を撫でて押し包み…

瞬間、その全てが千々に散る。
炎と草々と、それに集った悪漢たちをも遥か空へと弾き飛ばす。

それはある意味、最もシンプルでプリミティブな力なのかもしれない。

無色透明、純粋なる力の流動。
それは圧倒的なサイキックエネルギー。
それは万象を統べ、跳ね除けてみせる力。

まさに超常。
アキバ地方で最上のサイキックトレーナーが、真姫の目の前で、壊れたブリキ玩具のように嗤っている。


希「は、ふふ、楽しそうなことしてるやん、ひ、は、…真姫ちゃん?」

真姫「………っ、希…!」

660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:28:18.25 ID:ha7ZcpN9o
「やった…助かった!」
「四天王だ!東條希が来てくれたぞ!」


何も知らない警官たちは、悪漢たちが一蹴されたことに歓喜の声を上げている。
無理もない、あれほどの劣勢が覆ったのだ。気が緩み、状況を好意的に認識したくなるのが人の情。

だが真姫は希をよく知っている。
こんな歪な笑い方をする少女ではないと知っている。

希はボールからポケモンを展開していない。
じゃあ一体、どうやってアライズ団や暴漢たちを跳ね上げたのだろうか?

真姫が抱いた疑問、その答えは一瞬で示される。
「邪魔や」と一声、希が平泳ぎをするように両腕を掻き分けるのに応じ、警官たちが両脇へと勢いよく跳ね除けられたのだ。


真姫「……洗脳で、希自身のサイキックが強化されてる。脳のリミッターが外れてるのね」

希「ま、そんなとこやねえ?デオキシスを連れてるのも関係あるかも。強力な力は周囲の力場にも影響を与えるからね」


盾はなくなり、真姫は無防備に。そして迫るは希の笑顔。

661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:28:45.63 ID:ha7ZcpN9o
希「く、ひあ…は…!真姫ちぁん。ちょっとイイことして、ウチと遊ぼか?」

真姫「希……」


真姫は希の笑顔が大好きだ。

ふんわりと静かで優しく、大声で笑っていても周りに気遣いと慈しみの目を向けているような月光。
だが今の希の笑顔はまるで別物。
本人が元から持ち合わせている負の部分ではなく、外側から無理やり植え付けられた悪意、そんな印象。

(止めてあげなくちゃ。私が止めて…)

友達を救いたい、その思いは燃えるように強い。
だが…真姫は優秀だ。戦う前から理解してしまう。


真姫(勝てない!怖気付いたわけじゃない、怯えてるわけじゃない。どんなにどう考えたって、今の希に私が一人で勝てる方法は…!)


首を掴まれる!!
素手ではない。希はまだ少し離れた位置にいるにも関わらず、不可視の腕に、希の念力に真姫は首を掴まれてしまっている。


真姫「か…っ…!」

希「抵抗、しないん?っふ、…はあ…イイ顔するやん」

真姫(殺さ、れ…っ!)


駆け寄る足音!!


穂乃果「だりゃああああっ!!!」

ことり「てえええ~いっっ!!!」

662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:29:30.13 ID:ha7ZcpN9o
猛ダッシュ!からの全力で、二人肩を並べてヒロイックに放つはジャンプキック!!
真姫は思わず驚きに目を見開いている!


真姫(穂乃果!?ことり!!?)

希「っと…ほいっ!」


希はそれに動じず、二人へと向けて腕をまっすぐに突き出した。
穂乃果とことりはピタリと動きを止め、そのままゆっくり、走ってきた方向へと押し返されていく。


穂乃果「え、っ、体が、後ろに押されて…!」

ことり「せ、背中が引っ張られるみたい…!?」

希「そのまま、ハチノタウンまで帰るとええよ」

真姫(そんなっ!?)


海未「ジュナイパー、“ふいうち”です」

『ホロロロッ…!!!』

希「おっとおっ!」

663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:29:56.88 ID:ha7ZcpN9o
スタタと、希の足元にジュナイパーの矢羽が撃ち込まれる。
希はそれを後退して躱していて、真姫と穂乃果、ことりは念力から解放され、ドサリと床に膝を付く。

海未はジュナイパーと肩を並べ、油断なく希に目を向けながら穂乃果とことりに呆れた様子で声を掛ける。


海未「相手がポケモンを出してないからと言って、あなたたちまで生身で飛びかかることはないでしょう…」

穂乃果「いやあ、ごめんごめん…つい釣られて」

ことり「ことりは穂乃果ちゃんに釣られて…」

海未「やれやれ…」


やはり荒事には海未が長けている。
希が敵に回り、あまつさえ真姫を締め上げているという意味不明な状況にも動じずに最善の対応を。
希自身がエスパーと化しているならと、ジュナイパーで最速の特効撃を仕掛けたのだ。

それは正鵠を射ていたようで、希は念力で防ぎ止めるでもなく飛び退いて回避している。

と、さらに足音。


花陽「ど、どうなってるのぉ!?」

凛「希ちゃんが敵にゃ!?」

ルビィ「ち、千歌ちゃん、どうしよう?」

千歌「え、え?何が何だか…」

664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:30:25.88 ID:ha7ZcpN9o
三人、四人。
ゲートをくぐり、ロクノシティへと続々辿り着く若きトレーナーたち。

真姫は瞬時、脳内に戦力計算を。
割り振り…まるで足りていない。だが、奇跡を望めるだけの最低限にはこれで達した!


真姫「花陽!凛!私と一緒に戦って!」

花陽「うん、わかったよ!真姫ちゃん!」

凛「よくわかんないけど、真姫ちゃんとかよちんが言うなら!」

真姫「他は全員!今すぐ市内に向かって!希は私たち三人でなんとかするから!」

穂乃果「わかった!」


すぐさま駆け出す!!

穂乃果は迷わない、海未もことりも同様に。
真姫を信頼している。指示を疑う余地は微塵もない!

千歌とルビィは真姫との面識がまだ浅い。ただでさえ異常な状況、すぐさまの判断は難しい。
だが、穂乃果たちとは激戦を潜り抜けた仲。その行動を信じて街へと走る!

と、「穂乃果!」ともう一声。
真姫が小さな袋を放り投げる。キャッチし、穂乃果は首を傾げる。

665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:30:55.40 ID:ha7ZcpN9o
穂乃果「なにこれ!真姫ちゃん!」

真姫「あなた専用に作った“メガシフター”。メガリングの代わりに使いなさい!あとは説明書を読んで!」

穂乃果「…?よくわかんないけどありがとう!」


走りながら開ければ、中にはメガリングと似た形状、しかし少し異なる機構の腕輪が入っている。


穂乃果「代わりってことは、前のはいらないんだよね?じゃあ…千歌ちゃん!パス!」

千歌「へ?うわあ!っと、っと!」

穂乃果「えへへ、ナイスキャッチ!」

千歌「ありがと!これって…うぇえ!メガリング!?」

穂乃果「千歌ちゃんなら使いこなせるよ、絶対!」

千歌「……うんっ、やってみる!」


すれ違いざま、真姫は電波を介さない短距離通信を。
穂乃果、海未、ことり、それに千歌とルビィの持っている通信端末へ、ごく手短にまとめた現在の市内の戦況を送信している。
穂乃果たちの到着に備え、事前に準備してあったのだろう。

不気味に佇む希から遠ざかりつつ、真姫からの情報に目を通し、穂乃果たちはそれぞれの向かうべき方向を見定める。

666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:31:24.40 ID:ha7ZcpN9o
千歌「穂乃果ちゃん、私とルビィちゃんは先に行くね!急いだ方がいい気がする…!」

ルビィ「三人とも、がんばってね…!」

穂乃果「うん!千歌ちゃんとルビィちゃんも気を付けてね!」


手を振って別れ、そして穂乃果と海未、ことりもまた自分の向かう方向を大まかに判断している。
方向は三人ともバラバラ。偶然ではなく故意に。そうするしかない、戦力の頭数が足りていないのだ。

三人は誰からともなく手を重ね合わせ、待ち受けるそれぞれの戦いに健闘を祈る。


穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん、絶対元気で帰ってきてね」

海未「……縁起でもありませんが、そういう穂乃果が一番死にそうな気がしてなりません。迂闊ですから…」

ことり「ふふっ…穂乃果ちゃんも海未ちゃんも、きっと二人は大丈夫だよ」

穂乃果「ことりちゃんは!?」

海未「ことりは!?」

ことり「うん、絶対帰ってくるよ。そして二人に久しぶりにケーキを焼いてあげるんだ。今度こそ約束は破りませんっ」


ぴしっと敬礼をしてみせることり。
キリリとした表情がどうにも不似合いで、穂乃果と海未は緊張の中にも思わず笑いを零している。

重ねた手を離し…頷き、三人は背を向ける。


穂乃果「リザードン!!飛ぶよ!!」


火竜は戦場の空へ!

667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 09:31:53.58 ID:ha7ZcpN9o
そして後方。
真姫、凛、花陽は親友同士で肩を並べ、大敵と向き合っている。


真姫「行かせてよかったの?穂乃果たちは。聞いても仕方ないけど」

希「別に、ウチは何か目的があるわけやないからね。なんとなーく動いてるだけで」

凛「希ちゃん、やっぱりいつもと違うね。なーんか可愛くないにゃ」

花陽「……うん、すごく違う。向き合ってるだけでヒリヒリする…」


希はボールへと手を掛け…


希「まずは一匹目、クレセリアのお出ましや」


“みかづきポケモン”、クレセリアが姿を現わす。
デオキシス統合体を除けば、メガフーディンに次ぐ希本来の主力ポケモンだ。

確実に手強い。希自身のリミッターまで外れていて、底知れない格上だ。
勝ち目は四割?いや…

真姫は歯噛みをし…
ポンと、凛と花陽の手が両の肩に添えられる。


花陽「と、とりあえず…頑張ろうね!真姫ちゃんっ!」

凛「駄目だったら…その時は逃げるにゃ!全力で!!」

真姫「二人とも、頼りになるかは微妙ね…」


くすりと笑い、真姫の肩から少し力が抜けただろうか。

……挑む!!

668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:36:33.30 ID:ha7ZcpN9o



疾る凍閃は“れいとうビーム”、九尾から放つはアローラキュウコン。
その光が道を撫ぜ、突き上げる氷脈は棘走って厳めしい。威容はさながら巨龍の大骨!!

高所、進路先のビルには絵里が投げたボールから最後の一匹が解放されている。
それは伝説のポケモン?
違う。良個体ではあるが、どこにでもいるシェルダーを育てて進化させた、色違いでもないパルシェンだ。
にこが左右どちらに進んだとしても攻撃を浴びせられる位置、鎮座する姿はさながら固定砲台。
舌打ちするにこへ、頭部の突起から尖氷をミサイルめいて射出。三、四、五発と“つららばり”。
その全ては特性“スキルリンク”により連動していて、一発着弾すれば畳み掛けるように全てが殺到するだろう。


にこ「あ・た・る・かあああああっ!!!」


にこの指示に、フライゴンは左右と飛行軌道をうねらせる!
キュウコンのビームに迫り上がる氷山の間を見事に潜り抜け、スピードを緩めることなくビルの大窓へと突入。


にこ「“じしん”ッ!!」


解き放たれた振動エネルギーは伝播し、オフィスフロアの机やコピー機を薙ぎ倒していく。
その狭いスペースをにことフライゴンは敢えて潜り、倒れた諸々を盾に“つららばり”、氷の誘導弾をやり過ごす!

669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:37:08.62 ID:ha7ZcpN9o
ガシャンと反対側のビル窓を突き破って突出、そこへ掛けられる楽しげな声。


絵里「これはどう?」


息つく暇などまるでなし、空から降るはフリーザー。
翼を扇げばまさに蒼絶、巻き起こる氷嵐は“ぜったいれいど”!!
飄風の中に含まれる無数の礫は弾丸か刃か…いや、膨張した礫は氷柱と化し、例えるならばそれは大槍。
放たれたそれは高層ビルの壁面を、まるで剣山のような有様へと変えてみせる。

予備動作が大きく、威力特化に狙いは大雑把。
避けやすい攻撃だ。だが仮に巻き込まれれば、一撃必殺は間違いなし!!


にこ「死んでたまるかッてのよおお!!!」


上へ!
にこは即断、フライゴンは急昇。

ここまでは寒風を切り裂き、高度を徐々に落としながらの前進飛行。
そしてビルから飛び出し、いきなりの上昇だ。ピッタリ90°、戦慄の直角軌道!
となれば、にこの身体に掛かる負担は強烈。しがみついた腕が徐々に弛み、やがて…

耐えきれず、離してしまう。


にこ「あ……」


瞬間、息を飲む。

小柄な体は宙へと投げ出され、ふわりと味わう無重力の錯覚。
そのまま落下すれば死は確実…が、にこの身体はさらに上へと跳ね上がる!


にこ「ぐっ…ぎいっ!!」


苦痛ににこの顔が歪む。その左手首には銀手錠。
鎖はジャラリと真上に伸びて、もう片輪が繋いでいるのはフライゴンの左手首。にこは緊急の転落防止に、自分とフライゴンの手を繋いでいたのだ。

だがそれはあくまで応急。
落下はせずに済んだものの、一瞬の落下からフライゴンの全速に引っ張り上げられ、にこの左肩はゴルリと音を響かせて脱臼してしまっている。激痛!


『フララッ!!?』

にこ「大丈夫……~っ、じゃないけど大丈夫!!一瞬でもスピード落としたら後でデコピンするわよ!!」

『ラァイッ!!』

670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:37:42.88 ID:ha7ZcpN9o
身を裂くような冷気と風に挫けず、にこは再びフライゴンにしがみついている。
左肩をその背へぶつけ、強引に肩を入れてどうにか復帰。

ビルで言えば五十階ほど、高高度へと辿り着いたところで上昇を水平に。
どうにかではあるが、絵里からの攻撃を完全回避してみせた。

追ってきているはずのツバサが姿を見せないのが不気味ではあるが、見えない奴を気にしながら戦える相手ではない。今は絵里に集中!


絵里「さすがにこね」

にこ「あーもう、敵に回ると厄介すぎ…!」


見下ろした都市一帯はすっかり凍てついていて、分厚い氷の中にネオンサインが明滅。
零音に動きを止めた街は無音、氷結の軋りだけが不気味に響鳴を。

にこは眼下、ビルの屋上、身を震わせながら、不安げに見上げる人々の影を見る。
気付いてみれば、都市の随所に逃げ遅れた人々の姿がある。
誰もが寒そうに身を震わせながら、一人で、数人で、あるいはポケモンと身を寄せながら寒さに耐えている。

その姿から得るのは一つの確信。


にこ「フン。絵里のやつ、根性見せてんじゃない…」


狂気に苛まれながらも、無辜の一般人だけは凍結の中に巻き込んでいない。

自分のものではない暴力衝動に自我を押し込められて、その状態でなおポケモンたちへと非武装の一般人だけは凍らせないようにと慎重な指示を下しているのだ。

(だったらにこも見逃しなさいよ!)

そう叫びたくなるが、きっと抵抗のキャパシティをどこに割り振るかの問題なのだろう。
全てを自己決定できるような余裕はとてもなくて、ならば優先度の問題。

にこに痛烈な攻撃を浴びせ続けているのは、(きっとにこなら耐えてくれる)という親友への信頼と親愛の証でもある。

そんな絵里の頑張りに、だったらどうにかしてやりたいのがにこの情。
フライゴンを反転させ、凍てついたビル壁を尾で叩きつける。
氷と鉄筋コンクリートとガラスを一緒くたに砕き割り、重力に従って下へと向かう破片たち。


にこ「フライゴンっ!!“ストーンエッジ”!!」

『フラアアッ!!!』

671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:38:26.56 ID:ha7ZcpN9o
再度の尾撃!!
瓦礫を上から痛烈に打ち据え、自由落下に加える猛烈なスピード。
砕けた瓦礫は大量の石片へと変わり、にこを追う絵里たちへと“ストーンエッジ”と化して迫る!

麗氷に保護された翼、こおり・ひこうタイプのフリーザーは硬く重いいわタイプの攻撃に非常に弱い。当たれば倒せる!


絵里「なるほどね」


絢瀬絵里は“こおりタイプ”のエキスパートトレーナー。
氷はドラゴンを狩れることもあり、攻撃性に長けた属性だ。
しかし脆い。弱点が多い。
マルチタイプのパーティにピンで起用されたり、他タイプのポケモンにサブウェポンとして氷技を持たせるだけのケースが多く、故に専門トレーナーの絶対数は少ない。

しかし絵里は、その取り回しの悪さを苦にしない。
防御性に欠くという大きな弱点をどう克服しているのか?


絵里「“ぜったいれいど”」


空中に生み出された極大の氷塊は、苦もなく“ストーンエッジ”を受け止めてみせる。

怜悧、美麗。
そんな絵里の外見に反して、その戦い方は強靭なるロシア式。
極限まで高められた威力から生まれる特大の氷塊、それを素早く瞬時に成してみせるのだから、こおりタイプのポケモンがどんなに脆かろうと、攻撃は物理的に届かない!


絵里「いくら氷が脆くても、氷山の壁を突破できるポケモンはそうそういないでしょう?」

にこ「ちぃっ…癪だけど、さすが絵里ね!」


にこは惜しささえ感じられない一撃に歯噛みをし、絵里の強さにほんの寸時、思考を馳せる。

672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:39:00.46 ID:ha7ZcpN9o
トレーナーの強さの種類をざっくりと分けるとすれば、二種に大別される。

一つは、相手の戦い方に応じて都度対処を変える技巧派。
そのスタイルは変幻自在、妨害撹乱なんでもござれ。相手がやりたがっている戦術を潰すことを主眼に置くタイプ。
桜内梨子やもう一人の四天王、それに優木あんじゅや、ミュウツーを除いた綺羅ツバサはこのタイプだ。

もう一つは強行派。
戦術を単純化して練度と威力を高め、自分のやりたい行動を押し通し、相手など知るかと圧殺にかかるタイプ。
こちらの代表格は松浦果南。東條希は器用さ故に二種のスイッチ型といった調子だが、どちらかといえばこっち。
“トレーナーを殺す”という特殊戦術を押し通そうとする統堂英玲奈も大枠ではこちらだろう。

そして絢瀬絵里もまた、完全なる後者型。


絵里「ロシアこそがこおりポケモンの本場。あなたたちは凍結の真髄を知らない。私のポケモンはなんだって凍らせてみせる」

673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:39:27.45 ID:ha7ZcpN9o
にこと絵里には見えないビルの中、無人の社屋の内部は炎上している。
戦闘の衝撃に電気系統がショートしたのだろうか、ジリリリと鳴る警報ベルだけが夜空に警戒を走らせる。

…と、爆炎!!

凍結にヒビ割れた窓から空気が取り込まれ、バックドラフトを起こして屋外へと炎が飛び出したのだ。
その炎は渦を巻き、絵里とフリーザーへ躍りかかる!


にこ「絵里っ!?危な…!」

絵里「ありがとう、にこ。けれど言ったでしょう?……なんだって凍らせてみせるって」

にこ「………バッケモノが…!」


人は極限を超えたものを目にする時、それが例え敵対者であれ浮かべてしまうのは笑み。
にこは意図せず、冷や汗と共に浮かべる噛み潰したような笑み。
その目に映るのは、ゆらめきのままに動きを止めた赤の舌。


━━━炎が凍っている。

674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:42:13.91 ID:ha7ZcpN9o
…否。

実際には超低温による瞬時の鎮火、本当に凍らせたわけではない。
ただ肝要なのは物理現象ではなく、見た者がどう感じるか。
その意味では間違いなく、絵里のフリーザーは数秒、凍るはずのない炎を凍らせてみせたのだ!!

そして…面前、フリーザーが翼を広げている。

ほんの10メートルほど。
完全なる射程圏。
決して避けられない距離で。

アイスブルーの瞳が刹那、親友が“詰んでしまった”悲しみに潤み…


にこ「っ、しまっ…!!」

絵里「ダスヴィダーニャ……にこ」


“ぜったいれいど”。

絶命の蒼光が空を凍らせる。

675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:42:41.32 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「ふぅん、しぶとい」


少し離れ、ツバサは上空で高みの見物を。
絵里がにこを射程に捉え、一撃必殺の冷気を解き放った。
その瞬間は修羅場に慣れきったツバサでさえ、矢澤にこの死を確信した。

しかし、にこは生きている。

フライゴンと共に冷気に囚われようかという一瞬、にこはフライゴンをボールへと戻してすかさず新手を。
どく・みずタイプのヒトデナシポケモン、ドヒドイデを繰り出した。

そしてにこは小柄な体をさらに丸めて縮こまり、ドヒドイデへと命じる。


にこ「“トーチカ”っっ!!」


それは束の間の絶対防御。
ドヒドイデはその触手を隙間なくピタリと閉じることで、たとえ一撃必殺の攻撃だろうと完全に耐えてみせる超防御を実現できるポケモンなのだ。長持ちはしないが。

かつ、ポケモンには普通の動物と同じように体長の個体差がある。

にこが連れているドヒドイデはかなり大きめの部類で、触手をいっぱいに伸ばせば子供を一人くらいならその中へと匿えるサイズをしている。
つまりにこは、トーチカの内側に隠れることで“ぜったいれいど”をやり過ごしてみせたのだ!

676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:43:45.36 ID:ha7ZcpN9o
にこ「あぁぁぁっぶな…!!!」


左手の手錠をじゃらりと鳴らし、顔面蒼白に大きく息を一つ。
絶氷を凌ぎ切って得意げなドヒドイデを「偉い!」と撫でてボールへと収める。
そして前述に一つ訂正を。
にこは今度こそ地上へと急落しているが、落下の重力でさえにこを易々とは殺せない。


にこ「マタドガス!頼むわよ!」

『ドガッ』


ガス生命体という性質からの弾性、柔軟性、高い物理耐久。
そこにプラス、特性の“ふゆう”を併せれば、遥か上空からの落下にもマタドガスは衝撃を最小限に殺してみせる。

パンパンにガスの詰まった袋のような体で道路にぶつかりボヨンと跳ねて、その体に捕まっていたにこは二度目のバウンドで離してしまってアスファルトにゴロゴロと転がる。

転がる勢いのままに盛大に突っ込んだのはマーケットの屋台。
椅子を倒しながら立ち飲みテーブル代わりのドラム缶へとぶつかってようやく止まる。
「痛ったぁ!」と顔をしかめ、転んだ拍子にどこかを打ったのか、額には鮮血が垂れている。

だが止まらない。

マタドガスへとすぐさま命じ、広域に煙幕を張り巡らせて上からの視界を遮る。
風で流れにくい重ためのガスだ、フリーザーの突風でもすぐには晴らせないだろう。

ミカボシ山での交戦に海未が感じ取ったように、にこの特長は“やられない”ことにある。

それはズバ抜けた勘と一瞬の洞察力。
冴え渡ったというよりは、目を皿にして凝視して生きるための“生命線”を見出して綱渡る。
そんな泥臭くも果敢なファイター。

そして護衛にとルガルガンを伴い、全力で駆ける!!


にこ「ヤケクソにだけはなんないわよ…絶対に絶対に、諦めずにガン逃げしてやる!!」


虎視眈々、状況が変わるのを待っている。
誰でもいい、対抗できるだけの…

だが運命は、にこに境遇の好転を許さない。
空から迸る無色の光、それはマタドガスの煙幕を瞬時に分解してみせる強大無比なサイコエネルギー。


ツバサ「さて、そろそろ混ぜてもらおうかしらね?」

『ミュウゥゥゥウウ…!!!』

にこ「っ、そりゃ来るわよねぇ…!」

677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:44:47.67 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「“サイコブレイク”」


それはロクノ監獄を貫いてみせた、ミュウツーにのみ許された専用技。
にこは知る由もないが、その技術はミュウツーでさえ体得に苦心するもの。
徹底的に身体機能の強化を行い、極限へと達した状態でようやく使いこなせる技なのだ。

つまりミュウツークローンのレベルはMAX、100へと到達している。

形のないサイコエネルギーへと実体を与え、超常的な破壊ではなく完膚なきまでの物理破壊をもたらす一撃として放つ。

にこは戦慄に顔をひきつらせる。
ミュウツーから放たれた波動が可視化している。
巨大な津波のように、微かに見える透明な壁が圧殺すべく迫ってきている!

それは殺意の塊、まともに受ければ押し潰されてアスファルトに残る血染みになるだけだ!


にこ「ぎゃあああ!!アレは絶対にヤバい!!ゴロンダぁッ!!!」

『ゴロォッ!!!』


応じ、繰り出すのはエスパーへの耐性持ち。あく・かくとうタイプのゴロンダ!
相手は最強、種族値では比べるべくもない。
だが相性とは存在するもので、エスパーが放つ波動はあくタイプの生体波長へと干渉し得ない。

故に、堅牢な要塞をも突き崩す不可視の力壁を、ゴロンダの不敵な鉄拳が一撃粉砕!!!


にこ「はっ!ミュウツーも大したことないわね!」


「バーカバーカ」と罵詈雑言。
捨て台詞で下品に煽りつつ、抗戦の構えを見せている。
もちろん足は止めない。真正面からやりあうつもりはさらさらなし!

それを受け、ツバサはくすりと上品に笑む。

脱獄の際にやってみせたように、ツバサとミュウツークローンは既にあくタイプへの対処法を確立させている。
あの時は壁床を崩し、瓦礫を念力で飛ばすことで敵を蹂躙した。
“いわなだれ”の亜種技といったところだろうか。

678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:48:32.89 ID:ha7ZcpN9o
さて、あの時はまだミュウツーの力を把握しきれていなかった。

壁床を飛ばす?
いや、それでは随分とみみっちい。“最強”に見合う技とは言い難い。


ツバサ「まずは…うん、アレから行きましょうか」


浮遊。
それはワゴン、それはハイブリッド車、それは軽自動車で、トラック、バイクにバスに、大型のタンクローリーまで。

ツバサとミュウツーは動きがシンクロさせ、コンダクターよろしく両掌をゆっくりと持ち上げる。
応じ、渋滞に乗り捨てられた大量の無人車がツバサたちの高度へと浮いている。
誰の目にも明らかに、それは“いわなだれ”どころの騒ぎではない。


にこ「……な、によそれぇ…!?」

ツバサ「お手頃よね、ガソリンもたっぷりと入ってて。あなたを殺すには…十分すぎるかしら?」


ふふっと可愛く笑顔を見せて、ツバサとミュウツーは両腕を煽る。

降る。

にこたちへ、膨大な数の車両が!!!


にこ「っぎゃああああああ!!!!??」

679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:49:27.98 ID:ha7ZcpN9o
それはまさに戦場!
敵軍の火力支援に晒された最前線そのもの!!
その威力はドラゴンタイプの“りゅうせいぐん”にも等しく、いや、車両の質量とガソリン入りという点を鑑みればそれを凌駕する超威力!

駆けて辛うじて掻い潜りつつ、しかし直撃は時間の問題…


『ガルアッ!!!』


手当たり次第に降り注ぐ車の雨に、応じるは夜姿に凶眼光るルガルガン!

いわタイプの狼は一撃を受けてのカウンターをその身上とするポケモンだ。
だが種族値にはさほど恵まれず、一線級の戦闘での使用率は決して高くない。

だが、にこは種族値を見ない。
個々の面構えを、秘めた根性を見定めていて、ルガルガンを手持ちに採用する際はまるで迷わなかった。
犬の嗅覚を存分に活かし、にこと一緒に数々の事件を渡り歩いてきた。

注いでもらった愛の恩義を返す時は今!!

680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:51:27.71 ID:ha7ZcpN9o
にこはマタドガスを収め、クチートを繰り出している。

すかさずのメガシンカ!!

メガクチートは強靭な鋼の顎で、飛来した鉄塊を文字通りに“食い止める”。
ひしゃげさせ、噛んでは投げ噛んでは投げ、何台もの車両を辛うじてやり過ごすが…


にこ「タンクローリーっ、あれはクチートでも受け切れ…やばい…!?」


それは直撃軌道。どう動いても避けえないとにこの本能が危機を告げ、絶体絶命にアラートを鳴らしている。
ドヒドイデのトーチカもたった今使って一撃をやり過ごしたばかり。死ぬ…!

そこへ身を晒すルガルガン!


にこ「ルガルガン!?危ない!」

『ルォォオオオオッ!!!!』


吠える!
身を呈し、にこを圧殺する軌道で飛来したタンクローリーを受け…
中身のガソリンを含め、10tを優に上回る重量の車両の直撃。
技としての威力に換算するならば、きっと300だとかそれ以上。

岩狼の骨がバキボキと砕ける。内臓へと衝撃が走り、口からは鮮血が溢れ出る。
屈しそうな膝に背骨に、しかしルガルガンは倒れない。
まさに不屈の闘士。にこの目はその気質を正しく見定めていた!


にこ「……っ…!“カウンター”!!」

『ガアアァァァァッ!!!!』


狼爪が車体を両断!
肉を切らせて骨を断つ。なれば、骨を断たれれば鉄をも割る!!

ルガルガンは満足げに低く鳴き、まさに瀕死の状態でその場に倒れ臥す。
にこはその奮闘に、今にも大声をあげて泣きたいほどの気持ちを押し殺してただボールへと収める。


にこ「よくやったわね…!」

ツバサ「じゃ、こんなのはどう?」

にこ「………え…?」

681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:51:56.22 ID:ha7ZcpN9o
ようやく車両の嵐をやり過ごしたばかりで、にこは眼前の光景を理解できない。
ツバサとミュウツーが腕を上げて、数十階建てのビルが、上に伸びていっている?

いや、違う。
ビルの根元、基盤が振動に軋み…引き抜かれる。
地面から離れている。
総重量はどれほどか知るべくもない重量の塊が高空へと掲げられ、月影を覆い隠している。

まるで神の鉄槌だとでも言うような…


ツバサ「まあ流石に、ミュウツーにちょっと無理させてるんだけど…これなら殺せそうね」

にこ「ッぐ…!綺羅…ツバサ…!!」


巨大ビルが降り、轟然と地を叩く!!!

それはもはや戦略兵器。
大都市の一区画を容易く廃墟へと変えてしまえる力は人々にとっての脅威でしかない。
逃げ遅れていた人はいただろうか?だとして、その生存は望むべくもない。
全ては微塵に打ち砕かれ、あまりにも出鱈目な光景だ。

だが。


にこ「………まだ、まだぁっ…!」


そんな中で、にこは生きることを決して諦めない。


682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:52:35.09 ID:ha7ZcpN9o
大破壊のその瞬間まで折れることなく周囲を見渡していた。
そして間一髪のタイミング、地下街へと下るための階段を見つけ、そこへと駆け込んでいた。

地下道がビルの崩落に耐えきれず潰れてしまえばそれまでだった。
だが造りは堅牢、辛うじて重量に耐え切ったようで危急の中に一命を拾っている。


にこ「天井にヒビが入ってる、長くは持たないわね。電車は止まってるだろうから、地下鉄の線路を逃げれば…」

ツバサ「本当にしぶといのね…尊敬するわ」

にこ「……ちっ、しつこいっての」

ツバサ「ね、追われる方もなかなか大変でしょ?」


天井…大地が剥がれ、持ち上げられている。
にこの生存を鋭敏に察し、倒壊させたビルの瓦礫ごと地面まで全てをサイコキネシスで持ち上げての発見。
これもまたふざけた念動力だが、一々リアクションを取ってやるのも癪なので、にこはもう驚いてやるものかと内心に固く誓っている。


絵里「にこ、もう諦めていいのよ」

にこ「うっさいポンコツ。さっさと目ぇ覚ましなさい」


返事はなく、放たれる“れいとうビーム”。
ミュウツーからも強靭なサイコキネシスが放たれていて、ドヒドイデは二撃を続けて防ぐことはできずに倒されてしまう。

683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:54:45.25 ID:ha7ZcpN9o
にこ(っ、…マタドガス、ほんといつもごめん!あとで最高に美味しいもの食べさせるから!)

にこ「“だいばくはつ”!!!」


………が、不発。

殺到する二撃。絵里とツバサの手腕はその発動よりも遥かに素早く、マタドガスを処理してみせる。

にこのマタドガスは撹乱と、高い物理防御を活かした受けポケモン。
ただ、相手が悪かった。ツバサと絵里と、今出しているのがどちらもが特殊型。耐えられるはずもなく。

残るは三体、じり、じりりとにこは後退る。
そしてついに、壁際に追い詰められてしまう。


にこ「せめて、どっちか片方だけなら…」

ツバサ「あら、面白い。片方だけなら勝てるとでも?」

にこ「……勝てるか、はともかく…」

絵里「にこ…にこ、本当に…ごめんなさい…!」


絵里の瞳から涙が零れ落ちる。
深層に意識は残っているのに、狂気に抗えないのだ。
絵里の声の震えに、フリーザーはわずかな戸惑いを見せる。本当に指示に従ってもいいのだろうかと。
だが、その横顔は冷たく冷酷ににこを見つめたまま。瞳から一筋、涙が零れている。ただそれだけ。

トドメの指示を下すべく、絵里はすらりと片腕を伸ばし…


「その涙…とても見ていられませんわ」

684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:55:12.01 ID:ha7ZcpN9o
にこ「来た!!」

ツバサ「…!」


放たれる金剛石の嵐!
それは散弾銃の斉射めいて、絵里とツバサへと容赦なく浴びせられる!

颯爽、黒髪の大和撫子が伴うのはディアンシー。
絵里の涙に共鳴し、彼女もまたポタポタと涙を流している。
何故か?大ファンだから!

騒動の気配にジムリーダーとしての責任感を発揮し、千歌やルビィよりも先乗りでロクノシティへと到着していたのだ。
そしてこの増援は、にこが期待していた可能性の一つ!

現れた増援は黒澤ダイヤ!!


ダイヤ「加勢に来ましたわ!」

にこ「待ってたわよ!ダイヤ!!」

絵里「………ッ…!フリーザー!“ぜったいれいど”!!!」

ツバサ「おっと…?」

685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:55:49.39 ID:ha7ZcpN9o
ただ一声、下した指示には絵里本来の意思が宿っていた。
時間にしてほんの三秒、取り戻せた体の主導権に、にこと目配せを交わしている。

にこはツバサの方へと駆け、そしてフリーザーは大氷塊でツバサと自分の居場所を寸断する!

その氷壁は絵里の矜持を示すかのように、あまりにも厚くあまりにも堅い。
いかなミュウツーであれ、易々と破壊することはできないだろう。

横から回り込むのも容易くはない。何故なら都市の区画を横切るほどの規模だから。
それは長大なる国境要塞めいて、戦場を大きく分けている。

絵里の意地、にこたちと手渡すせめてものアシストだ。

戦局はツバサとにこ、絵里とダイヤへ。
そして絵里の意識は再び洗脳下へと落ち…


絵里「ダイヤ…あなたは優秀なトレーナーよ。実力も知識も、ジムリーダーとしての器も持ち合わせている」

ダイヤ「そ、そんな…光栄ですわ…」

絵里「けれど、私には遠く及ばない。ジムリーダーとチャンピオン、その間には広く大きな力の隔たりがある」

ダイヤ「………」

絵里「それでも、挑むのかしら。死に急ぐだけなのに?」

686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:57:15.35 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「………お言葉ですが」


毅然と。
ダイヤは絵里へ、確固と燃える眼差しを向ける。
無礼を知りながら、敢えてピシリと指し示す指先。


ダイヤ「わたくし、絢瀬絵里の大・大・大ファンですの。いつもあなたにお会いできた時のテンション、あれでも控えめを心がけていますのよ」

絵里「そう、ありがとう。嬉しいわ」

ダイヤ「ですので。言われずとも、あなたとわたくしの間にある大きな実力差など理解済みですわ」

絵里「それでも挑むというの?自殺志願かしら」


目を伏せ…ダイヤは静かに言葉を紡ぐ。


ダイヤ「………いつか、ただのファンではなく、対等な存在として肩を並べたい」

絵里「……」

ダイヤ「………いいえ、違いますわね。わたくしは…いつの日か、あなたを越えたいと願っています」

絵里「……チャンピオンという壁は、誰かに超えられるためにあるもの。あなたにとってのそれが今日だと?」

ダイヤ「そうだったらいいのですが…」


さっと、ダイヤは空高く右手を掲げる。


ダイヤ「今日はまだ分を弁えて。数で挑ませてもらいますわ」

687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 14:57:42.47 ID:ha7ZcpN9o
絵里「………」


気にはなっていた。近付いてくる大量のプロペラ音が。
群れを成し、現れる軍用ヘリ。そして降り立つ大量のオハラフォース!

駆け込むギャロップ!
ダイヤの隣へすたりと着地、「チャオ~」と呟いて眼光鋭く。


鞠莉「大絶賛Nuts中なチャンピオンを倒せば、オハラフォースのCMとしてperfect!イッツ、ビジネスチャンス♪」

ダイヤ「わたくしの大切な親友と、その部下たちと」

鞠莉「オハラフォースの最精鋭100人。かませDOG?ノンノン、それは数だけで挑んだ場合」

ダイヤ「必ず勝って、あなたを苦しみから解き放ちます!」

鞠莉「Amazing. 強い想いを抱いた“軸”がいる。それだけで有象無象は、意思ある津波となって大敵へと立ち向かえる。ダイヤの思いは本物だから…」


絵里「……見せてみなさい、あなたたちの覚悟と力を」


ダイヤ「行きますわよ…鞠莉さん!」

鞠莉「勝てるよ、私たち!」


想いを胸に、世界の命運を背に。
遥かなる憧憬へと挑む!

688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:06:34.80 ID:ha7ZcpN9o



善子「ドンカラス!“あくのはどう”よっ!」

『クァァッ!!!』


おおボスポケモン。そう称されるに見合う威厳を有した風貌の大鴉は両翼を広げ、黒の閃光が放たれる。
夜の街にあってより暗く。漆塗りのような艶めく黒が敷石を蹴散らし、アライズ団の少女はムウマージを伴い跳躍。

ひらり、アクロバティックに空を舞い、下へ。
直後、欄干を黒閃が抜け、一撃をすかされた善子とドンカラスは際へと駆けより相手を見下ろす。

タタッと八秒遅れ、花丸が少し息を切らしながら現れる。
膝に手をつき呼吸を二つ、眼差しは強く善子の隣に。傍らに浮いているのは銅鐸にそっくりの奇妙なポケモン、ドータクンだ。


花丸「善子ちゃん、あの子は?」

善子「下よ!この堕天使ヨハネに恐れをなして逃げる気かしら」

689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:07:11.42 ID:ha7ZcpN9o
眼下、アライズ団の少女は勝ち気な瞳に苛立ちを滲ませ、水面の少し上を浮遊している。
魔女のようなゴーストポケモン、ムウマージの魔力による浮遊だ。

浮力に合わせ、少女の髪もふわわと揺れる。善子と花丸を睨み付け、言い放つ。


理亞「逃げる?誰が。泣き喚いて逃げ回ることになるのは…お前たち!!」

『マァァジッ!!』

花丸「来るずら!」


ムウマージの“シャドーボール”、ゴーストタイプの念弾が支柱と橋桁を叩き、その威力に長さ200mほどの鉄橋は形を歪めて半壊する。
鹿角理亞、敵はかつての姿とは違う。
逮捕された姉と離れ、研鑽を積んだのだろう。大きな成長を遂げている。

だが成長は自分たちも同じ。善子と花丸は臆さない!

崩落する足場の中、善子はドンカラスに、花丸は浮遊できる特性のドータクンにしがみついて難を逃れている。
だがいずれにせよ交戦は必須。二人は顔を見合わせ、降下に理亞と、それぞれの眼光を交錯させる!

690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:07:49.77 ID:ha7ZcpN9o
善子と花丸、一応の安全地帯であるジムにいた二人が戦場へ、そして理亞との対峙に至った経緯を、まずは簡潔に記すべきだろう。

これはロクノジムに限ったことではないのだが、各地のジムには監視モニター室というものがある。
ジムリーダーとは単にバトルをこなせば良いだけの存在ではない。
街の顔役であったり、治安維持の主力であったりと多くの義務と責任を担う存在だ。

そんな治安維持装置としての側面から、街の各所に設置された監視カメラの映像を一望できる部屋がジム内にはあるのだ。


善子「ってことなのよ」

花丸「ははあ、未来ずらね~」

善子「あんたの家もジムでしょ!とりあえず、近場の様子だけでも確認しといた方がいいと思うの」

花丸「うん、そうだねっ」


ジムの防犯シャッターの強度はそれなりにあるが、暴徒大勢に囲まれてしまえばいよいよ危ない。
その場合はここを出て逃げることも考えるべきで、そんな考えから二人はモニター室へと向かったのだ。

そして、そこで二人は見てしまう。
自分たちよりもおそらくは年下、子供のトレーナー数人がアライズ団に追われている光景を。
その場所は遠くない区画、人気のない路地裏。付近にトレーナースクールがあって、そこから逃げ遅れた子たちなのだろう。
彼らのポケモンは既に大半が倒されていて、このままでは…


善子「ずら丸」

花丸「うん!」


迷いなく、すぐにジムを飛び出していた。

691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:08:27.92 ID:ha7ZcpN9o
二人はいずれも賢い少女だ。
学力がどうという話ではなく、状況に応じて動ける判断力を持っている。
危ない目に遭う可能性も、自分たちが飛び出すことで誰かに迷惑を掛けてしまう可能性も、もちろん理解している。

踏まえて、それでも飛び出さずにはいられなかった。
恐怖と絶望の中に誰かが助けに来てくれる嬉しさを知っているから。

そして同時にこれは、二人がトレーナーとしてさらなる前へと進むための挑戦でもある。
何故ならアライズ団、その少女の顔には見覚えがある!


善子「アライズだぁん!勝負よっ!」

花丸「マルたちが相手になるず…なります!」

理亞「……お前たちは」


そう、善子と花丸にとってこれはリベンジ!
新米トレーナーにだって意地とプライドはある。
まして二人はジムリーダーの娘、負けっぱなしで引けはしない!

そんな二人を理亞は覚えている。忘れられるはずもない。
眠れない夜はずっと隣にいてくれる、理亞の大好きなふわふわの卵焼きを作ってくれる、そんな大切で最愛の、優しい姉さまが捕まってしまったあの日の標的!

ただ、恨んでいるわけではない。
理亞が憎悪するのはあくまで姉さまを卑怯にも負かした高坂穂乃果。
津島善子と国木田花丸?この二人は理亞にとって、単なる…


理亞「フン、雑魚」

花丸「か、開口一番辛辣ずらぁ…!」

善子「見ぃてなさいよ!吠え面かかせてやるんだからっ!」

692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:08:58.67 ID:ha7ZcpN9o
そして、開戦へと至っている。


善子「来ませ、辣悪なる地獄の使者…鋭利なる真海の牙よ!サメハダーぁ!!」

花丸「お願いね、ヌオーっ」


ババシと二人のボールが続けて弾け、着水と同時にそれぞれがみずポケモンの背へと移っている。

善子が繰り出したのは極悪な面構え、人呼んで“きょうぼうポケモン”だの“海のギャング”だのとすこぶる悪名戦いサメハダー!
善子は形から入るタイプ。あくタイプのエキスパートを目指すならまずはコワモテ!と選んだのがこのポケモンだ。
速度と攻撃性に長けた、ガンガン攻めたい善子の気質を体現するような一匹!

対し、花丸が身を預けているのは“みずうおポケモン”のヌオー。しっとりと湿ってつるりとした体表、水色の体につぶらな瞳。
見るからにのんびりとした性格で、花丸のポケモン選びは一緒にゆったり寛げるか否か。
ただし、もちろんそれだけではない。きちんと戦える能力に仕上げてきている!

そんな二人を理亞は黙して眺め、口を開く。


理亞「どのポケモンも進化済み、前よりは成長してる。でも私の敵じゃない。私は…絶対に負けない!!!」


三者同時、それぞれに指示を下す!

693 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:09:58.06 ID:ha7ZcpN9o
水上戦には数種類のスタイルがある。

一つはポケモンは水上へ、トレーナーは水際に立って指示を出すというスタイル。
ポケモンたちの戦闘の趨勢に合わせてトレーナーは並走しつつ指示を出す、最もベーシックな戦い方だ。

二つ目はトレーナーが滞空。
水上で戦うポケモンとは別に飛べるポケモンを繰り出し、トレーナーは上から戦況を見守りつつ命令を下す。
海や大きな湖など、並走では指示が届かない場合がこれだ。

そしてもう一つは泳げるポケモンに乗って、そのまま背から指示を出す戦い方。
例えばラプラスなど、水辺での移動手段にポケモンを用いるトレーナーは多い。トレーナーを乗せたまま戦うことも不可能ではない。
ただし、このスタイルは事故が頻発する。
激しく戦うポケモンのそばにいれば技にトレーナーが巻き込まれる可能性はもちろん高まり、転落してそのまま…というケースも少なくない。

故に、近年では手持ちとは別に移動用のポケモンを用意するライドギアの概念が生まれた。
乗っているポケモンとは別にもう一匹を繰り出し、そちらに戦闘を任せる。そんなスタイルが一般化しつつある。

694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:10:59.46 ID:ha7ZcpN9o
今、善子と花丸は崩落する橋から下の川へと飛び降りた。
川ではあるが幅が広く、岸からでは指示が届かない。
ましてや一瞬の指示が勝敗を分ける生死を賭した一戦、距離を開けるわけにはいかない状況だ。

まずは善子、繰り出したサメハダーはライドギアにも活用されることのあるポケモン。ジェットスキーのように高速での水上移動が可能だ。
乗るための器具をフルに着けさせると戦闘の邪魔になってしまうため、片側だけに足を掛けるためのステップを取り付けてある。
そして手早く専用の手袋をはめ、背ビレを掴んで器用に乗りこなす!


善子「素敵ぃ!!」

理亞「速い。けど…」


向き合う理亞は30メートルほどの距離を開けて、ムウマージの力で浮きながら背走。
二人相手をムウマージで捌くのは厄介と見たか、素早く新手のポケモンを一体。


理亞「グレイシア」

「シアッ!」

花丸「イーブイの進化系、こおりタイプずら!善子ちゃん気をつけて!」


理亞のグレイシアはかなりの高レベル、水上戦を苦にしない。
足が触れるたびに川面を即座に凍らせ、跳ぶように水上を駆けているのだ。
指示を受け、口元に細かな氷晶を生み出しながら“れいとうビーム”を吐射!!


善子「危なぁっ!」

理亞「ちっ…」


体を傾け、善子とサメハダーは急ターンを決めている。
斜めに大きく軌道を逸らし、そのすぐそばを撫でる蒼白の光線。直後、水面が固結して迫り上がる!

接近しすぎていなかったのが幸いした。少し離れた位置にはそのままドンカラスを飛ばせていて、戦闘はこちらが担当!


善子「ドンカラスっ!“ねっぷう”っ!」

『クアァッッ!!!』

695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:11:55.84 ID:ha7ZcpN9o
翼を広げ、放つはほのおタイプの大技。赤熱された空波がグレイシアへと迫る。
だけに留まらず、さらに拡散。熱気は理亞とムウマージをも包み込む広範囲!
点ではなく面で焼き払う。ダブルバトルでも用いられる事の多い強力な技を習得させていて、善子とドンカラスの成長は傍目にも著しい。


理亞「面倒…!ムウマージ、“シャドーボール”で飛沫をあげて!」

『マァジッ!!』


水面へと紫の光球が吸い込まれ、炸裂!
10メートル規模の水柱が理亞と善子たちの間に立ち上がり、そこへ熱波が直撃。
水を擬似的な盾と為し、理亞は難を逃れている。
高熱が水とぶつかれば蒸発する。必然、膨れ上がる白煙は水蒸気。


善子「惜っしい~!」

花丸「そうでもないずら。それに水蒸気で視界が遮られてて危ないよ」

善子「大丈夫大丈夫、追撃よ!レッツゴーずら丸!」

花丸「やれやれずら…ヌオー、こっそり行っといで」

『ぬおっ』

696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:12:43.96 ID:ha7ZcpN9o
理亞「……」


濛々と煙る視界の中、理亞は善子と花丸の戦力に考察を馳せる。
ドンカラスは“ねっぷう”を自力では習得しない。教え技としてわざわざ覚えさせなければ使えるようにならない技で、つまり津島善子はポケモンを漫然とは育てていない。
どの程度かはわからないが、少なくともビジョンを持っている。


理亞「フン…愚図ではなくなってる」


小声で吐き捨て、どう動くべきかの算段を素早く立てる。

そもそもの前提として、善子と花丸の二人と戦うことはアライズ団の作戦全体には何の影響も及ぼさない。
理亞はこんなところで二人に係らっていていいのだろうか?

一応、問題はない。
作戦の開始時刻の少し前、理亞は指令を言い渡されてあんじゅと別働、単独行動へと移っている。
その指示はシンプルに、街中で暴れてアライズ団の恐怖を示せというもの。

相成り、理亞は恐怖を示せというアバウトな指示通り、刃向かう一般人やトレーナーを手当たり次第に倒していた。
そして怯えきった子供たちを見つけ、追い回していた。
泣きじゃくる年少の子らを睨みつけながら執拗に追走、その様はまさに恐怖の権化!

…と、まあ理亞という少女、腕前はあるのだが、まだ幼いからか、大悪には徹せないというか、若干スケール感の小さいところがある。
そんなところも姉や三幹部から可愛がられている所以ではあるのだが。

そして善子と花丸と遭遇したという流れ。
要するに現状、大任は与えられていないのだ。

697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:18:56.37 ID:ha7ZcpN9o
さておき、算段は成った。
ムウマージで陽動を掛け、グレイシアを本命に。
氷の一撃で先ずはドンカラスを落とすべし。


理亞「ジムリーダーの娘たち…私が倒す!」

『ぬお』

理亞「ぬお?」


白煙が未だ立ち込める水上、ちゃぽりと小さく広がる波紋。
そこにはつるり、ぬめりと丸い顔。戦いの場に似合わないおっとりとした表情のヌオーが理亞を見つめている。

(国木田花丸のポケモン、攻撃しなくちゃ!)

そう思考が至るまでの数秒の空白、ヌオーはあんぐりと大口を開けて…


『ぬぉ…ふぁぁぁ…』

『ムゥマ…?くぁぁぁ…』


ゆるりと大あくびを一つ。
音の波長に釣られ、ムウマージもあくびを誘われて口を開いている。
理亞もまた眠気を誘われ、呼気を漏らしかけ、そこで思考に走る電光。まずい!

698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:19:25.53 ID:ha7ZcpN9o
理亞「…ふぁ…ッ、!“あくび”!?グレイシア!」

『シアアッ!』

『ぬおーっ』


逃すまじと放ったのは最速の氷技、“こおりのつぶて”。
ヌオーの潤った肌へと礫弾が食い込み、しかし物理撃にはしっかりと耐えられるように育てられたヌオーはその程度では落ちない。
水中へとちゃぷりと潜り、姿を晦ましている。

ポケモンの技“あくび”とは、人間のする単なるあくびとは性質が異なる。
原理としては同じなのだが、その間延びした声に指向性の生体エネルギーを乗せて放っている。
その音は耳にした相手の体内のエネルギーと共鳴を起こし、そして呼ぶのは暴力的なまでの睡魔。逃れ得ない確実な睡眠!

699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:20:16.15 ID:ha7ZcpN9o
ちゃぽん、と水面に顔。

『ぬおっ』

ヌオーは水中を泳ぎ、花丸の元へと戻っている。
花丸はドータクンへと移っていて、その特性“ふゆう”でふわふわと水面より上を漂いながらヌオーの頭をよしよしと撫でさする。


花丸「えらいえらい♪」

善子「何よずら丸ぅ、せっかく不意を付けたんだから攻撃をかましてくればいいのに」

花丸「マルは善子ちゃんみたいにガンガン攻めるより、相手が困ることをする方が得意かなぁ」

善子「ふぅん、腹黒いこと言っちゃって!」

花丸「むむ、腹黒じゃないずらよ。できるだけポケモンに負担をかけずに勝てるのが一番だよ。
ここは川の上、あの子はムウマージの力で浮いてる。それを眠らせれば…」


理亞「落、ちる!?」

『ム…ま…』


こくり、こくりとムウマージはうたた寝を始めている。
“あくび”が届いてから眠ってしまうまでの間には少しのタイムラグがある。
その間にボールへと戻せば眠気を払ってやることも出来るのだが、それをすれば理亞自身が水に落ちてしまうというジレンマが判断を遅らせた。
結果、眠りへと落ちている。ムウマージは眠っていても浮くので水面に落ちることはないのだが、理亞を浮遊させていた魔力が失われている!


理亞「まずい…!」

700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:21:08.44 ID:ha7ZcpN9o
手持ち、グライオンの飛行は滑空。理亞の重さを含めて川岸まで飛ぶのは無理!

聖良から託されたヨノワールもいる。その体はゴーストタイプ特有の浮遊をしているため、水面に浮くことはできるだろう。
だが、スピードに欠く。理亞を抱えれば必然手が塞がり、そのままでは敵からのいい的になってしまう。
速度を反転させる“トリックルーム”は使えない。花丸のドータクンとヌオーはどちらもヨノワールより遅く、敵に塩を送ることになる。


理亞「国木田花丸…ッ!!」

花丸「あなたは多分、まだまだマルたちより強いずら。だからまともにはやりあわないよ」


落下までのほんのわずかな秒間、理亞の思考は目まぐるしく回り、そして決断!


理亞「グレイシア!氷で足場を作って!」

『レイシアッ!』

花丸「うわぁ、すごい!」

善子「水面を凍らせて走ってる…!ポケモンならともかく人でしょ!?」

理亞「私を…鹿角姉妹を舐めるなっ!!」


翔ぶように駆ける!

同じ氷ポケモンとは言っても、絵里の操るポケモンたちと理亞のグレイシアでは出力のレベルがまるで違う。
絵里のポケモンは見える範囲の海面を完全に凍らせてしまうことも可能だが、理亞のグレイシアができるのは数メートル規模の氷塊を作ってみせる程度。

それでもハイレベルな凍結力ではある。しかし、人が飛び乗れば揺れる、沈む。
なので、理亞はそれよりも早く走って次へ!次へ!
新たな氷塊へと順々に、素早く飛び移っていっているのだ!

701 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:21:40.97 ID:ha7ZcpN9o
理亞(岸まで辿り着いて、立て直してやる…!シンオウ魂っ!!)

善子「逃がすかっ!サメハダー!“たきのぼり”!」

『シャアアク!!!』


放つ追撃。それを皮切りに、お互いに様子見だった戦闘が一気に加速する!

善子のサメハダーの特性は“かそく”、時間経過と共にその速度を増していく。
既に繰り出されてから数分が経過していて、魚雷じみた速度と威力で理亞へと迫る!!


善子「足場の氷を砕いちゃえっ!」

理亞「させるか!ヨノワール、“れいとうパンチ”!」

『ノワール!!』


水面を殴打、生じる大氷塊!!
その衝撃と隆起をジャンプ台の代わりに理亞は跳躍。直後、サメハダーがその背後を猛然と通り抜ける!

空中、理亞はグレイシアを抱えて飛んでいる。
ボールへとヨノワールを引き戻し、入れ替えにグライオンを解放、すかさず指示を下している。


理亞「“ハサミギロチン”!!」

善子「なあっ…!?」


グライオンは両手のハサミでサメハダーを捉え、豪撃!!!
鉄塊をも断ち切るほどの力で攻撃され、サメハダーは瞬時に瀕死へと追い込まれている。一撃必殺!


善子「ぎゃあっ!ヨハネのサメハダーがぁ!?」

花丸「善子ちゃん、やっぱり運が悪いずらねえ。けどっ」
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:23:25.28 ID:ha7ZcpN9o
花丸のドータクンが高所へと浮かび、力の射程内へとグライオンを収めている。
はがねタイプのエネルギーを球状に集め、そこに猛回転を付与し…放つ!!


花丸「“ジャイロボール”!!」

理亞「っ!グライオン!」


上空から放たれた硬質な一撃にグライオンは耐えきれない。
水中へと叩き落とされて戦闘不能に、理亞は回収して歯噛みしつつ、再び繰り出したヨノワールでドータクンへと“ほのおのパンチ”を叩き込む!


理亞「ドータクンの特性は基本的には“浮遊”と“耐熱”の二択。今浮いてるってことは、炎熱は弱点」

花丸「うぐっ、けどドータクンはそれくらいなら耐えるずら!」

理亞「誰も一撃で終わりなんて言ってない。グレイシア!“れいとうビーム”!」

花丸「ずらあっ!?」


立て続けの二発にドータクンが落ち、グレイシアはビームを吐き続けたまま首をぐりんと捻る。
川面を横切った光線はついに岸へと辿り着き、理亞の足元から足場までに白い直線を描いている。

(このまま岸まで着けば…!)

ふと、理亞は善子と花丸へと目を向ける。
そこには奇妙な光景、善子が花丸のヌオーへと移っていて、乗るには一人でも手狭なヌオーの背中に二人で狭そうにしがみついている。

よほど狭いのか、花丸は少し迷惑げに困り眉。
善子は目を輝かせ、理亞の頭上の空へと手を掲げていて…


理亞「しまった!上!?」

703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:24:15.45 ID:ha7ZcpN9o
その威厳はまさに善子のエース、黒烏が空から颯爽と降る。
眼光に威厳を宿し、さながらその姿はオーディンに従うフギンかムニンか。
個体値は望むべく最良、滑空!強靭な脚がグレイシアの体を痛打する!!


善子「逃がさないっての!ドンカラスぅ……“ばかぢから”っ!!!」

理亞「あっ!!」


グレイシアの体が叩きつけられ、川面の氷が粉々に砕かれる。
その一撃はかくとうタイプ、こおりタイプに効果は覿面。
潰れたような声と共にグレイシアがダウンし、繋がっていた氷の道は砕かれて粉々に!!

理亞の頼るべき足場は失われ、落下に足先が川面へと浸り…

鹿角理亞はまだ諦めない!


理亞「ヨノワール!私を岸に投げて!」


まだ距離がある、そんな真似をすれば大怪我をしかねない!
ヤケクソとも取れる命令に、聖良から理亞を守るよう命じられたヨノワールは眼を揺らす。

だが迷わず、理亞を掴んで投げる!!

聖良から離れての数ヶ月、忠義は未だ失われずも、ヨノワールは理亞のこともまたもう一人の主人として認めている。
投げろと言うなら疑わず、信じてすぐさま投げるまで!


『ヨノ…ワァァル!!!』

善子「投げたあ~っ!!?」

花丸「あの子、思い切りいいなあ。けど…善子ちゃん、今ずら」

善子「へ?あ、そうね!」

704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:26:10.75 ID:ha7ZcpN9o
理亞「っぐ…はああっ!!」


投げ飛ばされた理亞は空中、ムーンサルトのように身を捻って体制を立て直す。
単純な身体能力ならば、姉よりも自信がある。
頭から地面へと突っ込んでしまうのを避け、そのまま五点着地の要領で衝撃を分散させ、大怪我を避けて着地!

ただ、軽く顔を打ってしまった。
痛みに涙目で、少し鼻血が滲んでいる。だが拭い、怯まずに善子と花丸の方へと向き直る。


理亞(私は決めてる。姉さまが戻ってくるまではもう泣かないし、負けない)


振り向けば、ヨノワールが集中打を浴びせられて倒れている。
理亞が着地し、再び指示を下せるようになるまでの間、その数秒を花丸は見逃さない。


花丸「楽に倒せて助かったね、善子ちゃん」

善子「ふふん!前にヨハネの堕エンジェル'sアームを折ろうとした罰なんだから!」


手段はあまり選ばず、最大限効率よく勝つ。
そうすれば敵も味方も、お互いに痛みは少なくて済む。
それが国木田花丸というトレーナーの戦闘スタイルであり、優しさから来る容赦のなさだ。

おっとりとして見えて、その実、芯は強固。徹底している。
いずれ強いトレーナーへと育っていくのだろう。いや、あるいは既に。


花丸「善子ちゃんとマルは残り二匹ずつ、向こうは残り三匹。これで数は有利だね」

善子「にしても、や~っぱずら丸とは戦いたくないわね…」

花丸「え、なんでずら」

705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:27:07.35 ID:ha7ZcpN9o
理亞「………っ、私は…」


この二人、想像以上に強い。
個々と戦ったのなら、何の苦もなく一蹴できるだろう。あくまで新米、レベル差はある。
だが一人の理亞に対し、相手は二人。
そして善子と花丸ともに、ポケモンを同時に二体まで指揮できる技量を身につけている。

理亞もまた同時に操れるのは二体。
つまり必然、戦局は二匹と四匹の戦いとなる。

そして善子と花丸の仲の良さもあるのだろう、交互の攻撃タイミングに隙がない。
一見すれば考えなしに攻めてきているような善子も、あくまで搦め手に長けた花丸の存在を意識しての徹底した攻めのスタイル、そんな風にも見える。二人だからこそ強いのだ。

このままでは…負けてしまう。理亞は悔しさに唇を噛む。
私だって、姉妹二人でなら…!


聖良「頑張ったね、理亞」

理亞「…!」

706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:27:54.55 ID:ha7ZcpN9o
━━━爆音!!!!

河川敷、乗り捨てられていたダンプカーが炎上している。
その隣には虫ポケモン…なのだろうか、屈強な体躯はパンプアップした筋肉の鎧。

ダンプカーの残骸から引き抜かれた腕は赤黒く怒張していて、燃えるようなオーラをその身に纏っている。
どうやらこのポケモンが拳の一撃にて車両を粉砕、炎上させたらしい。


花丸「…!」

善子「ずら丸、気を付けなさい」

花丸「…うん」


口は針状、二腕に四脚。
その肉体美を顕示するように両腕を上げ、ボディビルダーのするダブルバイセプスの姿勢に留めている。

善子と花丸には知る術がないが、そのポケモンの名は【UB02 EXPANSION】、通称マッシブーン。
そう、ウツロイドと同じくウルトラビーストの一体!!

そしてそのマッシブーンを連れているのは、善子と花丸にとって忘れられるはずもない恐怖の象徴…鹿角聖良。

707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:29:06.32 ID:ha7ZcpN9o
少し、以前の印象よりはやつれているだろうか。表情に翳りが生まれている気もする。
だが基本的には相変わらず、嫌味なほどに余裕を感じさせる微笑がその口元には張り付いている。

緊張する善子と花丸。対し、理亞はその表情をくしゃりと歪めている。
そして嗚咽をこらえながら、毎夜夢に見た最愛の姉へと駆け寄っていく。


理亞「姉さま…姉さまっ!私、私は!!」

聖良「理亞、会いたかった…」


理亞が抱きつくよりも先に、聖良が妹を抱きしめている。
妹へと掛けたその声は、端から聞けば悪の組織のホープらしい冷淡な色を保てていたかもしれない。
だが唯一の肉親、聖良を誰よりもよく知る理亞の耳には、その衰弱がありありと感じられる。
獄中での日々に心を苛まれたのだろう。自分を庇ったばかりに。
ただ、姉が求めているのは謝罪ではない。もっとシンプルな言葉。
理亞は姉の背へそっと腕を回し…


理亞「おかえりなさい、姉さま」


そう優しく呟いた。

708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:29:34.48 ID:ha7ZcpN9o
ただの10秒ほど。

聖良が弱みを見せたのはそのわずかな間だけ。
伏せた目を上げ、鋭気たっぷりに敵対者、善子と花丸へと目を向ける。


聖良「またお会いしましたね、才ある二人のトレーナー。以前とは別人、そう考えた方が良さそうです」

善子「アブソル、出てきなさい。ドンカラスもアブソルも…ビビったら負けよ」

花丸「ヌオー、ツボツボ。善子ちゃんたちをサポートしつつ、隙は見逃さずにね」


聖良はさらにもう一体、奇妙なポケモンをボールから繰り出している。
それはクラゲのようで得体の知れない、【UB01 PARASITE】ことウツロイド。

二体のウルトラビーストを左右に従え、鹿角聖良は二人を睥睨し、悠と笑む。


聖良「まあ私も、以前とはまるで別人ですけれど」


マッシブーン、ウツロイド。
二体が善子と花丸へと襲いかかる!!!

709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:30:08.20 ID:ha7ZcpN9o
……




善子「……う、ぐ…!」

花丸「…っ、よし、こちゃん…」


戦塵が舞っている。

日常であればランニングや犬の散歩をする人々の姿、少し離れた場所には球技用のスペース。そんな河川敷は深々とクレーターを穿たれ、凄絶なる戦場へと姿を変えている。

地面を深く抉ったのはUBマッシブーンの拳打。
叩きつける、ただそれだけの仕草で爆弾が投下されたかのように地面が爆ぜる。
善子のドンカラスを叩き落とし、花丸のヌオーを打ち据えてみせた。

そしてUBウツロイドは“パワージェム”や“ヘドロウェーブ”、自身のタイプであるいわ・どくに一致する技を高威力で放ってくる。
アブソルを岩のエネルギー波で吹き飛ばし、ツボツボは毒素を浴びせて戦闘不能へ。

戦線は崩壊し、そして善子と花丸は地へと伏している。
マッシブーンが地面を殴りつけた衝撃に巻き込まれ、受け身も取れずに地面へと転がったのだ。

710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:33:08.41 ID:ha7ZcpN9o
理亞「姉さま…強い…!」


理亞は思わず息を飲んでいる。
姉がどんなポケモンでも自在に扱えるのはもちろん知っていた。
だが、UB複数体を扱ってみせる…ここまでの能力を有していただなんて。

そして聖良は前のように、マッシブーンへと指示を下して善子の腕を踏み付ける。


善子「っぐ…、また…!」

聖良「この行動に意味はありません。ただ、流れを踏襲してみようと思うんです。あの時の」

花丸「やめてください!善子ちゃんをやるなら…マルを!」

善子「うっさいずら丸!黙ってなさい…!」

聖良「前に比べて怯えが薄れている。やはり成長していますね。だとすれば、きっと彼女も」

花丸「彼女…って?」

理亞(そうか、姉さまは…)

711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:35:27.72 ID:ha7ZcpN9o
理亞との合流は果たせた。この河川敷からロクノテレビまではもう残り僅か。
今はまだ、テレビ局の警備が剥がれ切っていない。突入するまでには時間的猶予がある。

それなら…私情を優先するのもいいだろう。
聖良の瞳には一人のトレーナーとしての煌めきが宿っている。


聖良「高坂穂乃果、彼女は私が倒してみせる」


一戦を交え、確信がある。
高坂穂乃果という少女は、ヒロイックな運命を背負った人間だ。
オハラタワーで津島善子と国木田花丸、それにもう一人いた少女の危機を救ってみせたように、この二人が危機に陥ればきっと現れる…そんな馬鹿げた確信が。


聖良「運命論者ではないのですが…物は試し。そう言うでしょう?」

『ブブブブ…』


聖良が片手を挙げると同時、マッシブーンはその片腕を高々と振り上げている。
拳の照準は腕ではなく、善子の胸部へと定められている。
ダンプカーを叩き壊すその拳が、生身の人間へと振り落とされれば…


善子「……っ」

花丸「善子ちゃん!善子ちゃんっ!!」

善子「ずら丸…大丈夫だから。ヨハネがいつもアンラッキーなのは…こういう時のために運をストックしてるのよ」

理亞「ね、姉さま…殺すの?」

聖良「………マッシブーン、やりなさ


「ま、待った待ったぁ!!ストーップ!!!」

712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:38:32.15 ID:ha7ZcpN9o
聖良「ふふ…やはり来ましたね」


鹿角聖良はさらりと笑む。
救援の現れに苛立ちはなく、むしろ誰よりも待ち望んでいた。
マッシブーンを留めたまま、声の方向へと目を向け…

声の主は河川敷の斜面を駆け下り、否、滑って転んでずり落ちる!
ずざざと下へ、「ぶへえっ!」と締まらない声。草むらの摩擦でヒリヒリとする鼻先を擦りつつ、立ち上がって叫ぶ!


千歌「助けに来たよ!善子ちゃん!花丸ちゃん!」

聖良「誰ですか貴女は」


高海千歌、少女は聖良と対峙する。
まるっきりの初対面。肩透かしに、聖良のリアクションには若干の戸惑い!

さらにもう一人、河川敷へと続く坂に小柄な人影。赤いツインテールが揺れている。


ルビィ「待ってぇ千歌ちゃん!あ、うわ!?ひゃ…!?」

理亞「あいつは…!」

713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:42:48.60 ID:ha7ZcpN9o
まるっきりの同じ轍、千歌が足を取られて転んだのと同じ場所でルビィが躓き転がり落ちる。
どうやらそこに泥濘があるようで、どうにか立ち上がって格好を付けていた千歌の背後から転がって体当たり!


ルビィ「ぴぎゃあ!!?」

千歌「痛ぁっ!!?」


背後からぶつかられ、千歌は前のめりに再度転んで軽く顔をぶつけている。


ルビィ「ぅゅ…いたい…ごめんね千歌ちゃん…あ、マルちゃん!善子ちゃん!無事でよかったぁ!」

千歌「っ痛~!目がチカチカする…チカだけに!」

聖良「………」

千歌「ちなみに今のは、私の名前の高海千歌と、チカチカ~っていう擬音を掛けて…」

聖良「ああ、もう喋らなくていいですよ。私の相手は貴女じゃない…」

ルビィ「ち、千歌ちゃん…なんか怒ってるよ?変なダジャレ言うから…」

理亞「黒澤ルビィ。前見たときから、なんとなく無性にイラつく…!」

ルビィ「ひえっ…!る、ルビィ何も悪いことしてないのに!?」

714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:46:16.82 ID:ha7ZcpN9o
高坂穂乃果と戦いたかった。

だがそこに現れたのは見知らぬ少女、千歌。
戦意のぶつけどころを見失った聖良はそれを暗澹と滾る怒りへと変えている。
理亞は何故だか、ルビィを見ると苛立ちが募るらしい。同じ妹、同じツインテール。そんな一致が腹立ちを催させるのだろうか。


善子「二人とも気を付けて!そいつ、めちゃくちゃ強い!」

花丸「妹の方は三体倒してるずら!がんばって…!」

聖良「……」


ただ、聖良は千歌の手首にメガリングの輝きを見留めている。
少なくとも有象無象ではないらしい。そう気持ちを切り替え、戦闘態勢へ。


聖良「叩き潰してあげますよ。私は高坂穂乃果と戦わなくてはならないので…時間を掛けずにね」

理亞「黒澤ルビィ!泣かす!!」

ルビィ「な、なんでぇ!?でも…負けないよ。ルビィだって成長したんだから」

千歌「穂乃果ちゃんを狙って…?余計に倒さないとね。私は高海千歌!あなたを倒してみせる!!」


千歌のメガリングが穂乃果から託された物と、聖良は知らない。
聖良がツバサからの密命を帯びていることを、千歌は知らない。

勝たなければ聖良はテレビ局へと向かう、世界が終わる。偶然が生んだ邂逅は運命。
高海千歌、黒澤ルビィ。二人の戦いの幕が上がる!!

715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:47:36.57 ID:ha7ZcpN9o



ロクノシティ、西方ゲート。

広々とした四車線道路と、歩行者用の側道を含めたトンネルへと繋がる巨大な門が、跡形もなく崩れ落ちている。

両側の柱が驚異的な力によってへし曲げられ、さらに上から力任せに叩き潰された、そんな徹底した圧壊ぶり。
その破壊は不可視の力、サイコエネルギーによって為されたものだ。

警官隊、オハラフォース。
暴徒、アライザー、アライズ団。

ゲートの攻防に集っていたありとあらゆる勢力が跳ね除けられ、吹き飛ばされ、戦闘不能へと追い込まれている。
敵も味方もない。そこに立っているのはただ一人、超常の力を誇る蹂躙者、東條希ただ一人。

いや…まだ。

まだ三人、真姫、凛、花陽が立ち向かっている。

ただし少女たちの手持ち、総勢18体は既に半壊。
対する希のポケモンは、未だ一体も落ちていない。


希「ふーん、頑張るやん」

花陽「つ、強すぎるよぉ…!」

凛「意味わかんない!にゃ…」

真姫「真似しないで!ああもう、意地でも止めてやるんだから…」


三人、目配せを交わし…


凛「ガオガエン!“DDラリアット”にゃ!」


凛が先陣を切る!

716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:48:07.44 ID:ha7ZcpN9o
真姫は考察を走らせる。
劣勢にこそ、まずは慌てず戦況分析を。


真姫(凛と花陽、二人のトレーナーとしての能力はすごく高い。しかも連携がバツグン。
それに私も、自慢じゃないけど二人と同じか、少し上を行くぐらいは戦える)


デオキシス統合体、ポケモンとしての常識枠を超えた一体。それを計算に入れても、まともに戦わせてくれれば食い下がれる戦力はあるはずだった。


真姫(いくら希が強いって言っても、最低で四体までは抜けるだけの戦力がある。上手くすれば勝てるだけの…はずなのに!)

希「凛ちゃんってば、ウチのことそんなに見つめたら照れるやん~」

凛「うぐっ…!か、体が動かっ…!?」

希「あっち向いとってね」

凛「にゃああああっ!!??」

花陽「凛ちゃぁんっ!!」

717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:51:21.22 ID:ha7ZcpN9o
ガオガエンに攻撃指示を下し、さらに連動して追撃を与えるべく希を見ていた凛、その体が吹き飛ばされる!
希はただ手掌を煽っただけ。ただそれだけの仕草で人間一人を勢いよく飛ばしてみせるサイコキノ。

花陽が滑り込んで凛を受け止めてクッションに、二人して転げつつも辛うじて大怪我は回避している。


真姫「二人とも大丈夫?」

花陽「な、なんとか…」

凛「ありがとかよちん、助かったにゃ…あっ、ガオガエン気を付けて!」


ガオガエンはそのまま疾走、両腕を勢いよく回転させながら“DDラリアット”を放っている!
ここまでの戦闘、凛たちの前に高い壁として立ち塞がっているのは凄まじく高い防御性能を誇るクレセリアだ。
幾撃もの攻撃を重ねているのだが、“つきのひかり”などの回復技で自身の傷を修復してしまう。
希はプラス、横にもう一体ポケモンを出し入れしつつ攻撃を仕掛けてくる。
マフォクシーにスリーパー、攻防の分業が機能し、凛たちへと苦戦を強いている。

だが今は好機。
花陽のジュカインがやられはしたが、“リーフブレード”の一撃をクレセリアへと激烈に叩き込んだ直後なのだ!


凛(今当てれば倒せるよ!お願いっ、ガオガエン!)


しかし、希は薄笑みを絶やさない。


『ガォアアッ!!!』

希「おっと、あくタイプとまともにやりあうんは怖いね。ソーナンス、“カウンター”や」

『ソ~ナンスッ!』


新手、青くつるりとした奇妙な容姿、コミカルな表情のソーナンスがガオガエンの一撃へと身を晒している。
タイプはエスパー、ガオガエンの攻撃は相性抜群。その体へと多大なダメージを刻み込む!

…が、ソーナンスは“がまんポケモン”と称されるポケモン。高い体力で倒れずに耐え抜いている。
そして返しの刃、膨張する腕でガオガエンの鳩尾へと撃ち込むのは痛烈な“カウンター”!!


凛「ああっ、ガオガエンっ…!」

『グ、ガァッ……』

真姫「……やられた。これで残り8体ね…」

718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:53:55.65 ID:ha7ZcpN9o
相手の攻撃力が高ければ高いほど、ソーナンスが放つ反撃の威力は高まっていく。
凛のガオガエンの練度の高さが災いした。踏み止まろうとするも成らず、膝から砕けるように崩れ落ちて戦闘不能。

凛は悔しそうにボールへとガオガエンを収め、真姫と花陽は思わず息を飲む。
だが、劣勢だからと攻め手を緩めればこちらの負けが近付くだけ。畳み掛けていく他ない!

真姫と花陽は目配せを交わし、残るカードから最大威力の連携を組み上げる。


真姫(シャンデラで“オーバーヒート”を撃つわ。花陽はドレディアで…)

花陽(うんっ、“はなびらのまい”だね)

真姫(ええ、お願い。燃える花弁をお見舞いするわよ!)

それは真姫が普段使う戦術、“オーバーヒート”דリーフストーム”の疑似再現。
真姫のジャローダは既に倒されてしまったが、花陽のドレディアも相当の高レベルだ。
ただし、二つの技の威力が完全に拮抗していなければ炎が草を焼き尽くしてしまう。連携を為さない。


真姫(少し、手を加える時間がいる…!)

凛(凛が時間を稼ぐよ!)

凛「ライチュウ!ズルズキン!」

希「お、きたきた。クレセリア、それにマフォクシー。遊んであげよか」

花陽「気を付けて!凛ちゃんっ!」

真姫(仕掛けていった!今のうちに…!)


真姫は急ぎ、自分のカバンへと手を突っ込む。

719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:54:22.45 ID:ha7ZcpN9o
西木野真姫、ポケモン博士であるという特徴を抜きにしてトレーナーとしての能力を語った時、特筆されるのは各種、道具使用の巧みさだ。
ポケモン博士として日々、様々な道具や薬と接している。その頻度は一般トレーナーの比ではなく、必然的にその取り回しの上手さは向上していく。
普通のトレーナーが一つ道具を使う間に、真姫は二つ、物によっては三つと使ってみせることが可能だ。

そして今、真姫は二つの薬剤をカバンから取り出している。


真姫(スピーダー、それとスペシャルアップ。花陽のドレディアを強化して威力の釣り合いを取る!)

それぞれポケモンの素早さ、特攻を一時的に上昇させる薬剤だ。

つい先ほどもシャンデラの“オーバーヒート”の直後、白いハーブとピーピーエイドを立て続けに投与してみせた。
過剰加熱に特攻が低下してしまうオーバーヒートを好んで多用するのは、自分でリカバリーをしてあげられるからに他ならない。

トレーナーからの道具使用が禁止される公式戦では役に立たない技術。だが、博士の真姫はそもそも公式戦に出るつもりがないので問題なし。

真姫はドレディアへと手を伸ばして…が、希はそれを許さない。
凛のポケモンたちをクレセリアとマフォクシーであしらいつつ、希自身が真姫へとその掌を向けている。


希「おーっと、チートは禁止やん?」


伸びる不可視の力波!

720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:56:45.39 ID:ha7ZcpN9o
真姫「あっ!道具が…!」


希自身の念力は真姫の手元から二つの薬を掠め取り、そのまま遠くへと飛ばしてしまう。
見えない力、それをポケモンへの指示というワンクッションを挟まず自在に使役してくるのだから回避しようがない!


希「ついでに、軽くペナルティやね」

真姫「っぐ、がふっ!!」


そして希はそれだけに留まらず、念波で真姫の体を上から叩き伏せる。
軋む頭蓋と背骨、真姫は悲鳴をあげて地面へと押し潰される。

首に背筋に、無理な加力に全身が痛んでいる。
重傷ではないが、すぐには立ち上がることができない。


花陽「真姫ちゃん!」

真姫「大、丈夫…っ、凛と仕掛けて!」

花陽「うんっ、ドレディア!“はなびらのまい”!」

721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:57:46.46 ID:ha7ZcpN9o
真姫との連動は成らず、単発での発動。
しかしドレディアが撒き散らす花弁には強力なくさタイプの力が秘められている。
一枚一枚が触れれば爆ぜるエネルギーの塊、無数のそれが相手を押し包むのだから威力は推して知るべし!


真姫(さすが花陽のドレディア、いい威力してる…!)

希(威力もやし、視界が閉ざされてる。少し厄介やね)

花陽(そう、この技は相手の視覚を邪魔できるのも便利なところなんだ。そして…)

凛(凛だけは!何度も見てるから花びらの軌道を見切れるもんね!)


ライチュウと凛、仲良く培った絆は思考イメージを共有させる。
言葉を交わさずとも、凛が見抜いた“はなびらのまい”の隙間を同瞬、ライチュウもまた見抜いている。

ズルズキンが身を仰向けに、足を折り曲げて力を込める。
そこにライチュウが飛び乗り、それは簡易のカタパルト。凛が命じる!!


凛「ライチュウ!“ボルテッカー”にゃっ!!!」

『ラァアアアイッ!!!!』

希「…!」

722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 15:59:01.82 ID:ha7ZcpN9o
雷撃を纏った猛進、存分に速度の乗った一撃が花弁の乱流を潜り抜ける!
ベール状、クレセリアを保護する月の魔力壁へと直撃し、激しく輝く雷鳴!!!


希「っ、と…まだ破れんよ!」

凛「ふっふん、凛だけならここまでだけど…かよちん!」

花陽「今ですっ!ドレディアさん!」

『ディアアアッ!!!!』


舞い続けていた“はなびらのまい”が、クレセリアへと殺到!

例えるなら花の精。そんな愛らしい容姿のドレディアだが、頭の花を美しく咲かせるのはベテラントレーナーでも難しいとされている。
だが花陽のドレディアの花弁は、ポケモン博士である真姫が知るあらゆるドレディアの中でもトップクラスに美しい。
ひかえめでたおやかで、それでいて芯に輝く強さの色。
小泉花陽という少女の人間性を体現したような、そんなドレディアが放つ花撃、破格の威力は語るまでもない。
舞い、殺到し、炸裂!!!

723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:02:37.67 ID:ha7ZcpN9o
威力の余波に、希はわずかに顔をしかめている。

ここまでは翻弄してきたが、凛と花陽のポケモンたちは総じてハイレベル。
いかなクレセリアであれ、二連撃はさすがに痛い。
だが、辛うじて耐えた。


希「っ、今のは相当やね…だけどクレセリアを倒すにはあと一歩」

真姫「いつまでも寝てると思わないでよね。シャンデラ、“シャドーボール”!」


ゴーストタイプの念弾、エスパーへの有利撃を、真姫は起きざまに如才なく叩き込んでいる。
シャンデラの性能は今更語るまでもなし、ついにクレセリアの頑強な耐久性が突破され、神秘的な鳴き声と共に倒れる!

だけではない!


凛「ズルズキン!“かみくだく”!!」

花陽「メブキジカさん!“メガホーン”ですっ!」


希の攻め手に初めて見えた綻び、連動する三人が見逃すはずもない。
残存戦力をまとめて投入、エスパーに対して効力を発揮する攻撃を集め、スリーパーとソーナンスを立て続けに撃破している。


希「っと、次から次から…!」

真姫「まだよ」


真姫、凛、花陽、仲の良い三人、一度火が点けばその連携は容易には終わらない。
もう一押し、真姫が身構えている!

724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:08:34.15 ID:ha7ZcpN9o
真姫「行くわよ!スターミー!」


真姫が繰り出したのは手持ち最後の一体、スターミーだ。
それなりにスピードに長けていて対応範囲の広い、バランスの良い一体。
だが、メガシンカ体のように盤面を覆せる類のポケモンではない。

真姫はあくまでポケモン博士、戦闘は自衛のために嗜む程度。
そのため、ポケモンに負担を強いることになるメガシンカを自分で用いるのは好まないのだ。


真姫(あれはポケモンと一緒に旅をして戦い、傷つき、苦労を分かち合ったトレーナーだけに許される力。私はそう思ってる)


故に、真姫はメガリングを使わない。
その代わり、真姫の腕には別種の輝きが煌めいている。
それは海未が身に付けているのと同じ、一度きりの大技の力をポケモンへと与えるZリング!
手を面前でクロスさせ、顔を赤らめながら真姫は叫ぶ!


真姫「恥ずかしいからあんまり使いたくないのに…恨むわよ、希!」

凛「あっ!真姫ちゃんが踊ってるにゃ!」

花陽「手をゆらゆらさせて…真姫ちゃんっ、かわいいよぉ!」

真姫「う゛ぇぇ…っ、ぜ、Z技ぁ!!“スーパーアクアトルネード”!!」

希「っと、これは…!」


スターミーが放った膨大な水の乱流が、希のマフォクシーへと直撃!!!

725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:09:07.60 ID:ha7ZcpN9o
希「うーん…アカンね、これは耐えろってのが無理っぽいわ」

真姫「……これで、四体!!」


クレセリア、スリーパー、ソーナンス、マフォクシー。
一気呵成の攻めに、当初真姫が見ていた最低限のライン、四体撃破までは漕ぎ着けた!

真姫のそばへ、凛と花陽が駆け寄ってくる。
未だ緊張は保ったままだが、その瞳にはやれるという手応えと勇気が滲んでいる。


花陽「ふう…なんとか、一気に押せたね…!」

凛「やぁぁっとクレセリアを倒せたよ!攻撃してもしてもしても倒れないんだもん!」

真姫「スリーパーを潰せたのも大きいわ。あの強力な“さいみんじゅつ”に何匹も潰されたから…」

花陽「うん、だけど…問題はここから」

凛「もう疲れたにゃ…」

真姫「気を抜いちゃダメよ、凛、花陽。油断したら…どうなるか」

726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:13:49.41 ID:ha7ZcpN9o
希「あーあ、ウチも意外と大したことないなあ。年下の真姫ちゃんたち相手に負けちゃいそうやん?」


そう言って戯けた口調、希はわざとらしく眉を顰めている。
真姫たちは緊張したまま反応を返さない。残念そうに掌をひらりと煽り、そして希は残り二つのボールをふわり、触れずに宙へと浮かべてみせる。


希「ウチの切り札、メガフーディン。それとご存知デオキシス統合体。どっちがいい?メガシンカの脅威と、種族値合計910の暴力と」

真姫(この口ぶり、今の希はデオキシスの全力を引き出せるってこと…?)


真姫はその戦力を想像し、息を飲む。
だがまだ付け込むべきポイントはある。希の中に押し込められている葛藤だ。

これは真姫たちが知る由もないことだが、希の洗脳の深度は絵里よりもさらに深い。
前日のミカボシ山、ことりとの戦いで脳を酷使した影響で、洗脳への抵抗力が失われているのだ。

727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:15:15.54 ID:ha7ZcpN9o
だが、希本来の意識が少し邪魔しているのだろうか。
ポケモンたちと自身が自在に念動力を使えるにも関わらず、真姫たちへと致命的な攻撃を繰り出してきてはいない。

今し方の連撃を防げなかったところを見ても、判断力の類はいつもより低下しているように見える。


真姫(だったら、そこに付け入る隙はあるはずよ)


そう真姫は考えている。だが…


希「………ごめん、三人とも。もうウチ…」

凛「希ちゃん!?」

花陽「意識が戻って…!」

真姫「いや、違う!?」

希「っはは!衝動を…抑えられんっ!!………フーディン、メガシンカ」


現れるフーディン、輝くメガリング。
念波の奔流が渦を巻き、メガフーディンへと姿が変貌している!

真姫、凛、花陽は応じるべくそれぞれのポケモンへと指示を…出せない!!


真姫「ぐ…っ、…!?」

凛「首、がぁ…!」

花陽「ぁ、締め、られ…っ」

希「ま、今までまともに戦ってあげたんはサービスやね。メガフーディン、“サイコキネシス”」

『シュウウウウッッ!!!!!』


圧倒的な念動力が放たれ、三人が繰り出していたポケモンたちを見る間に蹂躙していく。
いかに鍛えられたポケモンたちでも、指示を受けられなければ判断が遅れる。
希のメガフーディンは、そんな状態で抗える相手ではない。

叩きつけられ、薙ぎ倒され、数種の技を織り交ぜられ、ほんの二十秒足らず。


希「はい、全滅やね」

真姫「嘘、でしょ…!」

728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:16:14.82 ID:ha7ZcpN9o
あまりにも酷い。三人はトレーナーとしての実力で負けたわけではない。
いや、メガフーディンの力は凄まじかった。正面から戦っても負けていた可能性は高い。
だが、希の念力で首を締め上げられ、指示を出すことさえできなかった。
三人は戦いの土俵に上がらせてもらえていない!


真姫(こんなの、誰が相手でも勝ち目がない…!見えない力に、どう立ち向かえば…!)

希「さて、これで真姫ちゃんたちを助けられるポケモンはいないわけやね」


軽やかに歩き、希は宙に拘束したままの三人の顔を順に眺める。

負けず嫌いの真姫は悔しげに、希を睨みつけている。
凛は拘束から逃れようと手足をばたつかせている。
花陽は洗脳に人格をねじ曲げられた希を悲しげに見つめていて、そんな三人を見比べ、希は迷うような表情を浮かべ…頷く。


希「仲良しの三人をバラバラにするのも可哀想やし…一緒に逝かせてあげんとやね」

真姫「な、にを…!」

希「痛みはないから安心してええよ。エスパーの技ってね、なかなか汎用性が高いんよ」


まるで希らしくなく酷薄に。
目は無表情のまま、口元だけを歪ませてメガフーディンへと指示を下す。


希「“テレポート”」

729 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:16:42.22 ID:ha7ZcpN9o
瞬間、テレポートによる奇妙な浮遊感が三人を包む。
上下左右がごちゃ混ぜになるような感覚に襲われ、しかしその感覚はすぐに失せる。

希の力に掴まれていた喉は解放されていて、欠乏していた酸素を呼吸に取り込み…
眼下に、戦場と化したロクノシティが見えている。


真姫「な…」

凛「え?」

花陽「う、わ…!?」

希「地上800メートル。ビルで例えたら多分200階とか、もうちょい上やろか?適当やけど」

真姫「そ、んな…っ!!」

希「バイバイ、三人とも」


落ちる!!!
三人の悲鳴が落ちていく!!!

この高度から地上へと落ちれば、人間の体が原型を留められるはずもない。待つのは確実な死!
ついに破壊衝動を抑え込めなくなってしまった希は、真姫、凛、花陽に地上へと死のダイブを敢行させ、それをじっと見つめている。

ふと、落ちていく真姫と目が合う。真姫は悲鳴を噛み殺し、じっと希を見つめている。
希はその口の動きに、真姫の言葉を読む。

730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:17:10.66 ID:ha7ZcpN9o
真姫「希……っ」

希「………恨んでええよ」

真姫「必ず、あなたを助けるから!!」


凛も花陽も、落ちながら希の顔を見上げている。
希の表情は涙でぐしゃぐしゃに崩れていて、狂気を制御できず、ついに三人を殺めてしまった悔悟に心が軋んでいる。
真姫の鞄の中には手段がある。今の希を気絶させることは難しくても、その洗脳を解きほぐすための確たる手段が。

だが現実、三人は地上へと落ちていく。もう戦う術が残されていない。
地表へと叩きつけられ、トマトのように潰れてしまうまではたったの十数秒。
真姫たちにできることは何もなく…

ドボン、と。


凛「に゛ゃっ!!わ…ぷ!?」

真姫「がぼっ…!?ヴェ…!」

花陽(な、なにこれ…!!?水…?)

731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:18:44.04 ID:ha7ZcpN9o
三人がぶつかったのは地上ではない。
水面へと叩きつけられ、そのまま飲み込まれ、クリアな水中へと沈んでいく。
いくら水への落下とはいえ、相当な距離を落下していた。普通ならば全身の骨が砕けて即死だろう。

だがその水は随意に制動されていて、まるでクッション。
真姫たち三人の落下衝撃をある程度殺しつつ、柔らかく受け止めている。それでもある程度は痛いが。

運動神経の良い凛がすぐに対応し、溺れかけている真姫と花陽の体を支えた。
と、束の間。渦に包まれ、ウォータースライダーのように三人は水中を流されていく。

そして気が付けば、ざばっ!と勢いよく排出されて草むらへ。


花陽「ぴゃあっ!?」

凛「いたあっ!!」

真姫「痛ぅ、腰打った…」


見上げれば、そこには膨大な水塊。
オハラフォースのヘリが上空を飛んでいて、きっと彼女はそこから現れたのだろう。

数百トンにも及ぶ水量を操る、そんな芸当ができるのはアキバ地方に彼女一人。

四天王、松浦果南。
同じく四天王、東條希との対峙。


真姫「……あと、任せていいかしら」

果南「うん、任されたよ」

732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:20:06.95 ID:ha7ZcpN9o
果南は力強く頷き、狂気に飲まれてしまった同僚を見上げている。
四天王の中では新参だが、人当たりの良い希とは既に仲が良い。果南にとってもこの対峙は、友人を救うための戦いでもある。

対し、希にとってこの会敵は想定内。覇気に満ちた果南の接近を、数分前から感じ取っていた。
真姫たちを“サイコキネシス”で即座に殺めることもできた。
だがそれを選ばず、“テレポート”での高空落下を選択したのは洗脳への最後の抵抗。
もし果南が間に合えば、三人を救ってくれるはず…そんな未来に望みを託したのだ。
想いは成った。だがそれを最後に、希の正気は底を付いている。

もはや相対するならば、死闘は避けられないだろう。

そんな状況下、果南にとっては重要項がもう一つ。


希「………相手が相手、ウチも全力で行くべきやね。出ておいで、デオキシス」

果南「そう、そいつ。オハラタワーではそれのせいで酷い目に遭ったんだよね。今日は負けないけど」


果南にとって、オハラタワーの敗北は英玲奈にというよりデオキシス細胞による奇襲のせい。
だったらデオキシス本体を倒せば、あの日のリベンジになる!と、果南のシンプルな思考回路はそんな結論へ帰着している。

禍根試合に気合は十分!

だが、希が駆る不可視のサイコエネルギーを、トレーナーへの妨害を破らなければそもそも戦いにならない。
それを真姫から手短に伝えられ、しかし果南は余裕を保ったままに不敵な瞳を。


果南「だったら…今の希に勝てるのは、もしかしたら私だけかもね」


考えるよりは動く方が得意。そんな果南だが、今に限れば策がある。

戦気は静かに漲り…
二人の四天王は死闘へと突入していく。

733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:20:57.65 ID:ha7ZcpN9o



にこ「ぐ…げほっ…!」


ビチャビチャと、咳に混じって喀血。
尋常な量ではない。きっと内臓のどこかが壊れているのだろう。

刑事スマイル、矢澤にこは柱へとその背を預け、乱れきった呼吸を必死に抑え込む。
暴徒に荒らされ、一夜にして廃墟のような有様の学校にいる。
ツバサとミュウツーとの交戦の最中、束の間の一休憩といったところか。

体に動かない箇所は?
左肩が上がらない。肩の骨がいかれているのだろうか。
右のふくらはぎは引き攣るように痛い。全力で逃げ続けたせいで、きっと筋繊維が断裂しかけているのだ。
呼吸をするだけで全身が軋む。少年誌ばりに、肋骨に数ヶ所ヒビが入っているのかもしれない。
無理もない、あの綺羅ツバサから猛然の連打を受けてしまったのだから。


にこ「ぐ、ぬぬ…強すぎんのよ、あのバケモノ…にこと身長同じくらいのクセに…!」

734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:21:31.06 ID:ha7ZcpN9o
腹立たしげに呟き、闘志は未だ健在。

熟年刑事ならここで気付けにタバコをふかすか、スキットルからウイスキーを一口、そんな場面だろうか。
だがにこはそんなオヤジ趣味なものは嗜まないので、風邪気味の時に買ったままコートの内ポケットに入れっぱなしだったロキソニンを数錠口に放り込んでガリゴリと噛む。
痛み止めだ。多少はマシになるかもしれない。骨折だのの激痛を抑えられるかは微妙だが。

立ち上がって廊下、水道からザバザバと水を出して飲む。
薬を噛んだせいで口の中がエグい。ポケットに入っていたブロックチョコを噛んで甘味で誤魔化す。絵里がくれたものだっただろうか。

口元を袖で拭い、そしてにこは疑問を抱く。


にこ(ツバサ、まだ追ってこないの?もう数分経ってる…)


……揺れ。軋み。

にこは気付く。校舎全体が揺れ始めていることに。
その振動はすぐに強く、大きくなり…!


ツバサ「休憩はできたかしら?」

にこ「ったく…嫌になるっての…」


にこの瞳にはツバサとミュウツー、そして夜空。
にこのいた校舎、四階建ての全体が引き抜かれ、持ち上げられている。
それをおもむろ、街の方向へと投げつけてビルを倒壊させ…

ツバサはにこの側へと降り立ち、格闘の構えに姿勢を落とす。


ツバサ「さ、続きをやりましょうか」

にこ「っ、見せてやるわよ…ラブにこ魂ってモンを!!!」


スタンバトンを右手に構え、爆ぜる電光。にこは瞳に意地を光らせる!!

735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:22:22.16 ID:ha7ZcpN9o
蹂躙劇は酸鼻を極めている。

市中、ミュウツーの念波動に倒壊したビルは二十に迫る。
戯れに車両を空へと放り、ハイウェイへと圧を掛けて横倒しに。
交通の要衝、幹線道路へと掌を落とせば凹み、大陥没。
走る亀裂は三キロ四方、ロクノの地盤がそのまま沈み込んでいる。

その気になれば、あるいはあの月さえを掴み、引き落としてみせるのではないか…
そんな錯誤を見る者へと与えるほどの、げに恐ろしきは綺羅ツバサ。そしてミュウツークローン。

そんな人魔に目をつけられ、追われ、満身創痍ながらにまだ健在なにこ。
傍らにはメガクチートを控えさせていて、全身を散々と痛めつけられても諦めは皆無。
そんなにこを好ましげに見つめながら、ツバサは接敵の気配を纏ったままに口を開く。


ツバサ「素晴らしいわね、死なずに逃げ続けるその生命力。生死の際での判断力」

にこ「ハッ…そのミュウツーとアンタの破壊、大雑把すぎんのよ。瓦礫やらなにやらしょっちゅう死角ができてんじゃない」

ツバサ「確かに、何度も見失ってはいるわね。でも問題ないの。あなたの生命反応はミュウツーがキャッチし続けてるから」

にこ「……っ」

ツバサ「地球上のどこにいたって、あなたは死ぬまで私たちの追跡から逃れられないってこと」


そう告げて、ツバサは微笑う。


ツバサ「あなたと遊ぶの、すごく楽しい。好きよ、刑事さん」

にこ「はぁ?人のことボッコボコにしといて気持ち悪っ」

ツバサ「ふふ、怒らないで?昔からね、誰も彼も、私が構うとすぐに壊れてしまうの」

にこ「んなもん、アンタがぶん殴るからでしょうが」

ツバサ「体だけの話じゃないわ。心もね」

にこ「………」


にこは睨み、押し黙る。
言われるまでもない。綺羅ツバサに壊された人間なら何人も知っている。
大好きなママを始め、たくさんの刑事たち。数え切れないほどの罪なきトレーナーたち。

736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:22:57.24 ID:ha7ZcpN9o
それに、この女の言う通り、壊されるのは体だけではない。
ことりが歪んでしまったのは非力なうちに綺羅ツバサと接触してしまったせい。
海未もオハラタワーでの敗北が心に棘として残り、危うくマイナスへと傾きかけていた。

言うなれば害種。触れただけで全てを負へと引き込む暗黒星。
それが綺羅ツバサという存在だ。

改めて怒りを内燃させるにこ。
その目鼻を眺めながら、ツバサは愉快げに首を傾ける。


ツバサ「なのにあなたは叩いても折れず、曲がらず、壊れない。まるで形状記憶合金ね」

にこ「……バカみたいな例えすんのやめてくんない」

ツバサ「フフ。そんな相手が自分から突っかかってきてくれるんだから、気に入って当然。
英玲奈とあんじゅもそうだけど、私は一緒に遊んでくれる人間が大好きなの」

にこ「……そりゃどうも。だけど、調子こきすぎてんじゃない?」


にこの背後…猛烈に響き渡るプロペラ音が複数。
オハラフォースのヘリが三機、四機と現れている!


にこ「来たっ!!」

ツバサ「あなたたちも遊んでくれるのかしら?」


にこはこれを待っていた。
細かな状況はわからないが、オハラのマークからしておそらくは味方。市内の空を飛び交う軍用ヘリの援軍を!

絵里とツバサを分断できた、その戦術価値は限りなく大きい。
群れ飛ぶ軍用ヘリの銃口から、お構いなしに銃弾を浴びせることができるからだ!


にこ(ぶっ潰れろ!)

【━━━Open Fire!】


キュウンと高鳴、AH-63・Braviary戦闘ヘリ、その銃身が激しく回転を始める。

そして斉射!!!

機体底部に備え付けられた30mm口径のチェーンガンが怒涛の如く弾丸の雨をミュウツーへと浴びせかける。
秒間10発以上のペースで放たれる鋼鉄の嵐、それをヘリ四機から一斉射で!

737 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:25:10.25 ID:ha7ZcpN9o
にこ(うぎゃあ!!こ、鼓膜がやられる!!)


にこは身を伏せ、その前にメガクチートが立ってトレーナーを守っている。
耳を塞がずにはいられない、チェーンガンの砲火はそれほどの轟音!

いくらミュウツークローンと言えど一個の生物。生じさせるバリアフィールド、その耐久力には限度がある。
そしてミュウツークローンは元はオハラグループが管理していた生命体、オハラフォースはその防御性能の限界を把握している。
綺羅ツバサとの精神リンクでサイコエネルギーが強化されているにせよ、飽和攻撃を浴びせかければいずれバリアは砕け散る。


『ミュウウウウウ…!!』

ツバサ「なるほど、流石に米軍仕様…こんなのに目を付けられ始めると、リーダーが身を晒すのも今後は控えていかなくちゃね」

にこ「今後なんてないっての!ここでくたばれ!!!」


シュボ、と抜けるような音が高空に。
戦車を破壊できるだけの威力を有した空対地ミサイル、AGM-114・ヘルファイアがミュウツークローンへと放たれている。
両翼からそれぞれから一発、その片方がバリアへと着弾し、爆火に砕け散る無色の壁!

そしてもう一発がミュウツーへ迫る!!

だが、ミュウツーはそれを素手で掴み受ける。
噴射の勢いに掌を押され、右肩が背後へと大きく流れ…爆ぜる!!!


ツバサ「まだまだ」


もちろんと言うべきか…ミュウツーは無傷だ。
全身へと纏ったサイコフィールドで、爆圧を受け流している。
そう、バリアは二段構えなのだ。にこは思わず驚愕に唸る。


にこ「もう一枚…!?」

ツバサ「人間だって防弾チョッキを着るでしょ?」

738 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:25:36.69 ID:ha7ZcpN9o
遠隔バリアとは別にもう一枚、バリアを“着ている”。
それはオハラフォースの情報にもない能力、ヘリ内に動揺が走る。
彼らは手持ちのデータを大幅に修正しなくてはならない。
ミュウツークローンは綺羅ツバサとの精神リンクで、力だけでなく卓越した技術をも身に付けているのだ。


ツバサ「ミサイル如きでミュウツーを落とせると思わないことね」

にこ「み、ミサイル如き…って」


『クチィィ…』とメガクチートは唖然。メガシンカポケモンから見てさえ、ミュウツークローンの戦闘力はあまりに破格。
レベル100の猛威とはこうまで凄まじいものか!

そしてミュウツーは腕を薙ぐ。
それは発生させているバリアと“サイコブレイク”の合わせ技。
上空、幾何学形状の薄光が実体化。薄刃のように鋭く拡がり、戦闘ヘリの一機を真っ二つに両断している。爆散!

739 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:26:11.40 ID:ha7ZcpN9o
直後、立て続けに飛来する数発の対地ミサイル。
ミュウツーはその一発へと右手の三指を翳し、握る。ミサイルは圧を掛けられて空中で爆華。
もう片方の腕を回すように泳がせれば、残る全てのミサイルは踵を返して弾頭を空へ、ヘリへと目掛けて来た道を戻り…着弾。

その誘導性能を遺憾なく発揮し、戦闘ヘリを全て撃墜。
わずか数分、損害額は二百億を下らない。

ツバサはにこへと視線を向けて、困ったように肩を竦めてみせる。


ツバサ「ほら、もう壊れた」

にこ「っ、ぐううう…メガクチートっ!“ふいうち”!!」

『クッチィィィ!!!』

ツバサ「おっと…」

にこ「っとぉ!見せかけて逃げるわよ!!!」

『クチッ!』

ツバサ「ふふ、“了解”だって。以心伝心ね」

740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:27:33.52 ID:ha7ZcpN9o
反転、にこはまろぶように全力疾走!!

墜落したヘリが炎上する校庭を抜け、角を曲がって一直線に走る。
どうせ生命反応だかなんだかでキャッチされているのだ、路地へと駆け込んでも意味がない。だったら走りやすい大道を駆ける!
背後に見えるツバサたちを振り切るように走り、走り、壊れかけている全身に鞭を打ち、角を曲がり、直線を進み、階段を駆け上る。
誰か、オハラフォースの新手でもいい、警察でもいい、とにかく味方戦力との合流を…!

だが、ツバサとミュウツークローンはその面前へと滑り込む。


ツバサ「“はどうだん”」

にこ「“はたきおとす”ッ!!!」


腰溜めの構えから両手を突き出し、ミュウツーは発光するバレーボール大の念弾を放つ。着弾すれば強い衝撃波を生むそれは、先のミサイルよろしく相手へと追尾誘導する性質を有している。
逃げても無駄、ならメガクチートで防げ!

ツインテールめいた触手を思いきり振り落とし、波動弾がにこへと着弾するのを辛うじて阻止。
だが技がぶつかった衝撃は空波としてにこの体を叩く。思わず目を閉じてしまい、そのコンマ秒の間にツバサが懐へと滑り込んできている!

腰を落とし、眼光は鬼。定めた狙いはにこの人体急所…


ツバサ「四撃必誅…」

にこ「や、ばいッ…!」

741 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:28:31.02 ID:ha7ZcpN9o
にこ「だらあっ!!」

ツバサ「無駄」


ツバサの腕は円軌道を描き、苦し紛れに振るったスタンバトンを流と受け流す。

活歩からの間合いは近接、ツバサは腰を沈めて震脚。
打ち鳴らす靴裏、アスファルトを通じてビリリと力が伝わる、そんな錯覚ににこは慄然。
半身、その拳は鋭利な刃にして鈍器の重感。十全に勁を滾らせた一撃が唸る。


にこ(し、んでたまるかぁ!!)


にこは動かない左腕を気合いで持ち上げ、その拳を肘で受ける。
カウンター気味、硬い肘を当てることで拳を叩き壊してしまえと!

だがツバサの拳は一打必壊、砕けたのはにこの左肘の方だ。
激痛に絶叫する間もなく、ツバサはさらに踏み込み、にこに背を向け…


ツバサ「呀!!!!」

にこ「ぐっぶ…!!!」


その威力は爆発、まるでトラックに直撃されたような。ショートレンジからの凄絶な体当たりが叩き込まれる!!!


にこ「ぐ、か…っ…!(鉄山、靠っ…!?)」

ツバサ「正確には貼山靠。なんか知らないけど日本人って好きでしょ?この技」


これで三撃。にこの体は今にも内側から弾けるのではないかと思うほど、甚大なダメージを刻まれている。
貼山靠のベース、八極拳には“二の打ち要らず、一つあれば事足りる”と謳われた拳士もいるが、ツバサの体技はあくまで我流。
他にも截拳道やら諸々の流派が混ぜ込まれていて、小柄で体格に劣るツバサが屈さないため、自分の体に合わせて組み上げ最適化させてきた動作だ。

故に、徹底的。
一撃での確殺より、軽打と致死撃を織り交ぜての連打で織る必殺の網。

貼山靠はあくまで崩しの技。
にこの防御姿勢は完全に崩れていて、逃れ得ようもない。
ツバサは少しの寂寥を抱きつつ双拳、決殺の一撃を…


ツバサ「再?」


撃ち放つ。

742 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:29:34.17 ID:ha7ZcpN9o
……結論から言えば、にこはツバサの一撃を逃れている。

殺拳から逃れた小柄な体は後ろへと吹き飛び、空を舞い…どさりと。
受け身を取ることさえ叶わず、アスファルトの上へと跳ねるように打ち付けられている。


『ゴロオオッ…!!』

『クチイィッ!!!』


メガクチートと、現れたばかりのゴロンダが悲痛な声を上げてにこへと駆け寄っていく。
矢澤にこの腹部には強打の痕が残されている。服の下は青黒く痣になっていて、医者が顔をしかめかねないほどに様々な骨が折れ、内臓の一部が潰れている。

綺羅ツバサの拳を避けたにも関わらず、何故にこはこれほどまでの重傷を負ってしまっているのか。


ツバサ「……呆れた。まさかそこまでするなんてね」

743 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:30:37.46 ID:ha7ZcpN9o
あのツバサでさえ、わずかではあるが唖然に息を飲んでいる。

にこは致死の瞬間、あらゆる生存の可能性を模索した。
左腕は完全に壊れた。
左右、背後への回避は?今の一撃で足が止まっている。動けない。しゃがむのも無理。
なら前へ、頭突きで怯ませる?間に合わない。そもそもツバサはそれほど甘くない。

死、死、直近する死。

諦めるな!!

死の実感に、にこの思考はさらなる加速を。
残り、動かせる箇所は?
右腕、スタンバトンを払われはしたがダメージを受けたわけではない。
右腕で何ができる?ツバサの拳を止めるのは無理、カウンターを打てる体制ではない、腰の…ボール!
ボールの中にはまだゴロンダが入っている!

手を降ろして開閉スイッチを押している。
瞬間、現れるゴロンダ。ツバサを殴らせる?いや、位置が悪い。だったらどうすれば…答えは一つ!


にこ「にこをぶん殴って!!!!」


結果、にこは致死を逃れている。
ゴロンダの鉄拳に腹部は凹み、骨は砕けて内臓は損なわれ…
立つ。足をガクつかせ、口からこぼれ落ちる大量の血ヘドで服を染め、それでも矢澤にこは立っている。


にこ「まだ…っ、生きてるわよ…ツバサぁ…!!」

ツバサ「………」


微か、ツバサは悪寒を覚えている。

744 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:35:00.05 ID:ha7ZcpN9o
見上げれば、すぐそばにロクノテレビの電波塔。
逃げるにこを牽制、誘導、その経路をこちらへ向けさせていたのだから当然だ。

ツバサは寸時、思考を逸らす。
聖良は来ているだろうか?まだ気配はないが…
来ていないとすれば、倒さなければならない敵と対峙しているのだろう。
だとして、問題はない。その可能性があったからこそツバサと聖良、二手に分かれての行動だ。片方が辿り着いたのなら、何の問題も…


にこ「目ぇ、逸らしてんじゃないわよ…!!」

ツバサ「……ゴロンダに自分を殴らせて後ろへ移動、私の拳を回避。なるほど、確かに死は免れた。けれど正気の沙汰じゃない」

にこ「はっ…消去法の問題よ」

ツバサ「消去法。」

にこ「あんたの拳で死ぬより、相棒にぶん殴られてくたばる方が千倍マシ、ってね…!」

ツバサ「……なるほど?」


実際は精神論だけでなく、多少の算段もある。
ゴロンダは人間の犯罪者を殴り倒して捕らえることもあるため、人間を殴っても殺してしまわないための力加減が上手い。
ボールから飛び出してすぐのとっさの指示でもにこの絵図通りに動いてくれる確信と信頼があった。

問題は、既に満身創痍のにこの体がゴロンダの力加減に耐えられるか否かという点だったが、一応、辛うじて。

745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:35:30.54 ID:ha7ZcpN9o
そして今も、にこの瞳に意思は潰えない。
ロクノテレビ近辺はツバサにとっての目的地であり、対してにこにとっての目指していた地でもある。

ズタボロのにこが手を掲げると…参集。
ロクノテレビの警護に当たっている警官たちが、綺羅ツバサへと一斉に銃口を向けている。
その数は総勢、三十名ほど。英玲奈やあんじゅ、その他アライズ団の暗躍により警備を薄められてしまっている。

先のオハラフォースに比べれば、随分と頼りない数だが…


にこ「警察舐めんじゃないわよ!!全員っ、撃てえ!!!」


一斉に銃口が火を噴く!!!

746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:36:50.93 ID:ha7ZcpN9o
二十名も集えば、日本警察の不慣れなピストルであれそれなりの弾火が乱れ飛ぶ。
十分な殺傷力を持った射撃がツバサたちを囲っている。

だが無論、ミュウツークローンには通用していない。
まるでそよ風の中にいるかのように、身じろぎ一つせずにバリアで弾丸の全てを受け落としている。


ツバサ「さっきの戦闘ヘリに比べれば豆鉄砲ね。ただ、少し厄介なのは…」


「ヘルガー!“あくのはどう”だ!」

「ウインディ!“かえんほうしゃ”っ!!」


警官隊には警察犬ポケモンたちも帯同している。
銃弾と併せてポケモンたちの攻撃までを織り交ぜられると、ミュウツーであれ少し煩わしい。
これが特殊部隊ともなるとカイリキーなどのポケモンを連れ始めるのだが、その手の警備はテレビ塔から引き剥がせているようなのでマシな方か。

ツバサとミュウツークローンは意思を疎通。
指示を下すまでもなくアスファルトを砕き、瓦礫へと変じて警察とポケモンたちへと放つ!
そのままにしていればすぐさま全滅だろう、だがまだ!にこがいる!


にこ「メガクチート!!」

『クチイッ!!』

ツバサ「ミュウツー、“サイコブレイク”」

『ミュウウウッ…!』

747 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:37:19.16 ID:ha7ZcpN9o
“サイコブレイク”は念波動へと物理実体を与える技。
これまでミュウツークローンはその用途を、圧倒的なサイコエネルギーを壁のようにぶつけての大破壊に限定してきた。
限定というより、それ以外の活用をイメージできていなかった。

しかしツバサがにこを相手に見せた体術戦に、ミュウツーは近接戦闘の強固なイメージを固めている。
力を流動させ、固め、成すは長柄。
エスパータイプが力を伝達するのに最善の形状、流線と曲線美。
それは巨大な錘のような…否、球体ではなく凹んでいる。

例えるならスプーン状、そんな銀を手に。
薙刀のようにメガクチートの顎を受け、返し、掲げ…
弛緩からの急動、メガクチートを地面へと叩きつける!!!!


『クチぁ…っ…!』

にこ「ありがと、クチート…。ゴロンダ!!ブッ込んできなさいっ!!!」

『ゴロアァッ!!!!』


ゴロンダは吠えてミュウツーへ!

敬愛する主人にして親友、にこを殴りつけてしまった心痛を叩きつけるように、その拳を全力で振るう。
ミュウツーはそれを武器化したサイコブレイクで受けるが、ゴロンダのタイプ相性はスプーンを叩いて打ち砕く!


にこ「ゴロンダっ!!」

ツバサ「ミュウツー、」


間隙、ツバサとにこは同着で次撃の指示を下し…激突!!!!

748 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:37:49.30 ID:ha7ZcpN9o
『ロ……ダァっ…!』

『ミュウウウウッ』

にこ「………」

ツバサ「意気は買う。けれど及ばず、ね」


ゴロンダの一打は警官たちの決死の攻撃と相まって、一枚目のバリアを見事に打ち砕いた。
そして鉄拳はミュウツーの額を強かに捉えている!

…が、身に纏うバリアを砕くまでは成らず。

ミュウツーから零距離での“はどうだん”を撃ち込まれ、想い届かずその場へと崩れ落ちている。

ツバサはにこへ、満身創痍に未だ立ち続ける少女へと目を向ける。

ルガルガン、マタドガス、ドヒドイデ、メガクチート、ゴロンダ。にこの五体を葬った。

残るは…そう、フライゴン。何の問題もない。
矢澤にこという存在にここで終止符を打ち、未だパラパラと撃ちかけてくる警官隊を一掃し、テレビ塔へと向かうのだ。


ツバサ「フライゴンを出しなさい」

にこ「………出しなさい?」


瞬間、一陣の風。
にこのコートが捲れあがり、腰の六つのボールがツバサの目に留まる。
フライゴンが入っているボールは……


ツバサ「…空っぽ?」

にこ「もう出てんのよ…フライゴンは!!」


見上げる空!緑竜がミュウツーへとめがけて急落してきている!


ツバサ「…!ミュウツー、上!!」

にこ「フライゴンッッッ!!!“ドラゴンクロー”!!!!」

749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:38:28.50 ID:ha7ZcpN9o
舞わせていた。

にこがツバサへと吐き捨てた通り、ツバサとミュウツークローンの破壊は大雑把に過ぎた。
にこを数度見失い、しかし焦らず生命反応を検知することで、にこだけを捕捉していた。そう、にこだけを。

にこはその雑然の瓦礫の中、密かにフライゴンをボールから出していたのだ。
そして、与えた指示はこうだ。


にこ「あいつらがにこを追っていなくなったら、気付かれないぐらい上空まで飛んで。そしてにこが合図をするまではずっと…」


“りゅうのまい”。
それはドラゴンタイプの本能を呼び覚ます神秘の舞い。
ひとたび舞えば攻撃力と素早さを高め、二度、三度とその効果は相乗、身に宿る力は竜の始祖へと近付いていく。
ただし、隙が大きい。
通常の戦闘で繰り出すにはそれなりの工夫が必要で、二度、三度と重ねられるものではない。

その“りゅうのまい”を、フライゴンは延々と重ねていたのだ。
上空で、一匹で、にこたちが蹂躙される様に耐えながら!!

そしてついに下されたにこからの指示は、竜爪にて敵を討つ“ドラゴンクロー”!
遠慮はいらない、躊躇もない。
あるのはただ二つ、呼び覚まされた竜としての闘争心と、敬愛すべきマスター、矢澤にこの敵を退けたいという気持ちだけ!!!

その身に宿る加速は既に神域!
ミュウツークローンの反応速度さえを超えている!


ツバサ(速…!)

『フラァァアアアッッッ!!!!』

にこ「叩き込めっっっ!!!!」


斬閃!!!!

750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:39:01.33 ID:ha7ZcpN9o
『……!ミュ、…ウ…!』


背後へ、倒れ伏す。

極限の攻撃力と速度を得たフライゴンの鋭爪はミュウツークローンの最終防衛線、その身へと纏ったバリアへと食い込み、突き破り、そして肉体へと竜の深斬を刻みつけた。

つまり…ミュウツークローンを撃破!!!

にこはボロボロの体で、その右腕を高らかに突き上げる!!!


にこ「やっっっ…てやったわ!!!フライゴンっ!!!」

『フラァッ!』

ツバサ「“げきりん”」

『ガブリアッッ!!!!』

『フラ゛ァ゛ッ!!?』

にこ「フライゴンっ…!?」


“りゅうのまい”、その効果はあくまで火力と速度の向上。
圧倒的な力を得たフライゴンも、その耐久性には一切の変化がない。
ツバサはミュウツークローンを回収すると同時、一切の動揺を見せずにガブリアスを繰り出していて…

“げきりん”に、フライゴンは叩き伏せられて戦闘不能。
そしてツバサ本来のエースたる鮫竜は吼え、地を削り、わずか十秒で警官隊とポケモンたちを一掃、沈黙させている。

やはりと言うべきか…
ツバサとガブリアス。本来のパートナーというものは敵ながらに絵図の収まりがいい。


ツバサ「私としては、楽しい楽しい無敵タイムがおしまいってところかしら」

にこ「………っ」

751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:39:45.66 ID:ha7ZcpN9o
全滅。もう奥の手はない。
直視する他ない現実に、にこはいよいよ絶体絶命の危機と知る。


にこ(刑事としての勘でわかる。ツバサの目的地はここ、テレビ塔。行かせたら終わり…!)

ツバサ「あなたを殺して、それで終わりね」

にこ「……どうして」

ツバサ「…?」

にこ「どうしてアンタは、こんな酷い真似ができるの?」


この問いに意味はない。
万引き犯や不良少年とはわけが違う。巨悪とはあるべくして斯くあるもの。
その根を問いただしたところで、分かり合えることは決してない。
にこの問いはただ、純然たる引き伸ばし。

返す刃、ガブリアスの腕ヒレで首を刎ねられる…
そんなイメージを覚悟していたが、しかし意外。
綺羅ツバサは口元へと手をあてがい、思考を馳せている。

そして逆に、にこへと問う。

752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:40:13.53 ID:ha7ZcpN9o
ツバサ「……ねえ、刑事さん。私の過去を知ってる?」

にこ「……知らないけど。調べたって出てこないし」

ツバサ「そうでしょうね。徹底的に消させたもの。そうね、一から語る時間はないけど…」


もう一度、少し考え…
ツバサは口を開く。


ツバサ「子供の身に起こり得る不幸、想像できるだけ想像してみて?」

にこ「不幸…?」


急な言葉に、にこは困惑する。
だが強いて抗う意味もない。不幸、その言葉にイメージを膨らませ…


ツバサ「……想像できた?その全てよ」

にこ「は?」

ツバサ「あなたがイメージできる範囲の不幸、そんなものは全て背負わされてきた」

にこ「………」

ツバサ「この世の掃き溜め、忌むべき醜悪、課せられた苦痛。私は遍く不幸の中を這い上がってきた。
だから、まともな倫理観を期待されても困るの。…答えとしては、そんなところかしら」

にこ「………分かり合えないってことだけは、改めて分かったわ」


瞳を閉じ、ツバサは惜しむ。
自分を追い続けてきた好敵手へ、敵意に結ばれた親友への別れを惜しむ。


ツバサ「じゃあ、私は行くわね」

にこ「……にこは、ここまでみたいね」

753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 16:45:51.63 ID:ha7ZcpN9o
ガブリアスの腕が振り上げられ、鋭利な腕ヒレが月光に照らされる。
その刃は刑事スマイル、矢澤にこの細首へと狙いを定めていて…


にこ「だから、後は…」


━━━墜下。

降り立つ静炎、揺らめく青の灯火。
黒身青翼、振り下ろされた刃を受け止めるは強靭なる竜の爪。
眼差しは靭く、秘めた闘志は青色に熱気を高め。


同刻、ハイウェイを疾駆する一台のバイク。
見上げ追うは空、天舞う英玲奈のテッカグヤ。


海未「園田流の教えにはこうあります。“やられたらやりかえせ”と」

英玲奈「フ、思ったよりも好戦的じゃないか」


同刻、避難者の集うポケモンセンター。
警官たちを血祭りにあげるあんじゅへと、立ち向かうは怪悪“鳥面”。


ことり「こんばんは、オトノキタウンの南ことりです。ちょ~っとお話いいですかぁ?」

あんじゅ「あら…妙なのが湧いてきた」


そして同刻、ロクノテレビ前。

ガブリアスの一撃を受け止めたのはメガシンカ体、メガリザードンX。
その背から降り立った少女は橙の髪。その瞳には、希望の燈火が燃えていて。

にこは全身から力を抜いて、その場へ大の字に倒れ伏す。


にこ「あとは、アンタに任せるわ。穂乃果!」

穂乃果「にこちゃん、お疲れ様っ。あとは全部…私に任せて!!!」

ツバサ「……なるほどね」


三箇所同時、狙い澄ますは巨悪へのカウンター。
闇を払うべく、その存在は残された最後の希望。死力を尽くすべき刻が来た。


土壇場のエントリー、現れた最後の挑戦者。
しかしツバサは諸手を広げ、その登場を歓待する。甘んじて受け入れる。
まるで自らに課す、最後の試練だとでも言うように。

そして静かに、浮かべるは怪笑。


ツバサ「BETタイムはおしまい。さあ、ショーダウンと行きましょう?」

754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:39:39.79 ID:M/gmcDIFo
ラ!ss総合で書いてた奴か
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:51:15.54 ID:ha7ZcpN9o



ズン、ズズンと揺れ。
ロクノシティの一区画に、戦時中、空襲下の街であるかのような爆音が響いている。
その間隔は短く不定。三、四と続いたかと思えば、数秒の静寂を開けて一際大きな衝撃が。

響きは高所から街を打っていて、それは爆弾の炸裂?
否、それは純粋な力と技のぶつかり合い。

ビル群の上を赤青、対の光が飛び翔けている。
紅熱は桜内梨子のメガバシャーモ、蒼覇は渡辺曜のメガルカリオ。
爆音は拳打、蹴撃のぶつかり合い。
二匹のメガシンカポケモンの肉弾戦は、一打一打の驚異的な破壊力を音として人々に知らしめている。

ルカリオは果敢な総合打撃、それに波動を用いた気弾を交えて。
バシャーモは火炎を纏っての体術、打拳で牽制を入れつつ、跳躍からの足技が冴える。


『ォオオオオッ!!!!』


上がる咆哮はどちらのものとも判じ難く、高速戦は余波だけで足場のビル壁を砕きながら次へ、次へと渡り飛んでいく。
ながらに、互角ではない。押しているのは明らかに梨子のメガバシャーモだ。

両手を横に、軍鶏の闘志で手技の牽制、を起点に膝蹴り。躱して距離を開けるメガルカリオ。
見逃さず、跳んで地上へと炎を纏った飛び蹴りは“フレアドライブ”!!
その様はまさしく火の鳥、当たれば一倒は必至!

その戦況を見守るトレーナー、梨子と曜は最初の対峙の場、近辺で最も高いビルの屋上で黙したまま向き合っている。
いや、睨み合っていると書く方が正しいだろう。

756 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:51:42.28 ID:ha7ZcpN9o
曜「………」

梨子(曜ちゃんは、何を考えてるのかな)


曜と梨子、二人の実力は極めて拮抗している。互角といって差し支えない。
ただし条件に差異が一つ。情報アドバンテージだ。

四天王である梨子、その本気を見せた試合は幾度もテレビで中継されている。
梨子のメガリングがバシャーモに対応していることも曜には当然知られていて、対して梨子は曜の編成を一部しか知らない。

その不利を如何に覆すか…
が、しかし、曜の行動は梨子にとって最も想定外のものだった。


梨子(まさか初手を相性不利、メガルカリオで来るなんて。…曜ちゃんらしくない)


そう、ルカリオでは不利なのだ。
二体のレベルはほぼ同等ながら、メガルカリオのタイプははがね・かくとう。
メガバシャーモのほのお・かくとうの複タイプのどちらを受けても致命の二倍撃となりえる。

梨子は考える、その初手の理由を。
しかしどれだけ考えても合理性は皆無。
後出しの初手で不利を取り、さらにメガシンカ枠までを晒す理由はどこにもない。陽動やブラフとしても成立していない。

だとして、考えられるのは単純にただ一つ。


梨子(……らしさ、なのかな?)

曜(壊さなきゃ、こいつを壊さなきゃ千歌ちゃんが奪われる!!!)

梨子(曜ちゃんが秘めてる、突然現れた“お邪魔虫”である桜内梨子への対抗意識。
混乱している曜ちゃんはその気持ちを暴走させて、メガシンカにはメガシンカで…そんな安直な選択を)

757 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:52:17.81 ID:ha7ZcpN9o
曜「桜内イィぃッ…!」

梨子「冷静じゃないね、曜ちゃん。そんなに悔しかったの?」

曜「憎いよ、梨子ちゃんが憎い!!
好きになろうとしたのに…いいとこだけを見て、千歌ちゃんが梨子ちゃんを好きなのと同じくらい好きになろうって…」

梨子「いつまでも千歌ちゃん千歌ちゃん…曜ちゃんはね、重いの。だから振り向いてもらえない」

曜「ああぁ…落としてやる、そこから突き落としてやる!!」

梨子「できないよ。曜ちゃんは私には勝てない。落とすこともできない」

曜「できるッ!!!」


顔相は凶迫、曜は弾かれたように梨子へと駆け寄っていく。
間隔は十メートル足らず、梨子の立ち位置は屋上の縁。
梨子は自身が体技に長けたタイプのトレーナーではない。対して曜の身体能力はアスリート並み。
苦労はない。押すだけだ、ただ押すだけ…!

だが、伸ばした曜の手は空を切る。
指の先、梨子は笑みを浮かべていて…


梨子「ほら、曜ちゃんには落とせないでしょ?」

曜「………!?」


その笑みが後ろへと傾いていく。
ぐらりと、梨子は壁面から身を投じている!


曜「何を!!」

梨子「くすっ、曜ちゃんが慌てる必要はないよね?」


落ちる!!
曜は反射的にその手を掴もうと伸ばしていて、しかし間に合わず空を切る。
梨子はそんな曜の目を見据え、笑みに余裕を湛えたまま、高層ビルの壁面と平行に地面へと墜落していっていて…


梨子(怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃぃ…っ!!!!!)


内心、心臓が破裂しそうでいる。
梨子は少しのアブノーマルさを除けば、感性も肉体的にもごく一般的なラインの少女だ。
どちらかといえば少し臆病、引っ込み思案なところがあるくらいで、高空から自ら身を投じるなんて行為はただただ怖くてたまらない!

758 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:52:44.48 ID:ha7ZcpN9o
もちろん、自殺まがいの無謀な投身ではない。
そのダイブは戦闘の趨勢に合わせてのもの。

劣勢の中に挽回を図り、ルカリオは猛然の拳を顎先へと放っている。
だが、バシャーモは応じる!
特性は“かそく”、継戦のほどに身に帯びた熱と速度を増していくのが赤の戦鳥。
メガルカリオの腕を絡めとり、勢いを殺さずに鋭く投げる!


『シャァモッ!!!』

『ッ…!!』


勢いはそのまま、メガルカリオはビル上に設置された巨大な広告塔へとその身を叩き込まれている。
ルカリオの体表は鋼の硬度、その程度で重傷を負うようなことはない。だがもちろん、すぐには動けない。
その隙を見計らい、バシャーモは落ちていく梨子へと目掛けて大跳躍。
身は真横、ビルの壁面を走って主人の華奢な体を丁寧にキャッチ!


梨子「あ、ありがとう…バシャーモ…」

『シャモ…?』


(無理をしてないか)と問い。
抱きかかえた主人のか細い肩は恐ろしさに震えていて、バシャーモは思わず慮ってしまう。
梨子はそんな気遣いに困ったような苦笑いで返し、気心の知れたポケモン相手に建前は使わない。


梨子「うん…無理は、してる。でもやっぱり、私はなにがなんでも曜ちゃんを助けたい。今改めてそう思ったの」


本気で落とすつもりなら何も言わずにやればいい。
落とす落とすと何度も宣言して、まるで避けてくれと願うみたいに。
その癖、いざ梨子が落ちれば反射的に掴もうと手を伸ばして。

そんな煮え切らなさが曜らしくて、張り詰めた中にも少しだけ面白い。

ウツロイドの洗脳は本心を暴き立てる。
曜の叫び、お前が憎いという嫉妬心はきっと本当に抱えているもので、だからこそ、それでも手を伸ばしてくれたことがたまらなく愛おしい。
梨子に死んでほしくない、それもまた曜の本心なのだ。

759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:53:33.73 ID:ha7ZcpN9o
梨子「頑張れるよ。だから…もう少し力を貸してね、バシャーモ」

『シャモッ』


その身は主人の意を通すための火矛。
紅火にビルを壁を駆けながら、メガバシャーモは力強く頷いている。
そんな横倒しの疾走に、飛来するはクリーム色の猛威。


曜「逃がすかッ!!!」

『リュウウウウウッ!!!』


曜を背に、カイリューが梨子とメガバシャーモを猛追してきている!


梨子(カイリュー、面倒ね)

曜「“じしん”ッッ!!!!」


ルカリオ相手から一転、相性は不良。
炎と格闘の両属性が、カイリューには易々と受けられてしまうのだ。
仮にも600属、メガシンカ体だからとゴリ押せる相手ではない。

曜の下した指示に従い、カイリューは空中に助走を付けてその腕をビルの壁面へと叩きつける。
硬い壁が、まるで水面のように波打ち…破壊が波紋のように伝導していく!!
大地を揺らすほどのエネルギーがメガバシャーモを目掛けて迫る!!!

瞬間、梨子とバシャーモは踏み切っている。
高層ビルの壁面が十数フロアに渡って散砕していくのを背後に見ながら、炎に加速を得て大跳躍を!!


760 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:54:13.39 ID:ha7ZcpN9o
“じしん”は決して命中精度の低い攻撃ではない。
いかな快速を誇るメガバシャーモであれ、完全な回避は本来容易ではない。
しかし今、翔ぶその身にダメージはなし。
どうやって回避タイミングを測ったのか?

その答えは梨子の耳にある。


梨子(コンクリート壁に窓ガラス、聴き取りやすい場所でよかった…)


ピアニストとして培われた繊細にして鋭敏な聴覚。その耳は聞こえない音を聴く。
それは空気の揺らぎ、酸素の燃焼、雷の迸り。舞う草木の軋りであり、大量の窓ガラスへとヒビが伝播していくその音を。

簡単ではない。だが避けられる。
炎タイプのバシャーモにとって致命傷となりえる“じしん”のエネルギーの現在地を耳で見て、先んじたP波だけが訪れる瞬間を見計らい、「今!」と指示を。

大地の波濤をバシャーモの脚力と合わせ、踏み切りからの跳躍は百メートルを優に越す距離を稼いでいる!


梨子(曜ちゃんとの距離が少し開いた。今のうちに)


舞い降り、着地したのはデパートの屋上駐車場。
広く遮蔽物が少なく、構造は比較的に頑丈。

ドラゴンにはドラゴンを。
梨子はバシャーモをそのままに、新手のジャラランガを繰り出していく。

次回 穂乃果「行くよ!リザードン!」 その4