1: 黒猫 2014/03/06(木) 10:20:52.34 ID:+mPTnUep0
white album 2 かずさN(ver.手を離さない)


雪原

かずさ「本当に、本当に・・・これからも、一緒にいてくれるのか?」

春希「・・ああ」

かずさ「あたしがいくところに、ずっと、ついてきてくれるのか・・・?」

春希「どこへ、でも」

かずさ「もっと北にでも・・・それとも、このまま海外にでも」

春希「お前が望むなら。だって俺たちは、もう...]

かずさ「このまま・・・地獄にでも?」

春希「ああ、どこまでも一緒だ」




かずさ「なんてな・・・お断りだ。あたしはお前と一緒には行けない」





かずさ「いつもの通りの・・・春希だって?」

春希「ああ、そうだよ、いつも通りの、お前だけを愛してる
   ずっとお前の側にいることを望む、いつもの俺」

かずさ「そんなのが・・・いつもの春希なものか」

春希「え・・・?」

かずさ「あたしのために全てを捨てるって・・・?
    一緒に地獄に堕ちるのもいとわないって・・・?
    そんなのが・・・そんなぶっ壊れたお前が
    本物の、あたしの春希でなんかあるもんか」

春希「・・・え?」

かずさ「そんな・・・そんない加減な嘘に騙されるもんか!
    あたしの気持ちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」





かずさ「本当は、ずっとずっと、お前と一緒に二人だけの世界に
    閉じこもっていたかった。
    でも壊れていく! 
    あたしといると春希がどんどんこわれていくんだよ」




かずさ「あたしは春希に幸せになってもらいたい」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1394068852

引用元: ホワイトアルバム 2 かずさN手を離さないバージョン 



WHITE ALBUM2 ORIGINAL SOUNDTRACK~kazusa~
アクアプラス (2017-04-20)
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2: 黒猫 2014/03/06(木) 10:22:10.87 ID:+mPTnUep0
翌日・御宿駅前

春希「お前が手を引けば、すぐに解ける。
   お前は、どこへでも行ける」

かずさ「・・・意地悪、言うなよ。
    お前から、離してもらいたかったのに」

春希「いや・・だ」

かずさ「あたしを、ふってほしかったに、さぁ・・・」

春希「できるか、そんなこと・・・」

かずさ「意地悪・・・」

春希「どっちが、だよ・・・」

俺たちの手が、とうとう離れ・・・それて、
二人の身体の向きが、ずれていく。

俺は、また、かずさの手を離すのか?




5年前・成田空港

かずさ「もう・・・時間だ」

春希「かずさ?」

かずさ「もう出発の時間。だから、行かなくちゃ」

春希「行くな!かずさ。・・・・・・いかないでくれ」

かずさ「そんな顔するなよ。笑って送ってくれよ。
    ううん。いつもの説教している時の顔?
    いや、まじめくさった面白くもない顔でもいいか?
    まあ、・・・今みたいに泣いている顔じゃなければいいよ」

春希「お前も泣いているじゃないか」

かずさ「仕方ないじゃないか。
    どうしようもないじゃないか。
    もう、会えなくなるんだから。
    でも、・・・でも、最後が泣いている顔なんて、いやだ!
    いやだよぉ。はるきぃ」

春希「ごめんな。かずさ。」

お互い、都合がいい展開がこの先待っているなんて考えられない。
二人は咎人であって、神に奇跡を求めるなんてできない。
今許されたささやかな幸福で我慢するしかないって理解している。

かずさ「いいよ。泣き顔でも。
    でもさ、時間ぎりぎりまで、その顔を見せてくれよ」

3: 黒猫 2014/03/06(木) 10:23:23.63 ID:+mPTnUep0
現在・御宿駅前

5年前、成田空港で手を離して、
その後3年間どうなったのか忘れたのか?
今の俺は、5年前からまったく成長していないじゃないか!
いや、むしろ退化している。
かずさに守ってもらってる・・・・。
そんな俺が、かずさを・・・・
全てを敵に回すかずさを守ってなんかいけやしない。
今の俺には、かずさの手をつかむ資格なんて・・・ないんだ

でも


春希「かずさ!」

俺は離しかけたかずさの手をもう一度つかむ。

かずさ「はるきぃ・・・ダメ・・だよ」

もう、かずさは泣いている。
泣かないんじゃなかったのか、かずさ?
決心はできても、心は追い付いていかない。
そんな俺も、たぶん泣いているんだろうけど。
心は、ほんと正直だな・・・、な、かずさ。

かずさ「ダメだよ。・・・・だから・・・」

春希「今の俺は、かずさを幸せにできない」

かずさ「え?」

春希「だから・・・・、だから、さよならだ。
   今の俺は2度とかずさに会うことはない、
   さよならだ、かずさ」

かずさ「それって・・・・?」

一瞬、俺が何を言ったのかわからないという顔をしていたが
全てを理解したのか、悲しそうで、切なそうで、
そうであっても覚悟を決めた顔を俺に向けてくれた。

かずさ「・・・・ちゃんと振ってくれて・・・ありがとう」

春希「かずさ?」

かずさは、俺の返答も聞かずに走りだしていた。
俺の手を振りほどいて。
ちゃんと俺の言葉を最後まで聞いてから行けよ。
5年前に初めてキスしたときも、お前は逃げたよな。
あの時のおれも、かずさを追いかけることができなかった。
そして、今のおれも、かずさを追いかけることはできない。
だって、今の俺じゃ・・・・
かずさを一生守っていくことなんて、できないのだから。

4: 黒猫 2014/03/06(木) 10:24:47.73 ID:+mPTnUep0
同日・御宿駅前

tel
曜子「ギター君?」

春希「お久しぶりです。曜子さん。
   ・・・・かずさはそちらに帰りました。」

曜子「そっか。」

春希「色々ご迷惑をかけました」

曜子「それは、あの子が自分で決めてしたことだし、迷惑だなんて思ってないわ」

春希「それでも」

曜子「それでもよ」

春希「何も聞かないんですね。」

曜子「聞いて欲しいのなら、聞いてあげるけど?」

春希「お願いがあって、電話しました。」

曜子「なにか決意でもしたのかな? 私の息子になる気になった?」

春希「はい。そのために力を貸してください。」

曜子「え? かずさはなんて?」

春希「よろしかったら、直接話すことはできませんか?」

曜子「ふぅー・・・・。なにかやっかいごとがありそうね。
   病室まで来てくれる? 受付には入れるように言っておくから。」

5: 黒猫 2014/03/06(木) 10:25:40.41 ID:+mPTnUep0
同日・曜子病室

曜子「ほんっと、二人とも頑固ね。
   しかも、自分の主張ばかり押し付けてるし。
   でも、エゴイストで、とっても素敵よ。ほんっと、私好み。」

春希「そんな面白い内容じゃないですよ。こっちは将来がかかってるんですから。」

曜子「お互いが相手の幸せを願ってるのに、
   その二人が交わらないっていうのは、悲劇というしかないわね。」

まるでオペラか演劇のように大げさにみせる。
観客は俺一人しかいないけど。
ただ、いつもの曜子さんで頼もしい。
本当は病床の曜子さんの負担になることは
してはいけないってわかってるが、そうもいってはいられない。

曜子「それでも、二人が交わらないことで幸せになるんだったらいいのに。
   でも、あたなは幸せにはならないって思ったから、
   ここに来たってことでいいのよね?」

春希「はい。・・・・かずさは、俺がかずさの側にいると・・・・・、
   俺が壊れていくって。だから、一緒にはいられない。でも。」

曜子「でも?」

春希「でも。・・・いや、かずさの言う通り、俺は弱いから、
   たぶん壊れていくんだと思います。
   だから、俺は弱いことを受け入れることにしたんです。」

曜子「弱ければ、かずさを守れないんじゃない?」

春希「弱いからこそ、俺はかずさのために戦えるんです。
   どんな手を使ってでも。
   問題から逃げず、どんな手段を使ってでも、かずさを幸せにしたいんです。
   それが、俺の幸せにもなるから。」

曜子「それが他人を不幸にすることになっても?」

曜子さんは、俺が言いにくいことを言ってくる。
俺を試してるかのように。いや、実際そうなのかもしれない。
俺はかずさと一度逃げ出したのだから。

春希「はい。だから、病床の曜子さんの手さえも借りるためにここまで来たんです。」

曜子「本気のようね。・・・・で、私はなにをすればいいの?」

6: 黒猫 2014/03/06(木) 10:27:43.24 ID:+mPTnUep0
数日後・コンサート終了後・コンサート会場楽屋

曜子「かずさ? 入るわよ」

かずさ「どうだった?」

曜子「よかったわ。ちょっと私好みってわけじゃなかったけど。
   それでも、心が揺さぶられるような悲痛と決意が伝わっててたわ」

かずさ「そっか。・・・じゃあ、明日にでもウィーンに帰るよ」

曜子「私は、もうちょっと仕事してからじゃないと帰れないから、
   あなたに私のアシスタントをつけることにしたわ」

かずさ「いらないって。
    これからは私一人でなんでもできるようにならなくちゃいけないんだ」

曜子「あなた一人に任せられるわけないじゃない」

かずさ「あたしだって、いつまでも子供じゃないんだ。今日の演奏だって」

曜子「はい、はい。あたなのピアノは認めるわ。
   でも、私生活やマネージメントに関しては壊滅的よ。
   もし、一人で何でもできるっていうなら、私に認められるようになって
   アシスタントがいらないって証明しなさい。
   それまでは、アシスタントが公私にわたってあなたの面倒をみるわ」

かずさ「さすがにプライベートまでは、いやだよ。
    家には、お手伝いさんもいるし、大丈夫だって」

曜子「それでもよ。さっ。入ってきてちょうだい」


7: 黒猫 2014/03/06(木) 10:28:50.93 ID:+mPTnUep0
ドアの陰に隠れていた人物が入ってきた。
曜子さんが笑いをこらえているのが良く分かる。
途中、笑いださないか心配したほどだけど、大女優も顔負けの名演技だ。
演技というか、曜子さんそのものといってもいいかもしれないけど。

ただ、観客のほうは呆然としている。
見てはいけない者を見て知ったという感じは伝わってくる。
しかし、同時に喜びも隠すことができないでいる。
かずさの心には色々な感情が乱れまくっていた。

春希「本日付で冬馬曜子事務所に入社した北原春希です」

かずさ「なんでお前がいるんだよ!」

曜子「なーに言ってるの。
   私が開桜社から、大きな借りをつくって引き抜いてきたっていうのに」

かずさ「そんな事、頼んでない!」

曜子「ふっ。・・・それでもね、社長として、あなたと同じ女として
   そして、なによりもあなたの母親として
   春希くんがあなたに必要だと判断したのよ」

春希「覚えているか?
   「今のおれでは、かずさを幸せにできない」って、言ったのを」

かずさ「覚えているに決まってるだろ」

さも当然だという顔をするなよ。
うれしくて、抱きしめたくなるじゃないか。

春希「あのときの「今」の俺じゃ無理だとわかったんだ。
   かずさを守ることもできず、かずさに頼って、
   お互いボロボロになっていくしかない俺じゃダメだって。
   だから、弱い自分を受け入れることにした。」

かずさ「受け入れたからって、何か変わるのかよ」

春希「それは、わからない。・・・・
   わからないけど、あの時、かずさの手を離しちゃいけないってことは、
   わかったんだ。
   5年前、かずさの手を離してしまってことを思い出すと、
   自分に怒りを覚えて、自分を殺したくなってしまう」

かずさ「・・・春希」

春希「この5年間、勉強して、働いて、色々なスキルを身につけてきたけど
   一番俺に必要だったのは、かずさの手を2度と離さないために
   どんなことでもしないといけないことだって、最後の最後でわかったんだ」

かずさ「あたしだって、
    あたしだって、春希の手を離したくなんて・・・ないよぉ」

春希「2度とかずさの手を離さない為に、俺はどんな手段だって使う。
   そのために、だれかが不幸になっても、かまわない。
   かずさと俺が幸せになることだけを考えて行動することにしたんだ」

かずさ「最低だな、お前」

春希「最低だよ、俺は」

かずさ「最低なお前の決断を喜んでるあたしは、もっと最低だ」

春希「でも、最高に幸せだろ?」

かずさ「最高に幸せに決まってるだろ」



8: 黒猫 2014/03/06(木) 10:29:55.05 ID:+mPTnUep0
曜子「あー、ちょっといいかな? 二人で盛り上がってるところ悪いんだけど」

もう赤面して黙るしかない。
なにかしゃべったら、どんな言葉であっても曜子さんの餌食になってしまう。
かずさも、それを本能で理解しているみたいで、なにもしゃべらない。

曜子「なにかしゃべりなさいよ。
   あなたたちをみているこっちが恥ずかしくなってくるわ」

曜子さんの横やりで冷静さを取りも出したのだろう。
いち早く冷静さを取りもどしたのは、俺ではなく、かずさのだった。

かずさ「雪菜は、どうするんだよ。今日も会場に来ていたんだろ?」

曜子「彼女、・・・来ていないわよ」

かずさ「え?」

曜子「あなた、春希くんと彼女を招待した席の方を見てなかったから、
   気がつかなかったみたいね」

かずさ「そっか。雪菜は、あたしのピアノなんて聴きたくないよな」

春希「それは、違う!」

かずさ「違わなくないよ。あたしは、今も昔も裏切り者なんだからさ」

春希「そうじゃないんだって」

曜子「春希くんの言う通りよ。彼女は、来年のコンサートに来るって」

かずさ「何を言ってるんだよ?」

曜子「私と春希くんが、彼女の家に行ってきて、
   話をつけてきたってことよ」

かずさ「春希? 嘘だよな? また、雪菜を傷つけたのか?」

すがるようなかずさの視線をそらすことはできない。
もう逃げないって決めたんだから、
かずさの全てを受け止めるって決めたのだから。

春希「俺は、・・・俺は、雪菜を傷つけてきた。一生消えない傷をつけてきた」

かずさ「春希ぃぃぃぃぃぃ!」

春希「俺はもう、かずさを離さないって決めたんだ。
   かずさを幸せにするって決めたんだよ!
   二人を同時に幸せにすることなんて、できやしないんだ」

かずさ「・・・・・・はる・・・き」

もう何も言えない。
全てを理解してしまったから。
あとは前に進むしかないって。

曜子「あー、それでね。一つだけ条件っていうか、お願いかな?
   雪菜さんからお願いがあったの。」

かずさ「・・・・・・・・」

曜子「毎年一回でいいから、日本でコンサートしてほしいんだって」

かずさ「できないよ。もう2度と日本に来ることなんて、あたしにはできない」

曜子「彼女は、あたななら、そう言うだろうって言ってたわ」

かずさ「それが、雪菜が望んだ私への罰か。
    ・・・そっか、うん。やるよ、あたし」

春希「違うんだ、かずさ。雪菜は、罰なんて望んでない」

かずさ「じゃあ、なんで?」

春希「俺たち、もう3人でいられないから。3人でいるのはつらすぎるから。
   それでも、1年に一回、数時間であっても、時間を共有したい。
   かずさのピアノを通して、3人が、
   あの文化祭の時のように一つになりだいんだって」

かずさ「せつなぁ・・・。ごめんな、・・・ごめんね。」

9: 黒猫 2014/03/06(木) 10:30:58.35 ID:+mPTnUep0
どれくらい時が経ったのかわからない。二人の泣き声が響いてただけだった。
実際の時間はたいしたことはなかった。
そして、強引に現実に引き戻される。


がしゃーーーん。


それは、突然だった。
二人が雪菜に許しをこう時間なんて、なかった。




かずさ「母さん?  ・・・・・・母さん!」

春希「曜子さん?」

かずさは動けなかった。ヒステリーぎみに泣き叫ぶしかできなかった。
俺は、曜子さんに駆け寄り、怪我したところがないか確認してみたが、
どうやら体は大丈夫なようだ。
ただ、意識がはっきりしていない。

春希「曜子さん! 曜子さん!
   かずさ、高柳先生を。・・・・・・・・・・・かずさ?」

かずさ「かあさん、・・・・・かあさん。一人にしないでよ」

かずさは、パニックになって、曜子さんにすがりつくことしかできない。
早く高柳先生をよんで、病院に送らなければ。
ドアを開けてみると、異変を察知したが、
どうしようか迷っている美代子さんがいた。
ほかのスタッフに気づかれないよう、美代子さんだけど中に招き入れ
高柳先生とタクシーの用意をお願いした。


高柳先生が診断していると、曜子さんの意識が戻ってきた。

曜子「また、やっちゃったのか」

かずさ「かあさん。かあさん」

曜子「だから、あなたを一人にできないのよ」

かずさ「死なないでよ。あたしを一人にしないでよ」

曜子「まだ、死なないわ。
   ちょっと疲れただけよ」

10: 黒猫 2014/03/06(木) 10:31:50.29 ID:+mPTnUep0
春希「曜子さん。タクシーの準備できました」

曜子「今は行けないわ」

かずさ「どうして?」

曜子「今出ていくとマスコミに捕まってしまうじゃない。
   春希くんを引き抜くときに、私の病気の独占インタビューを取引につかったの。
   その雑誌が発売されるのが3日後。
   だから、それまでは隠さないと」

かずさ「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

曜子「そうであってもよ」

春希「俺たちがマスコミを引きつけます」

かずさ「春希?」

曜子「任せてもいい?」

春希「任せてください。
   そのためには、かずさの協力がいる」

ちょっとした作戦を提案した。
といっても、予定通りかずさがインタビューを受けるだけだ。
それでも、マスコミの目は、今日の主役のかずさに向けられるはず。
曜子さんも美代子さんも、他の案がないし、
確実そうなのはこれしかないという顔だった。
ただ一人を除いて。

かずさ「無理だよ。そんなの無理だって!
    会見中、泣きだすかもしれないし、
    今だって自分が何を言ってるか理解していない」

春希「俺もかずさと一緒に会見行くから。
   かずさが、インタビュー受けているとき、ずっと隣にいるからさ。
   もうちょっとだけ、がんばってくれよ」

かずさ「はるき。・・・途中で泣きだすかもしれないぞ」

春希「コンサートで感情が高まってしまったって、フォローするさ」

かずさ「わけがわからないこと、口走るかもしれない」

春希「興奮状態だって言ってやるよ」

かずさ「緊張に耐えきれなくなって、お前に抱きつくかもしれない」

春希「婚約したって言ってやる」

かずさ「はるきぃ・・・・」

春希「二人ならうまく切り抜けられる」

かずさ「わかったよ。いくよ。・・・でも、何があっても責任取れないからな」

11: 黒猫 2014/03/06(木) 10:32:42.43 ID:+mPTnUep0
俺たち二人が会見場に行くと、ちょっとざわついた。
かずさは曜子さんと来るものだと、皆が思ってたはず。
開桜社の人間は、わずかだが事情を知っているせいか、微妙な表情を浮かべている。
俺のことを知っている人も何人かいるようだが、
それぞれ色々な表情を浮かべていた。

会見が始まってしまえば、俺の心配をよそに、スムーズにインタビューを
終えることができた。
途中何度かフォローをしたが、これといった問題はなかった。
俺たちが婚約したなんて爆弾発言も必要なかった。

会見終了後、婚約発言がなかったことに、かずさが文句を言っていたが
それもすぐに曜子さんの様態が気になった。




同日・病院

タクシーに乗って、急いで病院に向かってみると、曜子さんは眠っていた。
とくに問題はないようだけど、精神的疲労が体に負担をかけたようだとのこと。
全てわかって曜子さんを巻き込んだはずなのに、
それでも、割りきれない部分がある。
かずさは、何も言わなかった。
ただ、俺の手を離さないで、曜子さんを見つめていた。

12: 黒猫 2014/03/06(木) 10:33:39.88 ID:+mPTnUep0
同日深夜・ホテル

かずさ「で、・・・・なんで、のこのこ戻ってきた。
    あたしと一緒にいるとお前が壊れちゃうから別れる決心したのに。
    もう、泣かないって決めたのに。」

泣かないって決めたくせに、もう泣いてるじゃないかとはいえない。
言ったら、その何倍もの文句がくるのはわかっている。

俺がかずさを泣かせている。
悲しい思いをさせている。
でも、それも今日で終わりだ。
俺がかずさを、どんな手段を使ってでも、幸せにするって決めたから。

春希「お前、ちょっと勘違いしてないか?」

かずさ「勘違い? なにを言ってんだよ。あたしが・・・あたしが・・・・
    どんな思いをして、こんな決断をしたと思ってるんだ」

春希「かずさ・・・」

かずさ「お前はいつもそうだ。最初のコンサートの時も来なかった。
    あたしがどんな思いでコンサートにのぞんだのか、わかっていなかった。
    あんなに来てくれって頼んだのに。」

かずさのあふれる思いは止まらない。
もう、止めることはできない。
春希と別れる決意も、泣かないって決めた決意も、すべて崩壊して、
歯止めがきかない。
感情があふれる彼女のピアノのように言葉は続く。

かずさ「どんな思いで演奏したと思ってるんだ。それなのに!」

春希「そのことは、もう・・・・」

かずさ「だから、わかってないっていってるんだ!
    今回のことだって、あたしが、・・・・あたしが・・・・。
    春希の幸せを願って決意したのに。
    あたしが愛する、たった一人の、・・・・
    生涯でただ一人の男の幸せを願って何が悪い!」

春希「かずさ。・・・・・・・・・・・・それはありがたいことなんだけど
   ちょっと違うんだよ。」

かずさ「なにが違うっていうんだ」

春希「俺の幸せっていうのは、今、2つしかないんだよ」

かずさ「ふたつ?」

春希「そう。俺が求めている幸せって言うのは2つしかないんだ。
   一つ目は、俺がかずさを一生幸せにすること。」

かずさ「・・・・・・」

春希「二つ目は、今、曜子さんから受けている恩を一生かけてでも返していくこと。
   大きすぎる恩だから、80年くらいかかりそうだけど」

かずさ「なんだよそれ。」

かずさに、わずかだが笑顔が戻ってきたようだ。
しっかりと俺の言葉を心に刻んでくれている。
そうじゃないな。
どんなときだって、こいつは俺とのやり取りを忘れたりなんかしない。

春希「だからさ。俺はかずさの側にいないと幸せになれないんだよ。
   それに、かずさも曜子さんに恩を返していく予定なんだろ?
   お前ひとりじゃ、曜子さんが生きているうちに恩を返しきれないぞ」

13: 黒猫 2014/03/06(木) 10:34:55.30 ID:+mPTnUep0
かずさ「母さんへの恩は自分一人でなんとかしてみせる」

春希「なんとかって、なんだよ?」

かずさ「なんとかは、なんとかだ。
    そんなことより、あたしがいいたいのは、あたしの側にいると
    春希が壊れちゃって、幸せになれな・・・・」

春希「それが勘違いなんだよ。
   俺が幸せかどうかは、俺が判断することなんだ。
   かずさが判断することじゃない。
   たとえ俺が壊れようとも、俺が幸せだと判断したなら、幸せなんだよ」

かずさ「それでも、春希が壊れちゃう・・・」

春希「ああ。俺が壊れたら、かずさを不幸にしてしまう。そしたら俺も不幸だ」

かずさ「・・・・うん、そうだ」

かずさは、自分の言葉にショックを受けている。
自分で考え、導いた答えであるからこそ、かずさを傷つける。

春希「だから、俺は壊れないために何でも利用することにしたんだ。
   もう、俺たちの幸せのことだけを考えて行動する。
   俺は弱いから、かずさの力も借りないと生きていけないと思う。」

かずさ「あたしはいつだって、春希の力になるよ。
    そのためだったらなんだってできる」

春希「ああ、期待してる」

かずさ「でもさ、そんなことしたら、まわりのみんなが不幸になる。
    雪菜や雪菜のまわりの人たちが不幸に・・・・なってしまうじゃないか」

春希「俺たちのせいで、雪菜が。・・・・周りのみんなが不幸になってしまう。
   でも、考えてみたんだ。かずさと離れていた5年間を」

かずさは、もう何も言えない。自分の5年間を思い出し、
これから春希がいない80年を考えただけで、
空虚で、意味がない人生を送る覚悟が揺らいでしまう。

春希「最初の3年間は、詰め込めるだけ大学の講義とって、空き時間はバイトして
   何も考える力が残らないようにして、かずさを封印しようとした。
   次の2年は、雪菜と付き合って、かずさを胸の奥に押し込んだ。
   それでも、ちょっとした隙があると、お前のことを思い出してしまうんだ。
   雪菜とセックスしているときでさえ、お前の顔がよぎることさえあった。」

春希の最低すぎる告白さえも、かずさには心地よかった。

春希「どんなにかずさのことを忘れようとしても、俺には無理なんだよ。
   それで、俺は苦しむんだよ。
   そのことで、自然と俺が周りの人を傷つけてしまう。
   だったら、俺の側にかずさを置いておくしかないだろ」

14: 黒猫 2014/03/06(木) 10:35:56.44 ID:+mPTnUep0
かずさ「・・・ふふっ」

春希「何笑ってるんだよ」

かずさ「いやさぁ・・・ふふっ。・・・ん。ごめん、ごめん」

春希「だからなんなんだよ・・・・」

かずさ「うん。それって、あたしの呪いのせいだよ」

春希「呪いって、ウィーンで魔術師でも雇ってたのかよ」

かずさ「そんなことはしてないって。あたしにしかできない、最高の呪いがあるから」

春希「お前が?」

かずさ「そっ。一日十時間かけて呪いをかけてたんだよ。
    ピアノを通して、毎日毎日春希に話しかけてたんだ。
    遠いウィーンから日本に向けて。
    こんな執念深いあたしが毎日やってたんだ。
    春希があたしのことを忘れることなんて、できないんだよ」

春希「それは、最高の呪いだな」

かずさ「だろ? 重いだろあたし」

いつの間にか重い空気がなくなり、
いつものふたりの空気に戻ってることに気がつかず、笑っている。
二人の距離が、再びゼロになった。

春希「ああ。でも、お前の呪いは俺にしか効果ないぞ」

かずさ「当たり前だ」

春希「それじゃあ、呪いをかけた責任とって貰おうか」

かずさ「・・・・・それは」

春希「かずさ。・・・・・・・俺と結婚してくれ。
   俺は、今後2つの幸せを求めることしかできないと思う。
   かずさを幸せにして、そして、曜子さんに恩を返すことしか。
   それでも、俺は、・・・俺はそれを一生かけてやり遂げたいんだ」

かずさ「ダメだ」

春希「・・・かずさ」

かずさ「それだけじゃダメだ」

春希「え?」

かずさ「母さんに恩返しするなら、
    あたしをピアノストとして成功さないいとだめだな。
    あたしは、母さんの最高傑作として、ピアノで成功しなくちゃいけない。
    だから、2つじゃなくて、
    3つのことを春希にとっての幸せにしてくれるんなら、結婚してもいい」

春希「でも、やるんだったら、世界一のピアニスト目指すからな」

かずさ「それでいいよ。
    あたし、今最高に幸せだ」


でもね、春希。
あたしは、
お前さえいてくれるだけで幸せなんだよ

15: 黒猫 2014/03/06(木) 10:36:37.55 ID:+mPTnUep0
一年後・コンサート会場(日本)

曜子「さっ。準備はいい? かずさ」

かずさ「問題ない。いつも通り弾くだけだし」

曜子「ほんとっ、最近つまらなくなったわね。からかいがいがないっていうか」

春希「自信が出てきた証拠ですよ。それに、この前のコンサートも好評でしたし」

かずさ「当然だ」

曜子「でも、今日は特別なんだから、・・・大丈夫?」

やはり曜子さんであっても、緊張を隠せない。
かくいう自分も昨夜はほとんど寝られなかった。
かずさも目をつぶっているだけで、寝てはいなかったようだ。
ただじっと、今日を迎えるのを堪えていた。
それと同時に、わずかな希望を望みつつ、
俺にしがみつくように朝を迎えていた。

かずさ「大丈夫だって。今日は3人の日だ。
    自分勝手な願望かもしれないけど、今日だけは神様だって
    許してくれるさ」

春希「大丈夫。彼女はきっと、来てくれる
   数時間だけだけど、「雪菜」に会えるさ」

俺は、もう客席から、かずさの演奏を聴くことはない。
俺は、かずさの国の住人になったから。
舞台袖から、かずさの演奏を聴く。
彼女は、きっと客席から聴いているのだろう。
手を伸ばせば、届く距離にいるはずなのに、近くて、もっとも遠い世界。
舞台と客席。
この二つの世界が交わることはない。
でも、
かずさのピアノを通してなら、俺たちは3人に戻れる。
一年に一度、彼女が望んだことだから、
それに
俺は、
かずさは、こたえたい。

かずさの演奏が始まる。
静かに、そして、情熱的であるのに、
おどおどとしていて、
たどたどしく彼女に手を伸ばす。

かずさ「・・・雪菜?」

雪菜「かずさ!」


fin