穂乃果「行くよ!リザードン!」 その3

761 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:55:22.82 ID:ha7ZcpN9o
梨子「お願いね、ジャラランガ」

『ジャララララ!!!!』


ドラゴン・かくとうタイプのジャラランガ、その種族値はカイリューに並ぶ600族!
全身に纏った堅固な鱗は攻防一体、鎧であり武器でもある。
飛来するカイリューを睨み、接敵の気配に尾の鱗をジャララと鳴らして威嚇を飛ばす。

無論、それに怯むカイリューと曜ではない。
竜には竜で、その理屈は双方に同じ。叩き潰すべくその全身へと漲らせる。


曜「“げきりん”…!」


昂らせるは竜の激昂。狙うは近接での正面突破。
だが先手はジャラランガ。放つ技は独自にして超威力、開いた距離を苦にしない音の攻撃。


梨子「ジャラランガ、“スケイルノイズ”をお願い!」

『ジャルルル…アアアァッ!!!!』

曜「…っ!」

762 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:56:50.19 ID:ha7ZcpN9o
全身を覆う防具めいた竜鱗を擦り合わせれば、響くのは常軌を逸したけたたましい騒音。
それはうるさいで済むレベルではなく、ドラゴンタイプのエネルギーを乗せた音の暴圧として周囲を打ち据え圧倒!

広大な駐車場にはジャラランガを中心点、網目状に亀裂が走っている。
メガバシャーモと梨子までが壁に隠れてやりすごさなればならないほど、広範囲にして無差別、完膚なきまでの猛撃!!

指向性はごくわずか、ドーム状に広がる音の破壊壁からカイリューが逃れる術はなし。
だが、曜とカイリューは動じない。


曜「そのまま。まっすぐ突っ込もう」

『リュウッ!!』


甘んじて受ける。
ダイヤモンドの加工にダイヤモンドが用いられるように、ドラゴンタイプの攻撃は同族の竜鱗への有効撃となる。
“スケイルノイズ”を受ければ痛打となるが…しかし、カイリューもまた特異な竜鱗を有している。

その特性は“マルチスケイル”。
ダメージを受ける前、鱗の状態が磐石である限り、その身はオーラを纏い保護されている。
タイプを問わず、ありとあらゆる攻撃を半減できる能力を有しているのだ!


梨子(やっぱり曜ちゃんのカイリュー、強いっ!)

曜「…捉えたよ」


暴力的な竜轟の中へと身を晒し、ダメージを負いつつも墜ちず。
曜もまた瞳を爛と、逆鱗の竜腕が凄絶に振り下ろされる!!!


763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 17:59:47.84 ID:ha7ZcpN9o
梨子「くうっ…!」


粉塵の中、梨子は衝撃に思わず呻く。
屋上駐車場には大穴が穿たれていて、カイリューとジャラランガは共に下階へと姿を消していて戦闘の様子がわからない。
有翼のカイリューがすぐに戻ってこないので、おそらくジャラランガはまだやられていないはずだが…


曜「余所見してる暇はないよ」

梨子「っ、曜ちゃん!」

曜「ニドキング!!」

『ガァアアアッ!!!!』


曜は陥没の直前、カイリューの背から崩れていない部分へと飛び降りていた。
梨子とバシャーモへと接近し、新手はどく・じめんタイプのニドキング。
梨子の気が下階へと向いている一瞬を突き、既に指示を下している!


曜「“だいちのちから”」


メガバシャーモを仕留めるべく、苦手のじめんタイプの攻撃が放たれる。
受ければ大ダメージは確実。窮地に梨子は、集中に耳を澄ます。亀裂、歪み…


梨子「床を踏み抜いて!」

『シャアモ!!』

曜「床が崩っ…下に逃げたな、追うよ」

764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:00:15.31 ID:ha7ZcpN9o
階下、暗闇に閑散としたデパートフロアへと曜とニドキングは降り立つ。
暗さに目を凝らして索敵を…必要なし!即座に梨子は仕掛けてきている!


梨子「キノガッサ、“キノコのほうし”!」

曜「読めてたよ!ダダリン、受けて!」


二人は新手を出している。
梨子はくさ・かくとうタイプ、キノコがトカゲのような姿へと成長したキノガッサを。
相手を必中で眠らせる“キノコのほうし”を主戦術として用いる、搦め手にも正面戦にも対応できる優秀なポケモンだ。

対して曜はくさ・ゴーストタイプ、舵輪と錨に藻が絡みついたような幽玄とした姿のダダリン。
錨などの部分に目が行きがちだが、その本体は緑色のモズクの部分。
くさタイプには“キノコのほうし”は通用せず、ダダリンは平然と胞子を全身に浴びている。

同時にニドキングがメガバシャーモへと挑みかかっていて、炎に弱いダダリンとの対面を先んじて防ごうという腹らしい。


梨子(手が早い…!)


徐々に、徐々にではあるが、ペースを曜に握られつつある。
梨子はポーカーフェイスながら、内心に表情を曇らせる。

765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:00:44.21 ID:ha7ZcpN9o
ダダリンは鎖をいっぱいに伸ばし、アンカーの重量任せ、フロアに並べられた棚や品を散らしながら猛然の薙ぎ払いを。
梨子とキノガッサは身を屈め、辛うじてその猛攻から逃れている。
くさ技は通らず、かくとう技はゴーストタイプに透過される。
キノガッサはダダリンへの解答を持ち合わせておらず、相性は完全な不利!


梨子「キノガッサ、一度戻って!」

曜「させないよ。“アンカーショット”」


たまらず、梨子はボールから赤光を放つ。だが曜は先手を!
ダダリンが放った錨と鎖がキノガッサへと巻きつき、その全身を覆い隠してしまっている。
回収は叶わず、捕縛のままに叩きつけられてキノガッサは戦闘不能!


梨子用(対等な相手から一方的に手の内を知られてる状況、やっぱり戦いにくい…!)

曜「次」

梨子「言われなくてもっ、お願い!」

『グマッ!!』

766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:01:49.58 ID:ha7ZcpN9o
ぬいぐるみのようにもふもふとしたピンクの体、アローラ出身の打撃屋キテルグマが梨子の次手。
格闘が通じないならサブウェポンで摘むまで。放つは凍気を纏った一撃!


梨子「“れいとうパンチ”!」


フロアを一瞬にして凍気が染める!
冷凍庫のように身を裂く冷温、見事に刺さった一撃にダダリンは耐えきれずに沈んでいる。
「よしっ」と小さく手を握り、梨子は難戦ぶりに眩みを覚える。これでやっと、まだ一体?

そんな梨子の辛苦を追い討つように、曜に一切の容赦なし。
ダダリンと入れ替えにすかさず次!


曜「バクフーンっ!!」

『バァアアッ!!!』


かざんポケモンの異名を持つバクフーン。
その名の通り、背の体毛は火山めいて高熱に燃えている。
その登場に応じてぐらり、梨子の視界が歪む。
疲労?目がおかしくなった?
どちらも否。その正体は背の灼熱が生む陽炎による視覚歪曲。

図鑑にも記されているが、バクフーンは熱に陽炎を生んで身を隠すことのできる生物。
その現象は特殊なものではないのだが…


梨子「フロア全体が歪んで見えるほどなんて、見たことも聞いたことも…」

曜「普通のとは違うよ、私が育てたバクフーンはね。“ふんか”!!!」

梨子「キテルグマ!間に合わ…っ!」


灼と、放たれた炎は超温で一帯を焼き焦がす。
四天王の梨子をして目を見張らずにはいられない高レベル。
特性の影響でほのおタイプを苦手とするキテルグマが耐えられるはずもなく、その場へと倒れ伏す。

767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:02:17.64 ID:ha7ZcpN9o
梨子「ごめんね、キテルグマ…っ、う!?」


回収したところで、梨子は立ち眩みにたたらを踏む。
場所が屋内なのがまずい。バクフーンが生む紅蓮の炎は人の耐えられる限界付近まで気温を高めている。

当然ながら酸素も薄れてきていて、体力に自信のある曜と、基本的にはインドア派の梨子。どちらの体力が先に尽きるかは明白。


梨子(駄、目…っ、頭がクラクラして…)


次のボールに手をかけながら、開閉スイッチを押す指先が定まらず…曜が近付く。


曜「……ねえ、梨子ちゃん…謝ってよ」

梨子「……曜、ちゃん…?」


膝に手をついたまま見上げれば、曜の表情には激しい苦悶が滲んでいる。
いつも朗らかな曜にはまるでらしくなく、眉間に皺を刻み、歯は何かを噛み潰すように食いしばられていて、左手で顔の半分を覆っている。
その柔らかな頬へ、鉤爪のように指を食い込ませている。きっと衝動を抑え込もうとしているのだ。

二人の間、その距離は四歩。
梨子を見下ろし、絞り出すように言葉を紡ぐ。

768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:03:23.15 ID:ha7ZcpN9o
曜「梨子、ちゃんの…言った通りだよ。私は、梨子ちゃんを殺せない」

梨子「………」

曜「あ゛ぐっ…!殺したくは、ないんだ。だから…衝動をっ、押さえ込まなくちゃ…!」

梨子「曜ちゃん…」

曜「だか、らっ…!今ここで、謝ってよ。千歌ちゃんに、私の千歌ちゃんに、手を…!」


葛藤に心を燃やしている。
灯りなきデパートフロア、並べられた色彩やかな衣服の数々がバクフーンの炎に焦がされている。
その火影に照らされた曜の顔は今にも泣き出しそうで、追い詰められていて。
そんな曜へと梨子が抱く思いは、開戦から今まで1ミリたりとズレていない。

(助けてあげなくちゃ)と。


曜「……土下座を」

梨子「……」

曜「土下座をしろ。…謝れ。這い蹲って…無様に…!」

梨子「……」

曜「詫びろ…!桜内ッッ!!!」

梨子「……ふふっ、面白い。私に勝てない曜ちゃん相手に、どうして謝らなくちゃいけないの?」

曜「頼むからっ…お願いだから!!私に、梨子ちゃんを殺させないで…!!」


首は縦に振らない。

退けないのだ。

この戦い、もちろん負けられない。だが勝つだけでも駄目。
梨子はこの戦いの中で、曜の中に見出した“大きな間違い”を正してあげなくてはならない。
踏み込むためには、全てをぶつけ合う必要がある。
だから梨子は…煽る。


梨子「曜ちゃんこそ、土下座で頼めば教えてあげるけど。千歌ちゃんとのキスの味」

曜「あぁ…ぁぁああああっ…!!!」

梨子「バシャーモ!」

『バッシャゥ!!』

曜「バクフーン!!!焼き尽くせッッ!!!」


再度の“ふんか”が一帯を飲み込み、その全てを焼失させる。
梨子は間一髪、ニドキングを相手に不利を覆し、打倒していたメガバシャーモに連れられて火の手から逃れている。

デパートの壁を蹴り破って外へ。
追う曜、受ける梨子。視線はお互いを捉え続けていて、対決はさらに烈気を増していく。

769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:03:50.44 ID:ha7ZcpN9o
梨子(一旦、状況を整理した方がいいわね)


壁破りからの滞空。
梨子はバシャーモに抱えられたまま、自分と相手の状態へと冷静に思考を馳せる。


梨子(曜ちゃんの手持ちのうち、倒したのはダダリン、ニドキングの二匹。カイリューは見失ったまま状態は不明、メガルカリオもまだ健在)


自分の腰、ボールへと目を落とす。
うち二つ、キノガッサとキテルグマが戦闘不能。ジャラランガはカイリューと共に崩落したまま状態が知れず。

数だけを見れば、今のところは対等か。
だが問題は、切り札であるメガバシャーモがニドキングとの戦いにそれなりのダメージを負わされている点。
退けこそしたが、相性不利のニドキングには随分と苦戦したらしい。
体力を大きく削られていて、大きな痛手と言える。


梨子(曜ちゃんは甘くない、メガバシャーモで最後まで押し切るのは無理ね。だとして、どこまで抜けるか…)


近付く地面。メガバシャーモは腰を切り、空中で半身を捻って軽やかな質感で路面へと降り立つ。
と、着地と同時、梨子の表情へと焦燥が過ぎる。

770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:04:47.02 ID:ha7ZcpN9o
梨子(あっ、しまった…ここは場所が!)


着地の場所が悪かった。最悪と言ってもいい。
梨子の視界、左右にそれぞれポケモンを連れた人間たちの集団が。
それぞれ警官隊と暴徒たち。
激しく争っている只中で、上から落ちてきた梨子へと注意を払う余裕などなくお互いが技を放っている!


「くたばれ!“10万ボルト”!」

「させるかっ、“かえんほうしゃ”!」


そんな調子、双方が数十人規模の大激突。
放たれた攻撃が梨子を挟み撃ちに差し迫る!

その瞬間、梨子とメガバシャーモの姿が突如現れた石壁に隠される。
壁は全ての攻撃をせき止め、そして砕け割れる。
そこに現れているのは梨子の格闘タイプの一体、両手に持ったコンクリート柱を杖のように付いたローブシンだ。

攻撃の波をやり過ごした梨子は声を上げる!


梨子「し、四天王の桜内梨子です!すみません、攻撃を一旦止めてください…!」


慌てたように手を頭上で振る少女、小豆色の髪にはテレビで見覚えがある。
確かに四天王、桜内梨子のようだ。

警官隊の責任者が指示を出す。


「四天王!?停止!攻撃停止!!」

梨子(わ、わかってくれて助かった…)


左手、警官隊からの攻撃が止まった。
だが反対、右方に集った暴徒たちが攻撃を止める筋合いはない。梨子へとめがけて一斉に殺到!

だが、梨子はもう慌ててはいない。あくまで落ち着き、口元にはふわりと笑いを含む。


梨子「うん、片方だけなら。ローブシン、やっつけて!」

771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:05:35.70 ID:ha7ZcpN9o
たかが暴徒だ。アライズ団やアライザーも混じっているのかも知れないが、どうであれ梨子にとって応じるのは難しいことではない。
波のように殺到する、敵に使役されているポケモンたちを…


『ロォォォブッシ!!!』


両手のコンクリート柱で叩き伏せ、薙ぎ払う!
ローブシンは手にした柱を巧みに操り戦うポケモンだ。
見た目は灰色、重々しい二本なのだが、外見に反してローブシンの武器捌きは羽根のように軽い。
叩き、突き、かちあげては大振りに一蹴。台風のような勢いで敵を見る間に打ち払って退ける。

淑やかな梨子ではあるが、いざ戦わせれば一般との実力差はあまりにも顕著。
十数匹をほんのわずかな時間で一掃し、梨子と共に見上げるは西方。


『ガアァァァアアッ!!!』


哮りは高らか、向かってくるのはバクフーンだ!


梨子(来た。曜ちゃんは…曜ちゃんがいない?)


バシャーモが蹴り穿った壁穴へと身を投じ、すぐさま梨子たちを追いかけてきたようだ。
だがその傍らには曜の姿はなく、思考に揺さぶりを掛けられつつローブシンへと指示を。


梨子「炎タイプには岩ね。ローブシン!」


下す指示は“ストーンエッジ”。
高レベル帯での戦闘では頻出する技だ。それは威力と汎用性の高さがため。
ローブシンは指示に応じ、手にした石柱の一本を刃が如く投げつける。
属性優位、当たれば一撃で落とせる攻撃だ。

だが曜のバクフーンは怯まない!


『バクァァア!!!!』

梨子「っ、燃やした…!」

772 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:06:32.40 ID:ha7ZcpN9o
放射するは大爆火、石柱を微塵に粉砕して突破!
勢いを殺さぬままに梨子たちへと目掛けて迫ってくる!

その様を見ていた警官隊と暴徒たち、敵味方問わず、双方からどよめきが上がる。
「炎で岩を、“ストーンエッジ”を焼き尽くした!?」と、そんな驚愕が。

そんな中、しかし梨子は動じていない。


梨子(やっぱりレベルが高い…)


そう警戒を走らせつつ、梨子にとってそれは驚くべきことではない。

一定域のレベルに達したポケモンは相性差を覆すことも少なくない。
ポケモンリーグという最高峰に身を置いて、そんな場面は幾度となく目にしてきた。

(あの曜ちゃんのポケモンだもの、それくらいは当然よね)と、友人への信頼は揺るぎない。


梨子「ローブシン、壁を作って」

『ロォッ!!』


冷静に指示一つ。

ローブシンが地を叩けば地が迫り上がり、それは堅牢な壁として敵との間に立ちはだかる。
バクフーンは背火をさらに焚き、壁ごと向かいまで焼いてやろうと飛びかかる。
再び滾る爆炎、灼熱の火流が岩を焦がし溶かす。
岩壁を剥がされ露わにされたローブシンは、しかし怯むことなく睨んで受け立つ。
屈強にして老獪、武神とまで呼ばれるポケモンだ。バクフーンがいかに強者であれ、退く気は一切なし!

梨子「ローブシン、抑え役をお願い!」

『ロォォブ!』

773 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:07:56.21 ID:ha7ZcpN9o
十秒。梨子はローブシンへと抑え役を任せる。
メガバシャーモは控えさせたまま、一時的に指示を放棄して思考に徹する目算。


梨子(曜ちゃん、どっちから来るつもり…?)


警戒を極限に高め、周囲を素早く、油断なく見回している。

いつの間にか一帯、左右の警官隊と暴徒たちは戦闘を止めていて、梨子と曜の戦いに目が注がれている。
高レベルの戦闘に巻き込まれることを恐れているのか、あるいは驚異に息を飲んでいるのか。

梨子はそんな囲い、人垣の中から曜が襲撃してくるのを強く警戒しているのだ。

何故そうまで警戒しなくてはならないのか?
理由は一つ。相手の死角からの奇襲、それは本来梨子の戦闘スタイルだからだ。

774 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:08:41.37 ID:ha7ZcpN9o
ロクノジムでの模擬戦、善子相手に見せた壁抜きは梨子の常套戦術。
まるで狩猟のように、前後左右と自在に相手を追い込む。格闘タイプのパワーを用いて常に主導権を握り続けるのだ。

だか、それはかくとうタイプを主とするトレーナーなら誰でも可能な戦術ではないだろうか?

答えは不可。
一口に死角からの攻撃と言っても、梨子のそれは物陰から攻めるだとかのレベルとはまるで別物。
相手から感知できない壁越しだからこそ、優れた攻撃手段たりえる。

そしてそれを可能としているのは梨子の優れた音感、聴覚あってこそ。
壁越しの呼吸、衣摺れ、靴のラバーが床に吸着し、剥がれる微かな空気の揺れ。
それを研ぎ澄まされた感覚に捉え、即座の指示で壁をブチ抜く!

透視能力を持つレントラーなどを介して梨子の戦術を真似ようとする者も少なくないが、それでは初動が遅れて成り立たない。

公式戦、遮蔽物のない平坦なフィールドであってもその戦術は揺るがない。
ローブシン、それにカイリキーは“ストーンエッジ”を発展させ、土地の隆起で即座に壁を形成することを可能としている。

自ら壁を作り、壊して攻める。

戦術の全てが自己完結していて、だからこそ梨子は最高峰の技巧派トレーナーと称されているのだ。

そんな梨子が今、人垣という壁を曜に利用されている
相手の得意戦術を封殺するには同じことを先にやるのが常道。
曜もまた試合巧者、心得ている。

775 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:09:10.36 ID:ha7ZcpN9o
ざわめき、叫び、銃声、ポケモンの咆哮、ヘリのプロペラ。
足音、呼吸、鼓動、しわぶき、流れる水。

人々は戦いを遠巻きに見ていて、そこは大きな道路が交差する五つ角。
その中心に立つ梨子を囲んで、まるで円形闘技場のような。

視線と雑音に囚われず、梨子は敢えて目を瞑り、呼吸を止める。


梨子(落ち着いて…聴くの。曜ちゃんの音を)


内面に静寂、訪れる意識の白。
もたらされる超集中は雑音を遮断し、聴くべき音だけを耳へと取り込んでいく。
それは水気、潜めた呼吸、渦を巻く殺気。


梨子(これは、曜ちゃんの音。でも遠い…深い。どこから…?)


が、狼狽。とっさに見開く瞼!


梨子「っ、しまった!」


ローブシンへと迫るはメガルカリオ!!
十秒の隙は大きすぎた。曜のポケモンたちに一手の猶予を与えている。
曜の居場所を掴み、戦略の音を聴くにはあと少しの時間が必要だ。しかしその余裕はない!

776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:09:46.04 ID:ha7ZcpN9o
バクフーンと渡り合っているローブシンへ、横ざまに突き出されるメガルカリオの拳。
格闘タイプの猛撃、“インファイト”が炸裂する!
連打、連打、連打!
大柄なローブシンの体が徐々に浮き、トドメと振り抜かれた右拳がその体を道路へと打ち転がしている。


『バッシャアッ!!!』


応じ、メガバシャーモがメガルカリオへ躍り掛かっている。
メガシンカにはメガシンカで、相性は完全優位、ここで狩る。
放つは跳躍からの全力でのストンピング、“ばかぢから”。
梨子はバシャーモへ、攻撃を目で促し…
刹那、神憑きの危機察知。梨子は息を飲み、声を張り上げている!


梨子「…!?待ってバシャーモ!退いてっ!!」

『ッッバ、…シャッ!』

曜「“ハイドロポンプ”!!!」


奇襲、立ち昇る水柱が空を撃つ!

777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:12:07.16 ID:ha7ZcpN9o
それは下、マンホールから吹き上げる水の暴圧。
天を衝いた“ハイドロポンプ”の噴射と共に、その水の主は優美な麗身を地上へと晒している。

肌色の体は潤いに濡れた質感を宿していて、尾を覆う鱗は光を反射して七色に燦めく。
頭部には薄紅色の触覚と長いヒレ。類するならば魚か蛇か…いずれにせよ、その姿は美しい。

曜の手持ち、最後の一体はみずタイプのミロカロス。
絵画や彫刻のモチーフに好まれる、世界一美しいポケモンとも称されるポケモンだ。

だが今は戦場、容姿は関係ない。
ミロカロスは戦闘用としても高い実力を有していて、口元へと水気を結集させて次撃の準備を。

曜はその背から素早く滑り降り、まっすぐに梨子へと迫る!


梨子「地下水道に潜ってるなんて思わなかったよ、曜ちゃん」

曜「まさか、下からの攻撃を避けられるなんてね…!」


メガバシャーモは梨子の指示にバックステップを刻んでいて、間欠泉の如く吹き上げた“ハイドロポンプ”から紙一重で逃れて未だ健在!

バクフーンとメガバシャーモが一帯に纏わせた熱に水気が蒸発し、白煙が周囲をうっすらと満たしている。
そんな中にも二人の視線は確と互いを捉え続けていて、次の十秒、怒涛の瞬撃が交錯する。

778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:14:30.26 ID:ha7ZcpN9o
曜「“ハイドロポンプ”拡散型っ!!」


初手、ミロカロスはメガバシャーモを仕留めるべく暴水を放つ!

既に継戦に困憊、掠めれば落とせる。
曜はそう的確に判断を下していて、放たれたのは一点集中でなくショットガンのように炸裂する暴雨。
並みの相手ならこれで仕留めたはずだ。
だがメガバシャーモは継戦に困憊ながら、特性の“かそく”で神域の速度を手にしている。

動体視力と身体能力を連動させ、赤の戦鳥は飛来する水弾から逃れてみせている!

そして一手。梨子にその選択肢を与えたのは、“四天王のポケモン” としての意地と矜持。
ローブシンが起き上がる。インファイトに痛恨の連打を受け、それでも爪の先ほどの体力を振り絞って身を起こしている!


梨子「ローブシン!“かみなりパンチ”!」

曜「…!」


心意気に応えるは即座の指示、ローブシンの拳には雷のエネルギー。
“かみなりパンチ”がミロカロスの横腹を痛烈に殴りつけ、通電!!!

779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:15:53.12 ID:ha7ZcpN9o
『ロオオオッ!!!』

『フィオオォッ……!』


剛拳からの爆雷、水気が弾け、ミロカロスは6メートル超の体を苦悶に横倒す。

そのローブシンの懐へと潜り込む蒼影はメガルカリオ。身に刻まれた黒の波紋が脈動、光輝している。
(ならば二撃目)と両手を組み合わせ、腰溜めに構え。

伝導、集中…膨れ上がる光の気弾!!


曜「叩き込めッッ!!!」

『リオオオァッ!!!!』


土手腹へと着弾!膨れ上がる光烈!その一撃は“きあいだま”!!
物理・特殊の両刀を誇るメガルカリオだからこそ、格闘タイプの特殊技として無二の最高峰がローブシンを吹き飛ばして打倒している!


『バシャアッッァ!!!』


だがその横、梨子の戦術もあくまで円滑!
曜の目がメガルカリオの決定撃に注がれていた秒間を見逃さず、メガバシャーモが放ったのは空を舞っての激烈なストンピング。
“ばかぢから”の一撃にバクフーンを打倒している!!


梨子「曜ちゃんっ!!!」

曜「桜内梨子ッッ!!!」


メガバシャーモとメガルカリオ、桜内梨子と渡辺曜!
二人二匹の視線はついに再び正面に戟火を、十秒下の攻防にそれぞれの手持ちが削られ、そして命じるは決定撃…!!


梨子「“ばかぢから”!!!」

曜「“インファイト”!!!」

780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:18:05.14 ID:ha7ZcpN9o
炎蹴、割れるアスファルト。

蒼紅二匹のメガシンカ体、ポケモン、トレーナー共に実力は伯仲。
互角に互角を重ねれば、趨勢を決定付けたのはやはりタイプ相性。
いや、あるいは足と拳のリーチの差か。

メガルカリオの猛拳が届くことはなく、跳躍から放たれたメガバシャーモの両脚蹴りが強かに敵を路面へと叩き込んでいる。
メガルカリオは意識を断ち切られていて、一帯へと派手な亀裂が走り…


曜「“げきりん”」

『リュウウウウッッ!!!!』

『ッッッ…!ゥ、シャモ…ッ!』

梨子「バシャーモ…!」


上空、飛来したカイリューの“げきりん”にメガバシャーモもまた沈む。
衝撃にさらなる衝撃を加えられ、乱れなく舗装されていたロクノシティの車道がついに微塵に砕けて飛散する。

固唾を飲んで激戦を見ていた人々が粉塵に巻かれて視界を遮られ、曜は傍らにカイリューを。
梨子は腰のボールから残る一体、カイリキーを開放して。

お互いがそう感じていた通り、拮抗。
メガシンカ体もそれぞれに潰され、間合いの中に見合う二人。

……曜は、目に涙を浮かべている。
唇を震わせ、苦しげに声を絞り出す。


曜「どうして…どうして、こうなっちゃったんだろう…っ」

梨子「……」

781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:18:31.96 ID:ha7ZcpN9o
渡辺曜は苦悩している。
ウツロイドに苛まれているから?

いや、今だけの話ではない。
梨子という少女が引っ越してきて、(可愛い子だな、都会っぽくて)と月並みな感慨を抱き、千歌が梨子に強い興味を示し、見る間に仲良くなって…
それからずっと、今日今まで抱き続けている苦悩だ。


曜「友達…そう、友達だと思いたいんだ、梨子ちゃんのことは…」

梨子「……」

曜「……一緒にいて、楽しいとは思う。私の知らないようなことも知ってるし…
善子ちゃんの家で、千歌ちゃん抜きで一緒に過ごして、やっぱり良い子だなって」

梨子「……うん。私も楽しかったよ、曜ちゃんと二人のお泊まり」

曜「……うん。…なのに…っ、なのに私、どうしても許せなくて、キスは、キスのことはきっかけでしかないんだ。ずっと…やっぱり、ずっと…!」

梨子「……聞かせて、曜ちゃん。私のどこが嫌い?」

曜「違うんだ、違う…違うっ!嫌いなのは…許せないのは、梨子ちゃんが千歌ちゃんと仲良くなったことを妬んでるだけ…自分勝手な恨みで。
あれとかこれとか、細かな言いたいことは全部、妬んでるから気になる部分で…
嫌いなのは私、私だよ。友達を、友達なのに、妬んで、憎んで、嫌ったりしてる自分のことが!!!一番嫌いで…許せないんだっ…!!!」

梨子「………うん、きっとそうだと思ってた」

曜「黙れ…黙れ黙れ黙れ…!知った風な口を…!」

梨子「聞いて、曜ちゃん」


梨子は一歩、曜へと歩み寄る。

782 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:19:00.30 ID:ha7ZcpN9o
梨子「ねえ、曜ちゃん。曜ちゃんって、何をしても失敗したことがないって言ってたよね」


無言。
曜は今にも梨子へと掴み掛かりそうな暴力衝動を抑えるように、小さく頷くだけ。

梨子はそれを受け、同じように小さく頷き返す。


梨子「きっと曜ちゃんは、なんでも完璧にできすぎるから…その分、すごく簡単なことがわかっていないの」

曜「………」


前に聞いた。「勝とうと思って負けたことは一度もないよ」と。
自慢でもなく嫌味も含まず、曜はあっけらかんと、さらりと、至極ナチュラルにそう言ってのけた。

飛び込み競技では世界王者になれたわけじゃないけど、自分の中にどこか満足した感覚があった。そうしたら負けた。
千歌ちゃんが見ていてくれない海外での戦いに価値を見出せなかったのだと。

勝とうと思って負けたことは一度もない。
自分がやろうと思ってやったことは全て成功してきた。
運動に、趣味の裁縫に、料理に、もちろんポケモンバトルでも挫折したことは一度もない

人付き合いも同様だ。
友達関係もみんなと仲良く、どんな子とでも気持ちよく仲良く付き合ってこられた。
人間関係に勝ち負けの概念を持ち込むのは齟齬があるかもしれないが、少なくとも曜は人付き合いに不快感やざらつきを得たことは一度もなかった。

そして何より、大好きな千歌ちゃんが隣にいてくれる。
大好きな千歌ちゃんと幼馴染の大親友。千歌ちゃんにとっての特別な個でずっとずっといられる。
それだけで曜は、この世の万物に対して勝っていた。

だがそこへ、梨子が現れて。

783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:19:26.75 ID:ha7ZcpN9o
曜(胸の中に宿った棘を、異物感を、“あの子が憎い”だなんて醜い自分を、私は嫌悪してるんだ。ずっと、ずっと…)

梨子「曜ちゃんはなんでも要領よくこなせるから、今まで嫉妬したことがなかったんだね」

曜(こんな気持ちを抱いてる私は醜い人間だ。梨子ちゃんは何も悪くないのに。千歌ちゃんは梨子ちゃんの事が好きなのに)

梨子「そこに私が現れて、曜ちゃんの唯一の弱点、千歌ちゃんと仲良くなっちゃった。
ずっと千歌ちゃんの特別だった曜ちゃんから見て、特別に見えちゃうくらいに」

曜「……梨子ちゃんを嫉妬して憎む私に、梨子ちゃんと友達でいる資格なんてない。
梨子ちゃんと友達になれないなら、千歌ちゃんと友達でいる資格も私にはない」

梨子「……」

曜「だったら…こんな私なんて、いない方がマシだよ」

梨子「……ふふっ」

曜「何がおかしい!!!」

784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:19:57.86 ID:ha7ZcpN9o
目に怒気を燃やし、激昂に叫ぶ。

しかし梨子は退かない。もう三歩、曜へと歩み寄っている。
伸ばせば届く位置だ。曜は手を、梨子の肩を掴んでいる。
力は万力のように強い。

それでも怯まず、梨子はマリンブルーの瞳を覗き込み…


梨子「教えてあげる、曜ちゃん。友達ってね…嫉妬してもいいんだよ」

曜「……何を、っ」


ゆっくりと、誠実に語りかける。


梨子「友達に嫌いなところがあってもいい。駄目だこの子って思うとこがあってもいいの。
私は今の曜ちゃんを見て、ダメダメだな、面倒臭い子だなって思ってる」

曜「っ…!」

梨子「でも、友達だよ。大好きな友達。誰かと友達でいることに、資格なんていらないから」


梨子の口調は温雅だ。
それは曜が燃やす梨子への、そして自身への憎悪に、丹念に水を掛けていくような。
言っていることはごく当たり前。だが当たり前すぎて、超人然とした曜には、そして身近すぎる千歌にも気付けなかった、曜が理解できていないこと。


梨子「嫉妬ってね、普通の感覚なんだよ。自分より何かで上回ってる人がいれば、羨ましいな、妬ましいなって思っちゃう。私はそうだし、たくさんの人がきっとそう」

曜「私は…!私は…」

梨子「曜ちゃん、嫉妬してる自分を責めないで。
私に対して嫌いなところがある自分を責めないで。
人間だもん。合わないとこぐらい、少しはあるよ」

785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:20:29.52 ID:ha7ZcpN9o
緩やかに吹く夜風は、二人の周囲からゆっくりと粉塵を払っていく。
懺悔の後、赦しを求める徒のような目で、曜は梨子を見つめている。問いかける。


曜「私は……梨子ちゃんと、友達でも、いいのかな」

梨子「うん…友達でいてほしい。ううん…友達になってくださいっ。お願いします!!」


千歌を介した友達の友達。
ではなく、本当の友達に。

梨子は曜へ、改めて手を伸ばし…しかし、その手は握られない。
まだだ。まだ、曜からウツロイドの洗脳は掃けていない。


曜「っう、ぐうっ…!まだ、頭が…梨子ちゃん、逃げてっ…!」

梨子「……うん、友達は後だよね。まずは決着を付けなくっちゃ」


曜の狂乱は迷いから。迷いが消えれば、きっと洗脳も失せるだろう。
二人はポケモントレーナー。
何かに区切りを付けて前へ歩み出すには、きっとバトルで白黒を付けるのが一番だ。

ならばこの戦いに、華々しく幕引きを。


曜「カイリュー!!」

梨子「カイリキー!!」

786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:20:56.46 ID:ha7ZcpN9o
視界が晴れ、戦いを見守っていた人々は再び二人とポケモンの姿を目にしている。
梨子と曜の間にあった葛藤、因縁を知らない人々から見ればこの一戦は最高のバトル。視界が遮られている中に決着してしまうのか…いや、その心配は杞憂。

曜はカイリューの背に、天高く滞空している。

夜空に吹く強風を意に介さず。
心中にあと僅か、ありったけの狂気を瞳に宿し、残滓を燃やして地上の梨子を見下ろしている。
遥か眼下へ、言い放つ。


曜「どっちが上か…思い知らせてあげるよ。泥棒猫!!!」


応じ、梨子は地上に不敵な笑みを。

傍らのカイリキーは梨子の心を受け、その四腕から凄絶な闘気を放っている。
隆々の筋骨、放つ“壁ドン”は二秒に千発。
見上げ、彼方の空へ声を。


梨子「もう一度、泣き顔が見たいな。負け犬曜ちゃん?」


その言葉を皮切りに、双方が最後の一撃へと移行する。
以前、海未との野試合で見せたペリッパーの“そらをとぶ”。
高空からのダイブにトレーナーが帯同することで、精度と威力を向上させるという曜の十八番。

それは本来、このカイリューで用いる戦術なのだ。

そして技は“そらをとぶ”ではない。
同じダイブ技にして、その威力は遥か高みを行く大技。


曜「“ドラゴンダイブ”」


地上へ。カイリューと曜、恐怖を知らない少女の狂気の一撃が加速を始める。

それを目に、梨子もまた指示を。

787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:21:34.96 ID:ha7ZcpN9o
梨子「“ばくれつパンチ”」


その指示に、カイリキーは上体を揺らし始める。
上下左右、行っては戻る振り子のように身を揺すり、回し、回し、廻して加速。
同時に四腕は拳打を放ち始めている。ゆっくりと、徐々にギアを上げ、加速、加速、加速加速…!

体が右から左へ、左から右へと振り戻される反動が拳打へと乗り、その挙動はさらに速度を増していく。
描く軌道は∞。まるで台風のように絶気を纏っていくカイリキーの拳は、そのまま四天王桜内梨子の気迫として人々を魅了する。

いつしか人々は唱和を始めている。
警察も暴徒も一般人も関係なく、四天王を、いや、一人の少女のその名を。


「さっくらうち!」「さっくらうち!」
「さっくらうち!!」「さっくらうち!!」


地鳴りのように響く桜内コール。
しかし梨子が見据えているのはただ天空、流星のように降ってくる親友の…ライバルの姿だけ。

迫る。
迫る、迫る…迫る!!


曜「梨子ちゃんッッッ!!!!!」

梨子「曜ちゃぁんっっ!!!!!」


━━━激突!!!!

788 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:22:07.17 ID:ha7ZcpN9o
曜「━━━っ…」

梨子「は、ぁあぁっ…!!」


カイリキーは膝を折っている。
カイリューは未だ、空を舞っていて…

いや違う。その意識は既に断ち切られている。
カイリューの“ドラゴンダイブ”をカイリキーの“ばくれつパンチ”の拳圧は受け、勢いを止めたところに怒涛、拳の驟雨を浴びせたのだ。
ここは最後の一線、お互いにとっての意思をぶつけ合う分水嶺。そこにタイプ相性は意味を成さない。

ただ一点、勝負を分けた点を挙げるならば、ジャラランガがカイリューへとダメージを与えていた点だろう。
既に手負いのカイリューには特性“マルチスケイル”が発動せず、カイリキー渾身の猛連打の嵐を貫いてみせることができなかった。

故に。


梨子「勝っ…たぁ…!」

曜「……負け、か」


梨子はまるで敗者のようにへたり込み、曜の表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。

そう、これは曜にとって、勝とうとして勝てなかった初めての敗北。
それは何故だか、とても清々しくて…曜の脳から、ウツロイドの洗脳波の影響は霧消している。
789 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:22:37.54 ID:ha7ZcpN9o
カイリューの背に掴まっていた曜は打撃の勢いでふわりと宙に投げ出されていて、カイリキーは四腕でそれを丁寧に受け止めようとしている。

…が、カイリキーも疲労している。腕で落下の勢いを殺し、掴もうと…するりと零してしまう。
一応勢いは死んでいる。だが死なずとも、落ち方が怪我をしかねない!

そんな下へ、滑り込んでいた梨子が曜の体を受け止めた。
そのままぎゅっと抱きしめ…曜もまた梨子へと腕を回し、さっきの返事を。


曜「こちらこそ…友達になってください。梨子ちゃん!」

梨子「うん…嬉しい、曜ちゃん…」


渡辺曜、桜内梨子。
今やっと、二人の間に横たわっていた違和の溝は消えて失せた。
腕を回してみれば梨子の肩は細く頼りなく、曜は心の底から申し訳なく…そして、体を張って自分を繋ぎとめてくれた友達がたまらなく愛おしい。


曜「ありがとう…本当に…」

790 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:23:05.35 ID:ha7ZcpN9o
ああ、きっと親友になれる。心からの。
そんな確信を得ている。

そしてなんでも言い合える親友になるため、曜はまず言っておくべき文句を口にする。


曜「で、梨子ちゃん。千歌ちゃんとキスしたって話だけど…っんむぐっ!?」

梨子「……んんっ…」


それは電光石火、神速、通り魔めいたキス!!!

梨子の柔らかな唇をあてがわれて、それが離れてからと曜は激しく目を泳がせている。
顔を紅蓮に染めている。動揺にオロオロと手をふらつかせ、声にならない声で梨子へと尋ねる。


曜「!!、?、?!、きっ、き、きs!?」

梨子「聞いて、曜ちゃん。曜ちゃんのファーストキスも私なら、千歌ちゃんと曜ちゃんは対等でいられると思うの」

曜「た、たいとう」

梨子「あとは曜ちゃんが千歌ちゃんとキスをすればバランスが取れる。でしょう?」

曜「えっ、それは…いや、あれ?」

梨子「そうよね?」

曜「………そ、そうかもしれない…!」


押しに弱い。そんな曜の気質を、梨子は既に見抜いている。
そして、またしても強引に友達の唇を奪い…ただ今回は、記憶を消さなくてもいいかな、と。


梨子「助けてあげたんだから、キスくらいいいよね?」

曜「……う、うん…」

梨子「さ、千歌ちゃんを探しに行かなくちゃ。きっとどこかで戦ってるはずよ」

曜「…!そうだね!」


手を引かれ、立ち上がる。
虚を突いたキスはともかく、手を繋いだまま歩き出す二人にはもうぎこちなさはない。
固い友情が結ばれ、一つの戦局にピリオドが打たれた。


場面は移行し…

松浦果南と東條希。
四天王同士の激闘が、始まろうとしている。

791 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:23:37.87 ID:ha7ZcpN9o



「私なら勝てる」

そんな果南の発言を、今の殺気に満ちた希が聞き逃すはずもなし。
と、言ってもその手の言葉に応じて激昂するというタイプでもない。

右席にメガフーディン、左方にデオキシス統合体の陣容。
希は片眉を吊り上げ、稚気含みの悪意をたっぷり、歪な視線を果南へと向ける。


希「で、どうするん?脳筋さんに今のウチの能力を破れるとはとても思えないんやけど。いっそ目でも瞑って掛かってきた方が、まぐれも起きるかもしれんよ」


ケタケタと嘲る。
真姫たち三人をテレポートで地上へと落とした瞬間を区切りに、ついに本来の希の精神は心奥の岩戸へと閉じ込められてしまっている。
元々持っている悪戯心だけが狂気に染め上げられ、果南へと愚弄めいた台詞を投げかけている。

792 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:24:57.85 ID:ha7ZcpN9o
果南はその言葉に応じず、片手に持ったペットボトルから水を口に含む。
ごくんと喉を鳴らして飲みくだし、それから半分ほどの残りを頭からザバザバと振りかけた。


希「ええ、秋の夜に…寒くないん?」


怪訝げにそう尋ねた希へ、果南はさらりと声を返す。


果南「いやあ、体が乾いちゃって」

希「乾いて、って。まさかとは思ってたけど、本当に海中生物…」

果南「冗談に決まってるでしょ。引かないでよ」


そんな調子、交わされるナンセンスな会話。
それは無駄口ではなく、達人同士、互いの出方の探り合いだ。

崩壊したゲートからは、異常開放を知らせるサイレンだけが高らかに鳴り続けている。
だが念力で破壊されたゲートに閉めるべき扉はとっくに失われていて、その警報は動力が切られるまで延々と鳴り続けるのだろう。

不安を掻き立てるその音は、希の心をより深い混沌へと誘い…

反して、果南は平然。
騒音に軽く顔をしかめ、羽織った上着のポケットから何かを取り出す。
それは黒く細いコード、先端にはイヤホン。音楽プレイヤーに繋がったそれを耳へと嵌め込み、果南は誰へともなく頷く。


果南「ん…うん、これでよし」

希「は?」

果南「希と普段お喋りするのは楽しくて好きだけどさ、戦う時はペース乱されそうだからね」

希「いやいや、イヤホンなんてしたら五感一つ潰れて不利に…」

果南「悪いけど、もう聞こえなくなるよ」

793 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:25:30.20 ID:ha7ZcpN9o
バサリと上着を脱ぎ捨て、その下にはウェットスーツを着込んでいる。
片手には防水仕様の音楽プレイヤー。
カチリと再生ボタンを押してポケットに収めれば、流れ始めるのは四つ打ち、軽快なダンスビート。
早口に刻まれる英歌詞の意味はまるでわからないが、手っ取り早く戦闘テンションになれるのが果南好み。


果南「うんうん、ノッてきた…」

希(……やっぱ直情型はやり辛いわ。言葉を弄したところで聞く耳ゼロやし)


タンタンタンと爪先を鳴らし、スピーディにテンポを重ね、果南の心はオーバードライブ、加速度的に熱を帯びていく。

そして果南は、戦闘へとダイブする。


果南「行くよ、カイオーガ。ゲンシカイキ!!!」


開幕からのエース投入に出し惜しみはなし、そして浮かび上がる“α”の文様。
カイオーガの姿が太古の威容へと回帰する!!

そして生じるは大渦、蒼海の覇者は膨大な水量を意のままに操作する。
湧き上がり、渦を巻き、降り注ぐ。
水は無軌道に溢れることはなく、果南と希が対峙するその場だけを満たしていく。まるでそこに、不可視の巨大な水槽があるかのように。

真姫、凛、花陽。
果南の登場に窮地を救われた三人はその暴水の範囲外にいる。
息を呑み、その恐るべきカイオーガの戦力を見上げている。


花陽「かっ、カイオーガ…すごいっ…」

凛「さっきも助けてもらったけど、滅茶苦茶にゃ…!」

真姫「ゲンシカイキ…最近のリーグ戦で何度か見てはいるけど、今日は本領が拝めそうね」

794 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:25:58.03 ID:ha7ZcpN9o
希「………」


カイオーガの猛威を、希はただ黙して見ているわけではない。
サイキックで宙に浮遊している自分たちをも急速に取り囲んでいく水、それを跳ね除けるべく、メガフーディンとデオキシス、それに自身の念動力で水を打ち払おうと試みている。
だが、こと水への支配力に関してカイオーガを上回るのは流石に不可能。
海神にも近い存在なのだ、抗うは易くない。

果南と希を取り囲む水は膨れ上がり、そして巨大なスフィア状に形を留めている。
その中には希たちのエネルギーが紫光する粒子として降っていて、宙空に成されたそれは例えるならば巨大なスノードーム。


果南「よし、いい感じ」

希「………いやいや、こんなの反則やん」

795 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:26:30.01 ID:ha7ZcpN9o
果南はカイオーガの加護に呼吸ができるらしく、その表情には地の利を得た余裕の色。

希は“サイコキネシス”でフィールドを張り、自分たちの周囲から球状に水を押し退けて呼吸できる空間を形成している。

今カイオーガと果南を取り巻いている水量は数千トン。
かつて一つの地方を水に沈めてみせた、その時には遠く及ばない水量だ。
だが決して、力が劣化したわけではない。
狭所集中、正面きっての戦闘力ではその方が上を行く!

そんな果南たちと水を挟んで向き合い、希は呟く。


希「なるほど?案外考えてるんやね」

果南「…ん?水中でイヤホンしてるのに声が聞こえる」

希「ウチはテレパスくらい朝飯前やからね」

果南「そっか、面倒臭いなぁ。せっかく聞こえないようにしたのに」

果南「会話だけやないよ。テレパスは思考を読み取る。どう動くかを先に知って…潰す。メガフーディン、“サイコキネシス”!」

果南「カイオーガ、“しおふき”!」

796 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:26:58.13 ID:ha7ZcpN9o
水中、メガフーディンから放たれたエネルギーと水圧が激突、衝撃に水球が揺れる!

その間隙を抜い、希は自身のサイコキノで果南めがけて念波を放っている。
左右の腕を体の前でクロスさせ、イメージは交差軌道の双曲線。


凛「あっ、危ないよ!」

花陽「希ちゃんの力っ、あれで私たちはやられちゃった…!」


地上からの声は聞こえない、そうわかっていても警句を上げずにはいられない。
それは真姫たち三人のトレーナーの役割を機能不全に追い込んだ不可視の攻勢、東條希の見えざる手。

その力が果南へと迫り…しかし、既に対応策は完成している!


果南「来た…はっ!!」

真姫「上に泳いで…!?」

希「……っ、避けられた!」


その姿はまるで人魚、果南は水中を軽やかに上昇して希の怪腕から逃れている。
顔をしかめる希。対して果南はニヤリと笑んでいる。


果南「見えないって言っても力は力、何もない場所をいきなり攻撃してるわけじゃないよね」

希「……ま、そうやね」

果南「だったらいけるね!カイオーガ!もう一発だ!」

希「っち…!デオキシス!」


再び内部で力が爆ぜ、水球の震動は地上へと水を撒き散らす。
その水を浴びつつ地上、真姫は果南の示した希への対応策に小さく唸る。

797 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:27:25.47 ID:ha7ZcpN9o
真姫「なるほどね…」


その解答は至ってシンプル、それでいて理に適っている。
希の力と戦う上での問題点は二つ、“不可視であること”、“全方位から攻撃可能であること”。

その一つ目への答えは水中。
水中であれば、力の軌道は水泡を伴って可視化する。

そして二つ目への答え、それも水中!
巨大な球状のプールの中、果南は魚のように自在に泳いでみせる。360°、縦横無尽の回避が可能となる。

故に、当たらず!


希「このっ、ヒラヒラと…」

果南「遅いっ!」

希(やっぱこの子、考える前に動くタイプ…テレパスで心を読んでもイマイチ効果ないわ…!)


ごくごく単純な対応策…と言っても、こんな手段を成せるのは果南だけ。
ゲンシカイオーガを擁し、当人も水棲生物とばかり泳ぎに長けているからこその、あまりにも大規模な奇策。

798 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:28:02.69 ID:ha7ZcpN9o
花陽「すごい、泳ぎ回って全部避けてる…」

凛「あの子、人間だよね?ポケモンじゃなくて?」

真姫「凛ってナチュラルに失礼よね…人間に決まってるわよ」


ゲンシカイオーガが作る水流に乗って、果南はただ泳ぐよりも遥かな加速を得て水中を踊る。
リピート再生で刻まれ続けるビートに足先はヒレのように、強く水を叩いて螺旋を描き、蹴る!!


果南「だあああっ!!!」

希「っ、この…!」


花陽「け、蹴ったよぉ!?泳いで近付いて…」

真姫「……人間よ、多分だけど…」

凛「語尾が弱いにゃ」


希は念力をバリアのように張り、辛うじてそれを受けている。
しかし表情には強い苛立ちが浮かんでいて、それはいつもの穏やかな希らしくもない異相。
水を被れど洗脳は解けず色濃く、だったら蹴って正気に戻す!

そんな愚直、良くも悪くもまっすぐなのが松浦果南という少女。

最接近、デオキシスの触手が鞭のように果南を襲う。
だが素早く、カイオーガが生む水流にサポートを受けて範囲外へ。

ポケモンには及ばずとも、その挙動は人域を遥かに凌駕している。
水の申し子、そんな表現こそが似つかわしい。

掌を差し伸べ、クイクイと上へ。
今度は果南が希を煽る番だ。


果南「さ、そろそろ本気で来なよ。私もそうするから。長期戦って嫌いなんだ」

希「……どチートが…!知らんよ、どうなっても!」

799 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:28:29.17 ID:ha7ZcpN9o
チート、いわゆる反則。
希が口にしたその言葉は、あながち単なるボヤキと言うわけでもない。


果南(楽しい?カイオーガ。いつもなかなか全力は出させてあげられてないもんね)

『ギュラルルル…』


希のようなテレパスではないが、果南とカイオーガの間には強い絆がある。口に出さずとも思いは通じる。
海に愛されて育った果南と、海の覇者であるカイオーガと、その相性はすこぶる良好。

全力を出させてあげられていない。
果南がそう言うのは、四天王として日々繰り返す公式戦での話だ。
カイオーガがその本領を発揮すれば、公式戦のフィールド全域をすぐさま水で満たすことは容易い。

だが、逆に狭すぎる。

水積の範囲を指定できるカイオーガだが、公式戦で少しでも力加減を間違えれば相手のトレーナーまでを水で飲み込んでしまう。

それはトレーナーへの攻撃と見做され、その場で即座に反則負け。
つまり、極度に加減しなければならない。窮屈な思いをさせてしまっている。
カイオーガというポケモンにとって公式戦の場は、金魚鉢にクジラを飼っているような物なのだ。

ポケモン博士、真姫はそれを理解している。
地上から見上げつつ、初めて目にするカイオーガの全力に感嘆の息を漏らしている。


真姫「強い、本当に。あとは…果南が本気を出すだけね」


その言葉が聞こえたわけではないが、タイミングを同じくして果南は腰のボールへと手を伸ばしている。
両手の五指を鷲のように拡げ、器用に掴んだのは…残る五つのボール全て!

水中へとボールを浮かべ、手を水平に薙いで一息に開閉スイッチを叩いている。


果南「さ、出ておいで!みんな!」

800 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:29:05.88 ID:ha7ZcpN9o
松浦果南の真骨頂、それは水中戦にある。

ポケモントレーナーは一匹扱えて半人前、二匹扱えて一人前。
同時に三匹へと正確な指示を下せる人間は稀で、サーカス団員ばりの技量と言えるだろう。

だが果南は水中戦に限り…同時に六匹全てを扱える!


果南「水の中って落ち着くから。ニョロボン、カメックス、オーダイル、ラグラージ、ダイケンキ。そしてゲンシカイオーガ…これが私の全力だよ」

希「……ギャラドスがおらんみたいやけど」

果南「ああ、それはちょっとね。けど代役のカメックスだって、強さは全然劣らないよ」

希「ああもう…!面倒やなぁ!!」


水中での六匹使役、その特技は同じ四天王の希も知らない。
地元ウチウラの海でダイビングをしている時に培った技術であり、陸に上がれば披露する機会はない。
知っているのは家族を除けば千歌と曜ぐらいのもの。
相手を水中へと引きずり込み、六匹で一息に叩き潰す。それこそが松浦果南、真の戦術。
つまるところカイオーガ同様、果南の本領はバーリトゥード、野試合でこそ発揮される!

居並ぶ高レベルのみずポケモンたち、その威容を目に…希の目には鬼気。


希「もういい、ぶっ潰すわ…力尽くで。メガフーディン!!デオキシス!!」

801 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:29:36.66 ID:ha7ZcpN9o
希はここまで、ほぼメガフーディンの力しか使役していない。
それは自身の周囲を覆った水をデオキシスのサイキックで押しのけて空間を形成しているからであり、同時に周囲の水を分解して酸素を生んでいるため。

二つの細かな工程をデオキシスに任せている以上、戦闘はメガフーディンでの様子見に終始していた。


希「けど、もうええわ」

果南(……空間を作るのをやめた)


圧されていた水がザバリと下り、飲まれた希の長髪は水中にゆらりと揺蕩っている。

当然、これで希の呼吸は絶たれた。
直前に肺へ、取り込めるだけ大量に酸素を取り込んでいる。
自身のサイキックで強引に肺を拡張していて、一般の人間よりは長く息は保つだろう。だが…


希(三分。それ以上は長引かせたくない)

果南(覚悟を決めた目だ。あの目をした人間は強い。洗脳にやられててもね)

希(デオキシス統合体、今のウチなら完全に使いこなせる。六匹相手?ハッ、ちょうどいいハンデや…!)


瞬渦、二人が伸ばした手が水を切って泡沫。
果南はハンドサイン、希はテレパス。それぞれがポケモンたちへと指示を下している。
結集するエネルギー、二人を包み込んだ水球は徐々に熱を孕み…

お互いが技を解き放つ!!

802 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:30:04.40 ID:ha7ZcpN9o
指示は同着。しかしデオキシスはその圧倒的速度を以って、果南の六体に先行している。

つい今し方までノーマルフォルムだったのがほんの一秒足らず、姿をスピードフォルムへと変貌させている。

水中というディスアドバンテージを物ともしない始動速度、のたうつ触腕は螺旋を描き、瞬時に収束させるエネルギー。
そして技の準備を終えると同時、デオキシスの姿は即時にアタックフォルムへの変化を完了させている!


果南(速いっ…!)


統合体、その4フォルムの切り替えはダメージこそ共有するが、まるで別個のポケモンへの変貌に近い。
単独個体であればそれなりの時間を要するフォルムチェンジを、戦闘情報のフィードバックを得たことで瞬時に成す、その強力さはミカボシ山で既に見せている。

ただ、その力を完全に引き出すのは並のトレーナーには不可能だ。
トレーナー側の処理速度が追いつかず、思考から言語化という工程を経ての指示に従えば必然要する数秒間。その速度はフルスペックには程遠い。

だが、自身もエスパーである希はその例外だ。
脳回路、シナプスを巡る思考とデオキシスの精神をサイキックで直結。
思考、即行動。そのレスポンスは電速に等しく、故にデオキシスは4フォルムを十全に活かしつつ戦える!


真姫「っ、始動が速すぎる!」

花陽「見てて、変身のタイミングが全然わからないよ…」

凛「かよちん!真姫ちゃん!危ないから離れるにゃ!」

803 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:30:30.89 ID:ha7ZcpN9o
三人の中で凛が唯一、ミカボシ山でデオキシス統合体と直接交戦している。
その猛威を身に染みて知っていて、そして今、デオキシス全身にエネルギーを纏わせた状態から解き放とうとしている技を知っている。

それは山で、凛と穂乃果とダイヤの三人を昏倒へと追い込んでみせたエスパーエネルギーの爆発的大解放。


『キュロロロロロロロロ…!!!』

希「“サイコブースト”!!!」

果南(なんか…っ、ヤバいっ!)


デオキシスの手元へとエネルギーが圧縮…炸裂!!拡散!!!

広がる衝撃は瞬間、水風船のように留められた水球を歪に膨れあがらせる。
表面が弾けて膨大な水が溢れ出し、真姫たちが見上げていた場所をナイアガラめいた放水が叩いて地を穿つ。

真姫「……!」

走る慄然、凛に助けられた真姫と花陽。
しかし三人の意識は自分たちの間一髪より、戦いの行方へと向けられている。

804 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:31:28.36 ID:ha7ZcpN9o
辛うじて形状を保った水球、その中はジャグジー風呂のように乱舞する泡に覆われていて視界は不明瞭。

果南が負けてしまえば希が解き放たれる。
それは今の真姫たちにとって死刑宣告にも等しく、ひいては終焉のトリガーに…


花陽「あっ、中が見えてきた…よかった、無事みたいだね!」

真姫「……でも待って。果南の周囲、水が赤くない…?」


果南(っぐう、効いたなぁ…!)


果南、それに六体のポケモンたちはいずれも無事だ。
ゲンシカイオーガの支配圏、水中にいたことが功を奏した。
水のエネルギーを超圧縮して放つ“こんげんのはどう”、それを“サイコブースト”の衝撃に広く合わせることである程度の威力を相殺してみせたのだ。

とは言え後出し。威力の全てを打ち消すことは難しく、余波に多少のダメージを負わされている。
そしてポケモンたちは“多少”で済めど、生身の人間、果南はそれで済むはずもない。

真姫が目敏く気付いた水の赤色、それは滲み出す血液。

果南の体を押し包んだサイコエネルギーの残滓は、その体の全てを痛めつけている。
ダメージは内臓にも及び、ありとあらゆる箇所から流血を。
徐々に赤を濃くしていく水を目に、希は酷笑一つ。


希「トレーナー狙いの方が効率よし。悪の組織がそう考えがちなのも納得やねえ」

果南「……何、勝った気でいるのさ。ようやく面白くなってきたってのに…!」

希「はぁ…これだからバトル脳は嫌なんよ。ま、すぐに何も考えられなくなるんやけど」


内心にほくそ笑む。(これでおしまいや)と。
果南の背後、そこにはメガフーディンが転移を!


805 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:32:03.64 ID:ha7ZcpN9o
希(“テレポート”、そしてまた“テレポート”!波動はカイオーガに止められる。なら、直近で手の届かない場所に飛ばして詰みや!!)


メガフーディンもまた、デオキシスには及ばずとも速い。
全てのポケモンの中でトップクラスの速度が二体、それこそ東條希の脅威!

メガフーディンは果南の背後、浮かせたスプーンの一つが果南の体に迫っている。
その先端が触れてしまえば果南は高空へ。いや、試したことはないがいっそ壁の中に飛ばしてみるのも面白い。
そんな邪智を希は滾らせ、それでいて表情はポーカーフェイス。
これで勝ちだと…果南が振り向く!


果南「後ろっ!」


衝撃に眼底が傷んでいる。片目、瞼の裏から血が流れ出ていて視界は悪い。
それでも果南は察知する。微かな水の流れに、背後に現れたメガフーディンを見ずとも捉えている。


果南(直接殺りに来たってわけか、けどやられてたまるか!)


察知と同時、既にハンドサインを下している。迫るオーダイル、ラグラージ!
鰐の大アゴが開かれて“かみくだく”!
下からはラグラージが急上昇、“たきのぼり”の一撃で敵を狙う!

メガフーディンのスプーンは果南へ届かず!
五本のそれを巧みに使って二匹からの攻撃を受け止めつつも、果南へと攻撃を回す余裕はない。


希(チッ…)

果南(だけじゃない!)


果南の特技、六体同時指示がついにその歯車を回し始めている。
オーダイルとラグラージへの指示から流れるように次、次、次へ。

背中には堅牢な甲羅、そこから伸びる二門の砲身。カメックスの照準はデオキシスへと定められている!

806 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:32:32.72 ID:ha7ZcpN9o
果南(“ハイドロポンプ”!)

『カメェッックス!!!!』


砲撃!!!
対の水圧が渦成し、デオキシスへと猛烈に迫る!
デオキシスはスピード態へと変異、水中を奇怪に横滑って砲撃から逃れている。
そこへ鋭く泳ぎ寄る一匹!
果南と共にウチウラの海を毎日泳ぎ、鍛えられた強靭無比の筋繊維、ニョロボンが拳を大きく引いている!


真姫「あの軌道なら逃さない!当たるわ!」

果南(そのままぶちかませっ!!)

『ニョロッ!!!』


その勢いは昇り竜、水中を螺旋に突き上げたのは“たきのぼり”!!
ニョロボンの拳がデオキシスの胴体へと突き刺さる!

……が、健在!


希(残念、ディフェンスフォルムや。この防御はそうそう崩せんよ!)

果南(ふーん…けど、まだだ!!)


まるで魚雷、水を裂いて迫る鋭刃。
四足獣ダイケンキは左の前脚に収納した貝の刃、アシガタナを抜き放ってデオキシスめがけて切り抜ける。
畳み掛けるように、“シェルブレード”の一斬がデオキシスへと襲いかかる!


『キュルロロロ』

希(っ、続けて受けるのはまずいね。メガフーディン!)

『シュウッ!!』


メガフーディンは水中を再度の転移、スプーンのうち三本をアスタリスクめいて交差させてダイケンキの貝刃を受けている。
一撃離脱、ダイケンキはその場に留まらず泳いでヒットアンドアウェイを。


果南(……)


六体立て続けの攻撃を一波終え、果南は観察と、ほんの少しの思考を泳がせている。

807 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:33:37.52 ID:ha7ZcpN9o
果南(変だな、わざわざメガフーディンを守備に戻らせた)


違和感を覚えている。
鞠莉に、様々な評論家に、ひいてはネットなどでファンからもアキバ地方きっての脳筋プレイヤーと評される果南だが、決して地頭が悪いわけではない。
考えるより先に体が動くタイプというだけで、観察眼や勘の良さはむしろ常人よりよほど優れている。


果南(確かに上手いことスプーンで止められたけど、メガフーディンの防御は固くないよね。なのに、それを盾に使う?)


うーんと首を捻り、手短に考察へと結論づける。


果南(なんとなくだけど…あのデオキシスっての、見た目よりは脆いのかも。うん、多分そんな感じ)


と、それ以上穿っては考えない。長々と考えるのはやはり性に合わないのだ。
ただ、果南の考察は的を射ている。ズバ抜けた高種族値を誇るデオキシス統合体、その唯一の弱点は体力、HPの低さだ。

地上、見上げる真姫もポケモン博士としての知見から、果南の違和感と同様の考察をさらに先へと進めている。


真姫(デオキシス、種としての最大の特徴は状況に応じての細胞組織の自由な組み替え。基本形に加えて攻防速、体の形状自体を即座に大きく変化させる性質はとても珍しく強力…)


しかし希は今、隙を見せてしまった。
果南は気付けているだろうか。大声を上げてもここからは届かない。
果南はイヤホンをしているのだから尚更。真姫は歯噛みしつつ、デオキシスの姿を見る。


真姫(ニョロボンの打撃を受けた部分、少しだけど凹んでた。メガフーディンに庇われた直後にはもう治っていたけれど、“じこさいせい”を使ったのね)

真姫(…ディフェンスフォルム、あの姿は全身を堅固に固めている。すごく硬いわ。
でも、克服しきれていない大きな欠陥がある。細胞組織を自由に組み替えられるのは利点だけれど、その分、細胞の繋がりが地球の生物に比べて脆い)

真姫(“じこさいせい”でそれを補っているからわかりにくいけど、攻略法はある。お願い、気付いて…!)

808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:34:05.20 ID:ha7ZcpN9o
真姫が思考を巡らせている間も、果南と希の激闘は続いている。

ダメージを負った果南の泳ぎの速度は落ちている。
それを希は鋭敏に察知していて、再び自らの不可視の腕で果南を水中に追い立てる。
それを縦に横に、万全のコンディションからは遠い状態の果南は避け続けている。
最中にポケモンたちは交撃を続けていて、ぶつかり合う力と力!

デオキシスは触腕を束ねてサイコエネルギーを電気へと変換、対のレールを模した腕から果南を狙い、撃ち放つは“でんじほう”!!

応じ、ゲンシカイオーガはそれを体からの放電、“かみなり”で迎え撃つ!
ぶつかり合う電撃、凄絶に相殺!!
生じた水中爆発に、泡が視界を覆い尽くしている!!


希(……見えんし、電撃の余波で念力も伝わりにくい。視界が確保できるまで集中やね)

果南(なんか身体中が痛いな。油断はできないけど、今見えない間は少しだけ休もう。……うーん、デオキシスの攻略法か…)

809 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:34:31.99 ID:ha7ZcpN9o
それぞれカイオーガとデオキシスの力で全員への感電を防いでいるが、電熱に水球は猛烈な加熱を得る。
初めは冷たかったバトルフィールドも、既に熱めの温泉ほどの熱を帯びている。

希が水中に身を浸してから既に二分は経過、希の肺に酸素は残り少ない。
対し、果南もまた失血に視界を揺らがせる。毛穴すべてがズクズクと痛んでいるような錯覚。実態は水を伝導したサイキックの余波に血管が痛んでいる。

実のところ、常人ならとっくに白目を剥いているようなダメージが刻まれている。
“なんか痛い”で済んでいるのは、ひとえに卓越した身体能力が故だろう。


花陽「ううっ、どうなってるんだろ…見えないと気になる…!」

真姫「音は聞こえないし、お互いに様子見だと思うけど…」

凛「あのカイオーガ、どうやって捕まえたのかなぁ…」

花陽「あ、私も気になってたんだ。カイオーガって、一体しか確認されてないポケモンだよね。あの子はホウエン地方のと同じ個体なの?」

真姫「いいえ、別個体よ。果南のあのカイオーガは、少し…じゃないわね。とても特殊な経緯で手に入った個体なの」

810 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:35:22.69 ID:ha7ZcpN9o
休戦は泡が収まるまでのほんの十数秒、真姫が“特殊な経緯”を今は語らない。語る時間がない。
ただ内心には、博士として耳にして驚かされたその話が蘇っている。

カイオーガと果南の出会い、それはGTS(グローバルトレードシステム)だ。

トレーナーとして正式に登録をしている人間なら誰でも利用できる、世界中のトレーナーと直接会うことなくポケモンを交換するシステム。
交換に出すポケモンと欲しいポケモンを登録し、希望があれば交換が成立する、簡単に言えばそんな仕組み。

果南はその手のシステムをそれほど積極的に利用するタイプではないのだが、鞠莉からの勧めで試しに登録してみていた。


「まあ、一回ぐらい試しに使ってみるのもいいよね」


そんなノリで適当に登録を済ませ…

そこで生来の大雑把さを発揮し、パパッと操作を済ませたが故の誤操作。
果南が交換に出したポケモンはニドラン♀、要求ポケモンはカイオーガ!

なんとも迷惑極まりない登録をしたまま、果南はそれに気付くことなく長期間放置していた。
そしてとある日、果南へと届いた知らせ。【交換が成立しました】と。

「そう言えば登録してたっけ」と確認に行ってみれば、そこにいたのはカイオーガ。


果南「……んんん?」


そんな嘘のような経緯で、果南は伝説の海神を手にしたのだ。

811 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:35:56.66 ID:ha7ZcpN9o
真姫(冗談みたいな話だけど…でも、学術的には大きな価値がある)


アローラ地方、ウルトラビーストの一件で明確になった事実。この世界とは別の世界が存在している。
UBたちはウルトラホールという空間の歪みを通り抜けて現れていて、そこを抜けた先にはまるで別の世界が広がっているのだ。

またそれとは別に、純粋な異世界ではなく平行世界も存在している。
国際警察には平行世界からやってきたという人物が所属していて、その話にはある程度の確証も取れている。

そしてGTSの回線は極めて複雑なシステムだ。
その仕組みの全容を把握している人間はごく一握りで、そんな複雑な回線は稀に奇妙な混線を見せることがある。

GTSの回線は混線時、異世界や平行世界と接続されているのではないのかという学説が存在する。

果南が手にしたカイオーガは、その説を強力に裏付けているのだ。

つまり、どこかの世界の物好きか、あるいは操作ミスか。果南のニドラン♀とカイオーガを交換してしまって流れてきた…そんな話。


真姫(だとして、それが果南のところに来たのは…イレギュラーな出会いだけど、やっぱり運命なのかもしれないわね)


大水球の中、泡は見事に晴れきっている。
電撃が混ざりこんでいた不純物を分解したのか、濁りつつあった水はクリアに澄み切っている。


希「さて…そろそろ、お開きの時間やね」

果南「私も、ぼちぼち終わらせたいかな」


身構える。

812 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:36:34.01 ID:ha7ZcpN9o
果南はデオキシス打倒の戦術を固めている。と言っても、誰しも土壇場に頼るのは自分のやり方。
戦術とは名ばかり、結局のところやりたいことを押し通す、それだけだ。

手番?段取り?七面倒臭い!


果南(メガフーディンで庇う?だったらそっちは完全無視。全弾デオキシスに集中させてやる!!)


それは奇しくも最善の解答、デオキシスの防御性に持続力がないことを看破しての怒涛の飽和攻撃。
ミカボシ山での一戦で穂乃果たちが統合体を相手に手間取ったのは、強力な相手の戦力に慎重に戦いすぎたため。
何も考えずに一気呵成に畳み掛ける、自己再生の間は与えない。
それが許されるのは六体を扱える果南だからこそ!


希(メガフーディン!!全力で“サイコキネシス”や!!!)


放たれた“サイコキネシス”が水中に大渦を作り出している。
ポケモンごと果南を巻き込み、剛力で体を捩じ切ってしまおうと!

だが果南もまた指示を下している、ゲンシカイオーガの“こんげんのはどう”は膨大な出力で、大渦を混ぜ返しつつデオキシスへとその矛先を向けている!

813 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:37:21.17 ID:ha7ZcpN9o
希(させんよ!!メガフーディン、もう一発や!!)


衝撃がもう一つ、カイオーガの波動とぶつかり弾ける!!

巻き起こる激烈な対流、水球の中は洗濯機のように掻き回されていて、外からは真球にさえ見えていた水のスフィアは引き伸ばされて楕円、ラグビーボール状に変形している。

そんな中でも果南は水の加護と自らの泳力で、希は極まったサイキック能力で姿勢を保ち、お互いの姿を捉え続けている。


果南(カイオーガ!デオキシスに“れいとうビーム”!)

『ギュラリュルァアアッ!!!!』

希(冷ビ?タイプ不一致、威力に劣る技を…意図はともかく受ける理由はない!回避やデオキシス!)

『キルロルロロ…!!』

果南(今だ!ダイケンキ!)

希(ビームでできた氷の線を、掴んで剣みたいに…っ!?)


大閃斬!!!

ゲンシカイオーガの高い能力から放たれた“れいとうビーム”は水中、強固かつ棘走って鋭利な氷の刃を生み出した。
それは水球を横断するほどに長大な一振りで、それを斬技に長けたダイケンキが掴んで振るえばリーチは最長!痛烈な一撃がデオキシスを襲う!

814 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:38:26.65 ID:ha7ZcpN9o
希(ッッ…!デオキシスはまだ回避や…溜めて、溜めて…!メガフーディンっ、もう一度!)

『シュウウッ!!!』

果南(メガフーディンで受けたな…!受けに利用したスプーンは三本、残りは二本。だったらイケる!ニョロボン!)

『ニョロッ!!!』


一般的な公式戦、陸の戦いでは二戦級との評価を受けがちなニョロボンというポケモン。だがその筋力は、水中でこそ最高のパフォーマンスを発揮する。

ニョロボンはパーティーの中で最古参、果南とはニョロモの頃からずっと一緒に過ごしてきた。
あどけない子供の頃から、四天王に昇りつめるまでをずっと傍らで見守ってきている。
そんな果南が血を流し、血を滾らせ、眼光は爛と死闘の中。
ニョロボンも同様に意志を燃え滾らせている。

そして唯一、ニョロボンへの指示だけはハンドサインを介するまでもない。


果南(思いっきり行けっ!!!)

希(ああもう!手数が足りん…ん、ニョロボンが…ダイケンキを投げた!!?)

果南(狙いはメガフーディン、そのまま突っ込め!ダイケンキ、“メガホーン”だ!!!)

815 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:38:53.19 ID:ha7ZcpN9o
視線に全てを読み取り、全身をしならせての大投擲!!!

ダイケンキはその頭角を突き出し、メガフーディンへと目掛けて大技を繰り出している。

種族値には劣っていても技は有利、場所が水中というアドバンテージ。
受けるメガフーディンはサイキックで勢いを弱めつつも受け切れず、最終防衛線のスプーンは二本!


果南(行けっ!)


激突!!!
スプーンは砕け、ダイケンキが頭部に纏う貝の兜、その角がメガフーディンへと痛烈な一撃を浴びせている。
ハイスピードと高い攻撃性を誇るメガフーディンも、その直接攻撃を浴びれば決して頑丈なポケモンではない。
その身へと妖しげに纏っていたサイコエネルギーが失われ…打倒!!

しかし流石のメガシンカ体、散り際に放った“サイコキネシス”でダイケンキを戦闘不能へと追い込んでいる。

希と果南はそれぞれをボールへと回収しつつ次の指示を!


果南(オーダイル!ラグラージ!全力のやつを叩きつけて!!)

希(デオキシス、全力ぶっぱや!!“サイコキネシス!!)

816 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:39:20.66 ID:ha7ZcpN9o
希がデオキシスを遊ばせていたのは初撃、“サイコブースト”の反動による能力低下の影響。
時間経過を待ち、低下したサイコエネルギーが元に戻るまでを見計らっていたのだ。

単体のデオキシスであれば修復までに長い時間を要していたが、統合体なら一分少しのインターバルで復元可能。その時間が今経った!


希(いける!メガフーディンが倒されたのは予想外、けどデオキシスが戻るまでの時間を稼いでくれたなら十分や!!)


果南はオーダイルとラグラージ、物理型に育ててある二匹を前面に立てて突貫させている。
それはデオキシスの防御殻を破り、存外に柔らかい中身へと痛烈な一打を浴びせてやるための尖兵。

だが希の目算通り、デオキシスは二匹の突撃を苦にしない。
強力極まりない“サイコキネシス”は空間を強烈に歪めて圧縮し、オーダイルとラグラージの二匹を即時に昏倒へと追い込んで下へ!
水球の中から激烈に弾き出してリタイアを確実とする!

だが果南は二匹を案じない。
自分が鍛えたポケモンだ。地上に落ちたとして、この程度で致命傷は負わないと確信している。
故にデオキシスから視線を逸らすことはなく、矢継ぎ早の次手を。


果南(カイオーガ!!全力で突っ込め!!)

817 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:40:04.26 ID:ha7ZcpN9o
希(前に出した!これまで後ろで固定砲台させてたカイオーガを。チャンスやね!!)

果南(ポーカーフェイスが崩れてるよ、チャンスだと思ってる顔だ。けど近付けば近付くほど、こっちの攻撃だって威力は上がる!)

希(引きつけて、引きつけて…最接近でもう一度、“サイコブースト”をお見舞いや!カイオーガさえ始末すれば、あとの二匹はなんとでもなる!)

果南(さっきの大技で来るのはもちろんわかってる!だからカイオーガより先に…カメックス!“ハイドロポンプ”!!)

『カァ……メエックス!!!!』


尾と腕ヒレで大きく水を掻き、高速で接敵していくカイオーガ。
しかし先んじて、その背後からカメックスが強烈な援護砲撃を撃ちかける!

二砲からの水圧が猛烈にデオキシスへと迫り、それを“サイコキネシス”で防げばカイオーガへの“サイコブースト”へと繋げない。
“サイコブースト”で防いでしまえばカイオーガを確実に仕留められるかは定かでない。

戦略家ではなく、あくまで感覚派。
しかし果南の戦闘センスは窮地において、希へと選び難い二択を突き付けている!

どちらを選ぶべきか、希は目を閉じ…


希(そんなの一択や。ウチが防ぐ!!!)

818 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:40:51.38 ID:ha7ZcpN9o
発揮するのは希自身のサイコキネシス!

その威力は既に、人域を完全に逸脱している。
距離が離れていて水圧の抵抗で完全な威力ではないとはいえ、カメックスの放った“ハイドロポンプ”へと横ざまにぶつける超力!


希(ぁぁァアアアアアアアッッ!!!!!)


壁のように正面から受け止めるわけではない、斜めに圧の逃げ道を形成する。
そんな巧みな念動力で、希は“ハイドロポンプ”をデオキシスから逸らすことに成功している!!

だが、そんな無理に希の脳は悲鳴を上げている。
サイコエネルギーの根源、脳の中の回路はオーバーヒートを起こしていて、鼻血が水を紅に滲ませる。
脳の酷使は酸素の消費を想定よりも早めていて、希は呼吸限界へと既に到達している。

だがそれをも忘れ、カイオーガを仕留めるべき好機に狂乱を!希はついに、水中に大声で叫ぶ!!


希「デオキシスッッ!!“サイコブースト”!!!!」


極光、痛烈に拡散するエネルギー波はこれまでで最大規模!!!
ゲンシカイオーガは猛進に、全力の“こんげんのはどう”でそれを迎え撃つ!!!

水球が再び爆ぜ、先ほどの比ではない量の水が地上へと注いでいる。
直下は小規模な洪水の様相を呈していて、ギリギリ安全圏と思える位置まで離れていた真姫たちへとそれなりの量の水が押し寄せている。


真姫「きゃあああっ!!!」

花陽「真姫ちゃんっ!」

凛「っ…!勝負は!?」


三人はそれぞれを庇いつつ、上空へと目を向けている。
ついにカイオーガとデオキシスが完全な衝突をしたのだ。その結果如何では、戦闘の結果が決まりかねない…!

そして真っ先に見上げた凛が、普段の明るさに見合わない絶望的な声を漏らしている。


凛「カイオーガが、負けてる…」


水球の中には仰向けに、打ちのめされたカイオーガが揺蕩っている。
辛うじて意識は残っているのか、水球はまだ保たれている。

だが、それが絶たれるのも時間の問題か。
カイオーガの体に刻まれたサイコブーストのダメージは遠目にも重篤で、威厳に満ちた姿が今は弱々しく…


花陽「そ、んな…」

819 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:41:23.34 ID:ha7ZcpN9o
希(そん、な…!!)


ゴポリ、肺の中に残されていた微かな空気が口から漏れた。
目論見通り、デオキシスでカイオーガを打倒した。

相打ち?否、デオキシスはダメージを負いつつ未だ健在。
だというのに、希の瞳は驚きに見開かれている。

その腹部には…痛撃、拳がめり込んでいる。

そう、拳が。鳩尾に!果南の右拳が深々と叩き込まれている!!


果南(手荒くてごめん)

希(い、つ。一体、いつウチの近くに…!)

果南(カメックスの“ハイドロポンプ”。あの直後、水球の中には強烈な流れが生まれてた)

希(……っ、まさか…!)

果南(その流れに乗って、泳いで一気に近付いたんだ。方向を見失わないよう、ニョロボンに助けてもらいながらね)

820 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:41:58.26 ID:ha7ZcpN9o
一段目、オーダイルとラグラージは囮。
二段目、カイオーガも囮。
同時の三段目、カメックスの砲撃もまた囮で、本命は四段目、果南自身の特攻!


希(気付け、なかった…!)

果南(昔から海で遊んでて、溺れかけたこともないわけじゃない。酸素切れの苦しさはよく知ってるんだ)

希(まさか、ウチの思考力が落ちるのを待って……)

果南(悪いけど。水の中では最強なんだ、私は)


そこでふっと、希の意識が断ち切られる。
果南からの拳だけでも気絶できる威力、プラス酸素切れに、さらに脳負荷。リタイアには十分すぎた。

さらに果南は抜け目なく、希の打倒に困惑するデオキシスにカメックスの砲撃を浴びせている。
カイオーガとの衝突直後、流石の統合体も耐えきることは不可能。

その全身が力を失い、果南は希の体を労わるように抱きかかえ…


果南「うん、私の勝ちだね」


ざぱんと、カイオーガの水球が弾けた。

821 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:42:26.93 ID:ha7ZcpN9o
地上へと溢れ落ちる水流の中を、果南は希を支えながらニョロボンに身を預ける。

ニョロボンは大滝の中、二人を抱えながら巧みに身を滑らせる。
そうして無事に地上へと降り立ち、果南は落とされていたオーダイルとラグラージの無事を確認する。

大ダメージに目を回してはいるが、命に別状はないだろう。
意識はなくても撫でて労いつつ、果南は今の一戦を振り返る。


果南(ゲンシカイオーガでもデオキシス統合体には押し負けた。6対6のフルバトルだったらわからなかったな。真姫たちのおかげだね)


真姫、凛、花陽、三人が四体を撃破していた功績は大きい。
その四体も有象無象ではなく、いずれも曲者揃い。特にクレセリアが残っていれば、戦況に大きな影響を与えただろう。

ただ、果南の手首にはメガリングが輝いている。
それは今回不在だったギャラドスに対応していて、それを含めて考えればやはり、本来の戦力は対等か。

松浦果南、東條希。
両者、四天王の称号は伊達ではない。

822 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:42:55.52 ID:ha7ZcpN9o
真姫「希っ!!」


そこへ駆け寄ってくるのは真姫だ。
元々は凛より足が遅いにも関わらず、息を上げながら一番に全力疾走で駆けつけている。


果南「大丈夫、ちゃんと生きてるよ」

真姫「果南…本当にありがとう。助かったわ。私たちも、希も…」


そう言って頭を下げ、一本のアンプルを取り出す。それは父、ニシキノ博士と共同で開発した薬。
ウツロイドの洗脳による脳へのダメージを解消することのできる代物だ。
果南が来てくれるまでは、これをどうにか注射して希を正気に戻すつもりだったが…今の一戦を見れば、真姫たちだけでは絶対に不可能だっただろう。

薬液を注射器で吸い上げ、手慣れた手つきで希の首筋へと投与。
即効性、希の顔色が和らいだような気もする。

そこでようやく真姫は一息を吐き、見下ろしていた果南、それに花陽と凛もほっとした表情を浮かべている。

823 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 18:43:22.28 ID:ha7ZcpN9o
果南「ふう…とりあえず、一仕事終えたって感じかな。さて、次に行かなくちゃ」

凛「え、ええ!?ちょっと待つにゃ!」

果南「休んでられないよ、みんなまだまだ戦ってるんだし。大丈夫、鍛えてるから!」

花陽「も、もうボロボロです!死んじゃいます!」

真姫「平気よ、ほっときなさい」

果南「……っ、と、うぐ、っ…あれ?」


首を傾げ、心底から不思議。
そんな表情で、果南はバタリと倒れ伏した。
驚きに声もない凛と花陽へ、真姫はやれやれとばかり肩を竦める。


真姫「どうせすぐ電池切れ…って言おうとしたんだけど。気絶してないのが不思議な怪我だもの」


上空から、オハラフォースの医療ヘリが舞い降りてくる。
これでお役御免、果南は十分に責務を果たしてみせた。

だが戦火は未だ勢いを増し続けている。
その中で最も派手に戟をぶつけ合っているのは市内東部、絶氷の舞台。
敵はチャンピオン絢瀬絵里。対するは黒澤ダイヤ、小原鞠莉、そして率いるオハラフォース。

果南にとっての盟友たちが、氷点下にプライドの咆哮を響かせる。

824 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:04:17.81 ID:ha7ZcpN9o



鞠莉「ねえダイヤ、GOODなニュースがあるの!」


耳元の無線機を介して連絡を受けていた鞠莉が、くるりと振り向いて満面の笑み。
その表情を目にしただけで、ダイヤは鞠莉の言わんとしていることを察している。

表情豊かながらに飄々、フランクなスマイルの奥に本音を潜ませ。
そんな鞠莉が仮面を外し、童女のように無邪気な笑顔を浮かべたならば、その意味するところは聞くまでもなし。
ダイヤもまた頬を綻ばせて声を返す。


ダイヤ「勝ったのですね、果南さんが!」

鞠莉「That's right!さっすが果南!四天王を抑えてくれたなら勝ちの目も出てくるわね!」

ダイヤ「となれば、わたくしたちもこの一戦、必勝を期さなくてはいけません」

鞠莉「オフコース!」


ダイヤへと快活に応えた鞠莉の頭上で、オハラフォースのヘリへと攻撃が着弾。爆ぜる氷、機体がブ厚く覆われる!

825 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:05:04.57 ID:ha7ZcpN9o
絵里のパルシェンが放つ“つららばり”、その連射速度は極めて埒外。
頭部の突起から氷柱を飛ばし、それは特性“スキルリンク”により五発セットでの誘導弾。
尖った先端で着弾点を穿ち、その箇所に内部から大凍結を引き起こすのだ。

ただ、それだけならまだ普通。
種族内で優秀な個体と、それで留まる話。

しかし絵里のパルシェンは、次弾装填へのインターバルが極めて短い。
一発一発の弾径を小さく調整すれば、一斉に射出される氷柱は多連装ロケット砲めいて十五発!

絶氷の鏃は新たな一機のヘリへと飛び来たり、テールローターと装甲を容赦なく食い破る。
瞬間、機体の全体が氷へと覆われて操縦も脱出も不可。機内に兵士たちを残したまま、ヘリは落下して地面へと叩きつけられる!

一応、氷の堅固さ故に機体は保護されている。
衝撃に怪我は免れずとも、絵里は兵士を殺めてはいない。
それは残された正気の欠片?
そうではない。傭兵如き、殺めるまでもないという力の顕示。

Braviary、ウォーグルの名を冠する戦闘ヘリは歴史の長い機体だが、未だ戦場の最前線に用いられる現役機。その価格は一機につき、円にして五十億を下らない。
それを絵里はたった数分で二機おしゃかにし、損害額は既に百億を計上!


鞠莉「Oops…」

ダイヤ「だ、大丈夫ですの?他の場所でもヘリを落とされていますし、いくら小原家の資産でも…」

鞠莉「負けたら破産ね。だけど損して得取れ、勝てば宣伝でたっぷりとお釣りが返ってくる!」


そんな会話にも戦いは止まっていない。
依然、戦火は降り注ぐ。

絢瀬絵里は動じない。
焦熱に照らされ、大量の銃口を突きつけられ、その渦中に冷然と鉄面皮。
パルシェンで撃ち下し、凍らせ、殺到する攻撃はフリーザーの大氷壁に遮断する!

826 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:05:31.33 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉とダイヤは少し後方へと下がり、まずは様子見。
戦況は今のところ、オハラフォースと絵里の交戦に終始している。

オハラフォースの兵士たち、その一人一人の技量は極めて高い。軍人としても、トレーナーとしてもだ。
その大勢がほのおタイプのポケモンを連れている。歩く火炎放射器として軍用に広く用いられているブーバーンを始め、バクーダにブースター、カエンジシやヒヒダルマ、バクガメスなどetc.

戟を交わしつつ見回し、「壮観ね」と絵里は静かに呟いている。

こおりタイプのエキスパート、絵里に対するアンチ的な陣容を即座に整えられたのは、オハラフォースが各主要タイプに特化した兵士の頭数をまとめて確保しているため。
とりわけ攻撃性に長けたほのおタイプは軍事的な利用価値が高く、所属している中にも炎専任のエキスパートトレーナーは多い。


鞠莉「私たちがチャンプを抑えることで多くの人が救われる。オハラにとっての宣伝にもなる。誰も損しないグゥレイト!なプランでしょう?」


そう嘯いてみせる鞠莉の目は情熱の戦気と冷静な打算を併せ持つ。
まさしく勝負師、マフィア家系の商売人。その血統は伊達でない。

そんな親友の横顔に、ダイヤは呆れたようにため息一つ。


ダイヤ「相変わらずビジネスライクな思考をしますのね、鞠莉さんは」

鞠莉「ふふぅん、どうせ戦るなら利益を出せた方がベターだもの。狙うはジャイアントキリング!」

ダイヤ「まあ、貴女のそういうところが好ましいのですけれど」

鞠莉「無茶できるのはダイヤが一緒にいてくれるから。一緒に勝とう、ダイヤ!」

ダイヤ「もちろんですわ!」

827 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:06:22.44 ID:ha7ZcpN9o
戦況を見極めた鞠莉は早々に絵里へと狙いを定め、各部隊から炎使いを選りすぐって集めている。
パチンと指を打ち鳴らす鞠莉。応じ、その炎ポケモンたちが一斉に全面へと展開。


鞠莉「Ready…」


小競り合いはここまで。続けて牽制を?
否、鞠莉の二手目は最大火力。可能ならばここで決める!


絵里「キュウコン、出てきなさい」


攻勢の気配を見て取り、絵里は展開していたパルシェンをボールへと収めている。
交代に出したのは蒼白、アローラ産キュウコン。
どのポケモンにも惜しみない愛情を注いでいる絵里だが、お気に入りを一匹挙げろと言われればこのキュウコンを挙げるだろう。


ダイヤ(美しいですわぁ…)


敵対の最中だが、好きなものは好き。
ダイヤはほうと息を吐き、絵里とキュウコンの姿へと見惚れている。

九尾を広げ、その先端に灯るは光の蕩揺。
青炎のようにも見えるそれは、キュウコンの幽玄な力に生み出される凍気。

こおり・フェアリー。
特殊なタイプを有するキュウコンの力は、他の氷ポケモンたちとは少々趣を異にしている。
月並みながら、まさに芸術的と評するべき美しさ。
ダイヤはもう一度、しみじみと溜息を。

そんなダイヤとは対照的、隣に立つ鞠莉の目にはキュウコンの姿はただ敵と映る。
極めてリアリスト、物事を即物的に見極めることができるのが小原鞠莉。
プライベートではロマンチストな部分もあるのだが、あくまで今はビジネスモード。
鞠莉の口から漏れるのは感嘆でなく、シンプルな指令をただ一つ。

絵里とキュウコンの姿をはっきりと目視し…ニヤリ。
怪笑、手を水平に差し伸べる!


鞠莉「Fire!!!」

828 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:06:58.89 ID:ha7ZcpN9o
絵里「…!」


下される指示、言葉通りに放たれる一斉の“かえんほうしゃ”。
米軍仕込み、一糸乱れぬ統制射撃!

戦術はそれだけに留まらず。
“ほのおのうず”で脱出を阻み、“はじけるほのお”をショットガンよろしく浴びせかけ、“ねっぷう”の風でさらに火勢を煽りつつ、そこに撃ち込むのはバクーダの“ふんか”!!


鞠莉「炎をチャンプめがけてshoot!超・エキサイティン!!」

ダイヤ(っ、なんという熱量…!)


十重二十重と重ねられた炎が炎を呼び、その爆轟は数キロ半径に余波を広げている!

長い黒髪は熱波に靡き、燻る火の粉が鼻先を焦がす。
それでもダイヤは顔を覆わず、戦況を正視し続けている。この戦いに隙を見せていい瞬間など、一瞬たりと存在しない。

もちろんその攻勢はポケモンの技だけではない。
上から被せるように大量の銃弾も放たれていて、炎禍の只中はまさに滅殺空間。

過剰なまでに積算された火力は競技バトルの域を遥かに超えている。
爆発の中心温度は数千度に達していて、圧倒的な熱量に上昇気流が発生、小規模ではあるがキノコ雲までを生じさせている。
それはもはやミニサイズの燃料気化爆弾。堅牢な要塞をも熱壊させるだろう炎幕を生身のチャンピオンへと浴びせ、果たして絵里は生きているのだろうか?

無言の中、炎煙は未だ黒渦を巻き…
鞠莉はダイヤへと顔を向ける。


鞠莉「ダイヤ、慌てないの?大好きなチャンプが死んじゃったかもしれないのよ?」

ダイヤ「ふふ、鞠莉さんこそ。無線機を握る指先が真っ白。力を込めすぎですわ」

鞠莉「やったか?…って、そう言いたくなる場面だもの。だけど…」

ダイヤ「ええ、貴女も、兵士の皆さんも、誰一人として“やった”とは思っていない。何故なら相手は…チャンピオンですもの」


絵里「そう。この程度で私は倒せない」

829 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:07:35.57 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「……やはり」

鞠莉「甘くないわね…!」


鞠莉は特殊なスコープを目に当て、未だとぐろを巻いている爆熱の中を確認する。
そこに生命反応はない。焼き焦がされた絵里の遺体があるわけでもない。
何もないのだ。早々に“ほのおのうず”に巻かれたにも関わらず、絵里はあの爆熱の中を脱出してみせている。

社会には様々なエンターテイメントがある。
興行に限ってみても、劇や映画などの芸能、球技や格闘技などのスポーツにその他様々、数え上げればキリがない。
だがそんな多種多様な娯楽の中で、ポケモンバトルというものは常に社会の中核にあり続けている。

ポケモントレーナーという存在が今日ほどに社会な地位を得るようになったのは、リーグ運営が各地方の四天王やジムリーダーたちに治安維持の役割を担わせたことが大きい。

ジムバッジの収集、リーグへの挑戦。
トレーナーとしての高みを目指すこと即ち、身を呈して人々を守り、自らを危険に晒す覚悟を示すということ。
そんな高潔な志を持つトレーナーたちの頂点、それこそがリーグチャンピオン。

830 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:08:16.60 ID:ha7ZcpN9o
もちろん、絵里に限った話ではない。
ある者は単身悪の本拠へと踏み込み、ある者は悪を追って戻れる保証のない異空間へと足を踏み入れる。
他の面々も然り、豪胆と高潔を持ち合わせてこその王者。

…いつの間にか、雪が降り始めている。
爆熱の気流を利用し、絵里は上空へと急速に雪雲を生み出したのだ。

女王の声は雪中に茫洋と響き、その出所を掴ませない。

降る雪は炎熱にほどけ、蒸気の白煙は炎光を乱反射させる。
プリズムめいて極光、全ての輪郭はかすみ、その様はさながら幻想、炎雪のハレーション。

兵士たちの誰もが目を皿にして絵里を探している。
もちろん鞠莉とダイヤも同様に。
ダイヤの傍らにはすぐに戦いへと対応できるよう、ディアンシーが身を輝かせていて…
その小さな手が、一点を指差す!


『ディアッ!』

ダイヤ「ディアンシー、見つけたのですか!?」

鞠莉「どこに……って!」

絵里「キュウコン、“ふぶき”」


突如として湧き上がる絶氷の風、その出所は隊列を組んだオハラフォースの部隊の中心部。
絵里はそこに、キュウコンと共に凛と佇んでいる。

冷気は麗しくも夙く、兵士たちの体へとヴェールのようにまとわりつく。

(逃れなくては)

彼らがそう思い至るよりも数タイミング早く、強固な氷の戒めは既に完成されている。そして膨れ上がる氷晶!
絵里だけを台風の目のように巻き込まず、周囲の兵士とポケモンたちを瞬時に氷漬けにしてみせる恐るべき凍結力!!

包囲の一角、二十人近い兵士が氷の中に飲まれている。
その氷はあまりにも強固で、同様に飲まれたポケモンたちに炎技を使って脱出しようという思考力を残さずに昏倒させている。

831 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:09:19.14 ID:ha7ZcpN9o
瞬時にして精鋭部隊の一部を切り崩されて、鞠莉は歯噛みを一秒。
しかし切り替え、すぐさま攻撃をけしかける!


鞠莉「休む間を与えては駄目!一斉に攻撃よ!」

絵里「多勢に無勢。軍隊と正面からやり合うのは流石に避けたいわね」

ダイヤ「…!氷で、羽衣を…?」


『ケン』とキュウコンが短く鳴くと、煌めく霧氷が宙に現れる。
綾を成すその氷はすぐさま織られ、丈の長いローブのような衣服を創り出している。
風にそよぐ質感は軽やかな羽衣、スマートな印象の秋服に身を包んでいた絵里はその布へと袖を通す。

ただそれだけで溢れ出す女王の気品。そして当然ながら、それは単なるファッションではない。
降る雪は勢いを増して、戦場は風雪に白霞。
その中に、絵里とキュウコンは姿を眩ましている。

832 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:10:03.53 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「消えた!!」

ダイヤ「鞠莉さん、気を付けて!あの羽衣でキュウコンの特性と同じ“ゆきがくれ”をトレーナーに付与したのです!」

鞠莉「ホワァッツ!?そんなことができるの!?」

ダイヤ「事実消えましたわ!あのキュウコンは力押しを主戦術とする彼女の手持ちで一番の技巧派、何をしてくるかはわかりません。固まっていては総崩しに!」

鞠莉「Damnit…!総員散開!」


一人、一人、また一人。「ぎゃっ」「ぐわっ」と悲鳴が上がる。
密度の高い弾幕を浴びせるため、ある程度固まって布陣していた兵士たちの中を絵里とキュウコンは身を屈め、肉食獣めいたスピードとしなやかさで駆けている。

833 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:10:47.24 ID:ha7ZcpN9o
雪に消えては現れ、消えては現れ、絵里は卓越したシステマで兵士たちの関節を瞬時に折り壊して行動不能へと追い込んでいく。

反撃に拳や蹴りを浴びせられ、銃口が絵里を狙う。
だが絵里はナチュラルな脱力に身を逸らし、流体に打撃を受け流し、射線を先んじて躱し、真正面からかち合う前にまた雪の中へと身を隠す。

いかなシステマの達人でもあくまで上背165センチに満たない少女、まともに軍人と殴り合えば勝ち目はないと熟知している。
落ち着くこと、力まないこと。それがシステマという技術の基礎の基礎。
絵里は無理をしない。故にオハラフォースは彼女を捉えらずにいる!

さらにキュウコンはその九尾から凍てつく炎をポケモンたちへと浴びせかけ、またはフェアリータイプの“ムーンフォース”でポケモンたちを打ち倒していく。
ダイヤが口にしたように、キュウコンは絵里の手持ちで最もテクニカルな技術を有している。
先述の通り、こおり・フェアリータイプ。精密な冷気操作に妖めいた力を併せ、狐らしく人を化かしてみせるのがその身上。

兵士の一人が絵里の姿を捕捉する。
洗練された所作で構えを素早く、殺さないよう気を付けつつも容赦はせず。
動きを止めるべく膝を狙い、アサルトライフルが弾丸を吐き出す!

その弾は見事に片膝を破壊し…血が出ない。
絵里は呼吸に肩を動かしながらも、撃たれたことに悲鳴すら上げず…

「ぐっは!!」と苦痛の声を漏らしたのは発砲した兵士の方だ。
背後から忍び寄った絵里が、彼の両脚を無慈悲にへし折っている!


鞠莉「ダミーの氷像…っ、最初の爆撃もあれでやり過ごしたのね!」

ダイヤ「あの像、呼吸していますわ!目や手足も動いて、それらしい身動きを…」

鞠莉「そんな、精度が高すぎよ?!」

絵里「それこそ私のキュウコン、一番気に入っている子よ。前に雑誌で語ったことがあるから、ダイヤは知ってくれてるかしら」

ダイヤ「…!?鞠莉さん!危ない!」

鞠莉「えっ…」

834 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:11:30.56 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉の背後、絵里が脱力に腕を引いている。
そこに力感が宿れば一撃が放たれ、倒れて呻いている兵士たちと同じように鞠莉の体が破壊されてしまう。
絵里の動作には淀みがない。鞠莉は瞳に、恐怖を宿す間さえなく…

ダイヤが間に割って入る!


ダイヤ「うッッ、ぐう…!!」

鞠莉「ダイヤっ!!?」

ダイヤ「へい、気…ですわ!」

鞠莉「そんな、平気だなんて…!私を庇って!!」


左肩を破壊、左肘を逆曲げに。
右足の甲を踏み壊していて、おまけとばかり右手の親指も190°捻ってある。
瞬時に四肢のほとんどを損壊させ、絵里は冷静に間合いを離している。
常人ならここでリタイアの重傷だ。前のめりによろけ…

しかし生憎、絵里はダイヤのその変化を知っている。


絵里「まだやれるんでしょう?」

ダイヤ「当然ですわ!」

鞠莉「!?」

835 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:11:57.61 ID:ha7ZcpN9o
たたらを踏みつつも、ダイヤは倒れない。
目には闘志を宿したまま、屈しかけた身を踏み止まらせている。
気合いに吠える?いや違う、目指す先はあくまで面前、スーパークールなエリーチカ。

痛みに顔は蒼白ながら、あくまで平静なままに髪をかきあげる。
その右手、捻られた親指は骨肉が蠢き、異様な姿で急速な再生を果たしている。
グロテスクささえ感じさせる光景、それがデオキシス細胞の影響だと絵里は知っている。


絵里(やっぱり、それくらいはすぐに再生できるのね)


ただ一人、鞠莉はダイヤの身に起きた変化の経緯を知らない。
再生の際にオレンジと青に染まる肉と皮膚、再生が済めば肌色に戻るとはいえ、年頃の少女なら生理的嫌悪感を抱きかねない光景だ。
そんなショッキングな姿に、ダイヤへと目を向け…
もちろん、そんな些事を気にしない胆力こそ鞠莉!


鞠莉「グッジョブ!あとそれ面白いわね、ダイヤ!」

ダイヤ「人の身に降りかかった不幸を面白いで済ませないでください」

鞠莉「ダイヤは堅物だから、そういう面白ポイントがちょっとぐらいある方がキュートかも♪」

ダイヤ「ひっぱたきますわよ!」

絵里「仲が良いのね」

鞠莉「もっちろん、ベストフレンドよ」

ダイヤ(そして…!)

836 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:12:24.29 ID:ha7ZcpN9o
行きつ戻りつのナンセンスな会話、それは絵里の目を自分たちへと引き付けるための囮でもある。
キュウコンの妖力で雪に紛れている絵里だが、これだけひとところに留まれば視界を遮られている兵士たちも居場所を感知できている。

すぐに来る援護をこのまま待つ、賢明だろう。
だがその前に、ダイヤと鞠莉もまずは一矢を報いる!


ダイヤ「プクリン!“だいもんじ”ですわっ!」

『ぷくぅ…リァッッ!!!』


ディアンシーはあくまでエースにして切り札、安易に先行はさせずに待機。
ピンクの体をぷうっと風船のように膨らませ、至近から放つは技マシンで会得させた炎タイプの大技!

対し、雪雲を生むために空を舞っていたフリーザーが降下している。
翼を広げ、絶対零度の凍気でそれを相殺!!


絵里「この距離での“だいもんじ”は悪くない選択ね。だけどタイプ不一致なら、私のフリーザーの防御は揺るがない」

ダイヤ「流石ですわ…けれど!」

鞠莉「今よダグトリオ!“アイアンヘッド”!」

絵里「ダグトリオ!」


鞠莉の指示は“もぐらポケモン”ダグトリオへ。
つまり攻撃は下、死角からの急襲!

837 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:12:51.69 ID:ha7ZcpN9o
『ダァグッ!!!』と勢いよく飛び出したのは三連頭、仲良く並んだダグトリオ。
ただし、従来の姿ではない。三つの頭にはお揃い、鞠莉ともお揃い、艶やかなブロンドヘアー。輝かしい金色の髪の毛が生えている!

「ファッショナブルで素敵ね!」と鞠莉、そんなノリで気に入って育てているポケモンだ。

それは絵里のキュウコンと同じく、アローラ地方のリージョンフォーム。
金髪に見えるそれはヒゲであり、身を守るための硬い質感を誇っている。
毛の硬質さからアローラダグトリオのタイプはじめん・はがね。
その硬い毛に覆われた頭部で、体をいっぱいに伸ばしてフリーザーへと鋼の頭突きを。
はがねタイプもまた、こおりタイプへのメタたりえる。当たれば大きなダメージは確実だ!

だがその攻撃が迫るよりも早く、絵里はダグトリオを打ち払う算段を脳裏に立てている。


絵里(ダグトリオの方が速い、完全な回避は無理ね。“ぜったいれいど”も始動が間に合わない。なら正面から…)

絵里「フリーザー!“ぼうふう”よ!!」

『フィィイッ!!!!』

838 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:13:26.23 ID:ha7ZcpN9o
タイプ相性は不良、苦肉の策ではある。
氷の力を練り上げるのが間に合わない距離での急襲、シンプルに強く羽ばたけばいい“ぼうふう”の出が最も早いための選択だ。

ただ、絵里は確信している。
ダグトリオ相手、フリーザーなら不一致だろうと押し切れると。

そして羽撃き!
渦巻く風壁がダグトリオを叩き、その猛進を圧していく。
紙一重の距離ではあった。フリーザーの翼がダグトリオの頭を掠めていた。
だがダグトリオの突進の勢いは風に殺され…圧倒!!!


『だぐうっ!!?』

鞠莉「Oh…っ!ごめんね、ダグトリオ!」

ダイヤ「っ、なんて風圧ですの…!」

『ディアァッ…』


そばにいる鞠莉とダイヤ、二人ももちろん暴風の圏内にいる。
控えさせていたディアンシーが微細なダイヤの粒子とフェアリータイプの魔力を混合させた防壁を形成し、風の乱流を辛うじてやり過ごしている。
絵里のキュウコンはまだ未行動、ダイヤたちへと追撃を放てる位置取り。だが無理はしない。
オハラ兵たちが絵里たちへと狙いを定めているのをしっかりと横目に視認していて、キュウコン、フリーザーと共に風雪の中へと再び姿を眩ます…否!


絵里(フリーザーの動きが遅い…!?)

鞠莉「今よ!Fireッッ!!!」

839 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:14:04.09 ID:ha7ZcpN9o
一歩遅れたフリーザーをめがけて一挙、放たれる火弾!!
着弾、着弾、着弾、着弾着弾着弾着弾着弾!!!!!!

虚を突かれ、絵里は思わず息を飲んでいる。


絵里「………!!」


フリーザーは十八番、“ぜったいれいど”の凍気で大防壁を形成、殺到した火炎への防御を試みている。
その勢いは凄まじく、周囲の空間が完全なる白へと染め上げられている。
効果範囲、凍らせられる万象を無差別に凍てつかせているのだ。

それは降り注ぐ炎さえを凍てつかせて消してみせ…
しかし、物事には限界がある。
凍結が緩み、空間が熱せられ、やがてフリーザーへと一発の炎が至る。そこからは怒涛!!

伝説の氷鳥も数には勝てず、壮麗な嘶きにフリーザーは倒れる。
絢瀬絵里を象徴するポケモンの一体が、六体で最初の脱落者となる!

840 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:14:31.69 ID:ha7ZcpN9o
絵里(……髪。あの時、触れていたのね)


絵里は倒れてしまったフリーザーを目に、その原因を見て取っている。
フリーザーの翼の先に、細かな金毛が絡みついている。
それはしなやかでいて強靭、見間違えるはずもない。鞠莉のダグトリオの鋼毛だ。

“カーリーヘアー”。
接触攻撃を受けた時、相手の体へと髪が絡まり動きを阻害するというダグトリオの特性。
フリーザーが放った“ぼうふう”は本来接触する技ではないが、ギリギリの距離だったために翼の先端が掠めていた。
それに動きを阻害され、フリーザーは大火力を浴びてしまったのだ。


鞠莉「Yes!!!」

ダイヤ「これで機動力を削げる。鞠莉さん、ほんの少しは勝ち目が見えてきたでしょうか」

鞠莉「幸先はグッド。このまま押せ押せGOGO!で行きたいわね!」


絵里「小原家とジムリーダー…侮れない」


自らを戒めるように小さく呟き、絵里はキュウコンの隣へと次のポケモンを繰り出す。

タイプはいわ・こおり、通称“ツンドラポケモン”。
ヒレの化石から再生された太古の生物アマルルガが、新たな寒気を戦場へと呼んでいる。

ヴェールめいたヒレは美しく、目を奪われる容姿なから…
ダイヤは瞳を尖らせ、戦線に激化の風を感じ取っている。


ダイヤ「鞠莉さん、あのアマルルガ…警戒が必要ですわよ」

841 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:15:20.22 ID:ha7ZcpN9o
こおりタイプが扱える技で、伝説のポケモンが使用するような得意な技を除外した中で最も威力が高いとされるのは“ふぶき”だ。
威力を数値換算すれば110。“だいもんじ”などと同等な威力を持つ技だとされている。

また命中率などを併せて考えた時、最も汎用的に使用されるのは“れいとうビーム”。こちらの威力は90。
その“れいとうビーム”で絵里のポケモンたちは大都市を広く凍結に包み込んでいて、海面を凍らせるほどの十分すぎる出力を見せている。

絵里の傍らに現れたアマルルガ。
その姿に警句を発したダイヤへ、鞠莉は首を傾げて尋ねかける。


鞠莉「アマルルガ…珍しいポケモンよね、化石だったかしら。それで、どう気を付けるべきなの?」

ダイヤ「特性が特殊なのです」


ダイヤは鞠莉へと手短に説明を。
特性“フリーズスキン”。
それは本来ノーマルに分類される技を自身のこおりエネルギーへと変換することができるという性質。だとすれば。

アマルルガのヒレが周囲からエネルギーを取り込み、強大な出力光が口元へと集結していく。
その様子に、鞠莉は気色を失っている!


鞠莉「総員、防御体制っ!!」

ダイヤ「来ますわ!」

絵里「アマルルガ…“はかいこうせん”」


即時、放たれる絶壊の白光!!!!

“れいとうビーム”の90に対し、“はかいこうせん”の威力は150。
アマルルガはそれをこおりタイプの技として放つことができる。

レーザーめいて吐き出された氷線が疾り、アマルルガが首を右から左へと回すのに従い光が全てを薙ぎ払う。
オハラフォースを、ロクノシティの都市を光が撫でていく。

比べるべきは同じ光線技、“れいとうビーム”の方だろう。
威力だけを見れば純粋な上位互換、絵里が育てたポケモンがそれを一切の遠慮なく放てば…

842 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:15:52.88 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「ッ…クレイジーね…」

ダイヤ「見渡す限り…全てが凍って…!!」


ディアンシーが辛うじて、光線から二人の身を守っている。

オハラフォースは今回の作戦中、便宜的に、ロクノシティをA~Tの全20エリアに区切っている。
アマルルガの“はかいこうせん”はそのうちG、Cと二つのエリアをほぼ完全に凍結へと包み込んでいて、ゲーム的な言い方をするならばまさにMAP兵器。
かつてプラズマ団によって一つの都市の全域を氷に覆ってみせたキュレムには及ばないまでも、個人が所有できる戦闘力の限界を超えている!

凍結に機能停止、静まり返った街。
只中、産業ビルに据え付けられた巨大なビジョンは商品のコマーシャルを自動的に流し続けている。
氷に覆われたスピーカーは音を奇妙にくぐもらせながら反響。
ドラマの番宣、シルフの新製品、家電の広告、アイドルや芸人、女優の姿と声が入れ替わりに流れている。
その一連の流れには、絵里の姿も含まれている。

843 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:17:32.65 ID:ha7ZcpN9o
絵里《芳醇なカカオの香りが、あなたを幸せへと…》


冬季に向けた新商品、チョコレートのCMだ。
リーグチャンピオンとしての抜群の知名度、さらに端麗な容姿。
男女問わず高い人気を誇る絵里は、半ばタレントのような扱いを受けている。
競技普及のため、需要があれば答えるのもチャンピオンの責務。
多忙のため稀にではあるが、こうして一般企業のCMなどでも姿を見かけることがある。
とりわけ大好物のチョコレートのCMとあって、ビジョンの絵里は上品で暖かな笑顔を浮かべている。

反して…
ダイヤと鞠莉の前、立ちはだかる絵里の瞳は冷酷。
普段は澄んだ印象を与えるアイスブルーも、こうして敵対してしまえば相手を骨身から震え上がらせる絶対零度の色合いだ。


絵里「今のを防ぐなんて…流石はディアンシー、伝説のポケモン」

ダイヤ「……来ますわ」

絵里「看過できないわね」


絵里はキュウコンをボールへと収め、入れ替えにフリージオを場に出している。
キュウコンの妖力が消えたことで絵里が纏っていた薄雪のドレスは失せていて、それはつまり隠れずに即座に潰すという意思表示。

ダイヤと鞠莉は息を呑み、手短に声を交わし合う。


ダイヤ「鞠莉さん、正念場ですわよ」

鞠莉「兵士たちはプロフェッショナル、まだ全滅はしてないはず。立て直すまでは私たちが戦うしかない」

ダイヤ「黒澤ダイヤ…参ります!」


ダイヤが前へ、鞠莉は後衛の陣形を自然に取っている。
絵里の体術に注意を払わなくてはならない以上、自然とこの形が最適となる。

844 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:18:02.06 ID:ha7ZcpN9o
絵里もまたダイヤの治癒力を理解していて、無理に体術を仕掛けようとはせず様子見を。
白兵戦の技量には大きな差があるが、万が一腕でも取られれば隙が生まれる。

そんな情勢、まず口火を切るのは鞠莉!


鞠莉「GO、ペルシアン!」


反動で動けないアマルルガへ、鞠莉のペルシアンが襲いかかる!

豹のような敏捷、鋭い爪牙。
柔軟な体は生半可な攻撃であれば易々と受け流すしなやかさで、並のポケモンが相手であれば苦もなく一蹴してみせる。
令嬢である鞠莉が護衛として連れているポケモンなだけあって極めて高レベル!

ただ、今の相手は絵里。
真正面から向かっていくにはペルシアンも鞠莉も、共に力不足は否めない。
故に割り切る。

845 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:18:29.56 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「メインはダイヤ、私はサポートに徹する。“さいみんじゅつ”よ、ペルシアン」

『ペルシャアッ!』

絵里「フリージオ、氷で遮ってあげて」

『シャラララ…』


ペルシアンはその額、高貴に輝く赤い宝玉から催眠の波長を放つ。
相手の脳の伝達回路を混戦させる怪波、的確に相手を捉えればレベル差があろうと問答無用で眠りへと落とすことができる。

絵里にとってはペルシアンの姿を見た瞬間から、催眠術を使われる可能性は想定の中にある。
慌てることなく形成する氷壁、干渉を物理的に遮っている。

そこへ放つのはダイヤ、再びプクリンの“だいもんじ”!!
大技ながら命中精度は低い。だが、使い所は弁えている。


ダイヤ「この距離なら外しませんわ!」

絵里「フリージオの防御は間に合わないわね…アマルルガ、受けて」


絵里の冷静な指示を受け、反動から復帰したアマルルガはフリージオの前に身を呈する。
着弾、大の字に炸裂する炎。アマルルガの体表を蓮火が駆ける!

だがアマルルガは倒れない。
平然とは行かずとも、身を傾がせることもなく。
その表情は絵里の威厳を鏡写し、氷に岩タイプを併せ持つアマルルガは、火炎を弱点としていないのだ。
そして体の前には鏡面のようなエネルギー膜が形成されている。
“だいもんじ”を受けた体が瞬間きらめき、エネルギー膜が砕けてプクリンへと襲いかかる。
特殊攻撃のエネルギーを倍で返す反射技、“ミラーコート”が炸裂したのだ。

さらにフリージオは凍結でペルシアンを捉え封じていて、絵里に一切の隙なし!

846 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:19:40.04 ID:ha7ZcpN9o
絵里「次」

ダイヤ「っ、瞬時に最適の判断を…!」

鞠莉「Shit、チャンピオンは冷静ね。だけどまだまだ!チラチーノっ!」

ダイヤ「お行きなさい、ラランテス!ボスゴドラ!」


鞠莉のトレーナーとしての腕は悪くないが、令嬢という立場上どうしても場数が少ない。
オハラタワー後は悪との戦いを意識してきたが、オハラフォースの陣容を整えることに奔走していたため自身の鍛錬はそれなり。

場数を踏んだダイヤのように同時に二体を指揮できるスキルは有しておらず、戦いは絵里の二匹に対してダイヤ、鞠莉の三匹という形になる。


鞠莉(私が二匹扱えればもう少しマシだったんだけど…考えても仕方ないっ)

ダイヤ「ラランテス、“はなふぶき”です」

鞠莉「チラチーノ、距離をアウェイ!」

絵里(乱舞する花びら。視界を覆いに来たのね)


ダイヤのラランテスは微細な花弁を乱舞させ、旋風に靡く薄紅が一体を覆い尽くしている。
戦術としては花陽のドレディアが見せた“はなびらのまい”と同型、触れれば草タイプのエネルギーが爆ぜる乱舞弾!

いわタイプを有するアマルルガにとって、くさタイプの攻撃は致命傷になり得る。既に手負いなのだから尚更だ。
その効果半径に巻き込まれないよう、慎重に見極める必要がある。

…だが、絵里の経験は感じ取る。
チャンピオンとして退けてきた無数のトレーナーたちの中には、当然ながら草タイプの使い手も数多く存在していた。
絵里はすぐさまその一撃に違和を嗅ぎ、迷いなく次手を決断している。


ダイヤ(この“はなふぶき”はダミー、攻撃力は皆無。今のうちに攻撃態勢を整えますわ…!)

絵里「これは触れても爆ぜない、ただの花びら。そうよね、ダイヤ?」

ダイヤ「なっ…!?」

847 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:20:11.15 ID:ha7ZcpN9o
踏み込んでいる。ポケモンだけではなく、絵里までが。
その花弁に攻撃能力がないことを見抜き、決断的に前へと出たのだ!

“はなふぶき”は広域全体攻撃、無為に繰り出したのでは仲間を巻き込む。
少しのダメージさえ敗北に直結しかねない格上との戦い、慎重派かつ仲間想いのダイヤが無謀な大技を繰り出すだろうか?

そんな理を越えた勘が冴え、絵里はアマルルガとフリージオを伴って前へ。

生身で技の中へと踏み入れ、読み違えていれば大怪我を負いかねない。
だが絵里は恐れず、花吹雪の中を駆け抜ける。遮断された視界を逆利用している。

そしてダイヤの面前、身を捻って回転、胸元へと目掛けてハイキックを放っている。
「ぐう!?」とダイヤの潰れた息を耳に、無慈悲に追撃のローキックを脚へ!


絵里「胸骨を砕いた。修復するにしても少しの間、声は出せないはずよ」

ダイヤ「………!!!」

絵里「虚を突くのは悪くない。けれど、貴女らしくない戦術では露見するわね」


そして絵里はアマルルガへと目を向ける。
今度は至近、叩き込めば終わり。下す指示は再度の“はかいこうせん”!!

が、鞠莉はまだ動ける!

848 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:21:16.92 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「So don't!チラチーノ!」


首元にふさふさと、白い体毛をスカーフのように蓄えたチラチーノが躍り出ている。
ノーマルタイプ、愛らしい姿ながらに技巧的な戦い方のできるポケモンだ。
その速度はアマルルガに先行していて、しかし絵里はまるで動じない。


絵里「アマルルガより速いわね。けれど、貴女の力では止められないわ」


レベル差と火力不足。
特性までを利用して最大威力で技を放ったとして、そのチラチーノではアマルルガを仕留めきれない。
返しに破壊光線を叩き込む。ダイヤのそばにいるディアンシーでも、この至近からの光線は防げないだろう。

冷徹な算段が絵里の脳内に下され、しかし鞠莉は悪戯に笑む。


鞠莉「私の力?ノンノン、止めるのはダイヤ。“おさきにどうぞ”」

『チラァッ♪』

絵里(補助を…?)

849 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:21:45.01 ID:ha7ZcpN9o
チラチーノのふさふさとした体毛がダイヤのボスゴドラを撫でる。
それは仲間の行動をほんの一時的に早める特殊なエネルギー、ボスゴドラが咆哮を轟かせる!


絵里(フリージオよりも先に…!だとして、ダイヤは今声を出せない。ボスゴドラは動けない…)

ダイヤ「ボスゴドラ!!“ヘビーボンバー”ですわっ!!!」

『ゴラアアアッッッ!!!!』

絵里「…!」


それは相手よりも重ければ重いほど威力を増加させる大強撃、はがねタイプの物理技。
巨大な体を宙へと浮かせ、アマルルガを目掛けてその身を重力へと預ける!!

実際のところ、アマルルガも体重は200キロオーバーとかなり重い。技としてのポテンシャルは発揮しきれていない。
だがそれはダイヤも織り込み済み。だとした問題はなし。

既にアマルルガは手負いで、そしてタイプ相性は四倍威力!!


ダイヤ「叩き潰しなさい!!」

『ぎゅああっ…!!』

絵里「……っ!」

850 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:22:11.36 ID:ha7ZcpN9o
倒れたアマルルガをボールへと収めつつ、絵里はダイヤを再度見る。まだ指示は下せないはず。
その視線に応えるように、ダイヤは内心に思考する。


ダイヤ(始動で胸を蹴りにくることはわかりました。常日頃から貴女の映像を見ている大ファンですので!)

絵里(読まれていた?僅かに身を逸らされていたみたいね。身のこなしが鋭いわけではないけれど…)

鞠莉「これで二体目!Next!」

絵里「その前に…フリージオ」

ダイヤ「なっ、!?」


氷晶の体からは、青みがかった氷の鎖が放たれている。
それはポケモンたちでなくダイヤの手首を捉えていて、すぐさま伸びる冷気の波濤。
フリージオというポケモンはそうやって狩りをする生物だ。
ダイヤの全身を冷気が封じ込めようとしている!


鞠莉「ダイヤ!!」

ダイヤ「……ッッ!!ディアンシー!」

851 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:22:44.61 ID:ha7ZcpN9o
とっさの声に、割って入ったディアンシーがダイヤを害する凍気を防ぎ止める。
しかし腕に絡み付いた氷鎖がリードとして威力を増加させていて、ディアンシーの力でも受けるのが精一杯!
ダイヤはボスゴドラとラランテスを伴い、フリージオの相手に専念せざるを得ない。

絵里はそれを見て、鞠莉へと目を向ける。


絵里「分断、まずは与し易い方から。戦いの鉄則ね」

鞠莉「Oh…ピンチね。カモン、チラチーノ」


絵里はパルシェンを繰り出している。
その戦闘力は先、戦闘ヘリを撃ち落としてみせた光景に明らか。
鞠莉はチラチーノを近くへと呼び寄せて対峙。
そこへ挨拶代わりとばかり…


絵里「“こおりのつぶて”」

鞠莉「What?!」

絵里「そのチラチーノ、ボールに戻してあげた方が良いんじゃないかしら。余計なお世話かもしれないけれど」

鞠莉「チラチーノっ!!」


パルシェンが放った礫弾はチラチーノの体へと食い込み、戦闘不能へと追い込んでいる。
それは文字通り目にも留まらぬ速度、鞠莉は何が起きたのかを感じ取ることさえできなかった。
悲痛な声をあげ、倒れてしまったチラチーノへと目を向ける鞠莉。

その様は絵里にとって隙。パルシェンへと続けざまの指示を!


絵里「もう一度よ、“こおりのつぶて”」

鞠莉「…Shit!カモン、ギャロップ!!」


それはタッチの差、鞠莉は危機を察知して回収よりも新手の繰り出しを優先した。
ボールが弾けて現れた炎馬は鞠莉を背に乗せて素早く逃れ、ギリギリで氷弾の着弾から逃れている!


鞠莉「あ、危なかった…!


らしくない焦燥、危機一髪に冷や汗が滲む。
しかし切り替えを。深呼吸一つ、視線を強めて絵里を見る。

852 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:23:13.15 ID:ha7ZcpN9o
馬上で体制を立て直しつつ、もちろん逃げるわけではない。
蹄鉄が地を叩く音、絵里の周りを一定の距離で旋回。円孤を描きつつ、どう戦うべきかを思考している。


鞠莉(ダメね、私まだ甘えてるわ。果南にもダイヤにも守ってもらえないけれど…まずは一体くらい、どうにか倒してみせる!)


鞠莉にとって乗馬は昔からの趣味だ。
荒々しい振動、人馬一体の呼吸は思考に落ち着きを与えてくれる。
ギャロップの背を撫で、その逞しい背筋に信頼を預ける。
この子が鞠莉の手持ちで一番の高レベル。やってやれないことはないはず!


鞠莉「Take it easy…やるわよ、ギャロップ」

『ブルルッ!』

鞠莉(近付きさえすれば!ただ、問題は…)


一定距離で駆け回る鞠莉。ギャロップの快速に任せてヒットアンドアウェイを試みるつもりだろうか。
そんな鞠莉の姿を一瞥し、絵里は冷ややかにパルシェンへと指示を下す。


絵里「パルシェン、“つららばり”」

鞠莉「問題はあのクレイジーな氷ミサイル!!“こうそくいどう”よ!hurry up!!!」

853 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:23:41.73 ID:ha7ZcpN9o
飛来する氷弾は“スキルリンク”で五発セット、それを絵里のパルシェンは速射で×3。
計十五発の氷柱が鞠莉の頭上から猛然と降り注ぐ。接地、巨大に隆起する氷塊!!


鞠莉「O゛O゛hhhhッ!!!」


それが無尽に繰り返され、飛散する細氷に鞠莉は思わず絶叫している。

その氷柱は威力が高いだけでない。特性由来の強烈な追尾性を有していて、“こうそくいどう”に加速を得たギャロップへと追いすがるようにピッタリと張り付いてくるのだ。
直線で追ってくるのは当然ながら、カーブして走っても付いてくるほどのホーミング力。サーカスめいた曲射軌道で鞠莉たちのすぐ背後に氷山が続々と打ち立てられる!!!


絵里「逃げ回ってくれるなら好都合、いつかはギャロップの体力が尽きるだけ。

鞠莉(こ、怖い!チャンピオンったら怖すぎよ!!)

絵里「パルシェン、そのまま撃ち続けなさい」

鞠莉「ッッッ…!!」

854 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:24:31.44 ID:ha7ZcpN9o
コキュートスめいた零度下、アラスカを思わせる氷気の中を鞠莉は駆け抜ける。
乗馬は強度の全身運動だ。それも全力疾走、鞍が付いているわけではないギャロップの上。
腕に足に、身体中を使って振り落とされないように必死にしがみつく鞠莉だが、疲労は徐々に蓄積されていく。

そして密着に伝わってくるのはギャロップの鼓動。時間ごとに荒さを増していっていて、負担を掛けてしまっているのは明らか。

このままではジリ貧、鞠莉は攻勢の算段を素早く立てていく。


鞠莉(二体を同時指揮、やってみる?マルチタスクは苦手じゃないけど…No、不慣れなことをすれば綻びを招くだけ)

絵里(パルシェンには無闇に撃たせているわけではない。氷塊で追い立て、籠を形成させている。逃げ続けるなら次で詰みよ)

鞠莉「けど、決めた順に出すだけなら私にもできる!Go!アシレーヌ!」

絵里「来るのね…なら迎え撃つまで」

鞠莉「“ムーンフォース”!!」


ギャロップが駆ける走行進路とはずらした位置へ、鞠莉はアシレーヌを投じている。
出現と同時、問答無用で命じたのはフェアリータイプの“ムーンフォース”。
朧と放たれた光を横目に、絵里は相手の手を読み解くべく思考を巡らせる。


絵里(走行ルートとは離れた位置への投擲、私の意識を逆方向へと逸らそうとしている。要は捨て駒、ドライな手も使うのね)

鞠莉(Sorry.アシレーヌ…!今だけは許して!)

絵里(私は並行して、ダイヤを抑えているフリージオにも指示を出している。三方向を見るのは流石に厄介…かといって放置はできない)

鞠莉(処理するかしないか、こちらからチョイスを強制させる!)

絵里「……パルシェン、アシレーヌに“ロックブラスト”」

『パァル!!』

855 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:25:20.24 ID:ha7ZcpN9o
タイプを考慮し、パルシェンが放つのは“つららばり”とは非なる技。
ただし同様、“スキルリンク”の効果で岩弾は五連発でアシレーヌへと向かう!

アシレーヌが岩を速射で浴びせられ、苦悶の声に倒れている。
それを耳に歯噛みしつつ、鞠莉は絵里との距離を詰めている。


鞠莉(ごめん…ごめんね、アシレーヌ。絶対に勝つから!!)


接敵まではもう少し…だがパルシェンは次撃の装填を迅速に終えようとしている!速い!!
絵里は鞠莉へと視線を戻し、その指先をすらりと向ける。

放つのはやはり“つららばり”。炎と氷のタイプ相性はあれ、それを遥かに凌駕するだけのレベル差がある。
鞠莉のギャロップよりも高レベルなオハラ兵のポケモンたちも凍てつかせてみせたのだ、威力は既に保証済み。


鞠莉(あと少し、あと少し…!)


駆ける鞠莉、両端に育ち続ける氷の世界。
その軋みはまるで地獄の慟哭めいて、パルシェンの氷をうければ自分もあの中でコールドスリープ。

しかし既に照準は定められていて、走行ルート正面から十五発が飛来してしまえば避ける術はないだろう。
あとは一か八か、のるか反るか。鞠莉はリスキーな自策に全てを賭ける。


絵里「パルシェン、“つららばり”」

鞠莉「…Go!」


下されてしまった絵里の指示。
しかし同時、カチリ。鞠莉はボールの開閉スイッチを押している。

856 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:25:50.68 ID:ha7ZcpN9o
モンスターボールの内部へと声は届く。
ポケモンが中にいる状態でも、開閉前に声をかけて予め指示を下しておく事は可能だ。

鞠莉は手持ちで最後の一匹へ、先んじて一つの指示を下している。
それはごくシンプル、技の対象の指定だけ。

カチリと開閉スイッチが押され、鞠莉はそれを投じない。
自身の傍らへと出現させることを選択したのだ。

だが絵里から見てそれは悪手。ギャロップに今更一匹が加わっただけで、確定で氷柱を撃ち込めるこの状況は変わらない。ミュウツーでも出せるのならば別だが。

ボールが開かれ、現れたのは…


絵里『……』

絵里「……え、私…?」

『パルルゥ…ッ?』


鞠莉の傍ら、ギャロップに絵里が乗っている。
麗とした威厳はそのままに、パルシェンへとアイスブルーの瞳を向けている。

パルシェンは混乱する。
あれは主人、絵里だ。指示を下した絵里は隣にいるけれど、ギャロップの上にも絵里がいる。
このまま撃てば巻き込んでしまうけれど、撃っていいのだろうか。
そんな思考に動きが硬直し、射出されるはずの氷柱はそのままに留まっている。

絵里の思考もまた、困惑に秒間停止し…


絵里『……めたっ』


電光、走る理解!


絵里「っ、メタモン!?撃ちなさい!!」

鞠莉「遅いっ!!ギャロップ!“Horn Drill”!!!」

絵里「“つのドリル”…っ!!」

857 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:26:23.43 ID:ha7ZcpN9o
一撃必殺技、“つのドリル”は命中率が三割ほどとされている。
ツノへと螺旋回転するエネルギーを纏わせ、全力で猛進して相手へと叩き込むのだ、倒せないはずがない。

ただし、命中に関しては全力での突撃がネックとなる。
なにしろツノを相手に向けた状態での疾駆、視界がまるで確保できないのだ。
そのため避けられやすく、いざという場面では頼りにくい。隙が大きすぎるため、レベル差があれば躱されてしまう。

だが今は、鞠莉がその背に乗っている。
危険を顧みず、正しく人馬一体。騎手としてその方向を指示できる。
横へと逃れようとするパルシェンを目視、ギャロップへと指示を。
トレーナーが付き添うことで隙を埋めている。故に格上にも刃は届く。故に…必中!!!

螺旋がパルシェンを穿っている。
格上にしてタイプ不利、そんな相手であれ関係なし。“つのドリル”は当たりさえすれば倒せるのだ!それこそが一撃必殺!!パルシェンを打倒!!


鞠莉「Yes…っ!」

858 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:26:53.05 ID:ha7ZcpN9o
絵里「……」


無言。足元を掬われ、悔しさを滲ませている。
静かにパルシェンを回収し、ボールへと小さく労いの声を。
そして、鞠莉へと一つ問いを投げる。


絵里「そのメタモン、いつ変身を?パルシェンだけじゃない、私も気付けなかった」

鞠莉「私のメタモンはスペシャルなの。特性は“かわりもの”、変身に要する時間は0.1秒以下」

絵里「速いわね…」

鞠莉「小原家の跡取り娘、その影武者だもの。スペックは掛け値なしのトップクラス」


特性“かわりもの”は、バトルへと出て即座に変身できるという特殊な特性だ。
タイミングは最速、あとは変身スピードが早まれば見破る術はなし。
加えて影武者という立場上、鞠莉のメタモンは人間へも完璧に変身することができる。
家族でも、そして本人でも見分けを付けられないほどに。


ダイヤ「流石ですわね、鞠莉さん!」

鞠莉「ダイヤっ!」

859 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:27:37.39 ID:ha7ZcpN9o
ふらつきながら、それでも瞳には力強さを残したままにダイヤが現れる。
左腕の全体が氷に覆われていて、他にも細かな傷に満身創痍。
だがその表情は、一局の勝利を鞠莉へと雄弁に知らせている。

傍らにはエンペルトとディアンシー。
ボスゴドラとラランテスを倒されながらもフリージオを倒してのけ、しぶとく舞い戻って来たのだ。

これで絵里の手持ちは残り二体。
ダイヤと鞠莉、二人のチャレンジャーを認めざるを得ない。


絵里「……素晴らしいわね」


鞠莉は決して守られるだけの令嬢ではない。
難事に際し、自ら身を呈して血路を切り開く勇敢を秘めたトレーナーだ。

ダイヤには元々目を掛けている。
ただ思っていたよりも、その資質は上なのかもしれない。いつか頂へとその指先を掛ける可能性さえ。

ふう、と肩で息を。
前日のミカボシ山から戦い通し、絵里の体にもそれなりの疲れはある。
だが、全力で退ける必要があるらしい。


絵里「メガシンカ」

鞠莉「……!!」

ダイヤ「来ますわよ…」


現れたユキノオーは、即時にその身をメガシンカの光に包まれる。
さながらツンドラに生える大樹のような、豪氷に覆われた体は凄絶な威容を示している。

吹き荒ぶ突風は零下30℃。
技ではなく、ただそこに在るだけで世界の全てを厳冷へと塗り替える大魔。

メガユキノオー。女王の切り札が、二人の前に立ちはだかる。

860 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:28:13.45 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉「…Wha、t…?」


息が冷たい。指先がかじかむ。
鞠莉の全身から力が抜け始めている。
炎馬ギャロップに跨っているのに、寒くてたまらない。目が霞む、胸が痛い。

鞠莉は疑問に眉間を寄せて、怪訝…
そんな脳内のクエスチョンは強制的に断ち切られる。
当人の意思に依らず、瞼がゆっくりと閉じられていく。


鞠莉「………ダイヤ…かな、ん…」

ダイヤ「鞠莉さん…?鞠莉さんっ!」


親友を横目に、ダイヤも同様の状況。
両腕で自分の身をかき抱き、止まらない震えに歯を鳴らしている。
アローラガラガラを出した。骨に灯った炎を回転させている。
すぐ面前で炎気が舞っているというのに、寒くて寒くてたまらないのだ。


ダイヤ「戦いの最中だというのに…寝てはいけませんわ、鞠莉さんっ…!!」

鞠莉「…………」


人間だけではない、絵里の姿のままでいるメタモンもへにゃれと崩れ落ち、目を回して顔がシンプルなメタモン顔へ。
重篤なダメージを負った時のように、変身を解かれてしまっている。

メガユキノオーは不動。
黙し、ただ気象装置として急速に気温を引き下げ続けている。

ダイヤと鞠莉、ポケモンたちの姿を目に、絵里は冷静に呟きを。


絵里「漸く。随分と時間が掛かってしまったけれど」

ダイヤ「これ、は…やはり、貴女の力…!」

絵里「ええ、そうよ。これが零より遥か下の世界。美しいでしょう」

861 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:29:00.34 ID:ha7ZcpN9o
絵里が切り札、メガユキノオーを出し渋ったのには理由がある。

氷使いである絵里にとって、戦況は凄まじい逆境からのスタートだった。
鞠莉の戦略、大量の炎ポケモンで取り囲まれるという完全なる対策。

氷は守備面が弱い属性、その弱点は炎だけでない。
いわ、はがね、かくとうと、氷を砕きうる三種もまた致命的なダメージを与えられる選択肢として存在していた。

しかし、鞠莉は迷わず炎使いだけを招集している。
急拵えの部隊に混乱を呼ばないため、戦術を一本化するためという理由もあるが、何より物理的にメタを張るため。
火炎の重爆に空間全体の温度を高め、燃え盛る熱源を大量に用意することで絵里の氷操作を根本的に妨害していたのだ。

凍結能力とはひどく大雑把に捉えるならば温度という数値の操作。
ならば温度を高めてやれば、下げるまでには時間を要する。
ごく単純、故に効果的な戦術。だったのだが…

862 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:29:30.16 ID:ha7ZcpN9o
絵里「小原鞠莉、厄介だったわ。本当に」

ダイヤ(……く、っ…私も…!)

絵里「眠くなってきたかしら。そのまま目を閉じなさい、氷の揺り籠は万人に等しく優しいわ」


フリーザー、アマルルガ、パルシェンにフリージオ。
健在のキュウコンも含め、五体で手間と時間を掛けて空間を冷却してきた。

絵里が力押し寄りのトレーナーだと類される理由、その六割ほどは切り札のメガユキノオーにある。
倒壊するオハラタワー、重さを量ることさえバカバカしいほどの大質量を凍てつかせて固定してみせた氷力の権化。
早々にユキノオーを出していれば、もっと楽にオハラフォース、鞠莉、ダイヤを一掃できていたかもしれない。

だがそれを避けていたのは、こおり・くさタイプのユキノオーが炎に対して極端に弱いため。
有り体に言えば四倍ダメージ。よく鍛えられた軍人のポケモンたちに集中砲火を浴びれば、容易く沈んでしまう可能性があった。

女王は焦らない。急くことはなく、事を仕損じない。
淡々と四体を布石に投じたのは、条件さえ整えばメガユキノオーは無敵であるという確信と自負故に。

その身は四天王よりさらなる高み。
所以は、叛逆を許さない絶対性。
相手は戦う前に膝を折り、絢瀬絵里の前へと平伏を晒す。

それは遍く生音の失せた、無慈悲なる絶氷の世界。


ダイヤ(まずい、ですわ…!)

863 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:29:57.79 ID:ha7ZcpN9o
鞠莉のギャロップ、ダイヤのガラガラまでもが意識を薄れさせていっている。
火勢は緩み、炎が氷に屈しようとしている。理が捻じ曲げられている。
エンペルトに、伝説のポケモンであるディアンシーまでもが同様に。

ダイヤは気が付く、肺腑が奥まで凍り始めている事に。
白霞む視界の先、数キロ遠方の空に鳥ポケモンが墜落している。
どうやらメガユキノオーによる零下空間は目視距離の限界にまで効果を及ばせているようで、ダイヤは女王の本領に慄くよりない。


ダイヤ(ぐ、う…痛みが…喉の奥を、裂かれるような…!)


膝を折り、手を地に。ダイヤは女王へと頭を垂れている。
吐き出す呼気はすぐさま凍てつき、舌や歯茎の水分が霜と化して痛みを生む。

一体、今は何度なのだろう。
地球で記録された最低気温は確か、マイナス90℃を下回って少しほど。
もしかするとその域…いや、あるいは既に下回っているのでは。

たったそれだけの思考に粘つくような徒労が全身を覆い、その粘り気がそのまま厚氷を成して体を包み込んでいく。
そんなダイヤを見下ろして、絵里は静かに声を降らせる。


絵里「力を抜いて、身を任せればいい。意識は雪に溶けて、そのまま終わりが訪れる。それだけよ」

ダイヤ「……ぁ、ぅ、…」

絵里「発言を許します」

ダイヤ「っ、は!!」


絵里はがメガユキノオーへと手で指示を。
瞬間、ダイヤの喉、その中だけから寒風が遠ざかる。
大規模な凍結に併せ持つ微細な温度コントロール、白の世界に絵里だけが平然を保っているのは自身だけを冷却の対象外としているためだろう。意味するところは絶対支配。

絵里は言った。終わり、生命の終焉。
それはつまり…

ダイヤは問う。

864 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:30:24.37 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「……絵里、さん、貴女は今、私を殺そうと…?」

絵里「そうね。苦痛を少なく死ねるように、調整はしているけれど」


殺意は確定。
奥底へ沈められた絵里の本来の意思がそれだけはと抑えていたが、時間の経過と共に掻き消されつつある。
知り、ダイヤはもう一つ問いを。


ダイヤ「………ご存知、ですか?この数キロ圏に、一般の方々が身を寄せる避難所が複数あると」

絵里「凍結圏内には大規模なアリーナが一つ、公民館の類が二つ。少なく見積もって二千人はいるでしょうね」


深々に呼吸。
意図的に、デオキシス細胞を活性化させる。
極低音に機能を止められた体に鞭を打ち、強引に再起動をかけていく。


ダイヤ「絵里さん、貴女は…その方々までを殺めようと?」

絵里「不運だった。そう思ってもらうしかないわね」


強く、歯を食いしばる。

誰に教えられた訳でもないが、ダイヤは体感に確信している。
デオキシス細胞の再生を使えば使うほどに、体は侵食されていくと。

穂乃果が見たという青と橙に染まった英玲奈の素肌。
それはきっと荒事の中で数々の傷を負って再生を重ね、深い侵食を受けた結果。

ダイヤへと移植された細胞は少量。まだ大丈夫?
否、そうとは限らない。
ミカボシ山で二戦、デオキシスから幾度もの致命撃を与えられ、先ほども絵里から負わされた重傷を急速に回復した。
短期間に活性化を重ねすぎている。この上で女王と対峙したならば…

委細構わず。ダイヤは決然と立ち上がる。

865 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:30:55.41 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「関係、ない…っ!」

絵里「無茶よ」

ダイヤ「断じて!!断じて絵里さんは、罪なき人々を殺めるような方ではありません…」

絵里「……」

ダイヤ「今の貴女は、私の大好きな、敬愛する、心よりお慕いしている…かしこいかわいいエリーチカでは断じてありません。虐殺などと…汚させませんわ、気高い貴女を」

絵里「貴女の理想を押し付けないで。だとして、どうするつもり?」

ダイヤ「矯正を。その馬鹿げた洗脳を覚まして、私の大好きな絢瀬絵里に戻っていただきます。果南さん、鞠莉さんのように言うのなら…“ブン殴って”でも!!!」


らしくなく、敢えての粗野な物言い。
それはまるで大切な親友たちから力を借りようとするように。

受けて、絵里は変わらずの冷淡を。


絵里「その言い分、厄介なファンそのものね。念入りに凍らせないと」

866 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:31:27.47 ID:ha7ZcpN9o
絵里、メガユキノオーは、厳冬をダイヤへと集めていく。

これは死地。両親の、そしてルビィの顔が脳裏によぎる。

だが今のダイヤは、安心してそれを横に置くことができる。
ジムリーダーの責をダイヤが負った時点で、賢明な両親はその危険性を理解してくれている。
ルビィは…目に入れても痛くない、無邪気に笑みを浮かべる妹は、徐々に成長を見せてくれている。
まだ頼りなさげではあるが、何があってもきっと自分の足で歩いてくれる。

そしてダイヤは叫ぶ!!!


ダイヤ「ガラガラ!!私のポケモンなら、この程度で根を上げてはいけません!!」

『ガッ、ラ…!』

ダイヤ「思い切り殴りなさい!わたくしの左腕、肘から先を!!」

『…ガ、!??』


頓狂な指示に、ガラガラは一瞬迷いを見せる。
主人の横顔には不惜身命の狂気。だが正気もまた等しく宿していて、ならばとガラガラは両端に火を宿した骨で、指示通りに左腕を狙う!


ダイヤ「遠慮は許しませんわ!!全っっ力で!!!」

『ガァガラアッ!!!』

ダイヤ「い、ぎァッッ…!!!」


ポケモンの全力の殴打を受けて形を保てるほど、人体は頑丈にできていない。
肘の関節は強打にひしゃげ、砕けて破けて骨が突き出し、一部の肉と皮だけで繋がっている状態。

ブラリと垂れ下がった腕、デオキシス細胞はすぐさま触手を伸ばし、破損面を?ぎ合わせようと自動で修復を開始する。
だがダイヤは右手、拾った鋭利な氷片を振り上げる!


867 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:31:54.41 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「修復無用!!!」


突き刺す!!
柳刃包丁のようなサイズのそれを躊躇なく傷口へと突き立て、二度、三度。自ら左、その肘先を切断…!

本家であるデオキシスから直々に蹂躙を受け、繰り返した再生に、特殊な細胞の乗りこなし方をダイヤは体得している。
欠損した左腕は今、トカゲの尾のように再生されようとしている。
そこに宿す強固なイメージ。形は腕ではなく、しなやかに、攻撃的に。

青と橙、二色の螺旋が蠢いてしなる。
鞭のようにのたうち、それはデオキシスの腕と同じ形状。自ら人外へと身を投じている。

その壮絶な気概を意気に、エンペルトとディアンシーも瞳に光を取り戻している。
主人が命を賭す時に、戦いもせずに倒れられるものかと!

そこへ、冷笑は絵里。


絵里「狂気の沙汰ね。ユキノオー、“ふぶき”」

868 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:32:28.78 ID:ha7ZcpN9o
狂気に取り合うつもりはないとばかり、絵里が令じるは即座の烈風撃。
万物を停止させる冷気もさることながら、風速もまた大型台風の暴風域が如し。
舞い積もった大量の雪を巻き上げ、地吹雪が怒涛を馳せる!

エンペルト、ガラガラ、ディアンシー。
残る三体へとダイヤは目配せをし、手短に指示を告げて地へと手を…否、触腕をあてがう。


ダイヤ「ッ゛ああああああっ!!!!!!」

絵里(自力で岩盤を持ち上げて…!)


暴圧する飄風を遮蔽!!

本物のデオキシスには及ばないながら、ダイヤの腕力は怪物的なまでに上昇している。
だが巨大なビルを凍結させるメガユキノオーの吹雪、たかが岩壁一枚では五秒と持たない。

無論、ダイヤはそれを承知済み。
ガラガラは先んじて下された指示に従い、武器である骨をダブルセイバーのように振り回して岩盤を砕き割っている。
飛散する岩礫、そこに交えて放つはディアンシー!


ダイヤ「“ダイヤストーム”!!」

『ディアアッ!!!』

絵里「ユキノオー、“ウッドハンマー”」


樹氷の大魔は重みに傾いだ上体を持ち上げる。
その身は鬱蒼、メガシンカの過剰なエネルギー供給により氷が異常発達、直立を不可能にしている。
だが問題はない。そのデメリットに見合うだけの攻撃力を手にしている。

大咆哮に打ち付ける両腕!!!


『ノオオオオオオッ!!!!!!』


ダイヤ「アスファルトの下から樹々が!?」


ユキノオーは地面を叩き、都市の舗装を砕き、その下に押し込められた草木の根や枯れ草の残滓へと莫大な草エネルギーを送り込む。
反応、矮小な根に草花が猛烈な速度で大樹へと成長。

ただ生えてくる木?いや、勢いが尋常ではないのだ。
一帯を食い荒らす怪樹はビル五階ほどまで到達、まるで昇竜の如く。

受ければ下腹から数十トンのトレーラーに撥ね上げられるような衝撃は必至。
それが二十、三十と屹立割拠、ディアンシーが放った金剛嵐を防ぎ止め、そのままに攻防を兼ねている。
ダイヤとポケモンたちは回避へと専心せざるを得ない!
869 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:32:57.41 ID:ha7ZcpN9o
突き上げる樹をダイヤの触腕が受け逸らし、ガラガラの炎骨が叩き割り、ディアンシーは金剛珠の防壁で自分たちを守護する。
だがそれは極限の集中、長く続くものではない。
メガユキノオーの過度な出力は、まだ数十秒と樹氷を突き立て続ける事を可としている!

そんな間隙、横ざまに飛来する鋼の光弾。


ダイヤ「“ラスターカノン”!!」

『ペルルァッッ!!!』

絵里「ユキノオー、左」


離れ、左方へと展開させていたエンペルトが“ラスターカノン”を放っている。
それははがねタイプの特殊技、氷よりも勝る硬度でユキノオーへは二倍特効!

だが絵里の判断は極めて迅速。視界は広く、その後背に至るまでほぼ全方を認識している。
判断力、空間把握能力。寡勢にも揺るがぬ意志力に、本来であれば高潔な精神も。
いずれをも併せ持つから絵里は女王であり、ユキノオーはその指示を高速で反映できるからこそ女王にとっての主戦でいる。

方向を変えた“ウッドハンマー”の乱樹立がエンペルトの体を激烈に叩き、遠く宙空へとその身を打ち上げている!

870 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:33:24.65 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ(エンペルト…ごめんなさい!)

絵里「明確に捨て駒。情に駆られていない。時と場合によって割り切りは必要、成長しているわね、ダイヤ」

ダイヤ「今の貴女から褒められたところで!これっっっぽちも嬉しくありませんわ!」


ダイヤたちは樹氷の間を駆けて寄り、メガユキノオーまでの距離を詰めている。
残りは二体、自身を含めて同時は三手。


ダイヤ(っ、遠い!もう一手、もう一手あれば、確実に…!)

鞠莉(そう、思ってるよね……ダイヤ!!)


ダイヤのように人外ではない。果南のような身体能力も有していない。
それでも、鞠莉は凍死の淵から一時的に意識を引き戻している。その源はきっと、意地でありプライド。

オハラタワーの一件から運命にハズレくじばかりを引かされている。
だから今度は、はっきりとNoを突き付けてやるのだ。親友と共に、意地悪く笑う運命の女神へと!


鞠莉(がんばれ…ッ!!)

871 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:33:52.13 ID:ha7ZcpN9o
━━━KABOOM!!!!


絵里「…!」

ダイヤ(爆発!?これは…鞠莉さん!)


鞠莉はパルシェンの攻勢からギャロップで逃げ回る最中、随所へと爆薬を投じていた。
それは氷に封じられてしまった、あるいは隔絶されてしまった兵士たちを解き放つため。

逃走の最中、あくまでデタラメなばらまき。狙いは確実ではない。
ただ一箇所、ダイヤが求める“一手”の役割を確実に果たせる人間の位置だけは、無線機の反応に確認し続けていた。
そして動かない親指で、強引に押したのは起爆スイッチ!

解き放たれたのはオハラフォースのエース級、隊長格である一人の壮年。
父からの信頼も厚い軍人上がりで、彼は特別な力を有している。

手首には腕輪の煌めき!
それは少女たちだけの特権では決してない!


絵里「リング持ち…!」

「来いッ!!メガバクーダ!!!」

872 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:34:46.20 ID:ha7ZcpN9o
軍人にチャンピオン、戦闘者たちの対峙に言葉はなく、交わす眼光すら僅かに一秒!放つ!


「メガバクーダ!“ふんか”だ!!!」

絵里「メガユキノオー!“ふぶき”っ!!!」


ほのお・じめんタイプ、その背に火口を背負う火山の権化。
猛烈な火力を誇るそのポケモンと共に、幾多の戦場を乗り越えてきた。
末に掴んだメガシンカ。先の統制射撃では火力のバランスと継戦性を考慮して控えていたが、一朝一夕の力ではない。
紅蓮!噴き出す劫火はオハラフォース全員の、そして鞠莉の誇りを背負って!!

応じ、流石の絵里も冷酷な鉄面皮に一筋のヒビ。
高レベルのメガシンカ体、それもほのおタイプ。看過できるはずもなく、最大出力の“ふぶき”を向けている!

地炎と氷風、二つの大技が真っ向からの炸裂を!!!

873 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:35:21.02 ID:ha7ZcpN9o
惜しむらくは二点。
メガバクーダの体力が凍結に減じていたこと。
メガユキノオーの力に空間の気温が下がりきっていたこと。

“ふんか”は威力を抑えられ、“ふぶき”は理論上最大値でのポテンシャルを発揮。
相性不利を嘲笑うかのように、炎を押し切った氷が軍人とメガバクーダを飲み込んでいる!!

だが、彼はプロだ。
氷に包まれる前の一瞬、自らに課せられた役割を果たせたことを認識している。

彼が、ひいては鞠莉が生んだ一手の隙に、ダイヤとポケモンたちが、間合いへと絵里を捉えている!!


絵里「“ウッドハンマー”!!」

ダイヤ「“フレアドライブ”!!」


振り落とされた剛腕!
そこへ捨て身、炎骨が掬うようにかち上げて発動を阻止!
力の余波をモロに受けたガラガラは雪の地面へと叩きつけられて昏倒。
ただ、それでいい。
メガユキノオーの腕へと炎の痛撃を浴びせ、役割は十全に果たしている。

もう一手、ユキノオーの咆哮に屹立する氷柱!
だがそれはダイヤの触腕が微塵に砕いて防ぐ!


ダイヤ「ようやく、足りましたわ」

絵里「……っ!」

ダイヤ「ディアンシー!!“ダイヤストーム”ッ!!!!」


その輝きは薄紅に、真宝なるダイヤモンド。
出会いに命を救われたメレシーは今はディアンシーとして力の全てを主人に捧く!
爆ぜる!!嚇々たる金剛嵐が、最至近からメガユキノオーの全身を撃ち荒らす!!!!

874 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:36:17.44 ID:ha7ZcpN9o
岩と氷、タイプ相性や良し。

だがそんな理屈より何よりも、大勢の人々の想いが乗せられた一撃。
いかなメガシンカ体とは言え、至近で浴びせられて耐えられるはずもなし。


『ノ、オ、オオオオッ………!!』


凄絶を成したメガユキノオーは、自重を支えきれずに前へと倒れた。
その前身には“ダイヤストーム”による圧倒的なダメージが刻まれている。

一人の力ではない。だがそれでも多大なる殊勲。
ダイヤとディアンシーは、絵里の切り札であるメガユキノオーを打倒した!!

そして同時、鈍い打擲音。
ダイヤの拳もまた、絵里の頬を痛烈に打ち抜いている。


絵里「…っ……」

ダイヤ「……お願いです…っ、正気に戻って…!絵里さんっ…!!」

絵里「………何故、右で?」


血を吐き捨て、口元の赤を拭う。
絵里の瞳に宿された狂気はまだ晴れず、睨眼に問いを。

ダイヤは歯噛みする。
絵里の言う通り、殴り抜いたのは生身を保った右腕だ。
デオキシス細胞に荒ぶる左で殴っていれば戦いを終わらせられていただろう。絵里の死を以って。

だが、絵里を敬愛するダイヤにそんな真似ができるはずがない。
ただひたむきに…自らの指針、誇り高く慈しみに溢れた女王の姿を取り戻して欲しいと、その一心で。


絵里「……甘さは拭えないのね、あなたは。それは美点。好ましいわ。けれど戦いはまだ、終わっていない。キュウコン」

ダイヤ「…ディアンシー…!」

『ディ、ァァ…!』

875 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:37:27.69 ID:ha7ZcpN9o
既にディアンシーは満身創痍だ。
メガユキノオーとの最後の交撃、絵里はエースが打倒される瞬間にさえ動じることなく最善の手を下した。

“こおりのつぶて”、氷タイプ最速の一撃でディアンシーへとダメージを与えたのだ。

元よりメガユキノオーの生む冷温や“ふぶき”などで体力を減じていた。
そこに一撃を浴びせられ、辛うじて残った体力はまさに首の皮一枚。


ダイヤ「………ぐ、っ…」


呻く。ダイヤの身もまた限界。
いくら再生機能を誇るデオキシス細胞を組み込まれているとはいえ少量。
そもそも、本体たるデオキシスも不死身ではないのだ。あくまで体力は有限。

キュウコンは九尾に蒼焔を灯す。
それは強烈な冷却エネルギー。それが放たれれば、ダイヤもディアンシーもきっともう。

876 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:38:20.95 ID:ha7ZcpN9o
ダイヤ「………けれど、諦めません」

絵里「どうして?」

ダイヤ「どうして?……ふふっ。やはり、今の冷たい貴女はわたくしの大好きなエリーチカとは別人なのですね」

絵里「……」

ダイヤ「他でもない、貴女がミカボシ山で教えてくれました。自分の力を、自分とポケモンの絆を信じろと」

絵里「…だとすれば、私は随分とナンセンスなことを言うのね。もう眠りなさい…黒澤ダイヤ」

ダイヤ「決して無意味などではありません。意志を以って難道を拓く、それがチャンピオン、それが絢瀬絵里!」


「そうなんです!!」


空から声が降る。まだ幼く、あどけない声が。
金髪、色素の薄い少女は春風のようにダイヤと絵里の間へとすたり、「おっとっ…!」とつんのめりながらボールを叩きつける。

現れたのはピカチュウに酷似した姿、しかしよく見ればぬいぐるみの被り物。
フェアリー・ゴーストタイプ。“ばけのかわポケモン”こと愛嬌溢れるミミッキュ!

それを連れているトレーナーは幼くも絵里の面差しを感じさせる…
最後の四天王は絵里の妹。神童、絢瀬亜里沙!


亜里沙「ミミッキュ!“じゃれつく”!」

絵里「き、キュウコン!」

ダイヤ(反応が遅れた!)

亜里沙「Урааa!今ですっ!」

ダイヤ「っ、全力で…!失礼しますわあああ
あッ!!!!」

絵里「ぐ…!はあっ!?!!」


今度こそ!!
ダイヤの全身全霊、掛け値なしの全てを乗せた右拳が、絵里の頬を打ち抜いた!!!

877 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:39:28.22 ID:ha7ZcpN9o
転がり、転がって滑り、絵里の体は自ら打ち立てた氷柱へとぶつかって止まる。
仰向けに倒れた姿勢、呻いて手を伸ばし…ぱたりと落とす。


絵里「……あり、がとう…」


ダイヤの右ストレート、それは完全な一撃だった。
問答無用、絵里の意識を断ち切っている。

目を閉じたその顔からは狂気の色が抜け落ちていて、ダイヤは安堵と疲労からの脱力に膝からくずおれる。


亜里沙「хорошо!すごいパンチでした!」


ぴょんと跳ねて喜ぶ亜里沙。
ミミッキュの横入りの“じゃれつく”、キュウコンの急所を見事に捉えて仕留めている。
不意打ちとはいえ、ダイヤたちが大勢でこれほど苦労した絵里のポケモンを一撃で。


ダイヤ(いるものですね、天才は…)

亜里沙「ごめんなさい、遠くの街にいたからくるのが遅れちゃいました…お姉ちゃんもみんなに迷惑を…って、あれ?」


目を伏しがちに憂えば、姉の絵里にそっくりだ。
そんな亜里沙に看取られ…と、死ぬわけではないが、ダイヤの全霊はここで限界。

絵里の打倒に、広域を包んだ冷気は徐々に薄れ始めている。
医療ヘリが飛来する音も聞こえる。色々な心配事も、きっと大丈夫。

精魂尽き果て、うねうねとデオキシス状態のままの左腕のことも忘れたまま眠りへと落ちる。


ダイヤ(ルビィ、千歌さん…頑張って、くださいね……)


ゆっくりと目を閉じ…
黒澤ダイヤ、小原鞠莉。二人の戦いが、ここに終結した。

878 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:39:58.07 ID:ha7ZcpN9o



爆音、飛沫。東からは冷風。
随所から吹く激戦の風に、ロクノシティが燃えている。
そして広汎の河川敷、ここにも対峙する瞳が八つ。


千歌「こいっ!」

聖良(……さて)


鹿角姉妹、聖良は闖入者である千歌とルビィを見つめている。
「時間を掛けずに潰す」と宣じはしたが、まずは状況が許す限りの観察を、とは師である英玲奈からの教え。

黒澤ルビィ、こちらは知っている。
オハラタワーの際に追いかけた対象、所持ポケモンはピッピ。
ボールは三つに増えてはいるが、おそらくは津島善子、国木田花丸と同程度の腕前だろう。であれば、問題にはならない。

理亞はこの少女がやたらに気に食わないらしく、圧するように強く睨みつけている。
犬であればガルルと唸って吠えている、そんな調子の様相だ。


聖良(理亞のボール残数も三つ。疲労を鑑みても、理亞なら問題なく処理できるはず)

879 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:40:31.27 ID:ha7ZcpN9o
ダブルバトル形式にせよ、フィールドが広い。
ならば戦闘のベースはマンツーマンのイメージ。そこに適宜、連携を編み込んでいく。
その方が却って柔軟に当たりやすいものだ。

だとして、自分が意識するべきは高海千歌とかいう少女。
直視、その力量を目測に推し量る。

腰にボールは六つ、その手首にはメガリング。
聖良はメガシンカに対応したポケモンを持っていない。その点で持たれている優位性には警戒を抱くべきだが…


理亞「姉さま、高海千歌はタワーであんじゅさんが狙ってたトレーナー。捕まえれば手柄になる」

聖良「なるほど。手持ちの情報は?」

理亞「ハーデリア、エテボース、オオタチ、ベロリンガ」

聖良「ノーマル専門…」


微かに含み笑う。

いや、侮るわけではない。もちろん強力なノーマルポケモンもいる。
理亞の情報も数ヶ月も前のもの、きっと成長しているのだろう。
ただ、ノーマルタイプは最も扱いやすく、最も普及率も高い属性だ。
それに表情、佇まいまでを踏まえて、千歌はどうにも強力なトレーナーには見えない。
どういうべきか…

聖良(普通、ですね。もちろん油断はしませんが…)


…と、安く値踏まれたことに勘付いている。
向き合う千歌は不本意に、小さく鼻を鳴らす。


千歌「なんだか、バカにされてる…」

ルビィ「千歌ちゃんは強いのに…!」

千歌「えへへ、ありがとルビィちゃん。いいもんね、目に物見せてやる!」

880 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:41:03.25 ID:ha7ZcpN9o
聖良は思考する。

遮蔽物のない河川敷、力と力をぶつけ合うには最適のフィールド。
外的要因が少ないということはつまり、純粋な戦闘力がモノを言いやすい、格下が番狂わせを起こしにくい環境ということ。

千歌やルビィがUBに関する知識を持っているかは不明だが、ウツロイドとマッシブーンの異様は外見だけでも明らかなはず。


聖良(…だというのに)


見るに、千歌には戦場を変えようという意識はないように見える。
赤みがかった瞳は短めの前髪に露わ、まっすぐに聖良を見据えていて、UBの姿にも怯えていない。
戦力に余程の自信があるとでも?


聖良(UBの力を測れない愚者か、蛮勇か…それとも)

理亞「姉さま、楽勝よ。早くやろう」

聖良「理亞、油断は禁物よ」

理亞「あ…ごめんなさい」

聖良「けれど…強気も必要ね。行きましょう、理亞」

理亞「…!はい!」

881 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:41:36.10 ID:ha7ZcpN9o
聖良と理亞、距離を置いていた二人が始動する。
応じ、千歌とルビィもいよいよ臨戦へ。


ルビィ「く、くる!千歌ちゃんっ」

千歌「勝つよ、ルビィちゃん!」


負けられない戦い、千歌とルビィは声にお互いを鼓舞!

聖良はそのままマッシブーンとウツロイド、理亞はレントラーをボールから展開している。
奇しくも両陣、ポケモン所持数のバランスが6と3の変則ダブル。


千歌「ルビィちゃんは妹の方を抑えてね!」

ルビィ「ぅぅ…頑張るびぃ…!」


ボフ、と弾けるボール。
ルビィの先鋒はエスパータイプ、希から託されたムシャーナだ!

そのムシャーナ、現れたはいいが、丸々と体を丸め、目を閉じて眠りについている。
…ように見えるが、意識はある。
エスパータイプ特有のサイコエネルギーで目を閉じながらに周囲の様子を感知しているのだ。戦闘に支障なし。

そんなルビィへと理亞が直進!
傍らのレントラーはオハラタワーの際にも交戦したでんきポケモン。
猫科のしなやさと獰猛性を有していて、雷撃を纏って牙を剥く姿は主人の理亞とも似通って見える!


理亞「がんばるびぃ…?イラつく!“ワイルドボルト”!!」

ルビィ「ぴぎゃあっ!?」

千歌「ルビィちゃん!」

ルビィ「だ、大丈夫っ!千歌ちゃんはそっちを…!」

聖良「よそ見をすれば早々に死にますよ?私としては助かりますが」

千歌「!」

882 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:42:22.16 ID:ha7ZcpN9o
そう、聖良は既に向かってきている。
千歌はUB二体に立ち向かわなければならないのだ!
ボールへと手をかけ、その中から素早く二つを選ぶ。開閉スイッチへと指を乗せる。

“勝ちたい!”

それは切なる願い。
負けたら世界が危ないだとか、千歌はこの一戦をそんなマクロな視点では捉えていない。
心に浮かぶのは二人、大切な友達の笑顔。

大好きな曜ちゃんに、それに梨子ちゃんも。
この一戦を乗り越えれば、並び立つには高すぎる親友二人にまた一歩、近付くことができる。

揺るぎなき小市民性。混沌の戦場において、それはある意味で確固とした自我。
思いの根源、スケールなんて小さくたっていい。
ただ勝ちたいと思う気持ちの強さ、それが運命を導く!


聖良「マッシブーン、“ばかぢから”」

千歌(私は…勝たなきゃいけないんだっ!)


気持ちをギュッと込め、千歌は二つのボールを地へと投げつける!

883 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:42:48.34 ID:ha7ZcpN9o
マッシブーンはタイプ一致、格闘の大技である“ばかぢから”を中断して後ろへと飛び退いている。

「退いて」

そう命じたのは聖良だ。

繰り出したポケモンごと岩盤を砕き、礫片に高海千歌を昏倒させて勝ち。
勝負に取り合うまでもなく、トレーナーを殺めるまでもない。
早々に理亞の側も片付けてテレビ局へと足を向ける…そんな算段だった。

だが、聖良のトレーナーとしての嗅覚が奇妙を感じ取った。
千歌がボールを投じた瞬間、マッシブーンへと後退の指示を下していた。

そして聖良は今、千歌を見ながら冷静に怪訝。


聖良「燃えている…?」

884 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:43:16.33 ID:ha7ZcpN9o
千歌の周囲を炎が取り巻いている。
その背後には大きな…黒と金、炎で彩られたポケモンが。
まるで三国志、中国甲冑を思わせる威容。武に秀で、炎を纏った豚の姿。
逞しい四肢は力感を宿し、千歌を守るべく大きく振るわれる。

普通だと、自分に課してきたそんな殻を打ち破る時。
千歌は片手を掲げ、そのポケモンの名を呼んでいる!


千歌「お願い!エンブオー!!」

『ブオオオッ!!!』

聖良「ほのおタイプ…ノーマル専門のトレーナーでは?」


だけではない!

その隣には静かなる麗。頭は白薔薇、目元にはミステリアスなマスク。
両腕もまた赤青の薔薇束のようで、立ち姿から高貴なる芳香を漂わせ。
全身から放たれる強力なオーラは河川敷の草花へと干渉し、味気ない芝生は瞬時にして瀟洒な薔薇園を成している。


千歌「ロズレイドもお願い!私、あの人に勝ちたい!」

聖良「マルチタイプに鞍替え、ですか」


いずれも、千歌の育てたポケモンではない。
激闘の気配に、千歌は実家へと連絡を取っていた。そして一時的な通信交換を。
手持ちの中から戦闘向けでない子、レベルが低めの子を実家へと預けている。
危急の時、何よりも頼るべきは家族。代わりに手にしたのは姉たちのポケモン!


千歌「美渡ねえ、志満ねえ。力を借りるね!」

885 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:44:01.28 ID:ha7ZcpN9o
強さ。
定義がひどく曖昧なそれは、多元的に語られなくてはならない。

トレーナーが強さを求めるには、ポケモンを強く育てるしかない?
当然だが、そんなことはない。

逆境に決して折れない心を持つのも強さ。
自分を鍛え上げてもう一つの武器とするのも強さ。
手段を選ばず、形振りを構わないのもまた強さ。

知識を高めれば戦術の可能性を切り拓くことができる。
命知らずは常識を超えた強さを手にすることもできる。
莫大な金銭を元手に、多数の他者を従えての蹂躙もまた強さだろう。

千歌が今手にしている力は家族、年上の姉たちのポケモン。
それは借り物、本当の力ではない?

いや、そんなことはない。
強さとは多元的に語られなくてはならない。

二人の姉、家族から注がれる惜しみなき愛情は高海千歌という人間を構成している大きな一要素。
“愛されている”。それもまた特別な強さなのだ。

似たことが、ツバサからUBらを託された聖良にも言えるだろう。
“信頼されている”という要素。

借り物であれ、借りられたという時点でそれは、高海千歌と鹿角聖良の強さに他ならないのだ。


千歌「いけえっ!!エンブオー!!」

聖良「マッシブーン、左」


エンブオーとマッシブーン、二体のかくとうタイプが拳をぶつけ合う!

886 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:44:28.79 ID:ha7ZcpN9o
エンブオーはほのお・かくとうタイプ。
マッシブーンはむし・かくとうタイプ。

同じ格闘を属性として持つ二匹だが、もう一つの属性に明確な有利不利が付いている。

千歌がエンブオーへと命じたのは“フレアドライブ”。
下の姉、美渡が育てたエンブオーは炎を用いた物理技の最高位を会得するレベルへと到達している。
隆々の黒腕に高熱を纏わせ、反動を恐れぬ勢いでマッシブーンへと繰り出している!!


千歌「当たれば行ける!」

聖良「当たりませんよ」


対し、聖良は冷静に。
真正面からかち合うのを避け、その拳を受け流しに徹させている。
マッシブーンは短い命令に意図を汲み、右腕を畳んで下から跳ね上げる。
拳の軌道を逸らし、炎熱の影響をやり過ごして回避!


聖良「距離を置いて」

千歌「逃がさない!ロズレイド、“ヘドロばくだん”っ!」

『レイッ!!』


素早く飛び下がるマッシブーンへ、志満のロズレイドが追撃を!
だがそれは防がれる。浮遊する岩が炸裂する毒液を遮ったのだ。

千歌は聖良へと目を向ける。
その岩の主は傍らに揺蕩うウツロイド。


聖良「“ステルスロック”。何を出してくるかわからない以上、先に妨害策を講じさせてもらいます」

887 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:45:22.44 ID:ha7ZcpN9o
千歌「エンブオー、ロズレイドもそのままそのまま!」


マッシブーンへの追撃はしない。
あの屈強な体、膨張した筋肉からの打撃を強かに受ければ一撃必倒もありえる。迂闊な行動は控えるべきだ。


千歌(あの人、すごく手堅く戦うタイプだなー)


敵、聖良の姿を観察しつつ、千歌はそんな印象を抱く。

ステルスロックの効果自体は心得ている。ダイヤを師として訓練を受け、知識面もそれなりに増している。

浮遊する鋭利な岩が空間を満たし、こちらの行動を阻害する技。
とりわけボールから出たばかりのポケモンはそれを避けきれずにダメージを受けてしまう。
つまり、千歌は頻繁にポケモンを交代させられない状態になってしまったわけだ。


千歌(エンブオーとロズレイドを早めに出せてよかったかも…)


そんな相手への当て付けのように、聖良はウツロイドを一旦ボールへと戻して交代を。


聖良「来なさい、ムクホーク」

『キュイイイッ!!』


現れたムクホークはシンオウ地方を主な生息地とするひこうタイプの鳥ポケモン。
子供でも捕まえられるようなムックルからの進化体だが、しかし侮れない攻撃力の持ち主。


千歌(ムクホーク…前にオハラタワーの時も連れてたって言ってたっけ)


エンブオーとロズレイドのいずれにも有効撃を放てる一体。
やはり聖良は悪の組織ながら、ジムトレーナーばりに整然とした戦闘スタイルをしている。

交代か、ゴリ押すべきか、千歌は素早く思考を巡らせる。
ロズレイドは高火力の攻撃役。相手が何にせよ、受けるベースで考えるポケモンではない。
だとして…紅炎揺らぐ、エンブオーへと目を向ける。

888 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:45:48.65 ID:ha7ZcpN9o
高さ1.6m、重さ150.0kg。
エンブオーというポケモンの平均的なサイズだ。

だがもちろん、ポケモンが生き物である以上はそのサイズには個体差がある。
美渡のエンブオーは身長2.0m近く、重さは…随分と重い。


千歌(エンブオー、強いのは知ってるけど…どうかなぁ)


そんな迷いがよぎるのは、実家でのエンブオーの姿を知っているからだ。

高海志満、高海美渡。
志満は実家の旅館を柱として切り盛りしていて、美渡はもう社会に出て働いている。
千歌より随分と年上、そんな二人の姉は、どちらも本格的なトレーナーというわけではない。
なのに二人がそれぞれにポケモンを育てているのは、実家が旅館だからという一点。

客商売である以上、稀にではあるがトラブルが起こる。
また旅人の安全を保障する宿泊業、セキュリティを高める必要もある。
なので千歌の両親は、トレーナーでない二人の姉にそれぞれポケモンを一匹育てさせた。

そんな理由で姉たちの幼少期から家族の一員として、ついでに用心棒として育てられたのがエンブオーとロズレイド。
きちんとした戦闘用の育成ノウハウに則って育てられたわけではないが、愛情はたっぷりに注がれてウチウラの美味しい食事と豊かな自然に育まれている。

一匹だけの育成なので、必然レベルは高まりやすい。
志満と美渡の筋が良かったのもあるのだろう。二匹ともが強く逞しく育っている。…のは良かったのだが。

889 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:46:20.59 ID:ha7ZcpN9o
美渡「あっエンブオー!まーたアンタ太ったでしょ!」

『ブ、ブオッ』


そんなやりとりを頻繁に耳にするようになったのは、美渡が就職してからのこと。
美渡が家に不在の時間が長くなり、エンブオーは居間でゴロ寝しながら煎餅を齧っている時間が長くなった。

千歌ももちろん一緒に過ごしていて、みかんを二つ取ってもらって一つを剥いてあげ、テレビを見ながら一緒に食べて。
そんなダラダラとした日常を謳歌するエンブオーの姿は千歌の目にもしっかりと焼き付いている。

美渡の休日には一緒にランニングをさせられたりしていたが、付いた脂肪はそう易々と減るものでもなく、自然と体重は増えている。
そう、美渡のエンブオーはメタボ気味なのだ。


千歌(うーん、うーん…さっきの“フレアドライブ”を見たらキレがなくなってるとかそんな感じではなかったけど、どうなんだろ)


迷う千歌。
ポケモンとはいえ気持ちとしては完全に家族。無理をさせるのもなぁ、と…


『ブオオッ!!!』


だが、エンブオーは炎を猛らせて吼える!!
千歌を家族と捉えているのはエンブオーの側からも同じ。
よく喧嘩しつつもなんだかんだと妹を気に掛けている美渡、その気持ちを代弁するかのように、千歌を守るべく大炎を身に燃やしている!


千歌「エンブオー、やれるの?よーし…信じるっ!」

聖良「行きますよ、ムクホーク、マッシブーン」


また同時、聖良の目も猟の色を宿している。
様子見はここまで、仕留める時は一気呵成。激流の気配に、双方が戦気を高めていく。

890 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:46:50.56 ID:ha7ZcpN9o
千歌と聖良、二人が火花を散らす地点から20メートルを離れ、ルビィと理亞もまた交戦の最中にある。

出ているのはそれぞれ変わらずムシャーナとレントラー。
ルビィは果敢に立ち向かっている…という表現が似つかわしいかは微妙なところ。

吠え立てる理亞とそのレントラーに背を向け、ふよふよと浮くムシャーナと共に逃げ回っている。


ルビィ「ピギャアアァァ!!!」

理亞「逃げるな!!まあいいわ、逃げるつもりなら…」

ルビィ「に、逃げてないもん!!」

理亞「っ…(撃ち返してきた)」


理亞が聖良の加勢に向かおうかと思案すればムシャーナが攻撃を仕掛けてくる。

ただ逃げているのではなく引きつけている。
自分が理亞を抑えるのだと、しっかり役割意識を持っているのだ。

そんな途上、戦場の変化にルビィが声を上げている。

891 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:47:23.06 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「うぁ、なにこの石ぃ…!?」

『ムシャァ…』


ルビィは眉根を下げ、ムシャーナは目を閉じたままに困り気味の声を。
戦っている場所は千歌たちのすぐそば、あくまで距離感はダブルバトル。
聖良のウツロイドが張り巡らせた岩は、ルビィと理亞の位置までをしっかりと効果範囲に収めているのだ。

困惑のルビィへ、理亞はまるでそれが自分の技であるかのように高らかに勝ち誇る。


理亞「フン、それは姉さまの“ステルスロック”。お前の貧弱なポケモンなんて岩にぶつかって倒れてしまえ」

ルビィ「と、とんがってて逃げにくい…どうしよ…!」


鋭利な岩に当たればダメージを負う、もちろんそれはポケモンだけでなく人も同じ。
無機質に無軌道に、表情なく浮遊する岩はただ浮くだけでなく、都度その位置を変化させていく。
よく見れば潜り抜けられるというものでもなく、ルビィは逃げ足を止められてしまっている。

一方の理亞は、それを苦にせず避けながら迫る。
今回聖良がウツロイドを連れているのはイレギュラーな事態だが、そもそも聖良の手持ち三枠は以前から流動的だ。
どんなポケモンでも扱えるという特技から、アライズ団の目的に応じたポケモンを与えられて扱うのだ。

そんな立場に、汎用的な技である“ステルスロック”を聖良が使う機会は多い。
故に、聖良と理亞はステルスロックを浮動させるアルゴリズムを姉妹であらかじめ共有している。
一定の法則性を知っているから当たらず、我が庭のようにするすると岩の中を潜り抜けることが可能。

892 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:47:53.47 ID:ha7ZcpN9o
理亞「楽勝。臆病者め」


辛辣な瞳をルビィへと向け、理亞は口元を歪める。
あと五歩、背中へと手が届く。
組みついてねじ伏せ、叩きのめして終わり。ポケモンは出させない!


理亞「追い詰めた。壊す…っ…!?ぐはっ!」

ルビィ(や、やったっ!)

理亞「な、何が…!?」


理亞は石片の一つへとぶつかって転んでいる。
避けられるはずの“ステルスロック”。それが何故、知っている軌道で動かなかった?


理亞「そのムシャーナで…!」

ルビィ「えへへ、エスパータイプだもんね」

『ムシャアッ』


ルビィは逃げ路の中、“ステルスロック”を見た瞬間にムシャーナへと指示を出していた。
ムシャーナの念力で、浮遊する岩石群の中に似た岩を浮かべて混ぜ忍ばせていた。そして意図的にその方向へと逃げ、追走を誘導。

突っ走っていた理亞はそれを見破れずに思いっきりぶつかり、転倒してしまったというわけだ。

893 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:48:19.92 ID:ha7ZcpN9o
何をやってもダメダメ。
上手くいかず諦め癖もある、生まれながらの精神的敗北者。
かつてはそんな少女だったルビィだが、それでも多少は得意なこともある。

以前にダイイチシティでことりへと語ったように、裁縫は趣味であり特技でもある。
そして特技はもう一つ、弱者だからこそ身につけたスキル。


理亞(ルビィ、逃げるのは昔から結構得意なんだ!あの子が追ってくる感じ、ルビィが苦手な怒ったワンちゃんさんとかに似てるから…)

理亞(鼻血、最悪…!)


苛立たしげに鼻を拭う。
ルビィが内心に自分のことを猛犬に重ねていると知れば、より怒り狂うのだろう。
レントラーは主人の転倒に動きを止めていて、そこにルビィは隙を見出している。ムシャーナが開眼!!


ルビィ「む、ムシャーナ、“サイコキネシス”ぅ!」

『ムシャ~ァァ!!』

理亞「っ、!?レントラー!」

『ガルルッ!!』

894 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:48:48.78 ID:ha7ZcpN9o
倒れ込んでいる理亞と隣にいるレントラー、そこへ無遠慮に“サイコキネシス”の波動を叩き込んでいる!
直撃していればレントラーへと大ダメージを与え、何より理亞を昏倒させることができていただろう。

だが理亞の身体能力は常人よりも遥かに優れ、倒れた姿勢から身軽に跳ね起きて姿勢を立て直す。
レントラーに服の裾を咥えさせ、猛獣の瞬発力に念波の効果圏から逃れている。


ルビィ「あっ、避けられちゃった…」

理亞「ぐっ…!」


避けはした、だが相当に無理な回避。
レントラーに引きずられる格好、理亞の袖と片頬は河川敷の泥砂に汚れてしまっている。
流血は止まっておらず、鼻をすすれば血の味。善子と花丸と戦った時の傷が開いてしまったのか。

背を地に足を空に、ブレイクダンスめいて体を切り回して立ちつつルビィを睨む。


理亞「この…」

ルビィ「ムシャーナ!“さいみんじゅつ”!」

理亞「…ッ!」


間髪入れずの追撃!

895 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:49:30.89 ID:ha7ZcpN9o
意外というべきか、一度攻勢に移れば、ルビィは存外に思い切りがいい。というか容赦がない。

一般に、弟や妹がいる人間は手加減という感覚を体得しやすい。
自分より生物としての機能に劣る年下と接する中で、容赦だの遠慮だのという感覚が培われるのだ。

逆を返し、末子はその手の感覚に疎い。
もちろん単なる傾向の話ではあるが、少なくとも今のルビィの攻勢は加減なし!怒涛!


ルビィ「“サイコキネシス”!“サイコキネシス”!“サイコキネシス”っ!!!」

理亞「ふざけてる…狙いも付けずに無闇に!」

ルビィ(こ、攻撃してればされないもん!)


当たってこそいないが、ルビィの戦術はそれなりに理亞を追い込んでいる。というか困らせている。
催眠の念波を辛うじて躱し、サイコキネシスから転ぶように逃げる理亞。

ルビィのムシャーナが放つ波動はちょうど人一人をすっぽり包めるくらいの範囲の空間を歪めてみせる。
それは希のような熟達したエキスパートのものは比べるべくもない小規模。だが、人間を気絶させるくらいならこれでも十分!


理亞「卑、怯…ッ!!」

ルビィ「ひえっ…!ごめんなさいごめんなさい!“サイコキネシス”!」

理亞「っ!許さない」

ルビィ「い、今は攻撃してるからだけど、なんでルビィのことをそんなに…」

理亞「なんで…?まさか忘れた!?オハラタワーでピッピに私を殴らせて!そのせいで姉さまが逮捕されて!!」

ルビィ(あ、そうだった…)

理亞「思い出した。あの時のドス黒い気持ち…!」

ルビィ(思い出さなくていいよぉ…!!)

896 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:49:59.66 ID:ha7ZcpN9o
理亞がルビィを嫌悪するのは因縁だけでなく、同族嫌悪も多分に含まれている。

一見すればまるで真逆の性格をした二人。
だがその実、理亞もその本質は甘えたがり。姉に依存気味の妹だ。
鹿角姉妹の場合は親を失った境遇も手伝っていて、少しずつ自立しつつあるルビィと比べ、姉への依存心はもしかすれば上かもしれない。

ただそれは本質。
強がりな性格もあって、もっと甘えたい本音を隠してキリキリと振舞っている。

そんな理亞から見てルビィは自分の弱さを見せつけられているようであり、素直に甘えられるルビィの性格への嫉妬めいた感情もある。
ダイヤとルビィが一緒にいる場面を直接目にしたわけではないが、同族故に感覚でわかるのだ。

そんな諸々を、理亞は決して自覚していないが。

897 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:50:27.99 ID:ha7ZcpN9o
さておき、理亞が劣勢を覆せずにいるのは手持ち、搦め手を使える面子が既に潰されてしまってるため。

今出ているレントラー、それにエースのマニューラはどちらも物理主体のポケモン。
特殊型にロングレンジで攻められている状況を巻き返すのにはあまり向いていない。

あくタイプのマニューラならムシャーナに有利を取れるが、ルビィの控えに以前のピッピ、もしくはピクシーがいるなら相性不利。
返しで潰されてしまえば組み立てが難しくなる、繰り出しには慎重を要する。

そのため理亞はもう一体、ムウマージを少し離れた位置へと出している。
ゴーストタイプの特殊型、ムシャーナと撃ち合うにはうってつけのポケモンだ。

ただし、眠らされている!

花丸のヌオーから受けた“あくび”の効果はまだ解けておらず、だからと言って“なんでもなおし”などを投与してあげられる猶予はない。
なのでルビィがすぐに攻撃できない離れた位置にボールを投じ、外気に晒し、自然と目覚めてくれるのを待っている。


ルビィ(マルちゃんと善子ちゃん、二人のおかげでルビィは戦えてるよ!)


人質にされないように遠く距離を開けて見守る花丸と善子、二人の心はルビィと共に。
怖がりながらも落ち着いている。
そんなルビィを視界の中心へと収め、理亞はおもむろに懐へと手を差し入れる。

ポケモンで状況を打開できない。なら…トレーナーが打開すればいい。


理亞「あの時の怒り…姉さまの仇。やってやる」


黒光りする金属、それはあの時と同じ。
中国製拳銃、“黒星”の銃口がルビィへと狙いを定める。

898 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:50:56.22 ID:ha7ZcpN9o
ふわりと、黒の重量感は皆無。
まるでそれがハリボテであるかのように、理亞の手にした“黒星”が宙を舞っている。


理亞「な…」


臆病者、理亞はルビィをそう評した。
だが臆病は命をやり取りする戦いの場において、決してマイナスの要因だとは限らない。
それは生きたいという執着、生物として正常な危機回避本能。
立ち向かう勇気を共存させられれば、臆病は敗北の徴候を嗅ぎとる鋭敏なセンサーとなりえる。

“あの時”と理亞が口にした瞬間、ルビィは即座に穂乃果を狙っていた拳銃の輝きを思い出している。
理亞はどうやら万全な準備をしてこの場にいる。だとしたら、今回もピストルを持ってるんじゃないかな…?

先読みし、すぐさまムシャーナへと指示している。
「あの子が何かを取り出したらすぐに取ってね!」と。

するりと盗みとり、念力に拳銃を手元へと引き寄せている。
宙に掴み、ルビィは銃口を理亞へと向け返す。


ルビィ「う、動かないでえっ!」

理亞「っ…!」

899 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:51:31.07 ID:ha7ZcpN9o
逆転の手段、それがルビィの手へと奪取される。
人を容易く殺められる鉄の牙はその対象を逆へと変じ、これで勝負に幕が降りる?

否、理亞は前へと走る。
ルビィから向けられた銃口をまるで意にも介さずに、鋭く距離を詰めていく!


ルビィ「ぅえ!?こ、来ないで!撃っちゃうよ!」

理亞「お前には撃てない!」

ルビィ「う、撃…!撃てるわけないよぉ!」


銃は、どちらの手も届かない位置へと投げ捨てられている。
結局、ルビィはトリガーへと指を掛けることさえしなかった。
それを理亞はわかっていた。だから躊躇なく踏み込んでいる。


理亞(撃てないに決まってる。それを初めて手にした時、私は怖くて指が動かなかった。お前なんかに撃てるわけがない!)

900 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:52:44.57 ID:ha7ZcpN9o
もう一つ付け加えるなら、まだ安全装置が解除されていない。
精神的に撃てないことはわかっていたし、物理的にも撃てないのだ。

結果として、理亞にとっての怪我の功名。
拳銃への躊躇に思考が止まったことで、理亞は大きく距離を詰めることに成功している。
ルビィは焦燥を顔に浮かべ、ムシャーナへと指示を下す!


ルビィ「ムシャーナ、“サイコキネシス”!」

理亞「この距離なら…レントラー!“ワイルドボルト”!!」


レントラーは吼える!ようやくその雷力を発揮できる場面だと獅哮を上げている!

黒い体に発電、バリバリと電気を漲らせて四脚に土草を蹴る。
理亞の指示に加速、力を込め…ムシャーナムシャーナが放つ“サイコキネシス”の中へと、全力でその身を投じる!

超力と雷進の衝突、凄烈な迸光!!

901 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:53:17.88 ID:ha7ZcpN9o
『ムシャアッ!』

『グルァルルゥ!!』


ムシャーナとレントラーはそれぞれにダメージを負っている。
だがお互いの撃破には至らず、いずれも未だ健在。
ムシャーナは閉じられがちな目を大きく見開き、レントラーは凶眼そのままに相手を見据え。
二匹はそれぞれの主人の指示を待つことなく全力の次撃をぶつけ合っている。

何故指示を待たないのか。それはルビィと理亞もまた、取っ組み合いの姿勢へと移行しているから!


理亞「捕まえた…!!」

ルビィ「ひいっ!?は、離してぇ!!」

理亞「声も顔も髪型も、全部イラつく!甘ったれ女!」

ルビィ「痛い!痛いっ!」


取っ組み合いという表記はあまり正しくないかもしれない。
理亞は身体能力に長けていて体術の嗜みがあり、ルビィはただの気弱な少女。
それは一方的なマウントで、ルビィは危機へと追い込まれている。

902 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:54:32.74 ID:ha7ZcpN9o
線が細く、幼い印象のある二人が組み合っている。
状況と事情を知らずにここだけを抜き取ってみれば子供同士の喧嘩、その程度に見えるかもしれない。

だが、理亞がまっすぐに振り落とす拳は痛烈だ。
三打、四打…ルビィの頬は腫れ、瞼は内出血に青んでいる。


ルビィ(ぅあ…痛いっ、痛いよぉ…!)


ルビィは心優しさと臆病を心に住まわせた少女だ。そんな性格であれば当然、喧嘩の経験はほとんどない。
同年代の同性と比べても大人しく平和を好む部類。殴り合うような喧嘩となれば経験は皆無、誰かを強く憎んだこともない。

理亞が叩きつけてくる拳はルビィにとってただ理不尽で、わけもわからないうちに痛みで涙がポロポロと溢れてくる。

そんなルビィを見下ろし、理亞は顔を歪めて声を落とす。


理亞「痛い?叫んでみればいい。情けなく呼べばいい!お姉ちゃん助けてって!」

ルビィ「…ぅ、う!呼ばないもん…」

理亞「………ィ、腹が立つ…!」


もう一発!が、ルビィの掌が初めて理亞の拳を受け止めている。


ルビィ「決めたもん…!ルビィは、お姉ちゃんに頼ってばっかりじゃダメだって…!」

理亞「ああっ…!そう!!」

903 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:55:02.55 ID:ha7ZcpN9o
さらに殴打を。

理亞の拳にはルビィだけでなく、自分を取り巻く環境と運命の全てへの恨みが込められている。

姉さま、聖良はいつも理亞に優しい。もちろん厳しさも見せるが、いつだって手を離さずに導いてくれる理亞の指針だ。

アライズ団…悪を煮詰めたような組織だとは理解している。それでも理亞に居場所を与えてくれた。
ツバサ、英玲奈、あんじゅ、三幹部は身内には優しいところがある。
その生き方は最悪の部類だが、理亞にとっては尊敬する人々だ。

ただ、それ以外の世界。
両親が死んだ時、ツバサに拾われるまでは姉と自分を誰も助けてくれなかった。
悪に身を置くからこそわかる。見えている世界を一枚剥がし、その裏側はたっぷりの私欲と悪意に満ちている。

酷く息苦しい世界、渦巻く醜悪のプールの中を、理亞は姉という浮き輪にしがみついて必死に生き延びてきた。だというのに…!


理亞「家族にも、友達にも、環境にも…全てに恵まれて!!そんな甘えた目でいられて!!」

ルビィ「げふっ、ぁう゛っ…!……泣い、てる…?」

理亞「憎い…!お前みたいなやつが憎いよ…!」

904 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:55:53.96 ID:ha7ZcpN9o
もし、両親が死ななかったら。
もし、裕福な家に生まれていたら。
もし親族が優しかったら、もし世間が手を差し伸べてくれていたら、もし世界から零れ落ちなければ…

そんな全てのif。
下敷きに口から血を流している黒澤ルビィは、理亞が考えないようにしてきた“もしも”の可能性を体現した存在に見えて仕方がないのだ。

自分だってまだ両親に可愛がられていたかった。
自分だって安全な環境で姉にたくさん甘えて、そろそろ少しずつ自立しなくちゃなんて考えてみたかった。


理亞「その髪型をやめて…!!」

ルビィ「い、たい…っ!」


理亞はルビィの赤髪、ツインテールの結び目を強引に解こうと手を掛ける。
髪色は違えど、自分と同じツインテール。その容姿は理亞にとっての苦痛でしかない。
髪留めを千切ろうと指先に力を入れて…


ルビィ「やめて!!」

理亞「っ!?」


ルビィがこれまでに見せていない力で、強引に理亞の手を弾き払う。

905 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 20:58:16.79 ID:ha7ZcpN9o
今日、旅館での朝。

ダイヤは先に街へ向かうと言い、ルビィたちが遅めの朝食を終える頃には身支度を済ませていた。

そんな折、何か予感があったのだろうか。
ダイヤは食事を終えても眠気が覚めずにいるルビィを呼び、櫛を片手に丁寧に髪を梳かしてくれた。


ダイヤ「ルビィの柔らかな髪、わたくしは大好きですわ」

ルビィ「…えへへ」


そういって撫でられ、自分で結ぶよりも少ししっかり、けれどいつも通りの形にルビィのツインテールを仕上げてくれた。
そしてダイヤは旅館を出立していった。

みんなが部屋にいる中で髪を整えてもらうのはほんの少し恥ずかしさもあったが、なんだか嬉しくて、鏡に何度も何度も写し見ていた。


ルビィ(お姉ちゃんもきっと、街のどこかで戦ってる。まだ戦ってるかな、もう終わったかな…でも絶対勝つよ、お姉ちゃんは強いもん!)


そう、心から信じている。

大好きなお姉ちゃんから結んでもらった髪。
それを解かれそうになって、ルビィは自分でも信じられないくらいの大声を出していた。理亞の手を払いのけていた。

驚いたのか、理亞は表情と動きを固めている。
ルビィは自分でも驚きつつ、その感情を噛みしめるようにもう一度同じ言葉を口にする。


ルビィ「やめて。髪に触らないで」

理亞「…っ、生意気…!」


もう一度殴ろうと拳を振り上げた理亞、その胸をルビィはドンと押している。
力加減よりも、偶然にタイミングがジャストだった。
それは理亞がちょうど重心を後方へと傾けた瞬間で、非力なルビィから押されただけで理亞はバランスを崩す。

その瞬間を見逃さず、ルビィは腰の新たなボールへと手を掛けている。


ルビィ「おねがい!バイバニラぁ!」

906 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:00:01.42 ID:ha7ZcpN9o
ソフトクリーム、その山を二つ連ねたようなルックス。
両方に顔があり、片方は普通でもう片方は満面の笑顔。
奇妙といえば奇妙ながら、愛らしい容姿のこおりタイプ。

可愛くて、かつ大好きなアイスクリームにそっくり。
そんなゆるい理由から育成を始めたのだが、しかし特攻の種族値はなかなかに高いポケモンだ。

至近から生身で氷を浴びせられてはたまらない。
理亞はルビィをマウントした姿勢から飛び下がり、同時に横で続いているポケモンたちの戦いへと目を向ける。

レントラーもムシャーナもまだ倒れていない。
お互いに体力は減じているが、トレーナーからの指示がない状態で膠着気味のようだ。
だがレントラーが押しているように見える。このまま戦わせればムシャーナは落とせる。

そう判断し、理亞は端的に指示を。


理亞「バイバニラが攻撃してくる。避けて」

ルビィ「バイバニラ!“れいとうビーム”っ!」


放たれる青の冷線、レントラーは指示通りにそれを躱す!

違う。

理亞は万策を尽くし、その光線の発射を阻止しなくてはならなかった。
止められないのならレントラーに身を呈させ、落とされてでも防がなくてはならなかった。

ルビィはまっすぐ、理亞とレントラーの“先”を見ている。
ルビィ憎しに近視眼的になっていた理亞に比べ、今よほど冷静に戦場を把握できている。

直線上、その光線が向かう先は…そう、これはあくまでダブルバトル!


ルビィ「当たってぇ!」

理亞「…!?しまった!

『きゅいいいっ!!?』

聖良「ムクホークっ!」


ルビィの狙いは延長線、千歌と戦う聖良のムクホーク!

907 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:00:28.77 ID:ha7ZcpN9o
飛行に氷は相性二倍。
ダイヤの手も借りて丁寧に育てられたバイバニラの“れいとうビーム”の直撃、それは聖良のムクホークを十分に落とし得る!


聖良(まずい…!)

千歌「ナイス!ルビィちゃん!」


戦況は大きく変化する。
聖良は幼い頃からの連れ合い、以心伝心に馴染んだムクホークで千歌を翻弄しつつ戦線を有利に運んでいた。
かくとうタイプのエンブオー、くさタイプのロズレイドの両方に有利を取れるポケモンであり、そこにマッシブーンを加えた布陣では千歌は防戦、ジリ貧気味の状態にあった。

もちろんまだまだ手はある。
あるが、“ステルスロック”のダメージを踏まえても交代で出すべきか、だとしてタイミングは?
そんな不利な択一を迫られていた。

その状況がルビィの一手に激変している!

筋肉塊、マッシブーンは千歌へと猛進。
それを見据えながら、お互いが数秒間に戦術選択を。
だが千歌にとって、ここは間違いなく一択!


千歌(ムクホークがいなくなったなら!)

聖良(だからと言って退かせるのは悪手。エンブオーの攻撃、マッシブーンならほぼ確実に耐えられる)

聖良「マッシブーン、そのまま突撃を!」

千歌「エンブオー!!思いっきり行けえっ!“フレアドライブ”!!!」


剛拳に炎拳、一帯を揺るがす一撃が炸裂!
深く強かに、互いの体を打ち抜いている!!

908 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:01:11.53 ID:ha7ZcpN9o
交わされた拳。衝撃が周囲に走り、空気は揺れて川面が波立つ。

エンブオーとマッシブーン、共に重量級のパワー系。
それぞれの腕は交差し、クロスカウンターめいて互いを捉えている。

“フレアドライブ”の火炎はマッシブーンの全身を包み込んで盛り、烈と夜空を赤染めている。
だが、エンブオーの上体にもまたはち切れそうなほどに膨張した腕、ダンプカーを破砕してみせた一撃がめり込んでいて…


『ブ、オ、オオオッ…』

『ブゥゥゥウン!!!』


傾ぎ、倒れたのはエンブオーだけ。
重傷を負いながらもマッシブーンは若干前屈、両腕の筋肉を強調。
それはボディビルダーのするモストマスキュラーめいたポージング。わずかながら、まだ余力を残している!

909 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:01:51.52 ID:ha7ZcpN9o
千歌はぎゅっと口を結び、掌をギュッと握りしめている。その表情は狼狽の色か。
聖良はその様を目に、慢心はせずとも想定通りと笑みを。


聖良「耐え、倒した。イレギュラーはありません」

千歌「ありがとう…休んでてね、エンブオー」


UB、異世界から襲来した生物たちに共通の特性、“ビーストブースト”が発動する。
エンブオーの打倒に勢いを増し、マッシブーンの全身を赤色のオーラが包み込む。
するとどうだ、屈強な肉体がさらにパンプアップしたではないか。

倒せば倒すほどに力を増す、それはまるで殲滅、侵略を旨としているような性質。
本当に共存が可能な生物たちなのか、疑問は残るが…


聖良「マッシブーン、“きゅうけつ”で体力の補充を」


冷静に次の指示を。

910 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:02:17.59 ID:ha7ZcpN9o
マッシブーンの口には長く頑強な吸い針がある。
巨大な筋肉ダルマとでも呼ぶべき容姿に印象を塗られているが、生物としての種別は蚊に近い。
蚊が血を吸い膨れるように、マッシブーンは筋力に身を膨らせる。
故に“ぼうちょうポケモン”、【EXPANSION】の異名を有し、UBの中でも戦闘適性は高い部類と言える。

聖良からの指示は“きゅうけつ”、蚊に似た身の本領を発揮せんと口針は鋭く。
力を誇示するように両腕を広げ、四脚で千歌へと飛びかかる!!…が。


『……ブ、ブゥン…』

聖良「…?マッシブーン、どうしたの…倒れた?」

千歌「……よしっ!」


千歌まで残り六、五、四歩…
その距離を残し、マッシブーンは前のめりに崩れている。
300キロ超の体重に地面が揺れ、擦れた砂利がジャリリと響く。

そのまま動かず…千歌はマッシブーンを倒している!

何故?

911 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:02:46.00 ID:ha7ZcpN9o
聖良(何故?)


聖良は疑問に思考を巡らせる。

エンブオーの一撃には間違いなく耐えきっていた。
確かに敵は優秀な個体だったが、相性不利を踏まえても耐えられるポテンシャルがマッシブーンにはある。理論上でも、トレーナーの感覚としてもだ。

それがどうして、時間差で今倒れる?


聖良「スリップダメージ…?……まさか」

千歌「やったね、ロズレイド!」

『ロォズ!』


小さくガッツポーズをした千歌へ、薔薇の貴人が優雅に頷く。
千歌は志満のロズレイドへ、ボールから繰り出す前に先行して技の指示を与えていた。
登場と同時、芝生へとエネルギーを伝播させて薔薇園を形成している。
茎には棘、棘には毒。それはロズレイドの意のままに敵だけを搦め刺す自在の荊。


聖良「“どくびし”…」

千歌「よし、上手く決まってくれた…!」


912 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:03:17.11 ID:ha7ZcpN9o
マッシブーンは荊の罠へと足を踏み入れ、“フレアドライブ”の傷に毒痛を重ね、ついにその身を横たえたのだ。

千歌は傍ら、ロズレイドへと親指を立てて(やったね!)と示す。

パワー特化の美渡のエンブオーとはまた異なり、志満のロズレイドは優れたオールラウンダー。
主人である長女、志満の性格を表すように、さりげなくそつがない。

普段は千歌の実家である旅館、十千万のカフェスペースで志満の手伝いをしている。
ロズレイドが庭に花葉を育て、それを茶葉にしたロズレイティーはカフェスペースの密かな名物と評判だ。

そんなロズレイド、いざ戦闘となれば千変万化。
“ヘドロばくだん”で圧を掛け、“どくびし”を仕込んで密かに刃を突き立てる。そんな戦型を得手としている。


千歌(志満ねえは優しいけど怒ると一番怖い。ロズレイドもそんな感じかなぁ)

913 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:04:27.93 ID:ha7ZcpN9o
トレーナーの優秀さは戦闘での強さと育成の上手さの二軸、その二軸は密接に相関する。

上手く育成されたポケモンは自ら判断し、トレーナーにとってのもう一つの目となる。
ロズレイドの視線は敵の隙を見出す。千歌を促し、千歌はそれに応えて攻撃許可を。


千歌「“マジカルリーフ”!」

『ロォズッ…!!』


ロズレイドの足元から地をエネルギーが走り、芝生へと直線的に繁茂していく薔薇。
それは側方、理亞のレントラーの直下へと到達し、放たれる薔薇の刃。
まるで魔力、微細に制動されたマジカルリーフがレントラーへと殺到していく。理亞が叫ぶ!


理亞「レントラー!この…っ、“ワイルドボルト”で吹き飛ばして!!」

ルビィ「さ、させない!バイバニラ、“こおりのつぶて”ぇっ!」

理亞「っ、速…!」

914 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:05:32.09 ID:ha7ZcpN9o
『バニィッ!』と放たれた氷は弾丸のような高速、“でんこうせっか”のように出の速さが売りの小技。レントラーの体を軽打して微量のダメージを。
隙を作るにはそれで十分だった。わずかに怯んだ一瞬、大量の“マジカルリーフ”がレントラーを包み込んでいる!


ルビィ「千歌ちゃん、やったぁ!」

千歌「ありがとルビィちゃん!」


既にムシャーナとの交戦に手負いだったレントラーはそれで限界。力なく身を横たえていて打倒を完了。

さらにルビィは理亞へと追撃を!


ルビィ「ムシャーナ!“さいみんじゅつ”っ!」

理亞「っ、ムウマージっ!!」


催眠を誘う念波が放たれ、その矛先は身を守るポケモンを出せていない理亞。
しかし間一髪、眠りから目覚めていたムウマージが割り込み魔力でそれを遮断する!

そんな戦況、聖良はロズレイドを凝視している。
エンブオーのような特化したパワーがあるわけではないが、遠近どちらにも対応できる。
搦め手に直接的な攻撃に、なかなかに多芸な個体のようだ。


聖良(あの手のポケモンは公式、一対一のシングル戦では対処も難くない。
ですが…その本領は今のような乱戦。放置すればするほどにペースを乱される)


優先的に処理しなくてはならない。

今、聖良が即座に行うべきは二つ。
ロズレイドの打倒、押され気味の理亞のサポート。
ロズレイドに次いで処理すべきは黒澤ルビィのバイバニラ。

くさタイプとこおりタイプ、その二つをピンポイントで抑えられるキラーカードを聖良は持っている。だが、心中には逡巡。


聖良(今ここで使う?けれど、リスクもある。どうする…)


聖良は理亞と同じく、自らの体術もある程度の水準まで磨き上げている。
なのに千歌へと自ら攻撃を仕掛けていかないのは、UBの制御に集中するため。

マッシブーンはUBたちの中では比較的扱いやすい素直な個体だが、それでも気を抜けばどうなるかわからない。そんな感覚が聖良の中に常にある。

今、出すか迷っているのはUBではない。しかし持っている力は勝るとも劣らず、破壊規模ではあるいは上。
気を抜けば自分と理亞まで飲まれる、そんなリスクが脳裏によぎる。

915 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:06:01.53 ID:ha7ZcpN9o
だが、決断は三秒。
それ以上を要してはいられない。聖良はボールを手にしている。


聖良「…いいえ、ここで負ける、その方がよほど論外」

千歌「ん、なんか来る…気をつけてルビィちゃん!」

聖良「時間もない…早々に決めます。ヒードラン!!」


ゴボボ、ゴボボボ…
そんな滾りは口から漏れた鳴き声。
ヒードランのタイプは珍しい、ほのお・はがねの複合。通称は“かこうポケモン”。
四脚で這い、十字状の爪は壁床に留まらず、天井までを掴む強靭。
シンオウ地方の火山に棲まう、高熱と硬質を有した強力なポケモンだ。


千歌「あ、熱い!?」

聖良「そう、熱いんです。身に宿した灼熱は全てを焼き焦がす…」

理亞「ヒードラン…!気をつけて、姉さま!」

916 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:06:35.44 ID:ha7ZcpN9o
その熱気は河川敷の土壌を燃やし、溶かしていく。
並び立つ聖良も熱い。技量があるため辛うじて扱えるが、並のトレーナーが連れればその身を灼かれかねない危険性。

アライズ団が特殊なルートから入手したポケモンだが、どうやらとりわけ気性の荒い個体らしい。
実戦投入をテストした段階で、数人の死傷者を出している。
アライズ団のテストトレーナーの中で最も優秀な聖良は扱えるが、それでも慎重に、細心を払い…


聖良「ヒードラン、“マグマストーム”」

『ゴボボボボ!!!!』


ヒードランの口が上下にガバリと開かれ、そこから大量の炎。粘性を有した、マグマの赤が溢れ出す!
それはまさに嵐、半個体の炎は噴出の勢いままに宙を無軌道、聖良はそれを見切りながらヒードランへと誘導を。

そして的確に、ルビィの頭上へと降らせてみせる!

917 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:10:10.00 ID:ha7ZcpN9o
理亞(…!)

千歌「ルビィちゃん危ない!!」

ルビィ「ぅあっ…!ば、バイバニラぁ?!」


駆け寄った千歌が危機一髪、ルビィを抱えて横へと逃れ、溶岩の雨から救い出す!

だがその場にいたバイバニラは逃れられず。
突然のことにルビィの指示も間に合わず、頭からマグマを被ってしまっている。

グラグラと沸した溶岩を浴びせられ、こおりポケモン特有の冷気の盾も容易に突破され。
凄まじい熱に、バイバニラは氷の体を保てずに若干溶けながら倒れ伏す。
もちろん戦闘不能だ。バイバニラを引き戻して労いつつ、ルビィは危うく死にかけたことに身を震わせている。

そんなルビィの肩を抱く手に、千歌は勇気付けるように力を込める。


千歌「ルビィちゃんはサポートに回ってね、ここは私が」

ルビィ「で、でも千歌ちゃん…」

千歌「……大丈夫。たぶん!」

918 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:10:37.88 ID:ha7ZcpN9o
千歌はルビィへと力強く、…語尾は多分と不確定ながら、前線を請け負ってみせる。
そんな敵の様子を向かいに見つつ、聖良は黒澤ルビィを焼き殺さずに済んだことに内心胸を撫で下ろしている。


聖良(やはり制御が難しい…バイバニラを的確に狙えたのはいいけれど、トレーナーまで巻き込んでしまうところだった)


聖良自身は相手の生殺にこだわりはない。

ただ、理亞はまだ殺人の経験がない。その目の前で同年代の少女をマグマで焼き焦がす…
あまり見せたくない光景だ。精神的なショックを受けてしまう可能性が高い。

ヒードランの脅威は理亞も理解している。
ルビィと千歌が合流したのに応じ、理亞もまたマグマの巻き添えを食わないよう聖良の傍らへと移動してきている。


理亞「姉さま、私はどう動けばいい?」

聖良(ヒードランだけで攻めれば大雑把になる。ここは…)

理亞「姉さま…」

聖良「大丈夫よ、理亞。少しの間休んでいて」

919 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:11:07.86 ID:ha7ZcpN9o
同様に相方を留め、千歌と聖良は互いを見合う。
聖良の辞書に容赦の二文字はない。ヒードランを擁しているからと攻め手を一体だけに収めるつもりはさらさらなし。


聖良「来なさい、マニューラ」

『ニュウラッ!』

ルビィ「あ…!気をつけて千歌ちゃん、あのマニューラ強いよ!」

聖良「その通り、本来のエースはこの子」

千歌「げ、そうなの?氷だし…って、はやっ!?」


まだ距離はある。
そんな感覚に慎重な対応策を練っていた千歌へ、マニューラは既に五歩圏内!
鋭く研がれた鉤爪は鋭く、千歌を殺めずとも両手足の腱を切断する狙い。極めて低姿勢での接近!


理亞(姉さまの十八番、最下段からの掬い上げ!動けなくして終わりだ!)

千歌「っ、ロズレイド!お願い!」

聖良(想定通り。そう応じざるを得ないでしょうね)


下段から擦り上げられたマニューラの爪を、ロズレイドは薔薇と荊を織ったウィップでに受けようとする。
だが草と氷、タイプ相性の不利はロズレイドへと受けを許さない。
鋭氷に補強されたマニューラの爪はカミソリめいた斬れ味でそれを裂き、二、三と踏み込みロズレイドを追い込んでいく!


千歌「ううっ、頑張れロズレイド…!」

聖良「ここは攻め時、“どくびし”はあくまで遅効性。甘んじて踏みましょう」


毒荊による蓄積ダメージを無視し、マニューラを猛然と突撃させている。
焦ってはいない。単独でロズレイドを落とさせようというのではない。
マニューラの役割はあくまで牽制、多芸なロズレイドが奇妙な動きをできないよう留めてくれればそれで構わない。


聖良「これで…落ち着いて狙える」

千歌「…!!」


地が熱を含んでいる。
四つ脚を通じ、ヒードランの口へと地熱が集まっていく。
吸い上げられ、体内に込められた熱は目の前に流れる一級河川を茹だらせることが可能なほど。

920 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:11:37.78 ID:ha7ZcpN9o
聖良「“マグマストーム”…口へと収束してください」


命中率を改善させるため、聖良はヒードランを御するためにテストしていた技の準備シークエンスへ。
チャージの進みを見つつ、タイミングを見計らい、短く正確な指示を訥々と下して複数段階。
技としては同じマグマストーム、威力に変わりはないが、一点照射へと変えることで速度と命中精度が大幅に増す。

ヒードランの本領は四天王のポケモンたちにも劣らない。
街を穿ち火の海へと変えることもできる強力な一体だ。その口へと莫大な熱量が集められ…


聖良「今です…発射」


“ぎゅぱ”、と。

千歌へと灼熱のレーザーが撃ち放たれる!!!

921 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:12:25.19 ID:ha7ZcpN9o
アライズ団の活動には支援者がいる。
それは特定の誰というわけでなく、ツバサたちの活動で利益を得ることができる大陸の資産家や投資家たち。
さながら蹂躙の屍肉に集うハイエナだが、UBなど数々の強力なポケモンなどを買い付けられているのは彼らの支援による潤沢な資金故に。

そんな資金で整えられた設備には、ポケモンの技の破壊規模を具体的に計測できるハイテクな部屋も存在していた。
そんな一室で、聖良はヒードランの収斂型マグマストームの威力を計測している。

その威力は例を挙げるならば、長大に屹立するオハラタワーを真横一文字に焼断することができるほど!
そんな恐るべき火力と貫通力を有した火炎が猛然、受けなければ即死は必至。

吐出の寸前、千歌はボールの一つへと素早く手を掛けている!


聖良(受ける手段がある、あなたの目はそう語っていた。
故に、殺してしまう可能性がありながら放ちました。さあ、見せてください…その手段を!)

千歌(どれくらいまで耐えられるかなんて試したことないよ…!だけど…私はこの子を信じる!!)


千歌「おねがい!ラッキー!!」

『ラッキ~』

922 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:13:01.19 ID:ha7ZcpN9o
うっすらとしたピンク色、その体は丸々としたタマゴ型。
とても戦闘向きには見えないポケモンだが、ミカボシ山ではデオキシスシャドーの“サイコキネシス”を平然と受けてみせた千歌の主力の一匹だ。

確かに、特殊攻撃を受ける能力はズバ抜けている。
だがルビィは、「ひぁ…!」と声にならない悲鳴をあげている。

いくらラッキーでも、あんな見るからに凄まじい灼熱を浴びれば死にかねない…けれど祈るしかない!


聖良「正面から受ける気ですか、面白い!」

千歌「がんばれ!ラッキー!!」


オハラタワー後に限れば…
強くなりたいと願う気持ち、動機、千歌のそれは、ロクノシティで味方勢力として戦う面々の中でも最上級と言えるだろう。

ダイヤに教えを請っただけではない。
自分でも色々な情報を調べ、寝る間を惜しんで育成を考え、様々なトレーナーの姿を見て自分の道を考え続けた。

923 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:13:27.86 ID:ha7ZcpN9o
その中に見出した手段の一つ、“しんかのきせき”。
未進化のポケモンが体内に眠らせているエネルギーと共鳴して強固なバリアフィールドを体表に張る作用がある鉱石だ。

それはアキバ地方では極めて珍しい逸品で、ネットで価格を調べてはみたがとても手が届く代物ではない。

…が、千歌は諦めなかった。必死に手段を探した。
知り合った人々の力を借りて、頭を下げ、必死に駆けずり回り…ついにそれを手に入れたのだ。

強くなるための手段はポケモンを鍛えるだけではない。
勝つための条件を整える、道具の収集も立派な手段の一つ。
強くなるための執念、諦めない思いが今、その成果を発揮する。


ルビィ「ラッキーの体が光ってる…!」


ラッキーに持たせられた“しんかのきせき”が光を放ち、その体表へと光輝するバリアを形成している。

灼熱の閃火が直撃…!


千歌「耐えて!ラッキー!!」

ルビィ「がんばってぇ…!」

『らあっ…きぃいいっ!!!』


聖良と理亞、二人はその光景に思わず一瞬、動きを止めている。
ヒードランの最大火力を正面から受け、それを斜め上の空へと逸らし、千歌のラッキーはしっかりと健在を保っているのだ!


理亞「そん、な…!?」

聖良「……体の丸みを活かし、上へと逸らしましたか」


動揺を隠せない理亞に対し、聖良はあくまで平静を保っている。
しかしそれはあくまで仮面。内心には、強い戸惑いが生まれている。

私は…私と理亞は、これほど弱かっただろうか?

924 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:14:18.37 ID:ha7ZcpN9o
聖良はマニューラを呼び戻している。

ロズレイドを仕留めるには至っていないが、一旦仕掛けなおす必要がある。
その算段を立てようとして…思わず、聖良は小さく呟いている。


聖良「……わからない。ヒードランまで持ち出して、何故押し切れないの…?」

千歌(負けない。負けられない。負けたくない!)

聖良「……」


千歌は難しいことを考えているわけではない。神算や狂気、並外れた勇気があるわけでもない。
けれど、千歌の目には不屈の光。

聖良はわずか一瞬、そこに高坂穂乃果と同じ色を見ている。


聖良(時間は…)


時計を見る。
戦闘開始から9分、最悪でも15分以内には片を付けたい。
いや、当初は7分で済ませる予定でいた。歯牙にも掛けていなかった。だが…


聖良「何故押されていたか、わかった気がする」

理亞「……?」

聖良「私は相手を見ていなかった。計画の成就と、高坂穂乃果を倒す。そればかり考えていた」


だが、目の前の少女。その目には無視できない、無視してはいけない光が宿っている。
計画とリベンジに気を取られ、眼前のそれに気付けていなかった。

925 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:14:50.12 ID:ha7ZcpN9o
まだ、高坂穂乃果のように赫赫と世を照らしはしない。
けれど確かに、懸命に煌めき始めている小さな光。それはきっと、ここで摘むべき輝き。


聖良「鹿角聖良」

千歌「へ?」

聖良「私の名前です。もう一度、貴女の名前も聞かせてもらえますか」

千歌「あ、名前…」


虚を突かれてぽかんと、しかしすぐに意図は伝わった。
千歌は表情に輝きを宿し、聖良を真正面から見据える。


千歌「千歌。ウチウラタウンの高海千歌!」

聖良「高海千歌…覚えましたよ、私の敵」


名乗りを交わし、そして二人は躊躇わない。
すぐさま同時、ポケモンたちへとそれぞれの指示を下している。


聖良「ヒードラン、もう一度…“マグマストーム”!」

千歌「ラッキー!もう一回受けてっ!」


超炎が渦を巻き、逸れる!
余波は溶岩流としてフィールドを赤黒く流れていて、高熱に煽られた二人の額には汗が滲んでいる。
構わず、千歌はロズレイドへと指示を!

926 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:15:25.33 ID:ha7ZcpN9o
千歌「ロズレイド、“やどりぎのタネ”!」

聖良「マニューラ、“けたぐり”です」


業師ロズレイド、放つ一手は“やどりぎのタネ”。
四つ脚で地を踏み鳴らすヒードランと、すれ違いざまに一粒のタネを植えつけている。
草と毒、いずれの技も通らない天敵へと与えられるせめてもの嫌がらせだ。

同瞬、マニューラは身を沈めて全力の蹴りをラッキーの下段へ!
キレ味鋭い挌闘技の“けたぐり”はノーマルタイプのラッキーには痛撃。
ラッキーの物理耐久はまさに紙、ダメージは深く響き…


千歌「ラッキー!頑張れっ!!」

『ラァッ…キイッ!!』

聖良(まだ耐えますか…!)

千歌「今だ!“ちきゅうなげ”!!」


持ちこたえたのは千歌の意地、即座の返しは千歌の成長。
ラッキーはマニューラを掴み、ぴょんと軽やかに跳ねて地面へと叩き落とす!

倒せずともダメージが刻まれ、しかし左方ではヒードランが火炎を吐瀉。
ロズレイドが身を焼かれ、倒れている!


千歌「ごめんね、お疲れ様…!」

聖良(もう一手で勝てる…)


思考、決断。


聖良「理亞!」

理亞「はい、姉さま!」

927 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:15:53.16 ID:ha7ZcpN9o
このタイミングのために控えさせていた。

理亞も心得ている、声を掛けるだけで指示は不要。
すかさずマニューラを投じ、聖良の面前に二匹のマニューラが体制を沈めて身構えている。
それはオハラタワー、穂乃果のリザードと激戦を繰り広げたあの時と同じ陣形。

以前にそれを目にしているルビィは、千歌へと警句を上げる!


ルビィ「ち、千歌ちゃん!そのマニューラたち、息ぴったりでタイミングをずらして攻撃してくるっ!」

理亞「余計なことを言うな!ムウマージ!」


マニューラを姉へと託し、理亞は残るムウマージを駆ってルビィへと攻撃を仕掛けていく。


千歌「た、タイミング?どうしよう…」

聖良「考える間は与えませんよ。ヒードラン、もう一度!!!」

千歌「ううっ…!」


流石のラッキーにも体力の底はある。
“けたぐり”で既に限界、さらに回復する間を与えずに攻める聖良はやはり戦闘慣れしている。
これを受ければラッキーは落ちる。けれど受けないわけにもいかない…!


千歌「ごめん、ラッキー…!おねがい!」

『らっ…きぃぃ!!!』


三度目の正直、二度あることは三度ある。
矛盾の例、相反する諺として槍玉に挙げられがちな二つのフレーズの、今は後者が正答となる。
ラッキーはまさに死力を尽くし、三度目の“マグマストーム”を遠方へと逸らして倒れ伏す。

壮絶な防勢、千歌はポケモンの奮闘に深く感謝して心を燃やしている。

だがそれは同時に聖良にとっての福音、決着の準備が整った瞬間でもある!


聖良「ラッキーが倒れた…!今です、“つばめがえし”、“つじぎり”!」

『マニャアッ!!!』
『ニュラァッ!!!』

928 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:17:36.53 ID:ha7ZcpN9o
それは師である最強の戦闘屋、??統堂英玲奈の教えを忠実に再現した二段決殺の構え。

初撃は必中の“つばめがえし”、見切りが不可能な軌道で確実に相手の機能を損なう。
追撃は殺斬の“つじぎり”。回避能力を失った相手へ、落ち着き確実に叩き込む急所撃!

この流れを連動して放つことで、あらゆる敵へと意のままの傷を抉り付けてきた。
生かすも殺すも四肢を?ぐも自在、逃れ得たのは奇策師、高坂穂乃果ただ一人。

聖良はそれを無闇には放たない。
段取りを整えた上で、確実に成功する場面でのみ仕掛ける。


聖良(今この状況、まさに完殺の手筈)


ロズレイドとラッキーをヒードランに落とされ、千歌の場にはポケモンがゼロ。
まだボールは三つ残っているが、新たに二体繰り出したとして指示が間に合って一体。

必然、マニューラのどちらかは防げない!


聖良(殺った。命はともかく、四肢は損ねさせてもらいますよ)

929 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:18:20.74 ID:ha7ZcpN9o
対し…迫る死爪を目前に、千歌は自身の未熟を実感している。

(超えなきゃいけない壁がいっぱいだな)、と。

曜ちゃんや梨子ちゃんだけじゃない、志満ねえと美渡ねえのポケモンだって上手に育てられてる。

鹿角聖良、この子もすごく強い。
旅館の居間でおじいさんたちがやってる将棋みたいに、順々に綺麗に攻撃を組み立ててる。
悪だけど…凛としてて、見惚れるぐらいに。


千歌(私、まだまだだ。だから…こんなところで死ねないよ)


開くボールは一体、まずはそれで十分。


千歌「力を貸してね…。メガシンカ!!!」

聖良「来ましたね、メガシンカ。ですが…既に詰んでいる!」


開封と共に、溢れる激しい光。
千歌のトレーナーとしての勝ちたい気持ち、優しさと、愛情とプライドと憧憬と、その他数えきれないほどの諸々を併せて、それは魂!
千歌の魂とメガリング、そしてポケモンに持たせたメガストーンが共鳴を!

現れたのは“おやこポケモン”ガルーラ…
否、腹部の袋に子ガルーラはいない。袋で育てられてきた子供は力を注がれて逞しく、親子二匹が並び立つその姿こそがメガガルーラ!!


千歌「“ねこだまし”だぁっ!!!」

『ガルァッ!!!』
『がるぁっ!』

聖良「なっ、まさか…!」


バチン!!!
面前で叩き合わされたガルーラの両手はマニューラを驚かせて動きを止め、寸分違わず、子ガルーラもまたその動きを再現している。
子供は真似る、指示は一つで十分。聖良の算段は崩れ…

マニューラたちの動きが止まっている、そこは千歌の完全なる攻撃圏!


千歌「もう一匹…ベロベルト!“ジャイロボール!!!」

『ベロオオオ!!!!』


猛回転、からの全力、全体重での体当たり!!
回転エネルギーに体は鋼の硬質を得て、マニューラの華奢な体に砲弾めいたその威力はあまりにも覿面!


『マニュアアアッ!!??』

聖良「……!!」

千歌「あと…半分っ!!」


千歌と聖良、残りは共に三体ずつ。
ルビィと理亞の運命をも伴い、全霊の戦いは死脈を踏み、詰めの局面へと移行していく。

930 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:18:50.63 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「千歌ちゃん!すごい!」

千歌「やったっ!!」

理亞「姉さまのマニューラが…!?」

聖良「な…」


メガシンカは思考に織り込みつつも、現れたのはまさかのメガガルーラ。
それはマニューラ二体の連携に対する唯一にして最適の応策、“そんなまさか”という言葉が聖良の脳裏に浮かんでいる。

しかしそれは偶然ではない。千歌は苦境にもめげず、メガガルーラをギリギリまで温存していた。親子での二連撃を最大限活かせるタイミングを見計らっていた。
そして瞬間を見逃さず、自衛と打倒を両立させてみせたのだ。


聖良「………」

理亞「姉さま…」

聖良「……大丈夫。理亞のことは絶対に守るからね」

931 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:19:21.86 ID:ha7ZcpN9o
千歌のベロベルトに倒されたマニューラは姉妹のうち聖良の手持ち。
ベロベルトとの距離を測っていた残る一体を、理亞は一旦傍らへと呼び戻している。

両陣、間合いが再び開いている。

戦闘の脇に流れる川は、海へと流れ込む大河の下流だ。
河口と海はもう目視できる距離で、風は潮の香りを微かに孕んでいる。
どこか遠くからは、船の汽笛が残響。
その間延びした音は、張り詰めた緊張を微かに弛緩させている。

競技、種目、真剣の度合いを問わず、スポーツだろうと殺し合いだろうとあらゆる戦いには流れがある。
居合わせた全員の呼吸が切れるタイミング、流れが切れる瞬間が存在している。
聖良たちには1秒も貴重、だが動かない、動けない。
それは例えるなら戦いのエアポケット。再動までには少しの余白と、きっかけが必要だ。

932 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:19:48.15 ID:ha7ZcpN9o
トレーナーの四人と追従するポケモンたち、その全員が動作と思考を組み直す。
それぞれが油断なく向き合ったままに呼吸を収めている。

戦況を整理しよう。
奇しくも双方、残りは同数。
千歌はメガガルーラとベロベルトに残り一匹。
ルビィがムシャーナと、今ボールからピクシーを繰り出して二匹。

聖良は場にいるヒードランに、ボールに控えるウツロイドともう一体。
健在のマニューラは理亞の方で、ムウマージも目を覚ましていてルビィたちの動きに警戒を払っている。

踏まえた上で、束の間のクールダウン。

千歌はルビィの腫れた頬へと指先を触れさせている。
理亞から殴打を受けたのだろう、傷跡は熱を持って痛々しい。


千歌「ルビィちゃん、顔、痛みは大丈夫?」

ルビィ「い、いたい…けど大丈夫。千歌ちゃんも頑張ってるもん…!」

千歌「ルビィちゃん…よしよし!」

ルビィ「うぁ…えへへ」

千歌「もう少し二人で頑張ろ!」


自分も妹、どちらかといえば甘える側な気質の千歌だが、ルビィといれば年上らしさを垣間見せる。
妹同士だからこそ、今のルビィの奮闘がどれほど死力と勇気を振り絞ってのことかが理解できるのだ。

二人は謂わばダイヤ流、その同門生。
どちらも闘争向きの性格ではないが、二人で背中を預けあっているからこそ立ち向かえる。

青みがかったまぶたの腫れも、倒された際に髪に絡んだ砂埃も、その全部が小柄な体に秘められた意地と意志の証。
千歌はルビィの頭に手を乗せ、ダイヤがするように撫でさすり、継戦へと気持ちを備えていく。

933 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:20:23.15 ID:ha7ZcpN9o
理亞「ごめんなさい…ごめんなさい…私が足を引っ張ったせいだ…」

聖良「大丈夫。落ち着いて、理亞」


追い詰められたように、窮した表情で、理亞はひたすらに謝罪を繰り返す。
責任を感じている。バイバニラをきっちりと抑えてムクホークを落とさせなければ、聖良はきっと優位を保てていた。


理亞「姉さま…私を見捨てないで…私を置いていかないで…捨てないで…!」

聖良「……理亞…」


両腕を回し、強く抱きしめる。
自分よりも少し引き締まっていて、自分よりも随分と華奢な体。
その芯はガタガタと震えていて、忍び寄る敗北、その先の恐怖に歯が小さく鳴っている。

冷静に見れば、まだ戦場は五分だ。

刑務所の環境に耐え、脱獄からすぐさま任務へと就けているように、安定したメンタルは聖良の特長の一つ。
メガガルーラに算段を狂わされての混乱はあったが、既に気を持ち直している。

だが、理亞の心はガラスのように脆い。

あの日、首を括って自死した両親を最初に見つけてしまったのは理亞だ。
両親は優しい人だった。けれどそれは弱い優しさだった。
自分たちを置いて死への逃避。生きていくための手段を与えることもなく…結局のところ、二人は見捨てられたのだ。
幼い理亞の心はその時からずっとひずんでいて、役に立てないことを、手を離されることを極度に恐れている。


聖良「大丈夫よ…大丈夫。絶対に、理亞のことは守るからね」

理亞「姉さま…姉さま…っ」


自分は両親とは違う。強くいよう。
この子を守らなくてはと、改めて思う。

闇を歩いてきたのも、幾度となく手を汚したのも、味わった苦痛も、全ては理亞を守るため。
黒塗りの不幸の中にも、自分は妹よりも少しだけ長く親からの愛を受けられている。
なら、理亞に足りていない愛は自分が分け与えよう。そう考えている。

934 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:21:04.25 ID:ha7ZcpN9o
聖良(思えば、選択肢など存在しない人生でした)


選べたと言えるのは、諦めて死ぬか、罪を犯してでも生き延びるかの二択だけ。

オハラタワーでの敗北、投獄。
暗く陰惨な刑務所に、生は幕を閉じたとまで覚悟した。
だが聖良を壊そうとしていた闇を、綺羅ツバサは凄烈にグシャグシャに打ち払ってくれた。
それでいて、事もなさげに手を差し伸べてくれた。


聖良(あの人は私たちの、とっての太陽。光を浴びられなかった人間の太陽です。
あの人の理想を成就させることが、理亞を救うことに繋がる)


自分はいつ泥土に骸となっても構わない、理亞が幸せに生きてくれるなら。

そのためには世界を造り変えなくてはならない。
法律が意味をなさなくなるように。常識が覆るように。
黒が白へと塗り変われば、犯さなければならなかった罪科と償いから理亞が解放される。


聖良(万策を尽くして、私はツバサさんの計画を成就させる)

千歌「………」

935 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:21:31.58 ID:ha7ZcpN9o
千歌は、聖良の瞳に漆黒を見ている。

ごくごく凡々、平和な人生を生きてきた。
巨大な悪意に接することなんて、オハラタワーの一件まではまるでなかった。

自称、普通星人。才を欠く葛藤はある。
だが自分を普通だと、平均値だと言えるのは、もしかすると恵まれていることなのかもしれない。

ただ少しだけ、普通の人より、千歌の人を見る目は養われている。

旅館の娘として、数々の人々の行き交いを眺めてきた。
例えば訳ありのカップルや、例えば重い病を抱えた湯治客。
人生の転換期に悩む人や、全てを投げ出したくて生活圏から逃避してきた人。
もちろん宿泊客の多くは観光だが、それでも大なり小なりの闇を抱えて生きている人は少なくない。

千歌はそれを知っている。
聖良の瞳に宿る黒。その濃度は過去に類を見ないが、種類は既知。

936 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:22:10.62 ID:ha7ZcpN9o
千歌「…悲しいんだね」

聖良「……理不尽だとは思いますよ、この世界は。私たちは生きていたい。ただそれだけなのに…」

千歌「じゃあ、ウチウラにおいでよ。自然以外はなんにもないけど、頭を空っぽにするにはすごくいい場所なんだよ」

聖良「あなたの故郷、でしたか?」

千歌「海を見て、お日様を浴びて、夏なら泳いで、私の家で温泉にも入れて!
そしたら、わかんないけど、ちょっとだけでも悲しさが癒せる…かもしれないよ。みかんもおいしいし!」

聖良「それは…魅力的な誘いですね」


皮肉を交えずに控えめに笑えば、その目元には穏やかな気品と少しの素朴さが漂う。
広大なシンオウ、その内陸部の生まれ。海を見たことはあれど泳いだことは一度もない。
馬鹿馬鹿しい。そう思いながらも、聖良は想像してしまう。

千歌が差し伸べる手には私利や打算の色はない。
敵対中の、それどころか場合によっては殺すことも辞さない姿勢の聖良へと、どうしてそんな顔を向けられるのか。
まったく、まるで理解に遠い。だけど悪い気はしなくて、故に聖良は微笑んだ。

937 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:23:12.99 ID:ha7ZcpN9o
だが、千歌の手が届くことは決してない。

千歌たちが勝てば聖良と理亞は監獄へ。そのまま奈落で朽ちるだけ。
運命は辛辣に、二人にそれだけの罪を重ねさせてきた。

聖良たちが勝てば世界は覆り、千歌の言うような平和は消える。
この街からもウチウラからも、アキバ地方の全域から、この国から…やがて刻を待たず、世界から永遠に失われるだろう。

生きたい。その一心だけで魔道へと堕ちた姉妹が生き続けるためには、勝って勝って、他者を退け続ける以外の道はないのだ。


聖良「……来なさい、デンジュモク」


【UB03 LIGHTNING】
現れたポケモン、聖良のラスト一体は異名通りにでんきタイプ単色。
遠目に見れば雷電に輝く怪々なる黒樹。寄れば電気コードを束ねられたような姿にして4メートルに迫る長身、その衒奇はいよいよ極まる。

アライズ団の保有するウルトラビーストは総勢五体、英玲奈のテッカグヤとあんじゅのフェローチェを併せてこれで打ち止め。
五体のうち半数以上を託された役割の大きさは明らか。負けるわけにはいかない。


千歌「わ、また変なの出てきた」

ルビィ「千歌ちゃん、あれも…」

千歌「ウルトラビースト…っぽいね」

聖良(この二人をやり過ごして局へ向かう…?いや、不可能。
メガシンカを扱えるトレーナーから追走される状況は避けたい。やはり倒すしかありませんね)

理亞「役に立たなきゃ、役に立たなきゃ…マニューラ!!!」


颯爽、口火を切ったのは理亞とマニューラ!
重心を落として足元を凍らせ、スピードスケートのように素早く迫る。その爪が狙うはムシャーナ!

938 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:23:40.90 ID:ha7ZcpN9o
『ムッシャ……!』

ルビィ(ずっと粘ってくれたね…でももう、多分耐えられない。なら!)

理亞「やれ!!」

『マッニュァ!!!』

ルビィ「“ひかりのかべ”!」


すぱりと割り切る。
ムシャーナがその一撃で倒されることは織り込んで、ルビィが命じたのは場に残る防御壁の形成。
“ひかりのかべ”は特殊攻撃の威力を弱めることができる光幕。
ルビィはその行動の軸を、あくまで千歌のサポートに置いている。


理亞「ちぃっ…!」

ルビィ「おつかれさま、ムシャーナ!」


ムシャーナが深い切り傷に倒れ、マニューラは鋭斬に抜けて身を返している。
その面前、拳を振り上げた親子ポケモンが迫っている!メガガルーラの拳が唸る!


千歌「“グロウパンチ”!!!」

939 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:24:11.89 ID:ha7ZcpN9o
理亞「あっ…マニューラ!」


一、二と振り下ろす拳!!
それはメガガルーラの代名詞とでも呼ぶべき技、相手を殴りつつ自らの攻撃力を高めるオーラを纏うことのできるパンチだ。
副次効果にエネルギーのリソースを割いている分、威力はあくまで控えめ。

ただしメガガルーラなら親子で二連、能力向上もまた二連!
さらにはタイプ相性は四倍!マニューラを完膚なきまでにノックアウトしている!!


聖良(やはり、そう来ますか…)


“グロウパンチ”はメガガルーラの戦術の基本形、出てきた時点で警戒はしていた。
ただ、止めようとして止められるものでもない。なら…


理亞「止めなきゃ…!ムウマージ、“おにび”!!」

『ムゥ…マァジ!!』

聖良(良い選択よ、理亞)

940 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:24:40.39 ID:ha7ZcpN9o
“おにび”によって放たれる幽火は極めて特殊、相手の身を直接焼くことは出来ない虚ろの炎だ。
ただその火が相手を捉えれば、“焼けた”という結果だけを呪いとして刻み付けることができる。つまり相手はやけどだけを負う。

やけどはひり付く痛みに相手の力感を妨害する。
判を押したような言い回しをするならば、物理攻撃力を削ぐことが可能。
グロウパンチによる能力上昇を帳消しにしてやろうと目論んでいる。


理亞(お願い、当たって…!)


今の理亞の心境はまさに必死、何としても勝利をもぎ取ろうと瞳を尖らせている。
“おにび”の欠点はゆらゆらとした軌道と低速、相手に避けられてしまいがちな点だ。

だがメガガルーラがパンチを放った直後に合わせて仕掛けることができた。
姿勢を戻すのが遅れている、これなら当たる。…そこへ飛び込む一匹の影!


ルビィ「ピクシー!おねがい!」

『ピックシィ!』

理亞「な…!そこに立たないで!」


それは完璧なタイミングでのインターセプト!
ムウマージの“おにび”はピクシーへと着火し、メガガルーラの力を削ぐことはない。

ピクシーには火傷のダメージがゆるやかに蓄積していくことになるが、物理攻撃を主体とはしていないポケモン。影響は少ない!


ルビィ(やっぱり、あの子の作戦…なんとなくわかるかも)


必死に姉の役に立とうとしている。
そんな理亞の思考を、ルビィは薄ぼんやりと読めている。
まるで似ない二人だが、それはきっと妹同士の共感。
ルビィにとっては幸いで、理亞にとっては最悪の共鳴!


理亞「お願い…!お願いだから、邪魔しないで…!」

ルビィ「ごめんね…通せないよ」

941 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:25:34.30 ID:ha7ZcpN9o
ルビィと理亞が視線をぶつけるその隣、千歌と聖良、二人の戦況認識は共通している。

千歌にとって最大の盾、ラッキーは倒れた。
ここからはヒードランをどう通すか、どう処理するかが勝負を分ける。

そのためには…聖良と千歌は同時に動く!


千歌「ベロベルトっ、“じしん”!!」

『ベロロォッ!!!』


じめんタイプ、汎用高火力技の“じしん”。
あまりにもメジャーな技だ、トレーナーならその性質は誰でもが知っている。


千歌(相手の場にいるポケモン、まとめてみんな攻撃できる!)

聖良(ただしダメージの拡散は自陣にも同じく。向こうのメガガルーラとピクシーにもダメージが入る)

千歌(特性で“ふゆう”してるムウマージには当たらないのはちょっと残念…だけど!)


デンジュモクには倍付け、ヒードランに四倍。
状況が見事にハマっている。強敵二体へと高倍率で通る広範囲技は、デメリットを踏まえてもメリットが余りある!


聖良(それを通されては困ります…が)


理解した上で、構わず動じず。
うぞり、蠢く細身は電飾めいて鮮やかに身を光らせ、さながらモノクロのクリスマスツリーのような。
聖良はそんなデンジュモクへと指示を下す。


聖良「“10まんボルト”です」

『バビュビビビビビビ!!!!!』

千歌「う、わ…!!?」


無機質で奇妙な鳴き声と共に、放たれた光に雷華が爆ぜる。
千歌にルビィ、それに理亞までもが思わず驚きに目をつぶっていて、聖良だけが唯一腕で顔を覆いながら視界を保てている。

その電力はまさに狂乱、圧倒的な放電が夜を白蒼に染めている!

942 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:26:06.09 ID:ha7ZcpN9o
聖良(今現在発見されているでんきタイプ分類のポケモン、その中で最高の特攻種族値。伊達ではありませんね…!)

千歌「っ…くう、…ベロベルト…!」

『べ、ろおっ…!!』

千歌「よ、良かった…耐えてた!えらいよ!」

聖良(流石に体力が高いポケモン。“ひかりのかべ”と併せて軽減を得たのですね。しかし…)

『べろろ…』

千歌「どうしたの?あっ、麻痺して…!」


辛うじて耐えはした。
だが想像を絶する激しい電気はベロベルトの体を麻痺させている。
痺れに動けず、千歌の命じた地震は不発に終わっている。


聖良(良し…)

943 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:26:34.49 ID:ha7ZcpN9o
ここまでの推移は順調、そして聖良は迷いなく戦場の全域へと目を置けている。
デンジュモクでもう一撃を浴びせて戦場を切り裂き、満を持し、万全を以ってヒードランの火流を放つ。


聖良(そのプランで仕留める)

ルビィ(さ、させない…!)


決着への道筋を組み上げた聖良。
その眼差しを、ルビィはしっかりと見捉えている。

黒澤ルビィという少女、その最大の強みは“弱そう”な点にあるのかもしれない。

小動物めいておどおどしていて、その滑舌は甘えを感じさせる部分がある。自然と相手に侮りを生むところがある。
それでいて、怖がりな性格から観察力は人よりも高い。
自分へのマークが薄くなりがちなのをしっかりと活かし、相手の策を潰すことができるトレーナー。


聖良(……が、まずは)


聖良は思考に一拍、10分近く戟を交えて気付いている。
ルビィの容姿、声、態度から受ける印象と実力が見合っていないことに。
人を油断させておきながら、その実力は存外に高いことに。


聖良(貴女からですね)


算段のまま、素直に攻撃へと移行していればルビィに妨害を差し込まれていただろう。
だが、もう認識した。ギッと、横目にルビィを睨んで制する!


ルビィ「ぴぎっ!?」

聖良「理亞、15秒。」

理亞「…!はいっ!」


細かい指示は一切皆無、ただ15秒でルビィのピクシーを仕留めろという明快な言葉。
姉から示された最大限の信頼の証に、理亞は応えるべく奮い立つ。

944 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:27:09.23 ID:ha7ZcpN9o
千歌「させない!」

聖良「いいえ、行かせません」


千歌に聖良が応じるのはこれまでと変わらず。ただし攻勢を仕掛けるのではなく、あくまで抑え役。
一刻を争う状況の中、聖良は貴重な15秒を理亞へと託して防戦に徹する。


理亞「姉さまのため、ずっと一緒にいるために…絶対に勝つ…!!」

ルビィ「ルビィだって負けられないよ。ルビィはお姉ちゃんの…黒澤ダイヤの妹だもん!!」


双方、既に数撃を交わし合って体力を減らしている。小細工の余力はなし。
向き合うのはピクシーとムウマージ、フェアリーとゴーストにタイプ相性の相関もなし。

だとして…最後の一線、残るのは意地だけだ。


ルビィ「……“ムーンフォース”!」

理亞「“シャドーボール”…ッ!!」


ピクシーは指を掲げて月の光を集わせる。
ムウマージはその頭上に闇の力を球状に。

オハラタワーの時から少し前まで、理亞に威嚇されて幾度となく怯えていたルビィ。
しかし今、二人の表情は様変わりしている。

ルビィは実力者たち相手にここまで戦い抜けている充足と喜びに浮かべるは笑み。
後がない、そんな思考に自らを追い込み、張り詰めた糸が今にも切れそうな理亞。


ルビィ「ピクシー、おねがいっ!!」

理亞「倒れろ…倒れて…!」


放つ!!!

945 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:27:52.00 ID:ha7ZcpN9o
『ぴっ、くし…!』

『むうまぁ…!?』


ピクシーとムウマージ、二匹は全くの同着で身を横たえた。
最後の技はお互いが魔力撃、ルビィと理亞の決着は絵に描いたような相打ちだ。

その余波は見守るルビィと理亞を打っていて、疲労していた二人は鈍いダメージを負って膝を折る。


ルビィ「やっ、た…!」

理亞「そんな、そんな…!私は…」


二人の反応の差はそのまま実力差。
ルビィから見て理亞は格上。善子と花丸との三人がかりであるが、ジャイアントキリングを成立させた格好だ。
闘争心なんてものは、小指の爪ほどしか持ち合わせていなかった。
そんな少女が今、役割を果たしたという思いに右腕を突き上げている。
千歌も同じく右腕を突き出し、目線を交わし、空に拳を合わせる!


ルビィ「あとはおねがい、千歌ちゃん…!」

千歌「うん、任された!」

946 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:28:24.35 ID:ha7ZcpN9o
対し、理亞は格下なはずのルビィから敗北を喫している。
この世の何よりも大切な聖良からの信頼を、自分は裏切ってしまったという自失。
息を吸い、吸い、吐き方がわからない。吐かなくてはと思うのだが、頭が働かず、思考はパニックへと陥り…

聖良が、理亞へと声を。


聖良「お疲れさま…偉かったね、理亞」

理亞「…か、っ…くは…っ」

聖良「ずっとずっと、あの日からずっと…一生懸命に。理亞の頑張りは、お姉ちゃんが一番知ってるよ」

理亞「ねぇ、ちゃ…」

聖良「落ち着いて、口を閉じて。目をつぶって……口を開けて、私を見て」


すう、はあ。
聖良は手本を見せるようにゆっくりと胸を上下させ、理亞はそれを真似て呼吸を収めていく。
どうにか過呼吸を免れ、理亞は涙目に俯いている。


理亞「………ごめんなさい、姉さま」

聖良「大丈夫だよ。あとは任せて…休んでいてね」

947 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:28:51.45 ID:ha7ZcpN9o
向き直り、これで完全なる一騎打ち。
聖良は千歌へと問いかける。


聖良「そちらは今、仕掛けるべきだったのでは。隙を見せてしまったわけですが」

千歌「えっへへ、今の間に浮いてた岩をたくさん砕いちゃった!」

聖良「……ああ、なるほど。“ステルスロック”をメガガルーラに砕かせて。これではもう機能しませんね」

千歌「ちょっとずるいかな~とは思ったけど…」

聖良「……つくづく、普通な方ですね」


“ステルスロック”がなくなり、戦場はフラットに。
ちなみにロズレイドの“どくびし”も、既にヒードランのマグマに焼き払われている。

遠方、街灯りが消えて行く。
聖良はあくまで悪の組織、千歌との雑談も和解の兆候などではなく、デンジュモクに最大威力で次撃を放たせるためのチャージ時間を稼いでいる。

948 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:29:18.46 ID:ha7ZcpN9o
デンジュモクは電気を食らう。

普通の生物の背にあたる部位にはコンセントのような器官が付随していて、それを地に突き刺せば周囲から電力を強力に吸い上げることができる。
物理現象で見ればまるで意味不明なレベルでの吸引を行なっているのだが、異世界からの来訪者UBたちに常識は通用しない。

そうして食らった電気を蓄電、増幅して高圧電流の攻撃へと変換するのだ。


聖良(チャージは十分、会話はこれまで)


この戦いも終わりが近い。
チャージの完了に、聖良は残る手数の少なさを実感する。
勝つにせよ負けるにせよ、決着に時間は要さない。


聖良(時間が許すのなら、もう少し話してみたい気も…ふふ、私らしくもない)


千歌の普通さに当てられたのかもしれない。
口元を自嘲に少し開き、そのまま唇の隙間から空気を吸い込む。


千歌「あ、準備終わった?」

聖良「……気付いていましたか」

949 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:29:47.37 ID:ha7ZcpN9o
やれやれと肩を竦める聖良に、千歌はほんのりとドヤ顔気味。
そしてすっと、重心を沈めて戦闘態勢へ。


千歌「これでも結構ちゃんと見てるんだよ。それじゃあ、私も…」

聖良「……デンジュモク!」

千歌「……メガガルーラ!」

聖良「“10まんボルト”!!」

千歌「ベロベルトをぶん投げちゃえ!!」

聖良「は…!?」

『ガルゥラアァアッ!!!!』
『べろおおおおおっ!!!!』


聖良は千歌の指示の意味がわからず、思考が一瞬硬直する。
ただ指示は下し済み、デンジュモクはその身から電気を解き放とうと…そこへ衝突するベロベルト!!

麻痺した体を補うのはメガガルーラに投擲してもらったスピード。
関取が相手を土俵から押し出すように、草を踏み、河川敷を猛然と前進していく!


聖良「何を…まさか!?」

千歌「そのままっ!!」


勢いのままに川縁へと到達して…水面へと落ちる!
虚を突かれながらも、デンジュモクはしがみついてくるベロベルトへと身に溜めた電力を解き放つ。密着?カモでしかない!

だが、ベロベルトは覚悟の視線を千歌と交わしている。
それはポケモンからの信頼を損ないかねない、愛護団体からは度々槍玉に挙げられる大技。
ポケモンへと酷を強いるからこそ、心から慕われるトレーナーにしか使えない。それはまさに切り札!!


聖良「仕留めて、デンジュモク!!」

千歌「ごめんね…!“だいばくはつ”!!!」


タイプはノーマル、ベロベルトとはタイプ一致。
にこのマタドガスが使っていた同技より上を行く威力。それはまさに一身一殺、強力無比なる自爆技!!

デンジュモクの電撃に爆発が合わさり、川面が盛大に爆裂!
水飛沫は百メートル規模、空へと至って滝のように降り注ぐ!!!

950 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:30:23.19 ID:ha7ZcpN9o
自爆とは言っても本当にぐちゃりと弾けるわけではない。
どんなポケモンでも体内に有している生体エネルギー、それを暴走させて爆発を引き起こすのが自爆技だ。

ただ威力は掛け値なし、爆発の衝撃に空を舞ったベロベルトとデンジュモクは川岸へと打ち上げられている。
デンジュモクはその電撃を発する力に生物として能力を大きく割り振ったUB。火力は高いが防御性はそれほどでもない。
それが“だいばくはつ”を密着で受け…動く様子はない。両者ともにノックアウト!


聖良(水中で爆発させることで味方への被害も防いでいる…!)

千歌(ヒードランははがねタイプ持ち、メガガルーラはノーマル。普通に自爆しちゃうとこっちの損害が大きいもんね!そして…!)


川は海が近いせいか真水ではなく、降り注ぐ水は塩辛い。

二人は同時に残りのボールへ、開閉スイッチへと手を触れる。
掴んで投じ、聖良のウツロイドは二度目の登場を!

951 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:30:56.82 ID:ha7ZcpN9o
聖良(慌てるな、まだ大丈夫)


ウツロイドは“ステルスロック”を撒いただけ、ダメージを疲労もなし。
無論ヒードランも健在、驚かされたがここは攻め時。
聖良は狼狽をすぐさま振り払い、続けての攻撃指示を!


聖良「ヒードラン、最大火力」

『ゴボボボボボボ!!!!!』


強いとろみのある液体が沸き立っている。
ヒードランの鳴き声はいつ聴いてもそんな色だが、とりわけ今は煮沸の音が強烈だ。
千歌のエース、メガガルーラをなんとしても落とす。“ひかりのかべ”を突破して余りあるほどの威力で!

その音を耳にしつつも、千歌は落ち着いている。
付近にポケモンはメガガルーラ親子だけ。投じたはずの最後の一体はどこへ?


千歌「ずっと出しどころが難しかったんだよね。レントラーとか、デンジュモクとかいたし」


千歌の付近にいないのは当然、ボールは川の方向へと投げたのだから。
弾け、ボールは千歌の手元へと戻ってきている。
そのボールは四天王への就任記念、鞠莉とダイヤが共同で送った専用デザイン。

ダイブボールの表面には、小洒落た加工で“松浦果南”の名が刻まれている。

現出、水面からは7メートル近い長大な体。
凶眼と牙がヒードランを見下ろしていて…


千歌「果南ちゃん、力借りるね。おねがい!ギャラドス!!!」

『ギャオオオオオオオオッ!!!!!!!』

聖良「……!!」

952 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:31:28.66 ID:ha7ZcpN9o
果南「え、千歌もロクノに行くの?じゃあ…この子を貸しとくよ」

千歌「へ…いいの!?」


ハチノタウンを出立する前、実家へと連絡して二人の姉からポケモンを借り受け、千歌は続けて果南へと連絡を取っていた。
千歌にとっての姉は二人だけではない。一つ上の大好きな幼馴染、果南もまた千歌にとっては三人目の姉のようなもの。

悪人相手には悪鬼のような暴れぶりを見せる果南も、千歌や曜の前では優しく気の良い姉御肌。
千歌はちょっと声を聞きたいなと電話をしただけなのだが、果南の方からすぐに一体を貸し与えてきた。
レギュラーメンバー、それもカイオーガに次ぐ準エースのギャラドスを!

結果として…今、その愛情が千歌の身を守っている。


聖良「“マグマストーム”を…止められた…!?」

千歌「うひゃあ、やっぱり果南ちゃんのギャラドスはパワーが凄いや…」

953 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:32:01.75 ID:ha7ZcpN9o
ギャラドスが姿を見せた瞬間、聖良は火炎の収束を打ち切り、ヒードランへと即座の“マグマストーム”の令を下していた。
紅蓮の溶岩は膨れ上がり、千歌とメガガルーラへと襲いかかる!

だが千歌はすぐさま、ギャラドスへと“たきのぼり”の指示を。
果南のギャラドスはその長体を猛らせ、川面から跳ね上がって膨大な水を“マグマストーム”へと浴びせかけた。

その圧倒的な水量にマグマストームは冷却、食い止められ…
ふらっと、聖良は二歩よろめいている。


聖良(そんな、そんな…これでは、私は)


千歌が最後に温存していたカード、それが四天王の主力ポケモンだなどと誰が予想できるだろうか。
聖良のメンタルの強さは、彼女がかなりの自信家であることに裏付けられている。

千歌とルビィのことを戦いの中に認めつつも、それでも負ける絵図はまるでイメージしていなかった。
だが今…敗北の二文字が現実味を伴い、聖良の足首を掴んでいる。

954 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:32:44.77 ID:ha7ZcpN9o
聖良(負けたら、負けたらどうなるの?私はまた牢獄へ…いや、もっと悪い場所かもしれない)

聖良(理亞は、理亞もあんな場所へ…?嫌だ…!そんなのは駄目、絶対に駄目よ!)

聖良(……落ち着いて、鹿角聖良。まだ負けが決まったわけじゃない。落ち着いて覆せ。
それに、ツバサさんが局に辿り着いてくれれば私たちの勝ち……でも)


メンタルの崩壊は土砂崩れに似ている。
しっかりと乾き、固く保たれているように見えた土地へと雨が降り注ぎ、奥底に隠されていた亀裂が一挙に広がっていく。
一度、小さな部位でも剥がれてしまえば…全体の崩壊はすぐそこ。


聖良(オハラタワーに続き、この戦いで二連敗。それも今度は団の主力を預かって、負ければ…そんな私に何の価値が?)


止まらない。
度重なる不幸に軋んだ心を、自分の強さを拠り所に支えていた。
理亞を守る、その役目は聖良にとっても救いだった。
役割を果たし、良い姉でいることで心が救われていた。

だが、ここで負ければ自分はきっとアライズ団にとって必要のない人間だ。
切り捨てられるかもしれない。居場所がなくなるかもしれない。そうすれば理亞を守れなくなって、残されるのは汚れたこの手だけで。


聖良(嫌だ、嫌だ…嫌、嫌よ…そんなのは…!怖い…怖いよ、お父さん、お母さん…!)


極限に加速した思考は、マイナスへ、マイナスへと墜ちていく。

955 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:33:15.57 ID:ha7ZcpN9o
普段なら、劣勢にも冷静でいられたはずだ。

ツバサたちは合理主義者。部下という貴重な人材を切り捨てたことは一度もない。
向いていない人間を配置換えすることはあるが、損失になる無駄な粛清は決して行わない。
そんな恐怖政治を敷かずとも、統率できるだけのカリスマがツバサにはあるからだ。

だが今の聖良は悪い方へ、悪い方へと考えてしまう。
牢獄の地獄は、やはり聖良の心を削っていたのかもしれない。
主力の大半を一人で背負えるほどにはメンタルが強くなかったのかもしれない。

それでも、まだ表層は保っている。
ヒードランとウツロイドを巧みに操り、メガガルーラとギャラドスからの猛攻を凌ぎながら思考している。

だが、恐怖に胃が震えるような感覚に苛まれ続けていて…足に何か、硬いものが当たっている。
それは銃。理亞が奪われ、ルビィが投げ捨てた中国製トカレフの黒星。

迷わず拾い上げ…トリガーを引く。


ルビィ「千歌ちゃんっ!!」

千歌「……っ、ぐ…!あっ…!?」

聖良「私は、私は…!」


一発の銃弾が、千歌の太ももを貫いている。

956 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:33:52.66 ID:ha7ZcpN9o
千歌「な、に…これ…っ?!」


千歌は足に、何かものすごいダメージを与えられたとだけ認識している。
例えようにも例えられない、こんな痛みは今までに味わったことがない。

前に読んだ漫画では焼きごてを当てられたようなだとか、そんな表現をしていた。似た痛みなのかもしれない。
けれど千歌はそんなものを当てられたことがないからわからない。

胸や頭を撃たれたわけではない。だが、太ももの負傷というのは深刻だ。
大動脈などの大きな血管が通っている箇所で、仮にそこが傷付けば失血死の危険性が高い。
実際、だくだくと鮮血が溢れ出していて…


千歌(あの子が持ってるあれは…ピストル?そっか、私、それで…)

聖良(勝たないと、勝たなきゃいけない…私は理亞を守らないといけないんだ…!)


二発目は…いらない。
聖良は銃を、今度こそ誰の手も届かない川底へと投げ捨てている。

ルビィが何かを叫んでいる。
理亞もまた、何かを叫んでいる。

だが千歌は失血と激痛に朦朧、聖良もまた心が壊れる寸前。
まさに満身創痍。だが、あくまで二人はトレーナー。そんな状況にも、ポケモンたちへと指示を下している!


聖良「ウツロイド、“パワージェム”。ヒードラン、“マグマストーム”…!」

千歌「ギャラドス、“たきのぼり…っ!メガガルーラは、“けたぐり”っ!!」


ウツロイドの“パワージェム”はいわタイプの攻撃。ギャラドスを潰して光明を見出そうとしている。
だが、ギャラドスは先んじて再び猛然の水勢。ヒードランの“マグマストーム”を即座に鎮火!!

そして迫るメガガルーラ!
親子二体、思いきり足を引き…痛烈な襲撃をヒードランへと叩き込んでいる!!!


『ごぼっ、ぼっ、ぼ…!!』

聖良「ああ…!ヒードラン…っ!」

千歌「あと、一匹…っ!!」

957 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:34:21.05 ID:ha7ZcpN9o
ウツロイドからの攻撃に、ギャラドスは苦悶の呻きを轟かせている。
いくら果南の準エースとは言え、UBからのタイプ一致、それも相性不利の一撃。
落とされこそしていないが、動きが鈍り…そこへ聖良はもう一撃を!


聖良「……っ、“パワージェム”…!!」


その声は悲痛と言うより他ない。
勝負の行く末を察してしまったから。

パワージェムの一手にギャラドスを沈め、直後、ウツロイドへと迫るのは…!


千歌「これで、おしまいっ…!メガガルーラ!“じしん”!!!」


親子は二本、それぞれの右腕を掲げ…
ウツロイドの間近、逃れようのない位置で地を殴りつける!

━━━震!!!

走るエネルギー!
それは確実に、見間違いようもなく!地の波がウツロイドへと直撃している!!!


聖良「………あ、ぁっ…!」


衝撃はその身を揺らし、ウツロイドは力なく地へと堕ち…動きを止めている。

多くのポケモンたちが入り乱れた激戦。その結末に立っているのはただ一匹、千歌のメガガルーラ。つまりは…!


千歌「……っぐ、うっ…!ルビィちゃん…」

ルビィ「ち、千歌ちゃんっ!!」

千歌「私たちの…っ、勝ちだよ!!!!」

958 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:34:47.48 ID:ha7ZcpN9o
勝った。千歌とルビィは勝ったのだ…!
流血に背後へとよろめきながら、千歌の腕は高らかに天を衝いている!!

ルビィは勝利の喜びと怪我の心配に今にも駆け寄りたい、そんな表情で千歌を見ているのだが、まだ体の痺れが抜けていない。

理亞もまた、先の余波に体が言うことを聞かず…
敗れた姉の姿を見ながら、ボロボロと大粒の涙を零している。


理亞「ね、えさま…、離れたくない…一緒にいたいよ…」

聖良「…………私、は…」


理亞を守らなくちゃいけないのに。
聖良の心にはその言葉だけがリフレインしていて、全てを失う敗北に絶望、思考は意を成していない。

そんな聖良の心へ…呼び声が忍び入る。
それは言葉ではなく、不明瞭なイメージ。

“触れろ”
“受け入れろ”と。

その出所はすぐに、直感的に理解できた。
それは砂浜に打ち上げられたクラゲのように地へと潰れている…


聖良「泣かないで…理亞。私が…」

理亞「姉、さま…?まさか!駄目!!」

聖良「私が、守るから」


呼ばれるように、夢遊病めいて五歩…聖良は、そのポケモンへと触れている。

959 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:35:26.01 ID:ha7ZcpN9o
【UB01 PARASITE】“きせいポケモン”ウツロイド。

そもそも、ウツロイドを生身で戦わせることがズレているのだ。
その本領は異名の通りに…生物へと寄生した時に、発揮される。


ルビィ「な、なに、それ…!?」

千歌「……っ、…!?」


ウツロイドが聖良の上体を飲み込んでいく。

聖良の髪は黒に染まり、ところどころに奇妙な色合いのメッシュ。
ウツロイド自身の体も変性し、薄黒く変色を。
その触手は鋭利な四つ指に尖り、八本の腕のように凶暴な印象へと変化していく。

全体の印象は宇宙的…コズミックホラー的とでも言えばいいのだろうか。
人を飲み込む寄生生物。その恐ろしい特質を露わに、ウツロイドと聖良は怪声を上げる。


聖良『ィア゛ア゛アアアアアア!!!!!!!』

ルビィ「ひぇえっ!!?」

理亞「姉さま!嫌ぁっ!姉さまぁっ!!」

千歌「も、もう、きついんだけどなぁ…!?」


凶暴な触手が、千歌の体を痛烈に打ち据える!!!

960 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:35:55.48 ID:ha7ZcpN9o
ウツロイドが人へと寄生した状態、それはいわゆる完全体。
ふわふわとクラゲのように不定の印象があった体は張りを得て硬化。心を蝕む精神毒と併せ、いわ・どくというタイプに相応しい姿へと変貌したと言える。

千歌は、そんな硬く重い腕に下から殴り付けられている。
腹部を叩かれ、そのまま体が消し飛ぶのではないかと錯覚するほどの衝撃。
が、聖良はまだ動作を制御できていないようで打撃は不完全。千歌は血混じりの吐瀉に後ろへと宙を舞っている。


千歌(痛…あ…!!?)


受け身など取れるはずもなく、そのまま頭を打ち付ければ致命傷…!
しかし、大丈夫。回り込んだガルーラの子供が上手く千歌の体のクッションとなって抑えてどうにか無事だ。


千歌「あ、りがと…!」

『がるぅ!』

『ガルウウウウラッ!!!!』


同時、ガルーラの親が猛然と聖良へ殴りかかっている!
数度のグロウパンチに力を高めた拳は空を裂いて唸り、聖良は怪笑に八腕を広げてそれを迎え撃つ。
二体が拳のラッシュをぶつけ合う!!


千歌「げほ、がはっ…!」

ルビィ「千歌ちゃんっ!!大丈夫!?」

千歌「るび、ちゃ…!な、なんとか!」


視点は揺れて、大丈夫と大丈夫でないの境界ギリギリ。
それでもどうにか受け答えはできる。駆け寄ってきたルビィへと片手を上げて応えている。

961 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:36:26.48 ID:ha7ZcpN9o
いたわしげに、ルビィは千歌の腹に手を当てている。
鞄から取り出した布切れで千歌の足をぐるぐると巻いてきつく締め、さっき撃たれた傷にも気休め程度の止血を。手先だけは昔からそこそこ器用だ。

そんな二人の隣、理亞は動揺も露わに膝と声を震わせている。


理亞「あれは、あれは本当にダメなの…!」

ルビィ「し、知ってるの…?」

理亞「……前に、団で聞かされた」


理亞は、既に千歌たちへの敵意を失している。
今の聖良はそれほどに危険な状態なのだ。


「ウツロイドを使うときは気を付けろ。奴の声には、決して耳を貸すな」

英玲奈から、聖良がそう言い聞かされていたのを思い出している。
アライズ団はUBを戦力として利用するだけでなく、様々な転用方法を探して研究を行っていた。
とりわけ洗脳薬を培養できるウツロイドについては研究が深められている。

このウツロイドという生物、アローラ地方の騒乱で既に、人への寄生とそれに伴う体の変異が確認されている。
一般には公になっていない事実なのだが、アライズ団は警察のデータベースから情報を掠め取ったのだ。


理亞「なのに、姉さま、どうして…知ってるはずなのに…」

千歌「寄生されると、どうなるの?」

理亞「…心を食われる。長時間あのままでいたら、姉さまの人格が消えて…!」

ルビィ「そ、そんなぁ…」

千歌「っ…」

962 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:36:54.35 ID:ha7ZcpN9o
メガガルーラと聖良、ウツロイドのラッシュ戦は一旦の決着を見る。
ガルーラの体がぐわりと浮かび、ずしりと背が地面へ。
吹き飛ばされた。打ち負けたのだ!メガシンカ体が!


千歌「そんなっ、大丈夫!?」

『ガルゥラ…!!』


まだ目に力はある。すぐさま立ち上がり、闘志を絶やしてはいない。
子ガルーラも隣へと並び、対面に浮遊するウツロイドの姿を睨みつけている。

だが、やられてこそいないが打ち負けた事実が重い。
一本一本の腕が強烈な岩弾の如し、自在に動くそれが八本も。
戦闘力の高さを、千歌は一撃を身に受けて知っている。

ウツロイドの寄生、そのトリガーは強い願望。願い。
何かを求める人間へと甘言を弄し、取り入って取り込むのだ。

聖良が求めたのは妹を守るための力。
戦闘能力を爆発的に向上させる寄生とこれほど相性のいい願いもない。
ウツロイドにどんな意図があるのかはわからない。
人を侵略の尖兵と化すことを意図しているのか、それとも単に、願いに反応する習性なのか。

ただ一つ確かなのは、鹿角聖良の戦闘員として鍛えられた体はウツロイドにとって最上の戦闘パーツであるという事実!


理亞「………っ…!」


理亞は涙を拭い、それでも溢れてくる涙をそのまま、目に悲愴な光を宿して前へ。

追い回し、傷付け、酷いことをたくさんした。
千歌やルビィに助けてだなんて、そんな都合のいいことを言えるはずもない。

既に手持ちは尽きている。
身一つ、姉の心に言葉を届かせるべく歩み寄る。

963 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:37:20.87 ID:ha7ZcpN9o
理亞「お願い、正気に戻って…私は…!」

聖良『理、亞…?』

理亞「姉さま!」

聖良『っ、ぐ!あ、うああああ…!!!』

理亞「…!!」


磨耗した心へ、侵食のペースは凄まじい。
泣いている妹を抱きしめようと、聖良はそう思っただけなのに、頑強な腕は理亞を叩き潰すように…
それをメガガルーラが受け止める!!


理亞「高海、千歌」

千歌「ルビィちゃん、その子を連れて後ろに」

ルビィ「うんっ、わかった!理亞ちゃん、こっちに…」

理亞「どうして…?私たちは」

千歌「どうしてって、ほっとけないよ!わ、喋ってる暇なさそう!ほらほら、逃げて!」

964 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:37:48.96 ID:ha7ZcpN9o
ルビィに手を引かれるまま、理亞は呆然と後方へ歩いていく。
聖良の腕はしなり…千歌を横薙ぎに殴り付ける。
重打、再びメガガルーラが受けを!

千歌の足の出血は止まっていない。
ルビィが縛ってくれたことで少しだけ緩和されているが、銃で撃たれたのだから一刻も早い治療を要する重傷だ。

一応、大きな血管からは外れている。
混乱の中の発砲ながら、聖良のトレーナーとしてのプライドは銃によって致命傷を負わせることを拒んでいた。
ただし銃創は銃創、流れ出た血の量に千歌の顔色は白みはじめている。

それでも千歌は、聖良の前に颯爽と立つ。


聖良『う゛、ゥゥ、タカミ、ちか…』

千歌「どうして、か。なんでだろ?うーん、色々あるけど…」


理由はと聞かれても、人間は一々理由を考えて生きていない。
そういう人もいるのかもしれないが、千歌は少なくとも理詰めタイプの人間ではない。
直感的に「助けたい!助けなきゃ!」と思ったのだ。
ただ、そこの思考を深めてみるならば…

鹿角姉妹が瞳の奥に抱えている悲しみ、それを癒してあげたいのが無条件の思いとして一つ。

ポケモンを戦い合わせれば、トレーナーの間には無言の絆が生まれる。
激闘に鎬を削った相手を助けたいというのも一つ。


千歌「それと…私も妹だから、理亞ちゃんが今どんなに辛くて悲しいかわかるんだ。
美渡ねえ志満ねえ、あと果南ちゃんの心が消えちゃうって言われたら…怖くてたまらないもん」

965 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:38:17.08 ID:ha7ZcpN9o
呟きは誰へと向けているわけでもない。
聖良からの攻撃が届くか届かないかの距離感に、聖良の耳へは届いているだろうか?

メガガルーラは親子、触腕の猛打を懸命に受け捌いている。
だが反撃へと移る隙はまるでない。鹿角聖良、ウツロイド完全体の力は壮にして烈。


千歌「あ、あとね。私は“お姉ちゃん”って人たちはすごいと思うんだ。
私たちの年齢なんてまだ子供なのに、もう大人みたいに誰かを守ろうとしてる」

聖良『………』

千歌「うちの姉ちゃんたちはそうだし、ダイヤさんなんてTHE・姉!って感じ。すごいな、真似できないなぁ、って」

聖良『……ッ…ァ…!』

千歌「聖良さんの歩いてきた道を、私は知らないし想像もできない。
でも、きっとずっと、理亞ちゃんのことを守って助けてきたんだよね」


子ガルーラは親と比べ、小柄なだけにパワーは劣る。
聖良の一撃を受け損ね、流れた先端が千歌へ。鼻先を掠める!!

だが千歌は動じない。身動ぎをしない。
避けなかったのは見切ったわけではない。即座に動ける余裕なんて、とっくの昔に尽きている。

ただ、目を閉じていないのは千歌の意思。
臆さず屈せず、まっすぐに聖良を見つめ、そして手を伸ばしている。


千歌「だから今日ぐらいは…私が助けるよ!」

966 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:38:43.55 ID:ha7ZcpN9o
聖良『う、る、さい…!!!!』

『ガ、ルァ…!!?』


メガガルーラが親子揃って、横殴りに倒されている。
まだ戦闘不能ではない、だが1メートルほど脇にずれている。

守る盾は消え、再び触手の拳が千歌を捉える。脇腹へと抉るように!!


千歌「……ぎ、ッ…、倒れる、もんか…!!」


千歌は折れない。倒れずに踏み止まる。
上体が吹き飛んでいてもおかしくない一撃だ。だがどこかしらの骨が砕け、内臓が損なわれ、“それだけ”で済んでいる。
それはウツロイドの中に聖良がブレーキを効かせているからだろうか。
既に数分が経過した。どこが聖良の心のデッドラインなのかわからない。まだ戻れる余地はあるのだろうか。


千歌(私が倒れたら、メガシンカも解けちゃう。絶対諦めない。諦めるもんか…!だよね!ガルーラ!!)

『ガァァアアッ!!!』

967 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:39:28.94 ID:ha7ZcpN9o
リングを介して共有される闘志、千歌の思いにメガガルーラが立っている。
千歌は再び手を伸ばす。その瞳に燃える意思は黄金の輝き。

子ガルーラが咆哮、鋭い打撃に聖良の触手を横へと流している。
親ガルーラも猛る。両腕を広げ、千歌が求めるままにもう三本の触手を横へ、道を押しひらく。
拳がウツロイドの前面を叩く!聖良をコックピットのように取り込んだ球体部が揺れ、岩のような硬質化がわずかの間、解除されている!

何度だって手を伸ばす。何度でも、何度でも!太陽が昇るように!!


千歌「出て…来てえええええ!!!!!」

聖良『っぐ…!!?』


千歌は軟化したウツロイドの中へ、上体をまるごと突っ込んでいる!!!

968 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:43:26.45 ID:ha7ZcpN9o
ウツロイドと聖良の一体化は既にほぼ完了している。
そんなところへの千歌の突入。腹の中へと異物が飛び込んできたような膨張感、未知の息苦しさを覚えている。

深層へと取り込まれていた意識が、強制的に表へと引き出され…
視界が自分のものへと戻って、目の前に揺れる、みかん色の短い前髪。

液状化したウツロイドの体内、高海千歌はまるで海中を泳ぐかのように息を止め、頬を膨らませ、聖良の頬をぺしぺしと叩いてきている。目が合い…


聖良(何を、しているのですか)

千歌(あっ!目が覚めた!?)

聖良(あなた…正気ですか?ウツロイドの体内に飛び込むだなんて)

千歌(それ、こっちのセリフだよ!)

聖良の(……我ながら、愚行でした。ウツロイドに付け入られて…)

千歌(……あれ、声を出せないのになんで通じるんだろ?)

聖良(心の声が聞こえるということは、あなたも取り込まれ始めているということ。
……あなたは勝者なのだから、早く逃げてください)

千歌(一緒に戻ろう。理亞ちゃんが泣いてるよ)


ウツロイドの精神干渉波、その只中に二人が潜れば、転じて意識を共鳴される触媒と化す。
千歌には聖良の、聖良には千歌の意識が、思考が、記憶が流れ込んでくる。


千歌(……辛い思い、してきたんだね。私、やっぱりあなたを助けたい!!)


千歌の手が招くように泳ぎ、聖良が手を伸ばせばすぐに掴める位置。
だが…聖良はかぶりを振る。

969 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:44:18.43 ID:ha7ZcpN9o
聖良(ウツロイドは寄生した宿主を易々とは逃がしません。二人で抜けようとすれば全力でそれを押し留めるでしょう。ですが、あなた一人ならまだ逃げられる)

千歌(ダメだよ!それじゃ意味ない!)

聖良(……いいんです。もがき永らえてきた、その命運が尽きたんです)

千歌(理亞ちゃんを泣かせるの!?)

聖良(っ、……私たち姉妹は罪を重ねすぎた。きっと、その報い)

千歌(諦めないで!!)

聖良(蜘蛛の糸ではありませんが…最後に一つくらい、善行をさせてください。まあ、撃っておいてなんですが…私もあなたを死なせたくなくなったので)

千歌(……!!?)


ぐぽ、と粘着質な音が響き、千歌はその体をウツロイドの腕に抜き取られている。
聖良がその精神、最後の力を振り絞って腕を制御している。掲げ…投げる!!


千歌「うわっ!!?」


攻撃性に駆られて勢いは激しい。が、ガルーラが受け止められる位置だ。衝撃を殺して見事にキャッチ!

970 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:44:46.76 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「千歌ちゃん!」

千歌「だ、大丈夫…っ!」

聖良『さ、あ…逃げて!!』

理亞「姉さまっ!姉さま!!」

聖良『ごめんね…理亞。ここでお別れ』

理亞「いや…!嫌だよ…!」


ヒードランやデンジュモクの猛攻、ベロベルトの大爆発。
人目に付きにくい河川敷での戦いだが、これだけ派手にやれば人々の目に留まる。

ヘリの音が聞こえる。オハラフォースのヘリだ。
戦闘ヘリの火力に一斉射を浴びれば、これ以上暴走せずに終われるかもしれない。

聖良はそこに自らのピリオドを定め、理亞へと優しく声をかける。


聖良『最後のお願いよ、理亞。その二人を連れて安全なところへ行って。そして逃げて…生きて』

理亞「……っ…!!」


身を寄せ合って生きてきた、本当に仲の良い姉妹だ。
だから伝わる。聖良が既に覚悟を決めたことが。きっともう、無理なのだと。

理亞は姉の最後の願いを叶えるべく、千歌とルビィの腕を引く。

971 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:45:21.02 ID:ha7ZcpN9o
ルビィ「理亞ちゃん…」

理亞「……ありがとう、でももう。行こう」

千歌「ううん、行かないよ。まだ諦めない。出られないなら…外側をひっぺがす!」

理亞「……駄目。姉さまの、最後の願い。私は叶えなきゃ…!」


必死に告げる理亞。
袖を掴んだその手を、ルビィはそっと優しく握り返す。


ルビィ「理亞ちゃん、大丈夫だよ」

理亞「大丈夫じゃない!姉さまは最後の最後、お前たち…千歌とルビィのことを殺したくないって!だから私は!!」

ルビィ「大丈夫。千歌ちゃんは…強いから」


聖良の思考に引き裂くようなノイズが駆け回っている。脳内を狂気めいたサイレンが揺らしている。
洗脳、寄生、そして奪略。ウツロイドは最終段階へ、聖良の体のコントロール権を永久に得ようとしている。

そのための邪魔者は目の前に、千歌を打ち砕くべく全ての触手が襲いかかる!
それはメガガルーラ親子だけでは打ち払えない数!

それでも千歌は…諦めずに手を伸ばす!!


千歌「私は…助けたいっ!!!」


千歌が思いを強く示すなら…
そこに添いたいと願う、二つの思いが並び立つ!


曜「千歌ちゃんがそうしたいなら、私も!」

梨子「もう、無茶するんだから…」


カイリューとカイリキー、二匹がウツロイドの腕を受け止めている!!!

972 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:46:30.21 ID:ha7ZcpN9o
四天王の桜内梨子はもちろん、渡辺曜も同様に。
鞠莉はオハラフォースへ、二人の姿を見かけたら全力でサポートするようにと言い含めてあった。
使える戦力、勝利の可能性はフル活用。鞠莉が期した万全は二人をヘリの機上へと拾い上げた。
そして曜の指示にヘリを飛ばし、間一髪…千歌の危機へと間に合わせている!


千歌「よーちゃん…!りこちゃん!!」

曜「遅れてごめんね、千歌ちゃん!」

梨子「間に合ってよかった…」

千歌「二人とも、なんかもうボロボロだけど…?」

梨子「ふふっ…ちょっとね」

曜「ポケモンたちはオハラフォースの人たちに回復させてもらったから大丈夫!」


ポケモンの傷は癒えてもトレーナーの傷はすぐには癒えない。
メガシンカを使うには二人は疲労しすぎていて、ならばとカイリューとカイリキーを出している。
共に信頼篤い準エース。ウツロイドの一撃を受けて揺るがず!

最高に頼もしい親友二人に、千歌は心底からの嬉しさに笑みをこぼしている。


理亞「救援…」

ルビィ「みんなが助けたくなる。きっとそれが…千歌ちゃんの強さなんじゃないかな」

973 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:46:57.87 ID:ha7ZcpN9o
メガガルーラは休息に一歩引き、曜と梨子の二体が聖良の猛攻を凌いでいる。
…と、そんな状況だがどうしても気になることが一つ。千歌は尋ねずにはいられない。


千歌「ううん…不思議だなぁ。オハラタワーの時も今も、どうして私の場所がわかったの?」

曜「あ、それはね…」


ごそごそとトレーナージャケットのポケットを探り、曜は小さな機械を取り出して千歌へと見せる。
液晶にはマップのような物が表示されていて、その中心点にチカチカと瞬く光点が一つ。


千歌「これなに?」

曜「渡辺曜特性、千歌ちゃんレーダーであります!」

千歌「へ…?」


ピシリと敬礼、そしてネタばらし。


曜「その三つ葉の髪留めにね、発信器を仕込んであるんだ。だからいつでも居場所がわかる!」

梨子「流石、抜かりないわね」

曜「ヨーソロー!梨子ちゃんの分も今度作るね!」

千歌「え、え?」

ルビィ(この人たち頭おかしい…)

梨子「さて、それは置いておいて…」

974 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:47:24.88 ID:ha7ZcpN9o
梨子と曜は、満身創痍の千歌を見る。
打撲に擦過傷、重心の掛け方からは骨折も感じ取れる。足には穿たれた銃創まで…


曜「その怪我…全部、この人が?」

千歌「あはは、けっこうやられちゃってるよね…私、まだまだだ…」

梨子「………曜ちゃん」

曜「うん…」


二人は前へ、聖良を睨む。


聖良『邪゛魔を、するな…』

曜「“げきりん”」

聖良『…!!?』


稲妻めいた怒気が触腕を掴み、力任せに?いでいる。


梨子「“ばくれつパンチ”」

聖良『がっ、は…!!』


それは吹き荒れる嵐、剛拳がウツロイドの身を叩く。

千歌のメガガルーラは既に疲弊していた。対し、二人のポケモンは治癒を受けて万全。
四天王クラスが二人、千歌を傷付けられて、心に凄絶な怒りを渦巻かせている。

完全体と化したウツロイドは引き千切られた触腕を再生させている。その戦闘力は底知れず。
だが二人の激怒は、それすら遥か凌駕して…!

滾る殺気、そこへ千歌が声を上げる!

975 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:48:34.80 ID:ha7ZcpN9o
千歌「曜ちゃん!梨子ちゃん!力を貸して!そこからひっぱり出すっ!!」

梨子「あなたは…傷付けちゃいけないものを傷付けたわ」

曜「叩き潰したい…けど!千歌ちゃんの優しさに感謝して、歯を食い縛れっ!!!」


指示は逆鱗、爆裂パンチ!
竜乱、暴拳、破滅的な猛打が荒れ狂う!!!
触手を跳ね除け、打ちはらい、ウツロイドの前面をこじ開けて無防備に!


聖良『がっ、!?く!う、あ゛…!!』

千歌「メガガルーラ!!おねがいっ!!」

『ガルゥゥラアアッ!!!!!』

聖良『………まさ、か!!』


一度目とは違う、ガラ空きの体へと叩き込まれる完全な一打!!
衝撃に、再び液状化した体へと波紋が広がる。そこへ…子ガルーラがもう一撃!!!

ウツロイドの体に大穴が開く!!


梨子「千歌ちゃん!」
曜「千歌ちゃんっ!」

理亞「姉さまっ…!!!」

千歌「出て…!来ぉぉぉぉぉいいいっ!!!!」


ぎゅっと、抱きしめて…力任せに引きずり出す!!!

976 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:49:03.04 ID:ha7ZcpN9o
『じぇるるっ…ぷ…』


潤いのある奇妙な鳴き声、それはウツロイドの限界の声。
結局のところ、UBに悪意があるのかはわからない。
単なる本能行動なのかもしれないし、あるいは人の願いを叶えようと寄ってきているだけで、ただ人間という生物との体質的な折り合いが最悪なだけなのかもしれない。

今言えることはただ一つ。
ウツロイドは元の白い半透明の姿へと戻っていて、寄生は強制的に解除されている。

そして千歌の腕にはぐったりと、水濡れた聖良が抱きしめられていて…


聖良「……訂正します。あなた、全然普通じゃありませんね…」

千歌「あはは、やった。普通脱却…!」


千歌は、聖良を救い出すことに成功したのだ!!

引き抜いた勢いのまま、二人はべたりと地面に仰向けに。
激戦の後だというのに、千歌の表情は晴れやかに星空を見上げている。


977 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/25(土) 21:49:29.63 ID:ha7ZcpN9o
曜と梨子はポケモンをボールへと収め、ルビィと理亞が駆け寄ってくる。

人目も憚らずに泣きわめく理亞。聖良はその華奢な体を両腕で抱きとめる。
視線が定まらない。自我が虚ろに揺らいでいる。後遺症は残るだろうか…?

それでも、ゼロではない。
腕の中の妹の温もりは確かで、姉妹はまだ生きている。

そんな二人へとオハラフォースの兵士たちが銃口を突きつけ、伴われた警官が手錠を掛け…鹿角姉妹は連行されていく。


千歌「ま、待って…!」

聖良「……ありがとう、高海千歌さん。本当に…心から」

理亞「ぐすっ、ひっく…!ありがとう…千歌、ルビィ…ありがとう…!!」

ルビィ「理亞ちゃん、聖良さん…!」

千歌「その二人は!悪く…な、い…」


━━━プツリと。


まるでブレーカーが落ちたように、千歌の視界が闇へと包まれる。
何度も何度も伸ばした手はついに垂れ、失血に体温は酷く冷たい。

曜と梨子がそれをしっかりと抱きとめ、オハラフォースの医療班たちが急いで寄ってくる。
俄かに慌ただしくなる河川敷。失神に、余韻には浸れなかった。

だが、この上なく大きな勝利だ。
ルビィと共に強敵を相手に勝利を収め、千歌は相手を包んだ死の運命までをこじ開けてみせた!!

そして戦線は最終盤、詰めの局面へと刻を進めていく。
既にその戦いは始まっている。

海未、ことり。英玲奈とあんじゅ。

オトノキタウンの旅人たちと、アライズ団の幹部たち。その因縁に雌雄を決する時が訪れている。

次回 穂乃果「行くよ!リザードン!」Part2